説明

組み換えウイルスおよびその用途

【課題】SARS感染発症の防止に有効性があり安全性の高い組み換えウイルス、およびこれを含むSARSコロナウイルス用ワクチンを提供する。
【解決手段】本発明にかかる組み換えウイルスは、SARSコロナウイルス遺伝子を発現することができる。本発明にかかるSARSコロナウイルス中和用ワクチンは、上記本発明の組み換えウイルスを含むものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SARSコロナウイルス遺伝子を発現することができる組み換えウイルス、および当該ウイルスの用途に関する。詳しくは、現在の医療行政上、最も重要かつ緊急課題となったSARS感染症に対する予防医学的研究開発により見出された、組み換えウイルス、およびそれを用いたSARSコロナウイルス用ワクチンに関する。
【背景技術】
【0002】
2003年2月に中国広東省広州から拡がったSARS (新型肺炎・重症急性呼吸器症候群(Severe Acute Respiratory Syndrome))コロナウイルス(SARS-CoV)の世界的流行は、大都市における新興ウイルス感染症の脅威と、そのような感染症に対する予防医学的対策の日常化が非常に重要であることを如実に示すものであった。世界における大都市内あるいは大都市間における交通システム等の発達は、この様な惨禍がいつ降りかかってきてもおかしくはない危機的状況にあるといっても過言ではない。
【0003】
SARS-CoVの感染から発症に至る過程については、未だ解明されていない。現在のところその対策は感染者の隔離のみであるが、感染者の血清で発症が予防できることが明らかとなり、SARS-CoVの感染発症においてもワクチンの有効性が示された(例えば、非特許文献1参照)。よって、現在の医療行政上、最重要かつ緊急の課題となっている、SARS感染発症に対するより安全で有効性の高いワクチンの早期開発・生産が強く望まれている。
【0004】
各種ワクチンの中でも生ワクチンは特に有効なものの一つであるが、一般に、新興ウイルスの弱毒性ワクチンを開発するには非常に長い期間が必要となることが知られており、これはSARS-CoVに関しても同様であると考えられる。このような場合に採られる手法としては、生ワクチンとしての「組み換えワクシニアウイルス」を作製するという、遺伝子工学的手法がよく知られている。例えば、本発明者が開発した、狂犬病ウイルス用やリンダペスト用の組み換えワクシニアウイルスが知られており(例えば、非特許文献2参照)、既にこれらは野外試験等において、優れた感染発症予防効果を発揮することが実証されている。
【0005】
組み換えワクシニアウイルスの作製に用いる組み換え母体(ワクシニアウイルス)としては、安全性の確立されているワクチン株である必要があるが、そのようなワクチン株としては、ワクシニアウイルスLC16m8株(例えば、非特許文献3参照)が知られている。LC16m8株は、リスター株から分離されたものであって、実際に予防ワクチンとしての投与実績があり、かつ安全性および有効性が確認されており、現在一般的に製造されている唯一のワクチン株である。
【0006】
また、本発明者は、リンダペストやHIV等に対する組み換えワクシニアウイルスの研究開発の過程で、抗体産生能および細胞性免疫の誘導能を非常に高めることのできる遺伝子発現プロモーターの開発に成功した。具体的には、プラスミドベクターpSFJ1-10やpSFJ2-16が挙げられる(例えば、非特許文献4参照)。
【非特許文献1】Li Y, Xu J, Mo HY, et al., Zhongguo Wei Zhong Bing Ji Jiu Yi Xue., 2004, vol.16, p.409-412
【非特許文献2】Tsukiyama K, Yoshikawa Y, Kamata H et al., Arch. Virol., 1989, vol.107, p.225-235
【非特許文献3】Sugimoto M, Yasuda A, Miki K et al., Microbiol Immunol., 1985, vol.29, p.421-428
【非特許文献4】Jin N-Y, Funahashi S and Shida H, Arch. Virol., 1994, vol.138, p.315-330
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、SARS感染発症の防止に有効性があり安全性の高い組み換えウイルス、およびこれを含むSARSコロナウイルス用ワクチンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、これまで長年携わってきたポリオウイルス、リンダペストウイルスおよびC型肝炎ウイルス等のウイルス感染症に対する研究から得た経験を基礎とし、また、リンダペスト用生ワクチン等の開発に成功した実績を生かして、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った。その結果、SARSコロナウイルスのタンパク質をワクシニアウイルスゲノムから発現させることに成功し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
(1) SARSコロナウイルス遺伝子を発現することができる、組み換えウイルス。
【0010】
