説明

細胞培養容器

【課題】その製造の際に、温度応答性などの機能性を付与したシートを、気泡を生じさせることなく、容器の底部に貼付することが可能な構造を有する細胞培養容器を提供すること。
【解決手段】本発明の細胞培養容器は、複数の開口部が形成された底部及び当該底部の周縁に立設された側壁部を少なくとも備える容器部と、基材上に、所定の機能を備えた表面を有する機能性有機化合物層を少なくとも備える1以上の機能性基体とを備え、前記1以上の機能性基体が、前記底部の上面又は下面に、前記複数の開口部の一部又は全部を覆うように配置されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を培養するための細胞培養容器に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療分野において患者から採取した細胞を生体外で培養してシート状の細胞集合体(以下、細胞シートという。)を作製し、この細胞シートを生体内へ移植することで医療効果を高める試みがなされている。
【0003】
細胞シートは、シャーレなどの容器の底面上で細胞培養を行うことにより得られる。容器の面を利用して形成された細胞シートは、接着分子などを介して容器の面と強固に結合しているため、細胞−細胞間の結合を壊さずに容器から細胞シートを剥離することは容易ではない。これに対して、シャーレの表面に温度応答性ポリマーとなるモノマーを含む溶液を展開し、これに電子線照射してモノマーを重合させることにより作製した、温度応答性ポリマーが固定化されている細胞培養支持体が報告されている(特許文献1参照)。この細胞培養支持体上で細胞を培養し、構築された細胞シートは、温度応答性ポリマーの臨界溶解温度以下の環境下に移すことにより容易に剥離させることができる。
【0004】
また、最近では、温度応答性ポリマーを固定させたフィルムを、ディッシュなどの容器の底面に粘着層を介して貼付する細胞パターン回収ツールも報告されている(特許文献2参照)。このような温度応答性を付与したフィルムは、容器の底面上に直接、温度応答性ポリマーを固定した場合と比べて、機能を付与したい容器の形状や大きさに製造上の制限が生じ難い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平5―192130号公報
【特許文献2】特開2010−98979号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、容器の底面上にフィルムなどの薄いシート状のもの(以下、シートという)を貼付する場合、容器の底面とシート面との間に気泡を生じさせずに貼付することは容易ではない。気泡の発生は、外見上良くないだけでなく、細胞を観察する際の妨げにもなり得る。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、その製造の際に、温度応答性などの機能性を付与したシートを、気泡を生じさせることなく、容器の底部に貼付することが可能な構造を有する細胞培養容器を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、気泡を生じさせない貼付方法について研究を重ねたところ、開口部が形成された底部を備える細胞培養容器によれば、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。具体的には、以下のようなものを提供する。
【0009】
(1) 複数の開口部が形成された底部及び当該底部の周縁に立設された側壁部を少なくとも備える容器部と、基材上に、所定の機能を備えた表面を有する機能性有機化合物層を少なくとも備える1以上の機能性基体とを備え、上記1以上の機能性基体が、上記底部の上面又は下面に、上記複数の開口部の一部又は全部を覆うように配置されている細胞培養容器。
【0010】
(2) 上記1以上の機能性基体は、上記底部の下面に、上記複数の開口部の一部又は全部を覆うように配置されている(1)に記載の細胞培養容器。
【0011】
(3) 上記容器部は、上記側壁部の上端部に接合され、上記底部に対向配置された天部と、上記側壁部の一部に穿設された閉栓可能な通孔とを更に備え、細胞及び培地を収容するための内室が内部に形成されている、(1)又は(2)に記載の細胞培養容器。
【発明の効果】
【0012】
本発明の細胞培養容器によれば、その製造の際に、温度応答性などの機能性を付与したシートを、気泡を生じさせることなく、容器の底部に貼付することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る細胞培養容器(フラスコ型)の一例を示す斜視図である。
