細胞内ATPの測定方法

【課題】細胞を溶解して細胞内のATPを生物発光法以外の方法で測定する際に、界面活性剤が及ぼす酵素の劣化を防止して、簡便でかつ高精度な細胞内ATPの測定方法を提供することを目的とする。
【解決手段】界面活性剤を用いて細胞内のATPを抽出するATP抽出工程と、前記ATP抽出工程の後に疎水性化合物を添加してその疎水性化合物と前記疎水性化合物以外のものとを分離する界面活性剤除去工程と、前記界面活性剤除去工程の後にATP量を測定するATP測定工程と、からなる細胞内ATPの測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞内ATPの測定方法に関する。より詳細には、酵素反応を用いた細胞内ATPの測定方法において、酵素反応を阻害する界面活性剤を簡便に除去することができ、より正確にかつ感度良く細胞内ATPを測定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞から細胞内ATPを抽出するためには、細胞を溶解しなければならない。細胞を溶解するための細胞溶解剤は、主として界面活性剤から成る。この界面活性剤がリン脂質を中心に構成される細胞膜に吸着することで、細胞膜の流動性が高まり細胞の溶解を誘導するためと考えられている。このため、細胞内ATPの抽出には、広く界面活性剤が使われている。
【0003】
この界面活性剤には、陽イオン界面活性剤が一般的に用いられる。プラス電荷を有する陽イオン界面活性剤は、マイナスの電荷を有する細胞表面への吸着速度が速いため、迅速に細胞を破壊することができるからである。このような陽イオン界面活性剤として、塩化ベンザルコニウムや塩化ベンゼトニウムがある。
【0004】
しかしながら、界面活性剤には、酵素の疎水基部分に結合することにより、酵素の構造を変性して活性を低下させるので、酵素を用いた細胞内ATPを測定の際、測定値に大きな影響を与えてしまう。例えば、塩化ベンザルコニウムを用いて細胞内ATPを十分に抽出するためには、試料と塩化ベンザルコニウムを混合した混合溶液に対し、塩化ベンザルコニウム濃度が0.1%以上になるように添加することが望ましい。しかし、界面活性剤濃度が0.1%以上である場合、酵素反応を著しく阻害するため、測定感度及び測定精度が大きく低下する。一方、塩化ベンザルコニウム濃度が0.1%より低いと酵素反応阻害は抑制される反面、細胞内ATPの抽出効率が不十分となる。
【0005】
そのため、近年では界面活性剤に対する酵素反応阻害を抑制するため、様々な試みがなされてきた。例えば、ホタル由来ルシフェラーゼを用いたATP測定法(生物発光反応)においては、塩化ベンザルコニウムに耐性を有する変異ルシフェラーゼを遺伝子組換えにより調製し、ATPを定量できる方法が提案された(例えば、特許文献1参照。)。この変異ルシフェラーゼは、0.1%の塩化ベンザルコニウム存在下においても残存活性を示し、酵素反応を阻害しない濃度まで細胞内ATP抽出液を希釈する必要がないため、操作が簡便で、感度良くATPを定量できる。
【特許文献1】特開平11−239493号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記従来の構成では、塩化ベンザルコニウム耐性の変異ルシフェラーゼが、界面活性剤として塩化ベンザルコニウム及びルシフェラーゼによる生物発光反応を用いたATP測定方法のみに限定されている。そのため、別の測定手法、例えば電気化学的測定手法を用いてATPの測定を行う場合には、酵素の種類に応じて界面活性剤耐性を図らなければならないという課題を有していた。
【0007】
本発明は、前記従来課題を解決するもので、生物発光法以外の方法でATPを測定する際に、界面活性剤が及ぼす酵素の劣化を防止して、簡便でかつ高精度な細胞内ATPの測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の細胞内ATPの測定方法は、界面活性剤を用いて細胞内のATPを抽出するATP抽出工程と、前記ATP抽出工程の後に疎水性化合物を添加する界面活性剤除去工程と、前記界面活性剤除去工程の後にATP量を測定するATP測定工程と、からなることを特徴としたものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の細胞内ATPの測定方法によれば、疎水性化合物で界面活性剤を除去することで、酵素の劣化を防止することができるため、酵素や界面活性剤の種類を問わず、感度良く細胞内ATPを測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に、本発明の細胞内物質の抽出方法の実施の形態を詳細に示す。
(実施の形態1)
本発明の界面活性剤の除去について、その原理を以下に説明する。細胞を破壊した後のATP抽出液には、細胞内にATPと界面活性剤とその他の物質とが含まれている。この中で、界面活性剤はその分子内に親水基と疎水基とを併せ持ち、ATPは水への親和性が高い物質である。発明者は、この点に着目し、ATP抽出液に疎水性化合物を添加した。その結果、この疎水性化合物と界面活性剤とが疎水結合を行い、ATP抽出液に含まれる界面活性剤を除去できることを見出した。この疎水性化合物は、ある種の担体に結合させたものでも良い。本発明では、疎水基であるオクタデシル基にシリカゲルビーズからなる担体に結合させたオクタデシルシリカゲル担体(ODS)を用いた。ODSの調製は、(化1)に示すように、シリカゲル表面のシラノール基にシリル化剤を導入することで得ることができる。
【0011】
【化1】

