説明

細胞平面展開方法

【課題】本発明は、細胞等の粒子状の生体関連物質が分散・懸濁している生理食塩水などの塩を含む溶媒であっても、該生体関連物質どうしを凝集させる横毛管力を弱めることなく、フィルタ上に該生体関連物質を密に凝集させることができる展開方法およびその方法で用いる展開装置を提供することを目的としている。
【解決手段】溶液供給機構を用いて、粒子状の生体関連物質を含有する溶液(以下「試料溶液」と呼ぶ。)を、試料溶液中の水分は透過するが該生体関連物質は透過しないフィルタの一方の面(以下「表面」と呼ぶ。)上に供給する溶液供給工程;および水分排出機構を用いて、フィルタの表面上に供給された試料溶液中の水分を、該フィルタの平面方向の一端に向かう力を作用させながら、フィルタの他方の面(以下「裏面」と呼ぶ。)から排出する水分排出工程を含むことを特徴とする該生体関連物質の展開方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子状の生体関連物質の展開方法およびその方法に用いる展開装置に関する。より詳細には、細胞等をフィルタ上に単層最密充填することができる粒子状の生体関連物質の展開方法およびその方法に用いる展開装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現代医学において、細胞の形態から得られる多くの情報は、病気の予防・診断・治療等を行う上で極めて重要な役割を担っている。これら細胞診は剥離細胞診や擦過細胞診の他に、より積極的に病巣の細胞を採取する穿刺細胞診等がある。
【0003】
これら細胞診は、擦過・穿刺等により細胞を採取した後、スライドガラス上に主に塗沫法(手技)・オートスミア法(遠心力を利用し、スライドガラス上に検体を付着させる)等によって塗沫面をつくる。そして、この塗沫された検体を染色バット等の容器に収納されたアルコール・染色液・蒸留水等の各溶液中に浸漬し、検体の染色を行った後、封入剤およびカバーガラスを被せる等の一連の操作を行ってプレパラート(標本)を作製し、それを顕微鏡等で鏡検し病変の診断を行うものである。
【0004】
特許文献1には、図16に示す捕捉染色装置において、無数の微細直孔を有するメンブレンフィルター(1)で、細胞等の検体を含んだ溶液を濾過して該検体を該メンブレンフィルター(1)上に捕捉した後、各種溶液を該メンブレンフィルター(1)上に順に注入するとともに濾過する捕捉染色方法が開示されている。
【0005】
しかしながら、この方法では、メンブレンフィルター上に細胞が何層にも重なって凝集するため、鏡検する際、目的とする細胞を見落とす虞がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平2−129531号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、細胞等の粒子状の生体関連物質が分散・懸濁している生理食塩水などの塩を含む溶媒であっても、該生体関連物質どうしを凝集させる横毛管力を弱めることなく、フィルタ上に該生体関連物質が多層積層されることを抑制しつつ、密に凝集させることができる展開方法およびその方法で用いる展開装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の問題を解決すべく鋭意研究した結果、塩を含有する水分を、フィルタを介して水分吸収部材に吸収させることによって、横毛管力が妨げられずに細胞等の粒子状の生体関連物質がフィルタの表面上で凝集することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の粒子状の生体関連物質の展開方法は、溶液供給機構を用いて、粒子状の生体関連物質を含有する溶液(以下「試料溶液」と呼ぶ。)を、試料溶液中の水分は透過するが該生体関連物質は透過しないフィルタの一方の面(以下「表面」と呼ぶ。)上に供給する溶液供給工程;および、水分排出機構を用いて、該フィルタの表面上に供給された試料溶液中の水分を、該フィルタの平面方向の一端に向かう力を作用させながら、該フィルタの他方の面(以下「裏面」と呼ぶ。)から排出する水分排出工程を含むことを特徴とする。
【0010】
上記水分排出機構は、水分排出部材として、上記フィルタの裏面に当接させた水分吸収部材、および/または、水分吸引装置に連通する吸引口を備えることが好ましい。
