説明

細胞への水溶性高分子量物質の導入方法及び導入剤

【課題】核酸、タンパク質等の水溶性高分子量物質を、簡便な工程を通じ且つ高い効率で細胞に導入できる方法及び導入剤を提供すること。
【解決手段】本発明に係る細胞への水溶性高分子量物質の導入方法は、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子と、水溶性高分子量物質(但し、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子を除く)とを含有する水性溶液または水性分散液を、細胞と接触させる工程を有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸、タンパク質等の水溶性高分子量物質を細胞に導入する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、合成ペプチドやタンパク質、さらにはDNAや糖を細胞内に導入し、細胞内でのタンパク質相互作用を調節し、細胞内情報伝達や転写などをコントロールすることで、それらの機能を解明したり、特殊な機能を誘導したりする試みがなされている。このようなアプローチにより、今まで謎とされてきた遺伝情報の解明や、病原の解明、またその治療方法の開発が期待できる。また、ES細胞やiPS細胞の開発により、核酸やタンパク質によって細胞機能をコントロールする技術はますます重要性を増している。
【0003】
一般に、ポリペプチド、核酸、糖等の水溶性高分子量物質は、高い親水性を有するため、細胞膜を通過することが困難である。そこで、これらを細胞内に導入する方法として、マイクロインジェクション法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、ウイルスベクター法等が広く用いられている。
【0004】
マイクロインジェクション法やエレクトロポレーション法では、物理的に細胞に穴を開けて核酸等を導入するため、細胞へのダメージが大きいうえに、特殊な装置や技術を必要とするため、作業効率が低い。
【0005】
リン酸カルシウム法やリポフェクション法では、細胞への核酸等の導入率が低く、リポフェクション法では、最適条件の範囲が狭いため、条件設定に時間を要する。また、ウイルスベクター法では、導入のための前処理が煩雑であり、また、目的物以外の核酸やタンパク質が導入されるおそれがある。
【0006】
一方、細胞への核酸やタンパク質の導入を、膜透過性ペプチドを用いて行うことも開示されている(特許文献1,2を参照)。この方法では、細胞へのダメージは少ないものの、前処理として、膜透過性ペプチドと、目的物である核酸やタンパク質とを共有結合させる必要があり、やはり煩雑な前処理が必要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2004−512275号公報
【特許文献2】特開2005−052083号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、以上の実情に鑑みてなされたものであり、核酸、タンパク質等の水溶性高分子量物質を、簡便な工程を通じ且つ高い効率で細胞に導入できる方法及び導入剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子を使用することにより、核酸、タンパク質等の水溶性高分子量物質を細胞内に容易に導入できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
即ち、本発明に係る細胞への水溶性高分子量物質の導入方法は、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子と、水溶性高分子量物質(但し、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子を除く)とを含有する水性溶液または水性分散液を、細胞と接触させる工程を有する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子を使用することにより、煩雑な前処理を行わなくとも、核酸、タンパク質等の水溶性高分子量物質を高い効率で細胞に導入できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施例1に係る導入方法が行われた細胞の光学顕微鏡写真(A)及び蛍光顕微鏡写真(B)である。
【図2】本発明の比較例1に係る導入方法が行われた細胞の光学顕微鏡写真(A)及び蛍光顕微鏡写真(B)である。
