説明

細胞培養方法およびその用途

【課題】ヒトの平均的な肝機能の活性値や反応値などを効率よく知ることが可能な実験系を提供することを主目的とする。
【解決手段】以下の工程を含む細胞培養方法:(1)2個体以上のドナーに由来する細胞を混和して混和細胞とする工程;(2)(1)で得られた混和細胞を、透過性を有する膜からなる中空糸の内腔に充填する工程;および(3)(2)で得られた混和細胞を内腔に充填された中空糸を培地に接触させて培養する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を培養する方法およびそれを用いた化合物評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
肝臓は生体内および生体外物質の代謝および解毒、タンパク質等の合成、体温調節、生体防御作用など多種多様な機能を有する非常に重要な臓器である。体内に取り込まれた物質の多くはまず肝臓で代謝されるので、その物質の生体に及ぼす影響に大きく関与している。従って医薬品開発の領域では、医薬品候補化合物が肝臓でどのように代謝され、また肝機能にどのような影響を与えるかを知ることは非常に重要なことである。
【0003】
医薬品候補化合物をはじめとする化合物の薬物代謝試験や安全性試験等にはマウス、ウサギ、イヌなどの実験動物が使われているが、得られたデータがそのままヒトに適用できる保証は無い。そこで医薬品開発のなるべく早期の段階でヒトにおける安全性や代謝反応を推測するために、近年ではヒトの培養肝細胞を用いた実験系が考案されており、ヒト肝細胞を使用する機会が増えている。
【0004】
しかしながら、ヒト肝細胞はその細胞の提供者(ドナー)によって薬物代謝酵素や薬物トランスポーター等の肝機能の活性値やポテンシャルが大きく異なることが知られている。これは、そのドナーの生活環境、生活習慣、病歴、薬歴、さらに肝細胞の分離条件や保存状況などに左右されるためであると思われる。
【0005】
このため、ヒト肝細胞を使った実験では常にドナーの差によるデータの変動(個体差)が懸念される。このためヒトでの平均的な値を知るためにはなるべく多くのドナー由来のヒト肝細胞を実験に使用する必要が生じてくる。しかし、試験研究に提供されるヒト肝細胞は数が限られているうえに、一般に入手できるものは高価でもあるため制限が多いのが実情である。さらに同一の実験をドナーごとに実施する必要がある。
【0006】
このような背景から、ヒト肝細胞を用いた実験において効率良く平均的な活性値や反応値を知ることができるin vitroの肝細胞実験系が望まれていた。
【特許文献1】特開2004−166717号公報
【特許文献2】特開2005−110695号公報
【特許文献3】特開2004−283010号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明は、上記のような問題点を解決しようとするものであり、ヒトの平均的な肝機能の活性値や反応値などを効率よく知ることが可能な実験系を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記のような目的を達成するために、本発明者らは鋭意研究を行った結果、2個体以上の(複数の)ドナーに由来する細胞から構成される混和細胞を、透過性を有する膜からなる中空糸の内腔に充填し培養することによって、ドナー間の変動(個体差)を解消し、数少ない実験機会でヒトの平均的な肝機能の活性値や反応値などを知ることができることを見出した。
【0009】
本発明は以下のようなものである。
[1]以下の工程を含む細胞培養方法:
(1)2個体以上のドナーに由来する細胞を混和して混和細胞とする工程;
(2)(1)で得られた混和細胞を、透過性を有する膜からなる中空糸の内腔に充填する工程;および
(3)(2)で得られた混和細胞を保持した中空糸を、細胞培養用液に浸漬させた状態で細胞を培養する工程。
[2]中空糸の内腔に細胞を充填する際に圧力または遠心力を負荷して、細胞を凝集した状態にする、[1]に記載の細胞培養方法。
[3]細胞が肝細胞または肝臓由来の細胞である[1]または[2]に記載の細胞培養方法。
[4]以下の工程を含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の細胞培養方法を行うための、細胞を保持した中空糸を製造する方法:
(1)2個体以上のドナーに由来する細胞を混和して混和細胞とする工程;および
(2)(1)で得られた混和細胞を、透過性を有する膜からなる中空糸の内腔に充填する工程。
[5][4]に記載の方法により製造された、[1]〜[3]のいずれかに記載の細胞培養方法を行うための、細胞を保持した中空糸。
[6]以下の構成を含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の細胞培養方法を行うための器具:
(1)着脱可能に連結された流入側流通管と流出側流通管とからなる、一端が開口した細胞懸濁液流通管;
(2)細胞懸濁液流通管の他端に設けられた中空糸固定部;および
(3)一端が封止され他端が開口しているとともに、開口端が細胞懸濁液流通管と連通し中空糸固定部に液体が漏れない状態で貫通している、1本又は複数本の、[5]に記載の細胞を保持した中空糸。
[7][1]〜[3]のいずれかに記載の方法により培養した細胞を使用して化合物の影響を評価する工程を含む化合物評価方法。
【0010】
