説明

組織体の製造方法及び生体埋入物

【課題】形成される組織体の厚みを飛躍的に厚くでき、しかも組織は成熟して毛細血管を含む血管を大量に新生させることができる組織体を提供する。
【解決手段】表面の少なくとも一部に組織体形成促進成分を含有し、組織体形成促進成分を放出させる組織体形成促進成分含有層が設けられている人工物を生体内へ埋入し、該人工物の周辺に組織体を形成させる。この組織体形成促進成分としては、1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン及び/又はその塩を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組織体の製造方法及び生体埋入物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
プラスチック製の人工物で補填することは、豊胸術においてシリコン製の成形物を移植した際の不幸な事故(乳がん)以来下火となっている。
【0003】
大臀部など自家組織を切除することは侵襲が大きく、たとえ衣服で隠蔽したとしても臀部の機能(座位安定性など)は損なわれてしまう。
【0004】
生体にスティック状の人工物を埋入し、これを鋳型として人工血管を作成することは公知である。
【0005】
特許文献1では、表面に生体由来増殖因子を塗布することで速やかに組織体を形成させる技術が開示されている。
【0006】
なお、1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジンは、アルツハイマー型老年痴呆等の各種老人性痴呆症治療・予防剤として公知である(下記特許文献2)。
【特許文献1】特開2004−261260号公報
【特許文献2】特許第2578475号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記特許文献1では次のような課題がある。
【0008】
(1) 組織体が形成されるまでの期間は短縮され得るが、組織体の厚みは、経時的に飽和し、たとえ長期間埋入しても数百μm程度にしかならない。このため、得られる組織体は、大動脈、大静脈用のグラフトなどとして使用するには強度的に不十分である。
【0009】
(2) 得られた組織体の内部は血管密度が不十分であり、細胞間マトリックスを主成分とする繊維化組織となってしまう。この場合、深部の組織は成熟せずに癌化する危険性もある。
【0010】
(3) 生体由来増殖因子は、生体内で要事(例えば血小板が変形して血管へ付着する時、リンパ球がウイルスに感染してアポトーシスする時など)にしか発現されず、発現量も微量であるため入手することが困難である。
【0011】
(4) ヒト以外のウシなどの異種動物から生体由来増殖因子を抽出しても、共雑成分として有害プリオン、ウイルスが混入する危険性がある。
【0012】
(5) 遺伝子組換えで合成することも可能であるが、活性は生体由来(天然もの)よりも低く、合成に使用する大腸菌由来の毒性物質が混入する危険性がある。
【0013】
(6) 増殖因子自体も不安定で、pH変化、熱、酸素接触などの要因で容易に失活してしまう。従って、無菌的に鋳型へ塗布することが困難である。
【0014】
本発明は、上記従来の問題点を解消し、形成される組織体の厚みを飛躍的に厚くでき、しかも組織は成熟して毛細血管を含む血管を大量に新生させることができる組織体の製造方法及び生体埋入物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明(請求項1)の組織体の製造方法は、人工物を生体内へ埋入し、該人工物の周辺に組織体を形成させる組織体の製造方法において、前記人工物の表面の少なくとも一部に、組織体形成促進成分を含有し、該組織体形成促進成分を放出させる組織体形成促進成分含有層が設けられている組織体の製造方法であって、該組織体形成促進成分が1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン及び/又はその塩であることを特徴とするものである。
【0016】
請求項2の組織体の製造方法は、請求項1において、組織体形成促進成分を含有する層が、少なくとも水溶性高分子と組織体形成促進成分を含む溶液を塗布した層を架橋処理して形成されたものであることを特徴とするものである。
【0017】
請求項3の組織体の製造方法は、請求項2において、前記水溶性高分子が感光基有する分子団で修飾されたものであることを特徴とするものである。
【0018】
請求項4の組織体の製造方法は、請求項3において、前記感光基を有する分子団が、キサンテン系色素、アジン系色素、チアジン系色素、オキサジン系色素、キノリン系色素、ピラゾロン系色素、スチルゼン色素、アゾ系色素、ジアゾ系色素、アントラキノン系色素、インジゴ系色素、チアゾール系色素、フェニルメタン系色素、アクリジン系色素、シアニン系色素、インドフェノール系色素、ナフタルアミド系色素及びペリレン系色素からなる郡から選択される少なくとも1種であることを特徴とするものである。
【0019】
