細胞培養基材の製造方法、細胞培養基材、およびそれを用いた細胞シートの製造方法
【課題】本発明は、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易かつ大量に形成可能な細胞培養基材の製造方法を提供することを主目的とする。
【解決手段】本発明は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とする細胞培養基材の製造方法を提供することにより、上記目的を達成する。
【解決手段】本発明は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とする細胞培養基材の製造方法を提供することにより、上記目的を達成する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易に形成可能な細胞培養基材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞をパターン状に培養するための細胞培養基材として、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有するものが開示されている。このような細胞培養基材としては、例えば、基材と、基材上に形成され、パターン状に形成された細胞接着性または細胞接着阻害性を有する材料からなる層とを有するものが開示されている(特許文献1)。
しかしながら、細胞接着性または細胞接着阻害性を有する材料からなる層をパターン状に形成するためには、通常、これらの材料からなる層を基材上の全面に形成し、リソグラフィー法等を用いてパターニングする方法が用いられる。
このため、容易かつ大量に製造することが困難であるといった問題や、基材が凹凸構造を有するものである場合等には、上述のパターンを安定的に形成すること等が困難であるといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011−50303号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易かつ大量に形成可能な細胞培養基材の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とする細胞培養基材の製造方法を提供する。
【0006】
本発明によれば、高分子基材の表面を改質する方法を用いることにより、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易かつ大量に形成することができる。
【0007】
本発明においては、上記細胞接着領域形成工程後に、上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する刺激応答性層形成工程を有することが好ましい。刺激応答性層をパターニングすることなく、容易に、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有し、かつ、刺激応答性を有するものとすることができるからである。
【0008】
本発明においては、上記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する微細凹凸形状賦型工程を有することが好ましい。微細凹凸形状が賦型されていることにより、例えば、細胞培養基材上で培養する細胞の配向制御等を容易に行うことができるからである。
【0009】
本発明においては、上記高分子基材が長尺状であり、上記高分子基材を搬送しながらエネルギー照射を行うことが好ましい。上記細胞培養基材を容易かつ大量に形成することができるからである。
【0010】
本発明は、細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域および細胞接着性を有する細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材を含むことを特徴とする細胞培養基材を提供する。
【0011】
本発明によれば、高分子基材そのものの表面に細胞接着領域および細胞接着阻害領域を有していることにより、容易かつ大量に形成可能なものとすることができる。
【0012】
本発明は、上述の細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材を製造し、上記細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する細胞培養工程と、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する拡張細胞接着領域形成工程と、を有することを特徴とするパターン細胞シートの製造方法を提供する。
【0013】
本発明によれば、拡張細胞接着領域形成工程を有することにより、細胞が遊走する様子や配向性が変化する様子を観察することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易かつ大量に形成可能な細胞培養基材の製造方法を提供できるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の細胞培養基材の製造方法の一例を示す工程図である。
【図2】本発明における保護層を説明する説明図である。
【図3】本発明における細胞接着領域形成工程を説明する説明図である。
【図4】本発明における細胞接着領域形成工程を説明する説明図である。
【図5】本発明における刺激応答性層形成工程の一例を示す工程図である。
【図6】本発明における刺激応答性層形成工程の他の例を示す工程図である。
【図7】本発明における刺激応答性層形成工程の他の例を示す工程図である。
【図8】本発明における微細凹凸形状の一例を示す概略平面図である。
【図9】図8のA−A線断面図である。
【図10】本発明における微細凹凸形状形成工程の一例を示す工程図である。
【図11】本発明のパターン細胞シートの製造方法の一例を示す工程図である。
【図12】実施例1−1の結果を示す顕微鏡写真である。
【図13】実施例1−2の結果を示す顕微鏡写真である。
【図14】実施例2−1の結果を示す顕微鏡写真である。
【図15】実施例2−2の結果を示す顕微鏡写真である。
【図16】実施例3−1の結果を示す顕微鏡写真である。
【図17】実施例3−2の結果を示す顕微鏡写真である。
【図18】実施例4の結果を示す顕微鏡写真である。
【図19】実施例5〜実施例7の結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、細胞培養基材の製造方法、細胞培養基材、およびそれを用いた細胞シートの製造方法に関するものである。
以下、本発明の細胞培養基材の製造方法、細胞培養基材および細胞シートの製造方法について詳細に説明する。
【0017】
A.細胞培養基材の製造方法
まず、本発明の細胞培養基材の製造方法について説明する。
本発明の細胞培養基材の製造方法は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とするものである。
【0018】
このような本発明の細胞培養基材の製造方法について図を参照して説明する。図1は、本発明の細胞培養基材の製造方法の一例を示す工程図である。図1に例示するように、本発明の細胞培養基材の製造方法は、細胞接着阻害性の表面を有するポリスチレンを含む高分子基材1を準備し、高分子基材1の表面に対して細胞接着領域を形成する箇所に開口部を有し、かつ、エネルギーを遮蔽可能な保護層3を積層し(図1(a))、次いで、上記保護層3上から、露出した高分子基材1に対してエネルギー照射を行うことにより表面を選択的に改質することで(図1(b))、細胞接着性を有する細胞接着領域2aをパターン状に形成し、表面改質されなかった領域に細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域2bを形成する(図1(c))。次いで、図1(d)に示すように、保護層3を剥離することで、細胞接着領域2aおよび細胞接着阻害領域2bを表面に有する高分子基材1を含む細胞培養基材10を得るものである(図1(e))。
ここで、図1(b)〜(c)が細胞接着領域形成工程である。また、図1(a)は保護層形成工程である。
【0019】
本発明によれば、高分子基材の表面を改質する方法を用いることにより、細胞接着領域および細胞接着阻害領域を有する細胞培養基材を容易に形成することができる。
また、従来の、基材上に細胞接着材料、細胞接着阻害材料、開始剤等の化学物質を塗布等により形成したものと比較し、これらの材料を用いないことから、高い安全性を有するものとすることができる。例えば、開始剤等の残渣の影響のないものや、リソグラフィー法等によるパターニングを不要とすることができることから、通常、細胞の培養に悪影響を与える現像液等の影響のないものとすることができる。したがって、細胞培養基材を細胞を安定的に培養可能なものとすることができる。
さらに、これらの材料や別途工程が不要であることにより、ロール状の高分子基材からロールトゥロール、ロールトゥシートなどの連続プロセスで細胞培養基材を容易に形成できる。
さらにまた、本発明の製造方法により製造された細胞培養基材は、高分子基材自身の表面に細胞接着領域(改質された領域)および細胞接着阻害領域(改質されていない領域)が形成されるものであることから、例えば、微細凹凸形状を付与することによる細胞の配向制御等や、刺激応答性層を積層することによる刺激応答性の付与等を容易に行うことができる。
【0020】
本発明の細胞培養基材の製造方法は細胞接着領域形成工程を少なくとも有するものである。
以下、本発明の細胞培養基材の製造方法の各工程について詳細に説明する。
【0021】
1.細胞接着領域形成工程
本発明における細胞接着領域形成工程は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する工程である。
【0022】
(1)高分子基材
本工程における高分子基材は、細胞接着阻害性の表面を有するものであり、かつ、エネルギー照射を行うことにより表面が改質され、細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではない。
【0023】
本工程において細胞接着阻害性を示すとは、細胞が接着、伸展しにくく、細胞接着伸展率が低い状態であることをいうものである。本工程において、このような細胞接着伸展率が低い状態としては、具体的には、上記細胞接着伸展率が5%以下である状態とすることができる。本工程においては、なかでも2%以下であることが好ましい。安定的に細胞の接着を防ぐことができるからである。
【0024】
本工程における細胞接着伸展率は、所定の密度で培養する細胞を播種し、上記細胞の培養に適当な条件で14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))を表すものである。
具体的には、培養する細胞がウシ血管内皮細胞である場合には、播種密度4000cells/cm2以上30000cells/cm2未満の範囲内となるように播種し、37℃インキュベーター内(CO2濃度5%)に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合を評価することができる。また、ウシ血管内皮細胞である場合の細胞の播種は、10%FBS(血清)入りDMEM培地に懸濁させて播種し、その後、上記細胞ができるだけ均一に分布するよう、上記細胞が播種された基材をゆっくりと振とうすることにより行うものである。
さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。また、細胞接着伸展率の測定個所としては、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いて測定を行うものである。
【0025】
また、細胞接着性を有しているとは細胞が接着、伸展しやすく、細胞接着伸展率が高い状態であることをいうものである。本工程において、このような細胞接着伸展率が高い状態としては、具体的には、細胞接着伸展率が60%以上である状態とすることができる。
本工程においては、なかでも、80%以上であることが好ましい。細胞接着領域として、細胞を安定的に接着させることができるからである。
【0026】
本工程に用いられる高分子基材は細胞接着阻害性の表面を有するものであるが、このような細胞接着阻害性の程度は高分子基材を構成する高分子材料により一義的に決定されるものではなく、細胞毎に異なるものである。また、上記高分子材料として同一の材料を用いた場合であっても、表面の粗度や不純物等の影響により細胞接着阻害性を示さない可能性もある。
このため、本工程において用いられる高分子基材については、細胞毎に上述の細胞接着伸展率を用いる評価方法を行い、所望の細胞接着阻害性の表面を有することおよびエネルギー照射により所望の細胞接着性を有する細胞接着領域を形成できるものであることを確認した上で選択されたものであることが好ましい。
【0027】
本工程に用いられる高分子基材を構成する高分子材料としては、エネルギー照射を行うことにより表面改質され、細胞接着領域を形成可能なものであれば特に限定されるものではないが、例えば、エネルギー照射を行うことにより水接触角が低下する性質を有するものを挙げることができる。このような高分子材料としては、具体的には、ポリエステル、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート等を挙げることができ、なかでも、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることが好ましい。このような高分子材料を用いて高分子基材を形成した場合には、細胞接着阻害性の表面を有するものとすることが容易だからである。また、ポリスチレンは、細胞毒性が低い材料であるからである。また、ポリエチレンテレフタレート樹脂は、低コストで入手可能であり量産作製に適した材料であるからである。
また、本工程においては、特に、ポリスチレンを好ましく用いることができる。上記高分子材料を用いることにより、細胞接着阻害性の表面を容易に形成することができ、また細胞毒性が低いものであるからである。さらに、ガラス転移点が低いため熱インプリントが容易であり、後述するような微細凹凸形状の賦型が容易だからである。
なお、本工程における水接触角が低下する性質とは、エネルギー照射の結果として水接触角が変化するものを示すものであり、水接触角が変化する性質(親水・疎水性の変化)のみならず、結果として水接触角が低下する性質、例えば、エネルギー照射により酸素等を含む官能基が導入される性質も含むものである。
したがって、水接触角が低下する性質を有する材料を用いて細胞接着領域を形成した場合には、細胞接着領域は、水接触角が低下して形成されたもの、上記官能基が導入される等の結果として水接触角が低下して形成されたもの、および、これらが混合して形成されたものを含むものである。
また、本工程における高分子材料は、細胞培養に支障を来たさない程度に、ロール状で取り扱いがしやすいようにゴムなどの成分を含む共重合体であってもよい。また、その他必要な添加剤を含むものであっても良い。
【0028】
本工程におけるエネルギー照射前の高分子基材の表面の水接触角としては、エネルギー照射前の状態で所望の細胞接着阻害性を示すものであれば特に限定されるものではないが、80°以上であることが好ましい。上記水接触角が上述の範囲内であることにより、安定的に細胞接着阻害性を有するものとすることができるからである。また、エネルギー照射により容易に細胞接着領域を形成することができるからである。
なお、水接触角は、温度25℃、湿度30%、大気圧下で、マイクロシリンジから水を滴下して30秒後に接触角測定器を用いて測定した値を用いることができきる。また、接触角測定器としては例えば、協和界面科学(株)製CA−Z型を用いることができる。
【0029】
本工程に用いられる高分子基材のエネルギー照射された際、すなわち、本工程が行われ、細胞接着領域が形成された際の水接触角としては、所望の細胞接着性を示すものであれば特に限定されるものではないが、60°以下となることが好ましい。エネルギー照射された際の水接触角を上述の範囲内とするものであることにより、安定的に細胞接着性を有するものとすることができるからである。また、本工程により形成される細胞接着阻害領域、すなわち、エネルギー照射されない領域との間の細胞との接着性の差を大きいものとすることができるからである。
【0030】
本工程に用いられる高分子基材については、未延伸であっても良く、一軸延伸、遂次二軸延伸、同時二軸延伸してなるものを用いることができる。
【0031】
本工程に用いられる高分子基材の形状としては、所望の細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを形成し、細胞培養を安定的にできるものであれば特に限定されるものではなく、平坦状であっても良く、容器等の段差を有する形状であっても良い。
【0032】
本工程における高分子基材の形状が平坦状である場合の厚みについては、本工程により形成される細胞接着領域および細胞接着阻害領域がそれぞれ細胞接着性および細胞接着阻害性を安定的に発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、板状とするものであっても良いが、ロール状に曲げることが可能なシート状とするものであることが好ましい。本工程をロールトゥロールプロセスにて行うこと、すなわち、大量生産可能なものとすることができるからである。
このようなシート状とする厚みとしては、具体的には、用いる高分子材料に応じて適宜設定されるものであるが、1μm〜500μmの範囲内であることが好ましく、なかでも50μm〜200μmの範囲内であることが好ましい。ロール状にすることが容易だからである。
【0033】
また、本工程における高分子基材がシート状である場合の態様としては、所望の細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを形成し、細胞培養を安定的にできるものであれば特に限定されるものではなく、枚葉状であっても良いが、長尺状であることが好ましい。
長尺状であることにより、ロール状にして保管することや、ロール状で保管した状態から巻き出しながら本工程を行う等、細胞培養基材の製造プロセスの自由度を高いものとすることができるからである。
また、後述するような刺激応答性層を形成したものや凹凸形状の賦型したものを形成する場合であっても、これらをロールトゥロールで形成することができ、容易かつ大量に形成可能なものとすることができるからである。
さらに、最終的に得られる細胞培養基材を長尺状のままロール状にして保存することや、ロール状で保存した状態から、細胞培養の用途等に合わせてサイズを決定し、所望のサイズの細胞培養基材を切り出して用いることができる等、細胞培養基材の製造プロセスや使用方法の自由度を高いものとすることができるからである。
ここで、長尺状であるとは、ロール状に巻き取ることができる程度の長さのものであることをいうものであり、製造装置に設置できる重量等に応じて任意に決定すればよいが、具体的には、長さが10m以上とすることが好ましく、なかでも、50m〜5000mの範囲内とすることが好ましく、特に、100m〜1000mの範囲内とすることが好ましい。
