説明

細胞培養システム及び細胞培養方法

【課題】培地に気泡が混入することを防止することができる細胞培養システム及びそれを用いた細胞培養方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る細胞培養システム1は、細胞が収容される培養室300と、外部への開口を有する液状の培地を貯留する培地貯留部111と、前記培養室300と前記培地貯留部111とを繋ぐ培地導入流路112と、前記培養室300に連通した培地排出流路122とを有する細胞培養デバイス10と、前記培地排出流路122に接続され、前記培養室300内を吸引することにより前記培地貯留部111内の培地を前記培養室300に送液する送液機構20とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養デバイスと送液機構からなる細胞培養システム、及びその細胞培養システムを用いた細胞培養方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、人工心臓や人工血管、人工骨、人工歯といった様々な人工生体材料の開発が進められており、その一環として、細胞培養による人工生体材料の特性評価方法について数多くの研究がなされている。
細胞培養は、一般的にシャーレ等の容器に細胞及び液体状の培地を収容した状態で行われる。また、近年、半導体製造分野での微細加工技術の進歩に伴って医療やバイオテクノロジーの研究分野でも微細加工技術によって製造されたマイクロデバイスの応用が進められており、こうしたマイクロデバイスを用いた細胞培養が行われるようになっている。
【0003】
細胞培養用のマイクロデバイス(細胞培養デバイス)は平板状基材の内部に培養室と培地導入用及び培地排出用の微小流路を形成して成るものであり、該培養室に細胞及び培地を収容して細胞培養が行われる(例えば特許文献1を参照)。また、培養室への培地導入や培地交換は、細胞培養デバイスの外部に培地供給タンクを接続し、該タンクから押し出した培地を培地導入用の微小流路を通して培養室に送出することにより行われる。
【0004】
ところが、培地供給タンクを取り付ける際に培地に気泡が混入することがある。このように培地に混入した気泡が培養室に移動すると、培養室内の細胞と培地の接触が気泡によって妨げられ、培養環境が悪化するおそれがある。また、培地に混入した気泡は、たとえ小さな気泡であっても微小流路内に大きな圧力損失を生じさせるため、培養室への培地の供給を妨げる原因となる。
【0005】
そこで、平板状基材の内部に培地収容室を形成し、該培地収容室に予め収容された培地を該培地とは非相溶の駆動液で押し出して培養室に送出するようにした細胞培養デバイスが提案されている(特許文献2参照)。このような細胞培養デバイスでは、培地導入時や培地交換時に培地供給タンクを接続する必要がない。しかし、上記の細胞培養デバイスでは培地収容室に配管を接続し、該配管を経由して培地収容室に駆動液を注入しており、培地収容室内の培地を駆動液で押し出して送出する際に配管内の空気が駆動液と培地の間に介在し、該空気が気泡となって培地に混入する場合がある。そのため、上記構成の細胞培養デバイスでは、駆動液が培地に接触する前に気泡を外部に逃がすよう、配管の接続部部分に空気抜き用流路を設ける必要があり、構成が複雑になるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開WO2007/077606
【特許文献2】国際公開WO2007/052471
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、簡単な構成で培地に気泡が混入することを防止することができる細胞培養システム及びそれを用いた細胞培養方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために成された本発明に係る細胞培養システムは、
a)細胞が収容される培養室と、外部への開口を有する、液状の培地が貯留される培地貯留部と、前記培養室と前記培地貯留部とを繋ぐ培地導入流路と、前記培養室に連通した培地排出口とを有する細胞培養デバイスと、
b)前記培地排出口に接続され、前記培養室内を吸引して前記培地貯留部内の培地を前記培養室に送液する送液機構と
を備えることを特徴とする。
【0009】
このような構成によれば、細胞培養デバイスが培地貯留部を備えるため、培養室に培地を導入する際や培地を交換する際に培地に気泡が発生することがない。また、培地貯留部に外部と連通する開口を設け、送液機構により培地貯留部内の培地を吸引して該培地を培養室に導入するようにしたため、駆動液で押し出していた従来の細胞培養システムと異なり、培地に気泡が混入することを抑制することができる。
