説明

組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体と人工酸素運搬体

【課題】酸素結合定数(酸素親和性)を1つしか持たない組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体およびそれを用いた人工酸素運搬体を提供する。
【解決手段】金属ポルフィリンと配位結合するヒスチジンが遺伝子組換え技術により142イソロイシン、185ロイシン、186アルギニン、138チロシン、115ロイシンまたは139ロイシンのいずれか1つを置換して導入され、さらに161チロシンが遺伝子組換え技術によりチロシン以外の疎水性アミノ酸で置換され、加えて金属ポルフィリンの配向を制御するための極性アミノ酸が遺伝子組換え技術により146ヒスチジンまたは190リシンの少なくとも1つを置換して導入された組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体と人工酸素運搬体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒト血清アルブミン(HSA)は、人間の体内において血液、皮膚、細胞間液など多くの場所に分布する分子量66,500の単純蛋白質であり、17個のジスルフィド結合を含む585個のアミノ酸から構成されている。血中ではコロイド浸透圧の維持のほか、各種内因性物質・外因性薬物を運搬、貯蔵、分配する重要な役割を担っている。
【0003】
アルブミンに関する研究は古くから行われているが、X線結晶構造解析によりその三次元構造の全容が明らかにされたのは1989年のことであった(非特許文献1)。その後、1998年にカリーらにより、脂肪酸が7分子結合したアルブミン−脂肪酸複合体の結晶構造が詳細に解明された(非特許文献2)。HSAは三つのドメイン(I、II、III)からなり、それらはさらに二つのサブドメイン(A、B)から構成されている。
【0004】
血漿蛋白質の約60%を占めるこのHSAにヘモグロビン(Hb)のような酸素輸送能を付与することができれば、人工酸素運搬体としての利用価値はきわめて高く、例えば救急医療現場における救命措置に汎用されるだけでも、人類の医療福祉に大きな貢献をもたらすことは間違いない。
【0005】
本発明者らの研究グループは、4つの疎水性置換基と軸塩基配位子を分子内に共有結合した鉄(II)テトラフェニルポルフィリン誘導体が、アルブミンに効率よく包接され、得られたアルブミン−ヘム複合体が、生理条件下(生理塩水中、pH7.3、37℃)でHbやミオグロビン(Mb)と同じように酸素を可逆的に吸脱着できることを見出した(特許文献1、特許文献2、特許文献3)。さらに、その生理食塩水分散液を生体内に投与すると、それが肺から末梢組織へと効率良く酸素輸送できる人工酸素運搬体として機能することが動物実験から実証された。また、赤外吸収、共鳴ラマン、磁気円偏光二色性スペクトルなどから、アルブミン−ヘム酸素配位錯体の電子状態が詳細に解析された(非特許文献3)。
【0006】
しかし、酸素配位活性中心として作用する鉄(II)テトラフェニルポルフィリン誘導体の合成が多段工程からなるため量産が難しいほか、生体内へ投与した後の合成ヘム誘導体の代謝分解過程が不明である等の欠点があった。もし、天然の金属ポルフィリン、例えば鉄(II)プロトポルフィリン、またはその誘導体を血清アルブミンに固定して得たアルブミン−金属ポルフィリン錯体がHbやMbと同様な酸素配位能を発揮することができれば、その生体適合性、生産性は大幅に向上し、極めて有用な生体材料になるものと考えられる。
【0007】
そこで、本発明者らは、軸塩基を金属ポルフィリンの分子内に共有結合させなくとも、アルブミンの鉄(III)プロトポルフィリン結合サイトであるサブドメインIBに、近位塩基として作用するヒスチジンを遺伝子組換え技術により導入し、金属プロトポルフィリンにヒスチジンのイミダゾール基を軸配位させれば、5配位錯体が得られ、そこに酸素通気することにより、HbやMbに見られる酸素配位錯体が生成するのではないかと考えた。
【0008】
このような背景の下、本発明者らの研究グループは、ヒト血清アルブミンの鉄(III)プロトポルフィリン結合サイトであるサブドメインIB内に、近位塩基として作用するヒスチジンを遺伝子組換え技術により導入し、さらに中心鉄に結合している161チロシンを遺伝子組換え技術により疎水的なアミノ酸に置換すると、人工のヘムポケットが構築され、そこに金属プロトポルフィリン誘導体が軸配位結合して、安定な酸素錯体が生成することを見出した(非特許文献4、特許文献4)。活性中心は金属プロトポルフィリンのみならず、広く他の金属ポルフィリンに普遍化できるので、一群の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体が調製され、酸素の可逆的な結合解離が明らかにされた。
【0009】
さらに、本発明者らの研究グループは、ポルフィリン結合部位近傍のアミノ酸構造により酸素親和性などの酸素結合パラメータを制御できることも明らかにした(非特許文献5、特許文献5)。
【0010】
この組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の未解決課題は、酸素結合解離反応が二成分からなるため、酸素結合定数(酸素親和性)が常に2つ存在することにあった。これは、鉄プロトポルフィリンがポケット内で二種類の配向構造をとっていることに起因すると考えられる。鉄プロトポルフィリンの9、13位にある2つのプロピオン酸側鎖は、HSAの114アルギニン、146ヒスチジン、190リシンと塩橋形成することにより、HSA骨格との結合を安定化している。しかし、鉄プロトポルフィリン自身が3、18位に2つのビニル基を持つ非対称な分子であるため、アルブミンの内部に二種類の異なる向きで結合することができる。つまり、各配向構造におけるヘム鉄−近位ヒスチジンの配位が二種類存在するので、二つの酸素親和性が観測されるのである。組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体を人工酸素運搬体として応用する場合、1種類の製剤が2つの酸素親和性を有することは、2種類の酸素運搬効率を示すことになり、好ましくない。