請求項5の組織体の製造方法は、請求項4において、前記感光基を有する分子団が、エオシン、フルオロセイン、ローズベンガル、ベンゾフェノン、カンファーキノン、オレフィン、ベンザルアセトフェノン、シンナミリデンアセチル、シンナモイル、スチリルピリジン、α−フェニルマレイミド、フェニルアジド、スルホニルアジド、カルボニルアジド、o−キノンジアジド、フリルアクリロイル、クマリン、ピロン、アントラセン、ベンゾイル、スチルベン、ジチオカルバメート、ザンタート、シクロプロペン、1、2、3−チアジアゾール、アザ−ジオキサビシクロ、ハロゲン化アルキル、ケトン及びジアゾ並びにこれらで修飾された物質からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とするものである。
【0020】
請求項6の組織体の製造方法は、請求項2ないし5のいずれか1項において、前記架橋処理が光照射であることを特徴とするものである。
【0021】
請求項7の組織体の製造方法は、請求項2ないし6のいずれか1項において、前記溶液が、さらに、チオール、アルコール、還元糖及びポリフェノールからなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とするものである。
【0022】
請求項8の組織体の製造方法は、請求項2ないし7のいずれか1項において、前記溶液が、さらに、アミノ基、N−アルキルアミノ基及びN、N−ジアルキルアミノ基からなる群から選択される少なくとも1種の基を有したアミノ化合物を含むことを特徴とするものである。
【0023】
請求項9の組織体の製造方法は、請求項2ないし8のいずれか1項において、前記水溶性高分子がゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、ケラタン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、エラスチン、ヘパラン硫酸、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、オステオネクチン、エンタクチン、ガゼイン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリシドール、ポリグリシドールの側鎖エステル化体、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメタクリレートとジメチルアミノエチルメタクリレートの共重合体、ヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体、アルギン酸、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とするものである。
【0024】
請求項10の組織体の製造方法は、請求項1ないし9のいずれか1項において、前記人工物がアクリル樹脂、オレフィン樹脂、スチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、シリコン樹脂、フッ素樹脂、エポキシ樹脂、ガラス、チタン、プラチナ及びステンレス鋼からなる群から選択される少なくとも1種よりなる物体であることを特徴とするものである。
【0025】
本発明(請求項11)の組織体は、請求項1ないし10のいずれか1項の方法により製造されたものである。
【0026】
請求項12の組織体は、請求項11において、組織体がさらに脱細胞処理されていることを特徴とするものである。
【0027】
請求項13の組織体は、請求項11又は12において、組織体がさらに凍結乾燥されていることを特徴とするものである。
【0028】
本発明(請求項14)の生体組織の代替材は、請求項11ないし13のいずれか1項の組織体からなるものである。
【0029】
本発明(請求項15)の組織体製造用生体埋入物は、人工物の表面の少なくとも一部に、組織体形成促進成分を含有し、該組織体形成促進成分を放出させる組織体形成促進成分含有層が設けられている組織体製造用生体埋入物であって、該組織体形成促進成分が1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン及び/又はその塩であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0030】
人工物を生体内へ埋入すると、該人工物の表面を被覆するように組織体が形成される。この時、前記人工物の表面に組織体形成促進成分の放出性を有した組織体形成促進成分含有層を設け、この組織体形成促進成分含有層から組織体形成促進成分が長期間例えば2週間以上継続して放出されるようにすることにより、形成される組織体の厚みを飛躍的に厚くでき、しかも組織は成熟して毛細血管を含む血管を大量に新生させることができる。
【0031】
しかして、従来、各種老人性痴呆症治療・予防剤として公知のドネペジル(donepezil:1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン)が血管生体組織新生を著しく促進することができ、組織体形成促進成分として有効であることが本発明者らにより見出された。
【0032】
1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン:ドネペジルは、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤であり、
(1) 血漿中濃度消失半減期が長いこと、
(2) 末梢性の副作用が少ないこと、
(3) 生体利用率が高く脳移行性も良いこと、
の3項目を満たし、軽度及び中等度のアルツハイマー型痴呆における痴呆症状の進行を抑制する効能を有する化合物として探索研究された結果、見出されたものである。
