説明

細胞培養基材

【課題】低侵襲で、かつ簡便に分化能を有する細胞を培養することができる細胞培養基材を提供する。
【解決手段】 細胞接着性を有し、細胞の分化に適した形状および/または大きさである細胞接着領域と、細胞接着阻害性を有し、細胞接着領域と隣接する細胞接着阻害領域と、細胞接着阻害領域の少なくとも一部と重なる導電性領域と、を含む細胞培養領域を基材上に備え、導電性領域と細胞接着阻害領域の重なりが、細胞接着領域と隣接し、導電性領域と重なる細胞接着阻害領域は、導電性領域への電圧印加によって細胞接着性に改変可能であることを特徴とする細胞培養基材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養基材に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、様々な動物や植物の細胞培養が行われており、また、新たな細胞の培養方法が開発されている。細胞培養技術は、細胞の生化学的現象や性質の解明や有用な物質の生産などの目的で利用されている。さらに、培養細胞を用いて、人工的に合成された薬剤の生理活性や毒性を調べる試みがなされている。
【0003】
一部の細胞(特に多くの動物細胞)は、何かに接着して生育する接着依存性を有しており、生体外の浮遊状態では長時間生存することができない。このような細胞接着性を有した細胞の培養には、細胞が接着する足場となる担体が必要となる。一般的には、コラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質を均一に塗布したプラスチック製の培養皿が用いられている。これらの細胞接着性タンパク質は、培養細胞に作用し、細胞の接着を容易にし、細胞の形態に影響を与えることが知られている。
【0004】
再生医療では細胞、細胞の足場、分化増殖因子が3大要素として重要視されている。近年、これらの要素に着目し、分化能を有する幹細胞の分化や増殖に関する研究が行われている。未分化間葉系幹細胞を用いた組織再生の研究では、特定の細胞への分化を促進するために分化増殖因子の刺激や遺伝子導入が行われている。しかし、安全性や遺伝子発現の制御に問題があり、未だに臨床応用には至っていない。これに対して外因性の遺伝子や分子の導入を行わずに生理的なシグナルを応用することが有効であるとして、メカニカルストレスに着目する研究例の報告がなされている。非特許文献1にはアイランド状に形成したフィブロネクチンの足場にヒト間葉系幹細胞を播種し、細胞が足場に接着して伸展すると骨芽細胞へ、一方細胞が足場に接着するが伸展しないと脂肪細胞へ分化誘導されることが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Control of stem cell fate by physical interactions with the extracelluar matrix.Cell Stem Cell.,2009,5,17−26
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
細胞の分化を制御すること、具体的には特定の細胞への分化を誘導して細胞を増殖させることは、再生医療や創薬スクリーニングなどに有用である。ところで、従来から細胞を効率的に培養する方法として継代培養が行われている。継代培養では、まず細胞を培養皿に播種してサブコンフルエントな状態になるまで培養し、トリプシンなどのタンパク質分解酵素を用いて細胞を足場から離脱させる。足場から離脱した細胞を回収した後、その一部を別の培養皿に移して培養を行う。
【0007】
細胞は接着密度によって成育状態が変化する。したがって、従来の細胞培養方法を用いて細胞を増殖させるには、一の培養皿で培養した細胞を新たな他の培養皿に移して、さらに培養する必要がある。そのため、従来の細胞培養方法では、作業が煩雑であるという問題があった。また、細胞を新たな培養皿に移す際にタンパク質分解酵素を用いて細胞を足場から離脱させるため、細胞がダメージを受けてしまうという問題があった。また、通常の培養皿では多分化能を有する細胞を播種した場合、様々な細胞へ分化してしまい、その分化の状態を制御することが困難であった。
【0008】
そこで上記の実情に鑑み、本発明は低侵襲で、かつ簡便に分化を制御できる細胞培養基材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る細胞培養基材は、細胞接着性を有し、細胞の分化に適した形状および/または大きさである細胞接着領域と、細胞接着阻害性を有し、前記細胞接着領域と隣接する細胞接着阻害領域と、前記細胞接着阻害領域の少なくとも一部と重なる導電性領域と、を含む細胞培養領域を基材上に備え、
前記導電性領域と前記細胞接着阻害領域が重なる重畳領域が、前記細胞接着領域と隣接し、前記重畳領域は、電圧印加によって細胞接着性に改変可能であることを特徴とする。
【0010】
本発明の他の態様として、細胞接着領域は、細胞に所望のメカニカルストレスを与える形状および/または大きさである構成とした。
【0011】
本発明の他の態様として、前記重畳領域は、前記細胞接着領域よりも面積が大きい構成とした。
【0012】
本発明の他の態様として、細胞接着領域は、1個の細胞が接着しうる大きさである構成とした。
【0013】
本発明の他の態様として、細胞培養領域は、基材上に複数配列されている構成とした。
【0014】
本発明の他の態様として、導電性領域は、第1導電性領域および第2導電性領域を含み、第1導電性領域は、細胞接着領域および細胞接着阻害領域の一部と重なり、第2導電性領域は、細胞接着領域と隣接し、かつ、第1導電性領域と絶縁性領域によって離隔された構成とした。
【0015】
本発明の他の態様として、細胞接着領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域であり、細胞接着阻害領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている構成とした。
【0016】
本発明の他の態様として、炭素酸素結合を有する有機化合物がアルキレングリコールオリゴマーである構成とした。
【0017】
本発明の他の態様として、導電性領域が、基材上にITO膜が存在する領域である構成とした。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、低侵襲で、かつ簡便に分化を制御可能な細胞培養基材を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施形態に係る細胞培養基材を説明する図である。
