細胞ストレス状態のバイオマーカー
【課題】従来法よりも簡便で精度のよい細胞ストレス状態の判定方法や細胞ストレス状態の検出キット、細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を提供することを課題とした。
【解決手段】1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンを細胞ストレス状態の早期マーカーとして利用できることを見いだし、本発明を完成するに至った。解決手段として、検体の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することにより組織の細胞ストレス状態を判定する。また、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗シュードウリジンモノクローナル抗体、又は抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を含む細胞ストレス状態検出キットを提供する。
【解決手段】1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンを細胞ストレス状態の早期マーカーとして利用できることを見いだし、本発明を完成するに至った。解決手段として、検体の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することにより組織の細胞ストレス状態を判定する。また、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗シュードウリジンモノクローナル抗体、又は抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を含む細胞ストレス状態検出キットを提供する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体から1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することによる細胞ストレス状態の判定方法や、抗1−メチルアデノシン抗体、抗5−メチルシチジン抗体又は抗シュードウリジン抗体を含むことを特徴とする細胞ストレス状態検出キットや、細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血とは、組織や臓器への血液の流入が、減少あるいは途絶した状態をいい、脳梗塞、心筋梗塞、腎梗塞、腎血管性高血圧、炎症性大腸疾患、ミトコンドリア病、神経筋変性疾患、糖尿病などの様々な疾患で起こる。従来、この虚血の状態は、超音波や心電図、脳虚血シンチグラフィなどを用いて診断されてきたが、これらの方法には専用の高価で大掛かりな装置が必要であるという問題があった。また、部位及び疾患非特異的虚血マーカーとして、タンパク質、脂質、酵素、ホルモンなどの高分子物質を測定する方法が提案されているが、実用化に至っていない。そのため、組織の虚血を簡便に判定することができる方法が望まれていた。
【0003】
小胞体(ER)ストレスとは、異常なタンパク質が、タンパク質合成の場である細胞内小器官(小胞体)の内部に蓄積する状態をいう。細胞が小胞体ストレスに応答できない場合にはアポトーシスが誘導されることが知られており、このアポトーシスが神経変性疾患や糖尿病などさまざまな疾患に関与することが明らかになりつつある(特許文献1)。また、虚血、小胞体ストレスのほか、ミトコンドリア障害、放射線障害、酸化ストレス、低酸素ストレスなどの細胞ストレスは、細胞機能の低下をもたらし、細胞の機能が回復しない場合はアポトーシスの誘導などにより細胞死を引き起こす。細胞ストレスによる影響を検知することができれば、いち早く体の不調を察知し自覚症状が現れる前に早期の治療を開始することができる。
【0004】
アデノシンはプリンヌクレオシドの1つであるアデニンとリボースからなるヌクレオチドであり、1−メチルアデノシンは、アデノシンの1位がメチル化された化合物である。ヒトtRNAにおいて、58番目のアデノシンは、4番目のループ(Tループ、TΨCループともいう)のL字型の関節部(エルボーともいう)に存在し、メチル化された1−メチルアデノシンであることにより陽性の電荷をもちリボソームとの結合に関与すると考えられている(図1)。また、1−メチルアデノシンは、アポトーシスやオートファジーによっても、血液や尿中に排出されることが知られている。アポトーシスは、ミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患で認められ、オートファジーは、感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、バッテン病など)、空胞化を伴う筋疾患(ダノン病など)、クローン病その他の自食作用を伴う疾患で認められる。さらに、血中1−メチルアデノシン濃度は、腎機能(GFR;糸球体ろ過量)との相関性が高い傾向があり、腎不全の早期診断マーカーの一つとして開示されているが(特許文献2)、虚血との関係は全く不明である。
【0005】
ウリジンはピリミジンヌクレオシドの1つであるウラシルとリボースからなるヌクレオシドであり、シュードウリジンはウリジンのN−グリコシド結合を解裂、ウラシル環を180度回転、そして新たなC1’−C5のC−C結合を形成する異性化反応によりシュードウリジン化される。シュードウリジンはRNA分子の高次構造安定化や分子認識機能を担っており、シュードウリジン合成酵素はRNA中の特定の位置にあるウリジンをシュードウリジン化することで、RNAの成熟化に寄与していると考えられている。シチジンはピリミジンヌクレオシドの1つであるシトシンとリボースからなるヌクレオチドであり、5−メチルシチジンは、シチジンの5位がメチル化された化合物である。
【0006】
これまでに特許文献3、特許文献4、及び非特許文献1には抗1−メチルアデノシン抗体が、特許文献5には抗シュードウリジンモノクローナル抗体が、そして特許文献6には抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体が開示されているが、これまで1−メチルアデノシン、シュードウリジン、5−メチルシチジンが細胞ストレス状態の早期マーカーとなることは全く明らかではなかった。また、特許文献7には小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階的に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無によるBiP検出開始濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価する方法が開示されているが、細胞抽出液の試料を複数準備し、煩雑で技術的熟練を要する操作が必要であるなどの問題があった。また特許文献8にはヒトヘムオキシゲナーゼ−1と反応するモノクローナル抗体又はその可変領域からなる抗体結合部位を含む抗体フラグメントを用いて細胞又は組織におけるヒトヘムオキシゲナーゼ−1を検出することによる細胞又は組織におけるストレスの検出方法が開示されているが、タンパク質を検出対象とした場合は、検体中のタンパク質を安定に保つために検体に特別の処理を施す手間や、品質管理などに細心の注意を払う必要があるなどの問題があった。そこで、尿や血液を検体として検体中の安定な物質を容易に測定することによる、簡便で容易な細胞ストレス状態の検出方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−037722号公報
【特許文献2】WO/2011/027573公開パンフレット
【特許文献3】特開昭62−299766号公報
【特許文献4】特開平3−154867号公報
【特許文献5】特公平4−21479号公報
【特許文献6】特表2008−502332号公報
【特許文献7】特開2008−131899号公報
【特許文献8】特開2002−112791号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Masuda M., et al., Cancer, 72, 3571-3578 (1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、簡便に細胞ストレス状態を判定する方法や、細胞ストレス状態検出キットや、細胞ストレス状態の予防又は治療剤のスクリーニング方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗シュードウリジンモノクローナル抗体、又は抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を用いて、組織切片の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することにより細胞ストレス状態を検出できることから、1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンを細胞ストレス状態の早期マーカーとして利用できることを見いだし、本研究を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は[1](a)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;(b)工程(a)で修飾核酸の増加又は局在変化があった場合、細胞ストレス状態と判定する工程;の工程(a)及び(b)を備えたことを特徴とする細胞ストレス状態の判定方法や、[2]細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする前記[1]記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[3]検体が血液、尿、組織、培養細胞、又は細胞培養上清であることを特徴とする前記[1]又は[2]記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[4]検出が免疫学的測定法であることを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれかに記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[5]免疫学的測定法がELISA法又は免疫染色法であることを特徴とする前記[4]記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[6]免疫学的測定法が受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を用いることを特徴とする前記[4]又は[5]記載の細胞ストレス状態の判定方法からなる。
【0012】
また、本発明は[7]抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする細胞ストレス状態の検出キットや、[8]受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする前記[7]記載の細胞トレス状態の検出キットや、[9]細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする前記[8]記載の細胞ストレス状態の検出キットや、[10](A)細胞ストレスを負荷する前後、若しくは細胞ストレスを負荷している間の非ヒト動物又は培養細胞に被検物質を投与する工程;(B)工程(A)の非ヒト動物又は培養細胞から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;(C)工程(B)で修飾核酸が増加しない、又は修飾核酸が細胞内局在変化しない場合、被検物質を細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;の工程(A)〜(C)を備えたことを特徴とする細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法からなる。
【0013】
さらに、本発明は[11]抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22120のハイブリドーマや、[12]抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22122のハイブリドーマや、[13]抗シュードウリジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22121のハイブリドーマからなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することにより、細胞ストレス状態を判定することや、細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニングを行うことができる。また、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含む細胞ストレス状態の検出キットや、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22120のハイブリドーマや、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22122のハイブリドーマや、抗シュードウリジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22121のハイブリドーマを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】tRNAと1−メチルアデノシンについて示す図である。
【図2】1−メチルアデノシン及びシュードウリジンの構造及び抗原提示部位、ならびに5−メチルシチジンの構造を示す図である。
【図3】抗1−メチルアデノシン抗体を用いて、虚血前(上段)、虚血解除直後(中央段)、再灌流1時間後(下段)の腎臓組織切片を染色した。皮質(左側)及び髄質外層(右側)を示す。矢印はcTAL(cortical Thick Ascending Limb of Henle's Loop;皮質ヘンレループ上行脚肉厚部)を、白抜き矢印は糸球体を示す。
【図4】虚血処理をしていないラットの腎臓組織切片を、抗1−メチルアデノシン抗体(上から1及び2段目)、抗5−メチルシチジン抗体(上から3段目)、又は抗シュードウリジン抗体(上から4段目)を用いて染色した。髄質内層(左側)、髄質外層(中央)、及び皮質(右側)を示す。
【図5】虚血再灌流後1時間のラットの腎臓組織切片を、抗1−メチルアデノシン抗体(上から1及び2段目)、抗5−メチルシチジン抗体(上から3段目)、又は抗シュードウリジン抗体(上から4段目)を用いて染色した。髄質内層(左側)、髄質外層(中央)、及び皮質(右側)を示す。矢印は染色部位を示す。
【図6】虚血再灌流後8時間のラットの腎臓組織切片を、抗1−メチルアデノシン抗体(上から1段目)、抗5−メチルシチジン抗体(上から2段目)、又は抗シュードウリジン抗体(上から3段目)を用いて染色した。髄質内層(左側)、髄質外層(中央)、及び皮質(右側)を示す。矢印は染色部位を示す。
【図7】抗1−メチルアデノシン抗体を用いた虚血ラット腎臓TALの免疫電子顕微鏡観察結果を示す。
【図8】ラット脳梗塞モデルの脳組織切片をHE(ヘマトキシンエオシン)(上段)、抗1−メチルアデノシン抗体(中段)、又は抗5−メチルシチジン抗体(下段)を用いて染色した結果を示す。右上にラット脳における脳梗塞領域を模式図にて表し、虚血領域及び正常領域の境界部分(左から1及び2番目)、虚血領域(左から3番目)、正常領域(左から4番目)を示す。
【図9】腎臓虚血モデルブタの腎静脈血及び動脈血中の1−メチルアデノシン濃度を測定した結果を示す。グラフの縦軸は1−メチルアデノシン濃度(ng/ml)を表し、横軸は時間軸である。
【図10】ヒト近位尿細管上皮細胞RPTEC細胞の1−メチルアデノシン、ミトコンドリア、核の三重染色結果を示す。
【図11】弓部置換術中の患者の腎静脈付近で採血した血液中の1−メチルアデノシン濃度を測定した結果を示す。グラフの縦軸は1−メチルアデノシン濃度(ng/ml)を表し、横軸は時間軸である。
【図12】腎動脈拡張術後の患者の末梢血液中の1−メチルアデノシン濃度及びクレアチン値を測定した結果を示す。グラフの縦軸は1−メチルアデノシン濃度(ng/ml)を表し、横軸は時間軸である。
