説明

細菌及び細菌の細胞壁骨格成分の分析方法

【課題】
ミコール酸の分析方法及び当該分析方法を用いた細菌や細菌細胞壁骨格成分の同定方法を提供する。
【解決手段】
ミコール酸の分析方法であって、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする方法;
(1)ミコール酸をエステル化する工程、
(2)前記(1)でエステル化されたミコール酸を、順相高速液体クロマトグラフィーにより分析する工程、
(3)前記(2)の分析結果に基づき、ミコール酸の種類及び量を同定する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ミコバクテリウム属及びノカルジア属等の細菌又は前記細菌の細胞壁骨格成分(Cell Wall Skeleton、以下CWSと称する)の分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ミコール酸は、ミコバクテリア属やノカルジア属の細菌の細胞壁骨格成分に含まれるα-アルキル-β-ヒドロキシ脂肪酸であり、総炭素数約22〜90を有する高級脂肪酸である。このうちミコバクテリウム属の総炭素数は約60〜90であり、ノカルジア属では約44〜60であり、通常複数種類の分子の混合物であり、その免疫賦活活性に重要な役割を果たすと考えられている。
ミコール酸のα鎖は、直鎖の炭化水素からなり、その長さは属・種によって異なり、C22〜C26を中心とし、幅広い分布を有する。
一方、β鎖はすべてのミコバクテリアに共通するα-ミコール酸からなる。α−ミコール酸には、炭化水素鎖上の1又は複数のエチレンが、ビニリデンに置換され二重結合を有するものや、1,2−シクロプロピレンに置換されたものが存在する。また、同種類の菌であっても、菌株によって炭化水素鎖上に1又は複数のメトキシ基、ケト基、エポキシ基、又はメチル基等の官能基が存在する種々のサブミコール酸が知られている。例えば、BCG菌東京株の場合は、α-ミコール酸、メトキシ-ミコール酸及びケト-ミコール酸の3種類のサブミコール酸が存在する。
【0003】
一方、ミコール酸の分析方法としては、逆相HPLCを用いる方法(特許文献1を参照)や、TLCを用いる方法(非特許文献1を参照)が知られているが、いずれの方法も、α体、メトキシ体、ケト体をそれぞれ完全に分離して、正確に精度良く定量できないといった問題があった。
【0004】
【特許文献1】国際公開第2004/012751号パンフレット
【非特許文献1】Kenji Kaneda, J. Clinical Microbiology, 24(6), 1060-1070(1986)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、ミコバクテリア属及びノカルジア属等の細菌又は当該細菌の細胞壁骨格成分(CWS)の構成成分であるサブミコール酸のα体、メトキシ体及びケト体を完全に分離し、それぞれの含有率を定量的に測定し、用いられる細菌の属、種及び株を同定する方法、ならびに、細菌のCWSを有効成分とする医薬品及びその原料が標準品と同一の品質であることを検定する方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討した結果、細菌及び細菌のCWSの構成成分であるミコール酸について、α体、メトキシ体、ケト体等のサブミコール酸を完全に分離し、それぞれの含有率を定量できる分析方法を見出した。具体的には、シリカゲルを担体として用いた順相高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて前記ミコール酸を分析する方法を見出した。更に、当該分析方法を用いて細菌の菌種・菌株を同定する方法を見出した。
本発明は、上記の知見を基に完成するに至ったものである。
即ち本発明は、
〔1〕 ミコール酸の分析方法であって、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする方法;
(1)ミコール酸をエステル化する工程、
