説明

組換えミオシン

【課題】Ca2+結合型の組換えミオシンを提供する。
【解決手段】Ca2+結合型ミオシンの重鎖、Ca2+結合軽鎖、およびリン酸化軽鎖のそれぞれをコードするポリヌクレオチドの発現産物であって、野性型のCa2+結合型ミオシンと実質的に同一の機能を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】
この出願の発明は、Ca2+結合型の組換えミオシンに関するものである。さらに詳しくは、この出願は、マイクロマシンにおけるアクチュエーターや、微少電子回路におけるスイッチ素子等としての有用性が期待されるCa2+結合型組換えミオシンに関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年のナノテクノロジーの発展に伴って、分子サイズの大きさで機械的な動きをするマイクロマシンの開発が注目されている。このマイクロマシンの作成には、個々の要素デバイスや、それらの組立方法(マイクロマシニング)に至るまで、様々な技術開発が必要とされている。特に、マイクロマシン駆動部であるマイクロアクチュエーターの開発は、マシンの自律運動等にとって不可欠であり、様々な微細加工技術を利用したモーターデバイスの開発が進められている。しかしながら微細加工技術を応用した方法で作成できるマイクロアクチュエーターは、小さいものでも100μm程度であり、ナノスケールのマイクロマシンに装備するには、その更なる微少化が求められている。
【0003】
そこで、微細加工技術によってモーター装置を構築するのではなく、運動能を有する単一分子をモーターとして利用することが提案されている。
【0004】
一般に、モーターとして利用できる分子は、外部エネルギーを運動に変換する動力機構があること、および1方向の運動を実現できることの2点を満たすことが求められている。そして、このような条件を満たす低分子有機化合物としては、(3R,3’R)−(P,P)−trans−1,1’,2,2’,3,3’,4,4’−octahydro−3,3’−dimethyl−4,4’−bipheanthrydiene(Nature 401:152−155, 1999)やTriptycyl(4)helicene(Nature 401:150−152, 1999)が知られている。しかしながら、これらの有機化合物は、速度が極めて低速であったり、駆動力が極力であったり、繰り返し回転ができないなどといった、マイクロマシンにおけるアクチュエーターとしての致命的な欠陥を有しており、実用化の目途は立っていないのが現状である。
【0005】
一方、前記のような有機化合物とは別の単一分子モーターとしては、鞭毛モーター(Microbiol. 6:1−18, 1967; Nature 245:380−382, 1973)、ATP合成酵素(Nature 386:299−302, 1997)、ミオシンモーター(Biochem. Biophys. Res. Comm. 199:1057−1063, 1994; Curr. Opin. Cell Biol. 7: 89−93, 1995)、微小管系モーター(Cell 42:39−50, 1985)、核酸合成酵素の運動タンパク質(Nature 409: 113−119, 2001)等の生体分子が知られている。
【0006】
これらの生体分子も、もちろんマイクロマシンのアクチュエーター等に利用するためには、様々な技術開発を必要とするが、その安定的な駆動力等によって、将来のマイクロマシンにおける極めて有力なデバイスとなり得るものと期待されている。また、これらの生体分子は、電子回路のスイッチ素子等としても利用可能であることが提案されている。
【0007】
これらの生体分子モーターの候補のうち、ミオシン(myosin)は分子量約480kDaの筋タンパク質であり、分子量約220kDaのミオシン重鎖2本と、それぞれ2本ずつの2種のミオシン軽鎖で構成されている。ミオシン重鎖のN末端側はヘビーメロミオシン(HMM)と呼ばれる機能的部位であり、ATPの分解によりアクチンとの間に「力」を発生するモータータンパク質として機能する。
【0008】
ミオシンの制御には、(a)骨格筋ミオシンのように外部制御を受けないタイプと、(b)平滑筋や細胞性粘菌Dictyosteliumミオシンのようにリン酸化によって制御を受けるタイプ、そして(c)真性粘菌Physarum(フィザルム)やホタテガイ(scallop)のミオシンのようにカルシウム(Ca2+)を結合することによって制御を受けるタイプが存在する。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
