説明

細胞画像解析装置、細胞画像解析方法、及び細胞画像解析プログラム

【課題】剥離細胞と接着細胞との重なりを考慮せずに、細胞剥離性能を高精度に評価する。
【解決手段】細胞と液体とを含む系に動きを与えた状態から、前記細胞が静止するまでの状態を動画撮影した動画ファイルのフレームのうち、前フレームとの画素の差分値が所定の値以上である動きエリアを抽出する動きエリア抽出部を有することを特徴とする細胞画像解析装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞画像解析技術に関し、特に、剥離細胞の画像解析により剥離細胞を検出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療分野等において、皮膚などの自己の細胞を増殖させて人体に移植する場合、あるいは、幹細胞(ES細胞、iPS細胞)を心筋など特定の機能に分化させた細胞を人体に移植する場合等において、角膜、皮膚等の平面状の組織については、培養皿(シャーレ等)を用いて、細胞をシート状に増殖させて移植する方法が進められている。この方法では、培養皿に細胞を播種して一定期間培養し、シート状に形成された細胞群を基板から剥離して移植などに利用する。
【0003】
基板からの細胞群の剥離を促進する方法として、細胞剥離性を有する薬剤を用いて細胞群を剥離する方法、温度条件により細胞接着性が変化する温度応答性ポリマーにより被覆された基板表面にて細胞を培養したのち温度コントロールにより細胞群を剥離する方法(下記特許文献1)等が知られている。薬剤や温度コントロールなどによる剥離刺激を加えて細胞群を剥離する場合に、基板から剥離せず接着したままの細胞が一定の割合以上に多いと、形成されたシート形状が破壊され移植に使用できなくなる。従って、品質管理上、細胞培養用基板の表面の、剥離刺激が加えられた際の細胞の剥離性能を非侵襲的に計測し管理することが求められている。
【0004】
下記特許文献2(特許第4095811号、「剥離細胞の選別方法」、(株)ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)によると、ヒト組織をインビトロ(in vitro)で培養し、培養した組織を患者に適用する技術において、ヒト皮膚組織、例えばヒト表皮角化細胞(Keratinocyte)による培養細胞シートの製品化のフローが特許文献2の図8に示されている。これによれば、まず、患者又はドナーの健康な部位から少量の組織片を採取し、酵素処理によって細胞を分散させた後、角化細胞を分離・回収する。次に、その角化細胞を用いて初代培養を行う。その後、初代培養で増殖させた細胞を別の複数の培養容器に分けて接種(播種)し、培地交換等の操作を必要に応じて行うと、細胞が培養面に接着したあとに増殖して培養面での細胞の占める面積が徐々に増加し、所定面積に達してコンフルエントな状態となる。このとき、製品として総合的に必要となる十分な面積(細胞数)が確保されたか否かをチェックし、確保されていなければ培地を除去したあと培養面に接着している細胞をトリプシンなどのプロテアーゼによって培養面から剥離させたあと回収し、必要な面積が確保されるまで継代培養を繰り返し行うことで面積を増やす。一方、必要な面積が確保されたならば、組織構築のために三次元培養(重層化)を施し、これを移植用の培養細胞シートとして病院へ輸送し、移植を行うことが示されている。
【0005】
培養面から剥離した細胞を精度良く回収するために、下記特許文献2では、例えばLEDなどの透過光源で観察すると剥離細胞が接着細胞に比べ投影面積が小さくなるという性質を利用して、CCDカメラ等を用いて、培養容器中で培養している接着依存性細胞について、剥離の有無を画像レベルで選別できる方法を提案している。
【0006】
また、下記特許文献3では、培養液中に浮遊している剥離細胞を物理的に分離して、培養液中の細胞数を分析化学的な手法でカウントする方法を提案している。
【0007】
下記特許文献4では、試料に加振を加えた後に、試料を一定の時間を置いて同一視野を2回撮影すると、剥離細胞は動いてしまうため、変化の無かった箇所を接着細胞と判断する画像処理手法を提案している。後述する図5B(a)は、特許文献4に記載の技術の概要を示す図である。培養液に流動を与え、剥離細胞は液の流れに従って移動することを利用し、図5B(a)に示すように、培養容器内の所定位置の第1の画像(フレーム1)を撮影した後、培養液を流動させ、流動後における所定位置の第2の画像(フレーム2)を撮影し、第1の画像における細胞の位置と第2の画像における細胞の位置とに基づいて、2フレームのANDにより細胞の剥離を判断する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許第3441530号公報
【特許文献2】特許第4095811号公報
【特許文献3】特開2009−082123号公報
【特許文献4】特開2007−275030号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上記特許文献2に記載の技術では、播種する細胞数が多く、接着細胞の上に剥離細胞が重なった場合において、剥離細胞を接着細胞と誤認識する可能性があるという問題がある。
【0010】
また、上記特許文献3では、剥離細胞と接着細胞との重なりの問題は解消するが、培養試料に対して物理的な破壊を加えるため、計測した試料を継続して評価することができないという問題がある。
【0011】
上記特許文献4では、細胞と細胞とが重なった部分において細胞の形状が欠けた形状となるため(後述する図5B(a)参照)、複雑な画像解析が必要になる。また、2回のシャターを切るタイミングが難しく、シャターを切るタイミングが早すぎると培養液全体が動いた状態で細胞を観察できなくなり、シャターを切るタイミングが遅すぎると、剥離細胞が静止してしまい、接着細胞と識別できなくなるという問題がある。また、特許文献2と同様な問題が発生し、剥離細胞が接着細胞の上層に重なると、接着細胞エリアが欠けるため、煩雑な補正処理が必要となる。すなわち、細胞と細胞とが重なった部分では、細胞の形状が欠けた形状となるため、複雑な画像解析が必要になる。
【0012】
本発明は、剥離細胞と接着細胞との重なりを考慮せずに、剥離細胞を高精度かつ簡単に検出し評価できるようにすること目的とする。
【0013】
また、上記剥離細胞の検出精度の向上と簡単化により、細胞培養容器の細胞が接着する表面(細胞接着表面)の細胞剥離性能を評価する技術を提供し、特に、薬剤や温度コントロールなどによる剥離刺激が加えられた際の細胞の剥離性能の評価技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は試料に加振を加える前から、全ての細胞の動きが完全に静止したと推定されるタイミングまで動画撮影を行う。そして、動画解析により、剥離細胞を識別する。動画解析により、培養液の液流は静止し、最も剥離細胞が活発に動いているフレームを抽出した上で高精度に細胞剥離性能を算出する。微小な移動量を基に剥離細胞の認識を行うようにするため、剥離細胞と接着細胞との重なりを考慮せずに高精度に剥離細胞を検出することができる。
