説明

細胞毒性検査方法

【課題】細胞を使った毒性試験は、細胞の生死によって被検査物の毒性を評価する方法であり、比較的容易で多くのロットの試験ができるため、一次スクリーンの目的には合致したものである。しかし、評価が細胞の生死であるため、細胞がどのような過程で死んでしまったのかは明確でない。また、細胞は被検査物が作用した直後に死んだのか、ある程度細胞分裂をしてから死んだのかという点についても判断できない。
【解決手段】分裂しても染色体の数が変化しない細胞に蛍光タンパク質を導入する工程と、前記蛍光タンパク質が導入された細胞を被検査物に曝す工程と、前記被検査物に曝された細胞をライブ観察し、少なくとも分裂時間を測定する工程を有する細胞毒性検査方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞に被検査物を曝して、細胞の変化を観察する細胞毒性検査方法であって、被検査物に曝した細胞をライブ観察することで、細胞がどのように変化するか、特に分裂時間および分裂から分裂までの間を示す分裂間時間を調べる事で、被検査物の毒性を検査する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
体内組織や血液に直接触れる薬剤や医療機器は、安全性が求められる。そのため、体内組織や血液に対してどれほどの影響があるかは、使用される前に検査される必要がある。一方、ほとんどの物質は体組織にとって毒にも薬にもなりえる。そこで、問題はどれほどの量が体に入れば、毒としての効果を示すかという点である。このような検査では、被検査物を体組織に曝す若しくは摂取させる量を変えて、結果を観察する必要があるので、膨大な検体が必要となる。
【0003】
動物を使った検査は信頼性は高いが1次サーチ用としては、費用がかかりすぎるという問題も発生する。そこで、確立された細胞株を用いたスクリーニングが行われている。これらは、細胞毒性試験と呼ばれる試験方法であり、例えば、培地抽出法、細胞増殖抑制試験、直接接触法等が挙げられる。
【0004】
これらの試験の原理は多数の培養細胞を用いて、細胞の生死で毒性を評価することにある。有害物質の影響を受けた細胞は、ネクローシス若しくはアポトーシスによって死に至るため、多くの培養細胞に被検査物を与えて、その後の細胞の死亡率若しくは生存率を調べる。つまり、細胞個々には有害物質に対する感受性に違いがあったとしても、多くの細胞について同一の被検査物の影響を調べる事で、統計的には毒性が評価できるという技術思想に基づくものである。
【0005】
このような方法に関する技術はすでに開示されているものがあり、特許文献1(特開平05−336996号)には、コラーゲンマトリックスに表皮細胞と繊維芽細胞とを一緒に培養する場合は、生存細胞の数をカウントするのが極めて困難という課題に対して、生存細胞の数のカウントをより容易にできる方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献2(特開平10−327854号)にも、培養細胞の生死細胞を直接計数するのは不可能であるとして、接着性細胞を基板上で培養した後、被検査物に曝して、染色した後計数する方法が開示されている。この方法では、1個1個の細胞の生死を正確にカウントすることができるとされている。さらに、特許文献2では、観察に自動ステージとカメラを用いることで接着性細胞の生存率の決定を自動化できることが開示されている。
【0007】
一方、細胞の一つ一つに着目し、より詳細に薬剤が細胞に及ぼす影響を視覚的に観察する方法も提案されている。特許文献3(特表2005−535348号)では、単一の蛍光タンパク質を導入した細胞に対して発光強度を時間関数として観察することで、増殖速度や薬剤感受性を生体外でリアルタイムに判定する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平05−336996号公報
【特許文献2】特開平10−327854号公報
【特許文献3】特表2005−535348号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
細胞を使った毒性試験は、細胞の生死によって被検査物の毒性を評価する方法であり、比較的容易で多くのロットの試験ができるため、一次スクリーンの目的には合致したものである。しかし、評価が細胞の生死であるため、細胞がどのような過程で死んでしまったのかは明確でない。また、細胞は被検査物が作用した直後に死んだのか、ある程度細胞分裂をしてから死んだのかという点についても判断できない。
【0010】