【0010】
前記送液機構として、培養室の培地を連続的に吸引する吸引手段を備えると、培養室内に培地を流しながら細胞を培養することができる。このため、培養室に足場材をコーティングし細胞の培養を行った場合に、足場材に固定された細胞にシェアストレス(ズリ応力)がかかり、より生体内に近い環境での培養を行うことができる。
【0011】
また、上記本発明に係る細胞培養システムは、
前記細胞培養デバイスが、本体と、該本体の下面側に着脱可能に取り付けられるカバーとを有し、
前記培養室が、前記カバーが取り付けられる前記本体の下面側に形成された溝部と前記カバーから構成され、
前記培地貯留部が前記本体の上面側に形成され、且つ該培地貯留部がその上部に開口部を有するものとすることが望ましい。
このような構成によれば、適宜の形状や大きさの培養室を容易に形成することができる。
【0012】
また、本発明に係る細胞培養システムは、上述した人工骨や人工歯の培養に好適に使用することができる。
即ち、本発明に係る細胞培養方法は、上記本発明に係る細胞培養システムを用いた細胞培養方法であって、前記細胞培養デバイスの培養室に足場材をコーティングし、該培養室に培地を連続送液しながら該培養室内で骨芽細胞又は歯芽細胞を培養することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0013】
以上の通り本発明に係る細胞培養システム及びそれを用いた細胞培養方法によれば、培地への気泡の混入を抑制することができるため、良好な環境で細胞培養を行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施例に係る細胞培養システムの概略図。
【図2】細胞培養デバイスの上面図(a)、側面図(b)及び培養流路の説明図(c)。
【図3】同実施例に係る細胞培養システムを用いて7日間培養した骨芽細胞をアリザリン染色した写真であって、(a)及び(b)は培地を送液して培養した骨芽細胞の写真、(c)及び(d)は培地を静止させた状態で培養した骨芽細胞の写真。
【図4】同実施例に係る細胞培養システムを用いて培地を送液して7日間培養した骨芽細胞の写真であって、(a)は光学顕微鏡像の写真、(b)〜(g)は微分干渉顕微鏡像の写真。
【図5】図2の細胞培養デバイスの培養室の幅が200μmである細胞培養システムを用いた7日間培養した細胞の写真。
【図6】細胞培養デバイスの培養室の幅が400μmである細胞培養システムを用いた培養した細胞の写真。
【図7】細胞培養デバイスの培養室の幅が800μmである細胞培養システムを用いた培養した細胞の写真。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について実施例を用いて説明する。図1は本実施例に係る細胞培養システムの概略図であり、図2は細胞培養デバイスの構成を示す図である。
【0016】
本実施例に係る細胞培養システム1は、細胞培養デバイス10と、該細胞培養デバイス10に培地を連続的に送液する送液機構20を組み合わせたものである。細胞培養デバイス10は培養器(インキュベータ)30に収容される。
細胞培養デバイス10は、本体100とベースプレート200とから成る。本体100はPDMS(東レダウコーニング社製、SILPOT184)から成り、ベースプレート200はガラス製のカバーグラスから成る。
【0017】
本体100は、幅25mm、長さ60mm、厚さ12mmの立方体状を有している。本体100の上面には、幅17mm、長さ34mm、深さ9mmの培地貯留部111と、幅17mm、長さ10mm、深さ7mmの吸引部121が、8mmの距離を空けて設けられている。培地貯留部111はその上面全体が開口している。
また、培地貯留部111及び吸引部121の底部には、本体100の下面まで延びる培地導入流路112及び培地排出口としての培地排出流路122が設けられている。培地導入流路112は大部分が直径4mmの大径部であり、下端部のみ直径1mmの小径部となっている。培地排出流路122は、全体が同じ直径1mmに設計されている。本体100の下面側には、培地導入流路112の下部と培地排出流路122の下部を結ぶ幅200〜800μm、深さ200〜800μmの溝131が形成されている。この溝131の長さは12mm〜15mmに設定され、該溝131の長さに応じて培地導入流路112と培地排出流路122の間の距離が設定される。
【0018】