(2)前記(1)でエステル化されたミコール酸を、順相高速液体クロマトグラフィーにより分析する工程、
(3)前記(2)の分析結果に基づき、ミコール酸の種類及び量を同定する工程;
〔2〕 順相高速液体クロマトグラフィーにおける担体がシリカゲルであり、溶媒がヘキサン及び酢酸エチルである、〔1〕に記載の分析方法;
〔3〕 順相高速液体クロマトグラフィーにおいて、シリカゲルの粒子径が3μm〜20μmである〔2〕に記載の同定方法;
〔4〕 順相高速液体クロマトグラフィーにおいて、内径1mm〜10mm、長さ3cm〜30cmのカラムを用いることを特徴とする、〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の分析方法;
〔5〕 サブミコール酸が分離同定されることを特徴とする〔1〕〜〔4〕のいずれかに記載の分析方法;
〔6〕 サブミコール酸がα−ミコール酸、メトキシミコール酸又はケトミコール酸である、〔5〕に記載の分析方法;
〔7〕 細菌または細菌の細胞壁骨格成分の菌種・菌株の同定方法であって、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする方法;
(1)細菌または細菌の細胞壁骨格成分中に含まれるミコール酸を、分離・抽出してミコール酸画分を調製する工程、
(2)〔1〕〜〔6〕のいずれかに記載の分析方法で、前記(1)のミコール酸画分における、ミコール酸を分析する工程、
(3)(2)の分析結果に基づき、細菌または細菌の細胞壁骨格成分の菌種・菌株を同定する工程;
〔8〕 細菌がミコバクテリウム属又はノカルジア属の細菌であることを特徴とする、〔7〕に記載の方法;
〔9〕 ミコバクテリウム属の細菌がBCG菌であることを特徴とする、〔8〕に記載の方法;
に関する。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、ミコール酸のα体、メトキシ体及びケト体等のサブミコール酸をそれぞれ定量分析し、ミコバクテリウム属及びノカルジア属等の細菌の属、種及び株を同定、確認することが可能になった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下本発明の実施の態様について詳細に説明する。
本明細書において、「細菌」としては、CWSの構成成分としてミコール酸を含む細菌であれば特に限定はないが、具体的にはグラム陽性棹菌のミコバクテリウム属細菌、ノカルジア属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ロドコッカス属細菌、ゴルドナ属細菌などが挙げられる。「ミコバクテリア属細菌」とは、抗酸菌であるミコバクテリウム属の細菌を表し、具体的には、結核菌群細菌のMycobacterium tuberculosis(結核菌)、Mycobacterium bovis(ウシ型結核菌、BCG菌を含む)、Mycobacterium africanum(アフリカ菌)、Mycobacterium microti(ネズミ型結核菌)があり、この他、Mycobacterium leprae(ライ菌)、非結核性抗酸菌群であるMycobacterium kansasii、Mycobacterium avium、Mycobacterium phlei等が挙げられる。
「細胞壁骨格成分(CWS)」とは、細菌を物理的に粉砕した後、除核酸、除蛋白、脱脂などの精製工程を経て、不溶性残渣として得られるものを表し、その製法は公知である(J. Nat. Cancer Inst., 52, 95-101 (1974) )。
