細胞培養容器およびそれを用いた培養装置
【課題】誘電泳動による細胞や微生物操作において、細胞操作工程を簡便にし、細胞へのストレスを低減し、さらに、培養した細胞の剥離時における細胞への負荷を低減することであり、これにより、細胞培養容器の培養効率向上と電気信号による細胞分布および増殖状況の計測を図ることを可能とする。
【解決手段】本発明の細胞培養容器は、筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、細胞接着部は、空間部内の細胞を細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、細胞固定機構は、細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、細胞剥離機構は、細胞接着部に設けられた電極に空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有する。
【解決手段】本発明の細胞培養容器は、筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、細胞接着部は、空間部内の細胞を細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、細胞固定機構は、細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、細胞剥離機構は、細胞接着部に設けられた電極に空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養容器および細胞培養装置に係り、特に、細胞培養容器の培養効率向上に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療は障害や欠損を起こした細胞・組織・臓器の根本的治療を実現する革新的な医療として注目されている。再生医療用に利用される再生組織は、患者自身あるいは他者の体内から採取された細胞を体外において分離精製し、増幅や組織化等の加工工程を経て製造され、患者体内へ移植される。組織工学技術は年々進歩しており、単一種の細胞をシート化したものを作製する方法や複数の細胞種を立体的に配置させ、器官を人工的に構築する方法が開発されている。
【0003】
治療用細胞、特に接着性細胞の大量増幅には、広面積の培養容器が有効である。接着性細胞の増幅は、平面的に広がって増殖するからである。しかし、培養容器が広面積になるにつれて培養面の変形が大きくなり、細胞が低い領域に凝集して培養容器の利用効率を低下させるという課題がある。
細胞を操作する有効な技術としては、誘電泳動が注目されている。誘電泳動に関する系統的な研究と理論解析は、1970年代にPohlによってはじめられた(非特許文献1を参照)。バクテリアや細胞などのマイクロサイズ生体物質は、初期の研究から既に主な操作対象として取り上げられており、バイオテクノロジーは主要な応用分野の一つであった。
【0004】
誘電体粒子に働く誘電泳動力FDEPは、以下の式1で与えられる(非特許文献1を参照)。以下、誘電体粒子が細胞である場合を例として説明する。
ここで、a:球形近似したときの細胞の半径、ε0:真空の誘電率、εm:培地の比誘電率、E:電界強度であり、∇は勾配を表す演算子である。この場合、∇E2は、電界強度の二乗E2の勾配なので、その位置でどれだけE2が傾斜をもっているか、つまり電界が空間的にどれだけ急に変化をするかを意味する。また、Kはクラウジウス・モソッティ数と呼ばれ、式2で表される。ここで、εb*およびεm*はそれぞれ、細胞および培地の複素誘電率を表す。Re[K]は、クラウジウス・モソッティ数の実部を表すと定義すると、Re[K]>0は正の誘電泳動を表し、細胞は電界勾配と同方向、つまり、電界集中部に向かって泳動される。Re[K]<0は負の誘電泳動を表し、電界集中部から遠ざかる方向、すなわち弱電界部に向かって泳動される。
一般に複素誘電率εr*は式3で表される。
ここで、εr:細胞あるいは培地の比誘電率、σ:細胞あるいは培地の導電率、ω:印加電界の角周波数を表す。式1、式2、式3から、誘電泳動力は、細胞の半径、クラウジウス・モソッティ数の実部および電界強度に依存することがわかる。また、クラウジウス・モソッティ数の実部は、培地および細胞の複素誘電率、電界周波数に依存して変化することがわかる。
【0005】
誘電泳動を利用した微生物数測定法として、誘電泳動とインピーダンス計測を組合せたDEPIM法が提案されている。DEPIM法では、これらのパラメータを適切に選択し、微生物に働く正の誘電泳動力を十分に大きくし、微生物を電極ギャップに捕集すると同時に、電気的計測を行い、試料液中の微生物数を定量測定することを特徴としている(非特許文献2を参照)。
【0006】
また、負の誘電泳動を利用して細胞懸濁液内から不要細胞を除外して必要な細胞を高濃度で培養する培養装置が公開されている(特許文献1を参照)。
【0007】
また、正の誘電泳動を利用して目的の領域に細胞を効率よく捕捉し、かつ機能性細胞の活性を損なわないで捕捉する方法と装置が公開されている(特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−291097号公報
【特許文献2】特開2008−54511号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】H.Pohl:Dielectrophoresis,Cambridge University Press,Cambridge(1978)
【非特許文献2】J.Suehiro,R.Yatsunami,R.Hamada,M.Hara,J.Phys.D:Appl.Phys.32(1999)2814−2820
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来技術で述べた誘電泳動による細胞や微生物操作は、直接にイオンリッチ(高導電率)の培養液中で実施することが困難である。そこで、操作細胞を一旦イオンの少ない緩衝液に移って細胞操作を実施したあと、元の培養液に戻す操作方法が一般的である。その結果、細胞操作工程が複雑になり、培養環境の変化による細胞へのストレスが増加する課題がある。さらに、表面培養で増殖した細胞の剥離は一般的に酵素を使うため、細胞への負荷が大きくなるという課題がある。
【0011】
そこで、本願発明の目的は、細胞操作工程を簡便にし、細胞へのストレスを低減し、さらに、培養した細胞の剥離時における細胞への負荷を低減することである。これにより、細胞培養容器の培養効率向上と電気信号による細胞分布および増殖状況の計測を図ることを可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本願発明になる細胞培養容器の主たる特徴は、以下の通りである。
【0013】
