説明

結晶相安定化構造

【課題】 異種材料界面を安定化させる構造を提供する。
【解決手段】 結晶相安定化構造は、異種材料界面において、界面を構成する材料が、複数の結晶構造あるいは化学的組成を持ちうる場合、該材料の界面の厚み方向の第一層目の単位胞において、その一部の原子を、前記界面を構成するいずれの材料にも含まれない原子によって置換することによって結晶相の変化を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、素子を構成する、複数の結晶相を持ちうる材料によって構成される異種材料界面構造に関する。
【背景技術】
【0002】
結晶材料はその結晶構造や化学組成によって物性が異なる。このため、複数の結晶構造あるいは化学的組成を持ちうる材料の物性を利用する工業製品においては、その結晶相の安定性が、工業製品の特性や信頼性に決定的な影響を与える。また、この結晶相の変化には、その結晶と隣接する異種材料との界面の構造が、しばしば大きく影響する。このため、界面構造を制御し、結晶材料の相安定性を向上する技術が必要とされている。
【0003】
異種材料界面の構造安定性向上が課題となっている分野として、先端CMOSデバイスがある。先端CMOSの接合には、NiSiが用いられているが(非特許文献1、参照)、NiSi/Si界面においては、しばしば、NiSi+Si→NiSiという反応によって、NiSi相が形成される。非特許文献1に示されたNiSi相の形成は、NiSiがNiSiよりも高抵抗であることなどの点で、NiSiのデバイスへの応用の観点からは、望ましくない。
【0004】
ここで、特許文献1には、NiSiを形成するためのNiにTi,Nbなどを合金元素として0.5〜10at%(原子パーセント)含有したNi合金ターゲットによって、NiSi相の形成を抑制することが開示されている。
【0005】
また、特許文献2には、NiSiを形成するためのNiにTa等の合金元素を含有させたNi合金の蒸着膜をスパッタ法で形成することによって、NiSi膜の熱的安定性を持たせることができることが開示されている。
【0006】
一方、今までに、NiSiに、多量のPtを添加することによって、NiSi+Si→NiSiという反応を抑制しNiSiの安定性を向上させる技術が報告されている(非特許文献2、3及び4、参照)。
【0007】
非特許文献2から4までには、Pt添加による安定性向上の効果は、典型的にはNiの5at%以上のPtを添加した場合について報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2003−213407号公報
【特許文献2】特開2005−150752号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】INTERNATIONAL TECHNOLOGY ROADMAP FOR SEMICONDUCTORS 2007 EDITION, FRONT END PROCESSES.
【非特許文献2】D.Mangelinck,J.Y.Dai,J.S.Pan,and S.K.Lahiri Appl.Phys.Lett.75,1736(1999).
【非特許文献3】C.Detavernier and C.Lavoie,Appl.Phys.Lett.84,3549(2004).
【非特許文献4】H.Akatsu et al,MRS Proc.1070 79 (2008).
【非特許文献5】R.W.G.Wyckoff,Crystal Structures (John Wiley & Sons,New York,London,1963).
【非特許文献6】F.d´Heurle,J.Mat.Res.3,167(1988).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述したように、非特許文献2から4までには、(i)Pt添加によってNiSiの配向性が変化することや(ii)PtがNiSiの粒界に偏析する傾向にあることなどが報告されている。これらは、Pt添加によって引き起こされる、NiSi/Si界面における構造上の変化が、結晶相安定性を向上させることを示唆している。前者(i)では、PtがNiSi層の平均的な原子間距離を大きくすることによって、後者(ii)では、PtがNiSi/Si界面のSi側に析出した構造が形成されることによって、界面が安定化されていると述べられている。
【0011】
しかし、多量のPtをNiSiに添加することは、添加量と共にNiSiの物性が変化することだけでなく、コストの観点からも望ましくない。
【0012】
以上の点に鑑み、本発明の技術的課題は、複数の結晶構造あるいは化学的組成を持ちうる材料によって形成される異種材料界面構造において、結晶相を安定化させることができる結晶相安定化構造とその製造方法とを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記の課題を解決するため、本発明に係る結晶相安定化構造は、 異種材料の界面に形成される前記異種材料を含む膜からなる結晶相安定化構造であって、当該膜の構成材料が、複数の結晶構造あるいは化学的組成を持ち、前記膜は、前記異種材料の内の一方側との界面からの前記膜の厚みの1/3以下の領域において、その一部の原子が、前記異種材料のいずれにも含まれない原子によって置換割合が10at%(好ましくは、13at%)以上で、かつ、前記界面近傍領域(望ましくは、前記界面から膜厚方向の第一層目の単位胞)での置換割合に対して、前記膜の厚み方向の中央部側の置換割合が原子比で1/3以下となるように置換されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、複数の結晶構造あるいは化学的組成を持ちうる材料によって形成される異種材料界面構造において、結晶相を安定化させることができる結晶相安定化構造とその製造方法とを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の構造を有する界面のHAADF−STEM(High−angle Annular−Dark−Field−Scanning Transmission Electron microscopy)像の一例を示す電子顕微鏡写真である。
