説明

細胞形態定量値を用いる酵母の生理状態の評価方法

【課題】酵母の生理状態を、簡便かつ正確に評価することができる方法を提供することにある。
【解決手段】本発明による酵母の生理状態の評価方法は、目的とする酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を蛍光染色した染色画像を画像解析して、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求め、該解析値を、既知の生理状態の酵母細胞について予め取得しておいた細胞形態定量値からなるデータベースと比較することによって、目的の酵母の生理状態を判定することを含んでなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞形態定量値を用いる酵母の生理状態の評価方法に関する。詳しくは、本発明は、目的とする酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格の蛍光染色画像を画像解析して、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求め、その値を予め用意したデータベースと比較することによって、目的とする酵母の生理状態を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母を用いて発酵を行うことにより、ビール、焼酎等の様々な酒類を製造することができる。酒類の品質保持のためには、このような発酵に使用する酵母の生理状態を発酵前に判定して、その後の発酵への影響を予測することが期待される。すなわち、酵母を用いた発酵、醸造や物質生産等において、生産にこれから用いようとする酵母細胞の生理状態を予め把握しておくことは、発酵の成否を予見し、高品質で安定した製品を得る観点から、重要であるといえる。
【0003】
酵母の生理状態を評価するための方法としては、細胞内pH・プロトンポンプに着目した酵母活性測定法(Intracellular pH法(ICP法))(特許文献1:特開平5−76393号公報)や、メチレンブルー法による死滅判別技術等の評価方法(非特許文献1: E.B.C. Analytica Microbiologica., J. Inst. Brew., 83, 109 (1977))が知られている。しかしながら、このような細胞内pHに基づく方法やメチレンブルー法では、酵母状態を多面的に判明できるものではなく、酵母の生理状態を発酵前に判定するという上記の目的の観点からは、さらなる改善が期待される。
【0004】
また、特開2009−153395号公報には、pH感受性蛍光色素前駆体と、細胞膜非透過性のDNA染色色素とを用いて細胞を染色して、蛍光強度をフローサイトメーターを用いて測定することによって、微生物細胞の細胞内pH値に基づく細胞活性(バイタリティ)と、細胞の生死(バイアビリティ)判定とを同時に得ることを含んでなる、微生物細胞の生理状態評価方法が開示されている。
【0005】
一方、文献(非特許文献2:Proc Natl Acad Sci U S A.; 102:19015-20 (2005))では、細胞形態の表現型と遺伝子の機能との相関が調査されている。ここには、酵母の細胞壁、核およびアクチン細胞骨格を特異的に検出できる蛍光試薬を用いて細胞染色し、取得した蛍光顕微鏡像を画像解析することによって、細胞形態を定量的に表現できたことが開示されている。ここに開示されたシステムでは、細胞の大きさ、細胞と芽の大きさの比、核の位置、小さい芽を持つ細胞の割合など、様々な観点の501の定量的な形態パラメータによって酵母の細胞形態を表現できたとされている。さらにここには、細胞形態と遺伝子の機能との間には密接な関係があり、この知見を基に形態表現型から遺伝子の機能予測が可能であることが示されている。このように、この論文は、遺伝子と細胞形態との関係を調査した内容に関するものあって、酵母の生理状態と形態との関係については何ら検討も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平5−76393号公報
【特許文献2】特開2009−153395号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】E.B.C. Analytica Microbiologica., J. Inst. Brew., 83, 109 (1977)
【非特許文献2】Proc Natl Acad Sci U S A.; 102:19015-20 (2005)
【発明の概要】
【0008】
本発明者は今般、目的とする酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を蛍光染色した染色画像を画像解析して、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求め、501の定量的な形態パラメータに関して解析値を、既知の酵母に基づくデータベースと比較することで、酵母の発酵中の経時変化、酵母保存中における経時変化、酵母株による違い、酵母の発酵条件による違い等の条件が異なると酵母細胞の形態がどのように変化するかを正確に観察し、さらにそれらを正確に判別することに成功した。さらに、これらのパラメータの定量解析値を用いてクラスター解析することにより、どの条件が他の条件とより類似しているかを判別することが可能であった。これらの解析値のデータベースを利用することで、生理状態が未知の酵母について、実際のその生理状態を正確に把握し、判別することができた。このような酵母の生理状態や発酵条件等の詳細な条件を、形態学的特徴に着目することで正確かつ簡便に判別することができたことは、予想外のことであった。本発明はこれら知見に基づくものである。