【0015】
本発明の一観点によれば、細胞と液体とを含む系に動きを与えた状態から、前記細胞が静止するまでの状態を動画撮影した動画ファイルのフレームのうち、前フレームとの画素の差分値が所定の値以上である動きエリアを抽出する動きエリア抽出部を有することを特徴とする細胞画像解析装置が提供される。
【0016】
動画ファイルにおける前フレームとの画素値の差分値に基づいて、遊離細胞の動きエリアを抽出するため、2枚の静止画から動きエリアを抽出する等の方法を用いる場合に比べて、撮影タイミング等をどのようにするかを考慮する必要がない。また、一般に、フレーム間の細胞の動きは少ないため、画素値の差分値から動きエリアを抽出することができる。従って、微小な移動量での判定が可能であり、遊離細胞が固定細胞上に重なってしまうことに起因する動きエリアの抽出精度の低下を抑制することができる。
【0017】
尚、動きを与えることで、固定細胞と遊離細胞との割合が変化しないように、動きを与える場合には、前段階で剥離刺激により剥離した細胞のみが動く程度の動きを与えることが好ましい。
【0018】
前記動きを与えた後に、前記液体の動きが止まった定常状態にある区間のフレームを抽出する定常状態フレーム抽出部を有し、前記動きエリア抽出部は、抽出された前記定常状態フレームにおける動きエリアを抽出することが好ましい。
【0019】
抽出された定常状態フレームのみに基づいて動きエリアを抽出することができるため、動きエリア抽出処理等の画像処理の負担を軽減することができる。
【0020】
前記定常状態フレームのフレームレートが、連続する2フレーム間で、動いている状態の遊離細胞が動かない状態の固定細胞に重ならない程度の値であることが好ましい。これにより、固定細胞への重なりを考慮せずに、簡単な画像解析を行うことができる。
【0021】
上記構成により、第1のフレームと、前記第1のフレームの前の第2のフレームとの間で、剥離細胞が移動しても隣接する細胞が重なり合わない程度のフレームレートにより取得したフレーム間の差分値が大きい動きエリアを抽出することで、精度良く、剥離細胞を検出することができる。そのフレームレートは、毎秒15フレーム以上であることが好ましい。
【0022】
前記定常状態フレーム抽出部は、前記動画ファイルを構成する各フレームに対して、直前フレームと対応する画素同士で画素値の差分値を求め、前記動画ファイル内の全フレーム内で前記差分値の代表値が所定のしきい値より低いフレームの区間を抽出することが好ましい。尚、代表値は、一般的には平均値である。これにより、培養液の動きが止まってからの動画ファイルのみを解析対象とすることができ、それ以前の余分な動画ファイルの解析を行わずに済むため、画像処理の負荷が軽減される。
【0023】
前記動きエリア抽出部は、直前フレームと対応する画素同士で画素値の差分値を求め、前記差分値に変換された差分フレームに対して所定のしきい値により画素を二値化することにより、動きのある動きエリアを抽出することが好ましい。
【0024】
剥離細胞がわずかに動いたであろう2つのフレーム間の差分をとることで、動きのあるものだけを解析対象にする場合に、動きのある対象を簡単に特定することができる。
【0025】
また、前記動きエリアが抽出された画素数が最も大きいフレームを、剥離細胞を特定するための代表フレームとして抽出する代表フレーム抽出部を有することが好ましい。
【0026】
このようにして、代表フレーム抽出部において抽出した動きエリアを、動いている状態の遊離細胞に対応するエリアとして、動かない状態の固定細胞と切り分けて精度良く特定することができる。従って、遊離細胞に対応する剥離細胞を精度良く検出することができる。
【0027】
また、前記定常状態フレームから、前記代表フレームに対応するフレームを原代表フレームとして抽出し、前前記代表フレームと前記原代表フレームとに基づいて、前記原代表フレームに含まれる全ての細胞を特定する画像解析部と、を有することが好ましい。剥離細胞を含む全ての細胞の個数を特定する際に、全ての細胞の個数をカウントすることができ、動きのある細胞と比較することで、所定の視野に含まれる全ての細胞数に対する剥離細胞の割合を算出することができる。
【0028】
前記画像解析部は、前記原代表フレーム内の画素値に基づいて、前記原代表フレーム内の画素値の平均値を算出し、前記代表フレーム内の各画素と前記平均値との差分が所定のしきい値以上の画素を全ての細胞に対応する画素として抽出することが好ましい。
【0029】
前記原代表フレーム内の画素値の平均値を算出することで、動画撮影時の条件に基づく画素値のベースラインを求め、前記代表フレーム内の各画素と前記平均値との差分が所定のしきい値以上の画素を剥離細胞と接着細胞とを含む全ての細胞に対応する画素として抽出することで、ベースラインからの差分を求めるため、実験条件、特に撮影条件や周囲の環境等の違いをキュンセルし、精度の良い解析を常に行うことができる。
【0030】
本発明は、上記のいずれかに記載の細胞画像解析装置と、前記系を観察可能な位置に設けられた顕微鏡と、前記顕微鏡により観察される映像を動画で撮像するための動画撮像部と、前記系に対して動きを与える動き付与部と、前記動画撮像部で撮影された、前記動き付与部により前記系に対して動きを与えた状態から、前記系の全ての内容物が静止するまでの一連の状態の動画ファイルを収録する動画収録部と、を有することを特徴とする剥離細胞の計測装置である。
【0031】
また、本発明の他の観点によれば、細胞と液体とを含む系に動きを与えた状態から、前記細胞が静止するまでの状態を動画撮影するステップと、撮影した動画ファイルのフレームのうち、前フレームとの画素の差分値が所定の値以上である動きエリアを抽出する動きエリア抽出ステップ有することを特徴とする細胞画像解析方法が提供される。
【0032】
さらに、前記動きを与えた後に、前記液体の動きが止まった定常状態にある区間のフレームを抽出する定常状態フレーム抽出ステップを有し、前記動きエリア抽出ステップは、前記定常状態フレームにおける動きエリアを抽出することが好ましい。前記動きエリア抽出ステップにより抽出された動きエリアに基づいて、動きが大きいフレームを代表フレームとして抽出する代表フレーム抽出ステップを有することが好ましい。
【0033】
