説明

細胞またはウイルスの回収方法

【課題】細胞またはウイルスを、その生物活性を維持しつつ、簡易かつ収率よく回収することができる細胞またはウイルスの回収方法を提供すること。
【解決手段】本発明の細胞またはウイルスの回収方法は、少なくとも表面付近が主としてリン酸カルシウム系化合物で構成された担体1の表面に付着した細胞・ウイルス(細胞またはウイルス)2を、担体1から遊離させて回収するものであり、細胞・ウイルス2が付着した担体1に、担体1に対する親和性が細胞・ウイルス2よりも大きいタンパク質を含む回収液400を接触させることにより、細胞・ウイルス2を、回収液400中に遊離させて回収するものである。回収液400に含まれるタンパク質としては、特に、カゼインが好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞またはウイルスの回収方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、培養培地や、血液等の体液中等の試料中から細胞やウイルスを回収・単離して、その生理機構を調べたり、細胞やウイルスを用いて、これらに対する特異抗体等の生体物質の検出キットを構成したりすることが行われている。これらの場合には、回収対象となる細胞やウイルスが、回収を行うための各種処理によって破壊されたり、その生物活性が損なわれたりせず、効率よく(高濃度で)回収されることが必要となる。
【0003】
試料中から細胞やウイルスを回収(単離)する方法としては、例えば、1.まず、試料を固体支持体に接触させることにより、固体支持体の表面に細胞やウイルスを付着させ、2.次に、固体支持体と試料とを分離した後、固体支持体を溶離液に接触させさせることにより、固体支持体に付着した細胞やウイルスを溶離液中に溶離して回収する方法がある(例えば、特許文献1、2参照。)。
【0004】
ここで、固体支持体としては、ガラス、シリカ、ラテックス、ポリマー物質よりなる基板や、これら材料よりなる基材に正電荷コーティングや負電荷コーティングを施した基板が用いられている。
【0005】
ところが、このような固体支持体を用いた従来の細胞回収方法では、用いる試薬や固体支持体により、細胞やウイルスが破壊されたり、その生物活性が阻害されたりするという問題があった。
【0006】
また、固体支持体と細胞やウイルスとの組み合わせによっては、固体支持体の細胞やウイルスに対する親和性が不十分であること、または、これとは逆に固体支持体に細胞やウイルスが一旦付着すると強固に結合してしまうことに起因して、細胞やウイルスを、高濃度で、かつ、その生物活性を維持した状態で回収するのが難しいという問題があった。
【0007】
【特許文献1】特表2002−507116号公報
【特許文献2】特表2005−531304号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、細胞またはウイルスを、その生物活性を維持しつつ、簡易かつ収率よく回収することができる細胞またはウイルスの回収方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的は、下記(1)〜(15)の本発明により達成される。
(1) 少なくとも表面付近が主としてリン酸カルシウム系化合物で構成された担体の表面に付着した細胞またはウイルスを、前記担体から離脱させて回収する細胞またはウイルスの回収方法であって、
前記細胞またはウイルスが付着した前記担体に、前記担体に対する親和性が前記細胞またはウイルスよりも大きいタンパク質を含む回収液を接触させることにより、前記細胞またはウイルスを前記担体から離脱させて回収することを特徴とする細胞またはウイルスの回収方法。
【0010】
これにより、細胞またはウイルスを、その生物活性を維持しつつ、前記担体に回収液を接触させるという簡易な操作で、収率よく回収することができる。
【0011】
(2) 少なくとも表面付近が主としてリン酸カルシウム系化合物で構成された担体の表面に付着した細胞またはウイルスを、前記担体から離脱させて回収する細胞またはウイルスの回収方法であって、
前記細胞またはウイルスと、前記担体に対する親和性が前記細胞またはウイルスよりも大きいタンパク質とが付着した前記担体に、さらに、前記タンパク質を含む回収液を接触させることにより、前記細胞またはウイルスを前記担体から離脱させて回収することを特徴とする細胞またはウイルスの回収方法。
【0012】
これにより、細胞またはウイルスを、その生物活性を維持しつつ、前記担体に回収液を接触させるという簡易な操作で、収率よく回収することができる。
【0013】
また、かかる構成の細胞またはウイルスの回収方法は、予め、担体の表面の一部に、前記担体に対する親和性が前記細胞またはウイルスより大きいタンパク質が付着しているので、比較的少量の前記細胞またはウイルスを回収する際に好適に適用される。
【0014】
(3) 前記タンパク質は、金属タンパク質である上記(1)または(2)に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0015】
金属タンパク質は、リン酸カルシウム系化合物に対する親和性が高いため、これを含む回収液を用いることにより、担体から細胞またはウイルスを、効率よく取り外すことができる。
【0016】
(4) 前記金属タンパク質は、カゼインである上記(3)に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0017】
カゼインは、そのリン酸基において、担体(リン酸カルシウム系化合物)の表面のカルシウムイオンと強く結合すると考えられる。このため、カゼインは、前記担体に対して優れた吸着能(高い親和性)を発揮する。さらに、カゼインは、哺乳類の乳に含まれるタンパク質であり、細胞やウイルスに与えるダメージが極めて小さいという点で優れている。
【0018】
(5) 前記回収液の前記タンパク質の濃度は0.1〜100mg/mLである上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0019】
これにより、担体から細胞またはウイルスを効率よく取り外すことができる。
【0020】
(6) 前記回収液を前記担体に接触させる時間は、1〜15分である上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
これにより、1回の処理で、多くの細胞またはウイルスを回収することができる。
【0021】
(7) 前記回収液を前記担体に接触させる際の前記回収液の温度は、2〜40℃である上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
これにより、担体から細胞またはウイルスを効率よく取り外すことができる。
【0022】
(8) 前記担体に前記回収液を接触させる際に、当該担体に対して振動または衝撃を付与する上記(1)ないし(7)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0023】
これにより、担体の表面により強固に付着する細胞またはウイルスも取り外すことができる。
【0024】
