説明

細胞膜上分子と相互作用する化合物の検出方法

【課題】本発明は、細胞から細胞膜等を分離することなく生細胞をそのまま用いることができ、且つ標的とする細胞膜上分子と相互作用する化合物を幅広く検出することができる簡便で低コストの方法を提供することを目的とする。また、本発明では、本発明方法を実施するためのキットを提供することも目的とする。
【解決手段】本発明に係る細胞膜上分子と相互作用する化合物の検出方法は、細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物を、細胞に作用させる工程;上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物を、さらに細胞に作用させる工程;上記ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物を特定する工程;を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞膜上分子と相互作用する化合物を検出する方法と、当該方法を実施するためのキットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
細胞膜を構成するリン脂質二重層中には、多数のタンパク質やリン脂質以外の脂質などが存在しており、増殖因子受容体や細胞接着因子、イオンチャネル等として機能しているものがある。これら細胞膜上分子は、細胞膜内を比較的自由に移動することができ、集合や解離を繰り返している。特に、細胞膜上分子が複数集合し、細胞膜表面に露出したラフトと呼ばれるものは、細菌やウィルスなどの受容体や、細胞外情報が細胞内に伝達される際のプラットフォームになるなど、重要な役割を担う。よって、ある細胞膜上分子が、他のいかなる細胞膜上分子と協働して機能するかを知ることは、生化学的研究において極めて重要である。
【0003】
ところが、細胞膜上分子間の相互作用の解析は、非常に難しい。例えば、ある標的タンパク質と相互作用するタンパク質を分離検出する方法として、標的タンパク質に特異的な抗体を作用させて選択的に沈殿させる免疫沈降法が知られている。しかし、この方法では、標的タンパク質と他のタンパク質が生理条件下で相互作用した状態を反映させるのは困難である。何故ならこの方法では、細胞膜上で標的タンパク質に他のタンパク質が相互作用している場合であっても、細胞膜から標的タンパク質を分離した段階でかかる相互作用が解消される可能性があるためである。また、生細胞の細胞膜上では相互作用していないにも関わらず、タンパク質の分離段階で擬性の相互作用が生じる場合もある。
【0004】
他には、標的タンパク質にクロスリンカーを結合し、相互作用するタンパク質と架橋させて特定するクロスリンカー法が知られている。しかし、当該方法では、クロスリンカー分子の長さと形状が固定されるため、架橋され検出されるのは一部の密着したタンパク質のみとなる。その結果、このクロスリンカー法による細胞膜上分子間の相互作用の解析では、成功例が少ない。
【0005】
従って、上記以外の方法で、細胞膜上分子間の相互作用を検出することに特化した技術が検討されている。
【0006】
例えば、特許文献1には、細胞膜上に存在するABC(ATP Binding Cassette)タンパク質と相互作用する物質のスクリーニング方法が記載されている。当該方法は、ABCタンパク質が発現している膜画分、標識されたヌクレオシド三リン酸、ヌクレオシド二リン酸不動化物質、および被検物質を接触させるものである。
【0007】
また、特許文献2には、細胞に膜貫通型タンパク質を発現させ、さらに候補化合物を接触させて、候補化合物を接触させなかった場合との膜貫通型タンパク質の分布の変化を検出することにより、膜貫通型タンパク質と相互作用する候補化合物をスクリーニングする方法が記載されている。
【特許文献1】特開2005−24245号公報
【特許文献2】特表2005−522227号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
細胞膜上に存在するタンパク質などの分子間の相互作用を検出することは、生化学的研究のみならず、薬剤開発においても非常に重要であり、そのための技術も開発されている。
【0009】
しかし、特許文献1と2に記載されたような技術では、標的とする細胞膜上タンパク質と相互作用するであろう化合物を事前に予測して精製し、試験しなければならないという欠点がある。それでは、多数の細胞膜上分子に関する知見を得ておかなければならず、標的とする細胞膜上分子と未知の分子との相互作用を検出することはできない。また、これら先行技術では、3以上の分子の相互作用を検出するのは極めて困難である。
