細胞分化、発生、増殖を制御する物質および該物質を含む細胞分化・発生・増殖調節剤
【課題】 毛包形成、発毛、脱毛に関わる因子を提供するとともに、これらの因子を含む新規な発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤を提供することを目的とする。
【解決手段】 本発明は、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質であり、この細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤である。さらに、本発明はこのような細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは細胞分化・発生・増殖調節剤を含む発毛剤、育毛剤、養毛剤ないしは脱毛剤を提供するものである。また、上記の細胞分化、発生、増殖を制御する物質としては、Wnt5aなどがあげられる。
【解決手段】 本発明は、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質であり、この細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤である。さらに、本発明はこのような細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは細胞分化・発生・増殖調節剤を含む発毛剤、育毛剤、養毛剤ないしは脱毛剤を提供するものである。また、上記の細胞分化、発生、増殖を制御する物質としては、Wnt5aなどがあげられる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質に関するものであり、この細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤に関するものである。また、本発明は、Frizzled3のリガンドであるWnt5aを有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤に関するものであり、さらに、Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を促進または抑制する物質が間接的に細胞の分化、発生、増殖を制御する細胞分化・発生・増殖調節剤、特にこの細胞分化・発生・増殖調節剤は、特に毛乳頭細胞の分化、発生、増殖の制御に関するものである。
【0002】
また、本発明は、Wnt5aを有効成分とする毛包細胞賦活剤に関し、さらに詳しくはWnt5aはFrizzled3のリガンドであって、Wnt5aがFrizzled3からGsタンパク質を介して細胞内に情報を伝達することにより毛包細胞が賦活される毛包細胞賦活剤、およびこれらの毛包細胞賦活剤を含有した発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤に関するものである。
【背景技術】
【0003】
従来、うす毛や脱毛を改善する育毛剤の需要は高く、種々多用な養毛剤が上市されている。かかる育毛剤には、植物抽出物や、ビタミンEおよびその誘導体、ニコチン酸ベンジル等の血行促進剤、トウガラシチンキ、カンタリスチンキ、カンフル、ノニル酸ワニリルアミド等の局所刺激剤、胎盤抽出物、感光素301、パントテン酸等の角質溶解剤、ヒノキチオール、塩化ベンザルコニウム、感光素201等の殺菌剤、グリチルレチン酸およびその誘導体、メントール等の消炎剤などが配合されており、さらに、男性型脱毛症の改善を目的には、テストステロン5α−リダクターゼの活性を阻害する種々の植物抽出物が用いられている。これらの育毛剤は、いずれも毛母細胞の機能低下、血流の低下、男性ホルモンに対する感受性の増大、皮脂腺機能の活性化、ストレスの増大などに対して、これらを抑制することにより育毛効果を発現するというものである。
【0004】
また、最近では毛乳頭細胞を活性化したり、毛周期における休止期から成長期への移行を促進したり、成長期から退行期への移行を抑制するような毛周期調整効果を奏するような作用機序を有する養毛剤も提供されている。このような作用を奏するものとしては、例えば、タウリン(特開2002−97116号公報)、没食子酸誘導体(特開2003−321330号公報)、ポリエチレンイミン系水溶性高分子(特開2002−370987号公報)などが知られ、さらに毛包細胞に作用する因子やこれらの因子を産生促進する物質として、インスリン様成長因子−I(IGF−I)様の活性を有する物質であるマメ科カッシア族などの植物の抽出物(特開2000−154118号公報)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)産生を促進する、オランダガラシ、シイタケやプルーン等の植物抽出物(特開2002−119336号公報、特開2004−35444号公報)、繊維芽細胞増殖因子−5S(FGF−5S)を誘導するモモノハナエキスのような植物抽出物(特開2002−296267号公報)が知られている。
【0005】
ところで、毛髪の成長に関与する物質として、胚発生に伴う形態形成を司るシグナル分子である細胞外分泌糖タンパク質のWntが知られており、このWntは胎児期の皮膚細胞を毛包に変化させ、その後生涯にわたり、毛包細胞の毛周期を刺激し毛髪を作りだしていることが知られている。このようなWntを用いたものとして、特表2004−500407号公報があり、ここではWntファミリーと知られるWntのうち、Wnt3、Wnt4、Wnt7が好ましいものであることが記載されているが、実際に毛包細胞が賦活され、毛髪の成長が促進されたことは示されてはいない。
【0006】
【特許文献1】特開2002−97116号公報
【特許文献2】特開2003−321330号公報
【特許文献3】特開2002−370987号公報
【特許文献4】特開2000−154118号公報
【特許文献5】特開2002−119336号公報
【特許文献6】特開2004−35444号公報
【特許文献7】特開2002−296267号公報
【特許文献8】特表2004−500407号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のように、養毛剤、育毛剤ないしは発毛剤には、種々のものが知られているが、Wntの場合を除き、これらはいずれもすでにある毛包の活性化を目的とするものである。これに対して、毛包形成自体に直接関与する成分であれば、毛包が萎縮したり失われてしまった場合においても、新たに毛包形成を促すことができる。このような毛包形成を促す物質として、Wntが知られているが、Wntは19種類以上からなる大きなファミリーを形成しており、種々のWntが、胚発生の段階において、中枢神経系の発生、体軸の決定、四肢パターン形成、内臓器官の形成、表皮および毛包の形成など多くの形態形成に関与することが知られている。しかしながら、どのWntが毛包の形成に関与するのかはいまだ特定されていない。
【0008】
また、Wntの受容体となるFrizzledは、7回膜貫通型タンパク質であり、11種類以上からなる大きなファミリーを形成しており、WntとFrizzledとの結合の組み合わせについては未解明の状態である。さらに、WntがFrizzledと結合したことによる、細胞内におけるWntシグナル伝達もβ−カテニンを介するものの他、多くの経路が存在し、どのような経路でシグナルが伝達されるのかも未解明の状態となっている。すなわち、いくつかのWntのうち、毛包形成に係るWntやFrizzledを解明し、そのシグナル伝達機構を解明することは、毛髪の生成を促進したり逆に抑制したりする薬剤の開発に必要なことである。
【0009】
本発明は、毛包形成、発毛、脱毛に関わる因子を提供するとともに、これらの因子を含む新規な発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記の目的を達成するため、毛包形成、発毛、脱毛に関わる種々の因子をを探求し、その結果、毛包形成に関与するFrizzled3に対するリガンドが、Wntとして知られるファミリーのうちでWnt5aであり、Wnt5aが毛包細胞を賦活することを見出したもので、本発明はこの知見に基づいてなされたものである。すなわち、本発明は、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質であり、この細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤である。また、本発明は、Frizzled3のリガンドであるWnt5aを有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤であり、さらに、Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を促進または抑制する物質が間接的に細胞の分化、発生、増殖を制御する細胞分化・発生・増殖調節剤である。そして、この細胞分化・発生・増殖調節剤は、特に毛乳頭細胞の分化、発生、増殖を制御するものである。
【0011】
さらに、本発明は上記の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは細胞分化・発生・増殖調節剤を含む発毛剤、育毛剤、養毛剤ないしは脱毛剤であり、本発明には、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより細胞分化、発生、増殖を制御する、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法を包含し、Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を調節することによる、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法も包含する。
【0012】
また、本発明の別の態様としては、Wnt5aを有効成分とする毛包細胞賦活剤であり、このWnt5aはFrizzled3のリガンドとして作用するものである。また、本発明の毛包細胞賦活剤は、Wnt5aを有効成分として含有し、このWnt5aは、Frizzled3に結合し、Wnt5aの情報をFrizzled3を介して細胞内に伝達することにより、毛包細胞を賦活化するものである。さらに、本発明は、このようなWnt5aを有効成分とする毛包細胞賦活剤を含有する発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤である。
【発明の効果】
【0013】
本発明で用いるWnt5aは、毛包形成、発毛、脱毛に関わる因子として重要なものであって、Wnt5aは毛包細胞の細胞賦活作用を奏し、Wnt5aを有効成分として含有する毛母細胞賦活剤が提供される。さらに本発明によれば、このようなWnt5aを有効成分とする毛母細胞賦活剤が含まれることから、毛母細胞の賦活化に直接作用するという新たな発毛・育毛メカニズムに基づく新規な発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、Wnt5aが、Frizzled3のリガンドとして機能し、そしてこのWnt5aが毛包の形成を促し、毛乳頭細胞を賦活化することを見出したことに基づくものであって、Wnt5aを有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤ないしは毛乳頭細胞賦活化剤、およびこれらを含有する発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
発生と分化に関与する因子の一つとしてWntタンパク質と、そのレセプターであるFrizzledタンパク質が知られている。このシグナル伝達経路はWnt/Frizzled経路と呼ばれている。Wntはヒトで19種類以上からなる大きなファミリーを形成しており、またFrizzledも10種類以上が確認されている。これらのWntとFrizzledとの組み合わせに依存して、数通りのWnt/Frizzled経路が活性化される(図1)。
【0016】
Wnt/Frizzled経路は、発生と分化に大きく関与していることは明らかであるが、具体的にどのWntとFrizzledの組み合わせがどのような働きを持つのかについては未だ解明されていない部分が多い。この中で、Frizzled3は皮膚において毛包の形成時から形成後にかけて強く発現することが報告されており(Seshamma Reddyら、Mechanisms of Development、107(2001)69−82)、毛包の発生・分化に重要な関わりを持つことが示唆されている(図2)。そこで発明者らは、Frizzled3に結合するWntを同定することにより、毛包分化に関わるシグナルを解明することができ、育毛素材の開発に繋がると考えた。本発明では、毛包形成時に強く発現している7種類のWntをFrizzled3のリガンド候補として選択した。
【0017】
Frizzled3は7回膜貫通型タンパク質であることから、Gタンパク質共役型受容体(GPCR:G protein coupling receptor)として、シグナル伝達にGタンパク質が関与していると考えられる。そこで、発明者らは、以下のような手法により、Frizzled3に結合するWntを同定した。
【0018】
Gタンパク質は、α、β、γの3つのサブユニットからなり、αサブユニットはGTPに対する結合活性と、その加水分解能を持ち、それぞれのGタンパク質に固有である。このαサブユニットは不活性型の状態ではGDPを結合し、βγサブユニットとともに三量体を形成しているが、レセプターにリガンドが結合するとαサブユニットは活性化されてGTP結合型に変換され、βγサブユニットと解離して下流シグナルの活性化を引き起こす。やがてαサブユニットはGTPを加水分解し、もとの不活性型に戻る(図3)。