また、本発明は、細胞培養器具中で、細胞を培養液とともに培養したのち、該器具の細胞接着表面から細胞を剥離させるための剥離刺激を付与し、前記細胞と前記培養液とに動きを与えた状態から、前記細胞が静止するまでの状態を動画撮影するステップと、撮影した動画ファイルのフレームのうち、前フレームとの画素の差分値が所定の値以上である動きエリアを抽出する動きエリア抽出ステップと、前記動きエリア抽出ステップにより抽出された動きエリアに基づいて、動きが最も大きいフレームを代表フレームとして抽出する代表フレーム抽出ステップと、を有し、前記代表フレームにおける動きエリアに基づいて、前記細胞培養器具の前記細胞接着表面における剥離刺激付与時の細胞剥離性能を評価する方法である。
【0034】
本発明は、上記に記載の細胞画像解析方法をコンピュータに実行させるためのプログラムであっても良く、当該プログラムを記録するコンピュータ読み取り可能な記録媒体であっても良い。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、剥離細胞を精度良く検出することができる。
また、剥離細胞の検出技術の向上によって、細胞培養容器の細胞が接着する表面(細胞接着表面)の細胞剥離性能の評価が簡単になる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1A】本発明の第1の実施の形態による細胞画像解析装置を含む基板剥離細胞の計測装置の一構成例を示す機能ブロック図である。
【図1B】本発明の第2の実施の形態による細胞画像解析装置を含む基板剥離細胞の計測装置の一構成例を示す機能ブロック図である。
【図2】本実施の形態による細胞画像解析技術による剥離細胞識別方法の原理を示す図である。
【図3】本発明の一実施の形態による剥離細胞の検出のための細胞画像解析処理の流れを示すフローチャート図である。
【図4】細胞画像解析装置の画像処理部の一構成例を示す機能ブロック図である。
【図5A】画像処理部における画像処理の概要を示す図である。
【図5B】培養液に流動を与え、剥離細胞が液の流れに従って移動する性質をもつことに着目した点で共通する特許文献4に記載の画像解析技術(a)と、本実施の形態による画像解析技術(b)との相違点を示す図である。
【図6】図5Aの1)から2)の動画解析処理1(定常状態フレーム抽出処理)の詳細を示す図である。
【図7】各フレームにおける動きエリアの抽出処理の詳細を示す図である。
【図8】図5Aの4)の処理、すなわち、代表フレームの選出処理の詳細を示す図である。
【図9】代表フレームの細胞エリアの抽出処理の詳細を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に、本実施の形態における用語について定義する。
本発明において「細胞と液体とを含む系」とは、細胞と細胞の周囲の連続相である液体などの流体とを含む系を指す。当該系の細胞には、液体中に遊離した状態で存在する細胞、すなわち遊離細胞と、系内での位置が固定された細胞、すなわち固定細胞とが含まれ得る。系内で液体が流動したとき、遊離細胞は液体とともに系内を移動するが、固定細胞は移動せず系内の位置が実質的に変動しない。「細胞と液体とを含む系」とは、典型的には、細胞培養器具に収容された、細胞と培養液とを含む細胞-培養液系である。細胞-培養液系では、細胞培養器具表面に接着した状態で存在する細胞が固定細胞に相当し、培養液中に遊離した状態で存在する細胞が遊離細胞に相当する。本発明の一実施形態では、細胞-培養液系として、細胞培養器具中で細胞を培養液とともに培養したのち、該器具の細胞接着表面から細胞を剥離するための剥離刺激を付与した状態のものを使用することができる。
【0038】
細胞培養器具は、細胞及び培養液を保持することが可能な部分を有する任意の形状であることができる。典型的には皿形状の細胞培養器具、細胞及び培養液を収容することが可能な凹部が複数連結したマルチウェルプレート、板形状又はフィルム形状の細胞培養器具、表面に凹部が形成された板形状又はフィルム形状の細胞培養器具等が挙げられる。
【0039】
細胞培養器具の細胞及び培養液を保持することが可能な部分の少なくとも一部、典型的には底部の表面が細胞接着表面を形成する。
【0040】
細胞培養器具を構成する材料は、通常細胞培養に用いられるガラス類、プラスチック類、セラミック類等の材料が挙げられるが、細胞培養及び細胞の観察が可能な材料である限りこれらには限定されない。例えば、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリカーボネート、ポリ塩化ビニル、ポリテトラフルオロエチレン等の合成樹脂、ヒドロキシアパタイトセラミックス、アルミナセラミックス、ガラス等で構成することができる。
【0041】
尚、細胞を含む液滴などの培養液自体を用いて、一般的な意味での容器を用いずに評価を行うことも可能である。尚、細胞と液体とを含む系とを含む系を保持可能な器具であれば、どのような形態でも良く、容器の代わりに液滴が保持されるような構成であれば良い。
【0042】
本明細書において細胞剥離性能を評価しようとする細胞接着表面は、評価の目的に応じた処理がされていればよい。典型的には、細胞接着表面は、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー、イオン応答性ポリマー等の、所定の刺激により細胞接着性を変化させて細胞を剥離することが可能な物質により被覆されている。
【0043】
温度応答性ポリマーは細胞培養に使用可能なもののなかから試験の目的に応じて適宜選択することができる。典型的な温度応答性ポリマーとしては、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(疎水性から親水性に変化する温度(水に対する臨界溶解温度(T))=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、及びポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。
【0044】
pH応答性ポリマーおよびイオン応答性ポリマーは、細胞培養に使用可能なもののなかから試験の目的に応じて適宜選択することができる。
【0045】
剥離刺激としては、細胞接着表面の被覆に上記物質を用いた場合は、使用する物質に応じて温度変化、pH変化、イオン濃度変化等の所定の剥離刺激を採用することができる。
【0046】
剥離刺激は、評価の目的に応じて更に他の刺激を採用することもできる。例えば細胞剥離薬剤による化学的な刺激、培養液の流動による機械的な刺激等の中から適宜選択することができる。
【0047】
本発明により解析される細胞の種類は特に限定されず、試験の目的に応じて適宜選択すればよい。例えば、ヒト、マウス、ラット、モルモット、ハムスター、ニワトリ、ウサギ、ブタ、ヒツジ、ウシ、ウマ、イヌ、ネコ、サル等の温血動物から採取された種々の細胞を用いた試験において本発明の技術を適用することができる。この温血動物の細胞としては、例えば、角化細胞、脾細胞、神経細胞、グリア細胞、膵臓β細胞、メサンギウム細胞、ランゲルハンス細胞、表皮細胞、上皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞、繊維細胞、筋細胞、脂肪細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、骨細胞、骨芽細胞、破骨細胞、乳腺細胞、肝細胞若しくは間質細胞、又はこれらの細胞の前駆細胞、幹細胞若しくは接着依存性のガン細胞が挙げられる。胚性幹細胞を使用することもできる。
