説明

細胞周期阻害活性を有する新規化合物

【課題】新規なキネシン阻害剤及び抗癌剤の候補化合物を提供する。
【解決手段】本発明は、式(I)により示される化合物又は製薬上許容されるその塩、該化合物を含有するキネシン阻害剤、該化合物を含有する医薬組成物、及び該化合物の製造方法に関する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞周期阻害活性を有する新規化合物、該化合物を含有する医薬組成物、該化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
悪性腫瘍(癌)などの異常な細胞増殖に関連する疾患の治療のためのアプローチとして、細胞周期を停止させる手法が提案されている。そのようなアプローチを介する抗癌剤のうち現在有効性が認められているものとして、細胞分裂において重要な役割を果たす微小管の機能を阻害する薬物が挙げられる。
【0003】
例えば、酒石酸ビノレルビン(ナベルビン(登録商標)注、協和発酵キリン)は、微小管重合を阻害し、悪性腫瘍に対する臨床効果が既に証明されている。しかし、微小管は癌細胞だけでなく正常細胞でも重要な役割を担っているため、微小管重合に作用する上記のような薬物は、手足のしびれを主症状とする神経障害などの副作用を有する。
【0004】
そこで、細胞周期を停止させるアプローチを介する新たな抗癌剤として、細胞分裂に関与するタンパク質であるキネシンEg5の阻害剤を用いることが提案されている。キネシンEg5阻害剤は微小管の機能を阻害しないので、上記の微小管重合阻害剤のような副作用は有しないと期待される。
【0005】
キネシンEg5阻害剤として、テルペンドールEが見出された(非特許文献1)。テルペンドールEは、癌細胞の細胞周期をM期で停止させる。しかし、テルペンドールEは、その細胞周期阻害活性が従来の細胞周期阻害剤よりも弱いという欠点を有する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Nakazawa et al.,Chemistry and Biology,10:131−137,2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記のように、新たな作用機序を有する抗癌剤として、キネシンEg5阻害剤が注目されている。現在特定されているEg5阻害剤であるテルペンドールEの細胞周期阻害活性は十分なものではないため、これを上回る阻害活性を有するキネシンEg5阻害剤が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、テルペンドールE産生微生物のテルペンドール生合成系に関与する遺伝子の発現を操作することにより、新規なテルペンドール類縁化合物を合成することに成功し、それら化合物の中から、テルペンドールEよりも優れた細胞周期阻害活性を有する新規化合物を見出した。
【0009】
したがって、本発明は具体的には以下の特徴を有する。
〔1〕式(I)により示される化合物又は製薬上許容されるその塩。
【0010】
【化1】


〔2〕上記〔1〕に定義される式(I)の化合物又は製薬上許容されるその塩を含有する、細胞周期阻害剤。
〔3〕上記〔1〕に定義される式(I)の化合物又は製薬上許容されるその塩、及び賦形剤を含有する医薬組成物。
〔4〕細胞増殖に起因する疾患を予防又は治療するための、上記〔3〕に記載の医薬組成物。
【0011】
〔5〕前記細胞増殖に起因する疾患が癌である、上記〔4〕に記載の医薬組成物。
〔6〕以下のステップ:
(a)チョーノピクニス属微生物において、テルペンドール生合成系中でパスパリンから13−デスオキシパスパリンへの変換に関与する遺伝子の発現を低減するステップ、及び
(b)得られた微生物を培養し、産生される化合物を回収するステップ
を含む、上記〔1〕に定義される式(I)の化合物の製造方法。
〔7〕チョーノピクニス属微生物が、チョーノピクニス・アルバ(Chaunopycnis alba)RK99−F33株(NITE P−760)である、上記〔6〕に記載の方法。
〔8〕パスパリンから13−デスオキシパスパリンへの変換に関与する遺伝子がpaxP又はterPである、上記〔6〕又は〔7〕に記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、新規な細胞周期阻害剤が提供され、これは抗癌剤としての用途を有する。したがって、本発明により、副作用の少ない効果的な新規抗癌剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1−1】P−27株により産生されたテルペンドール類化合物のNMR解析の結果である。