【0010】
そこで、本発明が解決すべき課題は、細胞から細胞膜等を分離することなく生細胞をそのまま用いることができ、且つ標的とする細胞膜上分子と相互作用する化合物を幅広く検出することができる、簡便で低コストの方法を提供することにある。また、本発明では、本発明方法を実施するためのキットを提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた。その結果、ラジカル反応を応用すれば、上記目的を達成できることを見出した。即ち、ラジカル化合物は反応性が非常に高いことから、多くの化合物、特にタンパク質と共有結合することができると考えられる。その上、ラジカル化合物は、その高い反応性故に安定的に存在できないことから、近傍の化合物とのみ結合する。よって、ラジカル反応を応用すれば、標的化合物と相互作用する近傍の化合物とのみ反応する可能性が高く、ノイズが少ないと考えられる。
【0012】
本発明に係る細胞膜上分子と相互作用する化合物の検出方法は、
標的細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物を、細胞に作用させる工程;
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物を、さらに細胞に作用させる工程;
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物を特定する工程;
を含むことを特徴とする。
【0013】
上記本発明方法において、ラジカル化促進部分としては、西洋ワサビペルオキシダーゼ(以下、「HRP」という場合がある)またはヘム化合物が好適である。また、ラジカル化促進部分によりラジカル化される基としては、水酸基、アジド基、ハロゲン基、およびインドール基からなる群から選択される1または2以上が好適である。さらに、標識基としては、ビオチン、蛍光発色基、放射性同位元素含有基、標識ペプチド、またはハプテンが好適である。また、ラジカル化化合物が結合した細胞膜上分子の特定は、ウェスタンブロット、抗体アレイ、マススペクトロメトリー、免疫沈降法、または免疫組織染色により行うことが好ましい。
【0014】
本発明のキットは、上記本発明方法を実施するためのキットであって、
細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物、
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物、
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物の特定手段、
を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明方法によれば、細胞膜上に存在する生体分子と相互作用する化合物を、生細胞を用いて、広く検出することができる。その際、相互作用するであろう化合物を事前に予測し、単離して使用する必要がない。その上、本発明方法は非常に簡便かつ低コストで実施することができる。従って、本発明方法および本発明方法を実施するためのキットは、生化学研究のみならず、薬剤開発などにも利用できるものとして、産業上極めて重要である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明に係る細胞膜上分子と相互作用する化合物の検出方法は、
標的細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物を、細胞に作用させる工程(第一工程);
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物を、さらに細胞に作用させる工程(第二工程);
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物を特定する工程(第三工程);
を含むことを特徴とする。
【0017】
本発明方法は、細胞膜上に存在する生体分子と相互作用する化合物を検出するものである。よって、本発明方法によれば、標的となる細胞膜上分子の役割に関する基礎的な研究や、組織間における相互作用の相違を検出することなどが可能になる。例えば、癌細胞と正常細胞における相違を明らかにできる可能性がある。
【0018】
