説明

細胞培養基質及びその製造方法

【課題】 複数種のペプチドを任意にコントロールした導入量で基質表面に固相化することを可能にし、またペプチド種の組み合わせによって細胞の接着・増殖・分化などをコントロールできるようにした、新規な細胞培養基質及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】 疎水結合性吸着ポリマーに単一種のペプチドを導入したペプチド導入ポリマーを複数種細胞培養基質表面にコーティングする工程を有することを特徴とする細胞培養基質の製造方法であり、好ましくは疎水結合性吸着ポリマーが、分子内に疎水性を有する直鎖状炭素骨格とペプチドと反応しうる官能基とを有するものである細胞培養基質の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は細胞培養に関する技術であり、さらに詳しくは、細胞培養基質及びその製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
通常の細胞培養の方法は均一な培養面を持つ培養基質を用いて行われる。具体的には、ガラスやポリスチレンなどの透明な材料を一定の形状に成型した容器を用いる。細胞の接着性を高めるため、ポリスチレンなど疎水性の材料については表面を親水化するなどの表面改質を施したものが用いられる。また塩基性の高分子(ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリリジン等)や細胞接着性蛋白質(フィブロネクチン、コラーゲン、ゼラチン、ラミニン等)を表面にコートすることによって、より接着性を高める方法も多く用いられている。
【0003】
上述のコラーゲン、フィブロネクチン、ゼラチン、ラミニン等の蛋白質をコートした細胞培養基質は既に市販されており(例えば特許文献1参照)、それらの中にマトリゲル(Matrigel;Becton Dickinson社の登録商標)をコートしたものがある。マトリゲルは、Engelbreth-Holm-Swarm腫瘍マトリックスから抽出された基底膜調製物であり(例えば非特許文献1参照)、細胞外基質合成に影響を及ぼす可能性のある種々のサイトカインの他に、ラミニン−1、IV型コラーゲン、エンタクチン(ナイドジェン)、ヘパラン硫酸プロテオグリカン(パールカン)などの蛋白質が混合物として含まれている。これらが細胞の機能維持に効力を発揮していると考えられているが、未確認の成分が存在するので、細胞を用いた再生医療等の用途においては、安全性や品質管理の面で問題があり、その使用は難しい。
【0004】
一方、細胞接着に関するペプチドはすでに多くの種類が知られており、それらを培養基質に固相化したものについて、文献等が多数報告されている。例えば、フィブロネクチン蛋白質の細胞接着に関わる領域のペプチドであるArg−Gly−Asp(RGD)アミノ酸配列は化学的に合成され、それを基質表面に化学結合で固相化した例が報告されている(例えば非特許文献2参照)。しかし、異なる複数種のペプチドをマトリゲルのように混合物として基質表面に固相化させようとした場合、反応性の関係上、その個々の導入量をコントロールすることは難しいという欠点があった。
【0005】
【特許文献1】特開平6−98757号公報
【非特許文献1】Biochemistry 21, 6188-6193, 1982
【非特許文献2】Nature 309, 30-33, 1984
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、背景技術の項で述べたように、化学結合法では難しかった、複数種のペプチドを任意にコントロールした導入量で基質表面に固相化することを可能にし、またペプチド種の組み合わせによって細胞の接着・増殖・分化などをコントロールできるようにした、新規な細胞培養基質及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち本発明は、(1)疎水結合性吸着ポリマーに単一種のペプチドを導入したペプチド導入ポリマーを複数種細胞培養基質表面にコーティングする工程を有することを特徴とする細胞培養基質の製造方法や、(2)ペプチドがフィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、シンデカン、カドヘリン、及びセレクチンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞接着に関わるペプチド領域からなる(1)記載の細胞培養基質の製造方法や、(3)ペプチドが上皮増殖因子、形質転換増殖因子、線維芽細胞増殖因子、インシュリン様増殖因子、及びインシュリンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞増殖に関わるペプチド領域からなることを特徴とする(1)又は(2)記載の細胞培養基質の製造方法や、(4)ペプチドがラミニン、上皮増殖因子、形質転換増殖因子、及び線維芽細胞増殖因子から選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞分化に関わるペプチド領域からなることを特徴とする(1)〜(3)いずれか記載の細胞培養基質の製造方法や、(5)疎水結合性吸着ポリマーが、分子内に疎水性を有する直鎖状炭素骨格とペプチドと反応しうる官能基とを有するものであることを特徴とする(1)〜(4)いずれか記載の細胞培養基質の製造方法や、(6)(1)〜(5)記載のいずれかの製造方法で作られることを特徴とする細胞培養基質に関する。
【0008】
また、本発明は、(7)疎水結合性吸着ポリマーに、細胞接着に関わるペプチド、細胞増殖に関わるペプチド、細胞分化に関わるペプチドからなる群より選ばれるペプチドを導入したことを特徴とするペプチド導入ポリマーや、(8)単一種のペプチドを導入したことを特徴とする(7)記載のペプチド導入ポリマーや、(9)細胞接着に関わるペプチドが、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、シンデカン、カドヘリン、及びセレクチンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞接着に関わるペプチド領域からなることを特徴とする(7)又は(8)記載のペプチド導入ポリマーや、(10)細胞増殖に関わるペプチドが、上皮増殖因子、形質転換増殖因子、線維芽細胞増殖因子、インシュリン様増殖因子、及びインシュリンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞増殖に関わるペプチド領域からなるからなることを特徴とする(7)〜(9)のいずれか記載のペプチド導入ポリマーや、(11)細胞分化に関わるペプチドが、ラミニン、上皮増殖因子、形質転換増殖因子、及び線維芽細胞増殖因子から選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞分化に関わるペプチド領域からなるからなることを特徴とする(7)〜(10)のいずれか記載のペプチド導入ポリマーや、(12)疎水結合性吸着ポリマーが、分子内に疎水性を有する直鎖状炭素骨格とペプチドと反応しうる官能基とを有するものである(7)〜(11)いずれか記載のペプチド導入ポリマーに関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の細胞培養基質及びその製造方法によれば、複数種のペプチドの導入量を任意にコントロールでき、マトリゲルのようにさまざまな機能分子の混合物を正体のわかっている人工物で作ることができるため、細胞の状態をin vitroでより生体に近い形で制御でき、細胞の接着・増殖・分化などのための優れた培養基質として利用ができ、ひいては感染等の規制が厳しくなるであろうと予想される再生医療等の分野で使用されることが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の細胞培養基質の製造方法としては、疎水結合性吸着ポリマーに単一種のペプチドを導入したペプチド導入ポリマーを複数種細胞培養基質表面にコーティングする工程を有する方法であれば特に制限されず、また、本発明の細胞培養基質としては、上記本発明の細胞培養基質の製造方法により得られるものであれば特に制限されず、さらに、本発明のペプチド導入ポリマーとしては、疎水結合性吸着ポリマーに、細胞接着に関わるペプチド、細胞増殖に関わるペプチド、細胞分化に関わるペプチドからなる群より選ばれるペプチドが導入されているポリマーであれば特に制限されない。上記本発明の細胞培養基質の製造方法において使用するペプチドとしては特に規定されるものではないが、細胞接着・増殖・分化など、細胞の機能に関わるものを用いるのが好ましい。
【0011】
