説明

細胞回収用磁気スタンドおよび細胞回収用キット

【課題】検体中の目的細胞を細胞死することく短時間で回収することができる細胞回収用磁気スタンドを提供する。
【解決手段】容器内の検体中に分散した磁気ビーズを捕集するための磁気スタンドであって、磁気ビーズを捕集するための外部磁界の発生源として多極磁石を用い、前記多極磁石の表面磁束密度が0.30T以下であることを特徴とする。また、細胞回収用キットであって、容量が15mL以上である容器と、前記磁気スタンドとを備えたことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガン研究、移植医学、細菌学、プロテオーム、臨床化学等の細胞の分離・精製技術の分野に係り、検体中に含まれる細胞を補足した磁気ビーズを回収するための磁気スタンドおよびキットに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、タンパク質、核酸および細胞などの特定の物質を特異的若しくは非特異的に捕捉するように修飾した、磁気ビーズと称される磁性粒子が生化学の分野で広く用いられている。
【0003】
また、血液、体液、糞便などから特定の細胞を回収後、回収された細胞から核酸を抽出し、一塩基多型などを調べることにより、ガン検診、薬剤の効果予想などを行うことが研究されている。例えば特許文献1では糞便中から上皮系の細胞を回収する方法が提案されている。
【0004】
磁気ビーズは遠心分離等の煩雑な操作を伴わずに、スタンドに磁石が内包された磁気スタンドにより簡便に分離・捕集することができる。これまで、様々な磁気スタンドが考案されている。例えば特許文献2には、前方の弓状のアームと、背板に設けた溝により容器を保持し、背板内に埋め込んだ平板状の永久磁石により磁性粒子を捕集する磁気スタンドが開示されている。
【0005】
磁気スタンドの磁石部には希土類磁石が広く用いられる。例えば特許文献3では表面磁束密度が0.35T以上である。また短時間に磁気分離を行う特許文献4では1.8Tの高強度の磁界を発現する磁石部をもつものが提案されている。
【0006】
ところで、細胞を用いて行われる検査では細胞を生きたまま回収することが望まれる。しかし、例えば特許文献5のように磁気ビーズを用いての細胞回収では細胞死が起きることが知られている。
【0007】
【特許文献1】特開2005−46065
【特許文献2】特開2000−93834号公報(図1、第3頁左欄)
【特許文献3】特開2003−144968号公報(図1、第7頁左欄)
【特許文献4】特開2005−152886
【特許文献5】特開2007−252240号公報(表1、第9頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
さらに、近年医療の現場では患者のそばでおこなう臨床検査として定義されるPOC検査への要求が高まっている。そのため検査の短時間化が求められており、目的細胞の回収、つまり磁気スタンドによる磁気ビーズの捕集時間の短縮が求められている。
【0009】
従って、本発明の目的は検体中の目的細胞を細胞死を抑制しつつ、短時間で回収することができる細胞回収用磁気スタンドを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の細胞回収用磁気スタンドは、容器内の検体中に分散した磁気ビーズを捕集するための磁気スタンドであって、磁気ビーズを捕集するための外部磁界の発生源として多極磁石を用い、前記多極磁石の表面磁束密度が0.30T以下であることを特徴とする。かかる構成により、細胞死を抑制できる。また、表面磁束密度を低くしても多極磁石を用いることにより短時間に細胞を回収することが可能である。
【0011】
また、前記細胞回収用磁気スタンドにおいて、前記多極磁石の表面磁束密度が0.21T以上であることが好ましい。多極磁石において0.21T以上とすれば、広く用いられている表面磁束密度が0.35T〜0.40Tの平板上の磁石部から構成される磁気スタンドと同等、もしくはより短時間で細胞回収が行えるので好ましい。
【0012】
さらに、前記細胞回収用磁気スタンドにおいて、前記多極磁石が4極以上の磁極を有することが好ましい。4極以上の磁極を設けることによって、それにより磁気ビーズが分散して捕集されるため、細胞の壊死を抑制することができる。
【0013】
