説明

経鼻投与用医薬組成物

【課題】
不活性化ウイルス粒子抗原を経鼻投与することによってワクチンとして作用させるための医薬組成物を提供することにある。
【解決手段】
不活性化ウイルス粒子抗原と以下の(a)〜(c)のいずれかのペプチドを含有する経鼻投与用医薬組成物。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ鼻腔粘膜透過性を有するペプチド。
(c)(a)または(b)の逆配列で表されるアミノ酸配列からなり、鼻腔粘膜透過性を有するペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不活性化ウイルス粒子抗原を経鼻投与するための医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、感染性ウイルスに対するワクチンの分野において従来から広く行われている注射による投与製剤に加え、経粘膜投与製剤の開発が進んでいる。注射投与は患者が痛みを伴い医師の指導の下で行う必要があるため途上国での投与に困難が伴うなどの課題があり、有効な経粘膜投与ワクチン製剤の開発に強い期待がある。すでにいくつかの経粘膜投与ワクチン製剤が市場に出ており、ロタウイルスやポリオウイルスに対しては経口ワクチン製剤が、またインフルエンザウイルスに対しては経鼻ワクチン製剤が上市されている(非特許文献1)。しかし、これらのワクチンはいずれも生きたウイルスを用いる生ワクチンであり、安全性の懸念がある。
【0003】
生ワクチンは弱毒化したウイルスそのものを投与することにより、高い効率で投与したウイルス抗原に対する免疫を獲得させることができるが、開発時にウイルスの弱毒化に時間がかかり新規の感染症が生じた場合に迅速なワクチン製造ができない点、生きたウイルスを用いるため一定の確率で感染を引き起こることにより副作用が生ずる患者が出る点、他のウイルスと同時感染した場合に体内で交雑がおき強毒化したウイルスが生じる可能性がある点が問題となっている。
【0004】
これらの問題から、注射投与を行うワクチンでは生ワクチンに代わり感染能を消失させた不活性化ウイルス抗原を用いたワクチンも開発されているが、これらの不活性化ウイルス抗原は経粘膜投与を行った場合の効果は低く、経粘膜投与ワクチン製剤としてはこれまでに実用化には至っていないが、不活性化ウイルス抗原を用いて経粘膜ワクチンを実現させることを目的としていくつかの研究が行われており、例えば、コレラ毒素サブユニットを用いた経粘膜免疫の成功例もあるが(非特許文献2)、コレラ毒素のサブユニットは副作用が強く実用化が困難であることが知られている。
【0005】
一方、鼻腔から親水性生理活性物質を高い吸収効率で血中に移行させる方法として細胞透過性ペプチドを用いる方法が報告されている(特許文献1)。本方法は親水性生理活性物質をペネトラチンなどの細胞膜透過性ペプチドと合わせて鼻腔に投与することで、生理活性物質単独を投与する場合と比較し、高い効率で親水性生理活性物質を血中に移行させることを可能にする技術であるが、不活性化ウイルス粒子抗原のようなサイズが大きく、かつ、粒子構造に免疫原性のあるような抗原を効率よく血中に移行させることができるかに関しては不明であり、また免疫を惹起できるかなど、ワクチン用途での実用性は確認されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2009/107766号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】エキスパート・レビュー・オブ・ワクチン、2009年8号、1083〜1097ページ
【非特許文献2】ワクチン、1988年6号、409〜413ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、不活性化ウイルス粒子抗原を経鼻投与することによってワクチンとして作用させるための医薬組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を克服するために、本発明者は通常の条件では経粘膜投与時にワクチン効果の弱い不活性化ウイルス粒子抗原をペネトラチンまたはその改変ペプチドと共に経鼻投与することにより、血中および鼻腔粘膜組織において効率よく該ウイルスに対する免疫を誘導できることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明は、以下のような構成を有する。
【0011】
(1)不活性化ウイルス粒子抗原と以下の(a)〜(c)のいずれかのペプチドを含有する経鼻投与用医薬組成物。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ鼻腔粘膜透過性を有するペプチド。