細胞膜には様々な細胞膜上分子が存在する。例えば細胞膜上に存在するタンパク質は、リン脂質二重層の表層に存在する表在性タンパク質や、少なくとも一部がリン脂質二重層中に存在する内在性タンパク質などがある。本発明において「細胞膜上」に存在するとは、少なくとも一部が細胞膜の外側に露出しているものをいう。例えば、細胞膜上タンパク質としては、その一部が細胞内に存在し一部が細胞膜の外側に露出しているものの他、リン脂質に直接結合しているもの、或いは脂質やオリゴ糖を介して細胞膜に結合しているもの、細胞膜の外側に露出しているタンパク質にさらに結合しているものなどがある。当該タンパク質の機能は特に制限されず、例えば、細胞外由来の化合物からの情報を細胞内に伝達したり、また、細胞内の情報を細胞外に伝えるなどの機能などが考えられる。
【0019】
細胞膜上分子の種類は、特に制限されない。例えば、上述したタンパク質の他、脂質などがある。また、タンパク質に結合した糖鎖の一部または全部が細胞膜外に露出している場合があるが、そのような糖鎖も含むものとする。特に、糖鎖を含む脂質は、細胞膜の重要な構成成分の一つであり、脂質部分はリン脂質二重層に存在しており、糖鎖部分を細胞外に露出している。この糖脂質は、ラフト内に濃縮されて存在しており、ラフトの生成に関与すると考えられる。
【0020】
「相互作用」の種類は特に制限されず、共有結合や静電結合など具体的な結合のみならず、タンパク質と1以上の化合物が比較的近接し、機能を発揮する場合をいう。
【0021】
標的となる細胞膜上分子と相互作用する化合物は特に制限されず、例えば、細胞膜中に存在するタンパク質、糖脂質、リン脂質、コレステロールなど、また、イオンやリガンドなど細胞外に由来する情報伝達物質等を例示することができる。
【0022】
以下、実施の順番に従って、本発明方法を詳細に説明する。
【0023】
(1)第一工程
本発明では、先ず、標的となる細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物を、細胞に作用させる。当該工程によって、標的となる細胞膜上分子へ、ラジカル化機能を有する部分を選択的に結合させることができる。
【0024】
標的となる細胞膜上分子は、その分子と相互作用する化合物を特定すべきものを適宜選択すればよく、特にその種類などに制限はない。この細胞膜上分子への選択的結合部分は、標的となる細胞膜上分子により適宜選択することができる。例えば、細胞膜上分子に特異的な抗体や、当該分子に結合している糖鎖などに特異的に結合するペプチドなどを挙げることができる。好適には、抗体を用いる。また、当該選択的結合部分は、標的細胞膜上分子に一次抗体を結合させた場合には、この一次抗体を二次的に標識する抗体であってもよい。
【0025】
ラジカル化促進部分とは、後述する第二工程で用いる化合物をラジカル化することができる部分をいう。化合物をラジカル化する際には、通常、過酸化水素などの過酸化物や光などが用いられるが、これらは生細胞にダメージを与え得る。本発明方法は、生細胞の細胞膜における化合物間の相互作用を検出できることを特徴としているため、生細胞にダメージを与えるものは用いないものとする。かかるラジカル化促進部分としては、西洋ワサビペルオキシダーゼなどのペルオキシダーゼや、ヘミンなどのヘム化合物などを例示することができる。
【0026】
本工程で用いる化合物は、細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する。これら部分は、直接結合されていてもよいし、ペプチド鎖やアルキレン基などのリンカー基で結合されていてもよい。これら部分が直接結合されているものとしては、標的細胞膜上分子の抗体等であってラジカル化促進部分で修飾されているものを例示することができる。当該化合物は、市販のものを利用することができ、或いはHRP(西洋ワサビペルオキシダーゼ)標識キット等を使用した常法により調製することができる。
【0027】
細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物を細胞に作用させるには、細胞へ当該化合物の水溶液を添加した上で、インキュベートすればよい。当該化合物の水溶液の濃度は、適宜調整すればよいが、通常、培養液に対する濃度で1〜100μg/mL程度とすればよい。インキュベートの条件も、用いる細胞の種類や酵素の至適温度を考慮して適宜調整すればよいが、通常、0℃から37℃程度で10分間〜5時間程度とすればよい。
【0028】
インキュベート後は、過剰の上記化合物を除去するために細胞を洗浄する。洗浄は、上清を除去した後にPBS等を加え穏やかに攪拌するという操作を数回繰り返せばよい。
【0029】
(2)第二工程