さらに、前記細胞回収用磁気スタンドにおいて、前記多極磁石の形状がリング状であることが好ましい。生化学や分子生物学分野で広く用いられている容器の形状は円筒型であり、多極磁石の形状がリング状であることにより容器と密着でき、磁気捕集を短時間で出来好ましい。すなわちリング状磁石を用いれば、その内側(穴部)に円筒状または円錐状の容器を密接する状態で収容できるため、効率よく磁気ビーズを回収できる。
【0014】
前記細胞回収用磁気スタンドにおいて、前記検体が、血液、血液の成分、糞便、糞便の希釈液、組織片の溶解液のいずれかであることが好ましい。多極磁石を用いた磁気スタンドは、血液、血液の成分、糞便、糞便の希釈液、組織片の溶解液などの粘度が高い検体を用いる場合に好適である。
【0015】
本発明の細胞回収用キットは、容量が15mL以上である容器と、前記いずれかの磁気スタンドとを備えていることを特徴とする。多極磁石を用いた磁気スタンドを備えた構成は、15mL以上の大容量の容器中から目的細胞を回収する場合に好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明の磁気スタンドを用いることにより目的細胞の細胞死を抑制しつつ、短時間で磁気ビーズを回収することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
(1)磁気スタンド
本発明に係る磁気スタンドは、容器内の検体中に分散した磁気ビーズを捕集するための磁気スタンドであり、磁気ビーズを捕集するための外部磁界の発生源として多極磁石を用いる。多極磁石を用いていれば形状などが特に限定されるものではないが、多極磁石および、それを埋め込んだ磁気スタンドの形状は、例えばリング状(円筒形)、円錐形であることが好ましい。磁気分離用に広く普及している容器は通常円筒形であるため、前記形状を採用することで磁石等の表面と容器外壁が密着でき、磁気ビーズの捕集が短時間に行える。このうち、容器を保持する形に成形された樹脂や金属などに多極磁石が埋め込まれた構造は、容器の保持が容易であり好ましい。また、容器の保持を爪で行う構造になっていることも好ましい。さらに、容器を保持する部分が複数個一体化された構造であっても構わない。また、多極磁石が露出した構造を用いることもできるし、容器を保持する部分が一つである構造を用いることもできる。
【0018】
多極磁石の表面磁束密度は0.30T以下である。但し、磁気分離能発現のために、0Tは含まない。磁石の表面磁束密度が0.30T以下であれば細胞死を起こさずに細胞が回収できる。また、磁石の表面磁束密度が0.21T以上(すなわち0.21T〜0.30T)が好ましい。磁気ビーズを捕集するための外部磁界の発生源として用いる多極磁石の表面磁束密度が0.21T以上であれば、広く用いられている表面磁束密度が0.35T〜0.40Tの平板上の磁石部から構成される磁気スタンドと同等、もしくはより短時間で細胞回収が行うことができる。多極磁石は一体成形を行った成形体に多極着磁を行っても、複数個の磁石により多極構造を組むように配置しても構わない。この場合、磁石の形状または複数個の磁石の配置は、円筒形が好ましい。円筒形または円筒形状に配置された磁石の磁極の向き、すなわち着磁形態としては、例えば、ラジアル異方性や極異方性の形態のものを適用することができる。また、短時間で磁気ビーズを回収する観点から、多極磁石は4極以上の磁極を有することが好ましい。磁石の種類は限定しないが、例えばネオジウム鉄ホウ素磁石、サマリウムコバルト磁石などの希土類磁石や、成形性に優れたボンド磁石を使用できる。また、多極磁石として電磁石を用いることもできるが、簡易な磁気スタンドを構成するためには、永久磁石がより好ましい。なお、本発明に係る磁気スタンドおよびキットは細胞回収用のみならず、磁気ビーズを回収する磁気スタンドおよびキットとして広く適用できるものである。
【0019】
(2)容器およびキット
液体の検体が入っている容器の容量は特に限定するものではないが、例えば従来の磁気スタンドでは磁気ビーズの捕集に長時間を要していた、容量が15mL以上、さらには50mL以上、100mL以上の遠沈管、ビーカー等の容器を用いることが出来る。本発明の磁気スタンドを用いることで短時間に効率よく細胞の回収をすることができる。また、容器の形状は円筒型若しくは円錐型であることが好ましい。かかる形状の容器は、円筒形の磁石や円弧形の磁石を円状に配置した磁石集合体と、隙間無く密着することが可能であり、好ましい。中央に検体が入らないデッドゾーンを有する容器、すなわち検体が入る部分が円環状になっている容器を用いると、検体が円筒形の磁石や円弧形の磁石を円状に配置した磁石集合体に近接した位置に配置されることになるので、回収効率がいっそう向上する。また円筒形(カップ状)の容器を用いるとともに、その中央に棒状のダミー部材を挿入するキットまたは方法によっても、同様に回収効率を向上させることができる。なお、かかる構成は、磁石の表面磁束密度の大きさに関係なく、磁気ビーズの回収キット、回収方法として広く適用できる。
