説明

細胞又は組織試料の固定のためのビス−マレイン酸無水物架橋剤の使用

本発明は新規なビス-マレイン酸無水物に関する。本発明は、特に、ビス-マレイン酸無水物架橋剤が細胞又は組織試料の保存/固定化に使用できるという発見に関する。有利なことに、ビス-マレイン酸無水物架橋剤は、細胞又は組織試料の固定を必要とし、同時に固定液が、免疫組織化学、蛍光インサイツハイブリダイゼーション法又はRT-PCR等の手順において、後でのタンパク質又は核酸の検出にほとんど影響を及ぼさないことを必要とする方法に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規なビス-マレイン酸無水物に関する。本発明は、特に、ビス-マレイン酸無水物架橋剤が細胞又は組織試料の保存/固定化に使用できるという発見に関する。有利なことに、ビス-マレイン酸無水物架橋剤は、細胞又は組織試料の固定を必要とし、同時に固定液が、免疫組織化学、蛍光インサイツハイブリダイゼーション法又はRT-PCR等の手順において、後でのタンパク質又は核酸の検出にほとんど影響を及ぼさないことを必要とする方法に使用することができる。また、固定液としてのビス-マレイン酸無水物架橋剤の使用により、以前に固定化された細胞又は組織試料における関心ある分析物の後での検出が非常に容易になることが証明された。
【背景技術】
【0002】
今日まで、例えば、関心ある核酸の検出又は免疫組織化学用の、細胞又は組織試料を調製するための、一般的に適用でできる「理想的な」方法はない。固定化と固定化により導入されるネガティブな影響の可逆性は、ポリペプチド抗原及び核酸のそれぞれの検出性と、それで得られた結果の再現性に大きな影響を及ぼす。
【0003】
細胞又は組織試料における抗原の免疫染色が成功するためには、少なくとも3つの基準が満たされなければならない:a)抗原のその発生部位での保持、b)抗原への到達性、及びc)関心ある抗原/エピトープの正しい立体構造/保存。現在、これら3つの全ての基準を全て満たす固定化及び/又は検出手順はないと思われる。従来から知られている手順では、これらの基準の一つ又は二つに対する最善の成果は、少なくとも一つの他の基準の成果を減じることでなされる。
【0004】
いくつかの固定液、例えばグルタルジアルデヒド、ホルムアルデヒド及びアセトン、又は他の有機溶媒が利用可能であり、常套的に臨床病理学研究室において使用されている。しかしながら、大多数の固定化手順は、ホルムアルデヒド等の架橋剤の使用をベースにしている。固定液は、通常、pH7.2−7.6への緩衝をもたらすようになされた(少量の強酸又は塩基の添加後に最小のpH変化)リン酸ナトリウムを含有するホルムアルデヒド水溶液及びほぼ等張な溶液(その浸透圧が、しばしば生理食塩水をベースにして、哺乳動物の細胞外液のものと同じであるもの)である。
【0005】
従来技術の手順では、固定化は丁度でなくてはならない。
固定化が短すぎると、固定化の代わりに、試料の脱水に使用されるアルコールによるタンパク質の凝固が生じる。これは、例えば組織形態の保存にネガティブな影響を与え、もしくは長期間の保存安定性を損なう場合がある。
【0006】
長時間にわたるホルムアルデヒド固定では、架橋したタンパク質分子が、パラフィンワックスの浸透及び/又は抗体分子の接近を損なわせる可能性のある密な網目構造を形成する。その結果、関心ある抗原は、可逆的もしくは不可逆的にすらマスクされる場合がある。さらに、エピトープは、例えばホルムアルデヒドとの反応により化学的に変性(「破壊」)される場合がある。
【0007】
さらに、ほとんどの酵素の活性は、ホルムアルデヒドによる固定後に損なわれることが知られている。
【0008】
上述したように、ホルムアルデヒドでの固定は、臨床病理において最も幅広く使用されている。ホルムアルデヒドでの固定により、関心ある抗原が、それが生存している生物体において占める部位に捕捉されることが、大きな理由であると思われる。また、ホルムアルデヒド固定の際に導入されるメチレン架橋により、細胞又は組織試料の形態が十分に保存される。しかしながら、これらのポジティブな効果は、試料の浸透性を犠牲にするものであり、関心ある抗原/エピトープの到達性及び/又は立体配置に変化を生じる固定になり、核酸が損傷を受け、酵素活性が不活化される。
【0009】
ホルムアルデヒドでの固定のための架橋は、エピトープを遮蔽し又は破壊し、偽陰性免疫染色に至らしめるおそれがある。この失敗は、ポリクローナル抗血清が使用される場合よりも、1次免疫試薬が使用される場合において、さらにより多く生じると思われる。このため、非常に多くの試みがなされ、ホルムアルデヒドでの固定の影響を逆転させることを扱った関連文献に見出される。
【0010】
長期間にわたる保存のためには、固定された細胞又は組織試料は、通常、脱水され、適切な包埋媒体に包埋されなければならない。パラフィン包埋は、通常、振動ミクロトームを用いて又はクリオスタットにおいてプラスチック包埋するか又は未包埋試料を切断するのに好ましい。
【0011】
上に例示したように、ある程度までの全ての固定化手順は様々な種類の妥協を有する。多くの場合、形態の最適な保存は、抗体の到達性の犠牲にしあるいは抗原又はその上のエピトープの破壊を生じる。
【0012】
しかしながら、また本発明に対して重要なことには、その固定化またはパラフィンでの包埋等のさらなるプロセシングのような試料の調製中に導入される高度の変動が存在するばかりではなく、おそらくさらなる変動が、核酸の検出における免疫学的反応性又は到達性を回復する種々の態様及び経路により、すなわち抗原賦活化として知られている手順において、引き起こされる。
【0013】
例えば免疫組織化学的方法又は細胞もしくは組織試料中の関心ある核酸の検出方法の広範な使用と多大な有用性にかかわらず、さらに改善する必要性が大いにある。例えば、このような改善は、細胞又は組織試料のさらに穏やかな固定化、抗原賦活化の改善、及び/又は結果のより良好な比較可能性及び再現性に関し、対応する抗原又はエピトープが、ホルムアルデヒドでの固定のような標準的な手段では破壊される抗体を使用する可能性にさえ関連している。
【0014】
本発明の発明者は、驚くべきことに、細胞又は組織試料中において架橋剤としてビス-マレイン酸無水物を使用することが非常に有利であり、当該技術技術で知られている少なくとも一つ又はいくつかの問題に関し、有意な改善を達成することができ、また達成されるであろうことを見出した。
【発明の概要】
【0015】
本発明は、インビトロにおいて細胞又は組織試料を固定化する方法に関し、ここで、該細胞又は組織試料は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤と共にインキュベートされ、それにより前記細胞又は組織試料が固定される。
【0016】
さらに開示されるものは、細胞又は組織試料を保存する方法であり、該方法はビス-マレイン酸無水物架橋剤で組織試料を固定し、該固定された試料をパラフィン中に包埋させる工程を含む。
【0017】
また、本発明は、細胞又は組織試料について免疫組織化学的検査を実施するための方法を開示しており、該方法は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、該固定された試料をパラフィンに包埋し、該試料を脱パラフィン化し、ビス-無水マレインアミド架橋を除去し、関心あるエピトープを免疫学的に検出する工程を含む。
【0018】
また開示されるものは、細胞又は組織試料についてのインサイツハイブリダイゼーションにより、関心ある核酸をインビトロで検出するための方法であり、該方法は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、該固定された試料をパラフィンに包埋し、該試料を脱パラフィン化し、ビス-マレインアミド架橋を除去し、インサイツハイブリダイゼーションにより関心ある核酸を検出する工程を含む。
【0019】
さらに、細胞又は組織試料における関心ある核酸をRT-PCRによりインビトロで検出する方法であって、ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、該固定された試料をパラフィンに包埋し、該試料を脱パラフィン化し、ビス-マレインアミド架橋を除去し、RT-PCRを実施することにより関心ある核酸を検出する工程を含む方法が与えられる。
【0020】
また、本発明に係る方法に基づき、関心あるポリペプチドと関心ある核酸の双方を、細胞又は組織試料から調製された同じ標本で検出することができることが示されている。本発明は、免疫組織化学による少なくとも一の関心あるポリペプチドと、細胞または組織試料を含む試験試料中の少なくとも一の関心ある核酸をインビトロで検出するための方法に関し、該方法は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、該固定された試料をパラフィンに包埋し、該試料を脱パラフィン化し、ビス-マレインアミド架橋を除去し、少なくとも一の関心あるポリペプチドを免疫学的に検出し、RT-PCR又は蛍光インサイツハイブリダイゼーションを実施することにより少なくとも一の関心ある核酸を検出する工程を含む。
【0021】
本発明はさらに細胞又は組織試料の固定のためのビス-マレイン酸無水物架橋剤の使用、並びに細胞又は組織試料の固定のための固定液の製造におけるビス-マレイン酸無水物架橋剤の使用に関する。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(発明の詳細な説明)
第1の実施態様では、本発明はインビトロで細胞又は組織試料を固定化する方法に関し、該細胞又は組織試料は、次の式I