細胞を保持および培養する細胞培養容器であって、筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、細胞接着部は、空間部内の細胞を細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、細胞固定機構は、細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、細胞剥離機構は、細胞接着部に設けられた電極に空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする。
【0014】
また、本願発明になる細胞培養装置の主たる特徴は、
細胞を保持および培養する細胞培養容器を具備する細胞培養装置であって、細胞培養容器に培地を供給または排出する供給・排出部と、細胞培養容器に設けられた電極に電圧印加する電源を有し、細胞培養容器は、筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、細胞接着部は、空間部内の細胞を細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、細胞固定機構は、細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、細胞剥離機構は、細胞接着部に設けられた電極に空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする。
【0015】
すなわち、培地の導電率が1000mS/m以上のイオンリッチな環境になると、誘電泳動が周波数109Hz以内において全て負の誘電泳動になることがわかった。つまり、本願発明は、負の誘電泳動により、細胞は電界集中部から遠ざかる方向、すなわち弱電界部に向かって泳動されることを応用し、細胞を所望の位置に固定するものである。
【0016】
また、細胞剥離は、直流電界を与えることに実施され、従来の細胞剥離に使われる酵素(例えば、トリプシン)を使わずに細胞を剥離することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、細胞培養容器の培養効率向上と電気信号による細胞分布および増殖状況の計測を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る細胞培養容器の一構成例を示す図である。
【図2】本発明に係る細胞固定機構電極の一構成例を示す図である。
【図3】交流電界の周波数とクラウジウス・モソッティ数の実部Re[K]の関係を示す図である。
【図4】円形電極を細胞固定化電極にする図である。
【図5】櫛歯電極を細胞固定化電極にする図である。
【図6】キャスルウォール電極を細胞固定化電極にする図である。
【図7】本発明に係る細胞固定機構電極による細胞固定を示す図である。
【図8】本発明に係る培養容器による細胞増殖を示す図である。
【図9】本発明に係る細胞剥離機構電極による細胞剥離前を示す図である。
【図10】本発明に係る細胞剥離機構電極による細胞剥離後を示す図である。
【図11】電極ギャップ間の細胞の等価回路を説明する図である。
【図12】本発明に係る細胞剥離機構電極の他の構成例を示す図である。
【図13】本発明に係る細胞剥離機構電極の他の構成例を示す図である。
【図14】実施例1の細胞播種後を示す図である。
【図15】実施例1の細胞増殖後を示す図である。
【図16】本発明に係る電極間インピーダンスに及ぼす印加周波数の影響を説明する一例の図である。
【図17】本発明に係る電極間インピーダンスの経時変化を説明する一例の図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、図面を用いて、実施の形態を説明する。
<第1の実施形態>
本発明に係る細胞培養容器の一構成例を図1に基づいて説明する。
【0020】
図1において、1は細胞培養容器の天井部基板、3は天井部基板1に設ける電極対を含む上部電極である。2は細胞培養容器の底面基板、4は底面基板上に設ける細胞を固定する下部電極である。5は培養容器の内部空間、5Aは細胞5Bが含まれた培地である。6は弁6Aを設ける培地入口、7は弁7Aを設ける培地出口、8は弁8Aを設ける混合ガス入口、9は弁9Aを設ける混合ガス出口である。10は交流電源、11は電極対間のインピーダンスを計測するインピーダンス計測装置である。12は直流電源、13Aは上部電極3と直流電源12と下部電極4を導通するスイッチ、13Bは交流電源10と下部電極4を導通するスイッチである。
【0021】
図2は、細胞固定機構電極の一構成例を示す平面図である。4は培養容器下面に設ける薄膜電極、14は薄膜電極に電源10の電流を開閉するスイッチである。15A、15B、15Cは、スイッチ14を制御する駆動回路である。
【0022】
上述の天井部基板1および底面基板2はガラス、シリコン、石英、またはプラスチック類およびポリマー類等の絶縁性の固体基板を基材として形成することが可能である。より望ましくは光学顕微鏡等での観察が可能な程度の光透過性を有し、さらに底面基板2は細胞を表面に付着させる前に、清浄化、前処理により基板の表面改質を行える材質を備えることが望ましい。
【0023】
細胞培養、特に動物細胞培養には、イオンリッチの高導電率培地(1000mS/m以上)が一般的に使われている。図3は、交流電界の周波数とクラウジウス・モソッティ数の実部Re[K]の関係を示す図である。培地の導電率が1000mS/m以上になると、誘電泳動が周波数109Hz以内において全て負の誘電泳動になることがわかる。つまり、細胞は電界集中部から遠ざかる方向、すなわち弱電界部に向かって泳動される。なお、誘電泳動力は、Re[K]の大きさに比例するため、印加周波数は107Hz以内が望ましい。
【0024】
本実施形態の細胞固定機構電極は、図4に示すように、4つの電極の中央部に弱電界部を形成している。そのため、高導電率培地中の細胞をこの弱電界部に移動させて固定することができる。さらに、このような4つの電極独立制御によって、細胞の分布を制御することが可能となる。なお、上記実施形態では、固定機構電極の形状について円形状を説明したが、四角形や多角形などの形状でもよいことは言うまでもない。
【0025】
本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、図5、図6に示すような弱電界部を形成させる電極形状であれば、高導電率培地中の細胞を負の誘電泳動力によって弱電界部に移動させることまたは固定することができる。
【0026】
また、表面培養細胞の場合では、細胞を増殖させるために、電極間の容器底面と電極表面に細胞接着性を促進する層、例えば細胞接着性の高い高分子膜などを塗布することが望ましい。
【0027】
以下、本発明の細胞培養容器における細胞の均一播種、培養増殖、剥離の流れについて、図7、図8、図9、図10を用いて説明する。
【0028】
培養容器内部5の培地5Aに播種した細胞5Bは、図7に示すように、下部電極4の多くの弱電界部に移動させて分散して固定される。その結果、培養容器の底面変形、播種時の外部振動や培地の揺れによる影響を抑えることができ、培養容器全面に細胞の均一播種を実現できる。均一播種ができるため、培養容器の培養面の利用率が向上し、細胞培養の効率が上がる。また、下部電極4の電極ギャップ間のインピーダンス変化を計測することより、弱電界部に固定される細胞数分布を推定できる。これを利用すれば、光学顕微鏡の代わりに、電気信号によって簡便に細胞分布を評価できる。
