説明

細胞切断装置

【課題】マイクロナイフにて細胞を効率よく切断するとともに、細胞の切断後において、マイクロナイフに付着した細胞の切断部分を容易に分離する。
【解決手段】細胞切断装置1は、受精卵9を含む液体を保持するシャーレ11、マイクロナイフ121、マイクロナイフ121を振動させる振動子122、および、振動子122の振動を制御する制御ユニット13を備え、振動子122によりマイクロナイフ121がマイクロナイフ121に平行な方向に振動される。細胞切断装置1では、シャーレ11とマイクロナイフ121の刃との間に受精卵9を挟んだ状態でマイクロナイフ121を連続振動することにより受精卵9が効率よく分割される。また、受精卵9の分割後において、マイクロナイフ121を短時間振動させることによりマイクロナイフに付着した受精卵9の一部が容易に分離される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を切断する細胞切断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体の組織等の切断に利用されるナイフとして、特許文献1では、切削進行方向に対して垂直な方向に超音波振動する超音波ナイフが提案されている。非特許文献1に開示されるマイクロナイフでは、変形方向が互いに直交するように3個の積層型圧電アクチュエータが組み付けられ、アクチュエータにてマイクロナイフが楕円振動されることにより、細胞に損傷を与えることなく細胞の切断が行われる。
【0003】
また、特許文献2に開示されるマイクロナイフでは、マイクロナイフが単結晶シリコン材料にて構成されることにより、胚細胞の切断におけるタンパク質の癒着が防止される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−305441号公報
【特許文献2】特開2008−286528号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】新井 史人、外3名、マイクロナイフによる細胞の切断、「ロボティクス・メカトロニクス講演会講演概要集」、社団法人日本機械学会、2000年、p.70
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、液体中に単独で存在する細胞を適切に切断することは困難であり、また、細胞の切断部分がマイクロナイフに付着して容易に分離することができない場合がある。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑みなされたものであり、液体中の細胞を効率よく切断することを主たる目的としており、細胞の切断後において、マイクロナイフに付着した細胞の切断部分をマイクロナイフから容易に分離することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載の発明は、細胞を切断する細胞切断装置であって、細胞を含む液体を保持する容器と、マイクロナイフと、前記マイクロナイフに平行な方向に前記マイクロナイフを振動させる振動子とを備え、前記容器または前記容器に対して固定された部位と前記マイクロナイフの刃との間に前記細胞が挟まれた状態で前記マイクロナイフを振動することにより前記マイクロナイフが前記細胞を切断する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、液体中の細胞を効率よく切断するとともに、細胞の切断後において、マイクロナイフに付着した細胞の切断部分を容易に分離することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】細胞切断装置を示す図である。
【図2】振動子に入力されるパルス波を示す図である。
【図3】パルス波を拡大して示す図である。
【図4】他のパルス波を示す図である。
【図5】さらに他のパルス波を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は本発明の一の実施の形態に係る細胞切断装置1を示す図であり、細胞切断装置1は家畜の卵細胞の切断に利用される。ここで、卵細胞とは、卵子だけでなく、卵母細胞や受精から胚盤胞に至る様々な受精卵を含む。本実施の形態では、卵細胞として牛の受精卵が利用される。細胞切断装置1はシャーレ11、受精卵9を切断するナイフ部12およびナイフ部12を振動させる制御ユニット13を備える。シャーレ11には受精卵9を含む液体である培養液が保持される。なお、図1では受精卵9を大きく描いている。ナイフ部12はマイクロナイフ121、マイクロナイフ121の後方に設けられた振動子122、および、マイクロナイフ121と振動子122とを接続する支持棹123を備える。マイクロナイフ121はシリコンの結晶により形成される。シリコンの結晶は、例えば、電鋳にて形成され、薄板状のシリコンの結晶をエッチングすることによりマイクロナイフ121が製造される。
