説明

細胞膜透過型ホウ素ペプチド

【課題】細胞膜を透過し細胞内、とりわけ核に局在する細胞膜透過型ホウ素製剤を提供すること。
【解決手段】細胞膜透過ペプチドおよびホウ素化合物を含む細胞膜透過型ホウ素ペプチド。細胞膜透過ペプチドは、たとえばTATまたはアルギニン9〜13残基が連続したアミノ酸配列であり、ホウ素化合物は、たとえばメルカプトウンデカハイドロドデカボレートである。細胞膜透過ペプチドおよびホウ素化合物を含む細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、少なくとも1つの薬学的に許容され得る賦形剤などと組み合わせてホウ素製剤とすることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん治療に用いるホウ素中性子捕捉療法(BNCT)における、ホウ素含有化合物に関する。より具体的には、細胞膜透過シグナルペプチドおよびホウ素化合物を含む細胞膜透過型ホウ素ペプチドおよびそれを含むホウ素製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)とは、ホウ素化合物自体には、毒性や腫瘍抑制効果は無いが、ホウ素を含んだがん細胞に対して中性子を照射すると、細胞内でアルファ崩壊と呼ばれる核分裂反応がおこり、腫瘍を殺傷するというものである。この際の腫瘍殺傷効果は、ホウ素を含んでいる細胞レベルで起こるものであり、正常細胞にホウ素が入っていなければ、がん細胞のみを細胞レベルで殺すことができる次世代のがん治療法である。現在、ホウ素製剤を使用した粒子線癌治療は、臨床研究段階であり、2種類のホウ素製剤が検討されている。それは、1個のホウ素原子に対してアミノ酸のフェニルアラニンが結合したBPA(ホウ素フェニルアラニン)と12個のホウ素からなる分子であるBSH(メルカプトウンデカハイドロドデカボレート)の二剤であり、具体的にはいずれも難治性疾患である悪性脳腫瘍、頭頚部がん、悪性黒色腫などの疾患を対象に行われている。
【0003】
今後、BNCTががん治療として確立されれば、他のがんに対しても行われる可能性は非常に高い。その中において、中性子源とならびホウ素化合物は治療効果を決める上で最も大事な要素である。つまり、ホウ素が細胞に取り込まれていない場合、中性子を照射しても影響は無いため、腫瘍に対して、特に腫瘍細胞の内部にホウ素を導入することは、治療の成果を上げるために最も大事なことである。
【0004】
また、BNCTでは、理論上、ホウ素化合物を選択的にがん細胞内部へ導入することができれば、周囲の正常組織に対しては影響を与えることなく、がん細胞のみを選択的に殺傷することができる。この際、細胞の外延や細胞膜近くにホウ素化合物が留まり、細胞内部へと充分に局在化できなければ、周りの正常組織・細胞にも影響を与えることになる。このため、ホウ素化合物を目的とする細胞内に局在させることも望まれている。
【0005】
ここで、現在臨床研究で用いられている、BSHによるBNCTは、がん組織や悪性腫瘍組織などの腫瘍血管は脆弱な構造であるため、その部分においてホウ素製剤が正常部分と比較して多く漏出することを利用し、その漏出部分に対して中性子照射を行うことによりホウ素中性子補足反応を起こし癌や腫瘍を殺傷するものである。しかしながら、BSHには細胞膜透過能がないため、細胞と細胞の間の細胞組織間に局在してしまい、がん細胞などに対しての腫瘍殺傷効果が充分に高くないという問題がある。
【0006】
また、前述のBPAは、メラニンの生成のためにフェニルアラニンやチロシンが細胞中に強く取り込まれることを利用した黒色皮膚がん治療のための薬剤であり、水溶性の向上等の改良がなされている(特許文献1)。BPAは、分裂する細胞であれば、正常細胞でもがん細胞でも細胞内へと取り込まれるが、腫瘍細胞の方がアミノ酸の取り込みが盛んなため、正常細胞に比較して腫瘍細胞へたくさん取り込まれるという性質を利用している。この方法では、正常細胞にもホウ素製剤が取り込まれてしまうこと、およびがん細胞でも分裂していない細胞には取り込まれないことなどの問題がある。
【0007】
標的細胞にターゲッティングする試みとしては、ホウ素化合物とホルモン類似体(リガンド)との複合体を用い、該ホルモンに対する細胞内受容体を有する細胞に特異的にターゲッティングする方法(特許文献2)や、腫瘍細胞特異的抗原に結合する抗体を含む結合対を投与し、任意にはその非腫瘍部分における結合対の相補的な構成物とホウ素原子を含む接合体を投与することからなる、腫瘍細胞にホウ素原子をターゲッティングする方法(特許文献3)が試みられている。
【0008】
さらに、腫瘍細胞中のホウ素の濃度を正常な組織中の濃度に対して高めることを目的として、多孔性のシリコンにホウ素を組み込んだホウ素含有治療用組成物も開示されている(特許文献4)。
【0009】
薬剤を特異的に体内に送達できるビヒクルとして、ヒアルロン酸および/またはポリエチレングリコールが結合したカチオン化ゼラチンとセンダイウイルス由来のベクターなどのウイルスエンベロープベクターを組み合わせたビヒクルを用いてホウ素含有化合物を封入して使用する方法も報告されている(特許文献5)。この方法では、実際にはほとんど細胞内へ導入されておらず、実用的なものではない。
【0010】
このように、現在のところ細胞内においても細胞の中心部に存在する核に局在させることができるようなホウ素製剤は一切報告されていない。
【0011】
一方、細胞膜を通過するシグナルペプチドとして、これまでHIV−1 Tatなどのアルギニンを多く含む塩基性ペプチドが知られている。また、アルギニンが複数個連続したアミノ酸配列を有するペプチドが生体膜透過シグナル配列として機能し、細胞膜透過性を有することが報告されている(特許文献6)。
【0012】
しかしながら、これらのペプチドをホウ素化合物の細胞内への送達に使用するという試みはこれまで一切なされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平8−325271号公報
【特許文献2】特表平11−505504号公報
【特許文献3】特表2000−516217号公報
【特許文献4】特表2006−516599号公報
【特許文献5】特開2008−308440号公報