【図2】本発明に係る細胞培養容器(フラスコ型)の一例を示す断面図(A)及び平面図(B)である。
【図3】本発明に係る細胞培養容器(フラスコ型)における機能性基体の配置の一例を示す断面図である。
【図4】本発明に係る細胞培養容器(フラスコ型)における機能性基体の配置の他の例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照しながら本発明の特徴を説明する。本発明は、以下に説明する形態に限定されることはなく、技術思想を逸脱しない範囲において適宜、変更を加えて実施することが可能である。また、以下に示す各図は模式的に示した図であり、理解を容易にするために適宜、誇張して示すことがあり、実際のものとは縮尺が異なる場合がある。
【0015】
[細胞培養容器]
本発明の細胞培養容器は、複数の開口部が形成された底部及び該底部の周縁に立設された側壁部を少なくとも備える容器部と、基材上に、所定の機能を備えた表面を有する機能性有機化合物層を少なくとも備える1以上の機能性基体とを備えている。そして、該1以上の機能性基体が、容器部の底部の上面又は下面に、底部に形成された複数の開口部の一部又は全部を覆うように配置されている。
【0016】
本発明に係る細胞培養容器の好ましい実施形態の一例を図1に示す。図1に示す細胞培養容器1は、容器部100と機能性基体20とを備えている。容器部100は、複数の貫通孔である開口部300が形成された底部101と、該底部101の周縁に立設された側壁部102と、側壁部102の上端部に接合された、底部101に対向配置される天部103とを備えている。また、容器部100には、液体用の通孔104が設けられている。すなわち、容器部100は、側壁部102の一部に通孔104が穿設され、通孔104の周縁から容器の外側に延びる首部105を備えており、いわゆる「フラスコ型」と呼ばれる形状を有している。底部101の上面には、1つの機能性基体20が、容器部100の底部101に形成されている複数の開口部300の全てを覆うように配置されている。首部105には、蓋110を係止するための係止部(図示せず)が形成されており、該係止部を介して蓋110が着脱可能に装着される。該蓋110と機能性基体20とにより、細胞培養容器1の内側は閉じられた状態となり、安定して細胞培養を行なうことができる。通孔104より細胞や培地を供給したり、底部101の上面から剥離した機能性基体20を回収したりすることができる。図2(A)は、図1に示す細胞培養容器1における容器部100の断面図である。切断は、図1に示す矢印I−I´に沿って行なっている。また、図2(B)は、図1に示す細胞培養容器1における容器部100の平面図である。図1に示す細胞培養容器1の容器部100は、多角形の底部101を備え、該底部101の一部の領域には、略同一の大きさの正方形の開口部300が複数形成されている。そして、図1に示す細胞培養容器1では、開口部300によって容器部100の底部101に升目が形成されている。図1に示す細胞培養容器1では、機能性基体20を、升目が形成された底部101の上面に配置しているので、上記升目を、機能性基体20上に接着した培養細胞の位置などを示す番地表示として活用することができる。
【0017】
図1及び2では、本発明の細胞培養容器がフラスコ型の形状を有しているが、本発明に係る細胞培養容器は、複数の開口部が形成された底部及び当該底部の周縁に立設された側壁部を少なくとも備え、上記複数の開口部の全部が覆われた状態で、細胞及び培地を収容できる形状となれば、他の形状であってもよい。具体的には、本発明に係る細胞培養容器は、例えば、いわゆる「ディッシュ型」、「ビーカー型」、「ボトル型」と呼ばれる形状であってもよい。
【0018】
図1及び2では、容器部の底部の形状が多角形であるが、これに限定されず、円形、楕円形などの角形以外の形状であってもよい。また、図1及び2では、開口部が、容器部の底部の一部の領域に形成されているが、底部の全体に形成されていてもよい。さらに、図1及び2では、略同一の大きさの正方形の開口部が形成されているが、開口部の形状は、特に限定されず、楕円形を含む円形、方形を含む多角形などであってもよい。開口部の大きさは、開口部ごとに異なっていてもよいし、同じであってもよい。図1及び2の容器部では、開口部によって平面視で格子状の底部が形成されているが、開口部によって形成される底部の形状は格子状以外であってもよく、特に限定されない。なお、格子状としては、例えば、斜格子、三角格子、円格子などが挙げられる。
【0019】
