説明

結晶質クロム合金堆積物

析出されたときにナノ粒状である電析された結晶質機能的クロム堆積物であり、そして堆積物がTEMおよびXRD結晶質の両方であり得るか、またはTEM結晶質でありそしてXRD非晶質であり得る。種々の実施態様において、堆積物は、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄の合金;{111}の優先方位;約500nm未満の平均結晶粒断面積;および2.8895±0.0025Åの格子定数の1または2以上の任意の組み合わせを含む。基材にナノ粒状の結晶質機能的クロム堆積物を電析させるための方法および電析浴であって、3価クロム、2価硫黄源、カルボン酸、窒素源を含み、そして実質的に6価クロムを含まない電析浴を提供する工程;浴に基材を浸漬する工程;および電流を付与して基材上に堆積物を電析させる工程を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、2007年10月02日に提出された米国仮出願60/976,805に関し、その利益を主張し、そしてその全体は参考として本明細書に援用される。
【0002】
本発明は、一般に、3価クロム浴から析出された電析されたTEM結晶質クロム合金、このようなクロム合金堆積物を電析させるための方法および浴、およびこのようなクロム合金堆積物が付与された物品に関する。
【背景技術】
【0003】
クロム電気めっきは、19世紀後半または20世紀初期に始まり、耐摩耗性および耐腐食性の両方に関して、優れた機能的な表面コーティングを付与する。しかし、これまで、(装飾的なコーティングとは対照的に)機能的なコーティングとして、この優れたコーティングは、6価クロム電気めっき浴からのみ得られていた。6価クロム浴由来の電析されたクロムは、結晶質形態で析出され、これは非常に望ましい。クロムめっきの非晶質形態は、機能的適用のために有用ではない。従来の技術に用いられる化学は、6価クロムイオンに基づき、これは発ガン性が考慮されおよび毒性であると知られている。6価クロムめっき操作は、厳密で厳格な環境制限を受ける。産業界は、6価クロムの危険を減少するための多くの作業方法を開発してきたが、産業界および学界の両方とも、長年、適切な代替を探索している。最もよく探索されている代替は、3価クロムである。本発明者の近年の成功まで、3価クロム法に基づく安心でき信頼できる機能的クロム堆積物を得るための努力は、100年を超えて成功することなく続いていた。6価クロムに代わるものが必要であるというさらなる議論が、3価クロム由来のクロム堆積物の分野の本譲受人の努力に関する先の出願に包含されている(WO2007/115030として発行(その開示は、参考として本明細書に援用される))。
【0004】
3価クロム由来の機能的結晶質クロム堆積物を得るための多量の先行技術の試みから明らかなように、このゴールを探索する十分な動機を長期にわたって有していた。しかし、一様に明らかなように、このゴールはとらえられず、本発明より前には全く文字通り100年の試みにもかかわらず、先行技術において達成されていない。
【0005】
これら全ての理由のために、結晶質クロム堆積物が巨視亀裂を含まず、そして6価クロム電析方法から得られる従来の機能的な硬質のクロム堆積物と比較して、所望の機能的な耐摩耗性および耐腐食性を提供し得る、(1)析出されたときに結晶質機能的クロム堆積物、(2)このような機能的クロム堆積物を形成し得る電析浴および方法、および(3)このような機能的クロム堆積物でなる物品について、長年の要求は満たされないままである。これまで、6価クロムを実質的に含まない浴由来の結晶質機能的クロム堆積物を提供し得る浴および方法についての緊急の要求は、本発明およびWO2007/115030に開示されている本発明者の以前の努力より前には満たされなかった。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、6価クロムを実質的に含まない3価クロム浴由来のナノ粒状の結晶質機能的クロム合金堆積物を電析させるための方法および浴を見出し開発した。これらの方法および浴で得られる堆積物は、6価クロムの方法および浴から得られるクロム堆積物の性能特性に匹敵するかまたは超える。合金は、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含む。
【課題を解決するための手段】
【0007】
1つの実施態様では、本発明は、電析された結晶質機能的クロム合金堆積物に関し、該堆積物は、析出されたときにナノ粒状である。1つの実施態様では、上記堆積物は、析出されたときにTEMおよびXRD結晶質の両方である。別の実施態様では、上記堆積物は、TEM結晶質でありそしてXRD非晶質である。
【0008】
本発明の実施態様のいずれかでは、上記堆積物は、(a){111}の優先方位;(b)約500nm未満の平均結晶粒断面積;および(c)2.8895±0.0025Åの格子定数の1または2以上の任意の組み合わせを含み得る。
【0009】
本発明の上記の実施態様のいずれかでは、上記堆積物は、約0.05質量%から約20質量%までの硫黄を含み得る。上記堆積物は、約0.1質量%から約5質量%までの窒素の量で窒素を含み得る。上記堆積物は、クロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない炭素の量で炭素を含み得る。1つの実施態様では、上記堆積物は、約0.07質量%から約1.4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含み得る。1つの実施態様では、上記堆積物は、さらに堆積物の約0.5質量%から約7質量%までの酸素を含み、そして別の実施態様では、上記堆積物は、約1質量%から約5質量%までの酸素を含む。上記堆積物はまた、水素を含み得る。
【0010】
本発明の上記の実施態様のいずれかでは、上記堆積物は、少なくとも190℃の温度に少なくとも3時間さらされた場合に巨視亀裂を実質的に含まず、そして約3ミクロンから約1000ミクロンの範囲の厚みを有する。
【0011】
1つの実施態様では、本発明はさらに、上記の実施態様のいずれかに記載された堆積物を含む物品に関する。
【0012】
1つの実施態様では、本発明はさらに、基材上にナノ粒状の結晶質機能的クロム合金堆積物を電析させるための方法に関し、該方法は:
電析浴を提供する工程であって、該浴が、3価クロム、2価硫黄源、カルボン酸、sp窒素源を含む成分を組み合わせることにより調製され、該浴が、6価クロムを実質的に含まない、工程;
基材を該電析浴に浸漬する工程;および
電流を付与して該基材上に機能的結晶質クロム合金堆積物を電析させる工程を含み、該堆積物が、析出されたときに結晶質およびナノ粒状である。方法の1つの実施態様では、上記堆積物は、TEMおよびXRD結晶質の両方であり、そして別の実施態様では、上記堆積物は、TEM結晶質でありそしてXRD非晶質である。上記合金は、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含む。
【0013】
方法の1つの実施態様では、上記得られた堆積物は、(a){111}の優先方位;(b)約500nm未満の平均結晶粒断面積;および(c)2.8895±0.0025Åの格子定数の1または2以上の任意の組み合わせを含む。
【0014】
方法の上記の実施態様のいずれかでは、上記堆積物は、約0.05質量%から約20質量%までの硫黄を含み得る。上記堆積物は、約0.1質量%から約5質量%までの窒素を含み得る。上記堆積物は、約0.5質量%から約7質量%までの酸素を含み得る。上記堆積物は、クロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない炭素量で炭素を含み得る。1つの実施態様では、上記堆積物は、約0.07質量%から約1.4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、約1質量%から約5質量%までの酸素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含む。
【0015】
方法の上記の実施態様のいずれかでは、上記堆積物は、少なくとも190℃の温度に少なくとも3時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まず、そして約3ミクロンから約1000ミクロンの範囲の厚みを有する。
【0016】
方法の上記の実施態様でのいずれかでは、上記2価硫黄源は、約0.0001Mから約0.05Mまでの濃度で、上記電析浴中に存在し得る。
【0017】
方法の上記の実施態様でのいずれかでは、上記電析浴は、5から約6.5までの範囲のpHを含み得る。
【0018】
方法の上記の実施態様でのいずれかでは、上記電流を付与する工程は、上記堆積物を少なくとも3ミクロンの厚みに形成するために十分な時間行われ得る。
【0019】
1つの実施態様では、本発明はさらに、ナノ粒状の結晶質機能的クロム合金堆積物を電析させるための電析浴に関し、該浴は、少なくとも0.1モル濃度の濃度を有し、そして添加される6価クロムが実質的に存在しない3価クロム源;カルボン酸;sp窒素源;約0.0001Mから約0.05Mまでの範囲の濃度の2価硫黄源を含む成分を組み合わせることにより調製され;そして該浴は、5から約6.5までの範囲のpH;約35℃から約95℃までの範囲の操作温度;および該電析浴に浸漬された陽極と陰極との間に付与される電気エネルギー源を有する。
【0020】
方法および/または電析浴の上記の実施態様でのいずれかでは、上記2価硫黄源は、以下の1または2以上の混合物を含む:
チオモルホリン、
チオジエタノール、
L−システイン、
L−シスチン、
硫化アリル、
チオサリチル酸、
チオジプロパン酸、
3,3’−ジチオジプロパン酸、
3−(3−アミノプロピルジスルファニル)プロピルアミン塩酸塩、
[1,3]チアジン−3−イウムクロライド、
チアゾリジン−3−イウムジクロライド、
以下の式を有する3−(3−アミノアルキルジスルフェニル)アルキルアミンと称される化合物:
【0021】
【化1】

【0022】
ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり、そしてnおよびmが独立して、1から4であり;または
以下の式を有する[1,3]チアジン−3−イウムと称される化合物:
【0023】
【化2】

【0024】
ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;または
以下の式を有するチアゾリジン−3−イウムと称される化合物:
【0025】
【化3】