(c)(a)または(b)の逆配列で表されるアミノ酸配列からなり、鼻腔粘膜透過性を有するペプチド。
【0012】
(2)前記(b)のペプチドが、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、1もしくは数個の塩基性アミノ酸が別の塩基性アミノ酸に置換、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ鼻腔粘膜透過性を有するペプチドである、(1)に記載の経鼻投与用医薬組成物。
【0013】
(3)前記(a)〜(c)のいずれかのペプチドがD体アミノ酸を含む、(1)または(2)に記載の経鼻投与用医薬組成物。
【0014】
(4)前記不活性化ウイルス粒子抗原がエンベロープ型ウイルス由来である、(1)〜(3)のいずれかに記載の経鼻投与用医薬組成物
(5)前記不活性化ウイルス粒子抗原が不活性化インフルエンザウイルス粒子である、(1)〜(4)のいずれかに記載の経鼻投与用医薬組成物。
【発明の効果】
【0015】
本発明により、不活性化ウイルス粒子抗原を経粘膜投与しワクチンとして作用させることが可能となり、従来の投与方法に比べ、安全で、かつ簡便に投与可能なワクチン製剤の実用化が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】不活性化インフルエンザウイルス粒子抗原とペネトラチンを併せて経粘膜投与した場合の抗原に対する血中イムノグロブリンGの量を表す。
【図2】不活性化インフルエンザウイルス粒子抗原とペネトラチンを合わせて経粘膜投与した場合の鼻腔粘膜中の抗原に対するイムノグロブリンAの量を表す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、不活性化ウイルス粒子抗原を経粘膜で作用させワクチンとして作用させるための医薬組成物であって、薬効成分として不活性化ウイルス粒子抗原と不活性化ウイルス粒子抗原の吸収を促進する特定のペプチドを、それらが共有結合で連結されずにそれぞれ独立した状態で配合してなる医薬組成物に関する。なお本発明では、不活性化ウイルス粒子抗原とペプチドは共有結合で連結されずにそれぞれ独立した状態で配合されているが、これは投与時に混合しても、事前に混合された状態で製剤化されていても、2つが共有結合で結ばれていなければ良い。
【0018】
以下、本発明の経鼻投与用医薬組成物の詳細について説明する。
【0019】
本発明において不活性化ウイルス粒子抗原とともに含まれる配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドは、一般にペネトラチンと呼ばれるペプチドである。ペネトラチンはショウジョウバエのアンテナペディアと呼ばれるペプチドのDNA結合部位から見いだされた細胞透過性を有するペプチドであるが、本発明者は、ペネトラチンと不活性化ウイルス粒子抗原を併せて経粘膜投与した場合、ペネトラチンの経粘膜吸収促進効果により不活性化ウイルス粒子抗原が高い効率で免疫されることを新規に見出し、本発明を完成させたものである。
【0020】
本発明において用いられる配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドは、1つまたは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されている場合も、ペプチド全体として本発明で必要とする鼻腔粘膜透過性を有する範囲内での相違であれば許容される。例えば、ペプチドの内の塩基性アミノ酸が別の1つまたは数個の塩基性アミノ酸に置き換わる場合、親水性アミノ酸が別の1つまたは複数の親水性アミノ酸に置き換わる場合、疎水性アミノ酸が1つまたは複数の疎水性アミノ酸に置き換わる場合はペプチド全体の特性は変化しないため、問題なく許容される。特に配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、1つまたは数個の塩基性アミノ酸が置換または付加される場合は好ましく許容される。なお、上記アミノ酸の欠失、置換もしくは付加は少ない方が好ましく、好ましくは1〜5個のアミノ酸、より好ましくは1〜3個のアミノ酸、さらに好ましくは1個のアミノ酸である。ここで、本発明において疎水性アミノ酸とは、ロイシン、イソロイシン、トリプトファン、フェニルアラニン、バリン、アラニンからなる群から選ばれるアミノ酸を表し、親水性アミノ酸とは、セリン、トレオニン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リジン、アルギニン、ヒスチジンからなる群から選ばれるアミノ酸を表す。また、塩基性アミノ酸とは、リジン、アルギニン、ヒスチジンからなる群から選ばれるアミノ酸を表す。