【0009】
よって本発明は、酵母の生理状態を、簡便かつ正確に評価することができる方法を提供することを目的とする。
【0010】
本発明による酵母の生理状態の評価方法は、目的とする酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を蛍光染色した染色画像を画像解析して、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求め、該解析値を、既知の生理状態の酵母細胞について予め取得しておいた細胞形態定量値からなるデータベースと比較することによって、目的の酵母の生理状態を判定することを含んでなる。
【0011】
本発明の一つの好ましい態様によれば、本発明による評価方法において、目的とする酵母細胞の蛍光染色を、細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格をそれぞれ特異的に検出可能な蛍光試薬を用いて三重染色することにより行い、蛍光顕微鏡を用いることによって染色画像を得ることを含んでなる。
【0012】
本発明の別の一つの好ましい態様によれば、本発明による評価方法において、画像解析して、形態学的な特徴に基づいて予め設定された501種の形態パラメータ、またはそれらから選択される複数の形態パラメータについてそれぞれ解析値を求めることを含んでなる。
【0013】
本発明のさらに別の一つの好ましい態様によれば、本発明による評価方法において、得られた解析値とデータベースとの比較を、クラスター解析により行って、解析値と類似した細胞形態定量値を有する、既知の生理状態の酵母細胞をデータベースより抽出し、それに基づいて、目的の酵母の生理状態を判別することを含んでなる。
【0014】
本発明の一つのより好ましい態様によれば、本発明による評価方法において、酵母はビール酵母である。
【0015】
本発明の別の一つのより好ましい態様によれば、本発明による評価方法において、生理状態を評価する酵母は、培養中、発酵中または醸造後の保存中のいずれかの酵母である。
【0016】
本発明の別の態様によれば、培養中、発酵中または醸造後の保存中の酵母を、本発明による酵母の生理状態の評価方法に付して、得られた酵母の生理状態の評価に基づいて、目的に適合した良好な状態の酵母を選別することを含んでなる、状態の良い酵母の選別方法が提供される。
【0017】
本発明の方法によれば、培養、発酵または醸造後の保存中の酵母の生理状態を簡便かつ正確に把握することができる。またこれにより、目的に適合した良好な状態の酵母を容易に選別するも可能となる。したがって、これらより、本発明は、発酵の作業工程の改善および品質の均一化等に寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】実施例1の結果を示す図である。具体的には、ビール酵母の発酵中の細胞形態におけるパラメータの経時変化を示す。
【図2】実施例2の結果を示す図である。具体的には、保存温度が異なる酵母の細胞形態定量値の経時変化を示す。
【図3】実施例3の結果を示す図である。具体的には、種類の異なる醸造酵母の細胞形態定量値を示す。
【図4】実施例4の結果を示す図である。具体的には、細胞形態定量解析値を用いたクラスター解析の結果を示す。
【発明の具体的説明】
【0019】
本発明による酵母の生理状態の評価方法は、前記したように、目的とする酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を蛍光染色した染色画像を画像解析して、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求め、該解析値を、既知の生理状態の酵母細胞について予め取得しておいた細胞形態定量値からなるデータベースと比較することによって、目的の酵母の生理状態を判定することを含んでなる。
【0020】
ここで、酵母の生理状態とは、酵母が発酵する際の状態の良し悪しを意味し、酵母の状態が良い場合には、それを使用することによって、高品質で安定した発酵が期待でき、その結果、高品質な酒類を醸出させることができる。また酵母の状態が悪い場合には、それを使用すると質の良い安定した発酵が期待できず、その結果、低品質の酒類ができてしまう。
【0021】
本発明において、酵母としては、分類学上酵母の範疇に入るものであればいずれもであっても良く、例えば、ビール酵母(例えば、下面発酵酵母、上面発酵酵母)、清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ウイスキー酵母、パン酵母等であって、微生物学的にはサッカロマイセス(Saccharomyces)属に属するもの、好ましくはサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属するものが挙げられる。また酵母には、例えば醸造業者が使用目的に応じて育種したものも包含され、そのような「変異種」(変異株)も本発明における酵母に包含される。本発明の好ましい態様によれば、前記したように、酵母はビール酵母である。
