説明

細胞核内から細胞質への物質の流出を評価する方法

【課題】本発明は、ドキソルビシン等の、核内から細胞質へ輸送され得る物質の、その核外輸送を評価する方法の提供;該核外輸送の評価方法に好適に用いることができる、セミインタクト細胞;当該評価系を利用して、核外輸送の阻害剤をスクリーニングする方法;並びに該評価方法及びスクリーニング方法を実施するためのキット;の提供を目的とする。
【解決手段】(1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に接触させ該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、及び
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)、さらに所望により
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する工程(工程3)を含む、セミインタクト細胞の作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セミインタクト細胞;セミインタクト細胞の作製方法;セミインタクト細胞を用いた、物質の核外流出を評価する方法;核外流出の阻害剤をスクリーニングする方法;並びに該評価方法及びスクリーニング方法の為のキットに関する。
【背景技術】
【0002】
ドキソルビシンは抗癌剤のひとつで、トポイソメラーゼIIを阻害することにより、抗腫瘍作用を発揮し、日本において悪性リンパ腫(細網肉腫、リンパ肉腫、ホジキン病等)、肺癌、消化器癌(胃癌、胆のう・胆管癌、膵臓癌、肝癌、結腸・直腸癌等)、乳癌、骨肉腫等の治療に広く用いられている。細胞にドキソルビシンを添加すると核内DNAにドキソルビシンが蓄積し、DNA複製を阻害することで抗癌作用を示す。ドキソルビシン同様、トポイソメラーゼII阻害作用を有するアントラサイクリン系抗癌剤は、患者によって、抗癌剤が効く癌と全く効かない癌があること、またこれら薬剤の長期連用により抗癌効果が低下する場合があることが指摘されている(薬剤耐性の発現)。しかしながら、その詳細な分子メカニズムには不明の部分が多い。
【0003】
薬剤耐性は、細胞内からの薬剤の排出機構や細胞内への透過経路の封鎖、薬剤の加水分解等による不活化等によって引き起こされるものと考えられている。また、トポイソメラーゼIIの変異による薬剤耐性の存在も知られる。
非特許文献1及び2には、種々の癌細胞でドキソルビシンやダウノルビシン等の抗癌剤がリソソームに蓄積(隔離)されること、これらの物質が発する蛍光によりその局在を観察できることが記載されている。非特許文献3には、ドキソルビシンが後期エンドソームまたはリソソームに蓄積することが記載されている。また非特許文献4にはドキソルビシン耐性細胞とオートファジー性細胞死との関係が記載されている。
一方、特許文献1及び2には動物細胞のオートファジー機構について記載されている。
【0004】
しかしながら、ドキソルビシン等の物質が細胞核から放出され細胞質に出現し、リソソームに蓄積するまでの過程を試験管内でアッセイ可能な実験系は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−124996号公報
【特許文献2】特開2007−143452号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Biochemistry 44: 15743-15749 (2005)
【非特許文献2】J. Cell. Physiol. 184: 263-274 (2000)
【非特許文献3】Pharmaceutical Pesearch 23: 1687-1695 (2006)
【非特許文献4】脂質生化学研究 51: 101-103 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、ドキソルビシン等の、核内から細胞質へ輸送され得る物質の、その核外への流出機構を評価する方法;該核外流出を評価するのに好適なセミインタクト細胞;物質の核外流出の阻害剤をスクリーニングする方法;並びに該評価方法及びスクリーニング方法を実施するためのキット;等の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すべての細胞には、機能分子を選別し、その分子が機能する場所にまで輸送するシステムが備わっている。特に、真核細胞には脂質二重膜に囲まれた数多くのオルガネラが存在し、個々のオルガネラが独自の機能を営んでいるため、それぞれのオルガネラに必要な分子が、そのオルガネラ独自のシステムで輸送される。
本発明者は、管状および空胞状の形態を併せ持つ膜オルガネラであるエンドソーム系がどのように形成され、そこから物質がどのように出発していくのかを考察し、さらに当該エンドソーム系と薬剤耐性の発現との関連性に注目して鋭意研究をすすめた。
その一環として、物質のエンドソーム系を介した輸送をより効果的に評価し得る実験系を構築することに成功して本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明は以下の通りである。
[1](1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に接触させ該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、及び
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)を含む、
セミインタクト細胞の作製方法。
[2]さらに、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する工程(工程3)を含む、上記[1]記載の方法。
[3]核内から細胞質への輸送が、核内からリソソームへの輸送である、上記[1]又は[2]記載の方法。