【0048】
本実施の形態では、動画の一例としてビデオカメラで撮影した映像を利用した場合について説明する。もちろん、動画として静止画を連続的に、又は、断続的に撮影するようにしても良く、画像の種類を限定するものではない。動画は、ビデオカメラなどで撮影されたものでもってもよいし、一定時間おきにスチルカメラなどで画像を取得するようなものであってもよい。
【0049】
以下の実施の形態では、細胞培養器具として細胞と培養液とを入れた培養皿を用い、細胞中の剥離細胞(基板剥離細胞)を画像処理により検出する技術を例にして説明する。
【0050】
以下に、本発明の実施の形態による細胞画像解析技術、特に剥離細胞の検出のための細胞画像解析装置について、図面を参照しながら説明を行う。
【0051】
図1Aは、本発明の第1の実施の形態による細胞画像解析装置を含む基板剥離細胞の計測装置の一構成例を示す機能ブロック図である。図1Aに示すように、基板剥離細胞の計測装置Aは、試料(細胞)1aを、例えばその底面に収容する培養皿1を載せるためのXYZステージ3と、このXYZステージ3を制御するとともに、培養皿1に対して水平方向の加振を行うための加振機構(上述のように、容器や液体を加振する必要は必ずしもなく、液体の流れを発生させて少なくとも細胞に対して動きを与える動き付与部であっても良い。)と、後述するカメラ7と協働するオートフォーカス・ユニットと、を有するコントローラ3aと、培養皿1の底面を挟んで一方側に配置されるLEDランプなどの透過光源5と、他方側に、透過光源5と対向して配置されるカメラ部7であって、対物レンズ・フィルター7a、光学(位相差)顕微鏡と鏡筒7bと、動画撮影が可能なビデオカメラ7cと、を含むカメラ部7と、カメラ部7で撮影した動画を格納するビデオ・フレームメモリ11と、動画を表示するビデオ・モニター15と、全体を制御する制御用パーソナルコンピュータ17と、を有している。制御用パーソナルコンピュータ17は、画像処理部17aと、画像保存部17bと、を有している。ビデオカメラ7cは、例えば、CCDカメラなどを用いることができる。XYZステージ3は、試料1aを透過させるため、透明又は開口を有していることが好ましい。培養皿1には、培養液が満たされている。
【0052】
次に、上記の基板剥離細胞の計測装置を用いた剥離細胞算出技術の全体の流れについて例を挙げながら説明する。
1)培養皿1の底面に細胞を播種し、例えば、16〜18時間培養する(播種密度の例は、6250cell/cm)。
2)培養皿1を37℃インキュベータから低温インキュベータに移動させる(図示せず)。この工程が、剥離刺激を加える工程になる。以後の工程は、1)、2)のような工程により培養され、剥離刺激が加えられた試料に関して、剥離細胞を精度良く検出するための技術であり、また、1)、2)の条件による剥離性能を評価する技術となる。
3)所定時間経過後に、培養皿1を取り出しピペッティング後に、図1Aの基板剥離細胞の計測装置の顕微鏡7a・7b上にセットする。
4)制御用パソコン17の画像処理ソフトウェアにより実現される画像処理部17a等により、動画撮影時間を例えば4秒にセットする。
5)画像取り込みを開始するボタンをオンにしてビデオカメラ7cによる動画撮影を開始し、培養皿1をXYZステージ3上で、前後方向又は左右方向に1回揺らす。例えば1ステップモータ分だけ移動させる。
【0053】
この工程により、剥離細胞は培養液とともに動くことになる。しばらくすると、培養液は静止するが、剥離細胞だけはしばらく動き続けることになる。この動いている状態の細胞を遊離細胞と称し、動かない状態の細胞を固定細胞と称する。遊離細胞の動きを観察することで、剥離細胞と接着細胞とを簡単に切り分けることができる。
6)培養皿1中の培養液の動きが止まってからある時間まで動画撮影を継続し、AVI形式(Microsoft社の非圧縮/圧縮動画ファイル形式)で読み込む。剥離細胞の動きが止まるまでの時間は、例えば10秒程度である。
7)得られた動画データを、例えば、画像処理ソフトウェアを起動させ、制御用パソコン17のハードディスクなどの画像保存部17bにAVIファイルとして読み込む。
8)画像処理ソフトウェアによる画像処理を行う。例えば、AVIファイル中から揺動しているフレームを切り出し、接着細胞と剥離細胞とを区別するための演算処理を行う。
9)上記8)の演算処理後の画像から、接着細胞と剥離細胞との数をあるエリアにおいてカウントする。
10)上記9)におけるカウントに基づいて、細胞剥離率を以下の式から算出する。
【0054】
細胞剥離率(%)=剥離細胞数/(接着細胞数+剥離細胞数)×100
【0055】
次に、図1Aに示す装置による撮影方法について説明する。顕微鏡7bのXYZステージ3に試料1aを入れた培養皿1をセットし、倍率設定、撮影エリアの設定、フォーカス調整等を行う。ここでは、バイオロジー分野で行われるタイムラプス動画撮影ではなく、例えば、フレームレートが30fr/s程度のリアルタイム動画撮影を開始する。録画が開始されると、試料1aに対して、水平方向、一般的には鉛直方向と直交する方向に加振する。フレームレートは、図5Bに示す連続する2フレーム間で、剥離細胞の動きにより他の細胞に重なりが生じない程度の速さであることが好ましいが、フレーム間で補完を行うことで、遅いフレームレートであっても、実質的に2フレーム間の差分として剥離細胞が検出できるように処理を行うようにしても良い。
【0056】
加振方法については、特許文献4に開示されている方法のほか、簡便な方法として、試料を固定しているXYZステージ3を微少量だけ移動させる方法を用いても良い。
【0057】
また、平面スピーカに使用される音波振動子を培養皿1に取り付けるか、超音波振動子を培養液中に付ける方法でも良い。このような状態において、全ての細胞の動きが静止した時点まで動画撮影を継続する。
【0058】
図2は、本実施の形態による細胞画像解析技術による剥離細胞識別の原理を示す図である。図2(a)に示すように、上記2)の処理のように温度を低下させた後においては、培養皿1内の培養液1c内において、接着細胞1dは、基板(培養皿1の底板)に接着しており、剥離細胞1bは、培養液1c中に浮遊しているが、培養液1cの摩擦力により培養液1c中に静止している。水平方向、すなわち、培養液1cの液面に水平な方向に加振すると、図2(b)に示すように、培養液1c全体が振動し、剥離細胞1bは液流により流される(移動する)が、接着細胞1dは流されない。すなわち、接着細胞1dは移動しない。