上記(1)の組み換えウイルスは、上記SARSコロナウイルス遺伝子が、例えば、少なくとも当該ウイルスの構造タンパク質遺伝子を含むものであってもよいし、上記構造タンパク質遺伝子が、例えば、少なくとも当該ウイルスのスパイクタンパク質遺伝子を含むものであってもよい。さらに、上記(1)の組み換えウイルスは、例えば、擬似SARSコロナウイルス粒子を産生することができるものであってもよいし、ワクシニアウイルスの形質転換体であってもよいし、当該ワクシニアウイルスがLC16m8株であるものであってもよい。さらに、上記(1)の組み換えウイルスは、上記SARSコロナウイルス遺伝子が、例えば、上記ワクシニアウイルスのゲノム中のHA遺伝子領域内に挿入されているものであってもよいし、あるいは、ハイブリッドプロモーターの下流に位置するように、上記ワクシニアウイルスのゲノム中に挿入されているものであってもよい。
(2) 上記(1)の組み換えウイルスを含むものである、SARSコロナウイルス用ワクチン。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、SARS感染発症の防止に有効性があり安全性の高い新規な組み換えウイルス、およびこれを含むSARSコロナウイルス用ワクチンを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明にかかる組み換えウイルスおよびその用途について詳しく説明するが、本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施し得る。

1.組み換えウイルス
本発明にかかる組み換えウイルスは、SARSコロナウイルス遺伝子を発現することができるウイルスである。
【0013】
本発明の組み換えウイルスは、限定はされないが、組み換え母体をワクシニアウイルスとし、そのゲノム中にSARSコロナウイルス遺伝子がタンパク質発現をし得るように組み込まれた、いわゆる組み換えワクシニアウイルス(母体ワクシニアウイルスの形質転換体)であることが好ましい。ワクシニアウイルスとは、一般に、動物個体(動物細胞)中での増殖は可能であるが、神経細胞における増殖性が極めて低い「弱毒株」のことである。
【0014】
上記組み換え母体となるワクシニアウイルスとしては、限定はされないが、例えば、ワクシニアウイルスLC16m8株、Wyeth株およびリスター株等が挙げられ、なかでも、神経細胞での増殖性が極めて低いワクシニアウイルスLC16m8株が好ましい。LC16m8株は、日本では痘瘡ワクチンとして認可されているものであり、約10万人の小児に接種の結果、重篤な副作用は発生しておらず(厚生省種痘研究班研究報告,臨床とウイルス,vol.3,No.3,p269 (1975))、さらに免疫誘導能に関しては、親株であるLister株と同等であることが報告されており(Morita M, Suzuki K, Yasuda A, et al., Vaccine, 1987, vol.5, p.65-70)、安全で且つ効果的なワクチン株であるからである。よって、本発明の組み換えワクシニアウイルスは、LC16m8株の形質転換体であることが好ましい。
【0015】
SARSコロナウイルスは、29751baseのss-RNAからなるゲノムを有するRNAウイルスであり、当該ss-RNAに対応する全DNA塩基配列が“GenBank No. NC_004718”に示されている。同時に、SARSコロナウイルスの各種タンパク質をコードする配列部分も示されている。
【0016】
本発明の組み換えウイルスにおいては、そのゲノムに組み込まれるSARSコロナウイルス遺伝子はDNA遺伝子である。当該DNA遺伝子としては、例えば、上記ss-RNAを単離し逆転写酵素を用いて全長cDNAを得、これを鋳型として所望のタンパク質遺伝子部分をPCRで増幅し回収したDNA断片が用いられ得る。なお、当該DNA断片の塩基配列中には、組み換え母体とするワクシニアウイルスにおいて転写終結シグナルと認識される塩基配列を含む場合があり(例えば“TTTTTNT”等)、そのまま当該ウイルスゲノム中に組み込まれるとタンパク質の発現が低下する。このような場合は、ゲノムに組み込む前に、予め、転写終結シグナルとなる塩基配列の一部に変異(silent mutation)を導入しておくこと等が好ましい。なお、当該変異の導入は、公知の部位特異的突然変異誘発法(例えば、Quick-changeキット(Strategene社製、型番:200523)等)を用いて行うことができる。
【0017】
本発明の組み換えウイルスにおいて発現され得るSARSコロナウイルス遺伝子としては、具体的には、当該ウイルスの構造タンパク質遺伝子および非構造タンパク質遺伝子があるが、少なくとも構造タンパク質遺伝子を含むものであることが好ましい。本発明においては、構造タンパク質遺伝子とは、転写・翻訳を受け、構造タンパク質のアミノ酸配列を規定している遺伝子であり、当該構造タンパク質とは、生体内で構造や形態等を形成・保持することがその機能であるタンパク質を意味する。また、非構造タンパク質遺伝子とは、転写・翻訳を受け、非構造タンパク質のアミノ酸配列を規定している遺伝子であり、当該非構造タンパク質とは、生体内で上記構造遺伝子が有する機能以外の機能を発揮し得るタンパク質を意味する。
【0018】