【0019】
ところで、細胞内シグナル伝達に関与する三量体Gタンパク質は12種類が大きく4つのファミリーに分類される(図4)。出力するシグナルも様々であるためすべてのシグナルについて追跡することは困難であった。この中で、Gsのみが唯一アデニル酸シクラーゼを上昇させるという出力を持っていることに着目し作製されたのが、ハイブリッドGsタンパク質である。
【0020】
すなわち、ハイブリッドGsタンパク質は、図5に示すように、Gsタンパク質のレセプター認識部位のみを遺伝子操作により他のGタンパク質のものと組み替えたタンパク質である。このハイブリッドGsタンパク質を構築することにより、リガンドがレセプターに結合する際に活性化されるどのGタンパク質の出力するシグナルも、Gs唯一の出力であるアデニル酸シクラーゼの上昇に置き換えることができ、cAMPの上昇を追跡するだけでどのリガンド−レセプター−Gタンパク質のシグナル伝達経路が特異的に活性化されるかのスクリーニングが可能となる(Katsumi Komatsuzakiら、FEBS Letters、406、165−170(1997))。
【0021】
つまり、Gs結合レセプターにリガンドが結合した時にはGsタンパク質を介してcAMP値が上昇するわけだが、ハイブリッドGs/xタンパク質(Gs/x)を用いると、Gx結合レセプターがGs/xを介してシグナルを伝達する場合には、Gx固有の出力ではなく、Gsの場合と同じcAMPの上昇という出力が観察されることになる。このように全ての三量体Gタンパク質の出力がGs/xを用いることによりcAMPの上昇のみになるため、例えば結合するGタンパク質が未知のレセプターに対しても、それぞれのGタンパク質に応じた出力の測定を行わずとも、cAMP値の追跡だけで全Gタンパク質に対する評価が可能になる。そこで、このGs/xを用いてFrizzled3に結合する、すなわち毛包分化の過程に関与すると考えられるWntの同定を以下のようにして行った。
【0022】
候補として選択されたWnt8種類と、Gタンパク質の全ファミリーを網羅した10種類のGs/xとを用い、Frizzled3の全ての組み合わせについて網羅的に評価を行った。各WntおよびGs/x、さらにネガティブコントロールとしてGs/xの発現ベクターを加えて、約100通りの組み合わせについて順次cAMP値の測定による評価を行った(図6)。評価方法の概略は図7に示すとおりである。
【0023】
すなわち、まず、動物組織より評価に必要なWnt及びFrizzled3のcDNAの作製を、一般的な遺伝子工学手法に従い行った(図7の1)。
【0024】
次いで、Wntタンパク質は活性型での精製が困難であるため、得られたcDNAを、たとえばCHO細胞に導入し、Wntを発現し、分泌する細胞(Wnt expressing CHO stable cell:Wnt安定的発現CHO細胞と呼ぶ)を作製した。この細胞を4日間培養し、培地中にWntが分泌された調製培地(conitioned medium:CM)をWntの作用評価に用いた(図7の2)。一方、たとえば、COS−7細胞にFrizzled3遺伝子とGs/x遺伝子をリポフェクション法により形質導入し、Frizzled3とGs/xとを発現する細胞を調製した。次いで、この細胞を用いて、上記Wnt安定的発現CHO細胞の培養により得られた調整培地を添加し、約5時間刺激した後、細胞内cAMP量をcAMP Biotrak Enzymeimmunoassy System(Amersham社製)を用いて測定した(図7の3)。
【0025】
以上のようにして、Frizzled3について、各種のWntと、Gs/xとについて評価したところ、Wnt5aとGsまたはGs/i1との組み合わせにおいてcAMPの生成が有意に上昇した。この結果により、Wnt5aはFrizzled3に結合し、GsあるいはGi1を介して、細胞内にシグナルを伝達していることがわかった。一方、その他に評価したWntは、cAMPの生成は有意に上昇しないことから、Frizzled3とは結合しないことがわかった(図12には、Wnt5aおよびWnt3の結果についてのみ示した)。
【0026】
なお、上記の評価方法は、シグナル因子としてのWntと、その受容体であるFrizzled3、および受容体と共役するGタンパク質を解析する場合に限らず、他のシグナル因子、その受容体およびこの受容体と共役するGタンパク質を解析することができる。
【0027】
すなわち、Gタンパク質の受容体からのシグナルを受け取る部分はαサブユニットのC末端領域であることから、αサブユニットのGsのC末端5残基をGs以外のファミリーのメンバーのαサブユニットタンパク質の末端5残基に置換した本発明で用いるハイブリッドGs/xタンパク質(Gs/x)は、Gタンパク質と共役する受容体(GPCR:G−Protein coupled receptor)であれば、必ず、いずれかのGs/xと共役し、リガンドが受容体に結合することによる受容体からのシグナルは、Gs/xのGs出力部位に基づいてアデニル酸シクラーゼの活性化という形で出力され、結果として細胞内のcAMPの濃度が上昇することになる。
【0028】
具体的には、上記のそれぞれのGs/xをコードするcDNAと、対象とする受容体のcDNAとを細胞に導入し、これらを発現させた細胞をリガンドで刺激し、細胞内のcAMPの濃度を測定するという操作のみで、受容体とこの受容体に結合するリガンドとの特定の組み合わせと、そして、この受容体と受容体に共役するGタンパク質の種類と、をそれぞれ特定することができる。
【0029】
興味の対象となる受容体とGs/xとを発現させる細胞としては、両者のタンパク質を同時に発現できる細胞であれば、特に制限はないが、たとえば、CHO細胞、COS−7細胞、HEK293細胞、HeLa細胞、L細胞などが挙げられる。
【0030】
また、受容体とGs/xとを発現させる細胞を調製するには、Gsのαサブユニットの1〜394のアミノ酸のうちC末端の390〜394の5アミノ酸を他のファミリーのGタンパク質のαサブユニットのC末端5残基のアミノ酸に置換したハイブリッドタンパク質をコードするcDNAを、組換えDNA技術により作製するとともに、目的とする受容体をコードするcDNAを、例えばIsogen(ニッポンジーン社製)を用いて組織より抽出したmRNAを用いた逆転写酵素PCR(RT−PCR法)によりcDNAライブラリーを得、そのライブラリーより目的とする受容体の既知情報をもとに作成したプライマーを用いたPCR法により作製し、次いでそれぞれのcDNAを、pcDNA3.1(+)(Invitrogen社製)やpUSEamp(Upstate Biotechnology社製)やpEF1/myc―His(Invitrogen社製)等の発現ベクターに発現可能に組み込み、次いでこれらの発現ベクターを上記の細胞に、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、ウイルス法等により導入することにより作製することができる。
【0031】
次いで、得られた細胞を培養し、培地にリガンドを添加し、その後、各細胞内のcAMPの量を、酵素抗体法(Enzyme Immunoassay:EIA)などにより測定することにより、特定の「リガンド−受容体−Gタンパク質」の組み合わせを特定することができる。
【0032】
この特定ないしは測定方法は特に、すべてのGタンパク質共役型受容体(GPCR)に適用でき、唯一、一種類のみcAMPを上昇させる出力を有するGsを用いることで、Gタンパク質に複数種類が存在するアウトプットのうち、cAMP量のモニターのみで行うことができるものであり、操作効率などの面でも応用性が高いものである。
【0033】
次いで、上記の方法により、毛包形成に関与することが予想されるWnt5aなどに関して、毛包細胞に対する賦活試験を以下のようにして行い、Wnt5aの細胞分化・発生・増殖調節作用ないしは毛包細胞賦活作用を確認した。
【0034】
毛包細胞は真皮由来の毛乳頭細胞と、それを取り巻く上皮由来の毛母細胞とから構成されている(図2)。そして、毛乳頭細胞は、毛器官の発生や伸長に関与する線維芽細胞様細胞であり、成長期も毛球部の毛乳頭内で互いに突起を伸ばして接着したネットワークを形成し、何らかのサイトカインを放出し、毛母の機能や増殖を調整するものである。また、毛周期の成長期→退行期→休止期→成長期の繰り返しにおいて、休止期から成長期への移行は、バルジ部に引き寄せられ、萎縮していた毛乳頭細胞が再び活動を開始し、毛乳頭細胞からの刺激によって毛包構造が再構築され毛幹が再び伸長し始めることから、毛乳頭細胞は毛母細胞の増殖の調整はもとより、その他の機能についての調整の司令塔として機能しているものである。そして、毛乳頭細胞からの刺激を受けることにより、毛根部に毛母細胞が形成され、毛乳頭細胞に隣接している一番底の毛母細胞が生きた細胞として成長し、新たに毛母細胞が形成されるにつれて、毛母細胞は、表皮細胞と同様に核が無くなり角化(ケラチン化)し、毛幹が形成されていくことになる。したがって、毛乳頭細胞に対する賦活作用が、毛母細胞の増殖、ひいては発毛、育毛、養毛の基本となることから、本発明においては、毛乳頭細胞に対する賦活作用を詳細に検討した。
【0035】
毛包細胞の賦活作用の確認には、Wnt5aの他、他のWntについても行い、各Wntは上述したそれぞれのWnt安定的発現CHO細胞の培養から得られた調整培地を用いた。また、毛乳頭細胞の賦活作用は、毛乳頭細胞を培養し、この調整培地を各Wnt安定的発現CHO細胞の培養から得られた培養液上澄を添加し、刺激することにより毛乳頭細胞の賦活作用を評価することができ、細胞賦活作用は、例えば、毛乳頭細胞細胞内に蓄積されるブルーホルマザン量を指標として、あるいは[3H]−チミジン取り込み量を指標として細胞の増殖性を求めることにより、細胞賦活化の程度を評価することができる。
【0036】
以上のようにして、毛乳頭細胞の賦活作用を評価したところ、Wnt5aが有意に細胞の増殖性、すなわち賦活作用を示し、これによりWnt5aは毛乳頭細胞の賦活化作用を有するものであることが判明した。
【0037】
以上のことを総合すると、Wnt5aは、Frizzled3のリガンドであり、Frizzled3はGsまたはGi1と共役してWnt5aのシグナルを細胞内部に伝達していること、そして、Wnt5aが毛包形成に係わる直接の因子であり、Wnt5aにより毛乳頭細胞が賦活化されることで毛母細胞も活性化され、結果として発毛、育毛ないしは養毛が達成されることがわかった。
【0038】
本発明は、このようなWnt5aを有効成分として含有する、発毛、育毛ないしは養毛剤である。本発明の発毛、育毛ないしは養毛剤は、液状、乳剤状、ゲル状、クリーム状、軟膏状、フォーム状、ミスト状など種々の剤型で、ヘアトニック、ヘアジェル、ヘアクリーム、ヘアトリートメントローション、ヘアフォーム、ヘアミスト、ヘアシャンプー、ヘアリンスなどとして提供することができる。また、本発明に係る発毛、育毛ないしは養毛剤には、本発明の作用を損なわない範囲で、油性成分、界面活性剤、保湿剤、紫外線吸収剤、抗酸化剤、血行促進剤、局所刺激剤、毛包賦活剤、抗脂漏剤、抗炎症剤、香料、色素、防菌防黴剤などの一般的な育毛剤用添加剤を含有させることができる。本発明の発毛、育毛ないしは養毛剤の有効成分であるWnt5aの配合量としては、発毛、育毛ないしは養毛剤全量に対して、10−7〜10−1重量%、好ましくは10−7〜10−4重量%、さらには10−6〜10−4重量%程度とするのが好ましい。
【0039】
本発明で用いるWnt5aは、そのアミノ酸配列あるいは塩基配列が、例えば、ヒト(Clarkら,1993,Genomics;18(2):249−60)、マウス(Gavinら,1990,Genes Dev.;4(12B):2319−2332)、ラット(Castelo−Branco,2003、Proc.Natl.Acad.Sci.USA;100(22):12747−12752などに示されているような、主には形態形成能を有する公知の分泌性のタンパク質であり、特定の生物種に限定されるものではない。そして、本発明で用いることができるWnt5aとしては、上記のアミノ酸配列で示されるWnt5aに限らず、毛乳頭細胞の賦活効果があれば、各アミノ酸配列において、数個のアミノ酸が置換、挿入、付加、欠失があるものであっても本発明の毛母細胞賦活剤および発毛、育毛ないしは養毛剤として使用できる。なお、生物種に由来するWnt5aとしては、効果効能の点からヒト、マウスに由来するものが好ましい。
【0040】
また、Frizzled3は、そのアミノ酸配列あるいは塩基配列が、Wnagらの報告(1997,J.Biol.Chem.;271(8):4468−4476)に示されているような公知の7回膜貫通型受容体タンパク質である。
【実施例】
【0041】
以下、実験例により、本発明をさらに詳しく説明する。
(A)Frizzled3に対するリガンドおよびFrizzled3と共役するGタンパク質の特定
1.WntおよびFrizzledのcDNA作製
Wnt、FrizzledのcDNAは、一部のWntが市販されているのみであったため、評価に必要なWntの一部は市販品を購入、市販されていないものについては動物組織よりcDNAを作成した。すなわち、Frizzled3のcDNAは、Isogen(ニッポンジーン社製)を用いてマウスの脳組織からmRNAを抽出し、既知のDNA配列(Genebank:NM 021458)から約20塩基よりなるプライマーを作製し、PCR法によりcDNAを得た。また、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11のcDNAも同様に、マウスの皮膚組織からmRNAを抽出し、Wntの既知のDNA配列((Genebank:NM 009518;Wnt10a)、(Genebank:NM 011718;Wnt10b)、(Genebank:XM 124961;Wnt11))をもとに、それぞれのプライマーを作製し、PCR法によりそれぞれのcDNAを得た。一方、残りのWnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5aのcDNAについては、Upstate Biotechnology社より購入(カタログ番号21−121、21−123、21−124、21−125、21−133)した。