また、長さは幅に対して10倍以上であることが好ましい。取扱い性等に優れたものとすることができるからである。
【0034】
本工程における高分子基材の形状が段差を有する形状における段差としては、凹状の細胞培養領域や、マイクロ流路等を挙げることができる。本工程においては、エネルギー照射のみで細胞接着領域を形成できるため、このような段差を有するものであっても、細胞接着領域を精度良く形成することができる。
本工程において、凹状の細胞培養領域が形成された高分子基材としては、例えば、マイクロウェルプレート等の容器を挙げることができる。
【0035】
本工程における高分子基材は、多孔質状であってもよい。また、多孔質状である場合の高分子基材の厚み、ポアサイズ、孔密度等は培地の通過時間に影響するため、目的とするセルカルチャーインサート等に適した範囲から適宜設定される。
例えば、多孔質を備えた高分子基材を細胞シート作製、2種類の細胞の共培養、薬物透過アッセイなどに使用する場合には、ポアサイズは細胞が遊走又は浸潤しない程度のφ20μm以下であることが好ましい。
【0036】
本工程に用いられる高分子基材は、エネルギー照射により改質される表面とは反対側の表面に粘着剤層を有するものであっても良い。
このような粘着剤層を有することにより、上記高分子基材を別途用意した支持基板に貼り付け、貼り付けた状態で本工程を行うことや、本発明の製造方法により製造される細胞培養基材を上記支持基板に貼り付けることを容易なものとすることができるからである。
本工程に用いられる粘着剤層としては、所望の接着性を発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、公知の粘着剤を塗布してなるものを用いることができるが、具体的には、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等の粘着剤を含むものを挙げることができ、なかでもポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン等の粘着剤を含むものであることが好ましい。上記高分子基材および支持基板を十分な強度で接着させることができるからである。
【0037】
また、本工程に用いられる支持基板としては、上記高分子基材を支持できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、細胞培養に一般的に用いられる容器等を挙げることができる。具体的には、マルチウェルプレート等のプレート、ディッシュ、シャーレ、フラスコ、ボトル等の培地を貯蔵することができ、細胞を培養することができる容器を挙げることができる。
【0038】
(2)細胞接着領域形成工程
本工程は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する工程である。
【0039】
本工程により形成される細胞接着領域の形状としては、用途等に応じて適宜設定できるものであるが、例えば、矩形状、円形状、多角形状、ライン状、枝状、網目(メッシュ)状などの種々の形状とすることができる。
本工程においては、細胞の増殖の用途に用いる場合には、矩形状、円形状、多角形状であることが好ましく、なかでも、細胞を配向させる等の用途に用いる場合にはライン状であることが好ましい。
【0040】
本工程において照射されるエネルギーとしては、高分子基材の細胞接着阻害性の表面に対して行うことにより、細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、具体的には、紫外線(UV)、VUV光、プラズマ等を挙げることができる。
【0041】
本工程において、高分子基材の細胞接着領域を形成する領域にエネルギー照射を行う方法、すなわち、細胞接着領域を形成する領域にのみエネルギー照射を行う方法としては、細胞接着領域を形成する領域に開口部を有するマスクを介してエネルギー照射を行う方法(マスク法)、高分子基材上に、細胞接着領域を形成する領域に開口部を有する保護層を積層し、保護層を介してエネルギー照射を行う方法(保護層法)を用いることができ、なかでも、保護層法を好ましく用いることができる。保護層を高分子基材上に積層することにより、細胞を播種する直前にエネルギー照射を行い、細胞接着領域を形成することが容易となるからである。また、その結果、予め細胞接着領域を形成した場合と比較し、経時的にパターンが変化する等の不具合を防止することができ、細胞をよりパターン精度良く培養することが可能となるからである。
なお、本工程が、上記高分子基材が支持基板等に貼り付けられた状態で行われる場合には、上記保護層を支持基板等に貼り付けて用いることもできる。具体的には図2に例示するように支持基板31が蓋34つきの容器30の場合、蓋34に遮光部として保護層3を貼り付け、パターン形成用細胞培養容器30を形成した状態で本工程を行うこともできる。また、図2の例示に限らず、蓋34の内側に遮光部として保護層3を貼り付けて本工程を行うものであっても良い。
【0042】
本工程に用いられるマスクとしては、エネルギー照射から上記高分子基材表面の改質を防止することができるものであれば特に限定されるものではなく、SUS等の金属基板をエッチング加工、レーザー加工、または電鋳加工によりパターンニングしたもの等や、ソーダライムガラスや石英からなる基板上に、エマルジョン(銀塩)や、クロムからなる遮光膜を有するものとすることができる。
【0043】
本工程に用いられる保護層としては、エネルギー照射から上記高分子基材表面の改質を防止することができ、上記高分子基材表面等に積層できるものであれば特に限定されるものではなく、遮光性材料からなるもの等を挙げることができる。
このような遮光性材料としては、上記細胞接着領域形成工程の実施終了時まで高分子基材表面に密着性を有し、かつ、細胞培養時には容易に剥離できるものであることが好ましい。上記高分子基材等との積層の際に粘着剤等の使用を回避できるからである。
本工程においては、このような遮光性材料としては、高分子基材を構成する高分子材料等に応じて適宜選択されるものであるが、例えば、黒色着色剤をバインダ樹脂中に分散させたものや、クロム、酸化クロム等の金属薄膜、PDMS(ポリジメチルシロキサン)等のシリコーン樹脂等を挙げることができる。
本工程においては、なかでも、エネルギー照射がUV照射またはVUV照射等である場合には、黒色着色剤をバインダ樹脂中に分散させたもの、金属薄膜等を好ましく用いることができ、エネルギー照射がプラズマ照射である場合には、PDMS等のシリコーン系樹脂を好ましく用いることができる。
【0044】
本工程に用いられる黒色着色剤としては、エネルギーを遮蔽できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、カーボン微粒子、金属酸化物等を挙げることができる。
【0045】
本工程に用いられるバインダ樹脂としては、上記黒色着色剤を安定的に分散・保持することができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、アクリレート系、メタクリレート系、ポリ桂皮酸ビニル系、もしくは環化ゴム系等の反応性ビニル基を有するネガ型感光性樹脂や、ポリメチルメタクリレート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルピロリドン樹脂、ヒドロキシエチルセルロース樹脂、カルボキシメチルセルロース樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂、アルキッド樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、マレイン酸樹脂、ポリアミド樹脂等が挙げられる。
【0046】
本工程におけるマスクまたは保護層に形成される開口部については、細胞接着領域が形成される領域に形成され、精度良く細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、エネルギー照射がUV照射またはVUV照射等である場合には、貫通孔であることが好ましく、エネルギー照射がプラズマ照射である場合には、図3に例示するように、高分子基材の細胞接着領域を形成する部位に空間を有するような非貫通孔であっても良い。
【0047】
また、本工程において、上記高分子基材にエネルギー照射を行う方法としては、高分子基材に安定的にエネルギー照射を行うことができ、精度良く細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではなく、上記高分子基材が長尺状である場合には、ロール状に巻かれた状態から所定のサイズに裁断した後にエネルギー照射を行う方法であっても良いが、図4に例示するように、ロール状に巻かれた状態から高分子基材を巻き出し搬送しながらエネルギー照射を行う方法であることが好ましい。また、エネルギー照射後の高分子基材を再度ロール状に巻き取ってもよいし、枚葉状に裁断してもよい。
また、高分子基材単体にエネルギー照射を行うものであっても良く、高分子基材を別途準備した支持基板に貼り合わせた後にエネルギー照射を行うものであっても良い。
なお、図4中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0048】
2.細胞培養基材の製造方法
本発明の細胞培養基材の製造方法としては、上記細胞接着領域形成工程を少なくとも有するものであれば特に限定されるものではないが、必要に応じて他の工程を有するものであっても良い。
このような他の工程としては、上記細胞接着領域形成工程後に、上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する刺激応答性層形成工程や、上記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する微細凹凸形状賦型工程等を挙げることができる。また、高分子材料からなる基材に対して細胞接着阻害性等の評価を行い、所望の細胞接着阻害性および細胞接着領域の形成性を有することを確認し、選択する高分子基材選択工程や、上記細胞接着領域形成工程前の高分子基材上に、細胞接着領域を形成する領域に開口を有する保護層を形成する保護層形成工程、高分子基材のエネルギー照射により改質される表面とは反対側の表面に粘着剤層を形成する粘着剤層形成工程等を有するものであっても良い。
【0049】
(1)刺激応答性層形成工程
本発明における刺激応答性層形成工程は、上記細胞接着領域形成工程後に、上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する工程である。
本工程を有することにより、刺激応答性層をパターニングすることなく、容易に、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有し、かつ、刺激応答性を有するものとすることができる。
【0050】
本工程により形成される刺激応答性層は、上記細胞接着領域および細胞接着阻害領域が形成された高分子基材上に形成され、刺激を付与することにより、細胞接着領域上の刺激応答性層が細胞接着阻害性を発揮することができるものである。このような刺激応答性層としては、具体的には、刺激膨潤性および細胞非接着性を有する刺激応答性材料を含むものを挙げることができる。
【0051】
このような刺激応答性材料を含むものであることにより、細胞培養時の刺激付与前では、収縮状態を示し、収縮した刺激応答性材料から露出した高分子基材表面の細胞接着領域の影響により細胞が接着され、刺激付与後には、膨潤状態を示し、高分子基材から細胞を引きはがすことおよび/または高分子基材の表面を被覆することにより、高分子基材表面の細胞接着領域の影響を低減させ、細胞を剥離させることができる。
このため、このような刺激を付与した後の細胞に対して、コラーゲン等の細胞接着材料でコーティングされた基板を接触させた場合には、容易に細胞の回収を行うことができる。
【0052】
本工程において刺激膨潤性を有するとは、刺激の付与後に水を吸収し膨潤する性質が変化する性質を有することをいう。具体的には、刺激前後の膨潤時の体積変化(刺激後/刺激前)が、1より大きくなるものをいうものである。
なお、刺激による刺激前後の体積変化は、37℃、細胞培養溶液中に24時間静置した後の刺激応答性層の体積を刺激前の体積とし、その後、それぞれの刺激応答性材料に適した刺激を24時間連続して付与した後の刺激応答性層の体積を刺激後の体積として、刺激後の体積体/刺激前の体積の比により求めることができる。
【0053】
本工程に用いられる刺激応答性材料としては、細胞接着阻害性および刺激膨潤性を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、温度変化により膨潤する温度応答性材料、光照射により膨潤する光応答性高分子、磁力により膨潤する磁力応答性高分子、電位変化により電位応答性高分子等を挙げることができる。
【0054】
本工程に用いられる温度応答性材料としては、具体的には、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、及び、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド等を挙げることができ、なかでもPIPAAm、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミドを好ましく用いることができ、特に、PIPAAmを好ましく用いることができる。細胞の培養に適した温度において凝集状態を示し細胞接着性を発揮させ、細胞へのダメージの少ない温度範囲内で膨潤状態となり細胞剥離性を示すことができるからである。このため、細胞への悪影響なく細胞シートの形成およびその剥離を可能なものとすることができるからである。
本工程においては、上記温度応答性材料が1種類の化合物のみからなるものであっても良く、2種類以上含むものであっても良い。
【0055】
本工程に用いられる光応答性材料としては、光照射の有無により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−210936号公報に開示されるような、アゾベンゼン、ジアリールエテン、スピロピラン、スピロオキサジン、フルギドおよびロイコ色素等の光応答成分を含むもの等を用いることができる。
【0056】
本工程に用いられる電位応答性材料としては、電位の印加により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2008−295382号公報に開示されるような、電極と、RGD配列を含むペプチド等の細胞接着性部分を有し、上記電極表面にチオレートを介して結合するアルカンチオール、システイン、アルカンジスルフィド等のスペーサ物質とを有するものを挙げることができる。
【0057】
本工程に用いられる磁力応答性材料としては、磁力の付与・除去により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−312386号公報に開示されるような、フェライト等の磁性粒子を正電荷リポソームに封入した磁性粒子封入正電荷リポソームを挙げることができる。
【0058】
本工程においては、このような刺激応答性材料のなかでも、温度応答性材料であることが好ましく、特に、イソプロピルアクリルアミド(IPAAm)の重合体であるポリイソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)であることが好ましい。刺激応答性層が温度応答性材料を含む温度応答性層である場合には、刺激の付与が容易だからである。また、PIPAAmは、下限臨界温度が32℃であり、細胞接着度合いを低下させて細胞を剥離する温度下における細胞への影響が少ないからである。
【0059】
なお、温度応答性層としてのPIPAAm膜は、以下のような振る舞いをするものと考えられる。
すなわち、下限臨界温度より高い温度では膜中の高分子が脱水されて高分子が収縮した状態であり、一方で下限臨界温度以下の温度では膜中の高分子が周囲の水に対する親和性をもつことで水和し、高分子が膨潤した状態となるものと考えられる。このとき下限臨界温度より高い温度では、収縮した高分子から露出した高分子基材表面の細胞接着領域の影響により細胞が接着され、下限臨界温度より低い温度では高分子が膨潤して高分子基材の細胞接着領域の影響をほとんど受けることなくPIPAAm膜から細胞が剥離される。細胞接着性に関しては、高分子基材表面の状態が影響を及ぼすものと考えられる。本発明のように細胞接着領域と細胞接着阻害領域がパターン状に形成された高分子基材上にPIPAAm膜を形成することで、細胞接着領域では下限臨界温度より高い温度で細胞接着性をもたせることができ、細胞接着阻害領域では下限臨界温度によらず細胞接着阻害性をもたせることができる。したがって、個数や形状を制御して培養した細胞を、低侵襲で回収することができる。さらに、実質的に平坦な高分子基材表面にPIPAAm膜を形成しているため、当該PIPAAm膜上で培養された細胞シートにコラーゲンが表面に形成された基板を接触させることで容易に細胞の回収を行うことができるのである。
【0060】
本工程において上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する方法としては、上記高分子基材表面に、刺激応答性層を安定的に形成できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、別途形成した刺激応答性層を上記高分子基材表面に貼り付ける方法(積層方法)や、上記高分子基材表面に、刺激応答性材料を含む刺激応答性層用塗工液を塗布し乾燥・硬化させる方法(塗布方法)や、上記高分子基材表面に、刺激応答性材料を形成可能なモノマー成分を含む刺激応答性層用組成物を塗布し、上記高分子基材表面を重合開始点としてモノマー成分を重合させる方法(重合方法)等を挙げることができる。本工程においては、なかでも、重合方法または塗布方法であることが好ましい。上記刺激応答性層と高分子基材との接着に接着剤等の使用を回避できるからである。また、本工程においては、特に、重合方法であることが好ましい。上記刺激応答性層を厚み精度良く形成することができ、刺激に対する膨潤性の制御、すなわち、刺激により発現する細胞接着阻害性の制御性に優れたものとすることができるからである。
また、本工程において、ロールトゥロールなどの連続プロセス中で重合方法により刺激応答性層を形成する場合には、刺激応答性層用組成物として、モノマー成分のオリゴマーまたはプレポリマーを含むことが好ましい。このようなある程度重合が進行したオリゴマーやプレポリマーを含むことにより、より少ない放射線の照射回数でグラフト重合を行うことができ、生産効率を向上させることができる。
また、重合方法により刺激応答性層を形成する場合において、刺激応答性層用組成物として重合開始剤やシランカップリング剤などのアンカー剤を含むものとしても良い。本工程においては、なかでも、紫外線照射により重合を開始する場合には、重合開始剤やアンカー剤を組合せることが好ましい。
