説明

細胞固定用平板とその製造方法

【課題】物質導入等の細胞操作を行う際に、細胞の位置を固定させることを可能とし、かつ、絶縁性、機械的強度、耐薬品性に優れた、細胞固定用平板を提供すること。
【解決手段】ダイヤモンドをはじめとするワイドバンドギャップ材料で作られた、厚さ1mm以下の平板状の器具であって、平板内に直径100μm以内の断面が円形状の穴が形成されていることを特徴とする穴付きの細胞固定用平板。前記平板に形成された穴の全体、あるいは部分的に45°以上のテーパーがかかっていることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形質転換をはじめとする細胞操作を行う際に細胞の位置を固定する細胞固定用平板に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオテクノロジーの基幹技術の一つである細胞操作は、iPS細胞の登場によって新しい局面を迎え、さらにその重要性を高めている。細胞操作、すなわち、人工受精から再生医療にいたるまでの、人為的な細胞間の分子移動は、正確性が問われる。ある一つの細胞内に別の細胞あるいは、人工的に合成された分子を導入する際、受容する側の細胞を固定する必要がある。
【0003】
細胞を固定する基板の材料としては、シリコン、ガラス等が用いられている(特許文献1、2参照)。
そのために必要な固定具として、薄膜を選択するのであれば、ミクロンといった精度で細胞注入部の先端を確認できるほど薄いことが望ましい。また、そのタッチダウンを検出するために、注入器具に微小な電流を流しておくことは、位置を制御するために有効である。また、細胞中に物体を取り込ませる際にも、局所的に電圧をかけることが有効である。さらに、細胞内での化学物質反応にともなう電位を測定することも、そのメカニズム解明のために必要である。そのため、誤作動しないためには、固定用の薄膜は絶縁性かつ化学的安定性に優れていることが望ましい。
【0004】
こうした細胞操作は、今後さらに重要性を増すと考えられるが、従来技術で考えられるのはSiO2を絶縁材料とすることであるが、強度や耐薬品性に問題がある。このように、細胞操作を行う際に細胞の位置を固定するための適切な材料と構造を得ることは、従来あまり検討されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−081491号公報
【特許文献2】特開2006−129798号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、物質導入等の細胞操作を行う際に、細胞の位置を固定させることを可能とし、かつ、絶縁性、機械的強度、耐薬品性に優れた、細胞固定用平板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意探求を重ねた結果、ダイヤモンドをはじめとする、機械的強度に優れ、かつエネルギーバンドの大きなワイドバンドギャップ材料で細胞固定用平板を作製することが有効であることを見出した。
本発明は以下の構成を採用する。
【0008】
(1)ワイドバンドギャップ材料で作られた、厚さ1mm以下の平板状の器具であって、平板内に直径100μm以内の断面が円形状の穴が形成されていることを特徴とする穴付きの細胞固定用平板。
(2)前記平板に形成された穴の全体、あるいは部分的に45°以上のテーパーがかかっていることを特徴とする上記(1)に記載の穴付きの細胞固定用平板。
(3)前記ワイドバンドギャップ材料のエネルギーバンドギャップが1.2eV超であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の穴付きの細胞固定用平板。
(4)前記平板が、単結晶体あるいは、多結晶体からなることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の穴付きの細胞固定用平板。
(5)ワイドバンドギャップ材料で作られた厚さ1mm以下の平板に、リソグラフィーによってマスクを形成する工程と、
該マスクが形成された平板に、反応性イオンエッチングによって穴を形成する工程とによって形成することを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の穴付きの細胞固定用平板の製造方法。
