説明

細胞間の相互作用の解析方法

【課題】本発明は、異なる個体に由来する細胞が共存する系で、細胞間のタンパク質相互作用を網羅的かつ定量的に評価し、重要な相互作用や相互依存性の強いシグナルを同定する解析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明は、2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境における遺伝子の発現プロファイルを、個体ごとに分類して得る工程と、細胞間で相互作用しうる2つのタンパク質の組合せを選択する工程と、前記発現プロファイルに基づいて、前記タンパク質の組合せの中で、前記2以上の個体の1の個体において、前記タンパク質の一方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高く、かつ、前記1の個体とは別の個体において、前記タンパク質の他方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高くなっている場合に、該タンパク質の組合せによる相互作用が、前記2以上の個体に由来する細胞間においてより重要な相互作用であると推測する工程と、を含む、2以上の個体に由来する細胞間におけるタンパク質の相互作用の解析方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異なる個体に由来する細胞間におけるタンパク質の相互作用を網羅的かつ定量的に評価する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
増殖・細胞死・発生・分化・癌や炎症などの疾患をはじめ様々な生理的・病理的状態において構成成分の細胞(細胞Aとする)は周囲の細胞(細胞Bとする)からのシグナルや刺激を受けており、それらが生理的、病理的状態の成立に重要な役割を果たしている。また逆に構成細胞Aが周囲の細胞Bに対してシグナルや刺激を与えることにより同様に生理的、病理的状態の成立に重要な役割をはたす。シグナルや刺激を与えあう細胞A及び細胞Bの例として、癌細胞と血管を含む間質細胞、皮膚の表皮細胞と真皮細胞、骨髄血液幹細胞と骨髄間質細胞、細胞死に陥った細胞と炎症細胞などが考えられる。
【0003】
これらの細胞間の相互作用は通常分泌タンパク質や細胞表面タンパク質によって媒介され、相手の細胞の表面の受容体等のタンパク質に結合することによりシグナル・刺激が伝えられる。これまで細胞間相互作用に関して多数の研究やそれに関する文献があり、重要と考えられるシグナルやそれを媒介するタンパク質が同定されてきた。しかしながらこれらの多数報告された相互作用に関して、それらを比較してその重要度を定量的に比較したり、最も重要な相互作用群を選び出したりする報告はほとんど行われていない。
【0004】
その大きな原因として多数の相互作用を網羅的かつ定量的に評価する手法がなかったことが考えられる。マイクロアレイや並列型シーケンサーを用いた遺伝子発現プロファイル(例えば、非特許文献1参照。)においては、単一細胞、単一組織レベルでの発現量の高低を網羅的に測定することはできるが、異なる細胞間の相互作用に関して網羅的に評価し、定量的比較を可能にするものではなかった。これを可能にする技術や手法が存在すれば、生物現象や疾患に重要な細胞間相互作用やシグナルを同定でき、生物現象のメカニズムの解明や疾患治療法の開発につなげることが出来る。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Valk, P.J. e.a. Prognostically useful gene-expression profiles in acute myeloid leukemia. New England Journal of Medicine 350, 1617 (2004).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、異なる個体に由来する細胞が共存する系で、細胞間のタンパク質相互作用を網羅的かつ定量的に評価し、重要な相互作用や相互依存性の強いシグナルを同定する解析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために研究を重ねた結果、ヒト癌組織を移植したマウスなど異なる種類の細胞を共存させた培養系において、トランスクリプトームのシーケンシングを行い、いずれの個体に由来するするのか配列に基づいて振り分けるとともに、それぞれの細胞における遺伝子発現を高精度にプロファイリングした。そして、例えばリガンドと受容体のように相互作用しうるタンパク質の組合せを選択し、プロファイリングの結果と各種データベースを使用して、当該組合せのうち、共存させた細胞の一方において一方のタンパク質の発現量が多く、他方の細胞において他方のタンパク質の発現量が多いものを探索することにより、その細胞間で重要な相互作用や相互依存性の強いシグナルを同定することに成功した。
さらに、上記方法で、ヒト癌組織を移植したマウスの例で重要な相互作用であると同定されたタンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を投与したところ、マウスにおいて癌組織の増殖が抑制されること等を確認して、上記方法の有効性を検証し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、
〔1〕2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境における遺伝子の発現プロファイルを、個体ごとに分類して得る工程と、
細胞間で相互作用しうる2つのタンパク質の組合せを選択する工程と、
前記発現プロファイルに基づいて、前記タンパク質の組合せの中で、前記2以上の個体の1の個体において、前記タンパク質の一方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高く、かつ、前記1の個体とは別の個体において、前記タンパク質の他方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高くなっている場合に、該タンパク質の組合せによる相互作用が、前記2以上の個体に由来する細胞間においてより重要な相互作用であると推測する工程と、
を含む、2以上の個体に由来する細胞間におけるタンパク質の相互作用の解析方法:
〔2〕前記発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程は、
前記微小環境からRNAを抽出し、各RNAの少なくとも一部の塩基配列を解読する工程と、
前記解読した配列データに基づいて、前記RNAがそれぞれどの個体に由来するか特定し、かつ、各個体における各遺伝子の発現量を求める工程と、
を含む、上記〔1〕に記載の方法;
〔3〕前記2以上の個体がそれぞれ異なる種に属し、
前記発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程は、
前記微小環境からRNAを抽出し、各RNAの少なくとも一部の塩基配列を並列型シーケンサーで解読する工程と、
前記解読した各配列を、前記個体が由来する種ごとの遺伝子配列のデータベース中の配列とアラインメントし、類似性が所定値以上であるか否かでどの種に由来するか分類する工程と、
分類後、RNAの数に基づいて遺伝子の発現量を求める工程と、
を含む、上記〔1〕又は〔2〕に記載の方法;
〔4〕前記細胞間で相互作用しうる2つのタンパク質の組合せを選択する工程は、
タンパク質間の結合情報のデータベースを利用して、結合するタンパク質の組合せを選択する工程と、
タンパク質の局在情報のデータベースを利用して、いずれのタンパク質も細胞外又は細胞膜に局在する組合せを選択する工程と、
の少なくとも一方を含む、上記〔1〕から〔3〕のいずれか1項に記載の方法;
〔5〕前記相互作用しうる2以上のタンパク質の組合せを選択する工程において、さらに、
タンパク質のパスウェイ情報のデータベースを利用して、前記タンパク質の組合せにおけるタンパク質間のシグナル伝達の方向を特定する、
上記〔4〕に記載の方法;
〔6〕前記重要な相互作用を推測する工程は、
前記発現プロファイルに基づいて、前記タンパク質の各組合せにつき、それぞれをコードする遺伝子について、前記2以上の個体における発現量の合計に対する、各個体における発現量の割合を求める工程と、
前記2以上の個体のうちの1の個体において、前記タンパク質の一方をコードする遺伝子の前記発現量の割合がより高く、別の個体において、他方のタンパク質をコードする遺伝子の前記発現量の割合がより高い場合に、該タンパク質の組合せによる相互作用が、前記2以上の個体に由来する細胞間においてより重要な相互作用であると推測する工程と、を含む、上記〔1〕から〔5〕のいずれか1項に記載の方法;