【図2】細胞接着領域の形状を説明する図である。
【図3】細胞接着阻害領域の改変の様子を模式的に説明する図である。
【図4】導電性領域の配置について説明する図である。
【図5】本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の製造工程を説明する図である。
【図6】本発明の一実施形態に係る細胞培養基材を用いた細胞培養方法を説明する図である。
【図7】本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の別の態様を説明する図である。
【図8】本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の別の態様を説明する図である。
【図9】本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の別の態様を説明する図である。
【図10】本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の変形例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照して本発明の一実施形態に係る細胞培養基材について詳細に説明する。但し、本発明の細胞培養基材は多くの異なる態様で実施することが可能であり、以下に示す実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。なお、本実施の形態で参照する図面において、同一部分又は同様な機能を有する部分には同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0021】
本発明において細胞接着性とは、細胞が接着すること、または細胞が接着しやすいことを意味する。細胞接着阻害性とは、細胞が接着しないこと、または細胞が接着しにくいことを意味する。細胞接着領域とは、細胞接着性を有する領域である。細胞接着阻害領域とは、細胞接着阻害性を有する領域である。つまり、細胞接着領域は、細胞接着阻害領域に比べて細胞接着性が高い領域である。細胞接着領域と細胞接着阻害領域が隣接する基材に細胞を播種すると、細胞接着領域には細胞が接着するが、細胞接着阻害領域には細胞が接着しないため、細胞接着領域に選択的に細胞を配列させることができる。
【0022】
細胞接着性は、接着しようとする細胞によって異なる場合もあるため、細胞接着性とは、ある種の細胞に対して細胞接着性であることを意味する。したがって、細胞培養用基材上には、複数種の細胞に対する複数の細胞接着領域が存在する場合、すなわち細胞接着性が異なる細胞接着領域が2水準以上存在する場合もある。
【0023】
(細胞培養基材)
図1は本発明の一実施形態に係る細胞培養基材を説明する図である。図1(A)は細胞培養基材の上面図であり、図1(B)は図1(A)におけるX−X断面図である。細胞培養基材100は、基材1に細胞接着領域A、細胞接着阻害領域B、および導電性領域Cを含む細胞培養領域Dを有している。細胞接着領域Aの周囲に隣接して細胞接着阻害領域Bが配置され、細胞接着領域Aと細胞接着阻害領域Bに重なるように導電性領域Cが配置されている。図面を見やすくするため、細胞培養基材の上面図では導電性領域Cを点線で囲った領域として図示している。細胞培養領域Dにおいて細胞培養が行われる。
【0024】
図1(B)に示すように、基材1上には導電層4が配置され、導電層4上に細胞接着層2および細胞接着阻害層3が配置されている。細胞接着層2が形成された領域が細胞接着領域Aを、細胞接着阻害層3が形成された領域が細胞接着阻害領域Bを、そして導電層4が配置された領域が導電性領域Cを画定している。
【0025】
細胞接着領域Aは、細胞が接着する、または細胞が接着しやすい領域である。細胞接着領域Aは、当該領域に播種される細胞の分化に適した形状および/または大きさで形成されている。「細胞の分化に適した形状および/または大きさ」とは、播種される細胞が細胞接着領域の足場から受けるメカニカルストレスなどの外的要因により、選択的に特定の細胞へ分化すること、または細胞接着領域内の細胞の多くが特定の細胞へ分化することを誘導する形状および/または大きさであることをいう。例えば、ヒト間葉系幹細胞を骨芽細胞へ分化するのを誘導する場合には、細胞が接着して伸展できる形状および/または大きさ(例えば100μm×100μmの正方形)とする。一方、ヒト間葉系幹細胞を脂肪細胞へ分化するのを誘導する場合には、細胞の一部が接着するが、伸展できない形状および/または大きさ(例えば10μm×10μmの正方形)とする。細胞接着領域を小さくしていくと、骨芽細胞へ分化する割合が減少し、逆に脂肪細胞へ分化する割合が増加する。
【0026】
図2は、細胞接着領域の形状について説明する図である。細胞接着領域Aの形状は、細胞種や分化の状態などによって種々の形状を採りうるが、例えば、多角形(図2(A)参照)、星形(図2(B)参照)などの少なくとも1つの頂点を有する図形や円形(図2(C)参照)、三日月形(図2(D)参照)などの図形、そして直線状(図2(E)参照)、波形状(図2(F)参照)などを挙げることができる。Cell Stem Cell,2008,3,362−363(Patterning Stem Cell Differentiation)では円形、四角形、波形状の細胞接着領域にヒト間葉系幹細胞を播種した場合に、細胞が受けるメカニカルストレスを受けやすい部分では線維芽細胞に、細胞がメカニカルストレスを受けにくい部分では脂肪細胞に分化することが報告されている。細胞がメカニカルストレスを受けやすい部分とは、円形では円周部分、四角形では頂点部分、波形状では山と谷の部分である。したがって、細胞接着領域の端部、角部、凸状の部分においてメカニカルストレスを受けやすい。図2(A)〜(F)の鎖線で囲んだ部分は、細胞がメカニカルストレスを受けやすい部分の代表例を表している。
【0027】
細胞接着領域Aの大きさは、細胞種や分化の状態などによって種々の大きさを採りうるが、少なくとも1つの細胞が接着可能な大きさであればよく、その大きさに制限はない。なお、細胞の接着状態は、細胞の伸展の有無を問わない。ヒト間葉系幹細胞の分化では、細胞が伸展できないが、細胞の一部が足場に接着した状態であっても、ある種の細胞への分化が誘導されるからである。細胞接着領域Aに包含される細胞数が、少ない方が特定の細胞への分化の割合を高めることができる。これは細胞接着領域のメカニカルストレスを受けやすい部分から、特定の細胞への分化を誘導するシグナルを受ける細胞の割合が高くなるからである。したがって、細胞接着領域Aは、好ましくは1個〜10個の細胞が接着しうる大きさである。さらに好ましくは1個の細胞が接着しうる大きさとして、播種した細胞が特定の細胞へ分化する割合を高くなるように制御する。1個の細胞が伸展の有無を問わず、接着しうる大きさとしては細胞種によるが、例えば10μm2〜10,000μm2の範囲とすることができる。
