説明

細胞表面にケイ酸層を備える微生物、およびその作製方法

【課題】本発明は、細胞表面にケイ酸層を備え、且つ野生株に比して耐酸性が向上した微生物、およびその作製方法を提供する。
【解決手段】本発明の微生物の作製方法は、微生物の細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を形成するケイ酸層形成工程を含む。例えば、微生物が胞子を形成し得る微生物である場合において、上記ケイ酸層形成工程は、ケイ酸および亜鉛を含む胞子形成培地を用いて微生物を培養する工程である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞表面にケイ酸層を備える微生物、およびその作製方法を提供する。本発明にかかる微生物は野生株に比して耐酸性が向上している。それゆえ、本発明は微生物の耐酸性を向上させる方法をも包含する。さらに本発明は上記微生物の代表的な利用例をも提供する。
【背景技術】
【0002】
近年、乳酸菌等の善玉菌を食品として摂取し、これによって腸内環境の改善を図ることを目的とするプロバイオティクスが注目されている。プロバイオティクスを行うためには乳酸菌等の善玉菌を生きたまま腸まで送り届けることが重要である。しかし、善玉菌をそのまま摂取した場合、胃酸の影響により摂取した菌体のほとんどが死滅してしまうために、期待する効果が得られない場合がある。このため、耐酸性菌の使用や、乾燥菌体を耐酸性物質でコートする方法が採用されている。例えば、特許文献1には生菌の保存安定性が高く、かつ胃酸耐性を有する乳酸菌錠剤を製造すべく、乳酸菌の生菌乾燥粉末と、デンプン、糖類、セルロース類、無機ケイ酸化合物、タルク、ポリビニルピロリドン、ワックスおよびステアリン酸マグネシウムからなる群から選ばれる1種類以上の添加剤とを混合し、乾式直接打錠法等により製造した錠剤に、胃酸耐性のある腸溶性物質でコーティングすることが開示されている。ここで上記添加剤は錠剤の物性および乳酸菌の保存安定性を高めるために使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平4−41434号公報(公開日:平成4(1992)年2月12日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載された技術では、乳酸菌を含む錠剤を、胃酸耐性のある腸溶性物質でコーティングしているに過ぎず、乳酸菌自体の耐酸性が向上しているわけではない。したがって、錠剤が腸へ移行する過程においてコーティングが剥離してしまう場合がある。この場合に、腸へ移行した時点では乳酸菌の生菌率が低下してしまう場合がある。よって、特許文献1に記載された技術では、十分な効果が得られない場合がある。
【0005】
また微生物の耐酸性を向上させることは、上記プロバイオティクスの分野のみで求められるわけではない。例えば微生物を用いた浄水処理は、低pHの条件下で行われる場合があり、この場合に微生物の耐久性が浄水処理能力に大きく影響する。よって、微生物を用いた浄水処理においても微生物の耐酸性を向上させることが求められる。しかし、特許文献1に記載された技術は、微生物からなる錠剤を耐酸性物質でコーティングする技術であるため、浄水処理への応用を考えた場合、耐酸性物質でコーティングされた錠剤を原水中へ添加した直後からコーティングが剥離し、微生物自体が原水中へ露出することになる。この場合、微生物自体の耐酸性が向上しているわけではないため、低pHの原水中ではすぐに微生物が死滅してしまい、浄水処理の効率がすぐに低下してしまう。それゆえ、特許文献1に記載された技術は浄水処理の分野には適さないといえる。つまり特許文献1に記載された技術は汎用性にかけるという問題点がある。
【0006】
したがって、微生物の耐酸性を向上させる技術として、十分な実効性と高い汎用性とを持ち合わせた技術が求められている。本発明はこのような課題を解決することを目的とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、Bacillus属細菌を、ケイ酸を含む培地で培養したところ、表面のouter coat(以下、適宜「OC」という)にケイ酸からなる層(「ケイ酸層」という)を備えた胞子が生成され、この胞子は、ケイ酸層を備えていない胞子に比して高い耐酸性を有することを見出した。このことは、ケイ酸で細菌表面を被覆する、すなわち微生物の細胞表面にケイ酸層を形成することにより耐酸性微生物を作製することが可能になることを示している。このようにして得られた微生物は、細胞表面にケイ酸層を備えているため、結果として微生物自体の耐酸性が向上している。それゆえ当該微生物をプロバイオティクスの分野に用いた場合は、安定した胃酸耐性を微生物が発揮し、所望の効果が得られやすくなる。また当該微生物を浄水処理に用いた場合であっても、微生物自体の耐酸性が向上しているために低pH条件下においても高い耐久性を当該微生物が有するといえ、その結果、効率よく浄水処理を行うことができるといえる。本発明は、上記新規知見により完成されたといえる。すなわち本発明は、上記課題を解決するために以下の発明を包含する。
【0008】
本発明にかかる微生物は、細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を備える生菌であり、
且つ耐酸性が野生株に比して向上していることを特徴としている。
【0009】
また本発明にかかる微生物は、細菌であってもよい。
【0010】
一方、本発明にかかる方法は、上記本発明にかかる微生物を作製するための方法であって、微生物の細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を形成するケイ酸層形成工程を含むことを特徴としている。
【0011】
また本発明にかかる方法において、上記微生物は細菌であってもよい。
【0012】
また本発明にかかる方法において、上記微生物が胞子を形成し得る微生物である場合に、上記ケイ酸層形成工程は、ケイ酸および亜鉛を含む胞子形成培地を用いて微生物を培養する工程であってもよい。この時、上記胞子形成培地は、オルトケイ酸換算で100μg/ml以上のケイ酸を含む胞子形成培地であることが好ましい。
【0013】
また本発明にかかる方法において、上記ケイ酸層形成工程は、微生物の細胞表面にケイ酸重合体を形成させる工程であってもよい。
【0014】
一方、本発明は、微生物の耐酸性を野生株に比して向上させる方法をも包含する。かかる方法は、微生物の細胞表面に、ケイ酸からなるケイ酸層を形成するケイ酸層形成工程を含むことを特徴としている。この時、上記微生物は、細菌であってもよい。
【0015】
また本発明にかかる方法において、上記微生物が胞子を形成し得る微生物である場合に、上記ケイ酸層形成工程は、ケイ酸および亜鉛を含む胞子形成培地を用いて微生物を培養する工程であってもよい。この時、上記胞子形成培地は、オルトケイ酸換算で100μg/ml以上のケイ酸を含む胞子形成培地であることが好ましい。