〔7〕前記2以上の個体が2の個体A、Bであり、前記タンパク質の組合せが、タンパク質X、Y(但し、Xはシグナル伝達においてYより上流にある)であるときに、
前記重要な相互作用を推測する工程は、
前記発現プロファイルにおける、個体A、Bのタンパク質Xをコードする遺伝子の発現量をそれぞれXA、XBとし、タンパク質Yをコードする遺伝子の発現量をそれぞれYA、YBとしたときに、
入力依存性を式:XA/(XA+XB)で表し、
出力依存性を式:YA/(YA+YB)で表し、
シグナル強度を式:XA×YBで表し、
入力依存性、出力依存性、及びシグナル強度のうち、少なくともいずれかの値がより高い組合せは、より重要な相互作用を担うと推測する工程を含む、上記〔1〕から〔8〕のいずれか1項に記載の方法;
〔8〕前記2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境に代えて、ウイルスと細胞が共存している微小環境を用いる、上記〔1〕から〔7〕のいずれか1項に記載の方法;
〔9〕生理活性物質のスクリーニング方法であって、
2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境を形成する工程と、
上記〔1〕から〔8〕のいずれか1項に記載の方法で、前記2以上の個体に由来する細胞間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、
前記タンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を選択する工程と、を含む方法;
〔10〕抗がん剤のスクリーニング方法であって、
モデル動物に、該モデル動物とは異なる種に由来するがん細胞株を移植し、がん細胞とモデル動物由来細胞とが共存している微小環境を形成する工程と、
上記〔1〕から〔8〕のいずれか1項に記載の方法で、前記モデル動物において、がん細胞とモデル動物由来細胞との間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、
前記タンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を選択する工程と、を含む方法;
〔11〕Picropodophyllin(PPP)、PD173074、及びPF562271からなる群の少なくとも1種を含む膵癌の治療剤;
〔12〕Picropodophyllin(PPP)、PD173074、及びPF562271からなる群の少なくとも1種を投与する膵癌の治療方法;
〔13〕
抗ウイルス剤のスクリーニング方法であって、
in vitroで動物又は植物細胞にウイルスを感染させ、動物又は植物細胞とウイルスとが共存している微小環境を形成する工程と、
上記〔1〕から〔8〕のいずれか1項に記載の方法で、前記細胞とウイルスの間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、
前記タンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を選択する工程と、を含む方法。
〔14〕2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境における遺伝子の発現プロファイルを、個体ごとに分類して得る第1の解析装置と、
方向性を含めたタンパク質間の相互作用の情報を相互作用データとして蓄積した細胞間タンパク相互作用データベースと、
前記細胞間タンパク相互作用データベースに含まれる相互作用データと、前記第1の解析装置によって作成された固体ごとの発現プロファイルとに基づいて、個体間の相互作用の相互依存性を解析する第2の解析装置と、
前記第2の解析装置による解析結果に基づいて、個体間の相互作用の相互依存性に関する図表を作成し、出力装置に出力する第3の解析装置と、
を備える2以上の個体に由来する細胞間におけるタンパク質の相互作用の解析システム、
に関する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、異なる個体に由来する細胞を共存させた場合に、細胞間において重要な相互作用を司るタンパク質の組合せを同定することができる。
同定された相互作用は、医薬品開発のターゲットにもなり得る
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】図1は、本発明に係るタンパク質の解析方法の一実施態様を示す概念図である。
【図2】図2は、実施例1のマウスにヒト癌細胞株を移植する工程を示す概念図(上段)、及び移植片(xenograft)の組織写真(下段)である。
【図3】図3は、実施例1において、ヒト癌細胞を移植したマウスにおけるヒト癌細胞とマウス間質細胞が共存する微小環境から抽出したRNAについて並列型シーケンサーで配列解読して得られるデータの形式の一部である。
【図4】図4は、実施例1において、配列解読したRNAをヒトとマウスの配列に分けた発現プロファイルの一部である。
【図5】図5は、実施例1において、相互作用しうるタンパク質の組合せについて、発現プロファイルを用いて入力依存性、出力依存性及びシグナル強度を計算した結果の一部である。
【図6】図6は、実施例1において、各タンパク質の相互作用の入力依存性をX軸に、出力依存性をY軸に取って作成した図である。円が大きいほどシグナル強度が強いことを示し、色が濃いほど誘導度が大きいことを示す。
【図7】図7は、図6と同じ図に、固形癌を対象として上市された分子標的薬のターゲットとなる細胞間相互作用を示したものである。
【図8】図8は、図6と同じ図に、マウス間質細胞からヒト癌細胞へのシグナルのうち、抗腫瘍薬の標的となり得ると考えられる強い相互作用を示したものである。
【図9】図9は、ヒト癌細胞株を移植したマウスに、図8に示す相互作用の阻害剤と既存及び/又は抗癌剤を投与した後の腫瘍容積の経時変化を示す。
【図10】図10は、ヒトの膵癌組織の免疫染色に用いた抗体のクローン及び希釈倍率を示す。
【図11】図11は、ヒトの膵癌組織の免疫染色の結果を示す。
【図12】図12は、ヒトとマウスの配列を分離する工程の分離能の精度の検証を行うために、ヒト組織由来RNA、マウス細胞由来のRNAをそれぞれ配列解読し、マウスのRefSeq RNA、ヒトRefSeq RNAにマッピングして振り分けられた配列の数の結果を示す。
【図13】図13は、細胞間の相互作用の解析システムの一例を示す。
【図14】図14は、実施例2において、配列解読したRNAをヒトとマウスの配列に分けた発現プロファイルの一部である。
【図15】図15は、実施例2において、相互作用しうるタンパク質の組合せについて、発現プロファイルを用いて入力依存性、出力依存性及びシグナル強度を計算した結果の一部である。
【図16】図16は、実施例2において、各タンパク質の相互作用の入力依存性をX軸に、出力依存性をY軸に取って作成した図である。円が大きいほどシグナル強度が強いことを示し、色が濃いほど誘導度が大きいことを示す。
【図17】図17は、図16と同じ図に、これまでに報告されている主な表皮角化細胞と線維芽細胞における細胞間相互作用を示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係るタンパク質の相互作用の解析方法の一態様は、2以上の個体に由来する細胞間におけるタンパク質の相互作用の解析方法であって、
2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境における遺伝子の発現プロファイルを、個体ごとに分類して得る工程と、
細胞間で相互作用しうる2つのタンパク質の組合せを選択する工程と、
前記発現プロファイルに基づいて、前記タンパク質の組合せの中で、前記2以上の個体の1の個体において、前記タンパク質の一方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高く、かつ、前記1の個体とは別の個体において、前記タンパク質の他方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高くなっている場合に、該タンパク質の組合せによる相互作用が、前記2以上の個体に由来する細胞間においてより重要な相互作用であると推測する工程と、を含む。
【0011】
[発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程]
本明細書において、2以上の個体は、核酸を有する異なる個体であればよく、同種の個体であっても、異種の個体であってもよい。核酸を有する個体としては、例えば、動物(ヒト、マウス、ラット、サル、ヒツジ、ウマ、ウシ等)、植物、及びウイルスが挙げられる。
【0012】