[上式中、R1及びR2は、水素、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル及びブチルからなる群から独立して選択され、ここでXは1〜30原子長のリンカーである]
のビス-マレイン酸無水物と共にインキュベートされ、それにより該細胞又は組織試料が固定化される。
【0023】
式Iの化合物は、しばしば、単に「ビス-マレイン酸無水物架橋剤」又は「ビス-マレイン酸無水物」と称されるであろう。
【0024】
本発明の意味において、「固定化する方法」は「処理方法」と等価であり、「固定化する」は「架橋する」と均等であり、「固定する」は代替的に「架橋する」と表現することが可能であり、本発明の方法により、また本発明の方法において、「固定された」とは、「ビス-マレインアミド架橋を含むこと」又は「ビス-マレインアミド架橋を含む」ことに関することが理解されるであろう。便宜上、また当業者は固定化、固定液又は固定された等の用語に付随する意味を十分に承知しているという点に鑑み、これらの用語だけが明細書を通して一般的に使用されるであろう。
【0025】
科学的に正確な意味では、固定又は架橋されるのは細胞又は組織試料ではなく、むしろ本発明に開示されたような固定化方法において架橋され又は固定されたかかる試料中に含まれる生体分子である。これらの生体分子における架橋は、分子内並びに分子間架橋でありうる。
【0026】
リンカーXにより互いに結合した少なくとも2の無水マレイン酸(少なくとも一のビス-マレイン酸無水物)が、少なくとも2の第1級アミンと反応される場合、少なくとも2のアミド結合が形成され、少なくとも2の第1級アミンが、少なくとも2のアミド結合及びリンカーXを介して架橋される。便宜上、以下においてこの種の架橋は「ビス-マレインアミド架橋」と称する。
【0027】
冠詞「a」及び「an」は、1又は1より多い(すなわち、少なくとも1)該冠詞の文法的目的語を意味するためにここで使用される。
「一又は複数」又は「少なくとも一」なる表現は、1〜20、好ましくは1〜15、さらに好ましくは1、2、3、4、5、6、7、8、9、10又は12を示す。
【0028】
本発明は、ビス-マレイン酸無水物が、穏やかにかつ可逆的に細胞又は組織試料を固定化するのに使用できるという驚くべきかつ印象的な発見に基づく。この理論に縛られることを望むものではないが、多くの利点は、a)ビス-マレイン酸無水物架橋剤が、迅速かつ効果的にビスマレインアミド架橋を形成し、b)架橋剤であるビス-マレイン酸無水物が、所望されるときはいつでも及び/又はまた望まれうるときには容易に除去することができ、c)適切な長さのリンカーXを使用することにより、比較的短い架橋剤のホルムアルデヒドと比較して、エピトープの破壊又は歪み等のネガティブな影響が少ない可能性が高いという点のためであると考えられる。
【0029】
本出願に係る方法の多大な利点を十分に理解するために、最も頻繁に使用されている組織固定化手順、すなわち固定液としてホルムアルデヒドの使用をベースとする手順を、より詳細に検討することは有用であろう。
【0030】
ホルムアルデヒドベースの固定液は、水に37%w/w(=40%w/v)のホルムアルデヒドを含む溶液であるホルマリンから通常誘導される。作業用固定液はホルマリンの10倍希釈物である(100ml当たり4g)。ほぼ同一組成の溶液を、出発物質としてパラホルムアルデヒドを用いて作製することができる。パラホルムアルデヒドは(わずかにアルカリ性の水中で)60℃まで加熱したときに、ホルムアルデヒドに変化する固形ポリマーである。「4%のパラホルムアルデヒドで固定された」なる表現が文献でしばしば使用されているが、完全に正しいわけではない。希釈された水溶液中においてほとんどのホルムアルデヒドがメチレングリコールとして存在しており、これは、一つのホルムアルデヒド分子に一つの水分子を付加することによって形成される:

【0031】
固定溶液中の遊離のホルムアルデヒドの濃度は非常に低い。それにもかかわらず、固定化の化学的反応に入るのはメチレングリコールよりはむしろ遊離のホルムアルデヒドである。
【0032】
ホルムアルデヒドよる固定化の化学反応は、例えばポリペプチドに存在するような、第1級アミンで主としてなされる。
【0033】
ホルムアルデヒド固定化は二工程プロセスであると思われる。第1の工程において、ホルムアルデヒドが急速に結合する。この急速な結合により、ホルムアルデヒドは、おそらく自己分解を停止するが、組織の微細構造はほとんど安定せず、後の処理、例えばパラフィン包埋の破壊的な影響に対して効果的な保護をもたらさない。
【0034】
第1段階(時間)において、ホルムアルデヒド分子はタンパク質分子の様々な部分、特にリジンの側鎖アミノ基及びペプチド結合の窒素原子と結合する:

【0035】
第2工程において、結合したヒドロキシメチル基は、同一又は隣接するタンパク質分子の他の窒素原子と反応し、メチレンクロスリンク又は架橋を生じせしめる。これらのメチレン(−CH2−)架橋は安定しており、ホルムアルデヒドにより固定されるタンパク質含有組織の不溶性及び剛性の原因となっている。一つの可能な反応は、