[4]核内から細胞質へ輸送され得る物質が、抗癌剤である、上記[1]又は[2]記載の方法。
[5]抗癌剤がアントラサイクリン系薬剤である、上記[1]又は[2]記載の方法。
[6]アントラサイクリン系薬剤がドキソルビシンである、上記[5]記載の方法。
[7]細胞が浮遊系細胞である、上記[1]又は[2]記載の方法。
[8]細胞がK562細胞である、上記[1]又は[2]記載の方法。
[9]細胞膜の可溶化処理が、ジギトニンによる処理である、上記[1]又は[2]記載の方法。
[10]ATP合成系成分が、ATP、クレアチンリン酸及びクレアチンキナーゼである、上記[2]記載の方法。
[11]上記[1]〜[10]のいずれかに記載の方法によって調製されたセミインタクト細胞。
[12](1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に添加し該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する工程(工程3)、及び
(4)工程3で得られた細胞を培養することによって核内に蓄積した該物質を細胞質へと放出させる工程(工程4)
を含む、
該物質の核外流出を評価する方法。
[13]核内から細胞質への輸送が、核内からリソソームへの輸送である、上記[12]記載の方法。
[14]核内から細胞質へ輸送され得る物質が、抗癌剤である、上記[12]記載の方法。
[15]抗癌剤がアントラサイクリン系薬剤である、上記[14]記載の方法。
[16]アントラサイクリン系薬剤がドキソルビシンである、上記[15]記載の方法。
[17]細胞が浮遊系細胞である、上記[12]記載の方法。
[18]細胞がK562細胞である、上記[12]記載の方法。
[19]細胞膜の可溶化処理が、ジギトニンによる処理である、上記[12]記載の方法。
[20]ATP合成系成分が、ATP、クレアチンリン酸及びクレアチンキナーゼである、上記[12]記載の方法。
[21](1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に添加し該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加し、試験化合物の存在下及び非存在下で培養する工程(工程3a)、及び
(4)工程3aで得られた細胞の核内に蓄積した、核内から細胞質へ輸送され得る物質の、細胞質内への放出の程度を測定し、試験化合物の存在下及び非存在下で比較する工程(工程4a)
を含む、
核内から細胞質へ輸送され得る物質の核外流出の阻害剤をスクリーニングする方法。
[22]細胞、可溶化剤、細胞質成分及びATP合成系成分を含む、セミインタクト細胞作製用キット。
[23]細胞がK562細胞であり、可溶化剤がジギトニンである、上記[22]記載のキット。
[24]細胞、可溶化剤、細胞質成分及びATP合成系成分を含む、物質の核外流出を評価するためのキット。
[25]細胞がK562細胞であり、可溶化剤がジギトニンであり、物質がドキソルビシンである、上記[24]記載のキット。
[26]細胞、可溶化剤、細胞質成分及びATP合成系成分を含む、物質の核外流出の阻害剤をスクリーニングするためのキット。
[27]細胞がK562細胞であり、可溶化剤がジギトニンであり、物質がドキソルビシンである、上記[26]記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、薬剤耐性の発現によりその効果の減弱化が懸念されていた、化学療法用途の種々の物質の、効果維持に働く分子の特定に貢献できる。例えば、ドキソルビシン等、薬剤耐性が問題となっていた抗癌剤のリソソームへの輸送を特異的に阻害する薬剤探索が可能となり、薬剤耐性の発現が抑えられた化学療法が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】細胞核を出たドキソルビシンがリソソームに蓄積することを示した図である。細胞質ドキソルビシンの蛍光粒は、リソソーム膜の主要な糖タンパク質であるLamp−Iと共局在する。
【図2】細胞核を出たドキソルビシンがリソソームに蓄積することを示した図である。細胞質ドキソルビシンの蛍光粒は、一定時間細胞に取込ませリソソームに蓄積させたAlexa488−デキストランと共局在する。
【図3】細胞核を出たドキソルビシンは細胞質中のリソソーム以外の部位には蓄積されないことを示した図である。リソソーム以外のオルガネラマーカーとドキソルビシンは共局在しない。GM130はゴルジ体の、KDELは小胞体の、Transferrin receptor(TfR)はリサイクリングエンドソームの、それぞれマーカーである。
【図4】ドキソルビシンがオートファジー経路を介して細胞核からリソソームに輸送されることを示した図である。細胞質に放出されたドキソルビシンの蛍光粒は、オートファゴソームマーカーであるGFP−LC3と共局在する。
【図5】ドキソルビシンへの細胞核からリソソームへの輸送がオートファジー経路を介したものであることを示すグラフである。オートファゴソーム形成に必要なタンパク質であるAtg5の発現量をRNA干渉を用いて抑制することによりドキソルビシンの細胞質内での蛍光粒の出現をsiRNA未処理(WT)およびコントロールsiRNA発現細胞よりも抑えることができる。上図はドキソルビシンの蛍光粒を有する細胞の割合を、下図は細胞質内のドキソルビシン蛍光粒の領域面積を示す。
【図6】ジギトニン処理によるセミインタクト細胞の作製の手順を示した図である。
【図7】本発明のセミインタクト細胞を用いて、ドキソルビシンの核外流出を再現させた結果を示す図である。(A)実験開始前(Start)、(B)ARS及び細胞質成分の存在下、セミインタクト細胞を4℃で培養した(+ARS+cytosol 4℃)、(c)ARS及び細胞質成分の存在下、セミインタクト細胞を37℃で培養した(+ARS+cytosol 37℃)、(D)ADS及び細胞質成分の存在下、セミインタクト細胞を37℃で培養した(+ADS+cytosol)、(E)ARSのみの存在下、セミインタクト細胞を37℃で培養した(+ARS)。
