説明

細胞延命効果を有するペプチドを用いた牛胚の非凍結低温保存液及び保存方法

【課題】牛胚の非凍結低温保存時に優れた延命効果を発揮する保存液及び保存方法を提供する。
【解決手段】配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド又は配列番号2に示されるアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入若しくは付加されたアミノ酸配列から成り、且つ細胞延命活性を有するペプチド、血清及び培地を含有する牛胚保存液、並びに該保存液を用いる牛胚の保存方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば牛胚の保存液及び保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛の受精卵(胚)移植技術は、供卵牛へのホルモン剤による過剰排卵処置、人工授精、胚回収及び受卵牛への移植等のプロセスから成る。当該胚移植技術によれば、優良な繁殖雌牛や遺伝的価値の高い種雄牛を効率よく生産できる。
【0003】
黒毛和種胚の需要は近年急激に増加しており、また牛胚だけでも年間6万個以上が国内に流通している。そのため、牛胚の凍結保存に関する研究が世界中で行われており、多くの緩慢凍結法や急速凍結法(ガラス化凍結法)が開発され、比較的安定した受胎率が得られるようになった。
【0004】
しかしながら、従来の牛胚の凍結保存に関する技術レベルでは50%前後の平均受胎率しか得ることができない。また、更なる受胎率向上への大きな改善策はこの10年以上報告されていない。このことは、哺乳類胚の凍結保存法がある程度の技術的限界に達していることを意味すると考えられる。すなわち、従来の凍結保存法においては、凍結と解凍の過程で受ける物理的損傷によって胚の生命力が必然的に損なわれるという問題が解決されていない。また、凍結及び融解のダメージに耐えることができる胚は高品質のものに限られ、過剰排卵処理後の胚回収によって得られる約20%の牛低品質胚は凍結保存することができない。しかしながら、これらの低品質胚も凍結処理をせずに移植を行うことで、遺伝的価値の高い子牛を効率よく生産することができる。従って、供卵牛から回収された牛胚を24時間から数日の間、非凍結状態で発育を抑制しながら生かし続けることのできる方法があれば、宅配便等の輸送手段を利用し、牛胚の品質に関わらず、凍結及び解凍に伴う損傷を受けていない胚を効率よく子牛生産に利用することができる。また、当該方法によれば、供卵牛と受卵牛の発情周期が数日ずれた場合、受卵牛の発情周期に合わせて移植時期を調整することができる。すなわち、牛胚は、摘出後24時間から数日の間に消費需要がある細胞と言える。さらに、上記のような牛胚保存法が開発されれば、液体窒素やディープフリーザー等の高価な冷凍設備が不要になり、エネルギー消費量の小さい氷や家庭用冷蔵庫を用いて牛胚を保存することが可能になる。
【0005】
米国カリフォルニア大学のRubinskyらは、0℃付近の低温下において、熱ヒステリシスタンパク質という生体物質が細胞の膜を保護する機能を示すことを約20年前に見出した。このような機能は従来の細胞保護物質には存在しないメカニズムによって発揮されると考えられ、熱ヒステリシスタンパク質と細胞膜の間の特異的な相互作用が細胞の生存力を向上させ、低温環境下での生体の生存率向上をもたらすと考察された。Rubinskyらは、特に極洋魚類から単離及び精製された熱ヒステリシスタンパク質について、その溶液を接触させることを特徴とする哺乳動物の生細胞の生存率を改善する方法を1991年に報告している(特許文献1)。
【0006】
また、ナガガジ(Zoarces elongatus Kner)という魚種に由来する熱ヒステリシスタンパク質(Nfe8)、並びにNfe8とアミノ酸配列上の類似性を有するが熱ヒステリシス活性を有しない熱ヒステリシス類似タンパク質(Nfe6及びNfe11)が、低温環境下において細胞延命機能を発揮することが報告されている(特許文献2)。
【0007】
このように、熱ヒステリシスタンパク質や熱ヒステリシス類似タンパク質の細胞延命機能が知られていた。しかしながら、これらのタンパク質が細胞延命機能を最大限発揮する有効濃度範囲やこれらのタンパク質と共助して延命期間を延長する有効成分の検討が不十分であり、熱ヒステリシス(類似)タンパク質は細胞延命剤として実用化に至っていないのが現状である。
【0008】
一方、非凍結低温胚保存の対象として研究される動物種は、マウス、ブタ、ヒツジ、ウシ、希少種等様々だが、動物種ごとに胚の性質が大きく異なる。そのため、胚保存に有効な成分やそれらの配合率、有効濃度範囲も大きく異なり、動物種ごとに保存液成分を精査する必要がある。牛胚の非凍結低温下での保存法については、受胎率の向上、供卵牛−受卵牛間の発情同期化問題及び低品質胚の利用の観点から、古くから検討されてきたが未だ有効な保存法は開発されていなかった。
【0009】
このような状況下、非凍結低温下で牛胚をより有効に保護又は保存し、それらの延命をもたらすのみならず、孵化能力の保持や高い受胎率をもたらす牛胚の保存液の開発が待たれてきた。また、輸送に必要な日数の間保存でき、且つエネルギー消費の小さい汎用的な機器や容器での保存や輸送を実現するという条件も兼ね備えた牛胚の保存法の開発が強く望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表平5-503706号公報