「ミコール酸」とは、ミコバクテリウム属細菌、ノカルジア属細菌、コリネバクテリウム属細菌、ロドコッカス属細菌、ゴルドナ属細菌等の細胞壁に特徴的に存在する高級脂肪酸の一種である。ミコール酸とは、α-アルキル-β-ヒドロキシ脂肪酸を表し、総炭素数約22〜90を有する。このうちミコバクテリウム属の総炭素数は約60〜90であり、ノカルジア属では約44〜60であり、通常複数種類の分子の混合物として単離される。ミコール酸のα鎖は、直鎖の炭化水素からなり、その長さは属・種によって異なり、炭素数22〜26(C22〜C26)の炭化水素を中心とし、幅広い分布を有する。一方、β鎖にはすべてのミコバクテリアに共通する α-ミコール酸が存在する。α−ミコール酸には、炭化水素鎖上の1又は複数のエチレンが、ビニリデンに置換され二重結合を有するものや、1,2−シクロプロピレンに置換されたものが存在する。また、同種類の菌であっても、菌株によって前記α−ミコール酸以外に、α−ミコール酸の炭化水素鎖上に1又は複数のメトキシ基、ケト基、エポキシ基、又はメチル基等の官能基が存在する種々のサブミコール酸が知られている。例えば、BCG菌東京株の場合は、α-ミコール酸、メトキシ-ミコール酸及びケト-ミコール酸の3種類のサブミコール酸が存在する。
前記医薬品としては、細菌のCWSの溶媒懸濁液;鉱物油、スクワラン、もしくはスクワレン等の油状物との混合物;該混合物を含有するエマルション溶液;または、前記水懸濁液もしくはエマルション溶液を凍結乾燥して得られるもの等が挙げられる。
また、前記生物活性とは、ミコバクテリウム属及びノカルジア属等の細菌のCWSの免疫賦活活性、および/または抗腫瘍活性を表し、当該免疫賦活活性や抗腫瘍活性を示す、当業者に公知の、in vivoおよびin vitroの任意の活性が含まれる。具体的には、インターフェロンγ誘導活性、TNF−α誘導活性、実験的腫瘍動物モデルに対する抗腫瘍活性等が挙げられる。
【0009】
本発明の第1の態様は、ミコール酸の分析方法であって、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする方法に関する:
(1)ミコール酸をエステル化する工程、
(2)前記(1)でエステル化されたミコール酸を、順相高速液体クロマトグラフィーにより分析する工程、
(3)前記(2)の分析結果に基づき、ミコール酸の種類及び量を同定する工程。
【0010】
以下、各工程について詳細に説明する。
【0011】
(1)ミコール酸をエステル化する工程
具体的なミコール酸エステルとしては、ミコール酸メチルエステル、ミコール酸エチルエステル、ミコール酸ブロモメチル(ブロモアセチル)エステル、ミコール酸ジアゾメチルエステル等が挙げられる。
エステル化の反応条件としては、当業者によく知られた方法から選択することができるが、通常は、必要に応じて塩基もしくは酸等の補助試薬の存在下、−10℃〜溶媒の沸点で5分〜72時間エステル化剤と反応させることにより、ミコール酸エステルを調製することができる。具体的には、メチルエステルの場合、ミコール酸画分を、ヘキサン/メタノール混液に溶かし、ジアゾメタン又はトリメチルシリルジアゾメタン(10%ヘキサン溶液)を添加し、室温で30分以上反応させることにより得ることができる。
【0012】
(2)エステル化されたミコール酸を、順相高速液体クロマトグラフィーにより分析する工程
(1)において得られるミコール酸エステルを順相高速液体クロマトグラフィー(順相HPLC)で分析してクロマトグラムを得、その溶出パターンを確認する。該溶出パターンとは、溶出ピークの形状、各溶出ピークの保持時間(リテンションタイム)、ピーク面積、ピーク幅、もしくは極大値等のパラメーター、および、各溶出ピーク間の該パラメーターの比等、クロマトグラムにおける任意の性質を表す。その確認方法は、当業者に周知の、任意の方法を用いることができる。また、検出方法としては、特に限定はないが、蛍光、UV−VIS、ラジオアイソトープ、RI(示差屈折計)、蒸発光散乱検出、質量分析、電気化学、又はレーザー励起吸光等を用いることができる。
順相HPLCに用いる担体としては、シリカゲル、シリカゲルにアミノプロピル基やシアノプロピル基などの極性官能基を化学結合させたものが挙げられ、当業者に公知の方法で分析することができる。好ましくはシリカゲルを用いることができる。
担体の粒子径としては、3μm〜20μmのものを用いることができる。
