説明

細胞処理方法

粘液を分泌する細胞を含む細胞検体について、細胞を安定したり、細胞の形態に影響を及ぼすことなく粘液を除去したり、個々の細胞に分散する細胞処理方法、及び当該処理方法に用いる試薬キットを提供する。アルデヒド化合物含有液で処理することにより細胞を安定化すると、タンパク質分解酵素で処理して細胞群を分散させることができる。粘液で凝集した細胞検体の場合には、粘液除去後、細胞の安定化及び酵素処理を行う。粘液除去は、システイン系化合物を用いることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体から採取された細胞を含む検体を、細胞診やフローサイトメトリーに適するように処理する細胞処理方法、及び当該方法に用いる処理試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
子宮頸癌の早期発見のためのスクリーニング法として、健康診断等では、細胞診が有効に利用されている。
【0003】
ここで、子宮頸癌の細胞診は、子宮頸部表面を綿棒やスクレーパー等で擦過し、擦過した細胞を、直ちにスライドグラス上に塗抹して標本を作り、顕微鏡等で観察することにより診断を行っている。あるいは健康診断のように大量の検体を処理する必要がある病院等では、擦過により採取した細胞群を、アルコールを含む保存液(例えば、特許文献1)中で保存して検査センターに輸送され、検査センターで、スライドグラス上に塗抹標本をつくり、検体をパパニコロウ染色して、顕微鏡で観察するという方法が一般に行われている。そして、細胞塊の形態から癌細胞の有無を判定している。
【0004】
いずれの場合であっても、個々の検体について塗抹標本を作製し、顕微鏡観察しなければならないため、手間がかかって面倒であることから、近年細胞診の自動化が要望されている。
【0005】
細胞診の自動化方法としては、免疫細胞化学を利用したフローサイトメトリーがある。免疫細胞化学を利用したフローサイトメトリーは、細胞が発現する蛋白質を蛍光で標識した抗体で染色し、細胞を液体中に浮遊状態としてレーザー光を照射し、個々の細胞から発する蛍光を測定することによって、細胞集団中の個々の細胞の大きさや形態、DNA含量、膜抗原の発現量の分布等を測定する方法である。また、検出しようとする癌細胞に特異的抗体を用いて、癌細胞の有無、個数を測定することもある。このような細胞診の自動化において測定精度を上げるためには、個々の細胞が特異的に抗体染色される必要がある。さらに、細胞の形態から癌細胞か否かを判断し、癌細胞の個数を計数したい場合、細胞の形態に影響を及ぼすことなく、個々の細胞に分散される必要がある。
【0006】
ここで、子宮頸部の擦過により採取される細胞は、扁平上皮系細胞と腺系細胞の2種類からなり、その大部分は扁平上皮系細胞である。一方、子宮頸部の奥に位置する子宮体部は主に粘液を分泌する腺細胞から構成されているため、採取された子宮頸部の細胞群は子宮体部で産生された粘液に覆われて凝集した状態にある。このように、粘液が糊のようになって細胞が凝集したような細胞塊の検体では、そのままフローサイトメトリーにかけることはできない。また、抗体染色に際しても、粘液の成分に抗体が非特異的に吸着されてノイズとなるため、正確な細胞診ができない。このような粘液付着細胞群をフローサイトメトリーに適用する場合、まず細胞同士を粘着させている粘液を除去して細胞群を個々の細胞に分離するとともに、細胞表面の粘液を除去して、標識抗体と特異的に反応させるようにしなければならない。
【0007】
細胞診のために、粘液を除去する方法として、特許文献2に、30%エタノール・PBS液中にメチルシステインを0.1〜0.2%含有する液に、検体の喀痰をいれて反応させることにより、粘液を溶解し、細胞を分散させることが開示されている。検体としての喀痰は、粘性液体中に肺から剥がれてきた細胞が浮遊している状態にあるので、喀痰液中の粘液を溶解すれば、個々の細胞を得ることができる。しかしながら、子宮頸部から採取した細胞群のように、粘液が糊のようになって凝集している細胞塊では、当該粘液溶解液を用いても、十分に粘液を溶解することはできないため、抗体の非特異的吸着によるノイズが依然として残っている。また、フローサイトメトリーで分析できるくらいに、個々の細胞に分散することはできない。