(9) 前記担体に前記回収液を接触させる処理を、複数回行う上記(1)ないし(8)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0025】
回収液による処理を複数回行うことにより、十分な数の細胞またはウイルスを回収することができる。
【0026】
(10) 前記回収液は、分解酵素およびキレート剤を実質的に含まないものである上記(1)ないし(9)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0027】
分解酵素を実質的に含まない回収液を用いることにより、細胞の生存数が低減するのをより確実に防止することができ、キレート剤を実質的に含まない回収液を用いることにより、リン酸カルシウム系化合物が分解され、前記担体の表面が潰れてしまうのを確実に防止することができる。
【0028】
(11) 前記担体に前記回収液を接触させる処理に先立って、前記細胞またはウイルスが付着した前記担体を少なくとも1回洗浄する上記(1)ないし(10)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
これにより、タンパク質による処理効果をより向上させることができる。
【0029】
(12) 前記洗浄に用いる洗浄液は、等張液である上記(11)に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
これにより、浸透圧の違いによる細胞またはウイルスの破壊を防止することができる。
【0030】
(13) 前記担体は、粒状のものである上記(1)ないし(12)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0031】
これにより、担体の表面積を増大させることができ、担体の表面に、細胞またはウイルスを効率よく付着させることができる。
【0032】
(14) 粒状の前記担体の平均粒径は、1〜1000μmである上記(13)に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0033】
これにより、担体の表面積を十分に確保することができるとともに、担体の表面に、細胞またはウイルスをより効率よく付着させることができる。
【0034】
(15) 前記リン酸カルシウム系化合物は、ハイドロキシアパタイトを主成分とするものである上記(1)ないし(14)のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【0035】
ハイドロキシアパタイトは、生体材料として用いられるものであり、細胞またはウイルスが極めて効率よく付着することができ、かつ、細胞またはウイルスに対するダメージを与える可能性が特に低い。このため、担体の少なくとも表面付近がハイドロキシアパタイトを主成分として構成されていることにより、細胞またはウイルスを、その生物活性を確実に維持して、この担体の表面により効率よく付着させることができる。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、細胞またはウイルスを、その生物活性を維持しつつ、簡易かつ収率よく回収することができる。
【0037】
また、回収液に含有させるタンパク質として金属タンパク質、特にカゼインや、塩基性タンパクを用いることにより、担体から細胞またはウイルスをより効率よく離脱させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0038】
以下、本発明の細胞またはウイルスの回収方法を添付図面に示す好適実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0039】
本発明の細胞またはウイルスの回収方法は、少なくとも表面付近が主としてリン酸カルシウム系化合物で構成された担体の表面に付着した細胞またはウイルスを、前記担体から離脱させて回収するものであり、前記細胞またはウイルスが付着した前記担体に、前記担体に対する親和性が前記細胞またはウイルスよりも大きいタンパク質を含む回収液を接触させることにより、前記細胞またはウイルスを前記担体から離脱させて回収するものである。
【0040】
まず、本発明の細胞またはウイルスの回収方法を説明するのに先立って、本発明で用いられる担体について説明する。
【0041】
図1は、本発明で用いられる担体の一例を示す断面図である。
図1に示す担体1は、粒状(好ましくは、ほぼ球状)をなしている。担体1には、ブロック状(塊状)、ペレット状、シート状等の各種形状のものを使用することもできるが、粒状のものを用いることにより、その表面積を増大させることができ、より効率よく細胞またはウイルスを付着させることができる。
【0042】
図1に示すように、担体1は、主として樹脂材料で構成された基材11と、基材11の表面を覆うように設けられ、主としてリン酸カルシウム系化合物で構成されたリン酸カルシウム系化合物層12とを有している。これにより、担体1の形状、大きさ(平均粒径等)、物性(密度等)等の調整が容易となる。なお、担体1は、その全体がリン酸カルシウム系化合物で構成されるものであってもよい。全体が、リン酸カルシウム系化合物で構成される担体1は、細胞またはウイルスをより効率よく捕捉し得る。
【0043】
また、担体1の比表面積は、5〜100m/gであるのが好ましく、15〜80m/gであるのがより好ましい。下限値を下回った場合、効率よく細胞またはウイルスを付着させることができないおそれがある。また、上限値を上回った場合、担体1の機械的強度が低下することにより担体1が破砕するおそれがある。
【0044】
基材11を樹脂材料で構成する場合、この樹脂材料としては、各種熱硬化性樹脂、各種熱可塑性樹脂を用いることができ、具体的には、熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリアミド、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリイミド、アクリル樹脂、熱可塑性ポリウレタン等、熱硬化性樹脂としては、例えば、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル、アルキド樹脂、熱硬化性ポリウレタン、エボナイド等が挙げられ、これらのうちの1種または2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0045】
リン酸カルシウム系化合物層12を構成するリン酸カルシウム系化合物としては、特に限定されず、Ca/P比が1.0〜2.0の各種化合物を用いることができ、例えば、Ca10(PO(OH)、Ca10(PO、Ca10(POCl、Ca(PO、Ca、Ca(PO、CaHPO等のうちの1種または2種以上を混合して用いることができる。
【0046】
これらの中でも、リン酸カルシウム系化合物としては、ハイドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))を主成分とするものが最適である。ハイドロキシアパタイトは、生体材料として用いられるものであり、細胞またはウイルスが極めて効率よく付着することができ、かつ、細胞またはウイルスに対するダメージを与える可能性が特に低い。