SARSコロナウイルスの構造タンパク質遺伝子としては、例えば、スパイクタンパク質(Sタンパク質)遺伝子、メンブレンタンパク質(Mタンパク質)遺伝子、エンベロープタンパク質(Eタンパク質)遺伝子、ヌクレオキャプシドタンパク質(Nタンパク質)遺伝子等が挙げられ、なかでも特に、少なくともSタンパク質遺伝子を含むもの(すなわちSタンパク質遺伝子を必須とするもの)であることがより好ましい。少なくともSタンパク質遺伝子から発現されるSタンパク質を抗原とすると、免疫誘導性に非常に優れた組み換えウイルスとなるからである。
【0019】
上記構造タンパク質遺伝子が、少なくともSタンパク質遺伝子を含むものである場合は、Sタンパク質遺伝子のみであっても、Sタンパク質遺伝子と他の構造タンパク質遺伝子とを組み合わせて含むものであっても、同様に好ましい。後者の場合、他の構造タンパク質遺伝子としては、例えば、Nタンパク質遺伝子、Mタンパク質遺伝子およびEタンパク質遺伝子等が好ましく、後述するように、擬似SARSコロナウイルス粒子を産生し得るような組み合わせも好ましい形態の一つである。
【0020】
また、SARSコロナウイルスの非構造タンパク質遺伝子としては、例えば、ヘリカーゼやプロテアーゼ等が挙げられる。
【0021】
本発明の組み換えウイルスは、限定はされないが、擬似SARSコロナウイルス粒子を産生することができるものであることが好ましい。当該擬似ウイルス粒子を抗原とすることにより、免疫誘導性に非常に優れた組み換えウイルスが得られることが期待できる。
【0022】
擬似SARSコロナウイルス粒子とは、詳しくは、SARSコロナウイルス特有の病原性を有するウイルス粒子ではなく、当該病原性を有さないが例えば構造的な観点で見れば当該ウイルス粒子と擬制できるものを意味する。
【0023】
本発明の組み換えウイルスが、擬似SARSコロナウイルス粒子を産生し得るものであるためには、SARSコロナウイルス遺伝子が、その構造タンパク質遺伝子のうち、少なくともNタンパク質遺伝子、Mタンパク質遺伝子およびEタンパク質遺伝子を含むものであり、これら遺伝子がウイルスゲノム中に組み込まれ、各遺伝子に対応するタンパク質を発現し得る状態となっていることが必要とされる。
【0024】
本発明の組み換えワクシニアウイルスの作製は、限定はされず、常用の相同組み換え法を用いて行うことができる。
【0025】
例えば、「組み換え母体とするワクシニアウイルスゲノム中(好ましくは当該ウイルスの増殖のために必須でない遺伝子(遺伝子aと称する)の配列中)に、外来遺伝子(SARSコロナウイルス遺伝子)およびそれを発現させ得るプロモーターが挿入されてなるDNA配列」を含むプラスミドベクターを構築する。次いで、このプラスミドベクターと母体ワクシニアウイルスとの相同組み換えにより、結果として、母体ワクシニアウイルスゲノム中(好ましくは遺伝子aの配列中)に上記プロモーターおよびSARSコロナウイルス遺伝子が挿入された、組み換えワクシニアウイルスを作製することができる。上記相同組み換えは、常用のトランスフェクション法により行うことができる。母体ワクシニアウイルスを、予め培養された動物細胞(例えば、サル腎臓細胞CV-1やウサギ腎臓細胞RK13等)に感染させた後、リン酸カルシウム法等によりプラスミドベクターを感染細胞中にトランスフェクトし、候補組み換えウイルスを得る。次いで、この候補組み換えウイルスの中から、各種選択方法や確認試験を行い、目的の組み換えワクシニアウイルスを得るようにする。
【0026】
具体的には、例えば、LC16m8株等の母体ワクシニアウイルスゲノム中の上記遺伝子aとしては、「ヘマグルチニン(HA)遺伝子」を選択することが好ましい。例えば、LC16m8株等のゲノムにおいては、一般に、外来遺伝子等の挿入部位としては、HA遺伝子領域以外の領域ではチミジンキナーゼ(TK)遺伝子領域がよく利用されるが、TK遺伝子領域に外来遺伝子等を挿入すると、TKタンパク質の発現欠損により組み換えワクシニアウイルスの増殖性が低下する。一方、HAタンパク質の発現欠損では増殖性にはほとんど影響が無いので、母体ワクシニアウイルスとするLC16m8株等が本来有する有用性等を十分に生かすことができる。また、LC16m8株等のゲノム中のHA遺伝子領域が、相同組み換えにより、外来遺伝子等が挿入された領域に変わると、HAタンパク質は発現されず、HAタンパク質の特性である赤血球凝集反応が起こらない。トランスフェクション後の候補組み換えウイルスを、単層(mono layer)の動物細胞(例えばRK13細胞等)に感染させ、プラークを形成させた後、赤血球(例えばニワトリ赤血球)溶液を添加したときに、赤血球凝集反応が認められないプラーク(すなわちホワイトプラーク(HA-))を選別回収すれば、目的の相同組み換えがなされた組み換えワクシニアウイルスを、容易に且つ効率的にスクリーニングすることができる。
【0027】
相同組み換えに用いるプラスミドベクターとしては、前述した特徴を有するDNA配列を含むものであればよく、限定はされない。一般には、常用の遺伝子組み換え法に従い、公知のプラスミドベクターを母体とし、前述した特徴を有するDNA配列を挿入して構築したものや、最終的に当該DNA配列が挿入された状態になるように適宜必要なDNA配列のみ挿入して構築したものを用いる。母体となるプラスミドベクターとしては、例えば、pSFJ1-10(Arch. Virol., 1994, vol.138, p.315-330、特開平6-237773号公報(実施例1〜3))や、pSFJ2-16等が挙げられる。なかでも、pSFJ1-10が好ましい。
【0028】