【図2】本発明の構造を有する界面のHAADF−STEM像の他の例を示す電子顕微鏡写真である。
【図3】本発明の構造を有する界面のHAADF−STEM像のシミュレーション結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて具体的に説明する。
【0017】
本発明になる異種材料の界面構造を形成するために、Si(100)基板を用い、基板表面をフッ酸処理した後、所望の厚さのNiSi膜を形成するのに必要なNiと微量のPtとを化学的気相反応堆積法によって堆積し、その後、焼成してNiSi膜を形成した。ここでは、NiとPtの堆積に、化学的気相反応堆積法を用いたが、分子線エピタキシー法など堆積法を用いる事も可能であり、また、これらの原子と同時にSi原子を供給して、NiSiを形成することも可能である。なお、界面を安定化させる構造を形成するに必要な量のPtは、堆積法などのNiSi形成プロセスによって多少異なるが、NiSi/Siの界面においてNiSi膜の界面近傍領域、望ましくは、界面第一層目の単位胞において、Ni原子の一部を置換する量があれば良く、これに見合った量を供給する。
【0018】
ここで、本発明の実施の形態においては、置換する原子としてPtを用いている。しかしながら、Ni以外の遷移金属、例えば、Ti,V,Cr,Mn,Co,Zr,Nb、Mo,Ru、Rh,Pd,Hf,Ta,W,Pt等の一種または2種以上も用いることも出来る。また、Niに対する置換割合は、10at%以上の量であり、置換量が多いほど安定した界面構造が得られるために好ましく、13at%以上がより好ましい。
【0019】
この置換量は、NiSi膜の界面からNiSi膜の膜厚の1/3の領域に対して、膜厚の中央部側の領域の置換割合が1/3以下となるように構成されている。
【0020】
本発明における観察は、上記のサンプルから、透過電子顕微鏡(Transmission Electron microscope、TEM)断面試料作製の標準的な方法によって(110)断面観察用試料を作製しておこなった。観察は、走査透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron microscopy、 STEM)を用いて行った。観察時の電子線の収束角は、約20mradであった。ADF検出器は、45mrad−100mradの散乱電子を検出するように設定した。これは、High−angle Annular−Dark−Field(HAADF)条件と呼ばれる。
【0021】
このようにして形成した試料のHAADF−STEM観察像を図1に示す。挿図は、HAADF−STEM観察像のフーリエ変換像である。
【0022】
フーリエ変換像は、NiSi層がMnP構造を有しており、Si基板との方位関係はNiSi(110)//Si(001)かつNiSi[001]//Si[110]である事を示している[非特許文献5、参照]。
【0023】
この結果は、また、電子線の入射方位が、NiSiの[110]方位と平行であることを示している。
【0024】
図2は、NiSiと界面のクローズアップ(close−up)を示すHAADF−STEM観察像の電子顕微鏡写真である。図2の(a)で示されるNiSi領域の長方形は、NiSiの結晶格子の[110]投影における2次元単位胞を示している。観察像では、2次元単位胞の中に、4つの明るい点が観察されている。なお、図中の2次元単位胞の長方形の中に示した白丸は、この明るい点を模式的に示している。
【0025】
図2の(b)で示される界面領域では、黒矢印で、界面の輝点を示した。観察結果は、界面のNiSi側では、界面第一層のみに輝点が観察され、輝点はNiSi結晶のSTEM像パターンの格子点に観察されること、また、この輝点が001方向に2次元単位胞の周期で明暗の周期を示すことを示している。
【0026】
この界面が、本発明になる界面構造を有する事は、以下のSTEM像シミュレーション結果から明らかである。
【0027】
図3の(a)は、NiSi結晶の原子配列の模式図である。青玉赤玉は、それぞれSi,Niの原子を示す。
【0028】
図3の(b)及び(c)は、計算に用いた原子配置の模式図と計算結果である[7]。
【0029】
図3の(a)の黒線はNiSiの単位胞を示し、図3の(b)及び(c)の長方形は、NiSiの[110]投影の2次元単位胞を示す。
【0030】
図3の(a)のa−dの原子位置の[110]投影が、図3の(b)中のa−dの原子列に対応する。
【0031】
また、図3の(b)の原子列p1、p2のNi原子は、Ptによって確率1/3で置換されていると仮定した。
【0032】
計算結果は、NiSiの[110]投影像では、原子列b1、b2、c1、c2が明るい点として観察されることを示している。これは、観察像2aの観察像のパターンと良く一致しており、従って、図1のフーリエ変換像と共に、図2の(a)が、NiSiの[110]投影像であることを示している。さらに、計算結果は、PtがNiを置換した原子列(p1とp2)は、NiSiの原子列b1、b2、c1、c2よりも明るく観察されることを示している。また、p1、p2の明るさは、同じ確率でPtがNiを置換しているにもかかわらず、p1の方がp2よりも明るい。