さらに、例えば、被検査物によって、細胞の分裂過程が停止してしまい、実際には死んでいると判断すべき場合、つまり、アポトーシスでもなくネクローシスでもない状態で、あたかも生きているように見えるような状態は、誤って生きていると判断してしまうという課題があった。
【0011】
特許文献3の実施例9や実施例10には、蛍光タンパク質を導入した細胞の分裂過程やアポトーシスの状態を時間毎に撮影して、認識できる点が開示されているが、ある細胞の分裂過程若しくはアポトーシスの場面を蛍光タンパク質を用いて観察した点が開示されているのみであり、試験若しくは検査にどのように使えるかについてはなんら開示されていない。
【0012】
すなわち、同じ細胞株とはいえ、個々の細胞の被検査物に対する感受性の違いをどのように判断するかという点がなんら考慮されていない。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記の課題に鑑みて想到されたものであり、細胞の内部で生じる変化まで追跡することで、被検査物の細胞に与える効果を評価することを目的とする。より具体的には、本発明は、
分裂しても染色体の数が変化しない細胞に蛍光タンパク質を導入する工程と、
前記蛍光タンパク質が導入された細胞を被検査物に曝す工程と、
前記被検査物に曝された細胞をライブ観察し、少なくとも分裂時間を測定する工程を有す
る細胞毒性検査方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、分裂しても染色体の数が変化しない細胞を用いるので、集団の中の任意の細胞がほぼ集団全体の細胞の性質を反映する。つまり、細胞分裂時間や細胞分裂に至るまでの時間(細胞分裂間時間)が、全ての細胞においてほぼ同じである。したがって、被検査物に曝した細胞集団の中から選んだ数個の細胞の変化を調べることで、集団全体の結果を判断できる。これによって、被検査物による細胞の変化をより詳細に追跡することができる。
【0015】
また、ライブ観察によって、細胞分裂の時間や細胞分裂間時間を測定し、同じ集団の細胞で被検査物に曝されなかった細胞の場合と比較することで、詳細な検査であるにも関わらず、被検査物の毒性を評価することができる。
【0016】
さらに、細胞分裂の停止によって、あたかも生きているように見える状態も、同じ性質
を有して被検査物に曝されなかった細胞と比較することで、確認することができ、そのよ
うな被検査物の毒性を評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に用いる事のできる細胞の染色体数と本発明に用いる事のできない細胞の染色体数を示すグラフである。
【図2】本発明に用いる事のできる細胞の分裂時間と本発明に用いる事のできない細胞の分裂時間を比較する資料である。
【図3】本発明に用いる事のできる細胞にMMCで処理をした場合の各細胞の分裂時間の関係を示すグラフである。
【図4】本発明に用いることのできる、pVenus−L201A−C1を作製する過程を示す図である。
【図5】本発明に用いた細胞を観察することで得た系譜図を示す図である。
【図6】本発明に用いた細胞をMMCに曝した後に得た系譜図を示す図である。
【図7】MMCに曝した細胞の他の系譜図を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
(実施の形態1)
本発明の細胞毒性検査方法で用いる細胞は、分裂によって染色体の本数が変化せず、不死の細胞である。さらに、癌化していない細胞であるのが好ましい。このような細胞の候補の1つは、幹細胞であるが、すでに株化された公知の細胞も使用できる可能性がある。例えば、NIH3T3は、マウスの胎児皮膚から分離したものであり、正常細胞の性質と無限に分裂する性質を併せ持つ。Vero細胞は、アフリカミドリザル由来の細胞で、不死の性質を持つが、癌化していない。
【0019】
本明細書ではm5sという京都大学放射線生物研究センター佐々木正夫教授による細胞(大阪府立大学先端科学イノベーションセンター児玉靖司教授より分与)を用いた。この細胞は、染色体構成が安定的に維持されていることがよく知られている。なお、分裂によって染色体数が変化しないというのは、細胞分裂によって染色体が異なる細胞の発生率が40%以下をいうものとする。
【0020】
また、本発明に用いる細胞は、接着性の細胞であるのがよい。本発明では、数回の細胞分裂を追う必要があるので、浮遊細胞では追跡できない場合もあるからである。
【0021】