プラスミドベクターpSFJ1-10は、「前記遺伝子aに相当するLC16m8株のヘマグルチニン(HA)遺伝子領域内に、“ポックスウイルスA型封入体(ATI)プロモーター”および“複数反復するワクシニアウイルスLC16m8株7.5 kDaタンパク質(p7.5)の発現変異プロモーター”から構成されるハイブリットプロモーターと、マルチクローニングサイトとを有するDNA配列」を含む構成をしたプラスミドベクターである。このプラスミドベクターを用いた場合は、上記ハイブリッドプロモーターの下流に位置するマルチクローニングサイト中の所望の制限酵素サイトに、目的のSARSコロナウイルス遺伝子を挿入した、組み換えベクターを構築できる(図1参照)。また、この組み換えベクターを用いた相同組み換えを行い、SARSコロナウイルス遺伝子を、上記ハイブリットプロモーターの下流に位置するように(詳しくは、上記ハイブリットプロモーターとともに)母体ワクシニアウイルスのゲノム中(HA遺伝子領域内)に挿入することにより、挿入したSARSコロナウイルス遺伝子に対応するタンパク質を、組み換えワクシニアウイルスの感染前期から後期まで、継続的かつ大量に、しかも完全な糖鎖修飾を受けた形で発現させることができる。

2.SARSコロナウイルス用ワクチン
本発明にかかるSARSコロナウイルス用ワクチンは、上記本発明の組み換えウイルスを含むものである。本発明の組み換えウイルスは安全であるため、SARSコロナウイルス用ワクチンは、SARS感染を事前に防ぐことを目的とする予防剤としてのみならず、SARS感染後の症状軽減を目的とした治療剤としても使用することができる。
【0029】
SARSコロナウイルス用ワクチンは、生ワクチンとして使用できるよう、一般には、本発明の組み換えウイルス以外に他の成分も含むものである。他の成分としては、例えば、水;少なくとも1種の油(可能であればその乳化系)を含む油相;糖またはグリセロールと脂肪酸との縮合により得られるエステル;当該エステルの誘導体を含む乳化系等が挙げられる。これらは1種のみ用いてもよいし2種以上を併用してもよい。
【0030】
SARSコロナウイルス用ワクチンにおいて、本発明の組み換えウイルスの含有割合は、限定はされず、SARS予防剤およびSARS治療剤のいずれに使用する場合でも、一般には、30%以上であることが好ましく、より好ましくは50%以上、さらに好ましくは80%以上である。当該含有割合が上記範囲内であると、効率よく宿主の免疫能を高め、中和抗体価や細胞障害性を増強することができる等の利点がある。
【0031】
SARSコロナウイルス用ワクチンの接種形態は、限定はされず、SARS予防剤およびSARS治療剤のいずれに使用する場合でも、一般には、経皮接種(好ましくは皮内接種)や筋肉内接種や経鼻接種であるが、限定はされず、例えば、経口接種等であってもよい。
【0032】
SARSコロナウイルス用ワクチンの用法としては、限定はされず、SARS予防剤およびSARS治療剤のいずれに使用する場合でも、例えば、注射剤(皮下注射剤等)、筋肉内注射剤、経口剤、経口噴霧剤、経鼻噴霧剤等が挙げられ、なかでも注射剤が好ましい。
【0033】
SARSコロナウイルス用ワクチンを注射剤として使用する場合の用量は、限定はされないが、SARS予防剤およびSARS治療剤のいずれに使用する場合でも、例えば、102〜1010PFU/bodyが好ましい。
【0034】
SARSコロナウイルス用ワクチンを経口剤として使用する場合の用量は、限定はされないが、SARS予防剤およびSARS治療剤のいずれに使用する場合でも、例えば、104〜1012PFU/bodyが好ましい。

以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下では、便宜上、「重量%」を「wt%」と記すことがある。
【実施例1】
【0035】
組み換えワクシニアウイルス(RVV-S)の作製
まず、Sタンパク質遺伝子の単離調製を以下のようにして行った。SARSコロナウイルスを動物細胞(Vero細胞)中で増殖させた後、常法に従い、全長RNA(complete genome,29751base,ss-RNA)を抽出単離して逆転写酵素によりcDNAを合成した。次いで、Sタンパク質遺伝子(“GenBank No. NC_004718”に示されているSARSコロナウイルスの全塩基配列中の21482〜25259の配列)に特異的な配列番号1,2のプライマーを用い、上記cDNAを鋳型としてPCRを行った。なお当該PCRでは、反応液組成は、市販のポリメラーゼに添付の緩衝液50μLに対しDNAポリメラーゼ1U、dNTP0.3mM、Fプライマー1μM、Rプライマー1μMとし、サイクル条件は、融解を95℃で0.5分、アニーリングを58℃で0.5分、伸長を72℃で2分とするサイクルを25サイクルとした。
【0036】
Fプライマー(配列番号1):
5'-GGGCGGCGAATTCCTAAACGAACATGTTTATTTTCTTATTATTTCTTACTCTC-3'
Rプライマー(配列番号2):
5'-GGGCGGCGAATTCTTATGTGTAATGTAATTTGACACCCTTGAG-3'
さらに、上記Sタンパク質遺伝子には“TTTTTNT”という配列が2ヵ所存在している。この配列はワクシニアウイルス中では前期プロモーターの転写終結シグナルとなるため(Virol., 1991, vol.185, p.432-436参照)、Sタンパク質のアミノ酸配列が変化しないように“TTTTTNT”配列の一部を含むコドン中の塩基に変異(silent mutation)を導入した。具体的には、Quick-changeキット(Strategene社製)を用いて、22569〜22575の塩基配列“TTTTTTT”を“TTCTTCT”にし、25580〜25586の塩基配列“TTTTTGT”を“TCTTCGT”にした。
