説明

細胞の処理方法

【課題】赤血球や白血球などのこれまで観察できなかった細胞の内部骨格を、膜の形状を保ったまま電子顕微鏡等で観察できるようにする。
【解決手段】ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、カコジル酸、グルタールアルデヒドからなる群から選択される少なくとも1つの固定化剤を含む溶液に細胞を浸漬して細胞を固定化した後、界面活性溶液及び/又はアルコール溶液と、細胞とを混合・撹拌して細胞の脂質を除去し、その後イオンエッチング又は超音波処理を行って細胞骨格を露出させる。ここで、細胞間質成分を細胞から効率的且つ確実に除去する観点から、界面活性溶液と細胞とを混合・撹拌した後、アルコール溶液と細胞とを混合・撹拌するのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞の処理方法に関し、より詳細には、膜骨格を含む細胞骨格を露出させて、電子顕微鏡等によって細胞骨格を観察可能にする細胞の処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
哺乳類の細胞の一つである赤血球は、変形に対する弾力性と柔軟性を持つ独特の形態をしており、流体力学的に見て血管内での屈曲や進展に対する合目的な形とされている。そして、この弾力性のある形態を維持するための支持組織は、膜直下に網の目を作っている膜と膜骨格のみであると考えられてきた。
【0003】
しかしながら、5mMの緩衝液で新鮮な赤血球の膜骨格だけを抽出した場合、膜骨格は両凹円板形状とは異なり球状になる。また、細胞内器官がないため独特の変形能を持つはずの無核の赤血球は、有核の赤血球と殆ど同じ変形能である。さらに、独特のはずの赤血球の膜骨格と同様の膜骨格が、甲状腺などの両凹円板形状でない組織細胞においても見られている。以上の事実は、中央が陥凹した赤血球の独特の形態を維持する役割は、膜と膜骨格の特殊性だけではなく、他の組織細胞と同様に弾力性のある細胞内骨格が存在している可能性を示唆している。
【0004】
一方、これまでの赤血球の膜と膜骨格に関する研究として、negative-staining,QFDE,サーフェスレプリカなどが開発されたが(非特許文献1〜3)、いずれの方法も内容物を取り除いたゴーストの表面を観察するという方法であり、赤血球の内部の研究は行なわれなかった。濃度やpHなどで容易に変形する膜の形状を保ったまま赤血球内部を実際に観察することはほとんど不可能であった。
【非特許文献1】Byers TJ and Barton D: Visualization of the protein associations in the erythrocyte membrane skeleton. Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1985) 82:6153-6157.
【非特許文献2】Ursitti JA and Wade JB: Ultrastructure and immunocytochemistry of the isolated human erythrocyte membrane skeleton. Cell Mobil.Cytoskeleton. (1993) 25: 30-42.
【非特許文献3】Yawata Y, Kanzaki A, Uehira K and YawataY: A surface replica method: a useful tool for studies of cytoskeletal network in red cell membranes of normal subjects and patients with a b-spectrin mutant (spectrin le puy: b220/214). Virchows Archiv. (1994) 425:297-304.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はこのような従来の問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、赤血球や白血球などのこれまで観察できなかった細胞の内部骨格を、膜の形状を保ったまま電子顕微鏡等で観察できるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記目的を達成するため、本発明に係る処理方法では、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、カコジル酸、グルタールアルデヒドからなる群から選択される少なくとも1つの固定化剤を含む溶液に細胞を浸漬して細胞を固定化した後、界面活性溶液及び/又はアルコール溶液と、細胞とを混合・撹拌して細胞の脂質を除去し、その後イオンエッチング又は超音波処理を行って細胞骨格を露出させるようにした。