【0008】
一方、特許文献1に記載された細胞保存液は、アルコール中にエチレンジアミン四酢酸(EDTA)等のキレート剤を含有させた保存液で、キレート剤は細胞が集合して塊となることを防止する効果があるといわれているが、やはり、子宮頸部のように、粘液が糊となって凝集させているような細胞検体では、上記保存液に保存しても、細胞はばらばらにならず、また粘液も溶解されないため、標識抗体の非特異的吸着を減らすことができない。
【0009】
また、特許文献2には、組織洗浄液、人工髄液、眼内潅流等の細胞保護液として、N−アセチルシステイン及び/又はN−ジアセチルシスチンを0.1〜10mMの範囲(0.0016%〜0.16%程度)で含有する電解質溶液からなる細胞保護液が開示されている。特許文献3には、粘度溶解剤としてのメチルシステインを0.1〜0.2質量%含有する細胞固定、保存液が開示されており、特許文献4には、エタノール、塩化ナトリウム、ショ糖又はプロピレングリコールを含有する緩衝液に、粘液溶解剤としてのメチルシステインを0.1〜0.2質量%含有する細胞固定、保存液が開示されている。
【0010】
しかし、いずれの細胞固定・保存液も、擦過により採取した子宮頸部細胞群のように、粘液により結着した細胞塊の粘液を十分に溶解させることができず、結果として個々の細胞に分散させることができず、粘液による標識抗体の非特異的吸着をなくすことができない。
【0011】
一方、従来より、付着・凝集した細胞を、個々の細胞に分散させる方法として、トリプシンなどのタンパク質分解酵素を使うことが知られている。しかし、タンパク質分解酵素による分散作用は、個々の細胞に分散させるだけでなく、細胞膜まで溶解してしまうため、細胞の形態に関する画像やデータから、腫瘍細胞か否かを判断しようとする場合や、細胞膜表面に抗体を結合させるような、免疫化学を利用したフローサイトメトリー用の検体の作製方法としては適切でない。そして、上記特許文献1〜4に開示されている細胞固定保存液による細胞の固定化では、タンパク質分解酵素に対しては不十分なため、細胞膜の消化を防止することはできない。
【0012】
他方、子宮頸部表面の擦過により採取した細胞群検体のように、粘液で細胞同士が凝着したような検体の粘液を除去することなく、直接タンパク質分解酵素と反応させても、タンパク質分解酵素は、まず粘液の分解に作用するため、個々の細胞に分解させるためには時間がかかりすぎる反面、酵素濃度をあげたり、長時間の設定にすると、タンパク質分解酵素は粘液除去に続いて細胞膜を消化してしまうため、細胞表面の粘液だけを除去して、細胞の形態に影響を与えることなく個々の細胞に分解できるような適切な条件を設定、制御が難しい。
【0013】
【特許文献1】米国特許第5256571号
【特許文献2】特開平10−323183号
【特許文献3】特公平7−46101号
【特許文献4】特公平7−46100号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、子宮頸部のように、粘液を分泌する細胞を含む細胞検体について、細胞の形態に影響を及ぼすことなく粘液を除去し、且つ個々の細胞に分散する細胞処理方法、及び当該処理方法に用いる試薬キットを提供することにある。
また、本発明の目的は、粘液を分泌する細胞を含む検体を安定化する方法を提供することにある。
さらに本発明の他の目的は、細胞凝集をおこした検体を、細胞形態に影響を及ぼすことなく、個々の細胞に分散させる細胞処理方法及びそれに用いる細胞処理試薬キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の第1の細胞処理方法は、粘液付着細胞を含む検体の粘液を除去する工程;及び粘液除去後の検体を、アルデヒド化合物含有液で処理し、細胞を安定化する工程を含む。
【0016】
本発明の第2の細胞処理方法は、第1の細胞処理方法に、さらに安定化後の検体を、タンパク質分解酵素で処理する工程を含む方法である。すなわち、粘液付着細胞を含む検体の粘液を除去する工程;粘液除去後の検体を、アルデヒド化合物含有液で処理し、細胞を安定化する工程;及び安定化後の検体を、タンパク質分解酵素で処理する工程を含む方法である。
【0017】