【0016】
また上記ケイ酸層形成工程は、微生物の細胞表面にケイ酸重合体を形成させる工程であってもよい。
【0017】
一方、本発明は上記本発明にかかる微生物を含む生菌製剤、食品をも包含する。さらに本発明は上記本発明にかかる微生物を用いることを特徴とする浄水方法をも包含する。
【発明の効果】
【0018】
上記のように本発明によれば、野生株に比して耐酸性が向上した微生物を提供することができる。本発明によって得られた微生物は、細胞表面にケイ酸層を備えているため、結果として微生物自体の耐酸性が向上している。それゆえ当該微生物をプロバイオティクスの分野のみならず、浄水処理やその他の広範な分野において奏効する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】No.64株のSi+胞子の透過型電子顕微鏡(TEM)像(図1(a))、およびTEM-EDXによる元素分析を行った結果(図1(b))を示す図である。
【図2】No.64株を、100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたR2A培地、または100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたmR2A培地で培養した際の、吸光度(波長600nm)の経時変化および培養上清中のケイ酸濃度の経時変化を示すグラフ(図2(a))、並びに菌体の顕微鏡像(図2(b))である。
【図3】100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したR2A培地、100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2A培地、または100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2A培地から各微量金属(Fe、Ca、Zn、Mn)をそれぞれ除去したmR2A培地(それぞれ「mR2A(−Fe)」、「mR2A(−Ca)」、「mR2A(−Zn)」、「mR2A(−Mn)」と表記)をそれぞれ用いて、No.64株を培養した際の、培養上清中のケイ酸濃度の経時変化を示すグラフである。図3(a)はmR2Aを用いた場合の結果、(b)はR2Aを用いた場合の結果、(c)はmR2A(−Fe)を用いた場合の結果、(d)はmR2A(−Ca)を用いた場合の結果、(e)mR2A(−Zn)を用いた場合の結果、(f)はmR2A(−Mn)を用いた場合の結果をそれぞれ示す。
【図4】100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2A培地、またはケイ酸を添加していないmR2A培地をそれぞれ用いて、No.64株を培養した際に形成された胞子について、走査型電子顕微鏡(SEM)観察およびSEM-EDXにより元素分析を行った結果を示す。図4(a)はケイ酸を添加していないmR2A培地で培養して得られた胞子の結果、(b)はケイ酸を添加したmR2A培地で培養して得られた胞子の結果をそれぞれ示す。
【図5】図5(a)および(c)はNo.64株のSi−胞子のTEM像であり、図5(b)および(d)はNo.64株のSi+胞子のTEM像である。
【図6】図6(a)は図5(a)の四角部分の拡大図であり、図6(b)は図5(b)の四角部分の拡大図である。
【図7】図7(a)はNo.64株のSi−胞子のTEM像、(b)はNo.64株のSi−胞子についてTEM-EDXにより元素分析を行った結果、(c)はNo.64株のSi+胞子のTEM像、(d)はNo.64株のSi+胞子についてTEM-EDXにより元素分析を行った結果である。
【図8】塩酸耐性試験の結果を示すグラフであり、図8(a)はNo.64株のSi±胞子の結果、(b)は15305株のSi±胞子の結果、(c)は101235株のSi±胞子の結果をそれぞれ示す。
【図9】図9(a)はNo.64株のSi±胞子について硫酸耐性試験を行った結果を示すグラフであり、図9(b)はNo.64株のSi±胞子について硝酸耐性試験の結果を示すグラフである。
【図10】図10(a)はNo.221株のSi±胞子について塩酸耐性試験の結果を示すグラフであり、図10(b)はNo.221株の胞子について、Siの蓄積量と塩酸耐性との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更実施し得る。また、本明細書中に記載された公知文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。
【0021】
<1.本発明にかかる微生物およびその利用例>
本発明にかかる微生物は、その細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を備える生菌であり、且つ耐酸性が野生株に比して向上していることを特徴としている。ここで本明細書における「微生物」とは、微生物に分類される生物であれば特に限定されるものではなく、細菌等の原核生物、酵母類、カビ類、担子菌等の真核生物であってもよく、また単細胞生物であっても多細胞生物であってもよい。「微生物」の定義については、例えば「生化学辞典 第2版 東京科学同人」が参照される。ただし本発明は微生物の耐酸性を向上させることを目的としているため、耐酸性を向上させることが求められる微生物が本発明において好ましく適用される。なお、本明細書における「微生物」には、その休眠細胞である「胞子」が含まれる。本発明は胞子表面にケイ酸層を備える場合も含まれる。
【0022】
ここで、本発明に好ましく適用される微生物としては特に限定されるものではないが、例えば乳酸菌類(ラクトバチルス属(Lactobacillus属)細菌、ビフィドバクテリウム属(Bifidobacterium属)細菌、ストレプトコッカス属(Streptococcus属)細菌)、バチルス属(Bacillus属)細菌、クロストリジウム属(Clostridium属)、シュードモナス属(Pseudomonas属)細菌などが挙げられる。乳酸菌類はそれを摂取することで腸内環境を整えることが知られている。バチルス属細菌であるバチルス・ナットウ(Bacillus natto)は例えば整腸剤として利用されている。またバチルス属細菌は、浄水処理法の一つである活性汚泥法において使用されている微生物であり、pHを低下させることでバチルス属菌の優占化が進み、浄水処理効率が高まるとされている(参考文献:防菌防黴誌, Vol.27, No. 7, pp431-440, 1999)。またバチルス・シューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)は、人体や環境に安全な生物農薬、微生物殺虫剤(BT剤)として、世界各国で使用されているために、本発明が好ましく適用され得る。なお、バチルス属細菌は、栄養飢餓時に胞子を作製することが知られている。