【0042】
2.Wnt安定的発現CHO細胞の作製
Wntタンパク質は活性型での精製が困難であり、そのためWntを分泌する細胞(Wnt分泌stable細胞)をまず作製し、その細胞を4日間培養し、培地中にWntが分泌されたもの(conditioned medium:調整培地)をWntの作用評価に用いた。
【0043】
すなわち、得られた各WntのcDNAを、ネオマイシン耐性を有する発現ベクターであるpUSEampに挿入してプラスミド(pUSEamp−Wntとする)を調製し、次いで、pUSEamp−Wntをリポフェクション法によりCHO細胞にトランスフェクションし、500または750μg/mLの抗生物質(G418)含有培地にて選別し、Wnt安定的発現CHO細胞を得た。
【0044】
得られたWnt安定的発現CHO細胞を、10%のFBS(ウシ胎児血清)と、500または750μg/mLのG418を含むHam’sF12培地中で、直径10cmの培養皿に2×104細胞/cm2の密度で播種し、3日間培養した。次いで、培地を無血清CD−CHO培地(Gibco社製)に代え、4日間培養した。培地を回収し、3000rpmで5分間遠心分離し、上澄(調整培地)を得た。一方、親株のCHO細胞を用いて、同様に培養し、遠心分離し、上澄(調整培地)を得、ネガティブコントロール(NC)として調製した。
【0045】
得られた上澄(調整培地)を、Amicon−Ultra15(Milipore社製)を用いて、4000g×の条件で、5倍、10倍、20倍に濃縮した。
【0046】
次に、得られた調整培地中へのWntの分泌を次のようにしてイムノブロット法により評価し、導入したWntが発現していることを確認した。
【0047】
各Wntの検出に用いた抗体には、パーオキシダーゼ結合抗HA、高親和性(3F10)(Roche社製、カタログ番号No.2013819)抗体を用い、これを2000倍にPBS−Tで希釈して用いた。
【0048】
得られた調整培地を、SDS−PAGE(10%アクリルアミドゲル)にかけ、タンパク質を分離し、分離されたタンパク質をPVDF膜(Pall Fluoro Trans W Membrane、Pall Coporation社製)上に転写した。膜を10%のスキムミルクを含有するPBT−Tで室温下1時間反応させてブロッキングし、2000倍に希釈したパーオキシダーゼ結合抗HA、高親和性(3F10)(Roche社製、カタログ番号No.2013819)抗体とともに室温下で2時間インキュベートし、ECL Western Blotting Detection Reagents(Amersham Biosciences社製、カタログ番号No.RPN2109)の試薬を用いた化学発光法により可視化した。その結果、調製した全てのWnt安定的発現CHO細胞がWntを発現し、培地中に分泌していることが確認された。一例として、図8に、Wnt3およびWnt5aの場合を示した。図中、「W5a std」は、購入したWnt5aをそのまま電気泳動したものであり、「1×、5×」などはWntの濃縮倍率を示している。
【0049】
3.Gs/x cDNAの調製
Gs/x遺伝子を含むプラスミドは、慶應義塾大学医学部薬理学教室より提供を受けた。
【0050】
このGs/x cDNAおよびこのcDNAを含むプラスミドは、下記の論文示された手法にて作製されたものである(Ikezuら、1996;EMBO.J.;15(10):2468−2475)。
【0051】
4.Gs/x cDNAおよびFrizzled3 cDNAを含有するプラスミドの調製
次いで、得られたGsのC末端5残基分のアミノ酸配列の塩基配列が他のGタンパク質(Gi1、Gi3、Go、Gz、Gq、G14、G16、G12、G13)のC末端5残基分のアミノ酸配列の塩基配列に置換されたハイブリッドGs/xタンパク質をコードするそれぞれのcDNAを、制限酵素であるEcoRIおよびXbaIで消化し、発現ベクターであるpcDNA3.1(+)のマルチクローニングサイトに挿入し、Gs/xのcDNAを含むプラスミドを得、これを「pcDNA3.1−Gs/x」と命名した。
【0052】
一方、Frizzled3のcDNAは、PCR産物を一旦クローニングベクターであるpCR−BluntII−TOPO(Invitrogen社製)に挿入し、制限酵素であるHindIIIおよびXbaIにて消化した後、発現ベクターであるpEF1−Myc/Hisのマルチクローニングサイトに挿入し、Frizzled3のcDNAを含むプラスミドを得、これを「pEF1−Fzd3」と命名した。
【0053】
5.Frizzled3およびGs/xのcDNAをトランスフェクションしたCOS−7細胞の作製
COS−7細胞を10%のFBSを含むDMEM培地中に分散させ、6ウェルプレートに1.0×105細胞/ウェルの密度で播種し、5%の二酸化炭素を含む加湿環境下で、37℃、24時間培養した。
【0054】
次いで、Frizzled3遺伝子とGs/x遺伝子をCOS−7細胞に共トランスフェクションするため、各ウェル当たり、16μlのPLUS Reagent(LIFE TECHNOLOGIES社製、コード番号10964−013)と8μlのLipofect AMINE(LIFE TECHNOLOGIES社製、コード番号10964−013)、及びGs/x遺伝子が挿入されたpcDNA3.1−Gs/xを1.25μgとFrizzled3遺伝子が挿入されたpEF1−Fzd3を0.75μgを用いてリポフェクション法を行い、Frizzled3およびGs/xのcDNAを導入したCOS−7細胞(Fzd3−Gs/xという)を得た。導入したGs/xは、それぞれGs、Gs/i1、Gs/i3、Gs/z、Gs/q、Gs/14、Gs/16、Gs/12およびGs/13である。
【0055】
一方、Gs/x遺伝子が挿入されたpcDNA3.1−Gs/xの代わりに、Gs/xが挿入されていない発現ベクターであるpcDNA3.1(+)を用いて、同様に共トランスフェクションし、Frizzled3遺伝子のみが導入されたCOS−7細胞(Fzd3−Vecという)を調製し、コントロールとして用いた。
【0056】
各COS−7細胞を、10%のFBSを含有するDMEM培地にて20〜24時間培養を続け、Frizzled3およびGs/xのcDNAを導入したCOS−7細胞を得た。
【0057】
次いで、得られたCOS−7細胞について、以下のようにして、イムノブロット法によりFrizzled3およびGs/xの発現を確認した。
【0058】
Frizzled3の検出は、一次抗体として、マウス抗myc抗体(マウスモノクローナル抗体IgG1:Invitrogen社製、カタログ番号No.R950−25)をPBS−Tにより2000倍に希釈して用いた。また、二次抗体として、パーオキシダーゼ結合ヤギ抗マウスIgG抗体を、10%のスキムミルクを含有するPBS−Tで5000倍に希釈して用いた。
【0059】
Gs/xタンパク質の検出は、一次抗体として、ウサギ抗Gα−Sサブユニット(内部の40〜54残基、GTP結合部領域を認識する)抗体(Calbiochem社製、カタログ番号No.371737)を、PBS−Tで2000倍に希釈して用いた。また、二次抗体として、パーオキシダーゼ結合抗ウサギIgGを、10%のスキムミルクを含有するPBS−Tで5000倍に希釈して用いた。
【0060】
培養した各COS−7細胞をRIPAバッファーに溶解し、超音波処理し、10,000rpmで5分間遠心分離し、上澄を、SDS−PAGEを用いた電気泳動(8%アクリルアミドゲル)にかけ、タンパク質を分離し、分離されたタンパク質をPVDF膜(Pall Fluoro Trans W Membrane、Pall Coporation社製)上に転写した。膜を10%のスキムミルクを含有するPBT−Tで室温下1時間反応させてブロックした。次いで、Frizzled3の場合は、上記の2000倍に希釈されたマウス抗myc抗体を加え、2時間室温でインキュベートし、Frizzled3と反応させた。その後、膜を洗浄した後、二次抗体として、上記のスキムミルクを1%含有するPBS−Tに5000倍に希釈したパーオキシダーゼ結合ヤギ抗マウス抗体を添加し、1時間室温下でインキュベートした。次いで、ECL Western Blotting Detection Reagents(Amersham Biosciences社製、カタログ番号No.RPN2109)の試薬を用いた化学発光法により可視化した。
【0061】
一方、Gs/xの場合は、上記の2000倍に希釈されたウサギ抗Gα−Sサブユニット抗体を加え、2時間室温でインキュベートし、それぞれのGs/xと反応させた。その後、膜を洗浄した後、二次抗体として、上記のスキムミルクを含有する5000倍に希釈したパーオキシダーゼ結合抗ウサギ抗体を添加し、1時間室温下でインキュベートした。次いで、ECL Western Blotting Detection Reagents(Amersham Biosciences社製、カタログ番号No.RPN2109)の試薬を用いた化学発光法により可視化した。
【0062】
結果を図9および図10に示した。図中「Vec」は、コントロールとして用いたFrizzled3とGs/xの発現ベクターが導入されたCOS−7細胞である。図9および図10から、COS−7細胞中に導入したFrizzled3とGs/xとは全て発現していることが確認された。
【0063】
6.リガンドとGタンパク質の同定法の構築
リガンドとGタンパク質の同定法を構築するために、以下の予備実験を行い、cAMPの測定に基づく同定法の妥当性を検討した。検討に当たり、細胞内のcAMPのレベルはcAMP Biotrak Enzymeimmunoassay System(Amersham pharmacia biotech社製、コード番号FRRN225)を用いて、後述するように測定した。
【0064】
6−1.cAMP検出方法の確認
細胞内で産生されるcAMPの検出方法の確認は、作用機序が報告されている受容体のβ−アドレナリンレセプター(β−AR)とリガンドのイソプロテレノール(IPT)を用いて行った。β−ARは、IPTの刺激により細胞内cAMP濃度を上昇させることが報告されている(Robisonら,1967,Ann.N.Y.Acad.Sci.;139:703)。
【0065】
β−ARをトランスフェクションしたCOS−7細胞をIPTで刺激し、COS−7細胞内のcAMP量をcAMP Biotrak Enzymeimmunoassay Systemを用いて評価した。その結果、β−ARを形質導入していない細胞(コントロール)に比べ、β−ARを形質導入した細胞は、IPTの刺激で有意に細胞内cAMP量が上昇することが確認された。
【0066】
以上の結果、細胞内で産生されるcAMP量の増減をcAMP Biotrak Enzymeimmunoassay Systemを用いて検出することが可能であることを確認した。
【0067】
6−2.ハイブリッドGタンパク質を用いたWnt/Frizzledシグナル伝達評価方法の確認
Goを介するシグナル伝達が、Frizzled2とWnt5aとの結合により起こることが報告されている(Sheldahlら,1999,Curr.Biol.;9:695−698)。
【0068】
この作用機序に着目し、ハイブリッドGタンパク質を用いたWnt/Frizzledシグナル伝達評価方法の構築を行った。
【0069】
すなわち、上述したFrizzled3の場合と同様にして調製したFrizzled2遺伝子を含むプラスミドpEF1−Fzd2を用いてFrizzled2遺伝子とGs/o遺伝子とが導入されたCOS−7細胞(Fzd2−Gs/oという)および、コントロールとして、ハイブリッドGs/o遺伝子が導入されておらずFrizzled2遺伝子のみが導入されたCOS−7細胞(Fzd2−Vecという)を調製した。
【0070】
Gs/oを導入していないCOS−7細胞(Fzd2−Vec)に、Wntを含まない調整培地(NC)で1時間刺激したときのcAMPの値を基準(100%)とし、Fzd2−VecおよびFzd2−Gs/oの両細胞に対して、Wnt5aを含むかあるいは含まない調整培地でそれぞれ1時間刺激した時の細胞内のcAMP量の変化を測定した。
【0071】
その結果、Fzd2−Gs/oをWnt5aを含む調整培地で刺激した場合にのみ、有意(T検定においてp<0.01)にcAMP量が上昇することが確認された(図11)。cAMP量の上昇率は、Wnt5aを含む調整培地を18倍(18×)に濃縮することにより、未濃縮(1×)に比べて濃度依存的に上昇することも確認された。以上の結果、ハイブリッドGタンパク質を用いることでGタンパク質を介するWnt/Frizzledシグナル伝達系の受容体とGタンパク質の種類を同定できることがわかった。
【0072】
7.Frizzled3に結合するWntと共役するGタンパク質の同定
以上の結果に基づいて、Frizzled3に結合するWntと共役するGタンパク質の同定を行った。Wntは主に毛包分化の関与が示唆される8種類(Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11)を用い、またFrizzled3を介するGタンパク質の種類も未知であるため、全てのGタンパク質ファミリーを用い、全ての組み合わせについて網羅的に行った。
【0073】