また、上記本発明のペプチド導入ポリマーとしては、2種類以上のペプチドを導入したものよりも、単一種のペプチドを導入したものが導入ペプチドの導入量の制御等の点で好ましく、単一種のペプチドを導入したペプチド導入ポリマーを、例えば混合することにより複数種用いることにより、細胞種等に応じて所望の細胞培養基質を簡便に作製することができる。
【0012】
細胞接着に関わるペプチドとしては、細胞接着蛋白質のアミノ酸配列の中で、細胞接着に関わる領域のペプチドであればいずれでも用いることができ、細胞接着蛋白質としては、具体的にはフィブロネクチン(FN)、コラーゲン(Col)、ラミニン(LN)、ビトロネクチン(VN)等が挙げられる。これらペプチドの長さとしては、3〜20個、好ましくは6〜15個のアミノ酸残基であり、これらペプチドは、通常のペプチド合成法により入手可能である。
【0013】
具体例として、フィブロネクチンの細胞結合ドメインにあるArg−Gly−Asp(RGD)配列を含むペプチドであるGly−Arg−Gly−Asp−Ser−Pro(GRGDSP)等が挙げられる。
【0014】
また、上皮細胞、血管内皮細胞、筋肉細胞、神経細胞(ニューロン)等の機能発現に特に重要と考えられているラミニンの細胞接着に関わる領域のペプチドとしては、α鎖のG領域(G−domain)ペプチドが好ましく、例えば、マウスのLN由来である、Arg−Lys−Arg−Leu−Gln−Val−Gln−Leu−Ser−Ile−Arg−Thr(RKRLQVQLSIRT;AG73)、Leu−Gln−Gln−Arg−Arg−Ser−Val−Leu−Arg−Thr−Lys−Ile(AG73T)、Thr−Leu−Gln−Leu−Gln−Glu−Gly−Arg−Leu−His−Phe−Met(AG76.8)、Thr−Leu−Gln−Leu−Gln−Glu−Gly−Arg−Leu−His−Phe−Nle(AG76.8X)、Val−Lys−Thr−Glu−Tyr−Ile−Lys−Arg−Lys−Ala−Phe−Met(AG81.2)、Val−Lys−Thr−Glu−Tyr−Ile−Lys−Arg−Lys−Ala−Phe−Nle(AG81.2X)、Lys−Asn−Arg−Leu−Thr−Ile−Glu−Leu−Glu−Val−Arg−Thr(A2G73)、Lys−Pro−Arg−Leu−Gln−Phe−Ser−Leu−Asp−Ile−Gln−Thr(A3G72)、Lys−Phe−Leu−Glu−Gln−Lys−Ala−Pro−Arg−Asp−Ser−His(A4G73)、Gly−Glu−Lys−Ser−Gln−Phe−Ser−Ile−Arg−Leu−Lys−Thr(A4G78)、Thr−Leu−Phe−Leu−Ala−His−Gly−Arg−Leu−Val−Phe−Met(A4G82)、Thr−Leu−Phe−Leu−Ala−His−Gly−Arg−Leu−Val−Phe−Nle(A4G82X)、Gly−Pro−Leu−Pro−Ser−Tyr−Leu−Gln−Phe−Val−Gly−Ile(A5G71)、Arg−Asn−Arg−Leu−His−Leu−Ser−Met−Leu−Val−Arg−Pro(A5G73)、Arg−Asn−Arg−Leu−His−Leu−Ser−Nle−Leu−Val−Arg−Pro(A5G73X)、Leu−Val−Leu−Phe−Leu−Asn−His−Gly−His−Phe−Val−Ala(A5G77)またはLeu−Val−Leu−Phe−Leu−Asn−His−Gly−His(A5G77f)等が、また、ヒトLN由来の、Lys−Asn−Ser−Phe−Met−Ala−Leu−Tyr−Leu−Ser−Lys−Gly(hA3G75)またはGly−Asn−Ser−Thr−Ile−Ser−Ile−Arg−Ala−Pro−Val−Tyr(hA3G83)等が例示される。
【0015】
細胞増殖蛋白質としては、具体的には上皮増殖因子(Epidermal Growth Factor;EGF)、形質転換増殖因子(Transforming Growth Factor;TGF)、線維芽細胞増殖因子(Fibroblast Growth Factor;FGF)、インシュリン様増殖因子(Insulin-like Growth Factor;IGF)、またはインシュリン等が挙げられ、これらの蛋白質に含まれる細胞増殖に関わるペプチドとして、例えばIGFに含まれるGly−Tyr−Gly−Ser−Ser−Ser−Arg−Arg−Ala−Pro−Gln−Thr(GYGSSSRRAPQT)等が挙げられる。