【0026】
ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;そして
上記のそれぞれにおいて、Xが任意のハロゲン化物であり得、または硝酸塩(−NO)以外の陰イオンであり得、シアノ、ギ酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、マロン酸塩、SO−2、PO−3、HPO−1、HPO−1、ピロリン酸塩(P−4)、ポリリン酸塩(P10−5)、上記多価陰イオンの部分的陰イオン(例えば、HSO−1)、C−C18アルキルスルホン酸、C−C18ベンゼンスルホン酸、およびスルファミン酸塩の1以上を含む。
【0027】
電析浴の上記の実施態様のいずれかでは、上記電気エネルギー源は、めっきされる基材の面積に基づいて、少なくとも10A/dmの電流密度を付与し得る。
【0028】
電析浴の上記の実施態様のいずれかでは、上記浴は、上記堆積物が約0.1質量%から約5質量%までの窒素を含むために十分な量の窒素源を含み得る。
【0029】
電析浴の上記の実施態様のいずれかでは、上記浴は、上記クロム堆積物がクロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない量の炭素を含むために十分な量の上記カルボン酸を含み得る。
【0030】
電析浴の上記の実施態様のいずれかでは、上記浴は、上記堆積物が約0.05質量%から約1.4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含むために十分な量の上記2価硫黄化合物、上記窒素源および上記カルボン酸を含み得る。
【0031】
方法および/または電析浴の上記の実施態様のいずれかでは、上記カルボン酸は、ギ酸、シュウ酸、グリシン、酢酸、およびマロン酸またはそれらの任意の塩の1以上を含み得る。
【0032】
方法および/または電析浴の上記の実施態様のいずれかでは、上記sp窒素源は、水酸化アンモニウムまたはその塩、アルキル基がC−Cアルキルである第1級、第2級または第3級アルキルアミン、アミノ酸、ヒドロキシアミン、または多価アルカノールアミンを含み得、該窒素源中のアルキル基が、C−Cアルキル基を含む。
【0033】
方法および/または電析浴の上記の実施態様のいずれかでは、上記浴は、(a)析出されたときにTEMおよびXRD結晶質の両方である堆積物、または(b)析出されたときにTEM結晶質でありそしてXRD非晶質である堆積物のいずれかを得るために十分な濃度で上記2価硫黄源を含み得る。
【発明の効果】
【0034】
本発明は、おそらく装飾的なクロム堆積物の形成に有用であるが、主として、機能的クロム堆積物の調製に、特にこれまで6価クロム電析方法を介してのみ入手可能であった機能的なTEM結晶質クロム合金堆積物について適用でき、そして最も有用である。1つの実施態様では、本発明は、これまで知られていなかった機能的なTEM結晶質であるがXRD非晶質のクロム合金堆積物の調製に有用である。1つの実施態様では、本発明は、これまで知られていなかった機能的なTEM結晶質およびXRD結晶質のナノ粒状のクロム堆積物の調製に有用である。
【0035】
本発明は、6価クロムを実質的に含まない3価クロム浴由来の機能的クロム堆積物を提供するという問題に対する解決を提供する。この堆積物では、堆積物が析出されたときに結晶質であり、そして6価クロム電析物から得られる機能的な特性と実質的に同等の機能的な特性を有する製品を提供し得る。本発明は、非常に長く探索されてきた所望の機能的クロムをなお送達しながらに6価クロムめっき浴を代えるという問題に対する解決を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【図1】本発明の実施態様により析出されたナノ粒状結晶質クロム合金の2つの実施態様、先行技術の6価クロムおよび本発明ではない非晶質クロム堆積物の4つのX線回折パターン(Cu k アルファ)を含む。
【図2】先行技術の3価クロム浴由来の非晶質クロム堆積物の焼きなましの累進的な効果を示す代表的なX線回折パターン(Cu k アルファ)である。
【図3】先行技術の3価クロム浴由来の最初の非晶質クロム堆積物の焼きなましの巨視亀裂の効果を示す一連の電子顕微鏡写真である。
【図4】クロム堆積物の一実施態様において、硫黄の濃度がクロム堆積物のXRD結晶性にどのように関係するかを示すグラフ図である。
【図5】(1)本発明の実施態様による結晶質クロム堆積物について、(2)6価クロム浴由来の結晶質クロム堆積物および(3)焼きなましされた析出時非晶質のクロム堆積物と比較した、結晶格子定数(オングストローム(Å))を比較するグラフ図である。
【図6】Sakamotoにより開示された方法によって得られた電析されたクロムの9つの一連のX線回折スキャンである。
【図7】Sakamotoにより開示された析出方法およびその後に記載された改変ブラッグ式に基づく格子定数の決定方法を適用して本発明者らによって得られた格子定数値を示すグラフである。
【図8】Sakamotoにより開示された析出方法を適用して本発明者らによって得られ、そしてその後に記載されたcos/sin方法を用いて評価された75℃のSargentCr+6データ格子定数値を示すグラフである。
【図9】文献からおよびSakamotoの方法で行うことによっての両方の得られたクロムに関する種々の格子定数のグラフ図を示し、本発明者らによって得られたSakamotoの方法の格子定数データと公知の格子定数との整合性を示す。
【図10】本発明による機能的結晶質クロム堆積物由来の薄片の集束イオンビーム断面の高分解能透過型電子顕微鏡法(TEM)の顕微鏡写真である。
【図11】本発明によるクロム堆積物および6価クロム浴由来の従来のクロム堆積物の薄片の断面の暗視野TEM顕微鏡写真である。
【図12】本発明によるクロム堆積物および6価クロム浴由来の従来のクロム堆積物の薄片の断面の暗視野TEM顕微鏡写真である。
【図13】本発明によるクロム堆積物および6価クロム浴由来の従来のクロム堆積物の薄片の断面の暗視野TEM顕微鏡写真である。
【図14】クロム堆積物のTEM回折パターン顕微鏡写真であり、堆積物はXRD結晶質、TEM結晶質であるがXRD非晶質である、XRDおよびTEMの両方とも非晶質、ならびに6価クロム浴および方法由来の従来のクロム堆積物である。
【図15】クロム堆積物のTEM回折パターン顕微鏡写真であり、堆積物はXRD結晶質、TEM結晶質であるがXRD非晶質である、XRDおよびTEMの両方とも非晶質、ならびに6価クロム浴および方法由来の従来のクロム堆積物である。
【図16】クロム堆積物のTEM回折パターン顕微鏡写真であり、堆積物はXRD結晶質、TEM結晶質であるがXRD非晶質である、XRDおよびTEMの両方とも非晶質、ならびに6価クロム浴および方法由来の従来のクロム堆積物である。
【図17】クロム堆積物のTEM回折パターン顕微鏡写真であり、堆積物はXRD結晶質、TEM結晶質であるがXRD非晶質である、XRDおよびTEMの両方とも非晶質、ならびに6価クロム浴および方法由来の従来のクロム堆積物である。
【図18】従来のクロム堆積物および本発明によるクロム堆積物の両方を含む、種々のクロム堆積物のTaber摩耗データの比較を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に記載される方法の工程および構成が、本発明の機能的結晶質クロム堆積物を含む部品の製造のための完全なプロセスフローを必ずしも形成しないことを理解すべきである。本発明は、当該分野で現在用いられる製造技術に関連して実施され得、そして本発明の理解に必要とされるように、限られた量の一般的に実施される方法の工程が含まれる。
【0038】
本明細書で用いられる場合、装飾的なクロム堆積物は、1ミクロン未満、そしてしばしば0.8ミクロン未満の厚さのクロム堆積物であり、その目的および用途が主として装飾的であり、そして代表的には、電析されたニッケルまたはニッケル合金コーティングを覆って、または組み合わせた厚さが3ミクロンを超え、そしてコーティングの保護的または他の機能的な特徴を付与する一連の銅およびニッケルまたはニッケル合金のコーティングを覆って付与される。
【0039】
本明細書で用いられる場合、機能的クロム堆積物は、ストリップスチールECCS(Electrolytically Chromium Coated Steel)のような基材に(しばしば直接的に)付与されたクロム堆積物であり、クロムの厚さは、一般的に1ミクロンよりも厚く、最もしばしば3ミクロンよりも厚く、そして装飾的ではなく機能的または工業的な適用に用いられる。機能的クロム堆積物は、一般的に、基材に直接または比較的薄い予備の層を覆って付与され、下層ではなくクロム層が、コーティングの求められる保護または他の機能的な特徴を提供する。機能的なクロムコーティングは、例えば、硬さ、耐熱性、耐摩耗性、耐腐食性、および耐侵食性、ならびに低摩擦係数を含むクロムの特別な特性を利用する。たとえ、性能的ということでは決してなくても、多くの使用者は、機能的クロム堆積物が外観は装飾的なクロムと同様であることを望んでおり、そこでいくつかの実施態様では、機能的クロムは、その機能的特性に加えて装飾的外観を有する。機能的クロム堆積物の厚さは、上述の1ミクロンより厚い、またはよりしばしば3ミクロンまたはそれ以上、例えば1000ミクロンまでの厚さの範囲であり得る。いくつかの場合、機能的クロム堆積物は、基材上にニッケルまたは鉄めっきのような「ストライクプレート」を覆って、あるいはニッケル、鉄、または合金コーティングが通常3ミクロンよりも厚くない厚さを有し、そしてクロムの厚さが一般的に3ミクロンを超える「2重」システムを覆って付与される。
【0040】
装飾的なクロムと機能的なクロムとの違いは、当業者に周知である。機能的クロム堆積物のための厳格な規格は、ASTMのような標準化団体によって作成されている。例えば、機能的なまたは硬質クロム(これはまた、時に工業用クロムと称される)のための規格に関するASTM B 650−95(2002年再承認された)を参照のこと。ASTM B 650に述べられているように、電析された工業的クロムは(これはまた、「機能的」または「硬質」クロムと称される)、通常、基礎となる金属に直接付与され、そして装飾的なクロムよりもずっと厚い。ASTM B 650にさらに述べられるように、工業的クロムは、以下の例示的な目的に用いられる:耐摩耗性および耐剥離性を向上させること、耐フレッチング性を向上させること、を静止摩擦および動摩擦を低減すること、種々の金属の組み合わせのために摩耗またはかみ付きあるいは両方を低減すること、耐腐食性を向上させること、および標準より小さい部品または摩耗した部品を補強すること。
【0041】
装飾的なクロムめっき浴は、不定形状の物品が完全に覆われるように幅広いめっき範囲を覆う薄いクロム堆積物に関する。他方、機能的なクロムめっきは、規則的に成形された物品上のより厚い堆積物について設計され、より高い電流効率およびより高い電流密度でのめっきが重要である。3価クロムイオンを用いるこれまでのクロムめっき方法は、一般的に「装飾的な」仕上げのみの形成に適していた。本発明は、「硬質」または機能的クロム堆積物を提供するが、これに限定されず、そして装飾的なクロム仕上げのために用いられ得る。「硬質」、「工業用」または「機能的」クロム堆積物および「装飾的な」クロム堆積物は、上記の通り当該分野の公知の用語である。
【0042】
本明細書で用いられる場合、例えば、電気めっき浴または他の組成物に関して用いられる場合、「6価クロムを実質的に含まない」とは、そのように記載されている電気めっき浴または他の組成物が、いかなる故意に添加される6価クロムを含まないことを意味する。理解されるように、このような浴または他の組成物は、浴または組成物に添加される物質中の不純物として、または浴または組成物で行われる電解方法または化学方法の副生成物として存在する微量の6価クロムを含み得る。しかし、本発明によれば、6価クロムは、本明細書に開示された浴または方法に、意図的にまたは故意には添加されない。
【0043】
本明細書で用いられる場合、巨視亀裂(および巨視亀裂するのような同様の用語)は、クロム層の全厚を通って基材まで下がって広がり、そして主として約190℃から約450℃までの範囲の温度で、非晶質クロム堆積物を結晶化させるのに十分な時間焼きなました後に形成される亀裂(または亀裂の形成)として定義されそしてそれをいう。このような時間は、一般的に約1から約12時間である。巨視亀裂は、主として約12ミクロン以上の厚みのクロム堆積物に生じるが、より薄い厚みのクロム堆積物にも生じ得る。当該分野で知られているように、巨視亀裂は、一般には目的のクロム堆積物を保有する部品が、結晶質構造が非晶質物質から形成される上記範囲の温度に加熱された後に観察されるのみである。電析されたクロム堆積物の脆化軽減のための最小の加熱処理(すなわち、焼きなまし)は、375°F(190.5℃)で3、8および12時間として、AMS−QQ−C−320の段落3.2.6に詳しく説明されている(時間は、所望の引っ張り強さおよび/またはロックウェル硬度に依存する)。AMS−QQ−C−320は、SAE International Warrendale,PAによって発行されたAerospace Material Specification for Chromium Plating (Electrodeposited)である。これらの条件下で、巨視亀裂は生じ得る。
【0044】
本明細書で用いられる場合、用語「優先方位」は、結晶学の当業者によって理解され得る意味を有する。したがって、「優先方位」は、多結晶集合体の状態であり、そこでは結晶方位はランダムでなく、むしろバルク物質中で特定の方向に配列する傾向を示す。したがって、優先方位は、例えば、{100}、{110}、{111}、および例えば(222)のようなその整数倍であり得、{111}のような特定して認識された方位の整数倍は、当業者に理解されるように、その特定して認識された方位と共に含まれると思われる。したがって、本明細書で用いられる場合、{111}方位というと、他に特に述べられていない限り、(222)のようなその整数倍を含む。
【0045】
本明細書で用いられる場合、用語「粒サイズ」は、国立衛生研究所(National Institutes of Health)製のImageJ1.40ソフトウェアを用いて決定された、代表または平均粒のTEM暗視野画像に基づく結晶質クロム堆積物の粒の断面積のことをいう。ImageJの「粒を解析する」というサブルーチンを用いて、結晶質クロム粒のエッジ認識が得られ得、縁がトレースされ得、そして面積が計算され得る。ImageJは、画像解析によって不規則な形状の粒の断面積の計算に用いるために周知である。粒サイズは、降伏強さが粒サイズの減少に応じて増加することを述べるホールペッチ効果のような関係による物質の降伏強さに関連する。さらに、小さな粒が耐腐食性を改良し得ることが観察されている(例えば、米国特許第6,174,610を参照のこと。この開示は、粒サイズに関するその教示について参考として援用される)。
【0046】