【0037】
次に、プラスミドベクターpSFJ1-10(Arch. Virol., 1994, vol.138, p.315-330、特開平6-237773号公報(実施例1〜3))を用意した。pSFJ1-10は、ワクシニアウイルスLC16m8株のヘマグルチニン(HA)遺伝子領域内に「ポックスウイルスA型封入体(ATI)プロモーター」および「複数反復するワクシニアウイルスLC16m8株7.5 kDaタンパク質(p7.5)の発現変異プロモーター」から構成されるハイブリットプロモーターとマルチクローニングサイトとを有する、プラスミドベクターである。このハイブリットプロモーターにより発現されるタンパク質は、ワクシニアウイルス感染前期から後期まで完全な糖修飾を受けた形で大量に発現する。
【0038】
遺伝子組み換え技術の常法に従い、pSFJ1-10のマルチクローニングサイトにあるKpnIサイトに、SARSコロナウイルスのSタンパク質遺伝子を組み込むことで、pSFJ1-10のヘマグルチニン(HA)遺伝子領域内のATI・p7.5ハイブリットプロモーター下流にSタンパク質遺伝子が挿入された、新規なプラスミドベクターpSFJ1-10-SARS-Sを作製した(図1参照)。
【0039】
次に、RK13細胞(本実施例では、当該および以下の「RK13細胞」に代えて「初代腎培養細胞」を用いてもよい。)をT175フラスコに播種し、コンフルエントな状態に達したところで、ワクシニアウイルスLC16m8株をmoi=10、30℃で2時間感染させた。感染後、ウイルス溶液を吸引除去し、細胞をPBS(−)で洗浄した。
【0040】
その後、上記細胞に0.05%トリプシン/0.5mM EDTA/PBS(−)溶液を10mL添加し、当該細胞を37℃で1分間インキュベーションした後、10%FCS/MEM培地、PBS(−)、HeBS bufferで洗浄し、HeBS buffer 600μL中に懸濁して細胞懸濁液とした。
【0041】
プラスミドベクターpSFJ1-10-SARS-S 40μgをHeBS bufferで希釈して全量が200μLになるようにし、上記細胞懸濁液に加えて混和し、氷上で10分間静置した。この細胞懸濁液を0.4cmキュベットに移し、エレクトロポレーター(Bio-Rad社製、製品名:Gene-Pulser)を用いてエレクトロポレーション(0.2kV、960F)を行った。
【0042】
エレクトロポレーション後、直ちに、細胞懸濁液に10%FCS/MEM培地1mLを加え、これを、別途予めT175フラスコに播種しておいたRK13細胞に添加し、30℃で24時間培養した。
【0043】
培養後、細胞をスクレーパーで剥がして、細胞懸濁液とした。この細胞懸濁液を回収し、冷水(約4℃)中において超音波処理(30秒間×4回)を行った後、遠心分離(2000rpm、10分間)した。遠心分離後の上清をウイルス溶液とした。このウイルス溶液を10%FCS/MEM培地1.9mLで希釈し、予め別途100mmディッシュに播種しておいたRK13細胞に添加して、30℃で1時間感染させた。その後、ウイルス溶液を吸引除去した後、PBS(−)で細胞を洗浄し、10%FCS/0.5%メチルセルロース/MEM培地10mLを加え、30℃で72時間培養した。
【0044】
培養後、上清を吸引除去し、PBS(−)で細胞を洗浄した。PBS(+)で希釈したニワトリ赤血球溶液(濃度:0.5%)10mLを、100mmディッシュに添加し、37℃で30分間培養した。その後、赤血球溶液を吸引除去し、細胞をPBS(−)で2回洗浄した。
【0045】
洗浄後、ニワトリ赤血球が吸着していないプラークをピペットマンを用いて回収した。詳しくは、ワクシニアウイルスLC16m8株のHA遺伝子領域が、pSFJ1-10-SARS-Sが関与する相同組み換えにより、Sタンパク質遺伝子が挿入された領域になると、HAタンパク質が発現されず、HAタンパク質の特性である赤血球凝集反応を起こさない。よって、ニワトリ赤血球溶液の添加後、赤血球凝集反応が認められないプラーク、すなわちホワイトプラークを選別すれば、Sタンパク質遺伝子が導入された目的の組み換えワクシニアウイルスを効率的に回収することができる。
【0046】
回収したプラーク中のウイルスについて、後述する方法と同様にして、PCRおよびプラークハイブリダイゼーションによるSタンパク質遺伝子の導入確認をした。遺伝子導入が確認されたウイルスについては、上記プラーク精製を3回繰り返した。
【0047】
3回目に得たプラークを10%FCS/MEM培地700μLに懸濁し、冷水中で超音波処理(30秒間×4回)を行った。遠心分離(2000rpm、10分間)を行った後、上清500μLを、予め別途T25フラスコに播種しておいたRK13細胞に添加し、30℃で2時間感染させた。感染後、ウイルス溶液を吸引除去し、細胞を10%FCS/MEM培地2.5mLで洗浄した。培地を吸引除去し、新たに10%FCS/MEM培地2.5mLを添加し、30℃で72時間培養した。
【0048】
培養後、スクレーパーを用いて細胞をフラスコからはがし、細胞懸濁液を回収した。この細胞懸濁液を冷水中で超音波処理(30秒間×4回)した後、遠心分離し、その上清をウイルス溶液として回収した。
【0049】