本発明の検査方法では、このような細胞に蛍光タンパク質を導入する。導入の方法は特に制限されず、公知の方法を用いることができる。導入できる蛍光タンパク質も特に制限されない。より具体的には、GFP(Green Fluorescence Protein)、やYFP(Yellow Flourescence Protein)、CFP(Cyan Fluorescence Protein)、RFP(Red Flourescence Protein)などが好適に利用できる。これらのタンパク質は、コードする塩基配列が確立されているので、プラスミドに組み込みやすい。
【0022】
また、これらの蛍光タンパク質は、細胞中で目標とするタンパク質をコードする塩基配列に続けてプラスミド中に組み込み、細胞に導入する。目標とするタンパク質が生成された際に観察できるようにするためである。
【0023】
また、本発明の検査方法に用いる細胞には、少なくとももう1箇所に蛍光タンパク質を導入してもよい。この蛍光タンパク質は、細胞の分裂を観察するためである。したがって、この蛍光タンパク質は、細胞核や、細胞壁といった細胞の外観に関わる部分のタンパク質に対して発光させる。また、この蛍光タンパク質は、先程の蛍光タンパク質とは発光の波長が異なるものが良い。これらを区別できるようにするためである。
【0024】
蛍光タンパク質を導入した細胞は、適量を検査用とコントロール用に分け、検査用の細胞は被検査物に曝す。被検査物は、検査用の細胞を培養している容器中に投入したまま、検査を行ってもよいし、検査用の細胞を、被検査物に所定の期間曝してから再び培地中で培養してもよい。
【0025】
被検査物に曝された細胞は、ライブ観察によって状態を観察する。ライブ観察とは、細胞を生きたまま観察し記録することをいう。この際、細胞には励起光をあてて、導入された蛍光タンパク質が発光する光を顕微鏡を介して観察・記録する。
【0026】
使用する細胞が接着性の細胞であれば、この観察の際に、移動することが少ないので、長期間に渡り同一の細胞を観察することができる。
【0027】
観察は、染色体が凝縮を始めてから分離するまでの時間である細胞分裂時間と、細胞の分裂と分裂の間を表す、細胞分裂間時間の2種類の時間を少なくとも観察・記録する。細胞は被検査物から影響を受けると、細胞分裂時間が変化するからである。したがって、同じ集団から培養された細胞を比較のために観察しておくことが必要である。
【0028】
また、本発明では、被検査物の影響が少なくて、細胞分裂を複数回行った後に被検査物の影響がでる場合も観察・記録することができる。
【実施例】
【0029】
本発明では、分裂しても染色体の数が変化しない細胞を用いる。以下にそのような細胞について説明する。
【0030】
以下のように、ヒストンH3と共に発現する蛍光タンパク質用プラスミドの例として、蛍光タンパク質mCherryとVenusについて作製した。
【0031】
<<実施例の可視化細胞の作製と観察>>
<(1)プラスミドDNAの作製>
(a)pmCherry−H3
ヒストンH3−赤色蛍光蛋白質発現プラスミド(mCherry−H3)は、pRSET−mCherry(カリフォルニア大学 Tsien博士より寄贈)を鋳型とし、プライマーCとHを用いてPCR法を利用して増幅させ、mcherry断片を得た。それぞれのプライマーは表1に示す。なお、プライマーCは配列番号1、プライマーHは配列番号2である。pECFP−H3をNheI、BglIIで切断しECFP部分を取り除いた部位に、NheI、BglIIで切断したmCherry断片を挿入することによりpmCherry−H3を作製した。
【0032】
(b)pVenus−L201A−H3
黄緑色蛍光タンパク質融合タンパク質の発現ベクターとして、黄緑色蛍光タンパク質(Venus−L201A)の遺伝子を含むベクターである哺乳動物細胞用発現ベクターpVenus−L201A−C1を使用した。なお、Venus−L201Aは、黄緑色蛍光タンパク質VenusのプラスミドであるpCS2−Venus(理化学研究所脳科学総合研究センター 宮脇敦史博士より寄贈)を鋳型にメガプライマー法を用いて、そのN末端から201番目のロイシンをアラニンに置き換えたものである。
【0033】
具体的には、1回目のPCRでは、Cherry−Fw(Primer−1)とVenus−C−L201A(Primer−2)の間を増幅した。Primer−1により、Venusのコーディング領域の上流に制限酵素Nhe Iの認識部位を作製した。また、Primer−2により、アミノ酸残基201番目のロイシンをアラニンに変異(L201A)させた。この変異導入時に、アミノ酸残基202番目セリンのアミノ酸配列は変えずに、塩基配列を変えることにより、制限酵素Mlu Iの認識部位を作製した。
【0034】