前記のとおり、マイクロマシンのアクチュエーター(分子モーター)や電子回路のスイッチ素子としての生体分子の有用性が指摘されている。そしてそれぞれの生体分子は、個々の特性(回転、駆動メカニズムの違い等)によって、様々な適用や組み合わせが可能である。
【0010】
一方、これらの生体分子をアクチュエーターやスイッチ素子等の機械的構成要素として使用するためには、他のデバイスとの機械的、電気的結合を可能とするような様々な改変(各種の修飾)が必要である。そして、そのような改変を確実に行うための最も有効な手段は、遺伝子工学的に生体分子を改変することである。
【0011】
この点について、ミオシンの場合には、前記のタイプ(a)および(b)については組換えミオシンの作成が報告されている(例えば、Proc. Natl. Acad. Sci. USA92:704−708, 1995; Science 246:656−658, 1989)。しかしながら、タイプ(c)のCa2+結合型ミオシンについては、組換え体の作成は成功していない。
【0012】
この出願の発明は、以上のとおりの事情に鑑みてなされたものであって、Ca2+結合型の組換えミオシンを提供することを課題としている。
【0013】
【課題を解決するための手段】
この出願は、前記の課題を解決するための発明として、Ca2+結合型ミオシンの重鎖、Ca2+結合軽鎖、およびリン酸化軽鎖のそれぞれをコードするポリヌクレオチドの発現産物であって、野性型のCa2+結合型ミオシンと実質的に同一の機能を有することを特徴とする組換えミオシンを提供する。
【0014】
この発明における別の態様は、ミオシン重鎖、Ca2+結合軽鎖および/またはリン酸化軽鎖のアミノ酸配列における1以上のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換、1以上のアミノ酸残基が欠失、または1以上のアミノ酸残基が付加している組換えミオシンである。
【0015】
また、この発明の組換えミオシンにおいては、各々のポリヌクレオチドが、真性粘菌フィザルム由来であることを好ましい態様としている。
【0016】
【発明の実施の形態】
この発明の組換えミオシンは、Ca2+結合型ミオシンの重鎖(約220kDa)、Ca2+結合軽鎖(約16kDa)、およびリン酸化軽鎖(約18kDa)のそれぞれをコードするポリヌクレオチドの発現産物である。
【0017】
「Ca2+結合型ミオシン」とは、Ca2+を結合することによって制御を受けるミオシンであり、具体的には、例えば真性粘菌Physarum(フィザルム)やホタテガイ(scallop)のミオシンである。また、「野性型のCa2+結合型ミオシンと実質的に同一の機能を有する」とは、具体的には、ミオシンがATPを分解し、アクチンと結合して機械的エネルギーを発生することにCa2+が変化を与えることを意味する。ただし、フィザルム由来の組換えミオシンは、Ca2+結合によってATP分解および機械的エネルギーの発生を低下し、ホタテガイ由来の組換えミオシンはCa2+結合によってATP分解および機械的エネルギーの発生を増加せせることを意味する。
【0018】
この発明の組換えミオシンは、前記のポリヌクレオチドをin vitro翻訳系または適当な宿主―ベクター系において発現させることによって作成することができる。
【0019】
例えば、ポリヌクレオチド(cDNA)は公知の塩基配列情報(例えば、フィザルムのミオシン重鎖:GenBank No. AF335500、Ca2+結合軽鎖:GenBank No. J03499、リン酸化軽鎖:GenBank No. AB076705;ホタテガイのミオシン重鎖:GenBank No. X55714、軽鎖:GenBank No. M17208, M17201)に基づき合成したオリゴヌクレオチドを用いてそれぞれのcDNAライブラリーをスクリーニングすることによって取得することができる。また公知の塩基配列情報に基づいて作成したオリゴヌクレオチドプライマーを用いたPCR法やRT−PCR法によっても、目的とするポリヌクレオチドを取得することができる。
【0020】
