説明

結晶の回折測定方法及びそのための回折測定装置

【課題】
本発明は、X線等による回折測定時の含水結晶の乾燥を防ぎ、適切な試料凍結を行う方法及びそのための装置の提供を目的とする。
【解決手段】
結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含む含水結晶のX線回折測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は結晶の回折測定方法に関し、特に室温及び凍結時における含水結晶の回折測定方法及びそのための回折測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
多くの蛋白質や一部の有機低分子などの結晶は、その結晶構造の一部として体積の半分程度におよぶ多くの水(溶媒水)を含んでおり、乾燥による結晶中の水分の喪失で、これらの単結晶の結晶性を損なってしまう。単結晶X線回折測定実験などの分析測定においては、試料(蛋白質や有機低分子などの結晶を含む単結晶等)は測定装置に固定する取付具(マウント具)に一旦収められる(マウントされる)必要がある。乾燥防止等のため、その取付具に乾燥を抑制するためのさまざまな工夫が凝らされている。
【0003】
その乾燥抑制方法は、大きく二つに分類することができる。一つは容器に収納する封入法であり、もう一つは試料を100K以下の極低温に凍結し保持する凍結法である(非特許文献1)。
封入法では、一般的にガラス製の細管(キャピラリー)を取付具として結晶と溶媒とを封入して結晶中の溶媒水の蒸散を抑え、結晶を乾燥から保護する(非特許文献2)。この方法は、室温での測定に適しているが、単結晶を急速に凍結してX線等による回折実験を行う凍結実験には不向きである。それは、凍結実験では試料への低温ガス吹き付けによる急速冷却法が用いられるが、結晶の周囲に密閉された空気の層とキャピラリーガラス層とが存在し、試料の熱交換が遅くなるため急速冷却ができないからである。
【0004】
また、凍結法では、キャピラリーを用いずに、結晶のサイズと同等の径をもつ高分子製の環状の取付具(ループ)に、結晶試料を周りの溶媒ごとすくい取り、低温ガスの吹き付けによる急速凍結を行う(非特許文献3)。また、近年、高精度データ測定のために、X線回折実験は高輝度放射光により行うことが一般的だが、その際には蛋白質等の試料の放射線損傷が深刻な問題となっている。当該凍結法はその損傷を抑制する方法として有用で、広く用いられている。
しかしながら、この凍結法では、溶媒水の凍結がしばしば問題となる。溶媒水が六方晶の氷(氷晶)を形成するとき、体積膨張を起こし蛋白質結晶に損傷を与えてしまう。この現象は試料(単結晶)周囲の溶媒水だけでなく、試料内部に含まれる同質な溶媒水(結晶水)でも起こりうる。
【0005】
このため、凍結法では、溶媒水が凍結の際に生じる氷晶形成を抑制するため、抗凍結剤と呼ばれる試薬が利用されている。この抗凍結剤は大まかに2種類に分類される。一つはミネラルオイル、シリコンオイルなどの油性抗凍結剤で、結晶の周りを覆ってその周囲の溶媒水を除去することを目的とする(非特許文献4)。この種の抗凍結剤は、結晶との接触によって結晶を破壊することがあるだけでなく、結晶水に由来する氷晶形成を防ぐのも難しい。
【0006】
もう一つは糖、ポリオール(グリセロール等)などの水性抗凍結剤で、水酸基などの親水性基を有し、溶媒水の水素結合ネットワークを破壊することを目的とする(非特許文献5)。この種の抗凍結剤は結晶の内部に浸透するため、結晶の内部からも氷晶形成を抑制することができる。このような抗凍結剤の利用により、多くの試料が凍結法で処理できるようになった。
【0007】
しかしながら、水性抗凍結剤の効果を発揮させるには、結晶に対して数十体積パーセントの濃度にまで水性抗凍結剤を添加する必要がある。一般的に、少量(数体積パーセント)の水性抗凍結剤とタンパク質との相互作用は強くないが、このような高濃度条件ではタンパク質への結合も無視できず、場合によっては結晶の損傷も見られる。このため、水性抗凍結剤の種類や添加量が凍結法成功の主要な条件となり、煩雑な条件検討が必要である。
【0008】
この解決策として、周囲の溶媒水を極力除去する方法が考えられる。一つは、湿度を調整した気流を結晶に吹き付けることによって乾燥を防止する方法である(非特許文献6)。この湿度調整ガス吹き付け法は、もともと試料周囲の湿度を調整することで結晶の含水率を変え、それによってもたらされる構造転移により結晶性(回折分解能など)を改善する手法として開発されてきた。しかしそれだけでなく、吹き付ける湿潤ガスを結晶の水蒸気圧と合わせることで結晶性を保持することにも利用可能である。この方法での試料の保持方法には、ループマウント法、結晶をメッシュ状の樹脂性取付具(メッシュループ)(MiTeGen, Ithaca, New York, USA, Molecular Dimensions, Newmarket,