リガンドとしてのWntは、上記のようにして調製された各Wnt安定的発現CHO細胞を無血清CD CHO培地(GIBCO BRL社製)中で4日間培養し、培地を回収し、3000rpmで5分間遠心分離して上澄を集め調整培地を得た。次いで、得られた調整培地をAmicon−Ultra15(Millipore社製)を用いて4000gで5倍に濃縮した。また、Wntを含まない親CHO細胞から、同様の操作により調整培地を調製し、ネガティブコントロール(NC)の調整培地として用いた。
【0074】
次いで、500mMのIBMXのDMSO溶液を、濃縮されたそれぞれの調製培地で1000倍に希釈し、刺激用の試薬(リガンド)として0.5mMのIBMXを含む調製培地を調製した。
【0075】
一方、Frizzled3とGs/xとが発現していることが確認されたCOS−7細胞を10%のFBSを含むDMEM培地中に分散させ、96ウェルプレートに3.0×104細胞/ウェルの密度で再播種し、20〜24時間培養した。培養した細胞に、0.5mMのIBMXを含む調整培地を添加して刺激し、37℃、5時間インキュベートした後、次のようにして細胞内cAMPの量を測定した。
【0076】
細胞内cAMPの量は、BIOTRAK cAMP Enzymeimmunoassay System(Amersham Pharmacia Biotech社製、コード番号FRPN225)を用いて、製品マニュアルに従って測定した。すなわち、培地を除き、200μlの希釈した細胞溶解試薬1B(lysis Reagent 1B)を添加し、10分間震盪した。それぞれの標準試料溶液およびサンプル溶液の100μlをそれぞれのウェルに添加した。次いで、100μlの抗血清をブランクを除く全てのウェルに添加し、非特異性結合をブロックした。プレートをカバーし、穏やかに混合し、正確に2時間、3〜5℃でインキュベートした。ブランクを除いて50μlのcAMP−パーオキシダーゼ結合物を加え、カバーをかけて正確に60分間、3〜5℃でインキュベートした。全てのプレートを400μlの洗浄用バッファーで4回洗浄し、全てのウェルに150μlの酵素基質を添加し、カバーをかけて15〜30℃、60分間混合した。1.0Mの硫酸100μlを添加し、反応を停止し、30分以内に450nmで吸光度を測定した。その結果、Wnt5aで刺激した場合にのみ、cAMP量の有意な上昇が認められた。
【0077】
図12に、Wnt5aおよび一例として、Wnt3の場合について結果を示した。図12は、各Frizzled3遺伝子およびGs/x遺伝子を導入したCOS−7細胞(Fzd3−Gs/x)において、Wntを含まない調製培地(NC)で刺激したときのcAMPの量を基準(100%)として、Wnt3またはWnt5aを含む調製培地で刺激したときのcAMPの量を相対的に示したものであり、バーは標準偏差を表し(n=4)、「**」は、T検定において、p<0.01で有意であったことを示している。
【0078】
以上のことから、Wntを含まない調製培地(NC)で刺激した場合と比較して、Wnt5aを含む調製培地で刺激した場合のみに、Frizzled3−GsおよびFrizzled3−Gs/i1導入細胞において有意にcAMP値の上昇が見られ、この結果より、Wnt5aはFrizzled3に結合し、GsあるいはGi1を介して細胞内にシグナル伝達を行うことがわかった。
(B)毛乳頭細胞に対する細胞賦活作用
次いで、Frizzled3と結合することがわかった、Wnt5aの毛包細胞賦活作用について検討した。すなわち、発毛、育毛、養毛作用の評価を目的に、Wnt5aを含むWnt(Wnt1、3、3a、4、10a、10b、11)を用いて毛乳頭細胞に対する細胞分化・発生・増殖調節作用ないしは細胞賦活作用を評価した。
【0079】
1.Wnt調整培地の作製
用いた各Wntは、上述した方法と同様にして、Wnt安定的発現CHO細胞を10%FBSおよびG418を含むHamF12培地中、直径10cmの培養皿に6×106細胞となるように播種し、37℃、5%の二酸化炭素存在下で3日間培養した。PBSで3回洗浄後、10mlのCHO細胞培養用の無血清CD CHO培地(Gibco社製)に交換し、さらに4日間培養した。培養液を回収し、Amicon Ultra(Millipore社製)を用い、4000g、4℃にて5、10、20倍に濃縮して、調整培地を調製した。コントロールとして、Wnt遺伝子を導入していないCHO細胞も同様の操作(濃縮操作も含む)を行いWntを含まない調整培地を作製した。
2.細胞賦活作用の評価
毛乳頭細胞の賦活作用は、細胞内に蓄積されるブルーホルマザン量を指標とする細胞増殖性についての検討を以下のようにして行った。
【0080】
すなわち、ヒト頭皮毛乳頭細胞(東洋紡社製)を、ヒト頭皮毛乳頭細胞用低血清培地(東洋紡社製)中、I型コラーゲンコート用96ウェルマイクロプレート(BD社製)に、各ウェルあたり1×104細胞となるように播種し、37℃、5%の二酸化炭素存在下で、1日間培養した。次いで、培地を、100μlのWntを含む調整培地に交換し、さらに2日間培養を続けた。培養終了後、Cell Counting Kit−8(同仁化学社製)を用いて、製品マニュアルに従い細胞内のブルーホルマザン量を測定した。すなわち、培養終了後、Cell Counting Kit−8溶液を各ウェルに10μlずつ添加し、炭酸ガスインキュベーター内で、1時間呈色反応を行い、450nmで吸光度を測定した。
【0081】
この結果、評価したWntのうちWnt5aに顕著な細胞増殖性、すなわち細胞賦活効果が認められた。結果を図13に示した。図13は、各濃縮率でのWntを含まない調整培地(NC)で培養したときの値を基準(100%)として、Wnt5aを含む調整培地で培養したときの値を相対的に示したものであり、バーは標準偏差を表し(n=4)、「**」は、T検定において、p<0.01で有意であったことを示している。図13によると、Wnt5aは、濃縮率5倍以上で濃度依存的かつ有意な細胞賦活作用を示し、濃縮率20倍では147%と最も高い細胞賦活作用を有していることがわかった。
【0082】
なお、本発明の実験に用いたWnt5aはマウス由来のものではあるが、マウス由来のWnt5aはヒトのWnt5aとの相同性が99%以上と高いものであり、また、ヒトの毛乳頭細胞に対する細胞賦活作用を示すものであることから、マウス由来のWnt5aの他、本発明にヒト由来のWnt5aを用いることができることはいうまでもない。また、ヒトあるいはマウス由来のWnt5aと相同性の高い他の生物種のWnt5aとしては、ラットおよびその他の哺乳類に由来するものがあげられ、これらのWnt5aも同様に本発明に使用できると思われる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】図1は、Wnt/Frizzledシグナル伝達経路の模式図であり、Frizzledに結合したWntのシグナルは、Dvlを介して伝達されるWnt/β−カテニン経路、Wnt/JNK経路および、Gタンパク質を介して伝達されるWnt/Ca2+経路により、伝達される。本発明は、これらの経路のうちGタンパク質を介するWnt/Ca2+経路に基づくものである。
【図2】図2は、毛包形成に関与するFrizzled3と各Wntとを示したもので、図2の左側の4枚の写真は、毛包形成時に発現するFrizzled3の発現を胚の段階から出生後にかけて経時的に示したものである。また、図2の右側の図は、毛包の構造と、毛包付近に発現する各種のWntを示したものである。
【図3】図3は、7回膜貫通型受容体にリガンドが結合したときの受容体と共役する三量体Gタンパク質の挙動を模式的に示した図であり、受容体がリガンドと結合することにより、三量体のGタンパク質は、αサブユニットにあるGDPがGTPへと変換され活性型となり、αサブユニットと、β・γサブユニットとに解離し、受容体に結合しているαサブユニットにより情報が伝達されることを示している。
【図4】図4は、Gタンパク質の種類とファミリーおよび各ファミリーを構成するメンバーを示した表である。Gタンパク質のうち、情報伝達の出力手段として、アデニル酸シクラーゼを活性化し、cAMPの産生を促進するものはGsのみであることがわかる。
【図5】図5は、ハイブリッドGsタンパク質の模式図であり、GsはαサブユニットのGsタンパク質であり、受容体と共役するC末端の5アミノ酸残基と、アデニル酸シクラーゼ活性化しcAMPの産生を促す出力領域とを有している。Gxは、Gs以外のαサブユニットのGαタンパク質であり、受容体と共役するC末端5アミノ酸残基と、そのGαタンパク質固有の出力領域とを有している。Gs/xは、GsのC末端5アミノ酸残基をGxのC末端5アミノ酸残基に置換して調製したハイブリッドGsタンパク質であり、Gxに由来する、Gsが認識する受容体とは異なる受容体と共役するC末端5アミノ酸残基と、Gsに由来する、アデニル酸シクラーゼ活性化しcAMPの産生を促す出力領域とを有している。このGs/xの構造により、Gs/xはC末端5アミノ酸残基領域によりいずれかの受容体と共役し、Gi、GqあるいはG12がある受容体と共役したときの本来固有の出力が、Gsの有するアデニル酸シクラーゼの活性化、すなわちcAMPの産生という出力に変換される。
【図6】図6は、評価実験を行ったWnt・Frizzled3・Gs/xの組み合わせを示す。すなわち、ネガティブコントロールを含めて、Wntが9種類、Gタンパク質が11種類であり、評価実験の組み合わせは全部で9×11の99通りである。
【図7】図7は、本発明における評価方法概略であり、基本的にFrizzled3とGs/xとを導入した細胞をWntで刺激し、細胞内のcAMPの産生量を測定することにより行った。
【図8】図8は、Wnt遺伝子を導入したWnt安定的発現CHO細胞のWnt発現を示すSDS−PAGEの結果であり、Wnt3(W3と表示)およびWnt5a(W5aと表示)の場合を示した。図中、「W5a std」はWnt5aをそのまま電気泳動したものであり、また「NC」はネガティブコントロールであって、Wnt遺伝子を導入していないCHO細胞のSDS−PAGEの結果である。また、「x」は濃縮倍率を示し、「M」は分子量マーカーである。図より、Wnt遺伝子を導入したWnt安定的発現CHO細胞は、Wntを発現していることがわかる。
【図9】図9は、Frizzled3遺伝子およびGs/x遺伝子を共トランスフェクションにより導入したCOS−7細胞による、Frizzled3の発現を示すSDS−PAGEの結果であり、それぞれのGs/x遺伝子を導入した場合を示した。図中、「Vec」はFrizzled3遺伝子のみを導入したCOS−7細胞からのSDS−PAGEであり、「M」は分子量マーカーである。図より、Frizzled3遺伝子を導入したCOS−7細胞で、Frizzled3が安定に発現していることが分かる。
【図10】図10は、Frizzled3遺伝子およびGs/x遺伝子を共トランスフェクションにより導入したCOS−7細胞による、Gs/xの発現を示すSDS−PAGEの結果である。図中、「Vec」はFrizzled3遺伝子のみを導入したCOS−7細胞からのSDS−PAGEであり、「M」は分子量マーカーである。図より、Gs/x遺伝子を導入したCOS−7細胞でGs/xが安定に発現していることがわかる。
【図11】図11は、Wnt/Frizzledシグナル伝達評価方法の構築のために行った予備実験結果を示したもので、Goを介するシグナル伝達がFrizzled2とWnt5aの結合により起こることが知られていることから、Frizzled2遺伝子のみを導入したCOS−7細胞(Fzd2−Vec)およびFrizzled2遺伝子とGs/o遺伝子とを導入したCOS−7細胞(Fxd2−Gs/o)をWnt5aでそれぞれ刺激したときのcAMP量の上昇を示したグラフである。図より、Goを介するWnt5a−Frizzled2のシグナル伝達が、Gs/oによりcAMPの産生量により評価できることがわかった。
【図12】図12は、Frizzled3遺伝子とGs/x遺伝子とを導入したCOS−7細胞を、各Wntで刺激したときの細胞内cAMP値を測定した結果を示したグラフであり、Wnt3およびWnt5aの場合を示したものである。図より、Wnt5aの場合に、GsおよびGs/i1のときに有意にcAMPの量が上昇していることがわかる。
【図13】図13は、各Wntによる毛乳頭細胞の細胞増殖ないしは賦活作用を示すグラフであり、細胞増殖ないしは賦活作用を示したWnt5aの場合を示したものである。図より、Wnt5aが毛母細胞賦活作用を有するものであることがわかる。
【技術分野】
【0001】
本発明は、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質に関するものであり、この細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤に関するものである。また、本発明は、Frizzled3のリガンドであるWnt5aを有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤に関するものであり、さらに、Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を促進または抑制する物質が間接的に細胞の分化、発生、増殖を制御する細胞分化・発生・増殖調節剤、特にこの細胞分化・発生・増殖調節剤は、特に毛乳頭細胞の分化、発生、増殖の制御に関するものである。
【0002】
また、本発明は、Wnt5aを有効成分とする毛包細胞賦活剤に関し、さらに詳しくはWnt5aはFrizzled3のリガンドであって、Wnt5aがFrizzled3からGsタンパク質を介して細胞内に情報を伝達することにより毛包細胞が賦活される毛包細胞賦活剤、およびこれらの毛包細胞賦活剤を含有した発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤に関するものである。
【背景技術】
【0003】