得られたポリヌクレオチドは、それぞれ別個に発現ベクターにクローニングし、それらを共発現させることによって、この発明の組換えミオシンを作成することができる。あるいは、それぞれのポリヌクレオチドを連結した融合ポリヌクレオチドとして発現ベクターにクローニングしてもよい。ただし、その場合には、重鎖、Ca2+結合軽鎖およびリン酸化軽鎖がそれぞれ成熟タンパク質として発現するように、各ポリヌクレオチドの3’端には停止コドンを設けるようにする。また、各ポリヌクレオチドの5’端にはそれぞれの発現制御配列(プロモーター/エンハンサー)を備えるようにしてもよい。
【0021】
この発明の組換えミオシンをin vitro翻訳系で発現させる場合には、RNAポリメラーゼプロモーターを有する発現ベクターにポリヌクレオチドを組換え、この組換えベクターをプロモーターに対応するRNAポリメラーゼを含むウサギ網状赤血球溶解物や小麦胚芽抽出物などのin vitro翻訳系に添加する。RNAポリメラーゼプロモーターとしては、T7、T3、SP6などが例示できる。これらのRNAポリメラーゼプロモーターを含むベクターとしては、pKA1、pCDM8、pT3/T7 18、pT7/3 19、pBluescript IIなどが例示できる。
【0022】
また、ポリヌクレオチドを適当な宿主−ベクター系において発現させれば、組換えミオシンを大腸菌、枯草菌等の原核細胞や、酵母、昆虫細胞、哺乳動物細胞、植物細胞等の真核細胞などで生産することができる。例えば、大腸菌などの微生物で発現させる場合には、微生物中で複製可能なオリジン、プロモーター、リボソーム結合部位、DNAクローニング部位、ターミネーター等を有する発現ベクターにポリヌクレオチドを組換えて発現ベクターを作成し、この発現ベクターで宿主細胞を形質転換し、この形質転換体を培養すれば、その培養物から目的の組換えミオシンを大量生産することができる。大腸菌用発現ベクターとしては、pUC系、pBluescript II、pET発現システム、pGEX発現システムなどが例示できる。さらに、組換えミオシンを真核細胞で発現させる場合には、ポリヌクレオチドをプロモーター、スプライシング領域、ポリ(A)付加部位等を有する真核細胞用発現ベクターに挿入して組換えベクターを作製し、このベクターをトランスフェクトした真核細胞から目的の組換えミオシンを得ることができる。発現ベクターとしては、pKA1、pCDM8、pSVK3、pMSG、pSVL、pBK−CMV、pBK−RSV、EBVベクター、pRS、pYES2などが例示できる。真核細胞としては、ヒト胎児腎臓細胞HEK293、サル腎臓細胞COS7、チャイニーズハムスター卵巣細胞CHOなどの哺乳動物培養細胞、あるいはヒト臓器から単離した初代培養細胞などが使用できる。出芽酵母、分裂酵母、カイコ細胞、アフリカツメガエル卵細胞なども使用できる。また、バキュロウイルス科に属する核多角体病ウイルスのゲノムDNAとともに前記の発現ベクターを昆虫細胞にトランスフェクションすれば、昆虫細胞から目的の組換えミオシンを得ることができる。昆虫細胞としてはSf9、Sf21、Tn5などを使用することができる。
【0023】
発現ベクターを細胞に導入するには、電気穿孔法、リン酸カルシウム法、リポソーム法、DEAEデキストラン法など公知の方法を用いることができる。形質転換細胞で発現させたポリペプチドを単離精製するためには、公知の分離操作を組み合わせて行うことができる。例えば、尿素などの変性剤や界面活性剤による処理、超音波処理、酵素消化、塩析や溶媒沈殿法、透析、遠心分離、限外濾過、ゲル濾過、SDS−PAGE、等電点電気泳動、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィーなどが挙げられる。
【0024】
この発明の別の態様は、ミオシン重鎖、Ca2+結合軽鎖および/またはリン酸化軽鎖のアミノ酸配列における1以上のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換、1以上のアミノ酸残基が欠失、または1以上のアミノ酸残基が付加している改変型の組換えミオシンである。
【0025】
この場合の「改変型」とは、前記のアミノ酸配列の変異によって、組換えミオシンの活性(例えば、Ca2+結合能、ATP分解能、機械的エネルギー発生能など)が増加または低下することを意味する。あるいはまた、他の分子や化合物等との結合性を増加または低下させるようなアミン酸変異を意味する。
【0026】