本発明の第3の細胞処理方法は、細胞を含む検体を、アルデヒド化合物含有液で処理し、細胞を安定化する工程;及び安定化後の検体を、タンパク質分解酵素で処理する工程を含む。検体に含まれる細胞は、粘液付着細胞であってもよい。
【0018】
本発明の第1〜第3の細胞処理方法において、前記粘液除去工程は、粘液付着細胞を含む検体をシステイン系化合物含有液で処理することにより行われることが好ましい。また、前記粘液付着細胞としては、例えば、子宮頸部細胞が挙げられる。上記細胞処理方法に供される細胞は、アルコール含有液中に保存された細胞であってもよい。さらに、上記細胞処理方法において、前記アルデヒド化合物は、パラホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド、及びグルタルアルデヒドからなる群より選ばれる1種以上であることが好ましい。さらにまた、前記酵素として、コラゲナーゼを使用することが好ましい。
【0019】
本発明のフローサイトメトリー用試料を調製する方法は、上記本発明の細胞処理方法の細胞安定化工程及びタンパク質分解酵素での処理工程を経て、フローサイトメトリー用試料を調製する方法である。
【0020】
本発明の処理試薬キットは、上記本発明の第1の細胞処理方法に好適に使用されるものとして、システイン系化合物を含有する第1試薬;及びアルデヒド化合物を含有する第2試薬からなる。
【0021】
また、上記本発明の第2の細胞処理方法に好適に使用される処理試薬キットとして、システイン系化合物を含有する第1試薬;アルデヒド化合物を含有する第2試薬;及びタンパク質分解酵素を含有する第3試薬からなる。
【0022】
また、上記本発明の第3の細胞処理方法に好適に使用される処理試薬キットとして、アルヒデド化合物を含有する第1試薬;及びタンパク質分解酵素を含有する第2試薬からなる。
【0023】
上記本発明の試薬キットにおいて、前記タンパク質分解酵素はコラゲナーゼであって、コラゲナーゼの含有量が0.1〜0.5質量%であることが好ましい。また。前記アルデヒド化合物は、パラホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド、及びグルタルアルデヒドからなる群より選ばれる1種以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明の細胞処理方法は、細胞凝集をおこした検体であっても、細胞を安定化した後、タンパク質分解酵素を作用させるので、タンパク質分解酵素による細胞自体の消化を抑制しつつ、個々の細胞に効率よく分散することができる。特に粘液で凝集したような細胞塊の場合には、まず粘液を除去し、粘液が除去された状態の細胞を安定化することでより効果的に細胞を分散することができる。
本発明の処理試薬キットは、本発明の細胞処理方法の実施に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1の顕微鏡写真(400倍)である。
【図2】参考例1の顕微鏡写真(400倍)である。
【図3】比較例1の顕微鏡写真(400倍)である。
【図4】比較例2の顕微鏡写真(400倍)である。
【図5】参考例2の顕微鏡写真(400倍)である。
【図6】実施例2の顕微鏡写真(100倍)である。
【図7】実施例3の顕微鏡写真(100倍)である。
【図8】実施例4の顕微鏡写真(100倍)である。
【図9】実施例5の顕微鏡写真(100倍)である。
【図10】実施例6の顕微鏡写真(100倍)である。
【図11】実施例7の顕微鏡写真(100倍)である。
【図12】実施例7の顕微鏡写真(600倍)である。
【図13】実施例7の顕微鏡写真(透過像、600倍)である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
はじめに、本発明の細胞の処理方法の説明に先立って、検体を安定固定化するための処理試薬キット及び分散処理のための試薬キットについて説明する。
【0027】
本発明の粘液付着細胞を含む検体の安定固定化のための試薬キットは、システイン系化合物を含有する第1試薬キットと、アルデヒド化合物を含有する第2試薬キットの組み合わせからなる。
【0028】