【0029】
細胞(例えば、動物細胞)増殖培養時は、37℃の条件下で細胞を培養面に付着させて増殖させる。ガス交換時には、図8に示すように、培養用混合ガス(Air,5%CO2,100%水蒸気)を培養容器の混合ガス入口8から導入し、培養廃ガスを混合ガス出口9から排出する。培地交換時、新培地は培地入口6から導入され、培地廃液が培地出口7から排出される。培養面は下部電極4の真上に隣接しているため、下部電極4の電極ギャップ間のインピーダンス変化を計測することより、細胞の増殖状況を推測することができる。したがって、細胞の増殖状況を電気信号によりリアルタイムで計測することができ、光学顕微鏡による観察など操作を省くことができる。
【0030】
増殖した細胞を培養面から剥離するには、図9に示すように、まず培養容器内に培地5Aを充満させる。次に、スイッチ13BをOFF、13AをONにする。上記操作によって、下部電極4と上部電極3の間では、直流電源12から直流電界が印加される。適切な直流電圧を印加すれば、下部電極表面に起こる培地の電気分解の効果により、図10に示すように、細胞を培養面から剥離させることができる。従来の細胞剥離に使われる酵素(例えば、トリプシン)を使わずに細胞を剥離することができる。その結果、酵素分のコストを削減することが可能である。
【0031】
培地に含まれる細胞は、放置しておけば容器の底部に向けて自重で自然沈降するが、底部に達して細胞が増殖するまでには、数時間程度の長い時間を要し、特に、軽い細胞ではその時間が長くなり、増殖に寄与するまでに死滅する可能性が大きい。そこで、電圧を印加して沈降を早める必要がある。ただし、単に電圧を印加するだけでは、沈降した細胞は偏在して堆積し、広範囲で均一な細胞の増殖を期待できない。
【0032】
上述した本発明によれば、増殖に寄与する前に細胞が死滅することは回避できるという効果が期待できる。
【0033】
さらに、本実施形態によれば、本発明の細胞培養容器は、より効率的に細胞培養すること、細胞分布や細胞増殖状況を推定すること、さらに電気分解で細胞を剥離することができる。言い換えれば、本発明の細胞培養容器は、細胞培養の効率化、ランニングコストの低減に効果がある。
<第2の実施形態>
本実施形態は、本発明における下部電極間のインピーダンスを計測することによって細胞分布や細胞の増殖状況を推定する方法について説明する。
【0034】
以下、下部電極間インピーダンスをZ、静電容量をC、リアクタンスをx、レジスタンスをr、抵抗をRとして、図11と式4〜式8を用いて説明する。
式4はCR並列等価回路の合成インピーダンスZを表す式、式5はCR並列等価回路のレジスタンスrを表す式、式6はCR並列等価回路のリアクタンスxを表す式、式7はCR並列等価回路の抵抗Rを表す式、式8はCR並列等価回路の静電容量Cを表す式である。
【0035】
図11は、培養容器の下部電極16間の電気的状態を等価回路で示したものである。電極16間には細胞を含んだ培地が存在している。細胞が電極間のギャップに移動する前には、培地を電極間誘電体として構成される静電容量C17と培地による電気伝導抵抗R18とが、並列に電極16間を結んでいる。つまり、培養容器の下部電極間のインピーダンスの変化量によって局所に固定される細胞の数を推定することができる。さらに、局所に固定された細胞が分裂し増殖するとインピーダンスが増加していくことから細胞増殖の状況を推測することもできる。その結果、光学顕微鏡の観察の代わりに、電気信号を利用した簡便かつ迅速で細胞培養状況を評価できる。
<第3の実施形態>
本実施形態は、細胞固定機構電極のギャップ間距離、印加電圧および印加周波数について説明する。
【0036】
細胞固定機構電極間の電界強度Eは、式9で表すことができる。
ここで、E:電界強度、V:印加電圧、d:電極ギャップ間距離を表す。
細胞培養用培地の主な組成である水は、理論上1.23Vで電気分解を起こすため、印加電圧Vは1.23V以下にする必要があり、好ましくは1V以下が良い。なお、印加電圧Vを低くすると、誘電泳動力が弱く、増殖に時間がかかる欠点があるので、実用面から印加電圧の下限は20mV程度が好ましい。また、薄膜電極で細胞を操作する場合では、電界強度Eは、1×104V/m以上にする必要があるため、電極ギャップ間距離dは、123μm以下になる。さらに、培養対象細胞が動物細胞の場合では、平均直径が10μmとなるため、電極ギャップ間の距離は20μm〜30μmが望ましい。
式10は、上記電極間のインピーダンスの大きさを表す。
式中のSは、電極間対向面積である。式10より、電極ギャップ間距離dが一定となる時、印加周波数fが大きくなればなるほど、インピーダンスが小さくなることがわかる。つまり、高周波数を印加すると、電極間の抵抗が小さくなり、流れる電流が大きくなる。その結果、培地の温度が上昇し、細胞に適した培養環境を逸脱したり、電流制御系の複雑化を招く。さらに、高周波発生装置の実現手段などを考慮すると、実用的な誘電泳動力を得るためには、印加周波数は、10MHz以下が望ましい。なお、印加周波数が低下すると水の電気分解が生じやすくなるので、下限値としては100Hz程度が好ましい。
<第4の実施形態>
第4の実施形態は、本発明における他の構成の細胞培養容器について図12、図13を用いて説明する。
【0037】
ここでは、図12の伸縮機構3A、図13の側面電極3B以外の部分については第1の実施形態と同様である。以下、第1の実施形態の説明と同じ部品には同符号を付してその説明を省略し、異なる部品のみ説明する。
図12の構成の細胞培養容器では、増殖培養後の細胞を剥離する際、上部電極3は伸縮機構3Aによって培地5Aの上表面に接し、さらにスイッチ13BをOFF、13AをONにする。上記操作によって、下部電極4と上部電極3の間では、直流電源12から直流電界が印加される。適切な直流電圧を印加すれば、下部電極表面に起こる電気分解の効果により、細胞を培養面から剥離することができる。
【0038】
図13の構成の細胞培養容器では、剥離機構電極を細胞培養容器の側面に設ける。さらにスイッチ13BをOFF、13AをONにする。上記操作によって、下部電極4と上部電極3の間では、直流電源12から直流電界が印加される。適切な直流電圧を印加すれば、下部電極表面に起こる電気分解の効果により、細胞を培養面から剥離することができる。
【実施例1】
【0039】
本実施例は、細胞固定、細胞数計測および細胞増殖状況の計測にキャスルウォール形状の電極を用いた。図14は細胞播種後、図15は細胞増殖後を示す。本実施例では、細胞は3T3細胞(マウスの皮膚に由来する繊維芽細胞培養細胞株)、培地はDMEMにコウシ血清と抗生物を添加したものを用いた。なお、3T3細胞の平均直径が10μm、培地の導電率が1200mS/mである。
【0040】