である。
【0036】
タンパク質との反応に加えて、ホルムアルデヒドは、また、いくつかの塩基性脂質と結合する場合がある。
【0037】
上で検討した「十分な」ホルムアルデヒド固定化に必要な化学反応の2つの工程が、ホルムアルデヒドで固定された物質を用いて作業する際に直面する困難のいくつかの原因であると思われる。ホルムアルデヒドへの短時間の暴露は、小タンパク質又は他の小さな分析物を固定するのに十分な架橋を生じさせない。あまりに長時間の固定化であると、特に過剰のメチレン架橋の形成のため、不可逆的な損傷が引き起こされる可能性がある。合理的な構造保存のためには、標本を、少なくとも一晩、又はさらには約24時間、ホルムアルデヒド液に保持しておくべきであることが一般に受け入れられている。
【0038】
免疫組織化学では、関心ある抗原のエピトープは、一次抗体に到達性がなくてはならない。エピトープは大きな分子の小さな部分、例えば抗体分子の結合部位に特異的に結合する約5から約10のアミノ酸のアミノ酸配列である。モノクローナル抗体はエピトープを一つだけ認識する。他方、ポリクローナル抗血清は、いくつかの異なるエピトープを認識しうる。
【0039】
例えばホルムアルデヒドでの固定の所望されないネガティブな副作用を逆転させることは、抗原賦活化又はエピトープ賦活化のような表題の文献において知られている。
【0040】
抗原賦活化のための少なくとも3つの異なる経路が、単独でもしくは組合せて幅広く使用されている:部分的酵素消化、加熱及び/又はホルムアルデヒド効果を逆転させると推定される異なった化学薬品。
【0041】
部分的なタンパク質分解的消化のために、例えばブタトリプシン(いくつかのキモトリプシンを含む)の安価な等級のものが使用される。タンパク質分解酵素を使用する論理的根拠は、いくつかのペプチド結合の破壊が、架橋タンパク質のマトリックスに孔を生じせしめ、例えば抗体分子の侵入を可能にするということである。しかしながら、タンパク質分解酵素は、関心ある抗原を含む全てのタンパク質を一定に攻撃する。十分長い時間消化させることは綱渡りであり、容易に理解されうるように、消化の条件は、組織から組織、及び/又は抗原から抗原で変わるであろう。
【0042】
固定された組織に結合したホルムアルデヒドのほとんどは、熱誘導性抗原賦活化により除去することができる。しかしながら、熱はまた標的分析物の不可逆的な破壊を引き起こす可能性がある。熱は、例えば熱不安定性エピトープ又は熱不安定性酵素を破壊することが知られている。
【0043】
熱誘導性抗原賦活化は、多くの場合、特定の「賦活化」又は「抽出」バッファーの使用と組合せられる。しかしながら、これらの手順の成功は決して予測し得ず、このような手順の予測不可能な結果は、例えば免疫組織化学の分野における大いなる謎の一つである。
【0044】
多くの異なるバッファー及びpH値(例えば、シトレート;グリシン/HCl−主として約2.5〜約6の範囲の酸性pH用、及び約9〜10のpH範囲のトリスをベースにしたアルカリ性バッファー)が、単独で、又はホルムアルデヒドにより導入されるメチレン架橋のネガティブな影響を少なくとも部分的に逆転させると考えられている化学薬品と組合されて使用される。水に単独で溶解され、又はバッファーに溶解されて使用される化学薬品は、例えばEDTA、シトラコン酸、チオシアン酸鉛、塩化アルミニウム、又は硫酸亜鉛である。
【0045】
高温での抗原賦活化のための溶液で使用される非常に多様な成分は、一を越える機序がおそらく関与していることを示している。ほとんどの抗原は中性pH近傍で賦活化されうるが、あるものではよりアルカリ性の媒体が、他のものでは酸性条件が必要とされる。ある場合には、組織に結合したカルシウムイオンへの結合は、エピトープをマスクする可能性があり、キレート化による金属イオンの除去が必要となる。賦活化溶液の他の成分は、タンパク質に対する凝固様作用によってエピトープを露出させうる重金属イオン、及び水分子のクラスター構造を変化させることによってタンパク質の形状を改変可能なカオトロピック物質を含む。
【0046】
例えば、ホルムアルデヒドで固定され、パラフィン包埋された(FFPE)組織からの核酸の分析には、関心あるエピトープを免疫学的に検出するのに必要とされるものとはしばしばかなり異なる抗原(分析物)賦活化の様々な方法が当該技術分野で推奨され、使用されている。それにもかかわらず、ホルムアルデヒド固定化は核酸にネガティブな影響を及ぼす可能性があることがまた認められている。例えば、FFRE組織中のメッセンジャーRNA(m-RNA)は少なくとも部分的に破壊され、100ヌクレオチド長を超えるm-RNAの検出をかなりの難作業にしていることが知られている。
【0047】
ここで、本出願に示されているビス-マレイン酸無水物架橋剤の特性及び利点に戻ると、第1級アミンと無水マレイン酸との反応は、次の反応スキームにより表すことができる:

【0048】
一方では、形成されたアミド結合は、このような試薬に基づき、固定された試料の(長期間にわたる)保存中はかなり安定しており、他方では、アミド結合は容易に破壊され、第1級アミンが温和な条件下で容易に回復されうることが重要である。
【0049】
第1級アミン基と無水マレイン酸基との間のアミド結合形成は、中性及びアルカリ性のpHで素早く生じる。好ましくは、式Iのビス-マレイン酸無水物と細胞又は組織試料とのインキュベーションが7.0以上のpHで実施される。また好ましくは、pHはpH12以下である。さらに好ましくは、固定に使用されるpHは、境界値を含み、pH7.0〜pH11.0の範囲である。また好ましくは、インキュベーションは、境界値を含み、7.5〜10.0のpHで実施される。自明な理由から、第1級アミンを含有するバッファー物質は回避すべきである。
【0050】
好ましくは、固定液は、固定化中のpHを安定にするために緩衝されるばかりでなく、緩衝剤が生理学的な塩濃度も有する。ビス-マレイン酸無水物架橋剤は、水混和性有機溶媒をまた含有するバッファーに供されるのがさらに有利で好ましい。この点で好ましい有機溶媒は、エタノール、N,N'-ジメチルホルムアミド(DMF)及びジメチルスルホキシド(DMSO)である。
【0051】
第1級アミンと無水マレイン酸の反応により形成されるアミド結合は、アルカリ性pHで安定である。保存される場合は、式Iのビス-マレイン酸無水物で固定された試料は、固定化又はインキュベート工程に対して上で与えたものと同じ好ましい範囲を有する、中性又はアルカリ性のpHで保持されることが好ましい。
【0052】
1μm以下の小さい組織試料又は懸濁液に細胞を含有する試料は、短時間で、例えば10〜60分以内に固定することができる。しかしながら、臨床ルーチンにおいては、組織試料は、しばしば1μmよりさらに大きい。よって、ルーチン目的では、細胞又は組織試料は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤と共に1〜72時間インキュベートすることが好ましい。当業者が言うように、細胞又は組織試料は1〜72時間固定される。また本発明の方法では、式Iのビス-マレイン酸無水物を含有する固定液中での細胞又は組織試料のインキュベーションは2〜48時間、実施されるのが好ましい。
【0053】
ビス-マレイン酸無水物架橋剤は、例えば高濃度で有機溶媒に溶解可能であり、適切な作業又は最終濃度が生じるように希釈することができる。インキュベート/固定化工程に使用されるビス-マレイン酸無水物架橋剤の最終濃度は、ある程度変えることができる。好ましくは、最終濃度は0.1〜20%である。さらに好ましくは、最終濃度は0.25〜10%(体積当たりの重量での%)である。
【0054】
本出願に開示された固定化方法において第1級アミン基と無水マレイン酸基との間に形成されるアミド結合は、酸性の緩衝条件下で、急速に破壊され得る。酸性pHバッファー中でのインキュベーション時に、アミド結合が破壊され、ビス-マレインアミド架橋が除去され、ビス-マレイン酸無水物が洗い流されうる。同時に、前には架橋剤とのアミド結合の一部であった第1級アミンが回復し、再び存在するようになる。好ましくは、ビス-マレインアミド架橋は、固定化された試料、すなわち酸性pH下での式Iのビス-マレイン酸無水物の使用により固定された試料をインキュベートすることにより除去される。好ましくは、ビス-マレインアミド架橋は、2.0〜6.5のpHを有するバッファー中でのインキュベーションにより除去される。また好ましくは、ビス-マレインアミド架橋を除去するために使用されるバッファーは、それぞれの境界値を含み、2.5〜6.5、又は3.0〜6.0のpHを有する。除去は急速に生じ、より酸性のバッファーではさらに急速になる。ビス-マレインアミド架橋を除去するために、好ましくは、固定された試料は2分〜2時間、また好ましくは5分〜1時間、インキュベートされる。
【0055】
本出願に開示される方法においてビス-マレイン酸無水物架橋剤を使用するためには、残基R1及びR2は、水素、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル又はブチルから選択されなければならない。
【0056】
さらに好ましくは、式Iの残基R1及び又はR2は、水素、メチル又はエチルから選択される。また好ましくは、本発明の方法に使用するためのビス-マレイン酸無水物は、R1が水素又はメチルであり、R2が水素又はメチルである式Iのビス-マレイン酸無水物である。
【0057】
R1及びR2が同一である場合、細胞又は組織試料の固定中に形成されるアミド結合は、同じ条件下で逆転させることができる。このことは、可能な限り多くの架橋剤が除去され、同時に可能な限り多くの第1級アミンが回復されるときはいつでも有利である。好ましい実施態様では、本発明の方法に使用するためのビス-マレイン酸無水物は、R1及びR2が同一である式Iのビス-マレイン酸無水物である。
【0058】
当業者は理解するように、ビス-マレイン酸無水物を細胞又は組織試料の固定に使用することができることが今見出されたのであるから、リンカーにより結合される少なくとも2のマレイン酸無水物を含む多くの化合物を設計し、使用することができる。
【0059】
本発明に係る方法に使用されるビス-マレイン酸無水物中のリンカーXは、1〜30の原子の長さを有する。長さなる用語は、与えられた原子の数からなると理解されなければならない。30原子長のリンカーは、30の原子からなる骨格を有する。
【0060】
明らかに、リンカーXは、特定の適用が必要とするように多くの形で設計することができ、過度の限定または制限は適切ではない。しかしながら、このようなリンカーのいくつかの好ましい例を付与する。
【0061】
好ましい一実施態様では、本発明に係る方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、炭素原子と、場合によってはO、N及びSから選択される一又は複数のヘテロ原子からなる骨格を有するリンカーを含むであろう。また好ましくは、リンカーXの骨格に含まれるヘテロ原子はO又はNのいずれか又は双方である。
【0062】
リンカーXは側鎖を担持しうる。好ましい実施態様では、本発明に係る方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、一又は複数のさらなる無水マレイン酸基をそれぞれ担持するように設計された一又は複数の側鎖を有するリンカーXを含むであろう。好ましくは、本発明に係る方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、3〜5の無水マレイン酸基を有する式Iの化合物になるように、一又は複数の側鎖に結合する1〜3のマレイン酸基を有するリンカーXを含むであろう。
【0063】
好ましくは、本発明に係る方法に使用するされる式Iの化合物のリンカーXは、10kD以下の分子量を有するであろう。また好ましくは、リンカーXは5kD以下、3kD以下、2kD以下、又は1kD以下の分子量を有するであろう。好ましい一実施態様では、本出願の方法に使用するためのビス-マレイン酸無水物架橋剤は、1kD以下の分子量を有するであろう。
【0064】
3、4、5又はそれ以上の無水マレイン酸基を有する無水マレイン酸架橋剤を設計及び使用することが可能であるが、リンカーXにより結合される厳密に2つの無水マレイン酸基を有するビス-マレイン酸無水物架橋剤を使用することが好ましい。
【0065】
いくつかの適用では、リンカーXの側鎖は有用であるが、他の適用では、側鎖のない骨格を有するリンカーXが好ましい。側鎖のないリンカーは、骨格の原子と、骨格の原子に直接結合する原子のみを有するリンカーである。
【0066】
好ましい一実施態様では、本発明に係る方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、1〜20の原子長のリンカーXを有するであろう。
【0067】
好ましい一実施態様では、本発明に係る方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物のリンカーXは、炭素原子と、場合によってはO、N及びSから選択される一又は複数のヘテロ原子からなる骨格を有する1〜30原子の長さのリンカー;1〜20のメチレン(-CH2-)単位のリンカー;メチレン(-CH2-)、エチレン(-C2H4-)及び/又はプロピレン(-C3H6-)単位及び酸素からなる3〜30原子のリンカーで、酸素を有するエーテル結合の数が1〜8であるもの、メチレン基及びエステル又はアミド結合を介して結合した1〜4のカルボニル単位を有する5〜30原子の骨格のリンカー、又は6〜25のメチレン基、エステル又はアミド結合を介して結合した2のカルボニル単位、さらにエーテル結合により結合した1〜6の酸素原子を有する11〜30原子のリンカーからなるリンカーの群から選択される。
【0068】
好ましい一実施態様では、本発明の方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物のリンカーXは、炭素原子と、場合によってはO、N及びSから選択される一又は複数のヘテロ原子からなる骨格を有する1〜30の原子長のリンカー;1〜6のメチレン(-CH2-)単位のリンカー;メチレン(-CH2-)、エチレン(-C2H4-)及び/又はプロピレン(-C3H6-)単位及び酸素からなる3〜30原子のリンカーで、酸素を有するエーテル結合の数が1〜8であるもの、メチレン基及びエステル又はアミド結合を介して結合した1〜4のカルボニル単位を有する5〜30原子の骨格のリンカー、又は6〜25のメチレン基、エステル又はアミド結合を介して結合した2のカルボニル単位、さらにエーテル結合により結合した1〜6の酸素原子を有する11〜30原子のリンカーからなるリンカーの群から選択される。
【0069】
好ましい一実施態様では、本発明の方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、1〜20のメチレン(-CH2-)単位のリンカーXを有するであろう。好ましくは、このタイプのリンカーは、1〜8のメチレン単位を、さらに好ましくは2〜6のメチレン単位を有するであろう。
【0070】
好ましい実施態様では、本発明は、式Iのビス-マレイン酸無水物に関し、ここでリンカーXは5つのメチレン単位からなる。
【0071】
好ましい一実施態様では、本発明に係る方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、メチレン(-CH2-)、エチレン(-C2H4-)及び/又はプロピレン(-C3H6-)単位及び酸素からなる3〜30原子のリンカーXで、酸素を有するエーテル結合の数が1〜6であるものを有するであろう。
【0072】
このようなリンカーの例を、以下の式IIに与える:

【0073】
好ましくは、このようなリンカーは、4〜8のメチレン、エチレン(-C2H4-)及び/又はプロピレン(-C3H6-)単位、及び1〜8のエーテル結合を含むであろう。また好ましくは、リンカーは4〜6のメチレン単位、及び1又は2のエーテル結合を有するであろう。
【0074】
好ましい一実施態様では、本発明の方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、メチレン基及びエステル又はアミド結合を介して結合した1〜4のカルボニル単位を有する5〜30原子の骨格のリンカーを含むであろう。さらに好ましくは、リンカーXは、リンカーXの骨格に、エステル又はアミド結合を介して結合した2〜4のカルボニル単位、及び4〜16のメチレン基を有する8〜20の原子長さを有するであろう。また好ましくは、リンカーXは、リンカーの骨格に、エステル又はアミド結合を介して結合した2〜4のカルボニル単位、及び4〜12のメチレン基を有するであろう。他の好ましい実施態様では、リンカーXは、リンカーの骨格に、エステル又はアミド結合を介して結合した2のカルボニル単位、及び4〜8のメチレン基を有するであろう。このようなビス-マレイン酸無水物の例を、以下の式III及びIVに与える。


【0075】
好ましい一実施態様では、本発明の方法に使用される式Iのビス-マレイン酸無水物は、リンカーXの骨格に、6〜25のメチレン基、エステル又はアミド結合を介して結合した2のカルボニル単位、さらにエーテル結合により結合した1〜6の酸素原子を有する11〜30原子のリンカーXを含むであろう。好ましい例を、以下の式VからVIIに示す。