2回目のPCRでは、1回目のPCR産物をメガプライマーとして、Venus−C−Rev−2(Primer−3)との間を増幅した。Primer−3により、ストップコドンを取り除き、さらに、Venusのコーディング領域の下流に制限酵素BglIIの認識部位を作製した。プライマーの塩基配列を表1に示す。塩基配列は左から5´末端で、右端は3´末端である。また、プライマー1は配列番号3、プライマー2は配列番号4、プライマー3は配列番号5である。
【0035】
【表1】

【0036】
そして、Venusのコーディング領域の上流と下流にそれぞれ作成した制限酵素認識部位を、NheIとBglIIで制限酵素処理し、インサートを作製した。
【0037】
また、pEGFP−C1をNheIとBglIIで制限酵素処理し、EGFPのコーディング領域を取り除いて、ベクターを作製した。そして、インサートとベクターのライゲーションを行い、pVenus−L201A−C1を作製した。これらの過程を図4に示す。
【0038】
次に上記pVenus−L201A−C1をMCS内にある制限酵素BamHI及びEcoRIで切断し、該切断部位に上記のプラスミドDNAであるmCherry−H3を同じ制限酵素で切断することで得られたヒストンH3のcDNA断片を導入することにより、黄緑色蛍光タンパク質融合タンパク質を発現させるためのプラスミドDNAであるpVenus−L201A−H3を作製した。プラスミドDNAの精製には、「Quantum Prep Plasmid Miniprep Kit」(BIO−RAD社製)を使用した。
【0039】
<(2)プラスミドDNAの導入および安定形質転換細胞の取得>
次に、上記のプラスミドDNAを細胞に導入して、安定形質転換細胞を得た。上記プラスミドDNAを導入する細胞として、マウス胎児線維芽細胞株m5s細胞を用いた。15%FBS含有D−MEM培地(日水製薬製)にて上記m5s細胞を37℃、5%炭酸ガス空気下で培養した。対数増殖期にある細胞をトリプシン溶液ではがし、ファルコンチューブに回収した。遠心分離(1000rpm/5分)し1×PBS(−)で洗浄し、細胞数が1.2×10cells/ mlになるよう1×K−PBS(30mM NaCl, 120mM KCl, 8mM NaHPO, 1.5mM KHPO, 5mM MgCl)に懸濁した。
【0040】
この細胞懸濁液480μlをマイクロチューブに移し氷中で5分静置後、上記プラスミドDNA20μlを添加し、氷中で10分静置した。その後懸濁液を冷却した4mm幅シングルキュベット(BIO−RAD社製)に移し、パルス発生装置「Gene Pulser Xcell」(BIO−RAD社製)を用いて270V、1050μFの条件で、上記プラスミドDNAをm5s細胞に導入し直ちに10分間氷冷した。氷冷後無血清D−MEMを0.5ml加えて室温で10分静置し、パスツールピペットで回収した細胞を90mmシャーレ数枚に播いた。
【0041】
細胞を播いたシャーレに選択培地G418(ナカライ社製)を200〜600μg/mlとなるように添加し、3〜5日毎に培地交換をして培養を続けた。約2週間経過後、形成されたコロニーをクローニングリングを用いて個々に回収し、カバーグラスを入れた12穴マイクロプレートに移して培養した。次の操作(形質転換細胞での目的とする構造の可視化の確認)により、各蛍光タンパク質が核で発現し、かつ大核など異常な核が少ないと確認された細胞を安定形質転換細胞株とし、90mmシャーレにて培養し、液体窒素中にて保存した。安定形質転換細胞株として得る事ができたのは、mCherry−H3導入株が5クローンと、Venus−L201A−H3導入株が4クローンであった。取得した蛍光細胞を表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
<(3)形質転換細胞での目的とする構造の可視化の確認>
上記のカバーグラス上で培養された細胞を4%パラホルムアルデヒドで20分間固定し、0.1%トリトンX−100で5分間処理した。細胞核をDAPI溶液(1μg/ml)で染色し、対物レンズ「PlanApo 60x」(NA1.40、ニコン社製)を備えた蛍光顕微鏡「Eclipse E600」(ニコン社製)を用いて観察した。DAPI、mCherry、Venusはそれぞれの蛍光を観察するにあたってUV−1A(EX 365 / 10 DM400 BA400)、Texas Red(EX 540−580 DM595 BA600−660)、Yellow GFP(EX 465−495 DM505 BA515−555)を使用した。目的とする細胞構造(核)がそれぞれの蛍光を放っていることを確認した。