電極ギャップ間距離20μm、印加電圧0.1Vにおける電極間インピーダンス変化に及ぼす印加周波数の影響を図16に示す。図16より、3T3細胞を含んだ培地のインピーダンスが培地のみに比べ高くなっていることがわかる。これは、3T3細胞が負の誘電泳動力によって電極間の弱電界部に固定されたことを表れている。図17は、印加電圧0.1V、印加周波数1KHzの電極間インピーダンスの経時変化を示す。経過時間の増加とともに、電極間のインピーダンスが増加していることがわかる。これは、培地中の細胞はどんどん電極間の弱電界部に固定されていることを示唆している。さらに、このインピーダンス変化量と顕微鏡観察に合わせば、1個細胞あたりのインピーダンスが求められるため、インピーダンス変化量から電極間に固定された細胞数がわかる。
本実施例では、3T3細胞とDMEM培地を用いた結果を説明したが、同程度の大きさの他の動物細胞や導電率同等の培地を用いた場合でも同様な結果が得ることができる。
【0041】
上記培養容器にAir,5%CO2,100%水蒸気を流しながら、37℃の環境で24時間培養した後、電極間のインピーダンスが図16に示すようにさらに大きくなることがわかる。このインピーダンス上昇は、細胞増殖による細胞数の増加で電極間のインピーダンスを増加させると考えられる。この現象を利用すれば、電気信号を利用して簡便に細胞の増殖状況を把握することができる。
【実施例2】
【0042】
本実施例は、本発明の剥離機構を用いて培養した細胞を剥離する実験結果である。実験条件は、実施例1と同様であり、説明は省略する。24時間培養後、培養容器の上部電極3と下部電極4の間に直流電源12で0.5Vの電圧を印加した。電圧印加2時間後、培養面上の細胞は少しずつ剥がれていることが観察された。さらに、この剥離を加速させるために、印加電圧をあけて実現できるが、強い電気分解による細胞へのダメージが大きくなることが考えられる。この現象を利用すれば、従来の剥離用酵素、例えばトリプシン(trypsin)を使わずに細胞を剥離することが可能となり、ランニングコストの低減に効果がある。
【0043】
本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態と実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の形態についても、本発明の範囲内に含まれる。
【符号の説明】
【0044】
1‥培養容器天井部基板、2‥培養容器底面基板、3‥上部電極、3A‥伸縮機構、3B‥側面電極、4‥下部電極、5‥培養容器内部、5A‥培地、5B‥細胞、6‥培地入口、6A‥培地入口の弁、7‥培地出口、7A‥培地出口の弁、8‥混合ガス入口、8A‥混合ガス入口の弁、9‥混合ガス出口、9A‥混合ガス出口の弁、10‥交流電源、11‥インピーダンス計測装置、12‥直流電源、13A‥スイッチ、13B‥スイッチ、14‥スイッチング素子、15A‥駆動回路、15B‥駆動回路、15C‥駆動回路、16‥電極、17‥静電容量C、18‥抵抗R。
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養容器および細胞培養装置に係り、特に、細胞培養容器の培養効率向上に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療は障害や欠損を起こした細胞・組織・臓器の根本的治療を実現する革新的な医療として注目されている。再生医療用に利用される再生組織は、患者自身あるいは他者の体内から採取された細胞を体外において分離精製し、増幅や組織化等の加工工程を経て製造され、患者体内へ移植される。組織工学技術は年々進歩しており、単一種の細胞をシート化したものを作製する方法や複数の細胞種を立体的に配置させ、器官を人工的に構築する方法が開発されている。
【0003】
治療用細胞、特に接着性細胞の大量増幅には、広面積の培養容器が有効である。接着性細胞の増幅は、平面的に広がって増殖するからである。しかし、培養容器が広面積になるにつれて培養面の変形が大きくなり、細胞が低い領域に凝集して培養容器の利用効率を低下させるという課題がある。
細胞を操作する有効な技術としては、誘電泳動が注目されている。誘電泳動に関する系統的な研究と理論解析は、1970年代にPohlによってはじめられた(非特許文献1を参照)。バクテリアや細胞などのマイクロサイズ生体物質は、初期の研究から既に主な操作対象として取り上げられており、バイオテクノロジーは主要な応用分野の一つであった。
【0004】
誘電体粒子に働く誘電泳動力FDEPは、以下の式1で与えられる(非特許文献1を参照)。以下、誘電体粒子が細胞である場合を例として説明する。
ここで、a:球形近似したときの細胞の半径、ε0:真空の誘電率、εm:培地の比誘電率、E:電界強度であり、∇は勾配を表す演算子である。この場合、∇E2は、電界強度の二乗E2の勾配なので、その位置でどれだけE2が傾斜をもっているか、つまり電界が空間的にどれだけ急に変化をするかを意味する。また、Kはクラウジウス・モソッティ数と呼ばれ、式2で表される。ここで、εb*およびεm*はそれぞれ、細胞および培地の複素誘電率を表す。Re[K]は、クラウジウス・モソッティ数の実部を表すと定義すると、Re[K]>0は正の誘電泳動を表し、細胞は電界勾配と同方向、つまり、電界集中部に向かって泳動される。Re[K]<0は負の誘電泳動を表し、電界集中部から遠ざかる方向、すなわち弱電界部に向かって泳動される。
一般に複素誘電率εr*は式3で表される。
ここで、εr:細胞あるいは培地の比誘電率、σ:細胞あるいは培地の導電率、ω:印加電界の角周波数を表す。式1、式2、式3から、誘電泳動力は、細胞の半径、クラウジウス・モソッティ数の実部および電界強度に依存することがわかる。また、クラウジウス・モソッティ数の実部は、培地および細胞の複素誘電率、電界周波数に依存して変化することがわかる。
【0005】
誘電泳動を利用した微生物数測定法として、誘電泳動とインピーダンス計測を組合せたDEPIM法が提案されている。DEPIM法では、これらのパラメータを適切に選択し、微生物に働く正の誘電泳動力を十分に大きくし、微生物を電極ギャップに捕集すると同時に、電気的計測を行い、試料液中の微生物数を定量測定することを特徴としている(非特許文献2を参照)。
【0006】
また、負の誘電泳動を利用して細胞懸濁液内から不要細胞を除外して必要な細胞を高濃度で培養する培養装置が公開されている(特許文献1を参照)。
【0007】
また、正の誘電泳動を利用して目的の領域に細胞を効率よく捕捉し、かつ機能性細胞の活性を損なわないで捕捉する方法と装置が公開されている(特許文献2を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009−291097号公報
【特許文献2】特開2008−54511号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】H.Pohl:Dielectrophoresis,Cambridge University Press,Cambridge(1978)
【非特許文献2】J.Suehiro,R.Yatsunami,R.Hamada,M.Hara,J.Phys.D:Appl.Phys.32(1999)2814−2820