このようなアミン酸変異は、公知の方法により前記のポリヌクレオチドに変異を導入し、その変異ポリヌクレオチドを前記と同様に発現させることによって行うことができる。例えば、任意のアミノ酸コドンを他のアミノ酸残コドンに置換したポリヌクレオチドを作成する場合には、公知のKunkel法(Kunkel, T. A. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82:488, 1985およびKunkel, T. A., et al. Methodsin Enzymology 154:367, 1987)を採用することができる。すなわち、dut、ungの遺伝型で示される大腸菌(BW313、CJ236等)は、dUTPase(Dut)とUracil−DNA glycosylase(Ung)を欠損しているため、DNA中のチアミン(T)の一部がデオキシウラシル(dU)に置き換わったDNAを合成する。この大腸菌を宿主菌として、変異導入の目標となるポリヌクレオチドに対して、目的残基を他のアミノ酸残基で置換するように設計したオリゴヌクレオチドを試験管内でハイブリダイズさせ、DNAポリメラーゼ反応とDNAリガーゼ反応により相補DNA鎖を合成する。このDNAをungの大腸菌株(DH5α等)に導入すると、もとのdUの含まれているDNA鎖はUngによって分解を受けるが、試験管内で合成された相補DNA鎖は分解されずに複製される。このようにして変異を導入した側のDNA鎖が選択的に増幅され、目的変異を含むミオシンをコードするポリヌクレオチドを得ることができる。また、変異ポリヌクレオチドは、ミューテーション・キット等を使用する方法や、変異導入型のPCR法、あるいは公知のポリヌクレオチド合成法(例えば、NucleicAcid Res. 25:3440−3444, 1997等)によっても得ることができる。
【0027】
以下、実施例を示してこの出願の発明についてさらに詳細かつ具体的に説明するが、この出願の発明は以下の例によって限定されるものではない。
【0028】
【実施例】
(1)材料と方法
(1−1)化学物質
制限酵素およびその他酵素類は、宝酒造株式会社(京都)のものを使用した。その他の試薬類は全て、市販の特級試薬を用いた。水溶液作成時には、ミリQ水(Millipore社、Bedford、MA、USA)を用いた。
(1−2)バキュロウイルス導入ベクターの構築
フィザルム由来ミオシン重鎖のサブフラグメント−1重鎖(S1−HC;Met1−Gly841)をコードするcDNAをRT−PCR法(KOD DNA polymerase;東洋紡株式会社、東京)により合成した。PCRプライマーは、既知の配列情報(GenBank No. AF335500)を基に設計した以下を使用した。
【0029】
5’−CGGGATCCATGGCAAGCGAAAGGCAAC−3’(配列番号1)
5’−ATGGTGCTTGTCGTCGTCGTCGCCAACCAATAAGGGACGCG−3’(配列番号2)
PCR条件は、変性(94℃1分)、アニーリング(55℃1分)、伸長(72℃3分)を1サイクルとし、35サイクルを行った。
【0030】
また、組換えミオシンを発現させるために、ヘキサHis−タグの配列をC末端にPCRによって付した。S1−HCの終末端の以下のプライマー:
5’−CCGCGGCCGCATGATGATGATGATGGTGCTTGTCGTCGTCGTCGTC−3’(配列番号3)
には、ヘキサHisタグ配列、停止コドンおよびSalI制限サイトを含ませた。
ネストPCRは以下のプライマーを用いて行った。
【0031】
5’−CGGGATCCATGGCAAGCGAAAGGCAAC−3’(配列番号4)
以上のより得られたPCR産物を、pBlueBac4.5a(Invitrogen社、Carlsbad、CA、USA)のBamHI/SalIサイトにクローニングし、DNA配列を確認した。得られたこのプラスミドをpBB/S1とした。
【0032】
ミオシン重鎖のヘビーメロミオシン(HMM)重鎖(Met1−Lys1181)の導入ベクターも上記と同様な方法で構築した。ミオシン重鎖の一部分であるコイルドコイル構造領域をPCRにてS1−HCのC末端に付与した。SmaI制限サイト(ミオシン重鎖の2044bp)を有するプライマー:
5’−CAGAAGCCCGGGTACCTTG−3’(配列番号5)と、
終末端にHMM断片(Lys1181)を含んだプライマー:
5’−ATGATGATGGTGCTTGAGCTCCTCTACCTG−3’(配列番号6)
を用いた。ヘキサHisタグ配列を付与するには、プライマー:
5’−CAGAAGCCCGGGTACCTTG−3’(配列番号7)と、