【0033】
ドネペジルの血管新生促進作用の機序については必ずしも明らかではないが、ドネペジルが血管内皮細胞、心筋細胞、骨格筋細胞に作用して、血管内皮増殖因子の発現を誘導し、血管新生を促進する等が考えられる。
【0034】
即ち、ドネペジルは、アセチルコリンエステラーゼのインヒビターとして作用し、間接的に脳内アセチルコリン濃度を上昇させることで、痴呆症状を緩和している。
【0035】
本発明に係るドネペジルは、インヒビターがアセチルコリン濃度を上昇させることで内皮細胞の膜表面のアセチルコリン・レセプターを活性化することにより血管新生を促進するものと考えられる。
【0036】
また、ドネペジルは水に極めて溶けやすく、そのまま生体埋入物の表面に塗布して生体内に埋入すると速やかに生体埋入物から拡散してしまい、効果は得られない。これに対し、ドネペジルを光架橋性ゼラチンゲルなどの水溶性高分子のゲル状物に包埋することにより、ドネペジル含有層に放出性が付与される。本発明では長期間、例えば2週間以上にわたってピリジン誘導体を徐々に放出させることにより、従来よりも高密度な血管新生、従来の例えば数十倍程度の厚み及び高い成熟度を有した組織体を得ることができる。
【0037】
得られた組織体は、大量の血管を含む、生きた細胞で構築されたものであり、それ自体を医用材料として利用可能である。
【0038】
例えば、スポーツ傷害、交通事故、悪性腫瘍、ネクローシス、四肢血流不良などにより生体組織を欠損するケースは多いが、欠損部位が顔、耳など外観に影響する場合、大臀部など衣服で隠蔽できる部位から自家組織を切除して補填移植する形成外科術やプラスチック製の人工物で補填することが行われている。本発明の組織体はこのような場合にも用いることができる。
【0039】
本発明方法により製造される組織体は、製造後に切削加工が可能である。この組織体を欠損組織の補充に使用することも可能である。組織体は生きた組織であり、移植後に成長する機能を有している。大きく欠損しても補填に使用することが可能であり、かつ、管状に成形すれば人工血管としても使用可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
【0041】
本発明の組織体の製造方法では、表面の少なくとも一部に、組織体形成促進成分含有層が設けられている人工物を生体内へ埋入し、該人工物の周辺に組織体を形成させる。
【0042】
本発明に係る組織体形成促進成分は、下記構造式(I)で表される1−ベンジル−4−〔(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル〕メチルピペリジン及び/又はその薬理学的に許容できる塩である。以下、この塩も含めてドネペジル類と称す。
【0043】
【化1】

【0044】
本発明において、薬理学的に許容できる塩とは、例えば塩酸塩、硫酸塩、臭化水素酸塩、燐酸塩などの無機酸塩、蟻酸塩、酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩などの有機酸塩を挙げることができる。
【0045】
また、例えばナトリウム塩、カリウム塩などのアルカリ金属塩、カルシウム塩、マグネシウム塩のようなアルカリ土類金属塩、トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ピリジン塩、ピコリン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン塩などの有機アミン塩、アンモニウム塩などを形成する場合もある。
【0046】
ドネペジルには、幾何異性体、光学異性体、ジアステレオマーなどが存在しうるが、何れも本発明の範囲に含まれる。
【0047】
ドネペジルの製造方法は上記特許文献2に記載されているところである。
【0048】
ドネペジル類は、水に対し極めて易溶性であるので、少なくとも水溶性高分子、ピリジン誘導体を含む溶液を塗布した層へ架橋処理をして形成させること、つまり、水溶性高分子のゲル状物等に包埋して人工物の表面に付着させる。
【0049】
この架橋処理としては、水溶性高分子をグルタアルデヒド、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジイソシアネート、ジグリシジルアニリンなどの化学架橋剤で架橋する方法や、熱によりラジカルを発生させて架橋する方法などがあるが、感光基を有する分子団で修飾された水溶性高分子を使用して、光照射して架橋することが好適である。
【0050】
この溶液中における水溶性高分子の濃度は0.1〜50重量%程度が好適であり、ドネペジル類の濃度は0.001〜10重量%程度が好適である。この溶液中には、後述のアミノ化合物を0.1〜20重量%程度溶解させておくのが好ましい。
【0051】