England)上に載せる方法、もしくはマイクロピペットで結晶を吸い付けて結晶を保持する方法等が例として挙げられる。しかしながら、マウント操作時に湿度未調整の空気中に露出されている結晶は、結晶中の溶媒水が蒸散し、損傷を受けてしまうことが多いために、凍結の影響が生じない程度まで溶媒水を取り除くのは難しい。また、溶媒水を取り除くほど、取付具への固定が困難となり、安定な試料保持ができない。
【0009】
他方、マイクロピペットで結晶を吸い付けて結晶を保持する方法はその後発展し、湿度制御によらない方法も考案されている(特許文献1)。しかし、溶媒を除去した状態で試料を安定に保持するのは困難なために直ちに凍結させる必要があり、室温での実験は困難である。
試料のX線等による回折測定では、凍結による損傷を評価するために、室温及び低温の両方で行うことが望ましい。また、周囲の溶媒水の氷晶形成と結晶中の溶媒水の氷晶形成とは一般的に異なるが、とくに含水結晶周囲の溶媒水の影響が大きいため、この影響を抑制する手法が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2006−53085号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】(Garman, E. F. & Schneider, T. R.(1997). J. Appl. Cryst. 30, 211-237.)
【非特許文献2】(Silfhout, R. G. & Hermes, C.(1995). Rev. Sci. Instrum.66, 1818-1820.)
【非特許文献3】(Teng, T. Y. (1990). J. Appl. Cryst. 23, 387-391.)
【非特許文献4】(Hope, H. (1988). Acta Cryst. B44, 22-26.)
【非特許文献5】(Petsko, G. A. (1975). J. Mol. Biol. 96, 381-392.)
【非特許文献6】(Reiner, K. et a., (2000). J. Appl. Cryst. 33, 1223-1230.,Sanchez-Weatherby, J. et al. (2009). Acta Cryst. D65, 1237-1246.)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明には、このような課題に鑑みてなされたものであり、X線等による回折測定時の含水結晶の乾燥を防ぎ、適切な試料凍結を行う方法及びそのための装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは鋭意に検討した結果、結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含む回折測定方法及びそのための装置、特に含水結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含むX線回折測定方法及びそのための装置を見出した。
【発明の効果】
【0014】
本発明では、X線等による回折測定における蛋白質や有機低分子などの含水結晶を水溶性ポリマーで包み込むことで、当該結晶の含水量を任意に調整しうる環境(バッファゾーン)を提供する。水溶性ポリマーが適当な溶媒水を含むことで、当該結晶の構造に影響を与える乾燥を抑制するのみならず、急速凍結(100K以下に急速冷却)することにより、結晶性を損なわずにX線結晶解析などの分析測定に適した凍結試料の作成が可能となる。よって、適切な凍結試料を得るための抗凍結剤の濃度を必要最小限量に抑えることができ、場合によっては、抗凍結剤を用いないことも可能となる。
また、水溶性ポリマーは接着剤として試料固定に用いることができ、溶媒から試料を包み込んだ状態で取りだせるため、そのまま取付具にマウントすることができる。これによって、回折測定過程において、試料が直接に空気に晒されるのを防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】(a)水溶性ポリマーの一種であるポリビニルアルコール(polyvinyl alcohol、PVAL)で接着し、気流中に結晶をマウントした直後の様子である。 (b)(a)のマウントした結晶が湿度調整された後の様子である。
【図2】湿度調整時の低温窒素ガス及び温度制御ガスの配置模式図である。
【図3】急速凍結時の低温窒素ガス及び温度制御ガスの配置模式図である。