次に、第一工程を経た細胞へ、上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物を作用させる。当該工程において、標的化合物へ選択的に結合したラジカル化促進部分により当該化合物がラジカル化され、近傍の化合物へ結合する。
【0030】
ラジカル化促進部分によりラジカル化される基は、用いるラジカル化酵素に応じたものを使用すればよい。例えば、水酸基、アジド基、ハロゲン基、インドール基などから少なくとも1種を適宜選択して使用することができる。
【0031】
標識基の種類も特に制限されず、生化学分野で使用されているものを用いることができる。例えば、ビオチン;ローダミン系、フルオレセイン系、テキサスレッド系、シアニン系などの蛍光発色基;32P、35S、14Cなどの放射性同位元素を含む置換基;標識のためのペプチド;およびハプテンなどが使用でき得る。
【0032】
ラジカル化される基と標識基は、標識基がラジカルの影響を受けないようにする等の理由により、リンカー基で結合することが好ましい。リンカー基としては、例えば、アルキレン基、エーテル基、チオエーテル基、アミド基、およびこれら基の2以上の組み合わせを例示することができる。
【0033】
当該化合物の具体的な例としては、下記化合物を挙げることができる。下記化合物において、ラジカル化される基はアジド−ヒドロキシフェニル基であり、標識基はビオチン基である。但し、下記化合物において、リンカー基の具体的な構造は、化合物の合成を容易にすること以外特に意義はないので、他のリンカー基に置換可能である。
【0034】
【化1】

【0035】
ラジカル化される基と標識基とを有する化合物は、溶液状態で細胞に添加すればよい。具体的には、10〜100μg/mL程度の水溶液とすればよい。当該化合物が水に溶解し難い場合には、使用する細胞に悪影響を及ぼさない程度にジメチルスルホキシドやエタノールなどの有機溶媒を添加してもよい。
【0036】
ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物は、反応性が高いことからラジカルのまま移動できる距離は短いため、標的細胞膜上分子の近傍に存在する分子のみに結合する。例えば、レーザー分子不活性法で生じるヒドロキシラジカルの移動距離は最高で半径約1.5nm、Fluorophore-assisted light inactivation法で生じる一重項酸素ラジカルの移動距離は約10〜50nmであるとの知見がある(J.C.Liaoら,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,91,2659(1994年)、S.Beckら,Proteomics,2,247(2002年)など)。また、本発明者らが金コロイド粒子と電子顕微鏡を使って別途実験を行ったところ、西洋ワサビペルオキシダーゼにより生じたラジカルは、プローブ分子から100nm以内に存在することが示唆された。以上の知見から、本発明に係る反応により生じたラジカルは、標的細胞膜上分子から100nm以内に存在する分子に結合できる一方で、それより離れた位置に存在する分子には結合しないと考えられる。
【0037】
反応の条件は適宜調整すればよいが、例えば、0℃〜37℃で5分〜1時間程度とすることができる。また、光によるラジカル化を抑制するために、反応は暗所で行うことが好ましい。
【0038】
上記反応後は、過剰の化合物を洗浄により除去する。より具体的には、上清を除去した後にPBS等で穏やかに攪拌するという操作を数回繰り返せばよい。
【0039】
(3)第三工程
当該工程では、ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物を特定する。より具体的には、先ず、ホモジェナイザーなどで細胞を物理的に破砕する。その結果、細胞膜は細かく千切れ、マイクロソームと呼ばれる直径約100nmの小胞となる。このマイクロソームを、遠心分離などにより核から分離し、得られたマイクロソーム画分をlysis bufferなどにより溶解する。
【0040】
次に、得られた溶解液を用いて、例えば、ウェスタンブロット、抗体アレイ、マススペクトロメトリー、免疫沈降法、免疫組織染色などの常法により、標識された化合物を特定する。これら方法は、主に第二工程で用いた標識基の種類を考慮して選択すればよく、また、これら方法を2以上組み合わせて用いてもよい。
【0041】
より具体的な方法としては、例えば、先ず得られた溶解液に含まれる化合物を分離する。具体的な分離方法は、生化学分野で一般的に用いられている方法から適宜選択すればよい。例えば、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動やゲル濾過クロマトグラフィなど分子量により化合物を分離できるものや、抗体が結合されているマイクロアレイなどを用いることができる。