図1では、機能性基体は、容器部の底部に1つ配置されているが、機能性基体は、底部に少なくとも1つ配置されていればよく、例えば、複数の異なる機能を有する機能性基体が底部に並設されていてもよい。具体的には、(1)細胞接着性/細胞非接着性の程度が異なる複数の機能性基体を用いたり、(2)異なる刺激により、細胞接着性から細胞非接着性に変化する機能性基体を用いたり、(3)異なる刺激条件により、細胞接着性から細胞非接着性に変化する機能性基体を用いてもよい。上記(1)の場合には、刺激応答性ポリマーの被覆量やポリマー鎖長などが異なる複数の機能性基体を用いてもよい。上記(2)の場合には、例えば、温度応答性ポリマーと光応答性ポリマーといった異なる刺激に感応する複数の機能性基体を用いてもよい。上記(3)の場合には、後述する臨界溶解温度の異なる温度応答性ポリマーを用いた複数の機能性基体を用いてもよい。
【0020】
また、図1では、機能性基体は、容器部の底部の領域の一部に配置されているが、容器部の底部の全領域に配置されていてもよい。さらに、図1では、1つの機能性基体が、底部に形成された開口部の全てを覆うように配置されているが、開口部の全てが機能性基体によってのみ覆われている必要はなく、1以上の機能性基体とその他の部材とによって覆われていてもよい。例えば、開口部の一部が機能性基体によって覆われていれば、その他の開口部は、機能性を有さない他の部材によって覆われていてもよい。
【0021】
なお、本発明における容器部や蓋を形成する材料は、特に限定されず、細胞培養において一般的に用いられる材料を用いることができる。例えは、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂などの樹脂材料、表面親水化処理を施した上記の少なくとも1種を含む樹脂材料、ガラスや石英などの無機材料が挙げられ、これらの中でも樹脂材料が好ましい。樹脂材料としては、ポリスチレン樹脂又はポリエチレンテレフタレート樹脂であることが好ましい。なお、後述のように、機能性基体が容器部の底部の下面に配置されることで、本発明の細胞培養容器がマルチウェルタイプの容器となる場合には、容器部の底部の開口部を含む領域に細胞などが接着し難くなるように、該領域に対して選択的に表面親水化処理を施さず、該領域が他の領域に比べて疎水性を示す表面となるように構成してもよい。
【0022】
<機能性基体>
本発明における機能性基体は、基材上に、所定の機能を備えた表面を有する機能性有機化合物層を少なくとも備えている。以下、基材及び機能性有機化合物層について、詳細に説明する。
【0023】
(基材)
機能性基体を構成する基材は、一方の表面に後述する機能性有機化合物層を形成することが可能であり、細胞培養の際に耐え得る耐水性を有していれば、特に限定されず、機能性有機化合物層に応じて種々の材料を選択して形成することができる。基材の材料としては、典型的には、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、TAC(トリアセチルセルロース)、ポリイミド(PI)、ナイロン(Ny)、低密度ポリエチレン(LDPE)、中密度ポリエチレン(MDPE)、塩化ビニル、塩化ビニリデン、ポリフェニレンサルファイド、ポリエーテルサルフォン、ポリエチレンナフタレート、ポリプロピレン、アクリルなどが挙げられる。また、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリカプロラクタン、もしくはその共重合体のような生分解性ポリマーであってもよい。好ましくは、ポリエチレンテレフタレート、ポリスチレン、ポリカーボネートである。ポリエチレンテレフタレートは、低価格コストで入手することができ、量産に適した材料である点において好ましい。ポリスチレンは、細胞毒性が低い材料である点で好ましい。製膜方法は、特に限定されず、例えば、溶液流延法、溶融押出法、カレンダー法などの従来公知の方法を用いることができる。また、上記方法によりあらかじめシート状に製膜された市販の基材を用いてもよい。
【0024】
基材の機能性有機化合物層が形成される側の表面は、易接着処理されていてもよい。易接着処理としては、例えば、ポリエステル、アクリル酸エステル、ポリウレタン、ポリエチレンイミン、シランカップリング剤、ペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)などの易接着剤による処理が挙げられる。
【0025】
基材の形状は、特に限定されないが、例えば、シート(フィルム)状であり、機能性基体を貼付する容器部の底部の形状に沿うものが好ましい。作業性が良好となり、貼付の際に気泡を生じさせ難いからである。通常は、平坦な形状である。基材の厚みは、特に限定されないが、取り扱い性を考慮すると、好ましくは20〜500μm、より好ましくは50〜250μmである。また、この範囲であれば、連続帯状で供給して加工することも可能である。