【図4】重合度4500のPVAL 8%を用いてニワトリ卵白リゾチーム結晶をマウントし、湿度79.4%まで乾燥した後の、及び湿度79.4%付近で2時間保持した後のそれぞれの回折データである。
【図5】(a)不凍液(Glycerol 30%)のみを用いてウシインスリン結晶を急速凍結した後の散乱結果である。 (b)重合度4500のPVAL 8%のみで包み込んだウシインスリン結晶を湿度90.4%で乾燥し、急速凍結した後の散乱結果である。
【図6】重合度4500のPVAL 13%を用いた、湿度73.9%で乾燥後のニワトリ卵白リゾチーム結晶の回折データである。
【図7】(a)Glycerol(グリセロール)20%を用いて急速凍結後のウシインスリン結晶の回折データである。 (b)Glycerol(グリセロール)30%を用いて急速凍結後のウシインスリン結晶の回折データである。 (c)重合度4500のPVAL 8%とGlycerol(グリセロール)5%を用いて湿度84.8%のウシインスリン結晶の回折データである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面等を用いて本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、個々に開示する実施形態は、本発明の結晶の回折測定方法及びそのための回折測定装置の例であり、これに限定されるものではない。
【0017】
(第一実施形態)
本発明の第一の実施形態である含水結晶のX線回折測定方法は、X線回折測定方法に含水結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含むことを特徴とする。つまり、本発明は、X線回折測定方法において、含水結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含むことを特徴とするが、それ以外のX線回折測定方法に必須の工程は、従来の工程と同じである。
ここでいう水溶性ポリマーとは、保水性を有する水溶性ポリマーであればよく、特に、結晶の接着剤として使用される水溶性ポリマーが好ましい。例えば、ポリビニルアルコール(polyvinyl alcohol、PVAL)、カルボキシメチルセルロース、ポリアリルアミン塩酸塩重合体、アリルアミン(フリー)重合体、アリルアミン酢酸塩・ジアリルアミン酢酸塩共重合体、ポリビニルピロリドン等あげられる。その中でも、本発明はPVALが最も好ましい。
本発明で好ましく使用するPVALは親水性が非常に強いポリマーであり、温水に可溶という特徴を持つ。一般的な利用法としては、事務用のり、洗濯のり、フィルムである。また、生物毒性を有しないため、微生物を固定化して発酵に利用する方法や、光学顕微鏡観察で生体試料を固定するための包埋剤にも使用されている。
本発明者らは鋭意に検討した結果、後述するように水溶性ポリマーに結晶が完全に包み込まれても、当該水溶性ポリマーが結晶のX線等による回折測定に影響を与えることはないことを発見した。
【0018】
本発明でいう結晶とは、蛋白質や有機低分子などの結晶をいい、また、蛋白質‐有機低分子複合体のような結晶も含む。本発明でいう含水結晶とは、結晶構造に水分子を含む結晶をいい、その水分子は、例えば、結晶が形成される際の溶媒水等が例として挙げられる。
本発明の回折測定方法は通常の結晶に適し、特に含水結晶に特に適している方法であればよく特に限定されない。また、X線回折に用いるX線は、前記蛋白質結晶等の回折実験に用いることができるものであればよく、例えば、対陰極として銅、モリブデン、タングステンなどの標的に、加速した電子ビーム(30 keV程度)を当てる、電子の励起準位の差によるもの、または、電子を対陰極で急激に制動させたり、磁場により運動方向を変更したりするなどの加速度運動エネルギーによるものが考えられる。また、本発明の方法で回折実験に用いられる量子ビームはX線に限られず、中性子線や電子線も同様に用いられる。
【0019】
本発明の方法に含まれる「結晶を水溶性ポリマーで包み込む」とは、結晶を水溶性ポリマーで完全に包み込んだ状態にすることをいう。接着剤としての機能を有する水溶性ポリマーは、元より結晶をマウントする際にも用いられるが、接着剤として使用される場合は、結晶の一部とのみ接触し、マウント具等と結晶とを接触させればよく、結晶の全体を包み込む必要はない。だが、本発明で用いられる水溶性ポリマーが結晶を完全に包みこむことにより、水分を含んでいる含水結晶は、水溶性ポリマーとのみに接触することで、空気と断絶される。含水結晶の水分は、空気ではなく、水溶性ポリマーの水分との間にのみ動的平衡をとることになり、水溶性ポリマーは含水結晶と空気との間のバッファゾーンを構成している。