【0020】
(3)検体
検体は液体であれば限定するものではなく、細胞を目的物質とする検体であればよい。例えば、血液、血清・血漿などの血液の成分、糞便またはその希釈液、組織片の溶解液など高粘度の液体も対象とすることが出来る。また、目的物質は細胞であれば特に限定しないが、例えば血液細胞、上皮/上皮系細胞、ガン細胞などである。
【0021】
(4)磁気ビーズ
磁気ビーズは特に限定するものではないが細胞表面抗体に対する特異抗体が固定されていることが好ましい。磁気ビーズの粒子径は特に限定しないが、3.0μm以上であることが好ましい。磁気ビーズの平均粒子径が3.0μm未満の場合、血液から細胞を回収するときに磁気スタンドで捕集した磁気ビーズがヒブリンなどと絡まって容器内壁に固着し再分散しなくなることがある。平均粒子径が3.0μm以上であれば、固着せず再分散性が高いため、不純物を除くために行う洗浄の効率が向上する。また、磁気ビーズの磁性成分はこれを特に限定するものではないが、Feなどの磁性金属を用いることが好ましい。この場合、該磁性金属の核を酸化物等で被覆したものを用いる。飽和磁化は80A・m/kg以上であることが好ましい。血液、血清・血漿などの血液の成分、糞便またはその希釈液、組織片の溶解液など高粘度の液体を検体とする場合、飽和磁化が80A・m/kg以上であると磁気ビーズの捕集時間が短くなり、効率よい細胞の回収・精製を行うことができる。さらに、磁性金属を用いた100A・m/kg以上の飽和磁化を有する磁気ビーズを用いれば、磁性酸化物では達成できない、効率よい細胞の回収・精製を行うことができる。
【0022】
以下、本発明に係る実施例を詳細に説明する。ただし、これら実施例によって必ずしも本発明が限定されるわけではない。
【実施例】
【0023】
先ず、細胞を回収する場合の生細胞率に与える影響を以下のようにして調べた。検体として1mLのPBS(リン酸バッファ)に培養した大腸がん細胞HT−29細胞を100万細胞懸濁させた細胞懸濁液を用いた。磁気ビーズとしては、表1に記載の平均粒子径をもつ飽和磁化120A・m/kgのシリカ被覆鉄粒子にVU―ID9抗体を固定化した抗体固定化磁気ビーズを用いた。前記検体を2mLマイクロチューブに入れ、前記磁気ビーズを4mg加え30分室温で攪拌した。マイクロチューブを表面磁束密度が0.40Tの磁気スタンドに立て、20秒間放置し、磁石と接する壁面に磁気ビーズを回収・保持させ、非磁性成分(磁気ビーズと結合していない成分)を除去した。更に、マイクロチューブを磁気スタンドより外し、500μLのPBSを加え攪拌した。ついでマイクロチューブを磁気スタンドに立て、20秒間放置し、磁石と接する壁面に磁気ビーズを回収・保持させ、非磁性成分を除去することで、洗浄を行った。この洗浄工程を、計2回行ない細胞回収を行った。回収した細胞を100μLのPBSに分散させた細胞懸濁液を作成し、該細胞懸濁液にトリパンブルー100μLを加えて染色した。血球計算板にカバーガラスを載せ、血球計算板とカバーガラスの隙間に、染色した細胞懸濁液を入れた。血球計算板を位相差顕微鏡に載せ、8区画の染色されていない生細胞数と、染色された死細胞数とを数えた。1区画当たりの生細胞と死細胞数の平均値を求め生細胞数/(生細胞数+死細胞数)を100倍することにより生細胞率を求めた。結果を表2に示す。また、磁気ビーズの磁気特性は、最大印加磁界を1.6MA/mとしてVSM(振動型磁力計)により測定した。
【0024】
【表1】

【0025】
細胞死は、ビーズとビーズとの間や、ビーズと容器の内壁との間に細胞が挟まれて圧力が加わり、細胞が潰されるまたは過剰な刺激を受けることにより生じると考えられる。前記圧力は、飽和磁化と体積と磁気勾配に比例し、体積は平均粒子径の3乗に比例し、磁気勾配は表面磁束密度と比例すると考えられることから、前記圧力は式1で便宜的に定義するストレス係数Csに比例すると考えられる。
Cs=飽和磁化(A・m/kg)×平均粒子径(μm)×表面磁束密度(T):(式1)
【0026】
表1に示すように飽和磁化120A・m/kgの磁気ビーズと表面磁束密度が0.40の平板上の磁石を用いた細胞回収において、ストレス係数Csが6.6×10(平均粒子径が2.4μm)であれば95%以上という高い生細胞率で細胞を回収できることがわかる。すなわち、ストレス係数Csが6.6×10以下になれば高い生細胞率での目的細胞の回収が期待できる。