【0021】
また、本発明において不活性化ウイルス粒子抗原とともに含まれるペプチドは、有効な経粘膜ワクチンとしての作用を有する配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドまたは上記配列番号1で表されるアミノ酸配列の一部が欠失、置換もしくは付加されたペプチドの逆配列で表されるペプチドであっても、ペプチド全体として鼻腔粘膜透過性を有する範囲内での相違であれば許容される。ここで、逆配列で表されるペプチドとは、構成するアミノ酸の並びが逆であることを示し、例を挙げるとN末端からC末端に向けてのアミノ酸配列の並びがアルギニン、グルタミン、イソロイシン、リシンである時、その逆ペプチドはN末端からC末端に向けてのアミノ酸配列の並びがリシン、イソロイシン、グルタミン、アルギニンであるペプチドを言う。好ましい例として、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドの逆配列で表されるペプチドが挙げられる。
【0022】
本発明において不活性化ウイルス粒子抗原とともに含まれるペプチドを構成するアミノ酸は、天然に存在するアミノ酸である立体配置がL体であるアミノ酸の他に、天然のアミノ酸の構造を一部改変した誘導体など非天然のアミノ酸も使用されうる。例えば、立体配置がD体のアミノ酸は、蛋白分解酵素による分解を受けにくいことから有効に使用され、該ペプチドのアミノ酸配列のうち、一部がD体であることは好ましく、全体がD体であることはより好ましい。
【0023】
本発明において不活性化ウイルス粒子抗原とともに含まれるペプチドは、通常のペプチド合成の方法を用いて調製することが可能であり、例えば、大腸菌などの微生物、動物細胞、昆虫細胞などに該ペプチドのアミノ酸配列をコードする遺伝子を導入して発現させて作製することも可能である。また、天然に存在する該ペプチドのアミノ酸配列を有するタンパク質を分解処理して得ることもできる。たとえば配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチドはショウジョウバエのアンテナペディアタンパクの一部分の配列と同一の配列であり、天然の当該タンパクより分解酵素処理を経て作製することも可能である。
【0024】
本発明において不活性化ウイルス粒子抗原とともに含まれるペプチドは、糖鎖、ポリエチレングリコール、アミド基などによって修飾されていてもよいが、ペプチドの末端がアミド基によって修飾されていないペプチドが好ましく用いられる。
【0025】
本発明において不活性化ウイルス粒子抗原とともに含まれるペプチドは、1種類であっても複数種類含まれてもよいが、1種類であることが好ましい。また、その濃度としては特に限定はないが、濃度が高すぎると鼻腔への刺激性が高まるため、2mM以下であることが好ましく、また有効な経鼻ワクチンとしての作用を保持させるために0.2mM以上であることが好ましい。なお、本発明でいうペプチドの濃度は、経鼻投与する時の濃度を表しており、本発明の医薬組成物が溶液状であればその溶液中での濃度を、固体状であれば1回の投与分の組成物を1回の鼻腔内投与量の目安である40μlの溶液で復元したときの濃度をいう。
【0026】
本発明における不活性化ウイルス粒子抗原とは、感染能を有していないウイルス粒子であって、生体内に投与した際に各種イムノグロブリンの産生を誘導するといった免疫原性を有するウイルス粒子抗原のことである。ウイルス種によっては、ウイルス粒子を構成するタンパク質に免疫原性があるものや、ウイルス粒子構造に免疫原性があるものが知られているが、本発明により、タンパク質に対する免疫原性に加え、ウイルス粒子構造に対する免疫原性も利用した免疫が可能になる。また、本発明によれば、血中にウイルスに対するイムノグロブリンGを誘導しうるだけでなく、鼻腔粘膜においてウイルスに対するイムノグロブリンAを誘導することができるため、ウイルス感染症に対する治療および/または予防用のワクチンとして有用である。
【0027】