【0047】
なお、これらのリン酸カルシウム系化合物は、公知の湿式合成法、乾式合成法などによって合成することができる。この場合、リン酸カルシウム系化合物中には、その合成の際に残存する物質(原料等)または合成の過程で生じる二次反応生成物等が含まれていてもよい。
【0048】
また、リン酸カルシウム系化合物層12は、図1に示すように、基材11の表面付近に、リン酸カルシウム系化合物で構成された粒子13(以下、単に「粒子13」と言う。)の一部が貫入することにより形成されたものであるのが好ましい。これにより、リン酸カルシウム系化合物層12と基材11との密着性を優れたものとすることができる。このため、リン酸カルシウム系化合物層12の基材11の表面からの剥離を好適に防止すること、すなわち、担体1の強度を優れたものとすることができる。
【0049】
この場合、リン酸カルシウム系化合物層12は、例えば、基材11の表面に、主としてリン酸カルシウム系化合物で構成された多孔質粒子(以下、単に「多孔質粒子」と言う。)を衝突させることにより形成することができる。かかる方法によれば、容易かつ確実に、リン酸カルシウム系化合物層12を形成することができる。
【0050】
この基材11と多孔質粒子との衝突は、例えば、市販のハイブリダイゼーション装置を用いて、乾式で行うことができる。このときの条件は、例えば、基材11と多孔質粒子との混合比が、重量比で100:5〜100:30程度、装置内の温度が、基材11の主材料として用いた樹脂材料の軟化温度以下(通常、80℃以下)とされる。
【0051】
このような担体1は、その密度(比重)が水の密度に近いのものであるのが好ましい。具体的には、担体1の密度は、0.8〜1.4g/cm程度であるのが好ましく、0.9〜1.2g/cm程度であるのがより好ましい。これにより、担体1を、後述する被処理液や回収液中でより均一に懸濁させることができる。その結果、これらの液体と担体1とをより確実かつ均一に接触させることができ、担体1へ細胞またはウイルスが付着する効率や、回収液中への細胞またはウイルスの収率をより向上させることができる。
【0052】
また、担体1の平均粒径は、1〜1000μm程度であるのが好ましく、2〜100μm程度であるのがより好ましく、4〜10μm程度であるのがさらに好ましい。これにより、担体1の表面積を十分に確保することができるので、担体1への細胞またはウイルスの付着率をより向上させることができる。また、粒径が小さ過ぎると、担体1同士の間を液体が流れにくくなるおそれがある。
【0053】
次に、図1に示す担体を用いて、細胞またはウイルスを回収する回収方法(本発明の細胞またはウイルスの回収方法)の一例について説明する。
【0054】
なお、本実施形態では、[1]細胞またはウイルスを担体に付着させ、[2]この細胞またはウイルスが付着した担体を洗浄した後に、[3]担体から細胞またはウイルスを脱離させて回収する処理を行い、その後さらに、[4]細胞またはウイルスが回収された担体を洗浄する場合を代表に説明する。
【0055】
図2、3は、本実施形態の細胞またはウイルスの回収方法を模式的に示す工程図である。
【0056】
図2、3に示すように、これらの一連の工程(操作)は、例えば、ビーカー、試験管等の容器内で行われる。以下、各工程について順次説明する。
【0057】
[1]細胞またはウイルスを担体に付着させる工程
まず、担体1に付着させる細胞またはウイルス(以下、細胞またはウイルスを「細胞・ウイルス2」として表す。)を用意し、これを含む被処理液200を得る。
【0058】
細胞・ウイルス2としては、例えば、バクテリア細胞、植物細胞、動物細胞等の各種細胞、インフルエンザ、日本脳炎、デング熱、風疹、麻疹、ムンプスのような感染症等の原因となるウイルス等が挙げられる。
【0059】
細胞・ウイルス2は、凍結乾燥されたものであってもよく、血液、唾液のような体液や培養液中で培養されたもの、生活環境に存在する各種水(浴槽水、河川水、井戸水、プールの水等)等の液体に懸濁されたものであってもよい。
なお、細胞・ウイルス2が凍結乾燥されたものである場合には、これを分散液に懸濁させることによって被処理液200を得る。また、細胞・ウイルス2が液体に懸濁されたものである場合には、この懸濁液をそのまま被処理液200として用いてもよく、これを希釈液によって希釈したものを被処理液200として用いてもよい。
【0060】
ここで、分散液および希釈液としては、等張液(細胞内液の浸透圧とほぼ等しい浸透圧の液体)が好適である。これにより、分散液および希釈液が細胞・ウイルス2に接触した際における浸透圧の違いによる細胞・ウイルス2の破壊を防止することができる。
【0061】
この等張液には、例えば、Dulbecco液(PBS:phosphate buffered saline)、Locke液、Ringer液、Tyrode液、Earle液、Krebs液、生理食塩水等を用いることができる。
【0062】
次に、被処理液200を、担体1に接触させることにより、担体1に細胞・ウイルス2が付着した細胞・ウイルス付着担体3を得る。
【0063】
具体的には、担体1を容器100内に収納するとともに被処理液200を供給する(図2中(a)参照)。そして、被処理液200を振盪(揺動)、攪拌、超音波の付与等することにより、被処理液200中に担体1を分散(懸濁)させる(図2中(b)参照)。これにより、担体1の表面に細胞・ウイルス2が接触し付着する。
【0064】
次に、担体1を含有する被処理液200を静置することにより、担体1を容器100内に沈降させ、上清の被処理液200を除去して廃棄する(図2(c)参照)。
【0065】
ここで、担体1は、少なくとも表面付近が主としてリン酸カルシウム系化合物で構成されている。リン酸カルシウム系化合物は、細胞・ウイルス2に対して高い親和性を有しているので、細胞・ウイルス2が効率よく付着している。
【0066】
なお、後述するように、担体1に対する親和性が細胞・ウイルス2よりも大きいタンパク質は、リン酸カルシウム系化合物の構成元素の一つであるカルシウム(サイト)や、リン酸(サイト)を、静電的な結合等を介して、付着するものと考えられるため、本発明を適応して回収する細胞・ウイルス2としては、回収を目的とするウイルスや細胞と比べ、リン酸カルシウムへの親和性がより高いたんぱく質を選択すれば、より効率よく細胞・ウイルス2を回収することができる。
【0067】
このように各サイトに付着する細胞・ウイルス2としては、上述したような、各種細胞、さらには、デングウイルスおよび日本脳炎ウイルスが属するフラビウイルス科、インフルエンザウイルスが属するオルトミクソウイルス科、風疹ウイルスが属するトガウイルス科、麻疹ウイルスおよびムンプスウイルスが属するパラミクソウイルス科のウイルスのようなエンベロープを有するウイルスが考えられる。
【0068】
すなわち、本発明の回収方法は、各種細胞やエンベロープを有するウイルスの回収に好適に適用し得ると考えられる。
【0069】
この被処理液200を担体1に接触させる時間は、1〜240分程度であるのが好ましく、10〜180分程度であるのがより好ましい。この時間が短過ぎると、担体1に付着する細胞数またはウイルス数が少なくなり、十分に細胞・ウイルス2を回収できないおそれがあり、一方、この時間を前記上限値を超えて長くしても、それ以上の効果の増大が見込めないばかりか、細胞・ウイルス2が崩壊してしまうおそれがあり、細胞・ウイルス2を目的とする用途に使用することが困難となる。
