説明

組換え豚ヘルペスウイルス、そのDNA、非ヒト動物、抗血清、ワクチン及びその製造方法

【課題】ニパウイルス感染に対して安全性と実用性に優れたワクチン及びその製造方法、ニパウイルス等の外来遺伝子の挿入に適した豚ヘルペスウイルス、ニパウイルス感染症の発症防御に寄与する豚ヘルペスウイルス、そのDNA、豚ヘルペスウイルスを感染させた非ヒト動物及びその抗血清を提供すること。
【解決手段】外来遺伝子を挿入可能な豚ヘルペスウイルスにおいて、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子を欠損し、増殖能は維持すると共に、感染動物においての弱毒化及び免疫誘導能を設ける。豚ヘルペスウイルスのゲノム中に、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニパウイルス(NiV)等の外来遺伝子の挿入に適した豚ヘルペスウイルス(PRV)、並びに、ニパウイルス感染症の発症防御に寄与する豚ヘルペスウイルス、そのDNA、豚ヘルペスウイルスを感染させた非ヒト動物及びその抗血清、少なくとも豚ヘルペスウイルスとニパウイルスの感染症の発症防御に作用する多価ワクチン及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ニパウイルスは、パラミクソウイルス科へニパウイルス属に属し、1999年にマレーシアで分離された(非特許文献1)。マレーシアでは、ヒトの症例として、105人の死亡例を含む265例の脳炎が報告されている(非特許文献1、2)。オオコウモリがウイルスの自然宿主であると考えられ、ヒトへの感染(致死率40%)は、豚からウイルスが伝播したと推察されている(非特許文献3)。流行の制圧のために100万頭以上の豚が殺処分され、その経済的損失も甚大であった。
そのため、ニパウイルス感染の予防法の開発が急務であり、特に豚での感染を抑制することが重要である。
【0003】
豚におけるワクチン開発では、ワクシニアウイルス由来の組換えウイルスワクチンが報告されている。非特許文献4には、組換えNiV FまたはNiV G蛋白質を発現するワクシニアウイルスが、ハムスター中でニパウイルスの致死量感染に対する保護免疫反応を誘導することが開示されている。
しかし、ワクシニアウイルスはヒトに感染するため、免疫能の低下している人への安全性が懸念される。また、豚にワクシニアウイルスの免疫を行う必要はない。
【0004】
他方、豚ヘルペスウイルスでは、BACmidを用いた遺伝子改変技術が開発され、遺伝子組換えPRVの作出が比較的容易になっている。
豚ヘルペスウイルスは、ヘルペスウイルス科のαヘルペスウイルス亜科に属し、養豚業界に経済的損失を与えることが知られているが、ウイルスベクターの魅力的な候補となり得る様々な特性を備えている。第1に、そのゲノムは、約150kbpの線形DNA分子であり、外来遺伝子を安定的に導入できる。2番目に、大半は、弱毒化ウイルスとして知られている。3番目に、鼻腔内経路で効率的に感染して、局所免疫グロブリン、全身性免疫グロブリンG抗体、細胞媒介性の保護免疫反応を誘導する。以上の理由から、豚に対する生菌ワクチンベクターの開発において、非常に経済的で有望な候補と言える。
更に、豚ヘルペスウイルスゲノムは、細菌人工染色体(BAC)にクローニングされ(非特許文献5)、大腸菌内の対立遺伝子交換システムを使用して突然変異生成されてきた。大腸菌内の組換えシステムは、哺乳類の組織培養システムにおける相同的組換えに依存する突然変異生成の従来の手法を、速度と効率の面ではるかにしのいでいる。
また、豚ヘルペスウイルにおけるTK、gIまたはgEの欠損が、in vitroでの増殖に影響を及ぼさない報告がある(非特許文献6、7)。
【0005】
関連しうる従来技術として、ヘルペスウイルスを用いたワクチンに関する特許文献1〜4などもあるが、ニパウイルス感染に対する実用的な予防手段はまだない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2007−126465 「ベクターとして鳥類ヘルペスウイルスを用いた鳥類用組換え生ワクチン」
【特許文献2】特開2006−320337 「特に伝染性ネコ腹膜炎に対する、ネコヘルペスウイルス1型をベースとした組換え生ワクチン」
【特許文献3】特開2005−287422 「組換えヘルペスウイルス及び多価ワクチン」
【特許文献4】特開2003−284569 「新規組換えネコヘルペスウイルス1型及びこれを用いた多価ワクチン」