ヘキサHisタグ配列、停止コドン、SalI制限サイトを含んだプライマー:
5’−GGACTAGTGTCGACTTAATGATGATGATGATGGTGC−3’(配列番号8)
を用いて、ネストPCRを行った。
【0033】
得られたPCR産物は、pBB/S1プラスミドのSmaI/SalIにクローニングし、プラスミドをpBB/HMMを構築した。
【0034】
さらに、既知の配列情報に基づいて設計したプライマーを用い、Ca2+結合軽鎖(CaLC)とリン酸化軽鎖(PLC)のそれぞれをコードするポリヌクレオチドの導入ベクターを構築した。なお、PLCおよびCaLCの5’端にはBamHIまたはKpnI制限酵素サイトをに付与した。また、PLCおよびCaLCの3’端にはKpnIまたはEcoRIサイトを付与した。得られたPCR産物をpBlueBac4.5a のBamHI/KpnIおよびKpnI/EcoRI制限サイトに各々サブクローニングし、プラスミドpBB/PLCおよびpBB/CaLCを構築した。
(1−3)組換えウイルスの感染および選択
Spodoptera frugiperda(Sf−9)細胞を75cmのフラスコで、27℃で培養した。培養液(TNM−FH)は、Grace’s昆虫細胞培養液(Invitrogen社、Carlsbad、CA、USA)に10%牛胎児血清(FCS)および10μg/mlゲンタマイシン(Sigma−Aldrich社、USA)を加えた。Sf−9細胞に、核多角病ウイルスAuto−graphica californicaの直鎖状DNA(Bac−M−BlueTM DNA;Invitrogen社、Carlsbad、CA、USA)と、導入ベクターpBB/S1、pBB/HMM、pBB/PLCおよびpBB/CaLCのいずれか一つとを感染導入した。感染導入の効率を高めるため、InsectinPlusTMリポソーム試薬(Invitrogen社、Carlsbad、CA、USA)を使用した。7日後、X−gal含有プレート上でプラークアッセイを行い、組換えバキュロウイルスを単離した。青いプラークを拾い上げ、Sf−9細胞(25cmの培養容器)に感染させ、組換えバキュロウイルスを増幅させた。4日後、上清中にある組換えバキュロウイルスを前記の75cmフラスコで11日間培養したSf−9細胞に感染させ、高いウイルス力価を有するストックを調製した。組換えバキュロウイルスに組込んだ各種の導入cDNAは、PCRにて確認し、続いて塩基配列解析機においても確認した。得られたこの組換えバキュロウイルスを、再び上記の方法によって増殖させた。
(1−4)組換えS1およびHMMの精製
72cmの培養容器(10個)のそれぞれに、1×10個のSf−9細胞を播種した。Sf−9細胞に、S1−重鎖またはHMM−重鎖、リン酸化軽鎖およびCa2+結合軽鎖をそれぞれコードするポリヌクレオチドを導入したバキュロウイルスを各々個別に共感染させた。いずれの場合においても、感染多重度(m.o.i)は5であった。感染させたSf−9細胞は、27℃で3日間成長させた後、4℃で10分、1500rpmの速度で遠心し、細胞を回収した。回収した細胞はペレット状のため、7mlホモゲナイズ緩衝液[20mM Tris−HCl(pH 7.5)、1mM MgCl、1mM EGTA、5mM 2−メルカプトエタノール、タンパク質分解酵素阻害因子1mM p−ABSF(和光純薬化学工業株式会社)、10μg/mlロイペプチンおよびHisタグタンパク質分解酵素阻害因子混合液(Sigma−Aldrich社、USA)]で懸濁し、均質化した。均質化の後、内在性アクチンから組換えミオシンを放出するため0.2M NaClと1mM ATPに合わせて調節し、細胞の破片や破砕されていない細胞を取り除くたに15000×gで15分、遠心分離を行った。上清を0.2mg/mlウサギ骨格筋アクチン(ウサギ骨格筋アセトン粉から精製)と混合し、緩衝液(20mM Tris−HCl(pH 7.5)、50mM KCl、10mM MgCl、0.3mM DTT、1mM p−ABSFおよび1μg/mlロイペプチン)で、24時間透析を行った。アクチン組換えHMMは透析中に形成され沈殿し、100000×gで1時間、遠心分離を行い回収した。沈殿物より分離されたS1/HMMの沈殿物を、緩衝液[20mM Tris−HCl(pH 7.5)、100mMKCl、10mM MgCl、7mM 2−メルカプトエタノール、100μM p−ABSF、1μg/mlロイペプチンおよび1mM ATP]を用いてホゲナイズし、100000×gで90分間遠心分離を行い、得られた上清をNi−NTAスパーフロー(Qiagen社、ドイツ)カラムに添加した。