本明細書において、微小環境とは、異なる個体に由来する細胞が相互作用しうるよう共存したin vivo又はin vitroの環境を意味し、遺伝子の発現プロファイルを得るために十分な数の細胞を含む限り、大きさは特に限定されない。
2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境は、それぞれの細胞が相互作用しうるように接触させて共培養することや、ウイルスや細菌を細胞に感染させることによって作ることができる。また、微小環境は、ウイルスや細菌が感染することによって作り出された天然の環境であってもよい。
なお、後述するとおり、遺伝子の発現プロファイルを得るために並列型シーケンサーを用いる場合には、それぞれの個体が、並列型シーケンサーの解読長となる約20bp〜約3000bp程度の配列で識別可能であることが望ましい。
【0013】
2以上の個体に由来する細胞又はウイルスを微小環境で共存させた系の例としては、ウサギ細胞とヒト細胞の混合培養系;マウス細胞とヒト細胞の混合培養系;ウサギ細胞、マウス細胞、及びヒト細胞などの3種混合培養系;ウイルスを感染させた宿主細胞;同一種の別個体に由来する細胞の混合培養系;ヒト癌細胞株マウス移植モデルにおける癌と間質の相互作用評価系;ヒトES/iPS細胞とマウスフィーダー細胞共培養モデルにおける幹細胞維持のための相互作用評価系;ヒト血液幹細胞マウス骨髄移植モデルにおける血液幹細胞維持微小環境の評価系;皮膚3次元培養モデルにおける表皮層(ヒト)と真皮層(マウス)の相互作用の評価系などが挙げられるがこれらに限定されない。これらの培養や、宿主細胞へのウイルスの感染は、当業者が公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことができる。
【0014】
本明細書において、遺伝子の発現プロファイルとは、複数の(通常は多数の)遺伝子群において、どの遺伝子がどれくらい発現しているかを示す情報をいう。発現量は、絶対的な数値で表されていてもよく、相対的な数値で表されていてもよい。発現量は、遺伝子間で適切に比較できるよう、ノーマライズした数値で表されていてもよい。
また、本明細書において、用語「発現」は、ゲノムDNAを鋳型としてRNAが産生される転写と、RNAの塩基配列に規定された情報に従ってタンパク質が合成される翻訳のいずれも含むものとして使用される。
【0015】
微小環境における遺伝子の発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程は、公知の方法又はそれに準ずる方法にしたがって、微小環境に含まれるRNA又はタンパク質の発現量を測定し、それぞれのRNA又はタンパク質がいずれの個体に由来するか判別することによって行うことができる。
【0016】
例えば、2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境から、RNAを抽出し、各RNAの少なくとも一部の塩基配列を解読する工程と、前記解読した配列データに基づいて、前記RNAのそれぞれがどの個体に由来するかを特定し、かつ、それぞれの個体に由来する細胞おける各遺伝子の発現量を求める工程によって行うことができる。
RNAの抽出は、公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことができる。例えば、グアニジン−塩化セシウム超遠心法(Chirgwin, J. M. et al., Biochemistry(1979)18, 5294-5299)や、Acid guanidinium-Phenol-Chloroform法(AGPC法;Chomczynski, P.et al., Anal. Biochem.(1987)162, 156-159)により、全RNAを調製してもよい。全RNAを抽出して解析を行うことにより、微小環境におけるトランスクリプトームを網羅的に調べることができる。
【0017】
RNAの塩基配列の解読には、並列型シーケンサーを用いることができる。並列型シーケンサーは、超並列型シーケンサー、次世代型シーケンサー、高速シーケンサー等とも呼ばれ、大量の核酸断片(例えば、数千万から1億の100bp程度の核酸)の配列を並行して極めて高速で解読できる装置をいう。典型的にはGenome Analyser・Hiseq・Miseq(Illumina社)、SOLiD・IonTorrent PGM(LifeTechnologies社)、The PacBio RS(Pacific BioScience社)、Heliscope(Helicos社)、The Polonator(Dover Systems社)、454 GS(Roche社)、Oxford NanoporeTechnologies社の技術を用いた製品などが含まれるがこれらに限定されるものではない。
また、RNAの塩基配列の解読は、マイクロアレイによって行うこともできる。
【0018】
塩基配列の解読に用いられる核酸は、抽出RNAから逆転写酵素によって作られたcDNAとすることができ、例えば、mRNA由来のcDNAや、microRNAなどのsmall RNA、non-coding RNA、intronic RNA由来のcDNAも含まれるが、これに限定されることなくゲノムDNAであってもよい。
なお、塩基配列の解読は、遺伝子の発現プロファイルが得られる限り、核酸の断片の全長について行ってもよく、一部について行ってもよい。
【0019】
次に、解読した配列データに基づいて、RNAのそれぞれがどの個体に由来するかを特定する工程は、例えば、並列型シーケンサーで配列を解読した場合、各配列を、各個体が属する種の遺伝子配列のデータベースに収載されている配列に対してアラインメントを行い、類似性が所定値以上か否かで決定することができる。この工程に用いられるデータベースとしては、例えば、National Center for Biotechnology Information(NCBI)が提供するRefSeq、UCSC Genome Browser、European Bioinformatics Institute(EBI)が提供するデータベースが挙げられる。
例えば、ヒトとマウスに由来する細胞が共存する系の場合、並列型シーケンサーで解読した各配列を、RefSeqに保存されたヒトの配列に対してアラインメントし、類似性が所定値より高いものはヒトの遺伝子として分類し、マウスの配列に対してアラインメントし、類似性が所定値より高いものはマウスの遺伝子として分類する。ここで、類似性が所定値より高いか否かは、類似性を示すスコアを用いて行うこともできるし、ミスマッチの数が所定の数より少ないことをもって判断してもよい。
例えば、ヒトの遺伝子配列のデータベースでアラインメントを行った結果、50塩基あたりミスマッチを3つ含むものまで、ヒト由来であると判定することができる。50塩基あたりのミスマッチを2つ、又は1つ含むものまでヒト由来と分類することで、より精度をあげることができる。
【0020】
本発明は、2以上の個体に由来する細胞間の相互作用を解析するものであるため、いずれの個体に由来するのか判別できない遺伝子(上記の例であれば、ヒトかマウスか判別できない遺伝子)は、この段階で検討対象からはずしてもよい。
また、遺伝子配列が既知の個体由来の細胞と、遺伝子配列が未知の個体由来の細胞が共存している微小環境を解析する場合、前者の個体の遺伝子配列に関するデータベースのみを用い、データベースに収載された配列とアラインしないものを後者の個体由来と分類してもよい。
並列型シーケンサーで配列を解読した場合、それぞれの個体における各遺伝子の発現量は、例えば、同じ配列が解読された回数を数えることによって行うことができる。
【0021】
また、解読した配列データに基づいて、RNAのそれぞれがどの個体に由来するかを特定する工程は、マイクロアレイで配列を解読する場合、個体を判別できるようにマイクロアレイのプローブの配列をデザインしておくことによって行うことができる。
マイクロアレイで配列を解読する場合、各遺伝子の発現量は、例えば、プローブにハイブリダイズした核酸を検出する際の蛍光強度等、公知の方法で測定することができる。
【0022】
微小環境における遺伝子の発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程は、微小環境からペプチド(タンパク質を含む)を抽出し、各ペプチドの少なくとも一部のアミノ酸配列を解読する工程と、前記解読した配列データに基づいて、前記ペプチドのそれぞれがどの個体に由来するかを特定し、かつ、それぞれの個体における各ペプチドの発現量を求める工程によって行ってもよい。
微小環境からのペプチドの抽出は、公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことができる。各ペプチドのアミノ酸配列を解読する工程は、公知の方法またはそれに準ずる方法で行うことができ、例えばペプチドシーケンサーや質量分析器が挙げられる。