【0059】
加振を止めてしばらく経過すると、図2(c)に示すように、培養液1cの液流は停止するが、剥離細胞1bは、慣性により暫く動き続ける。この間、接着細胞1dは動かない。この剥離細胞1bだけが暫く動き続ける状態を利用して、接着細胞1dと剥離細胞1bとの切り分けを行う。
【0060】
図3は、本発明の一実施の形態による剥離細胞の検出のための細胞画像解析技術における処理の流れを示すフローチャート図である。処理の流れは、ステップS1〜ステップS5までの撮影処理と画像処理及びステップS6〜ステップS11までの解析処理とに分けられる。
【0061】
まず、ステップS1において、培養皿1に試料1aをセットして、XYZステージ3上に設置する。次いで、透過光源5をオンした状態で、顕微鏡7bを含むカメラ7による撮影時の、XYZステージ3を動かす等により、視野・フォーカスを調整する。視野・フォーカスが調整された状態で、ステップS2に示すように、カメラ7による試料1aの動画の撮影を開始する。
【0062】
次いで、ステップS3において、加振機構3aを用いて、培養皿1を水平方向に加振する。この際、例えば、1つの方向に1回だけ加振する。ステップS4において、撮影を継続している状態において、剥離細胞の動きが完全に停止するまで待つ(ステップS4でYES)。剥離細胞の停止タイミングは、目視で判定することができるが、それほど厳密に設定する必要は無く、タイマー等で例えば4秒程度の所定の時間が経過すると、自動的に撮影を終了させるようにしても良い。
【0063】
ステップS4でYESの場合には、カメラ7による撮影を終了する。そして動画ファイルを制御用PC17の画像保存部17bに保存する。
【0064】
次いで、画像処理及び解析処理について説明する。
図4は、画像処理部17aの一構成例を示す機能ブロック図である。図4に示すように、画像処理部17aは、画像保存部17bに保存されている動画データから定常状態のフレームを抽出する定常状態フレーム抽出部17−1と、定常状態フレームにおける動きエリアを抽出する動きエリア抽出部17−2と、抽出された動きエリアに基づいて動きが顕著な、すなわち、代表的なフレームを抽出する代表フレーム抽出部17−3と、代表フレームと代表フレームに対応する元の定常状態フレームである原代表フレームとから細胞のエリアを抽出する細胞エリア抽出部17−4と、抽出された細胞エリアに基づいて細胞の剥離率などを求めるための画像解析を行う画像解析部17−5と、を有している。
【0065】
図3のステップS5の後に、画像保存部17bに保存した動画像を、画像処理部17aにより画像処理する。まず、ステップS6において、定常状態フレーム抽出部17−1が、培養液の動きがとまっている状態である定常状態のフレームのみを動画ファイルより抽出する(動画解析1と称する)。次いで、ステップS7において、動きエリア抽出部17−2が、定常状態の各フレームの動きエリアを抽出する(動画解析2と称する)。ステップS8において、抽出した動きエリアに基づいて、代表フレーム抽出部17−3が、動きエリアが最大のフレームである代表フレームを抽出する。代表フレームは、剥離細胞に対応する画素からなるため、剥離細胞のエリアを求めることに対応する。
【0066】
さらに、ステップS10において、代表フレームの静止画を出力し、細胞エリア抽出部17−4が、代表フレームと代表フレームに対応する元の定常状態フレームである原代表フレームとから剥離細胞、接着細胞の切り分けを行い(静止画解析1と称する)、ステップS11において、画像解析部17−5が、細胞面積の計算、細胞数のカウント、剥離率の算出等(静止画解析2と称する)を行う。
【0067】
以下に、上記の処理について、より具体的に説明する。図5Aは、動画処理の概要を示す図である。ここでは、フレームレートは一定としている。すなわち、各フレームは一定時間毎に切り出している。
【0068】
図5Aに示す画像処理工程の概要を説明する。尚、下記の式は一例であり、同様の目的であれば変形した式を用いても良いことは言うまでもない。
【0069】
1)は、画像保存部17b内に保存されている動画ファイルの全体(収録動画ファイルと称する。)の概要を示す図であり、撮影開始時のファイルから、加振を開始したタイミングのファイル、培養液が動き始めたタイミングでのファイル、培養液の振動が終了したタイミングにおけるファイル、と続き、培養液の振動が終了した後の提供状態が開始した時点のファイル、撮影が終了した時点、例えば、細胞が完全に止まった時点等でのファイルまでの時系列的ファイルが、画像保存部17bに保存されている。
【0070】
動画ファイルの構成は、加振によりフレーム全体が振動してしまうフレームと、培養液の液流が静止した定常状態のフレームとに、大きく分けられ、本実施の形態における画像解析において必要とされるのは、後者の定常状態のフレームのみである。そこで、上記1)で作成された動画ファイルの中から、後者の定常状態のフレームの切り出す処理を行う。
【0071】
2)においては、1)のファイルをベースに、動画解析により、1の状態フレームと、その直前の状態フレームとの画素値(例えば、平均画素値)の差分を演算し、この画素値の差分が、ある値以下であるフレームを、培養液の動きが止まった後の定常状態における定常状態フレームと定義して、定常状態フレーム(1、2、…、M、…F)のみを抽出する。
【0072】
3)においては、上記2)の定常状態フレーム(1、2、…、M、…F)を用いて、ある定常状態フレームとその直前の定常状態フレームとの動画像データの差分を演算して各フレームにおける動画像内の動きエリアをマーキング動画造データとして抽出し、解析結果フレーム群(2、3、…、M,F)を求めている。
【0073】
4)においては、3)の解析結果フレーム群のうち、画像内の細胞の動きが最大のフレーム、すなわち、マーキング動画像データが最大のフレームを代表フレームとして求める(解析結果フレームMと称する)。マーキング画像データの領域をマーキングエリアと称する。また、この処理後の解析結果フレームMに対応するフレーム、すなわち定常状態フレームMを上記の2)から求める。選出された、この代表フレームが動きエリアが最大のフレームである。
【0074】
図5Bは、培養液1cに流動を与え、剥離細胞1bが培養液1cの流れに従って移動する性質をもつことに着目した点で共通する特許文献4に記載の画像解析技術(a)と、本実施の形態による画像解析技術(b)との相違点を示す図である。画像解析技術(a)では、2枚の静止画を撮影する。2枚の静止画に対応するフレームを、フレーム1、フレーム2と称する。そして、これら2枚の静止画のANDをとることで、接着細胞1dを抽出する点を特徴としている。しかしながら、2フレームのANDに示されるように、剥離細胞1bが接着細胞1dの上に重なると、2フレームのANDにおいて、接着細胞エリアが欠けてしまうという問題がある。
【0075】