従来、うす毛や脱毛を改善する育毛剤の需要は高く、種々多用な養毛剤が上市されている。かかる育毛剤には、植物抽出物や、ビタミンEおよびその誘導体、ニコチン酸ベンジル等の血行促進剤、トウガラシチンキ、カンタリスチンキ、カンフル、ノニル酸ワニリルアミド等の局所刺激剤、胎盤抽出物、感光素301、パントテン酸等の角質溶解剤、ヒノキチオール、塩化ベンザルコニウム、感光素201等の殺菌剤、グリチルレチン酸およびその誘導体、メントール等の消炎剤などが配合されており、さらに、男性型脱毛症の改善を目的には、テストステロン5α−リダクターゼの活性を阻害する種々の植物抽出物が用いられている。これらの育毛剤は、いずれも毛母細胞の機能低下、血流の低下、男性ホルモンに対する感受性の増大、皮脂腺機能の活性化、ストレスの増大などに対して、これらを抑制することにより育毛効果を発現するというものである。
【0004】
また、最近では毛乳頭細胞を活性化したり、毛周期における休止期から成長期への移行を促進したり、成長期から退行期への移行を抑制するような毛周期調整効果を奏するような作用機序を有する養毛剤も提供されている。このような作用を奏するものとしては、例えば、タウリン(特開2002−97116号公報)、没食子酸誘導体(特開2003−321330号公報)、ポリエチレンイミン系水溶性高分子(特開2002−370987号公報)などが知られ、さらに毛包細胞に作用する因子やこれらの因子を産生促進する物質として、インスリン様成長因子−I(IGF−I)様の活性を有する物質であるマメ科カッシア族などの植物の抽出物(特開2000−154118号公報)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)産生を促進する、オランダガラシ、シイタケやプルーン等の植物抽出物(特開2002−119336号公報、特開2004−35444号公報)、繊維芽細胞増殖因子−5S(FGF−5S)を誘導するモモノハナエキスのような植物抽出物(特開2002−296267号公報)が知られている。
【0005】
ところで、毛髪の成長に関与する物質として、胚発生に伴う形態形成を司るシグナル分子である細胞外分泌糖タンパク質のWntが知られており、このWntは胎児期の皮膚細胞を毛包に変化させ、その後生涯にわたり、毛包細胞の毛周期を刺激し毛髪を作りだしていることが知られている。このようなWntを用いたものとして、特表2004−500407号公報があり、ここではWntファミリーと知られるWntのうち、Wnt3、Wnt4、Wnt7が好ましいものであることが記載されているが、実際に毛包細胞が賦活され、毛髪の成長が促進されたことは示されてはいない。
【0006】
【特許文献1】特開2002−97116号公報
【特許文献2】特開2003−321330号公報
【特許文献3】特開2002−370987号公報
【特許文献4】特開2000−154118号公報
【特許文献5】特開2002−119336号公報
【特許文献6】特開2004−35444号公報
【特許文献7】特開2002−296267号公報
【特許文献8】特表2004−500407号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のように、養毛剤、育毛剤ないしは発毛剤には、種々のものが知られているが、Wntの場合を除き、これらはいずれもすでにある毛包の活性化を目的とするものである。これに対して、毛包形成自体に直接関与する成分であれば、毛包が萎縮したり失われてしまった場合においても、新たに毛包形成を促すことができる。このような毛包形成を促す物質として、Wntが知られているが、Wntは19種類以上からなる大きなファミリーを形成しており、種々のWntが、胚発生の段階において、中枢神経系の発生、体軸の決定、四肢パターン形成、内臓器官の形成、表皮および毛包の形成など多くの形態形成に関与することが知られている。しかしながら、どのWntが毛包の形成に関与するのかはいまだ特定されていない。
【0008】
また、Wntの受容体となるFrizzledは、7回膜貫通型タンパク質であり、11種類以上からなる大きなファミリーを形成しており、WntとFrizzledとの結合の組み合わせについては未解明の状態である。さらに、WntがFrizzledと結合したことによる、細胞内におけるWntシグナル伝達もβ−カテニンを介するものの他、多くの経路が存在し、どのような経路でシグナルが伝達されるのかも未解明の状態となっている。すなわち、いくつかのWntのうち、毛包形成に係るWntやFrizzledを解明し、そのシグナル伝達機構を解明することは、毛髪の生成を促進したり逆に抑制したりする薬剤の開発に必要なことである。
【0009】
本発明は、毛包形成、発毛、脱毛に関わる因子を提供するとともに、これらの因子を含む新規な発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記の目的を達成するため、毛包形成、発毛、脱毛に関わる種々の因子をを探求し、その結果、毛包形成に関与するFrizzled3に対するリガンドが、Wntとして知られるファミリーのうちでWnt5aであり、Wnt5aが毛包細胞を賦活することを見出したもので、本発明はこの知見に基づいてなされたものである。すなわち、本発明は、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質であり、この細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤である。また、本発明は、Frizzled3のリガンドであるWnt5aを有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤であり、さらに、Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を促進または抑制する物質が間接的に細胞の分化、発生、増殖を制御する細胞分化・発生・増殖調節剤である。そして、この細胞分化・発生・増殖調節剤は、特に毛乳頭細胞の分化、発生、増殖を制御するものである。
【0011】
さらに、本発明は上記の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは細胞分化・発生・増殖調節剤を含む発毛剤、育毛剤、養毛剤ないしは脱毛剤であり、本発明には、Frizzled3からGsタンパク質(stimulatory G Protein)を介する情報伝達を調節することにより細胞分化、発生、増殖を制御する、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法を包含し、Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を調節することによる、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法も包含する。
【0012】
また、本発明の別の態様としては、Wnt5aを有効成分とする毛包細胞賦活剤であり、このWnt5aはFrizzled3のリガンドとして作用するものである。また、本発明の毛包細胞賦活剤は、Wnt5aを有効成分として含有し、このWnt5aは、Frizzled3に結合し、Wnt5aの情報をFrizzled3を介して細胞内に伝達することにより、毛包細胞を賦活化するものである。さらに、本発明は、このようなWnt5aを有効成分とする毛包細胞賦活剤を含有する発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤である。
【発明の効果】
【0013】
本発明で用いるWnt5aは、毛包形成、発毛、脱毛に関わる因子として重要なものであって、Wnt5aは毛包細胞の細胞賦活作用を奏し、Wnt5aを有効成分として含有する毛母細胞賦活剤が提供される。さらに本発明によれば、このようなWnt5aを有効成分とする毛母細胞賦活剤が含まれることから、毛母細胞の賦活化に直接作用するという新たな発毛・育毛メカニズムに基づく新規な発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明は、Wnt5aが、Frizzled3のリガンドとして機能し、そしてこのWnt5aが毛包の形成を促し、毛乳頭細胞を賦活化することを見出したことに基づくものであって、Wnt5aを有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤ないしは毛乳頭細胞賦活化剤、およびこれらを含有する発毛剤、育毛剤ないしは養毛剤である。以下、本発明を詳細に説明する。
【0015】
発生と分化に関与する因子の一つとしてWntタンパク質と、そのレセプターであるFrizzledタンパク質が知られている。このシグナル伝達経路はWnt/Frizzled経路と呼ばれている。Wntはヒトで19種類以上からなる大きなファミリーを形成しており、またFrizzledも10種類以上が確認されている。これらのWntとFrizzledとの組み合わせに依存して、数通りのWnt/Frizzled経路が活性化される(図1)。
【0016】
Wnt/Frizzled経路は、発生と分化に大きく関与していることは明らかであるが、具体的にどのWntとFrizzledの組み合わせがどのような働きを持つのかについては未だ解明されていない部分が多い。この中で、Frizzled3は皮膚において毛包の形成時から形成後にかけて強く発現することが報告されており(Seshamma Reddyら、Mechanisms of Development、107(2001)69−82)、毛包の発生・分化に重要な関わりを持つことが示唆されている(図2)。そこで発明者らは、Frizzled3に結合するWntを同定することにより、毛包分化に関わるシグナルを解明することができ、育毛素材の開発に繋がると考えた。本発明では、毛包形成時に強く発現している7種類のWntをFrizzled3のリガンド候補として選択した。
【0017】
Frizzled3は7回膜貫通型タンパク質であることから、Gタンパク質共役型受容体(GPCR:G protein coupling receptor)として、シグナル伝達にGタンパク質が関与していると考えられる。そこで、発明者らは、以下のような手法により、Frizzled3に結合するWntを同定した。
【0018】
Gタンパク質は、α、β、γの3つのサブユニットからなり、αサブユニットはGTPに対する結合活性と、その加水分解能を持ち、それぞれのGタンパク質に固有である。このαサブユニットは不活性型の状態ではGDPを結合し、βγサブユニットとともに三量体を形成しているが、レセプターにリガンドが結合するとαサブユニットは活性化されてGTP結合型に変換され、βγサブユニットと解離して下流シグナルの活性化を引き起こす。やがてαサブユニットはGTPを加水分解し、もとの不活性型に戻る(図3)。
【0019】
ところで、細胞内シグナル伝達に関与する三量体Gタンパク質は12種類が大きく4つのファミリーに分類される(図4)。出力するシグナルも様々であるためすべてのシグナルについて追跡することは困難であった。この中で、Gsのみが唯一アデニル酸シクラーゼを上昇させるという出力を持っていることに着目し作製されたのが、ハイブリッドGsタンパク質である。
【0020】
すなわち、ハイブリッドGsタンパク質は、図5に示すように、Gsタンパク質のレセプター認識部位のみを遺伝子操作により他のGタンパク質のものと組み替えたタンパク質である。このハイブリッドGsタンパク質を構築することにより、リガンドがレセプターに結合する際に活性化されるどのGタンパク質の出力するシグナルも、Gs唯一の出力であるアデニル酸シクラーゼの上昇に置き換えることができ、cAMPの上昇を追跡するだけでどのリガンド−レセプター−Gタンパク質のシグナル伝達経路が特異的に活性化されるかのスクリーニングが可能となる(Katsumi Komatsuzakiら、FEBS Letters、406、165−170(1997))。
【0021】
つまり、Gs結合レセプターにリガンドが結合した時にはGsタンパク質を介してcAMP値が上昇するわけだが、ハイブリッドGs/xタンパク質(Gs/x)を用いると、Gx結合レセプターがGs/xを介してシグナルを伝達する場合には、Gx固有の出力ではなく、Gsの場合と同じcAMPの上昇という出力が観察されることになる。このように全ての三量体Gタンパク質の出力がGs/xを用いることによりcAMPの上昇のみになるため、例えば結合するGタンパク質が未知のレセプターに対しても、それぞれのGタンパク質に応じた出力の測定を行わずとも、cAMP値の追跡だけで全Gタンパク質に対する評価が可能になる。そこで、このGs/xを用いてFrizzled3に結合する、すなわち毛包分化の過程に関与すると考えられるWntの同定を以下のようにして行った。
【0022】
候補として選択されたWnt8種類と、Gタンパク質の全ファミリーを網羅した10種類のGs/xとを用い、Frizzled3の全ての組み合わせについて網羅的に評価を行った。各WntおよびGs/x、さらにネガティブコントロールとしてGs/xの発現ベクターを加えて、約100通りの組み合わせについて順次cAMP値の測定による評価を行った(図6)。評価方法の概略は図7に示すとおりである。
【0023】
すなわち、まず、動物組織より評価に必要なWnt及びFrizzled3のcDNAの作製を、一般的な遺伝子工学手法に従い行った(図7の1)。
【0024】
次いで、Wntタンパク質は活性型での精製が困難であるため、得られたcDNAを、たとえばCHO細胞に導入し、Wntを発現し、分泌する細胞(Wnt expressing CHO stable cell:Wnt安定的発現CHO細胞と呼ぶ)を作製した。この細胞を4日間培養し、培地中にWntが分泌された調製培地(conitioned medium:CM)をWntの作用評価に用いた(図7の2)。一方、たとえば、COS−7細胞にFrizzled3遺伝子とGs/x遺伝子をリポフェクション法により形質導入し、Frizzled3とGs/xとを発現する細胞を調製した。次いで、この細胞を用いて、上記Wnt安定的発現CHO細胞の培養により得られた調整培地を添加し、約5時間刺激した後、細胞内cAMP量をcAMP Biotrak Enzymeimmunoassy System(Amersham社製)を用いて測定した(図7の3)。