【0076】
細胞又は組織試料は、インビトロの細胞又は組織培養から得られた細胞を含み得、又は臨床ルーチンで入手できる試料を表しうる。好ましい実施態様では、細胞又は組織試料は、臨床ルーチンで研究される関心ある細胞を含むであろう。腫瘍学の分野では、このような細胞又は組織試料は、例えば循環腫瘍細胞を含み得、又は腫瘍細胞を含むことが疑われるか又は知られている組織でありうる。好ましい試料は、手術又はバイオプシーにより得られた標本等の全血及び組織試料である。
【0077】
当業者が理解するように、本発明の何れの方法もインビトロで実施される。患者試料は保存されるか、又は分析後に破棄される。試料は患者の体内に戻されない。
【0078】
例えば血液に含まれる細胞は、通常、血液の血漿から少なくとも部分的に単離され、懸濁液中に又は寒天に包埋されて固定されうる。例えば切除又はバイオプシーにより得られる組織の試料は、通常は生理学的バッファーで簡単に洗浄され、又は適切な固定液を含む溶液に直接移される。
【0079】
さらに上述したように、ホルムアルデヒド固定化は2工程プロセスであり、よってコントロールが容易でない。本発明の方法において使用されるビス-マレイン酸無水物は、アミド結合の形成という、ただ一つのタイプの反応を必要とするという大きな利点を有する。少なくとも2のアミド結合が、少なくとも2の第1級アミンと無水マレイン酸基の間に形成されると、リンカーXを介して互いに結合し、よって架橋が生じる。第2のタイプの化学反応におけるメチレン架橋の形成は必要とされない。
【0080】
細胞又は組織試料の固定化は−おそらくは最も重要な工程であるにかかわらず−ほとんどの場合、臨床ルーチンでのいくつかの潜在的に重要な段階の一つに過ぎない。
【0081】
通常、細胞又は組織試料は顕微鏡的に検査される。そのためには、試料は、染色及び顕微鏡検査に適した厚みを有するように調製されなければならない。組織試料の場合、通常、凍結試料又はいわゆるパラフィンブロック(以下参照)が、ミクロトームを用いて、いわゆる薄片に切断される。薄片は、通常2〜10μm厚である。試料が組織試料である場合、このような試料の検査に使用される分析方法は、組織の薄片で実施されることが好ましい。
【0082】
臨床病理学において、細胞又は組織試料の長期間にわたる保存が可能なような対策を採ることが常套的である。例えば、組織保存は低温保存(例えば、約−70℃)により達せられうるが、常套的な保存条件は、4−8℃での保存、又は周囲温度での保存である。
【0083】
細胞又は組織試料の固定化後、ここで上に開示した方法では、ビス-マレイン酸無水物架橋剤を除去するため、またさらなる分析のために、このような試料の直接の使用が可能であり、好ましい実施態様を表す。試料は、FFPE材料用のさらに詳しく以下に与える方法のいずれかを使用して分析することができる。
【0084】
細胞又は組織試料の固定化後、ここで上に開示した方法では、固定された試料をパラフィンに包埋することがいくつかの選択肢の唯一のものであるが、それは臨床ルーチンにおいて最も広く使用されている手順である。パラフィン包埋は、固定化と分析の間の中間工程を表す。
【0085】
例えば、周囲温度で長期間にわたって保存するために、細胞又は組織試料を脱水し、適切な媒体に包埋することが、標準的技法である。当業者は、手順的な詳細をよく知っているので、これらをここに記載する必要はない。また、包埋、脱パラフィン化及び/又は染色等、自動的な組織プロセシング用の機器を用いて、本出願に開示された方法を実施することが好ましい。
【0086】
臨床ルーチンでは、パラフィンが、例えば、最近の組織病理学、免疫組織化学等のための試料を包埋し保存するために最も広く使用されている。本発明に係る方法は、パラフィンに包埋する常套的な方法と適合性がある。よって、好ましい実施態様では、本発明は、細胞又は組織試料を保存する方法に関し、該方法は、
a)ビス-マレイン酸無水物架橋剤を用いて組織試料を固定し、
b)工程(a)の上記固定化試料をパラフィンに包埋する
工程を含む。
この方法によって、薄切片に容易に切断されうるパラフィンブロックが得られる。
【0087】
ひとたび包埋されれば、細胞又は組織試料は、分析が満了するまで、保存することができる。分析は数時間又は数日のうちに実施することができ、又は数年後になる場合もある。例えばパラフィンに包埋された組織の切片について、後に分析を実施する前に、パラフィンを除去し、関心ある試料を再水和させる必要がある。パラフィンを除去するための様々な方法が利用可能であり、当業者にとって適切な方法でパラフィンを除去することは難しくない。
【0088】
上述したように、様々なタイプの分析が、細胞又は組織試料で実施可能である。通常、形態、酵素活性、免疫反応性及び/又は核酸が評価される。理解されるように、これらのタイプの評価のそれぞれは、かなりの度合いで、研究される試料の構造的及び機能的保存性の度合いに依存する。
【0089】
通常、ホルムアルデヒドが固定液として使用されるならば、酵素活性へのホルムアルデヒドのネガティブな影響がしばしば観察されるため、酵素特性についての研究は問題ではない。本発明に開示の方法は穏やかな固定化であるため、酵素活性が小さいか、又は場合によっては影響を受けないと思われる。好ましい実施態様では、本発明は細胞又は組織試料における酵素活性を分析する方法に関し、該方法はビス-マレイン酸無水物架橋剤で試料を固定し、ビス-マレインアミド架橋を除去し、酵素活性を分析する工程を含む。
【0090】
本出願のビス-マレイン酸無水物架橋剤を用いた固定化方法は、免疫組織化学の常套的手順において非常に有利に使用することができる。よって、好ましい実施態様では、本発明は、細胞又は組織試料について免疫組織化学検査を実施するための方法に関し、該方法は、
a)ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、
b)工程(a)の固定化試料をパラフィンに包埋し、
c)該試料を脱パラフィン化し、
d)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
e)関心あるエピトープを免疫学的に検出する
工程を含む。
【0091】
一実施態様では、本発明は、本発明で開示される細胞又は組織試料を固定することを含む方法に関し、該方法は、
a)固定化試料をパラフィンに包埋し、
b)該試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
e)関心あるエピトープを免疫学的に検出する
工程をさらに含む。
【0092】
細胞又は組織試料がビス-マレイン酸無水物架橋剤で固定され、ビス-マレインアミド架橋が分析前に遊離されると、試料に最初に存在していた第1級アミンが再び利用可能となる。これは、多くのエピトープに対してしばしば有害で可逆的な影響を及ぼすことで知られているホルムアルデヒド等の他の固定液に対して主要な利点となることが予想される。モノクローナル抗体により認識される単一のエピトープが影響されるか又は破壊されるならば、この欠点は特に重要でありうる。これらの潜在的に極めて価値のあるモノクローナル抗体の多くは、ホルマリン固定されたパラフィン包埋組織(FFPET)をベースにした標準的な免疫組織化学では作用しないため、ほとんど注目されず市場浸透もしていない。FFPETを用いて失敗した多くのモノクローナル抗体は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤で固定された試料では作用するであろう。よって、好ましい実施態様では、本発明は、関心あるエピトープが、該エピトープを含有する前記細胞又は組織試料がホルムアルデヒド固定液を用いて固定された場合に、マスクされ又は破壊されるエピトープであることをさらなる特徴として有する先の段落で本質的に記載された免疫組織化学的方法に関する。換言すれば、本方法は、FFPETを用いて作用しない抗体を使用して実施される。
【0093】
上述のように、本出願に開示された方法は、例えば酵素又は抗原特性を有するポリペプチドで良好に機能する。驚いたことに、ここに開示された方法は、関心ある核酸の検出に有利である。
【0094】
好ましい一実施態様では、核酸は、例えば真核細胞の核に存在するようなデオキシリボ核酸(DNA)である。好ましい一実施態様では、DNAは、インサイツハイブリダイゼーション法により分析される。インサイツハイブリダイゼーション(ISH)の方法は当業者によく知られている。遺伝子増幅は、例えば蛍光インサイツハイブリダイゼーション技術(FISH)、発色性インサイツハイブリダイゼーション技術(CISH)又は銀インサイツハイブリダイゼーション技術(SISH)等の、インサイツハイブリダイゼーション法で測定することができる。好ましい実施態様では、本発明は、細胞又は組織試料において、インサイツハイブリダイゼーションにより関心ある核酸をインビトロで検出する方法に関し、該方法は、
a)ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、
b)工程(a)の固定化試料をパラフィンに包埋し、
c)該試料を脱パラフィン化し、
d)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
e)関心ある核酸をインサイツハイブリダイゼーションにより検出する
工程を含む。
【0095】
一実施態様では、本発明は、本発明に開示された細胞又は組織試料を固定することを含む方法に関し、該方法は、
a)工程(a)の固定化試料をパラフィンに包埋し、
b)該試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)関心ある核酸をインサイツハイブリダイゼーションにより検出する
工程をさらに含む。
【0096】
驚いたことに、本発明で開示された固定化方法は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤を使用して調製された細胞又は組織試料におけるm-RNAの検出に有利である。関心あるm-RNAの発現レベルは、適切な技術、例えばノーザンブロット、リアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)等により測定することができる。これらの検出技術は全て当該技術分野でよく知られており、Lottspeich(Bioanalytik, Spektrum Akademischer Verlag, 1998)又はSambrook及びRussell (2001, Molecular Cloning: A Laboratory Manual, CSH Press, Cold Spring Harbor, NY, USA)等の標準的なテキストから推定されうる。好ましいm-RNAはリアルタイムポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)を使用して検出される。よって、好ましい実施態様では、本発明は、細胞又は組織試料においてRT-PCRにより関心ある核酸をインビトロで検出する方法に関し、該方法は、
a)上にここで記載した方法により、ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、
b)工程(a)の固定化試料をパラフィンに包埋し、
c)該試料を脱パラフィン化し、
d)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
e)RT-PCRを実施することにより関心ある核酸を検出する
工程を含む。
【0097】
一実施態様では、本発明は、本発明に開示された細胞又は組織試料を固定することを含む方法に関し、該方法は、
a)固定化試料をパラフィンに包埋し、
b)該試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)RT-PCRを実施することにより関心ある核酸を検出する
工程をさらに含む。
【0098】
さらに好ましい実施態様では、核酸は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤を使用して固定化された細胞又は組織試料から単離され、単離された核酸はさらに分析される。さらに好ましくは、このような単離された核酸は変異解析に使用される。よって、好ましい実施態様では、本発明は、細胞又は組織試料から単離された核酸試料についてインビトロで変異解析を実施する方法に関し、該方法は、
a)ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、
b)工程(a)の固定化試料をパラフィンに包埋し、
c)該試料を脱パラフィン化し、
d)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
e)核酸を単離し、
f)工程(e)で単離された核酸を使用して変異解析を実施する
工程を含む。
【0099】
一実施態様では、本発明は、本発明に開示された細胞又は組織試料を固定することを含む方法に関し、該方法は、
a)固定化試料をパラフィンに包埋し、
b)該試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)核酸を単離し、
e)工程(d)で単離された核酸を使用して変異解析を実施する
工程をさらに含む。
【0100】
特定の変異の有無の決定は様々な方法で実施することができる。限定されるものではないが、このような方法には、PCR、アレル特異的プローブを用いるハイブリダイゼーション、酵素変異検出、ミスマッチの化学的切断、質量分析、又はミニ配列分析を含むDNA配列分析が含まれる。特定の実施態様では、アレル特異的プローブを用いるハイブリダイゼーションは、2つのフォーマット:(1)多くのDNAチップアプリケーションにおけるように、固相(ガラス、シリコン、ナイロン膜)に結合したアレル特異的オリゴヌクレオチド、及び溶液中で標識された試料、又は(2)結合した試料(多くの場合はクローンDNA、又はPCR増幅DNA)及び溶液中で標識されたオリゴヌクレオチド(ハイブリダイゼーションによる配列分析を可能にする程のアレル特異性又は短さ)で実施することができる。好ましくは、変異の有無の決定は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)、DNA配列分析、オリゴヌクレオチドハイブリダイゼーション、又は質量分析等の方法により、変異部位を含む適切なオリゴヌクレオチド配列の決定に関与している。
【0101】
本発明で提供される開示によるここでの方法を用いることで、同じ試料における関心あるポリペプチド及び関心ある核酸の検出が可能にさえなる。さらに好ましい実施態様では、本発明は、細胞又は組織試料を含む試験試料における少なくとも一の関心あるポリペプチドを免疫組織化学により、及び少なくとも一の関心ある核酸をインビトロで検出する方法に関し、該方法は、
a)ビス-マレイン酸無水物架橋剤で細胞又は組織試料を固定し、
b)工程(a)の固定化試料をパラフィンに包埋し、
c)該試料を脱パラフィン化し、
d)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
e)少なくとも一の関心あるポリペプチドを免疫学的に検出し、少なくとも一の関心ある核酸を、RT-PCR又は蛍光インサイツハイブリダイゼーションを実施することにより検出する
工程を含む。
【0102】
一実施態様では、本発明は、本発明に開示された細胞又は組織試料を固定することを含む方法に関し、該方法は、
a)固定化試料をパラフィンに包埋し、
b)該試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)少なくとも一の関心あるポリペプチドを免疫学的に検出し、少なくとも一の関心ある核酸を、RT-PCR又は蛍光インサイツハイブリダイゼーションを実施することにより検出する
工程をさらに含む。
【0103】
上で検討したように、また与えた実施例においてさらに例証されるように、ビス-マレイン酸無水物架橋剤を使用することは、一般的に最新の病理研究所のルーチンで使用されている他の固定液及び手順よりも多くの点で多大な利点がある。よって非常に好ましい実施態様では、本発明は、細胞又は組織試料の固定のためのビス-マレイン酸無水物架橋剤の使用に関する。
【0104】
さらに好ましい実施態様では、ビス-マレイン酸無水物架橋剤は、使用準備の整った固定液の調製に使用される。よって、好ましくは、本発明は、細胞又は組織試料を固定する固定液の製造におけるビス-マレイン酸無水物の使用に関する。
【0105】
好ましくは、細胞又は組織試料の固定、又は細胞又は組織試料を固定する固定液の製造に使用されるビス-マレイン酸無水物架橋剤は、式Iに定められるビス-マレイン酸架橋剤である。好ましくは、式IのリンカーXは、本発明で開示された固定化方法を実施する場合に好ましいものとして開示されたリンカー群から選択されるであろう。さらに好ましい実施態様では、架橋剤は、式II、III、IV、V、VI、VII、VIII及びIXに記載の化合物から選択されるであろう。
【0106】
ビス-マレイン酸無水物架橋剤を使用する多大な利点のため、特に可逆性を達成することが容易であることが分かったので、このような試薬を、他の固定液、例えば、永続的な固定化を引き起こす固定液と組合せることができることは容易に想像できる。このように、組織の長期間にわたる保存をさらに改善することが可能で、さらには関心ある核酸又は抗原の少なくとも関連部分を、容易に回復可能でもある。
【0107】
他の好ましい実施態様では、本出願は、細胞又は組織試料を固定化する方法に関し、ここではビス-マレイン酸無水物架橋剤とホルムアルデヒド及び/又はグルタルジアルデヒドから選択される第2の架橋剤を含有する混合物が使用される。好ましくは、このような混合物は以下に記載されるようなものである。さらなる他の好ましい実施態様では、本出願は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤と、ホルムアルデヒド及び/又はグルタルジアルデヒドから選択される固定液を有する固定液に関する。このような固定液の他の成分は、上述したビス-マレイン酸無水物固定液に与えられた好ましい実施態様から選択されるであろう。好ましくは、ホルムアルデヒド又はグルタルジアルデヒド、もしくはその合計に対する、ビス-マレイン酸無水物架橋剤の容量ベース比は、1:10〜10:1(重量/重量)で使用されるであろう。このような混合物における固定液の合計の最終濃度は、ビス-マレイン酸無水物架橋剤のみを含有する固定液ついて、上に概説したようなものである。好ましくは、ビス-マレイン酸無水物架橋剤と、ホルムアルデヒド又はグルタルジアルデヒドもしくはその双方を含有するこのような固定液は、pH8.0〜11.0の範囲内のpHを有するであろう。
【0108】
次の実施例、配列表及び図は、本発明の理解を補助するために提供されるものであり、本発明の真の範囲は添付する特許請求の範囲に記載される。本発明の精神を逸脱することなく、記載された手順において変更をなすことができることが理解される。
【図面の簡単な説明】
【0109】
【図1】図1は、IGF-1Rに特異的に結合するモノクローナル抗体5G11で染色されたH322M異種移植腫瘍を有しているSCIDベージュマウスから得られた、染色された4μmの薄切片を示す。組織固定化は、4%のホルムアルデヒド(「ホルマリン」)、4%又は8%のビス-シトラコン酸をそれぞれ使用した異なった固定液を用いて実施した。ホルムアルデヒドで固定された組織についての熱誘導性抗原賦活化、及び酸性バッファーの使用によるビス-シトラコン酸で固定された組織からのビス-シトラコン酸の除去の後のそれぞれの、IGF-1Rの免疫組織化学的局在化は、固定液ホルマリン(図1;A)又は4%(図1:B)及び8%(図1:C)で使用したビス-シトラコン酸間での同程度の染色強度または質を証明している。
【図2】図2は、EGFRに特異的に結合するモノクローナル抗体3C6で染色されたH322M異種移植腫瘍を有しているSCIDベージュマウスから得られた、染色された4μmの薄切片を示す。組織固定化は、4%のホルムアルデヒド(「ホルマリン」)、4%又は8%のビス-シトラコン酸をそれぞれ使用した異なった固定液を用いて実施した。ホルムアルデヒドで固定された組織についてのプロテアーゼ補助抗原賦活化、及び酸性バッファーの使用によるビス-シトラコン酸で固定された組織からのビス-シトラコン酸の除去の後のそれぞれの、EGFRの免疫組織化学局在化は、固定液ホルマリン(図2;A)又は4%(図2:B)及び8%(図2:C)で使用したビス-シトラコン酸間での同程度の染色強度または質を証明している。
【図3】図3は、異なった前処理/固定化プロトコルを施されたMDA468細胞から単離されたmRNAを使用するEGFR-遺伝子のPCR増幅を示す。MDA-MB468細胞(双方とも固定化されていない、新鮮なもしくはRPMIにおいて4時間保存されたもの、10%のDMSO、80%のDMSO、1%のビス-シトラコン酸と10%のDMSO、1%のビス-シトラコン酸と80%のDMSO、負のコントロールとして水「Wasser」で処理/固定化された新鮮なMDA-MB468細胞)からの、EGFR-mRNA増幅を示す。増幅曲線及び挿入された表から明らかなように、全ての試料からのmRNAは、むしろ同様の形で増幅している。
【図4】図4は、種々の前処理/固定化プロトコルにかけられた、MDA468細胞から単離されたmRNAを使用するHER2-遺伝子のPCR-増幅を示す。MDA-MB468細胞(双方とも固定化されていない、新鮮なもしくはRPMにおいて4時間保存されたもの、10%のDMSO、80%のDMSO、1%のビス-シトラコン酸と10%のDMSO、1%のビス-シトラコン酸と80%のDMSO、負のコントロールとして水「Wasser」で処理/固定化された新鮮なMDA-MB468細胞)からの、HER2-mRNA増幅を示す。増幅曲線及び挿入された表から明らかなように、全ての試料からのmRNAは、むしろ同様の形で増幅している。
【実施例】
【0110】
実施例1:
式VIIIの「ビス-シトラコン酸」の合成