システイン系化合物を含有する第1試薬は、主として、子宮頸部表面の擦過により採取した細胞群の検体のように、粘液産生細胞を含み、細胞同士が粘液で凝着したような細胞群の検体の粘液を除去するための試薬である。つまり、システイン系化合物は、細胞表面に存在する粘液のジスルフィド結合を切断して、粘液の二次構造を変性させて、粘度を低下させることにより、洗浄操作で容易に粘液を除去することができる。
【0029】
第1試薬は、システイン系化合物の溶媒として、水、生理食塩水、PBS(リン酸緩衝化生理食塩水)、トリス等の緩衝液を含む。
【0030】
システイン化合物としては、メチルシステイン、アセチルシステイン、L−システインなどを用いることができる。
第1試薬中のシステイン系化合物含有率は、5質量%以上、より好ましくは10〜20質量%であることが好ましい。5質量%未満では粘液除去作用が不十分だからである。
【0031】
アルデヒド化合物を含有する第2試薬は、表面の粘液が除去された細胞について、タンパク質分解酵素による消化作用を和らげることを目的とする、細胞安定化のための試薬である。つまり、アルデヒド化合物は、アルデヒド基がタンパク質のアミノ末端に作用して、架橋構造を形成し、タンパク質分解酵素により分解作用を受けにくい二次、三次構造に変化させることができる。
【0032】
アルデヒド化合物としては、パラホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド、グルタルアルデヒド、またはこれらの混合物を用いることができる。
【0033】
第2試薬には、アルデヒド化合物の溶媒として、アルデヒド基と反応しない溶媒であればよいが、好ましくは蒸留水、イオン交換水、精製水等の水が用いられる。
他の成分として、ピクリン酸を0.1〜0.4質量%程度含有することが好ましい。ピクリン酸は、アルデヒド化合物の組織浸透性を増強することができる。
【0034】
本発明の粘液付着細胞を含む検体の分散処理のための試薬キットは、安定化のための試薬キットを構成する第1試薬及び第2試薬の組合わせに、さらに個々の細胞にばらばらにするためのタンパク質分解酵素を含む第3試薬を含む。
【0035】
タンパク質分解酵素としては、トリプシン、プロナーゼ、ペプシン、エラスターゼ、コラゲナーゼなどが挙げられ、1種又は2種以上の組合わせを用いてもよい。
これらのうち、コラゲナーゼが好ましく用いられる。消化力が弱い酵素では、分散化に必要な時間を比較的広い範囲内で決めることができるため、検体個々人の差異による適切な消化時間の差異が問題にならずに済む。コラゲナーゼの種類は特に限定せず、細菌性、動物性のいずれであってもよく、また動物性コラゲナーゼについて、その基質特異性は特に限定しない。
【0036】
第3試薬の溶媒としては、タンパク質分解酵素を変性させない溶媒であればよいが、好ましくは、蒸留水、イオン交換水、精製水等の水が用いられる。
【0037】
第3試薬におけるタンパク質分解酵素の濃度は、酵素の種類に応じて適宜決定される。
一般に、トリプシンのように消化力の高い酵素では、0.05〜0.1質量%程度が好ましく、コラゲナーゼでは0.1〜1.0質量%程度が好ましい。
【0038】
本発明の試薬キットは、粘液付着細胞を含む検体だけでなく、粘液除去処理を要しない検体の安定化及び分散処理にも使用できる。粘液除去を要しない細胞群の検体の分散処理のための試薬キットは、安定化のためのアルデヒド化合物を含有する第1試薬(上記粘液付着細胞を含む検体の処理試薬キットの第2試薬に該当する)と分散処理のためのタンパク質分解酵素を含む第2試薬(上記粘液付着細胞を含む検体の処理試薬キットの第3試薬に該当する)とからなる。
【0039】
次に本発明の細胞処理方法について説明する。
本発明の細胞処理方法は、細胞同士が凝集したような検体の塗抹標本、フローサイトメトリー用検体の調製に好適な方法であって、安定化工程、分散工程を含む。
【0040】
安定化工程は、上記本発明の試薬キットで安定化のために用いる試薬、すなわちアルデヒド化合物含有試薬を用いて細胞膜を安定化する工程である。細胞構成タンパク質の一部がアルデヒド化合物の架橋作用によりタンパク質分解酵素の作用を受けにくくなる。
【0041】