【0011】
すなわち、組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体については、酸素結合解離過程を1成分に制御するための新しい技術の確立が待たれていた。
【非特許文献1】D. C. Carter et al., Science 244: 1195-1198 (1989)
【非特許文献2】S. Curry et al., Nature Struct. Biol. 5: 827-835 (1998)
【非特許文献3】E. Tsuchida et al., Bioconjugate Chem. 10: 797-802 (1999)
【非特許文献4】T. Komatsu et al., J. Am. Chem. Soc. 127: 15933-15942 (2005)
【非特許文献5】T. Komatsu et al., J. Am. Chem. Soc. 129: 11286-11295 (2007)
【特許文献1】特開平8−301873号公報
【特許文献2】特開2003−040893号公報
【特許文献3】特表2006−008622号公報
【特許文献4】特開2006−045172号公報
【特許文献5】特開2007−302569号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、以上の通りの事情に鑑みてなされたものであり、酸素結合定数(酸素親和性)を1つしか持たない組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体およびそれを用いた人工酸素運搬体を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の酸素結合過程を1つにするための分子環境設計について鋭意研究を重ねた結果、アルブミンのポルフィリン結合サイトであるサブドメインIBに、金属ポルフィリンの近位塩基として作用するヒスチジンを遺伝子組換え技術により導入するとともに、金属ポルフィリン結合部位入口に、金属ポルフィリンとの結合をより強固にして、その配向を制御するための極性アミノ酸を導入すると、得られるヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の酸素結合解離過程を1成分に制御できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち本発明によれば、酸素結合定数(酸素親和性)を1つのみ有する組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体が提供される。
【0015】
また本発明によれば、前記組換えヒト血清アルブミンにおいて、金属ポルフィリンと配位結合するヒスチジンが遺伝子組換え技術により142イソロイシン、185ロイシン、186アルギニン、138チロシン、115ロイシンまたは139ロイシンのいずれか1つを置換して導入され、さらに161チロシンが遺伝子組換え技術によりチロシン以外の疎水性アミノ酸で置換され、加えて金属ポルフィリンの配向を制御するための極性アミノ酸が遺伝子組換え技術により146ヒスチジンまたは190リシンの少なくとも1つを置換して導入されたものである組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体が提供される。
【0016】
好ましい態様において、前記金属ポルフィリンは、金属プロトポルフィリン、金属デューテロポルフィリン、金属ジアセチルデューテロポルフィリン、金属メソポルフィリン、および金属ジホルミルポルフィリンから選ばれる少なくとも1種の金属ポルフィリンである。
【0017】
好ましい態様において、前記組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の分子表面には、ポリエチレングリコール基が共有結合されている。
【0018】
好ましい態様において、前記金属は、鉄(II)などの鉄、またはコバルト(II)などのコバルトである。
【0019】
また本発明によれば、上記の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体を含有する人工酸素運搬体が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明に係る組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体は、遺伝子組換え技術により、金属ポルフィリンがアルブミン内部に固定され、酸素錯体を形成できるばかりか、酸素親和性は1つしか示さない。
【0021】
また、本発明の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体を含有する人工酸素運搬体は、酸素運搬効率の低い成分が存在しないため、生体内で組織に酸素を効果的に輸送できるだけでなく、生体内に投与する場合も安全度が高いため、輸血用血液の代替物として利用できる。
【0022】