メチル-3-トリルカルバモイル-アクリル酸の合成
25mlのエチルエーテル中の3.2mlの3-メチル-フラン-2,5-ジオン(シトラコン酸無水物)の溶液に、25mlのエチルエーテル中の3.74gのp-トリルアミンの溶液を、15分かけて滴下して加えた。黄色懸濁液を1時間攪拌し、濾過した。残留物をエチルエーテルで洗浄し、真空下で乾燥させた。
収率:7.22g、94%
【0111】
3-メチル-1-p-トリル-ピロール-2,5-ジオンの合成
7.22gのメチル-3-トリルカルバモイル-アクリル酸を60mlの無水酢酸中に懸濁させた。懸濁液を還流下で3時間加熱した。室温まで冷却した後、溶媒を真空下で除去した。残留物をエタノールから再結晶化させた。
収率:4.32g、65%
【0112】
3-(5-(4-メチル-2,5-ジオン-1-p-トリル-2,5-ジヒドロ-1H-ピロール-3-イル)-ペンチル-)-4-メチル-1-p-トリル-ピロール-2,5-ジオンの合成
12gの3-メチル-1-p-トリル-ピロール-2,5-ジオンと、15.6gのトリフェニル-ホスファンを155mlの酢酸に溶解させ、2.15mlのペンタンジアールを添加する。反応混合物を20時間還流させた。蒸留により酢酸を除去し、残留物を150−160℃で6時間加熱した。
粗生成物を、シリカゲル、石油エーテル:酢酸エチルエステル7:3でのカラムクロマトグラフィーにより精製した。メタノール中での温浸により生成物をさらに精製し、濾過し、乾燥させた。
収率:2g、35%
【0113】
3-(5-(4-メチル-2,5-ジオキソ-2,5-ジヒドロ-フラン-3-イル)-ペンチル)-4-メチル-フラン-2,5-ジオン(「ビス-シトラコン酸」)の合成
1.07gの3-(5-(4-メチル-2,5-ジオン-1-p-トリル-2,5-ジヒドロ-1H-ピロール-3-イル)-ペンチル-)-4-メチル-1-p-トリル-ピロール-2,5-ジオンを、テトラヒドロフランとメタノールとの1:1混合物30mlに溶解させた。水に溶解した3.48gの水酸化カリウムの添加後、混合物を還流下で3時間加熱した。蒸留により溶媒を除去し、残留物をシリカゲル、石油エーテル:酢酸エチルエステル7:3でのカラムクロマトグラフィーにより精製した。生成物を真空下で乾燥させた。
収率:402mg、60%
【0114】
実施例2:
3-(5-(4-メチル-2,5-ジオキソ-2,5-ジヒドロ-フラン-3-イル)-3-オキサ-ペンチル)-4-メチル-フラン-2,5-ジオン(式IX)の合成:
式IX