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、従来技術で述べた誘電泳動による細胞や微生物操作は、直接にイオンリッチ(高導電率)の培養液中で実施することが困難である。そこで、操作細胞を一旦イオンの少ない緩衝液に移って細胞操作を実施したあと、元の培養液に戻す操作方法が一般的である。その結果、細胞操作工程が複雑になり、培養環境の変化による細胞へのストレスが増加する課題がある。さらに、表面培養で増殖した細胞の剥離は一般的に酵素を使うため、細胞への負荷が大きくなるという課題がある。
【0011】
そこで、本願発明の目的は、細胞操作工程を簡便にし、細胞へのストレスを低減し、さらに、培養した細胞の剥離時における細胞への負荷を低減することである。これにより、細胞培養容器の培養効率向上と電気信号による細胞分布および増殖状況の計測を図ることを可能とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本願発明になる細胞培養容器の主たる特徴は、以下の通りである。
【0013】
細胞を保持および培養する細胞培養容器であって、筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、細胞接着部は、空間部内の細胞を細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、細胞固定機構は、細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、細胞剥離機構は、細胞接着部に設けられた電極に空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする。
【0014】
また、本願発明になる細胞培養装置の主たる特徴は、
細胞を保持および培養する細胞培養容器を具備する細胞培養装置であって、細胞培養容器に培地を供給または排出する供給・排出部と、細胞培養容器に設けられた電極に電圧印加する電源を有し、細胞培養容器は、筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、細胞接着部は、空間部内の細胞を細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、細胞固定機構は、細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、細胞剥離機構は、細胞接着部に設けられた電極に空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする。
【0015】
すなわち、培地の導電率が1000mS/m以上のイオンリッチな環境になると、誘電泳動が周波数109Hz以内において全て負の誘電泳動になることがわかった。つまり、本願発明は、負の誘電泳動により、細胞は電界集中部から遠ざかる方向、すなわち弱電界部に向かって泳動されることを応用し、細胞を所望の位置に固定するものである。
【0016】
また、細胞剥離は、直流電界を与えることに実施され、従来の細胞剥離に使われる酵素(例えば、トリプシン)を使わずに細胞を剥離することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、細胞培養容器の培養効率向上と電気信号による細胞分布および増殖状況の計測を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明に係る細胞培養容器の一構成例を示す図である。
【図2】本発明に係る細胞固定機構電極の一構成例を示す図である。
【図3】交流電界の周波数とクラウジウス・モソッティ数の実部Re[K]の関係を示す図である。
【図4】円形電極を細胞固定化電極にする図である。
【図5】櫛歯電極を細胞固定化電極にする図である。
【図6】キャスルウォール電極を細胞固定化電極にする図である。
【図7】本発明に係る細胞固定機構電極による細胞固定を示す図である。
【図8】本発明に係る培養容器による細胞増殖を示す図である。
【図9】本発明に係る細胞剥離機構電極による細胞剥離前を示す図である。
【図10】本発明に係る細胞剥離機構電極による細胞剥離後を示す図である。
【図11】電極ギャップ間の細胞の等価回路を説明する図である。
【図12】本発明に係る細胞剥離機構電極の他の構成例を示す図である。
【図13】本発明に係る細胞剥離機構電極の他の構成例を示す図である。
【図14】実施例1の細胞播種後を示す図である。
【図15】実施例1の細胞増殖後を示す図である。
【図16】本発明に係る電極間インピーダンスに及ぼす印加周波数の影響を説明する一例の図である。
【図17】本発明に係る電極間インピーダンスの経時変化を説明する一例の図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、図面を用いて、実施の形態を説明する。
<第1の実施形態>
本発明に係る細胞培養容器の一構成例を図1に基づいて説明する。
【0020】
図1において、1は細胞培養容器の天井部基板、3は天井部基板1に設ける電極対を含む上部電極である。2は細胞培養容器の底面基板、4は底面基板上に設ける細胞を固定する下部電極である。5は培養容器の内部空間、5Aは細胞5Bが含まれた培地である。6は弁6Aを設ける培地入口、7は弁7Aを設ける培地出口、8は弁8Aを設ける混合ガス入口、9は弁9Aを設ける混合ガス出口である。10は交流電源、11は電極対間のインピーダンスを計測するインピーダンス計測装置である。12は直流電源、13Aは上部電極3と直流電源12と下部電極4を導通するスイッチ、13Bは交流電源10と下部電極4を導通するスイッチである。
【0021】
図2は、細胞固定機構電極の一構成例を示す平面図である。4は培養容器下面に設ける薄膜電極、14は薄膜電極に電源10の電流を開閉するスイッチである。15A、15B、15Cは、スイッチ14を制御する駆動回路である。
【0022】
上述の天井部基板1および底面基板2はガラス、シリコン、石英、またはプラスチック類およびポリマー類等の絶縁性の固体基板を基材として形成することが可能である。より望ましくは光学顕微鏡等での観察が可能な程度の光透過性を有し、さらに底面基板2は細胞を表面に付着させる前に、清浄化、前処理により基板の表面改質を行える材質を備えることが望ましい。
【0023】
細胞培養、特に動物細胞培養には、イオンリッチの高導電率培地(1000mS/m以上)が一般的に使われている。図3は、交流電界の周波数とクラウジウス・モソッティ数の実部Re[K]の関係を示す図である。培地の導電率が1000mS/m以上になると、誘電泳動が周波数109Hz以内において全て負の誘電泳動になることがわかる。つまり、細胞は電界集中部から遠ざかる方向、すなわち弱電界部に向かって泳動される。なお、誘電泳動力は、Re[K]の大きさに比例するため、印加周波数は107Hz以内が望ましい。
【0024】
本実施形態の細胞固定機構電極は、図4に示すように、4つの電極の中央部に弱電界部を形成している。そのため、高導電率培地中の細胞をこの弱電界部に移動させて固定することができる。さらに、このような4つの電極独立制御によって、細胞の分布を制御することが可能となる。なお、上記実施形態では、固定機構電極の形状について円形状を説明したが、四角形や多角形などの形状でもよいことは言うまでもない。