【図13】弓部置換術中の患者から採取した血清サンプルを分子量(50K、30K及び10K)で限外ろ過により分画し、ろ液中の1−メチルアデノシン濃度値を測定した結果を示す。「末梢」は末梢部から採取した血清サンプルを、「1」は腎静脈付近から採取した血清サンプルを表す。
【図14】20%酸素(O2)の通常培養(コントロール)又は1%酸素の低酸素負荷培養24時間後の、細胞lysate又は培地中の1−メチルアデノシン濃度値を測定した結果を示す。
【図15】X線照射(radiation)前後の末梢血リンパ球における1−メチルアデノシンの細胞内局在を、免疫蛍光染色法により観察した結果を示す。
【図16】1−メチルアデノシンを検出することにより、生体における放射線障害の有無を検知することができることを示す図である。rad12hrはX線を照射したマウス、controlはX線を照射していないマウスを表す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において「細胞ストレス」とは、細胞が環境から与えられる有害刺激(ストレッサー)をいい、かかる環境はインビトロでもインビボでもよく、「細胞ストレス状態」とは、細胞が細胞ストレスの負荷により悪影響を受けた状態をいう。例えば、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質などの細胞ストレスを受けると、細胞内に変性タンパク質が生成され、この変性タンパク質が小胞体に蓄積することで細胞に対して悪影響が及ぼされ、その結果として、小胞体ストレスと呼ばれる細胞ストレス状態に陥ることが知られている。また細胞が熱等の細胞ストレスにさらされた際には、分子シャペロンとして機能する熱ショックタンパク質の発現が上昇して、細胞を保護する機構が引き起こされることが知られている。以上のように、細胞が細胞ストレスを受けて細胞ストレス状態に陥ると、様々な細胞のストレス応答機構が引き起こされて細胞ストレスへの適応や細胞の機能回復がはかられるが、うまく対処しきれない場合には最終的にアポトーシスが誘導される。本発明における細胞ストレスとしては特に制限されず、インビトロでは細胞の置かれた培養条件等により細胞に与えられる有害刺激、インビボでは生体の変調などにより細胞に与えられる有害刺激を挙げることができ、物理的(圧力、温度、低酸素、放射線等)、化学的(薬物、酸化等)、生物的(細菌やウイルスの感染、小胞体ストレス等)な刺激を細胞ストレスに挙げることができる。これらの細胞ストレスは、1種類でも、2種類以上が組み合わされたものでもよく、具体的に細胞ストレスが全て特定され明らかになっていなくてもよい。また、生体内の組織や細胞がさらされる細胞ストレスには生体の疾患も挙げることができ、疾患に罹患した生体内の細胞は、疾患に起因する細胞ストレス状態にあることがある。本発明における細胞ストレスの起因となる疾患は特に制限されず、内因性疾患でも外因性疾患でもよく、梗塞など虚血が関与する疾患、ミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患などのアポトーシスが認められる疾患や、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患、空胞化を伴う筋疾患、クローン病その他の自食作用を伴う疾患などのオートファジーが認められる疾患、貧血、栄養失調、アレルギー症状など自己免疫応答疾患、白血病、がん、腎臓病、高血圧や高コレステロールなどの生活習慣病、糖尿病、細菌やウイルスの感染症等の疾患のほか、外傷や外科的処置等に起因する症状、放射線曝露による放射線障害や、低酸素による低酸素症などを挙げることができる。中でも、虚血、低酸素症、及び/又は放射線障害を好適に例示することができる。
【0017】
本発明における虚血としては、動脈血量の減少による局所の貧血であればよく、内因的な疾患に起因するものでも、外科的手術等の際に人工的に引き起こされるものでもよい。すなわち、細胞ストレス状態を検出することにより、細胞ストレスの原因となっている疾患、例えば虚血が引き起こされる疾患の有無を検知、あるいは外科的手術等で人工的に引き起こした虚血の状態をモニターすることができる。また、本発明における低酸素症としては、低酸素にさらされることに起因する症状であればよく、低酸素としては生体又は細胞等の通常の生育環境の酸素濃度の、好ましくは1/2以下、更に好ましくは1/5以下、最も好ましくは1/10以下の酸素濃度を挙げることができる。具体的には、哺乳類や鳥類等の大気中で生活する生物や、それら由来の細胞にとって、低酸素とは一般的な大気中の酸素濃度である20%より低い酸素濃度であり、好ましくは0〜10%、更に好ましくは0〜4%、最も好ましくは0〜2%の酸素濃度を挙げることができる。さらに、本発明における放射線障害としては、放射線にさらされることに起因する症状であればよく、放射線の種類やエネルギー量は特に制限されず、線種としてはアルファ線(α線)、ベータ線(β線)、ガンマ線(γ線)、エックス線(X線)、紫外線(UV)などを挙げることができ、いずれか1種のみ単独でも、2種以上の混合でもよく、また内部被曝や外部被曝いずれでもよい。例えば虚血や低酸素症、放射線障害が起こる可能性が予想される場合に細胞ストレス状態と判定された場合には、早期に予防及び/又は治療や、環境調査や原因の予防及び/又は改善の措置を講じることができる。
【0018】
本発明における検体としては特に制限されず、生体から採取された組織や体液などの試料、人工培養細胞あるいはその培養液などを挙げることができ、血液、尿、組織切片、培養細胞、及び/又は細胞培養液を好適に例示することができる。血液を検体とする場合は、適宜血液凝固剤や防腐剤、防かび剤などを添加することや、赤血球や白血球、血漿などの特定の成分を除去することや、血清を用いることも、リンパ球など特定の成分のみを抽出することもできる。また、限外ろ過などにより試料中の成分を分子量により分画して検体とすることもできる。尿を検体とする場合は、適宜防腐剤、防かび剤などを添加してもよい。また組織を検体とする場合は、適宜固定処理などを施された組織切片とすることもできる。培養細胞は、株化された細胞株でもよく、生体から採取された血液や組織から採取した細胞の初代培養細胞などでもよい。検体の由来も特に制限されず、ヒト、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウス、ハムスター、トリ等を挙げることができ、ヒト、マウスを好適に例示することができる。本発明の細胞ストレス状態の判定方法は微量サンプルから細胞ストレス状態を判定することができることから、検体採取のための生体への負担が少ないという利点があり、また体の小さいマウスなどの実験動物を用いた場合にも経時的に微量血液を採取し、細胞ストレス状態をモニターするために有効に利用することもできる。
【0019】
本発明において「修飾核酸を検出」とは、修飾核酸の有無を確認、修飾核酸を定量、又は修飾核酸を可視化することをいい、公知の方法を用いることができる。本発明における検出方法としては、検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することができる方法であれば特に制限されず、免疫学的測定法、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)法、CE(キャピラリー電気泳動)法、HPLC/MS(質量分析)法、CE/MS法、MS/MS法、LC/MS/MS法などを挙げることができ、好ましくは免疫学的測定法を挙げることができる。また免疫学的測定法としては、これらの修飾核酸に特異的な抗体を用いて1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することができる方法であればよく、ELISA法や免疫染色法、ウェスタンブロッティング法、フローサイトメトリー法、免疫沈降法、免疫電気泳動法などを挙げることができ、ELISA法や免疫染色法を好適に例示することができる。ELISA法としては直接吸着法、競合法、サンドイッチ法いずれを使用することもでき、中でも微量サンプルの検出に向いた競合法を好適に例示することができる。免疫染色法は、抗体を用いて目的分子を染色する方法であればよく、例えば、実体顕微鏡や位相差顕微鏡、共焦点蛍光顕微鏡、電子顕微鏡などを用いて観察し検出することができる。免疫組織染色においては組織切片の修飾核酸を、修飾核酸に対する標識された一次抗体を用いて、又は修飾核酸に対する一次抗体及び標識された二次抗体を用いて検出することもできる。一次抗体や二次抗体の標識としては、検出可能な標識物質であればよく、FITCやCy3、Cy5、Rhodamine、Alexa fluor(登録商標、インビトロジェン社製)などの蛍光物質や、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素、ビオチンなどのタンパク質、DIG(ジゴキシゲニン)などのハプテン、金コロイド、放射性同位体元素などを挙げることができる。ペルオキシダーゼ標識は、DAB(ジアミノベンジジ)法、ニッケルDAB法で検出することもでき、アルカリホスファターゼ標識はNBT/BCIP反応で検出することもできる。また、他にTSA法(tyramide signal amplification)やビオチン・アビジン反応を利用した増感法なども適宜組み合わせて使用することができる。
【0020】
本発明における免疫学的測定法に用いられる抗体としては、修飾核酸である1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン、又はシュードウリジンを特異的に認識できる抗体であればよく、例えばモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体等の抗体や、マウス、ラット、ブタ、ヤギ、ヒツジ等由来の抗体を挙げることができ、好ましくはマウスモノクローナル抗体である。中でも受託番号FERM P−22120のハイブリドーマ(AMA−2)が産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマ(FMC9)が産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマ(APU−6)が産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を好適に例示することができる。これらの抗体は、標識されていても、標識されていなくてもよく、標識物質としてはFITCやCy3、Cy5、Rhodamine、Alexa fluor(登録商標、インビトロジェン社製)などの蛍光物質や、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素、ビオチンなどのタンパク質、DIG(ジゴキシゲニン)などのハプテン、金コロイド、放射性同位体元素などを挙げることができる。
【0021】
本発明の細胞ストレス状態の判定方法としては、
(a)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b)工程(a)で修飾核酸の増加又は局在変化があった場合、細胞ストレス状態と判定する工程;
の工程(a)及び(b)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。また、実施の一形態として工程(a)及び(b)を備えた細胞ストレス状態の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。工程(a)において測定用検体及びコントロール検体における修飾核酸を検出して比較することもできるが、工程(a)において測定用検体の修飾核酸を検出し、別途標準的サンプル由来のコントロール検体の修飾核酸の検出結果から設定した、修飾核酸量の基準値又は修飾核酸の基準的な局在と比較してもよい。また、コントロール用サンプルや生体を別途用意してコントロール用検体を採取してもよいが、同一のサンプルや生体からコントロール検体及び測定用検体の2種以上の検体を採取することもでき、複数回にわけて生体の同じ部位から、あるいは、一度に又は複数回にわけて生体の異なる部位から、検体を採取する例を挙げることもできる。例えば、正常組織から採取された検体をコントロール検体とし、疾患組織から採取された検体を測定用検体として用いて、疾患組織の細胞ストレス状態を調べることもできる。ある臓器由来の検体と、別の臓器由来の検体を比較することで、特定の臓器の細胞ストレス状態を調べることもできる。また、治療前や治療開始時あるいはその直後に採取された検体をコントロール検体とし、治療の間、又はその後の1以上の時点において採取された検体を測定用検体として、治療効果の評価のためのデータを収集することができる。さらに手術前や検査前などに採取された検体をコントロール検体とし、手術や検査などの間、又は手術や検査後の1以上の時点において採取された検体を測定用検体として細胞ストレス状態を調べることにより、手術や検査が患者に与える影響をモニターする指標とすることもできる。細胞ストレス状態は疾患や障害の早期マーカーとして利用することができ、細胞ストレス状態を調べることにより症状が現れる前又は症状が重篤化する前に治療は予防を開始することも可能となる。
【0022】
また、本発明の細胞ストレス状態の判定方法を用いて虚血を判定する方法としては、
(a1)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b1)工程(a1)で修飾核酸が増加した場合、虚血と判定する工程;
の工程(a1)及び(b1)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。また、実施の一形態として工程(a1)及び(b1)を備えた虚血の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。検体としては、血液、尿、組織切片を用いる例を好適に例示することができ、中でも好ましくは組織切片の修飾核酸を染色する例、更に好ましくは血中の修飾核酸濃度を測定する例を挙げることができる。かかる虚血の診断のためのデータは、虚血を検出するためのデータや、虚血状態を評価するためのデータや、虚血を伴う外科的手術において生体の状態をモニターし評価するためのデータとして用いることができる他、例えばミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患などのアポトーシスが認められる疾患や、感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患、空胞化を伴う筋疾患、クローン病その他の自食作用を伴う疾患などのオートファジーが認められる疾患の診断のためのデータとしても用いることができる。
【0023】
さらに、本発明の細胞ストレス状態の判定方法を用いて低酸素症を判定する方法としては、
(a2)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b2)工程(a2)で修飾核酸が増加した場合、低酸素症と判定する工程;
の工程(a2)及び(b2)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。また、実施の一形態として工程(a2)及び(b2)を備えた低酸素症の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。細胞外に放出された修飾核酸を検出する例を好適に例示することができ、検体としては細胞培養液や血液、尿を用いる例を挙げることができる。かかる低酸素症の診断のためのデータは、肺胞換気不全などによる呼吸の障害、一酸化炭素中毒などによる血液の酸素運搬量の減少、シアン化合物中毒低酸素脳症、呼吸中枢障害、神経筋障害、慢性閉塞性肺疾患などの低酸素症が関与する診断のためのデータとしても用いることができる。
【0024】
本発明の細胞ストレス状態の判定方法を用いて放射線障害を判定する方法としては、
(a3)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b3)工程(a3)で修飾核酸が増加、又は修飾核酸の局在が変化した場合、放射線障害と判定する工程;
