説明

細胞接着領域のマイクロパターンを有する細胞固定化基板の製造方法

【課題】細胞接着領域のマイクロパターンを有する細胞固定化基板を効率よく製造する方法を提供すること。
【解決手段】基板表面の所望の位置に細胞が配置された細胞固定化基板の製造方法であって、以下の工程(a)〜(c)を含む製造方法;
(a)表面に細胞非接着性のポリエチレングリコール層を有する基板を提供する工程、
(b)前記ポリエチレングリコール層上に細胞外マトリクス溶液を配置することで基板表面に細胞接着領域のパターンを形成する工程、
(c)前記細胞接着領域に細胞を配置する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固相基板上に、ポリエチレングリコール(PEG)をコーティングすることで親水性の細胞非接着固相基板を作製し、さらにそのPEG 上面に細胞外マトリクス(ECM)をプリントすることで、細胞接着領域のマイクロパターンを作製する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞接着領域・非接着領域のマイクロパターン上で細胞を培養する技術は、現在世界中で研究が進められており、様々な形状の細胞接着領域のパターンを作ることで、細胞の増殖・細胞死・極性制御・分化制御などが可能となっている(非特許文献1〜4)。さらに、細胞接着領域パターンをアレイ状に多数配置することで「細胞マイクロアレイ」を作製することも可能となる(非特許文献5)。
【0003】
従来、細胞を利用した大規模な薬剤や遺伝子のスクリーニング(ハイスループットスクリーニング:HTS)においては、細胞や薬剤の移動を仕切る必要があるため、96 well プレートや384 well プレートなどを用いて評価が行われてきた。
しかし、「細胞マイクロアレイ」の作製により、接着細胞を微細な接着エリア内に隔離し、他の接着エリアに移動できなくすることができるようになったため、細胞の接着面から薬剤(化合物、siRNA など)を導入する技術(非特許文献6,7および特許文献1、2)を組み合わせた「細胞マイクロアレイ」の作製により、DNA チップ等と同じように多検体を高密度化して大規模な解析をおこなうことが容易になった。これにより細胞培養に必要な細胞、培地、試薬が従来に比べて少量ですむため、1実験当たりのコストは細胞培養用の96 wellプレートを前提とした実験に比べて、大きく減少する。さらに、実験単位当たりに必要な細胞の数を大幅に削減でき、貴重な細胞種(初代培養細胞や幹細胞など)であっても様々な実験条件を評価することが可能となる。
【0004】
上記したように「細胞の接着領域のマイクロパターン」には、細胞評価・薬剤評価・遺伝子評価などに多くのメリットをもたらす可能性がある。しかし、従来の細胞の接着領域・非接着領域のマイクロパターン作製法は非常に煩雑だったり、パターン作製自体が難しかったりといったケースが存在した。
【0005】
例えば、ガラス基板表面にシランカップリングによって3-(TriMethoxySilyl)PropylMethAcrylate TMSPMA)を修飾し、Poly Ethylene Glycol DiAcrylate (PEGDA) と光重合開始剤を混合し、フォトマスクを介してUV を照射することでPEGで細胞非接着領域のパターンを作製し、PEG非修飾領域に細胞を接着させて細胞のパターンを作製する方法が報告されている(ここでは、フォトマスク加工法と名付ける)(非特許文献8)。
【0006】
また、凹凸パターンを持つ金型を用いてPoly DiMethyl Siloxane (PDMS)スタンプを作製し、これを用いて金蒸着させたガラス基板などにHexadecanethiol などの疎水性(細胞接着)領域をスタンプした後、それ以外の領域にTri-(ethylene glycol)-terminated alkanethiol などの親水性(細胞非接着)領域を作製してパターン形成する手法もある(ここでは、スタンプ加工法と名付ける)(非特許文献9、10)。
しかし、これらの方法は手順が非常に複雑である上、コストもかかる。
【0007】
特許文献3には、(a)基板表面に細胞非接着性を保持したアルブミンフィルム層を設け、基板表面を細胞非接着性にする工程、(b)工程(a)で基板表面に設けられたアルブミンフィルム層を細胞接着性へと変換し得る変換用溶液を、インクジェット印刷技術を用いて噴射することで基板表面に細胞接着領域のパターンを形成する工程、および(c)前記細胞接着領域に細胞を配置する工程を含むマイクロパターン形成方法が開示されている。
また、特許文献4には、固相上で細胞に核酸を導入するための方法であって、A)ECMなどの細胞接着分子と遺伝子導入試薬を含む組成物を核酸とともに細胞に提供する工程;
ならびにB)核酸が導入される条件に該細胞をさらす工程を包含する方法が開示されている。