本明細書で用いられる場合、用語「ナノ粒状」は、上記の粒サイズの定義によって決定された、約100平方ナノメートル(nm)から約5000nmの平均粒サイズまたは断面積を有する結晶質クロム粒のことをいう。比較すると、出願人の先の公開された出願WO2007/115030による析出されたXRD結晶質である結晶質クロム堆積物では、結晶質クロム粒は、約9,000nmから約100,000nmまでの範囲の平均粒サイズまたは断面積を有し、そして6価クロム浴および方法由来の従来のクロム堆積物は、約200,000nmから約800,000nmまでの範囲およびより大きい平均粒サイズまたは断面積を有する。したがって、本発明により作製されたナノ粒状の結晶質クロム堆積物と他の方法の堆積物との間に明らかな差異がある。
【0047】
本明細書で用いられる場合、用語「TEM結晶質」は、そのように記載された堆積物が、透過型電子顕微鏡(TEM)によって決定されたときに、結晶質であることを意味する。TEMは、適用されるエネルギーに依存して、堆積物中の結晶粒が約1nm以上のサイズを有する場合、堆積物が結晶質であると決定できる。所定の物質は、Cu k α源由来のX線が用いられる通常のX線回折技術によって同じ物質が結晶質であると決定されない場合、TEMによって結晶質であることが決定され得る。
【0048】
本明細書で用いられる場合、用語「TEM非晶質」は、そのように記載された堆積物が、TEMによって決定されたときに、非晶質であることを意味する。200,000eVまでの適用されるエネルギーでTEM結晶質であることが見られない場合、堆積物はTEM非晶質である。TEMを用いて、TEMから得られた制限視野回折(SAD)パターンが「回折点」が欠けた幅広い環を有する場合、堆積物は非晶質であると確認される。
【0049】
本明細書で用いられる場合、用語「XRD結晶質」は、そのように記載された堆積物が、銅kアルファ(Cu k α)X線源を用いるX線回折(XRD)によって決定されたときに結晶質であることを意味する。Cu k α XRDは、堆積物が結晶質であるかを決定するために長年にわたって通常に用いられており、そして長い間、所定の電析された金属が結晶質であるかないかを決定する標準的な方法であった。先行技術では、本質的に全てのクロム堆積物の結晶性の決定が、以下の2つの基本の一方または両方に対して決定されている:(1)クロム堆積物が、約190℃を上回る温度で焼きなまされた場合に巨視亀裂を形成するか;および/または(2)堆積物が、本明細書に記載されたXRD結晶質であるか否か。
【0050】
本明細書で用いられる場合、用語「XRD非晶質」は、そのように記載された堆積物が、銅kアルファ(Cu k α)X線源を用いるX線回折(XRD)によって決定されたときに非晶質であることを意味する。
【0051】
当業者によって理解されるように、適切な高エネルギーX線源からの十分なエネルギーのX線が、1nm程度の小さな粒サイズを識別および/または決定し得る。したがって、本明細書で用いられる場合、用語XRD結晶質およびXRD非晶質は、銅kアルファX線源の使用に基づく。
【0052】
TEMおよびXRD結晶質の物質に関して、本発明者らは、いくつかの物質が(例えば、本発明のクロム堆積物のある実施態様)がXRD結晶質ではないが、それにも関わらずTEM結晶質であることを見出した。XRD結晶質である堆積物は常にTEM結晶質であるが、TEM結晶質である堆積物は、XRD結晶質であることもXRD結晶質でないこともある。より重要なことに、本発明者らは、硬度、耐摩耗性、耐久性および明度の1つ以上の点で優れた特性を有するクロム堆積物が、この堆積物がTEM結晶質であるがXRD非晶質である場合、3価クロム電析浴から得られ得ることを見出した。したがって、1つの実施態様では、本発明は、TEM結晶質であるがXRD非晶質である結晶質機能的クロム堆積物であって、堆積物がまた、約500nm未満の断面積によって決定された粒サイズを有し、そして堆積物が炭素、窒素、酸素および硫黄を含む、クロム堆積物に関する。
【0053】
本明細書で用いられる場合、用語「クロム(chromium)(またはCrまたはクロム(chrome))堆積物」とは、クロム合金が、クロム堆積物のBCC結晶構造を保持するクロムおよびクロム合金の両方を包含する。本明細書に開示されるように、1つの実施態様では、本発明は、クロム、炭素、酸素、窒素および硫黄を含み、ならびにおそらく水素もまた含むクロム堆積物を包含する。
【0054】
図14〜17は、クロム堆積物のTEM回折パターン顕微鏡写真であり、堆積物はそれぞれ、XRD結晶質、TEM結晶質であるがXRD非晶質、XRDおよびTEMとも非晶質、および6価クロムの浴および方法由来の従来のクロム堆積物である。図14〜17の顕微鏡写真の比較に際して観察され得るように、これらのクロム堆積物についてのTEM回折パターン間の差異は、全く明らかである。図14では、クロム堆積物は、本発明の1実施態様に従い、XRD結晶質およびTEM結晶質の両方である。XRD結晶質クロム堆積物中の結晶粒は、XRD非晶質でありそしてTEM結晶質である堆積物中の結晶粒よりも相対的に大きいので、回折パターンはより強く、膜のより不連続な曝露を呈する。図15では、クロム堆積物は、本発明の別の実施態様に従い、XRD非晶質でありそしてTEM結晶質である。結晶粒は、XRD非晶質でありそしてTEM結晶質であるクロム堆積物中ではXRD結晶質およびTEM結晶質の両方である堆積物中よりも相対的に小さいので、回折パターンは、拡散反射のより小さな不連続の曝露点およびリングを含む。図16では、堆積物は、XRDおよびTEMとも非晶質であり、本発明の実施態様に該当しない。TEM非晶質クロム堆積物中には結晶粒が存在しないので、堆積物中のランダムなクロム原子からの拡散反射は、不連続の曝露点はなく、リングは相対的に弱い。最後に、図17では、比較目的で、クロム堆積物は、6価クロムの浴および方法由来の従来のクロム堆積物由来のTEM回折パターンを示す。従来の6価クロム堆積物中の結晶粒は、本発明のいずれの合金堆積物(すなわち、XRDおよびTEMともに結晶質である堆積物、または、XRD非晶質でありそしてTEM結晶質である堆積物)中の結晶粒よりもずっと大きいので、回折パターンはずっとより強く、異なるパターンで、膜の非常に強い不連続な曝露を呈する。
【0055】
(機能的結晶質クロム合金堆積物)
本発明は、3価クロム浴由来の確実な一定の体心立方(BCCまたはbcc)機能的結晶質クロム合金堆積物を提供する。この浴は6価クロムを実質的に含まず、そしてこの堆積物は、堆積物を結晶化するさらなる処理を行わなくとも、析出されたときにTEM結晶質であり、そしてこの堆積物は、機能的クロム合金堆積物である。1つの実施態様では、本発明は、繊維組織のナノ粒状のbcc結晶質の機能的クロム合金堆積物を提供する。1つの実施態様では、電析された結晶質の機能的クロム合金堆積物は、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含み、そしてこの堆積物は、析出されたときにナノ粒状である。いくつかの実施態様では、クロム堆積物は、TEM結晶質およびXRD結晶質の両方でありならびにナノ粒状であり、一方、他の実施態様では、クロム堆積物は、TEM結晶質およびXRD非晶質でありならびにナノ粒状である。したがって、本発明は、6価クロムを実質的に含まない電析浴および方法に由来する確実な一定の結晶質クロム堆積物を得るという、長期にわたりこれまで未解決の問題に対する解決を提供する。
【0056】
本発明の実施態様のいずれかでは、堆積物は、
{111}の優先方位;
約500nm未満の平均結晶粒断面積;および
2.8895±0.0025Åの格子定数
の1または2以上の任意の組み合わせを含み得る。1つの実施態様では、堆積物は、{111}の優先方位および約500nm未満の平均結晶粒断面積を含む。1つの実施態様では、堆積物は、{111}の優先方位および2.8895±0.0025Åの格子定数を含む。1つの実施態様では、堆積物は、約500nm未満の平均結晶粒断面積および2.8895±0.0025Åの格子定数を含む。1つの実施態様では、堆積物は、{111}の優先方位、約500nm未満の平均結晶粒断面積、および2.8895±0.0025Åの格子定数を含む。
【0057】
本明細書に記載される発明の実施態様のいずれかでは、堆積物は、約0.05質量%から約20質量%までの硫黄を含み得る。堆積物は、約0.1質量%から約5質量%までの窒素の量で、窒素を含み得る。堆積物は、クロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない炭素の量で、炭素を含み得る。1つの実施態様では、堆積物は、約0.07質量%から約1.4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含み得る。堆積物は、1つの実施態様では、堆積物の約0.5質量%から約7質量%までの酸素をさらに含み、そして別の実施態様では、約1質量%から約5質量%までの酸素をさらに含む。堆積物はまた、水素を含み得る。
【0058】
低濃度の硫黄含量を正確に決定するために、PIXEが用いられる。PIXEは、X線蛍光法である。リチウムよりも大きい原子番号の元素を検出できるが、炭素、窒素、および酸素を含む小さい原子番号の元素を正確に定量できない。したがって、PIXEを用いれば、クロムおよび硫黄のみが定量的に正確に報告され得、値は、これらの2つの元素のみについてである(例えば、この相対量は、合金を形成する他の元素を計上しない)。XPSは、水素を除く低z元素を定量できるが、これは、PIXEの感度を有しておらず、非常に薄い試料体積のみをサンプリングする。したがって、合金内含量は、表面の酸化物をスパッタリングで取り除き、アルゴンイオンビームを用いてコーティングのバルク領域に貫通した後にXPSを用いて決定される。次いで、XPSスペクトルが得られ、水素の何らかの存在(これはXPSによって検出できない)も含まないが、このスペクトルは物質中に存在する炭素、窒素、酸素、およびクロムの相対量を有効に決定する。XPSおよびPIXEによって得られた値から、合金中のクロム、炭素、窒素、酸素および硫黄の総含量が、当業者によって算定され得る。本開示において、堆積物について報告されている全ての硫黄含量は、PIXEによって決定されたものである。本開示において、堆積物について報告されている全ての炭素、窒素および酸素含量は、XPSによって決定されたものである。堆積物について報告されているクロム含量は、両方の方法によって決定されている。
【0059】
1つの実施態様では、本発明の結晶質クロム堆積物は、標準的な試験方法を用いて、巨視亀裂を実質的に含まない。すなわち、この実施態様では、標準的な試験方法下で、析出されたクロムの試料を調べたとき、実質的にいかなる巨視亀裂も観察されない。
【0060】
1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は、高温への長期間の曝露後、巨視亀裂の形成を実質的に含まない。1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は、約1〜約10時間の間、約190℃までの温度に加熱された場合に巨視亀裂を形成しない。1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は約190℃までの温度に加熱された場合にその結晶質構造を変化しない。1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は、約1〜約10時間の間、約250℃までの温度に加熱された場合に巨視亀裂を形成しない。1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は約250℃までの温度に加熱された場合にその結晶質構造を変化しない。1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は、約1〜約10時間の間、約300℃までの温度に加熱された場合に巨視亀裂を形成しない。1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は約300℃までの温度に加熱された場合にその結晶質構造を変化しない。
【0061】
したがって、1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物では、堆積物は、少なくとも190℃の温度に少なくとも3時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まない。別つの実施態様では、堆積物は、少なくとも190℃の温度に少なくとも8時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まない。なお別の実施態様では、堆積物は、少なくとも190℃の温度に少なくとも12時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まない。1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物では、堆積物は、350℃までの温度に少なくとも3時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まない。別つの実施態様では、堆積物は、350℃までの温度に少なくとも8時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まない。なお別の実施態様では、堆積物は、350℃までの温度に少なくとも12時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まない。
【0062】
1つの実施態様では、本発明によるナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は、2.8895±0.0025オングストローム(Å)の立方格子定数を有する。用語「格子定数(lattice parameter)」はまた、時には「格子定数(lattice constant)」として用いられることに留意のこと。本発明の目的のために、これらの用語は、同意語と考えられる。体心立方結晶質クロムについて、単位格子が立方体なので、単一の格子定数があることに留意のこと。この格子定数は、より正確には立方格子定数(本発明の結晶質クロム堆積物の結晶格子は体心立方結晶であるので)というが、本明細書では、本発明のbccクロムについて、これが立方格子定数をいうことの理解のもとに、単に「格子定数」という。1つの実施態様では、本発明による結晶質クロム堆積物は、2.8895ű0.0020Åの格子定数を有する。別の実施態様では、本発明による結晶質クロム堆積物は、2.8895ű0.0015Åの格子定数を有する。さらに別の実施態様では、本発明による結晶質クロム堆積物は、2.8895ű0.0010Åの格子定数を有する。いくつかの特定の実施例は、本明細書で、これらの範囲内の格子定数を有する結晶質クロム堆積物を提供する。
【0063】