(6)前記穴を形成する工程が、ナノ構造形成方法によって行われることを特徴とする上記(5)に記載の穴付きの細胞固定用平板の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、大きなバンドギャップを持つ半導体を用いた穴付き構造を有する平板を用いることで、正確な細胞操作を行う事が出来るようにし、かつ機械的強度及び耐薬品性に優れる材料を用いることにより安定した細胞操作を行うことを可能にした。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明に係る細胞固定用平板の一例の概略を表す図である。(a)平板に断面が円形状の穴が形成されている例。(b)穴の一部にテーパーがかかっている例。(c)穴全体にテーパーがかかっている例。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明は機械的強度と耐薬性の高いダイヤモンドをはじめとするワイドバンドギャップ材料を用いることによって、細胞操作を行いやすくしたことを特徴とする。ワイドバンドギャップ材料は原子間の結合が強いため反応性が低い傾向にあるため、このような材料を用いることにより耐薬品性を高めることができる。更に、共有結合性の高い材料ほど強度も高くなり好ましい。
また、上記のような細胞操作の用途に供する材料は、絶縁性が高いという特徴が必要であった。ワイドバンドギャップ材料は、可視光の吸収がほとんどなく、且絶縁性が高い。このため、100μm以内の穴を通じて導電性針を通じた際、平板に接触しても信号のノイズは無かった。
このような材料、特にダイヤモンドを用いることにより、注入器具に電流を流しながら操作を行う等の所望の操作を良好に行うことが可能となる。また、透明性に優れるため、顕微鏡下での確認も容易である。
このようなワイドバンドギャップ材料としては、エネルギーバンドギャップが1.2eVを超える材料が好ましく、例えば、ダイヤモンド、SiCや、GaN、AlNといった窒化物、又はこれらの混晶等を好ましく用いることができる。特に、ダイヤモンドは、誘電率が低く高周波特性に優れているため、基板に交流電流を流して操作、計測する測定に優れているため好ましい。
【0012】
そして、その平板内に直径100μm以内の円を形成することにより、細胞を保持して位置を固定することができる。一方、平板内に形成する円の直径が100μm超であると、卵子やその他の細胞を保持できないため、円の直径は大きくとも100μmであることが好ましい。下限は特にないが、それは、たとえば1μm以内の直径の穴を作製した場合には、核を捕獲することも可能であるためである。
【0013】
細胞操作を行う針や短針を導入する際に、平板が厚くなるほど顕微鏡での確認が行いにくくなる為、平板の厚さは1mm以下であることが好ましい。下限は特にないが、10μm程度以下では割れやすくなってしまうため、取扱いに注意する必要がある。
ダイヤモンドやSiCの硬さが物質の中でも特に硬いものであるため、わずか50μmの薄膜であっても、割れなかった。
【0014】
上記平板に形成する円の端にテーパーがかかっていることで、細胞操作に用いる針先を観察しやすくすることができる。この構造は、目的によって上下を入れ替えて利用することができるが、テーパーのある穴の中に細胞を捕獲することにより細胞の位置をより安定させることができる。こうして、平板に形成された穴に保持した細胞に必要な操作を行う事が出来る。たとえば、細胞内の核を除去し、別の核を移し替えるなどの操作を効率よく行う事が出来る。更に、細胞に限らず、同サイズの粒子、たとえば、抗体検査などに用いることのできる金属粒子や、ダイヤモンド粒子を保持することもできる。
【0015】
前述のように、器具に微弱電流を流しながら細胞操作を行う場合があるため、細胞を捕獲するための器具自体は絶縁性であることが望まれる。そのため、本発明の細胞固定用平板は絶縁性を高めることを目的として、ワイドバンドギャップ材料により作製されていることを特徴とする。当該ワイドバンドギャップ材料のエネルギーバンドギャップは1.2eV超であることが好ましく、3eV以上あることがより好適である。
本発明の細胞固定用平板として、エネルギーバンドギャップが5.5eVのダイヤモンドを使ったところ、すくなくとも1MV/cmの絶縁強度をとることができた。これはSiのような材料を使った場合の10倍の電圧でも絶縁であることを示唆している。
【0016】
細胞固定用平板を、絶縁性が高い結晶により作製すること、更に、基板の透明性を高めて操作性を高めるということにおいては、単結晶体により本発明の細胞固定用平板を作製することが好ましい。
しかし、薄い単結晶体を大量に切り出すことはコスト面において不利である。そこで、多結晶体による構造作製を試みたところ、単結晶体とほぼ同様の穴付き平板構造を作ることができた。このため、本発明に係る細胞固定用平板としては、多結晶体を用いてもよい。多結晶体の気相合成膜を用いた場合、コストが1/3以下に抑えられた。
【0017】