加えて、移植臓器または組織の保存液、組織培養液、腫瘍の抗癌治療増感剤、術前血液希釈液、人工心肺など体外循環回路の補填液、移植臓器の灌流液、虚血部位への酸素供給液(心筋梗塞、脳梗塞、呼吸不全など)、慢性貧血治療剤、液体換気の還流液としても利用できる。また酸素親和性が1つであることから、ガス吸着剤、酸化還元触媒、酸素酸化反応触媒、酸素添加反応触媒として利用した場合、従来の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体と比較して、精密に反応を制御できる特徴を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0024】
本発明のアルブミン−金属ポルフィリン錯体は、ヒト血清アルブミンのヘム結合サイトであるサブドメインIBにおいて、金属ポルフィリンと配位結合するヒスチジンが遺伝子組換え技術により142イソロイシン、185ロイシン、186アルギニン、138チロシン、115ロイシンまたは139ロイシンのいずれか1つを置換して導入され、さらに161チロシンが遺伝子組換え技術によりチロシン以外の疎水性アミノ酸で置換され、加えて金属ポルフィリンの配向を制御するための極性アミノ酸が遺伝子組換え技術により146ヒスチジンまたは190リシンの少なくとも1つを置換して導入された組換えヒト血清アルブミンに、金属ポルフィリンを結合させることにより得られる。
【0025】
上記極性アミノ酸としては、アスパラギン、グルタミン、リシン、ヒスチジン、アルギニン、およびプロリンが好ましい。
【0026】
また、161チロシンを置換するヒスチジン以外の非配位性の疎水性アミノ酸としては、グリシン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、トリプトファン、およびフェニルアラニンが好ましい。
【0027】
金属ポルフィリンとしては、金属プロトポルフィリン、金属デューテロポルフィリン、金属ジアセチルデューテロポルフィリン、金属メソポルフィリン、金属ジホルミルポルフィリンが好ましい。その中心金属としては、鉄およびコバルトが好ましく、特に、鉄(II)およびコバルト(II)が好ましい。
【0028】
本発明の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の分子表面にポリエチレングリコール基を共有結合することにより、表面修飾組換え血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体が得られる。好ましくは、ポリエチレングリコール基はチオエーテル結合で導入される。特に、ヒト血清アルブミンの分子表面に存在するリシン残基のアミノ基をイミノチオランでチオレート基に変換し、それに末端マレイミド基を有するポリエチレングリコールを反応させることによりポリエチレングリコール基をチオエーテル結合で導入して得た表面修飾組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体が好ましい。
【0029】
本発明の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体は、水中でHbやMbのように酸素を結合解離できるので、完全合成系の人工酸素運搬体として機能する。もちろん体内へ投与した場合には、赤血球代替物としての役割を果たすばかりでなく、この組換えアルブミン−金属ポルフィリン錯体の水溶液中に、移植に適した臓器または組織を保存することで、移植前の臓器または組織の安全かつ長期の保存が可能となる。
【0030】
また、この組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体は組織の増殖を促進させる培養液として作用することもでき、腫瘍の低酸素部位へ投与すれば、赤血球の進入できない細い毛細血管内を通過できるので、腫瘍低酸素部位の酸素化が可能で、その後直ちに患部へ放射線を照射することにより、腫瘍を縮小または治癒することができる。この時、組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の酸素親和性が1つであることから、従来の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体と比較して、酸素運搬効率が高くなる。
【0031】
人工酸素運搬体の適用として、出血ショックの蘇生液(輸血用血液の代替物)はもちろんのこと、術前血液希釈液、人工心肺など体外循環回路の補填液、移植臓器の灌流液、虚血部位への酸素供給液(心筋梗塞、脳梗塞、呼吸不全など)、慢性貧血治療剤、液体換気の環流液、さらに、稀少血液型患者への利用、宗教上の理由による輸血拒否患者への対応、動物医療への応用が期待される。
【0032】
人工酸素運搬体は、本発明の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体を生理食塩水に分散させることによって得られる。組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の濃度は、その用途によって異なるが、赤血球代替物としては、ヘム濃度で9.2mM程度、その他では、それ以上の濃度で用いることができる。
【0033】
加えて、金属ポルフィリンが例えば第4〜5周期に属する金属イオンの錯体である場合、酸化還元反応、酸素酸化反応または酸素添加反応の触媒としての付加価値も高い。従って、本発明のポルフィリン金属錯体は、人工酸素運搬体のほか、ガス吸着剤、酸化還元触媒、酸素酸化反応触媒、酸素添加反応触媒としての特徴を持つ。この時、酸素親和性を1つしか持たないことから、ガス吸着剤、酸化還元触媒、酸素酸化反応触媒、酸素添加反応触媒として利用した場合、従来の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体と比較して、精密に反応を制御できる特徴を有する。