【0026】
(機能性有機化合物層)
機能性有機化合物層としては、例えば、所定の刺激によって細胞接着性から細胞非接着性へと変化し得る表面を有する刺激応答性ポリマー層や、1つ以上のエチレングリコール単位(CH−CH−O)からなるエチレングリコール鎖などの親水性化合物層が挙げられる。
【0027】
刺激応答性ポリマー層とは、所定の刺激によって表面の細胞の接着度合いが変化するポリマーを含む層である。刺激応答性ポリマーとしては、例えば、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー、イオン応答性ポリマー、光応答性ポリマーなどが挙げられる。なかでも温度応答性ポリマーが、刺激の付与が容易であることから好ましい。
【0028】
温度応答性ポリマーとしては、例えば、細胞を培養する温度では細胞接着性を示し、作製した細胞シートの剥離する時の温度では細胞非接着性を示すものを用いるとよい。例えば、温度応答性ポリマーは、臨界溶解温度未満の温度では周囲の水に対する親和性が向上し、ポリマーが水を取り込んで膨潤して表面に細胞を接着し難くする性質(細胞非接着性)を示し、同温度以上の温度ではポリマーから水が脱離することでポリマーが収縮して表面に細胞を接着しやすくする性質(細胞接着性)を示すものがよい。このような臨界溶解温度は、下限臨界溶解温度と呼ばれる。下限臨界溶解温度Tが0℃〜80℃、さらに好ましくは0℃〜50℃である温度応答性ポリマーを用いることが好ましい。
【0029】
本発明において好適に使用できる温度応答性ポリマーとしては、具体的にはアクリル系ポリマー又はメタクリル系ポリマーが挙げられ、より具体的にはポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)などが挙げられる。また、これらのポリマーを形成するためのモノマーが2種以上組み合わされて重合された共重合体であってもよい。
【0030】
これらのポリマーを形成するためのモノマーとしては、放射線照射によって重合し得るモノマーを用いることができる。モノマーとしては例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体、ビニルエーテル誘導体などが挙げられ、これらの1種以上を使用してよい。モノマーが一種類単独で使用された場合、基材上に形成されるポリマーはホモポリマーとなり、モノマーを複数種組み合わせて使用した場合、基材上に形成されるポリマーはヘテロポリマーとなるが、どちらの形態も本発明に包含される。
【0031】
また、必要に応じて、上記以外の他のモノマー類を更に加えて共重合してよい。更に本発明に使用する上記ポリマーとその他のポリマーとのグラフト又はブロック共重合体、あるいは本発明のポリマーと他のポリマーとの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質が損なわれない範囲で架橋することも可能である。
【0032】
pH応答性ポリマー及びイオン応答性ポリマーは、作製しようとする細胞シートに適したものを適宜選択することができる。
【0033】
刺激応答性ポリマー層は、刺激応答性ポリマーを所定の厚さとなるように、基材の表面に固定化することにより形成される。刺激応答性ポリマー層の厚みは、例えば、0.5nm〜300nmの範囲内であることが好ましく、1nm〜100nmの範囲内であることがより好ましい。膜厚を0.5nm〜300nmの範囲とすることで細胞の接着と剥離の両立が容易となる。なお、刺激応答性ポリマー層には、その機能を損なわない範囲で、界面活性剤などの各種添加剤が配合されていてもよい。
【0034】
細胞接着性及び細胞非接着性は、一の領域と他の領域における細胞の接着度合いの相対的な関係を示すものである。細胞接着性とは、細胞が接着しやすいことをいう。細胞接着性は、表面の化学的性質や物理的性質などによって細胞の接着や伸展が起こりやすいか否かで決定される。細胞接着性を判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることがより好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm以上30000cells/cm未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO濃度5%のインキュベーター内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象物上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象物をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