【0007】
ここで、細胞間質成分を細胞から効率的且つ確実に除去する観点から、界面活性溶液と細胞とを混合・撹拌した後、アルコール溶液と細胞とを混合・撹拌するのが好ましい。
【0008】
また、細胞に含まれる蛋白質を変性させないようにする観点から、細胞の固定化および界面活性溶液と細胞との混合・撹拌は温度4℃以下の環境下で行うのが好ましい。また細胞間質成分を効率的に除去する観点からは、アルコール溶液と細胞との混合・撹拌を温度5〜40℃の範囲で行うのが好ましい。
【0009】
また蛋白質などの細胞間質成分を固定して細胞が容易に変形しないようにするとともに、細胞間質成分を界面活性溶液やアルコール溶液で容易に除去できるようにする観点から、細胞の固定化の時間は10〜60分の範囲が好ましい。固定化剤としてパラホルムアルデヒドとグルタールアルデヒドとの組み合わせが好ましく、その濃度はパラホルムアルデヒドが1〜5wt%の範囲、グルタールアルデヒドが0.02〜1.0wt%の範囲が好ましい。
【0010】
細胞の脂質を一層効果的に除去する観点からは、前記界面活性溶液として非イオン性界面活性剤を含有するものを用いるのが好ましく、非イオン性界面活性剤の濃度としては0.01〜2.0wt%の範囲が好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る処理方法では、(i)特定の固定化剤を含む溶液に細胞を浸漬して細胞を固定化し、(ii)界面活性溶液及び/又はアルコール溶液と細胞とを混合・撹拌して細胞の脂質を除去し、(iii)そしてイオンエッチング又は超音波処理を行って細胞骨格を露出させるようにしたので、赤血球や白血球などのこれまで観察できなかった細胞の内部骨格を、膜の形状を保ったまま電子顕微鏡等で観察できるようになった。特に、赤血球などの骨格の弱い細胞の骨格を電子顕微鏡などで観察するための前処理として好適に用いることができる。また本発明に係る処理方法は、固定化の時間が短いので免疫電子顕微鏡法に好適に用いることができる。
【0012】
界面活性溶液と細胞とを混合・撹拌した後、アルコール溶液と細胞とを混合・撹拌すると、細胞間質成分を細胞から効率的且つ確実に除去できるようになる。
【0013】
細胞の固定化および界面活性溶液と細胞との混合・撹拌を温度4℃以下の環境下で行うと、細胞に含まれる蛋白質を変性させることなく処理できるようになる。また、アルコール溶液と細胞との混合・撹拌を温度5〜40℃の範囲で行うと、細胞の脂質を効率的に除去できるようになる。
【0014】
細胞の固定化の時間は10〜60分の範囲とし、固定化剤としてパラホルムアルデヒドとグルタールアルデヒドとの組み合わせを用い、パラホルムアルデヒドの濃度を1〜5wt%の範囲、グルタールアルデヒドの濃度を0.02〜1.0wt%の範囲とすると、蛋白質などの細胞間質成分を固定して細胞が容易に変形しないようにできると同時に、細胞間質成分を界面活性溶液やアルコール溶液で容易に除去できるようになる。
【0015】
前記界面活性溶液として非イオン性界面活性剤を含有するものを用い、非イオン性界面活性剤の濃度を0.01〜2.0wt%の範囲とすると、細胞の脂質を一層効果的に除去できるようになる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明に係る細胞の処理方法について実施例等に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【0017】
本発明に係る細胞の処理方法の大きな特徴の一つは、特定の固定化剤を含む溶液に細胞を浸漬して細胞を固定化することにある。使用する固定化剤は、ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、カコジル酸、グルタールアルデヒドからなる群から選択される少なくとも1つである。これらの固定化剤の中でも、パラホルムアルデヒドとグルタールアルデヒドを組み合わせて使用することが推奨される。パラホルムアルデヒドによる細胞間質成分の固定は比較的緩やかであるので、界面活性溶液やアルコール溶液による処理で細胞間質成分を細胞内から除去しやすいが、電子顕微鏡で観察するための種々の薬品による前処理で細胞が壊れやすい。反対に、グルタールアルデヒドによる細胞間質成分の固定は比較的強いので、電子顕微鏡観察のための前処理でも細胞が壊れにくいが、界面活性溶液やアルコール溶液による処理で細胞間質成分を細胞内から除去しにくい。そこで本発明者が種々実験を繰り返し行った結果、パラホルムアルデヒドとグルタールアルデヒドとを組み合わせて使用し、それぞれの濃度を1〜5wt%の範囲、0.02〜1.0wt%の範囲とすれば、電子顕微鏡観察のための前処理でも細胞が壊れにくく、しかも界面活性溶液やアルコール溶液による処理で細胞間質成分を細胞内から除去しやすくなることを見出した。