【図8】ドキソルビシンの核外流出がオートファジー経路を介するものであることを、本発明のセミインタクト細胞及び方法を用いて調べた結果を示す図である。本発明のセミインタクト細胞を用いたドキソルビシン輸送は、温度やエネルギー依存的であることがわかった。さらに、ドキソルビシンの核外流出は、オートファジー関連タンパク質の抗体を添加することにより抑制された。
【図9】ジギトニン処理濃度とLDH活性(LDH放出量)の関係を調べた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.セミインタクト細胞及びその作製方法
「セミインタクト細胞」とは、細胞内構造物や機能をインタクト(無傷に)にしつつ細胞膜をある程度可溶化し内外を透過可能にした細胞のことである。つまり、可溶性成分(イオンやタンパク質等)を含む液状成分を自由に出入りさせることができる一方、細胞膜、細胞骨格、細胞内オルガネラ間の相対的位置、つまり細胞内のトポロジーは保持された細胞である。このセミインタクト細胞に、別途に調製した細胞質成分とATP合成系成分とを添加することで、種々の細胞内イベントを再構成・再現することが可能となる。本発明のセミインタクト細胞の作製方法は、具体的には以下の工程を含む。
(1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に接触させ該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、及び
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)。
好ましくは、さらに以下の工程を含む。
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する工程(工程3)。
【0013】
「核内から細胞質へ輸送され得る物質」とは、細胞に添加後、いったんは核内に蓄積されるもののその一部(場合により全て)が放出され細胞質へと輸送される物質を意味する。本明細書中、ある物質が核内から放出されて細胞質へと輸送されることを、便宜上「核外流出」とも称する。本発明で対象とする核外流出され得る物質は、好ましくは、核内から細胞質へと輸送されることによって、該物質が有する本来の活性が阻害若しくは抑制されてしまうような物質である。具体的には、核外流出による薬剤耐性が懸念されている、化学療法に用いられる物質、例えば抗癌剤である。抗癌剤としてはアントラサイクリン系薬剤(ドキソルビシン、ダウノルビシン、エピルビシン等)、特にドキソルビシンが好ましい。
【0014】
工程1において、「核内から細胞質へ輸送され得る物質」を細胞に接触させる方法は、該物質を細胞核内に蓄積させることができれば特に限定されない。通常、細胞の培養液中に該物質を添加し所定時間培養する。
培養液中の該物質の濃度は、用いる物質の種類や細胞の種類や量によっても異なるが、ドキソルビシンの場合、終濃度10〜100μMで行う。
培養時間は、該物質を核内に蓄積させることができれば、特に限定されないが、通常、2時間以内、好ましくは15分〜2時間、より好ましくは30分〜1.5時間、いっそう好ましくは30分〜1時間程度である。培養時間が短すぎると核内に十分に物質が蓄積されず、また長すぎると核外への流出が懸念される。
本工程で用いる細胞は、接触した物質を核内に取り込み蓄積し、その後、該物質を放出して細胞質へと輸送することが可能な細胞であり、用いる物質によって適宜選択される。かかる特徴を有する細胞であればいかなる細胞も使用することができ、培養基材に接着した細胞であっても、浮遊系細胞であってもよい。後の工程が実施し易いことから、好ましくは浮遊系細胞である。例えば浮遊系細胞であるヒト慢性骨髄性白血病細胞株であるK562細胞では、ドキソルビシンは核内にいったん蓄積され、その後、放出され細胞質へと輸送される。従って「核内から細胞質へ輸送され得る物質」としてドキソルビシンを用いる場合には、細胞はK562細胞を用いることが好ましい。
また、接着性細胞であるヒト乳がんMCF7細胞のなかにもドキソルビシン耐性となる細胞株の存在が知られている。
「核内から細胞質へ輸送され得る物質」が、ドキソルビシン等のように自家蛍光を発する物質である場合には、該物質が核内に蓄積されているか、あるいは細胞質へと輸送されたか否かを、あるいは細胞質中の局在部位を、その蛍光を観察することによって確認することができる。ドキソルビシンの蛍光(オレンジ〜赤色)は、通常、励起波長514.5nm、測定波長550nmで測定することができる。
自家蛍光を発しない物質である場合には、あらかじめ標識剤で標識し、該標識を観察することによって確認することができる。該標識剤としては、蛍光物質、発光物質等が用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート等が用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等が用いられる。蛍光又は発光は、蛍光顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡等で観察・測定することができる。
【0015】
工程2では、工程1で得られた細胞、即ち、例えばドキソルビシン等の物質(核内から細胞質へ輸送され得る物質)が核内に蓄積された細胞の、細胞膜が可溶化され、細胞質が除去される。
細胞膜を可溶化する方法は、細胞膜表面をある程度溶かし、オルガネラ機能を保持しつつ細胞質を除去できるような方法であれば特に限定されない。通常、細胞膜の可溶化剤を細胞に作用させて細胞膜に穴をあける方法が用いられる。可溶化剤で処理する前に、該細胞を洗浄し、核内に蓄積されなかった余剰な物質を除去することが好ましい。当該洗浄に用いる洗浄液としては、新しい培養用培地や各種緩衝液(例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液等)等が用いられる。