【0027】
一方、目的細胞を血液から回収するときには、磁気ビーズがヒブリンなどと絡まって容器内壁に固着し再分散しなくなるという不具合を回避し、高い洗浄効率を維持する観点からは、平均粒子径が3.0μm以上であることが好ましい。また、高粘度の液体から目的細胞を捕捉した磁気ビーズを捕集するには80A・m/kg以上の飽和磁化を持つことが望ましい。95%以上の生細胞率を確保するためにストレス係数を6.6×10以下にするためには、平均粒子径が3.0μm以上、飽和磁化が80A・m/kg以上の磁気ビーズを用いる場合、式1より表面磁束密度の値は0.30T以下である必要がある。また、飽和磁化が100A・m/kg以上の磁気ビーズを用いる場合には、式1より表面磁束密度の値は0.24T以下であることが好ましい。
【0028】
(実施例1)
200mLビーカー(ニッコー社製TPXビーカー)にPBS(リン酸緩衝化生理食塩水)100mLを加え、さらに磁気ビーズ50mgを加え攪拌した。前記磁気ビーズは、コア粒子を鉄とし、TiO、更にはシリカで被覆した、粒子径3.8μmのシリカ被覆鉄磁気ビーズである。磁気捕集には、図2に示す、表面磁束密度0.21T、外径74mm、内径69mm、高さ23mmの円筒形の、8極の極異方性多極磁石を用いた。図中の矢印が磁束の向きを示す。磁気捕集前、10秒間、20秒間、30秒間、40秒間、50秒間、および60秒間の捕集時間後に、ビーカーの中心付近の溶液を0.3mL採取した。なお、平均粒径には、堀場製作所社製レーザ回折/散乱式粒度分布測定装置LA−920を用い、該測定方法におけるメジアン径d50値を用いた。また、表面磁束密度は東陽テクニカ製ハンディ・ガウスメータ4048型で測定した。
【0029】
採取した液体を粒子が擾乱している状態でバイオ光学計(日立ハイテクノロジーズ社製日立ダイオードアレー型バイオ光度計U-0080D)を用い550nmの吸光度を測定した。各々の捕集時間後に採取した溶液の吸光度を捕集前に採取した溶液の吸光度で割り、1からその値を引いた値を捕集率とし求めた。その結果を図1に示す。
【0030】
(比較例1)
多極磁石の代わりに表面磁束密度が0.40Tの平板上の磁石を用いた以外は実施例1と同様の方法で磁気捕集を行った。その結果を図1に示す。
【0031】
図1おいて明らかなように、実施例1は比較例1と比較し短時間に磁気ビーズの捕集が可能であることがわかる。つまり、本発明の細胞回収用磁気スタンドを用いることにより目的細胞を捕捉した磁気ビーズを短時間で捕集できることが示された。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】実施例1および比較例1における捕集時間と捕集率の関係を示す図である。
【図2】実施例1における多極磁石の形状の斜視図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
容器内の検体中に分散した磁気ビーズを捕集するための磁気スタンドであって、磁気ビーズを捕集するための外部磁界の発生源として多極磁石を用い、前記多極磁石の表面磁束密度が0.30T以下であることを特徴とする細胞回収用磁気スタンド。
【請求項2】
前記多極磁石の表面磁束密度が0.21T以上であることを特徴とする請求項1に記載の細胞回収用磁気スタンド。
【請求項3】
前記多極磁石が4極以上の磁極を有することを特徴とする請求項1または2に記載の細胞回収用磁気スタンド。
【請求項4】
前記多極磁石の形状がリング状であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の細胞回収用磁気スタンド。
【請求項5】
前記検体が血液、血液の成分、糞便、糞便の希釈液、組織片の溶解液のいずれかであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の細胞回収用磁気スタンド。
【請求項6】
容量が15mL以上である容器と、請求項1〜5のいずれかに記載の磁気スタンドとを備えた細胞回収用キット。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−81915(P2010−81915A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−257674(P2008−257674)
【出願日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【Fターム(参考)】