【0022】
本発明において、生理状態を評価する「目的とする酵母」は、好ましくは、培養中、発酵中または醸造後の保存中のいずれかの酵母である。
【0023】
本発明においては、まず、目的とする酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を蛍光染色した染色画像を得る。ここで細胞の外郭とは、細胞壁を主として意味し、この場合、蛍光染色する際には細胞壁に含まれるマンノプロテインを通常マーカーとして使用する。蛍光染色は、この細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格が、染色されて区別して観察可能とすることができれば、いずれの蛍光試薬や手法を適用してもよい。本発明の好ましい態様によれば、目的とする酵母細胞の蛍光染色は、前記したように、細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格をそれぞれ特異的に検出可能な蛍光試薬を用いて三重染色することにより行う。三重染色することで、形態学的な定量解析を効率的に行うことができる。本発明においては、細胞は蛍光染色された後、蛍光顕微鏡を用いて撮影して、染色画像を得る。
【0024】
ここで、細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を特異的に検出可能な蛍光試薬としては、外郭、核、およびアクチン細胞骨格にそれぞれ特異的であって、互いの蛍光波長が重複しないものであればいずれであっても使用可能であり、例えば、それぞれ、フルオレセインイソシアナート−コンカナバリンA(fluorescein isothiocyanate-Con A)、4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI、4',6-diamidino-2-phenylindole)、および、ローダミンファロイジン(rhodamine phalloidin)が挙げられる。
【0025】
次に本発明の評価方法においては、得られた染色画像(または染色画像データ)を画像解析して、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求める。ここで、形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータとは、細胞の大きさ、細胞と芽の大きさの比、核の位置、小さい芽を持つ細胞の割合などを評価できるように、酵母細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格に着目して、形態学的な見地から予め設定された形態パラメータ(項目)のことであり、画像解析によって観察された形態に応じて、各パラメータ毎に定量的に解析され、数値(細胞形態定量解析値)として結果が得られる。
【0026】
典型的には,形態パラメータとしては、酵母の遺伝子機能と形態学的表現形質との相関に関する公的データベースである、SCMD(Saccharomyces cerevisiae Morphological Databaseのウェブサイト(http//scmd.gi.k.u-tokyo.ac.jp/)において特定されている501種の形態パラメータが挙げられる。この501の形態パラメータのパラメータ名、パラメータの内容、分類等は、表1に示したとおりであり、また、前記SCMDのウェブサイト、および前述の文献(非特許文献2:Proc Natl Acad Sci U S A.; 102:19015-20 (2005))の補足情報(PNASのウェブサイト上の該文献に対応するページ参照)にも記載されている。各形態パラメータの数値の設定については、個々のパラメータの内容(表1)に従って適宜設定してもよいが、例えば、前記SCMDのウェブサイトに記載されている情報をもとに設定することができる。
【0027】
前記解析値は、501の形態パラメータの全てについて求めても良いが、評価に関連性が低いと思われるパラメータが明らかであれば、501の形態パラメータから選択される複数の特定のパラメータ、例えば、少なくとも60のパラメータに絞り、これらについて解析値を求めるとしてもよい。
【0028】
よって、前記したように、本発明の別の一つの好ましい態様によれば、本発明による評価方法において、画像解析して、形態学的な特徴に基づいて予め設定された501種の形態パラメータ、またはそれらから選択される複数の形態パラメータについてそれぞれ解析値を求めることを含んでなる。
【0029】
本発明において、画像解析は、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求めることができれば、手法については特に制限はないが、通常は、得られた画像データを、コンピュータ上で画像解析ソフトウエアを使用して解析する。画像解析ソフトウエアの具体例としては、CalMorph ver. 1.2(SCMD(Saccharomyces cerevisiae Morphological Database)のウェブサイト、http//scmd.gi.k.u-tokyo.ac.jp/より入手可能)が使用可能である。ソフトウエアの設定条件や使用法についてはマニュアルを適宜参照することができる。