上記溶液供給機構が備える溶液供給部材、および/または、上記水分排出機構が備える水分排出部材を、上記フィルタの面に平行な方向において、該フィルタに対して相対的に移動させる態様であってもよい。
【0011】
上記溶液供給機構が備える溶液供給部材を、その先端が上記フィルタの表面には接触しないが該フィルタの表面に供給された試料溶液に接触した状態で、試料溶液を供給しながら、該フィルタの面に平行な方向において、該フィルタに対して相対的に移動させる態様であってもよい。
【0012】
上記フィルタを傾斜させることによって、該フィルタの表面に供給された試料溶液を重力に従って展開させるか、または、該フィルタの表面の片側に試料溶液が貯留した状態にさせる態様であってもよい。
【0013】
上記溶液供給機構が備える溶液供給部材の上記フィルタに対する相対的な移動および/または傾斜により、試料溶液が該フィルタ表面に展開される軌跡と、上記水分排出機構が備える水分排出部材のフィルタに対する相対的な移動による軌跡とが略同一であることが好ましい。
【0014】
上記フィルタを基板に重ねた状態で、上記溶液供給工程において、該フィルタの表面の一端に試料溶液を供給し、上記水分排出工程において、該フィルタの他端より順次該フィルタを該基板から離間して行き、該基板上に水分を吸着または保持させることによって水分を排出する態様であってもよい。
【0015】
試料溶液の単位時間当りの供給量は、水分の単位時間当りの排出量と同じか、または多いことが好ましい。
溶液供給工程と水分排出工程とを同時並行して行ってもよい。
【0016】
上記生体関連物質は、細胞であることが好ましい。
また、本発明の展開装置は、溶液供給機構および水分排出機構;フィルタを配置するフィルタ配置部;該フィルタ配置部の上方および下方にそれぞれ溶液供給機構または水分排出機構を保持する治具;ならびに、溶液供給機構および/または水分排出機構をフィルタ面に平行な方向に相対的に移動させ、かつ移動速度を調整することができる移動機構を備え、該治具が、該治具に溶液供給機構または水分排出機構を保持させた状態で、溶液供給機構および水分排出機構とフィルタ配置部との距離を調整できる、上記展開方法に用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の、粒子状の生体関連物質の展開方法によれば、例えば血球細胞等を、フィルタ表面上に多層積層されることを抑制しつつ、密に凝集させて展開することができる。そして、展開することができる面積は、例えばスライドグラス等の小面積に限定されず、所望する大面積にも適用することができる。すなわち、細胞等からなる膜を大量に連続して製造することができる。
【0018】
また、粒子状の生体関連物質が細胞である場合、通常、溶媒は生理食塩水であり、溶媒を蒸発させると、塩が析出し横毛管力の妨げとなるが、本発明の展開方法は生理食塩水等の溶媒を速やかに排出できるので、このような問題も解決できるものである。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】図1は、本発明の展開方法の、溶液供給機構のみが移動する態様のいくつかを模式的に示した図であり、(a)下部排出および(b)端面排出を示す。
【図2】図2は、本発明の展開方法の、水分排出機構のみが移動する態様のいくつかを模式的に示した図であり、(a)傾斜構造,および(b)シャッター構造を示す。
【図3】図3は、本発明の展開方法の、溶液供給機構および水分排出機構がともに移動する態様のいくつかを模式的に示した図であり、(a)下部排出および(b)端面排出を示す。
【図4】図4は、本発明の展開方法の、フィルタが移動する態様のいくつかを模式的に示した図であり、(a)下部排出,(b)巻き取り式フィルタ構造,(c)ディスク構造,および(d)ディップ構造を示し、これらは溶液供給機構および水分排出機構がともに移動する態様であるとも換言できる。
【図5】図5は、本発明の展開方法で用いる展開装置(図中、細胞集積部)を含んでなる細胞集積装置の一態様の模式図を示す。
【図6】図6は、実施例で用いた溶液供給機構の構成(a)および溶液供給機構の斜視図(b)を模式的に示した図である。
【図7】図7は、実施例1で用いた本発明の展開方法(フィルタおよび溶液供給機構・水分排出機構ともに移動しない態様)を模式的に示した図である。
【図8】図8は、実施例2で用いた本発明の展開方法(溶液供給機構・水分排出機構ともに移動する態様)を模式的に示した図である。