【0020】
図1(a)に、PVALに包まれている結晶(11及び12)がそのままマウントされている様子を示し、図1(b)は、(a)のマウントされた結晶が湿度調整された後の様子であり、その結晶(13及び14)が依然PVALに包まれている。この様子からわかるように、本発明の方法では、X線回折測定における結晶の乾燥を防ぐため、溶媒から結晶を取り出してからX線回折測定の完了までの全過程において、結晶が水溶性ポリマーで包み込まれている状態にあり続けることができる。しかもその操作が極めて簡潔である。
なお、図1(a)及び(b)のそれぞれの写真の右下にある小さい写真は、90°回転して上方向から得た画像である。
【0021】
本発明の方法では、水溶性ポリマーと空気との間の水の平衡状態、及び、水溶性ポリマーと含水結晶との間の水の平衡状態が存在しているため含水結晶に含まれる水の量を調整することができる。例えば、結晶を湿潤条件にする必要がある場合、空気の湿度を高め、結晶の含水量を高めることができる。一方、含水結晶を凍結するために含水量を低めたいとき、空気の湿度を下げれば、含水結晶内の水分は水溶性ポリマーを経由して空気に蒸散し、含水結晶内の余分な水分を除くことができる。これにより、凍結による結晶への悪影響を防ぐことができる。
また、従来の凍結による弊害を防ぐために導入する抗凍結剤の量を最小限に抑えることができる。本発明の方法では、含水結晶の種類や性質にもよるが、凍結させる際には、抗凍結剤を10体積%以下に抑えることができ、もしくは5体積%以下に抑えることができる。さらに、抗凍結剤を必要としないこともできる。
【0022】
(第二実施形態)
本発明の第二の実施形態は、湿度制御装置または凍結制御装置もしくはその両方を含む、含水結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含むX線回折測定装置である。つまり、含水結晶を水溶性ポリマーで包み込んだ場合、当該含水結晶に含まれている水分を、含水結晶と空気との間にある水溶性ポリマーを介して調整するために、または、当該含水結晶を凍結するために、外部(含水結晶を水溶性ポリマーで包み込んだ場合その外の部分)に湿度制御装置または凍結制御装置もしくはその両方を含む実施形態である。当該X線回折測定装置には、従来X線回折測定のために必須の装置(例えば、放射光またはX線発生装置を光源として使用する回折計等)以外に、湿度制御装置または凍結制御装置もしくはその両方を含むことを特徴とする。
【0023】
本発明の湿度制御装置は、前記水の平衡状態を制御することができれば、任意の装置を用いることができる。
環境温度が一定であれば、図2のような簡便なガスによる湿度制御装置(22)を用いることができる。ただし、湿度とともに温度も制御可能な温湿度制御装置(図2に示さず)であれば、より精密な実験が可能となる。また、本発明の凍結制御装置(21)は含水結晶を凍結させることができれば、任意の装置を用いることができ、特に好ましくは、図3のようなガス(例えば、低温窒素ガス等)による凍結制御装置である。
本発明では、図3のように、ガスによる凍結制御装置で直接にゴニオメーター(24)に固定された(被測定)含水結晶(23)を凍結させることができる一方、図2のようにまず、ガスによる温度または湿度もしくはその両方の制御装置で含水結晶の水分を調整してから、ガスによる凍結制御装置で凍結を行うこともできる。
【0024】
凍結による含水結晶のX線回折測定において、含水結晶に含まれている水分の調整及び凍結を図2及び図3のように行うことができる。水溶性ポリマーで接着した蛋白質や有機低分子などの含水結晶を、湿度を制御した気流中に設置し、湿度を変更して水溶性ポリマーが含む余剰な水分を蒸散させて含水結晶を適切な水分量に制御し、その後、低温ガス(窒素、ヘリウム)、液体窒素などを用いて、湿度を制御した気流中のまま結晶を急速に、例えば、100K以下まで凍結することができる。
【0025】
本発明の含水結晶のX線回折測定のため装置の一具体例として以下のものがあげられる。
図3のように、湿度制御ガスの気流を下方から配置し、低温吹き付け窒素ガスの気流は上方に配置する。この配置とすることで、湿度制御ガス使用時には低温窒素ガスの気流を結晶の位置から外し、急速凍結する際にはシャッターで低温窒素ガスの気流を遮蔽しながら低温窒素ガスの気流を結晶の位置へ移動し、湿度制御ガスの気流の退避と同時に低温窒素ガスの遮蔽(シャッター)を取り除くことで急速凍結を可能とした。
【0026】
本発明の湿度制御装置は、図3のように新規な湿度制御可能な気流吹き付け装置であってもよく、Free Mount System(Reiner, K.ら(2000). J. Appl.