この感光基を有する分子団としては、キサンテン系色素、アジン系色素、チアジン系色素、オキサジン系色素、キノリン系色素、ピラゾロン系色素、スチルゼン色素、アゾ系色素、ジアゾ系色素、アントラキノン系色素、インジゴ系色素、チアゾール系色素、フェニルメタン系色素、アクリジン系色素、シアニン系色素、インドフェノール系色素、ナフタルアミド系色素及びペリレン系色素からなる郡から選択される少なくとも1種が好適であり、より具体的には、エオシン、ベンゾフェノン、カンファーキノン、オレフィン、ベンザルアセトフェノン、シンナミリデンアセチル、シンナモイル、スチリルピリジン、α−フェニルマレイミド、フェニルアジド、スルホニルアジド、カルボニルアジド、o−キノンジアジド、フリルアクリロイル、クマリン、ピロン、アントラセン、ベンゾイル、スチルベン、ジチオカルバメート、ザンタート、シクロプロペン、1、2、3−チアジアゾール、アザ−ジオキサビシクロ、ハロゲン化アルキル、ケトン及びジアゾ並びにこれらで修飾された物質からなる群から選択される少なくとも1種が好適であり、中でもエオシンが好適である。
【0052】
水溶性高分子としては、ゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、ケラタン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、エラスチン、ヘパラン硫酸、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、オステオネクチン、エンタクチン、ガゼイン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリシドール、ポリグリシドールの側鎖エステル化体、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメタクリレートとジメチルアミノエチルメタクリレートの共重合体、ヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体、アルギン酸、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種が好適であり、特にゼラチンが好適である。
【0053】
従って、上記分子団で修飾された水溶性高分子としてはエオシン化ゼラチンが好適である。
【0054】
本発明では、上記水溶液がさらに、ラジカルのカウンターであるプロトン供与体として、チオール、アルコール、還元糖、ポリフェノールや、アミノ基、N−アルキルアミノ基及びN、N−ジアルキルアミノ基からなる群から選択される少なくとも1種の基を有したアミノ化合物特にアミノアクリルアミド、具体的にはポリジメチルアミノプロピルアクリルアミドを5重量%程度含有することが好ましい。このアミノ化合物等を含有させることにより、分子間結合を切断して分解物を生成させる可能性が高い紫外線を使用せずに、エネルギーが低く量産においても作業者への安全性が確保される可視光で、本発明の範囲内にある条件によっては蛍光灯などの日常生活で使用されているレベルの光で、不溶化することが可能となる。
【0055】
次に、本発明において用いるのに好適なエオシン化ゼラチンについて説明する。
【0056】
ここでゼラチンは、分子量5千〜10万、アミノ基約10〜100個/1分子程度の通常のゼラチンで良い。
【0057】
エオシン化ゼラチンは、下記反応に従ってゼラチンの側鎖にエオシンを導入することにより調製される。
【0058】
【化2】

【0059】
ゼラチン分子へのエオシンの導入数は、例えば、エオシン化ゼラチンの水溶液の吸光度をエオシンの最大吸収波長522nmにおいて測定し、エオシンのモル吸光係数(ε=999,000
dm3・mol-1・cm-1)を基に算出可能であり、ゼラチン1分子に対して1〜10個、特に2〜5個程度が好ましい。このエオシン等の感光基を有する化合物の導入数が少ないとゲル化率が低下し、また必要以上に多くてもゼラチン固有の柔軟性が損なわれる可能性があると共に、水へ難溶性となってしまう。
【0060】
このエオシン化ゼラチン自体は固体であるが、これを例えば濃度1〜10重量%の水溶液とした場合には粘稠性の液体状となり、これに300〜30,000lx程度、特に300〜15,000lx程度の比較的低照度で、可視光を0.1〜30分程度照射してゲル状に硬化させることができる。なお、光照射するにあたって、人工物の表面に粘稠性の液体を塗布した層をあらかじめ乾燥させてから光照射することで、より高密度なゲル状硬化層を形成させることも可能である。
【0061】
上記ドネペジル類含有層を表面に形成するための人工物(生体埋入物)としては、アクリル樹脂、オレフィン樹脂、スチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、シリコン樹脂、フッ素樹脂、エポキシ樹脂、ガラス、チタン、プラチナ及びSUS(ステンレス鋼)からなる群から選択される少なくとも1種よりなる物体であることが好ましい。この人工物の形状及び大きさは、生体内に埋入できるものであればよい。この人工物が細棒状であれば、血管などの管状組織体を製造することができる。人工物が板状であれば、板状の組織体を製造することができる。人工物は、生体に埋入するものであるから、角ばっていないことが好ましい。
【0062】
生体埋入物を埋入する動物とは自己(患者本人)でも、他人でも異種動物で構わないが、免疫反応などの惹起し得ない自己が好ましい。ただし、緊急時には異種動物で作成したものをそのまま使用するか(免疫抑制剤の使用)、脱細胞化処理したもの使用することも可能である。脱細胞化処理した組織体は、宿主体内で宿主細胞が浸潤、生着し、器質化されることによって成熟した組織となることが期待できる。
【0063】