【0035】
一方、細胞非接着性とは、細胞が接着しにくい性質をいう。細胞非接着性は、表面の化学的性質や物理的性質などによって細胞の接着や伸展が起こりにくいか否かで決定される。細胞非接着性の表面は、上記で定義した細胞接着伸展率が60%未満の表面であることが好ましく、40%未満の表面であることがより好ましく、5%以下の表面であることが更に好ましく、2%以下の表面であることが最も好ましい。
【0036】
親水性化合物層としては、例えば、1つ以上のエチレングリコール単位(CH−CH−O)からなるエチレングリコール鎖(複数のエチレングリコール単位からなるエチレングリコール鎖は、「ポリエチレングリコール鎖」ということができる)などの親水性化合物の層が挙げられる。エチレングリコール鎖の末端は水酸基により封鎖された形態であってもよいし、エチレングリコール鎖の末端に生体関連物質などの他の物質が共有結合により連結された形態であってもよい。末端が水酸基により封鎖されたエチレングリコール鎖を含む層は、細胞が接着し難い親水性の表面を提供することができる。エチレングリコール鎖の末端に共有結合されうる生体関連物質としては、抗原、抗体、DNA、RNA、ペプチド、ホルモン、酵素、サイトカイン、糖鎖、脂質、補酵素、酵素阻害剤、細胞、その他の機能を有するタンパク質が含まれる。更に、このような生体関連物質と親和性を有する低分子化合物、及び高分子化合物も生体関連物質の範囲に含まれる。
【0037】
次に、図3及び4を参照しながら、本発明に係る細胞培養容器における機能性基体の配置状態の好ましい実施形態の一例について説明する。
【0038】
図3(B)は、本発明の細胞培養容器(フラスコ型)において、機能性基体が容器部の底部の上面に配置されている状態を模式的に示す断面図である。図3(A)は、機能性基体を容器部の底部の上面に貼付させる様子を模式的に示す断面図である。切断は、図1に示す矢印I−I´に沿って行なっている。なお、図3では、説明の便宜上、天部103を接合する前の状態を示している。図3に示す細胞培養容器では、基材21上に機能性有機化合物層22が形成された1つの機能性基体20が、底部101に形成された複数の開口部300の全てを覆うように、底部101の上面に配置されている。機能性基体20は、機能性有機化合物層22が容器内面側となるように、すなわち、基材21の機能性有機化合物層22が形成されている面とは反対側の面(基材21の下面)が、底部101の上面と接するように、配置されている。
【0039】
図3に示すような構造の細胞培養容器は、機能性基体を貼付する底部に複数の開口部が形成されているので、機能性基体を底部に貼付する際に開口部が空気の逃げ場となり、基材の下面と底部の上面との間に気泡を発生させずに製造することができる。
【0040】
図4(B)は、本発明の細胞培養容器(フラスコ型)において、機能性基体が容器部の底部の下面に配置されている状態を模式的に示す断面図である。図4(A)は、機能性基体を容器部の底部の下面に貼付させる様子を模式的に示す断面図である。切断は、図1に示す矢印I−I´に沿って行なっている。図4に示す細胞培養容器では、基材21上に機能性有機化合物層22が形成された1つの機能性基体20が、底部101に形成された複数の開口部300の全てを覆うように、底部101の下面に配置されている。機能性基体20は、機能性有機化合物層22が容器内面側となるように、すなわち、基材21の機能性有機化合物層22が形成されている面が、底部101の下面と接するように、配置されている。
【0041】
図4に示すような構造の細胞培養容器は、機能性基体を貼付する底部に複数の開口部が形成されているので、機能性基体を底部に貼付する際に開口部が空気の逃げ場となり、機能性有機化合物層の上面と底部の下面との間に気泡を発生させずに製造することができる。
【0042】
図4に示すような構造の細胞培養容器では、容器部の底部の厚みが小さい場合には、開口部により形成された底部の升目を、機能性基体上に接着した培養細胞の位置などを示す番地表示として活用することができる。また、底部が厚みのある部材で形成されている場合には、機能性基体を底部の下面に配置すると、底部の厚みを隔壁とする凹部が形成されるため、細胞培養容器をマルチウェルフラスコとして利用することが可能となる。すなわち、図4に示すような機能性基体が容器部の下面から開口部を覆うように配置されている細胞培養容器では、底部の厚みを調整することで、容器に対して番地表示機能やマルチウェル機能を付加することが可能となる。図4に示すような構造の細胞培養容器では、容器部の底部の開口部を含む領域に細胞などが接着しやすくなるため、該領域に対して選択的に表面親水化処理を施さず、該領域が他の領域に比べて疎水性を示す表面とすることが好ましい。なお、本発明の細胞培養容器をマルチウェルフラスコとして利用する場合には、開口部の形状は、細胞培養に好適な円形であることが好ましい。