【特許文献2】特開2010-248160号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、上述した実情に鑑み、非凍結低温環境下で牛胚を保護し、優れた延命効果を発揮する保存液及び保存方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため鋭意研究を行った結果、遺伝子工学によって大量生産することのできる小分子量ペプチドと血清を添加した培地が、低温環境下において牛胚に対し強い延命効果を発揮することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
(1)以下の(a)又は(b)のペプチド、血清及び培地を含有する牛胚保存液。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ細胞延命活性を有するペプチド
(2)ペプチドの濃度が10〜20mg/mlである、(1)記載の牛胚保存液。
(3)血清がウシ血清である、(1)又は(2)記載の牛胚保存液。
(4)血清の濃度が5〜50%(V/V)である、(1)〜(3)のいずれか1記載の牛胚保存液。
(5)10〜20mg/mlの配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド、10〜50%(V/V)のウシ血清及びmedium199培地を含有する牛胚保存液。
【0014】
(6)以下の(a)又は(b)のペプチド、血清及び培地を含有する牛胚保存液に牛胚を浸漬し、該牛胚を非凍結低温下で保存する工程を含む、牛胚の保存方法。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ細胞延命活性を有するペプチド
(7)ペプチドの濃度が10〜20mg/mlである、(6)記載の方法。
(8)血清がウシ血清である、(6)又は(7)記載の方法。
(9)血清の濃度が5〜50%(V/V)である、(6)〜(8)のいずれか1記載の方法。
(10)非凍結低温が−1℃〜15℃の温度である、(6)〜(9)のいずれか1記載の方法。
(11)10〜20mg/mlの配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド、10〜50%(V/V)のウシ血清及びmedium199培地を含有する牛胚保存液に牛胚を浸漬し、該牛胚を4℃下で保存する工程を含み、該牛胚が桑実期から胚盤胞期の胚である、牛胚の保存方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、摘出後の牛胚を24時間から最長5日間、生存胚数の著しい減少を伴わずに保存することができる非凍結保存液及び保存方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】Nfe11(アミノ酸配列:配列番号2)及びNfe6(アミノ酸配列:配列番号4)のアミノ酸配列を示す図である。
【図2】非凍結低温保存における牛胚の封入方法を示す図である。
【図3】ヒト肝癌由来細胞HepG2の細胞表面にまとわりついたNfe11の様子を示す共焦点レーザー顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
従来、ナガガジ(Zoarces elongatus Kner)という魚種が有する熱ヒステリシス類似タンパク質(Nfe11及びNfe6)が、細胞、組織及び臓器等の生体材料保護機能を有することが知られていた(特許文献2)。図1に、Nfe11(アミノ酸配列:配列番号2)及びNfe6(アミノ酸配列:配列番号4)のアミノ酸配列を示す。
【0018】
本発明者らは初め、牛胚を扱う際に一般的に用いられる、カルシウム及びマグネシウム含リン酸緩衝液(PBS+)に10%(V/V)のウシ胎子血清を添加し、さらに、Nfeペプチド(Nfe11又はNfe6)を10mg/mlになるように溶解して牛胚の非凍結低温保存を行った。その結果、通常、非凍結低温保存では限界とされる48時間保存において、牛胚の生存率の向上が認められた。しかし、その後、最適なNfeペプチド濃度やウシ胎子血清濃度を丹念に調べたにも関わらず、48時間以上の保存では牛胚の生存率の改善は認められなかった。
【0019】
そこで、本発明者らは、牛胚の延命日数を延長するために保存液成分について鋭意研究を進めた結果、牛胚の非凍結低温保存においては、血清を含有する培地に、Nfe11(塩基配列:配列番号1、アミノ酸配列:配列番号2)を溶解した場合にのみ、優れた細胞延命機能が発揮されるという驚くべき事実を見出した。さらに驚くべきことに、同条件でNfe6(塩基配列:配列番号3、アミノ酸配列:配列番号4)を培地に溶解してもNfe11のような牛胚に対する細胞延命機能は発揮されなかった。
【0020】
従って、本発明は、配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド又は配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチドと機能的に同等のペプチド(以下、「本発明に係るペプチド」と称する場合がある)、血清及び培地を含有する牛胚保存液(以下、「本発明に係る牛胚保存液」と称する場合がある)に関する。本発明に係る牛胚保存液は、非凍結低温下で、発生を停止した状態で牛胚(例えば、黒毛和牛の牛胚)を保存するために使用することができる。
【0021】