【0030】
なお、本発明を実施するに際しては、細胞染色、細胞形態定量解析等の手法について、適宜、前述の文献(非特許文献2:Proc Natl Acad Sci U S A.; 102:19015-20 (2005))、およびSCMDのウェブサイトの関連情報を参照することができる。
【0031】
【表1】









【0032】
次に本発明の評価方法においては、得られた解析値を、既知の生理状態の酵母細胞について予め取得しておいた細胞形態定量値からなるデータベースと比較することによって、目的の酵母の生理状態を判定する。このとき必要により、特定の場合を選定してこれをコントロールとし、このコントロールに対する測定された解析値との間で比をとって、これをさらに必要によりLog2変換したものを利用して判定を行っても良い。
すなわち、予め、既知の生理状態の酵母細胞について細胞形態定量値を取得しておき、データベースを作成しておく。データベースに加えられる細胞形態定量値のデータは、それが対応する既知の生理状態の酵母細胞と関連づけておくことが必要である。すなわち、解析値とデータベース上の値を比較し、目的とする酵母の解析値と、データベース上のある酵母の細胞形態定量値が類似する場合には、この目的とする酵母は、このデータベース上の酵母と同等の生理状態にあると判定することができる。予め取得しておく既知の生理状態の酵母細胞の種類は、多いほど、評価の精度を高めることができる。
【0033】
予め取得しておく既知の生理状態の酵母としては、評価を使用とする内容に応じて適宜設定することができるが、例えば、酵母の発酵中の経時変化に従い各時点での酵母についての細胞形態定量値を得ても良く、酵母の保存中における経時変化に従い各時点での酵母についての細胞形態定量値を得ても良く、また酵母の種類、例えば、下面発酵酵母、上面発酵酵母、清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、ウイスキー酵母などについて細胞形態定量値を得ても良く、また実験室酵母の全遺伝子破壊株のデータを組み合わせても良い。
【0034】
本発明のさらに別の一つの好ましい態様によれば、前記したように、本発明による評価方法において、得られた解析値とデータベースとの比較を、クラスター解析により行って、解析値と類似した細胞形態定量値を有する、既知の生理状態の酵母細胞をデータベースより抽出し、それに基づいて、目的の酵母の生理状態を判別することを含んでなる。
【0035】
ここでクラスター解析は、スタンフォード大学で開発されたClusterとTreeViewというコンピュータのソフトウエアを用いて行うことができる。なお、ソフトウエアの設定条件や使用法についてはマニュアルを適宜参照することができる(Proc Acad Sci U S A.;95:14863-14868(1998))。具体的には、Clusterを用いて、データのパターンの違いから条件をグループ分けすることができる。これらの解析結果は、TreeViewを用いて、テスト/コントロールの比から変換したlog2値を視覚的に表現できる。すなわち、増大した場合を赤色、減少した場合を緑色、変化が見られない場合を黒色で表現し、それらの明るさに応じて強さを表示することができる。その結果、表示パターンが似ている場合、より類似していると容易に判断することができる。
【0036】
さらに、本発明の別の態様によれば、培養中、発酵中または醸造後の保存中の酵母を、本発明による酵母の生理状態の評価方法に付して、得られた酵母の生理状態の評価に基づいて、目的に適合した良好な状態の酵母を選別することを含んでなる、状態の良い酵母の選別方法が提供される。これにより、目的に適合した良好な状態の酵母を容易に選別するも可能となる。
【実施例】
【0037】
本発明を以下の例によって詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0038】
実施例1: 発酵中の酵母の細胞形態の経時変化
発酵中の酵母細胞形態の経時変化を定量的に解析するために、下記の実験を行った。
下面発酵酵母KBY011を用いて、200ml YPD10培地(1%酵母エキス、2%ペプトン、および10%グルコース)にて、20℃の温度条件下、嫌気攪拌培養を行った。
培養開始から24時間毎に酵母サンプルを採取し、得られた各サンプルについて、細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格のそれぞれに特異的な蛍光試薬(フルオレセインイソシアナート−コンカナバリンA(fluorescein isothiocyanate-Con A)、4’,6−ジアミジノ−2−フェニルインドール(DAPI、4',6-diamidino-2-phenylindole)、ローダミンファロイジン(rhodamine phalloidin))を用いて三重染色を行って、細胞の染色画像を、蛍光顕微鏡を用いて撮影した。
【0039】
得られた画像をデジタル化して、コンピュータ上にてソフトウエア“CalMorph” (SCMD(Saccharomyces cerevisiae Morphological Database)のウェブサイト、http//scmd.gi.k.u-tokyo.ac.jp/より入手可能)を用いて処理し、細胞周期の位置、細胞の形(例えば、細胞の大きさ、細長さ、芽の位置など)などについて個々の細胞に対してデータを抽出して、様々な観点の501の定量的な形態パラメータに関してそれぞれ、細胞形態定量解析値を取得した(CalMoprh解析)。