【0070】
また、この際(処理時)の被処理液200の温度は、70℃以下であるのが好ましく、50℃以下であるのがより好ましく、5〜40℃程度であるのがさらに好ましい。処理時の被処理液200の温度が低く過ぎると、細胞・ウイルス2の種類等によっては、担体1に細胞・ウイルス2を効率よく付着させることができないおそれがあり、一方、処理時の被処理液200の温度を前記上限値を超えて高くしても、それ以上の効果の増大が見込めないばかりか、細胞・ウイルス2が崩壊して(破壊されて)しまうおそれがあり、細胞・ウイルス2を目的とする用途に使用することが困難となる。
【0071】
[2] 細胞またはウイルスが付着した担体を洗浄する第1の洗浄工程
次に、細胞・ウイルス2が担体1に付着した細胞・ウイルス付着担体3を洗浄液300により洗浄する。
【0072】
具体的には、容器100内に洗浄液300を供給する(図2中(d)参照)。そして、洗浄液300を穏やかに攪拌等することにより、洗浄液300中に細胞・ウイルス付着担体3を分散(懸濁)させる(図2中(e)参照)。次いで、静置することにより、細胞・ウイルス付着担体3を容器100内に沈降させ、上清の洗浄液300を除去して廃棄する(図2中(f)参照)。
これにより、細胞・ウイルス付着担体3の表面に残存する被処理液200を除去する。
【0073】
被処理液200中には、例えば、後述する高親和性タンパク質の担体1に対する付着を阻害する阻害物質が含まれている場合があるが、本工程[2]において、細胞・ウイルス付着担体3の表面に残存する被処理液200を極力除去しておくことにより、次工程[3]における高親和性タンパク質による処理効果をより向上させることができる。
【0074】
本工程[2]で用いる洗浄液300としては、各種のものが使用可能であるが、本実施形態のように細胞・ウイルス2の回収を目的とする場合には、等張液(細胞内液の浸透圧とほぼ等しい浸透圧の液体)が好適である。これにより、浸透圧の違いによる細胞・ウイルス2の破壊を防止することができる。
この等張液には、前記工程[1]で説明したのと同様のものが挙げられる。
【0075】
また、本工程[2]は、必要に応じて、複数回繰り返して行うようにしてもよい。これにより、細胞・ウイルス付着担体3の表面に残存する被処理液200をより確実に除去することができる。
【0076】
この場合、用いる洗浄液300は、各回において、同一のものを用いてもよく、異なる種類(条件)のものを用いるようにしてもよい。
【0077】
また、本工程[2]における洗浄の方法には、上述した方法の他、例えば、フィルター上に細胞・ウイルス付着担体3を載置して、細胞・ウイルス付着担体3に洗浄液300を供給する(例えば。ピペット等を用いて吹き掛ける)方法等を用いることもできる。
【0078】
なお、上述した阻害物質が被処理液200に含まれていない場合や、含まれていても微量である場合には、本工程を省略することもできる。
【0079】
[3] 担体に付着した細胞またはウイルスを回収する処理工程
次に、洗浄後の細胞・ウイルス付着担体3に、担体1に対する親和性が細胞・ウイルス2よりも大きいタンパク質(以下、「高親和性タンパク質」と言う。)を含む回収液400を接触させる処理を行う。
【0080】
具体的には、容器100内に高親和性タンパク質を含む回収液400を供給する(図3中(a)参照)。そして、回収液400を攪拌等することにより、図3中(b)に示すように、回収液400中に細胞・ウイルス付着担体3を分散(懸濁)させて、高親和性タンパク質を細胞・ウイルス付着担体3に接触させる。これにより、細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2が回収液400中に脱離(遊離)する。次いで、細胞・ウイルス付着担体3を含有する回収液400を静置することにより、細胞・ウイルス付着担体3を容器100内に沈降させ、上清の回収液400を回収する(図3中(f)参照)。
【0081】
これにより、細胞・ウイルス付着担体3に回収液400を接触させるという簡易な操作で、細胞・ウイルス2を、その生物活性を維持しつつ、細胞・ウイルス付着担体3から脱離させて、回収液400中に浮遊した状態で、収率よく回収することができる。
【0082】
ここで、細胞・ウイルス付着担体3に、高親和性タンパク質を含む回収液400を接触させることにより、担体1に付着している細胞・ウイルス2が脱離(遊離)するのは、次のようなメカニズムによるものと推察される。
【0083】
すなわち、細胞・ウイルス付着担体3では、細胞・ウイルス2は、リン酸カルシウム系化合物層12を足場として付着しているものと考えられる。一方、このような細胞・ウイルス付着担体3に付着する高親和性タンパク質は、リン酸カルシウム系化合物の構成元素であるカルシウム(サイト)やリン酸(サイト)を、静電的な結合等を介して付着するものと考えられる。
【0084】
そして、細胞・ウイルス付着担体3に、高親和性タンパク質が接触すると、高親和性タンパク質は、担体1に対する親和性が細胞・ウイルス2よりも大きいことに基づいて、担体1に付着している細胞・ウイルス2を、いわば押し退けるようにして、担体1に付着する。一方、細胞・ウイルス2は、高親和性タンパク質に押し退けられるように足場を失い、さらに、高親和性タンパク質の立体障害の影響を受けることによって、担体1から脱離(剥離)し、回収液400中に遊離するものと推測される。
【0085】
なお、細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2を遊離させるために用いる回収液としては、高親和性タンパク質を含む回収液400の他に、トリプシンのような分解酵素や、エチレンジアミン四酢酸のようなキレート剤を含むものも考えられる。
【0086】
しかしながら、トリプシンのような分解酵素は、細胞・ウイルス2に含まれるタンパク質を分解することにより、細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2を遊離させるが、このような分解酵素を用いた方法では、細胞・ウイルス2自体に破壊(溶解)が生じ、細胞・ウイルスの特性に悪影響をおよぼすという問題がある。一方、キレート剤は、リン酸カルシウム系化合物層12から、その構成元素の1つであるカルシウムをイオンとして捕捉して引き抜く作用を有しており、この作用を利用して細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2を遊離させることができる。しかしながら、このようなキレート剤を用いた方法では、リン酸カルシウム系化合物層12からカルシウムイオンが引き抜かれることによって、リン酸カルシウム系化合物が分解されリン酸カルシウム系化合物層12が潰れてしまうという問題がある。
【0087】