【0023】
本発明にかかる微生物は、その細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を備えている。ケイ酸層を細胞表面に備えるとは、微生物が外界と接触している細胞表面にケイ酸が層状に存在するようになっていることを意味する。換言すれば微生物の表面がケイ酸によって被覆(コート)されている状態を意味する。かかるケイ酸層が微生物の外界に存在する酸に対するバリアとなり、耐酸性が当該微生物において発揮されることとなる。それゆえ、耐酸性をより強化する観点から、微生物の細胞表面のできるだけ大部分がケイ酸層で被覆されていることが好ましく、微生物の細胞表面の100%がケイ酸層で被覆されていることが最も好ましいといえる。
【0024】
図1にバチルス・セレウス(Bacillus cereus)およびバチルス・シューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)の近縁種と同定されたバチルス属(Bacillus属)細菌 No.64株(以下「No.64株」という)を、ケイ酸をオルトケイ酸換算で100μg/ml含む胞子形成培地(改変R2A培地:0.05% 酵母エキス、0.05% ペプトン、0.05% カザミノ酸、0.05% グルコース、0.05% 可溶性デンプン、0.03% K2HPO4、0.005% MgSO4・7H2O、0.03% ピルビン酸ナトリウム、0.2 mM CaCl2、0.01 mM MnCl2・4H2O、0.05 mM ZnCl2、0.05 mM FeSO4・7H2O 、pH 7.2)で培養した際に得られた胞子の切片の透過型電子顕微鏡(TEM)像(図1(a))およびTEM-EDXによって元素分析を行った結果(図1(b))を示す。図1(b)におけるドットがケイ素(ケイ酸)を示している。図1(a)および(b)によれば、No.64株の胞子表面のouter coat(OC)にケイ素(ケイ酸)が層状に局在していることがわかる。つまりNo.64株の胞子は、その細胞表面であるOCにケイ酸層を備えていることが確認された。
【0025】
図1においては胞子を用いて本発明にかかる微生物の一実施形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、胞子でない形態の微生物の場合、細胞膜や細胞壁の内側またはこれらの外界側にケイ酸層が形成されている態様であってもよい。
【0026】
本発明にかかる微生物は、死滅した微生物を除く、生きた微生物(生菌)であり、休眠状態の細胞(胞子)も含まれる。生菌であるか否かは、微生物を培養した際に増殖するかどうかで判断することができる。
【0027】
また本発明にかかる微生物は耐酸性が野生株に比して向上していることを特徴としている。耐酸性が野生株に比して向上しているか否かの判断は、後述する実施例における耐酸性試験によって実施され得る。すなわち、ケイ酸層を備えていない微生物(野生株)と、ケイ酸層を備えている微生物(本発明にかかる微生物)とをそれぞれ酸溶液中で一定時間保持した後の生存率を比較し、ケイ酸層を備えている微生物(本発明にかかる微生物)の生存率がケイ酸層を備えていない微生物(野生株)の生存率に比して高くなっていれば、野生株に比して耐酸性が向上していると判断できる。
【0028】
本発明にかかる微生物の利用例については特に限定されるものではないが、例えばプロバイオティクス分野への利用、浄水処理への利用、微生物製剤への利用が挙げられる。プロバイオティクスへの応用を考えた場合、微生物そのものを食品や生菌製剤として利用することが可能である。本発明にかかる微生物からなる食品を製造する場合は、微生物の菌体そのものを食品として利用してもよいし、当該微生物を食品に添加してもよい。食品への添加量は特に限定されるものではなく、微生物による効果や、食品の物性、食味などを考慮して適宜決定すればよい。また本発明にかかる微生物が乳酸菌類である場合、当該微生物を用いて原料を乳酸発行させることにより、ヨーグルトなどの乳製品を製造すればよい。上記乳製品は従来公知の乳製品の製造方法に準じて製造され得る。この際に使用する微生物の性質に応じて乳製品の製造条件は、適宜変更され得る。
【0029】
また生菌製剤として利用する場合、微生物の培養菌体そのものを生菌製剤としてもよいし、微生物の乾燥菌体を生菌製剤としてもよい。本発明にかかる生菌製剤は、その効果を阻害しない、他の成分(例えば、薬学的に受容可能なキャリア等)をさらに含有してもよい。ここで、上記「薬学的に受容可能なキャリア」について以下に説明する。本明細書において「薬学的に受容可能なキャリア」(以下、単に「キャリア」ともいう)とは、医薬、または動物薬のような農薬を製造するときに、処方を補助することを目的として用いられる物質であって、有効成分に有害な影響を与えないものをいう。さらに、本発明にかかる生菌製剤を受容した個体において毒性が無く、且つキャリア自体は有害な抗体の産生を誘導しないものが意図される。
【0030】
上記キャリアとしては、製剤素材として使用可能な各種有機または無機のキャリア物質が用いられる。例えば、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤等;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁剤、等張化剤、緩衝剤等;防腐剤;抗酸化剤;安定剤;矯味矯臭剤等として配合されるが、本発明はこれらに限定されない。
【0031】
上記「賦形剤」としては、例えば、乳糖、白糖、D-マンニトール、キシリトール、ソルビトール、エリスリトール、デンプン、結晶セルロース等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0032】
上記「滑沢剤」としては、例えば、ステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、ワックス、タルク、コロイドシリカ等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0033】
上記「結合剤」としては、例えば、α化デンプン、メチルセルロース、結晶セルロース、白糖、D-マンニトール、トレハロース、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0034】
上記「崩壊剤」としては、例えば、デンプン、カルボキシメチルセルロース、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0035】