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Chua, K. B., C. L. Koh, P. S. Hooi. K.F. Wee, J. H. Khong, B. H. Chua, Y. P. Chan. M. E. Lim, and S. K. Lam 2002.Isolation of Nipah Virus from Malaysian Island flying-foxes. Microbes Infect.4:145-151
【非特許文献2】Paton, N. I., Y. S. Leo, S. R. Zaki,A. P. Auchus, K. E. Lee, A. E. Ling, S. K. Chew, B. Ang, P. E. Rollin, T.Umapathi, I. Sng, C. C. Lee, E. Lim and T. G. Ksiazek 1999. Outbreak ofNipah-virus infection among abattoir workers in Singapore. Lancet9186:1253-1256
【非特許文献3】AbuBakar, S.,L.-Y., Chang, A. R. Mohd Ali, S. H. Sharifah, K. Yusoff, and Z. Zamrod 2004.Isolation and molecular identification of Nipah virus from pigs. Emerg. Infect.Dis. 10:2228-2230
【非特許文献4】Guillaume, V.,H. Contaminm, P. Loth, M.-C. Georges-Courbut, A. Lefeuvre, P. Marianneau, K. B.Chua, S. K. Lam, R. Buckland, V. Deubel and T. F. Wild 2004. Nipah virus;vaccination and passive protection studies in a hamster model. J. Virol.78:834-840
【非特許文献5】Smith, G. A.and L. W. Enquist 2000. A self-recombining bacterial artificial chromosome andits application for analysis of herpesvirus pathogenesis. Proc. Natl. Acad.Sci. 97:4873-4878
【非特許文献6】Brack, A. R.,J. M. Dijkstra, H. Granzow, B. G. Klupp and T. C. Mettenleiter 1999. Inhibitionof virion maturation by simultaneous deletion of glycoproteins E, I, and M ofpseudorabies virus. J. Virol. 73:5364-5372
【非特許文献7】McGregor, S.,B. C. Easterday, A. S. Kaplan and T. Ben-Porat 1985. Vaccination of swine withthymidine kinase-deficient mutants of pesudorabies virus. Am. J. Vet. Res.46:1494-1497
【非特許文献8】Hall, S.D. and R. D. Kolodner 1994.Homologous pairing and strand exchange promoted by the Escherichia coli RecTprotein. Proc. Natl. Acad. Sci. 91:3205-3209
【非特許文献9】Schwartz, J.A., E. E. Brittle, A. E. Reynolds, L. W. Enquist and S. J. Silverstein 2006.UL54-Null Pseudorabies virus is attenuated in mice but productivity infectscells in culture. J. Virol. 80:769-784
【非特許文献10】Ramesh Vemulapalli, A novel PRRS vaccine ina bacterial vector known to stimulate strong cell-mediated and humoral immunity- NPB #03-086,RESERCH REPORT,SWINE HEALTH, November 5,2004