このカラム内でHisタグ融合組換えS1またはHMMをトラップし、抽出液[20mMTris−HCl(pH 7.5)、40mM KCl、7mM 2−メルカプトエタノール、1μg/mlロイペプチンおよび100mM イミダゾール]で抽出した。SDS−PAGEを行った後、組換えS1/HMMを含む泳動バンド部分を、Centriprep−30 concentrator(Millipore社、USA)を用いて蓄積および濃縮した。次いで、組換えミオシンを緩衝液[20mM Tris−HCl(pH 7.5)、40mM KCl、1.5mM MgCl、0.1mM DTT、20μM p−ABSFおよび0.6μg/mlロイペプチン]で透析した。タンパク質の精製は4℃以下の温度条件で行った。典型的な組換えS1/HMMを0.1mgを採取し、BSAを標準値として用いてBio−Radタンパク質測定液で定量した結果、1×10個のSf−9細胞が得られた。
(1−5)ゲル電気泳動
SDS−PAGEは、文献(J. Chromatogr 64:147−155, 1972)の記載に従い、文献(Nature 227:680−685, 1970)記載の緩衝液システムを用いて調製した12.5%ポリアクリルアミドゲルを用いて行った。SDS−サンプル緩衝液は、40mM Tris−HCl(pH 6.8)、50mM DTT、1% SDS、7.5%グリセロール、0.002% ブロモフェノールブルーにて構成した。
(1−6)電子顕微鏡による観察
精製したHMM(0.5mg/ml)を雲母シートに載置し、これを30%グリセロール含有0.1M酢酸アンモニウムで3回洗浄し、2%酢酸ウラニル水溶液で染色し、3回洗浄した。この雲母シートに別の分割した雲母シートを被覆し、押し付け、剥離して、BAF 060ロータリー影像システムにおいて低角度でプラチナにロータリー複製し、この複製した試料を試料台固定し、JEM−1010電子顕微鏡で観察した。
(1−7)ATPase活性による解析
S1/HMMにおけるATPase活性測定は、文献(Anal Biochem. 293:212−215, 2001)の記載に従って行った。全ての解析は、25℃で行った。基本的なMg2+−ATPase活性は、20mM Tris−HCl(pH7.5)、40mM KCl、1.5mM MgCl2、0.1mM DTT、0.5mM ATP、ウサギ骨格筋由来の重合型アクチンおよび0.5μM組換えS1/HMMで解析を行った。統計解析はStudent’s t−testを用いて行い、P<0.05を統計的有意とした。
(1−8)Ca2+結合の測定
Ca2+の結合範囲は、文献(Biochemistry 39:3827−3834, 2000)の記載に従い、3.5μM HMM、50μMの組換えCa2+軽鎖または50μMの組換えリン酸化軽鎖の存在下で、CaCl(Du−Pont−NEN)を含む0.1mM NaCl、5mM MgClおよびMOPS/NaOH(pH7.0)を用いた流動透析法を利用して25℃下で測定した。リン酸化軽鎖またはCa2+軽鎖それぞれのORFの5’末端にNdeI制限酵素サイトを、3’末端にBamHIサイトをPCRによって付与した。このPCR産物をNdeIおよびBamHIで酵素処理をして、pET19b発現ベクターシステム(Novagen社、USA)の同じサイトに挿入した。メーカーの説明書に従い、pET19b/PLCまたはpET19b/CaLCを大腸菌BL21(DE3)株にて発現および精製した。全てのデータは、Adiarの式に適合させることによって分析した。
(1−9)In Vitroにおける運動力の解析
In Vitroにおける運動力の解析は、文献(J. Biochem. 106:955−957, 1989)の記載に従って行った。すなわち、ガラス表面に組換えHMMをコーティングした。重合型アクチン(0.125mg/ml)をローダミンファロイジン(Molecular Probe、USA)でラベルし、運動解析用培地[10mM KCl、2mM ATP、1mM MgCl、10mM イミダゾール(pH 7.5)、14mM 2−メルカプトエタノールおよび0.1mM EGTAまたは0.1mM CaCl]上に乗せた。ATP依存性の運動は、蛍光顕微鏡で観察し、またビデオカメラに撮影し記録した。アクチン運動の速度は、動いた距離とその動きをビデオカメラ撮影で収めた時間経過から算出した。統計解析はStudent’s t−testを用いて行い、P<0.05を統計的有意とした。