【図9】図9は、実施例3で用いた本発明の展開方法(水分排出機構のみが移動する態様)を模式的に示した図であり、(b)のようにフィルタを水平にした状態で溶液を供給した後、(a)のようにフィルタ全体を傾斜させる。
【図10】図10は、実施例4で用いた本発明の展開方法(溶液供給機構のみが移動する態様)を模式的に示した図である。
【図11】図11は、実施例5で用いた本発明の展開方法(水分排出機構のみが移動する態様)を模式的に示した図であり、図中点線で示すフィルタは剥離可能である。
【図12】図12は、実施例6で用いた本発明の展開方法(水分排出機構のみが移動する態様)を模式的に示した図((a)が斜視図,(b)が縦断面図)であり、(a)に示すようにフィルタがハウジング部材で支えられ、下部端部から水分吸収部材を押し当てることが可能である。
【図13】図13(a),(b)は、それぞれ実施例1および比較例1の画像による結果を示す。
【図14】図14(a),(b)は、それぞれ実施例2の画像による結果を示す。
【図15】図15(a),(b)は、それぞれ実施例4の画像による結果を示す。
【図16】図16は、特許文献1に開示されている捕捉染色装置の正面図を示す。より詳しくは、注入部(3)は、複数のシリンジ(14)と、シリンジヘッド(13)を押圧して溶液を注入する加圧体(7)と、シリンジ(14)を保持する移送体(6)と、その移送体(6)をその中心で固定組付けする回転軸とから構成されている。これらシリンジ(14)内には同一の溶液が収納させており、移送体(6)によってホルダー(17)上に移送された後、加圧体(7)によって溶液ホルダー(17)内に注入される。そして、細胞等の検体を含有する溶液をホルダー(17)内に注入した後、濾過部(4)によって溶液を吸引濾過し、検体をメンブレンフィルター(1)上に捕捉する。次に、ホルダー(17)内に染色処理のための溶液が注入された後、染色に必要な一定時間経過後、その溶液は吸引濾過される。濾過部(4)は、吸引ポンプ(18)と廃液壜(19)とから構成され、ホルダー(17)内の溶液を吸引ポンプ(18)で吸引し、廃液壜(19)内へ排出するものとしている。
【発明を実施するための形態】
【0020】
次に、本発明の、粒子状の生体関連物質の展開方法および該展開方法で用いる展開装置について詳細に説明する。
本発明において、粒子状の生体関連物質を含む溶液を「試料溶液」と呼ぶことがある。また、試料溶液を供給して最終的に細胞が展開される側であるフィルタの一方の面を「表面」、供給された試料溶液の水分を排出する側であるフィルタのもう一方(他方)の面を「裏面」と呼ぶことがある。
【0021】
<展開方法>
本発明の展開方法は、少なくとも下記工程を含むことを特徴とする;
溶液供給工程:溶液供給機構を用いて、粒子状の生体関連物質を含有する溶液を、試料溶液中の水分は透過するが粒子状の生体関連物質は透過しないフィルタの表面上に供給する工程;および
水分排出工程:水分排出機構を用いて、フィルタの表面上に供給された試料溶液中の水分を、該フィルタの平面方向の一端に向かう力を作用させながら、フィルタの裏面から排出する工程。
【0022】
本発明の展開方法の好ましい態様の一つとして、例えば、図8に示すように、フィルタの一部を折り曲げ(傾斜し)、その折り曲げたフィルタの下側に濾紙などの水分吸収部材を差し込み、溶液供給部材からPBS(リン酸緩衝塩類溶液)に懸濁した細胞を供給しつつ、溶液供給部材と水分吸収部材とをともに移動させる態様が挙げられる。濾紙によりPBSのみが吸収され、傾斜したフィルタの左手側から細胞が固着される。最初に固着された細胞を起点に、表面張力由来の横毛管力とぬれ膜中の液体の流れによる力(層流力)とにより順次細胞が集積していく。PBSに懸濁している細胞は電気二重層を形成するため互いに反発し合い分散しているが、析出するにつれてその反発力が徐々に弱まるため、二次元で凝集することができる。
【0023】
本発明の展開方法において、フィルタの平面方向における、溶液供給部材および/または水分排出部材のフィルタに対する相対的な位置は、固定させてもよいし、変動させてもよい。この際、フィルタの平面方向における、溶液供給部材の水分排出部材に対する相対的な位置も、固定させてもよいし、変動させてもよい。用いる溶液供給部材、溶液排出部材およびフィルタの態様や、粒子状の生体関連物質のフィルタ上への展開面積などの条件に応じて、上述したような位置は自在に設計することができる。例えば、
・溶液供給部材,水分排出部材およびフィルタすべてを固定する態様