【図3】本発明の比較例3に係る導入方法が行われた細胞の光学顕微鏡写真(A)及び蛍光顕微鏡写真(B)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態の一例について説明するが、本発明は以下の実施形態に限定されない。なお、本発明において、水溶性高分子量物質とは、常圧下で25℃の水に0.1質量%以上溶解する分子量500以上の化合物であって、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子を除く化合物をいう。また、膜透過性ペプチドを側鎖に有するグラフト型高分子を、本発明のグラフト型高分子という場合がある。
【0014】
本発明のグラフト型高分子は、その側鎖に膜透過性ペプチド基を有する構造を有する高分子であり、核酸、タンパク質等の水溶性高分子量物質を効率良く細胞に取り込ませることができる。膜透過性ペプチドが細胞に取り込まれる機構は、一般的には、膜透過性ペプチドが細胞のマクロピノサイトーシスを誘発して取り込まれるもので、周囲に核酸やタンパク質が存在する場合には、膜透過性ペプチドとともにこれらの核酸やタンパク質が取り込まれるものと考えられている。本発明のグラフト型高分子では、側鎖の膜透過性ペプチド基により細胞の複数の箇所でマクロピノサイトーシスが誘発されるが、本発明のグラフト型高分子は、巨大分子であるために細胞が取り込むことは困難であり、また、本発明のグラフト型高分子の1分子を細胞が複数の箇所から取り込むことも困難である。このため、本発明のグラフト型高分子の周囲に核酸やタンパク質が存在する場合には、本発明のグラフト型高分子でマクロピノサイトーシスを誘発された細胞により、核酸やタンパク質が偶発的に取り込まれることになる。なお、本明細書で述べる機構は、いずれも推測であって、本発明を限定するものではない。
【0015】
[側鎖(膜透過性ペプチド基)]
本明細書において、膜透過性ペプチドとは、それ自体が細胞に取り込まれるペプチドをいい、膜透過性ペプチド基とは、膜透過性ペプチドと同様のアミノ酸配列を有する基をいう。本発明のグラフト型高分子の側鎖の膜透過性ペプチド基は、細胞および導入しようとする水溶性高分子量物質に応じて適宜選択されてよいが、膜透過性ペプチド基を構成するアミノ酸の少なくとも1つは塩基性アミノ酸であることが好ましい。また、塩基性アミノ酸は、L体又はD体のいずれであってもよく、細胞および導入しようとする水溶性高分子量物質に応じて適宜選択されてよい。
【0016】
塩基性アミノ酸としては、アルギニン、オルニチン、リジン、ヒドロキシリジン、ヒスチジン等が挙げられ、中でも、グアニジノ基含有アミノ酸が好ましく、アルギニンが更に好ましい。膜透過性ペプチド基中の塩基性アミノ酸の割合が高いほど、導入しようとする水溶性高分子量物質の導入率が上がることから、膜透過性ペプチド基を構成する全アミノ酸に対する塩基性アミノ酸の割合は、モル基準で、50%以上であることが好ましく、70%以上であることが更に好ましく、90%以上であることが最も好ましい。膜透過性ペプチド基を構成するアミノ酸のうち、塩基性アミノ酸以外のアミノ酸は、中性アミノ酸であることが好ましい。
【0017】
膜透過性ペプチド基を構成するアミノ酸の数は、導入しようとする水溶性高分子量物質の導入率が上がる点で、5〜30であることが好ましく、6〜20であることが更に好ましく、7〜15であることが最も好ましい。
【0018】
膜透過性ペプチドの好ましい具体例としては、7以上12以下のアルギニンがペプチド結合したアルギニンオリゴマー、GRKKRRQRRRPPQなるアミノ酸配列を有するペプチド(通称HIV−1 Tat)、TRQARRNRRRRWRERQR(通称HIV−1 Rev)、RRRRNRTRRNRRRVR(通称FHV Coat)、TRRQRTRRARRNR(通称HTLV−II Rex)等の親水性の塩基性ペプチド;RQIKIWFQNRRMKWKKなるアミノ酸配列を有するペプチド(通称アンテナペディア)、KMTRAQRRAAARRNRWTAR(通称BMW Gag)、RQIKIWFQNRRMKWKK(通称ペネトラチン)等の両親媒性の塩基性ペプチド;GWTLNSAGYLLGKINLKALAALAKKILなるアミノ酸配列を有するペプチド(通称トランスポータン)等の疎水性の塩基性ペプチドが挙げられる。
【0019】
以上の膜透過性ペプチドは、天然素材から単離してもよいし、人工的に合成してもよい。膜透過性ペプチドの調製の具体的手順は常法に従えばよい。
【0020】
[幹高分子]
本発明のグラフト型高分子の幹高分子は、特に限定されないが、細胞やタンパク質等の水溶性高分子量物質との親和性に優れることから親水性高分子であることが好ましい。ここで、親水性高分子とは、水溶性高分子、または水中で膨潤する高分子を意味する。本発明において、水溶性高分子とは、常圧下で25℃の水に0.1質量%以上の量で均一に溶解する高分子をいう。