【0012】
塩化ベンザルコニウムにODSを添加する(ODS処理)ことにより、塩化ベンザルコニウムの除去が出来ることを以下に示す。10%塩化ベンザルコニウム溶液を精製水で希釈することにより0.1%の塩化ベンザルコニウム溶液を調製した。調製した0.1%塩化ベンザルコニウム溶液150μLを、ODSをカラム剤としたスピンカラムに分注し、2000rpm、2分間遠心処理した。遠心処理した塩化ベンザルコニウム溶液を260nmの吸光度を測定した結果を表1に示す。
【0013】
【表1】

【0014】
表1で明らかなように、ODS処理前の吸光度0.769に比べて、ODS処理後の吸光度は、0.02とブランクに近い値を示す。すなわち、ODS処理により塩化ベンザルコニウムが除去できたことを示している。
【0015】
次に、ODS処理がATP検出に与える影響を示す。ATPを精製水に溶解させ、それぞれ0.3nm、3nm、30nmのATP溶解液を調製した。調製したATP溶解液を、ODSスピンカラム(HARVARD Macro spin coloms)に分注し、2000rpm、2分間遠心処理した。遠心処理したATP溶解液100μLを、ルシフェール250プラス発光試薬(キッコーマン)100μLと混合し、ルミテスターC−1000(キッコーマン)で発光量を測定した。結果を表2に示す。
【0016】
【表2】