【特許文献6】特開2003−252898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明の目的は、細胞膜を透過し細胞内、とりわけ核に局在する細胞膜透過型ホウ素製剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
ホウ素化合物BSHに細胞膜透過ペプチドと呼ばれるペプチドを用いて修飾を行ったところ、これまで細胞内への導入が困難であったホウ素化合物BSHを細胞内部に導入することが可能となり、さらには、時間経過によりホウ素化合物が、細胞の中心に局在する核へ集積することを見出し、本発明が完成された。
【0016】
本発明は、細胞膜透過ペプチドおよびホウ素化合物を含む細胞膜透過型ホウ素ペプチドに関する。
【0017】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドにおいて、細胞膜透過ペプチドは、アルギニン3〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチド、TAT(配列番号1:GRKKRRQRRR)、HIV−1 Rev(34−50)(配列番号2:TRQARRNRRRRWRERQR)、FHV Coat(35−49)(配列番号3:RRRRNRTRRNRRRVR)、BMV Gag(7−25)(配列番号4:KMTRAQRRAAARRNRWTAR)、HTLV−II Rex(4−16)(配列番号5:TRRQRTRRARRNR)、CCMV Gag(7−25)(配列番号6:KLTRAQRRAAARKNKRNTR)、P22 N(14−30)(配列番号7:NAKTRRHERRRKLAIER)、λN(1−22)(配列番号8:MDAQTRRRERRAEKQAQWKAAN)、φ21N(12−29)(配列番号9:TAKTRYKARRAELIAERR)および酵母PRP6(129−144)(配列番号10:TRRNKRNRIQEQLNRK)からなる群より選択されることが好ましい。
【0018】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドにおいて、細胞膜透過ペプチドは、アルギニン9〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチドであることが好ましい。
【0019】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドにおいて、ホウ素化合物が、アミノ酸と結合可能な官能基を有するホウ素クラスターであることが好ましい。
【0020】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドにおいて、ホウ素化合物は、メルカプトウンデカハイドロドデカボレートであることがさらに好ましい。
【0021】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドにおいては、細胞膜透過ペプチド1分子に対してメルカプトウンデカハイドロドデカボレート1〜8分子を含むことができる。
【0022】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、好ましくは核内に集積されることを特徴とする。
【0023】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、少なくとも1つの薬学的に許容され得る賦形剤と組み合わせてホウ素製剤とすることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、腫瘍組織内に選択的に取り込まれ、24時間後にも安定に残留し、従来のホウ素製剤と比べて15〜50倍もの高濃度のホウ素を腫瘍細胞内に、さらには核内に蓄積させることができる。
【0025】
また、本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、たとえば、ペプチドとホウ素化合物との間のリンカーにリジンとシステインの組合せを利用することにより、1つの分子で複数個のホウ素化合物を運ぶことが可能であり、効率的にホウ素化合物を細胞の核内に局在させることができる。
【0026】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドを用いることにより、効率的にホウ素化合物を細胞内、とりわけ核内に集積することができ、実際に従来のホウ素製剤BSHと比較して、極めて高い腫瘍殺傷効果が得られる。
【0027】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドを用いることにより、ホウ素製剤が細胞膜周辺に留まる場合と比較して数十倍から数百倍の腫瘍殺傷効果をもたらすことが可能となる。また、さらに細胞の中心部に存在する核に局在させた場合には、さらに腫瘍殺傷効果を誘導することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1A】実施例1(BSH−11R)および実施例5(BSH−TAT)を細胞内へ導入し、12時間後に観察した、(a)ヘキストによる核染色、および(b)BSHを示す共焦点レーザー顕微鏡写真データ(×400)である。(c)は(a)と(b)を重ね合わせたものである。
【図1B】図1Aの(c)のスケッチである。ドットがBSHを斜線部が核を示す。
【図2】誘導結合プラズマ発光分光分析データにより定量化した細胞内のホウ素濃度を示すグラフである。
【図3】実施例2(2BSH−11R)、実施例3(4BSH−11R)の腫瘍細胞内への導入12時間後に観察した共焦点レーザー顕微鏡写真データである(×600)。(a)はBSH、(b)は(a)のBSHにf−アクチンの染色を重ねたもの、(c)は(b)にヘキストによる核染色を重ねたものである。
【図4A】実施例4(8BSH−11R)の腫瘍細胞内への導入を経時的に観察した共焦点レーザー顕微鏡写真データである(×600)。(a)がBSH染色、ヘキストによる核染色およびアクチン染色を重ねたものであり、(b)がBSHのみのデータである。