【0021】
親水性高分子としては、例えば、ペクチン、グアーガム、アガロース、マンナン、グルコマンナン、ポリデキストロース、アルギン酸、リグニン、キチン、キトサン、カラギーナン、ペクチン、クインスシード(マルメロ)、キサンタンガム、プルラン、セルロース、ヘミセルロース、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、デンプン、カルボキシルデンプン、カチオンデンプン、デキストリンの多糖類又は多糖類の変性物;アルブミン、カゼイン、ゼラチン等の水溶性タンパク質;ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリ(アクリル酸ヒドロキシエチル)、ポリアクリルアミド、ポリN−ビニルアセトアミド、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等のビニル系親水性高分子;水溶性ポリウレタン等が挙げられる。本発明のグラフト型高分子の分子設計が容易であり、本発明のグラフト型高分子化合物が細胞に取り込まれ難くなることから、ビニル系親水性高分子が好ましい。なお、ビニル系親水性高分子は、1種のポリマー単位からなるホモポリマーでもよいし、2種以上のポリマー単位からなるコポリマーでもよい。
【0022】
幹高分子への膜透過性ペプチド基のグラフト化が容易になることから、幹高分子はカルボキシル基を有するモノマー単位を含むことが好ましい。幹高分子のカルボキシル基と膜透過性ペプチドのアミノ基とを反応させることで、幹高分子の側鎖として、アミド結合を介して膜透過性ペプチド基を導入することができる。カルボキシル基を有するモノマー単位としては、多糖類又は多糖類の変性物の場合には、例えば、アラビノース、キシロース、リキソース、アロース、アルトロース、グルコース、マンノース、グロース、イドース、ガラクトース、タロース等がカルボキシメチル化されたモノマー単位;水溶性タンパク質の場合には、例えば、グルタミン酸、アスパラギン酸等;ビニル系親水性高分子の場合には、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、(無水)マレイン酸、イタコン酸、p−カルボキシルスチレン等が挙げられる。中でも、ビニル系親水性高分子のカルボキシメチル化されたモノマー単位としては、膜透過性ペプチドのアミノ基との反応性が良好であることから、アクリル酸が好ましい。
【0023】
幹高分子中のカルボキシル基を有するモノマー単位の存在モル比が、あまりに大きい場合には、膜透過性ペプチド基の効果が発揮されにくく、またあまりに小さい場合には、導入しようとする水溶性高分子量物質の導入率が低いことから、幹高分子中全モノマー単位に対するカルボキシル基を有するモノマー単位の割合が、0.001〜0.9であることが好ましく、0.005〜0.8であることが更に好ましく、0.01〜0.7であることが最も好ましい。
【0024】
幹高分子の質量平均分子量が小さい場合には、本発明のグラフト型高分子が細胞に取り込まれやすくなり、あまりに大きい場合には導入しようとする水溶性高分子量物質の導入効率が低下することから、幹高分子の質量平均分子量は10万〜5000万が好ましく、20万〜3000万が更に好ましく、30万〜1000万が最も好ましい。なお、本発明において質量平均分子量とは、水系溶媒を用いてGPC分析を行った場合の、ポリエチレングリコール(PEG)若しくはポリエチレンオキシド(PEO)換算又はプルラン換算の質量平均分子量をいい、幹高分子がビニル系親水性高分子の場合には、PEG若しくPEO換算の質量平均分子量で表され、多糖類若しくは多糖類の変性物、又は水溶性タンパク質の場合には、プルラン換算の質量平均分子量で表されるものとする。
【0025】
[グラフト型高分子]
本発明のグラフト型高分子において、幹高分子への膜透過性ペプチド基の導入は、常法に従って反応させればよく、用いる脱離基や具体的な合成手順は、用いる高分子及び膜透過性ペプチドに応じて適宜選択すればよい。例えば、幹高分子のカルボキシル基を有するモノマー単位に膜透過性ペプチド基を導入する場合には、膜透過性ペプチドのカルボン酸末端をアミド化等により不活性化させて、幹高分子のカルボキシル基と膜透過性ペプチドの末端アミノ基とを反応させればよく、副反応が低下することから膜透過性ペプチドのアミノ末端は保護基で保護されていることが好ましい。
【0026】
