説明

細菌の分離方法

【課題】蘇生率が高く細菌の分離が容易なVBNC状態の細菌の蘇生方法を提供する。
【解決手段】生きているが培養困難な状態の細菌を、分子量5万〜30万のタンパク質を含む哺乳類由来の培養細胞抽出物を含有する栄養培地で培養し、当該培地より分離することを特徴とする細菌の分離方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生きているが培養困難な状態の細菌を培養可能な状態に蘇生して分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自然界には極めて多種類の細菌が生存しており、それらの細菌の分離手段の典型的な手段は、平板培養法であり、その他種々の分離培養技術が開発されてきた。
【0003】
しかし、最近、生きているが培養困難な状態(viable but non−culturable:VBNC)で自然界に存在する細菌が数多く存在することが明らかになった。このようなVBNC状態の細菌は、培養可能な状態に蘇生させることによってはじめて、その存在が確認できる。かかるVBNC状態の細菌の蘇生技術としては、カタラーゼ、システイン化合物、ココナツジュース等を含有する培地で培養する方法(特許文献1〜3)、培養細胞と共培養する方法(非特許文献1〜3)等が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2004−890106号公報
【特許文献2】特開2006−288272号公報
【特許文献3】特開2008−142002号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本細菌学雑誌,64(1),117頁,2009
【非特許文献2】日本細菌学雑誌,65(1),107頁,2010
【非特許文献3】Miocribiol Immunol., 54(9), 502-507, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、前記従来のVBNC状態からの蘇生方法では、蘇生率が十分でない、共培養する場合には蘇生した細菌の単離が困難である等の問題があった。
従って、本発明の課題は、蘇生率が高く、細菌の分離が容易なVBNC状態の細菌の蘇生方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者は、種々の成分を添加してVBNC状態の細菌を培養したところ、哺乳類由来の培養細胞抽出物であって、分子量5万〜30万のタンパク質を含む画分を添加して培養すると、効率良くVBNC状態から蘇生し、当該細菌を容易に分離できることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、生きているが培養困難な状態の細菌を、分子量5万〜30万のタンパク質を含む哺乳類由来の培養細胞抽出物を含有する栄養培地で培養し、当該培地より分離することを特徴とする細菌の分離方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明方法によれば、VBNC状態の細菌を効率良く蘇生させ、かつ容易に分離することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の対象細菌は、VBNC状態にある細菌である。VBNC状態にある細菌は、通常、自然界に存在するVBNC状態にある細菌である。ここで自然界には、土壌、河水、湖水、植物、動物、海、農地、建物、尿、血液等が含まれる。既知のVBNC状態にある細菌の中には、ヒトや動物に対して病原性のある細菌も多く存在する。例えばVibrio cholerae(V.cholerae:コレラ菌)、Vibrio parahaemolyticus、O157を含む各種大腸菌(E.coli)、Shigella flexneri、Salmonella enterica、Legionella pneumophila、Helicobacter pylori等が挙げられる。本発明において、これらのヒトや動物に対する病原性細菌のVBNC状態を蘇生できれば、感染源の特定等に特に有用である。本発明では、このようなVBNC状態の病原菌の存在が疑われる水、土壌、食品等の検体を対象とするのが好ましい。
【0011】
本発明方法のVBNC状態の細菌の蘇生に用いられる培地添加成分は、哺乳類由来の培養細胞抽出物であって、分子量5万〜30万のタンパク質を含む抽出物である。哺乳類由来の培養細胞としては、ヒトを含む哺乳類由来の細胞であって、培養細胞として供給できることが知られている細胞である。例えば、CHO、HEK293、HeLa、MDCK、N1H3T3、PC12、S2、Sf9、Vero、HT−29、Caco−2、T84、Intestine407、Hep−2等が挙げられる。これらの培養細胞のうち、ヒトに対する病原性細菌を分離するには、ヒト由来の培養細胞がより好ましく、さらに上皮細胞系が好ましく、HT−29、T84、Caco−2、Intestine407等の腸管由来の細胞が特に好ましい。
【0012】
これらの培養細胞から分子量5万〜30万のタンパク質を抽出するには、例えばガラスビーズによる破砕法がある。当該タンパク質は、100℃5分又は70℃5分で活性を失う。またプロテアーゼK処理で活性を失う。またプロテアーゼK処理による失活は、プロテアーゼKの阻害剤、例えば4−(2−アミノエチル)−ベンゼンスルフォニルフルオライドの添加で失活が防止できる。また、培養細胞の培養に用いた培地中には、このタンパク質は存在しない。
従って、培養細胞をコンフルエントになるまで増殖させ、ガラスビーズによる破砕により得られた抽出物を用いるのが特に好ましい。
【0013】
栄養培地への前記抽出物のタンパク質としての添加量(含有濃度)は、5μg/mL以上が好ましく、さらに5〜133.3μg/mLが好ましく、8.3〜133.3μg/mLがさらに好ましい。
【0014】
VBNC状態の細菌の培養に用いる培地は、通常の栄養培地であればよく、例えばNUTRIENT BROTH(NB培地)(DIFCO社)、LB−BROTH(Luria−Bartani−broth:カゼイン加水分解物 1.0%、酵母エキス 0.5%、食塩 1.0%、DIFCO社)、TORYPTIC SOY BROTH(DIFCO社)、YG培地(グルコース 0.1%、酵母エキス 0.1%、K2HPO4 0.03%、KH2PO4 0.02%、MgSO4・7H2O 0.02%、pH6.8)等が使用される。
【0015】
培養条件は、存在が疑われる細菌が増殖し得る条件、例えば10〜40℃で、24時間〜10日程度培養すればよい。
【0016】
蘇生した細菌を分離するには、試料を段階的に希釈後、平板培地に塗布し、一定時間平板培養後、プレート上に形成されるコロニーを分取する方法、あるいは一旦液体培地で集積培養を行った後、平板培養法で分離する方法が行われる。
【実施例】
【0017】
本発明を以下の実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されない。
【0018】
実施例1
(1)蘇生因子(HT−29抽出物)の調製
コンフルエント状態のHT−29を集め、ガラスビーズで破砕する。破砕液を4℃、20,000xg、5分間遠心分離し、その上清を回収する。
【0019】
(2)HT−29抽出物の特性
易熱性(100℃、5分で不活化又は70℃、5分で不活化)、プロテアーゼK処理で不活化し、プロテアーゼK阻害剤の添加で不活化を阻害できた。
分子量は限外濾過により5〜30万の間、およそ10万程度であり、細胞を培養した培地中には存在しない。
【0020】
(3)HT−29抽出物を添加した寒天平板の調製法
普通寒天をオートクレーブ(TCBSの場合は加温溶解)後60℃に保温する。その後HT-29抽出物を2.4mg/plateになるよう加えた後、シャーレに分注する。
【0021】
(4)VBNCの調製
Microcosm培地の調製;Instant Oceanが1%になるよう蒸留水を加えた後、0.22μmのフィルターで濾過、オートクレーブを行い、培地中に結晶が見えなくなるまで濾過を繰り返す。
アルカリペプトン水(APW)で16時間培養したコレラ菌の培養液を遠心管に移し、5000xgで10分遠心する。上清を捨て、沈査に等量のMicrocosm培地を加え、ゆるやかに撹拌する。室温で5000xgで10分遠心し、再度洗浄を行う。上清を捨て、沈査を再度懸濁させる。OD600nmの吸光度が0.5になるように調製する(このときの菌数が1×109cell/mLに相当)。Microcosmフラスコに1×108cell/mLになるよう菌を接種(1Lの容量にたいして200mL添加)し、4℃で遮光して静置する。
【0022】
実施例2
(1)VBNCの作製
V.choleraO139VC−280をAPWで前培養した後、108CFU/mLになるように1% Instant Oceanに懸濁し、4℃に静置。42日後、1% NaCl 加普通寒天で培養すると培養可能なV.choleraeは0になったが、APWで培養すると、増殖可能なV.choleraeが存在した。その28日後、つまり、4℃に静置してから70日後、APWで培養しても増殖可能なV.choleraeが認められなかった。
【0023】
(2)VBNCからの回復(蘇生・復帰)
VBNC状態のV.choleraeを、培養細胞から抽出した細胞抽出液を適当量加えたAPWに接種し、37℃で培養した。1〜3日後、VBNC V.choleraは培養可能となり、APW中で増殖した。VBNC V.choleraeが培養可能状態へ復帰したのを確認した細胞はHT−29、Caco−2、T84、Intestine407、HeLa、CHOで、最も効果が見られたのはHT−29細胞であった(表1)。接種したVBNCはすべて同量とした。用いた細胞抽出液濃度は1.2mg/mLである。従って、16倍希釈液の細胞抽出液濃度は0.075mg/mLである。
【0024】
【表1】