【図4B】図4Aの(a)中、アクチン染色部分の輪郭および核染色部分(斜線部)のスケッチである。
【図5】誘導結合プラズマ発光分光分析データにより定量化した細胞内のホウ素濃度を示すグラフである。
【図6】脳腫瘍モデルマウスに対して実施例4(8BSH−11R)をマウス尾静脈より投与した後の6時間および24時間に観察した共焦点レーザー顕微鏡写真データである。(a)はヒトGFAPによる脳腫瘍染色とヘキストによる核染色、(b)はBSH、(c)は(a)と(b)を重ねたものである。
【図7】脳腫瘍モデルマウスに対して実施例4(8BSH−11R)をマウス尾静脈より投与した後の6時間に観察した共焦点レーザー顕微鏡写真データである。(a)はヒトGFAPによる脳腫瘍染色とヘキストによる核染色、(b)はBSH、(c)は(a)と(b)を重ねたものである。
【図8】WSR−1アッセイによる細胞毒性評価を示すグラフである。
【図9】ホウ素化合物の細胞内分布による核へのエネルギー付与率を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明に使用する「細胞膜透過ペプチド」は、細胞膜を透過し細胞内へ内在化する能力を有するアルギニンに富むアミノ酸配列を有する塩基性ペプチドを意味する。このようなペプチドとしては、細胞膜透過能が知られている既知の塩基性ペプチド、たとえばTAT(配列番号1)、アルギニン3〜3残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチド、HIV−1 Rev(34−50)(配列番号2)、FHV Coat(35−49)(配列番号3)、BMV Gag(7−25)(配列番号4)、HTLV−II Rex(4−16)(配列番号5)、CCMV Gag(7−25)(配列番号6)、P22 N(14−30)(配列番号7)、λN(1−22)(配列番号8)、φ21N(12−29)(配列番号9)および酵母PRP6(129−144)(配列番号10)などが挙げられる。これらのペプチドには、もちろん各起源のタンパク質の対応する配列のアミノ酸を1〜10個、好ましくは1〜5個、より好ましくは1〜3個伸長したものや、アルギニンやリジンを1〜20個、好ましくは1〜10個、より好ましくは1〜5個加えたものも同様に使用することができる。
【0030】
これらのなかでも、細胞膜透過能の点からTAT(配列番号1)、アルギニン3〜3残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチド、HIV−1 Rev(34−50)(配列番号2)、FHV Coat(35−49)(配列番号3)、BMV Gag(7−25)(配列番号4)、HTLV−II Rex(4−16)(配列番号5)、CCMV Gag(7−25)(配列番号6)またはP22 N(14−30)(配列番号7)が好ましく、TAT(配列番号1)、アルギニン3〜3残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチド、HIV−1 Rev(34−50)(配列番号2)、FHV Coat(35−49)(配列番号3)、BMV Gag(7−25)(配列番号4)またはHTLV−II Rex(4−16)(配列番号5)がより好ましい。また、TAT(配列番号1)またはアルギニン3〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチドがより効果的に使用でき、核への局在化に優れていることが確認された点からアルギニン3〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチドが最も好ましい。
【0031】
このアルギニン3〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチドにおいては、連続するアルギニンの残基数が9〜13が好ましく、11が最も好ましい。アルギニン残基が2以下または14以上であると、薬物の導入効率が悪くなる傾向がある。アルギニン3〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチドは、細胞増殖に影響を及ぼすことなく、また細胞障害性も示さないため、安全な薬剤である。
【0032】
本発明に使用する「ホウ素化合物」としては、従来から粒子線治療に用いられている種々の物を使用することができる。
【0033】
たとえば、ペプチドと結合させることができる官能基、チオール基、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、アミド基、アジド基、ハロゲン基(F、Cl、Br、Iなど)、リン酸基などを有するホウ素含有化合物であれば、本発明の「ホウ素化合物」として使用することができる。そのなかでも、ホウ素原子を一分子に多く含むことからクラスター分子であることが好ましい。具体的なホウ素化合物としては、BPA、BSHなどが挙げられる。
【0034】
本発明の「細胞膜透過型ホウ素ペプチド」は、前述のホウ素化合物に細胞膜透過ペプチドを付加することにより製造することができる。ここで、本明細書において「付加する」との記載は、ホウ素化合物と細胞膜透過ペプチドとを、共有結合、ペプチド−ペプチドによる疎水性相互作用、イオン性相互作用(イオン結合)、水素結合等により結合させることを意味する。結合の方法は、特に限定されるものではないが、ホウ素化合物および細胞膜透過ペプチドそれぞれの活性を損なわない限り、たとえば、システインなどのアミノ酸や他の化合物を介して行なうことができ、細胞膜透過ペプチドとホウ素化合物の間には、たとえば1〜20個、または1〜10個、または1〜3個のアミノ酸残基が挿入されていてもよい。システインを利用する場合には、たとえば反応性のニトロピリジンスルフェニル(NPYS)基などを用いて様々なホウ素化合物を容易にS−S結合により連結することができる。
【0035】
さらに、ホウ素化合物を結合させるためのシステインと細胞膜透過ペプチドとの間に、リジンなどを介在させることにより、1つのペプチド分子に複数個、たとえば2〜8個のホウ素化合物を結合させることができる。
【0036】
細胞膜透過ペプチドは、通常の人工合成法、たとえばペプチドの固相合成法などによって、または一般に市販されている人工合成機を用いて、当業者により容易に製造することができる。