各アミノ酸配列が同定されたら、ペプチドのそれぞれがどの個体に由来するかを特定する工程は、RNAの場合と同様に、各配列を、各個体が属する種のタンパク質のデータベース中のアミノ酸配列と比較してアライメントを行い、所定の類似性以上か否かで決定することができる。この工程に用いられるデータベースとしては、例えば、National Center for Biotechnology Information(NCBI)が提供するRefSeqが挙げられる。
【0023】
上述の工程で得られる発現プロファイルの一例を下表に示す。表中の数値は発現量を示す。
例えば、2以上の個体がヒトとマウスである場合、それぞれ2万−3万の遺伝子があり、1細胞あたりRNAが30万程度発現していると考えられている。したがって、全RNAを抽出して並列型シーケンサーで配列を解読し、種ごとの配列データベースで公開されている配列に対してアラインメントし、ヒト由来とマウス由来に振り分ける場合、アラインメントの結果ヒトかマウスか判別できない遺伝子は対象外としても、下表は数千桁を超えるものになることが想定される。
【表1】

【0024】
[タンパク質の組合せを選択する工程]
本発明に係るタンパク質の相互作用の解析方法の一態様では、上述した発現プロファイルを得る工程を行う一方、細胞間で相互作用し得る2つのタンパク質の組合せを選択する。
細胞間で相互作用しうる2以上のタンパク質の組合せを選択する工程は、タンパク質の種々の相互作用に関するデータベースや文献、実験データに基づいて行うことができる。 例えば、相互作用しうるタンパク質の組合せとして、タンパク質の結合情報又は相互作用情報のデータベースを利用して、結合するタンパク質の組合せを選択することができる。また、タンパク質の局在情報のデータベースを利用して、いずれのタンパク質も細胞外又は細胞膜に局在する組合せを選択してもよい。また、複数の条件で選択された組合せのいずれにも含まれる組合せを選択してもよい。
また、データベースの情報だけでは、細胞表面のタンパク質間の相互作用が同一細胞上で起こるのか、異なる細胞間で起こるのか判別できない場合がある。かかる場合には、文献や実験データ等に基づいて、細胞間で相互作用するタンパク質の組合せのみ選択してもよい。このような情報を含めて細胞間で相互作用しうるタンパク質の組合せについて、新たにデータベースを構築してもよい。
【0025】
さらに、タンパク質のパスウェイ情報のデータベースを利用して、上記タンパク質の組合せにおけるタンパク質間のシグナル伝達の方向を特定しておいてもよい。シグナル伝達の方向を特定するとは、例えば、どちらのタンパク質が活性化や阻害を行い、どちらのタンパク質が活性化や阻害を受けるのかを特定することを意味する。
以下、相互作用しうるタンパク質の組合せにおいて、シグナル伝達の方向の上流にある分子、即ち活性化や阻害を行うタンパク質を入力分子と呼び、下流にある分子、即ち活性化や阻害を受けるタンパク質を出力分子と呼ぶことがある。例えば、リガンドは入力分子であり、受容体は出力分子である。
【0026】
本工程で用いることができるタンパク質の結合情報・相互作用情報のデータベース、局在情報のデータベース、パスウェイ情報のデータベースとしては、例えば、HPRD(URL http://www.hprd.org/),KEGG(URL www.genome.jp/kegg/),BIND(URL http://bind.ca XXX),BioGRID(URL http://thebiogrid.org/)等が挙げられる。また、その他の商用データベース、文献や実験データ等に基づいて新たに作成したデータベースを用いてもよく、複数のデータベースを組み合わせて用いてもよい。
【0027】
なお、発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程と、タンパク質の組合せを選択する工程とは、いずれを先に行ってもよく、並行して行ってもよい。
【0028】
[重要な相互作用を推測する工程]
次に、上記で得られた情報に基づいて、上記工程で選択したタンパク質の組合せの中から、2以上の個体に由来する細胞間において重要な相互作用を推測する。
この工程では、発現プロファイルに基づいて、選択したタンパク質の組合せの中で、2以上の個体のいずれか1の個体において、タンパク質の一方をコードする遺伝子の発現量が他の個体より高く、かつ、上記1の個体とは別の個体において、タンパク質の他方をコードする遺伝子の発現量が他の個体より高くなっている場合に、そのタンパク質の組合せによる相互作用が、2以上の個体に由来する細胞間においてより重要な相互作用であると推測する。
【0029】
例えば、個体A及びBに由来する細胞が共存する微小環境を解析した場合であって、選択されたタンパク質の組合せがタンパク質X、Yであり、これをコードする遺伝子が遺伝子x、yである場合を想定する。個体A由来の細胞と個体B由来の細胞の発現プロファイルを比較して、遺伝子xはA由来の細胞において発現が高く、遺伝子yはB由来の細胞において発現が高い場合、タンパク質XとYは、これらの細胞間において重要な相互作用を担っている可能性が高いと評価することができる。
また、複数のタンパク質の組合せにおいて、一方の遺伝子がA由来の細胞において発現が高く、他方の遺伝子はB由来の細胞において発現が高いという傾向が高いほど、重要な組合せである可能性が高いと評価することができる。
【0030】
相互作用をより具体的に評価する指標の例として、以下に示す入力依存性、出力依存性、及びシグナル強度を用いてもよい。
入力依存性:XA/(XA+XB
出力依存性:YA/(YA+YB
シグナル強度:XA×YB
ただし、A、Bはそれぞれ個体を示し、X及びYは選択された組合せに含まれる個々のタンパク質を示し、XAは個体Aにおけるタンパク質Xの発現量、XBは個体Bにおけるタンパク質Xの発現量、YAは個体Aにおけるタンパク質Yの発現量、YBは個体Bにおけるタンパク質Yの発現量をそれぞれ示す。ここでXは入力分子、Yは出力分子である。
【0031】
入力依存性(XA/(XA+XB))は、入力分子(例えばリガンド)となるタンパク質をコードする遺伝子の発現量が、どちらの個体に由来する細胞に偏っているかを表す指標である。例えばマウス細胞からヒト細胞へのシグナル伝達を考えた場合、すなわち入力分子がマウス細胞に由来し、出力分子がヒト細胞に由来する場合、
入力依存性=入力分子マウス/(入力分子マウス+入力分子ヒト)
となり、逆にヒト細胞からマウス細胞へのシグナル伝達を考えた場合、
入力依存性=入力分子ヒト/(入力分子マウス+入力分子ヒト)
となる(入力分子XXは、XXの細胞での入力分子の発現量を示す。)。
この指標が高い細胞間で伝達されるシグナルは、入力分子の発現が片方の個体由来の細胞に片寄っており、シグナルの入力にはその個体由来の細胞の寄与が大きいと考えられる。この指標以外にも入力分子となりうるタンパク質やそのRNAの発現がどの個体由来の細胞に片寄っているかということを示す種々の指標を用いることができる。
【0032】
出力依存性(YA/(YA+YB))は、出力分子(例えば受容体)となるタンパク質をコードする遺伝子の発現量が、どちらの個体に由来する細胞に偏っているかを表す指標である。例えばマウス細胞からヒト細胞へのシグナル伝達を考えた場合、
出力依存性=出力分子ヒト/(出力分子マウス+出力分子ヒト)
となり、逆にヒト細胞からマウス細胞へのシグナル伝達を考えた場合、
出力依存性=出力分子マウス/(出力分子マウス+出力分子ヒト)
となる。
この指標が高い細胞間で伝達されるシグナルは、出力分子が片方の個体由来の細胞に片寄っており、シグナルの出力にはその個体由来の細胞の寄与が大きいと考えられる。この指標以外にも出力分子となりうるタンパク質やそのRNAの発現がどの個体由来の細胞に片寄っているかということを示す種々の指標を用いることができる。
【0033】
シグナル強度(XA×YB)は、入力分子と出力分子の発現量の積であり、この指標が高いと細胞間のシグナルや刺激が強いと考えられる。発現量の積は対数で表してもよい。これ以外にも入力分子の発現量と出力分子の発現量の両方を加味した種々の指標を用いることができる。
【0034】
入力依存性、出力依存性の両者が高いものは、シグナル入力において一方の個体由来の細胞の寄与が大きく、出力において他方の個体由来の細胞の寄与が大きいと考えられる。このことは、両細胞間で伝達されるシグナルが、両細胞が微小環境において共存することによって初めて生じる相互依存性の強いシグナルであることを意味しうる。さらに、シグナル強度が強い場合、当該相互作用が両細胞間においてより重要であると評価することができる。
【0035】
また、上記入力依存性、出力依存性、及びシグナル強度に代わるものとして、f(t)及びg(t)を単調増加関数として、