【0025】
本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、図5、図6に示すような弱電界部を形成させる電極形状であれば、高導電率培地中の細胞を負の誘電泳動力によって弱電界部に移動させることまたは固定することができる。
【0026】
また、表面培養細胞の場合では、細胞を増殖させるために、電極間の容器底面と電極表面に細胞接着性を促進する層、例えば細胞接着性の高い高分子膜などを塗布することが望ましい。
【0027】
以下、本発明の細胞培養容器における細胞の均一播種、培養増殖、剥離の流れについて、図7、図8、図9、図10を用いて説明する。
【0028】
培養容器内部5の培地5Aに播種した細胞5Bは、図7に示すように、下部電極4の多くの弱電界部に移動させて分散して固定される。その結果、培養容器の底面変形、播種時の外部振動や培地の揺れによる影響を抑えることができ、培養容器全面に細胞の均一播種を実現できる。均一播種ができるため、培養容器の培養面の利用率が向上し、細胞培養の効率が上がる。また、下部電極4の電極ギャップ間のインピーダンス変化を計測することより、弱電界部に固定される細胞数分布を推定できる。これを利用すれば、光学顕微鏡の代わりに、電気信号によって簡便に細胞分布を評価できる。
【0029】
細胞(例えば、動物細胞)増殖培養時は、37℃の条件下で細胞を培養面に付着させて増殖させる。ガス交換時には、図8に示すように、培養用混合ガス(Air,5%CO2,100%水蒸気)を培養容器の混合ガス入口8から導入し、培養廃ガスを混合ガス出口9から排出する。培地交換時、新培地は培地入口6から導入され、培地廃液が培地出口7から排出される。培養面は下部電極4の真上に隣接しているため、下部電極4の電極ギャップ間のインピーダンス変化を計測することより、細胞の増殖状況を推測することができる。したがって、細胞の増殖状況を電気信号によりリアルタイムで計測することができ、光学顕微鏡による観察など操作を省くことができる。
【0030】
増殖した細胞を培養面から剥離するには、図9に示すように、まず培養容器内に培地5Aを充満させる。次に、スイッチ13BをOFF、13AをONにする。上記操作によって、下部電極4と上部電極3の間では、直流電源12から直流電界が印加される。適切な直流電圧を印加すれば、下部電極表面に起こる培地の電気分解の効果により、図10に示すように、細胞を培養面から剥離させることができる。従来の細胞剥離に使われる酵素(例えば、トリプシン)を使わずに細胞を剥離することができる。その結果、酵素分のコストを削減することが可能である。
【0031】
培地に含まれる細胞は、放置しておけば容器の底部に向けて自重で自然沈降するが、底部に達して細胞が増殖するまでには、数時間程度の長い時間を要し、特に、軽い細胞ではその時間が長くなり、増殖に寄与するまでに死滅する可能性が大きい。そこで、電圧を印加して沈降を早める必要がある。ただし、単に電圧を印加するだけでは、沈降した細胞は偏在して堆積し、広範囲で均一な細胞の増殖を期待できない。
【0032】
上述した本発明によれば、増殖に寄与する前に細胞が死滅することは回避できるという効果が期待できる。
【0033】
さらに、本実施形態によれば、本発明の細胞培養容器は、より効率的に細胞培養すること、細胞分布や細胞増殖状況を推定すること、さらに電気分解で細胞を剥離することができる。言い換えれば、本発明の細胞培養容器は、細胞培養の効率化、ランニングコストの低減に効果がある。
<第2の実施形態>
本実施形態は、本発明における下部電極間のインピーダンスを計測することによって細胞分布や細胞の増殖状況を推定する方法について説明する。
【0034】
以下、下部電極間インピーダンスをZ、静電容量をC、リアクタンスをx、レジスタンスをr、抵抗をRとして、図11と式4〜式8を用いて説明する。
式4はCR並列等価回路の合成インピーダンスZを表す式、式5はCR並列等価回路のレジスタンスrを表す式、式6はCR並列等価回路のリアクタンスxを表す式、式7はCR並列等価回路の抵抗Rを表す式、式8はCR並列等価回路の静電容量Cを表す式である。
【0035】
図11は、培養容器の下部電極16間の電気的状態を等価回路で示したものである。電極16間には細胞を含んだ培地が存在している。細胞が電極間のギャップに移動する前には、培地を電極間誘電体として構成される静電容量C17と培地による電気伝導抵抗R18とが、並列に電極16間を結んでいる。つまり、培養容器の下部電極間のインピーダンスの変化量によって局所に固定される細胞の数を推定することができる。さらに、局所に固定された細胞が分裂し増殖するとインピーダンスが増加していくことから細胞増殖の状況を推測することもできる。その結果、光学顕微鏡の観察の代わりに、電気信号を利用した簡便かつ迅速で細胞培養状況を評価できる。
<第3の実施形態>
本実施形態は、細胞固定機構電極のギャップ間距離、印加電圧および印加周波数について説明する。
【0036】
細胞固定機構電極間の電界強度Eは、式9で表すことができる。
ここで、E:電界強度、V:印加電圧、d:電極ギャップ間距離を表す。
細胞培養用培地の主な組成である水は、理論上1.23Vで電気分解を起こすため、印加電圧Vは1.23V以下にする必要があり、好ましくは1V以下が良い。なお、印加電圧Vを低くすると、誘電泳動力が弱く、増殖に時間がかかる欠点があるので、実用面から印加電圧の下限は20mV程度が好ましい。また、薄膜電極で細胞を操作する場合では、電界強度Eは、1×104V/m以上にする必要があるため、電極ギャップ間距離dは、123μm以下になる。さらに、培養対象細胞が動物細胞の場合では、平均直径が10μmとなるため、電極ギャップ間の距離は20μm〜30μmが望ましい。
式10は、上記電極間のインピーダンスの大きさを表す。
式中のSは、電極間対向面積である。式10より、電極ギャップ間距離dが一定となる時、印加周波数fが大きくなればなるほど、インピーダンスが小さくなることがわかる。つまり、高周波数を印加すると、電極間の抵抗が小さくなり、流れる電流が大きくなる。その結果、培地の温度が上昇し、細胞に適した培養環境を逸脱したり、電流制御系の複雑化を招く。さらに、高周波発生装置の実現手段などを考慮すると、実用的な誘電泳動力を得るためには、印加周波数は、10MHz以下が望ましい。なお、印加周波数が低下すると水の電気分解が生じやすくなるので、下限値としては100Hz程度が好ましい。
<第4の実施形態>
第4の実施形態は、本発明における他の構成の細胞培養容器について図12、図13を用いて説明する。
【0037】
ここでは、図12の伸縮機構3A、図13の側面電極3B以外の部分については第1の実施形態と同様である。以下、第1の実施形態の説明と同じ部品には同符号を付してその説明を省略し、異なる部品のみ説明する。
図12の構成の細胞培養容器では、増殖培養後の細胞を剥離する際、上部電極3は伸縮機構3Aによって培地5Aの上表面に接し、さらにスイッチ13BをOFF、13AをONにする。上記操作によって、下部電極4と上部電極3の間では、直流電源12から直流電界が印加される。適切な直流電圧を印加すれば、下部電極表面に起こる電気分解の効果により、細胞を培養面から剥離することができる。