【0037】
たとえば、ペプチド合成において使用する保護ペプチド樹脂担体としては、ベンズヒドリルアミン樹脂、アミノメチル樹脂、4−ベンジルオキシベンジルアルコール樹脂、4−メチルベンズヒドリルアミン樹脂、4−ヒドロキシメチルメチルフェニルアセトアミドメチル樹脂、ポリアクリルアミド樹脂、4−(2’,4’−ジメトキシフェニル−ヒドロキシメチル)フェノキシ樹脂などが挙げられる。
【0038】
ペプチドの固相合成法において、アミノ酸は、保護基によって分子内のアミノ基を予め保護して用いられる。保護基としては、たとえば、9−フルオレニル−メトキシカルボニル(Fmoc)基、tert−ブチルオキシカルボニル(Boc)基などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。なお、アミノ酸は、必要に応じて、側鎖の官能基を当該官能基に応じた保護基により保護して用いることができる。なお、本明細書において、アミノ基や側鎖の官能が保護されているアミノ酸を「保護アミノ酸」という。
【0039】
縮合には、一般的なペプチド合成に用いられる活性化試薬などが用いられる。縮合の際の反応温度は、ペプチドの合成において一般的な温度であればよい。通常、反応温度は、約−20℃〜50℃の範囲から適宜選択される。所望の細胞膜透過ペプチド配列に相当する配列からなるペプチドを合成した後、ホウ素化合物との結合に使用するための官能基を有するアミノ酸、たとえばシステインを縮合させ、ホウ素化合物との結合に使用する官能基を導入することができる。
【0040】
得られた生成物がその分子内に保護基を有する場合、常法にしたがって、たとえば酸処理、アルカリ処理、触媒の存在下での水素気流中での接触還元などにより行なうことができる。なお、保護基の導入と脱保護に関しては、例えば、グリーンズ・プロテクティブ・グループス・イン・オーガニック・シンセシス第4版〔ペーターG.M.ワッツ(Peter G. M. Wuts)およびテオドラ.W.グリーン(Theodora W. Greene), Greene's Protective Groups in Organic Synthesis, 2006〕に記載の方法にしたがって行なうこともできる。
【0041】
化合物の製造後、必要に応じて、得られた生成物の単離や精製を行なってもよい。生成物の単離や精製は、例えば、逆相高速液体クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィーなどのクロマトグラフィーによって行なうことができる。
【0042】
つぎに、得られた官能基を導入した細胞膜透過ペプチドにホウ素化合物を導入し、精製し、目的の細胞膜透過型ホウ素ペプチドを得ることができる。
【0043】
たとえば、ホウ素化合物がBSHの場合、ペプチドの固相合成によりアミノ酸を1残基ずつカルボキシル末端側から結合させ、所望の細胞膜透過型ペプチド配列を得た後、必要に応じて、リジン残基を導入し、ニトロピリジンスルフェニル(NPYS)基などの反応性の側鎖を有するシステイン残基を対応残基数導入する。その後定法にて脱保護および精製したのち純水、または適当な緩衝液または有機溶媒に溶解し、BSHと反応させ、HPLCなどで反応を追跡し、原料ペプチドの消失を確認したのち、分取用HPLCにて目的とする細胞膜透過型BSHペプチドを得ることができる。
【0044】
また、本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドには、有効成分であるホウ素化合物以外に、研究モデルに使用する場合など、細胞内、さらには核内に導入されたことを確認するためのマーカーを含有しても良い。マーカーは、特に限定されるものではなく、たとえば、フルオレセインイソチオシアネート(以下、FITCと略称する)、ローダミンなどの蛍光色素、およびGFPなどの蛍光タンパク質を使用することができる。
【0045】
さらに、本発明細胞膜透過型ホウ素ペプチドには、有効成分であるホウ素化合物以外に、腫瘍に対する選択性を高めるために、いわゆる腫瘍マーカーを含有させることができる。このような腫瘍マーカーとしては、特に限定されるものではなく、たとえば腫瘍に多く発現しているEGFR(上皮成長因子受容体)やCD133(癌幹細胞マーカー)などといった、癌表面に特異的に多く発現しているマーカーに対して結合するペプチド等のリガンドを使用することができる。
【0046】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、適当な薬学的に許容され得る賦形剤、担体、溶媒、ゲル形成剤、酸化防止剤、希釈剤、等張化剤、pH安定化剤など、本技術分野において通常用いられている添加剤を配合し、ホウ素製剤とすることができる。これらの添加剤は、通常当業者により適宜選択される。このようなホウ素製剤は、溶液、懸濁液、注射剤、カプセル、ゲル、軟膏、クリーム、エマルジョンなど、種々の剤形に調製することができる。つまり、生理食塩水、等張液や一般臨床で用いられる注射液用の添加剤と共に注射剤とすること、カプセル化しての内服薬やゲル化剤や皮膚科薬剤と混ぜて経皮的導入薬剤などとすることも可能である。
【0047】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、経静脈的、経動脈的に投与されることが一般的である。その他、内服薬による投与、筋肉注射による投与、経皮的投与なども有効に使用することができる。
【0048】
本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、治療に有効な量腫瘍細胞内に蓄積できる濃度および量で投与される。腫瘍組織部において最終的に25ppm以上のホウ素濃度となるように投与することが好ましい。そのような投与量としては、BSH8分子を付加した細胞膜透過ペプチドの場合、0.05〜1g/kgを投与することが好ましい。
【0049】
以下、実施例によって、本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドをさらに詳細に説明するが、本発明はその趣旨と適用範囲から逸脱しない限りこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0050】