本発明のグラフト型高分子中全モノマー単位に対する膜透過性ペプチド基を有するモノマー単位の割合は、0.001〜0.9であることが好ましく、0.005〜0.8であることが更に好ましく、0.01〜0.7であることが最も好ましい。
【0027】
本発明のグラフト型高分子の膜透過性ペプチド基を有するモノマー単位ユニットの好ましい例として、下記一般式(1)で表されるモノマー単位ユニットを示す。
【0028】
【化1】

【0029】
一般式(1)において、Xは、水素原子またはメチル基を表し、Xは、膜透過性ペプチドから末端アミノ基および末端カルボキシル基を除いた残基を表し、Xは、水酸基、アミノ基、炭素数1〜4のアルコキシル基又はベンジルオキシ基を表す。炭素数1〜4のアルコキシル基としては、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、2−ブトキシ基、イソブトキシ基、t−ブトキシ基が挙げられる。Xとしては、水酸基、アミノ基、t−ブトキシ基、ベンジルオキシ基が好ましく、水酸基、アミノ基が更に好ましく、アミノ基が最も好ましい。
【0030】
本発明のグラフト型高分子は、幹高分子が架橋された架橋構造を有してもよい。このような架橋構造としては、エチレンジアミン、テトラメチレンジアミン、ペンタメチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミン等のジアミン類により、幹高分子のカルボキシル基がアミド化された構造等が挙げられる。
【0031】
[導入しようとする水溶性高分子量物質]
本発明の導入方法により、種々の水溶性高分子量物質が細胞に導入できるが、あまりに高分子量の化合物の場合には導入効率が低下することから、本発明の導入方法により細胞に導入することが好ましい水溶性高分子量物質の質量平均分子量は、100万以下であることが好ましく、50万以下であることが更に好ましく、30万であることが最も好ましい。
【0032】
本発明において、本発明の導入方法により導入が可能な核酸としては、デオキシリボ核酸(DNA)又はリボ核酸(RNA)に加え、これらの類似体又は誘導体(例えば、ペプチド核酸(PNA)、ホスホロチオエートDNA等)が挙げられる。
【0033】
本発明の導入方法により導入が可能なペプチド又はタンパク質としては、分子量500〜100万程度のペプチド又はタンパク質が挙げられ、このようなペプチド又はタンパク質としては、酵素、抗体、糖タンパク質、転写因子等その部分ペプチドが挙げられる。
【0034】
本発明の導入方法により導入が可能な多糖類としては、プルラン、アミロペクチン、アミロース、グリコーゲン、シクロデキストリン、デキストラン、ヒドロキシエチルデキストラン、マンナン、セルロース、デンプン、アルギン酸、キチン、キトサン、ヒアルロン酸およびそれらの誘導体などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
[細胞]
本発明のグラフト型高分子を使用することにより、種々の細胞に水溶性高分子量物質を導入することが可能であり、培養液(液体培地ともいう)等に分散された細胞、固定培地等に接着した細胞、生体組織の細胞等のいずれの細胞にも水溶性高分子量物質を導入することが可能である。細胞は、組織細胞や神経細胞等を形成する接着系の細胞と、血球細胞等の浮遊系の細胞に大別できる。浮遊系の細胞に対しては、マイクロインジェクション法やエレクトロポレーション法は適用できず、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、ウイルスベクター法等が適用できたが、導入率は満足できるものではなかった。本発明の導入方法は、接着系の細胞だけでなく、浮遊系の細胞に対しても、水溶性高分子量物質を高い導入率で導入することが可能である。
【0036】
[導入方法]
本発明の導入方法では、細胞に水溶性高分子量物質を導入するのに、本発明のグラフト型高分子と水溶性高分子量物質とを含有する水性溶液または水性分散液を、細胞と接触させるだけでよく、ウイルスベクター法や膜透過性ペプチドを用いた従来の導入方法のような煩雑な前処理を必要とせずに、細胞に水溶性高分子量物質を導入できる。
【0037】
本発明のグラフト型高分子と水溶性高分子量物質とを溶解または分散させ、これらを含有する水性溶液または水性分散液となる水性媒体としては、蒸留水、細胞培養に一般的に用いられる培養液のほか、生理食塩水(0.9質量%塩化ナトリウム水溶液)、5質量%ブドウ糖水溶液等の等張水が挙げられるが、細胞に対する影響が少ないことから培養液、生理食塩水及び5質量%ブドウ糖水溶液が好ましい。
【0038】