本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物について本明細書で報告されている格子定数は、析出されたときのクロム堆積物について測定されたものであるが、これらの格子定数は、通常、焼きなまされても実質的に変化しない。本発明者らは、本発明による結晶質クロム堆積物の試料に対して格子定数を測定した:(1)析出されたとき、(2)350℃で1時間焼きなまして室温に冷却した後、(3)450℃で2回目焼きなまして室温に冷却した後、および(4)550℃で3回目焼きなまして室温に冷却した後。(1)から(4)において格子定数には、いかなる変化も観察されなかった。本発明者らは、一般に、X線回折(「XRD」)実験を、Anton Parrによって製造されたXRD装置中に構築された炉内でインサイチュにて行っている。本発明者らは、通常、以下に記載する研削および洗浄工程をすることなく実施している。したがって、本発明の1つの実施態様では、ナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物の格子定数は、550℃までの温度で焼きなました際に変化しない。別の実施態様では、機能的結晶質クロム堆積物の格子定数は、450℃までの温度で焼きなました際に変化しない。別の実施態様では、機能的結晶質クロム堆積物の格子定数は、350℃までの温度で焼きなました際に変化しない。
【0064】
元素結晶質クロムは、2.8839Åの格子定数を有し、これは、多数の専門家によって決定されており、そして国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology)のような標準化団体によって報告されている。代表的な決定は、参照物質として高純度クロム酸塩から電析したクロムを用いる(ICD PDF 6-694, Swansonら, Natl. Bur. Stand. (U.S.) Orc. 539, V, 20 (1955)より)。次いで、この物質を破壊し、酸洗浄し、水素中で次いでヘリウム中で1200℃にて焼きなまして、粒成長を行いそして内部応力を減少させ、ヘリウム中で1時間当たり100℃にて室温まで注意深く冷却し、次いで測定する。
【0065】
クロム格子定数に関する文献の全てにおいて、格子定数が2.887Åを超えるという1つの文献がある。この文献は、Sakamotoによるものであり、筆者は、残余応力について考慮することなく30℃〜75℃までの異なるめっき温度を有する溶液からのブラス物質でのクロム電析の調製を報告し、そして析出されたときにブラスでのクロムの格子定数を測定している。残余応力を無視しているSakamotoの結果を反復する試みは無益である。以下により詳細に記載するように、本発明者らは2つの異なる器具を用いて、温度に応じて格子定数を測定したとき、結果は互いに一致し、格子定数の値は、2.8812から2.883Åまでの範囲内であり(平均値は2.8821Åであり、標準偏差は0.0006Å)、浴の温度が上昇しても格子定数の増大を示さなかった。Sakamotoの結果を反復する本発明者らの試みのさらなる記載を、本明細書中で以下に示す。
【0066】
6価クロム浴由来の電析された結晶質クロムは、約2.8809Åから約2.8858Åまでの範囲の格子定数を有する。
【0067】
焼きなまし後の電析された3価の析出時非晶質のクロムは、約2.8818Åから約2.8852Åまでの範囲の格子定数を有するが、巨視亀裂もまた有する。
【0068】
したがって、本発明によるナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物の格子定数は、他の公知の形態の結晶質クロムの格子定数よりも大きい。理論によって束縛されないが、この相違は、本発明により得られる堆積物の結晶格子への合金中のヘテロ原子(例えば、硫黄、窒素、炭素、酸素およびおそらく水素)の導入によるものであり得ると考えられる。
【0069】
1つの実施態様では、本発明によるナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は、{111}の優先方位を有する。留意されるとおり、堆積物は、例えば、(222)の優先方位を有し得、これは、{111}の優先方位の記載および「ファミリー」内にあることが理解される。
【0070】
1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は、約0.05質量%から約20質量%までの硫黄を含む。別の実施態様では、クロム堆積物は、約0.07質量%から約1.4質量%までの硫黄を含む。別の実施態様では、クロム堆積物は、約1.5質量%から約10質量%までの硫黄を含む。別の実施態様では、クロム堆積物は、約1.7質量%から約4質量%までの硫黄を含む。硫黄は、堆積物中に元素の硫黄として存在し、そして結晶格子の一部であり得、すなわち、結晶格子中で置換してクロム原子の位置をとるか、あるいは、四面体または八面体の孔位置を占め、そして格子を歪める。1つの実施態様では、硫黄源は、2価硫黄化合物であり得る。典型的な硫黄源に関する詳細を、以下に提供する。
【0071】
1つの実施態様では、ナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は、約0.1質量%から約5質量%までの窒素を含む。別の実施態様では、堆積物は、約0.5質量%から約3質量%までの窒素を含む。別の実施態様では、堆積物は、約0.4質量パーセントの窒素を含む。
【0072】
1つの実施態様では、ナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は、約0.1質量%から約5質量%までの炭素を含む。別の実施態様では、堆積物は、約0.5質量%から約3質量%までの炭素を含む。別の実施態様では、堆積物は、約1.4質量%の炭素を含む。1つの実施態様では、結晶質は、堆積物を非晶質にする量よりも少ない量の炭素を含む。すなわち、あるレベルを上回ると、例えば、1つの実施態様では、約10質量%を上回ると、炭素は堆積物を非晶質にし、したがって、本発明の範囲外になる。したがって、炭素含量は、そのため堆積物を非晶質にしないように制御されるべきである。炭素は、元素の炭素または化合炭素として堆積物中に存在し得る。炭素が元素の炭素として堆積物中に存在する場合、黒鉛または非晶質炭素としてのいずれかで存在し得る。
【0073】
1つの実施態様では、ナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は、約0.1質量%から約5質量%までの酸素を含む。別の実施態様では、堆積物は、約0.5質量%から約3質量%までの窒素を含む。別の実施態様では、堆積物は、約0.4質量パーセントの窒素を含む。
【0074】
1つの実施態様では、TEM結晶質XRD非晶質のナノ粒状機能的クロム合金堆積物は、約0.06質量%から約1.5質量%までの硫黄を含み、そして1つの実施態様では、TEM結晶質XRD非晶質堆積物は、約0.06質量%から1質量%未満までの硫黄(例えば、約0.95質量%まで、または約0.90質量%までの硫黄)を含む。TEM結晶質XRD非晶質堆積物は、通常、約0.1質量%から約5質量%までの窒素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含む。1つの実施態様では、TEM結晶質XRD非晶質堆積物は、約0.05質量%から4質量%未満までの硫黄(例えば、約3.9質量%までの硫黄)、約0.1質量%から約5質量%までの窒素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含む。
【0075】
1つの実施態様では、XRD結晶質のクロム合金堆積物は、約4質量%から約20質量%までの硫黄、約0.1質量%から約5質量%までの窒素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含む。
【0076】
1つの実施態様では、本発明のTEM結晶質XRD非晶質の堆積物は、上記のように断面積によって測定されたときに、6価クロム由来の堆積物で観察されるよりも小さな桁の大きさの粒サイズを有し、より高い硫黄含量で得られ得るよりも実質的に小さい粒サイズを有する。6価クロム堆積物は、約200,000nmから約800,000nmまでの範囲の平均粒サイズまたは断面積を有し、ImageJソフトウェアによって決定されたときはもっと大きい。
【0077】
1つの実施態様では、本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は平均して、ImageJソフトウェアによって決定されたときに、約100平方ナノメートル(nm)から約5000nmまでの範囲の平均粒サイズまたは断面積を有する。1つの実施態様では、本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は平均して、ImageJソフトウェアによって決定されたときに、約300平方ナノメートル(nm)から約4000nmまでの範囲の平均粒サイズまたは断面積を有する。1つの実施態様では、本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は平均して、ImageJソフトウェアによって決定されたときに、約600平方ナノメートル(nm)から約2500nmまでの範囲の平均粒サイズまたは断面積を有する。これらは平均サイズであり、平均を決定するために、当業者によって容易に決定される適切な数の粒が調べられるべきであることに留意のこと。
【0078】
1つの実施態様では、本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物の粒は平均して、50nm未満の幅を有し、そして同様の方位を伴う多くの小さな粒が互いに上に積み重なっているが、粒サイズの約5倍(5×)より大きく伸長する軸を有しない。他の実施態様では、粒サイズは、以下により詳細に記載するように、重要なことに50nm未満である。この積み重なりは、繊維が引き裂かれて、真珠の鎖のように不連続になったことによるものであり得、6価溶液由来のクロムを用いた場合のように連続していない。
【0079】
1つの実施態様では、本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は、70ナノメートル(nm)未満の平均クロム合金結晶粒幅を含む。別の実施態様では、堆積物は、50nm未満の平均クロム結晶粒幅を含む。別の実施態様では、堆積物は、30nm未満の平均クロム結晶粒幅を含む。1つの実施態様では、堆積物は、約20nmから約70nmまでの範囲、そして別の実施態様では、約30nmから約60nmまでの範囲の平均クロム結晶粒幅を含む。1つの実施態様では、本発明の堆積物の粒幅は、20nm未満であり、そして別の実施態様では、堆積物の粒幅は、5nmから20nmまでの範囲の平均粒幅を有する。
【0080】
もっと小さな粒サイズが、ホールペッチ効果に従って、クロム堆積物の硬度の増大に相関しており、いくらか最小粒サイズに至るまでは逆ホールペッチ効果に従う。もっと小さな粒サイズが、より大きな強度に関連することが知られているが、本発明で得られ得る小さな粒サイズは、本発明の他の特徴と組み合わせて、本発明のさらなる新規な局面を提供する。
【0081】
本発明の1つの実施態様では、ナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物は、6価由来クロム堆積物について得られるビッカース硬度よりも大きな約50から約150ビッカースまでの範囲、そして1つの実施態様では、同等の6価由来堆積物よりも大きな約100から約150ビッカースまでの範囲のミクロ硬度を示す(硬度測定は25グラム負荷で行った)。したがって、1つの実施態様では、本発明による機能的結晶質クロム合金堆積物は、約950から約1100、そして別の実施態様では、約1000から約1050までの範囲のビッカース硬度値(25グラム負荷下測定)を示す。このような硬度値は、上記の小さい粒サイズと一致し、そして6価クロム電析浴から得られる機能的クロム堆積物で得られる硬度値よりも大きい。
【0082】
(3価クロム浴由来の機能的結晶質クロム合金を析出させる方法)
本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物を電析させる方法の間、電流は、少なくとも約10アンペア毎平方デシメートル(A/dm)の電流密度で付与される。別の実施態様では、電流密度は、本発明による3価クロム浴由来の堆積物の電析の間、約10A/dmから約200A/dmまでの範囲であり、そして別の実施態様では、電流密度は、約10A/dmから約100A/dmまでの範囲であり、そして別の実施態様では、電流密度は、約20A/dmから約70A/dmまでの範囲であり、そして別の実施態様では、電流密度は、約30A/dmから約60A/dmまでの範囲である。
【0083】
本発明のナノ粒状機能的結晶質クロム合金堆積物を電析させる方法の間、電流は、直流、パルス波形、または周期的パルスの逆波形の任意の1つまたは任意の2以上の組み合わせを用いて浴に付与され得る。
【0084】
1つの実施態様では、本発明は、基材上にナノ粒状の機能的結晶質クロム合金堆積物を電析させるための方法を提供し、この方法は、電析浴を提供する工程であって、浴が、3価クロム、2価硫黄源、カルボン酸、sp窒素源を含む成分を組み合わせることにより調製され、浴が、6価クロムを実質的に含まない、工程;基材を電析浴に浸漬する工程;および電流を付与して基材上に機能的結晶質クロム堆積物を電析させる工程を含み、合金が、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含み、そして堆積物が、析出されたときに結晶質およびナノ粒状である。1つの実施態様では、堆積物は、TEMおよびXRD結晶質の両方である。1つの実施態様では、堆積物は、TEM結晶質およびXRD非晶質である。1つの実施態様では、堆積物はさらに、(a){111}の優先方位;(b)約500nm未満の平均結晶粒断面積;および(c)2.8895±0.0025Åの格子定数の1または2以上の任意の組み合わせを含む。
【0085】
クロム合金堆積物の成分の含量、および本方法により得られる堆積物の種々の物理学的特徴および特性は、堆積物に関して上述しており、簡潔にするため、ここでは繰り返さない。
【0086】
1つの実施態様では、sp窒素源は、以下を含む:水酸化アンモニウムまたはその塩、アルキル基がC−Cアルキルである第1級、第2級または第3級アルキルアミン、アミノ酸、ヒドロキシアミン、または多価アルカノールアミンであり、該窒素源中のアルキル基が、C−Cアルキル基である。1つの実施態様では、sp窒素源は塩化アンモニウム、そして別の実施態様では、臭化アンモニウム、そして別の実施態様では、塩化アンモニウムおよび臭化アンモニウムの両方の組合せであり得る。
【0087】
1つの実施態様では、カルボン酸は、ギ酸、シュウ酸、グリシン、酢酸、およびマロン酸の1以上またはそれらのいずれかの塩を含む。カルボン酸は、炭素および酸素の両方を提供し、これらは、本発明のクロム合金堆積物に導入され得る。認められるように、他のカルボン酸も用いられ得る。
【0088】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、以下の1または2以上の混合物を含む:
チオモルホリン、
チオジエタノール、
L−システイン、
L−シスチン、
硫化アリル、
チオサリチル酸、
チオジプロパン酸、
3,3’−ジチオジプロパン酸、
3−(3−アミノプロピルジスルファニル)プロピルアミン塩酸塩、
[1,3]チアジン−3−イウムクロライド、
チアゾリジン−3−イウムジクロライド、
以下の式を有する3−(3−アミノアルキルジスルフェニル)アルキルアミンと称される化合物:
【0089】
【化4】