【0016】
細胞分化蛋白質としては、具体的にはラミニン、上皮増殖因子、形質転換増殖因子、または線維芽細胞増殖因子等が挙げられ、これらの蛋白質に含まれる細胞分化に関わるペプチドとして、例えばEGFに含まれるCys(Acm)−Met−His−Ile−Glu−Ser−Leu−Asp−Ser−Tyr−Thr−Cys(Acm)(C(Acm)MHIESLDSYTC(Acm))等が挙げられる。
【0017】
本発明に使用するペプチドを導入させるポリマーは、細胞培養表面基質に吸着することができる疎水結合性吸着ポリマーであって、分子内に疎水性を有する直鎖状炭素骨格とペプチドと反応しうる官能基とを有するものが好ましい。特に分子内にポリアルキレン鎖あるいは直鎖アミノ酸ポリマー(ポリグリシン、ポリアラニン、ポリバリン、ポリロイシン、ポリフェニルアラニン等)やその誘導体などの疎水性の直鎖状骨格を持つ疎水結合性吸着ポリマーで、該疎水性の直鎖状骨格に直接、あるいはスペーサーを介してペプチドと反応できる反応性の官能基(反応基)とを有する疎水結合性吸着ポリマーを好適に用いることができる。代表例として、無水マレイン酸とスチレンとの交互共重合体(以下、MAST(maleic anhydride / styrene copolymer)と呼ぶ)や、無水マレイン酸とメチルビニルエーテルとの交互共重合体(以下、MMAC(methyl vinyl ether / maleic anhydride copolymer)と呼ぶ)を挙げることができる。
【0018】
また、ポリマーに化学処理を施してペプチドと反応しうる官能基を導入したものも使用することができる。例えば、ポリスチレン樹脂を酸素プラズマ処理することによりカルボキシル基を導入したもの、アンモニアプラズマ処理することによりアミノ基を導入したものなどが利用できる。
【0019】
上記のペプチドの疎水結合性吸着ポリマーへの導入は、ポリマー鎖のペプチドと反応しうる官能基と該ペプチドとを、カップリング剤を用いて反応し化学結合させる。具体的には、ポリマー鎖に導入したカルボキシル基またはアミノ基と、ペプチドに含まれるアミノ基またはカルボキシル基との、水溶性カルボジイミドを用いた縮合結合、あるいはグルタルアルデヒドなどの二官能性架橋剤による架橋反応が挙げられる。
【0020】
細胞培養基質の基材としては、例えば、プラスチック、合成ゴム、無機物および金属等を使用した細胞培養基質が挙げられるが、特に成型性に優れているプラスチックが好ましい。
【0021】
プラスチックとしては、熱可塑性樹脂または熱硬化性樹脂のいずれの樹脂も使用することができ、熱可塑性樹脂としては、例えば、アクリル樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリメチルペンテン樹脂、フッ素樹脂またはポリカーボネート等が、熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂、尿素樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂またはシリコン樹脂等が例示されるが、特に透明性の高さからポリスチレン樹脂が好ましい。また、自己蛍光の低さからフッ素樹脂も好適に用いることができる。
【0022】
合成ゴムとしては、例えば、ブタジエンスチレンゴム、ブタジエンアクリロニトリルゴム、ブチルゴム、多硫化系合成ゴム、フッ素ゴムまたはシリコンゴム等が例示される。
【0023】
無機物としては、ガラス、ヒドロキシアパタイト、シリコン等のIC基材またはカーボンナノチューブ等が例示される。
【0024】
金属としては、不活性(inert)な金、白金、チタンあるいはこれらの酸化物等が例示される。
【0025】
単一のペプチド導入ポリマーを複数種コーティングする方法としては、複数種のペプチド導入ポリマーを溶液状態で混合させた後、基質にコーティングする方法と、1種類ずつのペプチド導入ポリマー溶液を順次コーティングする方法とがあり、どちらの方法も利用できる。いずれの方法とも、用いるペプチド導入ポリマー溶液の割合については、使用する実験系に応じて任意の割合でよい。例えば、単純に2種類の溶液を1:1で混合させてもよいし、用いる組織の細胞外マトリックスの組成比に合わせて混合することも可能である。
【0026】