・水分排出部材およびフィルタを固定し、溶液供給部材のみを移動させる態様(図1)
・溶液供給部材およびフィルタを固定し、水分排出部材のみを移動させる態様(図2)
・フィルタのみを固定し、溶液供給部材および水分排出部材を移動させる態様(図3)
・溶液供給部材および水分排出部材を固定し、フィルタのみを移動させる態様(図4)
などが挙げられる。溶液供給部材および水分排出部材のフィルタに対する相対的な位置を変動させる場合は、溶液供給部材がフィルタ上に描く軌跡および水分排出部材がフィルタ上に描く軌跡を略同一とすることが好ましい。
【0024】
また、溶液供給工程および水分排出工程は順次行っても同時に行ってもよく、
・溶液供給工程の完了後に、水分排出工程を行う態様
であっても、
・溶液供給工程を行いながら水分排出工程を行う態様
であってもよい。
【0025】
さらに、
・直線状に展開する態様(図3(c)「ディスク構造」以外の図1〜3)
であっても、
・孤状に展開する態様(図3(c)「ディスク構造」)
であってもよい。
【0026】
得られる展開面は、前者の場合は矩形となり、後者の場合は円形となる。
本発明の展開方法における具体的な態様(直線状に展開)として、
・溶液供給機構,水分排出機構およびフィルタすべてを固定し、かつ溶液を供給後に排出する態様(図7)
・フィルタのみを固定し、溶液供給機構および水分排出機構を移動させ、かつ溶液を供給しながら排出する態様(図8)
・フィルタおよび溶液供給機構を固定し、水分排出機構のみを移動させ、かつ溶液を供給後に排出する態様(図9)
・水分排出機構およびフィルタを固定し、溶液供給機構のみを移動させ、かつ溶液を供給しながら排出する態様(図10)
などが好ましい。
【0027】
(粒子状の生体関連物質を含有する溶液)
粒子状の生体関連物質としては、その直径がコロイドと同程度の範囲内、具体的には100nm以上100μm以下であり、例えば、あらゆる種類の細胞やウイルスなどが挙げられ、本発明は特に限定されない。ただし、フィルタ表面上に展開させたい、目的とする粒子状の生体関連物質の直径が、用いるフィルタの孔径より大きいことが条件となる。
【0028】
粒子状の生体関連物質を含有する溶液(試料溶液)としては、例えば、細胞が懸濁したPBSなどが挙げられる。粒子状の生体関連物質を懸濁または分散させる媒体(本発明において「水分」と称する。)は特に限定されず、当業者であれば適宜選択することができる。また、試料溶液中の生体関連物質の密度は、溶液排出機構による排出能力などに応じて適切に調整することができる。
【0029】
(フィルタ)
フィルタは、目的とする粒子状の生体関連物質の直径より小さい(試料溶液中の水分は透過しうる)孔径の穴を無数に有するものであれば、材質や大きさ、厚さなどは当業者であれば適宜選択することができる。
【0030】
このようなフィルタとして市販品を用いることができ、例えば、GEヘルスケア・ジャパン(株)社製の「ニュークリポアメンブレン」などが好ましい。
また、フィルタは、図1に示すように、細孔を無数に有する支持体と積層して用いることもできる。このような支持体は、金属製、ガラス製、樹脂製であってもよい。
【0031】
フィルタは、その全体が水平になるよう配置してもよいし、一部もしくは全体が傾斜するように配置してもよい。例えば、図9に示すように、フィルタに試料溶液を供給した後、傾斜させると、形成された液滴は重力により傾斜方向に沿って流れ落ちるので、溶液供給部材を移動させながら試料溶液を供給した場合と同じような状態で、フィルタ上に粒子状の生体関連物質を展開することが可能となる。また、図2(a)に示すように、フィルタを枠部材で囲った上で傾斜させ、そこに試料溶液を供給して貯留させ、傾斜の上流側から下流側に向かって水分排出部材を移動させるようにしてもよい。傾斜の角度は、水分排出部材の水分排出能力や移動速度などを考慮しながら、粒子状の生体関連物質の展開具合が適切なものとなるよう設定すればよく、傾斜の角度を自由に変更できる角度調整手段を用いて適宜調整することが好ましい。
【0032】
図4に示すように、フィルタ(またはフィルタと支持体)のみを移動させる場合、すなわち、溶液供給部材および/または水分排出部材のフィルタに対する相対的な位置を移動させる場合は、フィルタを移動させるための手段、例えば、水分が通過可能な微小孔(例えば1μmφ)を有するステンレス板を支持体としその上部にフィルタを固定したデバイスにおいてフィルタを移動させるための支持体の移動(a)やそのデバイスをディスク状に構成しての支持体の回転移動(c)、あるいは一対のロールにフィルタを懸架してのロールの回転(b)やフィルタを巻き取る巻き取りローラーの回転(d)などが必要である。