本発明の細胞固定用平板は、半導体加工に用いられる各種リソグラフィー技術、すなわち、光露光、電子ビーム描画法などを利用することにより作製することができる。これらのリソグラフィーによって、まず、エッチングマスクを、たとえば金属やセラミックスで作製する。つぎに、反応性イオンエッチングのようなエッチング技術を用いて穴構造、テーパー構造を作製する。
【0018】
本発明の細胞固定用平板はまた、半導体やMEMS加工に用いられる集束イオンビームのようなナノ構造形成法を利用しても実現することができる。この場合、イオンビームによるダメージ層が残るため、酸や短時間のイオンエッチングによって清浄化する必要がある。これによりダメージ層による導電性を排除することができ、絶縁膜として良好な絶縁強度1MV/cmを得ることができた。なお、本発明においてナノ構造形成方法とは、ナノメートルスケールの構造体を、化学的、機械的、熱的、またはそれらの複合的な作用によって形成する方法をいう。例えば、イオンビームを用いた集束イオンビーム法(FIB)、反応性ガスプラズマによるエッチング、化学的に侵食するエッチング方法、レーザーを用いた加工方法等が挙げられる。
【0019】
以下、図面を参照しながら本発明によって作製された細胞固定用平板の例を述べる。この細胞固定用平板の構造には図1の各構造があげられるが、まず、基板の準備について述べる。
100μm以上の平板であれば、単結晶体から切り出して、研磨をかけることで容易に得られるが、100μm未満の厚さになると単結晶体から削りだすことは、歩留まりを10%以下にする結果となる。
【0020】
そこで、気相合成、たとえばプラズマCVD法によって多結晶膜をSi基板上に形成し、ふっ酸で基板を除去する方法をとったところ、100μm以下の薄膜を容易に得ることができた。
しかし、単結晶体は多結晶体よりも、透明性に優れているため、やはり精密な用途では単結晶体のほうがよい。100μm以上の厚い板を作る場合は、高温高圧で得られた単結晶、天然ダイヤモンドをカットして用いる方法でよいが、前記したように、薄い膜には適さない。
そこで、薄いものについては、ダイヤモンドのリフトオフ法を用いて、剥離した膜を用いたところ、この方法であればレーザーカットなどに比べ、平坦な平板を得ることができることが分かった。
また、平板の大きさは、ハンドリングの容易性等に応じて適宜選択することができる。例えば、1つのチップを微小化するのであれば小さいほどよく、ミクロンオーダーのもの方が好ましい。また、集積化するのであればある程度大きな、10mm角のものや、インチサイズのものに多数の穴構造を設ける方が好ましい。
【0021】
これらの手法により得られた平板をもとに、本発明の細胞固定用平板の最良の形態を述べる。
図1(a)に示すものは平板にFIBによって穴を貫通させた構造を有する。穴径を100μm以下にすることで、細胞を保持することができる。
図1(b)に示すものは平板に設けられた穴の開口付近にテーパーを設けたものである。テーパーの角度θは45°が望ましいが、保持する細胞の形状やサイズに応じて45°以上としても、45°以下としてもよい。具体的には、45°±40°の範囲にすることが好ましい。
図中のt1は細胞固定用平板の厚さを表し、t2はテーパーが形成されている部分の厚さを表す。t1およびt2の幅は特に制限する必要がないが、t1とt2が等しくしたものが図1(c)である。このように穴の一部、又は全体にテーパーをかけることで、大きさの異なる多種の細胞の捕獲に対応することができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明の細胞固定用平板として、バンドギャップ5.5eVのダイヤモンドを適用した実施例を述べる。細胞としては、卵細胞などとサイズの近い口腔上皮細胞を用いた。
【0023】
[実施例1]
本発明によって作製されたダイヤモンド細胞固定用平板の例1を述べる。
気相合成プラズマCVD法によって2mm×2mmの多結晶ダイヤモンドをSi基板上に形成し、ふっ酸で基板を除去する方法により、100μmの薄膜を得た。
続いて、FIB(収束イオンビーム)を用いて図1(a)の構造の細胞固定用平板を作製した。穴径は約50μmであった。
この細胞固定用平板により、直径80μm程度の口腔上皮細胞を保持することができた。また、そのときダイヤモンド基板12に5Vの電圧をかけたが、電流は流れなかったので、絶縁性を確認することができた。
【0024】
[実施例2]
本発明によって作製されたダイヤモンド細胞固定用平板の例2を述べる。
ダイヤモンドのリフトオフ法を用いて、剥離した膜を用いた。