【0012】
マイクロナイフ121は片刃状であり、刃はマイクロナイフ121が伸びる方向に対して傾斜する。振動子122はピエゾにて形成され、マイクロナイフ121が伸びる方向(マイクロナイフ121を支持する支持棹123が伸びる方向でもある。)にマイクロナイフ121を振動させる。なお、マイクロナイフ121の振動方向は、マイクロナイフ121に平行な方向、すなわち、マイクロナイフ121の主面に平行な方向であればいずれの方向であってもよく、好ましくは、刃に対して10〜45度傾斜した方向とされる。ナイフ部12は図示省略のマニピュレータに接続され、マニピュレータを介して操作者によりナイフ部12が移動される。
【0013】
制御ユニット13は入力部131および振動子122を制御する制御部132を備え、入力部131は第1フットスイッチ1311および第2フットスイッチ1312を備える。制御ユニット13では、操作者により第1フットスイッチ1311がONにされることにより振動子122への連続振動の指示が受け付けられ、第2フットスイッチ1312がONにされることにより振動子122への1回のみの短時間の振動の指示が受け付けられる。
【0014】
制御部132は振動子122に入力される後述のパルス波の波形を選択する波形選択部1321、パルス波の周波数を設定する周波数設定部1322、波形調整部1323および波形の上下を反転する波形反転部1324を備え、これらは制御部132に設けられたスイッチやダイヤルを介して操作者により操作される。パルス波の波形は、波形選択部1321にて矩形状または鋸状のいずれかに選択可能とされ、波形が鋸状の場合には、後述するように波形調整部1323にて波形の傾斜部の傾きが調整可能とされる。
【0015】
周波数設定部1322では、マイクロナイフ121を連続振動させる際のパルス波の周波数が800Hz、400Hz、200Hz、100Hz、50Hz、25Hzまたは12.5Hzに設定される。本実施の形態では、パルス波のデューティ比が800Hzから順に50%、25%、12.5%・・・と順次半減する。なお、パルス波の周波数は上記周波数以外とされてもよい。制御部132は、上記構成により操作者からの入力に従って振動子122を所望の振動波形にて連続振動または短時間振動させる。
【0016】
図2は制御部132にて生成されるパルス波の一例である鋸波を示す図である。パルス波81のパルス810は、垂直に立ち上がって最大電圧が僅かな時間だけ維持された後になだらかに立ち下がる。パルス810の電圧の最大値および最小値は適宜変更されてよい。細胞切断装置1の駆動時には、振動子122の振動波形がパルス波81と同様の鋸波となり、振動子122は瞬時に収縮するとともに、なだらかに元の状態に戻る。このとき、マイクロナイフ121は、振動子122の動きに合わせて振動子122に向かう方向に瞬時に移動するとともに、振動子122とは反対方向になだらかに移動して元の位置に戻る。ナイフ部12では、制御部132にてパルス810が連続的に生成されることにより、マイクロナイフ121が連続的に振動する。
【0017】
図3はパルス810を拡大して示す図である。パルス810では、波形調整部1323(図1参照)にて、電圧がなだらかに立ち下がる傾斜部811の傾き(平均的な傾きを指し、最大電圧から一定の電圧まで降下する時間に置き換えることができる。)が変更可能とされる。傾きが横軸に対して大きい場合、短い破線にて示すように、波形が矩形に近くなり、短時間にて電圧が下降する。その結果、マイクロナイフ121の振動子122に向かう方向とは反対方向に移動する速度が大きくなる。
【0018】
また、図3において長い破線にて示すように、傾斜部811の傾きが小さい場合、電圧はなだらかに減少し、マイクロナイフ121の振動子122に向かう方向とは反対方向に移動する速度が小さくなる。傾斜部811の傾きが小さく、かつ、パルス波81の周波数が高い場合は、パルス810の電圧が0Vになる前に次のパルス810が発生することとなり、振動子122は元に戻りきらない状態から再び収縮する。このため、マイクロナイフ121の振幅が小さくなる。
【0019】