の工程(a3)及び(b3)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。検体としては、血液や尿、血液や尿中に含まれる細胞、並びに組織切片を用いる例を好適に例示することができ、中でも末梢血より採取したリンパ球における修飾核酸の細胞内局在を免疫染色法により染色し、修飾核酸が凝集し、細胞膜へ移行することを観察する例、及び血中の修飾核酸濃度を測定する例を挙げることができる。また、実施の一形態として工程(a3)及び(b3)を備えた放射線障害の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。
【0025】
本発明の細胞ストレス状態検出キットとしては、修飾核酸である1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン、又はシュードウリジンを認識できる抗体、例えばモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体を備えたものであれば特に制限されず、モノクローナル抗体が好ましく、中でも受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンマウスモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンマウスモノクローナル抗体又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンマウスモノクローナル抗体を好適に例示することができる。細胞ストレス状態の検出キットは、これら抗体の他に固定液や洗浄液、反応容器、検出試薬などを含んでもよい。また、本発明の細胞ストレス状態検出キットにおけるこれらの抗体は、標識されていても、標識されていなくてもよく、標識物質としてはFITCやCy3、Cy5、Rhodamine、Alexa fluor(登録商標、インビトロジェン社製)などの蛍光物質や、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素、ビオチンなどのタンパク質、DIG(ジゴキシゲニン)などのハプテン、金コロイド、放射性同位体元素などを挙げることができる。1−メチルアデノシンは、アポトーシスやオートファジーによっても血液や尿中に排出されることから、本発明の細胞ストレス状態検出キットや受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を用いて、虚血や放射線障害、低酸素症のほか、アポトーシスが認められるミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患や、オートファジーが認められる感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、バッテン病など)、空胞化を伴う筋疾患(ダノン病など)、クローン病などの疾患を含む細胞ストレスの有無を検出することができる。
【0026】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法としては、
(A)細胞ストレスを負荷する前後、若しくは細胞ストレスを負荷している間の非ヒト動物又は培養細胞に被検物質を投与する工程;
(B)工程(A)の非ヒト動物又は培養細胞から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C)工程(B)で修飾核酸が増加しない、又は修飾核酸が細胞内局在変化しない場合、被検物質を細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A)〜(C)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよく、細胞ストレスの種類や細胞ストレスを負荷する方法、細胞ストレスを負荷した後の回復時間の有無や長さなどは適宜選択することができる。工程(B)において測定用検体及びコントロール検体における修飾核酸を検出して比較することもできるが、工程(B)において測定用検体の修飾核酸を検出し、別途標準的サンプル由来のコントロール検体の修飾核酸の検出結果から設定した、修飾核酸量の基準値又は修飾核酸の基準的な局在と比較してもよい。また、コントロール用のサンプルや生体を別途用意してコントロール用検体を採取してもよいが、同一のサンプルや生体からコントロール検体及び測定用検体の2種以上の検体を採取することもでき、複数回にわけて生体の同じ部位から、あるいは、一度に又は複数回にわけて生体の異なる部位から、検体を採取する例を挙げることもできる。また、コントロール検体及び測定用検体は、生体中で同じ由来であることが好ましい。非ヒト動物を用いる場合、コントロール検体及び測定用検体は、生体中の同じ組織由来であることが好ましい。また、本発明における非ヒト動物としては、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウス、ハムスター、トリ等を挙げることができ、ラット、マウスを好適に例示することができ、疾患モデル動物などを使用することもできる。非ヒト動物への被検物質の投与方法は適宜選択することができ、経口、注射、点滴、塗布などを挙げることができる。また培養細胞を用いる場合、培養細胞の由来する動物や臓器など、培養細胞の種類は特に制限されず、HeLa細胞、HEK293細胞、MCF−7細胞、HepG2細胞、PC12細胞、Jurkat細胞、COS7細胞、CHO細胞、NIH3T3細胞、L細胞、MDCK細胞、S2細胞、などの細胞株でも、ES細胞、iPS細胞、初代培養細胞などでもよく、被検物質は培養液に添加する、あるいは被検物質がペプチドやタンパク質の場合、これらの発現ベクターを細胞内に導入することができる。被検物質は適宜選択することができ、化学物質、タンパク質、ペプチド、ステロイド等を挙げることができ、これらは合成や抽出等により作製しても市販品を購入することもでき、市販のライブラリーを使用することもできる。
【0027】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を用いて、以下の工程(A1)〜(C1)を備えた虚血の予防又は治療剤のスクリーニングを行うこともできる。
(A1)虚血再灌流中、又は虚血再灌流前後の非ヒト動物に被検物質を投与する工程;
(B1)工程(A1)の非ヒト動物から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C1)工程(B1)で修飾核酸が増加しない場合、被検物質を虚血の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A1)〜(C1)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよい。虚血を行う方法や、組織や、虚血時間や、虚血再灌流後の時間などは適宜選択することができる。検体としては、血液、尿、組織切片を好適に例示することができ、組織切片を染色する例や、血中の修飾核酸濃度を測定する例を挙げることができる。1−メチルアデノシンは、アポトーシスやオートファジーによっても血液や尿中に排出されることから、スクリーニングにより得られた虚血の予防又は治療の候補薬剤は、虚血が関与する疾患の他、例えばミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患などのアポトーシスが認められる疾患や、感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患、空胞化を伴う筋疾患、クローン病その他の自食作用を伴う疾患などのオートファジーが認められる疾患の予防又は治療の候補薬剤と評価することもできる。
【0028】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を用いて、以下の工程(A2)〜(C2)を備えた低酸素症の予防又は治療剤のスクリーニングを行うこともできる。
(A2)低酸素処理中、又は低酸素処理前後の培養細胞に被検物質を投与する工程;
(B2)工程(A2)の培養細胞培養液を検体として採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を定量する工程;
(C2)工程(B2)で修飾核酸が増加しない場合、被検物質を低酸素症の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A2)〜(C2)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよく、培養細胞の種類や酸素濃度、低酸素処理を行う時間、低酸素処理後の回復時間の有無、その長さなどは適宜選択することができる。
【0029】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を用いて、以下の工程(A3)〜(C3)を備えた放射線障害の予防又は治療剤のスクリーニングを行うこともできる。
(A3)放射線照射中、又は放射線照射前後の細胞又は非ヒト動物に被検物質を投与する工程;
(B3)工程(A3)の細胞又は非ヒト動物から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C3)工程(B3)で修飾核酸が局在変化しない又は増加しない場合、被検物質を放射線障害の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A3)〜(C3)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよく、検体を複数回採取して行うこともでき、放射線の種類や照射を行う強さや時間、回数、照射対象とする組織や、放射線照射後の回復時間の有無、その長さなどは適宜選択することができる。非ヒト動物を用いた例として、非ヒト動物から採取した末梢血中の修飾核酸濃度を測定する例や、かかる末梢血から採取したリンパ球における修飾核酸の細胞内局在を調べる例を挙げることができる。また、細胞としては、末梢血から採取したリンパ球や、培養細胞を用いてスクリーニングを行うこともできる。
【0030】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0031】
〔腎臓虚血モデルラットの腎臓組織の染色〕
ラット(wister 8週齢(チャールズ社製))の両側腎動脈を1時間クランプして虚血し、その後クランプ解除して再灌流した。虚血処理なし、虚血解除直後、再灌流1時間後のラットをサクリファイスし、右腎臓を摘出した。腎臓を10%ホルマリン浸漬により固定し、パラフィン標本を作製して、受託番号FERM P−22120のハイブリドーマから産生された抗1−メチルアデノシン抗体(1:100)を用いて免疫組織染色を行い、シンプルステインキット(ニチレイ社製)により発色させた(図3)。虚血解除直後及び再灌流1時間後において、特にcTAL(cortical Thick Ascending Limb of Henle's Loop;皮質ヘンレループ上行脚肉厚部)が強く染色され、糸球体は染色されなかった。
【0032】
また、同様にラットの両側腎動脈を1時間クランプして虚血し、その後クランプ解除して再灌流した。虚血処理なしラット(sham)、再灌流1時間後、再灌流3時間後、再灌流8時間後のラットをサクリファイスし右腎臓を摘出した。腎臓を10%ホルマリン浸漬により固定しパラフィン標本を作製して、抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM P−22120)(1:100)、抗シュードウリジン抗体(受託番号FERM AP−22121)(1:100)又は抗5−メチルシチジン抗体(受託番号FERM P−22122)(1:100)を用いて免疫組織染色を行い、シンプルステインキット(ニチレイ社製)により発色させた。皮質の近位尿細管は虚血処理なしラットでも弱い非特異的な染色が観察された(図4)。再灌流1時間後では、抗1−メチルアデノシン抗体、抗シュードウリジン抗体、抗5−メチルシチジン抗体いずれを用いた場合も、髄質外層で主に染色が観察され、内層でも尿細管が染色され、皮質の染色陽性部分はcTALであった(図5)。再灌流8時間後では、全体的に染色性が減少した。再灌流1時間後の皮質において観察された尿細管の部分(矢印)は、再灌流8時間後では細胞が菲薄化して染色性も落ち、細胞が死んだ可能性が考えられる(図6)。虚血に弱いとされる髄質外層部分が虚血により細胞傷害を起こし、再灌流1時間後においてはRNAが分解され、変性RNAが産生されているのかもしれない。しかし、再灌流後8時間もたつと、すでに細胞は死んで、変性RNAは存在しない為に、染色が減った可能性が考えられる。また、再灌流1時間後のラットの腎臓TAL(Thick Ascending Limb of Henle's Loop;ヘンレループ上行脚肉厚部)の抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM P−22120)(1:100)を用いた免疫電顕の結果を図7に示す。免疫電子顕微鏡法による観察でも、再潅流後の腎臓のTALにおいて1−メチルアデノシンが多量に存在することが示された。以上より、虚血処理によって組織切片において抗1−メチルアデノシン抗体、抗シュードウリジン抗体、抗5−メチルシチジン抗体による強い染色が得られることがわかり、これら1−メチルアデノシン、シュードウリジン、5−メチルシチジンは虚血マーカーとして利用できることが示された。
【実施例2】
【0033】
〔脳梗塞モデルラットの脳組織の1−メチルアデノシン染色〕
中大脳動脈を1時間虚血し、脳梗塞を誘導した脳梗塞モデルラットを、1時間再灌流の後サクリファイスし、脳を摘出した。脳を10%ホルマリン浸漬により固定しパラフィン標本を作製した。組織切片をHE染色、あるいは、抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM P−22120)(1:100)又は抗5−メチルシチジン抗体(受託番号FERM P−22122)(1:100)を用い、シンプルステインキット(ニチレイ社製)により発色させて免疫組織染色を行った(図8)。虚血領域及び正常領域における染色を比較すると、1−メチルアデノシン及び5−メチルシチジンの染色は虚血領域の方が強いことが示され、脳における虚血も検出することができた。また、2時間虚血し、再灌流を行わなかった脳梗塞モデルラットを用いた場合も、同様の観察結果であった。
【実施例3】
【0034】
〔腎臓虚血モデルブタの末梢動脈血液中の1−メチルアデノシン濃度〕
両側腎動脈を1時間虚血した、ブタの腎臓虚血モデルにおいて、虚血前、再灌流直後、再灌流15分後、再灌流1時間後、再灌流2時間後に末梢動脈及び腎静脈から血液を採取した。採取した血液中の1−メチルアデノシンを濃度は、ELISA(競合法)によって以下の方法で測定した。PBSに溶解した1−メチルアデノシン−BSAコンジュゲート(0.125ng/mlをウェルあたり50μl)を4℃で一晩固相化した後、1%BSA−PBS 100μlを加え37℃でブロッキングを行った。1時間後、希釈系列(1、5、10、50、100、500ng/ml)で調製した1−メチルアデノシン標準液と抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM AP−22120)0.02μg/mlを25μlずつ添加し、4℃で1時間反応させた。各ウェルを0.05%Tween−PBSで5回洗浄し、0.05%Tween−PBSで1:500に希釈したALP rabbit anti-mouse IgG Fcを50μlずつ添加し4℃で1時間反応させた。先と同様の方法で洗浄した後、基質(パラニトロフェニルフォスフェートを1mg/mlの濃度で1Mジエタノールアミン緩衝液pH9.8に溶解)を加え15分間反応させ、405nmにおける吸光度を測定して検量線を作成した。同様に、採取した血液の血清(アミコンウルトラ−4(10,000NMWL)を用いて遠心限外ろ過し、得られたろ液をさらに2倍、4倍、8倍に希釈したもの)を測定し、検量線から1−メチルアデノシン量を算出した。結果を図9に示す。動脈血の1−メチルアデノシン濃度は再灌流後2時間で虚血前の約5倍の値に上昇した。また、どの時点においても、常に腎静脈血中における1−メチルアデノシン濃度は動脈血中における1−メチルアデノシン濃度より高く、これは血中の増加した1−メチルアデノシンは腎由来であるという解釈と矛盾しない結果である。したがって、末梢動脈から採取した血液中の1−メチルアデノシン濃度を測定することにより、腎臓などの臓器における虚血を検出することができることが示された。