以上のような構成の本体100の下面に培地導入流路112及び培地排出流路122の下部開口、並びに溝131を塞ぐようにベースプレート200を貼り付けることにより本実施例に係る細胞培養デバイスが形成される。このとき、溝131とベースプレート200によって培養室300が形成される。なお、本体100にベースプレート200を貼り付ける際には、強固な接着性を得るために、本体100とベースプレート200の接合面を酸素プラズマや紫外線により活性化することが望ましい。
【0019】
送液機構20は、シリンジポンプ21、吸引管22、シリンジポンプ21の動作を制御する制御部23から構成されている。吸引管22の一端はシリンジポンプ21に接続され、他端は細胞培養デバイス10の培地排出流路122に挿入される。培地貯留部111に貯留された培地はシリンジポンプ21によって吸引され、培地導入流路112を通って培養室300に供給される。また、培養室300への培地の導入に伴い、培養室300内の培地の一部が排出口、吸引管22を通ってシリンジポンプ21内に排出される。
【0020】
このように本実施例に係る細胞培養デバイス10では、外付けの貯留タンクから培養室内に培地を供給することに代えて、本体100に設けた培地貯留部111から培養室300内に培地を供給するようにした。このため、培地内に気泡が混入することがなく、流路の目詰まりを防止することができる。
また、本実施例では、シリンジポンプ21により吸引することにより培養室300内に培地を流すようにした。シリンジポンプ21の吸引動作により吸引管22付近に気泡が発生することがあるが、この気泡は培養室300内に向かうことなくシリンジポンプ21に吸引されるため、この点からも流路の目詰まりを防止することができる。
【0021】
以上により形成された本体100及びベースプレート200をオートクレーブやアルコール等によって滅菌処理した後、培養器30に細胞培養デバイス10を固定する。
そして、培地導入流路112から培養室300にファイブロネクチン等のコーティング剤(足場材)を流し込み、1時間インキュベートして培養室300の表面をコーティングする。なお、このようなコーティング剤による培養室300のコーティングは、細胞培養デバイス10の製造段階で行ってもよく、細胞培養デバイス10を購入したユーザが行うようにしてもよい。続いて、培養室300にコーティングされず残ったコーティング剤を除去し、その後、培地で培養室300内を満たし、細胞を播種する。1時間程度静置して細胞をコーティング剤に接着させた後、培地貯留部111に培地を満たして培養し、細胞が密になるまで該細胞を増殖させる。その後、培地排出流路122に接続したシリンジポンプ21により吸引し、培養室300内の培地を排出しつつ培地貯留部111から新たな培地を培養室300内に導入する。
【0022】
以下、本実施例に係る細胞培養システム1を用いた細胞培養実験について説明する。図3〜図7が、本実施例に係る細胞培養システム1を用いてニワトリ胚頭蓋骨由来の初代培養骨芽細胞の培養を行った結果を示す写真である。なお、ここでは、コーティング剤としてファイブロネクチンとポリLリジンを用いた。また、培地にはα-MEMを用いた。
上述した手順でコーティング剤をコーティングした培養室300内に骨芽細胞を播種し、24時間培養して培養室300内が密になるまで骨芽細胞を増殖させた。その後、シリンジポンプ21により培地を吸引しながら7日間培養した後、培養室300内をアリザリン染色した結果を図3に示す。アリザリン染色は細胞中のカルシウムイオンの沈着を調べるために用いられる染色である。なお、図3の(a)及び(b)は、幅200μmの培養室300を有する本実施例に係る細胞培養デバイス10を用いて、該培養室300に培地を流しながら7日間細胞を培養した結果を示し、図3の(c)及び(d)はシャーレを用いた従来の方法で10日間培養した結果を示す。
【0023】
図3の写真から明らかなように、シャーレ中で培養した場合に比べると本実施例に係る細胞培養デバイス10で培養することにより顕著な石灰化が観察された。これは、シャーレを用いた培養では一定時間おきに培地交換を行ったのに対し、細胞培養システム1を用いた培養では細胞培養デバイス10に対して培地の連続供給(流速100μL/minで連続送液)を行ったために細胞にシェアストレス(ズリ応力)が掛かり、より生体内に近い環境での培養が行われたためと考えられる。なお、その後の観察により、シャーレ中で培養した場合、本実施例の細胞培養デバイスと同等の石灰化が観察されるまでに約3週間程度かかることが分かった。
【0024】
また、図4の写真は7日間培養した後の培養室300底面の光学顕微鏡像(a)及び微分干渉顕微鏡像(b)〜(g)を示している。図4の写真から明らかなように、石灰化した部分は骨梁様構造を示し、その中には骨組織特有の骨小腔様構造(白い矢印で示す構造)も観察された。
【0025】