しかしながら、これらの方法は操作の簡便性やマイクロパターン形成の効率などの点で改善の余地があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2005/001090号パンフレット
【特許文献2】特開2008-295351号公報
【特許文献3】特開2009-131240号公報
【特許文献4】特開2007-267602号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Chen, C. S. et al., Science, 1997, 276,1425-1428
【非特許文献2】Chen, C. S. et al., Biothecnol. Prog., 1998, 14, 356-363
【非特許文献3】Jiang, X, et al., Proc. Natl. Acad.Sci. USA, 2005. 102, 11594-11599
【非特許文献4】Dike, L. E., et al., Cell Dev, Biol. Anim, 1999, 35, 441-448
【非特許文献5】Roth EA, Xu T, Das M, et al., Biomaterials, 25, 17, 3707-3715 (2004)
【非特許文献6】Bailey, S. N. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2004, 101(46) 161444-9
【非特許文献7】Yoshikawa, T. et al. J. Control Release. 2004, 96, 227-32
【非特許文献8】ITo Y, Hasuda H, Sakuragi M, et al., ACTA BIOMATERIALIA, 3, 6, 1024-1032 (2007)
【非特許文献9】Whitesides, G. M., Ostuni, E., Takayama, S., et al., Soft lithography in biology and biochemistry, Annual Review of Biomedical Engineering, 3, 335-373 (2001)
【非特許文献10】Mrksich, M. et al. Exp. Cell Res. 1997, 235, 305
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、固相基板上に細胞の接着領域のマイクロパターンを作製する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記のように、従来の細胞接着領域のマイクロパターン作製方法においてフォトマスク加工法やスタンプ法でPEGが使用されることはあったが、PEGはもっぱら細胞非接着領域を形成するために使用され、PEG修飾領域とPEG非修飾領域をそれぞれ細胞非接着領域、細胞接着領域としてパターン形成を行うという技術であった。そして、通常、PEG 上へのECM のコーティングはできないとされてきた(非特許文献1,2、10)。しかし、本発明者らは、コラーゲンタイプI やフィブロネクチンなどのECM をインクジェット式プリンターを用いてPEG コート基板表面上にスポットし、乾燥させることでPEG 上へのECM のコーティングが可能であることを見いだし、インクジェット式プリンターでPEGコート面上にECMのパターンを作製することにより細胞接着領域のマイクロパターンが簡便に形成できることを見いだした。
【0012】
具体的には、HeLa 細胞(ヒト子宮頸がん由来細胞)、NBTL2b(ラット膀胱がん由来細胞)を用いて、PEG 上へフィブロネクチンおよびコラーゲンを、インクジェット式プリンターを用いてスポットした結果、スポット領域に細胞が接着することを確認した(図1−6)。また、スポッティングを連続して基板上に打ち込み、様々なマイクロパターンの作製が可能であることも確認した(図7,8)。これによって、細胞が接着できないPEG 表面上に様々な形状を持つ細胞接着領域のマイクロパターンを作製することが可能になった。
【0013】
本発明は以下のとおりである。
(1)基板と、
前記基板表面に設けられたポリエチレングリコール層と、
前記ポリエチレングリコール層上に配置された細胞外マトリクスを含む、
細胞固定化用基板。
(2)細胞外マトリクスがコラーゲンおよび/またはフィブロネクチンである、(1)の細胞固定化用基板。
(3)前記ポリエチレングリコール層上に、細胞外マトリクスとともに遺伝子および/または薬剤が配置されている、(1)または(2)の細胞固定化用基板。
(4)(1)〜(3)のいずれかの細胞固定化用基板の前記細胞外マトリクス上に細胞が配置された、細胞固定化基板。
(5)基板表面の所望の位置に細胞が配置された細胞固定化基板の製造方法であって、以下の工程(a)〜(c)を含む製造方法;