本工程において、刺激応答性層を重合方法により形成する具体例としては、例えば、上記刺激応答性層が温度応答性材料からなるものであり、温度応答性材料としてPIPAAmを用いる場合には、モノマー成分(刺激応答性モノマー)として、n−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)を用いることができる。
【0061】
図5は、積層方法により刺激応答性層を形成する方法の一例を示す説明図である。図5は、別途形成した刺激応答性層4を上記高分子基材1表面に積層する方法を示すものである。また、図6は、塗布方法により刺激応答性層を形成する方法の一例を示す説明図である。図6では、上記高分子基材1表面に、刺激応答性層用塗工液を塗布し(図6(a))、その塗膜4´を乾燥させ硬化させ(図6(b))、刺激応答性層4を形成するものである(図6(c))。図7は、重合方法により刺激応答性層を形成する方法の一例を示す説明図である。図7では、上記高分子基材1表面に、刺激応答性材料を形成可能なモノマー成分を含む刺激応答性層用組成物を塗布し(図7(a))、その塗膜4´´に対して紫外線や電子線などの放射線を照射することにより(図7(b))、上記高分子基材1表面を重合開始点としてモノマー成分を重合させることにより刺激応答性層4を形成する方法を示すものである(図7(c))。
【0062】
本工程に用いられる刺激応答性層用組成物は、上記モノマー成分を含むものであるが、通常、光重合開始剤および溶剤を含むものである。
【0063】
本工程に用いられる刺激応答性層用組成物に含まれる光重合開始剤としては、光照射により上記刺激応答性モノマーを重合し刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、一般的なものを用いることができるが、例えば、2−ヒドロキシ−2−メチル−プロピオフェノン、ベンゾフェノン、ミヒラーケトン、4,4´−ビスジエチルアミノベンゾフェノン、4−メトキシ−4´−ジメチルアミノベンゾフェノン、2−エチルアントラキノン、フェナントレン等の芳香族ケトン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインフェニルエーテル等のベンゾインエーテル類、メチルベンゾイン、エチルベンゾイン等のベンゾイン、2−(o−クロロフェニル)−4,5−フェニルイミダゾール2量体、2−(o−クロロフェニル)−4,5−ジ(m−メトキシフェニル)イミダゾール2量体、2−(o−フルオロフェニル)−4,5−ジフェニルイミダゾール2量体、2−(o−メトキシフェニル)−4,5−ジフェニルイミダゾール2量体、2,4,5−トリアリールイミダゾール2量体、2−(o−クロロフェニル)−4,5−ジ(m−メチルフェニル)イミダゾール2量体、2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン、2−トリクロロメチル−5−スチリル−1,3,4−オキサジアゾール、2−トリクロロメチル−5−(p−シアノスチリル)−1,3,4−オキサジアゾール、2−トリクロロメチル−5−(p−メトキシスチリル)−1,3,4−オキサジアゾール等のハロメチルチアゾール化合物、2,4−ビス(トリクロロメチル)−6−p−メトキシスチリル−S−トリアジン、2,4−ビス(トリクロロメチル)−6−(1−p−ジメチルアミノフェニル−1,3−ブタジエニル)−S−トリアジン、2−トリクロロメチル−4−アミノ−6−p−メトキシスチリル−S−トリアジン、2−(ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン、2−(4−エトキシ−ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン、2−(4−ブトキシ−ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン等のハロメチル−S−トリアジン系化合物、2,2−ジメトキシ−1,2−ジフェニルエタン−1−オン、2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルフォリノプロパノン、1,2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1,1−ヒドロキシ−シクロヘキシル−フェニルケトン、ベンジル、ベンゾイル安息香酸、ベンゾイル安息香酸メチル、4−ベンゾイル−4´−メチルジフェニルサルファイド、ベンジルメチルケタール、ジメチルアミノベンゾエート、P−ジメチルアミノ安息香酸イソアミル、2−n−ブチキシエチル−4−ジメチルアミノベンゾエート、2−クロロチオキサントン、2,4ジエチルチオキサントン、2,4ジメチルチオキサントン、イソプロピルチオキサントン、エタノン,1−[9−エチル−6−(2−メチルベンゾイル)−9H−カルバゾール−3−イル]−1−(o−アセチルオキシム)、4−ベンゾイル−メチルジフェニルサルファイド、1−ヒドロキシ−シクロヘキシル−フェニルケトン、2−ベンジル−2−(ジメチルアミノ)−1−[4−(4−モルフォリニル)フェニル]−1−ブタノン、2−(ジメチルアミノ)−2−[(4−メチルフェニル)メチル]−1−[4−(4−モルホリニル)フェニル]−1−ブタノン、α−ジメトキシ−α−フェニルアセトフェノン、フェニルビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フォスフィンオキサイド、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−(4−モルフォリニル)−1−プロパノン、1,2−オクタジオン,1−[4−(フェニルチオ)フェニル]−,2−(o−ベンゾイルオキシム)]等が挙げられる。本工程では、これらの光重合開始剤を単独で、または、2種以上を混合して使用することができる。
【0064】
本工程に用いられる溶媒としては、上記各成分を均一に分散または溶解できるものであれば特に限定されるものではないが、例えばジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテル等のエーテル類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のグリコールモノエーテル類(いわゆるセロソルブ類);メチルエチルケトン、アセトン、メチルイソブチルケトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノンなどのケトン類;酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸n−プロピル、酢酸i−プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸i−ブチル、前記グリコールモノエーテル類の酢酸エステル(例えば、メチルセロソルブアセテート、エチルセロソルブアセテート)、メトキシプロピルアセテート、エトキシプロピルアセテート、蓚酸ジメチル、乳酸メチル、乳酸エチル等のエステル類;エタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン等のアルコール類;塩化メチレン、1,1−ジクロロエタン、1,2−ジクロロエチレン、1−クロロプロパン、1−クロロブタン、1−クロロペンタン、クロロベンゼン、ブロムベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド等のアミド類;N−メチルピロリドンなどのピロリドン類;γ−ブチロラクトン等のラクトン類;ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド類、その他の有機極性溶媒類等が挙げられ、更には、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、及び、その他の有機非極性溶媒類等も挙げられる。これらの溶媒は単独若しくは組み合わせて用いられる。
【0065】
本工程に用いられるシランカップリング剤としてはメタクリロキシシラン、ビニルシラン、アミノシラン、エポキシシラン等を挙げることができ、なかでも、メタクリロキシシランを好ましく用いることができる。
【0066】
本工程に用いられるモノマー成分および光重合開始剤の刺激応答性層用組成物層中の含有量としては、所望の重合度の刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、重合条件等に応じて適宜設定されるものである。
【0067】
本工程における刺激応答性層用組成物層の厚みとしては、刺激応答性モノマーが所望の重合度で重合した刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、刺激応答性層用組成物の組成や培養する細胞等に応じて適宜設定されるものである。
【0068】
本工程における刺激応答性層用組成物の塗布方法としては、上記組成物を塗布して所望の厚みの塗膜を形成できるものであれば特に限定されるものではなく、スピンコート法やダイコート法等の公知の塗布方法を用いることができる。また、大面積の高分子基材に対して塗布する場合には、ブレードコーティング、グラビアコーティング、オフセットグラビアコーティング等の塗布方法を用いることが好ましい。
【0069】
本工程におけるモノマー成分の重合方法としては、上記刺激応答性材料を安定的に形成できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、上記刺激応答性層用組成物の塗膜に対して、電子線または紫外線を照射する方法を用いることができる。
本工程においては、モノマー成分の重合後に、未反応のモノマー成分等を洗浄により除去する除去処理を行うものであっても良い。
【0070】
本工程により形成される刺激応答性層の形状としては、通常、上記高分子基材の全表面を被覆するものが用いられるが、上記高分子基材上にパターン状に形成されるものであっても良い。
【0071】
本工程により形成される刺激応答性層の膜厚としては、刺激応答性を発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、具体的には、0.5nm〜300nmの範囲内であることが好ましく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。
【0072】
(2)微細凹凸形状賦型工程
本発明における微細凹凸形状賦型工程は、上記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する工程である。
本工程を有することにより、例えば、細胞培養基材上で培養する細胞の配向制御等を容易に行うことができる。
【0073】
本工程により高分子基材の表面に形成される微細凹凸形状としては、細胞が認識し、細胞の機能に影響を与えるものであれば特に限定されるものではない。
このような微細凹凸形状としては、具体的には、細胞の配向制御を行うもの(配向制御用微細凹凸形状)、分化制御を行うもの(分化制御用微細凹凸形状)、機能維持制御等を行うもの(機能維持制御用微細凹凸形状)、さらには、形態・増殖制御を行うもの(形態・増殖制御用微細凹凸形状)等を挙げることができる。
【0074】
本工程における配向制御用微細凹凸形状としては、細胞を所望の方向に配向させることができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、認識できる幅の凹部がライン状に配された凹凸構造を挙げることができる。
このような所定の幅の凹部がライン状に配された凹凸構造が形成された細胞培養基材に細胞を播種すると、細胞が凹凸構造を認識するため多くの細胞を配向させることができる。
【0075】
図8は、本工程における配向制御用微細凹凸形状が形成された細胞培養基材上で細胞培養した場合の一例を示す概略平面図である。また、図9は図8のA−A線断面図を示すものである。図8〜図9に示すように、上記配向制御用微細凹凸形状として、1つの細胞が侵入できるような幅の凹凸構造を形成した場合には、上記微細凹凸形状の凹部内に沿って細胞の長軸方向を配向させることができる。
【0076】
本工程における配向制御用微細凹凸形状しては、具体的には、培養する細胞の種類に応じて適宜設定されるものであるが、播種する細胞が心筋細胞である場合、このような凹部の形状としては、拍動により動いても溝を認識し配向を維持できる形状であることが好ましい。
具体的には、このような拍動により動いても溝を認識し配向を維持できる凹凸形状における凹部の幅としては、5μm〜50μmの範囲内であることが好ましく、なかでも、5μm〜30μmの範囲内であることが好ましい。また、凹部の深さとしては、0.2μm〜10μmの範囲内であることが好ましく、なかでも1μm〜7μmの範囲内であることが好ましい。
【0077】
本工程における分化制御用微細凹凸形状としては、細胞の分化に影響を与えることができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、少なくとも1つの細胞の分化制御に寄与するメカニカルストレスを与えるような凹凸構造を挙げることができる。
このような凹凸構造としては、具体的には、細胞の種類や制御したい分化状態に応じて適宜設定されるものである。例えば、文献(Control of stem cell fate by physical interactions with the extracelluar matrix.Cell Stem Cell.,2009,5,17−26)では、アイランド状に形成したフィブロネクチンの足場にヒト間葉系幹細胞を播種し、細胞が足場に接着して伸展すると骨芽細胞へ、一方細胞が足場に接着するが伸展しないと脂肪細胞へ分化誘導されることが報告されている。すなわち、ヒト間葉系幹細胞が接着できる表面を小さくしていくと、骨芽細胞へ分化する割合が減少し、逆に脂肪細胞へ分化する割合が増加する。
本工程においては、例えば、ヒト間葉系幹細胞を骨芽細胞へ分化するのを誘導するには、上記分化制御用微細凹凸形状として、細胞が接着して伸展できる形状および/または大きさ、具体的には、細胞の大きさの3倍以上の面積とするとよく、さらに具体的な数値を挙げると100μm×100μmの正方形等とするとよい。
一方、ヒト間葉系幹細胞を脂肪細胞へ分化するのを誘導する場合には、細胞の一部が接着するが、伸展できない形状および/または大きさ、具体的には、細胞の大きさの1倍以下の面積とするとよく、さらに具体的な数値を挙げると10μm×10μmの正方形等とするとよい。
なお、上記は例示であり微細凹凸形状の平面視形状は、細胞の種類や特性に応じて適宜設定すればよい。
【0078】
本工程における微細凹凸形状を賦型する方法としては、所望の微細凹凸形状を形成できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、高分子基材を加熱した状態で、微細凹凸形状の反転形状の微細凹凸形状を備えた型を高分子基材に押し付けて賦型する熱インプリント法を好ましく用いることができる。
本工程における加熱の程度としては、上記型を押し付けることにより微細凹凸形状を転写できるものであれば特に限定されるものではないが、通常、高分子基材を構成する高分子材料のガラス転移点以上とすることができる。
また、本工程における加熱の方法としては、所望の微細凹凸形状を賦型できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、加熱した型を用いる方法や、オーブン等の加熱装置を用いる方法を挙げることができる。
【0079】
図10は、熱インプリント法により微細凹凸形状を形成する方法の一例を説明する説明図である。図10に示すように、細胞接着領域形成工程前の高分子基材1に対して、加熱した型21を押し当て(図10(a))、賦型するものである(図10(b)〜(c))。
なお、この例では、型としてロール状の型を用い、連続的に賦型する方法を示すものである。
【0080】
本工程に用いられる型の形状としては、上記高分子基材表面に所望の微細凹凸形状を賦型できるものであれば特に限定されるものではなく、板状であっても良く、ロール状であっても良い。
本工程においては、上記高分子基材が長尺状である場合には、ロール状であることが好ましい。高分子基材表面に連続的に微細凹凸形状を賦型することができ、本工程を短時間で実施可能なものとすることができるからである。
【0081】
本工程の実施タイミングとしては、上記細胞接着領域形成工程の前または後、上記刺激応答性層形成工程の前または後であっても良いが、上記細胞接着領域形成工程の前であることが好ましい。上記微細凹凸形状を有する細胞接着領域を安定的に形成することができるからである。
【0082】
(3)高分子基材選択工程
本発明における高分子基材選択工程としては、高分子材料からなる高分子基材に対して細胞接着阻害性等の評価を行い、所望の細胞接着性および細胞接着領域の形成性を有することを確認し、選択する工程である。
本工程を有することにより、細胞に適した細胞接着領域および細胞接着阻害領域を安定的に形成する可能なものとすることができる。
なお、本工程における細胞接着阻害性等の評価方法としては、上記「1.細胞接着領域形成工程」の項に記載の接着伸展率を用いる評価方法と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0083】
(4)保護層形成工程
本発明における保護層形成工程は、上記細胞接着領域形成工程前に、上記高分子基材上に、細胞接着領域を形成する領域に開口部を有する保護層を形成する工程である。
本工程を有することにより、上記細胞接着領域形成工程の実施タイミングを細胞の播種直前に容易に行うことができる。また、上記細胞接着領域形成工程後も上記保護層を積層した状態を維持することにより、エネルギー照射を受けていない領域(細胞接着阻害領域)が、露光されることから防ぐことができる。したがって、細胞接着領域形成工程から細胞の播種の間に経時的に細胞接着領域のパターンが変化することを防ぎ、細胞を所望のパターンで培養可能なものとすることができる。
【0084】
本工程における保護層を形成する方法としては、所望の厚みの保護層を安定的に積層できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、上記保護層が遮光性材料からなるものである場合には、上記遮光性材料を含む保護層形成用塗工液を塗布し保護層形成用層を形成または別途形成した保護層形成用層を高分子基材上に積層し、パターニングにより開口部を形成する方法や、予め開口部が形成されたメッシュシート状の保護層を準備し、高分子基材上に積層する方法等を挙げることができる。
なお、パターニング方法としては、フォトリソグラフィー法等の公知の方法を用いることができる。
本工程においては、なかでも、上記高分子基材が長尺状である場合には、上記保護層形成用層を積層し、フォトマスクを用いたフォトリソグラフィー法を用いる方法を好ましく用いることができる。ロールトゥロールで保護層を形成することができ、大量生産が容易なものとすることができるからである。なお、フォトリソグラフィー法によりパターニングする場合には、上記保護層形成用層がネガ型またはポジ型の感光性を有するものであることが好ましい。別途レジスト等の積層が不要であり、パターニングされた保護層を容易に形成できるからである。