f(XA)/f(XA+XB)、f(YA)/f(YA+YB)、g(XA)*g(YB)
または、
f(XA)−f(XA+XB)、f(YA)−f(YA+YB)、g(XA)+g(YB)
などを指標として、相互作用の重要性を評価することもできる。
【0036】
入力依存性、出力依存性、及びシグナル強度に加えて、それぞれの細胞を単独で培養した場合と比較した発現量の増加を指標(誘導度)としてもよい。誘導度が高いものは、細胞を共存させることによって発現量が増加したものと理解される。したがって、誘導度が高いタンパク質の組合せも、その相互作用が両細胞間において重要であると評価することができる。
【0037】
上述のとおり、本発明に係るタンパク質の相互作用の解析方法によれば、2以上の個体に由来する細胞が共存する環境において、それぞれの個体に由来する細胞間の重要な相互作用を担うタンパク質を特定することができる。
なお、本発明に係る解析方法は、上述した具体例に限定されることなく、当業者が適宜変更を加えて実施することができる。例えば、入力依存性、出力依存性、シグナル強度等の指標は、本発明の目的が達成される限り、別の指標を用いることができる。
また、本発明に係るタンパク質の解析方法では、相互作用しうる2つのタンパク質の組合せを選択するが、本発明の方法を複数回用いることにより、3以上のタンパク質の相互作用の解析に用いることも可能である。
【0038】
[スクリーニング方法]
本発明に係る解析方法を用いて各種のスクリーニングを行うことができる。
本発明のスクリーニング方法の一態様として、生理活性物質のスクリーニング方法が挙げられる。
本発明に係る生理活性物質のスクリーニング方法は、2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境を形成する工程と、本発明の解析方法で、2以上の個体に由来する細胞間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、かかるタンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を選択する工程と、を含む。
この方法によれば、2以上の個体に由来する細胞間の重要な相互作用の阻害を通じて、生体の機能を調節しうる物質を同定することができる。同定された生理活性物質は、医薬や実験用試薬として利用することができる。
【0039】
本発明のスクリーニング方法の一態様として、抗がん剤のスクリーニング方法が挙げられる。
この場合、モデル動物に、該モデル動物とは異なる種に由来するがん細胞株を移植し、がん細胞とモデル動物由来細胞とが共存している微小環境を形成する工程と、本発明の解析方法で、前記モデル動物において、がん細胞とモデル動物由来細胞との間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、前記タンパク質間の相互作用を阻害する化合物を選択する工程と、を含む。
かかる方法によれば、がん細胞株を移植することによって、がん細胞とモデル動物細胞との間に初めて生じる重要な相互作用を同定することができる。かかる相互作用は、がん細胞の増殖に関与するものと考えられるから、これを阻害する化合物は抗がん効果を有しうる。
なお、この方法で選択される化合物は、例えば移植されたがん細胞がヒトに由来するものである場合、一義的にはヒトがん細胞で発現するタンパク質とモデル動物由来細胞で発現するタンパク質との相互作用を阻害しうるものである。しかしながら、本発明者らは、後述する実施例に示されるとおり、ヒトがん細胞とモデル動物由来細胞を共存させたときにモデル動物由来細胞で発現が高くなるタンパク質は、ヒトがん細胞周囲のヒト間質細胞においても発現が増加していることを確認した。したがっ・BR>ト、本発明に係るスクリーニング方法で選択された医薬品は、ヒトの生体内においてもがん細胞と周辺細胞との相互作用を阻害することによって、抗がん作用を示す可能性が高いものと考えられる。
【0040】
本スクリーニング方法によって選択可能な抗がん剤が対象とするがんの種類は、モデル動物に移植できるものである限り、特に限定されない。例えば、頭頚部癌、胃癌、結腸癌、直腸癌、肝臓癌、胆のう・胆管癌、膵臓癌、乳癌、膀胱癌、前立腺癌、子宮頚癌、骨肉腫、大腸癌、皮膚癌、脳腫瘍、白血病、悪性リンパ腫、骨髄腫が挙げられるがこれらに限定されない。また、このスクリーニング方法で、癌悪液質に対する医薬も選択されうる。
【0041】
また、本発明に係るスクリーニング方法の別の態様として、抗ウイルス剤のスクリーニング方法が挙げられる。この場合、in vitroで動物又は植物細胞にウイルスを感染させ、細胞とウイルスとが共存している微小環境を形成する工程と、本発明の解析方法で、細胞とウイルスとの間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、前記タンパク質間の相互作用を阻害する化合物を選択する工程と、を含む。
かかる方法によれば、ウイルスによる動物細胞への作用を防ぐ抗ウイルス剤が選択されうる。
【0042】
本スクリーニング方法において、タンパク質間の相互作用を阻害する化合物を選択する工程は、例えば、当該タンパク質間の相互作用を阻害することが既に知られている化合物をデータベース等から検索することによって行ってもよい。
また、公知の方法又はそれに準ずる方法にしたがって、当該タンパク質間の相互作用を阻害する化合物を同定するスクリーニング系を構築し、実験を行って探索してもよい。
候補化合物としては、低分子化合物、高分子化合物、核酸、ペプチド(タンパク質を含む)等が挙げられるがこれらに限定されない。
【0043】
[膵癌の治療薬及び治療方法]
本発明に係る膵癌の治療薬は、Picropodophyllin(PPP)、PD173072及びPF562271からなる群の少なくとも1種を含む。
本発明者らは、本発明に係る解析方法により、ヒト膵癌細胞株を移植したマウスにおいて、i) IGF1→IGF1R、ii) FGF7→FGFR3、iii) FN1,COL1A2,COL1A2→ITGA2,ITGA3,ITGB6の3種類の相互作用が重要であることを同定した。
そして、これらの相互作用を阻害することが知られている3種の化合物Picropodophyllin(PPP)、PD173072、及びPF562271を混合してモデルマウスに投与したところ、後述する実施例に示すとおり、3種の化合物の合計の濃度が、従来の実験に用いられる量の投与量の10分の1程度であったにもかかわらず、腫瘍細胞の増殖が著しく抑制されることを確認した。
【0044】
本発明に係る膵癌の治療薬は、上記化合物を薬理学上許容しうる担体(賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味矯臭剤等)と混合して得られる医薬組成物あるいは製剤(例えば、錠剤、錠剤、散剤、細粒剤、顆粒剤、カプセル剤、液剤、注射剤、等)の形態で経口的又は非経口的に投与することができる。医薬組成物は通常の方法に従って製剤化することができる。
【0045】
本発明に係る膵癌の治療薬は、症状の程度、年齢、性別、体重、投与時間間隔、投与方法、薬剤に対する感受性等に応じて適宜選ぶことができる。例えば、経口剤の場合は、通常成人として1日あたり、1−10000mg、好ましくは10−2000mgを1日1−数回に分けて投与する。注射剤の場合は、通常成人として1日あたり、通常0.1mg−10000mgであり、好ましくは1mg−2000mgである。
【0046】
本明細書において引用されるすべての特許文献及び非特許文献の開示は、全体として本明細書に参照により組み込まれる。
【実施例1】
【0047】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。当業者は、本発明の意義を逸脱することなく様々な態様に本発明を変更することができ、かかる変更も本発明の範囲に含まれる。
【0048】
図1に、本発明に係る解析方法の一実施例を説明する概念図を示す。
まず、図左上に示すようにマウスにヒトの癌細胞を移植して、ヒト癌細胞とマウス間質細胞が共存する微小環境を形成した。次に、その微小環境からRNAを抽出し、並列型シーケンサーで各RNAの塩基配列を解読し(上段右)、既存のデータベースを用いて、各RNAがヒトとマウスのどちらに由来するのかを振り分け、ヒト又はマウスごとの発現プロファイルを得た(下段右)。続いて、各種データベース等を用いて相互作用しうるタンパク質の組合せを選択し(下段中央)、発現プロファイルを用いて各組合せの入力依存性、出力依存性、シグナル強度、及び誘導度を求めて、グラフにした(下段左)。
以下、各工程について詳しく説明する。
【0049】
[1. RNA抽出]