順相HPLCに用いられる溶媒(移動相)としては、用いられる有機溶媒の種類によって適当な溶媒及び混合比率を選択することができるが、好ましくは、ヘキサン、ジエチルエーテル、トルエン、シクロヘキサン等に、酢酸エチル、メタノール、2−プロパノール、アセトン、テトラヒドロフラン、クロロホルム等を適当な量添加し、用いることができる。混合溶媒としては、ヘキサン/酢酸エチル混液、ヘキサン/ジエチルエーテル混液、ヘキサン/メタノール混液、ヘキサン/2−プロパノール混液、トルエン/酢酸エチル混液、ヘキサン/クロロホルム混液等が挙げられる。ここで、2種類の溶媒を混合して用いる場合、当該溶媒の混合比率は適宜選択することができる。
特に好ましくは、移動相としてへキサン/酢酸エチル混液を用いることができる。混合比率としては、へキサン:酢酸エチルが99:1〜90:10のものを固定比率で用いることができる。あるいは、0分間〜180分間でヘキサン:酢酸エチル100:0から80:20までの濃度勾配で用いることもできる。
HPLCのカラムとしては、直径1mm〜10mm、長さ3cm〜90cmのものを用いることができる。例えば、直径1〜2mm、長さ3〜30cmのカラムや、直径約10mm、長さ30〜90cmのカラムが好ましいものとして挙げられる。前者は分析用、後者は主に精製用に用いられる。ここで、短いカラムを複数本連結して用いることも可能である。具体的には、例えば25cmの長さのカラムを直列で2〜3本連結し、50cm〜75cmの長さのカラムとして用いてもよい。
具体的には、ミコール酸エステルを順相HPLCで分析した場合、図1に示すとおり、3種類の溶出ピークが得られ、それぞれ溶出時間の早いものから、α-ミコール酸、メトキシ-ミコール酸及びケト-ミコール酸に相当する。例えば順相HPLCカラム(シリカゲルカラム 4.6mmφ×25cm、粒径5μm)を3本直列で接続させて使用し、ヘキサン/酢酸エチル混液(95:5)のイソクラティック条件で分析した場合は、約50分にα-ミコール酸画分、約60分にメトキシミコール酸画分、約80分にケトミコール酸画分がそれぞれ溶出する。
【0013】
ここでミコール酸エステルの検出方法としては、蛍光分析、UV−VIS分析、ラジオアイソトープ分析、RI(示差屈折計)分析、蒸発光散乱検出、質量分析、電気化学分析、又はレーザー励起吸光等が挙げられる。
【0014】
本発明の第2の実施の態様は、ミコバクテリウム属及びノカルジア属等の細菌及び細菌のCWSに含まれるミコール酸のクロマトグラムからその菌種・菌株を同定、確認する方法であり、以下の工程(1)〜(3)を含む方法である。すなわち、
(1)細菌または細菌の細胞壁骨格成分中に含まれるミコール酸を、分離・抽出してミコール酸画分を調製する工程、
(2)請求項1〜6のいずれかに記載の分析方法で、前記(1)のミコール酸画分における、ミコール酸を分析する工程、
(3)(2)の分析結果に基づき、細菌または細菌のCWSの菌種・菌株を同定する工程。
【0015】
工程(2)については、上述のとおりである。以下、(1)及び(3)の工程について詳細に説明する。
(1)細菌または細菌の細胞壁骨格成分中に含まれるミコール酸を、分離・抽出してミコール酸画分を調製する工程
試料として一定質量のミコバクテリウム属及びノカルジア属等の細菌または細菌のCWSを秤量し、溶媒中で、10℃〜溶媒の沸点の範囲内で塩基を反応させることにより、加水分解を行う。ここで用いられる溶媒としては、加水分解を行うに十分な水を含む有機溶媒であれば特に限定されないが、具体的な有機溶媒としては、例えばエタノール、メタノール、イソプロパノール、エチレングリコール等のアルコール性溶媒、テトラヒドロフラン、ジエチルエーテル、ジオキサン等のエーテル系溶媒、アセトン、ジメチルスルホキシド等の親水性溶媒、トルエン、キシレン等の芳香族炭化水素系溶媒、ヘキサン、ヘプタン等の脂肪族炭化水素系溶媒、クロロホルム、ジクロロメタン、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素系溶媒、またはこれらの有機溶媒の任意の混合物が挙げられる。
前記有機溶媒として、好ましくは、エタノール等のアルコール系溶媒、あるいは、前記アルコール系溶媒および疎水性有機溶媒の混合物が挙げられ、具体的には、エタノール−トルエン−水混液等が挙げられる。