【0025】
以上のようにして、Frizzled3について、各種のWntと、Gs/xとについて評価したところ、Wnt5aとGsまたはGs/i1との組み合わせにおいてcAMPの生成が有意に上昇した。この結果により、Wnt5aはFrizzled3に結合し、GsあるいはGi1を介して、細胞内にシグナルを伝達していることがわかった。一方、その他に評価したWntは、cAMPの生成は有意に上昇しないことから、Frizzled3とは結合しないことがわかった(図12には、Wnt5aおよびWnt3の結果についてのみ示した)。
【0026】
なお、上記の評価方法は、シグナル因子としてのWntと、その受容体であるFrizzled3、および受容体と共役するGタンパク質を解析する場合に限らず、他のシグナル因子、その受容体およびこの受容体と共役するGタンパク質を解析することができる。
【0027】
すなわち、Gタンパク質の受容体からのシグナルを受け取る部分はαサブユニットのC末端領域であることから、αサブユニットのGsのC末端5残基をGs以外のファミリーのメンバーのαサブユニットタンパク質の末端5残基に置換した本発明で用いるハイブリッドGs/xタンパク質(Gs/x)は、Gタンパク質と共役する受容体(GPCR:G−Protein coupled receptor)であれば、必ず、いずれかのGs/xと共役し、リガンドが受容体に結合することによる受容体からのシグナルは、Gs/xのGs出力部位に基づいてアデニル酸シクラーゼの活性化という形で出力され、結果として細胞内のcAMPの濃度が上昇することになる。
【0028】
具体的には、上記のそれぞれのGs/xをコードするcDNAと、対象とする受容体のcDNAとを細胞に導入し、これらを発現させた細胞をリガンドで刺激し、細胞内のcAMPの濃度を測定するという操作のみで、受容体とこの受容体に結合するリガンドとの特定の組み合わせと、そして、この受容体と受容体に共役するGタンパク質の種類と、をそれぞれ特定することができる。
【0029】
興味の対象となる受容体とGs/xとを発現させる細胞としては、両者のタンパク質を同時に発現できる細胞であれば、特に制限はないが、たとえば、CHO細胞、COS−7細胞、HEK293細胞、HeLa細胞、L細胞などが挙げられる。
【0030】
また、受容体とGs/xとを発現させる細胞を調製するには、Gsのαサブユニットの1〜394のアミノ酸のうちC末端の390〜394の5アミノ酸を他のファミリーのGタンパク質のαサブユニットのC末端5残基のアミノ酸に置換したハイブリッドタンパク質をコードするcDNAを、組換えDNA技術により作製するとともに、目的とする受容体をコードするcDNAを、例えばIsogen(ニッポンジーン社製)を用いて組織より抽出したmRNAを用いた逆転写酵素PCR(RT−PCR法)によりcDNAライブラリーを得、そのライブラリーより目的とする受容体の既知情報をもとに作成したプライマーを用いたPCR法により作製し、次いでそれぞれのcDNAを、pcDNA3.1(+)(Invitrogen社製)やpUSEamp(Upstate Biotechnology社製)やpEF1/myc―His(Invitrogen社製)等の発現ベクターに発現可能に組み込み、次いでこれらの発現ベクターを上記の細胞に、リポフェクション法、エレクトロポレーション法、ウイルス法等により導入することにより作製することができる。
【0031】
次いで、得られた細胞を培養し、培地にリガンドを添加し、その後、各細胞内のcAMPの量を、酵素抗体法(Enzyme Immunoassay:EIA)などにより測定することにより、特定の「リガンド−受容体−Gタンパク質」の組み合わせを特定することができる。
【0032】
この特定ないしは測定方法は特に、すべてのGタンパク質共役型受容体(GPCR)に適用でき、唯一、一種類のみcAMPを上昇させる出力を有するGsを用いることで、Gタンパク質に複数種類が存在するアウトプットのうち、cAMP量のモニターのみで行うことができるものであり、操作効率などの面でも応用性が高いものである。
【0033】
次いで、上記の方法により、毛包形成に関与することが予想されるWnt5aなどに関して、毛包細胞に対する賦活試験を以下のようにして行い、Wnt5aの細胞分化・発生・増殖調節作用ないしは毛包細胞賦活作用を確認した。
【0034】
毛包細胞は真皮由来の毛乳頭細胞と、それを取り巻く上皮由来の毛母細胞とから構成されている(図2)。そして、毛乳頭細胞は、毛器官の発生や伸長に関与する線維芽細胞様細胞であり、成長期も毛球部の毛乳頭内で互いに突起を伸ばして接着したネットワークを形成し、何らかのサイトカインを放出し、毛母の機能や増殖を調整するものである。また、毛周期の成長期→退行期→休止期→成長期の繰り返しにおいて、休止期から成長期への移行は、バルジ部に引き寄せられ、萎縮していた毛乳頭細胞が再び活動を開始し、毛乳頭細胞からの刺激によって毛包構造が再構築され毛幹が再び伸長し始めることから、毛乳頭細胞は毛母細胞の増殖の調整はもとより、その他の機能についての調整の司令塔として機能しているものである。そして、毛乳頭細胞からの刺激を受けることにより、毛根部に毛母細胞が形成され、毛乳頭細胞に隣接している一番底の毛母細胞が生きた細胞として成長し、新たに毛母細胞が形成されるにつれて、毛母細胞は、表皮細胞と同様に核が無くなり角化(ケラチン化)し、毛幹が形成されていくことになる。したがって、毛乳頭細胞に対する賦活作用が、毛母細胞の増殖、ひいては発毛、育毛、養毛の基本となることから、本発明においては、毛乳頭細胞に対する賦活作用を詳細に検討した。
【0035】
毛包細胞の賦活作用の確認には、Wnt5aの他、他のWntについても行い、各Wntは上述したそれぞれのWnt安定的発現CHO細胞の培養から得られた調整培地を用いた。また、毛乳頭細胞の賦活作用は、毛乳頭細胞を培養し、この調整培地を各Wnt安定的発現CHO細胞の培養から得られた培養液上澄を添加し、刺激することにより毛乳頭細胞の賦活作用を評価することができ、細胞賦活作用は、例えば、毛乳頭細胞細胞内に蓄積されるブルーホルマザン量を指標として、あるいは[3H]−チミジン取り込み量を指標として細胞の増殖性を求めることにより、細胞賦活化の程度を評価することができる。
【0036】
以上のようにして、毛乳頭細胞の賦活作用を評価したところ、Wnt5aが有意に細胞の増殖性、すなわち賦活作用を示し、これによりWnt5aは毛乳頭細胞の賦活化作用を有するものであることが判明した。
【0037】
以上のことを総合すると、Wnt5aは、Frizzled3のリガンドであり、Frizzled3はGsまたはGi1と共役してWnt5aのシグナルを細胞内部に伝達していること、そして、Wnt5aが毛包形成に係わる直接の因子であり、Wnt5aにより毛乳頭細胞が賦活化されることで毛母細胞も活性化され、結果として発毛、育毛ないしは養毛が達成されることがわかった。
【0038】
本発明は、このようなWnt5aを有効成分として含有する、発毛、育毛ないしは養毛剤である。本発明の発毛、育毛ないしは養毛剤は、液状、乳剤状、ゲル状、クリーム状、軟膏状、フォーム状、ミスト状など種々の剤型で、ヘアトニック、ヘアジェル、ヘアクリーム、ヘアトリートメントローション、ヘアフォーム、ヘアミスト、ヘアシャンプー、ヘアリンスなどとして提供することができる。また、本発明に係る発毛、育毛ないしは養毛剤には、本発明の作用を損なわない範囲で、油性成分、界面活性剤、保湿剤、紫外線吸収剤、抗酸化剤、血行促進剤、局所刺激剤、毛包賦活剤、抗脂漏剤、抗炎症剤、香料、色素、防菌防黴剤などの一般的な育毛剤用添加剤を含有させることができる。本発明の発毛、育毛ないしは養毛剤の有効成分であるWnt5aの配合量としては、発毛、育毛ないしは養毛剤全量に対して、10−7〜10−1重量%、好ましくは10−7〜10−4重量%、さらには10−6〜10−4重量%程度とするのが好ましい。
【0039】
本発明で用いるWnt5aは、そのアミノ酸配列あるいは塩基配列が、例えば、ヒト(Clarkら,1993,Genomics;18(2):249−60)、マウス(Gavinら,1990,Genes Dev.;4(12B):2319−2332)、ラット(Castelo−Branco,2003、Proc.Natl.Acad.Sci.USA;100(22):12747−12752などに示されているような、主には形態形成能を有する公知の分泌性のタンパク質であり、特定の生物種に限定されるものではない。そして、本発明で用いることができるWnt5aとしては、上記のアミノ酸配列で示されるWnt5aに限らず、毛乳頭細胞の賦活効果があれば、各アミノ酸配列において、数個のアミノ酸が置換、挿入、付加、欠失があるものであっても本発明の毛母細胞賦活剤および発毛、育毛ないしは養毛剤として使用できる。なお、生物種に由来するWnt5aとしては、効果効能の点からヒト、マウスに由来するものが好ましい。
【0040】
また、Frizzled3は、そのアミノ酸配列あるいは塩基配列が、Wnagらの報告(1997,J.Biol.Chem.;271(8):4468−4476)に示されているような公知の7回膜貫通型受容体タンパク質である。
【実施例】
【0041】
以下、実験例により、本発明をさらに詳しく説明する。
(A)Frizzled3に対するリガンドおよびFrizzled3と共役するGタンパク質の特定
1.WntおよびFrizzledのcDNA作製
Wnt、FrizzledのcDNAは、一部のWntが市販されているのみであったため、評価に必要なWntの一部は市販品を購入、市販されていないものについては動物組織よりcDNAを作成した。すなわち、Frizzled3のcDNAは、Isogen(ニッポンジーン社製)を用いてマウスの脳組織からmRNAを抽出し、既知のDNA配列(Genebank:NM 021458)から約20塩基よりなるプライマーを作製し、PCR法によりcDNAを得た。また、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11のcDNAも同様に、マウスの皮膚組織からmRNAを抽出し、Wntの既知のDNA配列((Genebank:NM 009518;Wnt10a)、(Genebank:NM 011718;Wnt10b)、(Genebank:XM 124961;Wnt11))をもとに、それぞれのプライマーを作製し、PCR法によりそれぞれのcDNAを得た。一方、残りのWnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5aのcDNAについては、Upstate Biotechnology社より購入(カタログ番号21−121、21−123、21−124、21−125、21−133)した。
【0042】
2.Wnt安定的発現CHO細胞の作製
Wntタンパク質は活性型での精製が困難であり、そのためWntを分泌する細胞(Wnt分泌stable細胞)をまず作製し、その細胞を4日間培養し、培地中にWntが分泌されたもの(conditioned medium:調整培地)をWntの作用評価に用いた。
【0043】
すなわち、得られた各WntのcDNAを、ネオマイシン耐性を有する発現ベクターであるpUSEampに挿入してプラスミド(pUSEamp−Wntとする)を調製し、次いで、pUSEamp−Wntをリポフェクション法によりCHO細胞にトランスフェクションし、500または750μg/mLの抗生物質(G418)含有培地にて選別し、Wnt安定的発現CHO細胞を得た。
【0044】
得られたWnt安定的発現CHO細胞を、10%のFBS(ウシ胎児血清)と、500または750μg/mLのG418を含むHam’sF12培地中で、直径10cmの培養皿に2×104細胞/cm2の密度で播種し、3日間培養した。次いで、培地を無血清CD−CHO培地(Gibco社製)に代え、4日間培養した。培地を回収し、3000rpmで5分間遠心分離し、上澄(調整培地)を得た。一方、親株のCHO細胞を用いて、同様に培養し、遠心分離し、上澄(調整培地)を得、ネガティブコントロール(NC)として調製した。
【0045】
得られた上澄(調整培地)を、Amicon−Ultra15(Milipore社製)を用いて、4000g×の条件で、5倍、10倍、20倍に濃縮した。
【0046】
次に、得られた調整培地中へのWntの分泌を次のようにしてイムノブロット法により評価し、導入したWntが発現していることを確認した。
【0047】
各Wntの検出に用いた抗体には、パーオキシダーゼ結合抗HA、高親和性(3F10)(Roche社製、カタログ番号No.2013819)抗体を用い、これを2000倍にPBS−Tで希釈して用いた。
【0048】
得られた調整培地を、SDS−PAGE(10%アクリルアミドゲル)にかけ、タンパク質を分離し、分離されたタンパク質をPVDF膜(Pall Fluoro Trans W Membrane、Pall Coporation社製)上に転写した。膜を10%のスキムミルクを含有するPBT−Tで室温下1時間反応させてブロッキングし、2000倍に希釈したパーオキシダーゼ結合抗HA、高親和性(3F10)(Roche社製、カタログ番号No.2013819)抗体とともに室温下で2時間インキュベートし、ECL Western Blotting Detection Reagents(Amersham Biosciences社製、カタログ番号No.RPN2109)の試薬を用いた化学発光法により可視化した。その結果、調製した全てのWnt安定的発現CHO細胞がWntを発現し、培地中に分泌していることが確認された。一例として、図8に、Wnt3およびWnt5aの場合を示した。図中、「W5a std」は、購入したWnt5aをそのまま電気泳動したものであり、「1×、5×」などはWntの濃縮倍率を示している。