アルデヒドとの反応時間は、アルデヒド化合物の種類にもよるが、一般に10〜30分が好ましい。1分未満では安定化に不十分であり、1時間を超えると、架橋が進みすぎて、酵素による消化作用が働かなくなるからである。室温で反応させる場合は反応時間は10分から30分が適当であるが、4℃で反応させる場合は化学反応が鈍くなるため、反応時間は12時間までは可能である。アルデヒド化合物の至適濃度は2〜10%である。一般に低温、低濃度で反応させる場合は、反応時間は長時間が可能である。
安定化工程は、アルデヒド化合物含有試薬との反応、細胞洗浄の一連の操作を、2〜3回繰り返すことが好ましい。
【0042】
分散工程は、上記本発明の試薬キットの分散処理のためのタンパク質分解酵素を含む試薬を用いて、凝集した細胞塊をばらばらにする工程である。
【0043】
タンパク質分解酵素での消化時間は、使用するタンパク質分解酵素の種類、濃度に応じて適宜選択する。一般に、消化力の強いトリプシン、ペプシンでは、0.01〜0.05質量%で20分ほどである。一方、消化力が弱いコラゲナーゼでは、0.1質量%で0.5〜90分ほどであり、プロナーゼでは0.05質量%で30〜90分ほどである。
【0044】
消化力の弱いコラゲナーゼでは、適切な時間の範囲が広いので、個々人の検体に基づく適切な時間の差異があっても、一定時間を設定しておくことができる。この点、消化力の強いトリプシン、ペプシンでは、好ましい時間範囲が狭いため、一定時間を設定した場合に、ある検体では分散化不十分となり、ある検体では消化が進みすぎて細胞形態が破壊されてしまうといった事態がおこり得る。
【0045】
酵素処理後、遠心分離等で細胞を分離し、回収すると、細胞形態が保持された状態で分散された細胞検体が得られる。また、前記分散された細胞検体を蛍光標識抗体で染色することにより、フローサイトメトリー用試料を調製することができる。よって、検出方法の種類に応じて、染色等を行い、標本作製すればよい。
【0046】
本発明の細胞処理方法が対象とする検体は、採取直後の検体、アルコール含有保存液(例えば、Cytyc社のPreservCyt)に保存されたもの、いずれであってもよい。アルコール含有保存液としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール等の低級アルコールを、30〜60質量%含有する保存液が好ましく用いられる。
【0047】
また、粘液付着細胞を含む検体に対しては、アルコール保存液から取り出して、上記安定化、分散化工程を直接行っても良いが、安定化工程前に、粘液除去処理を行うことが好ましい。
【0048】
粘液除去処理方法は、細胞の形態に影響を与えることなく、検体に含まれている粘液の粘度を低下させて溶解等により除去できる方法であればよく、検体の種類に応じて適宜選択できる。
【0049】
子宮頸部細胞のように、粘液が糊のようになって細胞同士を凝着させているような場合には、システイン系化合物を含む処理液、すなわち上記本発明の粘液付着細胞を含む検体の安定化のための試薬キット及び分散処理のための試薬キットに用いられる第1試薬を用いて行われることが好ましい。システインとの反応により粘液が溶解して除去しやすくなる。システイン化合物との反応後、遠心分離機等で細胞を分離し、粘液を除去する。このようにして粘液除去した細胞を上記安定化工程に供することにより、粘液付着細胞を含む検体を直接安定化工程に供した場合と比べて、抗体染色に用いる抗体の非特異吸着を防ぐことができ、また処理時間を短縮することができるという効果がある。
【0050】
ここで、粘液除去処理を行う場合、粘液除去後に、安定化工程を行うことに意味がある。架橋による安定化は、細胞に対してだけでなく、粘液も架橋して安定化してしまうため、安定化後にシステイン系化合物を処理しても、もはやシステイン化合物による粘液除去作用が機能を果たさなくなるからである。一方、粘液除去後に安定化を行うことにより、第2試薬(アルデヒド含有化合物)は、細胞に直接的に作用できるため、低濃度、短時間で、細胞の安定化を果たすことができるからである。
【0051】
尚、粘液除去処理は、検体保存中に行われるようにしてもよい。例えば、アルコール含有率30〜60質量%及びシステイン系化合物を含む水溶液からなる保存液中に検体を保存しておくことにより、保存中に粘液除去工程を済ませておく行うことが可能となる。
【実施例】
【0052】
〔アルデヒド化合物の安定化効果〕