【0090】
ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり、そしてnおよびmが独立して、1から4であり;または
以下の式を有する[1,3]チアジン−3−イウムと称される化合物:
【0091】
【化5】

【0092】
ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;または
以下の式を有するチアゾリジン−3−イウムと称される化合物:
【0093】
【化6】

【0094】
ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;そして
上記の2価硫黄源のそれぞれにおいて、Xは、任意のハロゲン化物であり得、または硝酸塩(−NO)以外の陰イオンであり得、シアノ、ギ酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、マロン酸塩、SO−2、PO−3、HPO−1、HPO−1、ピロリン酸塩(P−4)、ポリリン酸塩(P10−5)、上記多価陰イオンの部分的陰イオン(例えば、HSO−1、HPO−2、HPO−1)、C−C18アルキルスルホン酸、C−C18ベンゼンスルホン酸、およびスルファミン酸塩の1以上を含む。
【0095】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、糖ではない。
【0096】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、チオ尿素ではない。
【0097】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、約0.0001Mから約0.05Mまでの濃度で、電析浴に存在する。1つの実施態様では、2価硫黄源は、XRDおよびTEMともに結晶質である堆積物を得るために十分な濃度で、浴に存在する。1つの実施態様では、XRDおよびTEMともに結晶質であるこのような堆積物を得るために十分な浴中の2価硫黄の濃度は、約0.01Mから約0.10Mまでの範囲である。
【0098】
別の実施態様では、2価硫黄源は、XRD非晶質およびTEM結晶質である堆積物を得るために十分な濃度で、浴に存在する。1つの実施態様では、XRD非晶質およびTEM結晶質であるこのような堆積物を得るために十分な浴中の2価硫黄の濃度は、約0.0001Mから約0.01M未満までの範囲である。
【0099】
1つの実施態様では、電析浴は、5から約6.5までの範囲のpHを有する。1つの実施態様では、電析浴は、5から約6までの範囲のpHを有する。1つの実施態様では、電析浴は、約5.5のpHを有する。開示された範囲外のpH(例えば、pHが約4以下、およびpHが約7以上)では、浴の成分が沈殿し始めるか、または浴が所望のように機能しない。
【0100】
1つの実施態様では、電流を付与する工程は、少なくとも3ミクロンの厚みの前記堆積物を形成するために十分な時間行われる。1つの実施態様では、電流を付与する工程は、少なくとも10ミクロンの厚みの前記堆積物を形成するために十分な時間行われる。1つの実施態様では、電流を付与する工程は、少なくとも15ミクロンの厚みの前記堆積物を形成するために十分な時間行われる。
【0101】
1つの実施態様では、陰極効率が、約5%から約80%までの範囲であり、そして1つの実施態様では、陰極効率が、約10%から約40%までの範囲であり、そして別の実施態様では、陰極効率が、約20%から約30%までの範囲である。
【0102】
本発明によるこれらの方法は、本明細書に記載される条件下で、およびクロムの電析の標準的な実施に従って実施され得る。したがって、任意の従来のクロム電析法に関して、本明細書に特に記載されていない条件でも、本開示の範囲から逸脱しない限り、設定され得る。
【0103】
(3価クロム電析浴)
1つの実施態様では、本発明は、上記のナノ粒状の結晶質機能的クロム合金堆積物(合金は、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含む)を電析するための電析浴に関し、そして、浴は、少なくとも0.1モル濃度の濃度を有し、そして添加された6価クロムを実質的に含まない3価クロム源;カルボン酸;sp窒素源;約0.0001Mから約0.05Mまでの範囲の濃度の2価硫黄源を含む成分を組み合わせることにより得られる水溶液を含み;さらに、浴は、5から約6.5までの範囲のpH;約35℃から約95℃までの範囲の操作温度;および電析浴に浸漬された陽極と陰極との間に付与される電気エネルギー源を含む。
【0104】
この浴は、一般に、3価クロム電気めっき浴であり、本発明によれば、6価クロムを実質的に含まない。1つの実施態様では、浴は、検出可能な量の6価クロムを含まない。本発明の浴では、6価クロムは故意にまたは意図的に添加されない。いくらかの6価クロムが副生成物として形成されるか、またはいくらかの少量の6価クロム不純物が存在する可能性がある。しかし、これは、求められることも望まれることもない。当該分野で公知のように、このような6価クロムの形成を避けるために適切な措置が取られ得る。
【0105】
3価クロムは、塩化クロムCrCl、フッ化クロムCrF、酸化クロムCr、リン酸クロムCrPOとして、またはクロムヒドロキシ二塩化物溶液、塩化クロム溶液、または硫酸クロム溶液のような市販されている溶液(例えば、McGean Chemical CompanyまたはSentury Reagents製)中で供給される。3価クロムはまた、硫酸クロム/硫酸ナトリウムまたはカリウム(例えば、Cr(OH)SO・NaSO)として入手可能であり、これらはしばしばchrometansまたはkromtansといわれ、皮のなめしとして有用な化学物質であり、そしてElementis、Lancashire Chemical、およびSoda Sanayiiのような会社から入手可能である。以下に記載するように、3価クロムはまた、ギ酸クロムCr(HCOO)としてSentury Reagentsから提供され得る。ギ酸クロムとして提供されれば、これは、3価クロムおよびカルボン酸の両方を提供し得る。
【0106】
Cr+3イオンの濃度は、約0.1モル濃度(M)から約5Mまでの範囲であり得る。1つの実施態様では、電析浴はCr+3イオンを、約0.1Mから約2Mまでの範囲の濃度で含む。3価クロムの濃度が高いほど、樹状堆積物を生じることなく付与され得る電流密度が高くなり、したがって達成され得る結晶質クロム堆積物の速度がより速くなる。
【0107】
1つの実施態様では、電析浴は、クロム堆積物が約0.05質量%から約20質量%までの硫黄を含むために十分な量の2価硫黄化合物を含む。1つの実施態様では、浴中の2価硫黄化合物の濃度は、約0.1g/lから約25g/lまでの範囲であり得、そして1つの実施態様では、浴中の2価硫黄化合物は、約1g/lから約5g/lまでの範囲であり得る。
【0108】
3価クロム浴は、さらにギ酸またはその塩(例えば、ギ酸ナトリウム、ギ酸カリウム、ギ酸アンモニウム、ギ酸カルシウム、ギ酸マグネシウムなどの1つ以上など)のようなカルボン酸を含み得る。他の有機添加剤(グリシンのようなアミノ酸、およびチオシアネートを含む)もまた、3価クロム由来の結晶質クロム堆積物を製造するために使用され得、そしてそれらの使用は、本発明の1つの実施態様の範囲内である。上記のように、ギ酸クロム(III)Cr(HCOO)は、3価クロムおよびギ酸塩の両方の源として用いられ得る。浴のpHにおいて、ギ酸塩は、ギ酸を提供する形態で存在し得る。
【0109】
1つの実施態様では、電析浴は、クロム堆積物が、クロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない量の炭素を含むために十分な量のカルボン酸を含む。1つの実施態様では、浴中のカルボン酸の濃度は、約0.1Mから約4Mまでの範囲であり得る。
【0110】
3価クロム浴はさらに、窒素源を含み得、これは、水酸化アンモニウムまたはその塩の形態であり得るか、あるいは1級、2級、または3級アルキルアミンであり得、そのアルキル基は、C−Cアルキルである。1つの実施態様では、窒素源は、4級アンモニウム化合物以外である。さらに、アミノ酸、クアドロール(quadrol)および多価アルカノールアミンのようなヒドロキシアミンは、窒素源として使用され得る。このような窒素源の1つの実施態様では、添加剤はC−Cアルカノール基を含む。1つの実施態様では、窒素源は、塩(例えば、ヒドロハライド塩のようなアミン塩)として添加され得る。
【0111】
1つの実施態様では、電析浴は、クロム堆積物が約0.1から約5質量%までの窒素を含むために十分な量の窒素源を含む。1つの実施態様では、浴中の窒素源の濃度は、約0.1Mから約6Mまでの範囲であり得る。
【0112】
上記のように、結晶質クロム堆積物は炭素を含み得る。炭素源は、例えば、浴中に含まれるギ酸またはギ酸塩のような有機化合物であり得る。同様に、結晶質クロムは、酸素および水素を含み得、これらは、水の電気分解を含む浴の他の成分から得られ得るか、あるいはギ酸またはその塩由来、または他の浴の成分由来であり得る。
【0113】
結晶質クロム堆積物中のクロム原子に加えて、他の金属は共析出され得る。当業者に理解されるように、このような金属は、堆積物中にクロムの種々の結晶質合金を得るのに所望とされるように、3価クロム電気めっき浴に適切に添加され得る。このような金属としては、Re、Cu、Fe、W、Ni、Mnが挙げられるが、必ずしもこれらに限定されず、そしてまた、例えばP(リン)が挙げられ得る。実際、水溶液から電析し得る全ての元素は、直接的にかまたは誘導により、Pourbaix(Pourbaix, M., “Atlas of Electrochemical Equilibria”, 1974, NACE(National Association of Corrosion Engineers))またはBrenner(Brenner, A., “Electrodeposition of Alloys, Vol. I and Vol. II”, 1963, Academic Press, NY)に記載されるように、この方法で合金にされ得る。1つの実施態様では、合金にされる金属はアルミニウム以外である。当該分野で公知のように、水溶液から電析し得る金属としては、Ag、As、Au、Bi、Cd、Co、Cr、Cu、Ga、Ge、Fe、In、Mn、Mo、Ni、P、Pb、Pd、Pt、Rh、Re、Ru、S、Sb、Se、Sn、Te、Tl、W、およびZnが挙げられ、そして誘導し得る元素としては、B、C、およびNが挙げられる。当業者に理解されるように、共析出金属または原子は、堆積物中のクロムの量よりも少ない量で存在し、そしてそれによって得られる堆積物は、このような共析出された金属または原子の不在下で得られる本発明の結晶質クロム堆積物のように、体心立方結晶質であるべきである。
【0114】
3価クロム浴は、さらに少なくとも5のpHを含み、そしてpHは、少なくとも約6.5までの範囲であり得る。1つの実施態様では、3価クロム浴のpHは、約5から約6.5までの範囲であり、そして別の実施態様では、3価クロム浴のpHは、約5から約6までの範囲であり、そして別の実施態様では、3価クロム浴のpHは、約5.5であり、そして別の実施態様では、3価クロム浴のpHは、約5.25から約5.75までの範囲である。
【0115】
1つの実施態様では、本発明の結晶質クロム堆積物を電析させる方法の間、3価クロム浴は、約35℃から約115℃までの範囲の温度または溶液の沸点のいずれか低い方で維持される。1つの実施態様では、浴の温度は、結晶質クロム堆積物を電析させる方法の間、約45℃から約75℃までの範囲であり、そして別の実施態様では、浴の温度は、約50℃から約65℃までの範囲であり、そして1つの実施態様では、浴の温度は約55℃に維持される。
【0116】
上記のように、2価硫黄源は、好ましくは3価クロム電析浴に提供される。幅広い種々の2価硫黄含有化合物が本発明に従って使用され得る。
【0117】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、方法の実施態様に開示されている上記浴に関して記載されている任意の1つであり得る。
【0118】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、一般式(I)を有する化合物の1つまたは2以上の混合物を含み得る:
【0119】
【化7】