反応温度は、用いられる有機溶媒の種類によって適当な温度を選択することができるが、好ましくは、室温〜溶媒の沸点で加温するか、あるいは105℃〜135℃でオートクレーブを用いる方法が挙げられる。
加温の場合の反応時間としては、5分〜72時間が挙げられ、高級脂肪酸のパターンを分析する場合の反応時間としては、好ましくは5分〜5時間、高級脂肪酸量を定量的に分析する場合の反応時間としては、好ましくは30分〜5時間が挙げられる。オートクレーブの場合の反応時間としては、5分から8時間が挙げられ、好ましくは、パターンを分析する場合は5分〜3時間、定量的に分析する場合は10分〜5時間が挙げられる。
使用される塩基としては、当業者に知られたものであれば任意の塩基を用いることができるが、具体的には、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化バリウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸バリウム、炭酸セシウム等の無機塩基が挙げられる。
ここで、被験サンプルがCWSの場合、反応効率を上げるために、試料をそのまま一定質量秤量するか、またはトルエン、クロロホルム、ヘプタン及びエタノール等から選択される有機溶媒、またはこれらの溶媒の混液等に懸濁し、必要量を採取し、該有機溶媒を留去した後、加水分解に供することが好ましい。また、被験サンプルが細菌の菌体である場合は、水に懸濁した状態で又は凍結乾燥して、CWSと同様に加水分解を行うほか、反応効率を上げるために温度を沸点まで上げて5分〜72時間反応させるか、オートクレーブを用いて5分〜8時間反応させることが好ましい。医薬品製剤の場合は、水を加えてエマルションを形成させ、その全部又は一部を採取して加水分解反応させるほか、反応効率を上げるために、一旦水でエマルションとするのではなく、直接加水分解試液を加えて、反応させることが好ましい。
加水分解反応終了後、酸を加えて反応溶液を酸性とした後、疎水性有機溶媒を用いて高級脂肪酸画分を抽出する。ここで用いられる酸としては、当業者に知られたものであれば任意の酸を用いることができるが、具体的には、塩酸、硫酸、燐酸等の無機酸、トリフルオロ酢酸等の有機酸、スルホン基を有する酸性イオン交換樹脂等を用いることができる。疎水性溶媒は、水層との分離が可能な溶媒であれば特に限定はないが、具体的には、ヘキサン、ヘプタン、ジエチルエーテル、トルエン、クロロホルム等が挙げられる。
【0016】
(3)ミコール酸の分析結果に基づき、細菌または細菌のCWSの菌種・菌株を評価する工程
一般的には、被験サンプル、すなわち評価対象の細菌または細菌のCWSについて、(2)の工程で得られるエステル化されたミコール酸のクロマトグラムからピーク面積の百分率を求め、また、このクロマトグラムの溶出パターンと基準となる細菌または細菌のCWSの標準品における(2)のクロマトグラムの溶出パターンを比較することにより、被験サンプルの菌種・菌株を同定、確認することができる。また、被験サンプルである細菌のCWSが、同種同株の標準サンプルと、CWSの構成成分において等価であるか否かを評価することができる。すなわち、細菌の培養条件によって、同種同株である場合でも該構成成分が変化する可能性があるが、(2)の工程で得られる分析結果を標準品と比較することにより、CWSの構成成分において等価な菌株であることを同定することができる。また、質量分析計を用いることにより、各サブミコール酸の総炭素数及びその分布を知ることができ、より正確な菌株の同定を行うことができる。
【0017】
以下、ミコバクテリウム属細菌のCWSよりミコール酸を抽出して行う方法について、実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0018】
実施例1 BCG−CWSに含まれるミコール酸の定量
(1)溶液の調製