(2)結果
S1−重鎖の組換えバキュロウイルスをSf−9細胞に感染させた。培養3日後、これら細胞を回収し、ホモゲナイズし、遠心分離を行った。発現産物は沈殿物中にあることから(図1)、S1−重鎖は不溶性であることが示された。同様に、S1−重鎖のバキュロウイルスとCa2+結合軽鎖のバキュロウイルスとの共感染導入に発現産物を不溶性物質として得られた。しかしながら、このS1−重鎖の組換えバキュロウイルスとリン酸化軽鎖の組換えバキュロウイルスおよびCa2+結合軽鎖の組換えバキュロウイルスとの共感染導入では、Sf−9細胞内で可溶性のS1−重鎖が生産された(図2)。HMM−重鎖の場合も同様に、リン酸化軽鎖およびCa2+結合軽鎖の組換えバキュロウイルスとの共感染を行うと、可溶性産物が得られた(図3)。
【0035】
S1−重鎖、リン酸化軽鎖およびCa2+結合軽鎖の組換えバキュロウイルスを感染させたSf−9細胞の未加工抽出物から、可溶性S1−重鎖を回収するために、多量のアクチンをこの抽出物と混合し、遠心分離を行った。得られたペレットをATP含有の緩衝液で懸濁し、S1−重鎖をペレットから放出させた。再度遠心分離を行うことによって、残存アクチンを除去し、得られた上清をNi−NTAスパーフローカラムに注入した。図2に示したように、抽出物は、98kDa(S1−重鎖)、18kDa(リン酸化軽鎖)、16kDa(Ca2+結合軽鎖)の3つの大きなバンドで構成されている。これにより、抽出物にS1が含まれていることが分かる。HMMは、HMM−重鎖のペプチド135kDa、リン酸化軽鎖のペプチド18kDaおよびCa2+結合軽鎖のペプチド16kDaの複合体(図3)と類似している。双頭のHMMが、電子顕微鏡による観察で示された(図4R>4)。S1およびHMMのATPase活性を、少量のサンプルでも数量化が可能な高速液体クロマトグラフィーによって解析した。組換えS1において、ATPase活性が確認でき、この活性は次のとおり、アクチンによって活性化された。すなわち、0.12±0.01(s−1head−1)(n=3)(m±SEM)のMg2+−ATPase活性(図5);また種々の濃度のアクチン存在下では、その活性がK=2.5μMと共にVmax=0.61(s−1head−1)に上昇した(図6)。このように、S1はアクチンによって約5倍まで活性化され、機能性S1が発現されたことが確認された。HMMも同様に、0.21±0.02(s−1head−1)(n=3)(m±SEM)のMg2+−ATPase活性を示した(図7)。アクチンは、K=1.8μMによって活性をVmax=1.27(s−1head−1)に増加させ(図8)、HMMがアクチンによって約6倍まで活性化されたことが確認された。
【0036】
S1のATPase活性におけるCa2+の効果は、アクチンによる最大限の活性化状態の下で試験した。Ca2+のキレート剤であるEGTAの存在下では、活性は0.49±0.07(s−1head−1)(n=3)であった。0.1mM Ca2+が存在した場合、活性は0.45±0.04(s−1head−1)(n=3)にわずかに減少した(図5)。しかし、この減少は統計学的には有意ではなかった。Ca2+の効果をHMMで同様に試験した。しかし、その効果は、たとえあったとしても極わずかなものであった(図7)。
【0037】
Ca2+の効果が検出されなかったことから、S1およびHMMがCa2+に結合するか否かという疑問が発生する。そのため、HMMによるCa2+結合を流動透析法によって確認した。図9に示したとおり、リン酸化軽鎖はCa2+と結合しなかった。しかしCa2+結合軽鎖はCa2+結合活性が確認された。HMMの結合活性は劇的に増加した;最大結合活性は、2mol/mol HMMに対して、Kが10μMレベルであった。
【0038】
組換えHMMに対するCa2+結合の効果を、in vitro運動力解析を用いて調べた。すなわち、HMMをコーティングしたガラス表面上でアクチンのATP依存性運動を観察した(図10)。EGTA存在下での平均速度は0.61±0.16μm/sec(n=25)であるのに対し、Ca2+存在下では0.32±0.21μm/sec(n=25)に減少した。この結果から、組換えHMMがCa2+結合活性を有することと、Ca2+が組換えHMMの運動機能活性に作用することが確認された。
【0039】
【発明の効果】