配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチドは、成熟型Nfe11ペプチドである。Nfe11タンパク質は、分泌シグナル配列(配列番号1に示される塩基配列に対応する下段のアミノ酸配列において、1番目から22番目のアミノ酸配列)を有する。当該成熟型Nfe11ペプチドは、当該分泌シグナル配列を除去したペプチドである。
【0022】
一方、ここで「機能的に同等」とは、対象となるペプチドが、成熟型Nfe11ペプチドと同等の生物学的機能、生化学的機能を有することを指す。成熟型Nfe11ペプチドと機能的に同等のペプチドとしては、配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個(例えば2〜5個、好ましくは2〜3個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ細胞延命活性を有するペプチドが挙げられる。また、配列番号2に示されるアミノ酸配列に対して80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは98%以上のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列から成り、且つ細胞延命活性を有するペプチドも成熟型Nfe11ペプチドと機能的に同等のペプチドに含まれる。
【0023】
本発明に係るペプチドは、遺伝子組換え手段を用いることにより、容易に製造できる。例えば、本発明に係るペプチドをコードするDNA(例えば、配列番号1に示される塩基配列において成熟型Nfe11ペプチドをコードする第62番目〜第325番目の塩基配列から成るDNA及びそれと同等のDNA)を、DNA合成機等を用いて常法により合成し、この合成されたDNAを適当なベクターに導入し、得られた組換えベクターを用いて、大腸菌等の宿主を形質転換する。次いで形質転換体を培養することにより、上記合成DNAに対応する本発明に係るペプチドを得ることができる。
【0024】
ここで、配列番号1に示される塩基配列において成熟型Nfe11ペプチドをコードする第62番目〜第325番目の塩基配列から成るDNAと同等のDNAとは、対象となるDNAによってコードされるペプチドが、成熟型Nfe11ペプチドと同等の生物学的機能、生化学的機能を有することを指す。配列番号1に示される塩基配列において第62番目〜第325番目の塩基配列から成るDNAと機能的に同等のDNAとしては、配列番号1に示される塩基配列における第62番目〜第325番目の塩基配列と相補的な塩基配列から成るDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、且つ細胞延命活性を有するペプチドをコードするDNAが挙げられる。ストリンジェントな条件とは、特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいい、低ストリンジェントな条件及び高ストリンジェントな条件が挙げられるが、高ストリンジェントな条件が好ましい。低ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば42℃において5×SSC及び0.1%SDSで洗浄する条件であり、好ましくは50℃において5×SSC及び0.1%SDSで洗浄する条件である。高ストリンジェントな条件とは、ハイブリダイゼーション後の洗浄において、例えば65℃において0.1×SSC及び0.1%SDSで洗浄する条件である。上記のようなストリンジェントな条件下では、配列番号1に示される塩基配列において第62番目〜第325番目の塩基配列と高い相同性(相同性が80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは99%以上)を有する塩基配列から成るDNAが、該DNAと相補的な塩基配列から成るDNAとハイブリダイズすることができる。
【0025】
また、無細胞ペプチド合成系(無細胞タンパク質合成系)により本発明に係るペプチドを得ることもできる。無細胞ペプチド合成系は、細胞抽出液を用いて試験管内でペプチドを合成する系である。「無細胞ペプチド合成系」は、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系とmRNAの情報を読み取ってリボソーム上でペプチドを合成する無細胞翻訳系との両者を含む。無細胞ペプチド合成系は、系を容易に改変することができるため、目的のペプチドに適した発現系を構築しやすいという利点がある。なお、無細胞ペプチド合成系の詳細については、特開2000-175695号公報等に記載されている。
【0026】
さらに、遺伝子組換え手段や無細胞ペプチド合成系により得られた本発明に係るペプチド(培養物や反応液中)を、例えば公知の抽出や精製技術(例えば、遠心分離、透析、クロマトグラフィー、凍結乾燥等)に供し、抽出、精製したペプチドを本発明に係るペプチドとして使用することができる。
【0027】
配列番号2に示されるアミノ酸配列における1又は数個のアミノ酸の欠失、置換、挿入又は付加は、例えば部位特異的変異誘発法(Zollerら, Nucleic Acids Res., 10, 6478-6500, 1982)等の常用される技術により、配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチドをコードするDNA(例えば、配列番号1に示される塩基配列において第62番目〜第325番目の塩基配列から成るDNA)の配列を改変することにより実施することができる。