ペプチド導入ポリマーを基質にコーティングする方法としては、溶液を基質に分注し、一定時間静置後溶液を回収する方法と、分注した溶液をそのまま蒸発・乾固させる方法とがあり、どちらの方法も利用できる。前者に関しては、コーティング時間としては5分〜24時間静置した後溶液を回収し、水で洗浄して乾燥させ保存する、あるいはそのまま乾燥・保存して使用直前に水、リン酸緩衝液または培地で洗浄して直ちに使用する。後者に関しては、溶媒が蒸発するまで静置しておくことになる。蒸発までの時間は溶媒の種類によって異なるが、おおむね1〜48時間である。乾燥後は、水で洗浄した後再び乾燥させ保存する、あるいはそのまま保存して使用直前に水、リン酸緩衝液または培地で洗浄して直ちに使用する。
【0027】
ペプチド導入ポリマーの濃度としては、1μg/ml〜1mg/ml、特に5〜50μg/mlが好ましい。コーティング溶液の分注量は、コーティング面の面積に依存するが、例えば35φのシャーレであれば、0.25〜2ml、特に0.5〜1mlが好ましい。
【0028】
コーティングに用いる溶媒としては、上記のペプチド導入ポリマーを溶かし、かつコートする基質を侵さないものである必要がある。例えば、細胞培養基質としてプラスチックを用い、MASTを塗布する場合は、極性溶媒でプラスチック表面を侵さないエタノールを用いるのが良い。その組成としては、エタノールと純水の混合溶媒が好適で、エタノールは任意の割合で用いることができるが、エタノール:純水=1:1程度の割合が好ましい。
【0029】
滅菌に関しては、細胞培養基質という性質上行わなければならないが、その方法は、無菌的な環境で、溶液をろ過滅菌した後コーティングを行う無菌生産の方法と、有菌的にコーティングを行った後、γ線、電子線等の放射線により滅菌処理を行う方法のいずれも用いることが可能である。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、この発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
疎水結合性吸収ポリマーである無水マレイン酸とスチレンの共重合体であるMAST200mgを1NのNaOH水溶液を少量づつ添加し、完全に溶解させた。これに、水溶性カルボジイミド(WSC:1-Ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl) carbodiimed, hydroch
loride)50mgを加え2時間室温で反応させた後、GRGDSPペプチド20mgを加えて、室温で2時間攪拌反応させた。反応終了後、水に透析してアルカリと低分子物質を除き、反応性生物を凍結乾燥しMAST−GRGDSPを調製した。
【0031】
さらに、MAST200mgを1NのNaOH水溶液を少量づつ添加し、完全に溶解させた。これに、水溶性カルボジイミド(WSC)50mgを加え2時間室温で反応させた後、AG73ペプチド20mgを加えて、室温で2時間攪拌反応させ、上記同様に透析、凍結乾燥しMAST−AG73を調製した。
【0032】
これ以降のすべての操作は無菌操作を前提とする。遠沈管に10μg/mLでMAST−GRGDSPを水−エタノール溶媒(体積比1:1)に溶かした溶液と、10μg/mLでMAST−AG73を水−エタノール溶媒(同1:1)に溶かした溶液を用意し、一方を他方の溶液に加えよく混合させた(混合比1:1)。次に、35φシャーレ成型品(住友ベークライト(株)製)にこの混合溶液を1mL分注し、溶媒が蒸発するまで静置した。その後、シャーレに純水3mLを加えて洗浄した後、容器を室温で乾燥させた。
【0033】
(比較例1)
10μg/mLのMAST−GRGDSP溶液のみを実施例1と同様な方法でシャーレにコートしたものを作製した。
【0034】
フラスコで培養したPC−12細胞(ラット副腎髄質褐色細胞腫由来)を0.25%トリプシン溶液で剥がし、回収した細胞を無血清のDMEM培養液(Gibco、11885−084)に分散し、遠心分離により細胞を分離、これを3回繰り返して無血清のDMEMで再分散した。細胞分散液を無血清のDMEMで2×10cells/mLに調製し、上記のコートしたシャーレに1mL加え、37℃のCOインキュベーターで2日間培養を行った。
【0035】