以上詳しく説明したとおり、この出願の発明によって、Ca2+結合型の組換えミオシンが提供される。この組換えミオシンは、マイクロマシンにおけるアクチュエーターや電子回路のスイッチ素子等として有用である。
【0040】
【配列表】













【図面の簡単な説明】
【図1】Sf−9細胞で発現させた組換えS1−重鎖のSDS−PAGEの結果である。レーン1は分子量マーカー、レーン2は非感染Sf−9細胞のホモジネート、レーン3は感染Sf−9細胞ホモジネートの沈殿物、レーン4は感染Sf−9細胞ホモジネートの上清である。
【図2】S1精製過程でのSDS−PAGEの結果である。レーン1は分離量マーカー、レーン2はホモジナイズし、遠心分離した非感染Sf−9細胞の上清、レーン3は同細胞の沈殿物、レーン4はS1−重鎖、リン酸化軽鎖およびCa2+結合軽鎖を感染させたSf−9細胞をホモジナイズし、遠心分離した上清、レーン5は同細胞の沈殿物、レーン6はS1とアクチンとの複合体から精製したS1、レーン7はNi−NTNカラムにより精製したS1である。
【図3】組換えHMM精製過程でのSDS−PAGEの結果である。レーン1は分子量マーカー、レーン2は非感染Sf−9細胞ホモジネートの遠心分離上清、レーン3はその沈殿、レーン4はS1−重鎖、リン酸化軽鎖およびCa2+結合軽鎖を感染させたSf−9細胞ホモジネートの上清、レーン5は同感染細胞の沈殿、レーン6はNi−NTAカラム前のサンプル、レーン7はNi−NTNカラムから溶出した精製HMMである。
【図4】図3の工程で精製した組換えHMMの電子顕微鏡写真である。
【図5】S1のATPase活性の測定結果である。1は0.1mM EGTA存在下での基準Mg2+−ATPase活性、2は0.1mM EGTAおよび5μMアクチン存在下でのアクチン活性化ATPase活性、3は0.1mM Ca2+存在下でのアクチン活性化ATPase活性である。値は3回の測定の平均±SEMである。
【図6】様々な濃度のアクチン存在下におけるS1のATPase活性測定結果である。S1およびEGTAの濃度はそれぞれ0.5μMおよび0.1mMに固定した。他の測定条件は図5と同様とした。
【図7】組換えHMMのATPase活性の測定結果である。1は0.1mM EGTA存在下での基準Mg2+−ATPase活性、2は0.1mM EGTAおよび5μMアクチン存在下でのアクチン活性化ATPase活性、3は0.1mM Ca2+および5μMアクチン存在下でのアクチン活性化ATPase活性である。値は3回の測定の平均±SEMである。
【図8】様々な濃度のアクチン存在下における組換えHMMのATPase活性測定結果である。
【図9】組換えHMMのカルシウム結合活性の測定結果である。黒丸はHMM、白丸はCaLC、黒菱型はPLCである。
【図10】HMMの運動活性に対するCa2+の効果を測定した結果である。Aは0.1mM EGTA存在下での測定結果、Bは0.1mM Ca2+存在下での測定結果である。矢印はアクチンのATP依存性運動の平均速度を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Ca2+結合型ミオシンの重鎖、Ca2+結合軽鎖、およびリン酸化軽鎖のそれぞれをコードするポリヌクレオチドの発現産物であって、野性型のCa2+結合型ミオシンと実質的に同一の機能を有することを特徴とする組換えミオシン。
【請求項2】
ミオシン重鎖、Ca2+結合軽鎖および/またはリン酸化軽鎖のアミノ酸配列における1以上のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換、1以上のアミノ酸残基が欠失、または1以上のアミノ酸残基が付加している請求項1の組換えミオシン。
【請求項3】
各々のポリヌクレオチドが、真性粘菌フィザルム由来である請求項1または2の組換えミオシン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2004−57152(P2004−57152A)
【公開日】平成16年2月26日(2004.2.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−223707(P2002−223707)
【出願日】平成14年7月31日(2002.7.31)
【出願人】(501264127)
【出願人】(501264149)
【出願人】(502277784)
【出願人】(502278666)
【Fターム(参考)】