上記「溶剤」としては、例えば、注射用水、アルコール、プロピレングリコール、マクロゴール、ゴマ油、トウモロコシ油、トリカプリリン等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0036】
上記「溶解補助剤」としては、例えば、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D-マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0037】
上記「懸濁剤」としては、例えば、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤、あるいは、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース等の親水性高分子等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0038】
上記「等張化剤」としては、例えば、塩化ナトリウム、グリセリン、D-マンニトール等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0039】
上記「緩衝剤」としては、例えば、リン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩等の緩衝液等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0040】
上記「防腐剤」としては、例えば、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0041】
上記「抗酸化剤」としては、例えば、亜硫酸塩、アスコルビン酸等を挙げることができるが、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0042】
また、上記安定剤、矯味矯臭剤としては、製薬分野において通常用いられるものであれば特に限定されるものではない。
【0043】
本発明にかかる生菌製剤の剤型としては、例えば、粉剤、顆粒剤、錠剤、リポソーム、カプセル剤(ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、散剤等の固形製剤や、シロップ剤等の液状製剤とすることができる。
【0044】
上記「液状製剤」は、上記キャリアとして、例えば、水;グリセロール、グリコール、ポリエチレングリコール等の有機溶媒;これらの有機溶媒と水との混合物等を用いて、製薬分野において通常用いられる方法で製造することができる。また、上記液状製剤は、さらに、溶解補助剤、緩衝剤、等張化剤、安定剤等を含んでいてもよい。
【0045】
上記「固形製剤」は、上記キャリアとして、例えば、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、安定剤、矯味矯臭剤等を用いて、製薬分野において通常用いられる方法で製造することができる。
【0046】
かかる経口剤を調製する際には、目的に応じて、潤滑剤、流動性促進剤、着色剤、香料等をさらに配合してもよい。
【0047】
本発明にかかる生菌製剤は、単独で投与されてもよいし、他の薬剤と併用して投与されてもよい。併用して投与される方法としては、例えば、他の薬剤との混合物として同時に投与されてもよいし、他の薬剤とは別の薬剤として同時にもしくは並行して投与されてもよいし、あるいは経時的に投与されてもよいが、本発明はこれに限定されない。また、本発明にかかる生菌製剤が1日あたりに投与される回数は特に限定されるものではない。
【0048】
また本発明にかかる微生物を浄水処理に利用する場合は、従来公知の方法において本発明にかかる微生物を利用すればよい。こうすることで、本発明にかかる浄水方法が構成される。なおその運転条件は、本発明の微生物の浄水処理能力に応じて適宜変更され得る。例えば本発明にかかる微生物がバチルス属細菌である場合は、前述の活性汚泥法において使用することができる。
【0049】
<2.本発明にかかる微生物の作製方法および微生物の耐酸性向上させるための方法>
次に上述の本発明にかかる微生物の作製方法の一実施形態を説明する。ただし、本発明にかかる微生物は以下に説明する方法によって得られるものに限定されるものではない。なお、本発明にかかる微生物の作製方法により得られる微生物は、野生株に比して耐酸性が向上した微生物である。よって本発明は微生物の耐酸性を野生株に比して向上させる方法をも包含するといえる。本発明にかかる微生物の作製方法と、本発明にかかる微生物の耐酸性を野生株に比して向上させる方法とはその工程が共通しているため、本項では本発明にかかる微生物の作製方法(以下「本発明の作製方法」という)のみを説明する。本発明にかかる微生物の耐酸性を野生株に比して向上させる方法の説明は、本発明の作製方法の説明を援用することとする。また本発明の作製方法における説明と、上述の本発明にかかる微生物の説明とにおいて共通する項目については、本発明にかかる微生物の説明を援用する。
【0050】
本発明の作製方法は、本発明にかかる微生物を作製するための方法であって、微生物の細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を形成するケイ酸層形成工程を含むことを特徴としている。このケイ酸層形成工程は、微生物の細胞表面にケイ酸層を形成し得る方法であれば特に限定されるものではない。以下にケイ酸層形成工程の一例として、微生物が胞子を形成し得る微生物(例えば芽胞細菌)である場合について説明する。
【0051】
後述する実施例に示すように、胞子を形成し得る微生物の一例としてバチルス属細菌を用い、ケイ酸をオルトケイ酸換算で100μg/ml含む胞子形成培地(改変R2A培地:0.05% 酵母エキス、0.05% ペプトン、0.05% カザミノ酸、0.05% グルコース、0.05% 可溶性デンプン、0.03% K2HPO4、0.005% MgSO4・7H2O、0.03% ピルビン酸ナトリウム、0.2 mM CaCl2、0.01 mM MnCl2・4H2O、0.05 mM ZnCl2、0.05 mM FeSO4・7H2O 、pH 7.2)で培養したところ、図1に示したような、胞子のOCにケイ酸層を備える胞子を作製することに成功した。そして、このようにして得られた胞子は、野生株の胞子に比して耐酸性が向上していた。本発明者らの検討によれば、上記のようにして培養した場合、胞子を形成する際に培地中に含まれるケイ酸を取り込んで胞子のOCに蓄積することがわかった。さらに培地中に亜鉛(Zn)が含まれることで、OCに蓄積されたケイ酸が安定化するということを見出だした。
【0052】