【0018】
また固定化剤による細胞の固定化の時間としては、使用する固定化剤の種類や濃度によって適宜決定すればよいが、10〜60分の範囲が好ましい。
【0019】
前述のようにして細胞間質成分を固定化剤で固定した細胞を、本発明に係る発明では界面活性溶液及び/又はアルコール溶液で処理する。これらの界面活性溶液及び/又はアルコール溶液による処理によって、固定化剤で固定された細胞間質成分が細胞から除去される。ただし、界面活性溶液とアルコール溶液とでは、細胞間質成分の細胞からの除去機構が以下に説明するように異なる。
【0020】
界面活性溶液と細胞とを混合・撹拌処理すると、その大部分が脂質である細胞膜がまず界面活性剤によって分解・除去され、次に細胞内の脂質が同様に分解・除去される。これによって細胞のおおよその脂質(80%程度)が除去される。このとき、界面活性溶液と細胞との混合・撹拌は40〜120rpmで10〜60分間程度行うのが好ましい。
【0021】
一方、アルコール溶液と細胞とを混合・撹拌処理すると、アルコール溶液によって、界面活性溶液の場合と同様に、細胞膜の脂質が除去される。そしてアルコール溶液が細胞内に滲入して細胞間質成分を蛋白変性させて細胞内から取り除きやすくする。本発明で使用するアルコールとしては従来公知ものを使用できるが、エチルアルコールやプロピルアルコールなどのアルキルアルコールが好ましい。この中でもエチルアルコールが特に好ましく、その濃度は70wt%%が好適である。また、アルコール溶液と細胞の混合液の温度を5〜40℃の範囲とすると、アルコール溶液による蛋白変性が一層促進される。例えば濃度70wt%のエチルアルコールの場合、液温が35℃のとき、疎水基が平面状に広がり疎水面を形作る。この疎水面が細胞膜を破壊する。これによって、エチルアルコールが細胞内に滲入し細胞間質成分が蛋白変性し、変性した蛋白は細胞から外へ溶出する。また、アルコール溶液と細胞とを混合した容器を例えば数千rpmで数分間程度回転させて遠心力を加えると、細胞間質成分を細胞から容易に分離できるようになる。
【0022】
固定化処理された細胞を、界面活性溶液及びアルコール溶液の一方で処理するか、あるいは両方で処理するかは、観察対象たる細胞の骨格の強度によって決定すればよい。すなわち、例えば白血球のような骨格のしっかりとした細胞の場合は、固定化剤による細胞の固定は緩やかに行えばよいので、細胞間質成分を細胞から除去しやすく、界面活性溶液及びアルコール溶液の一方の溶液で細胞を処理すれば足りる。他方、例えば赤血球のような骨格の弱い細胞の場合は、固定化剤による細胞の固定を強力に行う必要があるので、細胞間質成分を細胞から除去しにくく、界面活性溶液及びアルコール溶液の双方の溶液で細胞を処理する必要がある。なお、界面活性溶液及びアルコール溶液の双方の溶液で細胞を処理する場合、細胞間質成分を細胞から効率的に除去するには界面活性溶液・アルコール溶液の順で処理するのが望ましい。
【0023】
細胞の固定化から界面活性溶液による処理までは4℃以下の環境条件下で処理を行うのがよく、アルコール溶液による処理は、前述のように20〜35℃の範囲で行うのがよい。細胞の固定化から界面活性溶液による処理までを4℃以下の環境条件下で行うと、細胞に含まれる蛋白質の変性を抑えることができるからである。
【0024】
本発明で使用する界面活性剤としては特に限定はなく、従来公知ものを用いることができるが、非イオン性界面活性剤が好適である。非イオン性界面活性剤としては例えばサポニン、トリトンXなどが挙げられる。また界面活性溶液の濃度は、界面活性剤の種類などから適宜決定すればよいが、一般に溶液に対して0.01〜2.0wt%の範囲が好ましい。
【0025】
本発明の処理方法では次にイオンエッチングを行う。これによって、細胞に残ったわずかな細胞間質成分を除去し、細胞膜骨格を含む細胞骨格を露出させる。さらには、イオンエッチングの出力と時間を制御して、表面から所望の深さまで細胞骨格を削り取って、細胞の内部骨格を露出させる。細胞の内部骨格を露出させることができれば、例えば後述するように、これまで不明であった赤血球の内部構造が電子顕微鏡等を用いて視覚的に観察できるようなる。