架橋剤3-(5-(4-メチル-2,5-ジオキソ-2,5-ジヒドロ-フラン-3-イル)-3-オキサ-ペンチル)-4-メチル-フラン-2,5-ジオン(式IX)を、1,5-ペンタンジアルの代わりに3-オキサ-1,5-ペンタンジアルを使用し、実施例1に記載の手順に類似した方法で合成した。出発物質3-オキサ-1,5-ペンタンジアルは、Bowers, Sら, Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters 19 (2009) 6952-6956に記載されている。
【0115】
実施例3:
IGF-1Rに対する抗体での染色
H322M異種移植腫瘍を有しているSCIDベージュマウスを屠殺した。腫瘍を除去し、ほぼ同じ大きさの3片に切断した。ついで、組織試料をそれぞれの固定化溶液に移した。ビス-シトラコン酸での固定化では、室温で繰り返しピペッティングすることにより、最終濃度が80%になるまで、この物質をDMSOに溶解させた。完全な溶解後、この溶液を直接使用するか、又はDMSOで1:1に希釈し、1×PBS(pH7.4)でさらに希釈し、それぞれ10%のDMSO及び8%又は4%のビス-シトラコン酸の最終濃度のPBSにした。固定化効果に対する異なった濃度のビス-シトラコン酸の影響を試験するために、4%又は8%のビス-シトラでコン酸(w/v)を含む溶液を調製した。ホルムアルデヒド固定液の調製では、ホルマリン(HO中に40%(w/v)のパラホルムアルデヒド)を1×PBS(pH7.4)で1:10に希釈した。
【0116】
全ての腫瘍試料を、室温で12時間、一晩かけて固定化した。次の日、組織試料を、1時間、HOで洗浄した。その後、固定された腫瘍組織をパラフィンに包埋した。
【0117】
種々の固定液(4%のホルマリン、4%又は8%のビス-シトラコン酸)で固定され、パラフィン包埋された組織試料の切片を、一般的な回転式ミクロトームを使用して4μmで切断した。IGF-1Rの免疫組織化学局在化のために、切断された組織切片をガラススライドに搭載した。組織試料の脱パラフィン化を、Ventana Benchmark XT 自動IHC着色機(Ventana, Tucson)で実施した。免疫組織化学によるFFPE組織での<IGF-1R>5G11モノクローナル抗体(Ventana, Tucson)を用いたIGF-1Rの局在診断用に、熱誘導性抗原賦活化は、ホルマリン固定された試料を染色する前に実施されなくてはならない。IGF-1Rの免疫組織化学検出のための熱誘導性抗原賦活化を、バッファーCC1(Ventana, Tucson)において、95℃で1時間、Ventana Benchmark XT上で組織切片をインキュベートすることにより実施した。予めビス-シトラコン酸で固定化され、パラフィン後の薄片における抗原賦活化は、酸性pHを有するバッファーにおいて、組織切片を単純にインキュベートすることにより実施可能である。薄片をpH5.8のバッファーにおいて2時間、インキュベートした。抗原賦活化後、全てのスライドをVentana Benchmark上に配し、16分のインキュベート時間、一次抗体でIGF-1R用に染色した。結合した一次抗体を、Ventana iview DAB検出キットを使用して検出させた。染色された切片の検査により、ビス-シトラコン酸を用いた組織の固定化で、組織の形態が転換することが明らかとなった(図1B及びC)。さらに、ビス-シトラコン酸は、酸性バッファー溶液において、単にインキュベートすることにより回復可能であった。IGF-1Rの免疫組織化学局在化では、ホルマリン(図1;A)又はビス-シトラコン酸で固定化された組織(図1;B及びC)の間の染色強度又は形態学的な品質における、大きな差異は明らかではなかった。
【0118】
この実施例で得られた結果には、ビス-シトラコン酸を用いた固定化により、ホルマリン固定された組織は、熱誘導性抗原賦活化として知られた方法を用いた組織処理後のみに利用可能となるエピトープの保存並びに容易で穏やかな回復が可能になることが示されている。
【0119】
実施例4:
EGFRに対する抗体を用いた染色
実施例2に類似した手順により、ホルマリン又はビス-シトラコン酸で固定化された組織を、抗体3C6(<EGFR>mAB3C6;Ventana, Tucson)を使用し、EGFR用に染色するために調製した。この抗体は、このようなFFPE-試料におけるそのエピトープへの接近を回復するために、FFPE-誘導性組織切片のプロテアーゼ前処理に依存することが知られている。図2に示すように、ホルマリン固定と、プロテアーゼ補助性抗原賦活化又は酸性バッファーにおけるインキュベートによるビス-シトラコン酸固定化及び回復との間に、EGFRの免疫組織化学局在診断での差異は見出されなかった。
【0120】
この実施例で得られた結果には、ビス-シトラコン酸を用いた固定化により、ホルマリン固定された組織は、プロテアーゼを用いた組織処理後のみに利用可能となる、エピトープの保存並びに容易で穏やかな回復が可能になることが示されている。
【0121】
実施例2及び3に示されているように、集合的に、ビス-シトラコン酸固定と回復は、ホルマリン固定された組織が、今のところ、一又は複数の種々の回復方法(熱又はプロテアーゼ誘導性)で回復させなければならない、種々のエピトープを検出するための方法である。他のビス-マレイン酸無水物のプロトタイプとしてのビス-シトラコン酸は、種々の回復方法を必要とすることなく、種々の抗体で、厳しい回復方法を使用することなく作業される。熱誘導性又はプロテアーゼ補助性回復は、標準化及び再生が容易でないが、上述にて示したように、ビス-マレイン酸無水物架橋剤をベースにした固定液を除去するために、穏やかに簡単に使用することにより、抗原/エピトープの、より再生可能な利用可能性/反応性を得ることができるようになるであろう。
【0122】
実施例5:
遺伝子増幅解析のためのDNA単離及びqPCR
まず、MDA-MB468細胞を10分、異なった固定化試薬で固定し、ついで、クエン酸バッファー(pH4.4)で中和した。図3に与えられた種々の試料はMDA-MB468細胞(双方とも固定化されていない、新鮮なもしくはRPMにおいて4時間保存されたもの、10%のDMSO、80%のDMSO、1%のビス-シトラコン酸と10%のDMSO、1%のビス-シトラコン酸と80%のDMSOで処理/固定化された新鮮なMDA-MB468細胞)である。
【0123】
種々の固定化手順の後、1×10のMDA-MB468細胞を使用して、DNA単離を実施した。DNAを単離するために、製造者の使用説明書に従い、High Pure Template Preparationキット(Roche Diagnostics GmbH, カタログ番号11796828)を使用した。単離したDNAを−20℃で保存した。
【0124】
EGFR及びHER2の増幅状態を、MDA-MB468細胞において測定した。よって、加水分解プローブ(Taqmanプローブ)の使用をベースにした定量的PCRを、遺伝子特異的プライマー及びプローブを使用して実施した(表1を参照)。標的遺伝子用のプローブを、Famを用いて5'末端、BHQ-2を用いて3'末端を標識した。
【0125】