(a)表面に細胞非接着性のPEG層を有する基板を提供する工程、
(b)前記PEG層上に細胞外マトリクス溶液を配置することで基板表面に細胞接着領域のパターンを形成する工程、
(c)前記細胞接着領域に細胞を配置する工程。
(6)前記工程(b)において、ポリエチレングリコール層上にインクジェット印刷技術により細胞外マトリクス溶液を配置する、(5)の方法。
(7)前記工程(b)において、PEG層上での細胞外マトリクスの配置部分の単位面積当たりの細胞外マトリクスの積層量が0.5〜2500ng/mm2になるようにPEG層上へ細胞外マトリクス溶液を配置する、(5)または(6)の方法。
(8)細胞外マトリクス溶液における細胞外マトリクスの濃度が0.005%〜1%である、(5)〜(7)のいずれかの方法。
(9)細胞外マトリクスがコラーゲンおよび/またはフィブロネクチンである、(5)〜(8)のいずれかの方法。
(10)前記工程(b)は、さらに細胞に導入するための遺伝子および/または薬剤の溶液を前記PEG層上の細胞外マトリクスが配置される位置に配置することを含む、(5)〜(9)のいずれかの方法。
(11)前記細胞外マトリクス溶液が細胞に導入するための遺伝子および/または薬剤を含み、細胞外マトリクスと遺伝子および/または薬剤を同時に前記PEG層上に配置する、(10)の方法。
(12)前記遺伝子が蛍光蛋白質をコードする遺伝子である(10)または(11)の方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明の方法を用いることで、PEG上のECM上には細胞が配置され、ECMが存在しないPEG領域には細胞が配置されないため、細胞の接着領域と非接着領域を明確に分けることができる。そして、ECMをパターン化して配置させることにより、自在に細胞の接着エリアのパターンを設定したり、薬剤や遺伝子の導入エリアを設定できる。よって、様々な細胞表現型(細胞運動・分化・細胞死・細胞増殖など)に基づく薬剤や遺伝子のスクリーニングや評価が可能となる。また、マイクロアレイ化ができるため、評価を迅速、簡便、安価に行える。よって、本技術は新たな医薬品開発や遺伝子解析ツールを提供できる。本発明の方法によれば従来のフォトマスク加工やスタンプ法と比べて簡便かつ低コストで細胞の接着領域のマイクロパターンを形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】PEGコート基板上におけるコラーゲンスポット上のNBTL2b細胞の接着性の比較を示す図(写真)。Aは NBTL2b播種後1h及び20hの0.01%コラーゲンスポット上の細胞接着の状態を示し、Bは NBTL2b播種後1h及び20hの0.001%コラーゲンスポット上の細胞接着の状態を示す。
【図2】PEGによるコラーゲンコートへの影響を示す図(写真)。AではPEGコートガラスディッシュ上に0.01%コラーゲン溶液でコートした後、細胞を播種した。BではPEGコートガラスディッシュ上に0.001%コラーゲン溶液でコートした後、細胞を播種した。CではPEG非コートガラスディッシュ上に0.001%コラーゲン溶液でコートした後、細胞を播種した。
【図3】PEGコート基板上におけるフィブロネクチンスポット上のNBTL2b細胞の接着を示す図(写真)。NBTL2b播種後1h及び20hの0.08%フィブロネクチンスポット上の細胞接着の状態を示す。
【図4】フィブロネクチンスポット上での蛍光タンパク質発現遺伝子のNBTL2b細胞への導入を示す図(写真)。NBTL2b播種後1h及び20hの0.08%フィブロネクチンスポット上に接着した細胞における蛍光の状態を示す。
【図5】フィブロネクチンスポット上のHeLa細胞の接着を示す図(写真)。HeLa播種後1h及び26hの0.08%フィブロネクチンスポット上の細胞接着の状態を示す。
【図6】フィブロネクチンスポット上での蛍光タンパク質発現遺伝子のHeLa細胞への導入を示す図(写真)。Aは HeLa播種後1h及び26hの0.08%フィブロネクチンスポット上に接着した細胞における蛍光の状態を示し、Bは HeLa播種後26hのアレイイメージを示す。
【図7】インクジェット式プリンターによるPEG上へのフィブロネクチンコートのマイクロパターンを示す図。Aはプリントパターン(AISTとパターン描画。文字のサイズ:縦3.3mm x 横2.5mm)を示し、Bは35 mmディッシュへのフィブロネクチンのプリント(写真)を示す。
【図8】フィブロネクチンのマイクロパターン(AIST)への細胞の播種とリバーストランスフェクション(RTF)を示す図(写真)。Aは位相差像、Bは蛍光像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について説明する。
本発明の基板表面の所望の位置に細胞が配置された細胞固定化基板の製造方法は以下の工程(a)〜(c)を含む。