これに対して、高親和性タンパク質には、以下に例示するようなものがあるが、これらはいずれも細胞・ウイルス2に与えるダメージが小さく、その生理活性を維持した状態で、細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2を脱離させることができる。また、高親和性タンパク質は、カルシウムを取り込んだ状態でリン酸カルシウム系化合物層12の表面に付着するため、タンパク質に取り込まれたカルシウムはリン酸カルシウム系化合物層12中に保持され、リン酸カルシウム系化合物層12の分解の問題を生じないという利点がある。
【0088】
以上のことから、回収液400は、例えば、トリプシン、ペプシン、パパインのような分解酵素(消化酵素)、および、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、エチレンジアミン二酢酸(EDDA)のようなキレート剤を実質的に含まないものであるのが好ましい。このように分解酵素およびキレート剤を実質的に含まない回収液400とすることにより、上記問題点を確実に解消することができる。
【0089】
高親和性タンパク質としては、担体1に対する親和性が、前記工程[1]で担体1に付着させた細胞・ウイルス2よりも大きいものであれば、特に限定されないが、例えば、カゼイン、ビテリン、ホスビチン、シトクロムc、トランスフェリンのような金属タンパク質やアルブミンおよびミオグロビン等が挙げられる。
【0090】
このようなタンパク質の中でも、金属タンパク質が好ましく用いられる。金属タンパク質は、その分子内に金属イオンを有しているため、金属イオンとの親和性が高い。そして、リン酸カルシウム系化合物は、金属イオンであるカルシウムイオンおよびリン酸イオンを有するため、金属タンパク質は、表面付近にリン酸カルシウム系化合物層12が設けられた担体1に対して優れた吸着能(高い親和性)が得られる。
【0091】
また、金属タンパクとしては、例えば、カゼイン、ビテリン、ホスビチンのように、タンパク質の一部がリン酸化されているリン酸化タンパク質であることが好ましい。ここで、カゼイン、ビテリン、ホスビチンのようなリン酸化タンパク質は、リン酸基に結合する金属イオンとしてカルシウムを含んでいる。そして、この金属(カルシウム)イオンが金属タンパク質から離脱すると、リン酸化タンパク質は、そのリン酸基において、担体(リン酸カルシウム系化合物)の表面のカルシウムイオンと強く結合すると考えられる。このため、リン酸化タンパク質は、表面付近にリン酸カルシウム系化合物層12が設けられた担体1に対して優れた吸着能(高い親和性)を発揮する。さらに、金属(カルシウム)イオンを有するリン酸化タンパク質の中でも、カゼインは、哺乳類の乳に含まれるタンパク質であり、細胞やウイルスに与えるダメージが極めて小さいという点で優れている。
【0092】
なお、高親和性タンパク質として、金属タンパク質のような金属イオンを保有するタンパク質を用いる場合には、かかる高親和性タンパク質には、その保有する金属イオンを除去する(減少させる)処理を施しておくのが好ましい。これにより、高親和性タンパク質の担体1に対する親和性を、より高いものとすることができ、細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2を効率よく遊離させることができる。
【0093】
この金属イオンの除去方法としては、例えば、かかる高親和性タンパク質を含有する溶液(回収液400)を、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)等のキレート剤で処理する方法等が挙げられる。この場合、高親和性タンパク質を含有する溶液をキレート剤で処理する方法としては、例えば、高親和性タンパク質を含有する溶液にキレート剤を添加した後、例えばゲルろ過、限外ろ過、透析等により、高親和性タンパク質を含有する溶液からキレート剤を除去する方法が挙げられる。
【0094】
回収液400における高親和性タンパク質の濃度は、特に限定されないが、0.1〜100mg/mL程度であるのが好ましく、0.2〜10mg/mL程度であるのがより好ましい。高親和性タンパク質の濃度が低く過ぎると、高親和性タンパク質の種類等によっては、担体1から細胞・ウイルス2を効率よく取り外すことができない場合があり、一方、高親和性タンパク質の濃度を前記上限値を超えて高くしても、それ以上の効果の増大が見込めないばかりか、高親和性タンパク質の種類によっては、細胞・ウイルス2にダメージ(悪影響)が生じるおそれがある。
【0095】
また、高親和性タンパク質を溶解する溶媒としては、例えば、前記工程[1]で説明した分散液または希釈液と同様の等張液が好適である。これにより、浸透圧の違いによる細胞・ウイルス2の破壊を確実に防止することができる。
【0096】
回収液400による処理時間は、1〜15分程度であるのが好ましく、3〜5分程度であるのがより好ましい。処理時間が短過ぎると、回収液400中に遊離する細胞数またはウイルス数が少なくなり、目的とする細胞数またはウイルス数を得るには処理回数を増加させざるを得ず、その結果、回収される回収液400の液量が不要に増大し好ましくない。一方、処理時間を、前記上限値を超えて長くしても、それ以上の効果の増大が見込めないばかりか、細胞・ウイルス2にダメージを与えてしまうおそれがある。
【0097】
回収液400による処理時の回収液の温度は、2〜40℃程度であるのが好ましく、4〜37℃程度であるのがより好ましい。処理時の回収液400の温度が低く過ぎると、高親和性タンパク質の種類等によっては、細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2を効率よく取り外すことができなくなるおそれがあり、一方、処理時の回収液400の温度を前記上限値を超えて高くしても、それ以上の効果の増大が見込めないばかりか、細胞・ウイルス2にダメージ(悪影響)を与えるおそれがある。
【0098】
また、本工程[3]では、細胞・ウイルス付着担体3に回収液400を接触させる際にこの細胞・ウイルス付着担体3に対して振動または衝撃を付与するのが好ましい。これにより、担体1の表面により強固に付着する細胞・ウイルス2も取り外すことができる。
【0099】
この操作としては、例えば、回収液400とともに細胞・ウイルス付着担体3をピペット600で吸引し、排出する操作を繰り返すピペッティング操作(図3中(c)〜(e)参照)や、ピペットを用いて上清の回収液400を吸引し、担体1に吹き掛ける操作、振盪器により担体1に振動を与える方法、回収液400に超音波を付与する方法等により行うことができる。特に、図示のようなピペッティング操作によれば、細胞・ウイルス2へダメージを与えることを防止しつつ、短時間で操作を行うことができるという利点がある。
【0100】
このような本工程[3]における回収液400による細胞・ウイルス付着担体3の処理は、1回行うものであってもよいが、複数回行うのが好ましく、特に、2〜3回程度行うのがより好ましい。このように回収液400による処理を複数回行うことにより、十分な数の細胞・ウイルス2を回収することができる。なお、回収液400による処理回数を前記上限値を超えて多くしても、それ以上の細胞・ウイルス2の回収率の増大は見込めず、回収する液量が増大する場合があり、好ましくない。
【0101】
[4] 細胞またはウイルスが回収された担体を洗浄する第2の洗浄工程