【0044】
<染色体数の確認>
次に上記の操作で得る事のできた安定形質転換細胞株の染色体の数を確認した。
【0045】
<(1)染色体展開標本の作製>
対数増殖期にあるm5s蛍光細胞にコルセミドを終濃度0.06μg/mlになるよう添加し、2時間37℃、5%炭酸ガス空気下で培養した。その後トリプシン溶液で細胞をはがしてファルコンチューブに回収し、遠心分離(1000rpm/5分)した。その上澄みを捨て、0.075M塩化カリウム水溶液2mlを加えて穏やかに懸濁し、25分間室温において低張処理を行った。処理後、氷冷したカルノア液(酢酸:メタノール=1:3)2mlを重層し、穏やかに撹拌した。遠心分離(1000rpm/5分)し上澄みを捨てた後、カルノア液4mlを加え穏やかに撹拌し氷中に5分間静置した。その後遠心分離(1000rpm/5分)し上澄みを捨て、カルノア液4mlで再度撹拌、氷冷を行った。
【0046】
カルノア液1mlを加えた細胞懸濁液を20μlとり、染色体メタフェーズ標本作製用装置HANABI(ADSTEC社製)を用いて、スライドグラス上に滴下した。標本の乾燥後、DAPI溶液(1μg/ml)で核・染色体を染色し、グリセロールで標本を封入した。
【0047】
<(2)染色体数の測定>
上記の標本を、対物レンズ「PlanApo 60x」(NA1.40、ニコン社製)を備えた蛍光顕微鏡「Eclipse E600」(ニコン社製)を用いて観察した。DAPIが観察可能なフィルターを用いて、展開された染色体について観察した。染色体が展開しているもののうち、明らかに染色体数が形質転換前と異なる2クローン、即ち、4割が60本以上の染色体をもつクローン(mCherry−H3 C18)と、8割が70〜80本の染色体をもつクローン(mCherry−H3 A20)、を除き、各クローンの細胞50個分についてその染色体数をカウントした。
【0048】
得られた蛍光細胞には、染色体数が形質転換前のm5s細胞の染色体数に近いクローン(mCherry−H3 A14, Venus−H3 A14など)もあれば、染色体数がばらついているクローン(mCherry−H3 B2−12)もあった。図1でmCherry−H3 A14, B2−12、Venus−H3 A14の染色体数の分布図を示す。
【0049】
図1は、縦軸が細胞数を表し、横軸が染色体数を表す。図1(a)、(b)、(c)がそれぞれmCherry−H3 A14, B2−12、Venus−H3 A14の結果である。
【0050】
本発明の検査方法には、分裂後の染色体数が変わらない細胞を使用するので、例えば、クローン(mCherry−H3 B2−12)は、利用することができない。以下の実施例では、クローン(mCherry−H3 A14)を用いた。もちろん、クローン(Venus−H3 A14)を用いることもできる。
【0051】
この細胞を35mmガラスボトムデイッシュ(イワキ社製)へ接種し、INU−NI−FI顕微鏡保温装置「ステージトップインキュベーター」(東海ヒット社製)で培養した。
【0052】
次に比較例として用いた細胞について説明する。
【0053】
<<比較例の可視化細胞の作製と観察>>
<(1)プラスミドDNAの作製>
(a)mPlum−H3
pBAD−mPlum(カリフォルニア大学 Tsien博士より寄贈)を鋳型とし、プライマーCおよびMを用いてPCR法を利用して増幅させ、蛍光タンパク質mPlum遺伝子断片を得た。なお、プライマーMは配列番号6であるpEGFP−C1(クロンテック社)をNheI、BglIIで切断し、EGFP遺伝子を取いた部位に、あらかじめNheI、BglIIで処理したmPlum遺伝子断片を挿入することにより、pmPlum−C1を作製した。
【0054】
ヒストンH3−赤色蛍光蛋白質発現プラスミド(mPlum−H3)は、pmPlum−C1をBamHI、EcoRIで切断した部位に、pECFP−H3をBamHI、EcoRIで切断して得られたヒストンH3遺伝子断片を挿入することにより作製した。
【0055】
<(2)プラスミドDNAの導入および安定形質転換細胞の取得>
上記プラスミドDNAを導入する細胞として、ヒト乳癌細胞株(MDA435)由来の4色可視化細胞株MDA−Auro/imp/H3/AF(Sugimoto et al. Mutation Research 657, 56−62, 2008、)を用いた。10%FBS含有D−MEM培地(日水製薬製)にて上記細胞株を37℃、5%炭酸ガス空気下で培養した。対数増殖期にある細胞をトリプシン溶液ではがし、ファルコンチューブに回収した。遠心分離(1000rpm/5分)し1×PBS(−)で洗浄し、細胞数が1.2×10cells/mlになるよう1×K−PBSに懸濁した。