顕微鏡下で培養状態を観察したところ、実施例1では細胞播種後1時間、4時間の時点で多くのPC−12細胞が接着・伸展をしており、播種後24時間でも細胞は形態を維持していたが、比較例1では細胞播種後1時間、4時間で接着はしているものの伸展はせず、播種後24時間では死んで浮いている細胞が多く見られた。これにより、細胞接着における、複数種のペプチド導入ポリマーを細胞培養基質にコートすることの効果が確認された。
【0036】
(実施例2)
すべての操作は実施例1に準じて行った。実施例1同様に、MAST200mgを1NのNaOH水溶液を用いて、完全に溶解させた。これに、水溶性カルボジイミド(WSC)50mgを加え2時間室温で反応させた後、A5G73Xペプチド20mgを加えて、室温で2時間攪拌反応させ、上記同様に透析、凍結乾燥しMAST−A5G73Xを調製した。
【0037】
遠沈管に10μg/mLでMAST−GRGDSPを水−エタノール溶媒(体積比1:1)に溶かした溶液と、10μg/mLでMAST−A5G73Xを水−エタノール溶媒(同1:1)に溶かした溶液を用意し、一方を他方の溶液に加えよく混合させた(混合比1:1)。次に、35φシャーレ成型品(住友ベークライト(株)製)にこの混合溶液を1mL分注し、溶媒が蒸発するまで静置した。その後、シャーレに純水3mLを加えて洗浄した後、容器を室温で乾燥させた。
【0038】
(比較例2)
10μg/mLのMAST−GRGDSP溶液のみ、または10μg/mLでMAST−A5G73X溶液のみを実施例2と同様な方法でシャーレにコートしたものを作製した。
【0039】
フラスコで培養したHepG2細胞(ヒト肝癌細胞由来)を0.25%トリプシン溶液で剥がし、回収した細胞を無血清のDMEM培養液(Gibco、11885−084)に分散し、遠心分離により細胞を分離、これを3回繰り返して無血清のDMEMで再分散した。細胞分散液を無血清のDMEMで5×10cells/mLに調製し、上記のコートしたシャーレに1mL加え、37℃のCOインキュベーターで2日間培養を行った。
【0040】
顕微鏡下で培養状態を観察したところ、実施例2では細胞播種後4時間の時点で多くのHepG2細胞が接着・伸展をしており、播種後24時間でも細胞は形態を維持していたが、比較例2では細胞播種後4時間で接着はしているものの伸展はせず、播種後24時間でも伸展している細胞数が少なかった。これにより、細胞接着における、複数種のペプチド導入ポリマーを細胞培養基質にコートすることの効果が確認された。
【0041】
(実施例3)
すべての操作は実施例1に準じて行った。実施例1同様に、MAST200mgを1NのNaOH水溶液を用いて、完全に溶解させた。これに、水溶性カルボジイミド(WSC)50mgを加え2時間室温で反応させた後、A4G82Xペプチド20mgを加えて、室温で2時間攪拌反応させ、上記同様に透析、凍結乾燥しMAST−A4G82Xを調製した。
【0042】
遠沈管に10μg/mLでMAST−A4G82Xを水−エタノール溶媒(体積比1:1)に溶かした溶液と、10μg/mLでMAST−A5G73Xを水−エタノール溶媒(同1:1)に溶かした溶液を用意し、一方を他方の溶液に加えよく混合させた(混合比1:1)。次に、35φシャーレ成型品(住友ベークライト(株)製)にこの混合溶液を1mL分注し、溶媒が蒸発するまで静置した。その後、シャーレに純水3mLを加えて洗浄した後、容器を室温で乾燥させた。
【0043】
(比較例3)
比較例として10μg/mLのMAST−A4G82溶液、またはMAST−A5G73Xのみを実施例と同様な方法でシャーレにコートしたものを作成した。
【0044】
フラスコで培養した正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞(HUVEC、クラボウ製、KE−4101)を0.25%トリプシン溶液で剥がし、回収した細胞を血管内非細胞増殖用培地(HuMedia−EG2、クラボウ製、KE−2150S)に分散し、遠心分離により細胞を分離、さらに血管内非細胞増殖用培地からウシ胎児血清(FBS)を抜いたものに細胞を分散させ遠心分離し血清成分を除去する操作を3回繰り返して、最終的に無血清の血管内非細胞増殖用培地で再分散した。細胞数を5×10cells/mLに調製し、上記のコートしたシャーレに1mL加え、37℃のCOインキュベーターで2日間培養を行った。
【0045】