【非特許文献11】J. Plana-Duran, M. Mourino, E. Viaplana, M. Balasch,I. Casal, M.J. Rodriguez, L. Enjuanes, A. Izeta, S. Alonso and I. Sola,New strategies in the development of PRRS vaccines. Subunit vaccines andself-limiting vectors, based on defective coronaviruses, INRA, EDP Sciences 2000, Vet. Res. (2000) 41-42
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで、本発明は、ニパウイルス感染に対して安全性と実用性に優れたワクチン及びその製造方法の提供を第一の課題とし、それに密接に関連し、ニパウイルス等の外来遺伝子の挿入に適した豚ヘルペスウイルス、並びに、ニパウイルス感染症の発症防御に寄与する豚ヘルペスウイルス、そのDNA、豚ヘルペスウイルスを感染させた非ヒト動物及びその抗血清を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は以下の構成を備える。
すなわち、外来遺伝子を挿入可能な豚ヘルペスウイルスにおいて、チミジンキナーゼ(TK)遺伝子が欠損され、増殖能は維持すると共に、感染動物においての弱毒化及び免疫誘導能を備えることを特徴とし、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子等の挿入に適したワクチンベクターとして寄与させてもよい。
【0010】
また、豚ヘルペスウイルスのゲノム中に、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入したことを特徴とし、ニパウイルス感染症の発症防御に寄与させてもよい。
【0011】
ここで、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質としては、ニパウイルスの細胞膜の膜蛋白G、F、核蛋白Nの少なくとも1つが有用である。
【0012】
豚ヘルペスウイルスの1以上の遺伝子が改変され、豚ヘルペスウイルスの増殖能は維持すると共に、感染動物においての弱毒化及び免疫誘導能を備えさせて、豚ヘルペスウイルス感染症の発症防御にも寄与させてもよい。
【0013】
ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子とは異なる他の感染症の発症防御に関与する外来遺伝子を、更に1つ以上含ませて、更に他の感染症の発症防御等に寄与させてもよい。
【0014】
上記いずれかの組換え豚ヘルペスウイルスの遺伝子を構成することを特徴とするDNAとして、提供してもよい。
【0015】
また、上記いずれかの組換え豚ヘルペスウイルスを感染させたことを特徴とする非ヒト動物として、提供してもよい。
【0016】
その非ヒト動物から採取される体液から得られる抗血清として、提供してもよい。
【0017】
また、上記いずれかの組換え豚ヘルペスウイルスと医薬上許容される担体を含み、少なくとも豚ヘルペスウイルスとニパウイルスの感染症の発症防御に作用することを特徴とするワクチンとして、提供してもよい。
【0018】
また、本発明のニパウイルス感染症に対するワクチンの製造方法は、1以上の遺伝子が改変され、増殖能は維持すると共に、感染動物においての弱毒化及び免疫誘導能を備える豚ヘルペスウイルスを、ワクチンベクターとして用い、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によると、ニパウイルスと豚ヘルペスウイルス感染症の防御が、安全性と実用性高く、単一のワクチン接種で可能になる。また、本発明による組換え豚ヘルペスウイルスは、ワクチンベクターとしても有用である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】ニパウイルスG蛋白質(PRV-GZ)を発現する組換え豚ヘルペスウイルスの作出工程を示す説明図
【図2】各組換え豚ヘルペスウイルスに感染したマウスの生存率を示すグラフ((a)Becker2 (b)PRV-gI-/gE-(c)PRV-TK- (d)PBS感染)
【図3】各組換え豚ヘルペスウイルスに感染したマウスの体重変化を示すグラフ
【図4】同、相対スケールで表示した体重変化を示すグラフ
【図5】感染細胞中のニパウイルスG蛋白質の発現を示すIFAの結果(写真)
【図6】同、ウェスタンブロットの結果(写真)
【図7】PRV-GZ感染マウスの血清中における抗ニパウイルスG蛋白質抗体価を示す表
【図8】PK15細胞におけるウイルス増殖能を示すグラフ((a)細胞 (b)上澄液))