なお、形態パラメータの内容は、前述の文献(Proc Natl Acad Sci U S A. ;102:19015-20 (2005))に記載された501の形態パラメータに従った。
【0040】
前記の嫌気撹拌培養に使用した酵母の添加前の酵母サンプルを採取し、これをコントロールとして用い、形態パラメータの値を得た。得られたコントロールの値に対して、培養24、48、72、および96時間後のそれぞれの時間での形態パラメータの値の比をとり、それらのLog2変換値を求めた。
結果は表2に示される通りであった。
【0041】
得られた値が、コントロールの値よりも高い値の場合を赤色、低い値の場合を緑色で表現し、その大きさに応じて明るさを変えて表示した(図1)。図中、「TC24h」、「TC48h」、「TC72h」および「TC96h」は、それぞれ培養開始から24、48、72、および96時間後の場合を意味する。それぞれの値は、N=3以上の平均値を用いた。
【0042】
培養開始から24時間後までの間に解析値が1.5倍以上に変化した形態パラメータが501パラメータ中、63パラメータあった。このことから、培養開始から24時間後までの間に細胞形態定量解析値が大きく変化していることが明らかとなった。なお、図1および表2ではこの63パラメータについて示している。
【0043】
結果から、形態パラメータとしての変化が大きかったものの、パラメータの種類とその増減辛み手、24時間に細胞が芽を出して増殖が活発であったことが伺えた。
【0044】
【表2】


【0045】
実施例2: 保存における酵母の細胞形態定量値の変化
保存中の酵母の細胞形態の経時変化を定量的に解析するために、下面発酵酵母KBY011を用いて、保存温度0℃および9℃の条件にて10日間の保存試験を行った。
具体的には、発酵終了後の酵母を水洗いして、0℃または9℃の温度条件下にて、保存3日後および10日後に、それぞれ酵母サンプルを採取した。これらサンプルについて、実施例1と同様にして、酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を、蛍光試薬を用いて三重染色した後、CalMoprh解析を行ない、細胞形態定量解析値を得た。
【0046】
なお、保存試験の結果、9℃にて10日間の保存した酵母について、細胞内pHが約0.26減少したことが確認された。
【0047】
保存温度0℃にて保存3日目の酵母サンプル(ST1)における形態パラメータの値をコントロールとして用い、保存温度0℃にて保存10日目のサンプル(ST2)、保存温度9℃にて保存3日目のサンプル(ST3)、および保存温度9℃にて保存10日目のサンプル(ST4)のそれぞれにおける定量的な形態パラメータ値の、コントロールの値に対する比をとり、それらのLog2変換値を求めた。 結果は表3に示される通りであった。
【0048】
得られた値が、コントロールの値よりも高い値の場合を赤色、低い値の場合を緑色で表現し、その大きさに応じて明るさを変えて表示した(図2)。それぞれの値は、N=3以上の平均値を用いた。
【0049】
コントロール(0℃にて保存3日目の酵母サンプル)の解析値に対して、1.5倍以上に変化した形態パラメータが501パラメータ中、96パラメータあった。保存中においても酵母細胞形態が変化していることが確認された。なお、図2および表3ではこの96パラメータについて示している。
また結果をさらに詳しく検討すると、形態パラメータとして変化の大きかったもののパラメータ種類とその増減からみて、保存劣化が進むにつれて、娘細胞が大きい細胞の割合が増加していた。このことから、保存中にも酵母細胞が増殖し、芽が出た細胞が大きくなっていることが観察された。
【0050】
【表3】


【0051】
実施例3: 種類の異なる醸造酵母の細胞形態定量値
下面発酵酵母KBY011(YeastA)以外の醸造酵母として、上面発酵酵母(YeastB)、清酒酵母(YeastC)、焼酎酵母(YeastD)、ワイン酵母(YeastE)、およびウイスキー酵母(YeastF)を用いて、200ml YPD10培地にて、20℃の温度条件下、嫌気攪拌培養を行った。
培養開始から24時間に酵母サンプルをそれぞれ採取し、得られた各サンプルについて、実施例1と同様にして、酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を蛍光試薬を用いて三重染色した後、CalMoprh解析を行ない、細胞形態定量解析値を得た。
【0052】
下面発酵酵母KBY011を用いてYPD10培地で、20℃、嫌気攪拌培養した添加前の酵母サンプル(YeastA)の形態パラメータの値をコントロールとして用い、上面発酵酵母(YeastB)、清酒酵母(YeastC)、焼酎酵母(YeastD)、ワイン酵母(YeastE)、およびウイスキー酵母(YeastF)のそれぞれにおける定量的な形態パラメータ値の、コントロールの値に対する比をとり、それらのLog2変換値を求めた。
結果は表4に示される通りであった。
【0053】
得られた値が、コントロールの値よりも高い値の場合を赤色、低い値の場合を緑色で表現し、その大きさに応じて明るさを変えて表示した(図3)。それぞれの値は、N=3以上の平均値を用いた。
【0054】