各遺伝子について、個々の検証されたPCRミックスを使用した(表2を参照)。
【0126】

【0127】
各混合物は、5μMの順方向及び逆方向プライマーと2μMのプローブからなる。適用されるZ05ポリメラーゼは、Roche Molecular Diagnostics (Branchburg, USA)から購入したCOBAS Taqman RNA反応ミックス(LUO M/N 58004938)に含め、酢酸マグネシウム[25mM](Fluka, カタログ番号:63049)を異なったオリゴ混合物に応じて異なった濃度で添加した。2μlのDNAテンプレートを使用し、ヌクレアーゼを含まない水で5μlまで満たした。各試料を3組測定した。LightCycler480(Roche Diagnostics GmbH)及び適切な96ウェルプレート及び密封ホイルを測定のために適用した。次の熱循環プロファイルをサイクラーで使用した(表3)。
【0128】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞又は組織試料をインビトロで固定化する方法において、前記細胞又は組織試料が、式I

[上式中、R1及びR2は、水素、メチル、エチル、プロピル、イソプロピル及びブチルからなる群から独立して選択され、Xは1〜30原子長のリンカーである]
のビス-マレイン酸無水物と共にインキュベートされ、それにより該細胞又は組織試料が固定化される方法。
【請求項2】
ビス-マレイン酸無水物において、R1が水素又はメチルであり、R2が水素又はメチルである請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ビス-マレイン酸無水物において、R1及びR2が同一である請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
ビス-マレイン酸無水物において、リンカーXが1〜20原子長のリンカーである請求項1、2又は3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
リンカーXの骨格が、炭素原子と場合によってはO、N及びSから選択される一又は複数のヘテロ原子からなる請求項1から4のいずれか一項に記載のビス-マレイン酸無水物。
【請求項6】
試料が、1〜72時間、ビス-マレイン酸無水物と共にインキュベートされる請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
パラフィンに固定化試料を包埋する工程をさらに含む請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
a)パラフィンに固定化試料を包埋し、
b)前記試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
e)関心あるエピトープを免疫学的に検出する
工程をさらに含む請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
関心あるエピトープが、該エピトープを含む前記細胞又は組織試料がホルムアルデヒド固定液で固定される場合にマスクされ又は破壊されるエピトープである請求項8に記載の方法。
【請求項10】
a)パラフィンに固定化試料を包埋し、
b)前記試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)関心ある核酸をインサイツハイブリダイゼーションにより検出する
工程をさらに含む請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
a)パラフィンに固定化試料を包埋し、
b)前記試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)関心ある核酸を、RT-PCRを実施することにより検出する、
工程をさらに含む請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
a)パラフィンに固定化試料を包埋し、
b)前記試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)少なくとも一の関心あるポリペプチドを免疫学的に検出し、RT-PCR又は蛍光インサイツハイブリダイゼーションを実施することにより少なくとも一の関心ある核酸を検出する
工程をさらに含む請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
a)パラフィンに固定化試料を包埋し、
b)前記試料を脱パラフィン化し、
c)ビス-マレインアミド架橋を除去し、
d)核酸を単離し、
e)工程(d)で単離された核酸を使用して変異解析を実施する
工程をさらに含む請求項1から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
細胞又は組織試料の固定化のためのビス-マレイン酸無水物架橋剤の使用。
【請求項15】
細胞又は組織試料を固定化する固定液の製造におけるビス-マレイン酸無水物架橋剤の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2013−502564(P2013−502564A)
【公表日】平成25年1月24日(2013.1.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−525087(P2012−525087)
【出願日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際出願番号】PCT/EP2010/005085
【国際公開番号】WO2011/020612
【国際公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【出願人】(306021192)エフ・ホフマン−ラ・ロシュ・アクチェンゲゼルシャフト (58)
【Fターム(参考)】