BCG-CWSは、BCG菌東京株(日本ビーシージー製)から、公知の方法で調製した。BCG−CWSの被験サンプル及びBCG−CWSの標準品約60mgをそれぞれ量り、ヘプタン/エタノール(99.5)混液(9:1)を加えて正確に10mLとし、超音波を30分間照射した。これらの液2mLずつをとり、溶媒を留去した。
0.5mol/L水酸化カリウムのエタノール(99.5)/トルエン/水混液(20:10:1)溶液2mLずつを加え、タッチミキサーを用いて均一に分散されるまで激しく振り混ぜた。
65℃の恒温槽で3時間加熱し、放冷後、6mol/L塩酸400μLを正確に加え、よく振り混ぜた。さらにヘキサン1mLを加え、よく振り混ぜた後静置し、上層(有機層)をサンプル瓶に移した。同操作を、ヘキサン2mLずつを用いて、更に2回繰り返した。
集めた上層に水1mL加え、よく混ぜ、遠心分離を行ったのち、水層(下層)を除去した。前記操作を更に1回繰り返した。遠心型エバポレーターを用いて上層の溶媒を留去した。残渣にヘキサン/メタノール混液(19:1)2mLを正確に加えて溶かし、トリメチルシリルジアゾメタン(10%ヘキサン溶液)50μLを加え、25℃で30分以上放置したのち、溶媒を留去した。これらにヘキサン600μLを正確に加えてそれぞれ試料溶液及び標準溶液として分析に供した。
(2)分析
試料溶液及び標準溶液の各50μLをHPLCにて以下の条件で分析した。
試料溶液及び標準溶液からクロマトグラムのミコール酸に由来する複数ピークの面積を求め、サブミコール酸の合計面積に対する各サブミコール酸のピークの面積百分率を求めた。

[高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の設定条件]
カラム温度:25℃
カラム:資生堂製カプセルパックSILICA SG80(登録商標)(5μm、4.6mmφ×25cm)を3本直列に接続する。
溶媒:ヘキサン/酢酸エチル混液(97:3)
移動相の流速: 1.0mL/min
検出器:示差屈折計又は質量分析計
(3)結果
図1に代表的なクロマトグラムを示した。試料溶液のミコール酸の溶出パターン及び各サブミコール酸のピーク面積の百分率を標準溶液と比較し、同様の位置に同様の強度のピークを認め、各サブミコール酸が同様の面積百分率を有することを確認した。

【0019】
実施例2 菌株の同定及び定量
(1)溶液の調製
BCG菌東京株(日本ビーシージー製)を公知の方法で死滅したものを約200mg(CWS量に換算して30mg相当量)を精密に量り、5mol/L水酸化カリウムのエタノール(99.5)/水混液(1:1)溶液 800μLを加え、タッチミキサーを用いて均一に分散されるまで激しく振り混ぜたのち、100℃で2時間反応させた。放冷後、6mol/L塩酸1.6mLを加えて酸性にし、よく振り混ぜた。
別に、BCG-CWSの標準品約60mgを精密に量り、ヘプタン/エタノール(99.5)混液(9:1)を加えて正確に10mLとし、超音波を30分間照射し、標準原液とした。この液2mLを正確に量り、溶媒を留去した。0.5mol/L水酸化カリウムのエタノール(99.5)/トルエン/水混液(20:10:1)溶液2mLを加え、超音波を1分間照射した。65℃の恒温槽で3時間加熱し、放冷後、6mol/L塩酸400μLを正確に加え、よく振り混ぜた。
試料溶液及び標準溶液にそれぞれヘキサン1mLを加え、よく振り混ぜた後静置し、上層(有機層)をサンプル瓶に移した。同操作を、ヘキサン2mLずつを用いて、更に2回繰り返した。
集めた上層に水1mL加え、よく混ぜ、遠心分離を行ったのち、水層(下層)を除去した。前記操作を更に1回繰り返した。遠心型エバポレーターを用いて上層の溶媒を留去した。
残渣にヘキサン/メタノール混液(19:1)2mLを正確に加えて溶かし、トリメチルシリルジアゾメタン(10%ヘキサン溶液)50μLを加え、25℃で30分以上放置したのち、溶媒を留去した。これらにヘキサン600μLを正確に加えてそれぞれ試料溶液及び標準溶液として分析に供した。
(2)分析
試料溶液及び標準溶液の各50μLをBCG−CWSのHPLCと同じ試験条件で分析した。試料溶液のクロマトグラムからミコール酸に由来する複数ピークの面積を求め、試料溶液のサブミコール酸の合計面積に対する各サブミコール酸のピークの面積百分率を求めた。