コントロールの解析値に対して、1.5倍以上に変化した形態パラメータが501パラメータ中、133パラメータあった。図3および表4ではこの133パラメータについて示している。結果から、上面発酵酵母、清酒酵母、焼酎酵母、ワイン酵母、およびウイスキー酵母に対して、下面発酵酵母は大きく、他の醸造酵母と細胞形態定量値が異なることが示された。
【0055】
【表4】



【0056】
実施例4: 酵母の細胞形態定量値データベースの検討
下面発酵酵母の発酵中の経時変化、保存中の経時変化、および下面発酵酵母以外の醸造酵母株等の様々な条件下の酵母サンプルを用意した。具体的には、実施例1〜3で使用したサンプルに加えて、発酵温度、通気条件、酵母添加率等ついて異なる発酵条件にて、実際の生産規模レベルで発酵させ、発酵の終了した後のサンプル(Condition A〜D)も用意した。
【0057】
各サンプルについて、実施例1と同様にして、酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を、蛍光試薬を用いて三重染色した後、CalMoprh解析を行ない、細胞形態定量解析値を得た。
【0058】
その結果、501の定量的な形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を比較することによって、発酵条件が異なると酵母細胞形態がどのように変化するかについて、相関が見られ、それらの関係を把握することができた。
【0059】
下面発酵酵母KBY011を用いてYPD10培地で、20℃、嫌気攪拌培養した添加前の酵母サンプルの形態パラメータの値をコントロールとして用い、実施例1〜3で使用したサンプル)のそれぞれにおける定量的な形態パラメータ値の、コントロールの値に対する比をとり、それらのLog2変換値を求めた。結果は表5に示される通りであった。
【0060】
得られた値が、コントロールの値よりも高い値の場合を赤色、低い値の場合を緑色で表現し、その大きさに応じて明るさを変えて表示した(図4)。それぞれの値は、N=3以上の平均値を用いた。
【0061】
図から明らかなように、解析結果(データベース)を利用することによって、どの条件が他の条件とより類似しているかについて、容易に判別することが可能であることがわかった。したがって、上記のようにして、これらの解析値のデータベースを予め作成しておくことによって、生理状態が未知の酵母について、その生理状態を簡便に調べることが可能であることがわかった。
【0062】
【表5】






【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的とする酵母の細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格を蛍光染色した染色画像を画像解析して、酵母細胞の形態学的な特徴に基づいて予め設定された形態パラメータについて、細胞形態定量解析値を求め、該解析値を、既知の生理状態の酵母細胞について予め取得しておいた細胞形態定量値からなるデータベースと比較することによって、目的の酵母の生理状態を判定することを含んでなる、酵母の生理状態の評価方法。
【請求項2】
目的とする酵母細胞の蛍光染色を、細胞の外郭、核、およびアクチン細胞骨格をそれぞれ特異的に検出可能な蛍光試薬を用いて三重染色することにより行い、蛍光顕微鏡を用いることによって染色画像を得ることを含んでなる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
画像解析して、形態学的な特徴に基づいて予め設定された501種の形態パラメータ、またはそれらから選択される複数の形態パラメータについてそれぞれ解析値を求めることを含んでなる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
得られた解析値とデータベースとの比較を、クラスター解析により行って、解析値と類似した細胞形態定量値を有する、既知の生理状態の酵母細胞をデータベースより抽出し、それに基づいて、目的の酵母の生理状態を判別することを含んでなる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
酵母がビール酵母である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
生理状態を評価する酵母が、培養中、発酵中または醸造後の保存中のいずれかの酵母である、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
培養中、発酵中または醸造後の保存中の酵母を、請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法に付して、得られた酵母の生理状態の評価に基づいて、目的に適合した良好な状態の酵母を選別することを含んでなる、状態の良い酵母の選別方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−30494(P2011−30494A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−179730(P2009−179730)
【出願日】平成21年7月31日(2009.7.31)
【出願人】(307027577)麒麟麦酒株式会社 (350)
【Fターム(参考)】