膵癌細胞株Capan-1、KLM-1、PK-8、Panc-1、PH45Hの5株についてRPMI-1640+10%FBS、DMEM+2mM L-glutamine+20%FBS、5%CO2の条件で培養し、移植細胞数:2〜8×10^6個の細胞を5〜6週令の雌BALB/cAJc1-mu/muマウス(日本クレア):マウスの皮下に注射し移植株を作成した(図2)。
作成した移植株を取り出し周囲の皮膚組織、結合組織を除いた径3mm程度の腫瘍組織からTrizol Reagent(Invitrogen)を用いてtotal RNAを抽出した。
【0050】
[2. 配列解読とマウス、ヒトの発現プロファイル作成]
Total RNAからGenome Analyser(Illumina社)のRNA-seqのpair-endプロトコールに従いライブラリーを作成し、両端50bpずつを配列解読した。得られるデータの形式の一部を図3に示す。50bpの配列データが3000〜5000万桁程度得られた。
得られた配列をマウス、ヒトの公共遺伝子配列であるRefSeq 配列(NCBI)にEland program(Illumina社)を用いて50bp中1bpのミスマッチは許容するという条件でマッピングし、両端が同じ遺伝子にマッピングされるもの以外は棄却した。
マウスのRefSeq、ヒトのRefSeqに対して両者ともにマッピングされるものは棄却し、ヒト、マウスどちらか一方の由来が決まるもののみ採用した。その結果それぞれの細胞株に対して約1000万〜3000万個程度の配列をデータとして採用した。ヒト、マウスの個々のRefSeqに対してマッピングされた配列の個数をカウントし発現量とした。発現量は遺伝子のpoly-Aからの距離、GCコンテンツ、マッピング可能な領域の長さで補正し、発現が上位の10%の遺伝子を除いたのち全体の数値の和が30万(一般に1細胞あたりのRNAの個数といわれている)になるようにノーマライズを行った。
得られた発現プロファイルの一部を図4に示す。
【0051】
[3. 相互作用しうるタンパク質の選択-1]
本工程は、公共パスウェイ、タンパク質間結合データベースから、細胞間タンパク相互作用データベースの構築することにより行った。
以下では、遺伝子産物であるタンパク質とタンパク質の相互作用において、一方のタンパク質をLigand、もう一方をReceptorと定義する。特に相互作用に方向性がある場合、活性化や阻害を行うタンパク質(入力分子)をLigand、性化や阻害をうけるタンパク質(出力分子)をReceptorと定義する。
LigandやReceptorとなるタンパク質の局在について、タンパク質間データベースであるHPRD(HPRD interaction: www.hprd.org/)の局在情報をXMLファイルより抽出し、primary locationがExtracellularもしくはPlasma membraneを含むものを取り出した。
パスウェイデータベースKEGG(http://www.genome.jp/kegg/)より方向性を含めた相互作用の情報をXMLファイルより取り出した。LigandおよびReceptorの割り振りについては、KEGGデータベース中に方向性があるものはその通り従い、ないものは適当に割り振った。HPRDとKEGGのファイルを併せて共通するものを抽出し細胞間タンパク質相互作用ファイルの原型を作成した。
【0052】
[4. 相互作用しうるタンパク質の選択-2]
上記3.で得られた細胞間タンパク質相互作用ファイルの原型について、個別に根拠となった文献をあたり遺伝子名の間違いや同一細胞上でしか相互作用しない膜タンパク同士の相互作用を棄却した。その結果KEGGの異なるパスウェイ上に複数出現するものを含めて1791個の細胞間タンパク相互作用データベースが作成された。
【0053】
[5. 発現プロファイルと細胞間タンパク相互作用データベースを用いた、相互依存性の算出]
上記2.で求めたマウス、ヒトの遺伝子発現プロファイルを、4.で求めた細胞間タンパク質相互作用のデータベースに組み入れることにより、それぞれの相互作用の相互依存性を算出した。
具体的にはマウスの間質細胞からヒト癌細胞へのシグナルの依存性については、Ligand(入力分子)についてはLigand-M/(Ligand-H+Ligand-M)、Receptor(出力分子)についてはReceptor-H/(Receptor-M+Receptor-H)となるような数値指標(0〜1)を求めた。Receptor-Mは解析モデル系におけるマウス側の受容体の発現量を表す。この数値指標が1に近いと、LigandとReceptorのそれぞれの発現がマウス細胞、ヒト細胞で異なることになり、当該シグナルについては異種細胞同士の相互依存性が高いと考えられる。
同様にヒト癌細胞からマウスの間質細胞へのシグナルの依存性についてはLigand(入力分子)についてはLigand-H/(Ligand-M+Ligand-H)、Receptor(出力分子)についてはReceptor-M/(Receptor-H+Receptor-M)となるような数値指標(0〜1)を求めた。またシグナル強度についてはLigand x Receptorの底を2とする対数を用いた。3.で求めた1791個の相互作用について上記の3つの数値(入力依存性、出力依存性、シグナル強度)を求めた。図5に結果の一部を示す。
【0054】
[6. 細胞間シグナル相互依存性の全体像の可視化]
1.〜5.の工程で解析した細胞株の一つについて、入力依存性をX軸、出力依存性をY軸に取り、一つの細胞間タンパク相互作用を一つの円で表した図を作成した(図6)。円の大きさはシグナル強度を表す。
ヒト癌細胞からマウスの間質細胞へのシグナル(左)、およびマウスの間質細胞からヒト癌細胞へのシグナル(右)を別個に作成した。シャーレで培養している状態のがん細胞から抽出したRNAについても、1.及び2.と同様の遺伝子発現プロファイルを行い、左図についてはヒトLigandの遺伝子について、右図についてはヒトReceptorの遺伝子について、移植した状態とシャーレで培養した状態との発現量の比(誘導度)を円の色の濃さで表した。
【0055】
図7は、図6と同じ図に、これまでに固形癌を対象として上市された分子標的薬のターゲットとなる細胞間相互作用を示したものである。それぞれの相互作用と分子標的薬を下表に示す。
【表2】

示されるとおり、上市されている分子標的薬のターゲットとなる相互作用は、入力依存性又は出力依存性の少なくともいずれかがかなり高い(1に近い)ことが示され、本発明による方法で重要な相互作用を予測できることを検証できた。
【0056】
[7. 低分子化合物で介入可能な、マウス間質細胞からヒト癌細胞へのシグナルの選択]
上記5.で求めた1791個の相互作用の数値、および6.の工程でそれを可視化した図を用いて、すでに抗腫瘍薬として臨床治験に入っている低分子化合物を用いて阻害が可能と思われる3つの相互作用を選び出した。すなわちi) IGF1→IGF1R、ii) FGF7→FGFR3、iii) FN1,COL1A2,COL1A2→ITGA2,ITGA3,ITGB6のシグナルである。
これらの相互作用はCapan-1、KLM-1、PK-8、Panc-1、PH45Hの5個の細胞株の入力依存性、出力依存性、シグナル強度の中央値が図8に示される通りであり間質細胞と癌細胞の相互作用が強いと考えられる。
【0057】
[8. 膵癌移植株への低分子阻害剤投与による、相互作用の実証]
上記i)、ii)、及びiii)のシグナル経路はそれぞれ低分子阻害剤Picropodophyllin(PPP)(Yin S. et a., NeuroOncol. 2010 Jan; 12(1):19-27.)、PD 173074(Lamont FR. et al., Br J Cancer. 2011 Jan 4;104(1):75-82.)、PF562271(Roberts WG. et al., Cancer Res. 2008 Mar 15;68(6):1935-44.)を用いて阻害可能であることが報告されている。
そこで、これらの3つの化合物を用いて、Panc-1の細胞株についてヌードマウスに1.と同様の手法で皮下移植株を作成した。
外表から測定した腫瘍の大きさが平均80mm3程度になった時点で、5mg/KgBWで週2回の投与を開始し、腫瘍の増殖が抑制されるか確認を行った。また併せて膵癌に特異的なゲノムの変異のおこるK-rasのシグナルを阻害する低分子阻害剤Salirasib(FTA; http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=17909812)との相乗効果も検討した。コントロール群、その腫瘍の容積を測定した結果を図9に示す。
Picropodophyllin(PPP)、PD173074、PF562271の3剤混合、およびFTAの単独投与群ではコントロール群に対して有意な腫瘍の抑制は見られないが、両者を併用投与すると腫瘍の増殖が抑制され、両者に相乗効果があることがわかった。3剤の投与量は、上記のそれぞれの文献で報告されている投与量に比較して、週当たりの投与量がそれぞれ1/28倍程度、1/14程度、1/35程度であり3剤を併用することの相乗効果が十分あると考えられる。