【0028】
本発明に係るペプチドは、細胞を延命させる機能を有する。細胞延命機能は、換言すれば、細胞の生存を維持する機能を指す。本発明に係るペプチドは、また細胞膜保護機能を有する。細胞膜は厚さ約5nmの脂質二重層の構造を有し、原子や分子を選択的に透過させる性質、すなわち流動性を有する。この流動性によって細胞内の物質の濃度や状態が適正に制御される結果、細胞の生命活動が維持される。温度等の外的条件等の変化によって脂質二重層が欠損するかあるいは脂質二重層の構造や流動性が変化すると、細胞の生命活動は維持されない。細胞膜保護機能とは、脂質二重層の欠損を防ぐあるいは本来の構造や流動性の消失を防ぐことによって、細胞の生命活動を維持する機能のことである。あるいは、以下の参考例に示すように、本発明に係るペプチドは、「細胞に着せる服」と考えることができる。+4℃の冷たい体外に取り出された裸の細胞(卵)に、本発明に係るペプチドという暖かいセーターを着せることによってその生命力を高め、生存時間を延ばすと説明することができる。
【0029】
本発明に係るペプチドの細胞延命活性は、例えば細胞を本発明に係るペプチドの存在下でインキュベートし、本発明に係るペプチドの非存在下の対照の細胞と比較して有意に細胞の生存が維持されるか否かにより評価される。当該評価は、例えば生細胞染色蛍光色素(例えば、Calcein-AM)と死細胞染色用蛍光色素(例えば、Propidium Iodide)を組み合わせて使用することにより生存率を測定する方法(De Clerck et al., Journal of Immunological Methods, 1994, 172(1), pp. 115-124;Nicoletti et al.,Journal of Immunological Methods,1991, 139(2), pp. 271-279)、乳酸デヒドロゲナーゼ(LDH)の量を指標として、細胞障害(すなわち、細胞膜の障害)を定量することにより、細胞の生存率を測定する方法(T. Decker and M.L.L. Matthes,Journal of Immunological Methods, 1988, 115(1), pp. 61-69)等の方法により行うことができる。
【0030】
一方、本発明に係る牛胚保存液に使用される血清としては、例えばウシ血清、ブタ血清、ヤギ血清、ウマ血清等が挙げられるが、ウシ血清が好ましい。ウシ血清は、ウシ胎子血清、仔ウシ血清又は成ウシ血清であってもよい。
【0031】
本発明に係る牛胚保存液における本発明に係るペプチドの濃度としては、例えば0.1〜20mg/ml、好ましくは1〜20mg/ml、より好ましくは10〜20mg/mlが挙げられる。また、本発明に係る牛胚保存液における血清の濃度としては、例えば5〜50%(V/V)、好ましくは10〜50%(V/V)、より好ましくは20〜50%(V/V)が挙げられる。このような濃度範囲にある本発明に係るペプチドと血清とを併用することで、相加的な牛胚保護効果よりもはるかに強い保護効果を示すことができる。
【0032】
本発明に係る牛胚保存液に使用される培地は、一般的に牛胚の培養に使用される培地であって良く、例えばmedium199培地(組成:塩化カルシウム、三硝酸鉄9水和物、塩化カリウム、硫化マグネシウム、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム1水和物、アデニン硫酸塩、アデノシン-5-三リン酸、アデノシン-5-リン酸、コレステロール、デオキシリボース、D-グルコース、グルタチオン、グアニン塩酸、ヘペス、ヒポキサンチンナトリウム、フェノールレッド、リボース、酢酸ナトリウム、チミン、ツイーン80、ウラシル、キサンチンナトリウム、L-アラニン、L-アラニン塩酸、L-アスパラギン酸、L-システイン塩酸2水和物、L-シスチン、L-グルタミック酸、グリシン、L-ヒスチジン塩酸1水和物、L-ヒドロキシプロリン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リシン塩酸、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン2水和物、L-バリン、アスコルビン酸、α-トコフェノールリン酸、d-ビオチン、カルシフェロール、D-カルシウムパントテン酸、塩化コリン、葉酸、i-イノシトール、メナジオン、ニコチン、ナイアシンアミド、アラアミノ安息香酸、ピリドキサール塩酸、ピロドキシン塩酸、リボフラビン、チアミン塩酸及びビタミンA)、修正medium199培地であるCR1aa培地(組成:塩化ナトリウム、塩化カリウム、ピルビン酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、乳酸ヘミカルシウム、フェノールレッド、MEM必須アミノ酸溶液、MEM非必須アミノ酸溶液、L-グルタミン酸及び牛血清アルブミン)及びHP-M199培地(組成:塩化カルシウム、三硝酸鉄9水和物、塩化カリウム、硫化マグネシウム、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム2水和物、リン酸水素2ナトリウム7水和物、アデニン硫酸塩、アデノシン-5-三リン酸、アデノシン-5-リン酸、コレステロール、2-デオキシ-D-リボース、D-グルコース、グルタチオン、グアニン塩酸、ヒポキサンチンナトリウム、フェノールレッド、リボース、酢酸ナトリウム3水和物、チミン、ツイーン80、ウラシル、キサンチンナトリウム、L-アラニン、L-アラニン塩酸