【0034】
本発明の組換えアルブミンの調製は、アルブミンをコードするDNAを慣用の部位特異的突然変異誘発を使用して変異させることによって行うことができる。本変異は、アルブミン本来の立体構造、物性、特徴に影響を及ぼさない程度の小さな変異である。また、遺伝子組換えアルブミンは、酵母を利用した慣用の培養法を使用して産生できる。例えば、変異導入はQuick Change XL Site-Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE社)を用いて行うことができ、発現はPichia Expression Kit(Invitrogen社)を使用して、C. E. Peterson et al., Biochemistry36: 7012-7017 (1997)に記載された方法に従って行うことができる。得られた組換えヒト血清アルブミンは、慣用の方法、例えばブルーセファロース6ファーストフローを充填したカラムクロマトグラフィー、続いて、SUPERDEX pg75を充填したカラムクロマトグラフィーにより精製することができる。
【0035】
本発明の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体は、例えば前述のT. Komatsu et al., J. Am. Chem. Soc. 127: 15933-15942 (2005)、T. Komatsu et al., J. Am. Chem. Soc. 129: 11286-11295 (2007)に記載の通常の方法により調製することができる。なお、金属ポルフィリンが鉄(III)錯体の形を有する場合は、適当な還元剤(亜二チオン酸ナトリウム、アスコルビン酸など)を用い、常法により中心金属を3価から2価へ還元すれば、酸素結合活性が付与できる。いずれの場合も酸素と接触すると速やかに安定な酸素錯体を生成する。また、これらの錯体は酸素分圧に応じて酸素を吸脱着できる。この酸素結合解離は可逆的に繰り返し行うことができ、酸素運搬体として作用する。
【0036】
組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の分子表面をポリエチレングリコール基で修飾することは、例えば特開2006−45173号公報に記載の方法により実施できる。アルブミン1分子当りのポリエチレングリコールの平均結合本数は1〜15が好ましく、ポリエチレングリコールの平均分子量は2,000〜5,000が好ましい。
【0037】
酸素以外にも、金属に配位性である気体の場合、相当する配位錯体を形成できる(例えば、一酸化炭素、一酸化窒素、二酸化窒素など)。これらの理由から、本発明の組換えアルブミン−金属ポルフィリン錯体は、特に鉄(II)またはコバルト(II)錯体の場合、人工酸素運搬体として上記した多くの用途に有効な機能を発揮することはもちろん、均一系、不均一系での酸化還元反応触媒、およびガス吸着剤としての応用が可能となる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
<実施例1> H146R/Y161L/L185H−鉄プロトポルフィリン
ヒト血清アルブミンの146ヒスチジンをアルギニンに置換し、161チロシンをロイシンに置換し、さらに185ロイシンをヒスチジンに置換した組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)を慣用の部位特異的突然変異誘発とピキア酵母を用いた慣用の培養法により産生した。すなわち、変異導入は、Quick Change XL Site-Directed Mutagenesis Kit(STRATAGENE社)を用いて実施し、発現はPichia Expression Kit(Invitrogen社)を使用し、C. E. Peterson et al., Biochemistry, 36, 7012-7017 (1997)に記載された方法に従って行った。
【0039】
得られた組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)をブルーセファロース6ファストフローを充填したカラムクロマトグラフィーにより、続いて、SUPERDEX pg75を充填したカラムクロマトグラフィーにより精製した。この組換えアルブミン(H146R/Y161L/L185H)(20μM)のリン酸緩衝水溶液(pH7.0、50mM)へ鉄(III)プロトポルフィリンのDMSO溶液をポルフィリン/アルブミンのモル比が1.1/1になるように添加し、12時間、暗所で回転攪拌しながら混合した。得られた混合溶液を限外濾過装置(限外分子量:10kDa)で洗浄し、DMSO濃度が0.1%以下になるまで、50mMリン酸緩衝水溶液で濃縮・希釈を繰り返した。得られた水溶液の紫外可視吸収スペクトルから、185ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位したFe(III)高スピン錯体の形成が示唆された。
【0040】
この水溶液をアルゴンで十分に置換して脱酸素した後、亜ニチオン酸ナトリウム水溶液を添加して、中心鉄を鉄(II)に還元して、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:428、559nmを示し、これがMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Fe(II)5配位高スピン錯体(デオキシ体)の形成が明らかとなった。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型(オキシ体)のスペクトルへ移行(λmax:408、540、577nm)し、一酸化炭素を通気すると安定な一酸化炭素錯体(λmax:422、540、569nm)が得られた。