ここで、本発明の方法で使用する胞子形成培地とは、胞子を形成し得る微生物が胞子を形成することができる要件を満たす培地であれば特に限定されるものではない。一般に胞子は微生物が飢餓状態に陥った場合に形成されるために、飢餓培養し得るような培地であることが好ましい。飢餓培養し得る培地としては、例えば最小培地が挙げられる。なお胞子形成培地の組成については、微生物毎に異なっている。したがって、微生物の種類に応じて適宜最適な培地組成を選択すればよい。例えば、Bacillus subtilisにおいては2×SG培地(Beef extract 6g, ペプトン10g, KCl 2g, MgSO4・7H2O 0.5g, CaCl2 22mg, MnCl2・4H2O 2mg, ZnCl27mg, FeSO4・7H2O 14mg per litter water)、Bacillus cereusグループのバクテリアにおいては、一般的な複合培地にカルシウム、マンガン、亜鉛、鉄などの微量金属(例えば、CaCl222mg, MnCl2・4H2O 2mg, ZnCl2 7mg, FeSO4・7H2O 14mg per litter程度)を添加した培地を用いることで胞子形成が促進される。
【0053】
上記胞子形成培地に含まれているケイ酸の濃度は、微生物が取り込んでケイ酸を形成しえる濃度であれば特に限定されるものでない。ただし、できるだけ高濃度であることで、微生物の取り込み効率や、取り込み量が高くなるという観点から、できるだけ高濃度でケイ酸が胞子形成培地に含まれていることが好ましい。特に限定されるものではないが、胞子形成培地中に含まれているケイ酸濃度(オルトケイ酸換算)は、15μg/ml以上が好ましく、30μg/mlがさらに好ましく、100μg/mlが最も好ましい。なお、ケイ酸濃度の上限としては、胞子形成培地中に溶解し得る濃度である。
【0054】
また微生物に取り込まれたケイ酸の微生物内での安定化に寄与する亜鉛の胞子形成培地中の濃度は、特に限定されるものではないが例えば亜鉛イオンとして、0.01mM〜0.05mM程度含まれていればよい。なお、亜鉛によるケイ酸の微生物内での安定化は、ケイ酸構造体の保持に関わるタンパク質の補因子としての機能によるものであると発明者らは推察している。
【0055】
本発明の作製方法におけるケイ酸層形成工程は、上記で説示した態様の他に以下の示す態様が挙げられる。すなわちこの態様は、微生物の細胞表面にケイ酸重合体を形成させる工程である。この態様は、微生物の細胞表面に人工的にケイ酸重合体を形成してケイ酸層を形成させる方法である。それゆえ、胞子の生成能力の有無を問わず全ての微生物に対して有効である。かかる態様は、自体公知の方法で実施することができ、これを実施するための薬品が既に市販されている(信越化学工業株式会社製、製品名:トリメチルシランなど)。この薬品で微生物表面を修飾することによって、微生物の表面にケイ酸層を形成することができると考えられる。また、海綿のケイ酸構造体形成を促進するシリカテインなどの生物由来タンパク質をバクテリア表面に発現させることで、微生物にケイ酸層を形成させることも可能である(参考文献:Mular, E. G. et al., Bioencapsulation of living bacteria (Escherichia coli) with poly(silicate) after transformation with silicatein-alpha gene. Biomaterials, 29, 771-779 (2008))。
【0056】
本発明の作製方法を実施することによって所望の微生物が取得されたかどうかの判断は、透過型電子顕微鏡観察およびTEM-EDXによる元素分析を行うことによって、ケイ酸層が形成されたかどうかを確認するとともに、取得された微生物の耐酸性を野生株の耐酸性と比較して耐酸性の向上を確認することによって実施することができる。
【0057】
以下実施例を示し、本発明の実施の形態についてさらに詳しく説明する。もちろん、本発明は以下の実施例に限定されるものではなく、細部については様々な態様が可能であることはいうまでもない。
【実施例】
【0058】
〔方法〕
<ケイ素濃度測定法>
ケイ酸の形態で存在しているケイ素の濃度を測定するため、Silicate (Silicic Acid) Test(メルク社)のキットを用いた。超純水780μlに測定試料20μlを加え、キット中のsolution Iを15μl添加して攪拌後、3分間室温で静置した。そしてsolution IIを15μl添加して攪拌後、solution IIIを80μl加えた。攪拌後10分間室温で静置し、波長810nmの吸光度を吸光度計(DU800, ベックマン・コールター社製)にて測定した。1000μg/ml ケイ素標準液(メルク社製)を0〜100μg/mlの範囲になるように超純水で希釈し、それぞれの溶液の吸光度とケイ素濃度との傾きから、ケイ素濃度の検量線は作成された。この検量線を用いて算出した試料のケイ素濃度をオルトケイ酸濃度に換算したものをケイ酸濃度とした。
【0059】
<ケイ酸蓄積試験および菌体顕微鏡観察>
発明者らがケイ酸高蓄積菌として単離した、バチルス・セレウス(Bacillus cereus)およびバチルス・シューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)の近縁種と同定されたバチルス属(Bacillus属)細菌 No.64株(「No.64株」という)を用いた。No.64株を、2mlのR2A液体培地(0.05% 酵母エキス、0.05% ペプトン、0.05% カザミノ酸、0.05% グルコース、0.05% 可溶性デンプン、0.03% K2HPO4、0.005% MgSO4・7H2O、0.03% ピルビン酸ナトリウム、pH7.2)に植菌し、28℃で24時間前培養を行った。100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したR2A培地(本実施例では「R2A」と表記)、または改変R2A培地(R2A培地に微量金属(0.2 mM CaCl2、0.01 mM MnCl2・4H2O、0.05 mM ZnCl2、0.05 mM FeSO4・7H2O)が添加された培地:本実施例では「mR2A」と表記)の液体培地4mlに、上記前培養液を1%(v/v)となるように植菌し、28℃で培養した。経時的に培養液を50μlずつサンプリングし、サンプルの吸光度測定(波長600nm)の測定を行した後、当該サンプルを1,3000 rpmで3分間遠心分離に供した。遠心分離によって得られた上清についてケイ素濃度測定、および菌体の顕微鏡観察 (BX60、オリンパス社製)を行った。
【0060】
<ケイ酸蓄積における微量金属の影響>