、L-アスパラギン酸、L-システイン塩酸2水和物、L-シスチン、L-グルタミック酸、グリシン、L-ヒスチジン塩酸1水和物、L-ヒドロキシプロリン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リシン塩酸、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-プロリン、L-セリン、L-スレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン2水和物、L-バリン、アスコルビン酸、d-ビオチン、カルシフェロール、D-カルシウムパントテン酸、塩化コリン、葉酸、i-イノシトール、メナジオン、ニコチン酸、ナイアシンアミド、アラアミノ安息香酸、ピリドキサール塩酸、ピロドキシン塩酸、リボフラビン、チアミン塩酸、ビタミンA及びDL-α-トコフェノール)等の市販の培地が挙げられる。
【0033】
本発明に係る牛胚保存液には、必要に応じて抗酸化剤、安定化剤等の添加剤を適宜添加してもよい。そのような成分としては、リン酸塩、クエン酸塩、ピルビン酸塩又は他の有機酸;抗酸化剤(例えば、SOD、ビタミンE又はグルタチオン);pH調整剤(例えば、塩酸、酢酸、水酸化ナトリウム);低分子量ポリペプチド;親水性ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドン);アミノ酸(例えば、グリシン、グルタミン、アスパラギン、アルギニン又はリジン);ビタミン類(例えば、ビタミンA、ビタミンB類、ビタミンC、ビタミンD類、ビオチン、葉酸);単糖類、二糖類及び多糖類の化合物(グルコース、マンノース又はデキストリンを含む);キレート剤(例えば、EDTA);糖アルコール(例えば、マンニトール又はソルビトール);塩形成対イオン(例えば、ナトリウム);非イオン性表面活性化剤(例えば、ポリオキシエチレン・ソルビタンエステル(Tween(商標))、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロック共重合体(プルロニック(pluronic、商標))又はポリエチレングリコール)等が挙げられる。
【0034】
さらに、本発明に係る牛胚保存液に公知の緩衝塩類溶液や培地類を混合して使用することもできる。このような緩衝塩類溶液としては、重炭酸緩衝液、リン酸緩衝液やこれらの修正液等が挙げられる。培地類としては、BME培地、CMRL1066培地、MEM培地、NCSU培地やこれらの修正培地等が挙げられる。
【0035】
また、牛胚の非凍結低温保存に最も好ましい本発明に係る牛胚保存液としては、10〜20mg/mlのNfe11、10〜50%(V/V)のウシ血清及びmedium199培地の組合せを含有するものが挙げられる。
【0036】
以上に説明した本発明に係る牛胚保存液を使用して、牛胚を保存することができる。従って、本発明は、また本発明に係るペプチド、血清及び培地を含有する牛胚保存液(すなわち、本発明に係る牛胚保存液)に牛胚を浸漬し、当該牛胚を非凍結低温下で保存する工程を含む、牛胚の保存方法(以下、「本発明に係る牛胚の保存方法」と称する場合がある)に関する。本発明に係る牛胚の保存方法によれば、1日間(24時間)以上、最長5日間(120時間)まで、例えば3〜5日間(72〜120時間)、牛胚を非凍結低温下で保存することができる。
【0037】
牛胚は、一般的な方法により準備することができる。例えば牛の卵巣より吸引採取した卵胞卵子を体外培養し、牛の精子と共培養(媒精)し、形態的に桑実期から胚盤胞期の胚を牛胚として使用する。ここで、形態的に桑実期から胚盤胞期の胚であることは、例えば、その顕微鏡画像を国際胚移植学会(IETS)マニュアルに掲載されている画像と比較することによって容易に判定することができる。
【0038】
牛胚を本発明に係る牛胚保存液に浸漬するための容器は、精液凍結用ストロー、受精卵移植用ストロー、サンプリングチューブ、クライオチューブ、細胞培養シャーレ、細胞培養プレート、各種バイアル等の牛胚に毒性を示さない容器であればいかなるものでも使用可能である。また、非凍結低温環境の保持には、恒温器、恒温容器、保温容器(方式は気槽式(通常は、空気)でも、液槽式(通常は、水)でもよい)、保温袋、低温室、家庭用冷蔵庫等を使用できる。
【0039】
このような非凍結低温環境下の容器において、牛胚を本発明に係る牛胚保存液に浸漬し、保存する。ここで、非凍結低温とは、牛胚及び本発明に係る保存液が凍結しない低温のことであり、例えば−1〜15℃、好ましくは2〜10℃、さらに好ましくは4〜5℃の温度である。
【0040】
また、牛胚の非凍結低温保存に最も好ましい本発明に係る牛胚の保存方法は、10〜20mg/mlのNfe11、10〜50%(V/V)のウシ血清及びmedium199培地の組合せを含有する本発明に係る牛胚保存液に牛胚を浸漬し、該牛胚を4℃下で保存する工程を含むものである。この際、該牛胚としては、桑実期から胚盤胞期の胚が挙げられる。
【0041】
本発明に係る牛胚保存液の効果は、試験対象となる保存液及び基準液(対照)のそれぞれに牛胚を浸漬した状態でインキュベートし、その後の経過を比較観察することにより評価することができる。例えば、低温(例えば4℃)保存後、再加温し、48時間後に発育が観察された牛胚を生存胚とし、被検牛胚総数に対する生存胚の割合(すなわち、生存率)を保存液と基準液との間で比較する。保存液に浸漬した牛胚の生存率が基準液より有意に高ければ、該保存液に牛胚保護効果があると評価できる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