(3)結果
試料溶液のミコール酸の溶出パターン及び各サブミコール酸のピーク面積の百分率を標準溶液と比較し、同様の位置に同様の強度のピークを認め、各サブミコール酸が同様の面積百分率を有することを確認した。上記のように、BCG−CWSを有効成分として含有する医薬品の原料となるBCG菌・東京株の菌体について、同定することができた。
【0020】
実施例3 凍結乾燥製剤の分析例
(1)溶液の調製
参考例1に記載された方法で調製したBCG-CWS凍結乾燥製剤の被験サンプル10本をとり(又はCWS量に換算して各1.2mg相当量ずつを10本(計12mg))、水100μL及び0.5mol/L水酸化カリウムのエタノール(99.5)/トルエン/水混液(20:10:1)溶液2mLを加え、タッチミキサーを用いて均一に分散されるまで激しく振り混ぜた。別に、BCG-CWS凍結乾燥製剤の標準品約60mgを精密に量り、ヘプタン/エタノール(99.5)混液(9:1)を加えて正確に10mLとし、超音波を30分間照射し、標準原液とした。この液2mLを量り、溶媒を留去した。標準原液に水酸化カリウムの0.5mol/Lエタノール(99.5)/トルエン/水混液(20:10:1)溶液2mLを加え、タッチミキサーを用いて均一に分散されるまで激しく振り混ぜた。65℃の恒温槽で3時間加熱し、放冷後、それぞれに6mol/L塩酸400μLを正確に加え、よく振り混ぜた。さらにヘキサン1mLを加え、よく振り混ぜた後静置し、上層(有機層)をサンプル瓶に移した。同操作を、ヘキサン2mLずつを用いて、更に2回繰り返した。
凍結乾燥製剤10本分の上層をまとめ、水1mL加え、よく混ぜ、遠心分離を行ったのち、水層(下層)を除去した。前記操作を更に1回繰り返した。遠心型エバポレーターを用いて上層の溶媒を留去した。
残渣にヘキサン/メタノール混液(19:1)2mLを正確に加えて溶かし、トリメチルシリルジアゾメタン(10%ヘキサン溶液)200μLを加え、25℃で30分以上放置したのち、溶媒を留去した。これらにヘキサン600μLを正確に加えてそれぞれ試料溶液及び標準溶液として分析に供した。
以下、実施例1と同様に加水分解を行い、ミコール酸を溶媒抽出し、メチル化を行った。
(2)分析
試料溶液及び標準溶液の各 50μLをHPLCにて以下の条件で分析した。
試料溶液のクロマトグラムからミコール酸に由来する複数ピークの面積を求め、試料溶液のサブミコール酸の合計面積に対する各サブミコール酸のピークの面積百分率を求めた。
(3)結果
試料溶液のミコール酸の溶出パターン及び各サブミコール酸のピーク面積の百分率を標準溶液と比較し、同様の位置に同様の強度のピークを認め、各サブミコール酸が同様の面積百分率を有することを確認した。
上記のように、BCG−CWSを有効成分として含有する医薬品について、各製造ロットを同定できる。
【0021】
実施例4 BCG−CWSの菌株の同定
実施例1と同様の方法でBCG菌東京株のCWSと、BCG菌東京株、BCG菌パスツール株、BCG菌ロシア株、BCG菌デンマーク株及びBCG菌ブラジル株の、ミコール酸の溶出パターンをHPLCで分析した。結果を図1〜6に示した。
図1〜6からわかるように、BCG菌の株の種類によって、含まれるミコール酸の分子種及びミコール酸分子の量比が異なり、クロマトグラムで判別でき、更にBCG菌とそのCWSのクロマトグラムから由来菌株を同定できることが明らかとなった。
【0022】
参考例1 BCG−CWS凍結乾燥製剤
菌体成分としてBCG−CWS2640mgを用いて、スクワラン35.2gおよび10%エタノール/90%ヘプタン400mLの混合液に加え、振とうあるいは超音波により室温で分散した。その後、窒素気流下60℃に加熱し、攪拌下溶媒を留去した。ついで、0.02w/w%ポリソルベート80水溶液924gを添加し、ホモミキサーを用いて粗乳化(7,000rpm(逆回転)/min×5分間)を行い、さらに、36.6gの10w/w%ポリソルベート80水溶液を添加し本乳化(12,000rpm(正転)/min×10分間)を行った。最後に、1.5gの10w/w%ポリソルベート80溶液を添加混合し攪拌(7,000rpm(逆回転)×1分間)し、ポリソルベート80最終濃度を0.4w/w%に調整し、水中油型エマルジョンを得た。その後、4w/w%マンニトール水溶液3500gを添加し、4000gの最終製剤を得た。