【図1−2】P−27株により産生されたテルペンドール類化合物のNMR解析の結果である。
【図1−3】P−27株により産生されたテルペンドール類化合物のNMR解析の結果である。
【図1−4】P−27株により産生されたテルペンドール類化合物のNMR解析の結果である。
【図2】K562細胞に対する細胞周期阻害活性の解析を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、式(I)により示される化合物、又は製薬上許容されるその塩に関する。
【0015】
【化2】

【0016】
本明細書で使用される「製薬上許容される塩」という用語は、適切な医学的判断の範囲内で、過度の毒性、刺激、アレルギー反応等なしにヒトおよび動物の組織に接触させて使用するのに適する塩を表す。製薬上許容される塩は、当技術分野、例えば、S.M Bergeらは、J.Pharmaceutical Sciences、1977、66:1〜19において、知られる塩を含む。塩は、本発明の化合物の最終単離及び精製中に、遊離塩基と適切な無機酸又は有機酸とを反応させることによって調製することができる。代表的な酸付加塩には、以下のものに限定されないが、例えば、酢酸塩、アジピン酸塩、アルギル酸塩、アスコルビン酸塩、アスパラギン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、安息香酸塩、重硫酸塩、ホウ酸塩、酪酸塩、ショウノウ酸塩、カンファースルホン酸塩、クエン酸塩、シクロペンタンプロピオン酸塩、ジグルコン酸塩、ドデシル硫酸塩、エタンスルホン酸塩、フマル酸塩、グルコヘプタン酸塩、グリセロリン酸塩、ヘミ硫酸塩、ヘプトン酸塩、ヘキサン酸塩、臭化水素酸塩、塩酸塩、ヨウ化水素酸塩、2−ヒドロキシ−エタンスルホン酸塩、ラクトビオン酸塩、乳酸塩、ラウリン酸塩、ラウリル硫酸塩、リンゴ酸塩、マレイン酸塩、マロン酸塩、メタンスルホン酸塩、2−ナフタレンスルホン酸塩、ニコチン酸塩、硝酸塩、オレイン酸塩、シュウ酸塩、パルミチン酸塩、パモ酸塩、ペクチン酸塩、過硫酸塩、3−フェニルプロピオン酸塩、リン酸塩、ピクリン酸塩、ピバル酸塩、プロピオン酸塩、ステアリン酸塩、コハク酸塩、硫酸塩、酒石酸塩、チオシアン酸塩、トルエンスルホン酸塩、ウンデカン酸塩、吉草酸塩等が含まれる。
【0017】
本発明の化合物には、酸付加塩の他に、溶媒和物、中間体などの誘導体、光学異性体などの異性体が含まれる。
【0018】
誘導体には、フェニル基上に1〜4個の置換基(例えば、アルキル、ヒドロキシ、ハロゲン、カルボキシル、アミノ、アルキルアミド、アルキルオキシなど)を含む化合物、水酸基をアルキルカルボニルオキシに変換した化合物などが含まれる。ハロゲンとは、フッ素、塩素、臭素又はヨウ素である。アルキルとは、飽和又は不飽和アルキルであり、好ましくは、低級飽和アルキル、例えば、メチル、エチル、プロピル、ブチル等である。
【0019】
本発明の化合物は、以下の実施例において実証するように、強い細胞周期阻害活性を有する。
【0020】
細胞周期の一連の過程は、以下のように規定される:静止期又は休止期の状態(G期)に始まり、細胞増殖及び染色体複製のための準備が行なわれる(G期)。続いてDNA合成期(S期)を経て、細胞が分裂するための準備が行なわれ(G期)、続く有糸分裂により細胞周期が完結し(M期)、分裂した娘細胞へと遺伝情報が引き継がれる。
【0021】
キネシンEg5は、細胞周期のM期において中心体の分離に必要とされる。したがって、Eg5を阻害することにより、細胞周期をM期で停止させることができる。
【0022】
テルペンドールEは、初めて発見された、天然に存在するキネシンEg5阻害剤である(Nakawzawa et al.,Chemistry and Biology,10:131−137,2003)。テルペンドールEは、インドールジテルペンに分類される。インドールジテルペンは、一部の糸状菌が産生する多様な構造を有する化合物の総称である。3種類のインドールジテルペン産生菌(ペニシリウム・パキシリ(Penicillium paxilli)、アスペルギルス・フラバス(Aspergillus flavus)、ネオチフォジウム・ロリィ(Neotyphodium lilii))の解析から、インドールジテルペンには共通の生合成経路が存在することが示されている(Saikia et al.,Mycol.Res.,112:184−199,2008)。
【0023】