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明者は、豚ヘルペスウイルスのワクチンが、有効な免疫反応を誘導し終生免疫が賦する点で、ウイルスワクチンベクターとして優れていることに着目し、これにニパウイルスの感染防御をもたらす外来遺伝子を挿入した組換え豚ヘルペスウイルスを作出し、得られた組換え豚ヘルペスウイルスが、ニパウイルスと豚ヘルペスウイルス感染症の両方に対してワクチン効果を有することを見出し、本発明に至った。また、この際、特定の遺伝子を欠損させた豚ヘルペスウイルスが、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子等の挿入に適したワクチンベクターとなることも見出した。
【0022】
以下に、実施例と、本発明の根拠となる実証実験を示して、本発明を説明する。本発明の実施形態は、下記の例に限らず、上記等の特許文献や非特許文献など従来公知の技術を適宜援用可能である。
【0023】
まず、豚ヘルペスウイルスの弱毒化に必要な遺伝子の検討を行なった。
ETリコンビナーゼ遺伝子及びBAC(pBecker2)を保有する大腸菌を用意し、ノックアウト豚ヘルペスウイルスを、RecE/Tシステム(非特許文献8、9)を利用する大腸菌内の対立遺伝子交換によって作出した。
【0024】
UL23ノックアウト豚ヘルペスウイルスBAC(pBekcer2-TK-;UL23がTKをエンコード)及びUS7-US8ダブルノックアウト豚ヘルペスウイルスBAC(pBecker2-gI-/gE-;US7及びUS8がそれぞれgI及びgEをエンコード)を構築するために、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を用いて標的カセットを作出した。
50bpのTK遺伝子またはUS7-US8がサイドに配置された選択カセットRpsL-neo(GeneBridges,Dresden,Germany)を、相同領域及びRpsL-Neoカセットの末端への補足的配列を含むオリゴヌクレオチドを用いて作出した。標的カセットは、RpsL-neo-TKカセット及びRpsL-neo-US78 カセットを、それぞれ、pBekcer2-TK-及びpBecker2-gI-/gE-に対して構築した。RpsL-neo-TK相同カセットを、プライマーとしてTK-rpsL-F(5'-TGGGCCTGGCGGCCACGCTGCCCGGGGAGCCCCCCGGCGGCAACCTGGTGGGCCTGGTGATGATGGCGGGATCG-3')及びTK-rpsL-R(5'-GCGCGGGCGCGCAGGCGCCGCAGGTGCTCGTCCGGGTCCAGCGAGGCCACTCAGAAGAACTCGTCAAGAAGGCG-3')を用いて、RpsL-neoカセットから増殖させた。RpsL-neo-US78遺伝子カセットを、122570-rpsL-F(5'-GCGCGAGTACGCCGCCGAGTACGACCTCTGCCCCCGCGTGCACCACGAGGGGCCTGGTGATGATGGCGGGATCG-3')及び123807-rpsL-R(5'-CCGTCGCCGCGCGCGTCGAGGGTGAAGTTGGCGCCCTCGGACACGTTCACTCAGAAGAACTCGTCAAGAAGGCG-3')を用いて、RpsL-neoカセットから増殖させた。
【0025】
電気穿孔処理のために、有用なpBecker2を作出した。pBecker2を、アンピシリン(Amp)50μg/ml及びクロラムフェニコール(Cm)20μg/mlを含有するLB培地500ml中で、37℃で培養した。細胞がOD600=0.1になったら、10%L-アラビノース0.7mlを培養に加えて、ET蛋白質発現を誘導した。細胞がOD600=0.4になったら、細胞を収集して、10%グリセロールで3回洗浄した。ペレットを氷冷10%グリセロール1.5ml中で再懸濁して、アリコート50μlを事前に冷却したチューブへ移し、-80℃で保管した。
【0026】
組換えBACを作出するために、RedE/T組換えをpBecker2で実施した。標的カセット2 μlを有用なpBecker2に加えて、細胞を電気穿孔処理した。電気穿孔処理後に、細胞を、1 mlのSOC培地で、3時間、37℃で培養した。その後、細胞を、Amp50μg/ml、Cm20μg/ml、及びカナマイシン(Kan)20μg/mlを含有するLB-agarプレートに固定して、37℃で一晩培養した。プレートからのコロニーを、直接PCR法を用いて組換えに関して検討した。UL23領域における組換えを、プライマーとして59461F(5'-CGTTCGTAGAAGCGGTTGTG-3')及び60581R(5'-TGGGATGACATACACATAGCTTTATACGC-3')を用いて検討し、US7-US8領域における組換えを、プライマーとしてrpsL-neo-F(5'-GGCCTGGTGATGATGGCGGGATCG-3')及びPRV124187R(5'-AGAAGAGCTGCGAGTGGAAGCCGA-3')を用いて検討した。