No.64株をR2Aの液体培地2mlに植菌し、28℃で24時間前培養を行った。100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したR2A、100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2A、または100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2Aから各微量金属(Fe、Ca、Zn、Mn)をそれぞれ除去したmR2A(それぞれ「mR2A(−Fe)」、「mR2A(−Ca)」、「mR2A(−Zn)」、「mR2A(−Mn)」という)の液体培地3mlに、上記前培養液を1%(v/v)となるように植菌し、28℃で培養した。経時的に培養液を50μlずつサンプリングし、サンプルを13,000 rpmで3分間遠心分離に供した。遠心分離により得られた上清のケイ素濃度測定を行った。
【0061】
<胞子作製>
No.64株をR2Aの液体培地2mlに植菌し、28℃で24時間前培養を行った。100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2A、またはケイ酸を添加していないmR2Aの液体培地50mlに、上記前培養液を1%(v/v)となるように植菌した。28℃で48時間培養後、ほぼ全ての細胞が胞子になっていること(99%以上)を顕微鏡で確認し、4℃で12時間静置した。その後6,000 rpm、10分間遠心分離に供した。上清を除去した後、菌体ペレットを、滅菌水20mlを用いて2回洗浄した。洗浄後のペレットを滅菌水20mlで再懸濁し、使用するまで4℃で保存した。100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2Aで作製した胞子を「Si+胞子」、ケイ酸を添加していないmR2Aで作製した胞子を「Si−胞子」とした。なお両者をあわせて表記する場合は「Si±胞子」と表記する。
【0062】
<走査型電子顕微鏡(SEM)観察用サンプル調製>
上記で作製したSi±胞子菌液5mlを6,000 rpm、10分間遠心分離後、上清を除去した。その胞子ペレットを2.5%(w/v)グルタルアルデヒド1mlで懸濁し、4℃で2時間静置した。その後15,000 rpm、3分間遠心分離後、上清を除去し、ペレットを滅菌水1mlで3回洗浄した。その後30%(v/v)エタノール1mlでペレットを懸濁し、1分間 室温で静置後、15,000 rpm、3分間遠心分離後、上清を除去した(脱水操作)。この脱水作業を50%(v/v)エタノール(1分間 室温で静置1回)、70%(v/v)エタノール(5分間 室温で静置1回、10分間 室温で静置1回)、80%(v/v)エタノール(5分間 室温で静置1回、10分間 室温で静置1回)、90%(v/v)エタノール(10分間 室温で静置2回)、95%(v/v)エタノール(10分間 室温で静置2回)、99.5%(v/v)エタノール(15分間 室温で静置2回)、そして99%(v/v) t-ブチルアルコール(20分間 室温で静置3回)でも同様に行った。最後に胞子ペレットを凍結乾燥(FRD-50M, イワキ社製)して、SEM用のサンプルとした。
【0063】
<走査型電子顕微鏡(SEM)観察および元素分析>
上記で作製したSEM用サンプルをオートファインコータ(JFC-1600, 日本電子社製)を用いて白金コーティングし、走査型電子顕微鏡(JSM-5900, 日本電子社製)により観察した(倍率 10,000倍, 加速電圧 25 kV, 作動距離 10 mm, スポットサイズ 約30, 信号 SEI)。胞子の元素分析(SEM-EDX)は、エネルギー分散形X線分析装置(JED-2200, 日本電子社製)を用いて行われた(倍率 50,000倍, 加速電圧 25 kV, 作動距離 10 mm, 信号 SEI)。
【0064】
<透過型電子顕微鏡(TEM)観察用サンプル調製>
上記で作製したSi±の胞子菌液500μlを、15,000 rpm、3分間遠心分離後、上清を除去した。その胞子ペレットを2.5%(w/v)グルタルアルデヒドを含む0.1%(w/v) MgSO4、0.1M カコジル酸ナトリウム、pH 7.2の緩衝液1mlに懸濁し、4℃で2時間静置した。その後、上記緩衝液1mlで1回遠心洗浄を行い、1%(v/v)四酸化オスミウムを含む0.2M カコジル酸ナトリウム、pH 7.4の緩衝液1mlに懸濁し、4℃で36時間静置した。15,000 rpm、3分間遠心分離を行って上清を除き、45℃で融解させておいたLMP agar 30μlで懸濁し(約109 spores/ml)、スライドガラス(松浪社製)上に懸濁液を滴下後、氷上に15分間静置して固化させた。カミソリを用いて1〜2mm3程度になるようカットした後、50%(v/v)エタノール1mlで懸濁し、5分間室温で静置後、15,000 rpm、3分間遠心分離し、上清を除く操作を合計3回行った(脱水操作)。この脱水操作を、この脱水作業を70%(v/v)エタノール(5分間 室温で静置3回)、80%(v/v)エタノール(5分間 室温で静置3回)、90%(v/v)エタノール(10分間 室温で静置3回)、95%(v/v)エタノール(10分間 室温で静置3回)、99.5%(v/v)エタノール(10分間 室温で静置3回)、そして99%(v/v) プロピレンオキサイド(15分間 室温で静置3回)でも同様に行った。
【0065】
その後、45%(w/v) Epok 812、31%(w/v) DDSA、24%(w/v) MNAの混合液1mlに懸濁し、室温で12時間静置した。その後、サンプルをビームカプセルに入れ、包埋液(45%(w/v) Epok 812、30%(w/v) DDSA、23%(w/v) MNA、2%(w/v) DMP-30)でカプセルを満たし、60℃で48時間静置して固化させ、それをウルトラミクロトーム(ライカマイクロシステムズ社製)で超薄切片(80〜90nm厚)にした。その後、Si±の超薄切片を9.2%(w/v) 酢酸ウラニルに浸し、室温で20分間静置した。そして滅菌水で超薄切片を洗浄し、水分を除去した後、クエン酸鉛溶液(2.66%(w/v) 硝酸鉛、3.52%(w/v)クエン酸三ナトリウム二水和物、0.16N NaOH)に浸し、10分間室温で静置後、滅菌水で洗浄し、乾燥させたものをTEM用サンプルとした。
【0066】
<透過型電子顕微鏡(TEM)観察および元素分析>
上記で作製したTEM用サンプルをカーボン真空蒸着によりコーティングし、透過型電子顕微鏡(JEM1200EX, 日本電子社製)により観察した(倍率 30,000倍, 加速電圧 80 kV)。サンプルの元素分析(TEM-EDX)は、エネルギー分散形X線分析装置(HD-2000, 日立)を用いて行われた(倍率 300,000倍, 加速電圧 200 kV)。
【0067】
<Si±胞子の塩酸耐性試験>
発明者らがケイ酸高蓄積菌として単離した、バチルス・シャンドンゲンシス(Bacillus shandongensis)の近縁種と同定されたバチルス属(Bacillus属)細菌 No.221株(「No.221株」という)、バチルス・セレウス(Bacillus cereus NBRC 15305、以下「15305株」と表記)およびバチルス・シューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis NBRC 101235、「101235株」と表記)のSi±胞子を、No.64株と同様にして作製した。