<実施例2> H146R/Y161L/L185H−鉄プロトポルフィリンの酸素結合定数
実施例1で調製した組換えアルブミン(H146R/Y161L/L185H)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体水溶液に、レーザーフラッシュ(Nd:YAGレーザー、532nm、パルス幅6ns)を照射し、瞬時に起こる非平衡状態から平衡状態への可視吸収スペクトル変化の時間分解解析から、酸素親和性の指標となるP50値及び酸素結合解離速度定数(kon、koff)を算出した。実際の測定は前記T. Komatsu et al., J. Am. Chem. Soc. 127: 15933-15942 (2005)、T. Komatsu et al., J. Am. Chem. Soc. 129: 11286-11295 (2007)に記載の方法で行った。その結果、酸素の結合解離反応はそれぞれ1成分であることが明らかとなった。P50は6Torr(22℃)、konは4.3×107-1-1、koffは370s-1であった。
<実施例3> Y161L/L185H/K190R−鉄プロトポルフィリン
実施例1において、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)の代りに、ヒト血清アルブミンの161チロシンをロイシンに置換し、185ロイシンをヒスチジンに置換し、さらに190リシンをアルギニンに置換した組換えヒト血清アルブミン(Y161L/L185H/K190R)を慣用の部位特異的突然変異誘発とピキア酵母を用いた慣用の培養法により産生した以外は、全く同様の手法に従い、組換えヒト血清アルブミン(Y161L/L185H/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:428、559nmを示し、これがMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Fe(II)5配位高スピン錯体の形成が明らかとなった。185ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位しているものと考えられた。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型のスペクトルへ移行(λmax:411、541、577nm)し、一酸化炭素を通気すると安定な一酸化炭素錯体(λmax:422、541、569nm)が得られた。
<実施例4> Y161L/L185H/K190R−鉄プロトポルフィリンの酸素結合定数
実施例2において、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体の代わりに、組換えヒト血清アルブミン(Y161L/L185H/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を用いた以外は、全く同様な方法に従って、P50及びkon、koffを算出した。その結果、酸素の結合解離反応はそれぞれ1成分であることが明らかとなった。P50は9Torr(22℃)、konは2.4×107-1-1、koffは350s-1であった。
<実施例5> H146R/Y161L/L185H/K190R−鉄プロトポルフィリン
実施例1において、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)の190リシンをさらにアルギニンに置換した組換えヒト血清アルブミン(Y161L/L185H/H146R/K190R)を慣用の部位特異的突然変異誘発とピキア酵母を用いた慣用の培養法により産生した以外は、全く同様の手法に従い、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:427、559nmを示し、これがMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Fe(II)5配位高スピン錯体の形成が明らかとなった。185ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位しているものと考えられた。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型のスペクトルへ移行(λmax:411、540、576nm)し、一酸化炭素を通気すると安定な一酸化炭素錯体(λmax:422、540、569nm)が得られた。
<実施例6> H146R/Y161L/L185H/K190R−鉄プロトポルフィリンの酸素結合定数
実施例2において、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体の代わりに、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を用いた以外は、全く同様な方法に従って、P50及びkon、koffを算出した。その結果、酸素の結合解離反応はそれぞれ1成分であることが明らかとなった。P50は6Torr(22℃)、konは4.2×107-1-1、koffは410s-1であった。
<実施例7> H146R/Y161F/R186H−鉄プロトポルフィリン