【0028】
図3を参照して、細胞接着阻害領域および導電性領域について説明する。図3は、細胞接着阻害領域の改変の様子を模式的に説明する図である。図3(A)は導電性領域への電圧印加前の細胞接着阻害領域を表す図であり、図3(B)は導電性領域への電圧印加後の細胞接着阻害領域を表す図である。細胞接着阻害領域Bは、細胞が接着しない、または細胞が接着しにくい領域である。そして、導電性領域Cは、少なくとも表面が導電性を有し、細胞接着阻害領域に電圧印加を行う領域である。
【0029】
図3(A)に示すように、細胞接着阻害領域Bは、細胞接着領域Aの周囲に隣り合って配置され、かつ、その一部が導電性領域Cと重なっている。導電性領域Cに電圧を印加すると、図3(B)に示すように、導電性領域Cと重なった部位の細胞接着阻害領域Bは、細胞接着阻害性から細胞接着性へと変化する。細胞接着性へと変化した後は、細胞の増殖が行われる領域となり、細胞接着領域A´として機能する。このように、導電性領域Cと重なる細胞接着領域Bが、導電層Cへの電圧印加によって細胞接着阻害性から細胞接着性へと変化することで、細胞が接着可能な領域(細胞接着領域)が拡張されることになる。導電性層Cへの電圧印加を境に、当初の細胞接着領域Aに存在する分化した細胞を、その周囲に拡がった細胞接着領域A´で培養することができ、細胞の増殖をより効果的に行うことができる。細胞接着阻害領域Bと導電性領域Cの重なりの大きさは、細胞種や細胞の増殖数などに応じて適宜設定すればよい。細胞の増殖を効率的に行うには、導電性領域と細胞接着阻害領域の重なりが、細胞接着領域よりも大きくなるようにすることが好ましい。なお、細胞接着密度が増加した際に、導電性領域への電圧印加を行えば、同一の基材内に新たな細胞接着領域を発現させることができるので、細胞を別の培養皿へ移動する必要がない。そのため、細胞に侵襲的な処理を行わなくて済む。
【0030】
電圧印加による細胞接着阻害領域の細胞接着性への変化は、電圧印加とともに細胞接着阻害層の一部又は全部が基材から剥離して、細胞接着性を有する表面へと改変することで起こる。本発明者らは、既に行った特許出願(特願2009−239588)において、無アルカリガラスに形成したITO電極上にエポキシシランを導入し、エポキシシランを介して形成されたポリエチレングリコールからなる親水性膜が、ITO電極を回路に接続して+2Vの電圧を2分間印加すると、時間経過とともに親水性膜が剥離し、その後に細胞接着性を有する表面となることを確認している。
【0031】
図4を参照して、導電性領域の配置について説明する。図4は、導電性領域の配置について説明する図であり、図4(A)は導電性領域が細胞接着領域に接している例を示す図であり、図4(B)は導電性領域が細胞接着領域から離隔している例を示す図である。本発明において導電性領域Cは、導電性領域Cと細胞接着阻害領域Bとの重なり(重畳領域)が細胞接着領域Aと隣接するように配置されていればよい。必ずしも導電性領域が細胞接着領域を内包していたり、あるいは細胞培養領域の全周囲に存在している必要はない。例えば、図4(A)に示すように導電性領域Cと細胞接着阻害領域Bとの重なり(重畳領域)が、細胞接着領域Aに接していてもよい。別の例として、図4(B)に示すように、細胞が細胞接着阻害層を乗り越えて移動可能なギャップGを介して、導電性領域Cと細胞接着阻害領域Bとの重なり(重畳領域)が、細胞接着領域Aに隣接していてもよい。ギャップGは、細胞種によって様々であるが、通常30μm以下の幅である。本発明における隣接する状態としては、2つの領域の境界が接している場合や、細胞が移動可能程度に2つの領域の境界が離れている場合も含むものとする。
【0032】
導電性領域と細胞接着阻害領域が重なる領域(重畳領域)の形状および/または大きさに特に制限はないが、より好ましくは細胞にメカニカルストレスを与える形状および/または大きさであることが好ましい。例えば、Proc Natl Acad Sci U.S.A.,2005,102,11594−9(Emergent patterns of growth controlled by multicelluar form and mechanics)では、細胞に最もメカニカルストレスがかかる正方形の細胞接着領域の各頂点近傍において細胞の増殖効率が高いことが報告されている。したがって、導電性領域と細胞接着阻害領域が重なる領域をメカニカルストレスが生じやすいように、多くの角部や凸状の部分を含む形状とすることで、細胞の増殖効率を上げることができると考えられる。図2に示した細胞接着領域の形状を、導電性領域と細胞接着阻害領域が重なる領域の形状に適用することができる。
【0033】
次に、本発明の細胞培養基材の各構成について説明する。基材1は、少なくとも導電性領域を形成可能な材料で形成されたものであれば特に制限されない。基材1上に導電層4を形成することにより、導電性領域とすることが好ましい。また、その表面に炭素酸素結合を有する有機化合物の被膜を形成可能な材料であることが好ましい。具体的には、ガラス、石英ガラス、ホウケイ酸ガラス、アルミナ、サファイア、セラミックス、フォルステライト、感光性ガラス、シリコン、絶縁性樹脂(例えば、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)などを挙げることができる。その形状も限定されず、例えば、平板、フィルム、多孔質膜などの平坦な形状、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路などの立体的な形状、ならびに表面に凹凸が形成された形状が挙げられる。平板を使用する場合、その厚さは特に制限されないが、通常0.1μm〜1000μm、好ましくは1μm〜500μm、より好ましくは10μm〜200μmである。
【0034】
絶縁性材料からなる基材上に形成する導電層4には、金属、金属酸化物、金属微粒子や金属ナノファイバーが絶縁体に分散されたもの、導電性の有機材料などを用いることができる。金属酸化物としては、ITO(酸化インジウム錫)、IZO(酸化インジウム亜鉛)などが挙げられ、金属微粒子としては、金、銀、銅、白金などの微粒子、導電性ナノファイバーとしてはCNT(カーボンナノチューブ)、導電性の有機材料としてはPEDOT(ポリエチレンジオキシチオフェン)などが挙げられる。導電層は、導電性を有する厚みであれば特に制限されないが、通常単分子膜〜100μm、好ましくは2nm〜1μm、より好ましくは5μm〜500nmである。