【実施例4】
【0035】
〔ヒト近位尿細管上皮細胞RPTEC細胞の1−メチルアデノシン染色〕
虚血再灌流によって、ミトコンドリアが傷害を受けることが知られている。そこで、ミトコンドリアが豊富に存在する近位尿細管の培養細胞における、1−メチルアデノシンの細胞内局在について調べた。初代培養細胞である、ヒト近位尿細管上皮細胞RPTEC細胞はタカラ社より入手し、10%FBS(インビトロジェン社製)を添加したOPTI−MEM培地(インビトロジェン社製)を用いて、37℃、5%CO2下で維持した。RPTEC細胞は、30万個/ウェルで12ウェルチャンバー上に撒き、24時間後に4%パラホルムアルデヒド/PBSで固定し、洗浄し、1%BSA−0.05%Tween−PBSでブロッキングした。抗1−メチルアデノシン抗体を用いて1−メチルアデノシンを、Mitotracker(商標登録)deep red(インビトロジェン社製)を用いてミトコンドリアを、DAPI(インビトロジェン社製)を用いて核を染色し、洗浄、マウントした後、共焦点顕微鏡(LSM5、Zeiss社製)で観察した(図10)。1−メチルアデノシンとミトコンドリアは共局在を示すことが確認された。
【実施例5】
【0036】
〔弓部置換術中の腎静脈付近血液中の1−メチルアデノシン濃度〕
心臓病患者のヒト弓部置換術中に、虚血前open distal手術前(かつ人工心肺ポンプ開始前)の患者の末梢及び腎静脈付近から虚血状態にある血清試料200μlを採取した。心臓病患者の弓部置換術中に腎静脈付近の血液を採取し、1−メチルアデノシン濃度を測定した。人工心肺ポンプの開始から、弓部大動脈遮断による虚血、遠位側開放下血管吻合術、再灌流2時間後までの計7時点において腎静脈付近の血液を採取した。前記と同様にELISA(競合法)によって血中1−メチルアデノシン濃度を測定した結果を図11に示す。手術及び再灌流2時間後において、手術開始前の3倍以上の高い1−メチルアデノシン濃度が測定された。1−メチルアデノシンの測定により、手術中の虚血状態をリアルタイムでモニターすることもできることが示された。
【実施例6】
【0037】
〔ヒト腎動脈狭窄症の治療経過における末消血液中の1−メチルアデノシン濃度〕
腎動脈狭窄症患者の末消血液を腎動脈拡張術前後の計5時点において採取し、血液中の1−メチルアデノシン濃度を測定した。血中1−メチルアデノシン濃度の測定は前記と同様にELISA(競合法)によって行った。また、腎臓の機能マーカーの一つ、クレアチンの値も同サンプルからLC−MSを用いて測定した。結果を図12に示す。血液中の1−メチルアデノシン濃度は腎梗塞後に増加し続けたのに対し、クレアチンの値は、腎梗塞前後で変化が見られなかった。したがって、従来腎臓機能のマーカーとして使用されているクレアチンよりも、1−メチルアデノシンを検出する本発明の細胞ストレスの判定方法は、腎臓の状態を精度よく反映することができることが示された。
【実施例7】
【0038】
〔弓部置換術中の末梢血液中の1−メチルアデノシンの検出〕
心臓病患者のヒト弓部置換術中に、虚血前open distal手術前(かつ人工心肺ポンプ開始前)の患者の末梢血及びカテーテル血から血清試料200μlを調整した。この血清試料を1×PBSにて2倍希釈し、遠心限外ろ過装置(アミコンウルトラ(Amicon Ultra)−4遠心式フィルターユニット(Millipore社製):分画分子量10,000(UFC801008)、分画分子量30,000(UFC803008)、分画分子量50,000(UFC805008))にそれぞれ添加し、マイクロ冷却遠心機(KUBOTA3700、久保田商事社製)を用いて、4℃、7,500×g(6,830rpm)で90分間遠心分離を行った。得られたろ液(約320μl)中の1−メチルアデノシン量をELISAにて測定した結果を図13に示す。
【0039】
図13中、「末梢」は腕から採取した末梢血サンプルを示し、「1」は腎静脈にカテーテルを挿入し採取した血清サンプルを示す。図13中の血清、10K、30K、50Kはそれぞれ、限外ろ過しない血清、分画分子量10,000の限外ろ液、分画分子量30,000の限外ろ液、分画分子量50,000の限外ろ液を表す。1−メチルアデノシンは細胞内ではフリーのヌクレオシドとして存在するか、あるいはtRNAに含まれて存在する。tRNAの分子量は約25,000であるので、完全な形であればtRNAは50K(50,000)の限外ろ液に回収されるが、30K(30,000)と10K(10,000)ではろ過されない。またtRNAが分解途中であれば、50K及び30K限外ろ液に回収され、10Kではろ過されない。さらに分解が進み、オリゴヌクレオシドまで分解されると、オリゴヌクレオシドは10K限外ろ液に回収される。したがって、限外ろ過装置の分画分子量を変え異なる分子量の限外ろ液を得ることによって、様々な状態の1−メチルアデノシンを回収することができる。図13では、血清並びに、10K、30K及び50Kの限外ろ液の全サンプルにおいて1−メチルアデノシンが測定されたことから、本発明の抗体を用いてフリーの1−メチルアデノシン、分解過程にあるtRNA(1−メチルアデノシンを含む)もあわせて検出することができることが示された。さらに、図13に示されるとおり、tRNAに含まれる(50Kの限外ろ液の検出される)1−メチルアデノシンがフリーの(10Kの限外ろ液の検出される)1−メチルアデノシンよりも多いことから、1−メチルアデノシンしか検出することができない従来の質量分析装置を用いた系よりも、抗体を用いた本発明の方法は、感度よく血清中の1−メチルアデノシンを検出することができ有用であることが示された。
【0040】
虚血などにより細胞死の過程では、細胞が壊れてtRNAも細胞外に漏れ出すため、血中tRNA量を検出することにより、アポトーシスや細胞ストレス状態を検出することができると考えられる。抗体を用いた本発明の方法では、フリーの1−メチルアデノシンだけでなく分解前及び分解過程にあるtRNA(1−メチルアデノシンを含む)もあわせて検出することができるため、フリーの1−メチルアデノシンしか検出することができない質量分析装置を用いた測定方法よりも、高感度に精度よく細胞死を検出することができ、有用性が高い。すなわち、虚血や細胞ストレス状態がひどいほど血清中に多量のtRNAが検出されると考えられ、フリーの1−メチルアデノシン量(10Kの限外ろ液中)と比較してフリー及びtRNA中の1−メチルアデノシン量(50Kの限外ろ液中)が、健常人(平常時)よりも有意に高い場合、アポトーシスや細胞ストレス状態にあると判定することができる。
【実施例8】
【0041】
〔MDCK細胞1%O2低酸素負荷の検出〕
6well dishにMDCK細胞(イヌ尿細管由来培養細胞)を25万個/well撒き、12時間後に細胞が50%コンフルエントとなった時点でPBSで1回洗浄した後、OPTI−MEM2ml培地にて、20%O2の通常培養(コントロール)又は1%O2の低酸素負荷培養を24時間行い、コントロール及び1%O2どちらも95%コンフルエント状態にした。その後に、以下の方法で培地(上清)、細胞を回収し、細胞及び培地における1−メチルアデノシン量を測定した。
【0042】
(Cell lysateの作製)
3wellをPBSで2回洗浄後、トリプシン/EDTA処理により細胞を剥がして回収し、細胞数を計測した。コントロール及び1%O2の低酸素負荷サンプルいずれも105万−110万/wellであった。次に1,000g×5分間の遠心操作の後上清を除去し、lysis buffer500μlで細胞を可溶化し、Bioruptor(東湘電機株式会社製)を用いて超音波破砕(H×5分間)し、1,000g×5分間の遠心操作の後、上清をcell lysateとして回収し、−80℃で保存した。
Lysis buffer組成
1% TritonX-100
50mM Tris−HCl pH7.6
150mM NaCl
0.02% Sodium azide
Protease inhibitor(Roche社製:Complete mini EDTA free)
VRC(Vanadyl-ribonucleotide complex) 10mM
【0043】
(total RNAの抽出)
3wellをPBSで2回洗浄後、TriPure Isolation Reagent(Roche社製)2ml/wellを添加し、1mlずつ1.5mlエッペンチューブに分注した。かかるエッペンチューブにクロロホルムを200μl加え、vortexにより撹拌し、15,000rpmで10分間遠心操作を行った。遠心操作後の水層500μlを別のチューブに移し、2−プロパノール500μlで沈殿させ、70%エタノールで2回リンスし、RNase freeの蒸留水200μlで溶解させ、分光光度計Nanodrop(商標登録、株式会社エル・エム・エス社製)でRNA濃度を測定し、−80℃保存した。コントロールサンプルのRNA濃度は80.8ng/μl、87.4ng/μl、85.8ng/μlであり、1%O2低酸素サンプルのRNA濃度は75.0ng/μl、72.4ng/μl、71.4ng/μlであった。前記と同様にELISA(競合法)によってlysate及び上清中の1−メチルアデノシン濃度を測定した。測定値を、前記RNA濃度により補正した結果を図14に示す。その結果、1%O2の低酸素負荷によって細胞lysate中の1−メチルアデノシン濃度は変化しないが、培地中の1−メチルアデノシン濃度が有意に増加することが示された。したがって、1−メチルアデノシンを検出することにより、低酸素負荷による細胞ストレスも検知できることが示された。
【実施例9】
【0044】
〔末梢血リンパ球における放射線障害の検出〕
ヒト末梢血リンパ球を以下の方法で採取し、1−メチルアデノシンを染色して観察した。
(末梢血からのリンパ球の採取)
空腹時に被検者よりヘパリン採血管を用いて血液を10ml採取した。Ficoll(ベクトン社製)10ml(等量)を入れた50ccチューブに、Ficollの液面が乱れないように注射器から血液をゆっくり移し、液面を乱さないように室温で1,500rpm×30分間遠心操作を行った。次に、ピペットで上から血清とPBL層を回収し、等量のPBSを加えて1,200rpm×10分間遠心操作を行った。上清を吸引し、沈殿をPBS5mlに懸濁し、1,500rpm×5分間遠心操作を行う一連の操作を2回行い、沈殿を10%FCS(ウシ胎仔血清)を含むRPMI、2mlに懸濁した。このPBL1×107個/2mlとなったリンパ細胞を24穴プレート(コートなし)に分注し、37℃、5%CO2で培養した。
【0045】
(リンパ球の1−メチルアデノシン染色標本の作成)
前記末梢血リンパ球に、X線装置ソフテックス(ソフテックス株式会社)を用いて287radを10分間、約3,000rad照射した。その後、37℃、5%CO2で培養し、経時的にリンパ球80μl(4×105個)を1.5mlチューブに移し標本用サンプルとして採取した。かかる標本用サンプルを2,000rpm×5分間遠心操作を行い、上清を捨てPBS200μlで洗浄操作を2回繰り返し、細胞をPBS20μlに懸濁してコートスライド上にのせてスメア標本を作製し、4%PFA(パラホルムアルデヒド)で固定処理を行った。前記4%PFA固定スメア標本を、TritonX-100 0.2%を含むPBSで室温2分間の可溶化処理を行った後、3%NGS(通常ヤギ血清)を含むTBS−Tで室温10分間のブロッキング処理を行った。受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシン抗体(1mg/ml)を3%NGSを含むTBS−Tで1:100に希釈した1次抗体を用いて室温1時間の1次抗体反応を行い、次にAlexa Fluor(商標)488 anti-mouse IgG(インビトロジェン社製)を3%NGS TBS−Tで1:500に希釈した2次抗体を用いて室温1時間の2次抗体反応を行った後、標本を封入し、蛍光顕微鏡で観察した。その結果を図15に示す。
【0046】
その結果、X線照射前の末梢血リンパ球においては1−メチルアデノシンは細胞質に分布しているが、X線照射後は1−メチルアデノシンの染色部分が、細胞膜辺縁に変化し、また細胞内部においても粒状の凝集した局在に変化することが確認された。また、X線照射後に細胞が壊れてゆく細胞形態の変化が見られ、X線照射によるミトコンドリアの障害が起こっていると考えられた。したがって、1−メチルアデノシンを検出することにより、放射線障害の検知も行うことができることが示された。
【0047】
〔放射線照射マウスにおける放射線障害の検出〕
マウス(C57BL/6)(n=3)に、X線装置ソフテックス(ソフテックス株式会社)を用いて、X線10Gyを照射した。照射後、採血し、血液中の1−メチルアデノシン濃度を前記と同様にELISA法で測定した。血液中の1−メチルアデノシン濃度の平均値の結果を図16に示す。図16中、controlは、X線を照射していないマウスの血液中1−メチルアデノシン濃度を示す。rad12hrは、X線照射12時間後のマウスの血液中1−メチルアデノシン濃度を示す。X線を照射したマウス(rad12hr)は、X線を照射していないマウス(control)と比較して、血液中の1−メチルアデノシン濃度が約1.4倍高いことが示された。したがって、実験動物等の生体においても、1−メチルアデノシンを検出することにより、放射線による影響や放射線障害の検知を行うことができることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、血液検査や尿検査、組織検査の分野に好適に利用することができる。また、虚血に関連する疾患に関する医療・研究分野や、アポトーシス、オートファジー、低酸素や放射線への暴露などの検出に関する医療・研究分野にも好適に利用することができる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体から1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することによる細胞ストレス状態の判定方法や、抗1−メチルアデノシン抗体、抗5−メチルシチジン抗体又は抗シュードウリジン抗体を含むことを特徴とする細胞ストレス状態検出キットや、細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
虚血とは、組織や臓器への血液の流入が、減少あるいは途絶した状態をいい、脳梗塞、心筋梗塞、腎梗塞、腎血管性高血圧、炎症性大腸疾患、ミトコンドリア病、神経筋変性疾患、糖尿病などの様々な疾患で起こる。従来、この虚血の状態は、超音波や心電図、脳虚血シンチグラフィなどを用いて診断されてきたが、これらの方法には専用の高価で大掛かりな装置が必要であるという問題があった。また、部位及び疾患非特異的虚血マーカーとして、タンパク質、脂質、酵素、ホルモンなどの高分子物質を測定する方法が提案されているが、実用化に至っていない。そのため、組織の虚血を簡便に判定することができる方法が望まれていた。
【0003】
小胞体(ER)ストレスとは、異常なタンパク質が、タンパク質合成の場である細胞内小器官(小胞体)の内部に蓄積する状態をいう。細胞が小胞体ストレスに応答できない場合にはアポトーシスが誘導されることが知られており、このアポトーシスが神経変性疾患や糖尿病などさまざまな疾患に関与することが明らかになりつつある(特許文献1)。また、虚血、小胞体ストレスのほか、ミトコンドリア障害、放射線障害、酸化ストレス、低酸素ストレスなどの細胞ストレスは、細胞機能の低下をもたらし、細胞の機能が回復しない場合はアポトーシスの誘導などにより細胞死を引き起こす。細胞ストレスによる影響を検知することができれば、いち早く体の不調を察知し自覚症状が現れる前に早期の治療を開始することができる。
【0004】
アデノシンはプリンヌクレオシドの1つであるアデニンとリボースからなるヌクレオチドであり、1−メチルアデノシンは、アデノシンの1位がメチル化された化合物である。ヒトtRNAにおいて、58番目のアデノシンは、4番目のループ(Tループ、TΨCループともいう)のL字型の関節部(エルボーともいう)に存在し、メチル化された1−メチルアデノシンであることにより陽性の電荷をもちリボソームとの結合に関与すると考えられている(図1)。また、1−メチルアデノシンは、アポトーシスやオートファジーによっても、血液や尿中に排出されることが知られている。アポトーシスは、ミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患で認められ、オートファジーは、感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、バッテン病など)、空胞化を伴う筋疾患(ダノン病など)、クローン病その他の自食作用を伴う疾患で認められる。さらに、血中1−メチルアデノシン濃度は、腎機能(GFR;糸球体ろ過量)との相関性が高い傾向があり、腎不全の早期診断マーカーの一つとして開示されているが(特許文献2)、虚血との関係は全く不明である。