不活性化ウイルス粒子抗原としては、当業者にとって公知のウイルス不活性化技術によって不活性化されうるウイルスの粒子であればよく、具体例として、インフルエンザウイルス粒子、RSウイルス粒子、アデノウイルス粒子、ハンタウイルス粒子、フラビウイルス粒子、ウエストナイルウイルス粒子、日本脳炎ウイルス粒子、狂犬病ウイルス粒子、ポリオウイルス粒子、肝炎ウイルス粒子、胃腸炎ウイルス粒子、ノロウイルス粒子、麻疹ウイルス粒子、風しんウイルス粒子、コロナウイルス粒子、水痘ウイルス粒子、単純ヘルペスウイルス粒子、センダイウイルス粒子、アデノ随伴ウイルス粒子、HIVウイルス粒子、サイトメガロウイルス粒子、SARSウイルス粒子、ニパウイルス粒子、ヒトパピローマウイルス粒子などの不活性体が例示されるが、これらの中でもエンベロープ構造を有するウイルス(エンベロープ型ウイルス)の粒子の不活性体であることが好ましく、例を挙げるとインフルエンザウイルス粒子、RSウイルス粒子、ハンタウイルス粒子、フラビウイルス粒子、ウエストナイルウイルス粒子、日本脳炎ウイルス粒子、狂犬病ウイルス粒子、B型肝炎ウイルス粒子、C型肝炎ウイルス粒子、麻疹ウイルス粒子、風しんウイルス粒子、コロナウイルス粒子、水痘ウイルス粒子、単純ヘルペスウイルス粒子、センダイウイルス粒子、HIVウイルス粒子、サイトメガロウイルス粒子、SARSウイルス粒子、ニパウイルス粒子の不活性体であり、好ましくはインフルエンザウイルス粒子の不活性体である。
【0028】
ウイルス粒子の製造方法は特に制限されず、ウイルス粒子の種類ごとに適切な製造方法が選択される。例えば、インフルエンザウイルス粒子では鶏卵に羊膜経由で生ウイルスを接種し、一定時間インキュベートした後、超遠心でインフルエンザウイルス粒子を回収する方法が例示されるがこの方法に限らない。
【0029】
ウイルス粒子の不活性化の方法、すなわち、ウイルス粒子の感染能を消失させる方法は特に限定されないが、ガンマ線処理によって好ましく不活性化させることができる。なお、不活性化の工程で、ウイルス粒子の構成成分を可溶化させる工程を含む場合はウイルス粒子抗原とは見なさない。例えば界面活性剤による処理や、エーテルによる処理が可溶化処理に当たる。
【0030】
本発明の医薬組成物は、医薬的に許容される担体や添加物を共に含むものであってもよい。このような担体および添加物の例として、水、医薬的に許容される有機溶媒、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ペクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、ゼラチン、寒天、ジグリセリン、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン(HSA)、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、医薬添加物として許容される界面活性剤などが挙げられる。
【0031】
本発明の医薬組成物は、溶液、固体、粉末状などの種々の形態で使用されうるが、安定性及び取扱いの容易さから、例えば、凍結乾燥等の方法で、固形状あるいは粉末状にした形態が好ましい。
【0032】
本発明の医薬組成物を動物(ヒトを含む)に投与する方法には、特にその具体的形態に制限はない。例えば、乾燥状態のものあるいは溶液状のものをそのまま投与したり、あるいは賦形剤とともにカプセルに充填して投与したり、さらには乾燥状態のものを水に一旦溶解分散させてから投与したりすることができる。
【0033】
本発明の医薬組成物を生体に投与する際の投与量や投与回数は、抗原種、投与形態、患者の年齢、体重によって適宜選択されうるが、含有する不活性化ウイルス粒子抗原の重量として通常成人1回あたり10μg〜1000μg、好ましくは50μg〜1000μgの範囲で投与されうる。
【0034】
本発明によってもたらされる生体内での免疫誘導効果は、不活性化ウイルス粒子抗原単独を経鼻投与した時に比べ、本発明の投与体に高い免疫作用を惹起し不活性化ウイルス粒子抗原に対する強い免疫反応が生じることを確認することによって評価することができる。例えば、血中に含まれる不活性化ウイルス粒子抗原または不活性化ウイルス粒子抗原に含まれる抗原に対するイムノグロブリンG量を測定することにより、全身免疫誘導能を評価することができ、また、鼻腔粘膜組織中に含まれる不活性化ウイルス粒子抗原または不活性化ウイルス粒子抗原に含まれる抗原に対するイムノグロブリンAを測定することにより鼻腔粘膜免疫性を評価できる。
【実施例】
【0035】
実施例1:不活性化インフルエンザウイルス粒子抗原の経鼻投与
<方法>
不活性化インフルエンザウイルス粒子抗原(インフルエンザA、H3N2型テキサス1/44株、アクリス・アンチボディー社)5μgと配列番号1で表されるアミノ酸配列の全アミノ酸がL型のペネトラチンペプチド(以下、L−ペネトラチンという。)または全アミノ酸がD型のペネトラチンペプチド(以下、D−ペネトラチンという。)(いずれもシグマアルドリッチジャパン社委託合成、ペプチド末端非修飾、純度95%以上)を終濃度2mMとなるように混合した溶液(10μl)をジエチルエーテル(ワコー社、特級品)で麻酔したメスBalb/Cマウス(6〜9週齢、東京実験動物株式会社)の鼻腔にマイクロピペットを用いて投与した。マウスは麻酔から覚醒後は自由給餌状態で飼育し、この投与を週1回4週連続で行った後、最後の投与から1週間後に、血液および、鼻腔洗浄液を回収し、EIA法を用いて、血液中のインフルエンザ抗原に対するイムノグロブリンG量および、鼻腔洗浄液中のイムノグロブリンA量を測定した。