(a)表面に細胞非接着性のPEG層を有する基板を提供する工程、
(b)前記PEG層上に細胞外マトリクス溶液を配置することで基板表面に細胞接着領域のパターンを形成する工程、
(c)前記細胞接着領域に細胞を配置する工程。
【0017】
ここで用いられる基板としては、PEGでコートできる平面状表面を有する支持体をいう。基板材料としては、平滑な表面をもつよう成型され得る固体材料であればいずれでもよく、例えば、ガラス、石英、プラスチックなどが挙げられるがそれらに限定されない。また、その形状としては、平面状表面があればよく、平板に限定されることなく、細胞培養用に広く普及しているシャーレやプレートのようなものであってもよい。
【0018】
PEGとしては、基板表面に細胞非接着性を付与できるものであれば特に制限されず、PEG部とリンカー部を有する化合物を用いて表層にPEGが露出するようにしてもよい。PEGとしてはエチレングリコール鎖が3つ以上あればよく、分子量としては、通常、約100Da〜約50000Da、好ましくは約100Da〜約25000Daの範囲内にあるものを使用することができる。
基板表面へのPEGのコートは公知の方法に従って行うことができ、基板の種類によって適宜選択することができるが、好ましくは基板表面を反応性基で修飾し、PEGの末端の官能基と化学的に反応させることによってコートすることができる。また、金属基板を用いる場合はチオール基等を利用してPEGをコートしてもよい。なお、PEGで表面がコートされた基板が市販されており、それらを使用してもよい。
なお、PEG層は基板全体に存在してもよいし、基板の一部に存在してもよい。
【0019】
本発明においては、細胞非接着性のPEG層を有する基板の特定領域に、細胞外マトリクス溶液を滴下し、その領域を細胞接着性へと変換することにより自在な細胞接着領域のパターンを作製する。
ここで、細胞接着領域のパターンは任意であり、使用目的に応じて適当なパターンを作成することができるが、例えば、複数のスポット、線状パターン、幾何学模様等が例示される。
PEG層上に細胞外マトリクス溶液を配置する方法は微細なパターンやスポットを形成できる方法である限り特に制限されないが、インクジェット印刷技術を用いることが好ましい。
【0020】
本明細書において「細胞外マトリクス」(ECM)とは「細胞外基質」とも呼ばれ、上皮細胞、非上皮細胞を問わず体細胞(somatic cell)の間に存在する物質をいう。細胞外マトリクスは、組織の支持だけでなく、すべての体細胞の生存に必要な内部環境の構成に関与する。細胞外マトリクスは一般に、結合組織細胞から産生されるが、一部は上皮細胞や内皮細胞のような基底膜を保有する細胞自身からも分泌される。線維成分とその間を満たす基質とに大別され、線維成分としては膠原線維および弾性線維がある。基質の基本構成成分はグリコサミノグリカン(酸性ムコ多糖)であり、その大部分は非コラーゲン性タンパクと結合してプロテオグリカン(酸性ムコ多糖−タンパク複合体)の高分子を形成する。このほかに、基底膜のラミニン、弾性線維周囲のミクロフィブリル(microfibril)、線維、細胞表面のフィブロネクチンなどの糖タンパクもECMに含まれる。特殊に分化した組織でも基本構造は同一で、例えば硝子軟骨では軟骨芽細胞によって特徴的に大量のプロテオグリカンを含む軟骨基質が産生され、骨では骨芽細胞によって石灰沈着が起こる骨基質が産生される。
【0021】
本発明において用いられる細胞外マトリクスとしては、例えば、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、弾性繊維、膠原繊維などが挙げられるがそれに限定されない。本発明において用いられる場合、細胞外マトリクスは、好ましくは、宿主の自己細胞を呼び寄せる活性を持っていることが有利である。より好ましくは、細胞外マトリクスは、コラーゲン、フィブロネクチン、ビトロネクチンまたはラミニンを含み、好ましいコラーゲンとしては、繊維形成コラーゲン、基底膜コラーゲンなどが挙げられ、コラーゲンI型またはIV型がより好ましい。なお、コラーゲンは複数存在してもよく、繊維形成コラーゲンと基底膜コラーゲンとが同時に含まれていてもよい。
【0022】
細胞外マトリクス溶液における細胞外マトリクスの濃度はPEG上に接着可能な濃度であればよいが、例えば、コラーゲンの場合、0.005(w/v)%以上、好ましくは0.07%以上、より好ましくは0.01%以上である。また、フィブロネクチンの場合、0.005(w/v)%以上、好ましくは0.01(w/v)%以上、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.08%以上である。ビトロネクチンの場合、0.005(w/v)%以上、好ましくは0.01(w/v)%以上、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.08%以上である。ラミニンの場合、0.005(w/v)%以上、好ましくは0.01(w/v)%以上、より好ましくは0.05%以上、さらに好ましくは0.08%以上である。濃度の上限としては特に制限されないが、いずれの場合も、通常1%(w/v)以下、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.2%以下である。