【0033】
(溶液供給機構)
溶液供給機構は、試料溶液をフィルタの一方の面(表面)上に供給できるものであればどのような態様であってもよい。典型的な態様としては、溶液供給部材(または単に液供給部)と、液供給部に連通した試料溶液の貯蔵部(または単に水分貯留部)と、必要に応じて液供給部を移動させる装置とを含むシステムや流路などが挙げられる。
【0034】
展開すべき粒子状の生体関連物質が少量であれば、溶液供給部材を移動させることなく一定量の試料溶液を一回で供給して、溶液供給工程を完了させてもよい。一方、展開すべき粒子状の生体関連物質が多量であれば、溶液供給部材を移動させながら、連続的または断続的に、単位時間あたり所定量の試料溶液を供給するようにしてもよい。
【0035】
試料溶液は、フィルタの上方から供給することも、フィルタの側方から供給することもできる。溶液供給部材をフィルタに対して相対的に移動させる場合、溶液供給部材の先端(供給口)が、フィルタの表面には接触しないがフィルタの表面に供給された試料溶液に接触した状態を保ちながら、後述する移動機構により溶液供給部材を移動させるか、フィルタを移動させることが好ましい。
【0036】
上記のようにして試料溶液を供給することのできる溶液供給機構として、より具体的には、例えば、ブレードコータ,ディップコータ,アプリケータ,インクジェットなどが挙げられる。
【0037】
溶液供給工程において、溶液供給機構によりフィルタ表面上に供給される試料溶液の単位時間あたりの供給量は、溶液排出機構により溶液排出工程においてフィルタ裏面から排出される、上記試料溶液中の水分の単位時間あたりの排出量と、同じであってもよいし、それより多くてもよい。上記供給量と上記排出量とが同じであれば、供給された試料溶液の液溜まりの体積を一定に保ちながら水分を排出することが可能であるため、溶液供給工程および水分排出工程を同時に進行させることができる。一方、上記供給量が上記排出量よりも多ければ、供給された試料溶液の液溜まりの体積はある程度増大するので、許容限度に達する前に溶液供給工程を完了ないし一時中断させる必要がある。
【0038】
(水分排出機構)
水分排出機構は、フィルタの一方の面(表面)上に供給された、粒子状の生体関連物質を含有する溶液を、上記フィルタの平面方向の一端に向かう力を作用させながら、フィルタの他方の面(裏面)から排出できるものであればどのような態様であってもよい。典型的な態様としては、水分排出部材(または単に排出部)と、必要に応じて該排出部を移動させる手段とを含むシステムが挙げられる。排出部から溶液を排出する能力が十分に高ければ、排出部をフィルタに対して相対的に移動させなくとも、遠い位置にある粒子状の生体関連物質にまで横毛管力を作用させて、所期の目的を達成することが可能である。
【0039】
一方、フィルタを支持体に重ねた状態で、溶液供給工程において、フィルタの表面の一端に試料溶液を供給し、水分排出工程において、フィルタの他端より順次フィルタを支持体から離間して行き、支持体上に水分を吸着または保持させることによって水分を排出する、すなわち毛細管力を利用して支持体上に溶液を保持させることによって溶液を排出する態様などであってもよい。ここで用いる支持体は、いかなる材料から構成されていてもよいが、支持体の表面が充分に親水性であることを要する。
【0040】
また、図2の(b)シャッター構造に示すように、フィルタと水分吸収部材との間にシャッターを挟み、シャッター部を移動させることによって排出部を形成し、フィルタの裏面の一端から溶液を排出する態様も挙げられる。
【0041】
水分排出部材としては、水分吸収部材を用いることが好ましい。水分吸収部材を、フィルタ表面に供給された試料溶液(液溜まり)の一端側からフィルタの裏面に当接させることにより、粒子状の生体関連物質および水分に対してその一端に向う力を作用させながら、水分を排出することができる。このような水分吸収部材としては、例えば、濾紙などを用いることができる。水分吸収部材をフィルタの裏面に当接させる場合、フィルタの一部を持ち上げて(折り曲げて)水分吸収部材をフィルタと基板との間に挟み込むようにしてもよいし、フィルタ全体を平面に保てるよう支持体に傾斜をつけ、そのフィルタと支持体の傾斜の間に水分吸収部材を挟むようにしてもよい。