回収したウイルス溶液は、段階希釈して、予め別途6ウェルプレートに播種しておいたRK13細胞に添加し、30℃で1時間感染させた。その後、ウイルス溶液を吸引除去し、細胞をPBS(−)で2回洗浄した後、10%FCS/0.5%メチルセルロース/MEM培地2mLを添加して、30℃で72時間培養した。
【0050】
培養後、ウェル中に形成されるプラーク数をカウントすることによりタイターを算出した。原液のタイター(PFU/mL)は、ウェル中のプラーク数に希釈倍率を掛けて元の原液1mLに含まれるPFUを算出することで求められる。
【0051】
この算出したタイターをもとに、PFU数とT175フラスコ中の細胞数からmoiを調整し、以下に記述するように大スケール培養を行った。
【0052】
T175フラスコ10個に、RK13細胞を播種し、コンフルエントな状態に達したところで、組み換えワクシニアウイルス溶液をmoi(multiplicity of infection(細胞一個あたりのPFU))=0.1、30℃で2時間感染させた。感染後、ウイルス溶液を吸引除去し、20mLの10%FCS/MEM培地で細胞を洗浄した。培地を吸引除去し、新たに10%FCS/MEM培地20mLを添加し、30℃で72時間培養した。
【0053】
培養後、スクレーパーを用いて細胞をフラスコからはがし、細胞懸濁液を回収し、−80℃で凍結保存した。凍結融解を3回繰り返した後、細胞懸濁液を冷水中で超音波処理(30秒間×4回)し、遠心分離(2000rpm、10分間)を行った後、その上清をウイルス溶液として回収した。
【0054】
回収したウイルス溶液を高速遠心用チューブに充填し、遠心分離(18000rpm、45分間)を行い、ウイルスを沈殿させた。上清を吸引除去した後、ペレット(ウイルス)を少量のMEM培地で再度懸濁させた。この操作により、T175フラスコでの培養時に比べ10倍濃縮のウイルス溶液を調製することができた。
【0055】
この濃縮ウイルス溶液を段階希釈し、前述した方法と同様にしてタイターを算出した。
【0056】
タイター測定を行った組み換えワクシニアウイルスについて、以下の確認実験および評価を行った。
<PCRによるSタンパク質遺伝子の導入確認>
Sタンパク質遺伝子に特異的な配列番号3,4のプライマーを用い、得られた組み換えワクシニアウイルスゲノムを鋳型として、PCRを行うことにより、当該ウイルスゲノム中にSタンパク質遺伝子が導入されているか確認した。
【0057】
Fプライマー(配列番号3):5'-GGCTATGGCTGTCTTTCCTG-3'
Rプライマー(配列番号4):5'-CAAGCGAAAAGGCATCAGATATG-3'
具体的には、反応液組成は、市販のポリメラーゼに添付の緩衝液50μLに対しDNAポリメラーゼ1U、dNTP0.3mM、Fプライマー1μM、Rプライマー1μMとし、サイクル条件は、融解を95℃で0.5分、アニーリングを58℃で0.5分、伸長を72℃で2分とするサイクルを25サイクルとした。
得られたPCR産物を、アガロースゲルを用いて電気泳動して、バンドを確認した。その結果、プライマー設計により予め想定した約300bpの単一のバンドが認められれば、組み換えウイルスゲノム中にSタンパク質遺伝子が導入されていることが分かり、一方、当該バンドが認められなければ、Sタンパク質遺伝子は導入されていないことが分かることになる。
【0058】
図2に見るように、PCR産物(増幅断片)の2wt%アガロースゲル電気泳動の結果、10レーンのサンプルでは、組み換えウイルスゲノム中にSタンパク質遺伝子が導入されていることが分かった。
<プラークハイブリダイゼーションによるSタンパク質遺伝子の導入確認>
動物細胞に感染させ形成されたプラークに対して、Sタンパク質遺伝子に特異的な配列番号5のプローブ(Dig-dUTP付加)と、HA遺伝子に特異的な配列番号6のプローブ(Dig-dUTP付加)を使用し、プラークハイブリダイゼーション法により、得られた組み換えワクシニアウイルスのゲノム中にSタンパク質遺伝子が導入されているか確認した(図3A参照)。
【0059】
Sプローブ(配列番号5):
GACTTCTAACGCCATCGATGTTTAGATCCATCACACAAATACGAT
HAプローブ(配列番号6):
GGTTCTACCATGAACAACAAGTCACAGTCGGTGATTATTATTAAC
具体的には、組み換えウイルス溶液を、予め6ウェルプレートに播種しておいたRK13細胞に添加し、30℃で1時間感染させた。感染後、ウイルス溶液を吸引除去し、PBS(−)により細胞を2回洗浄した。各ウェルに10%FCS/0.5%メチルセルロース/MEM培地2mLを添加し、30℃で72時間培養した。培養後、培地を吸引除去し、PBS(−)により細胞を洗浄した。形成されたプラークをナイロンメンブンレン(Hybond N+)(Amersham社製)にトランスファーし、変性溶液(0.5M NaOH、1.5M NaCl)に7分処理した後、中和溶液(1.5M NaCl、1M Tris-HCl)および2×SSC溶液で洗浄した。トランスファーしたナイロンメンブレンは45分間風乾した後、UV stratalinker 2400(Stratagenes社製)を使用し、Auto closslinkによりUVクロスリンクを行った。ナイロンメンブレン1cm2当りrapid hybri buffer(Amersham社製) 0.15mLを加え、65℃、30分間加温した後、SプローブまたはHAプローブを50μg/mL(最終濃度)で加えた。