【0038】
図13の構成の細胞培養容器では、剥離機構電極を細胞培養容器の側面に設ける。さらにスイッチ13BをOFF、13AをONにする。上記操作によって、下部電極4と上部電極3の間では、直流電源12から直流電界が印加される。適切な直流電圧を印加すれば、下部電極表面に起こる電気分解の効果により、細胞を培養面から剥離することができる。
【実施例1】
【0039】
本実施例は、細胞固定、細胞数計測および細胞増殖状況の計測にキャスルウォール形状の電極を用いた。図14は細胞播種後、図15は細胞増殖後を示す。本実施例では、細胞は3T3細胞(マウスの皮膚に由来する繊維芽細胞培養細胞株)、培地はDMEMにコウシ血清と抗生物を添加したものを用いた。なお、3T3細胞の平均直径が10μm、培地の導電率が1200mS/mである。
【0040】
電極ギャップ間距離20μm、印加電圧0.1Vにおける電極間インピーダンス変化に及ぼす印加周波数の影響を図16に示す。図16より、3T3細胞を含んだ培地のインピーダンスが培地のみに比べ高くなっていることがわかる。これは、3T3細胞が負の誘電泳動力によって電極間の弱電界部に固定されたことを表れている。図17は、印加電圧0.1V、印加周波数1KHzの電極間インピーダンスの経時変化を示す。経過時間の増加とともに、電極間のインピーダンスが増加していることがわかる。これは、培地中の細胞はどんどん電極間の弱電界部に固定されていることを示唆している。さらに、このインピーダンス変化量と顕微鏡観察に合わせば、1個細胞あたりのインピーダンスが求められるため、インピーダンス変化量から電極間に固定された細胞数がわかる。
本実施例では、3T3細胞とDMEM培地を用いた結果を説明したが、同程度の大きさの他の動物細胞や導電率同等の培地を用いた場合でも同様な結果が得ることができる。
【0041】
上記培養容器にAir,5%CO2,100%水蒸気を流しながら、37℃の環境で24時間培養した後、電極間のインピーダンスが図16に示すようにさらに大きくなることがわかる。このインピーダンス上昇は、細胞増殖による細胞数の増加で電極間のインピーダンスを増加させると考えられる。この現象を利用すれば、電気信号を利用して簡便に細胞の増殖状況を把握することができる。
【実施例2】
【0042】
本実施例は、本発明の剥離機構を用いて培養した細胞を剥離する実験結果である。実験条件は、実施例1と同様であり、説明は省略する。24時間培養後、培養容器の上部電極3と下部電極4の間に直流電源12で0.5Vの電圧を印加した。電圧印加2時間後、培養面上の細胞は少しずつ剥がれていることが観察された。さらに、この剥離を加速させるために、印加電圧をあけて実現できるが、強い電気分解による細胞へのダメージが大きくなることが考えられる。この現象を利用すれば、従来の剥離用酵素、例えばトリプシン(trypsin)を使わずに細胞を剥離することが可能となり、ランニングコストの低減に効果がある。
【0043】
本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態と実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の形態についても、本発明の範囲内に含まれる。
【符号の説明】
【0044】
1‥培養容器天井部基板、2‥培養容器底面基板、3‥上部電極、3A‥伸縮機構、3B‥側面電極、4‥下部電極、5‥培養容器内部、5A‥培地、5B‥細胞、6‥培地入口、6A‥培地入口の弁、7‥培地出口、7A‥培地出口の弁、8‥混合ガス入口、8A‥混合ガス入口の弁、9‥混合ガス出口、9A‥混合ガス出口の弁、10‥交流電源、11‥インピーダンス計測装置、12‥直流電源、13A‥スイッチ、13B‥スイッチ、14‥スイッチング素子、15A‥駆動回路、15B‥駆動回路、15C‥駆動回路、16‥電極、17‥静電容量C、18‥抵抗R。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を保持および培養する細胞培養容器であって、
筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、
前記空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、
前記細胞接着部は、前記空間部内の細胞を前記細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、前記細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、
前記細胞固定機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、
前記細胞剥離機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする細胞培養容器。
【請求項2】
前記細胞固定機構に設けられた電極が、強電界部と弱電界部とからなる不均一な電場を発生させるように配設されていることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項3】
前記細胞固定機構に設けられた電極は、前記強電界部と弱電界部とが周期的に繰り返すように配設されていることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項4】
前記培地が前記細胞に対して負の誘電泳動力を与える条件下において、
前記細胞固定機構に設けられた電極は、前記負の誘電泳動力によって前記細胞接着部に該細胞が固定されるように配設されていることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項5】
前記細胞固定機構に設けられた電極は、前記負の誘電泳動力によって前記細胞接着部の弱電界部に該細胞が固定されるように配設されていることを特徴とする請求項4に記載の細胞培養容器
【請求項6】
前記細胞剥離機構は、前記剥離用電極が前記細胞接着部に直流電場を印加するように配設され前記細胞接着部に接着されている細胞を剥離することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項7】
前記細胞固定機構に設けられた電極間の電気信号の変化によって前記細胞の分布と増殖状況を取得することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項8】
前記細胞固定機構に設けられた電極に印加する印加電圧が、20mV〜1.23Vの範囲であることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項9】
前記細胞固定機構に設けられた電極に印加する印加周波数が、100HZ〜10MHzの範囲であることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項10】
前記細胞固定機構に設けられた電極の電極ギャップ間距離が、123μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項11】