Cryst. 33, 1223-1230.)や、Humidity-control
Device(Sanchez-Weatherby, J.ら(2009). Acta Cryst. D65,1237-1246.)などの装置を用いてもよい。本発明のように、急速凍結の手法として、低温のガス(窒素、ヘリウム等)の気流を結晶が置かれる場所へ吹き付け、その気流を遮蔽しながら結晶を取り付けて遮蔽物を瞬時に取り除くことで凍結する急速凍結法があるが、バイアルなどの容器に液体窒素を満たして結晶を直接液体窒素に浸して凍結する方法(Cipriani, F.ら(2006). Acta Cryst. D62,
1251-1259)等も例として挙げられる。これらの装置で使用されている湿度制御方法または急速凍結方法は、本発明に用いることができる。
【実施例】
【0027】
以下に本発明の実施例を記述し、本発明の結晶の回折測定方法及びそのため回折測定装置について具体的に説明する。ただし、本発明の技術的範囲はこれらに限定されるものではない。
【0028】
(実験の方法)
低温吹き付けガス気流を試料位置から退避し、湿度制御気流のノズルを試料位置にセットする。ノズルの先端は試料位置から10mm以内で外気の影響を減らすためにもなるべく近いことが望ましい。今回の実験では、試料位置からノズルの出口先端までの距離を4mm程度とした。ノズルの径は直径10mmで作成した。
【0029】
PVALをループやポリイミド膜の短冊に塗布し、結晶化溶液中から結晶を包み込んで取り出し、測定装置にマウントする。接着剤としても一般に用いられるPVALは結晶を接着し安定に保持することができるため、測定位置から動いたり落ちたりする心配がない。また、取り出す際、結晶をPVAL溶液の中に包埋させ、周りの溶媒を積極的にPVALに吸収させることも後の凍結において有効であった。
湿度の調整範囲は、水溶性ポリマーのみを湿度調整して急速凍結を行った時に六方晶氷によるX線回折が観測されない湿度条件を上限とし、それ以下の湿度に設定できる必要がある。PVALの場合、湿度92%が氷の回折が観測される湿度の下限であり、この湿度以下に調整して急速凍結を行う。ただし、急速凍結が可能な湿度条件は、結晶化条件、結晶の溶媒含有率などにも左右される。
【0030】
結晶化した溶液から結晶をすくいとり、測定装置上にマウントする作業は、湿度を制御していない空気中に結晶を数秒〜数十秒間さらすことになるが、本実験では、結晶表面がPVALで覆われているため、結晶と大気層の直接の接触がなくなる、もしくは少なくなった。よって、マウントするまでの間にPVALと結晶と共に大気中で水分が奪われるが、PVALの存在で結晶は損傷を受けなかった。十分に水分を保持したPVALは、自身の飽和水蒸気圧が周りの蒸気圧と一致するまで乾燥濃縮するが、その間、結晶を乾燥から保護していると考えられる。また、この状態の結晶は、制御された湿度条件下において結晶性を2時間程度保持し続けることができた(図4)。この結果、室温で湿度を変えながら、結晶性をX線回折測定結果で確認することができた。
さらに、湿度を92%以下に保持しPVALの含水量を調節したとき、PVALおよび溶媒水に由来するX線散乱や回折は、不凍液(Glycerol 30%)を用いる従来法と同等の結果が得られることを確認できた(図5)。
【0031】
湿度を徐々に調整しながらX線を照射し、結晶の状態を確認する。結晶の種類によって凍結できる湿度が異なるが、湿度を徐々に下げていくとき、結晶格子やモザイク幅、回折分解能などの結晶学的パラメータが変化する点がある。今回はこの変化する点を凍結の目安とした。
結晶の変化を確認できたら湿度を固定し、低温吹き付けガス気流を試料に当たらないようにシャッターで遮蔽しつつ試料位置(試料に吹き付ける最も適切な位置)に戻し、湿度制御気流のノズルを退避させてからすぐに低温吹き付けガス気流のシャッターを開けることで試料を凍結する。
【0032】
(実施例1)
・ニワトリ卵白リゾチーム正方晶結晶での例