【0042】
また、水分排出部材としては、水分を能動的に連続的に吸引することのできる吸引装置、例えばポンプ等の減圧装置と連通した吸引口を用いることもできる。このような供給口をフィルタの裏面に必要に応じて、このような吸引口と上記水分吸収部材とを組み合わせて用いてもよい。
【0043】
<展開装置>
本発明の展開装置は、溶液供給機構および水分排出機構;フィルタを配置するフィルタ配置部;該フィルタ配置部の上方および下方にそれぞれ溶液供給機構または水分排出機構を保持する治具;ならびに、溶液供給機構および/または水分排出機構をフィルタ面に平行な方向に相対的に移動させ、かつ移動速度を調整することができる移動機構を備え、該治具が、該治具に溶液供給機構または水分排出機構を保持させた状態で、溶液供給機構および水分排出機構とフィルタ配置部との距離を調整できる、上記展開方法に用いることを特徴とする。
【0044】
例えば、より具体的な展開装置として、図4(b)に示す装置が挙げられる。フィルタは2個の回転するロール間に巻かれており、2個のロールを一定の速度にて同一方向に回転させることによりフィルタを一定方向に動かすことができる。水分吸収部材をフィルタに接するように配置・固定し、溶液供給側の先端が平坦となっている溶液供給部材(図6)を、水分吸収部材に対してフィルタ移動方向と反対側に配置・固定し、ロールの回転と同時に溶液吸収部材から細胞懸濁液を供給することができる。
【0045】
このような展開装置は、図5に示すような細胞集積装置に組み込むことができる。この細胞集積装置は、例えば、図4(b)に示す展開装置を含む細胞集積部(溶液供給機構および水分排出機構を固定し、フィルタのみを移動させる態様の展開方法に好適な展開装置),染色部,観察部およびフィルタを巻き取る駆動部からなり、細胞をフィルタ上に展開し、細胞を染色し、染色した細胞を観察(画像撮影)する工程を連続して行うことができる。
【実施例】
【0046】
次に、本発明について実施例を示してさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
細胞懸濁液の調製ならびに細胞展開平面および溶液供給部材の作製を以下のようにして行った。
【0047】
(細胞懸濁液の調製)
Jurkat細胞を、パラフォルムアルデヒド4%含有PBSにて懸濁し固定後、「Hoechst 33342」(インビトロゲン社製)にて細胞核を染色した。PBSにて洗浄し、8×106細胞/mLの濃度に調整し、これを細胞懸濁液とした。
【0048】
(細胞展開平面の作製)
ガラス製の支持体としてのスライドグラス(松浪硝子工業(株)製「S091120」;76mm×52mm)上に、フィルタ(GEヘルスケア・ジャパン(株)社製「ニュークリポアメンブレン」;孔径2μm)を積層し、これを細胞展開平面とした。
【0049】
(溶液供給部材の作製)
図6(a)に示すように、カバーガラス(松浪硝子工業(株)社製「C218181」;18mm×18mm)の両端に、厚さ0.7mm、幅5mmのステンレス板をスペーサーとして2枚のカバーガラスを貼り合わせることによって、このような溶液供給側に先端部を有する溶液供給部材を作製した。
【0050】
また、実施例2,4で用いた細胞展開装置は以下のように構成されている。
フィルタ配置部の上部に溶液供給機構の治具を備え、該治具に溶液供給機構を保持させた状態で、溶液供給機構の高さ調整が可能であって、溶液供給機構をフィルタ配置部の平面に平行な方向に移動させる移動機構(移動速度調整可能)を備えている。
【0051】
溶液供給機構による細胞懸濁液の供給としては、その治具に溶液供給機構を保持させ、溶液供給機構が有する水分貯留部に、細胞懸濁液を100μL貯留する。貯留された細胞懸濁液は、細胞展開平面上部に設置され溶液供給部材の先端部より細胞懸濁液を供給することができる。
【0052】
[実施例1]
まず、水平に設置した細胞展開平面のフィルタとスライドグラスとの間に、厚さが0.5mmの水分吸収部材(GEヘルスケア・ジャパン(株)製のブロッティング用ろ紙 角型(GB005))を差し込み固定した。次いで、水分吸収部材の先端部から約5mm離れた箇所に細胞懸濁液を10μL滴下し、液滴を形成した(図6)。30秒後に液滴内の細胞像を倒立蛍光顕微鏡(カールツァイス(株)製「Observer D1」)にて撮影した。
【0053】