【0085】
(5)粘着剤層形成工程
本発明における粘着剤層形成工程は、高分子基材のエネルギー照射により改質される表面とは反対側の表面に粘着剤層を形成する工程である。
本工程により形成される粘着剤層としては、上記「1.高分子基材」の項に記載の内容と同様とすることができる。
本工程において粘着剤層を形成する方法としては、粘着剤層に含まれる粘着剤を含有する粘着剤層形成用塗工液を塗布する方法や、別途形成した粘着剤層を高分子基材上に積層する方法を用いることができる。
なお、塗布方法については、均一な厚みの粘着剤層を形成できる方法であれば特に限定されるものではなく、公知の塗布方法を用いることができる。具体的には、上記「(1)刺激応答性層形成工程」の項に記載の方法を用いることができる。
【0086】
(6)その他
本発明の細胞培養基材の製造方法は、上記細胞接着領域形成工程等を含むものであるが、高分子基材が長尺状である場合には、これらの各工程が独立して行われるもの、すなわち、工程毎に長尺状の高分子基材をロール状に巻き取られた状態から巻き出し、所定の処理を行った後に巻き取るものであっても良いが、全工程が連続して行われること、すなわち、最終製造物である細胞培養基材までロールトゥロールにて行われることが好ましい。大量生産可能なものとすることができるからである。
【0087】
B.細胞培養基材
次に、本発明の細胞培養基材について説明する。
本発明の細胞培養基材は、細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域および細胞接着性を有する細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材を含むことを特徴とするものである。
【0088】
このような本発明の細胞培養基材としては、既に説明した図1(d)に示すものを挙げることができる。
【0089】
本発明によれば、細胞接着阻害領域および細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材であること、すなわち、高分子基材そのものの表面に細胞接着領域および細胞接着阻害領域を有していることにより、容易かつ大量に形成可能なものとすることができる。
【0090】
本発明の細胞培養基材は、上記高分子基材を少なくとも含むものである。
以下、本発明の細胞培養基材の各構成について説明する。
【0091】
1.高分子基材
本発明に用いられる高分子基材は、細胞接着阻害領域および細胞接着領域が連続した表面に形成されたもの、すなわち、高分子基材自身の表面の改質されていない領域を細胞接着領域として含み、改質された領域を細胞接着領域として含むものである。
このような高分子基材、細胞接着領域および細胞接着阻害領域については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0092】
また、本発明に用いられる高分子基材は、表面に微細凹凸形状を有するものであっても良い。このような微細凹凸形状については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0093】
2.細胞培養基材
本発明の細胞培養基材は、上記高分子基材を少なくとも含むものであるが、必要に応じて、上記高分子基材上に刺激応答性層、保護層および粘着剤層等を有するものであっても良い。このような刺激応答性層、保護層および粘着剤層については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0094】
C.パターン細胞シートの製造方法
次に、本発明のパターン細胞シートの製造方法について説明する。
本発明のパターン細胞シートの製造方法は、上述の細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材を製造し、上記細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する細胞培養工程と、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する拡張細胞接着領域形成工程と、を有することを特徴とするものである。
【0095】
このような本発明のパターン細胞シートの製造方法について図を参照して説明する。図11は、本発明のパターン細胞シートの製造方法の一例を示す工程図である。図11に例示するように、本発明のパターン細胞シートの製造方法は、まず、細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材10を製造し、上記細胞培養基材10の細胞接着領域2a上に細胞を接着させ培養し(図11(a))、上記細胞接着領域2aに隣接する細胞接着阻害領域2bに対してエネルギー照射を行い(図11(b))、上記高分子基材1の表面を改質することで拡張細胞接着領域12aを形成するものである(図11(c))。また、このような拡張細胞接着領域が形成された細胞培養基材10上で培養を継続することにより、図11(d)に示すように、拡張細胞接着領域12a上まで細胞を増殖・配向させることができる。
なお、図11(a)が細胞培養工程であり、図11(b)〜(c)が拡張細胞接着領域形成工程である。
【0096】
本発明によれば、拡張細胞接着領域形成工程を有することにより、細胞の形態や配向状態を精度良く制御された細胞シートを容易に形成することができる。
なお、細胞シートとは、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で連結されたシート状の細胞集合体である。
【0097】
本発明のパターン細胞シートの製造方法は、上記細胞培養工程および拡張細胞接着領域形成工程を有するものである。
以下、本発明のパターン細胞シートの製造方法の各工程について詳細に説明する。
【0098】
1.細胞培養工程
本発明における細胞培養工程は、上述の細胞培養基材の製造方法により製造された細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する工程である。
本工程に用いられる細胞培養基材および細胞培養基材の製造方法については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0099】
本工程における細胞接着領域上に細胞を接着させる方法としては、細胞を所望の密度となるように播種できる方法であれば特に限定されるものではなく、一般的な播種方法を用いることができる。例えば、細胞の種類に応じて選択された培地に細胞を懸濁した懸濁液を塗布する方法を挙げることができる。
また、細胞接着領域上に接着させた細胞を培養する方法についても、一般的な培養方法を用いることができる。
【0100】
本工程に用いられる細胞としては、足場依存性のものであれば、種々の細胞、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、線維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞、iPS細胞、幹細胞、ES細胞やiPS細胞から分化誘導した種々の細胞等を用いることができる。
【0101】
2.拡張細胞接着領域形成工程
本発明における拡張細胞接着領域形成工程は、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する工程である。
【0102】
本工程において、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する方法、すなわち、拡張細胞接着領域を形成する領域にのみエネルギー照射を行う方法、照射されるエネルギーおよび拡張細胞接着領域の形状については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0103】
本工程における拡張細胞接着領域が形成される箇所としては、本工程の実施前に細胞接着阻害領域であった箇所であり、上記細胞接着領域に隣接する箇所であれば特に限定されるものではなく、目的に応じて適宜設定されるものである。例えば、複数の細胞接着領域間を接続するように拡張細胞接着領域を形成し、細胞接着領域間を移動する細胞を観察することで細胞遊走の様子を把握することができる。また、例えば、細胞が配向状態あるいは無配向状態で培養可能な細胞接着領域に対して、細胞の配向性が向上あるいは低下するような拡張細胞接着領域を細胞接着領域に隣接して形成し、細胞を観察することで細胞の配向性が変化する様子を把握することができる。
ここで、細胞接着領域に隣接するとは、平面視上、他の部材により隔てられていないものであれば特に限定されるものではなく、細胞接着領域と接するように形成されるものであっても良く、細胞接着領域と接しないように形成されるものであっても良い。また、細胞接着領域と接しないように形成される場合には、細胞が細胞接着領域から拡張細胞接着領域に向かって移動可能な程度の間隔が設けられるものであっても良い。なお、細胞が移動可能な程度の間隔とは、通常、細胞1〜2個分の間隔をいうものであり、例えば、10μm〜60μmの範囲内とすることができる。
【0104】
本工程において、上記細胞接着阻害領域に対してエネルギー照射を行う状態としては、高分子基材が培地中に浸漬した状態であっても良いが、大気中、すなわち、一旦培地を回収した後、大気に曝した状態であることが好ましい。継代培養の手間を省くことができる等の利点があるからである。
【0105】
本工程を行う回数としては、1回であっても良く、複数回であっても良い。
ここで、複数回行う態様としては、例えば、細胞接着領域と接するように形成される拡張細胞接着領域を順次拡張するものを挙げることができる。
【0106】
3.パターン細胞シートの製造方法
本発明のパターン細胞シートの製造方法は、上記細胞培養工程および拡張細胞接着領域形成工程を有するものであるが、必要に応じて適宜他の工程を有するものであっても良い。
例えば、上記拡張細胞接着領域形成工程後に、上記細胞培養工程で接着させた細胞とは異なる種類の細胞を拡張細胞接着領域に接着させる複数細胞培養工程や、上記拡張細胞接着領域形成工程後に、細胞接着領域および拡張細胞接着領域に接着している細胞または細胞シートを剥離する剥離工程を挙げることができる。
【0107】
本発明における剥離工程における細胞または細胞シートを剥離する方法としては、細胞シート等を安定的に剥離することができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、トリプシン等の酵素を用いて細胞シート等を剥離する方法等を用いることができる。
また、上記細胞培養基材として、刺激応答性層が高分子基材上に形成されたものを用いる場合には、刺激応答性層の性質に合わせた刺激を付与して剥離する方法を用いることができる。
具体的には、上記刺激応答性層が、温度応答性材料であるポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)を含む温度応答性層である場合には、37℃近傍で細胞を培養することで細胞シート等を形成し、32℃以下に温度を低下させることにより、細胞シート等を剥離する方法を用いることができる。
【0108】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0109】
以下、本発明について実施例および比較例を用いて具体的に説明する。
【0110】
[実施例1−1]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、100μm角の開口部を有するフォトマスクを介して254nmのUV光を26J/cm2照射し、細胞接着領域を形成した。ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、フォトマスク開口部に相当する領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。細胞パターンは、少なくとも3週間維持した。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図12に示す。
【0111】
[実施例1−2]
開口部の形状を300μm角とした以外は、実施例1−1と同様にして細胞接着領域を形成し、細胞を播種した。その結果、実施例1−1と同様に、フォトマスク開口部に相当する領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。細胞パターンは、少なくとも3週間維持した。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図13に示す。
【0112】
[実施例2−1]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、10μmのライン状凹部が10μm間隔で形成された矩形ラインパターンの凹凸付きPDMSを密着させ、プラズマ(400W、3分)を照射して細胞接着領域を形成した。ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、PDMSの凹部相当領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図14に示す。
【0113】
[実施例2−2]
ライン状凹部の幅を70μm、間隔70μmのPDMSを用いた以外は、実施例2−1と同様にして細胞接着領域を形成し、細胞を播種した。その結果、実施例2−1と同様にPDMSの凹部相当領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図15に示す。
【0114】
[実施例3−1]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、熱インプリントにて幅10μm、深さ5μm、周期20μmの微細凹凸形状を付与した。微細凹凸付きOPSシートに実施例1−1と同形状のフォトマスクを介して254nmのUV光を26J/cm2照射し、細胞接着領域を形成した。ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、フォトマスク開口部に相当する領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図16に示す。
【0115】
[実施例3−2]
実施例1−2と同形状のフォトマスクを用いた以外は、実施例3−1と同様にして細胞培養基材を形成し、細胞を播種した。3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図17に示す。
【0116】
[実施例4]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、開口部300μm幅、遮光部60μm幅のフォトマスクを介して172nmのUV光を144mJ/cm2照射し、細胞接着領域を形成した。続いてN−イソプロピルアクリルアミド10w/w%IPA溶液を塗布し、50kGy(150kV)の電子線を照射し、刺激応答性層を有する細胞培養基材を形成した。水洗後にウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、細胞がパターン状に接着した。1週間培養後、細胞培養基材を37℃の恒温槽から取出し、室温(23℃)に静置する低温処理を行うと細胞がパターンから剥離した。その際の様子を撮影した顕微鏡写真を図18に示す。なお、図18中の(a)が23℃の室温に静置した直後の写真であり、(b)が23℃の室温に静置後20分経過後の写真であり、(c)が23℃の室温に静置後40分経過後の写真である。
【0117】
[実施例5〜7]
高分子基材として、(1)三菱樹脂社製サントクリア(逐次二軸延伸)、(2)昭和パックス社製エスクレア(無延伸インフレ)、(3)大石産業スチロファン(インフレ縦一軸延伸)を準備し、それぞれ実施例1−2と同形状のフォトマスクを介して254nmの光を26J/cm2照射し細胞培養基材を形成した。
その後、ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、細胞がパターン状に接着した。3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図19に示す。なお、図19中の(a)〜(c)は、それぞれ高分子基材として、(a)三菱樹脂社製サントクリア(実施例5)、(b)昭和パックス社製エスクレア(実施例6)、(c)大石産業スチロファン(実施例7)を用いたものである。
実施例5〜7より、本手法により、様々な製法で製造された高分子基材へのパターニングが可能であると分かった。
【符号の説明】
【0118】
1 … 高分子基材
2a … 細胞接着領域
2b … 細胞接着阻害領域
3 … 保護層
4 … 刺激応答性層
10 … 細胞培養基材
30 … パターン形成用細胞培養容器
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易に形成可能な細胞培養基材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞をパターン状に培養するための細胞培養基材として、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有するものが開示されている。このような細胞培養基材としては、例えば、基材と、基材上に形成され、パターン状に形成された細胞接着性または細胞接着阻害性を有する材料からなる層とを有するものが開示されている(特許文献1)。
しかしながら、細胞接着性または細胞接着阻害性を有する材料からなる層をパターン状に形成するためには、通常、これらの材料からなる層を基材上の全面に形成し、リソグラフィー法等を用いてパターニングする方法が用いられる。
このため、容易かつ大量に製造することが困難であるといった問題や、基材が凹凸構造を有するものである場合等には、上述のパターンを安定的に形成すること等が困難であるといった問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2011−50303号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易かつ大量に形成可能な細胞培養基材の製造方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記目的を達成するために、本発明は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とする細胞培養基材の製造方法を提供する。
【0006】
本発明によれば、高分子基材の表面を改質する方法を用いることにより、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易かつ大量に形成することができる。
【0007】