【0042】
化合物を分離した後には、使用した標識基に応じた方法によって、標識された化合物を特定する。例えば、標識基として蛍光発色基を用いた場合には、蛍光発色基に固有の蛍光波長で解析すればよい。標識基としてビオチンを用いた場合には、アビジンやストレプトアビジンを介して、ビオチン化した酵素を特異的に結合させる。当該酵素として、アルカリホスファターゼ,ペルオキシダーゼ,ルシフェラーゼ等を用い、各酵素に応じた発色試薬を作用させれば、標識された化合物を特定することができる。なお、標識基は、ラジカル反応により標的細胞膜上分子と相互作用する化合物に共有結合で結合しているため、上記工程を経ても、当該化合物から分離することはない。
【0043】
本発明のキットは、上記本発明方法を実施するためのキットであって、
標的細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物、
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物、
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物の特定手段、
を含む。
【0044】
本発明のキットにおいて、各化合物や特定手段は、本発明方法で説明したものと同様のものを用いることができる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例により制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0046】
実施例1
表面をMaxiSorp処理した96ウエルマイクロタイタープレート(Nunc製)に、マウス血清(Cedarlane Laboratories製)の20%PBS溶液を加え、37℃で40分間インキュベートすることによって、表面をマウス血清でコートした。2%BSA−PBS溶液でブロッキングした後、無標識抗マウスIgG抗体(10μg/mL;CHEMICON製)、HRP標識抗マウスIgG抗体(10μg/mL;Promega製)、FITC標識抗マウスIgG抗体(10μg/mL;DAKO製)、またはHRP標識抗ウサギIgG抗体(10μg/mL;cappel製)を50μL加え、それぞれ室温で40分間インキュベートした。プレートを洗浄して氷上で冷却した後、下記アリルアジド−ビオチン化合物のPBS溶液(40μg/mL;Pierce製)を各ウェルに50μL加え、暗所にて4℃で10分間インキュベートした。
【0047】
【化2】

【0048】
次いで、各ウェルを洗浄後、結合した抗体を除去するために2M HClを加え、室温で40分間インキュベートした。各ウェルを再びよく洗浄した後、各ウェル内においてビオチン化された分子をABC detection kit(Vector laboratories製)を用い検出した。発色はo−フェニレンジアミンを用い、490nmの吸光度で測定した。また、比較のために、各抗体のみを添加してアリルアジド−ビオチンを添加しない場合、および各抗体を添加せずアリルアジド−ビオチンのみを添加した場合も、同様に試験した。各ウェルにおける発色強度の測定結果を図1に示す。
【0049】
図1の通り、HRP標識抗マウスIgG抗体を用いた場合には、HRP(西洋ワサビペルオキシダーゼ)の作用によりアリルアジド−ビオチン化合物がプレート表面に存在するタンパク質に結合し、発色強度が選択的に高まった。
【0050】
実施例2
実施例1で用いたプレートに、ヤギ血清(Dako製)の20%PBS溶液を加え、37℃で40分間インキュベートすることによって、表面をヤギ血清でコートした。2%BSA−PBS溶液でブロッキングした後、コンカナバリンAレクチンまたはHRP標識コンカナバリンAレクチン(それぞれ10μg/mL;生化学工業製)を50μL加え、それぞれ室温で40分間インキュベートした。プレートを洗浄して氷上で冷却した後、実施例1のアリルアジド−ビオチン化合物のPBS溶液(40μg/mL;Pierce製)を各ウェルに50μL加え、暗所にて4℃で10分間インキュベートした。なお、コンカナバリンAレクチンは、高マンノース型糖鎖、混成型糖鎖、および2本鎖複合型糖鎖などを認識するため、プレート表面上の多くの血清糖タンパク質と結合することができる。各ウェルを洗浄後、結合したコンカナバリンAレクチンを除去するために2M HClを加え、室温で40分間インキュベートした。その後、実施例1と同様にして、プレート表面に結合したビオチン量を測定した。結果を図2に示す。