例として、ペニシリウム・パキシリのパキシリン(paxilline)生合成系について説明する。IPP、FPP、及びインドール−3−グリセロールリン酸から、PaxG、PaxB、PaxM及びPaxCを含む少なくとも4種類の酵素の作用により、最初の検出可能な中間体であるパスパリン(paspaline)が生成される。パスパリンはPaxP(シトクロムP450モノオキシゲナーゼ)により13−デスオキシパキシリンに変換され、さらにPaxQ(シトクロムP450モノオキシゲナーゼ)によりパキシリンに変換される。上記の3種類の糸状菌で、この経路は共通していると考えられている。テルペンドールEは、共通の生合成中間体であるパスパリンのC11水酸化により生成されると推測される。
【0024】
本発明者らは、テルペンドールE産生菌であるチョーノピクニス・アルバ(Chaunopycnis alba)RK99−F33株(NITE P−760)において、パスパリンから13−デスオキシパキシリンへの変換を担うPaxPをコードするpaxP遺伝子のオルソログ(terP)を破壊することにより、上記の共通代謝経路中のパスパリンから13−デスオキシパキシリンへの変換を低減させ、それによりテルペンドールE、及びその誘導体の生合成を強化した。その結果、本発明の式(I)の化合物を得た。
【0025】
チョーノピクニス・アルバの培養は、PDA培地(3.9%ポテトデキストロース・アガー、Difco社)、PD培地(2.4%ポテトデキストロース、Difco社)、又はFDY培地(1.5%グルコース、1.5%可溶性デンプン、1%コーンスティープリカー、1%乾燥イースト、0.3%麦芽抽出物、0.03%MgSO/7HO、0.1%KHPO、0.1%寒天、pH6.0)中で、28℃で行なうことができる。
【0026】
目的化合物の回収及び精製は、溶媒抽出、結晶化、イオン交換クロマトグラフィー、HPLCなどにより行うことができる。
【0027】
以下の実施例に示すように、式(I)の化合物は、腫瘍由来細胞に対して、テルペンドールEをはるかに上回る細胞周期阻害活性を示した。
【0028】
したがって、本発明は、式(I)により示される化合物又は製薬上許容されるその塩を含有する、細胞周期阻害剤にも関する。
【0029】
本発明の式(I)の化合物は、その構造上の類似性から、テルペンドールEと同様、キネシンEg5を阻害することにより細胞周期阻害活性を示すものと考えられる。
【0030】
また、細胞周期阻害活性を有する本発明の化合物は、細胞分裂に関連する種々の疾患の治療薬において有効成分として使用することができる。
【0031】
したがって、本発明は、式(I)により示される化合物又は製薬上許容されるその塩、及び賦形剤を含有する医薬組成物に関し、該医薬組成物は、好ましくは細胞増殖に起因する疾患を予防又は治療するためのものである。好ましい実施形態において、細胞増殖に起因する疾患とは癌である。
【0032】
本発明において、癌としては、例えば、腎細胞癌、線維肉腫、粘液肉腫、脂肪肉腫、軟骨肉腫、骨肉腫、脊索腫、血管肉腫、内皮肉腫、リンパ管肉腫、リンパ管内皮肉腫、滑膜腫、中皮腫、ユーイング腫瘍、平滑筋肉腫、横紋筋肉腫、結腸癌、膵癌、乳癌、卵巣癌、前立腺癌、扁平上皮癌、基底細胞癌、腺癌、汗腺癌、皮脂腺癌、乳頭状癌、乳頭状腺癌、嚢胞腺癌、髄様癌、気管支原生癌、肝臓癌、胆管癌、絨毛癌、精上皮腫、胎生期癌、ウィルムス腫瘍、子宮頚癌、精巣腫瘍、肺癌、小細胞肺癌、膀胱癌、上皮癌、神経膠腫、星状細胞腫、髄芽腫、頭蓋咽頭腫、上衣細胞腫、松果体腫、血管芽細胞腫、聴神経腫、乏突起膠腫、髄膜腫、黒色腫、神経芽細胞腫、網膜芽細胞腫、白血病、急性リンパ性白血病、急性骨髄性白血病;慢性白血病、真性赤血球増多症、リンパ腫、及び多発性骨髄腫が挙げられる。
【0033】
例えば、周知の製剤技術を適用して、本発明の化合物を医薬組成物とすることができる。本発明の医薬組成物を、抗癌剤(すなわち、癌治療剤)、あるいはその他の医薬として使用する場合、その投与形態としては、例えば注射剤、インプラント、エアゾール剤、座剤、貼布剤、パップ剤、ローション剤、リニメント剤、軟膏剤、若しくは点眼剤等による非経口投与、又は錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、丸剤、トローチ剤若しくはシロップ剤等による経口投与を挙げることができる。これらの製剤は、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、安定化剤、矯味矯臭剤、希釈剤などの添加剤を用いて周知の方法で製造される。
【0034】
例えば、賦形剤としては、デンプン、バレイショデンプン、トウモロコシデンプン等のデンプン、乳糖、結晶セルロース、リン酸水素カルシウム等を挙げることができる。