PEG層上での細胞外マトリクスの配置部分の単位面積当たりの細胞外マトリクスのコート量としては細胞が接着できる様な量であれば特に制限されないが、いずれの場合も、好ましくは0.5〜2500ng/mm2、より好ましくは0.5〜500ng/mm2である。
【0023】
本発明の変換用溶液を滴下する装置としては、微細なパターンやスポットを形成できる装置である限り特に制限されないが、好ましくは既存のコンピューター用のプリンター等として一般的に広く用いられているインクジェットプリンターのシステムを利用することができ、文字、イラスト、図形など様々なパターンを基板上に自在に描写することが可能である。方式としては、インクに熱を加え沸騰した気泡の圧力でインクを飛ばすサーマルジェット方式、または、ピエゾ素子の振動によりインクを発するピエゾ素子方式などがあるがどのような方式でも適用可能である。
【0024】
本発明における「細胞」としては、典型的には付着性の株化された哺乳動物細胞、癌細胞、または、神経、内皮、皮膚、肺、筋肉、腎臓、肝臓、腸など由来の初代培養細胞などが用いられるが、哺乳類の細胞以外も用いることができ、その生物種は問わない。例えば、昆虫細胞、植物細胞などであってもよく、細菌、酵母などの微生物細胞であってもよい。また、遺伝子導入した組み換え体細胞なども使用することができる。
【0025】
好ましい細胞としては、例えば、神経細胞、初代培養細胞などが挙げられるがそれらに限定されない。初代培養細胞の原料はどのようなものでもかまわないが、好ましくは、哺乳動物の脳(大脳皮質、海馬、小脳)が挙げられるがそれらに限定されない。例えば、PC12,Neuro2a,SH-SY5Y,NG108-15,HCN-1A,Hela,NBTL2bなどが挙げられるがそれらに限定されない。
【0026】
本発明において基板上に細胞を配置する工程とは、基板上の所望のECMパターンに基づいて、自由に特定の細胞を接着させる工程を意味し、複数の細胞のスポットを一定の領域内に整列させて固定化した細胞アレイを提供することも含まれる。また、基板表面全体に細胞含有液を接触させることで、細胞接着性領域(ECM)のパターンに従った細胞のパターンが形成されるが、基板表面の細胞接着領域の一部のみを残して他をシールした上で細胞含有液を接触させることを繰り返せば、複数の細胞からなる細胞パターンが形成できる。さらに、その後、細胞非接着領域として残った領域に対してさらに変換用溶液を配置して細胞接着領域に変換し、この新しく細胞接着領域に変換された領域に対して別の細胞含有液を接触させる工程を繰り返すことで、より複雑な細胞パターンを形成することができる。
【0027】
なお、細胞に導入する遺伝子や薬剤をインクジェット印刷技術等によりECM上にまたはECMとともにスポットしてもよい。操作の簡便のためには、ECM溶液に遺伝子や薬剤を加え、これをPEG上にスポットすることが好ましい。導入遺伝子の種類は特に限定されず、解析の目的に応じて任意の遺伝子を使用することができるが、例えば、蛍光蛋白質をコードする遺伝子や酵素をコードする遺伝子や転写因子をコードする遺伝子や受容体をコードする遺伝子などが例示される。また、siRNAなどを導入してもよい。薬剤としては特に制限はなく目的に応じて適宜選択することができるが、例えば、低分子合成化合物であってもよいし、天然物に含まれる化合物であってもよいし、ペプチドでもよいし、これらのライブラリーでもよい。
【0028】
本明細書において、遺伝子を細胞に導入する技術は、どのような技術でもよく、例えば、形質転換、形質導入、トランスフェクションなどが挙げられる。 そのような遺伝子導入技術は、当該分野において周知であり、かつ、慣用されるものであり、例えば、Ausubel F.A.ら編(1988)、Current Protocols in Molecular Biology、Wiley、New York、NY;Sambrook Jら(1987)Molecular Cloning:A Laboratory Manual,2nd Ed.およびその第三版,Cold Spring Harbor Laboratory Press,Cold Spring Harbor,NY、別冊実験医学「遺伝子導入&発現解析実験法」羊土社、1997などに記載される。遺伝子の導入は、ノーザンブロット、ウェスタンブロット分析のような本明細書に記載される方法または他の周知慣用技術を用いて確認することができる。蛍光蛋白質遺伝子の場合は蛍光により確認することができる。