【0068】
No.64株、No.221株、15305株、および101235株のSi±胞子それぞれを滅菌水でOD600=1になるよう希釈し、1mlずつ13,000 rpm、3分間遠心分離を行った。上清を除去し、胞子ペレットを0.2N HCl 1mlで懸濁し、28℃で一定時間インキュベート後、100μlサンプリングし、それを適宜滅菌水で希釈してR2Aプレートに塗布した。R2Aプレートを28℃、48時間培養後、コロニー数を数えて菌濃度を算出した。コントロールとしてHClの代わりに滅菌水1mlで胞子ペレットを懸濁した場合についても同様にして菌濃度を算出した。コントロールの菌濃度を100%として、HCl処理後の生存率を計算した。
【0069】
<Si±胞子の硫酸耐性試験および硝酸耐性試験>
No.64株の胞子について0.2N HClの代わりに0.8Nの H2SO4 または0.1N HNOを用いる以外は、塩酸耐性試験と同様にして硫酸耐性試験または硝酸耐性試験を行った。この試験はNo.64株の胞子についてのみ行われた。
【0070】
<Si+胞子のSi蓄積量の検討>
No.221株のSi±胞子についてSi蓄積量を検討した。方法は、221株が取り込んだSi量を培養液中に存在する221株の細胞数(colony forming unit:CFU)で除し、その値を胞子あたりのSi蓄積量とした。
【0071】
〔結果〕
<ケイ酸蓄積試験および菌体顕微鏡観察>
No.64株を、100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたR2A、または100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたmR2Aで培養した際の、吸光度(波長600nm)の経時変化、培養上清中のケイ酸濃度の経時変化、および菌体の顕微鏡像を図2に示す。
【0072】
図2(a)は吸光度(波長600nm)の経時変化(黒丸のシンボルで表記)と培養上清中のケイ酸濃度(白四角のシンボルで表記)とを示すグラフである。図2(a)中「mR2A」と記載されたグラフは100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたmR2Aを用いてNo.64株を培養した結果であり、「R2A」と記載されたグラフは100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたR2Aを用いてNo.64株を培養した結果である。グラフの横軸は培養時間(h)であり、縦軸は吸光度(波長600nm)および培養上清中のケイ酸濃度である。
【0073】
一方、図2(b)は培養12時間後(図上部に「12h」と表記)、24時間後(図上部に「24h」と表記)、および48時間後(図上部に「48h」と表記)の菌体の顕微鏡像である。図2(b)の左部に「mR2A」と記載された行は、100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたmR2Aを用いてNo.64株を培養した結果であり、図2(b)の左部「R2A」と記載された行は100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)が添加されたR2Aを用いてNo.64株を培養した結果である。
【0074】
R2A(ケイ酸含有)を用いた場合ではケイ酸の減少(すなわち取り込み)が見られず、mR2A(ケイ酸含有)を用いた場合ではそれが確認された。mR2A(ケイ酸含有)で培養したときの顕微鏡像を見ると、ケイ酸の取り込みが始まった24時間培養時に、細胞内の内生胞子が観察され、48時間培養後には全ての細胞が胞子になっていた。一方、R2A(ケイ酸含有)で培養した場合では、胞子形成はされていなかった。このことから、ケイ酸は胞子形成時に蓄積されることが判明した。
【0075】
<ケイ酸蓄積における微量金属の影響>
100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したR2A(「R2A」と表記)、100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2A(「mR2A」と表記)、または100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2Aから各微量金属(Fe、Ca、Zn、Mn)をそれぞれ除去したmR2A培地(それぞれ「mR2A(−Fe)」、「mR2A(−Ca)」、「mR2A(−Zn)」、「mR2A(−Mn)」と表記)をそれぞれ用いて、No.64株を培養した際の、培養上清中のケイ酸濃度の経時変化を図3に示す。
【0076】
図3(a)はmR2Aを用いた場合の結果、(b)はR2Aを用いた場合の結果、(c)はmR2A(−Fe)を用いた場合の結果、(d)はmR2A(−Ca)を用いた場合の結果、(e)mR2A(−Zn)を用いた場合の結果、(f)はmR2A(−Mn)を用いた場合の結果を示す。
【0077】
mR2A(−Mn)では、R2Aと同様にケイ酸の取り込みが見られなかった。これは、Mnがないと胞子形成が著しく阻害されるためであると考えられる(参考文献:Weinberg ED., Manganese requirement for sporulation and other secondary biosynthetic processes of Bacillus. Appl Microbiol, 12, 436-441 (1964))。また、mR2A(−Ca)では、ケイ酸蓄積量の低下が確認された。mR2A(−Zn)では、ケイ酸蓄積量は変化しなかったが、蓄積後の放出量の増加が見られた。そして、mR2A(−Fe)では、mR2Aの結果と同様の結果を示した。上記の結果から、Znは胞子内にケイ酸を安定的に保持するために重要であることが分かった。
【0078】
<Si±胞子の走査型電子顕微鏡(SEM)観察および元素分析>
No.64株の培養上清中のケイ素濃度の低下が、菌体のケイ酸の蓄積によるものであることを確認すべく、100μg/mlケイ酸(オルトケイ酸換算)を添加したmR2A、またはケイ酸を添加していないmR2Aをそれぞれ用いて、No.64株を培養した際に形成された胞子について、走査型電子顕微鏡(SEM)観察およびSEM-EDXにより元素分析を行った。その結果を図4に示す。図4(a)はケイ酸を添加していないmR2Aで培養して得られた胞子(「Si−」と表記)の結果、(b)はケイ酸を添加したmR2Aで培養して得られた胞子(「Si+」と表記)の結果を示す。図4(b)の矢印はケイ素のピークを示す。