【0058】
[9. 膵癌臨床検体を用いた癌と間質の相互作用の検証]
上記7.で選択したマウス間質細胞→ヒト癌細胞に向かう3つのシグナルのLigand、Receptorとなる分子が、実際のヒトの膵癌組織においてそれぞれ血管を含む間質細胞と膵癌細胞に主な発現が局在しているかをその一部について免疫染色にて検証した。ホルマリン固定パラフィン包埋原発性膵癌の手術摘出検体症例の薄切組織を使って、ITGA2, CollagenType1 (COL1A1,COL1A2によって構成される),FN1,IGF1R のタンパクに対する一次抗体を用いて免疫染色を行った(クローンおよび希釈倍率は図10)。結果を図11に示す。マウス移植株での相互作用解析の結果と一致してReceptorとなるIGF1R,ITGA2は主に癌細胞に強い染色性が見られ、LigandとなるCollagen Type1, FN1は主に間質の細胞に強い染色性が得られた。これによりヒト細胞、マウス細胞を用いたモデル系の細胞間相互作用解析の結果が、実際の生物現象をよく反映することが確認された。
【0059】
[10. マウスとヒトの配列分離能の検証]
上記2.で行ったヒトとマウスの配列を分離する工程の分離能の精度の検証を行うために、ヒト組織由来RNA、マウス細胞由来のRNAをそれぞれ配列解読して2.と同じ工程を行った。
マウスのRefSeq RNA, ヒトRefSeq RNAにマッピングして振り分けられた配列の数の結果を図12に示す。ヒト組織、マウス細胞のいずれの場合でも99.9%以上の精度で由来の動物種を特定できた。これにより本発明の実施例で行われた2.の工程は精度よくヒトとマウスの動物種別にRNA断片を分離可能であることが確認された。
【0060】
[11. 解析システムの構成]
上記解析方法の各工程は、それぞれ特定用途のハードウェアまたは汎用のハードウェアによって実装可能である。
図13は、細胞間の相互作用の解析システムの一例を示す。第1の解析装置72は、上記2.の工程を実装するものであり、2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境における遺伝子の発現プロファイルを、個体ごとに分類して得ることができる。第2の解析装置73は、上記5.の工程を実装するものであり、細胞間タンパク相互作用データベースと固体ごとの発現プロファイルとに基づいて、個体間の相互作用の相互依存性を解析する。第3の解析装置75は、上記6.の工程を実装するものであり、個体間の相互作用の相互依存性の解析結果に関する図表を作成する。
まず、第1の解析装置72に、並列型シーケンサー71によって解読された配列に関する配列ファイルが入力される。第1の解析装置は配列データの振り分け処理を行い、ヒトとマウスそれぞれの発現プロファイルを作成する。なお、図4は、第1の解析装置72によって作成されたヒトとマウスの発現プロファイルの一例である。
作成された発現プロファイルは第2の解析装置73に渡される。第2の解析装置73は、細胞間タンパク相互作用データベース74に含まれる相互作用データと第1の解析装置72から受け取ったヒトとマウスそれぞれの発現プロファイルとに基づいて、ヒトとマウスの細胞間におけるタンパク質の相互作用を解析し、それぞれの相互作用の相互依存性を示す3つの数値(入力依存性、出力依存性、シグナル強度)を算出する。相互作用データベース74は、方向性を含めたタンパク質間の相互作用の情報を相互作用データとして蓄積したデータベースであり、上記3.及び4.に記載されたデータベースを適用可能である。なお、図5は、第2の解析装置73によって算出された数値の一例である。
第3の解析装置75は、第2の解析装置73により算出された相互作用の相互依存性を示す数値に基づいて、相互作用の相互依存性を可視化して示す図表を作成し、ディスプレイ等の出力装置76に出力する。なお、図6は、出力装置76に出力される図表の一例である。
【実施例2】
【0061】
本発明がIn vitro環境下の培養細胞においても相互作用解析可能であることを検証する目的で、ヒト由来表皮角化細胞およびマウス由来線維芽細胞を共培養し、両細胞が共存する微小環境を形成した。次に、その微小環境からRNAを抽出し、並列型シーケンサーで各RNAの塩基配列を解読し、既存のデータベースを用いて、各RNAがヒトとマウスのどちらに由来するのかを振り分け、ヒト又はマウスごとの発現プロファイルを得た。続いて、各種データベース等を用いて相互作用しうるタンパク質の組合せを選択し、発現プロファイルを用いて各組合せの入力依存性、出力依存性、シグナル強度を求めて、グラフにした。
以下、各工程について詳しく説明する。
【0062】
[1. RNA抽出]
マウス胎仔由来線維芽細胞株NIH-3T3を6 well plateに0.1〜3 X 10^4個播種し、DMEM+10%FBSで培養後、KG-2(クラボウ社)で培養したヒト表皮正常細胞をNIH-3T3細胞を播種した6well plateに0.1〜3 X 10^4個で播種し、さらにDMEM+10%FBSで48時間培養後RNeasy mini kit(Quiagen)を用いてTotal RNAを抽出した。
【0063】
[2. 配列解読とマウス、ヒトの発現プロファイル作成]
実施例1と同様に、Total RNAからGenome Analyser(Illumina社)のRNA-seqのpair-endプロトコールに従いライブラリーを作成し、両端50bpずつを配列解読した。図3に示すのと同様のデータ形式で、50bpの配列データが3000〜5000万桁程度得られた。
得られた配列から、実施例1の[2. 配列解読とマウス、ヒトの発現プロファイル作成]と同じ方法で発現プロファイルを作製した。
得られた発現プロファイルの一部を図14に示す。
【0064】
[3. 相互作用しうるタンパク質の選択-1]
本工程も、実施例1の[3. 相互作用しうるタンパク質の選択-1]と同様に行った。
【0065】
[4. 相互作用しうるタンパク質の選択-2]
上記3.で得られた細胞間タンパク質相互作用ファイルの原型について、個別に根拠となった文献をあたり遺伝子名の間違いや同一細胞上でしか相互作用しない膜タンパク同士の相互作用を棄却した。その結果KEGGの異なるパスウェイ上に複数出現するものを含めて1791個の細胞間タンパク相互作用データベースが作成された。
【0066】
[5. 発現プロファイルと細胞間タンパク相互作用データベースを用いた、相互依存性の算出]
上記2.で求めたマウス、ヒトの遺伝子発現プロファイルを、4.で求めた細胞間タンパク質相互作用のデータベースに組み入れることにより、それぞれの相互作用の相互依存性を算出した。
具体的にはマウスの線維芽細胞からヒト表皮角化細胞へのシグナルの依存性については、Ligand(入力分子)についてはLigand-M/(Ligand-H+Ligand-M)、Receptor(出力分子)についてはReceptor-H/(Receptor-M+Receptor-H)となるような数値指標(0〜1)を求めた。Receptor-Mは解析モデル系におけるマウス側の受容体の発現量を表す。この数値指標が1に近いと、LigandとReceptorのそれぞれの発現がマウス細胞、ヒト細胞で異なることになり、当該シグナルについては異種細胞同士の相互依存性が高いと考えられる。
同様にヒト表皮角化細胞からマウスの線維芽細胞へのシグナルの依存性についてはLigand(入力分子)についてはLigand-H/(Ligand-M+Ligand-H)、Receptor(出力分子)についてはReceptor-M/(Receptor-H+Receptor-M)となるような数値指標(0〜1)を求めた。またシグナル強度についてはLigand x Receptorの底を2とする対数を用いた。3.で求めた1791個の相互作用について上記の3つの数値(入力依存性、出力依存性、シグナル強度)を求めた。図15に結果の一部を示す。
【0067】
[6. 細胞間シグナル相互依存性の全体像の可視化]
1.〜5.の工程で算出した入力依存性をX軸、出力依存性をY軸に取り、一つの細胞間タンパク相互作用を一つの円で表した図を作成した(図16)。円の大きさはシグナル強度を表す。
ヒト表皮角化細胞からマウスの線維芽細胞へのシグナル(左)、およびマウスの線維芽細胞からヒト表皮角化細胞へのシグナル(右)を別個に作成した。
【0068】
図17は、図16と同じ図に、これまでに報告されている主な表皮角化細胞と線維芽細胞における細胞間相互作用を示したものである。それぞれの相互作用と参考文献を下表に示す。
【表3】