【0005】
ウリジンはピリミジンヌクレオシドの1つであるウラシルとリボースからなるヌクレオシドであり、シュードウリジンはウリジンのN−グリコシド結合を解裂、ウラシル環を180度回転、そして新たなC1’−C5のC−C結合を形成する異性化反応によりシュードウリジン化される。シュードウリジンはRNA分子の高次構造安定化や分子認識機能を担っており、シュードウリジン合成酵素はRNA中の特定の位置にあるウリジンをシュードウリジン化することで、RNAの成熟化に寄与していると考えられている。シチジンはピリミジンヌクレオシドの1つであるシトシンとリボースからなるヌクレオチドであり、5−メチルシチジンは、シチジンの5位がメチル化された化合物である。
【0006】
これまでに特許文献3、特許文献4、及び非特許文献1には抗1−メチルアデノシン抗体が、特許文献5には抗シュードウリジンモノクローナル抗体が、そして特許文献6には抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体が開示されているが、これまで1−メチルアデノシン、シュードウリジン、5−メチルシチジンが細胞ストレス状態の早期マーカーとなることは全く明らかではなかった。また、特許文献7には小胞体ストレス誘導物質の濃度を段階的に変えて細胞の培養を行い、被検物質の有無によるBiP検出開始濃度の相違に基づいて当該被検物質の小胞体ストレスへの影響を評価する方法が開示されているが、細胞抽出液の試料を複数準備し、煩雑で技術的熟練を要する操作が必要であるなどの問題があった。また特許文献8にはヒトヘムオキシゲナーゼ−1と反応するモノクローナル抗体又はその可変領域からなる抗体結合部位を含む抗体フラグメントを用いて細胞又は組織におけるヒトヘムオキシゲナーゼ−1を検出することによる細胞又は組織におけるストレスの検出方法が開示されているが、タンパク質を検出対象とした場合は、検体中のタンパク質を安定に保つために検体に特別の処理を施す手間や、品質管理などに細心の注意を払う必要があるなどの問題があった。そこで、尿や血液を検体として検体中の安定な物質を容易に測定することによる、簡便で容易な細胞ストレス状態の検出方法が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−037722号公報
【特許文献2】WO/2011/027573公開パンフレット
【特許文献3】特開昭62−299766号公報
【特許文献4】特開平3−154867号公報
【特許文献5】特公平4−21479号公報
【特許文献6】特表2008−502332号公報
【特許文献7】特開2008−131899号公報
【特許文献8】特開2002−112791号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Masuda M., et al., Cancer, 72, 3571-3578 (1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者らは、簡便に細胞ストレス状態を判定する方法や、細胞ストレス状態検出キットや、細胞ストレス状態の予防又は治療剤のスクリーニング方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗シュードウリジンモノクローナル抗体、又は抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を用いて、組織切片の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することにより細胞ストレス状態を検出できることから、1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンを細胞ストレス状態の早期マーカーとして利用できることを見いだし、本研究を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は[1](a)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;(b)工程(a)で修飾核酸の増加又は局在変化があった場合、細胞ストレス状態と判定する工程;の工程(a)及び(b)を備えたことを特徴とする細胞ストレス状態の判定方法や、[2]細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする前記[1]記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[3]検体が血液、尿、組織、培養細胞、又は細胞培養上清であることを特徴とする前記[1]又は[2]記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[4]検出が免疫学的測定法であることを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれかに記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[5]免疫学的測定法がELISA法又は免疫染色法であることを特徴とする前記[4]記載の細胞ストレス状態の判定方法や、[6]免疫学的測定法が受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を用いることを特徴とする前記[4]又は[5]記載の細胞ストレス状態の判定方法からなる。
【0012】
また、本発明は[7]抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする細胞ストレス状態の検出キットや、[8]受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする前記[7]記載の細胞トレス状態の検出キットや、[9]細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする前記[8]記載の細胞ストレス状態の検出キットや、[10](A)細胞ストレスを負荷する前後、若しくは細胞ストレスを負荷している間の非ヒト動物又は培養細胞に被検物質を投与する工程;(B)工程(A)の非ヒト動物又は培養細胞から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;(C)工程(B)で修飾核酸が増加しない、又は修飾核酸が細胞内局在変化しない場合、被検物質を細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;の工程(A)〜(C)を備えたことを特徴とする細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法からなる。
【0013】
さらに、本発明は[11]抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22120のハイブリドーマや、[12]抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22122のハイブリドーマや、[13]抗シュードウリジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22121のハイブリドーマからなる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することにより、細胞ストレス状態を判定することや、細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニングを行うことができる。また、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含む細胞ストレス状態の検出キットや、抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22120のハイブリドーマや、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22122のハイブリドーマや、抗シュードウリジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22121のハイブリドーマを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】tRNAと1−メチルアデノシンについて示す図である。
【図2】1−メチルアデノシン及びシュードウリジンの構造及び抗原提示部位、ならびに5−メチルシチジンの構造を示す図である。
【図3】抗1−メチルアデノシン抗体を用いて、虚血前(上段)、虚血解除直後(中央段)、再灌流1時間後(下段)の腎臓組織切片を染色した。皮質(左側)及び髄質外層(右側)を示す。矢印はcTAL(cortical Thick Ascending Limb of Henle's Loop;皮質ヘンレループ上行脚肉厚部)を、白抜き矢印は糸球体を示す。
【図4】虚血処理をしていないラットの腎臓組織切片を、抗1−メチルアデノシン抗体(上から1及び2段目)、抗5−メチルシチジン抗体(上から3段目)、又は抗シュードウリジン抗体(上から4段目)を用いて染色した。髄質内層(左側)、髄質外層(中央)、及び皮質(右側)を示す。
【図5】虚血再灌流後1時間のラットの腎臓組織切片を、抗1−メチルアデノシン抗体(上から1及び2段目)、抗5−メチルシチジン抗体(上から3段目)、又は抗シュードウリジン抗体(上から4段目)を用いて染色した。髄質内層(左側)、髄質外層(中央)、及び皮質(右側)を示す。矢印は染色部位を示す。
【図6】虚血再灌流後8時間のラットの腎臓組織切片を、抗1−メチルアデノシン抗体(上から1段目)、抗5−メチルシチジン抗体(上から2段目)、又は抗シュードウリジン抗体(上から3段目)を用いて染色した。髄質内層(左側)、髄質外層(中央)、及び皮質(右側)を示す。矢印は染色部位を示す。
【図7】抗1−メチルアデノシン抗体を用いた虚血ラット腎臓TALの免疫電子顕微鏡観察結果を示す。
【図8】ラット脳梗塞モデルの脳組織切片をHE(ヘマトキシンエオシン)(上段)、抗1−メチルアデノシン抗体(中段)、又は抗5−メチルシチジン抗体(下段)を用いて染色した結果を示す。右上にラット脳における脳梗塞領域を模式図にて表し、虚血領域及び正常領域の境界部分(左から1及び2番目)、虚血領域(左から3番目)、正常領域(左から4番目)を示す。
【図9】腎臓虚血モデルブタの腎静脈血及び動脈血中の1−メチルアデノシン濃度を測定した結果を示す。グラフの縦軸は1−メチルアデノシン濃度(ng/ml)を表し、横軸は時間軸である。
【図10】ヒト近位尿細管上皮細胞RPTEC細胞の1−メチルアデノシン、ミトコンドリア、核の三重染色結果を示す。
【図11】弓部置換術中の患者の腎静脈付近で採血した血液中の1−メチルアデノシン濃度を測定した結果を示す。グラフの縦軸は1−メチルアデノシン濃度(ng/ml)を表し、横軸は時間軸である。
【図12】腎動脈拡張術後の患者の末梢血液中の1−メチルアデノシン濃度及びクレアチン値を測定した結果を示す。グラフの縦軸は1−メチルアデノシン濃度(ng/ml)を表し、横軸は時間軸である。
【図13】弓部置換術中の患者から採取した血清サンプルを分子量(50K、30K及び10K)で限外ろ過により分画し、ろ液中の1−メチルアデノシン濃度値を測定した結果を示す。「末梢」は末梢部から採取した血清サンプルを、「1」は腎静脈付近から採取した血清サンプルを表す。
【図14】20%酸素(O2)の通常培養(コントロール)又は1%酸素の低酸素負荷培養24時間後の、細胞lysate又は培地中の1−メチルアデノシン濃度値を測定した結果を示す。
【図15】X線照射(radiation)前後の末梢血リンパ球における1−メチルアデノシンの細胞内局在を、免疫蛍光染色法により観察した結果を示す。
【図16】1−メチルアデノシンを検出することにより、生体における放射線障害の有無を検知することができることを示す図である。rad12hrはX線を照射したマウス、controlはX線を照射していないマウスを表す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において「細胞ストレス」とは、細胞が環境から与えられる有害刺激(ストレッサー)をいい、かかる環境はインビトロでもインビボでもよく、「細胞ストレス状態」とは、細胞が細胞ストレスの負荷により悪影響を受けた状態をいう。例えば、遺伝子変異、ウイルス感染、炎症、有害化学物質などの細胞ストレスを受けると、細胞内に変性タンパク質が生成され、この変性タンパク質が小胞体に蓄積することで細胞に対して悪影響が及ぼされ、その結果として、小胞体ストレスと呼ばれる細胞ストレス状態に陥ることが知られている。また細胞が熱等の細胞ストレスにさらされた際には、分子シャペロンとして機能する熱ショックタンパク質の発現が上昇して、細胞を保護する機構が引き起こされることが知られている。以上のように、細胞が細胞ストレスを受けて細胞ストレス状態に陥ると、様々な細胞のストレス応答機構が引き起こされて細胞ストレスへの適応や細胞の機能回復がはかられるが、うまく対処しきれない場合には最終的にアポトーシスが誘導される。本発明における細胞ストレスとしては特に制限されず、インビトロでは細胞の置かれた培養条件等により細胞に与えられる有害刺激、インビボでは生体の変調などにより細胞に与えられる有害刺激を挙げることができ、物理的(圧力、温度、低酸素、放射線等)、化学的(薬物、酸化等)、生物的(細菌やウイルスの感染、小胞体ストレス等)な刺激を細胞ストレスに挙げることができる。これらの細胞ストレスは、1種類でも、2種類以上が組み合わされたものでもよく、具体的に細胞ストレスが全て特定され明らかになっていなくてもよい。また、生体内の組織や細胞がさらされる細胞ストレスには生体の疾患も挙げることができ、疾患に罹患した生体内の細胞は、疾患に起因する細胞ストレス状態にあることがある。本発明における細胞ストレスの起因となる疾患は特に制限されず、内因性疾患でも外因性疾患でもよく、梗塞など虚血が関与する疾患、ミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患などのアポトーシスが認められる疾患や、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患、空胞化を伴う筋疾患、クローン病その他の自食作用を伴う疾患などのオートファジーが認められる疾患、貧血、栄養失調、アレルギー症状など自己免疫応答疾患、白血病、がん、腎臓病、高血圧や高コレステロールなどの生活習慣病、糖尿病、細菌やウイルスの感染症等の疾患のほか、外傷や外科的処置等に起因する症状、放射線曝露による放射線障害や、低酸素による低酸素症などを挙げることができる。中でも、虚血、低酸素症、及び/又は放射線障害を好適に例示することができる。
【0017】
本発明における虚血としては、動脈血量の減少による局所の貧血であればよく、内因的な疾患に起因するものでも、外科的手術等の際に人工的に引き起こされるものでもよい。すなわち、細胞ストレス状態を検出することにより、細胞ストレスの原因となっている疾患、例えば虚血が引き起こされる疾患の有無を検知、あるいは外科的手術等で人工的に引き起こした虚血の状態をモニターすることができる。また、本発明における低酸素症としては、低酸素にさらされることに起因する症状であればよく、低酸素としては生体又は細胞等の通常の生育環境の酸素濃度の、好ましくは1/2以下、更に好ましくは1/5以下、最も好ましくは1/10以下の酸素濃度を挙げることができる。具体的には、哺乳類や鳥類等の大気中で生活する生物や、それら由来の細胞にとって、低酸素とは一般的な大気中の酸素濃度である20%より低い酸素濃度であり、好ましくは0〜10%、更に好ましくは0〜4%、最も好ましくは0〜2%の酸素濃度を挙げることができる。さらに、本発明における放射線障害としては、放射線にさらされることに起因する症状であればよく、放射線の種類やエネルギー量は特に制限されず、線種としてはアルファ線(α線)、ベータ線(β線)、ガンマ線(γ線)、エックス線(X線)、紫外線(UV)などを挙げることができ、いずれか1種のみ単独でも、2種以上の混合でもよく、また内部被曝や外部被曝いずれでもよい。例えば虚血や低酸素症、放射線障害が起こる可能性が予想される場合に細胞ストレス状態と判定された場合には、早期に予防及び/又は治療や、環境調査や原因の予防及び/又は改善の措置を講じることができる。