実施例1〜4:BSH−細胞膜透過ペプチドの製造
(A)保護ペプチド樹脂の構築
ペプチド自動合成機(433A、アプライドバイオシステム(Applied Biosystems)社製)を用いて添付のソフトにしたがい、固相合成法により1個ずつアミノ酸をカルボキシル末端側から結合させBoc−Cys(Npys)−[Arg(Pbf)]11−樹脂の合成を定法にて行なった。
【0051】
Rink Amide MBHA Resin(0.34mmol/g、0.25mmol)を出発樹脂担体として使用し、通常の9−フルオレニル−メトキシカルボニル(以下、Fmoc−と略称する)ペプチド合成法に使われる各Fmoc−アミノ酸誘導体を原料として、配列にしたがって逐次ペプチド鎖の延長を行った。Fmoc−アミノ酸誘導体を上記ペプチド合成機の反応容器にセットし、合成機に添付されているソフトウェアにしたがって、活性化剤として、1−[ビスジメチルアミノメチレン]−1H−ベンゾトリアゾリウム−3−オキシド−ヘキサフルオロホスフェート(HBTU)、1−ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)とN−メチルピロリドンに溶解して反応槽に加えて縮合反応させた。得られた樹脂をピペリジン含有N−メチルピロリドン中で緩やかに攪拌してFmoc基を除いて次のアミノ酸誘導体の縮合に進めた。
【0052】
使用したFmocアミノ酸誘導体は、側鎖に官能基のあるFmoc−Arg(Pbf)、Fmoc−Lys(Boc)、Boc−Cys(Npys)を用いた。
【0053】
配列にしたがって、逐次Fmoc−Arg(Pbf)を延長して最終Arg(Pbf)残基の縮合後、最後にBoc−Cys(Npys)を水溶性カルボジイミドを用いて縮合し、相当するBoc−Cys(Npys)−[Arg(Pbf)]11−Rink Amide MBHA保護ペプチド樹脂を得た。引き続き脱保護、精製処理を行った。
【0054】
(B)脱保護と樹脂からの切り出し
得られた保護ペプチド樹脂をトリフルオロ酢酸(TFA)を用いる定法のTFA/トリイソプロピルシラン(TIS)/H2O(95/2.5/2.5、v/v)脱保護条件で、室温にて2時間処理し、Nyps以外の脱保護と樹脂からのペプチドの切り離しを同時におこなった。反応液から担体樹脂をろ別した後、TFAを留去した。残渣にエーテルを加えて得られるCys(Npys)−Arg11−NH2粗生成物の沈殿をろ取し、HPLCおよび質量分析にて生成を確認したのち、つぎのBSHとのジスルフィド形成反応に供した。
【0055】
(C)Cys(BSH)−Arg11−NH2(BSH−11R)の合成
(B)で得られた、Cys(Npys)−[Arg]11−NH2(77.9mg)を純水(24ml)に溶解し、BSH(Na21211SH;4.2mg、0.83当量/NH2)をアルゴン気流中で室温にて攪拌しながら添加した。一昼夜反応後、反応溶液を直接分取精製に供した。
【0056】
得られた粗生成物をHPLC分取装置(LC−8A−1、島津製作所製、カラム:ODS30×250mm)を用いて0.1%トリフルオロ酢酸を含む水−アセトニトリルの系で分取精製し、目的のペプチド誘導体の分画を得、アセトニトリルを留去した後、凍結乾燥粉末とし、目的物であるBSHのペプチド誘導体(BSH−11Rと略称する)56mgをトリフルオロ酢酸塩として得た(純度92.8%)。構造は質量分析にて確認した。
Cys(BSH)−Arg11−NH2
分子量:2001.37 C691521246122
MS:m/z 668.4([M+3H]3+ 668.13), m/z 706.5([M+TFA+3H]3+ 706.14), m/z 782.3([M+3TFA+3H]3+ 782.16)
【0057】
(D)[Cys(BSH)]8−Lys7−Arg11−NH2(8BSH−11R)の合成
枝分かれしたBoc−[Cys(Npys)]m−(Lys)n−Arg11(表1)保護ペプチド樹脂の構築は、前記(A)のArg11保護ペプチドの構築後、Fmoc−Lys(Fmoc)を適宜順次繰り返し縮合させ、さらにBoc−Cys(Npys)を定法に従って縮合させることにより表1に示すような枝分かれ構造を有するペプチドの合成を行った。
【0058】
【表1】

【0059】
上記(b)と同様に脱保護と樹脂からの切り出しを行ない、[Cys(Npys)]8−Lys7−Arg11−NH2を得た。
【0060】
得られた[Cys(Npys)]8−Lys7−Arg11−NH2(61.8mg)を純水(3ml)、MeOH(1.5ml)に溶解し、BSH(19.8mg、0.9当量/NH2)をアルゴン気流中で室温にて攪拌しながら加えて反応させた。5.5時間の反応後、反応溶液を直接、分取精製に供した。
【0061】
上記(b)と同様に分取精製し、目的物であるBSHのペプチド誘導体(8BSH−11Rと略称する)15.8mgをトリフルオロ酢酸塩として得た(純度97.8%)。構造は質量分析にて確認した。
[Cys(BSH)]8−Lys7−Arg11−NH2
分子量:4771.95 C13235596672616
MS:m/z 1591.8([M+3H]3+ 1591.7), m/z 398.9([M+12H]12+ 398.7), m/z 486.9([M+5TFA+11H]11+ 486.7), m/z 648.8([M+15TFA+10H]10+ 649.3)
【0062】
(E)[Cys(BSH)]2−Lys−Arg11−NH2(2BSH−11R)の合成
縮合させるリジンを1つとし、Npys−Cysを2つ付けた保護ペプチドを製造、使用した以外は前記(D)と同様にして合成、精製し目的物であるBSHのペプチド誘導体(2BSH−11R)を得た(純度94.5%)。
[Cys(BSH)]2−Lys−Arg11−NH2
分子量:2394.1 C781772449144
MS:m/z 398.9([M+12H]12+ 398.7)
【0063】
(F)[Cys(BSH)]4−Lys3−Arg11−NH2(4BSH−11R)の合成