【0051】
図2の通り、HRP標識コンカナバリンAレクチンを用いた場合には、HRPの作用によりアリルアジド−ビオチン化合物がプレート表面に存在するタンパク質に結合し、発色強度が選択的に高まった。
【0052】
実施例3
実施例1と2において、HRPで標識されたIgGまたはコンカナバリンAレクチンを用いた場合のみビオチンがプレート表面に存在するタンパク質に結合したのは、アリルアジド−ビオチン化合物がHRPによりラジカル化されたことによると考え、これを実験的に確認した。具体的には、HRPで標識されたIgGまたはコンカナバリンAレクチンを用いた場合において、アリルアジド−ビオチン化合物と共に、ラジカル捕捉能を有する1mMアスコルビン酸を加えることによる相対的な発色強度の変化を測定した。アスコルビン酸を添加しない場合における吸光度(OD490)を100%としたときの、アスコルビン酸を添加した場合の相対値を、図3に示す。
【0053】
図3の通り、アスコルビン酸を加えた場合には、ビオチンの結合は約90%阻害されている。よって、アリルアジド−ビオチン化合物は、HRPによりラジカル化されることによりプレート表面に結合することが実証された。
【0054】
実施例4
実施例1において、HRP標識抗マウスIgG抗体を用い、或いは用いずに、アリルアジド−ビオチン化合物との反応時間を1、3または5分間に変更し、同様の実験を行った。また、HRP標識抗マウスIgG抗体の濃度を、1、2または20μg/mLに変更し、同様の実験を行った。反応時間を変更させた実験の結果を図4(1)に、HRP標識抗マウスIgG抗体の濃度を変更した実験の結果を図4(2)に示す。
【0055】
図4(1)と(2)の通り、HRP標識抗マウスIgG抗体とアリルアジド−ビオチン化合物との反応は、反応時間とHRP量に依存して進行する。従って、当該反応は酵素反応であることが分かった。
【0056】
実施例5
ヒト子宮頸ガン細胞であるHelaS3細胞を、10%FBSを含むRPMI 1640培地(Sigma製)を用い、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。次いで、培養細胞を4℃で20分間冷却した後、一度PBSで洗浄し、β1インテグリンに結合するTS2/16抗体を含むハイブリドーマ培養液(8μg/mL)を加え、4℃で1時間インキュベートした。続いて、TS2/16抗体を2次的に標識するためのHRP標識抗マウスIgG抗体(10μg/mL;Promega製)を加え、4℃で1時間インキュベートした。PBSで洗浄後、実施例1で用いたアリルアジド−ビオチン化合物の40μg/mLPBS溶液を加え、4℃で30分間暗所でインキュベートした。PBSで2回洗浄後、5%FBS(もしくは2%BSA)およびprotease inhibitor cocktail(Sigma製)を含む50mM Tris−HCl(pH7.4)で細胞をエッペンドルフチューブに回収し、21G針付きシリンジを使って破砕した。3000rpmで5分間遠心して除核した後、マイクロソーム画分を集め、lysis buffer(20mM Tris−HCl、pH7.4)、150mM NaCl、5mM EDTA、1%NP−40、10%グリセロール、およびprotease inhibitor cocktail)で溶解した。
【0057】
上記で得られた試料を、非還元条件で8%ゲルを用いてSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動した後、PVDF膜へ転写し、ABC detection kitとECL western blot detection reagents(Amashambioscience製)を用いて、ビオチン化されたタンパク質を検出した。また、ネガティブコントロールとして、TS2/16抗体を用いない以外同様の実験を行った。結果を図5に示す。なお、図中の「2nd Ab」は、2次抗体であるHRP標識抗マウスIgG抗体を示す。
【0058】
図5の通り、TS2/16抗体を用いずHRP標識抗マウスIgG抗体のみ用いた場合には、120kDaと91kDa付近にバンドが見られる。これは、内在性のビオチン保有分子や、アリルアジドビオチンと反応性を有する内在性分子由来のバンドであると考えられる。一方、TS2/16抗体を用いた場合は、120kDaと91kDa付近のみならず、様々なタンパク質が検出されている。これは、TS2/16抗体が直接結合するβ1インテグリンと相互作用するタンパク質が検出できていることを示す。よって、本発明方法により、標的となる細胞膜上分子と相互作用する化合物を検出できることが実証された。