【0035】
基材1および導電層4は、透明であることが好ましい。特に透明な導電層としてITO、IZOを用いることが好ましい。透明な基材1および導電層4は、細胞の状態を観察することができ、有利である。
【0036】
細胞接着層2および細胞接着阻害層3は、種々の材料や方法により形成可能であるが、好ましくは、以下の2つの形態を採用することができる。第1の形態は、細胞接着阻害層に所定の処理を施し、細胞接着性を発現させて細胞接着層とする形態である。つまり、細胞接着層が炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした層である場合をさす。この形態では細胞接着阻害性の親水性膜を形成し、次いで、細胞の接着が望まれる部位に対して酸化処理および/または分解処理を施すことにより当該部位に細胞接着性を付与して細胞接着層とする。
【0037】
第2の形態は、有機化合物の密度の高低によって細胞接着層2および細胞接着阻害層3とする形態である。つまり、細胞接着層が炭素酸素結合を有する有機化合物を低密度で含む親水性膜で形成した層であり、細胞接着阻害層が炭素酸素結合を有する有機化合物を高密度で含む親水性膜で形成した層である形態をさす。この形態は、炭素酸素結合を有する有機化合物を高密度で含む親水性膜が細胞接着阻害性を有するのに対して、前記化合物を低密度で含む親水性膜は細胞接着性を有することを利用したものである。基材表面に前記化合物が結合しやすい第1領域と結合しにくい第2領域とを設け、該基材表面に前記化合物の膜を形成すると、第1領域は細胞接着阻害領域となり、第2領域は細胞接着領域となる。
【0038】
以下では、細胞接着層2および細胞接着阻害層3に関する上記の2つの形態について、順に説明する。まず、第1の形態について説明する。第1の形態では、細胞接着阻害層3が炭素酸素結合を有する有機化合物により形成される親水性膜により形成される。当該親水性膜は、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を有する有機化合物を主原料とする薄膜であり、酸化される前は細胞接着阻害性を有し、酸化および/または分解された後は細胞接着性を有しているものであれば特に限定されない。
【0039】
本発明において炭素酸素結合とは、炭素と酸素との間に形成される結合を意味し、単結合に限らず二重結合であってもよい。炭素酸素結合としてはC−O結合、C(=O)−O結合、C=O結合が挙げられる。
【0040】
主原料としては、水溶性高分子、水溶性オリゴマー、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、これらが相互に物理的または化学的に架橋し、基材と物理的または化学的に結合することにより親水性薄膜となる。
【0041】
具体的な水溶性高分子材料としては、ポリアルキレングリコールおよびその誘導体、ポリアクリル酸およびその誘導体、ポリメタクリル酸およびその誘導体、ポリアクリルアミドおよびその誘導体、ポリビニルアルコールおよびその誘導体、双性イオン型高分子、多糖類、等を挙げることができる。分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。より具体的には、ポリエチレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(N−ビニル−2−ピロリドン)、ポリ(2−ヒドロキシエチルメタクリレート)、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体、デキストラン、およびヘパリンが挙げられるがこれらには限定されない。
【0042】
具体的な水溶性オリゴマー材料や水溶性低分子化合物としては、アルキレングリコールオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、メタクリル酸オリゴマーおよびその誘導体、アクリルアミドオリゴマーおよびその誘導体、酢酸ビニルオリゴマーの鹸化物およびその誘導体、双性イオンモノマーからなるオリゴマーおよびその誘導体、アクリル酸およびその誘導体、メタクリル酸およびその誘導体、アクリルアミドおよびその誘導体、双性イオン化合物、水溶性シランカップリング剤、水溶性チオール化合物等を挙げることができる。より具体的には、エチレングリコールオリゴマー、(N−イソプロピルアクリルアミド)オリゴマー、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンオリゴマー、低分子量デキストラン、低分子量ヘパリン、オリゴエチレングリコールチオール、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、2−〔メトキシ(ポリエチレンオキシ)−プロピルトリメトキシシラン、およびトリエチレングリコール−ターミネーティッド−チオールが挙げられるが、これらには限定されない。
【0043】
細胞接着阻害層3は、処理前は高い細胞接着阻害性を有し、酸化処理および/または分解処理後は細胞接着性を示すものであることが望ましい。
【0044】
細胞接着阻害層3の平均厚さは、0.8nm〜500μmが好ましく、0.8nm〜100μmがより好ましく、1nm〜10μmがより好ましく、1.5nm〜1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、基材1の細胞接着阻害層3で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。
【0045】
細胞接着層2は、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性3に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性として形成されることが好ましい。
【0046】
本発明において「酸化」とは狭義の意味であり、有機化合物が酸素と反応して酸素の含有量が反応以前よりも多くなる反応を意味する。
【0047】
本発明において「分解」とは有機化合物の結合が切断されて1種の有機化合物から2種以上の有機化合物が生じる変化を指す。「分解処理」としては典型的には、酸化処理による分解、紫外線照射による分解などが挙げられるがこれらには限定されない。「分解処理」が酸化を伴う分解(つまり酸化分解)である場合、「分解処理」と「酸化処理」とは同一の処理を指す。