【0120】
(I)において、XおよびXは、同一であるかまたは異なり得、そしてXおよびXはそれぞれ独立して、水素、ハロゲン、アミノ、シアノ、ニトロ、ニトロソ、アゾ、アルキルカルボニル、ホルミル、アルコキシカルボニル、アミノカルボニル、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキルアミノカルボニル、ジアルキルアミノカルボニル、カルボキシル(本明細書で使用する場合、「カルボキシル」は、カルボキシル基の全ての形態、例えば、カルボン酸、カルボン酸アルキルエステル、およびカルボン酸塩を含む)、スルホネート、スルフィネート、ホスホネート、ホスフィネート、スルホキシド、カルバメート、ポリエトキシ化アルキル、ポリプロポキシ化アルキル、ヒドロキシル、ハロゲン置換アルキル、アルコキシ、アルキル硫酸エステル、アルキルチオ、アルキルスルフィニル、アルキルスルホニル、アルキルホスホネート、またはアルキルホスフィネートを含み、アルキル基およびアルコキシ基はC−Cであるか、またはXおよびXは一緒になって、RからRへの結合を形成し得、したがって、RおよびR基を含む環を形成し、
およびRは、同一であるかまたは異なり得、そしてRおよびRはそれぞれ独立して、単結合、アルキル、アリル、アルケニル、アルキニル、シクロヘキシル、芳香環および複素芳香環、アルコキシカルボニル、アミノカルボニル、アルキルアミノカルボニル、ジアルキルアミノカルボニル、ポリエトキシ化アルキル、およびポリプロポキシ化アルキルを含み、アルキル基はC−Cであり、そして
nは、1から約5までの範囲の平均値を有する。
【0121】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、一般式(IIa)および/または(IIb)を有する化合物の1つまたは2以上の混合物を含み得る:
【0122】
【化8】

【0123】
(IIa)および(IIb)において、R、R、R、およびRは、同一であるかまたは異なり得、そして独立して、水素、ハロゲン、アミノ、シアノ、ニトロ、ニトロソ、アゾ、アルキルカルボニル、ホルミル、アルコキシカルボニル、アミノカルボニル、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、アルキルアミノカルボニル、ジアルキルアミノカルボニル、カルボキシル、スルホネート、スルフィネート、ホスホネート、ホスフィネート、スルホキシド、カルバメート、ポリエトキシ化アルキル、ポリプロポキシ化アルキル、ヒドロキシル、ハロゲン置換アルキル、アルコキシ、アルキル硫酸エステル、アルキルチオ、アルキルスルフィニル、アルキルスルホニル、アルキルホスホネート、またはアルキルホスフィネートを含み、アルキル基およびアルコキシ基はC−Cであり、
Xは、炭素、窒素、酸素、硫黄、セレン、またはテルルを表し、そしてmは0から約3までの範囲であり、
nは、1から約5までの範囲の平均値を有し、そして
(IIa)または(IIb)のそれぞれは、少なくとも1つの2価硫黄原子を含む。
【0124】
1つの実施態様では、2価硫黄源は、一般式(IIIa)および/または(IIIb)を有する化合物の1つまたは2以上の混合物を含み得る:
【0125】
【化9】

【0126】
(IIIa)および(IIIb)において、R、R、R、およびRは、同一であるかまたは異なり得、そして独立して、水素、ハロゲン、アミノ、シアノ、ニトロ、ニトロソ、アゾ、アルキルカルボニル、アルキルアミノ、ジアルキルアミノ、ホルミル、アルコキシカルボニル、アミノカルボニル、アルキルアミノカルボニル、ジアルキルアミノカルボニル、カルボキシル、スルホネート、スルフィネート、ホスホネート、ホスフィネート、スルホキシド、カルバメート、ポリエトキシ化アルキル、ポリプロポキシ化アルキル、ヒドロキシル、ハロゲン置換アルキル、アルコキシ、アルキル硫酸エステル、アルキルチオ、アルキルスルフィニル、アルキルスルホニル、アルキルホスホネート、またはアルキルホスフィネートを含み、アルキル基およびアルコキシ基はC−Cであり、
Xは、炭素、窒素、硫黄、セレン、またはテルルを表し、そしてmは0から約3までの範囲であり、
nは、1から約5までの範囲の平均値を有し、そして
(IIIa)または(IIIb)のそれぞれは、少なくとも1つの2価硫黄原子を含む。
【0127】
1つの実施態様では、上記の硫黄含有化合物のいずれかにおいて、硫黄は、セレンまたはテルルに置換され得る。代表的なセレン化合物としては、セレノ−DL−メチオニン、セレノ−DL−シスチン、他のセレニドR−Se−R’、ジセレニドR−Se−Se−R’、およびセレノールR−Se−Hが挙げられ、RおよびR’は、独立して、1から約20までの炭素原子を有するアルキルまたはアリール基であり得、硫黄について上記で開示されているものと同様の酸素または窒素のような他のヘテロ原子を含み得る。代表的なテルル化合物としては、エトキシおよびメトキシテルル化物、Te(OCおよびTe(OCHが挙げられる。
【0128】
1つの実施態様では、電析浴は、堆積物が約1.7質量%から約4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含むために十分な量の2価硫黄化合物、窒素源およびカルボン酸を含む。
【0129】
1つの実施態様では、浴はさらに、漂白剤を含む。当該分野で公知の適切な漂白剤が用いられ得る。1つの実施態様では、漂白剤は、浴中に可溶の、そして以下の一般式を有するポリマーを含む:
【0130】
【化10】

【0131】
mは2または3の値を有し、nは少なくとも2の値を有し、R、R、RおよびRは、同一または異なり得、それぞれ独立して、メチル、エチルまたはヒドロキシエチルを示し、pは3から12までの範囲の値を有し、XはCl、Brおよび/またはIを示す。ポリマーは、約0.1g/Lから約50g/Lまで、そして1つの実施態様では、約1g/Lから約10g/Lまでの範囲の濃度で浴中に含まれ得る。これらの化合物は、米国特許第6,652,728号に開示され、これらの化合物およびその調製のための方法に関する開示は、参考として本明細書に援用される。
【0132】
1つの実施態様では、漂白剤は、ウレイレン(ureylene)4級アンモニウムポリマー、イミノウレイレン(iminoureylene)4級アンモニウムポリマーまたはチオウレイレン(thioureylene)4級アンモニウムポリマーを含む。1つの実施態様では、4級アンモニウムポリマーは、以下の式の繰り返し基、
【0133】
【化11】

【0134】
または以下の式の繰り返し基を有する。
【0135】
【化12】

【0136】
ΔはO、S、Nであり、xは2または3であり、そしてRはメチル、エチル、イソプロピル、2−ヒドロキシエチル、または−CHCH(OCHCHOHであり、y=0〜6、エトキシエタン基またはメトキシエタン基との交互配列であり、そしてRは式(2)においてHであり得る。ポリマーは、350から100,000までの範囲の分子量を有し得、そして1つの実施態様では、ポリマーの分子量は350から2,000までの範囲である。これらの化合物は、米国特許第5,405,523号に開示され、これらの化合物およびその調製のための方法に関する開示は、参考として本明細書に援用される。
【0137】
1つの実施態様では、ウレイレン4級アンモニウムポリマーは、以下の式を有する:
【0138】
【化13】

【0139】
YはSおよびOからなる群より選択され;nは少なくとも1であり;R、R、RおよびRは、同一または異なり得、そしてメチル、エチル、イソプロピル、2−ヒドロキシエチル、および−CHCH(OCHCHOHからなる群より選択され、Xは0から6であり得;そしてRは(CH−O−(CH;(CH−O−(CH−O−(CHおよびCH−CHOH−CH−O−CH−CHOH−CHでなる群から選択される。1つの実施態様では、ポリマーは、MIRAPOL(登録商標)WT、CAS No.68555−36−2であり、Rhone−Poulencにより販売されている。MIRAPOL(登録商標)WT中のポリマーは、2200の平均分子量を有し、n=6(平均)、Y=O、R〜Rは全てメチルであり、Rは(CH−O−(CHである。MIRAPOL(登録商標)WT中のポリマーの式は、以下のように表され得る:
【0140】
【化14】

【0141】
理解されるように、用いられる置換基は、得られる化合物が本発明の浴に可溶であるように選択されるべきである。
【0142】
上述のように、1つの実施態様では、2価硫黄源は糖以外であり、そして糖は浴に添加されない。上述のように、1つの実施態様では、2価硫黄源はチオ尿素以外であり、そしてチオ尿素は浴に添加されない。
【0143】
1つの実施態様では、陽極は、浴から分離され得る。1つの実施態様では、陽極は、織物の使用により分離され、堅く編んだ織物または緩く編んだ織物のいずれかであり得る。適切な織物は、このような使用のために当該分野で公知のもの(例えば、綿およびポリプロピレンを含む)を含み、後者は、Chautauqua Metal Finishing Supply, Ashville, NYから市販されている。別の実施態様では、陽極は、陰イオン膜または陽イオン膜(例えば、NAFION(登録商標)(DuPont)、ACIPLEX(登録商標)(旭化成)、FLEMION(登録商標)(旭硝子)の商品名の下で販売されているペルフルオロスルホン酸膜、あるいはDowまたはMembranes International Glen Rock, NJにより供給される他のもの)の使用により分離され得る。1つの実施態様では、陽極は、区画内に配置され得、区画は、陽イオン膜または陰イオン膜あるいは塩橋のようなイオン交換手段によって、バルク電解質と異なる酸性、中性またはアルカリ性の電解質で満たされる。
【実施例】
【0144】
比較例:6価クロム
表1に、機能的クロム堆積物を製造する電解質を含む種々の6価クロム酸水溶液の比較例を列挙し、堆積物の結晶学的特性を表にし、そしてC、O、H、NおよびS分析に基づく元素組成を報告する。
【0145】
【表1】