この水中油型エマルション製剤をバイアルに2mLずつ分注し、凍結乾燥を行ってBCG−CWS凍結乾燥製剤を得た。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】BCG菌東京株由来CWSのミコール酸メチルを示すクロマトグラムである。
【図2】M.bovis BCG菌東京株由来ミコール酸メチルのクロマトグラムである。
【図3】M.bovis BCG菌パスツール株由来ミコール酸メチルのクロマトグラムである。
【図4】M.bovis BCG菌ロシア株由来ミコール酸メチルのクロマトグラムである。
【図5】M.bovis BCG菌デンマーク株由来ミコール酸メチルのクロマトグラムである。
【図6】M.bovis BCG菌ブラジル株由来ミコール酸メチルのクロマトグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミコール酸の分析方法であって、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする方法;
(1)ミコール酸をエステル化する工程、
(2)前記(1)でエステル化されたミコール酸を、順相高速液体クロマトグラフィーにより分析する工程、
(3)前記(2)の分析結果に基づき、ミコール酸の種類及び量を同定する工程。
【請求項2】
順相高速液体クロマトグラフィーにおける担体がシリカゲルであり、溶媒がヘキサン及び酢酸エチルである、請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
順相高速液体クロマトグラフィーにおいて、シリカゲルの粒子径が3μm〜20μmである請求項2に記載の同定方法。
【請求項4】
順相高速液体クロマトグラフィーにおいて、内径1mm〜10mm、長さ3cm〜30cmのカラムを用いることを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の分析方法。
【請求項5】
サブミコール酸が分離同定されることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の分析方法。
【請求項6】
サブミコール酸がα−ミコール酸、メトキシミコール酸又はケトミコール酸である、請求項5に記載の分析方法。
【請求項7】
細菌または細菌の細胞壁骨格成分の菌種・菌株の同定方法であって、以下の工程(1)〜(3)を含むことを特徴とする方法;
(1)細菌または細菌の細胞壁骨格成分中に含まれるミコール酸を、分離・抽出してミコール酸画分を調製する工程、
(2)請求項1〜6のいずれかに記載の分析方法で、前記(1)のミコール酸画分における、ミコール酸を分析する工程、
(3)(2)の分析結果に基づき、細菌または細菌の細胞壁骨格成分の菌種・菌株を同定する工程。
【請求項8】
細菌がミコバクテリウム属又はノカルジア属の細菌であることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
ミコバクテリウム属の細菌がBCG菌であることを特徴とする、請求項8に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−39720(P2008−39720A)
【公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−217964(P2006−217964)
【出願日】平成18年8月10日(2006.8.10)
【出願人】(000002912)大日本住友製薬株式会社 (332)
【出願人】(593192069)日本ビーシージー製造株式会社 (4)
【Fターム(参考)】