【0035】
コーティング剤としては、例えば、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、セラック、タルク、カルナウバロウ、パラフィン等を挙げることができる。結合剤としては、例えばポリビニルピロリドン、マクロゴール及び前記賦形剤と同様の化合物を挙げることができる。崩壊剤としては、例えば前記賦形剤と同様の化合物及びクロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム、架橋ポリビニルピロリドンのような化学修飾されたデンプン・セルロース類を挙げることができる。安定化剤としては、例えばメチルパラベン、プロピルパラベンのようなパラオキシ安息香酸エステル類;クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェニルエチルアルコールのようなアルコール類;塩化ベンザルコニウム;フェノール、クレゾールのようなフェノール類;チメロサール;デヒドロ酢酸;及びソルビン酸を挙げることができる。矯味矯臭剤としては、例えば通常使用される、甘味料、酸味料、香料等を挙げることができる。
【0036】
また、液剤を製造するための溶媒としては、生理食塩液、精製水、蒸留水、エタノール、フェノール、クロロクレゾール等を使用することができる。界面活性剤又は乳化剤としては、例えば、ポリソルベート80、ステアリン酸ポリオキシル40、ラウロマクロゴール等を挙げることができる。
【0037】
本発明の医薬組成物を、抗癌剤として使用する場合、本発明の化合物基準での本発明の医薬組成物の使用量は、症状、年齢、投与方法等により異なる。例えば腹腔内投与の場合、患者(温血動物、特にヒト)に対して1日あたり、下限として0.01mg(好ましくは0.1mg)、上限として、2000mg(好ましくは500mg、より好ましくは100mg)を1回又は数回に分けて、症状に応じて投与することが望ましい。静脈内投与の場合には、成人に対して1日当たり、下限として0.001mg(好ましくは0.01mg)、上限として、500mg(好ましくは50mg)を1回又は数回に分けて、症状に応じて投与することが望ましい。
【0038】
本発明はまた、以下のステップ:
(a)チョーノピクニス属微生物において、テルペンドール生合成系中でパスパリンから13−デスオキシパスパリンへの変換に関与する遺伝子の発現を低減(抑制を含む)するステップ、及び
(b)得られた微生物を培養し、産生される化合物を回収するステップ
を含む、上記式(I)の化合物の製造方法にも関する。
【0039】
好ましくは、前記チョーノピクニス属微生物は、チョーノピクニス・アルバ(Chaunopycnis alba)RK99−F33株(NITE P−760)である。また、好ましくは、前記テルペンドール生合成系中でパスパリンから13−デスオキシパスパリンへの変換に関与する遺伝子は、paxP又はterPである。チョーノピクニス・アルバ(Chaunopycnis alba)RK99−F33株は、平成21年5月20日に、製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に、受託番号NITE P−760として寄託された。
【0040】
チョーノピクニス属微生物の目的遺伝子の発現低減のための改変は、例えば、以下の実施例に詳細に記載するように、アグロバクテリウム媒介遺伝子改変を用いて行なうことができる。テルペンドール生合成系に関与する遺伝子としては、例えば、ペニシリウム・パキシリのpaxP遺伝子(GenBank登録番号AF279808)、及びpaxQ遺伝子(GenBank登録番号AF279808)が挙げられる。チョーノピクニス属微生物におけるこれらの遺伝子のオルソログは、公知の遺伝子組み換え法などにより当業者が容易に同定することができる(Sambrook et al.,Molecular Cloning:a laboratory manual,第2版,Cold Spring Harbor Laboratory,Cold Spring Harbor,New York,1989)。遺伝子の改変は、当該遺伝子のコード領域全体の欠失、コード領域の一部欠失、コード領域への耐性遺伝子などの外来性遺伝子の挿入又は外来性遺伝子でのコード領域の置換、又は調節領域の破壊などにより行なうことができる。
【実施例】
【0041】
以下に、本発明を実施例を用いてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
【0042】
[実施例1]
本発明の化合物の生成