【0146】
6価クロム電析浴から得られる2.8880Åと同じくらい高い格子定数を有する結晶質クロム堆積物を開示すると主張している本発明者らが知る唯一の参考文献は、Sakamoto,Y.,“On the crystal structures and electrolytic conditions of chromium electrodeposits” 日本金属学会誌−JOURNAL OF THE JAPAN INSTITUTE OF METALS, 36巻、No.5, 1972年5月、pp.450-457(XP009088028)(“Sakamoto”)である。Sakamotoは、2.8880Åの格子定数を有するbcc結晶質クロムを得ていると主張している。この格子定数は、加重平均波長CrKα=2.29092Åを用いることによって、75℃の析出されたときにbcc型クロムの{211}平面の回折光線ピーク位置を測定することによって得られるとされている。Sakamotoは、格子定数(Sakamotoによれば格子定数(lattice constant)と称されている)は、電解温度に依存することを見つけたと報告し、格子定数は、電解温度が40℃から75℃に上昇したことに応じて、α=2.8809Åから2.8880Åに増加したと報告された。
【0147】
度重なる熱心な努力にもかかわらず、本発明者らは、Sakamotoによって報告された結果を再現できなかった。したがって、bcc結晶質クロムの格子定数が2.8880ÅであるというSakamotoの開示は誤りであり、そこで実施不可能と考えられなければならない。本発明者らは、この誤りまたは相違は、おそらく堆積物中の応力(例えば、電析後の取り扱い、曲げ、切断または他の影響から生じる)のため生じたと考えている。物質の温度と共に格子定数が変化することは周知である。密度が変化し;したがって、格子定数もまた変化する。しかし、格子内または格子間のいずれかに他の元素が存在するのでなければ、元素について格子定数が等温的に変化するという、本発明者らが知る証拠はない。観察されたX線回折ピーク位置が応力に基づき変化することを示している相当量のデータがあり、そしてこのような応力は、Sakamotoの実験では説明されていない可能性が十分にあると考えられる。
【0148】
本発明者らは、Sakamotoによって報告された結果を再現するために、以下の度重なる熱心な、しかし最終的に成功していない試みを報告する。
【0149】
クロム酸の溶液を250g/lのCrOおよび2.5g/lの濃硫酸を用いて調製した。鉛陽極を用いた。真ちゅう(60:40)試片を基材として用いた。真ちゅう試片の端を効果的にマスクしておよそ7×2cmの真ちゅうを剥き出しにしたCPVCジグを用いて、陰極として真ちゅう試片を保持した。これらの試片を、DC25Vを超えずに30アンペアまでの一定の電流駆動が可能なリップルのないHP整流器に接続した。全ての場合において、直流を0.6Amp/cm(60A/dm)の電流密度で付与した。めっきを、50℃、60℃、70℃および75℃の溶液温度で行った。2つの試片を各溶液温度でめっきした。第1の試片の厚みを測定し、そして第2の試片のめっき時間を、22〜28ミクロンの厚みでコーティングを与えるように調節した。
【0150】
めっき後、これらの試片を、Cu k アルファX線源、GoebelミラーおよびSollerスリットを備えたBruker D-8 Bragg Brentano粉末回折計を用いるX線回折によって調べた。検出器構成を変化させて、2つの検出器を用いた:マルチワイヤー2次元Vantek(登録商標)検出器およびSollerスリットを備えたNaIシンチレーション検出器。代表のデータを図6に示す。図6のデータによって示されるように、観察された反射の数、位置および強度は、析出温度に依存して変化する。図6に示される全ての堆積物は、2シータが133度付近に強い(222)反射を有するが、ほとんどの堆積物は、2シータが83度付近に(211)反射に対する非常に弱いかまたは無視できる程度のピーク強度を有する。これにもかかわらず、Sakamotoは、報告された格子定数を誘導するために(211)反射を用いることを選択した。確実ではないけれども、この選択が、Sakamotoによって報告された格子定数の明らかな誤りの根拠となり得る。
【0151】
めっき後の試片をまた、位置感度固体状態ペルチェ冷却検出器を備えるScintag×1粉末回折計で測定した。後者の機器で、NIST標準物質ケイ素における格子定数を、5.431Aとして測定した。これは、5.43102ű0.00104ÅのNIST値(http://physics.nist.gov/cgi-bin/cuu/Value?asil)に好ましく匹敵している。
【0152】
全ての場合において、2シータが133度付近で比較的強い(222)反射が観察されたけれども、観察された回折ピークは、異なる温度の溶液から得た試料と共に変化した。改変されたブラッグ式を用いて:
格子定数=a=λ/[(2sin(θ))(h+k+l0.5
異なる観察されたhklについて、ここでλ(Cukα1)=1.54056、aは格子定数であり、そしてh、kおよびlはミラー指数であり、明らかに存在するピークに対して適用し、図7に示すデータを得た。図7に示すように、本発明者らは、析出温度、機器構成または機器にかかわらず、2.8812から2.883Åまでの範囲、2.8821Åの平均および0.0006Åの標準偏差で、ほとんど変化のない格子定数を測定した。XRD走査データから、全ての温度で強い(222)反射があり、そして75℃で(110)、(200)および(211)の反射がより強くなるランダム方位への傾向があるこtが明らかである。したがって、75℃のデータは、立方晶系および非立方晶系cos(θ)/sin(θ)についてCohenの解析外挿パラメータ法を用いる解析に適している(M.U.Cohen, Rev. Sci. Instrum.6 (1935), 68;M.U.Cohen, Rev. Sci. Instrum.7 (1936), 155)。図8は、Sakamotoによって開示された方法を適用して本発明者らにより得られた75℃のSargentデータ格子定数値を示すグラフである。75℃のデータは、図8に示すように、2.8816から2.88185Åまでの範囲内で、2.8817Åの外挿格子定数を与える。
【0153】
したがって、2つの異なる機器、3つの異なる機器構成、および格子定数を決定するための2つの解析方法を用いて、約2.8830Åより大きい格子定数が、Sakamotoによって記載された組成を有する浴から製造されたという証拠がなく、2.8895ű0.0025Åの範囲内のようなより大きな格子定数については全く証拠も示唆もない。さらに、本発明者らによって得た本明細書に報告したデータは、2.8839ÅというNIST(USA)のような標準化団体によって認められている格子定数および2.8809Åから2.8858Åまでという、先に開示した6価クロムに関する本発明者らの測定された格子定数と一致する。これらのデータおよびSakamotoによって開示された方法を適用して本発明者らによって得たデータを、図9においてグラフで対比する。図9は、文献から得られた、およびSakamotoの方法を行うことによって得られたクロムに関する種々の格子定数のグラフ表示であり、本発明者らによって得たSakamotoの方法の格子定数データと公知の格子定数との整合性を示している。
【0154】
比較例:3価クロム
表2に、Ecochromeプロジェクトが最良の利用できる技術と考えた3価クロム方法の溶液の比較例を表にする。Ecochromeプロジェクトは、3価クロムに基づく効率的かつ高性能な硬いクロム代替品を見出すための長年の欧州連合主催のプログラム(G1RD CT-2002-00718)であった(Hard Chromium Alternatives Team (HCAT) Meeting, San Diego, CA, 2006年1月24日〜26日を参照のこと)。本明細書で検討した3つの方法は、スペインを本拠とするコンソーシアムのCidetec;フランスを本拠とするコンソーシアムのENSME;および日本を本拠とするコンソーシアムのMusashi由来である。この表では、化学式を特に挙げていないが、物質は、これらのデータが得られた発表の専用物であると考えられ、利用できない。
【0155】
【表2】

【0156】
表2の比較例では、EC3の例は塩化アルミニウムを含む。塩化アルミニウムを含む他の3価クロム溶液が記載されている。Suveghら(Journal of Electroanalytical Chemistry 455 (1998) 69-73)は、0.8Mの[Cr(HO)Cl]Cl・2HO、0.5MのNHCl、0.5MのNaCl、0.15MのHBO、1Mのグリシン、および0.45MのAlClを含む電解質を用い、pHは記載されていない。Hongら(Plating and Surface Finishing, 2001年3月)は、カルボン酸、クロム塩、ホウ酸、塩化カリウム、およびアルミニウム塩の混合物を含むpH1〜3の電解質を記載する。Ishidaら(Journal of the Hard Chromium Platers Association of Japan 17、No.2, 2002年10月31日)は、1.126Mの[Cr(HO)Cl]Cl・2HO、0.67Mのグリシン、2.43MのNHCl、および0.48MのHBOを含む溶液を記載し、0.11から0.41Mまでの種々の量のAlCl・6HOが加えられており;pHは記載されていない。3価クロム浴に塩化アルミニウムを含むことを開示するこれら4つの参考文献のうち、Ishidaらのみが、クロム堆積物は結晶質であると主張し、結晶質堆積物がAlClの濃度の増加に伴うと述べている。
【0157】
表3には、種々の3価クロム含有電解質水溶液(「T」)および1つの3価クロム含有電解質イオン液体(「IL」)(これら全ては、1ミクロンの厚さを超えるクロム堆積物を製造し得る)を挙げ、そして堆積物の結晶学特性を表にした。
【0158】
【表3】

【0159】
表4では、表1、2および3由来の種々の堆積物を、析出されたときに機能的クロム電析物の評価のために頻繁に用いられる標準的な試験方法を用いて比較する。この表から、非晶質堆積物およびBCC(体心立方)ではない堆積物が、必要な初期試験の全てを合格しないことが観察され得る。
【0160】
【表4】

【0161】
本発明:3価クロム浴および方法由来のナノ粒状のTEMまたはTEM+XRD機能的結晶質クロム
6価クロム電析浴の代替のための工業上の要求によれば、3価クロム電析浴由来の堆積物は、機能的クロム堆積物として効果的かつ有用な結晶質でなければならない。本発明者らによって、6価クロムを実質的に含まない3価クロム浴から望ましい結晶質機能的クロム堆積物を得るために、特定の添加剤が、電析方法のプロセス変数の調整と共に用いられ得ることが見出された。代表的なプロセス変数としては、電流密度、溶液温度、溶液撹拌、添加剤の濃度、付与される電流波形の操作、および溶液pHが挙げられる。特定の添加剤の有効性を正確に評価するために、種々の試験が用いられ得、例えば、X線回折(XRD)(クロム堆積物の構造を調べるため)、TEM回折(XRD結晶質に加えXRD非晶質の場合でさえ、堆積物がTEM結晶質であると決定することを含む、クロム堆積物の構造を調べるため)、X線光電子分光法(XPS)(クロム堆積物の合金形成元素の決定のため、約0.2〜0.5質量%より大きい)、PIXE(粒子線励起X線分光法)(強力な非破壊元素解析技術であり、クロム合金堆積物中の硫黄、炭素、窒素および酸素の非常に低い濃度のに対して用いられ得る)、および電子顕微鏡法(亀裂形成のような物理的または形態学的特徴の決定のため)、およびナノ結晶構造の存在が挙げられる。
【0162】
先行技術では、3価クロム浴由来のクロム堆積物は、約2.5未満のpH値で生じるに違いないと一般的に広く考えられてきた。しかし、筆めっき方法を含む絶縁3価クロムめっき方法があり、これらでは種々のより高いpHが用いられてきたが、これらの筆めっき溶液に用いられるそのより高いpHは、結晶質クロム堆積物を生じない。したがって、種々の添加剤の有効性を評価するために、安定な高pHの電解質を、一般に許容されている低pHの電解質と同様に試験した。本発明者らは、3価クロム浴に2価硫黄含有化合物を他の添加剤の特定の組み合わせと一緒に添加することは、析出されたときにTEMのみまたはTEMおよびXRDともに結晶質である、結晶質クロム堆積物を析出させることを見出した。2価硫黄添加剤は、時々概して「結晶化を誘導する添加剤」または「CIA」と称される。
【0163】
【表5】

【0164】
表5に示すデータから、本発明によれば、構造中に2価硫黄を有する化合物が機能的クロムがほぼ上記の濃度で、かつ浴のpHが約4よりも大きいまたはいくつかの実施態様では5より大きい、またはいくつかの実施態様では約5から約6までの範囲の場合に、3価クロム溶液から電析され、結晶化を誘導することは明らかであり、クロム結晶は2.8895±0.0025Åの格子定数を有する。1つの実施態様では、他の2価硫黄化合物は、本発明の格子定数を有する結晶質クロムを電析させるために、本明細書に記載される浴中で用いられ得る。1つの実施態様では、硫黄、セレン、またはテルルを有する化合物もまた、本明細書に記載されるように用いられる場合、クロムの結晶化を誘導する。1つの実施態様では、セレンおよびテルル化合物は、上記の硫黄化合物に対応し、そして硫黄化合物と同様に、2.8895±0.0025Åの格子定数を有する結晶質クロムの電析を生じる。
【0165】
結晶化の誘導をさらに説明するために、真鍮基材を用いる40A/dmの同一の陰極電流密度および30分のめっき時間によるpH5.5および50℃の温度での電解質T3を用いる結晶化を誘導する添加剤に関する研究を、表6に報告する。めっきが完了した後、試片を、X線回折、厚さ決定のためにX線励起X線蛍光、硫黄含量を測定するためにエネルギー分散分光光度計を備えた電子励起X線蛍光を用いて調べる。表6に、3価クロム溶液についての種々の2価硫黄添加剤由来の硫黄の誘導およびクロム堆積物のめっきされたときの結晶化に対する効果、およびめっき速度のデータを要約する。データは、析出されたときにクロム堆積物の結晶化を誘導するのに、浴の他の成分との組み合わせと同様に、閾値濃度を超える濃度で溶液中に2価硫黄化合物が存在することだけではなく、堆積物中の硫黄の存在もまた重要であることを示唆している。
【0166】
【表6】

【0167】
以下の表7は、本発明による3価クロムの電気めっき浴に関するさらなるデータを提供する。とりわけ、3価クロムを含む浴由来の析出時結晶質クロムの製造のための代表的な処方を含む。
【0168】
【表7】