【0048】
紫外線照射による分解とは、有機化合物が紫外線を吸収し、励起状態を経て分解することを指す。なお、有機化合物が、酸素を含む分子種(酸素、水など)とともに存在している系中に紫外線を照射すると、紫外線が化合物に吸収されて分解が起こる以外に、該分子種が活性化して有機化合物と反応する場合がある。後者の反応は「酸化」に分類できる。そして活性化された分子種による酸化により有機化合物が分解する反応は、「紫外線照射による分解」ではなく「酸化による分解」に分類できる。
【0049】
以上のように「酸化処理」と「分解処理」は操作としては重複する場合があり、両者を明確に区別することはできない。そこで本明細書では「酸化処理および/または分解処理」という用語を使用する。
【0050】
次に、第2の形態について説明する。第2の形態では、細胞接着性層2が炭素酸素結合を有する有機化合物を細胞接着阻害層3よりも低密度で含む親水性膜により形成される。この場合、細胞接着性層2と細胞接着阻害層3とは、ともに炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されている。したがって細胞接着領域Aと細胞接着阻害領域Bは上記有機化合物の密度が相違する。同密度が高いほど細胞は接着しにくくなる傾向がある。細胞接着領域では、前記有機化合物の密度が、細胞が接着できる程度に低い。
【0051】
細胞接着層2および細胞接着阻害層3を、密度を制御した親水性膜とする場合には、基材1との密着性を高めるために基材1上に結合層(図示せず)を形成し、次いで親水性有機化合物からなる親水性膜を形成するのが好ましい。結合層は、結合部分(リンカー)を有する材料を含む層であることが好ましい。リンカーとリンカーに結合させる材料の末端の官能基の組み合わせとしては、エポキシ基と水酸基、フタル酸無水物と水酸基、カルボキシル基とN−ハイドロキシスクシイミド、カルボキシル基とカルボジイミド、アミノ基とグルタルアルデヒド等が挙げられる。それぞれの組み合わせにおいて、いずれがリンカーであってもよい。これらの方法においては、親水性材料によるコーティングを行う前に、基板上にリンカーを有する材料により結合層を形成する。結合層における前記材料の密度は結合力を規定する重要な因子である。前記密度は、結合層の表面における水の接触角を指標として簡便に評価することができる。なお、水接触角は、協和界面科学社製 CA−Zを用い、マイクロシリンジから純水を滴下して30秒後に測定した値である。
【0052】
細胞接着層の結合層における、リンカーを有する材料の密度は低い。細胞接着層における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には、10°〜43°、望ましくは15°〜40°である。このような結合層を形成する方法としては、リンカーを有する材料の被膜(結合層)を基材表面に形成した後、当該結合層の表面を酸化処理および/または分解処理する方法が挙げられる。結合層表面を酸化処理および/または分解処理する方法としては、結合層表面を紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法などが挙げられる。結合層表面の全面を酸化処理および/または分解処理してもよいし、部分的に処理してもよい。部分的な処理は、フォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いることにより行うことができる。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で酸化処理および/または分解処理を施してもよい。諸条件などについても、親水性膜の酸化処理および/または分解処理により細胞接着層を形成する方法の場合と同様の条件を適用できる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着層が形成できる。
【0053】
細胞接着阻害層の結合層における、リンカーを有する材料の密度は高い。細胞接着阻害層における、親水性有機化合物の薄膜を形成する前の結合層の表面の水接触角は、リンカーを有する材料としてエポキシ基を末端に有するシランカップリング剤を使用する場合を例にとると、典型的には45°以上、望ましくは47°以上である。このような結合層は、リンカーを有する材料の被膜を基材表面に形成することにより得られる。結合層表面を部分的に酸化処理および/または分解処理した場合には、処理を受けない残余の部分が前記水接触角を有する結合層となる。こうして形成された結合層上に親水性有機化合物の薄膜を形成することにより、細胞接着阻害層が形成できる。
【0054】
細胞接着層(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量は、細胞接着阻害層(結合層が存在する場合には結合層も含む)の炭素量と比較して低いことが好ましい。具体的には、細胞接着層の炭素量が、細胞接着阻害層の炭素量に対して20〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「炭素量(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0055】
また、細胞接着層(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値は、細胞接着阻害層(結合層が存在する場合には結合層も含む)における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して小さい値であることが好ましい。具体的には、細胞接着層における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値が、細胞接着阻害層における炭素のうちで酸素と結合している炭素の割合(%)の値に対して35〜99%であることが好ましい。この範囲内に該当することは、親水性膜の厚さ(結合層が存在する場合には結合層の厚さと親水性膜の厚さの合計)が10μm以下の場合に特に好適である。「酸素と結合している炭素の割合(atomic concentration、%)」は下記に定義する通りである。
【0056】