【0029】
具体的な遺伝子の導入方法としては、細胞にDNAを導入する上述のような方法であればいずれも用いることができ、例えば、トランスフェクション、形質導入、形質転換など(例えば、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法、エレクトロポレーション法、パーティクルガン(遺伝子銃)を用いる方法など)、リポフェクション法、スフェロプラスト法[Proc.Natl.Acad.Sci.USA,84,1929(1978)]、酢酸リチウム法[J.Bacteriol.,153,163(1983)]、Proc.Natl.Acad.Sci.USA,75,1929(1978)記載の方法が挙げられる。
【実施例】
【0030】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の態様に限定されない。
【0031】
実施例1
0.01%コラーゲン(タイプI)((株)機能性ペプチド研究所; Cat: IFP9660)溶液、及び該溶液をD-PBS(-) (ナカライテスク; Cat: 14249-95)溶液で10倍希釈した0.001%コラーゲン溶液を用意した。両溶液を小型マイクロアレイプリンター(クボタコンプス; Cat: KCS-mini)を用いて 10 nLずつ、PEG鎖をガラス表面に固定化した35 mmガラスボトムディッシュ(サイトグラフ; 大日本印刷; 特注品)上にスポットし(スポット径:約600 μm; A: 1ng / spot; 約3.54 ng/mm2; B: 0.1ng / spot; 約0.354 ng/mm2 )、風乾した 。
得られた35 mmガラスボトムディッシュ上に、NBTL2b(ラット膀胱癌由来癌細胞)を2.5
x 105 個(3ml培地(MEM+非必須アミノ酸+10% FBS))、播種し、1時間後、20時間後のコラーゲンスポット上の細胞接着性を比較した。その結果、図1Aに示すように、0.01%スポット上には細胞が接着でき、スポット以外のPEG上には細胞が接着できないことが確認できた。一方、図1Bに示すように、0.001%スポット上には細胞の接着がうまくできないことが確認できた。
【0032】
実施例2
0.01%コラーゲン(タイプI)((株)機能性ペプチド研究所; Cat: IFP9660)溶液、及び該溶液をD-PBS(-) (ナカライテスク; Cat: 14249-95)溶液で10倍希釈した0.001%コラーゲン溶液を用意した。両溶液を、 35 mm PEG-coatedガラスボトムディッシュ(サイトグラフ; 大日本印刷; 特注品)、及び通常の35mmガラスボトムディッシュに注ぎ、ディッシュ全体をコラーゲンコートした後、得られた35 mmガラスボトムディッシュ上に、NBTL2b(ラット膀胱癌由来癌細胞)を2.5 x 105 個(3ml培地(MEM+非必須アミノ酸+10% FBS))播種し、コラーゲンスポット上の細胞接着性を比較した。その結果、スポットではなく、全体コートにおいても、高濃度(0.01%)のコラーゲンを用いた場合、PEG上にもコラーゲンコートが可能で、細胞の接着が認められた(図2A)。一方、通常濃度(0.001%)コラーゲンでのPEG上へのコーティングは不可能だった(図2B)。なお、通常濃度(0.001%)コラーゲンで通常の疎水処理済ガラス上へのコーティングは可能である(図2C)。したがって、図2Bの点線内のPEGコートが無い領域では細胞が付着した(図2Bでは一部PEG非コート領域を有するガラスボトムディッシュを用いた)。
【0033】
実施例3
フィブロネクチン(有限会社ライフ研究所; Cat: LL-10007)粉末をDMEM(GIBCO, 31053-028)に溶解し、0.08%フィブロネクチン溶液を用意した。小型マイクロアレイプリンター(クボタコンプス; Cat: KCS-mini)を用いて 10 nLずつ、PEG鎖をガラス表面に固定化した35 mmガラスボトムディッシュ(サイトグラフ; 大日本印刷; 特注品)上にスポットした(スポット径:約600 μm,スポットの フィブロネクチン量:8 ng / spot; 約28.3 ng/mm2 ) 。
得られた35 mmガラスボトムディッシュ上に、NBTL2b(ラット膀胱癌由来癌細胞)を2.5
x 105 個(3ml培地(MEM+非必須アミノ酸+10% FBS))、播種し、1時間後、20時間後スポット上の細胞接着性を確認した。なお、中央の大きい丸がフィブロネクチンスポットの範囲であり、その周りの4つの小さい丸はPEGコートが無い領域である(図3では一部PEG非コート領域を有するガラスボトムディッシュを用いている)。図3に示すように、フィブロネクチンスポット上には細胞が接着でき、スポット以外のPEG上には細胞が接着できないことが確認できる。また、PEGコートが無い領域にも細胞の非特異的接着が見られる。
【0034】
実施例4