【0018】
本発明における検体としては特に制限されず、生体から採取された組織や体液などの試料、人工培養細胞あるいはその培養液などを挙げることができ、血液、尿、組織切片、培養細胞、及び/又は細胞培養液を好適に例示することができる。血液を検体とする場合は、適宜血液凝固剤や防腐剤、防かび剤などを添加することや、赤血球や白血球、血漿などの特定の成分を除去することや、血清を用いることも、リンパ球など特定の成分のみを抽出することもできる。また、限外ろ過などにより試料中の成分を分子量により分画して検体とすることもできる。尿を検体とする場合は、適宜防腐剤、防かび剤などを添加してもよい。また組織を検体とする場合は、適宜固定処理などを施された組織切片とすることもできる。培養細胞は、株化された細胞株でもよく、生体から採取された血液や組織から採取した細胞の初代培養細胞などでもよい。検体の由来も特に制限されず、ヒト、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウス、ハムスター、トリ等を挙げることができ、ヒト、マウスを好適に例示することができる。本発明の細胞ストレス状態の判定方法は微量サンプルから細胞ストレス状態を判定することができることから、検体採取のための生体への負担が少ないという利点があり、また体の小さいマウスなどの実験動物を用いた場合にも経時的に微量血液を採取し、細胞ストレス状態をモニターするために有効に利用することもできる。
【0019】
本発明において「修飾核酸を検出」とは、修飾核酸の有無を確認、修飾核酸を定量、又は修飾核酸を可視化することをいい、公知の方法を用いることができる。本発明における検出方法としては、検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することができる方法であれば特に制限されず、免疫学的測定法、HPLC(高速液体クロマトグラフィー)法、CE(キャピラリー電気泳動)法、HPLC/MS(質量分析)法、CE/MS法、MS/MS法、LC/MS/MS法などを挙げることができ、好ましくは免疫学的測定法を挙げることができる。また免疫学的測定法としては、これらの修飾核酸に特異的な抗体を用いて1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出することができる方法であればよく、ELISA法や免疫染色法、ウェスタンブロッティング法、フローサイトメトリー法、免疫沈降法、免疫電気泳動法などを挙げることができ、ELISA法や免疫染色法を好適に例示することができる。ELISA法としては直接吸着法、競合法、サンドイッチ法いずれを使用することもでき、中でも微量サンプルの検出に向いた競合法を好適に例示することができる。免疫染色法は、抗体を用いて目的分子を染色する方法であればよく、例えば、実体顕微鏡や位相差顕微鏡、共焦点蛍光顕微鏡、電子顕微鏡などを用いて観察し検出することができる。免疫組織染色においては組織切片の修飾核酸を、修飾核酸に対する標識された一次抗体を用いて、又は修飾核酸に対する一次抗体及び標識された二次抗体を用いて検出することもできる。一次抗体や二次抗体の標識としては、検出可能な標識物質であればよく、FITCやCy3、Cy5、Rhodamine、Alexa fluor(登録商標、インビトロジェン社製)などの蛍光物質や、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素、ビオチンなどのタンパク質、DIG(ジゴキシゲニン)などのハプテン、金コロイド、放射性同位体元素などを挙げることができる。ペルオキシダーゼ標識は、DAB(ジアミノベンジジ)法、ニッケルDAB法で検出することもでき、アルカリホスファターゼ標識はNBT/BCIP反応で検出することもできる。また、他にTSA法(tyramide signal amplification)やビオチン・アビジン反応を利用した増感法なども適宜組み合わせて使用することができる。
【0020】
本発明における免疫学的測定法に用いられる抗体としては、修飾核酸である1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン、又はシュードウリジンを特異的に認識できる抗体であればよく、例えばモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体等の抗体や、マウス、ラット、ブタ、ヤギ、ヒツジ等由来の抗体を挙げることができ、好ましくはマウスモノクローナル抗体である。中でも受託番号FERM P−22120のハイブリドーマ(AMA−2)が産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマ(FMC9)が産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマ(APU−6)が産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を好適に例示することができる。これらの抗体は、標識されていても、標識されていなくてもよく、標識物質としてはFITCやCy3、Cy5、Rhodamine、Alexa fluor(登録商標、インビトロジェン社製)などの蛍光物質や、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素、ビオチンなどのタンパク質、DIG(ジゴキシゲニン)などのハプテン、金コロイド、放射性同位体元素などを挙げることができる。
【0021】
本発明の細胞ストレス状態の判定方法としては、
(a)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b)工程(a)で修飾核酸の増加又は局在変化があった場合、細胞ストレス状態と判定する工程;
の工程(a)及び(b)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。また、実施の一形態として工程(a)及び(b)を備えた細胞ストレス状態の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。工程(a)において測定用検体及びコントロール検体における修飾核酸を検出して比較することもできるが、工程(a)において測定用検体の修飾核酸を検出し、別途標準的サンプル由来のコントロール検体の修飾核酸の検出結果から設定した、修飾核酸量の基準値又は修飾核酸の基準的な局在と比較してもよい。また、コントロール用サンプルや生体を別途用意してコントロール用検体を採取してもよいが、同一のサンプルや生体からコントロール検体及び測定用検体の2種以上の検体を採取することもでき、複数回にわけて生体の同じ部位から、あるいは、一度に又は複数回にわけて生体の異なる部位から、検体を採取する例を挙げることもできる。例えば、正常組織から採取された検体をコントロール検体とし、疾患組織から採取された検体を測定用検体として用いて、疾患組織の細胞ストレス状態を調べることもできる。ある臓器由来の検体と、別の臓器由来の検体を比較することで、特定の臓器の細胞ストレス状態を調べることもできる。また、治療前や治療開始時あるいはその直後に採取された検体をコントロール検体とし、治療の間、又はその後の1以上の時点において採取された検体を測定用検体として、治療効果の評価のためのデータを収集することができる。さらに手術前や検査前などに採取された検体をコントロール検体とし、手術や検査などの間、又は手術や検査後の1以上の時点において採取された検体を測定用検体として細胞ストレス状態を調べることにより、手術や検査が患者に与える影響をモニターする指標とすることもできる。細胞ストレス状態は疾患や障害の早期マーカーとして利用することができ、細胞ストレス状態を調べることにより症状が現れる前又は症状が重篤化する前に治療は予防を開始することも可能となる。
【0022】
また、本発明の細胞ストレス状態の判定方法を用いて虚血を判定する方法としては、
(a1)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b1)工程(a1)で修飾核酸が増加した場合、虚血と判定する工程;
の工程(a1)及び(b1)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。また、実施の一形態として工程(a1)及び(b1)を備えた虚血の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。検体としては、血液、尿、組織切片を用いる例を好適に例示することができ、中でも好ましくは組織切片の修飾核酸を染色する例、更に好ましくは血中の修飾核酸濃度を測定する例を挙げることができる。かかる虚血の診断のためのデータは、虚血を検出するためのデータや、虚血状態を評価するためのデータや、虚血を伴う外科的手術において生体の状態をモニターし評価するためのデータとして用いることができる他、例えばミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患などのアポトーシスが認められる疾患や、感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患、空胞化を伴う筋疾患、クローン病その他の自食作用を伴う疾患などのオートファジーが認められる疾患の診断のためのデータとしても用いることができる。
【0023】
さらに、本発明の細胞ストレス状態の判定方法を用いて低酸素症を判定する方法としては、
(a2)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b2)工程(a2)で修飾核酸が増加した場合、低酸素症と判定する工程;
の工程(a2)及び(b2)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。また、実施の一形態として工程(a2)及び(b2)を備えた低酸素症の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。細胞外に放出された修飾核酸を検出する例を好適に例示することができ、検体としては細胞培養液や血液、尿を用いる例を挙げることができる。かかる低酸素症の診断のためのデータは、肺胞換気不全などによる呼吸の障害、一酸化炭素中毒などによる血液の酸素運搬量の減少、シアン化合物中毒低酸素脳症、呼吸中枢障害、神経筋障害、慢性閉塞性肺疾患などの低酸素症が関与する診断のためのデータとしても用いることができる。
【0024】
本発明の細胞ストレス状態の判定方法を用いて放射線障害を判定する方法としては、
(a3)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b3)工程(a3)で修飾核酸が増加、又は修飾核酸の局在が変化した場合、放射線障害と判定する工程;
の工程(a3)及び(b3)を備えていれば特に制限されず、通常医師による診断行為は除かれる。検体としては、血液や尿、血液や尿中に含まれる細胞、並びに組織切片を用いる例を好適に例示することができ、中でも末梢血より採取したリンパ球における修飾核酸の細胞内局在を免疫染色法により染色し、修飾核酸が凝集し、細胞膜へ移行することを観察する例、及び血中の修飾核酸濃度を測定する例を挙げることができる。また、実施の一形態として工程(a3)及び(b3)を備えた放射線障害の診断のためのデータを収集する方法を例示することもできる。
【0025】
本発明の細胞ストレス状態検出キットとしては、修飾核酸である1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン、又はシュードウリジンを認識できる抗体、例えばモノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、キメラ抗体を備えたものであれば特に制限されず、モノクローナル抗体が好ましく、中でも受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンマウスモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンマウスモノクローナル抗体又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンマウスモノクローナル抗体を好適に例示することができる。細胞ストレス状態の検出キットは、これら抗体の他に固定液や洗浄液、反応容器、検出試薬などを含んでもよい。また、本発明の細胞ストレス状態検出キットにおけるこれらの抗体は、標識されていても、標識されていなくてもよく、標識物質としてはFITCやCy3、Cy5、Rhodamine、Alexa fluor(登録商標、インビトロジェン社製)などの蛍光物質や、ペルオキシダーゼやアルカリホスファターゼなどの酵素、ビオチンなどのタンパク質、DIG(ジゴキシゲニン)などのハプテン、金コロイド、放射性同位体元素などを挙げることができる。1−メチルアデノシンは、アポトーシスやオートファジーによっても血液や尿中に排出されることから、本発明の細胞ストレス状態検出キットや受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を用いて、虚血や放射線障害、低酸素症のほか、アポトーシスが認められるミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患や、オートファジーが認められる感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病、バッテン病など)、空胞化を伴う筋疾患(ダノン病など)、クローン病などの疾患を含む細胞ストレスの有無を検出することができる。
【0026】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法としては、
(A)細胞ストレスを負荷する前後、若しくは細胞ストレスを負荷している間の非ヒト動物又は培養細胞に被検物質を投与する工程;
(B)工程(A)の非ヒト動物又は培養細胞から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C)工程(B)で修飾核酸が増加しない、又は修飾核酸が細胞内局在変化しない場合、被検物質を細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A)〜(C)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよく、細胞ストレスの種類や細胞ストレスを負荷する方法、細胞ストレスを負荷した後の回復時間の有無や長さなどは適宜選択することができる。工程(B)において測定用検体及びコントロール検体における修飾核酸を検出して比較することもできるが、工程(B)において測定用検体の修飾核酸を検出し、別途標準的サンプル由来のコントロール検体の修飾核酸の検出結果から設定した、修飾核酸量の基準値又は修飾核酸の基準的な局在と比較してもよい。また、コントロール用のサンプルや生体を別途用意してコントロール用検体を採取してもよいが、同一のサンプルや生体からコントロール検体及び測定用検体の2種以上の検体を採取することもでき、複数回にわけて生体の同じ部位から、あるいは、一度に又は複数回にわけて生体の異なる部位から、検体を採取する例を挙げることもできる。また、コントロール検体及び測定用検体は、生体中で同じ由来であることが好ましい。非ヒト動物を用いる場合、コントロール検体及び測定用検体は、生体中の同じ組織由来であることが好ましい。また、本発明における非ヒト動物としては、サル、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、マウス、ハムスター、トリ等を挙げることができ、ラット、マウスを好適に例示することができ、疾患モデル動物などを使用することもできる。非ヒト動物への被検物質の投与方法は適宜選択することができ、経口、注射、点滴、塗布などを挙げることができる。また培養細胞を用いる場合、培養細胞の由来する動物や臓器など、培養細胞の種類は特に制限されず、HeLa細胞、HEK293細胞、MCF−7細胞、HepG2細胞、PC12細胞、Jurkat細胞、COS7細胞、CHO細胞、NIH3T3細胞、L細胞、MDCK細胞、S2細胞、などの細胞株でも、ES細胞、iPS細胞、初代培養細胞などでもよく、被検物質は培養液に添加する、あるいは被検物質がペプチドやタンパク質の場合、これらの発現ベクターを細胞内に導入することができる。被検物質は適宜選択することができ、化学物質、タンパク質、ペプチド、ステロイド等を挙げることができ、これらは合成や抽出等により作製しても市販品を購入することもでき、市販のライブラリーを使用することもできる。