本工程で用いられる可溶化剤としては、例えば、界面活性剤がある。該界面活性剤としては、タンパク質等に対する作用がより温和であることからイオン性界面活性剤よりも非イオン性界面活性剤が好ましい。具体的には、ジギトニン、サポニン、Triton X100、Triton X114、Tween 20、Tween 80、N,N-Bis(3-D-gluconamidopropyl)cholamide[BIGCHAP]、N,N-Bis(3-D-gluconamidopropyl)deoxycholamide[Deoxy-BIGCHAP]、NIKKOL BL-9EX[Polyoxyethylene(9) Lauryl Ether]、Octanoyl-N-methylglucamide[MEGA-8]等が挙げられる。より好ましくは、ジギトニン、サポニンである。本工程で用いられる可溶化剤としては、細菌毒素もまた好ましい。具体的には、aトキシン、ストレプトリシンO等が挙げられる。
いずれの可溶化剤も商業的に入手可能である。
本工程で用いられる可溶化剤として、好ましくは、細胞内膜系や骨格系に与えるダメージが小さいジギトニンである。ジギトニンは、コレステロールに親和性の高い界面活性剤であり、培養細胞をジギトニンで処理すると、コレステロール含量の高い細胞膜には小孔があくが、コレステロール含量が極めて低い核膜はほとんどその形態と機能を保ったままの細胞を調製できる。
可溶化剤の処理濃度、処理温度、処理時間等の条件は細胞の種類や可溶化剤の種類により異なり、所望の解析を行うのに適当な条件が設定される。細胞質成分がどの程度除去されたかを指標として可溶化剤の処理濃度を設定することができる。具体的には、細胞質成分が75〜85%、より好ましくは80%程度の細胞質成分を除去するのに必要な濃度で可溶化剤を使用する。一般的な処理濃度としては、1〜1000μg/mL、より一般的には10〜200μg/mLであり、例えば細胞としてヒト慢性骨髄性白血病細胞株であるK562細胞を用いた場合には、10〜12μg/mLのジギトニンで処理されることが好ましい。
細胞のセミインタクト化の確認は、DNAを染色することができるヨウ化プロピジウムやアクチンフィラメントに結合するファロイジンを蛍光標識したもの等を可溶化剤で処理した細胞とインキュベートし、核内DNAやアクチンフィラメントがそれぞれ染色される程度を評価し、また観察することによって実施される。
細胞質の除去の程度は、可溶化処理前後の、細胞質由来の酵素活性を測定し、比較することによって確認することができる。かかる酵素としては、例えば細胞質中にあるラクトースデヒドロゲナーゼ(LDH)の活性を測定することにより、細胞質の流出量を見積もることができる(Schnaar, R. L. et al. (1978) J. Biol. Chem. 253, 7940-7951)。LDHは細胞質内で、ピルビン酸+NADH→乳酸+NADの反応を触媒する。細胞をセミインタクト処理した後の培地(流出した細胞質を含んでいる)にNADHとピルビン酸を混合し、NADHの吸収波長340nmを測定することにより、培地中にあるLDH量、つまり細胞質の流出量を定量的に測定することができる。
培養細胞の可溶化処理は、例えば細胞としてヒト慢性骨髄性白血病細胞株であるK562細胞を用い、可溶化剤としてジギトニンを用いた場合には、通常、4℃程度で実施される。
【0016】
工程3では、工程2で得られた、細胞質が除去された細胞に、別途に調製された細胞質成分及びATP合成系成分が添加される。別途に調製された細胞質成分及びATP合成系成分を添加する前に、該細胞を洗浄し、前工程で用いた可溶化剤や全工程で流出した細胞質成分を培養液中から除去することが好ましい。当該洗浄に用いる洗浄液としては、新しい培養用培地や各種緩衝液(例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液等)等が用いられる。
「別途に調製された細胞質成分」とは、細胞質が除去された細胞と同種の細胞から調製される細胞質成分を意味する。例えば細胞としてK562細胞を用いた場合、工程1及び工程2を経て、細胞質が除去されたK562細胞に、別のK562細胞から得られた細胞質成分を添加する。好ましくは、細胞質が除去された細胞と同じ細胞周期段階にあった細胞である。細胞質成分を調製する方法としては、核内から細胞質へ輸送され得る物質の、核外排出を可能とする成分が抽出液中に含まれるような方法であれば特に限定されない。細胞質成分としてはKiharaらの報告(Kihara et al., (2001) EMBO Rep., 2: 330-335)に従って調製することができる。
該細胞質成分の添加量は、細胞に悪影響を及ぼさない限り特に制限はないが、再現性の点から一定量以上、好ましくは250μg以上のタンパク質量の細胞質成分を添加することが好ましい。核内から細胞質へ輸送され得る物質の核外排出を駆動し得る量であれば除去された量と同じか、それよりも少なくても多くてもよい。
「ATP合成系成分」とは、ATPを合成するために必要な成分を意味する。ATPが再生される限り特に制限されないが、公知のリン酸ドナー及びキナーゼの組合せを用いることができる。この組合せとしては例えば、ホスホエノールピルビン酸(PEP)−ピルビン酸キナーゼ(PK)の組み合わせ、クレアチンリン酸(CP)−クレアチンキナーゼ(CK)の組み合わせ、アセチルリン酸(AP)−アセテートキナーゼ(AK)の組み合わせ等が挙げられる。好ましくは、クレアチンリン酸(CP)−クレアチンキナーゼ(CK)の組合せである。ATP合成系成分にはさらにATPが含まれる。いずれも商業的に入手可能である。