【0026】
イオンエッチングを細胞に行うことは、赤血球に対する場合も含めてこれまで行われたことはあったが、イオンエッチングの出力エネルギーが数kV以上と高かったため、細胞が壊れてしまっていた。このため長年、イオンエッチングは細胞などの生物学的試料の処理には適さないと見られていた。また近年、1kV程度の低出力エネルギーのイオンエッチングが開発されたが(グロー放電の陽光柱プラズマ)、細胞膜を剥がし取ることが十分にはできなかったため、膜骨格や細胞内部骨格をエッチングすることができなかった。これに対し本発明の処理方法では、界面活性溶液やアルコール溶液によって細胞膜をある程度除去した後に、数百Vの弱いイオンエッチングを行うので、細胞膜骨格や細胞内骨格を削り取ることが可能となった。
【0027】
イオンエッチングの処理条件としては、電圧は数百V程度、電流は数mA程度、処理時間は数分〜数十分程度が好ましい。このような処理条件でイオンエッチングを行った後、電子顕微鏡で細胞の状態を確認して、必要によりイオンエッチングを繰り返し行うようにするのが好ましい。
【0028】
なお、イオンエッチングに換えて超音波処理を行って、細胞に残ったわずかな細胞間質成分を除去するとともに、細胞膜骨格を含む細胞骨格を露出させるようにしてもよい。
【実施例】
【0029】
血液のスクリーニング検査で肝機能、腎機能、感染症などに異常の無いことを確認した被験者10名から血液を5ml採取した。そして採取した血液に1mMDTAをすぐに添加し凝血を阻止した後、遠心分離してバフィコートと血漿とを取り除き、赤血球だけを抽出した。
【0030】
(固定化処理)
固定化剤としてのパラホルムアルデヒド(濃度4wt%)とグルタールアルデヒド(濃度0.1%)とを、溶媒であるPBS(Phosphate buffered saline)に溶解して固定化溶液とし、この固定化溶液を、4℃に保った抽出した赤血球0.5mlに添加して30分間放置して赤血球を固定化した。
【0031】
(界面活性溶液及びアルコール溶液による処理)
次に固定化溶液をPBSに置換した後、濃度0.05wt%の界面活性溶液としてのサポニン・PBSにさらに置換し、100rpmで30分間混合・撹拌して赤血球の細胞膜を除去した。そして、界面活性溶液をPBSで再び置換した後、濃度70%のエチルアルコールに置換すると共に、溶液温度を4℃から35℃にゆっくり上げた。すると、溶液の色が明赤色から暗赤色に変化した。そして、2500rpmで3分間遠心分離を行うと、細胞間質成分の一つであるヘモグロビンが、透明だった上澄み液に漏出し暗い赤色になった。ヘモグロビンが漏出しなくなるまでこの操作を繰り返して行ない、ヘモグロビンを赤血球からほぼ完全に除去した。
【0032】
ヘモグロビンを除去した赤血球をアルコール脱水した後、エイコーエンジニアリング社製の「t-butyl alcohol freeze dryer」)を用いて凍結乾燥し、次にEiko社製「IB−3」を用いてイオンコーターで金蒸着した。そして走査電子顕微鏡(SEM;「S−900]日立社製)を用いて赤血球の表面を観察した。図1及び図2に、界面活性溶液及びアルコール溶液による処理後の赤血球のSEM写真を示す。図2は、図1の四角で囲んだ部分を拡大したものである。図2から、赤血球の膜骨格が、多数の微小孔(図中の矢印)を有する網目状であることがわかった。
【0033】
(イオンエッチング処理)
界面活性溶液及びアルコール溶液による処理後の赤血球を、Eiko社製「IB−3」を用いて500mV,2mAの操作条件で20分間イオンエッチングを行い、赤血球の細胞膜を完全に除去し、膜骨格を完全に露出させた。前記と同様にして金蒸着した後、赤血球の表面をSEMで観察した。図3にSEM写真を示す。図3から、膜骨格が多数の微小孔(図中の矢印)を有する網目状であることが一層明確となった。
【0034】
次に、前記と同様の条件で20分間イオンエッチングを行い、赤血球の膜骨格を除去して細胞骨格を露出させた。そして前記と同様にして金蒸着した後、赤血球の表面をSEMで観察した。図4および図5にSEM写真を示す。図5は、図4の部分拡大図である。これらの図から、赤血球には細胞骨格が存在していることがわかった。また図5の拡大図から理解されるように、細胞骨格は内骨格浅層(図5の双頭矢印a)と内骨格深層(図5の双頭矢印b)の2層に分類できることがわかる。
【0035】
細胞骨格の内骨格浅層の線維は、膜骨格に対して比較的疎で且つ垂直につながっていた。一方、細胞骨格の内骨格深層の線維は、スポンジ状に四方に立体的な網の目を形成しており、内骨格浅層よりも太い線維の束が確認できた。