1−1.菌株、培地、培養及び形質転換
以下の実験方法において、具体的に記載していない手順は、Sambrookらの教科書(Sambrook et al.,Molecular Cloning:a laboratory manual,第2版,Cold Spring Harbor Laboratory,Cold Spring Harbor,New York,1989)などの慣用の教科書に記載されているように行なった。
【0043】
テルペンドールE産生株であるチョーノピクニス・アルバ(Chaunopycnis alba;以下、「C.アルバ」とも記載)RK99−F33(NITE P−760)(Nakazawa et al.,上掲)は、PDA培地(3.9%ポテトデキストロース・アガー、Difco社)、PD培地(2.4%ポテトデキストロース、Difco社)、又はFDY培地(1.5%グルコース、1.5%可溶性デンプン、1%コーンスティープリカー、1%乾燥イースト、0.3%麦芽抽出物、0.03%MgSO/7HO、0.1%KHPO、0.1%寒天、pH6.0)中で、28℃で培養した。C.アルバの形質転換は、アグロバクテリウム媒介形質転換法(ATMT)により行なった(Motoyama et al.,Curr.Genet.,47:298−306,2008)。アグロバクテリウム・ツメファシエンスC58株を、C.アルバ株の分生子懸濁液と共培養した後、500μg/mLハイグロマイシンB(和光純薬工業)で選択した。C.アルバの形質転換体を培養する際は、必要に応じて200μg/mLハイグロマイシンBを添加した。プラスミドは大腸菌DH5α株で増殖させた。大腸菌はLB培地中で培養し、形質転換は標準的方法で行なった(Sambrook et al.,Molecular Cloning:a laboratory manual,第2版,Cold Spring Harbor Laboratory,Cold Spring Harbor,New York,1989)。
【0044】
1−2.遺伝子操作
C.アルバのゲノムDNAは、DNeasy plant total DNA isolation kit(Qiagen社)を用いて調製した。PCR増幅は、サーマルサイクラー(モデルTP240、宝酒造)、及びKOD Plus(東洋紡)又はBlend Taq Plus(東洋紡)DNAポリメラーゼを用いて行なった。プラスミド構築には、プルーフリーディングDNAポリメラーゼであるKOD Plusを用いた。通常のPCRでは、Blend Taq Plusを用いた。PCR産物は、Zero Blunt TOPO PCR cloning kit(Invtrogen社)を用いてクローニングし、必要に応じて塩基配列決定を行った。DNA塩基配列決定は、BigDye Terminator ver.3.1サイクルシーケンシングキット(Amersham−Pharmacia Biotech社)及び3730xl DNAアナライザー(Applied Biosystems)を用いて行なった。DNA及びアミノ酸配列データの解析は、DNASIS−Macソフトウェア(日立ソフトウェアエンジニアリング)を用いて行なった。
【0045】
1−3.インドールジテルペン生合成遺伝子改変株の作製
上記のインドールジテルペン共通代謝経路中のパスパリンから13−デスオキシパキシリンへの変換を担うPaxPをコードするpaxP遺伝子のオルソログ(terP)を破壊したC.アルバ株を、以下のように作製した。
【0046】
表1に示すプライマーを用いた。
【0047】
terPの上流配列を、C.アルバのゲノムDNAからXhoI−5’terP−Fプライマー及びXbaI−5’terP−Rプライマーを用いたPCRにより増幅した。1.0kb増幅断片を精製し、XhoI及びXbaIで消化し、精製した(断片1)。ハイグロマイシンB耐性遺伝子発現ユニットをpCSN45(Motoyama et al.,Fungal Genet.Biol.,42:200−212(2005))からMluI−HYG−Fプライマー及びXbaI−HYG−Rプライマーを用いたPCRにより増幅した。1.6kb増幅断片を精製し、MluIとXbaIで消化した後に、精製した(断片2)。terPの下流配列をC.アルバのゲノムDNAからMluI−3’terP−Fプライマー及びSseI−3’terP−Rプライマーを用いたPCRにより増幅した。1.0kb増幅断片を精製し、続いてMluIとSseIで消化し、精製した(断片3)。pBI121のright borderとleft borderの間のベクター配列を、pBI121を鋳型として用いて、XhoI−RBプライマー及びSseI−LBプライマーを用いたPCRにより増幅した。