縮合させるリジンを2つとし、Npys−Cysを4つ付けた保護ペプチドを製造、使用した以外は前記(D)と同様にして合成、精製し目的物であるBSHのペプチド誘導体(2BSH−11R)を得た(純度92.8%)。
[Cys(BSH)]4−Lys3−Arg11−NH2
分子量:3181.4 C982314855188
MS:m/z 399.4([M+8H]8+ 398.7), m/z 376.2([M+5TFA+10H]10+ 376.1)
【0064】
実施例5:Cys(BHS)−Tyr−Gly−Arg−Lys−Lys−Arg−Arg−Gln−Arg−Arg−Arg−NH2(BSH−TAT)の製造
(A)保護ペプチド樹脂の構築
ペプチド自動合成機(433A、アプライドバイオシステム(Applied Biosystems)社製)を用いて添付のソフトにしたがい、固相合成法により1個ずつアミノ酸をカルボキシル末端側から結合させ保護ペプチド樹脂の合成を定法にて行なった。
【0065】
Rink Amide MBHA Resin(0.36mmol/g、0.25mmol)を出発樹脂担体として使用し、通常Fmoc−ペプチド合成法に使われる各Fmoc−アミノ酸誘導体を原料として、配列にしたがって逐次ペプチド鎖の延長を行った。Fmoc−アミノ酸誘導体を上記ペプチド合成機の反応容器にセットし、合成機に添付されているソフトウェアにしたがって、活性化剤として、HBTU、HOBtとN−メチルピロリドンに溶解して反応槽に加えて縮合反応させた。得られた樹脂をピペリジン含有N−メチルピロリドン中で緩やかに攪拌してFmoc基を除いて次のアミノ酸誘導体の縮合に進めた。
【0066】
使用したFmocアミノ酸誘導体は、側鎖に官能基のあるFmoc−Arg(Pbf)、Fmoc−Gln(Trt)、Fmoc−Lys(Boc)、Fmoc−Tyr(OBut)、Boc−Cys(Npys)を用いた。
【0067】
配列にしたがって、逐次Fmoc−Arg(Pbf)から延長して最終Boc−Cys(Npys)を水溶性カルボジイミドを用いて縮合し、相当するBoc−Cys(Npys)−Tyr(OBut)−Gly−Arg(Pbf)−Lys(Boc)−Lys(Boc)−Arg(Pbf)−Arg(Pbf)−Gln(Trt)−Arg(Pbf)−Arg(Pbf)−Arg(Pbf)−Rink Amide MBHA保護ペプチド樹脂を得た。引き続き脱保護、精製処理を行った。
【0068】
(B)脱保護と樹脂からの切り出し
前記実施例1〜4の(B)と同様の方法により脱保護と樹脂からの切り出しを行なった。
【0069】
(C)Cys(BSH)−Tyr−Gly−Arg−Lys−Lys−Arg−Arg−Gln−Arg−Arg−Arg−NH2(BSH−TAT)の合成
(B)で得られた、Cys(Npys)−Tyr−Gly−Arg−Lys−Lys−Arg−Arg−Gln−Arg−Arg−Arg−NH2(80mg)と、純水(4ml)、BSH/2Na(8.3mg、0.9当量)を使用した以外は、実施例1〜4の(C)と同様の方法により、目的物であるBSHのTATペプチド誘導体(BSH−TATと略称する)70mgをトリフルオロ酢酸塩として得た(純度99.9%)。構造は質量分析にて確認した。
Cys(BSH)−Tyr−Gly−Arg−Lys−Lys−Arg−Arg−Gln−Arg−Arg−Arg−NH2
分子量:1826.3 C671361234122
MS:m/z 610.0([M+3H]3+ 609.8), m/z 457.9([M+4H]4+ 4457.6), m/z 648.0([M+TFA+3H]3+ 647.8)
【0070】
比較例1:Cys(BSH)−Pro−Lys−Lys−Lys−Arg−Lys−Val(BSH−NLS)の製造
(A)保護ペプチド樹脂の構築
ペプチド自動合成機(433A、アプライドバイオシステム(Applied Biosystems)社製)を用いて添付のソフトにしたがい、固相合成法により1個ずつアミノ酸をカルボキシル末端側から結合させ保護ペプチド樹脂の合成を定法にて行なった。
【0071】
Boc−Val−PAM Resin(0.5mmol/g、0.5mmol)を出発樹脂担体として使用し、通常t−ブトキシカルボニル(以下Boc−)ペプチド合成法に使われる各Boc−アミノ酸誘導体を原料として、配列にしたがって逐次ペプチド鎖の延長を行った。Boc−アミノ酸誘導体を上記ペプチド合成機の反応容器にセットし、合成機に添付されているソフトウェアにしたがって、活性化剤として、N,N’−ジシクロヘキシルカルボジイミド(DCC)、HOBtとN−メチルピロリドンに溶解して反応槽に加えて縮合反応させた。得られた樹脂をプログラムにしたがってトリフルオロ酢酸処理によりBoc基を除いて次のアミノ酸誘導体の縮合に進めた。
【0072】
使用したBocアミノ酸誘導体は、側鎖に官能基のあるBoc−Arg(Tos)、Boc−Gln(Trt)、Boc−Lys(Cl−Z)、Boc−Cys(Npys)を用いた。
【0073】
配列にしたがって、逐次Boc−Val樹脂から延長して最終Boc−Cys(Npys)まで縮合し、相当するBoc−Cys(Npys)−Pro−Lys(Cl−Z)−Lys(Cl−Z)−Lys(Cl−Z)−Arg(Pbf)−Lys(Cl−Z)−Val−保護ペプチド樹脂を得た。引き続き脱保護、精製処理を行った。
【0074】
(B)脱保護と樹脂からの切り出し
得られた保護ペプチド樹脂を無水フッ化水素を用いる定法のHF−pCresole(8:2、v/v)脱保護条件で、−2〜−5℃で1時間処理し、Nyps以外の脱保護と樹脂からのペプチドの切り離しを同時におこなった。反応液から担体樹脂をろ別した後、HFを留去した。残渣にエーテルを加えて得られるCys(Npys)−Pro−Lys−Lys−Lys−Arg−Lys−Val−NH2粗生成物の沈殿をろ取し、HPLCおよび質量分析にて生成を確認したのち、つぎのBSHとのジスルフィド形成反応に供した。
【0075】
(C)Cys(BSH)−Pro−Lys−Lys−Lys−Arg−Lys−Val(BSH−NLS)の合成
(B)で得られた、Cys(Npys)−Pro−Lys−Lys−Lys−Arg−Lys−Val(114mg)を純水(4ml)に溶解し、BSH/2Na(15mg、0.9当量)をアルゴン気流中で室温にて攪拌しながら加え反応させた。一昼夜反応後、反応溶液を直接分取精製に供した。