重合度4500のPVAL 13%を用いて結晶を包みマウントし、湿度を75%に調整した後、凍結して測定を行ったところ、抗凍結剤を添加することなく、結晶に損傷を与えることなく結晶を凍結できた(図6)。重合度3500のPVAL 15%,重合度2400のPVAL
18%を用いた場合にも同様の結果を得た(図に示さず)。
【0033】
(実施例2)
・ウシインスリンでの例
通常のループマウントで急速凍結した場合、抗凍結剤のGlycerolの濃度が20%以下の条件では、結晶周りの溶媒水が凍結し、氷の回折(25)が観測され、結晶も凍結による損傷を受けていた(図7(a))。
しかし、Glycerol
5%を抗凍結剤とした溶液に浸漬した結晶を重合度4500のPVAL
8%を用いてマウントし、湿度を86%に調整した後、急速凍結して測定を行ったところ、結晶に損傷を与えることなく結晶を凍結できた(図7(c))。それは、不凍液(Glycerol 30%)を用いる従来法で得られる結果(図7(b))と同じであることを確認できた。
【0034】
PVALの使用は結晶周囲の余分な水分を奪い去り、さらに結晶周辺の湿度を制御することにより、試料全体の水分量を抑制できる。この状態で急速凍結を行うと結晶周辺の溶媒水による氷晶形成が抑制され、結晶性を損なわずに凍結することができた。
また、結晶水が凍結の際に損傷を与えるような場合でも、従来法では体積比で30体積%近い抗凍結剤の添加が必要としたが、本発明では5体積%の添加で結晶を凍結することが可能となった。このように、結晶の凍結に必要な最小限の抗凍結剤のみを使用することで、抗凍結剤の影響を低減して結晶を凍結することができた。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、含水結晶の水分を室温もしくは凍結時に有効的に保持することができるX線等による回折測定方法及びそのための装置を提供し、特に蛋白質結晶のX線回折測定に用いることができるため、蛋白質‐薬剤複合体の構造解析において、薬剤の結合を妨げる抗凍結剤の影響を抑えることにつながり、薬剤開発の促進につながると期待できる。
【符号の説明】
【0036】
11、12:PVALに包まれている結晶
13、14:湿度調整後のPVALに包まれている結晶
21:凍結制御装置
22:湿度制御装置
23:(PVALに包まれている)非測定結晶
24:ゴニオメーター
25:氷の回折

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回折測定方法であって、結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含む回折測定方法。
【請求項2】
前記回折測定方法がX線回折測定方法であることを特徴とする請求項1に記載の回折測定方法。
【請求項3】
抗凍結剤を10体積%以下とすることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の回折測定方法 。
【請求項4】
前記水溶性ポリマーがPVAL、カルボキシメチルセルロース、ポリアリルアミン塩酸塩重合体、アリルアミン(フリー)重合体、アリルアミン酢酸塩・ジアリルアミン酢酸塩共重合体、ポリビニルピロリドンの少なくとも1つであることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれに記載の回折測定方法。
【請求項5】
X線回折測定装置であって、結晶を水溶性ポリマーで包み込む工程を含む回折測定に用いられ、温湿度制御装置または凍結制御装置もしくはその両方を含むX線回折測定装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−137346(P2012−137346A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−289042(P2010−289042)
【出願日】平成22年12月26日(2010.12.26)
【出願人】(599112582)公益財団法人高輝度光科学研究センター (35)
【Fターム(参考)】