次に、前記工程[3]を経て、細胞・ウイルス付着担体3から細胞・ウイルス2が取り外された担体1を、洗浄液(第2の回収液)500により洗浄(処理)する。
【0102】
具体的には、容器100内に洗浄液500を供給する(図3中(g)参照)。そして、洗浄液500を攪拌等することにより、洗浄液500中に担体1を分散(懸濁)させる(図3中(h)参照)。次いで、静置することにより、担体1を容器100内に沈降させ、上清の洗浄液500を回収する(図3中(i)参照)。
【0103】
これにより、前記工程[3]を経た後に、細胞・ウイルス付着担体3から取り外されたが、担体1の表面や容器100の内面に吸着して、前記回収液400中には回収されなかった細胞・ウイルス2を回収することができ、その結果、細胞・ウイルス2の回収率をより向上させることができる。
【0104】
本工程[4]で用いる洗浄液500としては、例えば、前記工程[1]で説明した分散液または希釈液と同様の等張液が好適である。これにより、浸透圧の違いによる細胞・ウイルス2の破壊を確実に防止することができる。
【0105】
また、洗浄液500(第2の回収液)は、このようなものに限定されず、例えば、前記回収液400と異なる条件のもの、具体的には、回収液400に対して高親和性タンパク質の濃度、種類、組成等の条件が異なるものを使用することもできる。
【0106】
なお、本工程[4]は、前記工程[3]で十分な量の細胞・ウイルス2が回収されている場合には、省略することもできるが、より細胞・ウイルス2の回収率を向上させるために必要に応じて、複数回繰り返して行うようにしてもよい。これにより、担体1の表面や容器100の内面に吸着して残存する細胞・ウイルス2をより確実に回収することができる。
【0107】
また、この場合、用いる洗浄液500は、各回において、同一のものを用いてもよく、異なる種類(条件)のものを用いるようにしてもよい。
【0108】
また、本実施形態では、高親和性タンパク質が付着していない担体1に、細胞・ウイルス2を付着させた細胞・ウイルス付着担体3を得、この細胞・ウイルス付着担体3に高親和性タンパク質を含む回収液400を接触させることにより、細胞・ウイルス2を、細胞・ウイルス付着担体3から脱離させて、回収液400中に回収する場合について説明したが、この場合に限定されず、例えば、以下のようにして細胞・ウイルス2を回収してもよい。
【0109】
すなわち、細胞・ウイルス2と、高親和性タンパク質2とが付着した担体に、さらに、高親和性タンパク質を含む回収液400を接触させることにより、細胞・ウイルス2を前記担体から離脱させて、回収液400中に回収するようにしてもよい。
【0110】
より具体的には、細胞・ウイルス2を担体1に付着させる前記工程[1]に先立って、担体1に、高親和性タンパク質を含有する溶液を供給することにより、担体1の表面の少なくとも一部に高親和性タンパク質を付着させた後に、前記工程[1]〜前記工程[4]の工程を施して、細胞・ウイルス2を回収液400中に回収するようにしてもよい。
【0111】
かかる工程を経て、細胞・ウイルス2を回収する構成とした場合、担体に細胞・ウイルス2を付着させる際には、予め、担体の表面の一部には高親和性タンパク質が付着しているので、比較的少量の細胞・ウイルス2を回収する際に、かかる構成の回収方法が好適に適用される。さらに、担体に付着した細胞・ウイルス2を回収する前記工程[3]で用いられる回収液400中の高親和性タンパク質の濃度を低くしたり、回収液400による処理時間を短く設定できるという利点も得られる。
【0112】
以上、本発明の細胞またはウイルスの回収方法について説明したが、本発明は、これらに限定されるものではなく、必要に応じて任意の工程が追加されてもよい。
【実施例】
【0113】
次に、本発明の具体的実施例について説明する。
1.担体の用意
まず、平均粒径7μm、密度1.02g/cmのナイロン粒子(基材)50gと、Ca/P比1.67、平均粒径10μmのハイドロキシアパタイト粒子(一次粒子が凝集結合した多孔質粒子)10gとを用意した。
【0114】
なお、ハイドロキシアパタイト粒子は、その比表面積が45m/g、かつ、その細孔径が600Åであった。
【0115】
次に、これらナイロン粒子およびハイドロキシアパタイト粒子をNARAハイブリダイゼーションシステムNHS−1((株)奈良機械製作所製、定格動力5.5kW、定格電流23A)に投入し、この装置を8000回転/分、32〜50℃で7分間稼動させた。これにより、表面がハイドロキシアパタイトで被覆された担体(図1参照)を得た。
【0116】
なお、得られた担体は、平均粒径9μm(ハイドロキシアパタイト被覆層の平均厚さ1μm)、密度1.03g/cmであった。
【0117】
2.インフルエンザウイルスを用いた検討
(2−1)ウイルス懸濁液(被処理液)の用意
1500rpmで5分間遠心分離した後に上清を除去したインフルエンザウイルス溶液(B/大阪/72/CCAstandard)を、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)を用いて5倍希釈したものをウイルス懸濁液とした。
【0118】
(2−2)担体分散液の調製
<1A> まず、0.1g担体を用意し、この担体をチューブ(ファルコンチューブ)内に収納した。そして、このチューブ内に、10%エタノール含有PBS溶液を、全量が10mLとなるように供給した。
【0119】
<2A> 次に、チューブ内の担体を、ボルテックスを用いてほぐした後、37℃で1時間ローテートした。
【0120】
<3A> 次に、ローテートした後の分散液を、1500rpmで5分間遠心分離し、その後、上清を、アスピレータを用いて廃棄した。
【0121】
<4A> 次に、チューブ内に、全量が10mLとなるようにPBSを供給することにより、1%の担体を含む担体分散液(1%担体分散液)を得た。
【0122】
(2−3)担体へのウイルス付着性能の検討
<1B> まず、2mLエッペンドルフチューブを5本(第1のチューブ〜第5のチューブ)×8組用意し、そのうち第2のチューブ〜第5のチューブにPBSを200μLずつ供給し、第1のチューブには1%担体分散液を200μL供給した。
【0123】
<2B> 次に、第2のチューブに、1%担体分散液200μLを供給して攪拌し、この第2のチューブ内から担体分散液200μLを分注し、このものを、第3のチューブに供給して攪拌した。
【0124】
この操作を、第3のチューブから第4のチューブへ、第4のチューブから第5のチューブへと同様に行うことにより、担体分散液を倍々希釈した。その結果、第1のチューブ〜第5のチューブ内に、それぞれ、担体濃度が1wt%、0.5wt%、0.25wt%、0.125wt%、0.063wt%の担体分散液(200μL)を得た後、1500rpmで5分間遠心し、上清を取り除く。
【0125】
<3B> 次に、第1〜第5のチューブ内に、それぞれ、ウイルス懸濁液を200μLずつ分注し、その後、37℃で1時間ローテートを行うことにより、担体にインフルエンザウイルスを付着させた。
【0126】
また、これとは別に、コントロール用の2mLエッペンドルフチューブ(チューブC1)を用意し、このチューブC1内に、ウイルス懸濁液を200μL分注し、37℃で1時間ローテートを行った。
【0127】