図4は振動子122に入力される他のパルス波を示す図である。パルス波82は図2に示す波形の上下を反転した形状の鋸波である。すなわち、パルス波82では、電圧が瞬時に立ち下がって最小の状態が僅かな時間だけ維持され、なだらかに立ち上がる。したがって、パルス波82の(上に凸となる)1つのパルス820では、電圧がなだらかに立ち上がって瞬時に立ち下がる。パルス波82および図2のパルス波81は図1に示す波形反転部1324により切り替えられる。制御部132からパルス波82が出力されと、振動子122の振動波形も同様の鋸波となり、振動子122は一定の時間にてなだらかに収縮し、瞬時に元の状態に戻る。マイクロナイフ121も振動子122に向かう方向になだらかに移動し、振動子122とは反対方向に瞬時に移動して元の位置に戻る。
【0020】
パルス820では、なだらかに立ち上がる傾斜部821の傾き(平均的な傾きを指し、最小電圧から一定の電圧まで上昇する時間に置き換えることができる。)が、図1に示す波形調整部1323により変更可能とされ、その結果、マイクロナイフ121の振動子122に向かう方向に移動する速度が変更される。傾斜部821の傾きが横軸に対して小さく、かつ、パルス波82の周波数が高い場合は、パルス820の電圧は最大となる前に下降し、振動子122が収縮しきらない状態から元の状態に戻る。これにより、マイクロナイフ121の振幅が小さくなる。
【0021】
以上のように、振動子122に鋸波が入力される場合、波形反転部1324により、マイクロナイフ121が振動子122に向かう方向に移動する速度と、振動子122に向かう方向とは反対方向に移動する速度との大小関係、すなわち、マイクロナイフ121の1回の振動における往路の速度と復路の速度との大小関係が変更可能とされる。
【0022】
図5は振動子122に入力されるさらに他のパルス波を示す図である。パルス波83は矩形波であり、振動子122の振動波形も矩形波となる。このため、振動子122およびマイクロナイフ121の速やかな伸縮が繰り返される。また、制御部132では、波形反転部1324により、パルス波83を上下に反転したパルス波、すなわち、下に凸の矩形状のパルス波が生成可能となっている。
【0023】
次に、細胞切断装置1による牛の受精卵9の切断について説明する。切断される受精卵9は、二分割卵または二分割直前のものであるが、既述のように、切断対象は様々な卵細胞であってよい。
【0024】
まず、制御部132において操作者により振動子122に入力されるパルス波の波形および周波数が設定される。次に、操作者がマニピュレータを操作することにより、シャーレ11の底面とマイクロナイフ121の刃との間に受精卵が挟まれる。この状態で、操作者が入力部131の第1フットスイッチ1311をONにすることにより、制御部132において一定の周波数にてパルスが連続的に生成される。連続パルスは振動子122へと出力され(バースト出力)、マイクロナイフ121が連続振動することにより、受精卵9が2つの細胞に分割(すなわち、切断)される。以下、分割された2つの細胞をそれぞれ「分割細胞」という。2つの分割細胞は液体中にて固定されない浮遊状態となる。
【0025】
分割が完了すると、マイクロナイフ121が液体中から引き上げられる。引き上げ途上において分割細胞の一方または両方がマイクロナイフ121に付着している場合、操作者により第2フットスイッチ1312がONにされて制御部132にて生成された1つのパルスが振動子122へと出力される(ワンショット出力)。すなわち、振動子122が極短時間だけ振動する。
【0026】
これにより、分割細胞に損傷を与えることなく、分割細胞がマイクロナイフ121から容易に分離される。また、短時間振動ではシャーレ11内の液体が攪拌されないことから、分離した分割細胞が液体中を移動してしまうことが防止される。マイクロナイフ121に分割細胞が強く付着している場合には、第2フットスイッチ1312の操作が繰り返され、マイクロナイフ121が数回間欠的に振動される。もちろん、このような操作によっても分割細胞がマイクロナイフ121から分離しない場合は、第1フットスイッチ1311を操作することによりマイクロナイフ121が連続振動される。
【0027】
以上、細胞切断装置1について説明したが、細胞切断装置1では、マイクロナイフ121を振動させることにより、液体中の受精卵9が効率よく分割される。また、マイクロナイフ121がシリコンの結晶にて形成されることから、マイクロナイフ121に分割細胞が付着することが低減され、マイクロナイフ121の劣化が防止される。また、細胞切断装置1では、振動子122の振動波形が矩形波と鋸波との間にて変更可能であることにより、様々な種類の細胞の様々な部位の切断に応じて適切な切断が可能とされる。