【0043】
本発明の細胞培養容器では、機能性基体と容器部の底部との接触面積、接触割合は、一概に規定することはできない。気泡の発生を防止するためには、機能性基体と容器部の底部との接触面積や接触割合は小さい方がより好ましいが、例えば、開口部の面積が大きく、結果として機能性基体と容器部の底部との接触面積や接触割合が小さくなることは、細胞培養容器の底の強度が低下するため好ましくない。また、開口部が形成されている位置に偏りがあることも好ましくない。すなわち、本発明の細胞培養容器では、開口部は、機能性基体を貼付する際に、空気の逃げ道となるような大きさ、位置で形成されていればよく、例えば、機能性基体と容器部の底部との接触面積や接触割合は小さくなるように、且つ、機能性基体が貼付される領域に、略均一な、大きさ及び/又は配置で形成されていることが好ましい。
【0044】
なお、図4に示すような機能性基体が底部の下面に配置されている態様によれば、細胞培養容器の通孔の開口面積が機能性基体の表面積よりも狭い場合であっても、細胞培養後に容器の外側から機能性基体を剥離することができ、その回収が容易である。なお、図4に示す細胞培養容器のように、容器部の底部の下面に配置されている場合には、機能性基体は、支持性を確保できる厚さであることが好ましく、例えば、50μm以上とするとよい。ただし、長尺状の形態のときにロール巻取り可能な可撓性を有していることが好ましい。
【0045】
[細胞培養容器の製造方法]
次に、本発明の細胞培養容器の製造方法の好ましい実施形態の一例として、図3に示すような、機能性基体が容器部の底部の上面に配置されている細胞培養容器の場合について説明する。
【0046】
まず、機能性基体を作製する。ここでは、機能性基体の機能性有機化合物層が刺激応答性ポリマー層の場合について説明する。はじめに上述の基材を準備する。基材は、枚葉状態のものを用いても、ロール状態のものを用いてもよい。次に、重合により刺激応答性ポリマーとなる上述のモノマーを溶媒に溶解させた刺激応答性ポリマー層形成用塗工液を調製する。そして、慣用の方法にしたがって、該塗工液を基材の表面に塗工して塗膜を形成させる。その後、放射線照射などの適当な手段により塗膜中のモノマーを重合させ、ポリマーを形成させるとともに、基材の表面とポリマーとの間にグラフト化反応を生じさせることにより、刺激応答性ポリマー層を形成する。このようにして、本発明における機能性基体を作製する。
【0047】
溶媒は、モノマーを溶解しうるものであれば特に限定されないが、常庄下において沸点120℃以下、特に60〜110℃のものが好ましい。具体的にはメタノール、エタノール、n−プロパノール、2−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール、水などが挙げられ、これらは組み合わせて使用してもよい。その他の溶媒、例えば1−ペンタノール、2−エチル−1−ブタノール、2−ブトキシエタノール、及びエチレン(若しくはジエチレン)グリコール又はそのモノエチルエーテルなども使用可能である。必要に応じて、上記溶液にはその他添加剤を配合してもよい。
【0048】
塗工液中のモノマーの含有量は、1〜70重量%であることが好ましい。また、塗布用組成物中には、モノマーに加えて、複数個のモノマーが重合したオリゴマー又はプレポリマーが含まれてもよい。オリゴマー又はプレポリマーが含まれる場合には、その大きさは、ダイマー以上のものであれば特に限定されず、分子量約3,300(典型的には28分子ポリマー)より大きいものが好ましく、分子量5,700以上のものがより好ましい。
【0049】
塗工液を基材の表面に塗工する方法は、特に限定されず、従来公知の方法を用いることができる。例えば、グラビア印刷法、フレキソ印刷法、オフセット印刷法などの印刷による方法、ロールコート、リバースコート、コンマコート、ナイフコート、ダイコート、グラビアコートなどのコーティングによる方法が挙げられる。
【0050】
刺激応答性ポリマー層の被覆量は、グラフトされたポリマーが刺激応答性を発揮する必要な塗布量であればよく、例えば、5〜80μg/cmであり、10〜50μg/cmであることが好ましい。ポリマー被覆量が50μg/cmを超過すると細胞接着性が低下する場合があり、逆に被覆量が5μg/cm未満だと細胞剥離性が低下する場合がある。
【0051】