該ATP合成系成分の添加量は、細胞に悪影響を及ぼさない限り特に制限はないが、一例として、1mMのATP、8mMのクレアチンリン酸及び50μg/mLのクレアチンキナーゼの組合せが用いられる。
【0017】
本発明においては、上記工程1及び工程2を経て、あるいは上記工程1、工程2及び工程3を経て、セミインタクト細胞を作製することができ、かくして得られたセミインタクト細胞も本発明の範囲内である。
【0018】
2.核外流出の評価方法
本発明のセミインタクト細胞を用いて、ドキソルビシン等の物質(核内から細胞質へ輸送され得る物質)の核内から細胞質への輸送(核外流出)を評価することができる。本評価方法は、具体的には以下の工程を含み、その工程を観察することを含む。
(1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に添加し該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する工程(工程3)、及び
(4)工程3で得られた細胞を培養することによって核内に蓄積した該物質を細胞質へと放出させる工程(工程4)。
工程1〜工程3については、上記1.の項で詳述した工程1〜工程3と同様にして行なうことができる。
工程4では、工程3で得られた細胞、すなわち、核内から細胞質へ輸送され得る物質が核内に蓄積し、且つ細胞膜の可溶化処理により細胞質が除去された細胞(セミインタクト細胞)に、細胞質性分とATP合成系成分とを添加し一定時間培養することによって核内に蓄積された物質が細胞質へと排出される。核内に蓄積されていた物質がドキソルビシンのように自家蛍光を発する物質であれば、その蛍光が核内から細胞質へと移行する様子を蛍光顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡等で観察することによって、該物質の核外流出を評価することができる。自家蛍光を発しない物質であっても適宜標識剤で該物質を標識することによって同様にその動態を観察することができる。該標識剤としては、蛍光物質、発光物質等が用いられる。蛍光物質としては、例えば、フルオレスカミン、フルオレッセンイソチオシアネート、ローダミン等が用いられる。発光物質としては、例えば、ルミノール、ルミノール誘導体、ルシフェリン、ルシゲニン等が用いられる。蛍光物質や発光物質による標識は、当分野で通常用いられている方法によって実施することができる。
工程4における細胞の培養は、核内に蓄積された物質が核内から細胞質へ十分に輸送されるまで、好ましくは細胞質中のリソソーム中に輸送されるまで実施される。使用する細胞の種類や核内に蓄積された物質の種類等によって適宜設定されるが、通常0.5〜2時間、好ましくは1時間程度であり、35〜40℃、好ましくは37℃程度で実施される。
【0019】
3.核外流出の阻害剤をスクリーニングする方法
本発明では、上記したセミインタクト細胞を用い、また、上記した核外流出の評価方法の原理に基づいて、核外流出の阻害剤をスクリーニングする方法を提供する。具体的には以下の工程を含む。
(1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に添加し該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加し、試験化合物の存在下及び非存在下で培養する工程(工程3a)、及び
(4)工程3aで得られた細胞の核内に蓄積した、核内から細胞質へ輸送され得る物質の、細胞質内への放出の程度を測定し、試験化合物の存在下及び非存在下で比較する工程(工程4a)。
工程1〜工程2については、上記1.の項で詳述した工程1〜工程2と同様にして行なうことができる。
工程3aで用いる細胞質成分及びATP合成系成分は、上記1.の項で詳述した成分と同様なものが用いられる。
【0020】
スクリーニングにおいては、タンパク質のような高分子化合物のほかにも低分子化合物も標的にする。公知の化合物であっても今後開発される新規な化合物であってもよい。ここで低分子化合物とは分子量3000未満程度の化合物であって、例えば医薬品として通常使用し得る有機化合物及びその誘導体や無機化合物が挙げられ、有機合成法等を駆使して製造される化合物やその誘導体、天然由来の化合物やその誘導体、プロモーター等の小さな核酸分子や各種の金属等であり、望ましくは医薬品として使用し得る有機化合物及びその誘導体、核酸分子をいう。また、高分子化合物としては分子量3000以上程度の化合物であって、タンパク質、ポリ核酸類、多糖類、及びこれらを組み合わせたもの等が挙げられ、望ましくはタンパク質である。これらの低分子化合物あるいは高分子化合物は、公知のものであれば商業的に入手可能であるか、各報告文献に従って採取、製造、精製等の工程を経て得ることができる。これらは、天然由来であっても、また遺伝子工学的に調製されるものであってもよく、また半合成等によっても得ることができる。
細胞を試験化合物の存在下で培養する際、試験化合物の濃度は用いる試験化合物の種類や用いる細胞の種類に応じて、特に細胞への毒性を考慮して適宜設定される。通常は試験化合物の段階希釈系列を用いる。同様に、試験化合物の処理時間も用いる試験化合物の種類や用いる細胞の種類に応じて適宜設定される。核外流出は、通常0.5〜2時間、好ましくは1時間程度で行なわれる事象であるので、試験化合物の処理時間も長くても2時間程度である。好ましくは1〜2時間程度である。
試験化合物のセミインタクト細胞への添加のタイミングも、該化合物が有する作用の性質や強さ、あるいは細胞の種類等に応じて適宜設定される。すなわち、セミインタクト細胞への細胞質成分及びATP合成系成分の添加と、試験化合物の添加は同時に行なわれても良いし、時間差を設けて行なわれても良い。工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加するのと同時に試験化合物を添加してもよいし、一定時間後に試験化合物を添加してもよい。あるいは、工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する前に試験化合物を添加しておいてもよい。