【0056】
この細胞懸濁液480μlをマイクロチューブに移し氷中で5分静置後、上記プラスミドDNA20μlを添加し、氷中で10分静置した。その後懸濁液を冷却した4mm幅キュベット(BIO−RAD社製)に移し、パルス発生装置「Gene Pulser」(BIO−RAD社製)を用いて200V、950μFの条件で、上記プラスミドDNAを薬剤耐性遺伝子(ble)発現プラスミドDNAとともにMDA細胞に導入し直ちに10分間氷冷した。氷冷後無血清D−MEMを0.5ml加えて室温で10分静置し、パスツールピペットで回収した細胞を90mmシャーレ数枚に播いた。
【0057】
細胞を播いたシャーレに選択培地Zeocin(インビトロゲン社製)を15μg/mlとなるように添加し、3〜5日毎に培地交換をして培養を続けた。約2週間経過後、形成されたコロニーをクローニングリングを用いて個々に回収し、カバーグラスを入れた12穴マイクロプレートに移して培養した。上記で説明した形質転換細胞での目的とする構造の可視化の確認の操作により、赤色の蛍光を放つmPlum蛍光タンパク質が核に局在する細胞株7株(No.3,6,7,9,13,30,31)をmPlum−ヒストンH3安定形質転換細胞株として取得し、90mmシャーレにて培養し、液体窒素中にて保存した。
【0058】
比較例として用いた細胞は得られたmPlum−ヒストンH3安定形質転換細胞株(No.9)を用いた。細胞を35mmガラスボトムデイッシュ(イワキ社製)へ接種し、INU−NI−FI顕微鏡保温装置「ステージトップインキュベーター」(東海ヒット社製)で培養した。
【0059】
次に可視化細胞のライブ観察について説明する。
【0060】
<<可視化細胞のライブ観察>>
ライブ観察には以下の装置を用いた。ECLIPSE TE300(ニコン社製)へ、PlanApo VC 60X対物レンズ(ニコン社製)とORCA−ER CCDカメラ(浜松ホトニクス社製)、さらに、励起、吸収フィルターホイールとZ軸モータ(Ludl Electronic Products社製)を備えたMAC5000コントローラーを取り付けた。
【0061】
100Wのハロゲンランプを光源にし、励起、吸収フィルターの波長特性は、それぞれ、572をピークに35nm幅のものと632をピークに60nm幅のもので、ダイクロイックミラーは89006bs (89006 CFP/YFP/mCherry−ET、Chroma Technology社製)を用いた。
【0062】
生細胞のタイムラプス画像は、MacOS X(三谷コーポレーション社製)用ルミナビジョンソフトウェアを用いて、焦点面を2μmずつ移動させつつ、2〜4分のタイムラプスで取得した。
【0063】
得られたZ軸画像スタックは、ルミナビジョンソフトウェアを用いて最大値投影法にて変換し、画像解析した。
【0064】
上記の観察装置を用いて、実施例クローン(mCherry−H3 A14)と比較例クローン(mPlum−ヒストンH3−No3)のライブ観察を行った。観察はそれぞれ複数個の細胞についてライブ観察し、所定時間毎に写真撮影した。得られた写真から細胞の分裂時間(染色体が凝縮してから2極に分かれるまでの時間)を判定した。実施例クローン(mCherry−H3 A14)の分割時間を図2(a)に、また比較例クローン(mPlum−ヒストンH3−No3)の分割時間を図2(b)に示す。
【0065】
図2(a)のグラフを参照して、実施例の細胞は、平均的な分裂時間は36.5分であり、観察した16個の細胞すべてが、ほぼ±4分以内(±3.83分)と細胞分裂時間がよくそろっていた。一方、図2(b)を参照して、比較例クローン(mPlum−ヒストンH3−No3)では、観察した32個の細胞の分裂時間はそれぞれまちまちであった。
【0066】
実施例クローンの分裂時間がそろっているのは、分裂した後の染色体の数が変化しないことに起因すると考えた。すなわち、実施例クローンのような細胞株の細胞は、分裂時間がよくそろっている。その特徴の一つが分裂しても染色体に変化が少ないということであると考えた。一方、比較例クローンの場合のように、分裂後の染色体の数が細胞毎にバラバラであると、細胞の分裂時間もまちまちとなってしまう。逆に言うと、分裂しても染色体の数に大きな変化のない細胞は、その株に属する全ての細胞について、ほぼ同じ分裂時間を有すると考えられる。本発明は、このような性質を利用し、被検査物に曝す細胞を分裂しても染色体の数に変化のない細胞として、そのうち、数個の細胞を詳細に観察し、分裂時間等を観察することで、細胞毒性を検査するものである。
【0067】