次に、培養室300の幅及び深さが骨芽細胞の培養に及ぼす影響を調べる実験を行った。図5は幅が200μm、図6は幅が400μm、図7は幅が800μmの培養室300を有する細胞培養デバイス10を用いた結果を示す。なお、いずれの培養室300も深さは200μmとした。
【0026】
なお、今回の実験では、培養室300を流れる培地の流速を、細胞に作用するズリ応力が一定になるように設定した。これは、培地を流すことによって培養室300内の細胞の表面に作用するズリ応力は細胞を剥がす力となるためである。なお、ズリ応力は次の式(1)から求められる。
【0027】
γ=6Qμ/bhh (1)
γ:ズリ応力
Q:流速
μ:粘性度(一定)
b:流路幅
h:流路高:一定
【0028】
図5から分かるように、流路幅が200μmの培養室300を用いて培養を行うと、培養の途中で細胞が剥がれることがなく、培養開始7日目(フロー開始6日後)では培養室300の幅いっぱいで石灰化が進んでいる様子が観察された。これに対して、図6及び図7から分かるように、幅が400μmや800μmの培養室300を用いて培養を行ったときは、培養の途中で細胞が剥がれてしまい、培養開始7日目(フロー開始6日後)では培養室の幅の中央付近でしか石灰化が進んでいなかった。
【0029】
以上の結果から、適切な幅の培養室300を有する細胞培養デバイス10を用いることにより、石灰化するまで骨芽細胞を培養することができることが分かる。このことから、本実施に係る細胞培養システム1は、人工骨の研究開発や特性評価に利用可能であり、また、その他の人工生体材料の開発への展開も期待できる。
【0030】
以上、実施例を用いて本発明に係る細胞培養システム、及び細胞培養方法について説明を行ったが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲で適宜変更が許容されるものである。例えば、上記細胞培養デバイスを構成する各部材の素材や寸法としては、上記に限らず種々の素材や寸法を採用することができる。
【符号の説明】
【0031】
1…細胞培養システム
10…細胞培養デバイス
100…本体
111…貯留部
112…培地導入流路
121…吸引部
122…培地排出流路
131…溝
21…シリンジポンプ
20…送液機構
22…吸引管
23…制御部
200…ベースプレート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)細胞が収容される培養室と、外部への開口を有する、液状の培地を貯留する培地貯留部と、前記培養室と前記培地貯留部とを繋ぐ培地導入流路と、前記培養室に連通した培地排出口とを有する細胞培養デバイスと、
b)前記培地排出口に接続され、前記培養室内を吸引して前記培地貯留部内の培地を前記培養室に送液する送液機構と
を備えることを特徴とする細胞培養システム。
【請求項2】
前記送液機構が、前記培養室の培地を連続的に吸引する吸引手段を備えることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養システム。
【請求項3】
前記細胞培養デバイスが、本体と、該本体の下面側に着脱可能に取り付けられるカバーとを有し、
前記培養室が、前記カバーが取り付けられる前記本体の下面側に形成された溝部と前記カバーから構成され、
前記培地貯留部が前記本体の上面側に形成され、且つ該培地貯留部がその上部に開口部を有するものであることを特徴とする請求項1又は2に記載の細胞培養システム。
【請求項4】
前記本体がシリコンゴム及びPDMSのいずれからから形成されており、
前記カバーがガラスから形成されていることを特徴とする請求項3に記載の細胞培養システム。
【請求項5】
前記カバーと前記本体の接合面が酸素プラズマ処理されていることを特徴とする請求項4に記載の細胞培養システム。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の細胞培養システムを用いた細胞培養方法であって、
前記細胞培養デバイスの培養室に足場材をコーティングし、該培養室に培地を連続送液しながら該培養室内で骨芽細胞又は歯芽細胞を培養することを特徴とする細胞培養方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−99260(P2013−99260A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−243943(P2011−243943)
【出願日】平成23年11月7日(2011.11.7)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】