試験化合物の非存在下で培養する場合は、その結果は陰性対照として扱われる。陰性対照においては、試験化合物の代わりに試験化合物を溶解した溶媒のみ(例えば、培養液や各種緩衝液[例えば、HEPES緩衝液、リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水、トリス塩酸緩衝液、ホウ酸緩衝液、酢酸緩衝液等]が添加される。
実施例にて詳述するが、本発明は、ドキソルビシン等の核内から細胞質へ輸送され得る物質の核外流出が、オートファジーが関与する経路を介するものであるという知見に基づいている。従って、オートファジー関連タンパク質の抗体やオートファジー阻害剤を所望により陽性対照として用いることができる。具体的には、抗Beclin抗体、Vps34抗体等のオートファジー関連タンパク質の抗体や、3−メチルアデニンやワルトマン等のPI3キナーゼ阻害剤等のオートファジー阻害剤を陽性対照として用いることができる。
工程4aにおいて、核内に蓄積した物質が核内から細胞質へと排出(流出)されるその程度を測定する方法は、特に限定はされないが、ドキソルビシン等の自家蛍光を発する物質を用いた場合には、その蛍光量や動態を確認することによって直接測定することができる。自家蛍光を有さない物質に対しても予め該物質を蛍光標識しておく等により、同様に測定することができる。例えば、細胞質内で観察される蛍光粒の数が少ないほど、細胞質への輸送、核外流出が阻害されていることを示している。従って、試験化合物の非存在下で培養したセミインタクト細胞における、細胞質内で観察される蛍光粒の数を、試験化合物の存在下で培養したセミインタクト細胞のそれと比較した場合に、蛍光粒の数あるいは蛍光粒の領域面積を有意に減少させる試験化合物は、核外流出の阻害剤として有望である。蛍光粒の数の測定及び領域面積の測定は、後述の実施例1及び2で測定されるのと同様にして実施される。
【0021】
細胞核からドキソルビシンのような核内から細胞質へ輸送され得る物質(核外流出物質)が核外流出しリソソームに運ばれるといった輸送系の分子メカニズムは、ほとんど未知である。例えば、核内で核外流出物質を膜系に格納する分子やその認識系を司る分子、それを細胞質で捕らえる分子など、多くの役者が働くことでこの輸送系を駆動させていると考えられる。いかなる分子がその輸送系で働き、どのようなネットワークで流出物質をリソソームまで送り届けるのか、本願発明は、上記核外流出の阻害剤を核外流出機構に関与する分子をスクリーニングする方法をも提供することができる。具体的な手順は、スクリーニングを目的とする化合物に応じて、上記した核外流出の阻害剤をスクリーニングする方法において実施する各工程に準じて、あるいは適宜改変して実施することができる。
【0022】
4.キット
本発明は、セミインタクト細胞を作製するためのキット、核外流出を評価するためのキット、及び核外流出の阻害剤をスクリーニングするためのキットを提供する。
これらのキットには、具体的には、細胞、可溶化剤、所望により細胞質成分及びATP合成系成分を含む。さらに、対象となる「核内から細胞質へ輸送され得る物質」が含まれていることが好ましい。これらに加え、必要な試薬や器具/装置、マニュアル等が含まれていてもよい。
細胞、可溶化剤、細胞質成分及びATP合成系成分は、上記1.の項で記載したものと同様のものが用いられる。該キットを用いて作製されるセミインタクト細胞は、ドキソルビシン等の核内から細胞質へ輸送され得る物質の、核外流出を評価する為に、あるいは、該核外流出を阻害する化合物をスクリーニングする為に用いられる。従って細胞としては、核内に蓄積させる物質の種類等によっても異なるが、例えばドキソルビシンの場合にはヒト慢性骨髄性白血病細胞株であるK562細胞が好ましく用いられる。可溶化剤として好ましくはジギトニンである。試薬としては、細胞培養液や洗浄用の緩衝液等が挙げられる。器具/装置としては、培養装置や蛍光顕微鏡、蛍光を観察する為に必要な試薬等が挙げられる。
【実施例】
【0023】
以下に本発明の実施例を説明するが、本発明は、これらの実施例になんら限定されるものではない。
【0024】
[実験例1]
(材料と方法)
K562細胞に50μMドキソルビシン(Wako)添加10%ウシ胎仔血清入りRPMI培養液で、37℃、5%CO存在下、1時間培養し、洗浄後、ドキソルビシンなしで37℃、5%CO存在下で6時間培養した。3%パラホルムアルデヒド/PBS溶液で10分間固定後、抗Lamp1抗体(Santa Cruz)による免疫染色を行った(図1)。観察は、オリンパス共焦点顕微鏡FV3000で行った。
(結果)
リソソーム膜の主要な糖タンパク質であるLamp−Iと共局在しているドキソルビシンの蛍光粒が観察された(矢印)。本結果より、ドキソルビシンの核内からリソソームへの流出が示された。
【0025】
[実験例2]
(材料と方法)
250ng/ml Alexa488−dextran(Invitrogen)添加した10%ウシ胎仔血清入りRPMI培養液で、37℃、5%CO存在下、K562細胞を1時間培養の後、リソソームに蓄積させるため、Alexa488−dextranなしで、37℃、5%CO存在下に30分間、培養した。その後、[実験例1]と同様にしてドキソルビシンを細胞に取込ませ、ドキソルビシンなしで、37℃、5%CO存在下、3または6時間培養した。固定後、オリンパス共焦点顕微鏡FV3000で観察した(図2)。
(結果)
リソソームのマーカーであるAlexa488−デキストランと共局在しているドキソルビシンの蛍光粒が観察された(矢印)。本結果より、核から流出したドキソルビシンは、リソソームに蓄積されることが示された。
【0026】
[実験例3]
(材料と方法)