<<分裂時間の変化>>
mCherry−H3−A14−6株を35mmガラスボトムディッシュ(イワキ社製)に播き、一日培養後、薬剤マイトマイシンC(以後MMCと表記する)を終濃度300nM(IC50濃度の約3倍で、投与後24時間後に小核発生頻度が約3倍になる濃度)になるよう投与した。投与後4時間経過した後、培地を新しいものに交換し薬剤を除去し、細胞を記述のライブ観察装置に設置し観察を行った。結果を図3に示す。縦軸は細胞数を表し、横軸は分裂時間(分)である。
【0068】
分裂時間は、24分から108分まで広がった。ライブ観察した68細胞での分裂時間の平均は40分であり、SDは±18分であった。これは、薬剤に曝されなかったコントロールが平均36.5分±4分であったことを考えると、ばらつきが大きくなったと判断できる。また、分裂時間が24分から48分までのグループと、60分から108分までのグループに分かれたという見方もできる。
【0069】
しかも、この細胞は、集団として特性がそろっているので、分裂時間が長くなり、その分散も長くなったのは、個々の細胞自体の特性ではなく、薬の影響であったと判断できる。このことから、影響のわからない薬剤に対して、数十個単位の細胞をライブ観察し、コントロールの細胞と比較することで、薬剤の影響を分裂時間の変化として捉えることができる。
【0070】
また、本発明の毒性検査では、細胞の分裂状態を直接観察するので、細胞の生き死にだけでなく、細胞に生じた変化も確認することができる。例えば、図3のグラフにおいて、黒の部分は、細胞に小核が生じたものである。
【0071】
(実施の形態2)
<細胞系譜図>
観察には得られた蛍光細胞のうち、染色体数が形質転換前のm5s細胞の染色体数に近いクローンmCherry−H3 A14−6株を用いた。細胞を35mmガラスボトムデイッシュ(イワキ社製)へ接種し、IMF−I−W 蒸留水供給装置(東海ヒット社製) を取り付けた、INU G2−WDS−P顕微鏡保温装置(東海ヒット社製)で培養した。
【0072】
ECLIPSE Ti顕微鏡(ニコン社製)へ、Plan Apo 40X対物レンズ(ニコン社製)とImagEM EM−CCDカメラ(浜松ホトニクス社製)とさらに、ProScan II ステージ・Z軸コントローラー(PRIOR社製)を取り付けた。
【0073】
100Wのハロゲンランプを光源にし、適切な波長の光を得るために、波長特性が572をピークに35nm幅と632をピークに60nm幅の、ダイクロイックミラー(Semrok社製)を用いた。
【0074】
生細胞のタイムラプス画像は、Windows(登録商標)用Volocityソフトウェア(Improvision社製)を用いて、焦点面を2μmずつ移動させつつ、6分のタイムラプスで取得した。
【0075】
この細胞の分裂時間と分裂間時間がどの程度安定しているかを表3に示す。表3でMDAは5色可視化したヒト由来の癌細胞である。このMDA細胞とA14−6株を65時間まで調べた際の分裂時間と分裂間時間を比較したものである。ライブ撮影は上記のように6分間隔で撮影しているので、例えばA14−6株は、65時間後であっても分裂時間が写真2コマ程度の差しかない。すなわち、51個の細胞について、65時間経過した後であっても、ほぼ同じ分裂時間で分裂が行われていることを示している。
【0076】
一方、MDAの場合は、分裂時間の平均からの上下の広がり幅が140分近くあり、平均の85.7分よりも大きくなる。これらの細胞でこれだけ分裂時間に差ができると、任意に選んだ細胞が全体を代表しているとは言い難い。
【0077】
【表3】

【0078】
細胞分裂時に染色体が分離する画像が取得できた。取得画像より、染色体が凝縮してから2極に分かれるまでの時間を調べたところ、染色体の分裂時間のばらつきが少なく、ほぼそろっていることが分かった。さらに長時間(約65時間)の撮影で、最高で5回の連続する分裂像が取得でき、染色体が分裂してから再び分裂するまでの分裂間時間も、ばらつきが少なかった。
【0079】
図5は、上記のmCherry−H3 A14−6の特定した細胞についての、分裂の世代を示す系譜図である。それぞれの代の細胞には、最初の親をC1とし、その後C2、C3・・、と番号を付与した。同じ世代の細胞には、C3a、C3bなどのように数字の後にアルファベットを付与して区別する。
【0080】
図中丸で囲んだ数字は、これらの細胞の分裂の回数を表す。また、世代間をつなぐ線の長さは、大まかに分裂間時間の長さを反映させている。この系譜図を見ると、最初の細胞C1が分裂して2つのC2(C2a、C2b)ができ、それぞれの細胞からさらに分裂してC3(C3a、C3b、C3c、C3d)を生んでいることを順次観測できていることが分かる。