【0033】
図3の(c)の、Ni原子をPt原子で置換した原子列p1、p2を含むNiSi結晶の計算結果は、図2の(b)のNiSi/Si界面の輝点の観察像を良く再現しており、NiSi/Si界面において観察された輝点は、NiSiのNi原子を、Ptがある割合で置換した原子列の像であると結論することができる。
【0034】
また、p1、p2におけるPtの置換確率が大きい場合には、原子列a−dとp1、p2の像強度の差が大きくなり、すなわち、p1、p2がより明るく観察され、Ptの置換確率が小さい場合には、原子列a−dとp1、p2の像強度の差が小さくなる事は自明であり、シミュレーションもこれと一致した結果を示した。
【0035】
以上の図1及び2における観察結果では、界面原子列の輝点(モデルの原子列p1に対応)は原子列a−dと比較して明らかに明るいが、輝点と輝点の間の原子列(モデルのp2に対応)の明るさは、原子列a−dと大きな違いはない。このPt置換NiSiのSTEM像強度は、Ptの置換確率1/3の計算像で再現された。
【0036】
従って、以上のSTEM観察およびSTEM像シミュレーションの結果は、本発明のサンプルでは、PtがNiSi/Si界面のNiSi側第1層のNi原子を、およそ1/3程度の確率で置換した構造が形成されていることを示している。また、第二層目以降のNi原子位置の強度は、NiSi層での強度と同じであり、シミュレーションに依れば、この像強度は、Ptによる置換が0.1あるいはそれ以下で再現される。以上の結果から、第二層目以下のNiSi単位胞における、NiのPtによる置換確率は第一層単位胞の置換確率の1/3以下であると結論可能である。
【0037】
また、このサンプルにおいては、一般的なNiSi+Si→NiSi反応温度を越えてもこの反応は検出されなかった。
【0038】
上記反応温度上昇は、NiSiの格子常数0.523nmよりも、PtSiの格子常数0.553nmが大きい事に起因する[非特許文献5、参照]。NiSi/Si界面においては、Ni−Siの原子間隔(0.230nm)よりもSi−Siの原子間隔の方が大きい(0.236nm)ため、NiSiは界面で引っ張りの応力を受けている。このため、PtによりNiを置換すると、平均的な原子間隔は大きくなる。この結果、界面応力は緩和され、界面エネルギーが低下する。
【0039】
一方、NiSi+Si→NiSi反応の核形成活性化エネルギーΔGは、σを反応に伴う界面エネルギー増加、ΔGを反応に伴うGibbs自由エネルギーの増加として、ΔG=σ/ΔGで与えられる[非特許文献6、参照]。このため、反応初期界面NiSi/Si界面エネルギーの低下化は、Δσを増大させるので、ΔGを増加させる。その結果、NiSiの核形成が抑制される。
【0040】
したがって、本発明に係る界面構造によって結晶相の安定性が向上したことは明らかである。
【0041】
このような効果は、Ptを添加した場合だけでなく、Pdを添加した場合にも得られる。これはPdSiがNiSiやPtSiと同じ結晶構造をとること、また、NiSiよりも格子定数が大きいことに起因する。
【0042】
このように、本発明の実施の形態では、界面第一層のみで、Ni原子の一部を、Pt原子と置換する構造をとることで、NiSiおよびNiSi/Si界面の特性の変化を最小限に押さえつつ、界面エネルギーを低下させ、上記界面構造安定化を実現することができる。このため、NiSiの結晶相の安定化を通じて素子の歩留まり改善や信頼性向上に資することができる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明に係る結晶相安定化構造とその製造方法は、半導体素子及びその製造に適用される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
異種材料の界面に形成される前記異種材料を含む膜からなる結晶相安定化構造であって、当該膜の構成材料が、複数の結晶構造あるいは化学的組成を持ち、前記膜は、前記異種材料の内の一方側との界面からの前記膜の厚みの1/3以下の領域において、その一部の原子が、前記異種材料のいずれにも含まれない原子によって置換割合が10at%以上で、かつ、前記界面近傍領域での置換割合に対して、前記膜の厚み方向の中央部側の置換割合が原子比で1/3以下となるように置換されていることを特徴とする結晶相安定化構造。
【請求項2】
請求項1に記載の結晶相安定化構造において、前記界面近傍領域は、前記界面から膜厚方向の第一層目の単位胞であることを特徴とする結晶相安定化構造。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の結晶相安定化構造において、前記界面を構成する材料が遷移金属シリサイドを含むことを特徴とする結晶相安定化構造。
【請求項4】
請求項1又は2に記載の結晶相安定化構造において、前記界面を構成する材料の当該界面で置換される原子が遷移金属を含むことを特徴とする結晶相安定化構造。
【請求項5】
請求項3又は4に記載の結晶相安定化構造において、前記遷移金属は、Ni又は、NiとNi以外の遷移金属とを含むNi合金であることを特徴とする結晶相安定化構造。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の結晶相安定化構造において、前記置換する原子は、Pt及びPdの内の少なくとも1種であることを特徴とする結晶相安定化構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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