すなわち複数ドナーの細胞を混和し中空糸内腔に充填培養しひとつの細胞集団とすることによって、各ドナー由来の細胞が持つ活性や反応性等を平均化することができる。中空糸内腔に細胞を充填し培養したときの特徴は、船津らがすでに特開2004−166717号公報(特許文献1)にて開示している。すなわち、中空糸内に充填された細胞は、長期間その細胞機能を維持することができ、前記平均化した反応を得る実験を長期間にわたって行うことが可能となる。
【0011】
さらに、本発明は、上記の方法により培養した細胞を使用して各種化合物等の細胞における反応を調べたり、細胞機能に対する化合物の影響を評価したりする方法を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、ドナー間の変動(個体差)を解消し、数少ない実験機会でヒトの平均的な肝細胞機能の活性値や反応値などを知る実験を長期間にわたって実施することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に本発明の具体的な実施の形態を説明する。本発明のひとつの方法では、複数のドナー由来のヒト肝細胞を懸濁状態で用意し、これを混和する。この後に透過性を有する膜からなる中空糸内腔に混和した細胞を充填する。混和細胞に用いるヒト肝細胞は市販の凍結ヒト肝細胞が好適に使用できるが特にこれに限定されるものではない。細胞の中空糸内腔への充填方法については、本発明者が既に特開2005−110695号公報(特許文献2)にて開示した中空糸付き器具が好適に使用できる。中空糸内腔に充填する細胞の密度については、とくに限定はしないが、本発明者が特開2004−166717号公報(特許文献1)および特開2004−283010号公報(特許文献3)で示したように、細胞充填に際して静水圧などの圧力や遠心力を負荷し、細胞が凝集した状態にすることが望ましい。
【0014】
中空糸の素材については、細胞を中空糸内腔に保持でき、溶液や低分子の物質を透過させるような構造をとることができるものであれば、特に限定されるものではないが、例えば、セルロース系素材、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスルホン等が好適に利用できる。
【0015】
中空糸の大きさについても特に制限はないが、内径は好ましくは20〜1000μm、より好ましくは50〜500μm程度のものが利用される。膜厚についても、特に制限はないが、中空糸が適度の強度を保ち、かつ物質の透過性も良好な範囲で設定すればよく、例えば10〜200μm程度が好ましい。
【0016】
多孔性膜中空糸の場合、平均孔径は細胞の培養を考慮すると物質交換の効率のよい大きな孔径を有する方が望ましく、0.1〜5μm程度が好適に選択されるが、特にこの範囲に限定されるものではない。
中空糸内腔に肝細胞を充填した後、この細胞を保持した中空糸を培養容器に移し37℃、5%CO環境下で培養することで、肝細胞の安定した機能発現が認められる。このとき振とう機などで培養容器を振とうさせながら培養することにより、中空糸内腔の細胞に対して効率よく栄養や酸素を供給することができる。
【0017】
さらに、本発明は、上記の方法により培養した肝細胞を使用して各種化合物等の細胞における反応を調べたり、肝細胞機能に対する薬剤の影響を評価する薬剤評価方法を提供する。すなわち細胞を培養する培養液中に目的とする化合物を加え培養上清中の代謝物を分析したり、あるいは、化合物に曝露された細胞の特定のタンパク質、酵素活性や核酸等を量的または質的に解析したりすることで化合物の肝細胞機能への影響を知ることができる。
【実施例】
【0018】
以下、実施例及び試験例を示して本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0019】
[実施例1]
異なるドナー由来の凍結ヒト肝細胞3種(Lot 428/Xenotech社、Lot 3F1207/Cambrex社、Lot RQO/In Vitro Technologies社)を常法に従い融解し、それぞれの細胞懸濁液を調製した。懸濁状態での細胞のバイアビリティはそれぞれ、Lot 428/86.8%、Lot 3F1207/97.3%、Lot RQO/90.6%であった。次にそれぞれのLotの生細胞数が同数となるように、3種類の細胞懸濁液を混和し均一な細胞懸濁液を調製した。以上の3種類の細胞懸濁液および3種を混和した細胞懸濁液を各々、セルローストリアセテート製中空糸モジュール(東洋紡績、Code:TMHFK−001、中空糸内径285μm、外径387、孔径0.2μm)を用い、中空糸内腔に注入し、60Gで90秒間遠心力を負荷して中空糸内腔に細胞を充填した。内腔に細胞が入った中空糸部分をそれぞれ切り取って細胞培養用12ウェルプレートに移した後、ヒト肝細胞培養に適した市販のヒト肝細胞無血清培養液(東洋紡績、Code:TMHHM−001)に入れ、37℃、5%CO、95%大気環境下にて振とう培養を行った。すべての細胞は、培養開始翌日より1日おきに培地交換をしながら培養を行った。培養3、7、14、21および28日目において各細胞のCYP1A2、2C9、2D6の活性を測定した。
【0020】
その結果、それぞれのCYP活性は、細胞のドナー毎に異なる推移を示したが、混合細胞では長期間にわたってそれらの平均的な活性値で推移した。
【0021】
[実施例2]