<4B> 次に、各チューブ内の分散液を、1500rpmで5分間遠心分離した後、各チューブ内の上清の一部を採取した。そして、各上清について、赤血球凝集反応を用いてインフルエンザウイルスの検出試験を行った。
【0128】
赤血球凝集反応とは、ウイルスが赤血球の表面に存在する糖鎖と結合する反応を利用したウイルスの検出方法である。
【0129】
より詳しくは、ウイルスの存在する溶液の入ったU底のマイクロプレートのウェルに赤血球を加えると、赤血球同士がウイルスを介してシート状に広がった状態でウェルの底全体に沈降する反応のことである。ウイルスの存在しないウェルでは、赤血球はウェルの底の中心部に凝集する。
【0130】
そのため、ウェルの底部に赤血球が凝集した場合には「陰性」、赤血球の凝集が認められないか、認められたとしてもごく僅かな凝集であった場合には「陽性」と判定することができる。また、ウイルスの存在する溶液の濃度を段階的に希釈し赤血球凝集反応の有無を観察することでウイルスの濃度を推測することが可能となる。
【0131】
本実施例では、第1のチューブ〜第5のチューブおよびチューブC1に対応させて6列のウェルを用い、各列を構成する各ウェルに、それぞれのチューブ内の原液の上清、および、この上清を倍々希釈した希釈上清を注入し、「陰性」および「陽性」の判定を行った。
【0132】
各チューブについて、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率を表1に、担体の含有量と、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を図4に示す。なお、この最大希釈倍率が大きいもの程、上清に含まれるインフルエンザウイルスの量が多いことを意味する。
【0133】
【表1】

【0134】
表1および図4に示すように、担体の含有量が多いチューブ程、「陽性」と判定される最大希釈倍率が小さくなった。すなわち、上清に含まれるインフルエンザウイルスの含有量が少なくなった。このことは、担体が、インフルエンザウイルスを付着する機能を有しており、担体の含有量が多くなる程、担体に付着するインフルエンザウイルスの量が多くなるため、その分、上清に含まれるインフルエンザウイルスの量が少なくなっていると考えられる。
【0135】
(2−4)回収液のウイルス遊離性能の検討
<1C> まず、前記(2−3)の工程<4B>で上清の一部を採取した各チューブ(第1のチューブ〜第5のチューブ)内の残りの担体分散液を、1500rpmで5分間遠心分離した後、上清をアスピレータを用いて廃棄した。
【0136】
<2C> 次に、各チューブ内に、カゼイン溶液(濃度300μg/mL)を200μLずつ分注し、その後、37℃で1時間ローテートを行うことにより、インフルエンザウイルスが付着した担体にカゼインを接触させた。
【0137】
<3C> 次に、各チューブ内の担体分散液を、1500rpmで5分間遠心分離した後、各チューブ内の上清の一部を採取し、前記工程<4B>で説明したのと同様にしてインフルエンザウイルスの検出試験を行った。
【0138】
各チューブについて、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率を表2に、担体の含有量と、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を図5に示す。
【0139】
【表2】

【0140】
表2および図5に示すように、担体の含有量が多いチューブ程、「陽性」と判定される最大希釈倍率が大きくなった。すなわち、上清に含まれるインフルエンザウイルスの含有量が多くなった。このことは、カゼインが、担体に付着するインフルエンザウイルスを遊離する機能を有しており、担体の含有量が多くなる程、上清中に遊離するインフルエンザウイルスの量が多くなったものと考えられる。
【0141】
3.デングウイルスを用いた検討
(3−1)ウイルス懸濁液(被処理液)の用意
不活化した4種類の血清型のデングウイルス(デング1型、デング2型、デング3型、デング4型)を混合したウイルス溶液(186μg/mL)をPBS用いて希釈することにより、25μg/mLのデングウイルス懸濁液を用意した。
【0142】
(3−2)担体分散液の調製
担体分散液に含まれる担体の濃度が5%となるように調整したこと以外は、前記工程(2−2)と同様にして、担体分散液(5%担体分散液)を得た。
【0143】
(3−3)担体のウイルス付着性能の検討
<1D> まず、前記(2−3)で説明したのと同様の方法を用いて、5%担体分散液を倍々希釈することにより、各チューブ(第6のチューブ〜第14のチューブ)内に、それぞれ、担体濃度が5wt%、2.5wt%、1.25wt%、0.63wt%、0.32wt%、0.15wt%、0.08wt%、0.04wt%、0.02wt%の担体分散液(200μL)を得た後、1500rpmで5分遠心し、上清を除去した。
【0144】
<2D> 次に、第6〜第14のチューブ内に、それぞれ、ウイルス懸濁液を200μLずつ分注し、その後、4℃で1時間ローテートを行うことにより、担体にデングウイルスを付着させた。
【0145】
また、これとは別に、コントロール用の2mLエッペンドルフチューブ(チューブC2およびチューブC3)を用意し、これらチューブ内にデングウイルス懸濁液を200μLずつ分注した。そして、チューブC2は37℃で1時間静置し、チューブC3は、37℃で1時間ローテートを行った。
【0146】
<3D> 次に、各チューブ内の分散液を、1500rpmで5分間遠心分離した後、各チューブ内の上清の一部を採取した。そして、各上清について、赤血球凝集法を用いてデングウイルスの検出試験を行った。
【0147】
各チューブ(第6〜第14のチューブ、チューブC2、C3)について、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率を表3に、担体の含有量と、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を図6に示す。なお、この最大希釈倍率が大きいもの程、上清に含まれるデングウイルスの量が多いことを意味する。
【0148】
【表3】

【0149】
表3および図6に示すように、担体の含有量が多いチューブ程、「陽性」と判定される最大希釈倍率が小さくなった。すなわち、上清に含まれるデングウイルスの含有量が少なくなった。このことは、担体が、デングウイルスを付着する機能を有しており、担体の含有量が多くなる程、担体に付着するデングウイルスの量が多くなるため、その分、上清に含まれるデングウイルスの量が少なくなっていると考えられる。
【0150】
(3−4)回収液のウイルス遊離性能の検討
<1E> まず、前記(3−3)の工程<3D>で上清の一部を採取した各チューブ(第6のチューブ〜第14のチューブ)内の残りの担体分散液を、1500rpmで5分間遠心分離した後、上清をアスピレータを用いて廃棄した。
【0151】
<2E> 次に、各チューブ内に、カゼイン溶液(濃度300μg/mL)を200μLずつ分注し、その後、37℃で1時間ローテートを行うことにより、デングウイルスが付着した担体にカゼインを接触させた。
【0152】