その結果、図13(a)中、白い丸で示されるように、Jurkat細胞による水分吸収部材方向への集合配列が確認できた。なお、該図中の四角で示したところが水分吸収部材を配置した個所である。
【0054】
[比較例1]
実施例1において、水分吸収部材を用いなかった以外は実施例1と同様にして細胞像を撮影した。すなわち、水平に設置した細胞展開平面のフィルタに、細胞懸濁液を10μL滴下し、液滴を形成した後、液滴内の細胞像を蛍光顕微鏡にて撮影した。
その結果、図13(b)に示すように、Jurkat細胞による集合配列は認められなかった。
【0055】
[実施例2]
図8に示すように、まず、水平に設置した細胞展開平面から約2mm程度上部に溶液供給部材の先端部を配置し、細胞懸濁液を供給した。次いで、細胞展開平面のフィルタとスライドグラスとの間に、実施例1で用いた水分吸収部材を差し込み、約1mm/秒の速度で液滴横方向から近づけると同時に、溶液供給部材も同方向、同速度で約1cm移動させた。移動後の細胞集積状況を経時的に蛍光顕微鏡にて撮影をした。
【0056】
その結果を図14(a),(b)に示す。(a)は、水分吸収部材・溶液供給部材の移動を開始して30秒後の画像であり、(b)は、それらの移動を開始して50秒後の画像である。
【0057】
[実施例3]
図9(a)に示すように、水平面に対して傾斜角度15度で設置した細胞展開平面上に、細胞懸濁液を100μL添加し液滴を形成した。次に、細胞展開平面のフィルタとスライドグラスとの間に、実施例1で用いた水分吸収部材を差し込み、液滴の斜面下部への落下と同期するよう(速さ約0.2mm/秒)液滴横方向から近づけたことにより、細胞集積平面を作製した。
【0058】
[実施例4]
図10に示すように、水平に設置した細胞展開平面のフィルタとスライドグラスとの間に、実施例1で用いた水分吸収部材を差し込み固定した。次に、水分吸収部材の先端部から約5mm離れた箇所に実施例2と同様にして約2mm程度のメニスカスを形成させ、約1mm/秒の速度で水分吸収部材の先端部から遠ざける方向に溶液供給部材を約1cm移動させることによって細胞集積平面を作製した。
その結果を図15(a),(b)に示す。(a)は溶液供給部材の移動を開始して5秒後の画像であり、(b)は、それらの移動を開始して20秒後の画像である。
【0059】
[実施例5]
フィルタ用ハウジング(アドバンテック社製の「減圧濾過用フィルターホルダー」(KGS-90))にて細胞展開平面のフィルタを挟み、細胞懸濁液を100μL添加し液滴を形成後、ポリプロピレン製フィルムをフィルタ下部から押し当てた。次に、図11に示すように、細胞展開平面のフィルタとスライドグラスとの間に、実施例1で用いた水分吸収部材を差し込み、約1mm/秒の速度で液滴横方向から近づけることにより細胞集積平面を作製した。
【0060】
[実施例6]
図12(a)に示すように、フィルタ用ハウジング(アドバンテック社製の「減圧濾過用フィルターホルダー」(KGS-90))にて細胞展開平面のフィルタを挟み、細胞懸濁液を100μL添加し液滴を形成した。次いで、細胞展開平面のフィルタ下部に実施例1で用いた水分吸収部材を押し当て、約1mm/秒の速度で液滴横方向から近づけることにより細胞集積平面を作製した(図12(b))。
【0061】
以上の実施例1〜6においては、厚さが0.5mmの水分吸収部材を用いたが、水分吸収部材の厚みは一様である必要はなく、フィルタに接触する水分吸収部材の先端の厚さが0.5mm程度であればフィルタ下部に差し込む際に好適であり、さらに差し込みを容易にするために更に先端を薄くしてもよく、先端から徐々に厚くなる形状としてもよい。また、フィルタに接触するようにして差し込まれる部分以外(例えば、水分吸収部材の後端側)は水分吸収部材を厚くすることで、水分吸収量を大きくすることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の展開方法を用いて細胞を観察した場合、細胞懸濁液が、例えば、被験者から採血した血液(10mL)である場合、顕微鏡の狭い視野内に多数の細胞を高密度で展開することができるため、例えば癌細胞などの数が少ない細胞を効率良く発見することができる。
【符号の説明】
【0063】
1・・・・・・メンブレンフィルター
2・・・・・・フィルター保持部
3・・・・・・注入部
4・・・・・・濾過部
5・・・・・・収納体
6・・・・・・移送体
7・・・・・・加圧体
12・・・・・・回転軸
13・・・・・・シリンジヘッド
14・・・・・・シリンジ