ハイブリダイゼーションは95℃で10分間加温した後、1分間に1℃ずつ、37℃まで低下させて行った。2×SSC、1×SSC、0.1×SSCで洗浄後、1%Blocking Reagent(Roche社製)で30分間ブロッキングした。アルカリフォスファターゼ標識抗Dig抗体を0.2μg/mL(最終濃度)で加えて30分間処理した後、洗浄した。発色はNBT及びX-phosphateをにより行った。その結果、Sプローブ処理したナイロンメンブレンにプラーク形状の発色が認められれば、組み換えウイルスゲノム中にSタンパク質遺伝子が導入されていることが分かり、一方、発色がなければ、Sタンパク質遺伝子は導入されていないことが分かることになる。図3Bに見るように、プラークハイブリダイゼーションの結果、サンプル1では、組み換えウイルスゲノム中にSタンパク質遺伝子が導入されていることが分かった。
<ウエスタンブロット法によるSタンパク質の発現確認>
組み換えワクシニアウイルスを、予め6ウェルプレートに播種しておいたRK13細胞に、moi=30、30℃で2時間感染させた。感染後、ウイルス溶液を吸引除去し、PBS(−)により細胞を2回洗浄した。各ウェルに10%FCS/MEM培地2mLを添加し、30℃で24時間培養した。
【0060】
培養後、培地を吸引除去し、Lysis buffer(1%SDS、0.5%NP-40、0.15M NaCl、10mM Tris-HCl(pH7.4))100μLを添加して細胞を溶解させ、その溶液を1.5mLのエッペンドルフチューブに移し入れた。回収した溶液は粘性がなくなるまで冷水中で超音波処理(30秒間×4回)を行った。溶液中のタンパク質量を、Lowry法により定量した。
【0061】
7.5wt%アクリルアミドゲルを用い、上記溶液をサンプルとして電気泳動を行った。電気泳動は、1レーン当たり50μgのタンパク質に対して行った。
【0062】
電気泳動終了後、取り出したゲルに、Semi-dry blotter(BIO-RAD社製、型番:Trans-Blot(登録商標) SD Cell)を用いて5.5mA/cm2で60分間通電し、ゲル中のタンパク質をPVDFメンブレンにトランスファーした。次いで、PVDFメンブレンをTBS-T溶液で洗浄し、5wt%スキムミルク−TBS-T溶液に180分間浸してブロッキングを行った。ブロッキング終了後、PVDFメンブレンをTBS-T溶液で3回洗浄し、一次抗体溶液を添加して反応させた。
【0063】
一次抗体としては、Sタンパク質のアミノ酸配列に基づいて配列番号7,8の2種類のペプチドA,Bを作製し、ウサギに当該ペプチドを免疫して作製した抗血清(SIGMA GENOSYS社製、製品名:ST1168,ST1170)から、Ampure PAキット(Amersham社製、型番:RPN. 1752)を用いProtein Aにより精製して得られた、IgG抗体を使用した。精製した抗体は、Lowry法により定量し、10μg/mLに調製して使用した。
【0064】
ペプチドA(配列番号7):CTDSVRDPKTSEI
ペプチドB(配列番号8):CKFDEDDSEPVLK
一次抗体との反応終了後、PVDFメンブレンをTBS-T溶液で3回洗浄し、二次抗体溶液を添加して反応させた。
【0065】
二次抗体としては、Donkey抗ウサギIgG-linked HRPO(Amersham社製、製品名:NA9340)を使用した。
【0066】
二次抗体との反応終了後、PVDFメンブレンを再度TBS-T溶液で3回洗浄した。その後、ECL溶液をPVDFメンブレンに添加し、3分間露光してフィルムに現像した。
【0067】
その結果、図4に見るように、2,5レーンのサンプルが、組み換えウイルスゲノム中においてSタンパク質(140kD)を発現していることが分かった。
【実施例2】
【0068】
SARSコロナウイルスに対する中和能の評価
<ウイルス接種>
実施例1で得られた組み換えワクシニアウイルスと、ワクシニアウイルスLC16m8株とを、それぞれ、別のウサギ(ニュージーランドホワイト、メス)に1×108PFUで経内皮接種し、1、2、3、4、6週間後にそれぞれ耳静脈から採血を行った。
【0069】
初回ウイルス接種から6週間後、初回と同じウイルスを1×108PFUで再度接種した。再接種後も同様に、1、2、3、4、6週間後にそれぞれ耳静脈から採血を行った。
【0070】
採取した血液は、すべて真空採血管(TERUMO社製、製品名:ベノジェクトII真空採血管(滅菌品)、9mL)にとり、遠心分離(3000rpm、20分間)して血清を分離回収した。血清は、後述するSARSコロナウイルスに対する中和活性試験を行うまで、−20℃に凍結保存した。
<中和能の評価>
中和能の評価に用いる血清サンプルとしては、上記凍結保存しておいた血清を37℃で融解後、56℃で30分間非働化処理を行って得られたものを使用した。
【0071】
Hanoi 01-03株を無血清培地(MEM)で2回継代したSARSコロナウイルス 200 TCID50に対して、血清サンプルを加え、37℃で1時間および4℃で1時間保持した後、予め96ウェルプレートに播種しておいたVero E6細胞に感染させた。
【0072】
感染5日後に、CPE(cytopathic effect)を観察し、各血清サンプルそれぞれの中和能の指標となるNeutralization Titer (NT50)を、目視により測定して評価した。
【0073】
その結果、NT50の値が10以上であれば、その抗血清は中和能を示すことが分かることになる。
【0074】