脱細胞処理の方法としては、コラゲナーゼなどの酵素処理によって細胞外マトリックスを溶出させて洗浄する方法やアルコールなどの水溶性有機溶媒で洗浄する方法があるが,グルタアルデヒドやホルムアルデヒドなどのアルデヒド化合物及び/又はメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等の水溶性有機溶媒で処理する方法がある。具体的には、アルデヒド化合物を終濃度1〜3%程度となるように調整し、組織体の体積の約50倍量の固定液中へ組織体を2時間以上浸漬する方法が好ましい。これによってタンパク鎖のリジン残基などを架橋することで、組織体の構造を維持することが可能となる。
【0064】
脱細胞処理の後の組織体は、更に凍結乾燥することにより、密度などを安定して制御することができる。脱細胞処理後に凍結乾燥せずに、アルコールなどの水溶性有機溶媒、燐酸緩衝生理食塩水、生理食塩水中で保存することも可能であるが、保存時の物性変化を抑制する意味でも凍結乾燥させることが好ましい。ここで乾燥方法としては、乾燥時の収縮現象において空孔の閉塞や繊維質の会合が起こる可能性があり、再現性良く有用な物性を有する組織体を得られなくなる可能性があるため、凍結乾燥が好ましい。
【実施例】
【0065】
以下、実施例及び比較例について説明する。まず、比較例1について説明する。
【0066】
[比較例1]
図1,2に示す比較例1は、直径3mm、長さ30mmのシリコーン基材のみを兎背部皮下に留置したものである。
【0067】
通常手技によって局所麻酔、剃毛されたウサギ背部の表皮をイソジン消毒後に速やかに約30mm切開し、滅菌した丸棒を皮下組織の下へ埋入して縫合した。縫合部位はイソジンにて1日2回の消毒を行い、水は自由給水とし、飼料としてヘイキューブを体重に応じて適量給仕した。
【0068】
埋入期間中、縫合部において感染の所見は認められず、抗生物質は一切使用する必要がなかった。埋入から2週間後に埋入時と同様の手順にて丸棒を摘出した。摘出した丸棒は、全面が肉厚約150ミクロンの組織体で均質に被覆されていた(図1参照)。なお、図2は組織体の断面の顕微鏡写真である。
【0069】
なお、数ヶ月留置すると数百μmの厚さまで成長するが、その後はほとんど変化しなかった。
【0070】
[実施例1]
図3,4に示す実施例1は上記と同一のシリコーン基材の表面に、エオシン化ゼラチン、ポリジメチルアミノプロピルアクリルアミド及び1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジンをそれぞれ終濃度20%、5%及び0.1%含む水溶液をコーティングし、可視光を60秒照射して厚さ100μmのニコチン含有層を形成したものである。比較例1と同様に皮下に2週間留置すると、真っ赤で太い組織が形成された。また、表面には太い血管も形成された。
【0071】
断面組織を観察すると、図4の通り、血球細胞で満たされた非常に多くの毛細血管を含む厚い組織が形成された。組織の厚さは比較例の数百倍にも至る数mmで、生体血管を超える数千mmHg以上の内圧耐久性を有していた。
【0072】
[比較例2]
比較例2として、特開2004−261260号の実施例3に記載のものである。即ち、外径3mm、長さ30mmのアクリル樹脂製の丸棒(生体組織を物理的に必要以上に刺激しないように、丸棒表面は鏡面仕上げで両末端は半球状の曲面仕上げとした。)に光重合性開始剤を側鎖に有するポリスチレン誘導体を塗布し、常法によって精製したメチルメタクリレート・ベンゼン溶液中に浸漬して、光開始グラフト重合を行い、ポリメチルメタクリレート鎖を表面にグラフト導入した。グラフト率としては、X線光電子分光法により、O/C比で0.4であることが確認された。さらに、この表面に血管内皮増殖因子(0.5μg/cm)を固定した。この丸棒を常法によりエチレンオキサイドガス滅菌して埋入に使用した。2週間後の結果は図5に示す通り、比較例1と比較すれば形成された薄い結合組織管に毛細血管が誘導されたものの、組織体の厚みに関しては有意差は認められず、本発明のように組織まで誘導できなかった。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】比較例1において、摘出した丸棒の写真である。
【図2】図1における組織体の断面の顕微鏡写真である。
【図3】実施例1において、摘出した丸棒の写真である。
【図4】図3における組織体の断面の顕微鏡写真である。
【図5】比較例2において形成された結合組織管を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工物を生体内へ埋入し、該人工物の周辺に組織体を形成させる組織体の製造方法において、前記人工物の表面の少なくとも一部に、組織体形成促進成分を含有し、該組織体形成促進成分を放出させる組織体形成促進成分含有層が設けられている組織体の製造方法であって、
該組織体形成促進成分が1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン及び/又はその塩であることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、組織体形成促進成分を含有する層が、少なくとも水溶性高分子と組織体形成促進成分を含む溶液を塗布した層を架橋処理して形成されたものであることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項3】