【0027】
陽性クローンを、Amp、Cm及びKanを含有するLB培地で培養した。DNAを標準分析法で抽出して、TE緩衝液1.89mlに溶解させた。その後、CsCl4.54g及び10mg/ml臭化エチジウム溶液151.5μlをDNA溶液に加え、完全に溶解させた。混合物を、Ultraclear超遠心チューブ(Beckman,CA,USA)に移し、24時間、20℃、55Krpmで遠心分離した。閉環状BAC DNAのバンドを、20G金属針(Terumo,Tokyo,Japan)で収集した。BAC DNAを、フェノール-クロロホルム/エタノールで精製した。
【0028】
組換えPRVを得るために、Lipofectamine LTX (Invitrogen, CA, USA)を用いて、BAC 1 μgをPK15細胞にトランスフェクトした。著しい細胞変性効果がトランスフェクションの約3〜5日後に観察された場合、細胞を収集して、凍結融解3サイクルの対象とした。その後、溶解物を用いて75cm2フラスコで培養した細胞を感染させ、ウイルスストックを作出した。
【0029】
図1は、ニパウイルスG蛋白質(PRV-GZ)を発現する組換え豚ヘルペスウイルスの作出工程を示す説明図である。
標的カセットを、プライマーとしてTK-CMVen-NiG-F(5'-TGGGCCTGGCGGCCACGCTGCCCGGGGAGCCCCCCGGCGGCAACCTGGTGTCCCCGAAAAGTGCCACCTGGTCG-3')及びTK-CMVen-NiG-Zeo-R(5'-GCGCGGGCGCGCAGGCGCCGCAGGTGCTCGTCCGGGTCCAGCGAGGCCACAAACCGCCTCTCCCCGCGCGTTGGCCGATT-3')を用いるPCRによって、pCAGGS-NiG-zeoから作出した。PCR製品をDpn1で処理して、テンプレートDNAを除去した。標的カセットを、上記のpBecker2に導入した。その後、細胞を、Amp、Cm、及びZeocin(Zeo)25μg/mlを含有するLBプレートに固定した。
組換えを、プライマー59461F及びpCAGGS-75R(5'-ACTCCATATATGGGCTATGAACTAATGACC-3')を用いて、直接PCR法で検討した。陽性クローンを、Amp、Cm、及びZeoを含有するLB 1Lで培養した。
【0030】
その後、BAC DNAを、抽出並びに精製し、PK15細胞にトランスフェクトした。組換えウイルスによる細胞変性効果(CPE)を、2、3日後に観察した。
PK15細胞を、1時間、10のMOIで各ウイルスに感染させた。接種源を培地に置き換え、各ウイルスに感染した細胞及び上澄液を6、12、24、48、及び72h.p.t.で収集して、凍結融解3サイクルの対象とした。伝染性を、標準分析法を使用するプラーク形成単位滴定法によって決定した。
【0031】
本発明者は、HisタグNiV Gを発現する組換えバキュロウイルスを以前開発している。タグNiV G蛋白質を、製造者指示に基づいて、組換えウイルスを感染させたHigh-Five細胞に発現させ、Ni Sepharose 6 Fast Flow (GE Healthcare UKLtd.,Buckinghamshire,UK)を用いて精製した。完全フロイントアジュバント(Difco, KS, USA)と混合した精製NiV G蛋白質約300μgをラビットに接種すると、抗血清は上昇した。3週間後、完全フロイントアジュバントと混合した精製NiV G蛋白質約80μgを、ラビットに再注入した。初接種の4週間後に、血清を収集した。
【0032】
Mock-またはPRV-GZ-感染PK15細胞を、PBSで洗浄し、1 mM EDTA、20 mM Tris-HCl (pH 8.0)、1% トリトンX、及び20 %グリセロールを含有する溶解緩衝液を加えて溶解させ、4℃で1時間培養した。各溶解物を、SDSサンプル緩衝液と混合させ、10分間沸騰させた。サンプルを、SDS-PAGEの対象として、ニトロセルロース膜上に移した。その膜を、1時間、室温で、希釈率1:1000の作出した抗NiV Gラビットポリクローナル抗体で培養した。膜を、PBSで3回洗浄して、希釈率1:2000のワサビペルオキシダーゼ(HRP)共役ヤギ抗ラビットIgG(Dako,Glostrup,Denmark)で培養した。バンドを、ECL Plus検出試薬(GE Healthcare)を用いて視覚化し、ウェスタンブロット法による組換えウイルスの評価を行った。
【0033】