本発明においては、上記細胞接着領域形成工程後に、上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する刺激応答性層形成工程を有することが好ましい。刺激応答性層をパターニングすることなく、容易に、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有し、かつ、刺激応答性を有するものとすることができるからである。
【0008】
本発明においては、上記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する微細凹凸形状賦型工程を有することが好ましい。微細凹凸形状が賦型されていることにより、例えば、細胞培養基材上で培養する細胞の配向制御等を容易に行うことができるからである。
【0009】
本発明においては、上記高分子基材が長尺状であり、上記高分子基材を搬送しながらエネルギー照射を行うことが好ましい。上記細胞培養基材を容易かつ大量に形成することができるからである。
【0010】
本発明は、細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域および細胞接着性を有する細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材を含むことを特徴とする細胞培養基材を提供する。
【0011】
本発明によれば、高分子基材そのものの表面に細胞接着領域および細胞接着阻害領域を有していることにより、容易かつ大量に形成可能なものとすることができる。
【0012】
本発明は、上述の細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材を製造し、上記細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する細胞培養工程と、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する拡張細胞接着領域形成工程と、を有することを特徴とするパターン細胞シートの製造方法を提供する。
【0013】
本発明によれば、拡張細胞接着領域形成工程を有することにより、細胞が遊走する様子や配向性が変化する様子を観察することができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明は、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有する細胞培養基材を容易かつ大量に形成可能な細胞培養基材の製造方法を提供できるといった効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の細胞培養基材の製造方法の一例を示す工程図である。
【図2】本発明における保護層を説明する説明図である。
【図3】本発明における細胞接着領域形成工程を説明する説明図である。
【図4】本発明における細胞接着領域形成工程を説明する説明図である。
【図5】本発明における刺激応答性層形成工程の一例を示す工程図である。
【図6】本発明における刺激応答性層形成工程の他の例を示す工程図である。
【図7】本発明における刺激応答性層形成工程の他の例を示す工程図である。
【図8】本発明における微細凹凸形状の一例を示す概略平面図である。
【図9】図8のA−A線断面図である。
【図10】本発明における微細凹凸形状形成工程の一例を示す工程図である。
【図11】本発明のパターン細胞シートの製造方法の一例を示す工程図である。
【図12】実施例1−1の結果を示す顕微鏡写真である。
【図13】実施例1−2の結果を示す顕微鏡写真である。
【図14】実施例2−1の結果を示す顕微鏡写真である。
【図15】実施例2−2の結果を示す顕微鏡写真である。
【図16】実施例3−1の結果を示す顕微鏡写真である。
【図17】実施例3−2の結果を示す顕微鏡写真である。
【図18】実施例4の結果を示す顕微鏡写真である。
【図19】実施例5〜実施例7の結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、細胞培養基材の製造方法、細胞培養基材、およびそれを用いた細胞シートの製造方法に関するものである。
以下、本発明の細胞培養基材の製造方法、細胞培養基材および細胞シートの製造方法について詳細に説明する。
【0017】
A.細胞培養基材の製造方法
まず、本発明の細胞培養基材の製造方法について説明する。
本発明の細胞培養基材の製造方法は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とするものである。
【0018】
このような本発明の細胞培養基材の製造方法について図を参照して説明する。図1は、本発明の細胞培養基材の製造方法の一例を示す工程図である。図1に例示するように、本発明の細胞培養基材の製造方法は、細胞接着阻害性の表面を有するポリスチレンを含む高分子基材1を準備し、高分子基材1の表面に対して細胞接着領域を形成する箇所に開口部を有し、かつ、エネルギーを遮蔽可能な保護層3を積層し(図1(a))、次いで、上記保護層3上から、露出した高分子基材1に対してエネルギー照射を行うことにより表面を選択的に改質することで(図1(b))、細胞接着性を有する細胞接着領域2aをパターン状に形成し、表面改質されなかった領域に細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域2bを形成する(図1(c))。次いで、図1(d)に示すように、保護層3を剥離することで、細胞接着領域2aおよび細胞接着阻害領域2bを表面に有する高分子基材1を含む細胞培養基材10を得るものである(図1(e))。
ここで、図1(b)〜(c)が細胞接着領域形成工程である。また、図1(a)は保護層形成工程である。
【0019】
本発明によれば、高分子基材の表面を改質する方法を用いることにより、細胞接着領域および細胞接着阻害領域を有する細胞培養基材を容易に形成することができる。
また、従来の、基材上に細胞接着材料、細胞接着阻害材料、開始剤等の化学物質を塗布等により形成したものと比較し、これらの材料を用いないことから、高い安全性を有するものとすることができる。例えば、開始剤等の残渣の影響のないものや、リソグラフィー法等によるパターニングを不要とすることができることから、通常、細胞の培養に悪影響を与える現像液等の影響のないものとすることができる。したがって、細胞培養基材を細胞を安定的に培養可能なものとすることができる。
さらに、これらの材料や別途工程が不要であることにより、ロール状の高分子基材からロールトゥロール、ロールトゥシートなどの連続プロセスで細胞培養基材を容易に形成できる。
さらにまた、本発明の製造方法により製造された細胞培養基材は、高分子基材自身の表面に細胞接着領域(改質された領域)および細胞接着阻害領域(改質されていない領域)が形成されるものであることから、例えば、微細凹凸形状を付与することによる細胞の配向制御等や、刺激応答性層を積層することによる刺激応答性の付与等を容易に行うことができる。
【0020】
本発明の細胞培養基材の製造方法は細胞接着領域形成工程を少なくとも有するものである。
以下、本発明の細胞培養基材の製造方法の各工程について詳細に説明する。
【0021】
1.細胞接着領域形成工程
本発明における細胞接着領域形成工程は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する工程である。
【0022】
(1)高分子基材
本工程における高分子基材は、細胞接着阻害性の表面を有するものであり、かつ、エネルギー照射を行うことにより表面が改質され、細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではない。
【0023】
本工程において細胞接着阻害性を示すとは、細胞が接着、伸展しにくく、細胞接着伸展率が低い状態であることをいうものである。本工程において、このような細胞接着伸展率が低い状態としては、具体的には、上記細胞接着伸展率が5%以下である状態とすることができる。本工程においては、なかでも2%以下であることが好ましい。安定的に細胞の接着を防ぐことができるからである。
【0024】
本工程における細胞接着伸展率は、所定の密度で培養する細胞を播種し、上記細胞の培養に適当な条件で14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))を表すものである。
具体的には、培養する細胞がウシ血管内皮細胞である場合には、播種密度4000cells/cm2以上30000cells/cm2未満の範囲内となるように播種し、37℃インキュベーター内(CO2濃度5%)に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合を評価することができる。また、ウシ血管内皮細胞である場合の細胞の播種は、10%FBS(血清)入りDMEM培地に懸濁させて播種し、その後、上記細胞ができるだけ均一に分布するよう、上記細胞が播種された基材をゆっくりと振とうすることにより行うものである。
さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。また、細胞接着伸展率の測定個所としては、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いて測定を行うものである。
【0025】
また、細胞接着性を有しているとは細胞が接着、伸展しやすく、細胞接着伸展率が高い状態であることをいうものである。本工程において、このような細胞接着伸展率が高い状態としては、具体的には、細胞接着伸展率が60%以上である状態とすることができる。
本工程においては、なかでも、80%以上であることが好ましい。細胞接着領域として、細胞を安定的に接着させることができるからである。
【0026】
本工程に用いられる高分子基材は細胞接着阻害性の表面を有するものであるが、このような細胞接着阻害性の程度は高分子基材を構成する高分子材料により一義的に決定されるものではなく、細胞毎に異なるものである。また、上記高分子材料として同一の材料を用いた場合であっても、表面の粗度や不純物等の影響により細胞接着阻害性を示さない可能性もある。
このため、本工程において用いられる高分子基材については、細胞毎に上述の細胞接着伸展率を用いる評価方法を行い、所望の細胞接着阻害性の表面を有することおよびエネルギー照射により所望の細胞接着性を有する細胞接着領域を形成できるものであることを確認した上で選択されたものであることが好ましい。
【0027】
本工程に用いられる高分子基材を構成する高分子材料としては、エネルギー照射を行うことにより表面改質され、細胞接着領域を形成可能なものであれば特に限定されるものではないが、例えば、エネルギー照射を行うことにより水接触角が低下する性質を有するものを挙げることができる。このような高分子材料としては、具体的には、ポリエステル、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート等を挙げることができ、なかでも、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることが好ましい。このような高分子材料を用いて高分子基材を形成した場合には、細胞接着阻害性の表面を有するものとすることが容易だからである。また、ポリスチレンは、細胞毒性が低い材料であるからである。また、ポリエチレンテレフタレート樹脂は、低コストで入手可能であり量産作製に適した材料であるからである。
また、本工程においては、特に、ポリスチレンを好ましく用いることができる。上記高分子材料を用いることにより、細胞接着阻害性の表面を容易に形成することができ、また細胞毒性が低いものであるからである。さらに、ガラス転移点が低いため熱インプリントが容易であり、後述するような微細凹凸形状の賦型が容易だからである。
なお、本工程における水接触角が低下する性質とは、エネルギー照射の結果として水接触角が変化するものを示すものであり、水接触角が変化する性質(親水・疎水性の変化)のみならず、結果として水接触角が低下する性質、例えば、エネルギー照射により酸素等を含む官能基が導入される性質も含むものである。
したがって、水接触角が低下する性質を有する材料を用いて細胞接着領域を形成した場合には、細胞接着領域は、水接触角が低下して形成されたもの、上記官能基が導入される等の結果として水接触角が低下して形成されたもの、および、これらが混合して形成されたものを含むものである。
また、本工程における高分子材料は、細胞培養に支障を来たさない程度に、ロール状で取り扱いがしやすいようにゴムなどの成分を含む共重合体であってもよい。また、その他必要な添加剤を含むものであっても良い。
【0028】
本工程におけるエネルギー照射前の高分子基材の表面の水接触角としては、エネルギー照射前の状態で所望の細胞接着阻害性を示すものであれば特に限定されるものではないが、80°以上であることが好ましい。上記水接触角が上述の範囲内であることにより、安定的に細胞接着阻害性を有するものとすることができるからである。また、エネルギー照射により容易に細胞接着領域を形成することができるからである。
なお、水接触角は、温度25℃、湿度30%、大気圧下で、マイクロシリンジから水を滴下して30秒後に接触角測定器を用いて測定した値を用いることができきる。また、接触角測定器としては例えば、協和界面科学(株)製CA−Z型を用いることができる。
【0029】
本工程に用いられる高分子基材のエネルギー照射された際、すなわち、本工程が行われ、細胞接着領域が形成された際の水接触角としては、所望の細胞接着性を示すものであれば特に限定されるものではないが、60°以下となることが好ましい。エネルギー照射された際の水接触角を上述の範囲内とするものであることにより、安定的に細胞接着性を有するものとすることができるからである。また、本工程により形成される細胞接着阻害領域、すなわち、エネルギー照射されない領域との間の細胞との接着性の差を大きいものとすることができるからである。
【0030】
本工程に用いられる高分子基材については、未延伸であっても良く、一軸延伸、遂次二軸延伸、同時二軸延伸してなるものを用いることができる。
【0031】
本工程に用いられる高分子基材の形状としては、所望の細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを形成し、細胞培養を安定的にできるものであれば特に限定されるものではなく、平坦状であっても良く、容器等の段差を有する形状であっても良い。
【0032】
本工程における高分子基材の形状が平坦状である場合の厚みについては、本工程により形成される細胞接着領域および細胞接着阻害領域がそれぞれ細胞接着性および細胞接着阻害性を安定的に発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、板状とするものであっても良いが、ロール状に曲げることが可能なシート状とするものであることが好ましい。本工程をロールトゥロールプロセスにて行うこと、すなわち、大量生産可能なものとすることができるからである。
このようなシート状とする厚みとしては、具体的には、用いる高分子材料に応じて適宜設定されるものであるが、1μm〜500μmの範囲内であることが好ましく、なかでも50μm〜200μmの範囲内であることが好ましい。ロール状にすることが容易だからである。
【0033】
また、本工程における高分子基材がシート状である場合の態様としては、所望の細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを形成し、細胞培養を安定的にできるものであれば特に限定されるものではなく、枚葉状であっても良いが、長尺状であることが好ましい。
長尺状であることにより、ロール状にして保管することや、ロール状で保管した状態から巻き出しながら本工程を行う等、細胞培養基材の製造プロセスの自由度を高いものとすることができるからである。
また、後述するような刺激応答性層を形成したものや凹凸形状の賦型したものを形成する場合であっても、これらをロールトゥロールで形成することができ、容易かつ大量に形成可能なものとすることができるからである。
さらに、最終的に得られる細胞培養基材を長尺状のままロール状にして保存することや、ロール状で保存した状態から、細胞培養の用途等に合わせてサイズを決定し、所望のサイズの細胞培養基材を切り出して用いることができる等、細胞培養基材の製造プロセスや使用方法の自由度を高いものとすることができるからである。
ここで、長尺状であるとは、ロール状に巻き取ることができる程度の長さのものであることをいうものであり、製造装置に設置できる重量等に応じて任意に決定すればよいが、具体的には、長さが10m以上とすることが好ましく、なかでも、50m〜5000mの範囲内とすることが好ましく、特に、100m〜1000mの範囲内とすることが好ましい。
また、長さは幅に対して10倍以上であることが好ましい。取扱い性等に優れたものとすることができるからである。
【0034】
本工程における高分子基材の形状が段差を有する形状における段差としては、凹状の細胞培養領域や、マイクロ流路等を挙げることができる。本工程においては、エネルギー照射のみで細胞接着領域を形成できるため、このような段差を有するものであっても、細胞接着領域を精度良く形成することができる。
本工程において、凹状の細胞培養領域が形成された高分子基材としては、例えば、マイクロウェルプレート等の容器を挙げることができる。
【0035】
本工程における高分子基材は、多孔質状であってもよい。また、多孔質状である場合の高分子基材の厚み、ポアサイズ、孔密度等は培地の通過時間に影響するため、目的とするセルカルチャーインサート等に適した範囲から適宜設定される。
例えば、多孔質を備えた高分子基材を細胞シート作製、2種類の細胞の共培養、薬物透過アッセイなどに使用する場合には、ポアサイズは細胞が遊走又は浸潤しない程度のφ20μm以下であることが好ましい。
【0036】
本工程に用いられる高分子基材は、エネルギー照射により改質される表面とは反対側の表面に粘着剤層を有するものであっても良い。
このような粘着剤層を有することにより、上記高分子基材を別途用意した支持基板に貼り付け、貼り付けた状態で本工程を行うことや、本発明の製造方法により製造される細胞培養基材を上記支持基板に貼り付けることを容易なものとすることができるからである。
本工程に用いられる粘着剤層としては、所望の接着性を発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、公知の粘着剤を塗布してなるものを用いることができるが、具体的には、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)等の粘着剤を含むものを挙げることができ、なかでもポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン等の粘着剤を含むものであることが好ましい。上記高分子基材および支持基板を十分な強度で接着させることができるからである。
【0037】