前記電極が、白金、金、クロム、パラジウム、ロジウム、銀、アルミニウム、タングステン、ITOのいずれか、又はこれらの組み合わせの材料からなる請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項12】
細胞を保持および培養する細胞培養容器を具備する細胞培養装置であって、
前記細胞培養容器に培地を供給または排出する供給・排出部と、
前記細胞培養容器に設けられた電極に電圧印加する電源を有し、
前記細胞培養容器は、
筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、
前記空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、
前記細胞接着部は、前記空間部内の細胞を前記細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、前記細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、
前記細胞固定機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、
前記細胞剥離機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする細胞培養装置。
【請求項13】
前記電源は、前記電極に交流電界を与える第1電源と、前記電極に直流電界を与える第2電源とを有し、
前記細胞固定機構は、前記第1電源を印加することにより稼働し、前記細胞剥離機構は、前記第2電源を印加することにより稼働することを特徴とする請求項12に記載の細胞培養装置。
【請求項1】
細胞を保持および培養する細胞培養容器であって、
筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、
前記空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、
前記細胞接着部は、前記空間部内の細胞を前記細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、前記細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、
前記細胞固定機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、
前記細胞剥離機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする細胞培養容器。
【請求項2】
前記細胞固定機構に設けられた電極が、強電界部と弱電界部とからなる不均一な電場を発生させるように配設されていることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項3】
前記細胞固定機構に設けられた電極は、前記強電界部と弱電界部とが周期的に繰り返すように配設されていることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項4】
前記培地が前記細胞に対して負の誘電泳動力を与える条件下において、
前記細胞固定機構に設けられた電極は、前記負の誘電泳動力によって前記細胞接着部に該細胞が固定されるように配設されていることを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項5】
前記細胞固定機構に設けられた電極は、前記負の誘電泳動力によって前記細胞接着部の弱電界部に該細胞が固定されるように配設されていることを特徴とする請求項4に記載の細胞培養容器
【請求項6】
前記細胞剥離機構は、前記剥離用電極が前記細胞接着部に直流電場を印加するように配設され前記細胞接着部に接着されている細胞を剥離することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項7】
前記細胞固定機構に設けられた電極間の電気信号の変化によって前記細胞の分布と増殖状況を取得することを特徴とする請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項8】
前記細胞固定機構に設けられた電極に印加する印加電圧が、20mV〜1.23Vの範囲であることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項9】
前記細胞固定機構に設けられた電極に印加する印加周波数が、100HZ〜10MHzの範囲であることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項10】
前記細胞固定機構に設けられた電極の電極ギャップ間距離が、123μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項11】
前記電極が、白金、金、クロム、パラジウム、ロジウム、銀、アルミニウム、タングステン、ITOのいずれか、又はこれらの組み合わせの材料からなる請求項2に記載の細胞培養容器。
【請求項12】
細胞を保持および培養する細胞培養容器を具備する細胞培養装置であって、
前記細胞培養容器に培地を供給または排出する供給・排出部と、
前記細胞培養容器に設けられた電極に電圧印加する電源を有し、
前記細胞培養容器は、
筐体で囲まれ培地を保持する空間部と、
前記空間部の底面上に設けられ細胞を接着し保持する細胞接着部とを有し、
前記細胞接着部は、前記空間部内の細胞を前記細胞接着部に誘導して固定する細胞固定機構と、前記細胞接着部に接着されている細胞を剥離する細胞剥離機構とを備え、
前記細胞固定機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に不均一電場を発生する電圧印加手段を有し、
前記細胞剥離機構は、前記細胞接着部に設けられた電極に前記空間部に電気分解を発生する電圧印加手段を有することを特徴とする細胞培養装置。
【請求項13】
前記電源は、前記電極に交流電界を与える第1電源と、前記電極に直流電界を与える第2電源とを有し、
前記細胞固定機構は、前記第1電源を印加することにより稼働し、前記細胞剥離機構は、前記第2電源を印加することにより稼働することを特徴とする請求項12に記載の細胞培養装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【公開番号】特開2012−254057(P2012−254057A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−130197(P2011−130197)
【出願日】平成23年6月10日(2011.6.10)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年6月10日(2011.6.10)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】
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