〔実施例〕
(1)Nfe11及びNfe6の遺伝子組換え体の発現
pET20b(Novagen)にNfe11(アミノ酸配列:配列番号2)及びNfe6(アミノ酸配列:配列番号4)をコードするDNA配列をそれぞれ組み込んだ、プラスミドpET20NFE11、pET20NFE6を構築した。次いで、これらの発現ベクターで大腸菌BL21(DE3)(Novagen)を形質転換した。得られたそれぞれの形質転換体を、100μg/mlのアンピシリンを含む2×YT培地で28℃にて、24時間振盪培養した。
【0043】
24時間の振盪培養後、新たに調製した100μg/mlのアンピシリンを含む2×YT培地に体積比で1/100量の培養液を植継ぎ、28℃で振盪培養を行った。培養液の濁度がO.D.600=0.5の時点で、終濃度0.5mMになるようにIPTG(イソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシド)を培養液に添加して、Nfe11及びNfe6の発現を誘導し、さらに18時間培養した。
【0044】
(2)Nfe11及びNfe6の遺伝子組換え体の精製
Nfe11及びNfe6の遺伝子組換え体は、いずれも次に示す方法で精製した。上記培養液を5000rpm、15分、4℃で遠心分離に供し、菌体を回収した。ここに培養液の1/20量のTEバッファー(10mM Tris-HCl/1mM EDTA pH8.0)とPMSF(フェニルメチルスルホニルフルオリド)を0.1mMになるように加え、菌体を懸濁した。
【0045】
次いで、懸濁液を一度凍結し、融解後、菌体を超音波装置で破砕した。得られた破砕液を11,000rpm、20分、4℃で遠心分離に供し、上清を回収した。この上清にクエン酸一水和物(13.2g/L)と塩化ナトリウム(29.2g/L)を溶解し、4℃で一時間放置した。当該放置後、生じた沈殿物を6,000rpmで4℃にて、30分遠心分離に供し、目的のタンパク質を含んだ上清を回収した。
【0046】
移動相に5mMクエン酸ナトリウム溶液を用いた内径5.0cm及び高さ26cm(容量500ml)のSephadex G-25ゲル濾過カラム(GE Healthcare)に、上記の目的のタンパク質を含有する上清を通すことにより、5mMクエン酸ナトリウム溶液に置換されたタンパク質溶液を得た。続いて、クエン酸溶液でこのタンパク質溶液のpHを2.9に調整し、4℃で一晩静置することで、夾雑タンパク質を酸変性及び沈殿させた。この沈殿物を、6,000rpm、4℃、30分の遠心分離で取り除き、目的のタンパク質を含有する上清を得た。
【0047】
次いで、内径5.0cm及び高さ4.6cm(容量90ml)の陽イオン交換High-Sカラム(Bio-Rad)を50mMクエン酸ナトリウム緩衝液(pH2.9)で平衡化しておき、ここに回収した目的のタンパク質を含有する上清を通した。樹脂に吸着した目的のタンパク質を、50mMクエン酸ナトリウム/330mM NaCl(pH2.9)で溶離し、回収した。更に、これらの精製物の水溶液を10倍量の超純水で5回透析した後、凍結乾燥に供し、試料粉体(凍結乾燥粉末)を得た。
【0048】
(3)保存液の調製
Medium199培地(インビトロジェン)に対して、ウシ胎子血清を0〜50%(V/V)となるように、また上記Nfe11又はNfe6の凍結乾燥粉末を0〜20mg/mlとなるように添加した。これに、抗生物質(ペニシリンGカリウム及び硫酸ストレプトマイシン)をさらに加え、孔径0.2μmのフィルターを通過させることで滅菌処理を行った。
【0049】
(4)牛胚の作出
屠畜場から実験室に持ち帰った牛の卵巣より卵胞卵子を吸引採取し、5%(V/V)ウシ胎子血清を含むmedium199培地中で、20〜22時間、5%CO2及び38℃の条件下で体外培養を行った。
【0050】
一方、凍結融解した牛の精子をIVF-100(商標)(媒精液:機能性ペプチド研究所)中に懸濁し、2000rpm、10分の遠心分離を行うことで洗浄した。
【0051】
次いで、最終精子濃度が200万精子/mlになるように調整し、準備した上記卵子と精子を100μlのスポット中で共培養した。媒精開始から6時間後、卵子に付着した余分な精子を5%(V/V)ウシ胎子血清を含むPBS(+)中で落とし、5%(V/V)ウシ胎子血清を含むCR1aa培地中で5%CO2及び38℃の条件下で7日間培養した。
【0052】
7日間の培養後、国際受精卵移植研究会の指標に従って選抜した形態的に正常な桑実期から胚盤胞期の胚を、下記の非凍結低温保存試験に供した。
【0053】
(5)非凍結低温保存試験
以下に示す方法で低温保存実験を実施した。
初めに、図2に示すように、保存液のみを直径400μm(容量0.25ml)のストロー内に吸引し、続いて、空気の層を挟んで牛胚を含む保存液を吸引した。そして、空気の層を挟んで再び保存液のみを吸引した後、ストローの両端に封をした。
【0054】
次いで、予め4℃に冷却したポリ容器内の水に、牛胚を吸引したストローを浸漬し、ポリ容器ごと恒温器中で120時間(5日間)、4℃で保存した。当該低温保存後、5%(V/V)ウシ胎子血清を含むPBS(+)に牛胚を3回浸漬することで洗浄した。
【0055】
洗浄した牛胚を、5%CO2及び38℃の条件下、5%(V/V)ウシ胎子血清を含むCR1aa培地中で48時間培養した。実体顕微鏡下で形態観察を行い、培養による卵割進行が確認できた場合に、胚が生存していると判断した。生存胚については、透明体からの脱出(孵化)が観察されるか否かを確認した。