また、本工程に用いられる支持基板としては、上記高分子基材を支持できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、細胞培養に一般的に用いられる容器等を挙げることができる。具体的には、マルチウェルプレート等のプレート、ディッシュ、シャーレ、フラスコ、ボトル等の培地を貯蔵することができ、細胞を培養することができる容器を挙げることができる。
【0038】
(2)細胞接着領域形成工程
本工程は、細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する工程である。
【0039】
本工程により形成される細胞接着領域の形状としては、用途等に応じて適宜設定できるものであるが、例えば、矩形状、円形状、多角形状、ライン状、枝状、網目(メッシュ)状などの種々の形状とすることができる。
本工程においては、細胞の増殖の用途に用いる場合には、矩形状、円形状、多角形状であることが好ましく、なかでも、細胞を配向させる等の用途に用いる場合にはライン状であることが好ましい。
【0040】
本工程において照射されるエネルギーとしては、高分子基材の細胞接着阻害性の表面に対して行うことにより、細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、具体的には、紫外線(UV)、VUV光、プラズマ等を挙げることができる。
【0041】
本工程において、高分子基材の細胞接着領域を形成する領域にエネルギー照射を行う方法、すなわち、細胞接着領域を形成する領域にのみエネルギー照射を行う方法としては、細胞接着領域を形成する領域に開口部を有するマスクを介してエネルギー照射を行う方法(マスク法)、高分子基材上に、細胞接着領域を形成する領域に開口部を有する保護層を積層し、保護層を介してエネルギー照射を行う方法(保護層法)を用いることができ、なかでも、保護層法を好ましく用いることができる。保護層を高分子基材上に積層することにより、細胞を播種する直前にエネルギー照射を行い、細胞接着領域を形成することが容易となるからである。また、その結果、予め細胞接着領域を形成した場合と比較し、経時的にパターンが変化する等の不具合を防止することができ、細胞をよりパターン精度良く培養することが可能となるからである。
なお、本工程が、上記高分子基材が支持基板等に貼り付けられた状態で行われる場合には、上記保護層を支持基板等に貼り付けて用いることもできる。具体的には図2に例示するように支持基板31が蓋34つきの容器30の場合、蓋34に遮光部として保護層3を貼り付け、パターン形成用細胞培養容器30を形成した状態で本工程を行うこともできる。また、図2の例示に限らず、蓋34の内側に遮光部として保護層3を貼り付けて本工程を行うものであっても良い。
【0042】
本工程に用いられるマスクとしては、エネルギー照射から上記高分子基材表面の改質を防止することができるものであれば特に限定されるものではなく、SUS等の金属基板をエッチング加工、レーザー加工、または電鋳加工によりパターンニングしたもの等や、ソーダライムガラスや石英からなる基板上に、エマルジョン(銀塩)や、クロムからなる遮光膜を有するものとすることができる。
【0043】
本工程に用いられる保護層としては、エネルギー照射から上記高分子基材表面の改質を防止することができ、上記高分子基材表面等に積層できるものであれば特に限定されるものではなく、遮光性材料からなるもの等を挙げることができる。
このような遮光性材料としては、上記細胞接着領域形成工程の実施終了時まで高分子基材表面に密着性を有し、かつ、細胞培養時には容易に剥離できるものであることが好ましい。上記高分子基材等との積層の際に粘着剤等の使用を回避できるからである。
本工程においては、このような遮光性材料としては、高分子基材を構成する高分子材料等に応じて適宜選択されるものであるが、例えば、黒色着色剤をバインダ樹脂中に分散させたものや、クロム、酸化クロム等の金属薄膜、PDMS(ポリジメチルシロキサン)等のシリコーン樹脂等を挙げることができる。
本工程においては、なかでも、エネルギー照射がUV照射またはVUV照射等である場合には、黒色着色剤をバインダ樹脂中に分散させたもの、金属薄膜等を好ましく用いることができ、エネルギー照射がプラズマ照射である場合には、PDMS等のシリコーン系樹脂を好ましく用いることができる。
【0044】
本工程に用いられる黒色着色剤としては、エネルギーを遮蔽できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、カーボン微粒子、金属酸化物等を挙げることができる。
【0045】
本工程に用いられるバインダ樹脂としては、上記黒色着色剤を安定的に分散・保持することができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、アクリレート系、メタクリレート系、ポリ桂皮酸ビニル系、もしくは環化ゴム系等の反応性ビニル基を有するネガ型感光性樹脂や、ポリメチルメタクリレート樹脂、ポリアクリレート樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリビニルアルコール樹脂、ポリビニルピロリドン樹脂、ヒドロキシエチルセルロース樹脂、カルボキシメチルセルロース樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂、アルキッド樹脂、エポキシ樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、マレイン酸樹脂、ポリアミド樹脂等が挙げられる。
【0046】
本工程におけるマスクまたは保護層に形成される開口部については、細胞接着領域が形成される領域に形成され、精度良く細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではないが、エネルギー照射がUV照射またはVUV照射等である場合には、貫通孔であることが好ましく、エネルギー照射がプラズマ照射である場合には、図3に例示するように、高分子基材の細胞接着領域を形成する部位に空間を有するような非貫通孔であっても良い。
【0047】
また、本工程において、上記高分子基材にエネルギー照射を行う方法としては、高分子基材に安定的にエネルギー照射を行うことができ、精度良く細胞接着領域を形成できるものであれば特に限定されるものではなく、上記高分子基材が長尺状である場合には、ロール状に巻かれた状態から所定のサイズに裁断した後にエネルギー照射を行う方法であっても良いが、図4に例示するように、ロール状に巻かれた状態から高分子基材を巻き出し搬送しながらエネルギー照射を行う方法であることが好ましい。また、エネルギー照射後の高分子基材を再度ロール状に巻き取ってもよいし、枚葉状に裁断してもよい。
また、高分子基材単体にエネルギー照射を行うものであっても良く、高分子基材を別途準備した支持基板に貼り合わせた後にエネルギー照射を行うものであっても良い。
なお、図4中の符号については、図1のものと同一の部材を示すものであるので、ここでの説明は省略する。
【0048】
2.細胞培養基材の製造方法
本発明の細胞培養基材の製造方法としては、上記細胞接着領域形成工程を少なくとも有するものであれば特に限定されるものではないが、必要に応じて他の工程を有するものであっても良い。
このような他の工程としては、上記細胞接着領域形成工程後に、上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する刺激応答性層形成工程や、上記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する微細凹凸形状賦型工程等を挙げることができる。また、高分子材料からなる基材に対して細胞接着阻害性等の評価を行い、所望の細胞接着阻害性および細胞接着領域の形成性を有することを確認し、選択する高分子基材選択工程や、上記細胞接着領域形成工程前の高分子基材上に、細胞接着領域を形成する領域に開口を有する保護層を形成する保護層形成工程、高分子基材のエネルギー照射により改質される表面とは反対側の表面に粘着剤層を形成する粘着剤層形成工程等を有するものであっても良い。
【0049】
(1)刺激応答性層形成工程
本発明における刺激応答性層形成工程は、上記細胞接着領域形成工程後に、上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する工程である。
本工程を有することにより、刺激応答性層をパターニングすることなく、容易に、細胞接着領域および細胞接着阻害領域のパターンを有し、かつ、刺激応答性を有するものとすることができる。
【0050】
本工程により形成される刺激応答性層は、上記細胞接着領域および細胞接着阻害領域が形成された高分子基材上に形成され、刺激を付与することにより、細胞接着領域上の刺激応答性層が細胞接着阻害性を発揮することができるものである。このような刺激応答性層としては、具体的には、刺激膨潤性および細胞非接着性を有する刺激応答性材料を含むものを挙げることができる。
【0051】
このような刺激応答性材料を含むものであることにより、細胞培養時の刺激付与前では、収縮状態を示し、収縮した刺激応答性材料から露出した高分子基材表面の細胞接着領域の影響により細胞が接着され、刺激付与後には、膨潤状態を示し、高分子基材から細胞を引きはがすことおよび/または高分子基材の表面を被覆することにより、高分子基材表面の細胞接着領域の影響を低減させ、細胞を剥離させることができる。
このため、このような刺激を付与した後の細胞に対して、コラーゲン等の細胞接着材料でコーティングされた基板を接触させた場合には、容易に細胞の回収を行うことができる。
【0052】
本工程において刺激膨潤性を有するとは、刺激の付与後に水を吸収し膨潤する性質が変化する性質を有することをいう。具体的には、刺激前後の膨潤時の体積変化(刺激後/刺激前)が、1より大きくなるものをいうものである。
なお、刺激による刺激前後の体積変化は、37℃、細胞培養溶液中に24時間静置した後の刺激応答性層の体積を刺激前の体積とし、その後、それぞれの刺激応答性材料に適した刺激を24時間連続して付与した後の刺激応答性層の体積を刺激後の体積として、刺激後の体積体/刺激前の体積の比により求めることができる。
【0053】
本工程に用いられる刺激応答性材料としては、細胞接着阻害性および刺激膨潤性を有するものであれば特に限定されるものではないが、例えば、温度変化により膨潤する温度応答性材料、光照射により膨潤する光応答性高分子、磁力により膨潤する磁力応答性高分子、電位変化により電位応答性高分子等を挙げることができる。
【0054】
本工程に用いられる温度応答性材料としては、具体的には、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド、及び、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド等を挙げることができ、なかでもPIPAAm、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミドを好ましく用いることができ、特に、PIPAAmを好ましく用いることができる。細胞の培養に適した温度において凝集状態を示し細胞接着性を発揮させ、細胞へのダメージの少ない温度範囲内で膨潤状態となり細胞剥離性を示すことができるからである。このため、細胞への悪影響なく細胞シートの形成およびその剥離を可能なものとすることができるからである。
本工程においては、上記温度応答性材料が1種類の化合物のみからなるものであっても良く、2種類以上含むものであっても良い。
【0055】
本工程に用いられる光応答性材料としては、光照射の有無により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−210936号公報に開示されるような、アゾベンゼン、ジアリールエテン、スピロピラン、スピロオキサジン、フルギドおよびロイコ色素等の光応答成分を含むもの等を用いることができる。
【0056】
本工程に用いられる電位応答性材料としては、電位の印加により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2008−295382号公報に開示されるような、電極と、RGD配列を含むペプチド等の細胞接着性部分を有し、上記電極表面にチオレートを介して結合するアルカンチオール、システイン、アルカンジスルフィド等のスペーサ物質とを有するものを挙げることができる。
【0057】
本工程に用いられる磁力応答性材料としては、磁力の付与・除去により、膨潤するものであれば特に限定されるものではなく、例えば、特開2005−312386号公報に開示されるような、フェライト等の磁性粒子を正電荷リポソームに封入した磁性粒子封入正電荷リポソームを挙げることができる。
【0058】
本工程においては、このような刺激応答性材料のなかでも、温度応答性材料であることが好ましく、特に、イソプロピルアクリルアミド(IPAAm)の重合体であるポリイソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)であることが好ましい。刺激応答性層が温度応答性材料を含む温度応答性層である場合には、刺激の付与が容易だからである。また、PIPAAmは、下限臨界温度が32℃であり、細胞接着度合いを低下させて細胞を剥離する温度下における細胞への影響が少ないからである。
【0059】
なお、温度応答性層としてのPIPAAm膜は、以下のような振る舞いをするものと考えられる。
すなわち、下限臨界温度より高い温度では膜中の高分子が脱水されて高分子が収縮した状態であり、一方で下限臨界温度以下の温度では膜中の高分子が周囲の水に対する親和性をもつことで水和し、高分子が膨潤した状態となるものと考えられる。このとき下限臨界温度より高い温度では、収縮した高分子から露出した高分子基材表面の細胞接着領域の影響により細胞が接着され、下限臨界温度より低い温度では高分子が膨潤して高分子基材の細胞接着領域の影響をほとんど受けることなくPIPAAm膜から細胞が剥離される。細胞接着性に関しては、高分子基材表面の状態が影響を及ぼすものと考えられる。本発明のように細胞接着領域と細胞接着阻害領域がパターン状に形成された高分子基材上にPIPAAm膜を形成することで、細胞接着領域では下限臨界温度より高い温度で細胞接着性をもたせることができ、細胞接着阻害領域では下限臨界温度によらず細胞接着阻害性をもたせることができる。したがって、個数や形状を制御して培養した細胞を、低侵襲で回収することができる。さらに、実質的に平坦な高分子基材表面にPIPAAm膜を形成しているため、当該PIPAAm膜上で培養された細胞シートにコラーゲンが表面に形成された基板を接触させることで容易に細胞の回収を行うことができるのである。
【0060】
本工程において上記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する方法としては、上記高分子基材表面に、刺激応答性層を安定的に形成できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、別途形成した刺激応答性層を上記高分子基材表面に貼り付ける方法(積層方法)や、上記高分子基材表面に、刺激応答性材料を含む刺激応答性層用塗工液を塗布し乾燥・硬化させる方法(塗布方法)や、上記高分子基材表面に、刺激応答性材料を形成可能なモノマー成分を含む刺激応答性層用組成物を塗布し、上記高分子基材表面を重合開始点としてモノマー成分を重合させる方法(重合方法)等を挙げることができる。本工程においては、なかでも、重合方法または塗布方法であることが好ましい。上記刺激応答性層と高分子基材との接着に接着剤等の使用を回避できるからである。また、本工程においては、特に、重合方法であることが好ましい。上記刺激応答性層を厚み精度良く形成することができ、刺激に対する膨潤性の制御、すなわち、刺激により発現する細胞接着阻害性の制御性に優れたものとすることができるからである。
また、本工程において、ロールトゥロールなどの連続プロセス中で重合方法により刺激応答性層を形成する場合には、刺激応答性層用組成物として、モノマー成分のオリゴマーまたはプレポリマーを含むことが好ましい。このようなある程度重合が進行したオリゴマーやプレポリマーを含むことにより、より少ない放射線の照射回数でグラフト重合を行うことができ、生産効率を向上させることができる。
また、重合方法により刺激応答性層を形成する場合において、刺激応答性層用組成物として重合開始剤やシランカップリング剤などのアンカー剤を含むものとしても良い。本工程においては、なかでも、紫外線照射により重合を開始する場合には、重合開始剤やアンカー剤を組合せることが好ましい。
本工程において、刺激応答性層を重合方法により形成する具体例としては、例えば、上記刺激応答性層が温度応答性材料からなるものであり、温度応答性材料としてPIPAAmを用いる場合には、モノマー成分(刺激応答性モノマー)として、n−イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)を用いることができる。
【0061】
図5は、積層方法により刺激応答性層を形成する方法の一例を示す説明図である。図5は、別途形成した刺激応答性層4を上記高分子基材1表面に積層する方法を示すものである。また、図6は、塗布方法により刺激応答性層を形成する方法の一例を示す説明図である。図6では、上記高分子基材1表面に、刺激応答性層用塗工液を塗布し(図6(a))、その塗膜4´を乾燥させ硬化させ(図6(b))、刺激応答性層4を形成するものである(図6(c))。図7は、重合方法により刺激応答性層を形成する方法の一例を示す説明図である。図7では、上記高分子基材1表面に、刺激応答性材料を形成可能なモノマー成分を含む刺激応答性層用組成物を塗布し(図7(a))、その塗膜4´´に対して紫外線や電子線などの放射線を照射することにより(図7(b))、上記高分子基材1表面を重合開始点としてモノマー成分を重合させることにより刺激応答性層4を形成する方法を示すものである(図7(c))。
【0062】
本工程に用いられる刺激応答性層用組成物は、上記モノマー成分を含むものであるが、通常、光重合開始剤および溶剤を含むものである。
【0063】