実施例1において、ヒト血清アルブミンの146ヒスチジンをアルギニンに置換し、161チロシンをフェニルアラニンに置換し、さらに186アルギニンをヒスチジンに置換した組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161F/R186H)を慣用の部位特異的突然変異誘発とピキア酵母を用いた慣用の培養法により産生した以外は、同様の手法に従い、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161F/R186H)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:427、559nmを示し、これがMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Fe(II)5配位高スピン錯体の形成が明らかとなった。186ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位しているものと考えられた。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型のスペクトルへ移行(λmax:410、540、570nm)し、一酸化炭素を通気すると安定な一酸化炭素錯体(λmax:422、540、569nm)が得られた。組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161F/R186H)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体の酸素結合解離反応はそれぞれ1成分であった。
<実施例8> I142H/Y161L/K190R−鉄プロトポルフィリン
実施例1において、ヒト血清アルブミンの142イソロイシンをヒスチジンに置換し、161チロシンをロイシンに置換し、さらに190リシンをヒスチジンに置換した組換えヒト血清アルブミン(I142H/Y161L/K190R)を慣用の部位特異的突然変異誘発とピキア酵母を用いた慣用の培養法により産生した以外は、同様の手法に従い、組換えヒト血清アルブミン(I142H/Y161L/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:426、559nmを示し、これがMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Fe(II)5配位高スピン錯体の形成が明らかとなった。185ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位しているものと考えられた。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型のスペクトルへ移行(λmax:410、539、577nm)し、一酸化炭素を通気すると安定な一酸化炭素錯体(λmax:422、541、569nm)が得られた。組換えヒト血清アルブミン(I142H/Y161L/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体の酸素結合解離反応はそれぞれ1成分であった。
<実施例9> PEG修飾(H146R/Y161L/L185H/K190R−鉄プロトポルフィリン)
実施例5において合成された(H146R/Y161L/L185H/K190R)−鉄(III)プロトポルフィリン錯体(アルブミン濃度:0.1wt%)のリン酸緩衝水溶液(pH7.0)にイミノチオラン(ピアスケミカル製、イミノチオラン/アルブミン:20(モル/モル))を加え、室温でゆっくりと4時間攪拌した。続いてアルブミンに対して小過剰モルの片末端マレイミド片末端メチル−ポリエチレングリコール(サンブライトメマール50−H、Mw:5,000、日本油脂製)を添加し、同条件で2時間反応させた。得られた混合物を限外濾過装置(アドバンテック製、UHP−76K、限外分子量膜:5kDa)を用い、1Lのリン酸緩衝水溶液で濃縮・洗浄を繰り返し、所望の濃度に調整した。得られた赤色の表面修飾組換えヒト血清アルブミン−鉄(III)ポルフィリン錯体水溶液を0.45μmの除菌フィルター(アドバンテック製、DISMIC 25CS045AS)を通過させて最終調整した。
【0041】
得られた表面修飾組換えヒト血清アルブミン−鉄(III)ポルフィリン錯体のマトリックス支援レーザー脱離イオン化法−質量分析(MALDI−TOFMS)(島津製作所製、KRATOS AXIMA−CFR)により、分子量を測定したところ、アルブミン表面に結合したポリエチレングリコール鎖の本数は平均6本であることがわかった。
【0042】
この水溶液をアルゴンで十分に置換して脱酸素した後、亜ニチオン酸ナトリウム水溶液を添加して、中心鉄を鉄(II)に還元、表面修飾組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:428、558nmを示し、これがMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Fe(II)5配位高スピン錯体の形成が明らかとなった。185ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位し、デオキシ体が得られたものと考えられた。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型のスペクトルへ移行(λmax:411、540、577nm)し、一酸化炭素を通気すると安定な一酸化炭素錯体(λmax:421、540、568nm)が得られた。表面修飾組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H/K190R)−鉄(II)プロトポルフィリン錯体の酸素結合解離反応はそれぞれ1成分であった。