8.7kb増幅断片を精製し、続いてXhoIとSseIで消化し、精製した(断片4)。以上の4種の断片を連結することにより、terP遺伝子破壊用プラスミドpBI−terP::HPHを構築した。pBI−terP::HPHで形質転換したA.ツメファシエンス株を用いて、C.アルバをATMT法で形質転換した。terP遺伝子破壊体はterP ORFの大部分を増幅するterP−check−Fプライマー及びterP−check−Rプライマーを用いるPCRにより選択した。このPCRでは、野生型株から1.2kbのterP ORF配列が増幅され、terP遺伝子破壊株からは1.6kbのハイグロマイシンB耐性遺伝子発現ユニットが増幅され、ectopic形質転換体では両方の断片が増幅される。terP遺伝子破壊株としてP−27株を選択した。
【0048】
C.アルバのterP遺伝子全長配列を、配列番号1に示す。
【0049】
【表1】

【0050】
1−4.テルペンドール類の精製、HPLC分析及び構造解析
テルペンドール類の生産培地として、上記のFDY培地を用いた。上記で得られたP−27株を、FDY培地中で160rpm、28℃で12日間培養した。1Lの培養液に対して2倍量のアセトンを加えて攪拌し、上清を回収し、アセトンを除き、等量の酢酸エチルで2回抽出した後に、酢酸エチルを除去した。392mgの抽出物濃縮残渣を得た。濃縮残渣にメタノールを加えて、エルゴステロール様結晶性沈殿物を濾別し、濾液を2分割し、2回に分けて定法に従って分取HPLCを実施した。
【0051】
HPLCは以下の条件で行った。
【0052】
テルペンドール化合物の分取HPLCの条件(HPLC−1)
Waters alliance 2690 Controller,UV−VIS Detector UV702(GL Sciences Inc.)
逆相カラム:PEGASIL ODS 20×250mm(Senshu Pak)
展開溶剤:アセトニトリルー水系グラジエント(0−10min アセトニトリル20−80%、10−20min 同80−100%、20−60min 同100%)、溶剤流速:8mL/min、UVモニター:281nm
【0053】
テルペンドール化合物のHPLC分析法HPLC−2)
Waters 600 Controller,Waters 966 Photodiode Array Detector
逆相カラム:4.6×250mmカラム ODS−3, (GL Sciences)
展開溶剤:アセトニトリルー水系グラジエント(0−10min アセトニトリル20−80%、10−20min 同80−100%、20−50min 同100%)、溶剤流速:1mL/min、HPLC分析法1の保持時間と異なる。
EI−MS(positive)の測定はEI−MS(SX−102)JEOLを使用した。
【0054】
2回目の分取HPLCでは、溶出画分にエルゴステロール様物質のピークが重なるトラブルがあり、再度分取HPLCを行なった。HPLC分析法(HPLC−2)により各画分を分析した結果、表2に示すように、2つの主要なテルペンドール化合物のピークが認められた。2つのピークは不純物が少なく、それぞれの画分を濃縮し、重量を測定した後、物性を測定することができた。
【0055】
化合物の構造決定はNMRにより行った。
【0056】
結果を図1−1〜図1−4に示す。
【0057】
得られた物質の重量及び構造解析から明らかになった物質名を、表2に記載する。また、推定分子式等の情報を表3に記載する。
【0058】
【表2】

【0059】
【表3】

【0060】
P−27株からはテルペンドールEが大量産生されていた。また、2つ目のピークに対応する化合物は、新規化合物11−ケトパスパリンであることが明らかになった。
【0061】
[実施例2]
新規テルペンドール類縁体の生物活性
1.テルペンドール類の細胞周期阻害活性
ヒト前骨髄性白血病細胞であるK562細胞を、10細胞/500μL/ウェルで96ウェルプレートに播種し、DMSOに溶解した被験化合物(2.3μM又は23μM テルペンドールE、2.3μM又は23μM 11−ケトパスパリン、1μM ビンブラスチン、又はDMSO対照)を示した最終濃度になるように添加し、24時間インキュベートした。PBSで細胞を洗浄し、ヨウ化プロピジウムを用いて細胞内の核酸を染色し、フローサイトメトリーで蛍光量を測定した(Tamura et al.,Oncogene,28:107−116,2009)。
【0062】