本工程に用いられる刺激応答性層用組成物に含まれる光重合開始剤としては、光照射により上記刺激応答性モノマーを重合し刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、一般的なものを用いることができるが、例えば、2−ヒドロキシ−2−メチル−プロピオフェノン、ベンゾフェノン、ミヒラーケトン、4,4´−ビスジエチルアミノベンゾフェノン、4−メトキシ−4´−ジメチルアミノベンゾフェノン、2−エチルアントラキノン、フェナントレン等の芳香族ケトン、ベンゾインメチルエーテル、ベンゾインエチルエーテル、ベンゾインフェニルエーテル等のベンゾインエーテル類、メチルベンゾイン、エチルベンゾイン等のベンゾイン、2−(o−クロロフェニル)−4,5−フェニルイミダゾール2量体、2−(o−クロロフェニル)−4,5−ジ(m−メトキシフェニル)イミダゾール2量体、2−(o−フルオロフェニル)−4,5−ジフェニルイミダゾール2量体、2−(o−メトキシフェニル)−4,5−ジフェニルイミダゾール2量体、2,4,5−トリアリールイミダゾール2量体、2−(o−クロロフェニル)−4,5−ジ(m−メチルフェニル)イミダゾール2量体、2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン、2−トリクロロメチル−5−スチリル−1,3,4−オキサジアゾール、2−トリクロロメチル−5−(p−シアノスチリル)−1,3,4−オキサジアゾール、2−トリクロロメチル−5−(p−メトキシスチリル)−1,3,4−オキサジアゾール等のハロメチルチアゾール化合物、2,4−ビス(トリクロロメチル)−6−p−メトキシスチリル−S−トリアジン、2,4−ビス(トリクロロメチル)−6−(1−p−ジメチルアミノフェニル−1,3−ブタジエニル)−S−トリアジン、2−トリクロロメチル−4−アミノ−6−p−メトキシスチリル−S−トリアジン、2−(ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン、2−(4−エトキシ−ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン、2−(4−ブトキシ−ナフト−1−イル)−4,6−ビス−トリクロロメチル−S−トリアジン等のハロメチル−S−トリアジン系化合物、2,2−ジメトキシ−1,2−ジフェニルエタン−1−オン、2−メチル−1−〔4−(メチルチオ)フェニル〕−2−モルフォリノプロパノン、1,2−ベンジル−2−ジメチルアミノ−1−(4−モルフォリノフェニル)−ブタノン−1,1−ヒドロキシ−シクロヘキシル−フェニルケトン、ベンジル、ベンゾイル安息香酸、ベンゾイル安息香酸メチル、4−ベンゾイル−4´−メチルジフェニルサルファイド、ベンジルメチルケタール、ジメチルアミノベンゾエート、P−ジメチルアミノ安息香酸イソアミル、2−n−ブチキシエチル−4−ジメチルアミノベンゾエート、2−クロロチオキサントン、2,4ジエチルチオキサントン、2,4ジメチルチオキサントン、イソプロピルチオキサントン、エタノン,1−[9−エチル−6−(2−メチルベンゾイル)−9H−カルバゾール−3−イル]−1−(o−アセチルオキシム)、4−ベンゾイル−メチルジフェニルサルファイド、1−ヒドロキシ−シクロヘキシル−フェニルケトン、2−ベンジル−2−(ジメチルアミノ)−1−[4−(4−モルフォリニル)フェニル]−1−ブタノン、2−(ジメチルアミノ)−2−[(4−メチルフェニル)メチル]−1−[4−(4−モルホリニル)フェニル]−1−ブタノン、α−ジメトキシ−α−フェニルアセトフェノン、フェニルビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フォスフィンオキサイド、2−メチル−1−[4−(メチルチオ)フェニル]−2−(4−モルフォリニル)−1−プロパノン、1,2−オクタジオン,1−[4−(フェニルチオ)フェニル]−,2−(o−ベンゾイルオキシム)]等が挙げられる。本工程では、これらの光重合開始剤を単独で、または、2種以上を混合して使用することができる。
【0064】
本工程に用いられる溶媒としては、上記各成分を均一に分散または溶解できるものであれば特に限定されるものではないが、例えばジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン、エチレングリコールジメチルエーテル、エチレングリコールジエチルエーテル、プロピレングリコールジメチルエーテル、プロピレングリコールジエチルエーテル等のエーテル類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のグリコールモノエーテル類(いわゆるセロソルブ類);メチルエチルケトン、アセトン、メチルイソブチルケトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノンなどのケトン類;酢酸エチル、酢酸ブチル、酢酸n−プロピル、酢酸i−プロピル、酢酸n−ブチル、酢酸i−ブチル、前記グリコールモノエーテル類の酢酸エステル(例えば、メチルセロソルブアセテート、エチルセロソルブアセテート)、メトキシプロピルアセテート、エトキシプロピルアセテート、蓚酸ジメチル、乳酸メチル、乳酸エチル等のエステル類;エタノール、プロパノール、ブタノール、ヘキサノール、シクロヘキサノール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、グリセリン等のアルコール類;塩化メチレン、1,1−ジクロロエタン、1,2−ジクロロエチレン、1−クロロプロパン、1−クロロブタン、1−クロロペンタン、クロロベンゼン、ブロムベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン等のハロゲン化炭化水素類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジエチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジエチルアセトアミド等のアミド類;N−メチルピロリドンなどのピロリドン類;γ−ブチロラクトン等のラクトン類;ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド類、その他の有機極性溶媒類等が挙げられ、更には、ベンゼン、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素類、及び、その他の有機非極性溶媒類等も挙げられる。これらの溶媒は単独若しくは組み合わせて用いられる。
【0065】
本工程に用いられるシランカップリング剤としてはメタクリロキシシラン、ビニルシラン、アミノシラン、エポキシシラン等を挙げることができ、なかでも、メタクリロキシシランを好ましく用いることができる。
【0066】
本工程に用いられるモノマー成分および光重合開始剤の刺激応答性層用組成物層中の含有量としては、所望の重合度の刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、重合条件等に応じて適宜設定されるものである。
【0067】
本工程における刺激応答性層用組成物層の厚みとしては、刺激応答性モノマーが所望の重合度で重合した刺激応答性材料を形成可能なものであれば特に限定されるものではなく、刺激応答性層用組成物の組成や培養する細胞等に応じて適宜設定されるものである。
【0068】
本工程における刺激応答性層用組成物の塗布方法としては、上記組成物を塗布して所望の厚みの塗膜を形成できるものであれば特に限定されるものではなく、スピンコート法やダイコート法等の公知の塗布方法を用いることができる。また、大面積の高分子基材に対して塗布する場合には、ブレードコーティング、グラビアコーティング、オフセットグラビアコーティング等の塗布方法を用いることが好ましい。
【0069】
本工程におけるモノマー成分の重合方法としては、上記刺激応答性材料を安定的に形成できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、上記刺激応答性層用組成物の塗膜に対して、電子線または紫外線を照射する方法を用いることができる。
本工程においては、モノマー成分の重合後に、未反応のモノマー成分等を洗浄により除去する除去処理を行うものであっても良い。
【0070】
本工程により形成される刺激応答性層の形状としては、通常、上記高分子基材の全表面を被覆するものが用いられるが、上記高分子基材上にパターン状に形成されるものであっても良い。
【0071】
本工程により形成される刺激応答性層の膜厚としては、刺激応答性を発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、具体的には、0.5nm〜300nmの範囲内であることが好ましく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。
【0072】
(2)微細凹凸形状賦型工程
本発明における微細凹凸形状賦型工程は、上記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する工程である。
本工程を有することにより、例えば、細胞培養基材上で培養する細胞の配向制御等を容易に行うことができる。
【0073】
本工程により高分子基材の表面に形成される微細凹凸形状としては、細胞が認識し、細胞の機能に影響を与えるものであれば特に限定されるものではない。
このような微細凹凸形状としては、具体的には、細胞の配向制御を行うもの(配向制御用微細凹凸形状)、分化制御を行うもの(分化制御用微細凹凸形状)、機能維持制御等を行うもの(機能維持制御用微細凹凸形状)、さらには、形態・増殖制御を行うもの(形態・増殖制御用微細凹凸形状)等を挙げることができる。
【0074】
本工程における配向制御用微細凹凸形状としては、細胞を所望の方向に配向させることができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、認識できる幅の凹部がライン状に配された凹凸構造を挙げることができる。
このような所定の幅の凹部がライン状に配された凹凸構造が形成された細胞培養基材に細胞を播種すると、細胞が凹凸構造を認識するため多くの細胞を配向させることができる。
【0075】
図8は、本工程における配向制御用微細凹凸形状が形成された細胞培養基材上で細胞培養した場合の一例を示す概略平面図である。また、図9は図8のA−A線断面図を示すものである。図8〜図9に示すように、上記配向制御用微細凹凸形状として、1つの細胞が侵入できるような幅の凹凸構造を形成した場合には、上記微細凹凸形状の凹部内に沿って細胞の長軸方向を配向させることができる。
【0076】
本工程における配向制御用微細凹凸形状しては、具体的には、培養する細胞の種類に応じて適宜設定されるものであるが、播種する細胞が心筋細胞である場合、このような凹部の形状としては、拍動により動いても溝を認識し配向を維持できる形状であることが好ましい。
具体的には、このような拍動により動いても溝を認識し配向を維持できる凹凸形状における凹部の幅としては、5μm〜50μmの範囲内であることが好ましく、なかでも、5μm〜30μmの範囲内であることが好ましい。また、凹部の深さとしては、0.2μm〜10μmの範囲内であることが好ましく、なかでも1μm〜7μmの範囲内であることが好ましい。
【0077】
本工程における分化制御用微細凹凸形状としては、細胞の分化に影響を与えることができるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、少なくとも1つの細胞の分化制御に寄与するメカニカルストレスを与えるような凹凸構造を挙げることができる。
このような凹凸構造としては、具体的には、細胞の種類や制御したい分化状態に応じて適宜設定されるものである。例えば、文献(Control of stem cell fate by physical interactions with the extracelluar matrix.Cell Stem Cell.,2009,5,17−26)では、アイランド状に形成したフィブロネクチンの足場にヒト間葉系幹細胞を播種し、細胞が足場に接着して伸展すると骨芽細胞へ、一方細胞が足場に接着するが伸展しないと脂肪細胞へ分化誘導されることが報告されている。すなわち、ヒト間葉系幹細胞が接着できる表面を小さくしていくと、骨芽細胞へ分化する割合が減少し、逆に脂肪細胞へ分化する割合が増加する。
本工程においては、例えば、ヒト間葉系幹細胞を骨芽細胞へ分化するのを誘導するには、上記分化制御用微細凹凸形状として、細胞が接着して伸展できる形状および/または大きさ、具体的には、細胞の大きさの3倍以上の面積とするとよく、さらに具体的な数値を挙げると100μm×100μmの正方形等とするとよい。
一方、ヒト間葉系幹細胞を脂肪細胞へ分化するのを誘導する場合には、細胞の一部が接着するが、伸展できない形状および/または大きさ、具体的には、細胞の大きさの1倍以下の面積とするとよく、さらに具体的な数値を挙げると10μm×10μmの正方形等とするとよい。
なお、上記は例示であり微細凹凸形状の平面視形状は、細胞の種類や特性に応じて適宜設定すればよい。
【0078】
本工程における微細凹凸形状を賦型する方法としては、所望の微細凹凸形状を形成できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、高分子基材を加熱した状態で、微細凹凸形状の反転形状の微細凹凸形状を備えた型を高分子基材に押し付けて賦型する熱インプリント法を好ましく用いることができる。
本工程における加熱の程度としては、上記型を押し付けることにより微細凹凸形状を転写できるものであれば特に限定されるものではないが、通常、高分子基材を構成する高分子材料のガラス転移点以上とすることができる。
また、本工程における加熱の方法としては、所望の微細凹凸形状を賦型できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、加熱した型を用いる方法や、オーブン等の加熱装置を用いる方法を挙げることができる。
【0079】
図10は、熱インプリント法により微細凹凸形状を形成する方法の一例を説明する説明図である。図10に示すように、細胞接着領域形成工程前の高分子基材1に対して、加熱した型21を押し当て(図10(a))、賦型するものである(図10(b)〜(c))。
なお、この例では、型としてロール状の型を用い、連続的に賦型する方法を示すものである。
【0080】
本工程に用いられる型の形状としては、上記高分子基材表面に所望の微細凹凸形状を賦型できるものであれば特に限定されるものではなく、板状であっても良く、ロール状であっても良い。
本工程においては、上記高分子基材が長尺状である場合には、ロール状であることが好ましい。高分子基材表面に連続的に微細凹凸形状を賦型することができ、本工程を短時間で実施可能なものとすることができるからである。
【0081】
本工程の実施タイミングとしては、上記細胞接着領域形成工程の前または後、上記刺激応答性層形成工程の前または後であっても良いが、上記細胞接着領域形成工程の前であることが好ましい。上記微細凹凸形状を有する細胞接着領域を安定的に形成することができるからである。
【0082】
(3)高分子基材選択工程
本発明における高分子基材選択工程としては、高分子材料からなる高分子基材に対して細胞接着阻害性等の評価を行い、所望の細胞接着性および細胞接着領域の形成性を有することを確認し、選択する工程である。
本工程を有することにより、細胞に適した細胞接着領域および細胞接着阻害領域を安定的に形成する可能なものとすることができる。
なお、本工程における細胞接着阻害性等の評価方法としては、上記「1.細胞接着領域形成工程」の項に記載の接着伸展率を用いる評価方法と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0083】
(4)保護層形成工程
本発明における保護層形成工程は、上記細胞接着領域形成工程前に、上記高分子基材上に、細胞接着領域を形成する領域に開口部を有する保護層を形成する工程である。
本工程を有することにより、上記細胞接着領域形成工程の実施タイミングを細胞の播種直前に容易に行うことができる。また、上記細胞接着領域形成工程後も上記保護層を積層した状態を維持することにより、エネルギー照射を受けていない領域(細胞接着阻害領域)が、露光されることから防ぐことができる。したがって、細胞接着領域形成工程から細胞の播種の間に経時的に細胞接着領域のパターンが変化することを防ぎ、細胞を所望のパターンで培養可能なものとすることができる。
【0084】
本工程における保護層を形成する方法としては、所望の厚みの保護層を安定的に積層できる方法であれば特に限定されるものではないが、例えば、上記保護層が遮光性材料からなるものである場合には、上記遮光性材料を含む保護層形成用塗工液を塗布し保護層形成用層を形成または別途形成した保護層形成用層を高分子基材上に積層し、パターニングにより開口部を形成する方法や、予め開口部が形成されたメッシュシート状の保護層を準備し、高分子基材上に積層する方法等を挙げることができる。
なお、パターニング方法としては、フォトリソグラフィー法等の公知の方法を用いることができる。
本工程においては、なかでも、上記高分子基材が長尺状である場合には、上記保護層形成用層を積層し、フォトマスクを用いたフォトリソグラフィー法を用いる方法を好ましく用いることができる。ロールトゥロールで保護層を形成することができ、大量生産が容易なものとすることができるからである。なお、フォトリソグラフィー法によりパターニングする場合には、上記保護層形成用層がネガ型またはポジ型の感光性を有するものであることが好ましい。別途レジスト等の積層が不要であり、パターニングされた保護層を容易に形成できるからである。
【0085】
(5)粘着剤層形成工程
本発明における粘着剤層形成工程は、高分子基材のエネルギー照射により改質される表面とは反対側の表面に粘着剤層を形成する工程である。
本工程により形成される粘着剤層としては、上記「1.高分子基材」の項に記載の内容と同様とすることができる。
本工程において粘着剤層を形成する方法としては、粘着剤層に含まれる粘着剤を含有する粘着剤層形成用塗工液を塗布する方法や、別途形成した粘着剤層を高分子基材上に積層する方法を用いることができる。
なお、塗布方法については、均一な厚みの粘着剤層を形成できる方法であれば特に限定されるものではなく、公知の塗布方法を用いることができる。具体的には、上記「(1)刺激応答性層形成工程」の項に記載の方法を用いることができる。
【0086】
(6)その他
本発明の細胞培養基材の製造方法は、上記細胞接着領域形成工程等を含むものであるが、高分子基材が長尺状である場合には、これらの各工程が独立して行われるもの、すなわち、工程毎に長尺状の高分子基材をロール状に巻き取られた状態から巻き出し、所定の処理を行った後に巻き取るものであっても良いが、全工程が連続して行われること、すなわち、最終製造物である細胞培養基材までロールトゥロールにて行われることが好ましい。大量生産可能なものとすることができるからである。
【0087】
B.細胞培養基材
次に、本発明の細胞培養基材について説明する。
本発明の細胞培養基材は、細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域および細胞接着性を有する細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材を含むことを特徴とするものである。
【0088】
このような本発明の細胞培養基材としては、既に説明した図1(d)に示すものを挙げることができる。
【0089】
本発明によれば、細胞接着阻害領域および細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材であること、すなわち、高分子基材そのものの表面に細胞接着領域および細胞接着阻害領域を有していることにより、容易かつ大量に形成可能なものとすることができる。
【0090】
本発明の細胞培養基材は、上記高分子基材を少なくとも含むものである。
以下、本発明の細胞培養基材の各構成について説明する。