【0036】
血中のイムノグロブリンGおよび鼻腔洗浄液中のイムノグロブリンAを測定するEIAアッセイに関しては以下の方法で行った。
【0037】
まず、96プレートにインフルエンザ粒子抗原を固相化した。ここにマウスより回収した血漿サンプルまたは、鼻腔洗浄液を緩衝液を用いて希釈し加え、1時間インキュベートした、その後、プレートをリン酸緩衝液で3回洗浄し、次にHRP標識抗マウスIgG(H+L)抗体(サウザン・バイオテクノロジー社)またはHRP標識抗マウスIgA抗体(サウザン・バイオテクノロジー社)を加え、15分インキュベートした。その後、再度、プレートを洗浄した後、HRP基質を加え、回収液に含まれる抗体量を測定した。測定は、サンプルを複数倍率の希釈をして行い、適切な差が見られる希釈倍率での吸光度の平均値で表した。
【0038】
<結果>
評価した血中のイムノグロブリンG量を図1に、鼻腔洗浄液中のイムノグロブリンA量を図2に示す。不活性化インフルエンザウイルス粒子抗原をL−ペネトラチンと共に投与することで、不活性化インフルエンザウイルス粒子抗原単独を投与した場合と比較し、血中のインフルエンザ抗原に対するイムノグロブリンGの値の上昇が確認された。さらに、D−ペネトラチンを用いた場合にはさらに有意に高いイムノグロブリンGの値の上昇が確認された。また、鼻腔洗浄液中のイムノグロブリンA量はL−ペネトラチンと共に投与した場合では不活性化インフルエンザウイルス粒子抗原単独を投与した場合と同程度であったが、D−ペネトラチンを用いた場合は、高い値を示した。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により、不活性化ウイルス粒子抗原の経鼻投与による免疫を効率よく行うことが可能となる。経鼻投与は既存の注射による投与や、生ワクチンを用いた投与と比較し、安全性が高く、患者の苦痛、不便を大幅に改善する薬剤を提供することができる。また、これらの製剤が患者に与える苦痛や通院の不便を改善することは医療現場における患者本位の医療を実現するだけではなく、これまでのワクチン製剤の概念を根底から変え、画期的ワクチンの創製につながる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性化ウイルス粒子抗原と以下の(a)〜(c)のいずれかのペプチドを含有する経鼻投与用医薬組成物。
(a)配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるペプチド。
(b)配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ鼻腔粘膜透過性を有するペプチド。
(c)(a)または(b)の逆配列で表されるアミノ酸配列からなり、鼻腔粘膜透過性を有するペプチド。
【請求項2】
前記(b)のペプチドが、配列番号1で表されるアミノ酸配列のうち、1もしくは数個の塩基性アミノ酸が別の塩基性アミノ酸に置換、もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ鼻腔粘膜透過性を有するペプチドである、請求項1に記載の経鼻投与用医薬組成物。
【請求項3】
前記(a)〜(c)のいずれかのペプチドがD体アミノ酸を含む、請求項1または2に記載の経鼻投与用医薬組成物。
【請求項4】
前記不活性化ウイルス粒子抗原がエンベロープ型ウイルス由来である、請求項1〜3のいずれかに記載の経鼻投与用医薬組成物。
【請求項5】
前記不活性化ウイルス粒子抗原が不活性化インフルエンザウイルス粒子である、請求項1〜4のいずれかに記載の経鼻投与用医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−219041(P2012−219041A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−84378(P2011−84378)
【出願日】平成23年4月6日(2011.4.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)「平成20年度独立行政法人科学技術振興機構産学共同シーズイノベーション化事業(顕在化ステージ)」の委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】