[実験例1]の方法と同様にドキソルビシンをK562細胞の核に蓄積させた。ドキソルビシンのない培養液で6時間培養後、細胞を固定した。次いで、抗GM130抗体(BD biosciences)、抗KDEL抗体(Stressgen)、または抗トランスフェリン受容体(TfR)抗体(Zymed Laboratories)でそれぞれ免疫染色を行った(図3)。Alexa488の付加した二次抗体により、間接蛍光抗体法にてオリンパス共焦点顕微鏡FV3000観察をした。
(結果)
ゴルジ体のマーカーであるGM130、小胞体のマーカーであるKDEL、及びリサイクリングエンドソームのマーカーであるTfRのいずれとも共局在するドキソルビシンの蛍光粒は観察されなかった。本結果及び実験例1、2の結果より、ドキソルビシンの核内から細胞質への輸送は核内からリソソームへの輸送であることが示された。
【0027】
[実験例4]
(材料と方法)
GFP−LC3プラスミド(EMBO J. 19: 5720-5728 (2000))をK562細胞へリポフェクション法により一晩遺伝子導入した。その後、[実験例1]の方法と同様にドキソルビシンをK562細胞の核に蓄積させた。ドキソルビシンのない培養液で30分間培養後、固定せずにオリンパス共焦点顕微鏡FV3000観察をした(図4)。
(結果)
オートファゴソームに特異的に局在するLC3とGFPの融合タンパク質と共局在しているドキソルビシンの蛍光粒が観察された。本結果より、ドキソルビシンの細胞核内から細胞質への輸送(流出)は、オートファジー経路を介してなされるものであることが示された。
【0028】
[実験例5]
(材料と方法)
Ambion社のSilencer siRNA construction kitを用いてATG5遺伝子の514〜534残基および769〜789残基をターゲットするようにsiRNAをそれぞれin vitro合成した。
得られた2種類のAtg5siRNAを当量、1日1回2日間連続して、[実験例4]と同様にしてK562細胞に遺伝子導入し、その後4日間培養した。その後、[実験例1]の方法と同様にドキソルビシンをK562細胞の核に蓄積させた。ドキソルビシンのない培養液で0、3、6時間培養後、固定せずに蛍光顕微鏡観察した。細胞質内にドキソルビシン蛍光粒が出現した細胞の割合を図5上図に、画像データをNIH Imageにて細胞質に現れたドキソルビシンの蛍光粒の面積を定量化した結果を図5下図に示す。
(結果)
Atg5siRNAを用いてAtg5発現量を抑制することにより、細胞質内で観察されるドキソルビシン蛍光粒の数及び領域面積が減少した。すなわちAtg5発現量を抑制することで、ドキソルビシンの核内から細胞質への輸送が阻害されたことを示す。Atg5は、オートファゴソーム形成に必要なタンパク質であることから、ドキソルビシンの核内から細胞質への輸送はオートファジー経路に拠るものであることがわかる。
【0029】
[実施例1]
(材料と方法)
[実験例1]の方法と同様にドキソルビシンを核に蓄積させたK562細胞を10〜12μg/mlジギトニン/PBS処理を4℃で5分間行い、細胞質を抜いた。洗浄後、別に調製した細胞質(Kihara et al., (2001) EMBO Rep., 2: 330-335に準じて調製)とATP合成系成分(ARS;ATP, creatine kinase, creatine phosphate J. Cell Biol. 112: 39-54)を加えて37℃で1時間培養し、これを蛍光顕微鏡観察した。ジギトニン処理によるセミインタクト細胞の作製の手順を図6に示す。
尚、ジギトニン処理濃度は、LDHの活性を測定して細胞質の流出量を見積もることにより、別途決定しておいた。ジギトニン処理濃度とLDH活性(LDH放出量)の関係を調べた結果を図9に示す。
(結果)
ドキソルビシンを核内に蓄積させた後、ジギトニンで処理することにより作製したセミインタクト細胞に、別途調製した細胞質成分とATP合成系成分(細胞質+ARS;(C))、細胞質成分とATP枯渇系成分(ADS;hexokinase and glucose)(細胞質+ADS;(D))、又はARSのみ(ARS;(E))を添加した。細胞質成分及びATP合成系成分を添加後37℃で1時間培養することによって、ドキソルビシン蛍光粒が細胞質内に観察された(図7(C))。このことより、本発明のセミインタクト細胞及び該細胞を用いた評価系が、ドキソルビシンの核外流出を首尾よく再現し得ることが確認された。細胞質成分及びATP合成系成分を添加して4℃で培養した場合(図7(B))には、細胞質内の蛍光粒は観察されなかった。従ってドキソルビシンの核外流出は4℃では起こらないことが示唆された。また、実験前(図7(A)にはほとんどドキソルビシンの蛍光粒は観察されず、細胞質成分+ADS(図7(D))やARS(図7(E))の系においても蛍光粒は観察されなかった。
【0030】
[実施例2]
(材料と方法)
[実施例1]の方法と同様にドキソルビシン添加K562細胞をジギトニン処理した。これを洗浄後、別に調製した細胞質成分とATP合成系成分(4℃または37℃、抗Beclin抗体(EMBO Rep. 2: 330-335)または抗Vps34抗体(EMBO Rep. 2: 330-335)、およびWortmannin(Wako)添加)、ATP枯渇系(ADS,hexokinase and glucose)、および細胞質成分のみ、をそれぞれ加えて培養し、1時間後、蛍光顕微鏡観察した。蛍光観察データを[実験例5]と同様に定量化した。結果を図8に示す。
(結果)
まず、細胞質成分のみやATPエネルギーが枯渇した条件ではドキソルビシン蛍光粒の形成はコントロール(細胞質成分+ATP合成系37℃)と比べ見られなかった。細胞質成分及びATP合成系成分をセミインタクト細胞に添加するのと同時に、オートファジー関連タンパク質の抗体である抗Beclin抗体又は抗Vps34抗体を添加することによって、細胞質内でのドキソルビシン蛍光粒の形成が抑制された。オートファジーの阻害剤として用いられるWortmanninでも蛍光粒形成が抑制されたことから、ドキソルビシンの核外流出はオートファジー経路が担っていることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0031】