【0049】
3.Gs/x cDNAの調製
Gs/x遺伝子を含むプラスミドは、慶應義塾大学医学部薬理学教室より提供を受けた。
【0050】
このGs/x cDNAおよびこのcDNAを含むプラスミドは、下記の論文示された手法にて作製されたものである(Ikezuら、1996;EMBO.J.;15(10):2468−2475)。
【0051】
4.Gs/x cDNAおよびFrizzled3 cDNAを含有するプラスミドの調製
次いで、得られたGsのC末端5残基分のアミノ酸配列の塩基配列が他のGタンパク質(Gi1、Gi3、Go、Gz、Gq、G14、G16、G12、G13)のC末端5残基分のアミノ酸配列の塩基配列に置換されたハイブリッドGs/xタンパク質をコードするそれぞれのcDNAを、制限酵素であるEcoRIおよびXbaIで消化し、発現ベクターであるpcDNA3.1(+)のマルチクローニングサイトに挿入し、Gs/xのcDNAを含むプラスミドを得、これを「pcDNA3.1−Gs/x」と命名した。
【0052】
一方、Frizzled3のcDNAは、PCR産物を一旦クローニングベクターであるpCR−BluntII−TOPO(Invitrogen社製)に挿入し、制限酵素であるHindIIIおよびXbaIにて消化した後、発現ベクターであるpEF1−Myc/Hisのマルチクローニングサイトに挿入し、Frizzled3のcDNAを含むプラスミドを得、これを「pEF1−Fzd3」と命名した。
【0053】
5.Frizzled3およびGs/xのcDNAをトランスフェクションしたCOS−7細胞の作製
COS−7細胞を10%のFBSを含むDMEM培地中に分散させ、6ウェルプレートに1.0×105細胞/ウェルの密度で播種し、5%の二酸化炭素を含む加湿環境下で、37℃、24時間培養した。
【0054】
次いで、Frizzled3遺伝子とGs/x遺伝子をCOS−7細胞に共トランスフェクションするため、各ウェル当たり、16μlのPLUS Reagent(LIFE TECHNOLOGIES社製、コード番号10964−013)と8μlのLipofect AMINE(LIFE TECHNOLOGIES社製、コード番号10964−013)、及びGs/x遺伝子が挿入されたpcDNA3.1−Gs/xを1.25μgとFrizzled3遺伝子が挿入されたpEF1−Fzd3を0.75μgを用いてリポフェクション法を行い、Frizzled3およびGs/xのcDNAを導入したCOS−7細胞(Fzd3−Gs/xという)を得た。導入したGs/xは、それぞれGs、Gs/i1、Gs/i3、Gs/z、Gs/q、Gs/14、Gs/16、Gs/12およびGs/13である。
【0055】
一方、Gs/x遺伝子が挿入されたpcDNA3.1−Gs/xの代わりに、Gs/xが挿入されていない発現ベクターであるpcDNA3.1(+)を用いて、同様に共トランスフェクションし、Frizzled3遺伝子のみが導入されたCOS−7細胞(Fzd3−Vecという)を調製し、コントロールとして用いた。
【0056】
各COS−7細胞を、10%のFBSを含有するDMEM培地にて20〜24時間培養を続け、Frizzled3およびGs/xのcDNAを導入したCOS−7細胞を得た。
【0057】
次いで、得られたCOS−7細胞について、以下のようにして、イムノブロット法によりFrizzled3およびGs/xの発現を確認した。
【0058】
Frizzled3の検出は、一次抗体として、マウス抗myc抗体(マウスモノクローナル抗体IgG1:Invitrogen社製、カタログ番号No.R950−25)をPBS−Tにより2000倍に希釈して用いた。また、二次抗体として、パーオキシダーゼ結合ヤギ抗マウスIgG抗体を、10%のスキムミルクを含有するPBS−Tで5000倍に希釈して用いた。
【0059】
Gs/xタンパク質の検出は、一次抗体として、ウサギ抗Gα−Sサブユニット(内部の40〜54残基、GTP結合部領域を認識する)抗体(Calbiochem社製、カタログ番号No.371737)を、PBS−Tで2000倍に希釈して用いた。また、二次抗体として、パーオキシダーゼ結合抗ウサギIgGを、10%のスキムミルクを含有するPBS−Tで5000倍に希釈して用いた。
【0060】
培養した各COS−7細胞をRIPAバッファーに溶解し、超音波処理し、10,000rpmで5分間遠心分離し、上澄を、SDS−PAGEを用いた電気泳動(8%アクリルアミドゲル)にかけ、タンパク質を分離し、分離されたタンパク質をPVDF膜(Pall Fluoro Trans W Membrane、Pall Coporation社製)上に転写した。膜を10%のスキムミルクを含有するPBT−Tで室温下1時間反応させてブロックした。次いで、Frizzled3の場合は、上記の2000倍に希釈されたマウス抗myc抗体を加え、2時間室温でインキュベートし、Frizzled3と反応させた。その後、膜を洗浄した後、二次抗体として、上記のスキムミルクを1%含有するPBS−Tに5000倍に希釈したパーオキシダーゼ結合ヤギ抗マウス抗体を添加し、1時間室温下でインキュベートした。次いで、ECL Western Blotting Detection Reagents(Amersham Biosciences社製、カタログ番号No.RPN2109)の試薬を用いた化学発光法により可視化した。
【0061】
一方、Gs/xの場合は、上記の2000倍に希釈されたウサギ抗Gα−Sサブユニット抗体を加え、2時間室温でインキュベートし、それぞれのGs/xと反応させた。その後、膜を洗浄した後、二次抗体として、上記のスキムミルクを含有する5000倍に希釈したパーオキシダーゼ結合抗ウサギ抗体を添加し、1時間室温下でインキュベートした。次いで、ECL Western Blotting Detection Reagents(Amersham Biosciences社製、カタログ番号No.RPN2109)の試薬を用いた化学発光法により可視化した。
【0062】
結果を図9および図10に示した。図中「Vec」は、コントロールとして用いたFrizzled3とGs/xの発現ベクターが導入されたCOS−7細胞である。図9および図10から、COS−7細胞中に導入したFrizzled3とGs/xとは全て発現していることが確認された。
【0063】
6.リガンドとGタンパク質の同定法の構築
リガンドとGタンパク質の同定法を構築するために、以下の予備実験を行い、cAMPの測定に基づく同定法の妥当性を検討した。検討に当たり、細胞内のcAMPのレベルはcAMP Biotrak Enzymeimmunoassay System(Amersham pharmacia biotech社製、コード番号FRRN225)を用いて、後述するように測定した。
【0064】
6−1.cAMP検出方法の確認
細胞内で産生されるcAMPの検出方法の確認は、作用機序が報告されている受容体のβ−アドレナリンレセプター(β−AR)とリガンドのイソプロテレノール(IPT)を用いて行った。β−ARは、IPTの刺激により細胞内cAMP濃度を上昇させることが報告されている(Robisonら,1967,Ann.N.Y.Acad.Sci.;139:703)。
【0065】
β−ARをトランスフェクションしたCOS−7細胞をIPTで刺激し、COS−7細胞内のcAMP量をcAMP Biotrak Enzymeimmunoassay Systemを用いて評価した。その結果、β−ARを形質導入していない細胞(コントロール)に比べ、β−ARを形質導入した細胞は、IPTの刺激で有意に細胞内cAMP量が上昇することが確認された。
【0066】
以上の結果、細胞内で産生されるcAMP量の増減をcAMP Biotrak Enzymeimmunoassay Systemを用いて検出することが可能であることを確認した。
【0067】
6−2.ハイブリッドGタンパク質を用いたWnt/Frizzledシグナル伝達評価方法の確認
Goを介するシグナル伝達が、Frizzled2とWnt5aとの結合により起こることが報告されている(Sheldahlら,1999,Curr.Biol.;9:695−698)。
【0068】
この作用機序に着目し、ハイブリッドGタンパク質を用いたWnt/Frizzledシグナル伝達評価方法の構築を行った。
【0069】
すなわち、上述したFrizzled3の場合と同様にして調製したFrizzled2遺伝子を含むプラスミドpEF1−Fzd2を用いてFrizzled2遺伝子とGs/o遺伝子とが導入されたCOS−7細胞(Fzd2−Gs/oという)および、コントロールとして、ハイブリッドGs/o遺伝子が導入されておらずFrizzled2遺伝子のみが導入されたCOS−7細胞(Fzd2−Vecという)を調製した。
【0070】
Gs/oを導入していないCOS−7細胞(Fzd2−Vec)に、Wntを含まない調整培地(NC)で1時間刺激したときのcAMPの値を基準(100%)とし、Fzd2−VecおよびFzd2−Gs/oの両細胞に対して、Wnt5aを含むかあるいは含まない調整培地でそれぞれ1時間刺激した時の細胞内のcAMP量の変化を測定した。
【0071】
その結果、Fzd2−Gs/oをWnt5aを含む調整培地で刺激した場合にのみ、有意(T検定においてp<0.01)にcAMP量が上昇することが確認された(図11)。cAMP量の上昇率は、Wnt5aを含む調整培地を18倍(18×)に濃縮することにより、未濃縮(1×)に比べて濃度依存的に上昇することも確認された。以上の結果、ハイブリッドGタンパク質を用いることでGタンパク質を介するWnt/Frizzledシグナル伝達系の受容体とGタンパク質の種類を同定できることがわかった。
【0072】
7.Frizzled3に結合するWntと共役するGタンパク質の同定
以上の結果に基づいて、Frizzled3に結合するWntと共役するGタンパク質の同定を行った。Wntは主に毛包分化の関与が示唆される8種類(Wnt1、Wnt3、Wnt3a、Wnt4、Wnt5a、Wnt10a、Wnt10b、Wnt11)を用い、またFrizzled3を介するGタンパク質の種類も未知であるため、全てのGタンパク質ファミリーを用い、全ての組み合わせについて網羅的に行った。
【0073】
リガンドとしてのWntは、上記のようにして調製された各Wnt安定的発現CHO細胞を無血清CD CHO培地(GIBCO BRL社製)中で4日間培養し、培地を回収し、3000rpmで5分間遠心分離して上澄を集め調整培地を得た。次いで、得られた調整培地をAmicon−Ultra15(Millipore社製)を用いて4000gで5倍に濃縮した。また、Wntを含まない親CHO細胞から、同様の操作により調整培地を調製し、ネガティブコントロール(NC)の調整培地として用いた。
【0074】
次いで、500mMのIBMXのDMSO溶液を、濃縮されたそれぞれの調製培地で1000倍に希釈し、刺激用の試薬(リガンド)として0.5mMのIBMXを含む調製培地を調製した。
【0075】
一方、Frizzled3とGs/xとが発現していることが確認されたCOS−7細胞を10%のFBSを含むDMEM培地中に分散させ、96ウェルプレートに3.0×104細胞/ウェルの密度で再播種し、20〜24時間培養した。培養した細胞に、0.5mMのIBMXを含む調整培地を添加して刺激し、37℃、5時間インキュベートした後、次のようにして細胞内cAMPの量を測定した。
【0076】
細胞内cAMPの量は、BIOTRAK cAMP Enzymeimmunoassay System(Amersham Pharmacia Biotech社製、コード番号FRPN225)を用いて、製品マニュアルに従って測定した。すなわち、培地を除き、200μlの希釈した細胞溶解試薬1B(lysis Reagent 1B)を添加し、10分間震盪した。それぞれの標準試料溶液およびサンプル溶液の100μlをそれぞれのウェルに添加した。次いで、100μlの抗血清をブランクを除く全てのウェルに添加し、非特異性結合をブロックした。プレートをカバーし、穏やかに混合し、正確に2時間、3〜5℃でインキュベートした。ブランクを除いて50μlのcAMP−パーオキシダーゼ結合物を加え、カバーをかけて正確に60分間、3〜5℃でインキュベートした。全てのプレートを400μlの洗浄用バッファーで4回洗浄し、全てのウェルに150μlの酵素基質を添加し、カバーをかけて15〜30℃、60分間混合した。1.0Mの硫酸100μlを添加し、反応を停止し、30分以内に450nmで吸光度を測定した。その結果、Wnt5aで刺激した場合にのみ、cAMP量の有意な上昇が認められた。
【0077】
図12に、Wnt5aおよび一例として、Wnt3の場合について結果を示した。図12は、各Frizzled3遺伝子およびGs/x遺伝子を導入したCOS−7細胞(Fzd3−Gs/x)において、Wntを含まない調製培地(NC)で刺激したときのcAMPの量を基準(100%)として、Wnt3またはWnt5aを含む調製培地で刺激したときのcAMPの量を相対的に示したものであり、バーは標準偏差を表し(n=4)、「**」は、T検定において、p<0.01で有意であったことを示している。
【0078】
以上のことから、Wntを含まない調製培地(NC)で刺激した場合と比較して、Wnt5aを含む調製培地で刺激した場合のみに、Frizzled3−GsおよびFrizzled3−Gs/i1導入細胞において有意にcAMP値の上昇が見られ、この結果より、Wnt5aはFrizzled3に結合し、GsあるいはGi1を介して細胞内にシグナル伝達を行うことがわかった。
(B)毛乳頭細胞に対する細胞賦活作用