【0056】
(6)非凍結低温保存試験の結果
medium199培地にウシ胎子血清を50%(V/V)又はNfe11を20mg/mlになるように添加した保存液を用いて、4℃で120時間(5日間)、牛胚を保存した後の生存率と孵化率を以下の表1に示す。
【0057】
【表1】

【0058】
表1に示すように、50%(V/V)ウシ胎子血清を含むmedium199培地中では、16.7%が生存し、4.2%の胚で孵化が確認された。一方、20mg/mlのNfe11を含むmedium199培地では、5%の生存が確認されたが孵化は確認されなかった。
【0059】
次に、ウシ胎子血清濃度を50%(V/V)に固定し、Nfe11を0、0.1、1、10、20mg/ml濃度で添加したmedium199培地を調製した。これらの培地に牛胚を浸漬し、4℃で120時間(5日間)保存した。保存後の生存率と孵化率を以下の表2に示す。
【0060】
【表2】

【0061】
表2に示すように、胚の生存率はNfe11の濃度に依存して向上し、10mg/mlの濃度でNfe11を添加した場合は57.7%、20mg/mlの添加では65.0%となった。また、孵化率も20mg/mlのNfe11添加で40.0%まで向上することが示された。これらの結果から、medium199培地にウシ胎子血清を添加することで、Nfe11が牛胚に対する優れた保護効果を発揮すると結論付けられた。
【0062】
続いて、Nfe11の濃度を20mg/mlに固定し、ウシ胎子血清を0、5、20、50%(V/V)濃度で添加したmedium199培地を調製して、4℃、120時間(5日間)の牛胚保存を行った。保存後の生存率と孵化率を以下の表3に示す。
【0063】
【表3】

【0064】
表3に示すように、ウシ胎子血清の非存在下では保護効果がほとんど確認されなかったが、5%(V/V)のウシ胎子血清の添加で、生存率50%及び孵化率20%が確認された。ウシ胎子血清の濃度を20%(V/V)以上にすると牛胚保護効果がさらに向上し、生存率70%及び孵化率50%となった。これらの結果から、Nfe11は20%(V/V)以上のウシ胎子血清存在下で、最大限の牛胚保護効果を示すことが明らかになった。
【0065】
また、Nfe11の牛胚保護効果における胚品質の影響を検証した。ウシ胎子血清濃度を50%(V/V)に固定し、Nfe11を0、10、20mg/ml濃度で添加したmedium199培地を調製して、牛体内受精由来胚盤胞を4℃、120時間(5日間)で低温保存した。牛胚の品質は、国際受精卵移植研究会の指標に基づいて判定した。保存後の生存率と孵化率を以下の表4に示す。
【0066】
【表4】

【0067】
表4に示すように、Nfe11を20mg/mlの濃度で添加することで高品質胚のみならず、低品質胚の生存率と孵化率も向上した。
【0068】
さらに、Nfe11が72及び120時間低温保存した牛胚の受胎率に及ぼす影響について、牛体内受精由来胚盤胞を用いて調査した。受胎結果を表5に示す。
【0069】
【表5】

【0070】
表5に示すように、Nfe11を添加した場合の受胎率は添加していない場合に比べて明らかに高い値を示した。72時間及び120時間の低温保存後の受胎率を合計すると、Nfe11を添加した場合は無添加群と比べ20%以上高い値となった。このことから、Nfe11の添加は、胚発育に重大な影響は及ぼさないことが示された。
【0071】
〔比較例〕
Nfe11と同様に細胞保護効果が確認されている熱ヒステリシス類似タンパク質Nfe6についても牛胚保護効果を検証した。20%(V/V)ウシ胎子血清を含むmedium199培地にNfe6を0、10、20mg/mlの濃度で溶解した保存液を調製した。これらの保存液に牛胚を浸漬し、4℃で120時間(5日間)保存した後の生存率と孵化率を調べた。結果を下記の表6に示す。
【0072】
【表6】

【0073】
表6に示すように、牛胚保護効果に対するNfe6濃度依存性は確認されず、一定して20%程度の生存率が得られた。また、孵化率はNfe6の存在下で低い値を示すことから、Nfe6が孵化を阻害していることが示唆された。この結果から、Nfe11は牛胚保護効果に関して高い特異性を有すると結論付けられた。
【0074】
〔参考例〕
Nfe11の「細胞に着せる服」効果を説明する。
図3は、ヒト肝癌由来細胞HepG2の細胞表面にまとわりついたNfe11の様子を示す共焦点レーザー顕微鏡画像である。具体的には、図3は、蛍光物質Alexa488で蛍光ラベルしたNfe11を含む細胞保存液中に浸した1個のヒト肝癌細胞HepG2の共焦点レーザー顕微鏡画像である。図3において、(A)のパネルが、蛍光ラベル化Nfe11がHepG2の細胞膜の表面にまとわりついている様子を撮影した時の画像(スライスデータ)であり、(B)のパネルがスライスデータを細胞の位置を少しずつ変えて複数枚撮影し、それらをコンピュータ上で重ね合わせた合成画像である。
【0075】