<実施例10> H146R/Y161L/L185H−鉄デューテロポルフィリン
実施例1において、鉄(III)プロトポルフィリンの代わりに、鉄(III)デューテロポルフィリンを用いた以外は、同様の手法に従い、組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)−鉄(II)デューテロポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:413、517、546nmを示し、これはMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Fe(II)5配位高スピン錯体の形成が明らかとなった。185ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位し、デオキシ体が得られたものと考えられた。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型のスペクトルへ移行(λmax:401、528、563nm)し、一酸化炭素を通気すると安定な一酸化炭素錯体(λmax:409、528、556nm)が得られた。組換えヒト血清アルブミン(H146R/Y161L/L185H)−鉄(II)デューテロポルフィリン錯体の酸素結合解離反応はそれぞれ1成分であった。
<実施例11> Y161L/L185H/K190R−コバルトプロトポルフィリン
実施例3において、鉄(III)プロトポルフィリンの代わりに、コバルト(II)プロトポルフィリンを用いた以外は、同様の手法に従い、組換えヒト血清アルブミン(Y161L/L185H/K190R)−コバルト(II)プロトポルフィリン錯体を調製した。この水溶液の紫外可視吸収スペクトルはλmax:406、558nmを示し、これはコバルトMbのデオキシ型のスペクトルパターンとよく類似したことから、Co(II)5配位高スピン錯体の形成が明らかとなった。185ヒスチジンのイミダゾール基が軸塩基として中心鉄に配位し、デオキシ体が得られたものと考えられた。そこへ酸素を通気すると、直ちに酸素錯体型のスペクトルへ移行した(λmax:426、539、578nm)。組換えヒト血清アルブミン(Y161L/L185H/K190R)−コバルト(II)プロトポルフィリン錯体の酸素結合解離反応はそれぞれ1成分であった。
<実施例12>
実施例1、3、5の組換えアルブミン−鉄プロトポルフィリン錯体、および本発明者らが既に報告している各種の組換えアルブミン−鉄プロトポルフィリン錯体の酸素親和性(P50値)を測定した結果を表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
実施例1、3、5の組換えアルブミン−鉄プロトポルフィリン錯体では、酸素結合解離反応はそれぞれ1成分であった。これに対して本発明者らが既に報告しているI142H/Y161L−鉄プロトポルフィリン、I142H/Y161L/L185N−鉄プロトポルフィリン、Y161L/L185H−鉄プロトポルフィリンはそれぞれ2成分であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素結合定数(酸素親和性)を1つのみ有する組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体。
【請求項2】
前記組換えヒト血清アルブミンにおいて、金属ポルフィリンと配位結合するヒスチジンが遺伝子組換え技術により142イソロイシン、185ロイシン、186アルギニン、138チロシン、115ロイシンまたは139ロイシンのいずれか1つを置換して導入され、さらに161チロシンが遺伝子組換え技術によりチロシン以外の疎水性アミノ酸で置換され、加えて金属ポルフィリンの配向を制御するための極性アミノ酸が遺伝子組換え技術により146ヒスチジンまたは190リシンの少なくとも1つを置換して導入された組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体。
【請求項3】
前記金属ポルフィリンが、金属プロトポルフィリン、金属デューテロポルフィリン、金属ジアセチルデューテロポルフィリン、金属メソポルフィリン、および金属ジホルミルポルフィリンから選ばれる少なくとも1種の金属ポルフィリンであることを特徴とする請求項1または2に記載の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体。
【請求項4】
前記組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体の分子表面に、ポリエチレングリコール基が共有結合されていることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体。
【請求項5】
前記金属が、鉄またはコバルトであることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体。
【請求項6】
前記金属が、鉄(II)またはコバルト(II)であることを特徴とする請求項5に記載の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかに記載の組換えヒト血清アルブミン−金属ポルフィリン錯体を含有する人工酸素運搬体。

【公開番号】特開2009−263273(P2009−263273A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−114564(P2008−114564)
【出願日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】