【0028】
さらに、マイクロナイフ121の1回の振動における波形の傾斜部を、パルスの前方にも後方にも位置させることができ、傾斜部の傾きも変更可能であることから、さらに様々な細胞の様々な切断に適切に対応することができる。
【0029】
すなわち、細胞切断装置1の切断対象は、様々な段階の卵細胞であってもよく、様々な動物の卵細胞や1つの体細胞であってもよく(細胞切断装置1は、液体中に独立して存在する細胞の切断に適しているが、他の細胞と接続している細胞であってもよい。)、植物の細胞や植物の受精卵等であってもよい。切断箇所は、細胞の表面や内部組織であってもよく、例えば、両生類の受精卵のゼリー層やほ乳類の受精卵の透明帯の切断(剥離および切除を含む。)にも適用可能である。この場合においても、マイクロナイフ121の振動を利用することにより、細胞の切断が効率よく行われるとともにマイクロナイフ121に付着した切断部分が容易に分離される。
【0030】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、様々な変更が可能である。例えば、シャーレ11の底に傾斜面を有する台を設け、マイクロナイフ121を大きく傾けることなく傾斜面とマイクロナイフ121との間にて細胞が容易に切断されてもよい。このように、シャーレ11等の容器に対して固定された部位とマイクロナイフ121の刃との間に細胞を挟んだ状態にて細胞が切断されるのであれば、マイクロナイフ121と容器以外の構成との間にて細胞が挟まれてもよい。
【0031】
また、細胞の切断の際には、吸引ノズルや固定用の凹部等を用いて細胞が液体中にて固定されてもよい。
【0032】
制御部132では、パルス波の振動波形が上記実施の形態にて示したもの以外とされてもよい。例えば、図2に示すパルス波81において立ち上がりがなだらかであってもよく、図4に示すパルス波82において立ち下がりがなだらかであってもよい。この場合においても、マイクロナイフ121の1回の振動における往路の速度と復路の速度との大小関係が変更可能とされることにより、さらには、パルス波の立ち上がりの傾きおよび立下りの傾きが独立して変更可能とされることにより、様々な種類の細胞の様々な部位の切断に応じた適切な切断が可能となる。
【0033】
上記実施の形態では、第2フットスイッチ1312が操作されることにより、1回だけマイクロナイフ121が振動するが、第2フットスイッチ1312が操作されることにより、数回(2ないし5回)だけマイクロナイフ121が連続的に振動してもよい。このような短時間振動によっても、シャーレ11内の液体を攪拌することなく、切断部分をマイクロナイフ121から容易に分離することができる。
【0034】
また、シャーレ11には培養液や水等の液体が僅かに入れられて表面張力により凸状となっている状態で液体が保持されてもよく、他の形状の容器(完全に平坦であるプレートを含む。)が用いられてもよい。
【0035】
マイクロナイフ121はシリコン以外の材料により形成されてもよい。振動波形も正弦波等の他の波形であってもよい。第1フットスイッチ1311および第2フットスイッチ1312は操作者からの入力を受け付ける他の入力機構であってもよい。
【符号の説明】
【0036】
1 細胞切断装置
9 受精卵
11 シャーレ
121 マイクロナイフ
122 振動子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を切断する細胞切断装置であって、
細胞を含む液体を保持する容器と、
マイクロナイフと、
前記マイクロナイフに平行な方向に前記マイクロナイフを振動させる振動子と、
を備え、
前記容器または前記容器に対して固定された部位と前記マイクロナイフの刃との間に前記細胞が挟まれた状態で前記マイクロナイフを振動することにより前記マイクロナイフが前記細胞を切断することを特徴とする細胞切断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−261757(P2010−261757A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−111365(P2009−111365)
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【出願人】(509124504)株式会社スカラテック (1)
【出願人】(302015926)ネッパジーン株式会社 (5)
【Fターム(参考)】