本発明の親水性薄膜(結合層が存在する場合には結合層も含む)の評価手法としては、接触角測定、エリプソメトリー、原子間力顕微鏡観察、電子顕微鏡観察、オージェ電子分光測定、X線光電子分光測定、各種質量分析法などを用いることができる。これらの手法の中で、最も定量性に優れているのはX線光電子分光測定(XPS/ESCA)である。この測定方法で求められるのは相対的定量値であり、一般的に元素濃度(atomic concentration、%)で算出される。以下、本発明におけるX線光電子分光分析方法を詳細に説明する。
【0057】
本発明において親水性薄膜の「炭素量」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる炭素量」と定義される。また、本発明において親水性薄膜の「酸素と結合している炭素の割合」は、「X線光電子分光装置を用いて得られるC1sピークの解析値から求められる酸素と結合している炭素の割合」と定義される。具体的な測定は、特開2007−312736に記載されるとおりに実施できる。
【0058】
なお、上記の形態に限らず、マイクロコンタクトプリント法によりコラーゲンやフィブロネクチンなどの細胞接着性タンパク質を細胞接着阻害層上にパターニングして、細胞接着層を形成してもよい。
【0059】
(細胞培養基材の製造方法)
図5を参照して本発明に係る細胞培養基材の製造方法について説明する。図5は、本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の製造工程を説明する図である。
【0060】
(1)導電性領域の形成(図5(A)参照)
基材1上に導電性材料を成膜して導電層4を形成し、導電性領域を画定する。導電性材料の成膜方法としては、例えば、グラビア印刷法、スクリーン印刷法、オフセット印刷法、フレキソ印刷法、マイクロコンタクトプリント法などの各種印刷法による方法、インクジェット法による方法、CVD法、スパッタ法、蒸着法等を使用できる。成膜する導電性材料に応じて上記方法から適宜選択すればよい。電気的に独立した複数の導電性領域を形成する場合、導電層4をエッチングなどを施せばよい。
【0061】
(2)細胞接着阻害領域の形成(図5(B)参照)
導電層4を形成した基材1上に細胞接着阻害層3を形成し、細胞接着阻害領域を画定する。細胞接着阻害3として細胞接着阻害性の親水性膜を利用する場合には、基材へ親水性有機化合物を直接吸着させる方法、基材へ親水性有機化合物を直接コーティングする方法、基材へ親水性有機化合物をコーティングした後に架橋処理を施す方法を挙げることができる。
【0062】
(3)細胞接着領域の形成(図5(C)参照)
細胞接着阻害層3の所定の部位を紫外線で分解して細胞接着性とすることで、細胞接着層2を形成し、細胞接着領域を画定する。紫外線照射処理の場合は、波長185nmや254nmの紫外線を出す水銀ランプや波長172nmの紫外線を出すエキシマランプなどのVUV領域からUV−C領域の紫外線を出すランプを光源として用いることが好ましい。フォトマスクPを介してVUV光を細胞接着阻害層3に照射することにより、細胞接着層2とすることができる。
【0063】
(4)細胞培養基材の完成(図5(D)参照)
以上の工程により、基材1上に導電層4が配置され、導電層4上に細胞接着層2および細胞接着阻害層4を備える細胞培養基材100が製造される。
【0064】
(細胞培養方法)
図6を参照して本発明に係る細胞培養基材を用いた細胞培養方法について説明する。図6は、本発明の一実施形態に係る細胞培養基材を用いた細胞培養方法を説明する図である。以下に示す細胞培養方法は、細胞接着領域と、細胞接着領域と隣接する細胞接着阻害領域と、細胞接着阻害領域の一部と重なる導電性領域と、を含む細胞培養領域を有する基材を準備する工程と、細胞接着領域に細胞を播種し、細胞を分化させる工程と、導電性領域に電圧を印加し、細胞接着阻害領域を細胞接着性に改変する工程と、細胞接着性に改変した細胞接着阻害領域で分化した細胞を培養する工程と、を含む。
【0065】
(1)細胞の播種(図6(A)参照)
本発明の一実施形態に係る細胞培養基板を準備し、分化能を有する細胞10を細胞接着領域に播種する。細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、胚性腫瘍細胞(EC細胞)、胚性生殖幹細胞(EG細胞)、核移植ES細胞(ntES細胞)、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、神経幹細胞、間葉系幹細胞、肝幹細胞、膵幹細胞、皮膚幹細胞、筋幹細胞、生殖幹細胞、がん幹細胞などの幹細胞を挙げることができる。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代細胞でもよく、あるいは、それらを何代か継代させたものでもよい。なお、細胞は単一種を培養してもよいし二種以上の細胞を共培養してもよい。
【0066】
目的の細胞を含む培養試料は、予め、生体組織を細かくして液体中に分散させる分散処理や、生体組織中の目的の細胞以外の細胞その他細胞破片等の不純物質を除去する分離処理などを行っておくことが好ましい。
【0067】
(2)細胞の分化(図6(B)参照)
分化能を有する細胞10を細胞接着領域に播種した後、細胞10が分化するまで培養を行う。細胞を培養する時間は、培養時の細胞操作の有無などに左右されるが、通常6時間〜30日、好ましくは12時間〜72時間である。培養する温度は、通常37℃である。CO2細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO2 濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。培養した後、細胞培養用基板を洗浄することにより、接着していない細胞が洗い流され、細胞接着領域にのみ分化した細胞20を接着させることができる。上記のように細胞接着領域は、「細胞の分化に適した形状および/または大きさ」を有する。したがって細胞10は細胞接着領域の足場から受けるメカニカルストレスなどの影響により、特定の細胞への分化が誘導されて分化した細胞20となる。細胞としてヒト間葉系幹細胞を用いた場合、細胞接着領域が100μm×100μmの正方形である場合には骨芽細胞(分化した細胞20)へ、一方細胞接着領域が10μm×10μmの正方向である場合には脂肪細胞(分化した細胞20)への分化が誘導される。
【0068】
(3)細胞接着阻害領域の改変(図6(C)参照)