【0017】
表2で明らかなように、ODS処理前と処理後では、発光量の変化はほとんど見られない。すなわち、ODS処理を施しても、ATP測定値に影響しないことを示している。
【0018】
以下、本発明の具体的な実施例を詳細に説明する。
【0019】
<大腸菌細胞からのATP抽出>
大腸菌をLB寒天培地[バクトトリプトン1%(w/v)、酵母エキス0.5%(w/v)、塩化ナトリウム1%(w/v)、寒天1.5%(w/v)]上で、37℃で18時間培養を行った。LB寒天培地上で生育した大腸菌1コロニーを接種して10mMリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)[10mMリン酸二水素カリウム、10mMリン酸水素二カリウム、0.9%塩化ナトリウム(w/v)]500μLに懸濁させ大腸菌懸濁液を作製した。得られた大腸菌懸濁液を8000rpmで10分間、遠心分離して大腸菌を沈殿させた。上清を捨て、10mMリン酸緩衝生理食塩水(pH7.4)500μLで再度懸濁した。この操作を3度繰り返し、大腸菌細胞を洗浄し、大腸菌懸濁液を調製した。この大腸菌懸濁液をLB寒天培地上で37℃、18時間培養し、コロニー数を計測した結果、調整した大腸菌細胞懸濁液には105CFU/mL相当の生菌が存在した。
【0020】
得られた大腸菌懸濁液500μLに対し、0.2%の塩化ベンザルコニウム500μLを加えて攪拌することで、大腸菌細胞内ATP抽出液を調製した。
【0021】
<界面活性剤の除去>
大腸菌細胞内ATP抽出液150μLを、ODSスピンカラム(HARVARD Macro spin coloms)に分注し、2000rpm、2分間遠心した。得られた大腸菌細胞内ATP抽出液を以後の電気化学測定に用いた。
【0022】
<ATPの電気化学測定に用いた酵素反応>
ATPの電気化学測定は、下記の(1)〜(3)の酵素反応を用い、生成した過酸化水素を電気化学的に測定した。
(1)ミオキナーゼ
ATP+アデノシン一リン酸(AMP)→2アデノシン二リン酸ADP
(2)ピルビン酸キナーゼ
ADP+ホスホエノールピルビン酸(PEP)→ピルビン酸+ATP
(3)ピルビン酸オキシダーゼ
ピルビン酸+O2+リン酸+H2O→アセチルリン酸+H22+CO2
<酵素電極の作製>
Lactobacillus属由来のピルビン酸オキシダーゼを電極表面上に固定化した酵素電極を作製した。1.12ユニット相当の東洋紡製Lactobacillus属由来のピルビン酸オキシダーゼを直径3mmのプラチナ(Pt)電極表面に滴下し、4℃で一晩風乾した。風乾後、電極表面を和光純薬製25%グルタルアルデヒド溶液の蒸気に約30分間曝すことで、ピルビン酸オキシダーゼをPt電極表面に固定化した。固定化した酵素電極を10mMTris−HCl緩衝液(pH7.0)に1時間浸すことで、電極表面を平衡化させた。最後に100mMリン酸緩衝液(pH7.0)に1時間浸すことで洗浄し、酵素電極を作製した。
【0023】
<ATPの電気化学測定>
下記(イ)〜(リ)の試薬を含むATP測定溶液2.8mLを調製した。但し、(イ)〜(リ)に示す濃度は、3mLに対する濃度である。
(イ)10mM 塩化マグネシウム六水和物
(ロ)0.01mM フラビンアデニンジヌクレオチド二ナトリウム塩
(ハ)0.2mM 塩化チアミンピロリン酸
(ニ)0.33mM アデノシン一リン酸
(ホ)0.33mM ホスホエノールピルビン酸
(ヘ)ウサギ筋肉由来 4.71Units/mL ピルビン酸キナーゼ
(ト)50mM リン酸緩衝液(pH7.0)
(チ)0.1% 塩化ベンザルコニウム(ODS処理済み)
調整したATP測定溶液に対し、25℃でピルビン酸オキシダーゼを固定化した酵素電極、銀(Ag)/塩化銀(AgCl)を参照電極、Ptワイヤを対極とし、+600mVの電位を印加した。電流値が安定した後、ODS処理を施した大腸菌細胞内ATP抽出液100μL、ウサギ筋肉由来0.31Units/mLミオキナーゼ100μLを順に加え、反応させた。
【0024】
なお、従来例としてODS処理を施していない大腸菌細胞内ATP抽出液を測定した。図1に、これらの試料の酵素電極から対極に流れる応答電流の時間変化を示す。
【0025】
図1より明らかに、従来例(ODS処理を施していない大腸菌細胞内ATP抽出液)では、全く応答電流が流れない。一方、本発明のODS処理した試料では、充分に高い応答電流が見られた。これは、本発明のODS処理により塩化ベンザルコニウムを除去したことで、酵素反応の阻害を大幅に抑制したことを示している。
【0026】
なお、本発明の実施の形態1においては、疎水性化合物として、ODSを用いたが、界面活性剤の有する疎水基と、疎水性化合物の有する疎水基とで生じる疎水結合を利用したものであるため、用いる疎水性化合物は、界面活性剤と疎水結合するものであれば特に限定されない。また、以下に詳述するが、疎水性化合物は担体に結合された状態で使用するため、その担体は細胞内ATP抽出液と担体が分離できるものであれば特に限定されない。このようなものとして、例えば、ビーズ、流路等の固相への固定が挙げられる。
【0027】
また、本発明に用いる界面活性剤は、陽イオン界面活性剤、陰イオン界面活性剤、非イオン界面活性剤、両性イオン界面活性剤等、細胞表面に存在するリン脂質に吸着することにより流動性が変化し、細胞表面構造の維持を不安定化させるものであれば特に限定されないが、細胞表面への吸着速度が速い陽イオン界面活性剤が好ましい。さらに、細胞内ATP測定方法は、酵素を用いるものであれば特に限定されず、このような例として生物発光法、電気化学測定法、酵素法がある。
【0028】
以上のことから、本発明のATP測定方法は、界面活性剤の影響を大幅に低減し、酵素や界面活性剤の種類を問わず、正確かつ感度良く細胞内ATPを測定することができる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明にかかる細胞内ATPの測定方法は、酵素反応を阻害する界面活性剤を選択的に除去することが出来るため、酵素や界面活性剤の種類を問わず、ATPを測定することができるため、ATP酵素センサに応用できることを特徴とし、食品衛生分野における簡便なATP測定に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施例1におけるATPの電気化学測定結果を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
界面活性剤を用いて細胞内のATPを抽出するATP抽出工程と、
前記ATP抽出工程の後に疎水性化合物を添加する界面活性剤除去工程と、
前記界面活性剤除去工程の後にATP量を測定するATP測定工程と、
からなる細胞内ATPの測定方法。
【請求項2】
前記ATP抽出工程は、界面活性剤に細胞を懸濁して細胞内ATP抽出液を調製する請求項1に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項3】
前記界面活性剤除去工程は、前記疎水性化合物に添加した後に前記疎水性化合物と前記疎水性化合物以外のものとを分離する請求項2に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項4】
前記ATP測定工程は、前記分離された疎水性化合物以外の物質のATP量を測定する請求項3に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項5】
前記界面活性剤は、陽イオン界面活性剤である請求項1から4に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項6】
前記陽イオン界面活性剤は、塩化ベンザルコニウムである請求項5に記載の細胞内ATPの測定方法
【請求項7】
前記疎水性化合物は、疎水基を有する化合物である請求項1から6に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項8】
前記疎水性化合物を担体に結合させた請求項1から7に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項9】
前記担体は、オクタデシル基を導入したシリカゲル担体である請求項8に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項10】
前記測定工程は、酵素反応を用いた測定方法である請求項4に記載の細胞内ATPの測定方法。
【請求項11】
請求項1から10記載のいずれかの方法を用いた細胞内ATPの測定試薬キット。

【図1】
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【公開番号】特開2009−77644(P2009−77644A)
【公開日】平成21年4月16日(2009.4.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−248615(P2007−248615)
【出願日】平成19年9月26日(2007.9.26)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】