顕微鏡下で培養状態を観察したところ、実施例では細胞播種後1時間、4時間の時点で多くの正常ヒト臍帯静脈血管内皮細胞細胞が接着・伸展をしており、播種後24時間でも細胞は形態を維持していた。これに対し比較例では細胞播種後1時間、4時間で接着はしているもの伸展は見られたが細胞が十分伸展しておらず小さいサイズのままであった。さらに播種後24時間では細胞の状態に変化は見られずむしろ死んでシャーレより剥がれ浮いている細胞が多く見られた。これにより、細胞接着における、複数種のペプチド導入ポリマーを細胞培養基質にコートすることの効果が確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
疎水結合性吸着ポリマーに単一種のペプチドを導入したペプチド導入ポリマーを複数種細胞培養基質表面にコーティングする工程を有することを特徴とする細胞培養基質の製造方法。
【請求項2】
ペプチドがフィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、シンデカン、カドヘリン、及びセレクチンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞接着に関わるペプチド領域からなることを特徴とする請求項1記載の細胞培養基質の製造方法。
【請求項3】
ペプチドが上皮増殖因子、形質転換増殖因子、線維芽細胞増殖因子、インシュリン様増殖因子、及びインシュリンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞増殖に関わるペプチド領域からなることを特徴とする請求項1又は2記載の細胞培養基質の製造方法。
【請求項4】
ペプチドがラミニン、上皮増殖因子、形質転換増殖因子、及び線維芽細胞増殖因子から選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞分化に関わるペプチド領域からなることを特徴とする請求項1〜3いずれか記載の細胞培養基質の製造方法。
【請求項5】
疎水結合性吸着ポリマーが、分子内に疎水性を有する直鎖状炭素骨格とペプチドと反応しうる官能基とを有するものであることを特徴とする請求項1〜4いずれか記載の細胞培養基質の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5記載のいずれかの製造方法で作られることを特徴とする細胞培養基質。
【請求項7】
疎水結合性吸着ポリマーに、細胞接着に関わるペプチド、細胞増殖に関わるペプチド、細胞分化に関わるペプチドからなる群より選ばれるペプチドを導入したことを特徴とするペプチド導入ポリマー。
【請求項8】
単一種のペプチドを導入したことを特徴とする請求項7記載のペプチド導入ポリマー。
【請求項9】
細胞接着に関わるペプチドが、フィブロネクチン、ラミニン、ビトロネクチン、シンデカン、カドヘリン、及びセレクチンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞接着に関わるペプチド領域からなることを特徴とする請求項7又は8記載のペプチド導入ポリマー。
【請求項10】
細胞増殖に関わるペプチドが、上皮増殖因子、形質転換増殖因子、線維芽細胞増殖因子、インシュリン様増殖因子、及びインシュリンから選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞増殖に関わるペプチド領域からなるからなることを特徴とする請求項7〜9のいずれか記載のペプチド導入ポリマー。
【請求項11】
細胞分化に関わるペプチドが、ラミニン、上皮増殖因子、形質転換増殖因子、及び線維芽細胞増殖因子から選ばれる少なくとも一つの蛋白中の細胞分化に関わるペプチド領域からなるからなることを特徴とする請求項7〜10のいずれか記載のペプチド導入ポリマー。
【請求項12】
疎水結合性吸着ポリマーが、分子内に疎水性を有する直鎖状炭素骨格とペプチドと反応しうる官能基とを有するものである請求項7〜11いずれか記載のペプチド導入ポリマー。


【公開番号】特開2006−87396(P2006−87396A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−279893(P2004−279893)
【出願日】平成16年9月27日(2004.9.27)
【出願人】(501273886)独立行政法人国立環境研究所 (30)
【出願人】(503108883)
【出願人】(000002141)住友ベークライト株式会社 (2,927)
【Fターム(参考)】