各ウイルスに感染したPK15細胞を、ホルムアルデヒドで固定して、PBSで洗浄した。その後、細胞を、ポリクローナル抗NiV G抗体(1:1000に希釈)で、1時間、室温で培養した。PBS洗浄後、Alexa Fluor 488共役ヤギ抗ラビットIgG抗体を、細胞(1:1000に希釈;Invitrogen)に加えた。PBSによる洗浄後、細胞を、共焦点蛍光顕微鏡法で調べ、間接免疫蛍光分析(IFA)による組換えウイルスの評価を行った。
【0034】
動物実験として、6週令Balb/cマウス(CLEA Japan Inc., Tokyo, Japan)を用い、毒性を評価するために、PBSで106PFU/mlに希釈したBecker2、PRV-TK-、及びPRV-gI-/gE-100μlを、1つの実験につきマウス5匹に腹腔内接種した。陰性対照として、PBS100μlを接種した。臨床的症状及び死亡数を、毎日調べた。全ての生存したマウスに対して、感染後日数(dpi)19日目に、Becker2(106PFU/ml)ip.を100μl再注入した。接種した全てのマウスのPRV感染の臨床的症状を毎日調べ、体重を記録した。
保護研究として、PRV-GZ(107PFU/ml)100μlを、マウス10匹に接種した。マウス5匹に、PRV-TK-(107PFU/ml)100μlを、陰性対照として接種した。全てのマウスに対して、感染21日後及び28日後に、PRV-GZ(107PFU/ml)100μlを腹腔内接種して抗体価を上昇させた。血清を毎週収集した。接種したマウスのPRV感染の臨床的症状を毎日調べた。
【0035】
マウス血清中の抗NiV G蛋白質の抗体価を、間接酵素結合免疫吸着測定法(ELISA)によって決定した。
コーティング緩衝液(0.1M炭酸緩衝液、pH9.6)で希釈した組換えNiV G蛋白質50μlを、96ウェルマイクロプレートの個別ウェルに加え、4℃で一晩培養した。ウェルを、BlockAce(Dainihon-Sumitomo Seiyaku,Osaka,Japan)100μlで、2時間、室温でブロックし、PBSで洗浄した。希釈(100〜12800倍)したマウス血清100μlを、二重測定でウェルに加えた。室温での1時間の培養後、ウェルをPBSで洗浄し、1000倍希釈したHRP共役ヤギ抗ラビットIgG100μlで、1時間培養した。PBS洗浄後、ペルオキシダーゼ基質(Bio-Rad,CA,USA)100μlを各ウェルに加え、655nmにおける吸光度を15分後に測定した。
【0036】
図2〜4は、マウス中の組換え豚ヘルペスウイルス(PRV-TK-、PRV-gI-/gE-)の病原性を示すグラフであり、図2は各組換え豚ヘルペスウイルスに感染したマウスの生存率((a)Becker2 (b)PRV-gI-/gE- (c)PRV-TK-(d)PBS感染)、図3は、各組換え豚ヘルペスウイルスに感染したマウスの体重変化、図4は、相対スケールで表示した体重変化(感染0日後を1とした時の平均体重)を表す。
図2に示すように、親ウイルスBecker2(105PFU/head接種)に感染したマウスは、感染後8日目までに全て死亡し、PRV-gI-/gE-(105PFU/head接種)に感染したマウスは、感染後12日目までに、100%の致死率を示した。
一方、PRV-TK-に感染したマウスは、100%の生存率を示し、Becker2による攻撃を生き残った。
【0037】
図3及び4に示すように、Becker2またはPRV-gI-/gE-に感染したマウスは、時間経過と共に体重減少を示し、感染後2日目に震えなどの臨床的症状が発現した。
一方、PRV-TK-及びMockに感染したマウスは、時間経過と共に体重増加を示し、臨床的症状は確認されなかった。
これらの結果から、PRV-TK-の毒性がマウス中で減少するため、PRV-TK-がワクチン株として有用であることが確認された。
【0038】
図5及び6は、感染細胞中のニパウイルスG蛋白質の発現を示す写真であり、図5は、IFAの結果、図6は、ウェスタンブロットの結果である。
図5に示すように、抗NiV Gポリクローナル抗体を用いてIFAを実施したところ、NiV G蛋白質がPRV-GZ感染PK15細胞上に観察された。また、図6に示すように、ウェスタンブロット法によると、PRV-TK-感染PK15細胞溶解物ではバンドは観察されないが、PRV-GZ感染PK15細胞溶解物では特有のバンドが観察された。
これらの結果から、in vitroにおいて、PRV-GZが感染細胞中でNiV Gを発現することが確認された。
【0039】
図7は、PRV-GZ感染マウスの血清中における抗ニパウイルスG蛋白質抗体価を示す表である。