リフトオフ法においては、まず、2mm×2mmのダイヤモンド基板の深さ10μm程度の位置を中心に炭素イオンを1017/cm2の高濃度でイオン注入した。次に、その基板上へ気相合成プラズマCVD法によってノンドープのダイヤモンド薄膜を40μm成膜した。そして、電気化学的エッチング、すなわち、特許第4340881号公報に示される電解液を用いて100Vの電圧をかけることで、50μmの厚さを持つダイヤモンド薄膜を得た。
この方法により、レーザーカットなどに比べ、平坦な平板を得ることができた。
続いて、図1(a)のように、平板にFIBによって穴を貫通させた。穴径は約50μmであった。
この細胞固定用平板により、直径80μm程度の口腔上皮細胞を保持することができた。また、そのときダイヤ基板12に5Vの電圧をかけたが、電流は流れなかったので、絶縁性を確認することができた
【0025】
[実施例3]
本発明によって作製されたダイヤモンド細胞固定用平板の例3を述べる。
気相合成プラズマCVD法によって2mm×2mmの多結晶ダイヤモンドをSi基板上に形成し、ふっ酸で基板を除去する方法により、100μmの薄膜を得た。
続いて、FIB(収束イオンビーム)を用いて図1(b)の構造の細胞固定用平板を作製した。穴径は約50μmであった。
この細胞固定用平板により、直径80μm程度の口腔上皮細胞を保持することができた。また、そのときダイヤ基板に5Vの電圧をかけたが、電流は流れなかったので、絶縁性を確認することができた。開口穴内径は約50μm、外形は45度のテーパーを付けた。
【0026】
[実施例4]
本発明によって作製されたダイヤモンド細胞固定用平板の例4を述べる。
平板として、実施例2と同様にダイヤモンドのリフトオフ法を用いて、2mm×2mmで50μmの厚さを持つダイヤモンド薄膜を得た。
対比の為、レーザーカットなどでも試し、利用できることは確認したが、本実施例で利用した方法によれば、レーザーカットなどに比べ、平坦な平板を得ることができた。そのため、細胞に傷を付ける恐れが低減されることが分かった。
続いて、FIB(収束イオンビーム)を用いて図1(c)の構造の細胞固定用平板を作製した。中心穴径は約5μmとした。テーパーは45度とした。
この細胞固定用平板により、直径80μm程度の口腔上皮細胞を保持することができた。また、そのときダイヤ基板12に5Vの電圧をかけたが、電流は流れなかったので、絶縁性を確認することができた。
【0027】
[実施例5]
実施例4と同様にしてリフトオフ法によって4mm×4mmで50μmの厚さを持つダイヤモンド薄膜を得て、このダイヤモンド薄膜に、FIB(収束イオンビーム)を用いて実施例4におけると同様の形状の穴を500μm間隔の6×6のアレイ状に設けた細胞固定用平板を作製した。
この細胞固定用平板について実施例4と同様の実験を行ったところ、口腔上皮細胞を保持することができた。また、そのときダイヤ基板12に5Vの電圧をかけたが、電流は流れなかったので、絶縁性を確認することができた。
【符号の説明】
【0028】
11 操作穴
12 基板
t1 細胞固定用平板の厚さ
t2 テーパーが形成部の厚さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワイドバンドギャップ材料で作られた、厚さ1mm以下の平板状の器具であって、平板内に直径100μm以内の断面が円形状の穴が形成されていることを特徴とする穴付きの細胞固定用平板。
【請求項2】
前記平板に形成された穴の全体、あるいは部分的に45°以上のテーパーがかかっていることを特徴とする請求項1に記載の穴付きの細胞固定用平板。
【請求項3】
前記ワイドバンドギャップ材料のエネルギーバンドギャップが1.2eV超であることを特徴とする請求項1又は2に記載の穴付きの細胞固定用平板。
【請求項4】
前記平板が、単結晶体あるいは、多結晶体からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の穴付きの細胞固定用平板。
【請求項5】
ワイドバンドギャップ材料で作られた厚さ1mm以下の平板に、リソグラフィーによってマスクを形成する工程と、
該マスクが形成された平板に、反応性イオンエッチングによって穴を形成する工程とによって形成することを特徴とする、請求項1〜4のいずれかに記載の穴付きの細胞固定用平板の製造方法。
【請求項6】
前記穴を形成する工程が、ナノ構造形成方法によって行われることを特徴とする請求項5に記載の穴付きの細胞固定用平板の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−80786(P2012−80786A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227387(P2010−227387)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】