モノマーを重合させるために使用する放射線としては、例えば、α線、β線、γ線、電子線、紫外線などが挙げられる。所望のグラフトポリマーを作製するために、エネルギー効率が良い点においてγ線と電子線が好ましく、特に、生産性の面では電子線が好ましい。紫外線は、適当な重合開始剤やシランカップリング剤などのアンカー剤と組合せることで使用できる。放射線の線量の範囲は、電子線であれば5Mrad〜50Mradが好ましく、γ線であれば0.5Mrad〜5Mradが好ましい。照射工程前後に、必要に応じて塗膜を乾燥させ、上記溶媒を除去する。
【0052】
このようにして形成された刺激応答性ポリマー層を、必要に応じて洗浄してもよい。グラフト重合後の刺激応答性ポリマー層の表面上には、共有結合により固定化されたポリマー分子だけでなく、固定化されていない遊離のポリマー分子や、未反応のモノマーなどが存在していると考えられる。洗浄によれば、これら遊離ポリマーや未反応物を除去することができるので好ましい。ここで、洗浄方法は特に限定されないが、典型的には浸漬洗浄、揺動洗浄、シャワー洗浄、スプレー洗浄、超音波洗浄などが挙げられる。また洗浄液としては、典型的には各種水系、アルコール系、炭化水素系、塩素系、酸・アルカリ洗浄液が挙げられる。
【0053】
次に、細胞培養容器の容器部となる容器を準備する。容器は、所望の大きさや形状を有する市販品を購入して準備してもよいし、射出成型法などにより所望の大きさや形状のものを作製して準備してもよい。図3に示す細胞培養容器は、図1に示すように、機能性基体を容器部の底部に接着させる操作に必要な開放部を有さない。したがって、はじめに該開放部を有する容器を準備し、機能性基体の接着後、蓋などの他の部材を接合する。また、図3に示す細胞培養容器は、開口部を有する容器であるが、このような容器は、例えば、射出成型などにより作製したり、開口部を有してない部材に貫通孔を穿設する処理を施して作製したりすることができる。
【0054】
上記機能性基体は、準備した容器の底部の上面に、該底部に形成されている複数の開口部を覆うように配置させた後、超音波溶着により、機能性基体を容器の底部に接着させる。なお、接着方法は、特に限定されず、超音波溶着以外に、例えば、接着剤、レーザー溶着、ヒートシールなどの従来公知の方法を採用することができる。そして、機能性基体を底部の上面に接着させた容器と、天部となる部材とを接合した後は、必要に応じて、エタノール滅菌、エチレンオキサイドガス(EOG)滅菌、紫外線照射滅菌、γ線照射滅菌などの滅菌処理を施す。これらのなかでも、γ線照射滅菌は、全生物種を死滅させられるという点で好適である。このようにして、細胞培養容器を製造することができる。
【0055】
なお、図4に示すような、機能性基体が容器部の底部の下面に配置された細胞培養容器の場合には、底部に複数の開口部が形成されている天部を有する容器部を準備した後、機能性基体を配置して製造することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 細胞培養容器
20 機能性基体
21 基材
22 機能性有機化合物層
100 容器部
101 底部
102 側壁部
103 天部
104 通孔
110 蓋
300 開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の開口部が形成された底部及び当該底部の周縁に立設された側壁部を少なくとも備える容器部と、基材上に、所定の機能を備えた表面を有する機能性有機化合物層を少なくとも備える1以上の機能性基体とを備え、
前記1以上の機能性基体が、前記底部の上面又は下面に、前記複数の開口部の一部又は全部を覆うように配置されている細胞培養容器。
【請求項2】
前記1以上の機能性基体は、前記底部の下面に、前記複数の開口部の一部又は全部を覆うように配置されている請求項1に記載の細胞培養容器。
【請求項3】
前記容器部は、前記側壁部の上端部に接合され、前記底部に対向配置された天部と、前記側壁部の一部に穿設された閉栓可能な通孔とを更に備え、細胞及び培地を収容するための内室が内部に形成されている、請求項1又は2に記載の細胞培養容器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−99281(P2013−99281A)
【公開日】平成25年5月23日(2013.5.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−244864(P2011−244864)
【出願日】平成23年11月8日(2011.11.8)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】