【0027】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を用いて、以下の工程(A1)〜(C1)を備えた虚血の予防又は治療剤のスクリーニングを行うこともできる。
(A1)虚血再灌流中、又は虚血再灌流前後の非ヒト動物に被検物質を投与する工程;
(B1)工程(A1)の非ヒト動物から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C1)工程(B1)で修飾核酸が増加しない場合、被検物質を虚血の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A1)〜(C1)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよい。虚血を行う方法や、組織や、虚血時間や、虚血再灌流後の時間などは適宜選択することができる。検体としては、血液、尿、組織切片を好適に例示することができ、組織切片を染色する例や、血中の修飾核酸濃度を測定する例を挙げることができる。1−メチルアデノシンは、アポトーシスやオートファジーによっても血液や尿中に排出されることから、スクリーニングにより得られた虚血の予防又は治療の候補薬剤は、虚血が関与する疾患の他、例えばミトコンドリア病、アルツハイマー病、その他組織の脱落や壊死を伴う疾患などのアポトーシスが認められる疾患や、感染症、異常タンパク質蓄積を伴う神経変性疾患、空胞化を伴う筋疾患、クローン病その他の自食作用を伴う疾患などのオートファジーが認められる疾患の予防又は治療の候補薬剤と評価することもできる。
【0028】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を用いて、以下の工程(A2)〜(C2)を備えた低酸素症の予防又は治療剤のスクリーニングを行うこともできる。
(A2)低酸素処理中、又は低酸素処理前後の培養細胞に被検物質を投与する工程;
(B2)工程(A2)の培養細胞培養液を検体として採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を定量する工程;
(C2)工程(B2)で修飾核酸が増加しない場合、被検物質を低酸素症の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A2)〜(C2)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよく、培養細胞の種類や酸素濃度、低酸素処理を行う時間、低酸素処理後の回復時間の有無、その長さなどは適宜選択することができる。
【0029】
本発明の細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法を用いて、以下の工程(A3)〜(C3)を備えた放射線障害の予防又は治療剤のスクリーニングを行うこともできる。
(A3)放射線照射中、又は放射線照射前後の細胞又は非ヒト動物に被検物質を投与する工程;
(B3)工程(A3)の細胞又は非ヒト動物から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C3)工程(B3)で修飾核酸が局在変化しない又は増加しない場合、被検物質を放射線障害の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
の工程(A3)〜(C3)を備えていれば特に制限されず、他の工程を含んでもよく、検体を複数回採取して行うこともでき、放射線の種類や照射を行う強さや時間、回数、照射対象とする組織や、放射線照射後の回復時間の有無、その長さなどは適宜選択することができる。非ヒト動物を用いた例として、非ヒト動物から採取した末梢血中の修飾核酸濃度を測定する例や、かかる末梢血から採取したリンパ球における修飾核酸の細胞内局在を調べる例を挙げることができる。また、細胞としては、末梢血から採取したリンパ球や、培養細胞を用いてスクリーニングを行うこともできる。
【0030】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例1】
【0031】
〔腎臓虚血モデルラットの腎臓組織の染色〕
ラット(wister 8週齢(チャールズ社製))の両側腎動脈を1時間クランプして虚血し、その後クランプ解除して再灌流した。虚血処理なし、虚血解除直後、再灌流1時間後のラットをサクリファイスし、右腎臓を摘出した。腎臓を10%ホルマリン浸漬により固定し、パラフィン標本を作製して、受託番号FERM P−22120のハイブリドーマから産生された抗1−メチルアデノシン抗体(1:100)を用いて免疫組織染色を行い、シンプルステインキット(ニチレイ社製)により発色させた(図3)。虚血解除直後及び再灌流1時間後において、特にcTAL(cortical Thick Ascending Limb of Henle's Loop;皮質ヘンレループ上行脚肉厚部)が強く染色され、糸球体は染色されなかった。
【0032】
また、同様にラットの両側腎動脈を1時間クランプして虚血し、その後クランプ解除して再灌流した。虚血処理なしラット(sham)、再灌流1時間後、再灌流3時間後、再灌流8時間後のラットをサクリファイスし右腎臓を摘出した。腎臓を10%ホルマリン浸漬により固定しパラフィン標本を作製して、抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM P−22120)(1:100)、抗シュードウリジン抗体(受託番号FERM AP−22121)(1:100)又は抗5−メチルシチジン抗体(受託番号FERM P−22122)(1:100)を用いて免疫組織染色を行い、シンプルステインキット(ニチレイ社製)により発色させた。皮質の近位尿細管は虚血処理なしラットでも弱い非特異的な染色が観察された(図4)。再灌流1時間後では、抗1−メチルアデノシン抗体、抗シュードウリジン抗体、抗5−メチルシチジン抗体いずれを用いた場合も、髄質外層で主に染色が観察され、内層でも尿細管が染色され、皮質の染色陽性部分はcTALであった(図5)。再灌流8時間後では、全体的に染色性が減少した。再灌流1時間後の皮質において観察された尿細管の部分(矢印)は、再灌流8時間後では細胞が菲薄化して染色性も落ち、細胞が死んだ可能性が考えられる(図6)。虚血に弱いとされる髄質外層部分が虚血により細胞傷害を起こし、再灌流1時間後においてはRNAが分解され、変性RNAが産生されているのかもしれない。しかし、再灌流後8時間もたつと、すでに細胞は死んで、変性RNAは存在しない為に、染色が減った可能性が考えられる。また、再灌流1時間後のラットの腎臓TAL(Thick Ascending Limb of Henle's Loop;ヘンレループ上行脚肉厚部)の抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM P−22120)(1:100)を用いた免疫電顕の結果を図7に示す。免疫電子顕微鏡法による観察でも、再潅流後の腎臓のTALにおいて1−メチルアデノシンが多量に存在することが示された。以上より、虚血処理によって組織切片において抗1−メチルアデノシン抗体、抗シュードウリジン抗体、抗5−メチルシチジン抗体による強い染色が得られることがわかり、これら1−メチルアデノシン、シュードウリジン、5−メチルシチジンは虚血マーカーとして利用できることが示された。
【実施例2】
【0033】
〔脳梗塞モデルラットの脳組織の1−メチルアデノシン染色〕
中大脳動脈を1時間虚血し、脳梗塞を誘導した脳梗塞モデルラットを、1時間再灌流の後サクリファイスし、脳を摘出した。脳を10%ホルマリン浸漬により固定しパラフィン標本を作製した。組織切片をHE染色、あるいは、抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM P−22120)(1:100)又は抗5−メチルシチジン抗体(受託番号FERM P−22122)(1:100)を用い、シンプルステインキット(ニチレイ社製)により発色させて免疫組織染色を行った(図8)。虚血領域及び正常領域における染色を比較すると、1−メチルアデノシン及び5−メチルシチジンの染色は虚血領域の方が強いことが示され、脳における虚血も検出することができた。また、2時間虚血し、再灌流を行わなかった脳梗塞モデルラットを用いた場合も、同様の観察結果であった。
【実施例3】
【0034】
〔腎臓虚血モデルブタの末梢動脈血液中の1−メチルアデノシン濃度〕
両側腎動脈を1時間虚血した、ブタの腎臓虚血モデルにおいて、虚血前、再灌流直後、再灌流15分後、再灌流1時間後、再灌流2時間後に末梢動脈及び腎静脈から血液を採取した。採取した血液中の1−メチルアデノシンを濃度は、ELISA(競合法)によって以下の方法で測定した。PBSに溶解した1−メチルアデノシン−BSAコンジュゲート(0.125ng/mlをウェルあたり50μl)を4℃で一晩固相化した後、1%BSA−PBS 100μlを加え37℃でブロッキングを行った。1時間後、希釈系列(1、5、10、50、100、500ng/ml)で調製した1−メチルアデノシン標準液と抗1−メチルアデノシン抗体(受託番号FERM AP−22120)0.02μg/mlを25μlずつ添加し、4℃で1時間反応させた。各ウェルを0.05%Tween−PBSで5回洗浄し、0.05%Tween−PBSで1:500に希釈したALP rabbit anti-mouse IgG Fcを50μlずつ添加し4℃で1時間反応させた。先と同様の方法で洗浄した後、基質(パラニトロフェニルフォスフェートを1mg/mlの濃度で1Mジエタノールアミン緩衝液pH9.8に溶解)を加え15分間反応させ、405nmにおける吸光度を測定して検量線を作成した。同様に、採取した血液の血清(アミコンウルトラ−4(10,000NMWL)を用いて遠心限外ろ過し、得られたろ液をさらに2倍、4倍、8倍に希釈したもの)を測定し、検量線から1−メチルアデノシン量を算出した。結果を図9に示す。動脈血の1−メチルアデノシン濃度は再灌流後2時間で虚血前の約5倍の値に上昇した。また、どの時点においても、常に腎静脈血中における1−メチルアデノシン濃度は動脈血中における1−メチルアデノシン濃度より高く、これは血中の増加した1−メチルアデノシンは腎由来であるという解釈と矛盾しない結果である。したがって、末梢動脈から採取した血液中の1−メチルアデノシン濃度を測定することにより、腎臓などの臓器における虚血を検出することができることが示された。
【実施例4】
【0035】
〔ヒト近位尿細管上皮細胞RPTEC細胞の1−メチルアデノシン染色〕
虚血再灌流によって、ミトコンドリアが傷害を受けることが知られている。そこで、ミトコンドリアが豊富に存在する近位尿細管の培養細胞における、1−メチルアデノシンの細胞内局在について調べた。初代培養細胞である、ヒト近位尿細管上皮細胞RPTEC細胞はタカラ社より入手し、10%FBS(インビトロジェン社製)を添加したOPTI−MEM培地(インビトロジェン社製)を用いて、37℃、5%CO2下で維持した。RPTEC細胞は、30万個/ウェルで12ウェルチャンバー上に撒き、24時間後に4%パラホルムアルデヒド/PBSで固定し、洗浄し、1%BSA−0.05%Tween−PBSでブロッキングした。抗1−メチルアデノシン抗体を用いて1−メチルアデノシンを、Mitotracker(商標登録)deep red(インビトロジェン社製)を用いてミトコンドリアを、DAPI(インビトロジェン社製)を用いて核を染色し、洗浄、マウントした後、共焦点顕微鏡(LSM5、Zeiss社製)で観察した(図10)。1−メチルアデノシンとミトコンドリアは共局在を示すことが確認された。
【実施例5】
【0036】
〔弓部置換術中の腎静脈付近血液中の1−メチルアデノシン濃度〕
心臓病患者のヒト弓部置換術中に、虚血前open distal手術前(かつ人工心肺ポンプ開始前)の患者の末梢及び腎静脈付近から虚血状態にある血清試料200μlを採取した。心臓病患者の弓部置換術中に腎静脈付近の血液を採取し、1−メチルアデノシン濃度を測定した。人工心肺ポンプの開始から、弓部大動脈遮断による虚血、遠位側開放下血管吻合術、再灌流2時間後までの計7時点において腎静脈付近の血液を採取した。前記と同様にELISA(競合法)によって血中1−メチルアデノシン濃度を測定した結果を図11に示す。手術及び再灌流2時間後において、手術開始前の3倍以上の高い1−メチルアデノシン濃度が測定された。1−メチルアデノシンの測定により、手術中の虚血状態をリアルタイムでモニターすることもできることが示された。
【実施例6】
【0037】
〔ヒト腎動脈狭窄症の治療経過における末消血液中の1−メチルアデノシン濃度〕
腎動脈狭窄症患者の末消血液を腎動脈拡張術前後の計5時点において採取し、血液中の1−メチルアデノシン濃度を測定した。血中1−メチルアデノシン濃度の測定は前記と同様にELISA(競合法)によって行った。また、腎臓の機能マーカーの一つ、クレアチンの値も同サンプルからLC−MSを用いて測定した。結果を図12に示す。血液中の1−メチルアデノシン濃度は腎梗塞後に増加し続けたのに対し、クレアチンの値は、腎梗塞前後で変化が見られなかった。したがって、従来腎臓機能のマーカーとして使用されているクレアチンよりも、1−メチルアデノシンを検出する本発明の細胞ストレスの判定方法は、腎臓の状態を精度よく反映することができることが示された。
【実施例7】
【0038】
〔弓部置換術中の末梢血液中の1−メチルアデノシンの検出〕
心臓病患者のヒト弓部置換術中に、虚血前open distal手術前(かつ人工心肺ポンプ開始前)の患者の末梢血及びカテーテル血から血清試料200μlを調整した。この血清試料を1×PBSにて2倍希釈し、遠心限外ろ過装置(アミコンウルトラ(Amicon Ultra)−4遠心式フィルターユニット(Millipore社製):分画分子量10,000(UFC801008)、分画分子量30,000(UFC803008)、分画分子量50,000(UFC805008))にそれぞれ添加し、マイクロ冷却遠心機(KUBOTA3700、久保田商事社製)を用いて、4℃、7,500×g(6,830rpm)で90分間遠心分離を行った。得られたろ液(約320μl)中の1−メチルアデノシン量をELISAにて測定した結果を図13に示す。
【0039】
図13中、「末梢」は腕から採取した末梢血サンプルを示し、「1」は腎静脈にカテーテルを挿入し採取した血清サンプルを示す。図13中の血清、10K、30K、50Kはそれぞれ、限外ろ過しない血清、分画分子量10,000の限外ろ液、分画分子量30,000の限外ろ液、分画分子量50,000の限外ろ液を表す。1−メチルアデノシンは細胞内ではフリーのヌクレオシドとして存在するか、あるいはtRNAに含まれて存在する。tRNAの分子量は約25,000であるので、完全な形であればtRNAは50K(50,000)の限外ろ液に回収されるが、30K(30,000)と10K(10,000)ではろ過されない。またtRNAが分解途中であれば、50K及び30K限外ろ液に回収され、10Kではろ過されない。さらに分解が進み、オリゴヌクレオシドまで分解されると、オリゴヌクレオシドは10K限外ろ液に回収される。したがって、限外ろ過装置の分画分子量を変え異なる分子量の限外ろ液を得ることによって、様々な状態の1−メチルアデノシンを回収することができる。図13では、血清並びに、10K、30K及び50Kの限外ろ液の全サンプルにおいて1−メチルアデノシンが測定されたことから、本発明の抗体を用いてフリーの1−メチルアデノシン、分解過程にあるtRNA(1−メチルアデノシンを含む)もあわせて検出することができることが示された。さらに、図13に示されるとおり、tRNAに含まれる(50Kの限外ろ液の検出される)1−メチルアデノシンがフリーの(10Kの限外ろ液の検出される)1−メチルアデノシンよりも多いことから、1−メチルアデノシンしか検出することができない従来の質量分析装置を用いた系よりも、抗体を用いた本発明の方法は、感度よく血清中の1−メチルアデノシンを検出することができ有用であることが示された。