マウス10匹に、PRV-GZの106PFU/headを接種した。PRV-GZの腹腔内接種は、100%の生存率を示し、臨床的症状は観察されなかった。さらに、感染21日及び28日後にマウスの抗体価が上昇し、各タイムポイントにおけるマウス中の抗体反応をELISAによって測定した。感染7日、14日及び21日後に収集した血清中で、NiV Gに対する抗体は、どのマウスからも検出されなかった。感染21日後の2度目の接種の1週間後、NiV に対する抗体が6匹のマウスの血清から検出された(1:800〜1:3200、平均1:880。感染28日後の3度目の接種の1週間後、NiV Gに対する抗体が全てのマウスの血清から検出された(1:400〜1:12800、平均1:6760)。一方、106PFU/head PRV-TK-を接種したマウスから収集した血清中では、NiV Gに対する抗体は検出されなかった。
この結果から、in vivoにおいて、PRV-GZの病原性及び抗原性が確認された。
【0040】
図8は、PK15細胞におけるウイルス増殖能を示すグラフである((a)細胞 (b)上澄液))。
プラークアッセイ法により、PK15細胞中におけるPRV-GZのin vitroでの増殖能を、Becker2、PRV-TK-、PRV-gI-/gE-と比較した。図示のように、PRV-GZを含む全ての組換えPRVの増殖曲線はPRV Becker2と類似し、親株と同様の増殖能が維持されていた。
この結果から、TK領域へのNiV G遺伝子の導入が、PK15細胞中のPRVの複製に影響を及ぼさないことが確認された。
以上から、PRV-GZウイルスは、ニパウイルスに対する有益なワクチンとして利用可能と結論付けられる。
【0041】
本発明による組換え豚ヘルペスウイルスを作出するには、まず、上述のような豚ヘルペスウイルスからゲノムRNAを調製し、そのcDNAを作成する。cDNAは特定のプロモーター下流に接続され、cDNAの接続する向きによってゲノムRNAまたはcRNAが転写される。そのcDNAに遺伝子工学的操作により、上述のニパウイルスの遺伝子のcDNAを挿入して組換えcDNAを作製する。
【0042】
組換え豚ヘルペスウイルスは、ニパウイルスの感染防御に有効で伝播力を保持する限り、組換え体に含まれるRNAの任意の部位に、他の任意の外来遺伝子が挿入されていてもよいし、また、任意のゲノム遺伝子が欠失または改変されていてもよい。
挿入される他の外来遺伝子としては、宿主内で発現可能なウイルスや、細菌、寄生虫等の病原性を惹起する各種蛋白質をコードする遺伝子や、各種サイトカインをコードする遺伝子、各種ぺプチドホルモンをコードする遺伝子等が挙げられる。挿入した外来遺伝子の発現量は、遺伝子挿入の位置や、遺伝子前後のRNA 塩基配列によって調節可能である。また、例えば、免疫原性に関与する遺伝子を不活化化したり、RNA の転写効率や複製効率を高めたりするために、一部の組換え豚ヘルペスウイルスのRNA複製に関与する遺伝子を改変してもよい。
【0043】
これにより、豚ヘルペスウイルス及びニパウイルスの2つの感染症の防御が、単一の組換え豚ヘルペスウイルスワクチンの接種で可能になる。なお、更に他の感染症の防御に作用する3価以上のワクチンとしてもよいし、豚ヘルペスウイルス感染症の防御のみに作用する1価ワクチンとしてもよいし、ニパウイルス感染症の防御のみに作用する1価ワクチンとしてもよい。
【0044】
豚サーコウイルス(PCV)や豚繁殖・呼吸器症候群ウイルス(PRRSV)の抗原蛋白遺伝子を挿入して用いることも可能である(非特許文献10、11)。
豚サーコウイルスはサーコウイルス科サーコウイルス属に属し、豚腎株化細胞の迷入ウイルスである1型と、離乳後多臓器性発育不良症候群の原因とされる2型に分類されるものであり、豚繁殖・呼吸器症候群ウイルスは、アルテリウイルス科アルテリウイルス属に属し、豚呼吸器複合感染症の原因と言われているものであり、いずれも、離乳〜肥育初期の子豚の損耗に大きく関わっている。
【0045】
組換え豚ヘルペスウイルスは、ニパウイルス感染症の発症防御をもたらす蛋白質をコードする遺伝子を含み、この遺伝子は上述で実証されたように、組換えウイルスの接種後にニパウイルス感染症の発症防御をもたらす蛋白質を感染細胞内で発現するので、ニパウイルス感染症の増殖防御効果を発揮する。しかも、この組換えウイルスは、豚ヘルペスウイルスとしての機能は維持されているので、豚ヘルペスウイルス感染症に対するワクチンとしても有効である。
【0046】
ワクチンの製造には、定法が利用でき、医薬上許容される担体や各種添加剤を適宜配合してもよい。
医薬上許容しうる担体としては、投与対象に有害な生理学的反応を引き起こさず、ワクチン組成物の他の成分と有害な相互作用を生じない希釈剤や、賦形剤、結合剤、溶媒などであり、例えば、水、生理食塩水、各種緩衝液が用いられる。
添加剤としては、アジュバントや、安定剤、等張化剤、緩衝剤、溶解補助剤、懸濁化剤、保存剤、凍害防止剤、凍結保護剤、凍結乾燥保護剤、静菌剤などが例示される。
【0047】
ワクチンの剤型は、液状、凍結、凍結乾燥のいずれでもよい。