本発明の導入方法において、細胞が水性溶液または水性分散液に懸濁可能な場合には、水溶性高分子量物質と本発明のグラフト型高分子とを含有する水性溶液または水性分散液に、細胞を懸濁させればよく、必要に応じて、これら3者を含有する懸濁液を撹拌や振盪してもよい。また、細胞が固体培地等に接着されていたり、細胞組織が大きかったり等の理由により、細胞を水性溶液または水性分散液に懸濁できない場合には、水溶性高分子量物質と本発明のグラフト型高分子とを含有する水性溶液または水性分散液に細胞を浸漬させればよい。
【0039】
本発明の導入方法において、本発明のグラフト型高分子の使用濃度は、特に限定されないが、水性溶液または水性分散液において0.1μg/mL〜10mg/mLとするのが好適である。また、導入する水溶性高分子量物質の濃度も特に限定されないが、水性溶液または水性分散液において0.5μg/mL〜10mg/mLとするのが好適である。更に、細胞を培養液若しくは生理食塩水に懸濁させる場合の細胞の濃度も限定されないが、水性溶液または水性分散液において1万〜200万cells/mLとするのが好適である。
【0040】
膜透過性ペプチドを側鎖に有するグラフト型高分子、導入しようとする核酸またはタンパク質、および細胞の3者を共存させる時間は特に限定されないが、30分〜24時間とするのが好適である。
【0041】
本発明は、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子からなる、細胞への水溶性高分子量物質の導入剤も包含する。かかる導入剤は、以上説明したように、水溶性高分子量物質とともに水性溶液または水性分散液中に含有させ、細胞と接触させるだけで、ウイルスベクター法や膜透過性ペプチドを用いた従来の導入方法のような煩雑な前処理を必要とせずに、細胞に水溶性高分子量物質を導入できる。
【実施例】
【0042】
[高分子の合成]
本発明の一例に係る高分子の合成手順の概要は以下の反応式に示す通りである。詳細な手順を以下に説明する。なお、本発明では、膜透過性ペプチド基を構成するアミノ酸を1文字略号で表わす場合には、Lアルギニンの場合には「R」、Dアルギニンの場合には「r」で表すものとする。
【0043】
【化2】

【0044】
<製造例1>
(プロトン化)
N−ビニルアセトアミド−アクリル酸ナトリウム共重合体である「GE160」(昭和電工社製)10gを、イオン交換水1Lに溶解し、その溶液にイオン交換樹脂「アンバーリスト15DRY」(オルガノ社製)を10g加えて撹拌した。2時間撹拌した後に、イオン交換樹脂を濾別し、濾液を凍結乾燥することで、プロトン化されたN−ビニルアセトアミド−アクリル酸共重合体(GE160−H)を8.6g得た。このGE160−Hについて、常法に従って中和滴定を行った結果、上記反応式においてa:b=70:30であることが確認された。また、GPC分析の結果、GE160の質量平均分子量は160万であった。
【0045】
(離脱基の導入)
1.0gのGE160−Hを、20mLのN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)に溶解し、更に4.00gのジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)を添加した。この溶液を氷冷下10分間撹拌し、N−ヒドロキシコハク酸イミド2.22gを加えた。60℃で19時間に亘り撹拌を続け、反応を行った。反応の後、エタノール20mLを加えた後、アセトニトリル1Lに再沈殿を行って、減圧乾燥することで、スクシイミドエステル化されたGE160−OSuを0.90g得た。
【0046】
(膜透過性ペプチドの導入)
30mgのGE160−OSuを、0.6mLのDMFに溶解した。これに、オクタLアルギニン(NH2−RRRRRRRR、林化成社製)のDMF溶液(1mg/10μL)1.28mLを混合し、60℃で24時間振盪し、反応を行った。反応の後、特級エタノール1mLを添加し、500mLのアセトニトリルへ再沈殿を行い、濾過により濾物を回収した。この濾物を、セルロース透析チューブ(シームレスセルロースチューブ,和光純薬社製)に入れ、チューブの両口を縛った後、イオン交換水を用いて2日間透析を行った。その後、チューブの内容物を凍結乾燥して、オリゴアルギニンが導入された高分子GE160−R8を127mg得た。
【0047】
GE160−R8のH−NMRを測定して、アルギニン由来の基の含量を求め、この結果と前述の中和滴定の結果から、a:b−x:x=70:17.4:12.6であることが分かった。
【0048】
【化3】

【0049】
<製造例2>
膜透過性ペプチドを導入する際、オクタDアルギニン(NH2−rrrrrrrr、林化成社製)を用いた点を除き、製造例1と同様の手順で高分子GE160−R8を合成した。