【0040】
虚血などにより細胞死の過程では、細胞が壊れてtRNAも細胞外に漏れ出すため、血中tRNA量を検出することにより、アポトーシスや細胞ストレス状態を検出することができると考えられる。抗体を用いた本発明の方法では、フリーの1−メチルアデノシンだけでなく分解前及び分解過程にあるtRNA(1−メチルアデノシンを含む)もあわせて検出することができるため、フリーの1−メチルアデノシンしか検出することができない質量分析装置を用いた測定方法よりも、高感度に精度よく細胞死を検出することができ、有用性が高い。すなわち、虚血や細胞ストレス状態がひどいほど血清中に多量のtRNAが検出されると考えられ、フリーの1−メチルアデノシン量(10Kの限外ろ液中)と比較してフリー及びtRNA中の1−メチルアデノシン量(50Kの限外ろ液中)が、健常人(平常時)よりも有意に高い場合、アポトーシスや細胞ストレス状態にあると判定することができる。
【実施例8】
【0041】
〔MDCK細胞1%O2低酸素負荷の検出〕
6well dishにMDCK細胞(イヌ尿細管由来培養細胞)を25万個/well撒き、12時間後に細胞が50%コンフルエントとなった時点でPBSで1回洗浄した後、OPTI−MEM2ml培地にて、20%O2の通常培養(コントロール)又は1%O2の低酸素負荷培養を24時間行い、コントロール及び1%O2どちらも95%コンフルエント状態にした。その後に、以下の方法で培地(上清)、細胞を回収し、細胞及び培地における1−メチルアデノシン量を測定した。
【0042】
(Cell lysateの作製)
3wellをPBSで2回洗浄後、トリプシン/EDTA処理により細胞を剥がして回収し、細胞数を計測した。コントロール及び1%O2の低酸素負荷サンプルいずれも105万−110万/wellであった。次に1,000g×5分間の遠心操作の後上清を除去し、lysis buffer500μlで細胞を可溶化し、Bioruptor(東湘電機株式会社製)を用いて超音波破砕(H×5分間)し、1,000g×5分間の遠心操作の後、上清をcell lysateとして回収し、−80℃で保存した。
Lysis buffer組成
1% TritonX-100
50mM Tris−HCl pH7.6
150mM NaCl
0.02% Sodium azide
Protease inhibitor(Roche社製:Complete mini EDTA free)
VRC(Vanadyl-ribonucleotide complex) 10mM
【0043】
(total RNAの抽出)
3wellをPBSで2回洗浄後、TriPure Isolation Reagent(Roche社製)2ml/wellを添加し、1mlずつ1.5mlエッペンチューブに分注した。かかるエッペンチューブにクロロホルムを200μl加え、vortexにより撹拌し、15,000rpmで10分間遠心操作を行った。遠心操作後の水層500μlを別のチューブに移し、2−プロパノール500μlで沈殿させ、70%エタノールで2回リンスし、RNase freeの蒸留水200μlで溶解させ、分光光度計Nanodrop(商標登録、株式会社エル・エム・エス社製)でRNA濃度を測定し、−80℃保存した。コントロールサンプルのRNA濃度は80.8ng/μl、87.4ng/μl、85.8ng/μlであり、1%O2低酸素サンプルのRNA濃度は75.0ng/μl、72.4ng/μl、71.4ng/μlであった。前記と同様にELISA(競合法)によってlysate及び上清中の1−メチルアデノシン濃度を測定した。測定値を、前記RNA濃度により補正した結果を図14に示す。その結果、1%O2の低酸素負荷によって細胞lysate中の1−メチルアデノシン濃度は変化しないが、培地中の1−メチルアデノシン濃度が有意に増加することが示された。したがって、1−メチルアデノシンを検出することにより、低酸素負荷による細胞ストレスも検知できることが示された。
【実施例9】
【0044】
〔末梢血リンパ球における放射線障害の検出〕
ヒト末梢血リンパ球を以下の方法で採取し、1−メチルアデノシンを染色して観察した。
(末梢血からのリンパ球の採取)
空腹時に被検者よりヘパリン採血管を用いて血液を10ml採取した。Ficoll(ベクトン社製)10ml(等量)を入れた50ccチューブに、Ficollの液面が乱れないように注射器から血液をゆっくり移し、液面を乱さないように室温で1,500rpm×30分間遠心操作を行った。次に、ピペットで上から血清とPBL層を回収し、等量のPBSを加えて1,200rpm×10分間遠心操作を行った。上清を吸引し、沈殿をPBS5mlに懸濁し、1,500rpm×5分間遠心操作を行う一連の操作を2回行い、沈殿を10%FCS(ウシ胎仔血清)を含むRPMI、2mlに懸濁した。このPBL1×107個/2mlとなったリンパ細胞を24穴プレート(コートなし)に分注し、37℃、5%CO2で培養した。
【0045】
(リンパ球の1−メチルアデノシン染色標本の作成)
前記末梢血リンパ球に、X線装置ソフテックス(ソフテックス株式会社)を用いて287radを10分間、約3,000rad照射した。その後、37℃、5%CO2で培養し、経時的にリンパ球80μl(4×105個)を1.5mlチューブに移し標本用サンプルとして採取した。かかる標本用サンプルを2,000rpm×5分間遠心操作を行い、上清を捨てPBS200μlで洗浄操作を2回繰り返し、細胞をPBS20μlに懸濁してコートスライド上にのせてスメア標本を作製し、4%PFA(パラホルムアルデヒド)で固定処理を行った。前記4%PFA固定スメア標本を、TritonX-100 0.2%を含むPBSで室温2分間の可溶化処理を行った後、3%NGS(通常ヤギ血清)を含むTBS−Tで室温10分間のブロッキング処理を行った。受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシン抗体(1mg/ml)を3%NGSを含むTBS−Tで1:100に希釈した1次抗体を用いて室温1時間の1次抗体反応を行い、次にAlexa Fluor(商標)488 anti-mouse IgG(インビトロジェン社製)を3%NGS TBS−Tで1:500に希釈した2次抗体を用いて室温1時間の2次抗体反応を行った後、標本を封入し、蛍光顕微鏡で観察した。その結果を図15に示す。
【0046】
その結果、X線照射前の末梢血リンパ球においては1−メチルアデノシンは細胞質に分布しているが、X線照射後は1−メチルアデノシンの染色部分が、細胞膜辺縁に変化し、また細胞内部においても粒状の凝集した局在に変化することが確認された。また、X線照射後に細胞が壊れてゆく細胞形態の変化が見られ、X線照射によるミトコンドリアの障害が起こっていると考えられた。したがって、1−メチルアデノシンを検出することにより、放射線障害の検知も行うことができることが示された。
【0047】
〔放射線照射マウスにおける放射線障害の検出〕
マウス(C57BL/6)(n=3)に、X線装置ソフテックス(ソフテックス株式会社)を用いて、X線10Gyを照射した。照射後、採血し、血液中の1−メチルアデノシン濃度を前記と同様にELISA法で測定した。血液中の1−メチルアデノシン濃度の平均値の結果を図16に示す。図16中、controlは、X線を照射していないマウスの血液中1−メチルアデノシン濃度を示す。rad12hrは、X線照射12時間後のマウスの血液中1−メチルアデノシン濃度を示す。X線を照射したマウス(rad12hr)は、X線を照射していないマウス(control)と比較して、血液中の1−メチルアデノシン濃度が約1.4倍高いことが示された。したがって、実験動物等の生体においても、1−メチルアデノシンを検出することにより、放射線による影響や放射線障害の検知を行うことができることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明は、血液検査や尿検査、組織検査の分野に好適に利用することができる。また、虚血に関連する疾患に関する医療・研究分野や、アポトーシス、オートファジー、低酸素や放射線への暴露などの検出に関する医療・研究分野にも好適に利用することができる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程(a)及び(b)を備えたことを特徴とする細胞ストレス状態の判定方法。
(a)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b)工程(a)で修飾核酸の増加又は局在変化があった場合、細胞ストレス状態と判定する工程;
【請求項2】
細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする請求項1記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項3】
検体が血液、尿、組織、培養細胞、又は細胞培養上清であることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項4】
検出が免疫学的測定法であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項5】
免疫学的測定法がELISA法又は免疫染色法であることを特徴とする請求項4記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項6】
免疫学的測定法が受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を用いることを特徴とする請求項4又は5記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項7】
抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする細胞ストレス状態の検出キット。
【請求項8】
受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする請求項7記載の細胞トレス状態の検出キット。
【請求項9】
細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする請求項8記載の細胞ストレス状態の検出キット。
【請求項10】
以下の工程(A)〜(C)を備えたことを特徴とする細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法。
(A)細胞ストレスを負荷する前後、若しくは細胞ストレスを負荷している間の非ヒト動物又は培養細胞に被検物質を投与する工程;
(B)工程(A)の非ヒト動物又は培養細胞から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C)工程(B)で修飾核酸が増加しない、又は修飾核酸が細胞内局在変化しない場合、被検物質を細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
【請求項11】
抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22120のハイブリドーマ。
【請求項12】
抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22122のハイブリドーマ。
【請求項13】
抗シュードウリジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22121のハイブリドーマ。
【請求項1】
以下の工程(a)及び(b)を備えたことを特徴とする細胞ストレス状態の判定方法。
(a)検体における1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(b)工程(a)で修飾核酸の増加又は局在変化があった場合、細胞ストレス状態と判定する工程;
【請求項2】
細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする請求項1記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項3】
検体が血液、尿、組織、培養細胞、又は細胞培養上清であることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項4】
検出が免疫学的測定法であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項5】
免疫学的測定法がELISA法又は免疫染色法であることを特徴とする請求項4記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項6】
免疫学的測定法が受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を用いることを特徴とする請求項4又は5記載の細胞ストレス状態の判定方法。
【請求項7】
抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体又は抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする細胞ストレス状態の検出キット。
【請求項8】
受託番号FERM P−22120のハイブリドーマが産生する抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体、受託番号FERM P−22122のハイブリドーマが産生する抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体、又は受託番号FERM P−22121のハイブリドーマが産生する抗シュードウリジンモノクローナル抗体を含むことを特徴とする請求項7記載の細胞トレス状態の検出キット。
【請求項9】
細胞ストレスが、虚血、低酸素、又は放射線によるストレスであることを特徴とする請求項8記載の細胞ストレス状態の検出キット。
【請求項10】
以下の工程(A)〜(C)を備えたことを特徴とする細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療剤のスクリーニング方法。
(A)細胞ストレスを負荷する前後、若しくは細胞ストレスを負荷している間の非ヒト動物又は培養細胞に被検物質を投与する工程;
(B)工程(A)の非ヒト動物又は培養細胞から検体を採取し、検体中の1−メチルアデノシン、5−メチルシチジン及びシュードウリジンから選ばれる1又は2以上の修飾核酸を検出する工程;
(C)工程(B)で修飾核酸が増加しない、又は修飾核酸が細胞内局在変化しない場合、被検物質を細胞ストレスに起因する疾病の予防又は治療の候補薬剤と評価する工程;
【請求項11】
抗1−メチルアデノシンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22120のハイブリドーマ。
【請求項12】
抗5−メチルシチジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22122のハイブリドーマ。
【請求項13】
抗シュードウリジンモノクローナル抗体を産生する受託番号FERM P−22121のハイブリドーマ。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2013−44698(P2013−44698A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−184506(P2011−184506)
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(507219686)静岡県公立大学法人 (63)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年8月26日(2011.8.26)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【出願人】(507219686)静岡県公立大学法人 (63)
【Fターム(参考)】
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