図示されるとおり、既報告の表皮角化細胞および線維芽細胞における細胞間相互作用は、入力依存性又は出力依存性の少なくともいずれかが1に近いことが示され、In vitroモデルにおいても本発明を用いて重要な相互作用を予測できることを検証できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境における遺伝子の発現プロファイルを、個体ごとに分類して得る工程と、
細胞間で相互作用しうる2つのタンパク質の組合せを選択する工程と、
前記発現プロファイルに基づいて、前記タンパク質の組合せの中で、前記2以上の個体の1の個体において、前記タンパク質の一方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高く、かつ、前記1の個体とは別の個体において、前記タンパク質の他方をコードする遺伝子の発現量がその他の個体より高くなっている場合に、該タンパク質の組合せによる相互作用が、前記2以上の個体に由来する細胞間においてより重要な相互作用であると推測する工程と、
を含む、2以上の個体に由来する細胞間におけるタンパク質の相互作用の解析方法。
【請求項2】
前記発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程は、
前記微小環境からRNAを抽出し、各RNAの少なくとも一部の塩基配列を解読する工程と、
前記解読した配列データに基づいて、前記RNAがそれぞれどの個体に由来するか特定し、かつ、各個体における各遺伝子の発現量を求める工程と、
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記2以上の個体がそれぞれ異なる種に属し、
前記発現プロファイルを個体ごとに分類して得る工程は、
前記微小環境からRNAを抽出し、各RNAの少なくとも一部の塩基配列を並列型シーケンサーで解読する工程と、
前記解読した各配列を、前記個体が由来する種ごとの遺伝子配列のデータベース中の配列とアラインメントし、類似性が所定値以上であるか否かでどの種に由来するか分類する工程と、
分類後、RNAの数に基づいて遺伝子の発現量を求める工程と、
を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記細胞間で相互作用しうる2つのタンパク質の組合せを選択する工程は、
タンパク質間の結合情報のデータベースを利用して、結合するタンパク質の組合せを選択する工程と、
タンパク質の局在情報のデータベースを利用して、いずれのタンパク質も細胞外又は細胞膜に局在する組合せを選択する工程と、
の少なくとも一方を含む、請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記相互作用しうる2以上のタンパク質の組合せを選択する工程において、さらに、
タンパク質のパスウェイ情報のデータベースを利用して、前記タンパク質の組合せにおけるタンパク質間のシグナル伝達の方向を特定する、
請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記重要な相互作用を推測する工程は、
前記発現プロファイルに基づいて、前記タンパク質の各組合せにつき、それぞれをコードする遺伝子について、前記2以上の個体における発現量の合計に対する、各個体における発現量の割合を求める工程と、
前記2以上の個体のうちの1の個体において、前記タンパク質の一方をコードする遺伝子の前記発現量の割合がより高く、別の個体において、他方のタンパク質をコードする遺伝子の前記発現量の割合がより高い場合に、該タンパク質の組合せによる相互作用が、前記2以上の個体に由来する細胞間においてより重要な相互作用であると推測する工程と、を含む、請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記2以上の個体が2の個体A、Bであり、前記タンパク質の組合せが、タンパク質X、Y(但し、Xはシグナル伝達においてYより上流にある)であるときに、
前記重要な相互作用を推測する工程は、
前記発現プロファイルにおける、個体A、Bのタンパク質Xをコードする遺伝子の発現量をそれぞれXA、XBとし、タンパク質Yをコードする遺伝子の発現量をそれぞれYA、YBとしたときに、
入力依存性を式:XA/(XA+XB)で表し、
出力依存性を式:YA/(YA+YB)で表し、
シグナル強度を式:XA×YBで表し、
入力依存性、出力依存性、及びシグナル強度のうち、少なくともいずれかの値がより高い組合せは、より重要な相互作用を担うと推測する工程を含む、請求項1から6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境に代えて、ウイルスと細胞が共存している微小環境を用いる、請求項1から7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境が、in vivoの環境である、請求項1から8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境が、in vitroの環境である、請求項1から8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
生理活性物質のスクリーニング方法であって、
2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境を形成する工程と、
請求項1から8のいずれか1項に記載の方法で、前記2以上の個体に由来する細胞間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、
前記タンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を選択する工程と、を含む方法。
【請求項12】
抗がん剤のスクリーニング方法であって、
モデル動物に、該モデル動物とは異なる種に由来するがん細胞株を移植し、がん細胞とモデル動物由来細胞とが共存している微小環境を形成する工程と、
請求項1から8のいずれか1項に記載の方法で、前記モデル動物において、がん細胞とモデル動物由来細胞との間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、
前記タンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を選択する工程と、を含む方法。
【請求項13】
Picropodophyllin(PPP)、PD173074、及びPF562271からなる群の少なくとも1種を含む膵癌の治療剤。
【請求項14】
Picropodophyllin(PPP)、PD173074、及びPF562271からなる群の少なくとも1種を投与する膵癌の治療方法。
【請求項15】
抗ウイルス剤のスクリーニング方法であって、
in vitroで動物又は植物細胞にウイルスを感染させ、動物又は植物細胞とウイルスとが共存している微小環境を形成する工程と、
請求項1から8のいずれか1項に記載の方法で、前記細胞とウイルスの間において重要な相互作用をするタンパク質の組合せを特定する工程と、
前記タンパク質間の相互作用を阻害する医薬品を選択する工程と、を含む方法。
【請求項16】
2以上の個体に由来する細胞が共存している微小環境における遺伝子の発現プロファイルを、個体ごとに分類して得る第1の解析装置と、
方向性を含めたタンパク質間の相互作用の情報を相互作用データとして蓄積した細胞間タンパク相互作用データベースと、
前記細胞間タンパク相互作用データベースに含まれる相互作用データと、前記第1の解析装置によって作成された固体ごとの発現プロファイルとに基づいて、個体間の相互作用の相互依存性を解析する第2の解析装置と、
前記第2の解析装置による解析結果に基づいて、個体間の相互作用の相互依存性に関する図表を作成し、出力装置に出力する第3の解析装置と、
を備える2以上の個体に由来する細胞間におけるタンパク質の相互作用の解析システム。

【図4】
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【図5】
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【図10】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図11】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2013−81457(P2013−81457A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−213559(P2012−213559)
【出願日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】