導電性領域Cに電圧を印加して、導電性領域Cと重なる細胞接着阻害領域Bを細胞接着領域A´に改変させる。導電性領域Cへの電圧の印加は、細胞培養基材100内に対極を設けて電圧を印加する方法や、導電性領域Cに対峙するようにPt(白金)等の対極を設けて電圧を印加する方法により行うことができる。印加する電圧は、当業者であれば適宜決定することができるが、通常1V〜10V、好ましくは2V〜5Vであり、印加する時間は、細胞に悪影響を与えない程度の時間に設定すればよく、通常1秒〜60分間、好ましくは10秒〜10分間である。
【0069】
印加する電圧は、電極が接している溶媒の種類や、電極の材質、電極の形状によって、適切な値が変わるが、通常、細胞接着阻害領域を細胞接着領域に改変可能な電圧以上で、細胞に悪影響を与えない程度に低い電圧を加えるのがよい。
【0070】
導電性領域Cに印加する電圧は、正電圧であることが好ましい。正電圧を印加することにより、細胞接着阻害領域を効果的に細胞接着領域に改変できるとともに、特に導電性領域がITO膜からなる場合に黒変するのを防止することができ、細胞の形態の観察を良好に実施できる。
【0071】
(4)細胞の増殖(図6(D)参照)
細胞接着阻害領域を細胞接着性に変化させた後、分化した細胞20の培養を行う。細胞を培養する時間は、培養時の細胞操作の有無などに左右されるが、通常6時間〜96時間、好ましくは12時間〜72時間である。培養する温度は、通常37℃である。CO2細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO2 濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。導電性領域への電圧印加により細胞接着領域が拡張されるため、当初の細胞接着領域に存在していた、分化した細胞20が、拡張された細胞接着領域において細胞が生存するのに適した条件下で分裂を繰り返すため、分化した細胞20が増殖する。
【0072】
例えばヒト間葉系幹細胞の場合について述べると、ヒト間葉系幹細胞が骨芽細胞へ分化すると、骨芽細胞は他の細胞へ分化することはほぼ無い。またヒト間葉系幹細胞が脂肪細胞へ分化すると、脂肪細胞は他の細胞へ分化することはほぼ無い。したがって、細胞接着領域で特定の細胞のみに分化させておけば、その後増殖した段階で他の細胞が発生することがほぼ無く、効率的な細胞培養を行うことできる。また、従来は一の培養皿で一定数の細胞を培養した後、それらをタンパク質分解酵素により剥離し、別の培養皿でさらに培養を行う必要があった。以上説明した細胞培養方法によれば、1つの基材内で細胞の分化させ、その細胞を増殖させることができる。
【0073】
(細胞培養基材の別の態様)
図7を参照して細胞培養基材の別の態様である、細胞培養基材200について説明する。図7は本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の別の態様を説明する図である。なお、図面の見やすさのために細胞接着阻害領域の図示は省略している。そして細胞培養領域Dを一点鎖線で囲んで図示している。
【0074】
細胞培養基材200では、4個の導電性領域Cと、4個の導電性領域Cそれぞれに電気的に接続された端子5が配置されている。各導電性領域Cは絶縁性領域Eによって離隔され、互いに電気的に絶縁されている。各導電性領域内には細胞接着領域Aが配置されている。図示を省略しているが、少なくとも導電性領域Cに重畳して細胞接着阻害領域が存在している。導電性領域Cと細胞接着阻害領域(図示せず)との重なり(重畳領域)が細胞接着領域Aと隣接して各細胞培養領域Dを構成する。このように細胞培養領域Dが基材上に複数配列されている。細胞培養領域の数は4個未満であってもよいし、4個より多くてもよい。細胞培養領域D間は絶縁性領域Eによって離隔されている。端子5により各導電性領域Cに給電し、各細胞接着阻害領域を改変する。図示では、端子5を複数の細胞培養領域Dごとに個別に設けているが、複数の細胞培養領域に対して端子5を共通化してもよい。また、細胞接着領域や細胞接着阻害領域は各々異なる形状および/または大きさであってもよい。各細胞接着領域の形状および/または大きさを異ならせると、同一の細胞培養基材内に複数種類の細胞を効率的に増殖させたり、異なる条件下における細胞の分化や増殖の挙動を観察することができるようになる。
【0075】
細胞培養領域が複数配列された細胞培養基材としては、以下に示す態様であってもよい。図8を参照して細胞培養基材の別の態様である、細胞培養基材300について説明する。図8は本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の別の態様を説明する図である。
【0076】
細胞接着領域A、細胞接着阻害領域B、および基材全面に配置された導電性領域Cを包含するように、隔壁6が複数配置されている。なお、導電性領域Cは基材全面に配置されていなくてもよい。隔壁6は各細胞培養領域を区切るためのリング部材であり、隔壁6によって包囲されて、各々の細胞培養領域Dが画定される。隔壁6は、隔壁6内に細胞、培養液を収容できるものであれば、大きさ、形状、材料に特に制限はない。隔壁6は基材上に公知の接着剤を介して接合されている。また、隔壁6は、板状体に複数の貫通孔が形成されたものを用いてもよい。隔壁6、板状体に形成した貫通孔の数は、目的に応じて設定することができ、特に制限されない。例えば、生化学的試験などによく用いられるような、6個(6ウェル)、12個(12ウェル)、24個(24ウェル)、48個(48ウェル)、96個(96ウェル)、384個(384ウェル)、1536個(1536ウェル)としてもよい。
【0077】
(細胞培養基材の別の態様)
図9を参照して細胞培養基材の別の態様である、細胞培養基材400について説明する。図9は本発明の一実施形態に係る細胞培養基材の別の態様を説明する図である。説明のため、細胞培養基材400のうち、基材と導電性領域、細胞接着領域と細胞接着阻害領域に各々分解して図示している。図9(A)は導電性領域上に形成した細胞接着領域および細胞接着阻害領域の配置するための上面図であり、図9(B)は基材上に形成した導電性領域の配置を説明するための上面図である。
【0078】
細胞培養基材400では、細胞培養領域に複数の導電性領域(第1導電性領域C1および第2導電性領域C2)を有し、第1導電性領域C1と第2導電性領域C2は絶縁性領域によって離隔され、絶縁されている。第1導電性領域C1は、細胞接着領域Aおよび細胞接着阻害領域Bの一部と重なる。第2導電性領域C2は、細胞接着領域Aと隣接し、かつ、第1導電性領域C1と絶縁性領域Eによって離隔されている。絶縁性領域および複数の導電性領域は、導電層をパターニングすることで形成できる。
【0079】