一方、本実施の形態による画像解析技術(b)では、動画撮影により時間間隔の短い、例えば、1/30s程度の2フレームの差分を求めることで剥離細胞1bを抽出するため、剥離細胞1bを微小な移動量で判定することができ、従って、接着細胞1dの上への剥離細胞1bの重なりの影響を受ける可能性がきわめて小さく、複雑な補正処理等を行うことなく精度の良い剥離細胞1bの抽出を簡単に行うことができる。また、接着細胞1dと剥離細胞1bとの切り分けも容易である。例えば、2フレームの差分とフレーム2とを比較すれば、接着細胞1dと剥離細胞1bとを、容易に識別することができる。
【0076】
尚、本実施の形態では、動画で撮影する技術について説明したが、シャッタースピードを高くした静止画の連射等によりフレームを求めるようにしても良い。
【0077】
次に、図5Aに示した、画像処理工程に詳細について説明する。
図6は、図5Aの1)から2)の動画解析処理1(「定常状態フレーム抽出処理」と称する。)をより詳細に示す図である。カメラで撮影され、収録されている動画ファイルの各フレームは、例えば、RGBフルカラー256階調とし、画素数はRGB値の総和とする。この総和は、0〜767までである。収録されている動画ファイルは、フレーム1からフレームFまでとし、これらフレーム1〜Fまでについて、直前のフレームとの画素の差分値の平均値を求める。
【0078】
すなわち、撮影された動画像データを、0〜255の画素値をもつV(f,x,y,c)(f=0,…,F-1; x=0,…,X-1; y=0,…,Y-1; c=0,..,2)で表す。ここで、fは、フレームであり、Fの大きさは、例えば60前後である。xはX座標でありX方向の画素サイズは例えばX=680である。yはY座標であり、Y方向の画素サイズは例えばY=512である。cはカラープレーンであり、c=0はRed、c=1はGreen、c=2はBlueである。f=1,…,F-1に対して以下の(1)式のように、平均画素差分値D(f)を算出する。
【0079】
【数1】

【0080】
しきい値Sd(例えば、Sd=4.0)を定義して、D(f)<Sdを満たすフレーム区間[f1,f2]を選出し、f=f1-1からf=f2のフレーム区間を切り出す対象シーンとして、V(f,x,y,c)より定常状態のフレームの分を切り出す処理を行う。この処理は、動画ファイルに対して、振動を加えた後に、培養皿の培養液の振動が静止した状態を所定の提供状態の区間だけ切り出し、提供状態の区間の動画ファイルを作成する動画シーン切り出し処理といえる。より詳細には、動画ファイルを構成する各フレームに対して、直前フレームと対応する画素どうしで画素値の差分値に変換し、動画ファイル内の全フレーム内で差分値の平均値が所定のしきい値より低いフレームの定常状態の区間を切り出し、定常状態の区間動画ファイルを作成するものである。
【0081】
図6では、各フレームの下の矢印の右側に示す数値(20.0、15.0、18.0、3.0、…、2.0)が、画素差分値の平均値であり、これらの値が、培養液の流れがほぼなくなったと判断される値、例えば、4.0以下であるフレームを抽出する。ここでは、フレーム5からフレームFまでが、定常状態とみなすことができるフレームとして抽出される。すなわち、この処理により、動画像として収録されているフレーム中から、実際に、剥離細胞の抽出処理に利用することができる、すなわち有用に使用できる定常状態のフレームのみを抽出することで、後に続く画像処理に用いるフレーム数を少なくし、処理の負担を軽減することができる。
【0082】
図7(a)は、図5Aの2)から3)の処理、すなわち、動きエリアの抽出処理の詳細を示す図である。この動画解析処理2(動きエリア抽出処理)は、図6の処理で求めた定常状態のフレームについて、各フレームの動きエリアを抽出する処理である。まず、定常状態フレームフレーム1〜Fの各フレームについて、直前のフレームとの画素差分値が所定のしきい値(例えば、RGBの総和値で差が15.0以上、動きがあるエリアと見なすことができる値)の画素を、例えば2値化(0,1)することでマーキングすることで、各定常状態フレーム1からFまでについて、動きエリア(剥離細胞の軌跡を含む)をマーキングエリアとして抽出することができる。
【0083】
すなわち、各フレームの動きエリア抽出処理として、f=f1-1からf=f2のフレーム区間にマーキング動画像データM(f,x,y)を定義し、初期値は全て“0”、すなわち、マーキング無しとする。f=f1からf=f2のフレーム区間の各画素(x,y)ごとに以下の(2)式のように、画素差分値E(f,x,y)を算出する。
【0084】
【数2】

【0085】
しきい値Se(例えば、Se=15.0、動いていると見なされる値)を定義して、E(f,x,y)>Seを満たす画素(x,y)に対して、例えば、M(f,x,y)=2に設定する。これにより、各フレームに関して二値画像に変換された動きエリアを抽出することができる。そして、図7(b)に示すように、各定常状態フレーム番号と、そのマーキング画像との対応関係を得ることができる。
【0086】
尚、マーキング画像とは、例えば、画素を二値化した画像であり、動きのある画素を、例えば“1”等とし、動きのない画素を“0”とすることで、動きのある画素と動きのない画素とを識別可能に表示等することができる。この例では、動きのある画素を2としている。
【0087】
この処理は、上記定常状態の区間の動画ファイルを構成する各フレームに対して、直前フレームに対して動きが顕著なエリアを抽出し、各フレームを二値画像に変換した二値動画ファイルを作成する二値フレーム変換処理といえる。より詳細には、上記定常状態の記区間動画ファイルを構成する各フレームに対して、直前フレームと対応する画素同士で画素値の差分値に変換し、差分値に変換された差分フレームに対して所定のしきい値で二値化することにより、二値画像に変換する処理である。
【0088】
図8は、図5Aの4)の処理、すなわち、代表フレームの選出処理の詳細を示す図であり、図7で求めた各フレームの動きエリア、例えば二値画像がマーキングされた動画フレームのうちマーキングされた画素数(面積)を算出し(矢印の右側の数値)、その面積値が最大となるフレーム、この場合は、フレームMを動きが最も大きい代表フレームとする。この代表フレームのマーキングエリアは、剥離細胞に対応するエリアである。
【0089】
すなわち、動きエリアが最大となる代表フレームの抽出処理は、f=f1からf=f2のフレーム区間に設定された上記マーキング動画像データM(f,x,y)に対して、以下の(3)式のように、フレームごとにマーキングエリアP(f)を算出する。
【0090】
【数3】

【0091】
ここで、f=f1からf=f2のフレーム区間において、P(f)が最大となるフレームfmを選出し、これを代表フレームとする。
【0092】