適宜培地や培養細胞等で培養して得られた培養液を採取し、安定剤等の添加剤を添加して小分瓶やアンプル等に分注後密栓すると、液状ワクチンが得られる。分注後、徐々に温度を下降させて凍結したものが凍結ワクチンであり、凍害防止剤や結凍保護剤を添加しておく。分注した容器を凍結乾燥機中で凍結、次いで真空乾燥し、必要に応じ窒素ガスを充填し密栓すると、凍結乾燥ワクチンが得られる。液状ワクチンは、必要に応じ生理食塩水などで希釈して用い、凍結及び乾燥ワクチンでは、使用時にワクチンを溶解するための溶解用液が用いられる。溶解用液としては、各種の緩衝液や生理食塩水が用いられる。
【0048】
免疫原性を高めるためのアジュバントとしては、この分野で慣用のものが使用でき、例えば、BCG 、Propionibacterium acnesなどの菌体、細胞壁、トレハロースダイマイコレート(TDM)などの菌体成分、グラム陰性菌の内毒素であるリポ多糖類(LPS)やリピドA画分、β-グルカン、N-アセチルムラミルジペプチド(MDP)ペスタチン、レバミゾールなどの合成化合物、胸腺ホルモン、胸腺因子、タフトシンなどの生体成分由来の蛋白、ペプチド性物質、フロインド不完全アジュバント、フロインド完全アジュバントなどが例示できる。
【0049】
ワクチンの投与は、皮下投与や、筋肉内投与、静脈内投与などにより行うことができる。投与量は、被験者の年齢、体重、性別、投与方法などにより適宜調整される。
【0050】
また、上記の組換え豚ヘルペスウイルスを非ヒト動物に感染させ、その体液から抗血清等を得て、治療や診断に用いることもできる。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明によると、ニパウイルスや豚ヘルペスウイルス感染症の防御が安全性高く行え、産業上利用価値が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
外来遺伝子を挿入可能な豚ヘルペスウイルス(PRV)であって、
チミジンキナーゼ(TK)遺伝子が欠損され、増殖能は維持すると共に、感染動物においての弱毒化及び免疫誘導能を備える
ことを特徴とする組換え豚ヘルペスウイルス。
【請求項2】
豚ヘルペスウイルスのゲノム中に、ニパウイルス(NiV)感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入した
ことを特徴とする組換え豚ヘルペスウイルス。
【請求項3】
ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質が、ニパウイルスの細胞膜の膜蛋白G、F、核蛋白Nの少なくとも1つである
請求項2に記載の組換え豚ヘルペスウイルス。
【請求項4】
豚ヘルペスウイルスの1以上の遺伝子が改変され、豚ヘルペスウイルスの増殖能は維持すると共に、感染動物においての弱毒化及び免疫誘導能を備える
請求項2または3に記載の組換え豚ヘルペスウイルス。
【請求項5】
ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子とは異なる他の感染症の発症防御に関与する外来遺伝子を、更に1つ以上含む
請求項2ないし4に記載の組換え豚ヘルペスウイルス。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の組換え豚ヘルペスウイルスの遺伝子を構成することを特徴とするDNA。
【請求項7】
請求項1ないし5のいずれかに記載の組換え豚ヘルペスウイルスを感染させた
ことを特徴とする非ヒト動物。
【請求項8】
請求項7に記載の非ヒト動物から採取される体液から得られる
ことを特徴とする抗血清。
【請求項9】
請求項2ないし5のいずれかに記載の組換え豚ヘルペスウイルスと医薬上許容される担体を含み、少なくとも豚ヘルペスウイルスとニパウイルスの感染症の発症防御に作用する
ことを特徴とするワクチン。
【請求項10】
ニパウイルス感染症に対するワクチンの製造方法であって、
1以上の遺伝子が改変され、増殖能は維持すると共に、感染動物においての弱毒化及び免疫誘導能を備える豚ヘルペスウイルスを、ワクチンベクターとして用い、ニパウイルス感染症の発症防御に関与する蛋白質をコードする遺伝子を挿入する
ことを特徴とするニパウイルス感染症ワクチンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−29583(P2012−29583A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−169801(P2010−169801)
【出願日】平成22年7月28日(2010.7.28)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】