【0091】
1.高分子基材
本発明に用いられる高分子基材は、細胞接着阻害領域および細胞接着領域が連続した表面に形成されたもの、すなわち、高分子基材自身の表面の改質されていない領域を細胞接着領域として含み、改質された領域を細胞接着領域として含むものである。
このような高分子基材、細胞接着領域および細胞接着阻害領域については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0092】
また、本発明に用いられる高分子基材は、表面に微細凹凸形状を有するものであっても良い。このような微細凹凸形状については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0093】
2.細胞培養基材
本発明の細胞培養基材は、上記高分子基材を少なくとも含むものであるが、必要に応じて、上記高分子基材上に刺激応答性層、保護層および粘着剤層等を有するものであっても良い。このような刺激応答性層、保護層および粘着剤層については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様とすることができるので、ここでの説明は省略する。
【0094】
C.パターン細胞シートの製造方法
次に、本発明のパターン細胞シートの製造方法について説明する。
本発明のパターン細胞シートの製造方法は、上述の細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材を製造し、上記細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する細胞培養工程と、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する拡張細胞接着領域形成工程と、を有することを特徴とするものである。
【0095】
このような本発明のパターン細胞シートの製造方法について図を参照して説明する。図11は、本発明のパターン細胞シートの製造方法の一例を示す工程図である。図11に例示するように、本発明のパターン細胞シートの製造方法は、まず、細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材10を製造し、上記細胞培養基材10の細胞接着領域2a上に細胞を接着させ培養し(図11(a))、上記細胞接着領域2aに隣接する細胞接着阻害領域2bに対してエネルギー照射を行い(図11(b))、上記高分子基材1の表面を改質することで拡張細胞接着領域12aを形成するものである(図11(c))。また、このような拡張細胞接着領域が形成された細胞培養基材10上で培養を継続することにより、図11(d)に示すように、拡張細胞接着領域12a上まで細胞を増殖・配向させることができる。
なお、図11(a)が細胞培養工程であり、図11(b)〜(c)が拡張細胞接着領域形成工程である。
【0096】
本発明によれば、拡張細胞接着領域形成工程を有することにより、細胞の形態や配向状態を精度良く制御された細胞シートを容易に形成することができる。
なお、細胞シートとは、細胞間結合で細胞同士が少なくとも単層で連結されたシート状の細胞集合体である。
【0097】
本発明のパターン細胞シートの製造方法は、上記細胞培養工程および拡張細胞接着領域形成工程を有するものである。
以下、本発明のパターン細胞シートの製造方法の各工程について詳細に説明する。
【0098】
1.細胞培養工程
本発明における細胞培養工程は、上述の細胞培養基材の製造方法により製造された細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する工程である。
本工程に用いられる細胞培養基材および細胞培養基材の製造方法については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0099】
本工程における細胞接着領域上に細胞を接着させる方法としては、細胞を所望の密度となるように播種できる方法であれば特に限定されるものではなく、一般的な播種方法を用いることができる。例えば、細胞の種類に応じて選択された培地に細胞を懸濁した懸濁液を塗布する方法を挙げることができる。
また、細胞接着領域上に接着させた細胞を培養する方法についても、一般的な培養方法を用いることができる。
【0100】
本工程に用いられる細胞としては、足場依存性のものであれば、種々の細胞、例えば生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、線維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞、iPS細胞、幹細胞、ES細胞やiPS細胞から分化誘導した種々の細胞等を用いることができる。
【0101】
2.拡張細胞接着領域形成工程
本発明における拡張細胞接着領域形成工程は、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する工程である。
【0102】
本工程において、上記細胞接着領域に隣接する上記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、上記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する方法、すなわち、拡張細胞接着領域を形成する領域にのみエネルギー照射を行う方法、照射されるエネルギーおよび拡張細胞接着領域の形状については、上記「A.細胞培養基材の製造方法」の項に記載の内容と同様であるので、ここでの説明は省略する。
【0103】
本工程における拡張細胞接着領域が形成される箇所としては、本工程の実施前に細胞接着阻害領域であった箇所であり、上記細胞接着領域に隣接する箇所であれば特に限定されるものではなく、目的に応じて適宜設定されるものである。例えば、複数の細胞接着領域間を接続するように拡張細胞接着領域を形成し、細胞接着領域間を移動する細胞を観察することで細胞遊走の様子を把握することができる。また、例えば、細胞が配向状態あるいは無配向状態で培養可能な細胞接着領域に対して、細胞の配向性が向上あるいは低下するような拡張細胞接着領域を細胞接着領域に隣接して形成し、細胞を観察することで細胞の配向性が変化する様子を把握することができる。
ここで、細胞接着領域に隣接するとは、平面視上、他の部材により隔てられていないものであれば特に限定されるものではなく、細胞接着領域と接するように形成されるものであっても良く、細胞接着領域と接しないように形成されるものであっても良い。また、細胞接着領域と接しないように形成される場合には、細胞が細胞接着領域から拡張細胞接着領域に向かって移動可能な程度の間隔が設けられるものであっても良い。なお、細胞が移動可能な程度の間隔とは、通常、細胞1〜2個分の間隔をいうものであり、例えば、10μm〜60μmの範囲内とすることができる。
【0104】
本工程において、上記細胞接着阻害領域に対してエネルギー照射を行う状態としては、高分子基材が培地中に浸漬した状態であっても良いが、大気中、すなわち、一旦培地を回収した後、大気に曝した状態であることが好ましい。継代培養の手間を省くことができる等の利点があるからである。
【0105】
本工程を行う回数としては、1回であっても良く、複数回であっても良い。
ここで、複数回行う態様としては、例えば、細胞接着領域と接するように形成される拡張細胞接着領域を順次拡張するものを挙げることができる。
【0106】
3.パターン細胞シートの製造方法
本発明のパターン細胞シートの製造方法は、上記細胞培養工程および拡張細胞接着領域形成工程を有するものであるが、必要に応じて適宜他の工程を有するものであっても良い。
例えば、上記拡張細胞接着領域形成工程後に、上記細胞培養工程で接着させた細胞とは異なる種類の細胞を拡張細胞接着領域に接着させる複数細胞培養工程や、上記拡張細胞接着領域形成工程後に、細胞接着領域および拡張細胞接着領域に接着している細胞または細胞シートを剥離する剥離工程を挙げることができる。
【0107】
本発明における剥離工程における細胞または細胞シートを剥離する方法としては、細胞シート等を安定的に剥離することができる方法であれば特に限定されるものではなく、例えば、トリプシン等の酵素を用いて細胞シート等を剥離する方法等を用いることができる。
また、上記細胞培養基材として、刺激応答性層が高分子基材上に形成されたものを用いる場合には、刺激応答性層の性質に合わせた刺激を付与して剥離する方法を用いることができる。
具体的には、上記刺激応答性層が、温度応答性材料であるポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(PIPAAm)を含む温度応答性層である場合には、37℃近傍で細胞を培養することで細胞シート等を形成し、32℃以下に温度を低下させることにより、細胞シート等を剥離する方法を用いることができる。
【0108】
なお、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。上記実施形態は、例示であり、本発明の特許請求の範囲に記載された技術的思想と実質的に同一な構成を有し、同様な作用効果を奏するものは、いかなるものであっても本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0109】
以下、本発明について実施例および比較例を用いて具体的に説明する。
【0110】
[実施例1−1]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、100μm角の開口部を有するフォトマスクを介して254nmのUV光を26J/cm2照射し、細胞接着領域を形成した。ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、フォトマスク開口部に相当する領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。細胞パターンは、少なくとも3週間維持した。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図12に示す。
【0111】
[実施例1−2]
開口部の形状を300μm角とした以外は、実施例1−1と同様にして細胞接着領域を形成し、細胞を播種した。その結果、実施例1−1と同様に、フォトマスク開口部に相当する領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。細胞パターンは、少なくとも3週間維持した。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図13に示す。
【0112】
[実施例2−1]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、10μmのライン状凹部が10μm間隔で形成された矩形ラインパターンの凹凸付きPDMSを密着させ、プラズマ(400W、3分)を照射して細胞接着領域を形成した。ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、PDMSの凹部相当領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図14に示す。
【0113】
[実施例2−2]
ライン状凹部の幅を70μm、間隔70μmのPDMSを用いた以外は、実施例2−1と同様にして細胞接着領域を形成し、細胞を播種した。その結果、実施例2−1と同様にPDMSの凹部相当領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図15に示す。
【0114】
[実施例3−1]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、熱インプリントにて幅10μm、深さ5μm、周期20μmの微細凹凸形状を付与した。微細凹凸付きOPSシートに実施例1−1と同形状のフォトマスクを介して254nmのUV光を26J/cm2照射し、細胞接着領域を形成した。ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、フォトマスク開口部に相当する領域に細胞が接着し、細胞パターンが得られた。なお、3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図16に示す。
【0115】
[実施例3−2]
実施例1−2と同形状のフォトマスクを用いた以外は、実施例3−1と同様にして細胞培養基材を形成し、細胞を播種した。3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図17に示す。
【0116】
[実施例4]
SUNDIC社製OPSシート(高分子基材)に、開口部300μm幅、遮光部60μm幅のフォトマスクを介して172nmのUV光を144mJ/cm2照射し、細胞接着領域を形成した。続いてN−イソプロピルアクリルアミド10w/w%IPA溶液を塗布し、50kGy(150kV)の電子線を照射し、刺激応答性層を有する細胞培養基材を形成した。水洗後にウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、細胞がパターン状に接着した。1週間培養後、細胞培養基材を37℃の恒温槽から取出し、室温(23℃)に静置する低温処理を行うと細胞がパターンから剥離した。その際の様子を撮影した顕微鏡写真を図18に示す。なお、図18中の(a)が23℃の室温に静置した直後の写真であり、(b)が23℃の室温に静置後20分経過後の写真であり、(c)が23℃の室温に静置後40分経過後の写真である。
【0117】
[実施例5〜7]
高分子基材として、(1)三菱樹脂社製サントクリア(逐次二軸延伸)、(2)昭和パックス社製エスクレア(無延伸インフレ)、(3)大石産業スチロファン(インフレ縦一軸延伸)を準備し、それぞれ実施例1−2と同形状のフォトマスクを介して254nmの光を26J/cm2照射し細胞培養基材を形成した。
その後、ウシ血管内皮細胞を3×104cells/cm2で播種したところ、細胞がパターン状に接着した。3週間後の細胞培養基材表面の細胞を撮影した顕微鏡写真を図19に示す。なお、図19中の(a)〜(c)は、それぞれ高分子基材として、(a)三菱樹脂社製サントクリア(実施例5)、(b)昭和パックス社製エスクレア(実施例6)、(c)大石産業スチロファン(実施例7)を用いたものである。
実施例5〜7より、本手法により、様々な製法で製造された高分子基材へのパターニングが可能であると分かった。
【符号の説明】
【0118】
1 … 高分子基材
2a … 細胞接着領域
2b … 細胞接着阻害領域
3 … 保護層
4 … 刺激応答性層
10 … 細胞培養基材
30 … パターン形成用細胞培養容器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、前記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とする細胞培養基材の製造方法。
【請求項2】
前記細胞接着領域形成工程後に、前記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する刺激応答性層形成工程を有することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項3】
前記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する微細凹凸形状賦型工程を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項4】
前記高分子基材が長尺状であり、前記高分子基材を搬送しながらエネルギー照射を行うことを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項5】
細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域および細胞接着性を有する細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材を含むことを特徴とする細胞培養基材。
【請求項6】
請求項1から請求項4までのいずれかの請求項に記載の細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材を製造し、前記細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する細胞培養工程と、
前記細胞接着領域に隣接する前記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、前記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する拡張細胞接着領域形成工程と、
を有することを特徴とするパターン細胞シートの製造方法。
【請求項1】
細胞接着阻害性の表面を有する高分子基材の表面にエネルギー照射を行い、前記高分子基材の表面の少なくとも一部を改質することで、細胞接着性を有する細胞接着領域を形成する細胞接着領域形成工程を有することを特徴とする細胞培養基材の製造方法。
【請求項2】
前記細胞接着領域形成工程後に、前記高分子基材表面に刺激応答性層を形成する刺激応答性層形成工程を有することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項3】
前記高分子基材の表面に微細凹凸形状を賦型する微細凹凸形状賦型工程を有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項4】
前記高分子基材が長尺状であり、前記高分子基材を搬送しながらエネルギー照射を行うことを特徴とする請求項1から請求項3までのいずれかの請求項に記載の細胞培養基材の製造方法。
【請求項5】
細胞接着阻害性を有する細胞接着阻害領域および細胞接着性を有する細胞接着領域が連続した表面に形成された高分子基材を含むことを特徴とする細胞培養基材。
【請求項6】
請求項1から請求項4までのいずれかの請求項に記載の細胞培養基材の製造方法を用いて細胞培養基材を製造し、前記細胞培養基材の細胞接着領域上に細胞を接着させ培養する細胞培養工程と、
前記細胞接着領域に隣接する前記細胞接着阻害領域の少なくとも一部に対してエネルギー照射を行い、前記高分子基材の表面を改質することで拡張細胞接着領域を形成する拡張細胞接着領域形成工程と、
を有することを特徴とするパターン細胞シートの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2013−99272(P2013−99272A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−244402(P2011−244402)
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】
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