尚、代表フレーム以降のフレームで、マーキングエリア、すなわち動きエリアの面積が小さくなっていくのは、時間とともに、剥離細胞の動きが止まる方向に向かうからである。このようにして、代表フレームのマーキングエリアを、剥離細胞に対応するエリアとみなすことができる。従って、剥離細胞数を知ることができる。なお、剥離細胞数は、エリア毎であれば、単位エリア当たりの剥離細胞数、すなわち、剥離細胞密度である。
【0093】
この処理は、上記二値動画ファイル内の全フレーム内より、動きが最も顕著なフレームを二値代表フレームとして抽出する処理であり、二値動画ファイル内の全フレーム内で、抽出された動きエリアの総画素数が最も大きいフレームを二値代表フレームとして抽出するものである。
【0094】
以下に示す処理、特に、定常状態のフレームから前のフレームとの画素差分値が所定の値以上である画素をマーキングする処理と、マーキングされた画素数の最も大きいフレームである代表フレームのエリアを選出して、これを剥離細胞とカウントすることができる。マーキングされた画素数はマーキングされた面積でカウントすることができる。尚、動きエリアの最大値を求める方法として、上記の代表フレームを求める方法以外に、マーキングエリアをフレーム番号等に対してプロットして極大値をマーキングエリアの最大値とするなどの様々な手法を用いることも可能である。
【0095】
次いで、選出された代表フレームに対応するマーキング前のオリジナルフレームを、画素値V(f,x,y)から選出する(定常状態のフレームM)。これを、代表フレームに対応するマーキング前のオリジナルフレーム(原代表フレーム)と称する。この処理は、上記定常状態の区間動画ファイルより上記二値代表フレームに対応するフレームを原代表フレームとして抽出し、2つの二値代表フレームと原代表フレームの対を抽出する処理である。
【0096】
図9は、代表フレームの細胞エリアの抽出処理の詳細を示す図である。上記代表フレームに対応するマーキング前のオリジナルフレーム(原代表フレーム)を用いて、代表フレーム内の画素値の平均値A(fm)を算出する。この原代表フレームは、剥離細胞1bと接着細胞1dとを含む全ての細胞と背景とが含まれるフレームである。従って、画素値の平均値A(fm)は、全ての細胞と背景とを含む画像における画素値の平均値である。
【0097】
すなわち、代表フレームの細胞エリア抽出処理では、f=fmにおいて、以下の通り平均画素値A(fm)を算出する。
【0098】
【数4】

【0099】
各画素(x,y)ごとに、以下の通り画素差分値G(fm,x,y)を算出する。
各フレームは、動画像の撮影条件や周辺の明るさなどの条件によって、基準となる画素値が異なる。そこで、上記(4)式を用いて求めた画素値の平均値A(fm)により、撮影条件の影響を取り除くことで、同じ条件で撮影した場合と同様の結果を以下において得ることができるようにしている。
【0100】
次いで、代表フレーム内の各画素と上記平均値との差G(fm,x,y)、すなわち、一定条件で撮影したと考えて代表フレームの画素値が、所定の閾値、例えば、RGBの総和で60.0以上の画素をマーキングする。RGBの総和で60.0以上の画素は、細胞が存在する領域の画素と考えて良い。このマーキングされた画素が、剥離細胞1b、接着細胞1dを含む、代表フレームにおける全ての細胞エリアとなる。
【0101】
【数5】

【0102】
しきい値としてSg(例えば、Sg=60.0)を定義して、G(fm,x,y)>Sgを満たす画素(x,y)に対して、M(fm,x,y)に1を加算する。上記(2)式より、動きエリアの画素には、M(f,x,y)=2が加算されており、このM(fm,x,y)に1を加算により、M(fm,x,y)には0(背景),1(接着細胞),2(剥離細胞の移動軌跡),3(剥離細胞)の4通りの値を設定することができ、これらの設定値を基にV(f,x,y,c)を適宜色分け表示等することで、背景、接着細胞1d、剥離細胞1bの移動軌跡、剥離細胞1bのそれぞれのエリアを識別することができる。
【0103】
これに基づいて、細胞のうち剥離細胞1bと接着細胞1dとの割合や、フレーム画像中の剥離細胞1bと接着細胞1dとの識別などが可能となる。
【0104】
上記の処理は、2つの二値代表フレームと原代表フレームの各々を静止画解析し、上記培養皿1に含まれる剥離細胞1bの個数および培養皿1に含まれる全ての細胞(1d+1b)の個数をカウントし、所定の視野に含まれる全ての細胞数(1d+1b)に対する剥離細胞1bの割合を算出する静止画解析処理と言える。より詳細には、原代表フレームに対して全ての画素の平均画素値を算出し、原代表フレーム内の各画素の画素値を平均画素値との差分値に変換し、差分値に変換された差分原代表フレームに対して所定のしきい値で二値化した二値原代表フレームを作成し、二値原代表フレームを静止画解析して培養皿に含まれる全ての細胞の個数をカウントし、二値原代表フレームおよび二値代表フレームの論理和演算を施した二値画像を静止画解析して培養皿に含まれる剥離細胞の個数をカウントする処理である。
【0105】
以上に説明したように、本実施の形態によれば、動画像をベースにして画像処理を行うため、画像処理の容量や負荷は大きくなるが、今日の一般的なコンピュータ資源を用いることでリアルタイムに行うことが可能な程度の容量・負荷であるため、特許文献4等の静止画のみを利用した処理と比較してトータルのスループットは同程度である。しかし、特許文献4等に記載の発明に比べ多くの画像情報を取得しているため、細胞剥離性能を算出するのに適切な最良のフレームを選出することが容易であり、撮影のやり直しなどの処理の煩雑化を抑制することができる。
【0106】
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。図1Bは、本実施の形態による細胞画像解析装置を含む基板剥離細胞の計測装置の一構成例を示す機能ブロック図であり、図1Aと同様の構成を有している。図1Aとの相違点は、XYZステージ3を制御するコントローラ3aと、培養皿1に対して水平方向の加振を行うための加振ユニット3bとが別体に設けられ、XYZステージ3を動かさずに培養皿を動かすことができる点である。この構造によれば、XYZステージ3を動かさずに加振が可能であるという特徴を有する。
【0107】
以上に説明したように、本実施の形態によれば、特許文献4に記載されている発明に比べて、動画を扱うため、画像処理の容量や負荷は大きく傾向にあるが、この点は、一般的なコンピュータ資源ではリアルタイムに動画処理を行うことが可能である。従って、トータルのスループットは同程度であるにもかかわらず、多量の画像情報を取得しているため、細胞剥離性能を算出するのに適切な最良のフレームを精度良く選出することができ、撮影のやり直しなどの作業の無駄を低減させることができる。
【0108】