本発明は、薬剤耐性の発現によりその効果の減弱化が懸念されていた、化学療法用途の種々の物質の、効果維持に働く分子の特定に貢献できる。例えば、ドキソルビシン等、薬剤耐性が問題となっていた抗癌剤のリソソームへの輸送を特異的に阻害する薬剤探索が可能となり、薬剤耐性の発現が抑えられた化学療法が可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に接触させ該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、及び
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)を含む、
セミインタクト細胞の作製方法。
【請求項2】
さらに、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する工程(工程3)を含む、請求項1記載の方法。
【請求項3】
核内から細胞質への輸送が、核内からリソソームへの輸送である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
核内から細胞質へ輸送され得る物質が、抗癌剤である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
抗癌剤がアントラサイクリン系薬剤である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項6】
アントラサイクリン系薬剤がドキソルビシンである、請求項5記載の方法。
【請求項7】
細胞が浮遊系細胞である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項8】
細胞がK562細胞である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項9】
細胞膜の可溶化処理が、ジギトニンによる処理である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項10】
ATP合成系成分が、ATP、クレアチンリン酸及びクレアチンキナーゼである、請求項2記載の方法。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1項に記載の方法によって調製されたセミインタクト細胞。
【請求項12】
(1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に添加し該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加する工程(工程3)、及び
(4)工程3で得られた細胞を培養することによって核内に蓄積した該物質を細胞質へと放出させる工程(工程4)
を含む、
該物質の核外流出を評価する方法。
【請求項13】
核内から細胞質への輸送が、核内からリソソームへの輸送である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
核内から細胞質へ輸送され得る物質が、抗癌剤である、請求項12記載の方法。
【請求項15】
抗癌剤がアントラサイクリン系薬剤である、請求項14記載の方法。
【請求項16】
アントラサイクリン系薬剤がドキソルビシンである、請求項15記載の方法。
【請求項17】
細胞が浮遊系細胞である、請求項12記載の方法。
【請求項18】
細胞がK562細胞である、請求項12記載の方法。
【請求項19】
細胞膜の可溶化処理が、ジギトニンによる処理である、請求項12記載の方法。
【請求項20】
ATP合成系成分が、ATP、クレアチンリン酸及びクレアチンキナーゼである、請求項12記載の方法。
【請求項21】
(1)核内から細胞質へ輸送され得る物質を細胞に添加し該細胞の核内に該物質を蓄積させる工程(工程1)、
(2)工程1で得られた細胞の細胞膜を可溶化処理し細胞質を除去する工程(工程2)、
(3)工程2で得られた細胞質が除去された細胞に、別途調製した細胞質成分及びATP合成系成分を添加し、試験化合物の存在下及び非存在下で培養する工程(工程3a)、及び
(4)工程3aで得られた細胞の核内に蓄積した、核内から細胞質へ輸送され得る物質の、細胞質内への放出の程度を測定し、試験化合物の存在下及び非存在下で比較する工程(工程4a)
を含む、
核内から細胞質へ輸送され得る物質の核外流出の阻害剤をスクリーニングする方法。
【請求項22】
細胞、可溶化剤、細胞質成分及びATP合成系成分を含む、セミインタクト細胞作製用キット。
【請求項23】
細胞がK562細胞であり、可溶化剤がジギトニンである、請求項22記載のキット。
【請求項24】
細胞、可溶化剤、細胞質成分及びATP合成系成分を含む、物質の核外流出を評価するためのキット。
【請求項25】
細胞がK562細胞であり、可溶化剤がジギトニンであり、物質がドキソルビシンである、請求項24記載のキット。
【請求項26】
細胞、可溶化剤、細胞質成分及びATP合成系成分を含む、物質の核外流出の阻害剤をスクリーニングするためのキット。
【請求項27】
細胞がK562細胞であり、可溶化剤がジギトニンであり、物質がドキソルビシンである、請求項26記載のキット。

【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−39979(P2012−39979A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−186470(P2010−186470)
【出願日】平成22年8月23日(2010.8.23)
【出願人】(503303466)学校法人関西文理総合学園 (26)
【Fターム(参考)】