図5に見るように、実施例1で得られた組み換えワクシニアウイルスを接種したウサギの血清では、接種1週間後という非常に早期の段階からSARSコロナウイルスに対する中和抗体が誘導産生され、有効な中和活性が認められた(NT50=26)。また、3週間後まで中和活性の増強(NT50=114)が認められた。接種後1週間でSARSコロナウイルスに対する中和抗体を誘導産生できるワクチンはこれまでに報告がなく、実施例1で得られた組み換えワクシニアウイルスにより誘導される中和抗体価は、これまで報告されているものの中で最も強く誘導されるものと同等である。また、初回接種の6週間後に再接種した場合、その2週間後の血清では、中和活性が(初回接種の6週間後に比べ)さらに約10倍上昇(NT50=1172)していることが確認された。
【0075】
以上のことから、SARSの再流行という非常事態においても、生ワクチンによる迅速な対応が可能なことが示された。
【0076】
一方、LC16m8株を接種したウサギの血清では、SARSコロナウイルスに対する中和活性は、接種後どの段階においても認められなかった。
【0077】
本実施例以外の形態としては、SARSコロナウイルスのSタンパク質のみならず、複数の構造タンパク質あるいは非構造タンパク質をも同時に発現し得るワクチンも有効と考えられる。本発明者は、4種類の構造タンパク質(Sタンパク質、Mタンパク質、Eタンパク質、Nタンパク質)を発現するように構築した遺伝子発現系においても、Sタンパク質の発現を確認しており、この場合、擬似SARSコロナウイルス粒子の産生も予測されるため、強力なワクチン効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0078】
【図1】実施例1で得られたプラスミドベクター「pSFJ1-10-SARS-S」の概略図である。
【図2】PCRによるSタンパク質遺伝子導入確認の結果を示す、アガロースゲル電気泳動の写真である。
【図3A】プラークハイブリダイゼーションに用いたSプローブおよびHAプローブの結合位置を示す概略図である。
【図3B】プラークハイブリダイゼーションによるSタンパク質遺伝子導入確認の結果を示す、培養プレートの写真である。
【図4】ウエスタンブロット法によるSタンパク質発現確認の結果を示す、PVDFメンブレンの写真である。
【図5】SARSコロナウイルスに対する中和能の評価結果を示すグラフである。X軸はウイルス接種からの期間を示し、Y軸はNT50の測定値を示す。
【配列表フリーテキスト】
【0079】
配列番号1:プライマー
配列番号2:プライマー
配列番号3:プライマー
配列番号4:プライマー
配列番号5:プローブ
配列番号6:プローブ
配列番号7:ペプチド
配列番号8:ペプチド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
SARSコロナウイルス遺伝子を発現することができる、組み換えウイルス。
【請求項2】
前記遺伝子が、少なくともSARSコロナウイルスの構造タンパク質遺伝子を含むものである、請求項1に記載の組み換えウイルス。
【請求項3】
前記構造タンパク質遺伝子が、少なくともSARSコロナウイルスのスパイクタンパク質遺伝子を含むものである、請求項2に記載の組み換えウイルス。
【請求項4】
擬似SARSコロナウイルス粒子を産生することができる、請求項1から3までのいずれかに記載の組み換えウイルス。
【請求項5】
ワクシニアウイルスの形質転換体である、請求項1から4までのいずれかに記載の組み換えウイルス。
【請求項6】
前記ワクシニアウイルスがLC16m8株である、請求項5に記載の組み換えウイルス。
【請求項7】
前記SARSコロナウイルス遺伝子が、前記ワクシニアウイルスのゲノム中のHA遺伝子領域内に挿入されているものである、請求項5または6に記載の組み換えウイルス。
【請求項8】
前記SARSコロナウイルス遺伝子が、ハイブリッドプロモーターの下流に位置するように、前記ワクシニアウイルスのゲノム中に挿入されているものである、請求項5から7までのいずれかに記載の組み換えウイルス。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれかに記載の組み換えウイルスを含む、SARSコロナウイルス用ワクチン。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−101840(P2006−101840A)
【公開日】平成18年4月20日(2006.4.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−296734(P2004−296734)
【出願日】平成16年10月8日(2004.10.8)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成16年9月27日 正文舍印刷株式会社発行の「第8回 日本ワクチン学会・学術集会 プログラム・抄録集」に発表
【出願人】(591063394)財団法人 東京都医学研究機構 (69)
【出願人】(000173555)財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(504205521)国立大学法人 長崎大学 (226)
【出願人】(591222245)国立感染症研究所長 (48)
【出願人】(501005184)株式会社ポストゲノム研究所 (4)
【Fターム(参考)】