異なるドナー由来の凍結ヒト肝細胞3種(Lot 582/Xenotech社、Lot 455/Xenotech社、Lot RQO/In Vitro Technologies社)を常法に従い融解し、それぞれの細胞懸濁液を調製した。懸濁状態での細胞のバイアビリティはそれぞれ、Lot 582/86.5%、Lot 455/89.6%、Lot RQO/90.1%であった。次にそれぞれのLotの生細胞数が同数となるように、3種類の細胞懸濁液を混和し均一な細胞懸濁液を調製した。以上の3種類の細胞懸濁液および3種を混和した細胞懸濁液を各々、セルローストリアセテート製中空糸モジュール(東洋紡績、Code:TMHFK−001、中空糸内径285μm、外径387、孔径0.2μm)を用い、中空糸内腔に注入し、60Gで90秒間遠心力を負荷して中空糸内腔に細胞を充填した。内腔に細胞が入った中空糸部分を切り取って細胞培養用12ウェルプレートに移した後、ヒト肝細胞培養に適した市販のヒト肝細胞無血清培養液(東洋紡績、Code:TMHHM−001)に入れ、37℃、5%CO、95%大気環境下にて振とう培養を行った。培養開始翌日より1日おきに培地交換をしながら培養を継続した。培養14、21、28日目においてRifampin10μMを培地に添加し、それぞれ72時間の酵素誘導処理後、CYP3Aの活性を測定した。溶媒対照群には、最終濃度0.1%となるようDMSOを培地に添加した。
【0022】
その結果、培養14日、21日、28日目のそれぞれの誘導処理により各ドナーのCYP3A活性の上昇度は異なっていたが、混合細胞ではいずれもそれらの平均的な値の活性上昇を示した。
【0023】
以上の結果より、複数ドナーの細胞を混和して中空糸内腔に充填し培養することによって、各ドナー由来の細胞が持つ活性や反応性等を平均化し、かつそれを長期間にわたり維持できることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明により、ドナー間の変動(個体差)を解消し、数少ない実験機会でヒトの平均的な肝細胞機能の活性値や反応値などを知る実験を長期間にわたって実施することができる。また、培養した細胞を使用して各種化合物等の細胞における反応を調べたり、細胞機能に対する化合物の影響を評価することができる。これらは、例えば医薬品開発の領域においてきわめて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明を用いた実施例1において、各細胞のCYP1A2活性の推移を示すグラフである。
【図2】本発明を用いた実施例1において、各細胞のCYP2C9活性の推移を示すグラフである。
【図3】本発明を用いた実施例1において、各細胞のCYP2D6活性の推移を示すグラフである。
【図4】本発明を用いた実施例2において、各細胞のCYP3A誘導後活性の推移を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む細胞培養方法:
(1)2個体以上のドナーに由来する細胞を混和して混和細胞とする工程;
(2)(1)で得られた混和細胞を、透過性を有する膜からなる中空糸の内腔に充填する工程;および
(3)(2)で得られた混和細胞を保持した中空糸を、細胞培養用液に浸漬させた状態で細胞を培養する工程。
【請求項2】
中空糸の内腔に細胞を充填する際に圧力または遠心力を負荷して、細胞を凝集した状態にする、請求項1に記載の細胞培養方法。
【請求項3】
細胞が肝細胞または肝臓由来の細胞である請求項1または2に記載の細胞培養方法。
【請求項4】
以下の工程を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞培養方法を行うための、細胞を保持した中空糸を製造する方法:
(1)2個体以上のドナーに由来する細胞を混和して混和細胞とする工程;および
(2)(1)で得られた混和細胞を、透過性を有する膜からなる中空糸の内腔に充填する工程。
【請求項5】
請求項4に記載の方法により製造された、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞培養方法を行うための、細胞を保持した中空糸。
【請求項6】
以下の構成を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞培養方法を行うための器具:
(1)着脱可能に連結された流入側流通管と流出側流通管とからなる、一端が開口した細胞懸濁液流通管;
(2)細胞懸濁液流通管の他端に設けられた中空糸固定部;および
(3)一端が封止され他端が開口しているとともに、開口端が細胞懸濁液流通管と連通し中空糸固定部に液体が漏れない状態で貫通している、1本又は複数本の、請求項5に記載の細胞を保持した中空糸。
【請求項7】
請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法により培養した細胞を使用して化合物の影響を評価する工程を含む化合物評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−109908(P2008−109908A)
【公開日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−296147(P2006−296147)
【出願日】平成18年10月31日(2006.10.31)
【出願人】(000003160)東洋紡績株式会社 (3,622)
【Fターム(参考)】