第1導電性領域C1は、細胞接着領域Aの一部を残して重なり、かつ、細胞接着阻害領域Bの一部と重なっている。第1導電性領域C1は種々の形状や大きさをとりうる。第1導電性領域C1は通常、細胞接着領域に播種された細胞の増殖を行う領域であるが、細胞の分化を誘導する領域であってもよい。
【0080】
第2導電性領域C2は、細胞接着領域Aと隣接し、かつ、第1導電性領域C1と絶縁性領域Eによって離隔されている。第2導電性領域C2と細胞接着領域Aとの接点は、細胞接着領域Aが第1導電性領域C1と重ならない部位にある。第2導電性領域C2は細胞の増殖に適する形状や大きさであれば、特に制限されない。
【0081】
細胞接着領域Aに細胞を播種し、細胞接着領域Aにおいて細胞を分化させる。第1導電性領域C1に電圧を印加し、第1導電性領域C1と重なる細胞接着阻害領域Bを細胞接着性に変化させ、当該領域で細胞の増殖を行う。第2導電性領域C2に電圧を印加し、第2導電性領域C2と重なる細胞接着阻害領域Bを細胞接着性に変化させ、当該領域で細胞の分化、増殖を行う。第2導電性領域C2と細胞接着領域Aが隣り合っているため、第2導電性領域C2への電圧印加によって生じた細胞接着領域への細胞移動が可能となる。
【0082】
細胞は、接着密度が高すぎる、あるいは接着密度が低すぎると、細胞死が発生する。各導電性領域への電圧印加を境にして細胞接着領域を段階的に拡げることで、細胞の接着密度の制御が容易となり、分化した細胞をより効率的に培養することができる。なお、細胞培養領域に含まれる導電性領域が、第1導電性領域C1および第2導電性領域C2からなる態様について説明したが、各導電性領域同士が絶縁性領域を介して配置された3以上導電性領域を含む態様であってもよい。
【0083】
(細胞培養基材の変形例)
図10を参照して細胞培養基材の変形例である、細胞培養基材500,600について説明する。図10(A)は導電層が露出した領域が細胞接着領域となる例を示す図であり、図10(B)は導電層上に細胞接着層が存在しない例を示す図である。
【0084】
細胞培養基材500は、細胞接着領域として導電層4の表面が露出した領域とする態様である。導電層4の表面は細胞接着性を有する。導電層4の材料として、ITO、IZO、Au(金)、Ag(銀)、Cu(銅)、CNT、PEDOTを挙げることができる。細胞培養基材500を作製するには、導電層4を形成した後、表面を露出させたい領域にマスクを設けておく。基材1上に細胞接着阻害層3を形成し、その後マスクを除去することにより得られる。
【0085】
細胞培養基材600は、細胞接着層2が導電層4上に存在しない(つまり、細胞接着層と導電性領域が重ならない)態様である。細胞培養基材600を作製するには、基材1に導電性材料を成膜した後、導電性材料をパターニングして導電層4を形成する。パターニングされて表面が露出した基材1上に、細胞接着層2を形成することにより得られる。なお、基材1の表面自体が細胞接着性有する場合には、細胞接着層を設けなくてもよい。以上のように、本発明に係る細胞培養基材は種々の変形を行うことが可能である。
【符号の説明】
【0086】
100,200,300,400,500,600:細胞培養基材、1:基材、2:細胞接着層、3:細胞接着阻害層、4:導電層、5:端子、6:隔壁、10:細胞、20:分化した細胞、A,A´:細胞接着領域、B:細胞接着阻害領域、C,C1,C2:導電性領域、D:細胞培養領域、E:絶縁性領域、G:ギャップ、P:フォトマスク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞接着性を有し、細胞の分化に適した形状および/または大きさである細胞接着領域と、
細胞接着阻害性を有し、前記細胞接着領域と隣接する細胞接着阻害領域と、
前記細胞接着阻害領域の少なくとも一部と重なる導電性領域と、
を含む細胞培養領域を基材上に備え、
前記導電性領域と前記細胞接着阻害領域が重なる重畳領域が、前記細胞接着領域と隣接し、
前記重畳領域は、電圧印加によって細胞接着性に改変可能であることを特徴とする細胞培養基材。
【請求項2】
前記細胞接着領域は、細胞に所望のメカニカルストレスを与える形状および/または大きさであることを特徴とする請求項1記載の細胞培養基材。
【請求項3】
前記重畳領域は、前記細胞接着領域よりも面積が大きいことを特徴とする請求項1または2記載の細胞培養基材。
【請求項4】
前記細胞接着領域は、1個の細胞が接着しうる大きさであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の細胞培養基材。
【請求項5】
前記細胞培養領域は、前記基材上に複数配列されていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の細胞培養基材。
【請求項6】
前記導電性領域は、第1導電性領域および第2導電性領域を含み、
前記第1導電性領域は、前記細胞接着領域および前記細胞接着阻害領域の一部と重なり、
前記第2導電性領域は、前記細胞接着領域と隣接し、かつ、前記第1導電性領域と絶縁性領域によって離隔されていることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載の細胞培養基材。
【請求項7】
前記細胞接着領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む細胞接着阻害性の親水性膜に酸化処理および/または分解処理を施して細胞接着性とした領域であり、前記細胞接着阻害領域が、炭素酸素結合を有する有機化合物を含む親水性膜で形成されていることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項記載の細胞培養基材。
【請求項8】
炭素酸素結合を有する有機化合物がアルキレングリコールオリゴマーであることを特徴とする請求項7記載の細胞培養基材。
【請求項9】
前記導電性領域が、基材上にITO膜が存在する領域であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項記載の細胞培養基材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−120443(P2012−120443A)
【公開日】平成24年6月28日(2012.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−271136(P2010−271136)
【出願日】平成22年12月6日(2010.12.6)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】