【0076】
得られた粗生成物をHPLC分取装置(LC−8A−1、島津製作所製、カラム:ODS30×250mm)を用いて0.1%トリフルオロ酢酸を含む水−アセトニトリルの系で分取精製し、目的のペプチド誘導体の分画を得、アセトニトリルを留去した後、凍結乾燥粉末とし、目的物であるBSHのNLSペプチド誘導体(BSH−NLSと略称する)23mg(10%)をトリフルオロ酢酸塩として得た(純度99.9%)。構造は質量分析にて確認した。
Cys(BSH)−Pro−Lys−Lys−Lys−Arg−Lys−Val−NH2
分子量:1148.6 C4393121592
MS:m/z 576.1([M+2H]2+ 575.3)
【0077】
試験例1:細胞内へのBSH導入
60mmディッシュにて培養したヒト神経膠芽腫細胞株(U87 delta EGFR)1×106個細胞に対して終濃度がそれぞれ0.01、0.1、1および10μMとなるように、BSH、実施例1(BSH−11R)、実施例5(BSH−TAT)および比較例1(BSH−NLS:陰性対照)のホウ素ペプチド(各群n=6)をそれぞれ培養上清中に添加し、37度、恒温槽で培養した。添加後12時間に免疫染色を行なった。同時に核染色も行い、さらに導入されたBSHを抗マウスBSH抗体にて染色し、共焦点レーザー顕微鏡にて観察した。
【0078】
濃度1μMでの結果を図1Aに示す。(a)はヘキストによる核1の染色(青)、(b)はホウ素化合物2の染色(赤)のグレースケールデータである。(a)と(b)を(c)の重ね合わせ図と見比べ、さらに図1Bを参照すると分かるように、実施例1および5のホウ素ペプチドの多くは細胞内へと導入された。細胞内導入能をもたないNLSを付けた比較例1のホウ素ペプチドは、細胞内に導入されなかった。これにより実施例1および5の本発明の細胞膜透過型ホウ素ペプチドは、細胞内にBSHを局在化できることが証明された。つまり、従来のBSHとは異なり、細胞内でホウ素中性子捕捉反応を呈し、非常に高い抗腫瘍効果をもたらすことが期待できる。
【0079】
また、各群における添加後12時間での細胞内に導入されたホウ素濃度を、ICP−AES(誘導結合プラズマ発光分光分析装置)にて測定した。
結果を図2に示す。BSHのみおよび比較例1(BSH−NLS)では、細胞膜に接着しているホウ素を検出していると考えられる。したがって、BSHのみ、比較例1(BSH−NLS)では、濃度を上げても、10〜20ng10B/106cellsにとどまっていたが、細胞膜透過作用を有する11RおよびTATを付けた群、すなわち実施例1および実施例5においては、10μMで適用した場合、細胞内ホウ素濃度は、150〜220ng10B/106cellsという値になった。
【0080】
以上より、実施例1(BSH−11R)および実施例5(BSH−TAT)は、通常のBSHと比較して10倍以上の細胞内導入量を示し(図2)、導入されたBSHはすべて細胞内に局在していた(図1Aおよび図1B)。
【0081】
試験例2:ペプチド1分子中のBSHの分子数の影響
実施例2〜4(2BSH−11R、4BSH−11R、8BSH−11R)のホウ素ペプチドを、60mmディッシュにて培養したヒト神経膠芽腫細胞株(U87 delta EGFR)1×106個細胞に対して終濃度が0.1、1、10μMとなるように投与した。添加後12時間で共焦点レーザー顕微鏡にて観察した(図3(濃度1μM群))。実施例4については、添加後、0.5、3、6および24時間と経時的に観察した(図4A(濃度1μM群))。
【0082】
図3において、(a)はBSH2(緑)、(b)は(a)のBSH(緑)にf−アクチン3(赤)の染色を重ねたもの、(c)は(b)にヘキストによる核1の染色(青)を重ねたもののグレースケールデータである。図3の(a)と(b)および(c)を見比べることにより、実施例2および3では、添加後12時間でいずれも細胞内へと導入され核へと強く局在していたことがわかる。また、図4Aにおいて、(a)がBSH2染色(緑)、ヘキストによる核1染色(青)およびアクチン3染色(赤)を重ねたもののグレースケールデータであり、(b)がBSH2染色(緑)のみのグレースケールデータである。図4Aの(a)のアクチンによる細胞輪郭と核を示すスケッチを示す図4Bを参考に(a)および(b)を見比べると、添加の0.5時間後には細胞質へと導入され、この時点では核へはあまり導入されていないが、その後、3時間後には核へと局在化したことがわかる。つまり、導入されたBSHは、経時的に細胞質より核へと局在していき、最終的には多くのBSHが核へと局在している。
【0083】
試験例1と同様に、濃度10μMで適用した場合の細胞内のホウ素濃度を比較すると、細胞外膜へ接着しているBSHは、10〜20ng10B/106cells、実施例2(2BSH−11R)は250〜350ng10B/106cells、実施例3(4BSH−11R)は500〜600ng10B/106cells、実施例4(8BSH−11R)は5000ng10B/106cellsと高度の集積を認めた(図5)。
【0084】
試験例3:
ヌードマウス(雌性、8〜10週齢、清水実験材料)に対してヒト神経膠芽腫細胞株U87デルタEGFRを3×105個、ブレグマより外側2mm、前方1mm、深さ3mmの位置に定位的に細胞移植し、14日後にマウス尾静脈より8BSH−11R(3.5mgの8BSH−11Rを含むPBS200μL)を投与し、6時間後および24時間後に脳組織を摘出し、免疫染色を行い8BSH−11Rの局在をみたところ、腫瘍組織および腫瘍細胞への特異的な集積を認めた(図6)。図6において、(a)はヒトGFAPによる脳腫瘍染色(赤)とヘキストによる核染色(青)、(b)はBSH(緑)、(c)は(a)と(b)を重ねたものであり、(a)、(b)および(c)を見比べると、投与後6時間で腫瘍組織へと集積していたホウ素化合物BSHは、24時間経過しても、腫瘍組織および腫瘍細胞内に留まっていた。
【0085】