上記の実施の形態において、添付図面に図示されている構成等については、これらに限定されるものではなく、本発明の効果を発揮する範囲内で適宜変更することが可能である。その他、本発明の目的の範囲を逸脱しない限りにおいて適宜変更して実施することが可能である。上記細胞画像処理方法をコンピュータに実行させるためのプログラム、当該プログラムを記録するコンピュータ読み取り可能な記録媒体であっても良い。
【0109】
例えば、定常状態を検出するために、図3のS6の処理をS4の処理に組み込み、動画撮影に使用するカメラを培養液の揺れを検知する動きセンサとして利用し、この動きセンサによる培養液の動きが停止したタイミングで、動画データの保存を開始するようにすれば、動画の保存に必要な記憶容量を少なくすることができ、カメラ撮像終了S5以降の処理負荷も軽減させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0110】
本発明は、剥離細胞の検出のための画像処理装置として利用可能である。
【符号の説明】
【0111】
A…基板剥離細胞の計測装置、1…培養皿、1a…試料、1b…剥離細胞、1c…培養液、1d…接着細胞、3…XYZステージ、3a…コントローラ兼オートフォーカス・ユニット、5…透過光源、7a…対物レンズ・フィルター、7b…光学顕微鏡、7c…ビデオカメラ、11…フレームメモリ、15…モニタ、17…制御用パソコン、17a…画像処理部、17b…画像保存部、17−1…地上状態フレーム抽出部、17−2…動きエリア抽出部、17−3…代表フレーム抽出部、17−4…細胞エリア抽出部、17−5…画像解析部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞と液体とを含む系に動きを与えた状態から、前記細胞が静止するまでの状態を動画撮影した動画ファイルのフレームのうち、前フレームとの画素の差分値が所定の値以上である動きエリアを抽出する動きエリア抽出部
を有することを特徴とする細胞画像解析装置。
【請求項2】
前記動きを与えた後に、前記液体の動きが止まった定常状態にある区間のフレームを抽出する定常状態フレーム抽出部を有し、
前記動きエリア抽出部は、抽出された前記定常状態フレームにおける動きエリアを抽出することを特徴とする請求項1に記載の細胞画像解析装置。
【請求項3】
前記定常状態フレームのフレームレートが、連続する2フレーム間で、動いている状態の遊離細胞が動かない状態の固定細胞に重ならない程度の値であることを特徴とする請求項2に記載の細胞画像解析装置。
【請求項4】
前記定常状態フレーム抽出部は、
前記動画ファイルを構成する各フレームに対して、直前フレームと対応する画素同士で画素値の差分値を求め、前記動画ファイル内の全フレーム内で前記差分値の代表値が所定のしきい値より低いフレームの区間を抽出することを特徴とする請求項2又は3に記載の細胞画像解析装置。
【請求項5】
前記動きエリア抽出部は、
直前フレームと対応する画素同士で画素値の差分値を求め、前記差分値に変換された差分フレームに対して所定のしきい値により画素を二値化することにより、動きのある動きエリアを抽出することを特徴とする請求項1から4までのいずれか1項に記載の細胞画像解析装置。
【請求項6】
前記動きエリアが抽出された画素数が最も大きいフレームを、剥離細胞を特定するための代表フレームとして抽出する代表フレーム抽出部を有することを特徴とする請求項1から5までのいずれか1項に記載の細胞画像解析装置。
【請求項7】
前記定常状態フレームから、前記代表フレームに対応するフレームを原代表フレームとして抽出し、
前記代表フレームと前記原代表フレームとに基づいて、前記原代表フレームに含まれる全ての細胞を特定する画像解析部を有することを特徴とする請求項6に記載の細胞画像解析装置。
【請求項8】
前記画像解析部は、
前記原代表フレーム内の画素値に基づいて、前記原代表フレーム内の画素値の平均値を算出し、前記代表フレーム内の各画素と前記平均値との差分が所定のしきい値以上の画素を全ての細胞に対応する画素として抽出することを特徴とする請求項7に記載の細胞画像解析装置。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか1項に記載の細胞画像解析装置と、
前記系を観察可能な位置に設けられた顕微鏡と、
前記顕微鏡により観察される映像を動画で撮像するための動画撮像部と、
前記系に対して動きを与える動き付与部と、
前記動画撮像部で撮影された、前記動き付与部により前記系に対して動きを与えた状態から、前記系の全ての内容物が静止するまでの一連の状態の動画ファイルを収録する動画収録部と、を有することを特徴とする剥離細胞の計測装置。
【請求項10】
細胞と液体とを含む系に動きを与えた状態から、前記細胞が静止するまでの状態を動画撮影するステップと、
撮影した動画ファイルのフレームのうち、前フレームとの画素の差分値が所定の値以上である動きエリアを抽出する動きエリア抽出ステップ
を有することを特徴とする細胞画像解析方法。
【請求項11】
さらに、
前記動きを与えた後に、前記液体の動きが止まった定常状態にある区間のフレームを抽出する定常状態フレーム抽出ステップを有し、
前記動きエリア抽出ステップは、前記定常状態フレームにおける動きエリアを抽出することを特徴とする請求項10に記載に細胞画像解析方法。
【請求項12】
前記動きエリア抽出ステップにより抽出された動きエリアに基づいて、動きが大きいフレームを代表フレームとして抽出する代表フレーム抽出ステップを有することを特徴とする請求項10又は11に記載の細胞画像解析方法。
【請求項13】
細胞培養器具中で、細胞を培養液とともに培養したのち、該器具の細胞接着表面から細胞を剥離させるための剥離刺激を付与し、前記細胞と前記培養液とに動きを与えた状態から、前記細胞が静止するまでの状態を動画撮影するステップと、
撮影した動画ファイルのフレームのうち、前フレームとの画素の差分値が所定の値以上である動きエリアを抽出する動きエリア抽出ステップと、
前記動きエリア抽出ステップにより抽出された動きエリアに基づいて、動きが最も大きいフレームを代表フレームとして抽出する代表フレーム抽出ステップと、を有し、
前記代表フレームにおける動きエリアに基づいて、前記細胞培養器具の前記細胞接着表面における剥離刺激付与時の細胞剥離性能を評価する方法。
【請求項14】
請求項11又は12に記載の細胞画像解析方法をコンピュータに実行させるための細胞画像解析プログラム。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−57636(P2013−57636A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197424(P2011−197424)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【出願人】(000002897)大日本印刷株式会社 (14,506)
【Fターム(参考)】