【0079】
図4の結果からNo.64株のSi±胞子を観察したところ、表面の構造的な違いは見られなかった。さらにSi±胞子の元素分析(SEM-EDX)を行った結果、Si+胞子に高いケイ素のピークが見られた。よって、No.64株はケイ酸を確かに蓄積していることが明らかになった。
【0080】
<Si±胞子の透過型電子顕微鏡(TEM)観察および元素分析>
胞子内のケイ素の形態および局在を調べるため、Si±胞子の切片のTEM観察を行った。その結果を図5および6に示した。図5(a)、(c)はSi−胞子のTEM像であり、図5(b)、(d)はSi+胞子のTEM像である。また図6(a)は図5(a)の四角部分の拡大図であり、図6(b)は図5(b)の四角部分の拡大図である。なお図5および6中の「EX」はexosporiumを示し、「OC」はouter coatを示し、「IC」はinner coatを示し、「CX」はcortexを示し、CRはcoreを示す(以後、他の図においても同じ)。
【0081】
図5および6から、Si−胞子とSi+胞子間とでOCの構造に変化が見られた。すなわち、Si−胞子のOCに比して、Si+胞子のOCに肥大化が見られた。特に顕著な構造変化が見られた箇所を図5(b)中、矢印で示す。
【0082】
この構造変化を解析すべく、Si±胞子の元素分析(TEM-EDX)を行った。その結果を図1および図7に示す。図7(a)Si−胞子のTEM像、(b)はSi−胞子のTEM-EDXの結果、(c)はSi+胞子のTEM像、(d)はSi+胞子のTEM-EDXの結果を示す。また図1(a)はSi+胞子(一部)のTEM像であり、(b)はSi+胞子(一部)のTEM-EDXの結果を示す。TEM-EDXの結果中に示されるドットはケイ素を表している。図7(d)および図1(b)においてSi+胞子のOCにケイ素のドットの集中が見られたことから、Si+胞子のOCにはケイ素(つまりケイ酸)が高密度で存在していることが確認された。
<Si±胞子の耐酸性試験>
塩酸耐性試験の結果を図8および図10に示す。図8(a)はNo.64株のSi±胞子の結果、(b)は15305株のSi±胞子の結果、(c)は101235株のSi±胞子の結果、図10(a)はNo.221株のSi±胞子の結果を示す。また硫酸耐性試験の結果を図9(a)に示し、硝酸耐性試験の結果を図9(b)に示す。図8〜10中、黒四角のシンボルはSi+胞子の結果を示し、黒丸のシンボルはSi−胞子の結果を示す。また図10(b)にNo.221株の胞子について、Siの蓄積量と塩酸耐性との関係を示した。図10(b)中、白丸のシンボルは1時間塩酸処理を行った場合の結果を示し、白四角のシンボルは2時間塩酸処理を行った場合の結果を示す。
【0083】
図8、図9および図10(a)の結果から、Si+胞子は明らかに耐酸性が向上していることが確かめられた。またNo.64株、15305株、101235株、No.221株共に同様の結果が得られたことから、OCにおけるケイ酸の蓄積による耐酸性向上の効果は、微生物の種類に限定されるものではないことが確認された。
【0084】
さらに図10(b)の結果からケイ素(ケイ酸)の蓄積量に応じて塩酸耐性が向上していることが確認され、塩酸耐性の向上はケイ素(ケイ酸)の蓄積によるものであるということがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0085】
上記説示したように、本発明によれば、微生物の耐酸性を野生株に比して向上させることができる。よってプロバイオティクスや浄水処理等、微生物の耐酸性が求められる分野において本発明は特に奏効する。
【0086】
したがって本発明は、微生物を取り扱う分野、例えば、医薬品、食品、環境産業などに利用可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を備える生菌であり、
且つ耐酸性が野生株に比して向上していることを特徴とする微生物。
【請求項2】
細菌である、請求項1に記載の微生物。
【請求項3】
請求項1または2に記載の微生物を作製するための方法であって、
微生物の細胞表面にケイ酸からなるケイ酸層を形成するケイ酸層形成工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項4】
上記微生物は、細菌であることを特徴とする請求項3に記載の方法。
【請求項5】
上記微生物が胞子を形成し得る微生物である場合において、
上記ケイ酸層形成工程は、ケイ酸および亜鉛を含む胞子形成培地を用いて微生物を培養する工程である、請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
上記胞子形成培地は、オルトケイ酸換算で100μg/ml以上のケイ酸を含む胞子形成培地である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
上記ケイ酸層形成工程は、微生物の細胞表面にケイ酸重合体を形成させる工程である、請求項3または4に記載の方法。
【請求項8】
微生物の耐酸性を野生株に比して向上させる方法であって、
微生物の細胞表面に、ケイ酸からなるケイ酸層を形成するケイ酸層形成工程を含むことを特徴とする方法。
【請求項9】
上記微生物は、細菌であることを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項10】
上記微生物が胞子を形成し得る微生物である場合において、
上記ケイ酸層形成工程は、ケイ酸および亜鉛を含む胞子形成培地を用いて微生物を培養する工程である、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
上記胞子形成培地は、オルトケイ酸換算で100μg/ml以上のケイ酸を含む胞子形成培地である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
上記ケイ酸層形成工程は、微生物の細胞表面にケイ酸重合体を形成させる工程である、請求項8または9に記載の方法。
【請求項13】
請求項1または2に記載の微生物を含む生菌製剤。
【請求項14】
請求項1または2に記載の微生物を含む食品。
【請求項15】
請求項1または2に記載の微生物を用いることを特徴とする浄水方法。

【図3】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−259341(P2010−259341A)
【公開日】平成22年11月18日(2010.11.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−110977(P2009−110977)
【出願日】平成21年4月30日(2009.4.30)
【出願人】(504136568)国立大学法人広島大学 (924)
【Fターム(参考)】