8BSH−11R投与6時間後の免疫染色した腫瘍中心部、腫瘍周縁部および正常部を比較した共焦点レーザー顕微鏡写真データを図7に示す。図7(a)がヒトGFAPによる脳腫瘍染色(赤)とヘキストによる核染色(青)、(b)はBSH(緑)、(c)は(a)と(b)を重ねたものである。(b)において、明るく見えるところがBSHの導入された部分であり、(a)と見比べ(c)を参照すると、腫瘍中心部においてBSHが細胞質に多く局在し、腫瘍周縁部では核へと局在していることが良く観察される。正常部においては、BSHはほとんど存在せず、腫瘍組織特異的に送達されたことが確認される。
【0086】
試験例4:細胞毒性評価
コンフルエント状態まで培養したヒト神経膠芽腫細胞株(U87 delta EGFR)を回収し、96ウェルプレートに1000細胞/ウェルで撒いた。翌日、ホウ素製剤を終濃度10μM、100μMになるようにそれぞれに加えた。投与後、1、2、3、4日後に各プレートに対して、Cell Proliferation Reagent (WST-1)(ロッシュ社)を10μl/ウェルで加えた。37℃で1時間インキュベートしたのち、MICROPLATE READER(MTP-300、コロナ電気)で各サンプルの吸光度(450nmおよび690nm)を測定した。
【0087】
結果を図8に示す。比較例1、実施例1および実施例5のいずれのホウ素製剤にも、細胞に対する明らかな毒性は認められない。
【0088】
参考例1:細胞内局在による細胞の核へのエネルギー付与率の違い
細胞内でのホウ素分布が、核へのエネルギー付与率にどのような影響を与えるかを、シミュレーションにより解析した。
【0089】
シミュレーションの条件は、つぎのとおりである。
(1)核内に対するホウ素10と中性子との反応による直接エネルギー付与のみを考える。
(2)細胞は半径5μmの球と仮定する。
(3)核も球とし、その中心は細胞の中心と一致すると仮定する。
(4)細胞膜、核膜の実効厚さ(ホウ素が分布する厚さ)は、0.1μmと仮定する。
(5)熱中性子フルエンスを1.00E+13(cm-2)、平均ホウ素濃度を1(ppm)とする。このとき、平均吸収線量は0743(Gy)となる。
(6)核膜については、半径2μm、2.5μm、3μmの3通りについてシミュレーションを行なった。
【0090】
結果は、細胞全体に均一にB10が分布している場合、細胞核でのエネルギー付与は、細胞全体のエネルギー付与の5.4%(核半径2μm)、10.9(核半径2.5μm)、19.4%(核半径3μm)となり、核の体積に応じたものである。一方、核内や核膜に分布している場合、細胞全体でみれば同じ線量でも核でのエネルギー付与は均一に分布している場合に比べて非常に大きいことが分かる。均一分布の場合の核へのエネルギー付与を100%とした場合の各分布条件での核へのエネルギー付与率を図9に示す。このグラフにおいて、たとえば、核半径2μmの場合、細胞膜のみに分布する群を1とすると、核のみに分布する群は、57.6倍の核へのエネルギー付与が起こり、核へのダメージも同様に57.6倍となる(図9)。
【符号の説明】
【0091】
1 核
2 BSH
3 アクチン
【配列表フリーテキスト】
【0092】
配列番号11:ランダムなアミノ酸配列を有するNLSペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞膜透過ペプチドおよびホウ素化合物を含む細胞膜透過型ホウ素ペプチド。
【請求項2】
前記細胞膜透過ペプチドが、アルギニン3〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチド、TAT(配列番号1)、HIV−1 Rev(34−50)(配列番号2)、FHV Coat(35−49)(配列番号3)、BMV Gag(7−25)(配列番号4)、HTLV−II Rex(4−16)(配列番号5)、CCMV Gag(7−25)(配列番号6)、P22 N(14−30)(配列番号7)、λN(1−22)(配列番号8)、φ21N(12−29)(配列番号9)および酵母PRP6(129−144)(配列番号10)からなる群より選択される請求項1記載の細胞膜透過型ホウ素ペプチド。
【請求項3】
前記細胞膜透過ペプチドが、アルギニン9〜13残基が連続したアミノ酸配列からなるペプチドである請求項1または2記載の細胞膜透過型ホウ素ペプチド。
【請求項4】
前記ホウ素化合物が、アミノ酸と結合可能な官能基を有するホウ素クラスターである請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞膜透過型ホウ素ペプチド。
【請求項5】
前記ホウ素化合物が、メルカプトウンデカハイドロドデカボレートである請求項4記載の細胞膜透過型ホウ素ペプチド。
【請求項6】
細胞膜透過ペプチド1分子に対してメルカプトウンデカハイドロドデカボレート1〜8分子を含む請求項5記載の細胞膜透過型ホウ素ペプチド。
【請求項7】
核内に集積されることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞膜透過型ホウ素ペプチド。
【請求項8】
請求項1〜7記載の細胞膜透過型ホウ素ペプチドおよび少なくとも1つの薬学的に許容され得る賦形剤を含むホウ素製剤。

【図1B】
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【図2】
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【図4B】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図1A】
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【図3】
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【図4A】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−87098(P2013−87098A)
【公開日】平成25年5月13日(2013.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−230059(P2011−230059)
【出願日】平成23年10月19日(2011.10.19)
【出願人】(504147243)国立大学法人 岡山大学 (444)
【Fターム(参考)】