次いで、Frizzled3と結合することがわかった、Wnt5aの毛包細胞賦活作用について検討した。すなわち、発毛、育毛、養毛作用の評価を目的に、Wnt5aを含むWnt(Wnt1、3、3a、4、10a、10b、11)を用いて毛乳頭細胞に対する細胞分化・発生・増殖調節作用ないしは細胞賦活作用を評価した。
【0079】
1.Wnt調整培地の作製
用いた各Wntは、上述した方法と同様にして、Wnt安定的発現CHO細胞を10%FBSおよびG418を含むHamF12培地中、直径10cmの培養皿に6×106細胞となるように播種し、37℃、5%の二酸化炭素存在下で3日間培養した。PBSで3回洗浄後、10mlのCHO細胞培養用の無血清CD CHO培地(Gibco社製)に交換し、さらに4日間培養した。培養液を回収し、Amicon Ultra(Millipore社製)を用い、4000g、4℃にて5、10、20倍に濃縮して、調整培地を調製した。コントロールとして、Wnt遺伝子を導入していないCHO細胞も同様の操作(濃縮操作も含む)を行いWntを含まない調整培地を作製した。
2.細胞賦活作用の評価
毛乳頭細胞の賦活作用は、細胞内に蓄積されるブルーホルマザン量を指標とする細胞増殖性についての検討を以下のようにして行った。
【0080】
すなわち、ヒト頭皮毛乳頭細胞(東洋紡社製)を、ヒト頭皮毛乳頭細胞用低血清培地(東洋紡社製)中、I型コラーゲンコート用96ウェルマイクロプレート(BD社製)に、各ウェルあたり1×104細胞となるように播種し、37℃、5%の二酸化炭素存在下で、1日間培養した。次いで、培地を、100μlのWntを含む調整培地に交換し、さらに2日間培養を続けた。培養終了後、Cell Counting Kit−8(同仁化学社製)を用いて、製品マニュアルに従い細胞内のブルーホルマザン量を測定した。すなわち、培養終了後、Cell Counting Kit−8溶液を各ウェルに10μlずつ添加し、炭酸ガスインキュベーター内で、1時間呈色反応を行い、450nmで吸光度を測定した。
【0081】
この結果、評価したWntのうちWnt5aに顕著な細胞増殖性、すなわち細胞賦活効果が認められた。結果を図13に示した。図13は、各濃縮率でのWntを含まない調整培地(NC)で培養したときの値を基準(100%)として、Wnt5aを含む調整培地で培養したときの値を相対的に示したものであり、バーは標準偏差を表し(n=4)、「**」は、T検定において、p<0.01で有意であったことを示している。図13によると、Wnt5aは、濃縮率5倍以上で濃度依存的かつ有意な細胞賦活作用を示し、濃縮率20倍では147%と最も高い細胞賦活作用を有していることがわかった。
【0082】
なお、本発明の実験に用いたWnt5aはマウス由来のものではあるが、マウス由来のWnt5aはヒトのWnt5aとの相同性が99%以上と高いものであり、また、ヒトの毛乳頭細胞に対する細胞賦活作用を示すものであることから、マウス由来のWnt5aの他、本発明にヒト由来のWnt5aを用いることができることはいうまでもない。また、ヒトあるいはマウス由来のWnt5aと相同性の高い他の生物種のWnt5aとしては、ラットおよびその他の哺乳類に由来するものがあげられ、これらのWnt5aも同様に本発明に使用できると思われる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】図1は、Wnt/Frizzledシグナル伝達経路の模式図であり、Frizzledに結合したWntのシグナルは、Dvlを介して伝達されるWnt/β−カテニン経路、Wnt/JNK経路および、Gタンパク質を介して伝達されるWnt/Ca2+経路により、伝達される。本発明は、これらの経路のうちGタンパク質を介するWnt/Ca2+経路に基づくものである。
【図2】図2は、毛包形成に関与するFrizzled3と各Wntとを示したもので、図2の左側の4枚の写真は、毛包形成時に発現するFrizzled3の発現を胚の段階から出生後にかけて経時的に示したものである。また、図2の右側の図は、毛包の構造と、毛包付近に発現する各種のWntを示したものである。
【図3】図3は、7回膜貫通型受容体にリガンドが結合したときの受容体と共役する三量体Gタンパク質の挙動を模式的に示した図であり、受容体がリガンドと結合することにより、三量体のGタンパク質は、αサブユニットにあるGDPがGTPへと変換され活性型となり、αサブユニットと、β・γサブユニットとに解離し、受容体に結合しているαサブユニットにより情報が伝達されることを示している。
【図4】図4は、Gタンパク質の種類とファミリーおよび各ファミリーを構成するメンバーを示した表である。Gタンパク質のうち、情報伝達の出力手段として、アデニル酸シクラーゼを活性化し、cAMPの産生を促進するものはGsのみであることがわかる。
【図5】図5は、ハイブリッドGsタンパク質の模式図であり、GsはαサブユニットのGsタンパク質であり、受容体と共役するC末端の5アミノ酸残基と、アデニル酸シクラーゼ活性化しcAMPの産生を促す出力領域とを有している。Gxは、Gs以外のαサブユニットのGαタンパク質であり、受容体と共役するC末端5アミノ酸残基と、そのGαタンパク質固有の出力領域とを有している。Gs/xは、GsのC末端5アミノ酸残基をGxのC末端5アミノ酸残基に置換して調製したハイブリッドGsタンパク質であり、Gxに由来する、Gsが認識する受容体とは異なる受容体と共役するC末端5アミノ酸残基と、Gsに由来する、アデニル酸シクラーゼ活性化しcAMPの産生を促す出力領域とを有している。このGs/xの構造により、Gs/xはC末端5アミノ酸残基領域によりいずれかの受容体と共役し、Gi、GqあるいはG12がある受容体と共役したときの本来固有の出力が、Gsの有するアデニル酸シクラーゼの活性化、すなわちcAMPの産生という出力に変換される。
【図6】図6は、評価実験を行ったWnt・Frizzled3・Gs/xの組み合わせを示す。すなわち、ネガティブコントロールを含めて、Wntが9種類、Gタンパク質が11種類であり、評価実験の組み合わせは全部で9×11の99通りである。
【図7】図7は、本発明における評価方法概略であり、基本的にFrizzled3とGs/xとを導入した細胞をWntで刺激し、細胞内のcAMPの産生量を測定することにより行った。
【図8】図8は、Wnt遺伝子を導入したWnt安定的発現CHO細胞のWnt発現を示すSDS−PAGEの結果であり、Wnt3(W3と表示)およびWnt5a(W5aと表示)の場合を示した。図中、「W5a std」はWnt5aをそのまま電気泳動したものであり、また「NC」はネガティブコントロールであって、Wnt遺伝子を導入していないCHO細胞のSDS−PAGEの結果である。また、「x」は濃縮倍率を示し、「M」は分子量マーカーである。図より、Wnt遺伝子を導入したWnt安定的発現CHO細胞は、Wntを発現していることがわかる。
【図9】図9は、Frizzled3遺伝子およびGs/x遺伝子を共トランスフェクションにより導入したCOS−7細胞による、Frizzled3の発現を示すSDS−PAGEの結果であり、それぞれのGs/x遺伝子を導入した場合を示した。図中、「Vec」はFrizzled3遺伝子のみを導入したCOS−7細胞からのSDS−PAGEであり、「M」は分子量マーカーである。図より、Frizzled3遺伝子を導入したCOS−7細胞で、Frizzled3が安定に発現していることが分かる。
【図10】図10は、Frizzled3遺伝子およびGs/x遺伝子を共トランスフェクションにより導入したCOS−7細胞による、Gs/xの発現を示すSDS−PAGEの結果である。図中、「Vec」はFrizzled3遺伝子のみを導入したCOS−7細胞からのSDS−PAGEであり、「M」は分子量マーカーである。図より、Gs/x遺伝子を導入したCOS−7細胞でGs/xが安定に発現していることがわかる。
【図11】図11は、Wnt/Frizzledシグナル伝達評価方法の構築のために行った予備実験結果を示したもので、Goを介するシグナル伝達がFrizzled2とWnt5aの結合により起こることが知られていることから、Frizzled2遺伝子のみを導入したCOS−7細胞(Fzd2−Vec)およびFrizzled2遺伝子とGs/o遺伝子とを導入したCOS−7細胞(Fxd2−Gs/o)をWnt5aでそれぞれ刺激したときのcAMP量の上昇を示したグラフである。図より、Goを介するWnt5a−Frizzled2のシグナル伝達が、Gs/oによりcAMPの産生量により評価できることがわかった。
【図12】図12は、Frizzled3遺伝子とGs/x遺伝子とを導入したCOS−7細胞を、各Wntで刺激したときの細胞内cAMP値を測定した結果を示したグラフであり、Wnt3およびWnt5aの場合を示したものである。図より、Wnt5aの場合に、GsおよびGs/i1のときに有意にcAMPの量が上昇していることがわかる。
【図13】図13は、各Wntによる毛乳頭細胞の細胞増殖ないしは賦活作用を示すグラフであり、細胞増殖ないしは賦活作用を示したWnt5aの場合を示したものである。図より、Wnt5aが毛母細胞賦活作用を有するものであることがわかる。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Frizzled3からGsを介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質。
【請求項2】
Frizzled3からGsを介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤。
【請求項3】
Frizzled3のリガンドであるWnt5aを有効成分とする請求項2記載の細胞分化・発生・増殖調節剤。
【請求項4】
Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を促進または抑制する物質が間接的に細胞の分化、発生、増殖を制御する請求項2記載の細胞分化・発生・増殖調節剤。
【請求項5】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む発毛剤。
【請求項6】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む育毛剤。
【請求項7】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む養毛剤。
【請求項8】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む脱毛剤。
【請求項9】
Frizzled3からGsを介する情報伝達を調節することにより細胞分化、発生、増殖を制御する、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法。
【請求項10】
Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を調節することによる、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法。
【請求項11】
細胞が毛乳頭細胞である、請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤。
【請求項1】
Frizzled3からGsを介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質。
【請求項2】
Frizzled3からGsを介する情報伝達を調節することにより、細胞分化、発生、増殖を制御する物質を有効成分とする細胞分化・発生・増殖調節剤。
【請求項3】
Frizzled3のリガンドであるWnt5aを有効成分とする請求項2記載の細胞分化・発生・増殖調節剤。
【請求項4】
Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を促進または抑制する物質が間接的に細胞の分化、発生、増殖を制御する請求項2記載の細胞分化・発生・増殖調節剤。
【請求項5】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む発毛剤。
【請求項6】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む育毛剤。
【請求項7】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む養毛剤。
【請求項8】
請求項1記載の細胞分化、発生、増殖を制御する物質あるいは請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤を含む脱毛剤。
【請求項9】
Frizzled3からGsを介する情報伝達を調節することにより細胞分化、発生、増殖を制御する、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法。
【請求項10】
Frizzled3のリガンドであるWnt5aの細胞からの分泌を調節することによる、発毛方法、育毛方法、養毛方法、脱毛方法。
【請求項11】
細胞が毛乳頭細胞である、請求項2〜請求項4のいずれかに記載の細胞分化・発生・増殖調節剤。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2008−179540(P2008−179540A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−3190(P2005−3190)
【出願日】平成17年1月7日(2005.1.7)
【出願人】(000135324)株式会社ノエビア (258)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年1月7日(2005.1.7)
【出願人】(000135324)株式会社ノエビア (258)
【Fターム(参考)】
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