フィブロネクチン(有限会社ライフ研究所; Cat: LL-10007)粉末をdH2Oに溶解した0.4%溶液を5μl、pVenus-N1(蛍光タンパク質発現プラスミド; 1μg/μl)を1μl、Lipofectamine 2000 (Invitrogen)を2μl、0.2%ゼラチンを1.25 μl、 DMEM(GIBCO, 31053-028)を15.75 μlミックスした溶液を用意した。小型マイクロアレイプリンター(クボタコンプス; Cat: KCS-mini)を用いて 10 nLずつ、PEG鎖をガラス表面に固定化した35 mmガラスボトムディッシュ(サイトグラフ; 大日本印刷; 特注品)上にスポットした(スポット径:約600 μm,スポットの フィブロネクチン量:8 ng / spot; 約28.3 ng/mm2 )。
得られた35 mmガラスボトムディッシュ上に、NBTL2b(ラット膀胱癌由来癌細胞)を2.5
x 105 個(3ml培地(MEM+非必須アミノ酸+10%FBS))、播種し、1時間後、20時間後のコラーゲンスポット上の細胞接着性を比較した。中央の大きい丸がフィブロネクチンスポットの範囲であり、その周りの4つの小さい丸はPEGコートが無い領域である(図4では一部PEG非コート領域を有するガラスボトムディッシュを用いた)。その結果、図4に示すように、20h後に導入遺伝子による蛍光がフィブロネクチンスポット上で検出できた。また、スポット以外のPEG上には細胞が接着できないので蛍光は見られなかった。このように、細胞の接着を制御しつつ、特定の領域のみに遺伝子を導入することができた。なお、PEGコートが無い領域にも細胞の非特異的接着が見られる。
【0035】
実施例5
フィブロネクチン(有限会社ライフ研究所; Cat: LL-10007)粉末をDMEM(GIBCO, 31053-028)に溶解し、0.08%フィブロネクチン溶液を用意した。小型マイクロアレイプリンター(クボタコンプス; Cat: KCS-mini)を用いて 10 nLずつ、PEG鎖をガラス表面に固定化した35 mmガラスボトムディッシュ(サイトグラフ; 大日本印刷; 特注品)上にスポットした(スポット径:約600 μm,スポットの フィブロネクチン量:8 ng / spot; 約28.3 ng/mm2 ) 。
得られた35 mmガラスボトムディッシュ上に、HeLa(ヒト子宮頸癌由来細胞)を2 x 105 個(3ml培地(DMEM+10% FBS))、播種し、1時間後、26時間後スポット上の細胞接着性を確認した。中央の大きい丸がフィブロネクチンスポットの範囲であり、その周りの2つの小さい丸はPEGコートが無い領域である(図5では一部PEG非コート領域を有するガラスボトムディッシュを用いた)。図5に示すように、フィブロネクチンスポット上には細胞が接着でき、スポット以外のPEG上には細胞が接着できないことが確認できる。なお、PEGコートが無い領域にも細胞の非特異的接着が見られる。
【0036】
実施例6
フィブロネクチン(有限会社ライフ研究所; Cat: LL-10007)粉末をdH2Oに溶解した0.4%溶液を5μl、pVenus-N1(蛍光タンパク質発現プラスミド; 1μg/μl)を1μl、Lipofectamine 2000 (Invitrogen)を2μl、0.2%ゼラチンを1.25 μl、 DMEM(GIBCO, 31053-028)を15.75 μlミックスした溶液を用意した。小型マイクロアレイプリンター(クボタコンプス; Cat: KCS-mini)を用いて 10 nLずつ、PEG鎖をガラス表面に固定化した35 mmガラスボトムディッシュ(サイトグラフ; 大日本印刷; 特注品)上にスポットした(スポット径:約600 μm,スポットの フィブロネクチン量:8 ng / spot; 約28.3 ng/mm2 ) 。
得られた35 mmガラスボトムディッシュ上に、HeLa(ヒト子宮頸癌由来細胞)を2.0 x 105 個(3ml培地(DMEM+10% FBS))、播種し、1時間後、26時間後のコラーゲンスポット上の細胞接着性を比較した。大きい丸がフィブロネクチンスポットの範囲であり、小さい丸がPEGコートが無い領域である(図6では一部PEG非コート領域を有するガラスボトムディッシュを用いた)。図6に示すように、26h後に蛍光がフィブロネクチンスポット上のみで検出され、蛍光遺伝子がフィブロネクチンスポット上のみで導入されているのが確認できる。また、スポット以外のPEG上には細胞が接着できない。このように、細胞の接着を制御しつつ、特定の領域のみに遺伝子を導入することができた。なお、PEGコートが無い領域にも細胞の非特異的接着が見られる。
【0037】
実施例7