結果を図1に示す。4CのピークはM期の細胞、2CのピークはG〜G期の細胞を表す。細胞周期阻害活性が知られているビンブラスチン、及び新規に同定された11−ケトパスパリンでは、M期で停止している細胞が多く見られた。この結果から、11−ケトパスパリンがテルペンドールEと比較して非常に強い細胞周期阻害活性を有することが示された。
【0063】
2.テルペンドール類の細胞毒性
ヒト前骨髄性白血病細胞であるK562細胞(1.5×10細胞/mL)、ヒト線維肉腫由来HT1080細胞(0.3×10細胞/mL)、及びヒト子宮頸癌由来HeLa細胞(0.6×10細胞/mL)を、示した密度で200μL/ウェルで96ウェルプレートに播種した。HT1080細胞及びHeLa細胞は、37℃、5%COにて一晩培養した。細胞が接着後に、DMSOに溶解した被験化合物を0.2μL添加し、48時間インキュベートした。WST−8溶液(ナカライテスク、生細胞測定試薬SF)を20μL添加し、プレートリーダーで450nmでの吸光度を測定した(Ishida et al.,Chem.Biol.,11:367−377,2004)。
【0064】
結果を表4に示す。
【0065】
【表4】

【0066】
いずれの細胞種に対しても、11−ケトパスパリンはテルペンドールEと比較して2分の1以下のIC50値を示した。したがって、新規に同定された11−ケトパスパリンは、腫瘍由来細胞に対してテルペンドールEよりも顕著に細胞毒性が高かった。
【0067】
以上より、新規に同定された11−ケトパスパリンは、抗癌剤として有望であることが示された。
【0068】
[実施例3]
11−ケトパスパリンの化学合成
11−ケトパスパリンは、既知の方法(Nakazawa et al.,2003,上掲)で得られたテルペンドールEをDess−Martin試薬で酸化することにより調製することが可能であった(データは示していない)。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、細胞増殖阻害活性を有する新規化合物が提供され、該化合物は細胞増殖に関連する疾患の治療に有用である。したがって、本発明は医療、健康科学分野での利用可能性を有する。
【配列表フリーテキスト】
【0070】
配列番号2〜11:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I)により示される化合物又は製薬上許容されるその塩。
【化1】

【請求項2】
請求項1に定義される式(I)の化合物又は製薬上許容されるその塩を含有する、細胞周期阻害剤。
【請求項3】
請求項1に定義される式(I)の化合物又は製薬上許容されるその塩、及び賦形剤を含有する医薬組成物。
【請求項4】
細胞増殖に起因する疾患を予防又は治療するための、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
前記細胞増殖に起因する疾患が癌である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
以下のステップ:
(a)チョーノピクニス属微生物において、テルペンドール生合成系でパスパリンから13−デスオキシパスパリンへの変換に関与する遺伝子の発現を低減するステップ、及び
(b)得られた微生物を培養し、産生される化合物を回収するステップ
を含む、請求項1に定義される式(I)の化合物の製造方法。
【請求項7】
チョーノピクニス属微生物が、チョーノピクニス・アルバ(Chaunopycnis alba)RK99−F33株(NITE P−760)である、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
パスパリンから13−デスオキシパスパリンへの変換に関与する遺伝子がpaxP又はterPである、請求項6又は7に記載の方法。

【図1−1】
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【図1−2】
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【図1−3】
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【図1−4】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−12013(P2011−12013A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−157228(P2009−157228)
【出願日】平成21年7月1日(2009.7.1)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】