【0059】
実施例6
ヒトグリオーマT98細胞を、実施例5と同様の方法で培養した。当該培養細胞を、実施例5と同様の処理をした後、ビオチン化されたタンパク質を検出した、結果を図6に示す。
【0060】
図6の通り、TS2/16抗体を用いずHRP標識抗マウスIgG抗体のみ用いた場合に比べ、TS2/16抗体とHRP標識抗マウスIgG抗体の両方を用いた場合には、約200kDa付近にビオチン標識化バンドが認められた。また、図5と図6の結果を合わせて考察すると、同じヒト由来の細胞であっても、子宮頸ガン細胞とグリオーマ細胞では、β1インテグリンと相互作用する化合物は異なることが明らかにされた。
【0061】
実施例7
実施例5と同様の方法により、HelaS3細胞に、HRP標識抗マウスIgG抗体とアリルアジド−ビオチン化合物を順次作用させ、マイクロソーム画分の溶解試料を得た。当該試料を、42種類の抗受容体チロシンキナーゼ抗体がスポットされている抗体アレイ(R&D systems製、Human Phospho−RTK Array)に添加し、4℃で一晩インキュベートした。洗浄後、実施例5と同様の方法で、ビオチン化された受容体チロシンキナーゼを検出した。また、比較として、TS2/16抗体を用いず、それ以外は同様の条件の実験を行った。さらに、HRP標識抗マウスIgG抗体とアリルアジド−ビオチン化合物との組み合わせの代わりに、非特異的なビオチン標識化試薬であるN−ヒドロキシスクシニミド(NHS)−ビオチンを用いて、各受容体チロシンキナーゼの発現量を確認する実験を行った。TS2/16抗体を用いた結果を図7(1)に、当該抗体を用いなかった結果を(2)に、NHS−ビオチンを用いた結果を(3)に示す。
【0062】
図7の通り、HRP標識抗マウスIgG抗体とアリルアジド−ビオチン化合物を用いてβ1インテグリンと相互作用する化合物を解析した結果、多種の受容体チロシンキナーゼが相互作用していることが分かった。また、HRP標識抗マウスIgG抗体を用いない場合にはビオチン標識された受容体チロシンキナーゼは全く検出されないことから、本発明方法では、ノイズが極めて少ないことが分かる。さらに、図7(1)と(3)とを比較すると、β1インテグリンと受容体チロシンキナーゼとの相互作用の強さは、図7(3)から把握できる各受容体チロシンキナーゼの発現量とは相関しないことが分かった。
【0063】
以上の通り、本発明方法は、標的となる細胞膜上分子と相互作用する化合物を、正確に且つ良好な感度で検出できることが実証された。
【0064】
実施例8
実施例5と同様の方法で培養したHelaS3細胞に、糖脂質であるGM1へ特異的に結合するHRP標識コレラ毒素Bサブユニット(CTxB)または未標識のCTxBに続いてアリルアジド−ビオチン化合物を作用させ、マイクロソーム画分の溶解試料を得た。得られた溶解試料につき、実施例7と同様の抗体アレイを用いて、GM1と相互作用する受容体チロシンキナーゼを検出した。さらに、実施例7と同様に、NHS−ビオチンを用いて、各受容体チロシンキナーゼの発現量を確認する実験を行った。HRP標識CTxBとアリルアジド−ビオチン化合物を用いた結果を図8(1)に、未標識CTxBとアリルアジド−ビオチン化合物を用いた結果を図8(2)に、NHS−ビオチンを用いた結果を図8(3)に示す。
【0065】
図8の通り、HRP標識CTxBとアリルアジド−ビオチン化合物を用いた場合、糖脂質であるGM1と相互作用する化合物として、主に2つの受容体チロシンキナーゼのみが検出されている。これらは、上皮成長因子受容体とエフリンA2である。かかる結果により、非常に限定された受容体チロシンキナーゼのみが、GM1と相互作用することが分かった。それに対して、NHS−ビオチンを用いて各受容体チロシンキナーゼの発現量を確認する実験では、上記2つ以外の受容体チロシンキナーゼも細胞に発現していることが分かる。よって、GM1と受容体チロシンキナーゼの相互作用は、受容体チロシンキナーゼの発現量に依存しないことが分かった。
【0066】
以上の通り、本発明方法によれば、標的となる細胞膜上分子と相互作用する化合物を、選択的に検出できることが実証された。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】HRP標識抗マウスIgG抗体とアリルアジド−ビオチンを用いた場合のみ、マウス血清タンパク質等がビオチン化されることを示すグラフである。