<3E> 次に、各チューブ内の担体分散液を、1500rpmで5分間遠心分離した後、各チューブ内の上清の一部を採取し、前記工程<4B>で説明したのと同様にしてデングウイルスの検出試験を行った。
【0153】
各チューブについて、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率を表4に、担体の含有量と、「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を図7に示す。
【0154】
【表4】

【0155】
表4および図7に示すように、担体濃度1.25wt%を超えるチューブにおいて、担体に吸着していたウイルスが溶液中に放出されたことが確認された。なお、0.63wt%以下の担体濃度のチューブにおいてもウイルスの放出は行われたと考えられるが担体の数量が少ないために放出されたウイルスを検出できなかったものと考えられる。
【0156】
また、ウイルスの放出量が担体濃度1.25wt%を最大にして、担体濃度が上がるにつれて放出されるウイルス量が低下している。このことは、担体量が多いためタンパク質の結合するサイトが増え、カゼインがウイルスを押しのけることなく担体表層の結合サイトに結合できるサイトが出現した為と考えられる。
【0157】
以上の結果から、表面付近がリン酸カルシウム系化合物で構成された担体は、各種ウイルスを付着する機能を有しており、担体に付着したウイルスは、カゼインのような担体に対して高い親和性を有するタンパク質によって遊離させて回収できることがわかった。
【図面の簡単な説明】
【0158】
【図1】本発明で用いられる担体の一例を示す断面図である。
【図2】本実施形態の細胞またはウイルス回収方法を模式的に示す工程図である。
【図3】本実施形態の細胞またはウイルス回収方法を模式的に示す工程図である。
【図4】担体にインフルエンザウイルスを接触させた後において、担体の含有量と、インフルエンザウイルスが「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を示す図である。
【図5】担体にカゼインを接触させた後において、担体の含有量と、インフルエンザウイルスが「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を示す図である。
【図6】担体にデングウイルスを接触させた後において、担体の含有量と、デングウイルスが「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を示す図である。
【図7】担体にカゼインを接触させた後において、担体の含有量と、デングウイルスが「陽性」と判定された上清の最大希釈倍率の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0159】
1 担体
11 基材
12 リン酸カルシウム系化合物層
13 粒子
2 細胞・ウイルス
3 細胞・ウイルス付着担体
100 容器
200 被処理液
300 洗浄液
400 回収液
500 洗浄液
600 ピペット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも表面付近が主としてリン酸カルシウム系化合物で構成された担体の表面に付着した細胞またはウイルスを、前記担体から離脱させて回収する細胞またはウイルスの回収方法であって、
前記細胞またはウイルスが付着した前記担体に、前記担体に対する親和性が前記細胞またはウイルスよりも大きいタンパク質を含む回収液を接触させることにより、前記細胞またはウイルスを前記担体から離脱させて回収することを特徴とする細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項2】
少なくとも表面付近が主としてリン酸カルシウム系化合物で構成された担体の表面に付着した細胞またはウイルスを、前記担体から離脱させて回収する細胞またはウイルスの回収方法であって、
前記細胞またはウイルスと、前記担体に対する親和性が前記細胞またはウイルスよりも大きいタンパク質とが付着した前記担体に、さらに、前記タンパク質を含む回収液を接触させることにより、前記細胞またはウイルスを前記担体から離脱させて回収することを特徴とする細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項3】
前記タンパク質は、金属タンパク質である請求項1または2に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項4】
前記金属タンパク質は、カゼインである請求項3に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項5】
前記回収液の前記タンパク質の濃度は0.1〜100mg/mLである請求項1ないし4のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項6】
前記回収液を前記担体に接触させる時間は、1〜15分である請求項1ないし5のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項7】
前記回収液を前記担体に接触させる際の前記回収液の温度は、2〜40℃である請求項1ないし6のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項8】
前記担体に前記回収液を接触させる際に、当該担体に対して振動または衝撃を付与する請求項1ないし7のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項9】
前記担体に前記回収液を接触させる処理を、複数回行う請求項1ないし8のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項10】
前記回収液は、分解酵素およびキレート剤を実質的に含まないものである請求項1ないし9のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項11】
前記担体に前記回収液を接触させる処理に先立って、前記細胞またはウイルスが付着した前記担体を少なくとも1回洗浄する請求項1ないし10のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項12】
前記洗浄に用いる洗浄液は、等張液である請求項11に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項13】
前記担体は、粒状のものである請求項1ないし12のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項14】
粒状の前記担体の平均粒径は、1〜1000μmである請求項13に記載の細胞またはウイルスの回収方法。
【請求項15】
前記リン酸カルシウム系化合物は、ハイドロキシアパタイトを主成分とするものである請求項1ないし14のいずれかに記載の細胞またはウイルスの回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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