【0025】
(3)他の腸内細菌の効果
VBNC化した各細菌に適量のHT−29細胞抽出液を加えて、37℃で培養した。1〜3日後VBNCの培養可能状態への復帰が見られた。コレラ菌はAPW、V.parahaemolyticus(腸炎ビブリオ)は3%NaCl加普通ブイヨン、その他の細菌(腸管出血性大腸菌(EHEC)、毒素原性大腸菌(ETEC)、腸管病原性大腸菌(EPEC)、赤痢菌、サルモネラ菌)は1%NaCl加普通ブイヨンで復帰を観察した。得られた結果を表2に示す。希釈倍数と濃度の関係は表1と同じである。
【0026】
【表2】

【0027】
表1及び表2の結果より、VBNCを哺乳類由来の培養細胞抽出液5μg/mL以上含有する栄養培地で培養すれば、VBNCが回復することが判明した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生きているが培養困難な状態の細菌を、分子量5万〜30万のタンパク質を含む哺乳類由来の培養細胞抽出物を含有する栄養培地で培養し、当該培地より分離することを特徴とする細菌の分離方法。
【請求項2】
哺乳類由来の培養細胞が、上皮細胞である請求項1記載の細菌の分離方法。
【請求項3】
前記培養細胞抽出の培地中の含有量が、5μg/mL以上である請求項1又は2記載の細菌の分離方法。