【図2】HRP標識抗マウスIgG抗体とコンカナバリンAレクチン(ConA)を用いた場合のみ、タンパク質等がビオチン化されることを示すグラフである。
【図3】ラジカル消去作用を有するアスコルビン酸を加えた場合におけるビオチン標識度を示すグラフである。
【図4】本発明方法におけるビオチン標識反応の時間依存性とHRP濃度依存性を示すグラフである。
【図5】TS2/16抗体と2次抗体であるHRP標識抗マウスIgG抗体の両方を用いた場合と、TS2/16抗体を用いずHRP標識抗マウスIgG抗体のみ用いた場合における、ヒト子宮頸ガン細胞上のβ1インテグリンと相互作用するビオチン標識化合物の相違を示す電気泳動結果である。
【図6】TS2/16抗体と2次抗体であるHRP標識抗マウスIgG抗体の両方を用いた場合と、TS2/16抗体を用いずHRP標識抗マウスIgG抗体のみ用いた場合における、ヒトグリオーマT98細胞上のβ1インテグリンと相互作用するビオチン標識化合物の相違を示す電気泳動結果である。
【図7】(1)HRP標識抗マウスIgG抗体とアリルアジド−ビオチン化合物を用いた場合と、(2)アリルアジド−ビオチン化合物のみ用いた場合における、β1インテグリンと相互作用する受容体チロシンキナーゼを、抗体マイクロアレイを用いて解析した結果を示す写真である。(3)は、NHS−ビオチンを用いて、各受容体チロシンキナーゼの発現量を解析した結果を示す写真である。
【図8】(1)HRP標識CTxBとアリルアジド−ビオチン化合物を用いた場合と、(2)未標識CTxBとアリルアジド−ビオチン化合物を用いた場合における、GM1と相互作用する受容体チロシンキナーゼを、抗体マイクロアレイを用いて解析した結果を示す写真である。(3)は、NHS−ビオチンを用いて、各受容体チロシンキナーゼの発現量を解析した結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞膜上分子と相互作用する化合物を検出する方法であって、
標的細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物を、細胞に作用させる工程;
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物を、さらに細胞に作用させる工程;
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物を特定する工程;
を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】
ラジカル化促進部分として、西洋ワサビペルオキシダーゼまたはヘム化合物を用いる請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ラジカル化促進部分によりラジカル化される基として、水酸基、アジド基、ハロゲン基、およびインドール基からなる群から選択される1または2以上を用いる請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
標識基として、ビオチン、蛍光発色基、放射性同位元素含有基、標識ペプチド、またはハプテンを用いる請求項1〜3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
ラジカル化化合物が結合した細胞膜上分子の特定を、ウェスタンブロット、抗体アレイ、マススペクトロメトリー、免疫沈降法、または免疫組織染色により行う請求項1〜4の何れか1項に記載の方法。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか1項に記載の方法を実施するためのキットであって、
細胞膜上分子への選択的結合部分とラジカル化促進部分とを有する化合物、
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化される基と標識基とを有する化合物、
上記ラジカル化促進部分によりラジカル化された化合物が結合した化合物の特定手段、
を含むキット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−182917(P2008−182917A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−17667(P2007−17667)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)【国等の委託研究の成果に係る記載事項】 平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】