【0050】
GE160−r8のH−NMRを測定して、アルギニン由来の基の含量を求め、この結果と前述の中和滴定の結果から、a:b−x:x=70:17.4:12.6であることが分かった。
【0051】
<細胞>
Caco−2細胞:ヒト結腸ガン由来上皮細胞株Caco−2の単層培養細胞
<水溶性高分子量物質>
FD−4:フルオレセイン(FITC)標識デキストリン(分子量4000、シグマ−アルドリッチ社製)
FD−40:FITC標識デキストリン(分子量40000、シグマ−アルドリッチ社製)
FITC−Ins:FITC標識インスリン(フナコシ社製)
【0052】
水溶性高分子量物質としてFD−4、FD−40およびFITC−Ins、本発明のグラフト型高分子としてGE160−R8およびGE160−r8、比較の化合物としてGE160、オクタLアルギニンおよびオクタDアルギニン、細胞としてCaco−2細胞を用いて、表1に示す組合せにて実施例1〜5および比較例1〜8の水溶性高分子量物質の導入評価を、下記の手順にて行った。結果を表1に示す。
【0053】
マイクロチューブに、Caco−2細胞を含有する培養液(細胞濃度5×10cells/320μL)の320μL、本発明のグラフト型高分子若しくは比較の化合物の1%生理食塩水溶液(食塩の0.9%水溶液)40μLまたはブランクとして生理食塩水40μL、並びに水溶性高分子量物質の2%生理食塩水溶液40μLを入れた。これを37℃で1時間インキュベートした後、1000rpmで10分間遠心分離して細胞を沈殿させて、上澄みを除去した。生理食塩水400μLを加えて沈殿した細胞を懸濁させた後、1000rpmで10分間遠心分離して細胞を沈殿させて、上澄みを除去して、水溶性高分子量物質を除去した。再度、生理食塩水400μLを加えて沈殿した細胞を懸濁させた。細胞の懸濁液について蛍光顕微鏡を用いて、可視光および蛍光(光源:アルゴンレーザー(470〜495nm)、510〜550nmの蛍光ピークを検出、露光時間1/10s)により観察し、下記の基準にて、細胞への水溶性高分子量物質の導入評価を行った。また、実施例1、比較例1、比較例3の各々について、細胞群を同じ視野で観察した光学顕微鏡写真(A)及び蛍光顕微鏡写真(B)を図1〜3に示す。
◎:可視光で確認できた細胞のうち90%以上の細胞に蛍光がみられ、水溶性高分子量物質の導入率が高い。
○:可視光で確認できた細胞のうち40%以上90%未満の細胞に蛍光がみられ、水溶性高分子量物質の導入率がやや高い。
△:可視光で確認できた細胞のうち40%未満の細胞にしか蛍光がみられず、水溶性高分子量物質の導入率が低い。
×:可視光で確認できた細胞のいずれにも蛍光がみられず、水溶性高分子量物質が導入できていない。
【0054】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子と、水溶性高分子量物質(但し、膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子を除く)とを含有する水性溶液または水性分散液を、細胞と接触させる工程を有する細胞への水溶性高分子量物質の導入方法。
【請求項2】
前記グラフト型高分子が、下記一般式(1)で表されるモノマー単位を有する高分子である請求項1に記載の方法。
【化1】

(式中、Xは、水素原子またはメチル基を表し、Xは、膜透過性ペプチドから末端アミノ基および末端カルボキシル基を除いた残基を表し、Xは、水酸基、アミノ基、炭素数1〜4のアルコキシル基又はベンジルオキシ基を表す。)
【請求項3】
前記膜透過ペプチド基を構成するアミノ酸の少なくとも1つが塩基性アミノ酸である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記水溶性高分子量物質が、核酸、ペプチド、または多糖類である請求項1〜3のいずれか1項に記載の導入方法。
【請求項5】
膜透過性ペプチド基を側鎖に有するグラフト型高分子からなる、細胞への水溶性高分子量物質の導入剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−229495(P2011−229495A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−105063(P2010−105063)
【出願日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【出願人】(000000387)株式会社ADEKA (987)
【出願人】(000174622)ニプロパッチ株式会社 (31)
【Fターム(参考)】