フィブロネクチン(有限会社ライフ研究所; Cat: LL-10007)粉末をdH2Oに溶解した0.4%溶液を5μl、pVenus-N1(蛍光タンパク質発現プラスミド; 1μg/μl)を1μl、Lipofectamine 2000 (Invitrogen)を2μl、0.2%ゼラチンを1.25 μl、 DMEM(GIBCO, 31053-028)を15.75 μlミックスした溶液を用意した。小型マイクロアレイプリンター(クボタコンプス; Cat: KCS-mini)を用いて 10 nLずつ420 μm間隔で図7Aのパターンを、PEG鎖を固定化した35mmディッシュ上にスポットし、乾燥させた(図7B)。
【0038】
実施例8
ディッシュ上に、HeLa細胞を2.5 x105 cells / 3ml(培地(DMEM+10% FBS)) で播種し、42hr後に位相差像(図8A)、蛍光像(図8B)を顕微鏡により撮影した。パターン上では、蛍光タンパク質発現遺伝子が細胞に導入され細胞が蛍光色に光っている(図8)。このように、様々なパターンを描画し、その上面から遺伝子を導入できることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により、インクジェット印刷技術等を活用して、基板上の望みの位置に細胞を配置することができる。このような、基板上の望みの位置に細胞を配置できる技術を用いれば、薬物や環境ホルモンのスクリーニングにおいて強力なツールとなる細胞アレイの作製が可能であるばかりか、細胞センサーの作製、複数種の細胞の共培養による細胞間相互作用解析の研究や医療分野において有用な擬似生体組織の構築においても有用なツールと成り得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
前記基板表面に設けられたポリエチレングリコール層と、
前記ポリエチレングリコール層上に配置された細胞外マトリクスを含む、
細胞固定化用基板。
【請求項2】
細胞外マトリクスがコラーゲンおよび/またはフィブロネクチンである、請求項1に記載の細胞固定化用基板。
【請求項3】
前記ポリエチレングリコール層上に、細胞外マトリクスとともに遺伝子および/または薬剤が配置されている、請求項1または2に記載の細胞固定化用基板。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の細胞固定化用基板の前記細胞外マトリクス上に細胞が配置された、細胞固定化基板。
【請求項5】
基板表面の所望の位置に細胞が配置された細胞固定化基板の製造方法であって、以下の工程(a)〜(c)を含む製造方法;
(a)表面に細胞非接着性のポリエチレングリコール層を有する基板を提供する工程、
(b)前記ポリエチレングリコール層上に細胞外マトリクス溶液を配置することで基板表面に細胞接着領域のパターンを形成する工程、
(c)前記細胞接着領域に細胞を配置する工程。
【請求項6】
前記工程(b)において、ポリエチレングリコール層上にインクジェット印刷技術により細胞外マトリクス溶液を配置する、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記工程(b)において、ポリエチレングリコール層上での細胞外マトリクスの配置部分の単位面積当たりの細胞外マトリクスの積層量が0.5〜2500ng/mm2になるようにポリエチレングリコール層上へ細胞外マトリクス溶液を配置する、請求項5または6に記載の方法。
【請求項8】
細胞外マトリクス溶液における細胞外マトリクスの濃度が0.005%〜1%である、請求項5〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
細胞外マトリクスがコラーゲンおよび/またはフィブロネクチンである、請求項5〜8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記工程(b)はさらに、細胞に導入するための遺伝子および/または薬剤の溶液を前記ポリエチレングリコール層上の細胞外マトリクスが配置される位置に配置することを含む、請求項5〜9のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記細胞外マトリクス溶液が細胞に導入するための遺伝子および/または薬剤を含み、細胞外マトリクスと遺伝子および/または薬剤を同時に前記ポリエチレングリコール層上に配置する、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記遺伝子が蛍光蛋白質をコードする遺伝子である、請求項10または11に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−187072(P2012−187072A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−55010(P2011−55010)
【出願日】平成23年3月14日(2011.3.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】