図3より、蛍光物質でラベルしたNfe11が、細胞表面のどの部分にも一様に吸着している様子が分かる。ここで、本発明者等の文献(Hirano, Y., Nishimiya, Y., Kowata, K., Mizutani, F., Tsuda, S., and Komatsu, Y., Construction of Time-Lapse Scanning Elecrochemical Microscopy with Temperature Control and Its Application To Evaluate the Preservation Effects of Antifreeze Proteins on Living Cells, Anal. Chem., 2008年, Vol. 80, No. 23, pp. 9349-9354)は、保存液に浸った状態の細胞が、時間経過とともに体積が膨張し、やがて破裂することによって死を迎えることを示す。さらに、当該文献においては、細胞表面に吸着したNfe11はこの細胞の体積膨張を抑制し、その結果、細胞が破裂死を迎える時期を遅延させると考えられている。細胞に対して、このように独自の働きかけをする物質は、従来の細胞保存液には含まれていなかった。すなわち、従来の細胞保存液の成分は、細胞を浸漬させた保存液の中の浸透圧、ミネラル、pH等をより生体内に近づけるための物質であり、さらに細胞の栄養になるような糖類等が入っているだけであった。一方、Nfe11は、それらとは全く異なるメカニズムで細胞の生命力を強化するといえる。すなわち、Nfe11は、細胞膜に対して非特異的に吸着するという効果を有する。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明に係る牛胚保存液によれば、これまで不可能とされていた、牛胚の72〜120時間(3〜5日間)の低温(4℃)保存を実現できるため、供卵牛と受卵牛の発情期の不一致や低品質のために、これまで廃棄されていたおよそ20%の牛胚の有効利用に対して大いに寄与するものである。また、本発明に係る牛胚保存液を使用して非凍結低温下で保存した胚は、凍結胚に認められる凍結及び融解時の物理的な損傷を受けることが無いため、受胎率の向上が期待できる。このように、本発明は優良子牛生産上極めて有用なものである。
【0077】
また、従来において、商品用の牛受精卵(例えば、黒毛和牛の7日齢胚(桑実胚))は、ストローと呼ばれる直径2mm、長さ15cm程度の筒の中に1個だけ保存液に浸った状態になっている。当該ストローが液体窒素に浸った状態のものが商品となる。液体窒素に浸っていることにより、受精卵入りのストローは、飛行機に乗せて運ぶことができない(機内への液体窒素の持ち込みが航空法で禁止されている)。従って、従来においては、ウシ受精卵は全て貨物列車又はトラックでの陸送により、需要者(畜産団体や畜産農家)に運ばれる。このことにより、牛受精卵の価格上昇に繋がるという問題が生じていた。
【0078】
一方、低温(+4℃)下で受精卵の発生を停止した状態で生かし続けることができる本発明に係る牛胚保存液を用いれば、上述のストローを、例えば電池で動く小型クーラーボックス等に入れた状態で飛行機に積み込み(空輸)、全国各地により早く輸送することが可能となり、また輸送コストを削減することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)又は(b)のペプチド、血清及び培地を含有する牛胚保存液。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ細胞延命活性を有するペプチド
【請求項2】
前記ペプチドの濃度が10〜20mg/mlである、請求項1記載の牛胚保存液。
【請求項3】
前記血清がウシ血清である、請求項1又は2記載の牛胚保存液。
【請求項4】
前記血清の濃度が5〜50%(V/V)である、請求項1〜3のいずれか1項記載の牛胚保存液。
【請求項5】
10〜20mg/mlの配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド、10〜50%(V/V)のウシ血清及びmedium199培地を含有する牛胚保存液。
【請求項6】
以下の(a)又は(b)のペプチド、血清及び培地を含有する牛胚保存液に牛胚を浸漬し、該牛胚を非凍結低温下で保存する工程を含む、牛胚の保存方法。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列において、1又は数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は付加されたアミノ酸配列から成り、且つ細胞延命活性を有するペプチド
【請求項7】
前記ペプチドの濃度が10〜20mg/mlである、請求項6記載の方法。
【請求項8】
前記血清がウシ血清である、請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
前記血清の濃度が5〜50%(V/V)である、請求項6〜8のいずれか1項記載の方法。
【請求項10】
非凍結低温が−1℃〜15℃の温度である、請求項6〜9のいずれか1項記載の方法。
【請求項11】
10〜20mg/mlの配列番号2に示されるアミノ酸配列から成るペプチド、10〜50%(V/V)のウシ血清及びmedium199培地を含有する牛胚保存液に牛胚を浸漬し、該牛胚を4℃下で保存する工程を含み、該牛胚が桑実期から胚盤胞期の胚である、牛胚の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−176940(P2012−176940A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−19052(P2012−19052)
【出願日】平成24年1月31日(2012.1.31)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(000201641)全国農業協同組合連合会 (69)
【Fターム(参考)】