請求項2において、前記水溶性高分子が感光基有する分子団で修飾されたものであることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項4】
請求項3において、前記感光基を有する分子団が、キサンテン系色素、アジン系色素、チアジン系色素、オキサジン系色素、キノリン系色素、ピラゾロン系色素、スチルゼン色素、アゾ系色素、ジアゾ系色素、アントラキノン系色素、インジゴ系色素、チアゾール系色素、フェニルメタン系色素、アクリジン系色素、シアニン系色素、インドフェノール系色素、ナフタルアミド系色素及びペリレン系色素からなる郡から選択される少なくとも1種であることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項5】
請求項4において、前記感光基を有する分子団が、エオシン、フルオロセイン、ローズベンガル、ベンゾフェノン、カンファーキノン、オレフィン、ベンザルアセトフェノン、シンナミリデンアセチル、シンナモイル、スチリルピリジン、α−フェニルマレイミド、フェニルアジド、スルホニルアジド、カルボニルアジド、o−キノンジアジド、フリルアクリロイル、クマリン、ピロン、アントラセン、ベンゾイル、スチルベン、ジチオカルバメート、ザンタート、シクロプロペン、1、2、3−チアジアゾール、アザ−ジオキサビシクロ、ハロゲン化アルキル、ケトン及びジアゾ並びにこれらで修飾された物質からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項6】
請求項2ないし5のいずれか1項において、前記架橋処理が光照射であることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項7】
請求項2ないし6のいずれか1項において、前記溶液が、さらに、チオール、アルコール、還元糖及びポリフェノールからなる群から選ばれる少なくとも1種を含むことを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項8】
請求項2ないし7のいずれか1項において、前記溶液が、さらに、アミノ基、N−アルキルアミノ基及びN、N−ジアルキルアミノ基からなる群から選択される少なくとも1種の基を有したアミノ化合物を含むことを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項9】
請求項2ないし8のいずれか1項において、前記水溶性高分子がゼラチン、コラーゲン、フィブロネクチン、ヒアルロン酸、ケラタン酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、エラスチン、ヘパラン硫酸、ラミニン、トロンボスポンジン、ビトロネクチン、オステオネクチン、エンタクチン、ガゼイン、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリグリシドール、ポリグリシドールの側鎖エステル化体、ポリビニルアルコール、ヒドロキシエチルメタクリレートとジメチルアミノエチルメタクリレートの共重合体、ヒドロキシエチルメタクリレートとメタクリル酸の共重合体、アルギン酸、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド及びポリビニルピロリドンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項において、前記人工物がアクリル樹脂、オレフィン樹脂、スチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリアミド樹脂、塩化ビニル樹脂、シリコン樹脂、フッ素樹脂、エポキシ樹脂、ガラス、チタン、プラチナ及びステンレス鋼からなる群から選択される少なくとも1種よりなる物体であることを特徴とする組織体の製造方法。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか1項の方法により製造された組織体。
【請求項12】
請求項11において、組織体がさらに脱細胞処理されていることを特徴とする組織体。
【請求項13】
請求項11又は12において、組織体がさらに凍結乾燥されていることを特徴とする組織体。
【請求項14】
請求項11ないし13のいずれか1項の組織体からなる生体組織の代替材。
【請求項15】
人工物の表面の少なくとも一部に、組織体形成促進成分を含有し、該組織体形成促進成分を放出させる組織体形成促進成分含有層が設けられている組織体製造用生体埋入物であって、
該組織体形成促進成分が1−ベンジル−4−[(5,6−ジメトキシ−1−インダノン)−2−イル]メチルピペリジン及び/又はその塩であることを特徴とする組織体製造用生体埋入物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−143674(P2007−143674A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−339639(P2005−339639)
【出願日】平成17年11月25日(2005.11.25)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(504174180)国立大学法人高知大学 (174)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】