実施例1:
保存液(Cytyc社製のPreservCyt(商品名)に固定・保存された子宮頸部表面の擦過により採取された子宮頸部細胞群を、1.5ml遠心チューブに採取し(約3×10cell/サンプル)、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて細胞を分離し、上清を除去した。
【0053】
採集した子宮頸部細胞群に、0.1%Tween20(シグマ社)及び0.001Mリン酸緩衝液(シグマ社、pH7.4)(以下、「PBS−T」という)1mlを添加して、細胞を再懸濁した。再度、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を回収した。
【0054】
回収した細胞を、Zamboni液に懸濁し、25℃で15分間、回転振とうした。Zamboni液は、A液(飽和ピクリン酸水溶液(0.67%ピクリン酸溶液))及びB液(20%パラホルムアルデヒド水溶液)を、A液:B液:蒸留水を3:2:15で混合した液である。
回転振とう後、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を分離し、反応液である上清を除去し、細胞を回収した。
【0055】
回収した細胞に、0.1質量%コラゲナーゼ(タイプII)含有水(実施例1)を添加し、37℃で40分間反応させた。タンパク質分解酵素による消化反応の停止は、4℃のタンパク質分解酵素阻害薬カクテル(シグマ社のP8340をTBSTで1/100に希釈したもの)1200μlを添加することにより行った。
消化反応を停止させた後、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を分離し、反応液である上清を除去し、細胞を回収した。
【0056】
細胞を5%ギムザ染色液(シスメックス社製)を用いて15分間染色した後、PBSで十分に洗浄し、光学顕微鏡にて観察したところ、図1に示すような写真を得た。
【0057】
尚、参考のために、タンパク質分解酵素による消化作用を行わなかった細胞(参考例1)を、同様に染色して光学顕微鏡で観察した写真を図2に示す。
【0058】
図1と図2を比べると、実施例1では、細胞形態が保持された状態で、細胞塊が個々の細胞に分散されていることがわかる。
【0059】
比較例1、2:
Zamboni液による安定化操作を行わなかった以外は、実施例1と同様にして、細胞を回収し、5%ギムザ染色液(シスメックス社製)を用いて15分間染色した後、PBSで十分に洗浄し、光学顕微鏡にて観察したところ、図3及び図4に示すような写真を得た。
【0060】
尚、参考のために、タンパク質分解酵素による消化作用を行わなかった細胞(参考例2)を、同様に染色して光学顕微鏡で観察した写真を図5に示す。
【0061】
図3,4では、細胞膜が溶解し、裸核化した核が膨化していた。従って、アルデヒド化合物による安定化効果を行わなかった場合には、タンパク質分解酵素により細胞群が個々の細胞に分散されるに留まらず、細胞膜まで消化されてしまうことがわかる。
【0062】
〔酵素の種類と分散化効果〕
実施例2〜6:
酵素液として表1に示す酵素液を使用し、各酵素液についての消化時間を表1に示すようにした以外は、実施例1と同様にして、消化反応を行った。コラゲナーゼ(タイプI)とコラゲナーゼ(タイプII)は、タンパク質の特定部位に対する分解活性が活性が異なる。コラゲナーゼ(タイプII)の方が、クロストリペイン(clostripain)活性が高い。
【0063】
【表1】

【0064】
反応終了後、実施例1と同様にして染色し、光学顕微鏡で観察した。図6〜10に示すような写真を得た。
【0065】
コラゲナーゼ(図6、7)、プロナーゼ(図8)では、細胞形態が良好に維持されたまま、良好に分散されていた。実施例1と実施例2,3を比較すると、濃度、時間が異なっても、細胞形態を維持したまま、分散できることがわかる。
一方、トリプシン(図9)、エラスターゼ(図10)では、裸核が観察され、細胞膜が消化されてしまっていることがわかる。これらの酵素は消化力が強いため、酵素液の濃度、反応時間の設定が、形態の保持に大きく影響することがわかる。
【0066】
〔粘液除去の効果〕
実施例7:
検体として、腺細胞を含む子宮頸部細胞を用いた。
保存液(Cytyc社製のPreservCyt(商品名)に固定・保存された子宮頸部表面の擦過により採取された子宮頸部細胞を、1.5ml遠心チューブに採取し(約3×10cell/サンプル)、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて細胞を分離し、上清を除去した。
【0067】
採集した細胞に、0.1%Tween20(シグマ社)及び0.001Mリン酸緩衝液(シグマ社、pH7.4)(PBS−T)1mlを添加して、細胞を再懸濁した。
【0068】
再度、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を分離し、上清を除去し、細胞を回収することにより、細胞洗浄を行った。洗浄した細胞を、500μlの保存液に、再懸濁した。
【0069】
以上のようにして得られた細胞懸濁液に、10%のN−アセチル−L−システイン(以下AcCys)溶液500μlを添加し、常温で1分間反応させた。
保存液をさらに500μl添加して、粘液溶解反応を停止させた。
粘液溶解反応後、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を分離し、反応液である上清を除去し、粘液が除去された細胞を回収した。
【0070】
回収した細胞を1mlのPBS−Tに再懸濁し、再び遠心分離機の(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を分離し、上清を除去することにより、細胞を洗浄した。この洗浄操作を2回繰り返した。
回収した細胞を、Zamboni液に懸濁し、25℃で15分間、回転振とうした。
回転振とう後、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を分離し、反応液である上清を除去し、細胞を回収した。
【0071】
回収した細胞に、0.1質量%コラゲナーゼ(タイプI及びII)含有水を添加し、37℃で1分間反応させた。タンパク質分解酵素による消化反応の停止は、4℃のタンパク質分解酵素阻害薬カクテル(シグマ社のP8340をTBSTで1/100に希釈したもの)1200μlを添加することにより行った。
消化反応を停止させた後、遠心分離機(10000rpm、1分、4℃)にかけて、細胞を分離し、反応液である上清を除去し、細胞を回収した。
【0072】
細胞を2つのグループに分け、1グループは、5%ギムザ染色液(シスメックス社製)を用いて15分間染色した後、PBSで十分に洗浄し、光学顕微鏡にて観察したところ、図11(倍率100倍)及び図12(倍率600倍)に示すような写真を得た。もう一方のグループは、アルカリフォスファターゼで標識したNMP179抗体を用いた。NMP179抗体は、正常な扁平上皮細胞以外の子宮頸部由来の細胞(例えば、扁平上皮癌細胞や腺癌細胞、正常腺細胞)と結合できる抗体である。また発色用基質には、Vector Red(VECTOR LABORATORIES社のVector Red Alkaline Phosphatase Substrate Kit I Cat.No.SK−5100)を用いた。光学顕微鏡にて観察したところ、図13に示すような写真を得た。
【0073】
図11及び図12から、扁平上皮細胞及び腺細胞のいずれも良好に分散されていることがわかる。従って、細胞固定化の前に粘液除去操作を行った場合には、1分間という短時間であっても、酵素による分散作用が有効であることが確認できた。
図13から、ガン細胞が抗体と特異的に反応した部分(黒色部分)を観察できる。分散された腺細胞がNMP179抗体で染色され、酵素反応による分散を行った後でも、細胞形態が保持されていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明の細胞処理方法は、細胞凝集をおこした検体、さらには粘液が糊のようになって凝集した細胞群の検体であっても、細胞形態に影響を及ぼすことなく、個々の細胞に分散させることができるので、子宮頸部細胞群のような粘液で凝集した細胞塊の細胞診の前処理として利用できる。
【0075】