【0081】
図中で、「OUT」は顕微鏡の視野から外れ、観測出来なくなったことを示す。本発明の細胞は壁面に固着しやすいので、顕微鏡を視野を動かすことで、ある程度追跡することができる。しかし、分裂の際には、大きく動くことがあり、すると、追跡できる視野範囲からはずれてしまう。
【0082】
なお、特定の細胞は複数個を選んで観測している。5回の分裂まで観測し、観測した全ての細胞の分裂時間と分裂間時間の平均を求めると、分裂時間は平均23.9±4.88分(n=63)であり、分裂間時間の平均は13.2±2.53時間(n=40)であった。このように、分裂しても染色体の数が変わらない細胞は、培地中で順調に分裂し、その分裂の系譜図を追跡することができる。
【0083】
なお、分裂時間と分裂間時間のn数に違いがあるのは、分裂回数が多くなると、視野の外に出て観測できなくなる細胞が増えるからである。
【0084】
<MMC処理細胞のライブ観察>
mCherry−H3 A14−6株を35mmガラスボトムディッシュ(イワキ社製)に播き、一日培養後、薬剤マイトマイシンC (以後MMCと表記する)を終濃度300nM (IC50濃度の約3倍)になるよう投与した。投与後4時間経過した後、培地を新しいものに交換し薬剤を除去し、細胞を記述のライブ観察装置に設置し観察を行った。その結果、小核が形成される様子が観察でき、連続する分裂において小核が続けてできるもの、2回目以降の分裂で小核ができるもの、小核をもつ細胞のその後の様子を追うことができた。
【0085】
図6には、MMCで処理した細胞の系譜図を示す。図中丸で囲んだ数字は図5と同じく分裂の回数である。同じ世代の分裂には丸で囲んだ数字の後にハイフンをつけアルファベットで区別した。また、細胞を示す丸の左肩に小さな丸がついているものは、小核が発生した事を表す。図5のMMCにさらされていない細胞の場合と比較すると、分裂間時間が延びているのがわかる。また、丸5で示す細胞は、初代から4代目で初めて小核が発生しており、初代の細胞が蒙った影響が、2代目、3代目で発現しなくても、4代目以降で発現することが観察された。
【0086】
一度小核ができた細胞は、さまざまな変化を起こすが、例えば図7に示すようにある親からの子が2つとも小核を発生し、その後分裂しきれないまま繋がってしまうといったケース(図7(b)参照)であったり、分裂した細胞の片方にだけ小核ができて、小核ができた細胞はその後死んでしまったり(図7(c)参照)といったケースがある。もちろん、図6に示したように、小核を発生したまま分裂を続ける細胞もあった。なお、図7(a)は、細胞C2bが2つに分裂し(C3cおよびC3d)、その後小核部分同士で結合する(C4c、C4d)ところを撮影した連続写真である。左上から右、左下から右下と時間は過ぎてゆく。
【0087】
このように、本発明で用いた細胞を薬剤に曝し、特定の細胞についてその系譜図を薬剤に曝さなかった細胞と比較することで、薬剤の細胞に対する世代を通じた影響をアッセイすることができる。特に、薬剤の濃度が薄い場合において、どの程度の影響があるのかは、この系譜図を比較することで、これまでにないアッセイが可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明は、培養細胞を用いた薬剤の細胞に対する影響について、詳細な確認が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分裂しても染色体の数が変化しない細胞に蛍光タンパク質を導入する工程と、
前記蛍光タンパク質が導入された細胞を被検査物に曝す工程と、
前記被検査物に曝された細胞をライブ観察し、少なくとも分裂時間を測定する工程を有する細胞毒性検査方法。
【請求項2】
分裂しても染色体の数が変化しない細胞に蛍光タンパク質を導入する工程と、
前記蛍光タンパク質が導入された細胞を被検査物に曝す工程と、
前記被検査物に曝された細胞をライブ観察し、前記細胞が少なくとも2回以上分裂する間の分裂時間および分裂間時間を測定する工程を有する細胞毒性検査方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−29675(P2012−29675A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−255097(P2010−255097)
【出願日】平成22年11月15日(2010.11.15)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】