15・・・・・・保持板
16・・・・・・支持棒
17・・・・・・ホルダー
18・・・・・・吸引ポンプ
19・・・・・・廃液壜
20・・・・・・制御盤
26・・・・・・固定軸

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液供給機構を用いて、粒子状の生体関連物質を含有する溶液(以下「試料溶液」と呼ぶ。)を、試料溶液中の水分は透過するが該生体関連物質は透過しないフィルタの一方の面(以下「表面」と呼ぶ。)上に供給する溶液供給工程;および
水分排出機構を用いて、該フィルタの表面上に供給された試料溶液中の水分を、該フィルタの平面方向の一端に向かう力を作用させながら、該フィルタの他方の面(以下「裏面」と呼ぶ。)から排出する水分排出工程
を含むことを特徴とする該生体関連物質の展開方法。
【請求項2】
上記水分排出機構が、水分排出部材として、上記フィルタの裏面に当接させた水分吸収部材、および/または、水分吸引装置に連通する吸引口を備える請求項1に記載の展開方法。
【請求項3】
上記溶液供給機構が備える溶液供給部材、および/または、上記水分排出機構が備える水分排出部材を、上記フィルタの面に平行な方向において、該フィルタに対して相対的に移動させる請求項1または2に記載の展開方法。
【請求項4】
上記溶液供給機構が備える溶液供給部材を、その先端が上記フィルタの表面には接触しないが該フィルタの表面に供給された試料溶液に接触した状態で、試料溶液を供給しながら、該フィルタの面に平行な方向において、該フィルタに対して相対的に移動させる請求項1〜3のいずれかに記載の展開方法。
【請求項5】
上記フィルタを傾斜させることによって、該フィルタの表面に供給された試料溶液を重力に従って展開させるか、または、該フィルタの表面の片側に試料溶液が貯留した状態にさせる請求項1〜3のいずれかに記載の展開方法。
【請求項6】
上記溶液供給機構が備える溶液供給部材の上記フィルタに対する相対的な移動および/または傾斜により、試料溶液が該フィルタ表面に展開される軌跡と、上記水分排出機構が備える水分排出部材のフィルタに対する相対的な移動による軌跡とが略同一である請求項1〜5のいずれかに記載の展開方法。
【請求項7】
上記フィルタを支持体に重ねた状態で、
上記溶液供給工程において、該フィルタの表面の一端に試料溶液を供給し、
上記水分排出工程において、該フィルタの他端より順次該フィルタを該支持体から離間して行き、該支持体上に水分を吸着または保持させることによって水分を排出する請求項1に記載の展開方法。
【請求項8】
試料溶液の単位時間当りの供給量が、水分の単位時間当りの排出量と同じか、または多い請求項1〜7のいずれかに記載の展開方法。
【請求項9】
上記溶液供給工程と上記水分排出工程とを同時並行して行う請求項1〜8のいずれかに記載の展開方法。
【請求項10】
上記生体関連物質が、細胞である請求項1〜9のいずれかに記載の展開方法。
【請求項11】
溶液供給機構および水分排出機構;フィルタを配置するフィルタ配置部;該フィルタ配置部の上方および下方にそれぞれ溶液供給機構または水分排出機構を保持する治具;ならびに、溶液供給機構および/または水分排出機構をフィルタ面に平行な方向に相対的に移動させ、かつ移動速度を調整することができる移動機構を備え、
該治具が、該治具に溶液供給機構または水分排出機構を保持させた状態で、溶液供給機構および水分排出機構とフィルタ配置部との距離を調整できる、
請求項1〜10のいずれかに記載の展開方法に用いることを特徴とする展開装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2012−255720(P2012−255720A)
【公開日】平成24年12月27日(2012.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−129027(P2011−129027)
【出願日】平成23年6月9日(2011.6.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「血中分子・遺伝子診断自動化システムの研究開発(血中がん遺伝子診断の検体処理自動化システム)」共同研究 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許願
【出願人】(000001270)コニカミノルタホールディングス株式会社 (4,463)
【Fターム(参考)】