また、本発明の試薬キットは、本発明の細胞処理方法の実施をする試薬の組合わせであり、本発明の細胞処理方法を容易に実施することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粘液付着細胞を含む検体の粘液を除去する工程;及び
粘液除去後の検体を、アルデヒド化合物含有液で処理し、細胞を安定化する工程;
を含む細胞処理方法。
【請求項2】
さらに、安定化後の検体を、タンパク質分解酵素で処理する工程を含む請求項1に記載の細胞処理方法。
【請求項3】
前記粘液除去工程が、粘液付着細胞を含む検体をシステイン系化合物含有液で処理することにより行われる請求項1に記載の細胞処理方法。
【請求項4】
細胞を含む検体を、アルデヒド化合物含有液で処理し、細胞を安定化する工程;及び
安定化後の検体を、タンパク質分解酵素で処理する工程;
を含む細胞処理方法。
【請求項5】
前記細胞が、粘液付着細胞である請求項4に記載の細胞処理方法。
【請求項6】
前記粘液付着細胞は、子宮頸部細胞である請求項1に記載の細胞処理方法。
【請求項7】
前記粘液付着細胞は、子宮頸部細胞である請求項5に記載の細胞処理方法。
【請求項8】
前記細胞が、アルコール含有液中に保存された細胞である請求項1に記載の細胞処理方法。
【請求項9】
前記細胞が、アルコール含有液中に保存された細胞である請求項4に記載の細胞処理方法。
【請求項10】
前記アルデヒド化合物は、パラホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド、及びグルタルアルデヒドからなる群より選ばれる1種以上である請求項1に記載の細胞処理方法。
【請求項11】
前記アルデヒド化合物は、パラホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド、及びグルタルアルデヒドからなる群より選ばれる1種以上である請求項4に記載の細胞処理方法。
【請求項12】
前記酵素として、コラゲナーゼを使用する請求項2に記載の細胞処理方法。
【請求項13】
前記酵素として、コラゲナーゼを使用する請求項4に記載の細胞処理方法。
【請求項14】
請求項2の細胞処理方法を行った後に、フローサイトメトリー用試料を調製する方法。
【請求項15】
請求項4の細胞処理方法を行った後に、フローサイトメトリー用試料を調製する方法。
【請求項16】
システイン系化合物を含有する第1試薬;及び
アルデヒド化合物を含有する第2試薬
からなる、粘液付着細胞を含む検体の処理試薬キット。
【請求項17】
さらに、タンパク質分解酵素を含有する第3試薬からなる、請求項16に記載の処理試薬キット。
【請求項18】
アルヒデド化合物を含有する第1試薬;及び
タンパク質分解酵素を含有する第2試薬;
からなる、細胞を含む検体の処理試薬キット。
【請求項19】
前記タンパク質分解酵素がコラゲナーゼであり、
コラゲナーゼの含有量が0.1〜0.5質量%である請求項17に記載の処理試薬キット。
【請求項20】
前記タンパク質分解酵素がコラゲナーゼであり、
コラゲナーゼの含有量が0.1〜0.5質量%である請求項18に記載の処理試薬キット。
【請求項21】
前記アルデヒド化合物は、パラホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド、及びグルタルアルデヒドからなる群より選ばれる1種以上である請求項16に記載の処理試薬キット。
【請求項22】
前記アルデヒド化合物は、パラホルムアルデヒド、ホルムアルデヒド、及びグルタルアルデヒドからなる群より選ばれる1種以上である請求項18に記載の処理試薬キット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【国際公開番号】WO2005/038044
【国際公開日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【発行日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−514752(P2005−514752)
【国際出願番号】PCT/JP2004/015041
【国際出願日】平成16年10月13日(2004.10.13)
【出願人】(390014960)シスメックス株式会社 (810)
【Fターム(参考)】