【0036】
そしてさらに、イオンエッチングを行い、赤血球の細胞骨格の表層部分を除去し、中心部分を露出させた。前記と同様にして金蒸着した後、赤血球の表面をSEMで観察した。図6〜図9にSEM写真を示す。図7〜図9は、図6のそれぞれ部分拡大図である。これらの図から、赤血球丘陵部から斜面を平行に並んで走る斜面線維群(以後、「H線維群」と記す)が見られた。H線維群は斜面部の内骨格深層にある頭部から始まり(図7の矢頭)、内骨格浅層の線維の一部として膜直下まで上昇し、膜骨格直下の斜面を中心に向かって互いに並走している(図6,図7)。H線維群の存在する場所では、H線維は膜骨格に張り付くように並行に走っている(図8の矢印)。H線維群のない大部分の場所では膜骨格に対して直接内骨格浅層の線維(図9の矢頭)が垂直に連結している。このH線維群の走行はすべての赤血球に共通しているため、この走行を基準にして赤血球に上下の区別を付けることができるようになった。
【0037】
以上の実験結果から、赤血球の細胞骨格の三次元的微細構造を図10に示す。従来行われた研究において、細胞膜のバンド3蛋白が赤血球内部のヘモグロビンとの協調作用に影響していることを報告しているものがあったが、これまで細胞膜と細胞内部をつなげる微細構造が発見されていなかった。前記実験結果によれば、H線維群は頭部が赤血球深部にあり、そこから膜骨格直下まで上昇しているため、ヘモグロビンとの協調作用に影響を与えている可能性があることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】界面活性溶液及びアルコール溶液による処理後の赤血球のSEM写真である。
【図2】図1の四角で囲んだ部分の拡大SEM写真である。
【図3】1回目のイオンエッチングを行った後の赤血球の表面をSEM写真である。
【図4】2回目のイオンエッチングを行った後の赤血球の表面をSEM写真である。
【図5】2回目のイオンエッチングを行った後の赤血球の拡大SEM写真である。
【図6】3回目以上のイオンエッチングを行った後の赤血球の表面をSEM写真である。
【図7】図6の赤血球の部分拡大SEM写真である。
【図8】図6の赤血球の部分拡大SEM写真である。
【図9】図6の赤血球の部分拡大SEM写真である。
【図10】赤血球の構造を示す概説図である。
【符号の説明】
【0039】
h 丘陵部
hs 斜面
c 中央陥凹部
MC 膜骨格
SE 内骨格浅層
DE 内骨格深層
G H線維群の頭部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ホルムアルデヒド、パラホルムアルデヒド、トリオキサン、カコジル酸、グルタールアルデヒドからなる群から選択される少なくとも1つの固定化剤を含む溶液に細胞を浸漬して細胞を固定化した後、界面活性溶液及び/又はアルコール溶液と、細胞とを混合・撹拌して細胞の脂質を除去し、その後イオンエッチング又は超音波処理を行って細胞骨格を露出させることを特徴とする細胞の処理方法。
【請求項2】
界面活性溶液と細胞とを混合・撹拌し、次にアルコール溶液と細胞とを混合・撹拌する請求項1記載の細胞の処理方法。
【請求項3】
細胞の固定化および界面活性溶液と細胞との混合・撹拌を温度4℃以下の環境下で行い、アルコール溶液と細胞との混合・撹拌を温度5〜40℃の範囲で行う請求項1又は2記載の細胞の処理方法。
【請求項4】
細胞の固定化の時間が10〜60分の範囲である請求項1〜3のいずれかに記載の細胞の処理方法。
【請求項5】
前記固定化剤としてパラホルムアルデヒドとグルタールアルデヒドとを用いる請求項1〜4のいずれかに記載の細胞の処理方法。
【請求項6】
パラホルムアルデヒドの濃度が1〜5wt%の範囲で、グルタールアルデヒドの濃度が0.02〜1.0wt%の範囲である請求項5記載の細胞の処理方法。
【請求項7】
前記界面活性溶液が非イオン性界面活性剤を含有する溶液である請求項1〜6のいずれかに記載の細胞の処理方法。
【請求項8】
前記非イオン性界面活性剤の濃度が0.01〜2.0wt%の範囲である請求項7記載の細胞の処理方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2008−224367(P2008−224367A)
【公開日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−61828(P2007−61828)
【出願日】平成19年3月12日(2007.3.12)
【出願人】(507080455)
【Fターム(参考)】