【0169】
硬度、C濃度、S濃度およびN濃度は、T5電解質の例P12、P13およびP14ではまだ得ることができないが、堆積物は析出されたときに明らかに結晶質なので、これらのデータは、これらのパラメーターのそれぞれについて、本明細書に開示された範囲内に入ると考えられる。
【0170】
上記の例は、直流で、そして複雑な陰極波形(例えば、パルスまたは周期的逆パルスめっき)を用いずに調製されるが、このような付与される電流の変化は、本発明の範囲内である。結晶質である表7中の全ての例は、析出されたときに2.8895±0.0025Åの格子定数を有する。
【0171】
方法P12、P13およびP14由来の堆積物がTEM分析に供された場合、非常に小さな粒サイズを有する結晶質クロム堆積物と一致する結果が得られる。約200×400nmの大きさの薄さ10〜30nmの薄片を、集束イオンビーム切り出し方法を用いて堆積物から切り出し、そしてTEMグリッドに溶接する。次いで、薄片を、300kV電界放出型TEMを用いて高解像度格子画像(暗視野および明視野照明)により、および収束電子線回折(CBED)により調べる。いくつかのCBEDパターンが、結晶質堆積物だが、TEMビームと垂直な異なる方向に配向された粒を有する領域と一致して観察される。得られた高解像度画像(例えば、図14に示すようなもの)は、5〜20nmのスケールで、明白な格子パターンを有する領域を示す。図11に示すような暗視野TEMは、類似のコントラストでそれぞれの上に積み重ねられた粒を示し、場に配向した繊維が成長の間に崩壊し、5〜20nmの大きさの範囲で一連の小さなほぼ対称の粒を作り出したことを示唆している。したがって、本発明のこれらの実施態様における結晶質クロム堆積物の粒サイズは全く小さく、そして6価クロム浴および方法から得られる粒サイズよりも大幅に小さい。1つの実施態様では、本発明の結晶質クロム堆積物の粒サイズは、20nm未満の平均粒サイズを有し、そして1つの実施態様では、本発明の結晶質クロム堆積物の粒サイズは、5nmから20nmまでの範囲の平均粒サイズを有する。
【0172】
図11〜13は、本発明によるクロム堆積物および6価クロム浴由来の従来のクロム堆積物の薄片の断面の暗視野TEM顕微鏡写真である。図11〜13のそれぞれに重ねられた矢印は、表面界面に向かう方向を示す。図11は、上述の通り、本発明の一実施態様によるナノ粒状TEM結晶質XRD非晶質クロム合金堆積物の暗視野TEMである。図11に示されるクロム合金結晶粒は、ImageJソフトウェアを用いて評価すると、332nmの概算断面積を有する。図12は、TEMおよびXRDともにナノ粒状結晶質クロム合金堆積物の暗視野TEMである。図12に示されるクロム合金結晶粒は、ImageJソフトウェアを用いて評価すると、20,600nmの概算断面積を有する。図13は、6価方法由来のXRD結晶質クロム堆積物の暗視野TEMである。図13に示される矢印に最も近いクロム結晶粒は、ImageJソフトウェアを用いて評価すると、138860nmの概算断面積を有するが、この粒は画像範囲の外側に広がっているように見え、そしてかなり大きな断面積を有すると思われる。図11〜13のそれぞれは、それぞれの暗視野TEMに表現される粒サイズに適した、異なるスケールであることに留意のこと。
【0173】
本発明の有用性のさらなる例では、パルス析出を、チオモルホリンと共におよびなしで、方法P1を用いて、パワーブースターインターフェイスおよびKepco二極±10A電源が装備されたPrinceton Applied Research Model 273Aガルバノスタットで生じる単純なパルス波形を用いて行う。パルス波形は矩形波(50%デューティーサイクル)であり、全体的に40A/dmの電流密度を作出するために十分な電流である。用いられる周波数は、0.5Hz、5Hz、50Hz、および500Hzである。全ての周波数で、チオモルホリンなしの方法P1由来の堆積物は非晶質であり、一方、チオモルホリンを用いた方法P1由来の堆積物は析出されたときに結晶質である。
【0174】
本発明の有用性のさらなる例では、パルス析出を、チオモルホリンと共におよびなしで、方法P1を用いて、パワーブースターインターフェイスおよびKepco二極±10A電源が装備されたPrinceton Applied Research Model 273Aガルバノスタットで生じる単純なパルス波形を用いて行う。パルス波形は矩形波(50%デューティーサイクル)であり、全体的に40A/dmの電流密度を作出するために十分な電流である。用いられる周波数は、0.5Hz、5Hz、50Hz、および500Hzである。全ての周波数で、チオモルホリンなしの方法P1由来の堆積物は非晶質であり、一方、チオモルホリンを用いた方法P1由来の堆積物は析出されたときに結晶質であり、そして2.8895±0.0025Åの格子定数を有する。
【0175】
同様に電解質T5を、38〜55A/dmの逆電流および0.1から2msまでの持続時間を有する周期的逆波形を含む、0.4から200msまでのパルス持続時間および0.1から1msまでの静止持続時間を有する66〜109A/dmの範囲の電流を有する種々のパルス波形を用いて、2g/Lの濃度のチオサリチル酸と共におよびなしで試験する。全ての場合、チオサリチル酸なしでは堆積物は非晶質であり、チオサリチル酸があれば堆積物は結晶質であり、そして2.8895±0.0025Åの格子定数を有する。
【0176】
1つの実施態様では、結晶質クロム堆積物は、故意に微粒子を含むことなく均質であり、そして2.8895±0.0025Åの格子定数を有する。例えば、アルミナ、テフロン(登録商標)、炭化ケイ素、炭化タングステン、窒化チタンなどの微粒子が、このような微粒子を堆積物内に含む結晶質クロム堆積物を形成するために、本発明と共に用いられ得る。本発明でのこのような微粒子の使用は、先行技術の方法から公知である方法と実質的に同様の様式で行われる。
【0177】
上記の例は、白金めっきチタンの陽極を用いる。しかし、本発明は、必ずしもこのような陽極の使用に限定されない。1つの実施態様では、黒鉛陽極が不溶性陽極として用いられ得る。別の実施態様では、可溶性クロムまたはクロム鉄陽極が用いられ得る。別の実施態様では、イリジウム陽極が用いられる。
【0178】
1つの実施態様では、本発明のいくつかの典型的な実施態様についての以下の表8に示されるデータのいくらかによって例示されるように、本発明は、透過電子顕微鏡(TEM)によって決定されるときに結晶質であるが、銅Kアルファ(Cu K α)源を用いるX線回折(XRD)によって決定されるときに非晶質であるクロム堆積物に関する。1つの実施態様では、クロム堆積物の硫黄含量が約0.05質量%から約2.5質量%までの範囲の場合、この実施態様によるクロム堆積物はTEM結晶質およびXRD非晶質である。1つの実施態様では、クロム堆積物の硫黄含量は、約0.06質量%から約1質量%までの範囲である。1つの実施態様では、クロム堆積物の硫黄含量は、約0.06質量%から1質量%未満(例えば、約0.9質量%まで、または約0.95質量%まで、または約0.98質量%まで)までの範囲である。
【0179】
0.06質量%程度の低さでさえ、硫黄含量が重要であることを示すものとして、堆積物中の硫黄が0の場合、堆積物は、TEM非晶質およびXRD非晶質である。1つの実施態様では、硫黄が0の堆積物は、2価硫黄源以外の本明細書に開示されている全ての成分を含む電析浴を調製し、そして浴由来のクロム堆積物をめっきすることによって得られる。本発明によるクロム堆積物中の硫黄の量は非常に低いので、この方法はこのような堆積物を得るために用いられた。
【0180】
さらに、1つの実施態様では、上述の硫黄含量を有するSEM結晶質XRD非晶質クロム堆積物は、ASTM G195−08の試験方法によるTaber摩耗試験結果が有意に改良されたことを示す。
【0181】
図18は、従来のクロム堆積物および本発明によるクロム堆積物の両方を含む、種々のクロム堆積物のTaber摩耗データの比較を示すグラフである。図18におけるグラフの元となるデータを以下に示し、Taber摩耗指数を、1kg負荷下で1000サイクル毎に失われたミリグラムとして記録する:
【0182】
サンプル Taber摩耗指数 95%低 95%高
6価由来のクロム 1.7 1.35 2.05
3価由来の非晶質クロム 15 14 16
3価由来のXRD結晶質クロム 7.3 6.72 7.88
(硫黄6.5質量%)
3価由来のXRD非晶質、 2.2 1.8 2.5
TEM結晶質クロム合金
(硫黄<0.5質量%)
【0183】
図18および上記のデータに示すように、ナノ粒状TEM結晶質XRD非晶質クロム合金堆積物が0.5質量%未満の硫黄を含む本発明の一実施態様についてのTaber摩耗試験結果は、6価クロム方法から得られる従来のクロム堆積物のTaber摩耗試験結果に全く好ましく匹敵する。さらに、図18に示すように、ナノ粒状TEM結晶質XRD非晶質クロム合金堆積物が0.5質量%未満の硫黄を含む本発明の一実施態様についてのTaber摩耗試験結果は、6.5質量%の硫黄を含むXRD結晶質クロム堆積物(ナノ粒状ではない)のTaber摩耗試験結果に非常に好ましく匹敵する。図18に示すように、ナノ粒状TEM結晶質XRD非晶質クロム合金堆積物が0.5質量%未満の硫黄を含む本発明の一実施態様についてのTaber摩耗試験結果は、従来の3価クロム方法由来のTEMおよびXRD非晶質クロム堆積物(本発明によらない)のTaber摩耗試験結果に非常に好ましく匹敵する。
【0184】
さらに、1つの実施態様では、ASTM E92−82(2003)e2のStandard test Method for Vickers Hardness of Metallic Materialsの試験方法によって試験された場合、上述の硫黄含有量を有するSEM結晶質XRD非晶質クロム堆積物は、有意に改良されたビッカース硬度を示す。
【0185】
表8のデータは、本発明の実施例として提供され、そして本発明の範囲を限定することを意図されず、むしろ当業者が本発明をよりよく理解および認識できるようにするために提供される。
【0186】
(実験)
本発明の一実施態様による高pH電析浴を、以下の成分を組み合わせることにより調製する:
【0187】
CIA(3,3’−ジチオジプロパン酸)3g/L(開始時)
Cr+3 イオン 20g/L(Cr(OH)SO4・Na2SO4=118.5g/Lとして)
90% ギ酸 180mL/L
NHCl 30g/L
NHBr 10g/L
pH 5.5
【0188】
上記浴からの電析により、一連の鋼材試片を調製する。まず浴は4.5g/LのCIAを含む。コントロールの電析浴は、CIAを含まないこと以外、同様に調製する。溶液から継続的に電気めっきし、堆積物中の硫黄の量をモニタリングし(電気分解の操作を続けるにつれて徐々に減少する)、そして試片上に得られた堆積物の特性を比較することにより、堆積物の特性を硫黄含量に応じて比較し得る。この方法は、全ての試片を電析浴中に入れることから開始し、Ah/Lによって示される時間で試片を取り出す。このとき、浴は、30〜40A/dmの電流密度で操作する。(これは、例示の電流密度範囲であり、他の適切な電流密度もまた用いられ得、当該分野で知られるように適宜調整され得る。)
【0189】
堆積物の組成および特性を、以下の方法を用いて測定する:
【0190】
堆積物中の硫黄とCIAの少量との間の相関を用いて、ナノ粒状TEM結晶質XRD非晶質クロム堆積物を生成する浴中のCIAの量を概算し得る。CIAの消費速度は、おおよそ0.11g/AH(1Lスケール浴から概算)〜0.16g/AH(400Lスケール浴から概算)の範囲内にある。溶液中のCIAと堆積物中の硫黄含量との間の相関式は、堆積物中の硫黄が2質量%未満の場合、
【0191】
【数1】

【0192】
であり、ここで、[S]は堆積物中の硫黄含量であり、そして[CIA]は電析浴中のCIAの濃度である。
【0193】
CIAの濃度の決定は、Hanging Mercury Drop Electrode(HMDE)を用いた微分パルスストリッピングポーラログラフィーの使用により行われ得る。分析の条件は以下の通りである:
【0194】
− パージ時間:300秒(窒素パージ);
− コンディショニング電位:0;
− コンディショニング時間:10秒;
− 電析時間:120秒;
− 電析電位:0;
− 開始電位:0;
− 最終電位:−0.8Vまたは−1.5V;
− 走査速度:2mV/s;
− パルス高:50mV。
【0195】
堆積物中の硫黄およびクロムをS kおよびCr k X線輝線を用いる6X線蛍光法によって測定される:(1)電子励起(15kV)X線蛍光(XRF);(2)LEO走査型電子顕微鏡(SEM)におけるエネルギー分散型X線分析(EDAX(登録商標)EDS);(3)Phillips XRFによる非真空環境におけるX線(40kV)励起XRF;(4)SEMと共にBruker Quantaxシリコンドリフト検出器(SDD)EDSを用いる電子励起(15kV)XRF;(5)放射能アイソトープ源からの放射線励起XRF;および(6)NECタンデムペレトロンを用いる1.2MeV励起による粒子(プロトン)励起XRF(PIXE)。
【0196】
表面粗さを、2つの方法を用いて決定する:(1)Mitotoyo Surftest 501プロフィロメーターによるスタイラス(Stylus)プロフィロメトリーおよび(2)405nmレーザー放射によるOlympusレーザー走査型共焦点顕微鏡(LSCM)を用いる非接触型プロフィロメトリー。そして続くデータ解析は、NIH Various statisticsからのImageJ画像解析ソフトウェアを用いて、得られ得る(RaおよびRq(それぞれ、算術平均粗さおよび標準偏差粗さ)およびSA/IA(画像面積に対する概算表面面積)を含む)。ASME Y14.36M-1996およびISO 1302:2001により定義される方法が、粗さ統計量を決めるために用いられ得る。
【0197】
バルク堆積物中の炭素、酸素、クロム、および硫黄を、約500〜1000nmの深さまでのアルゴンイオンスパッタリング後に単色化アルミニウムX線源を利用するPHI VersaProbe XPSによるX線光電子分光(XPS)を用いて概算する。
【0198】
XRD結晶性を、Cu k αX線源を利用するBruker D8回折装置で決定する。XRDパターンを調べ、標準クロム参照パターンと適合する回折角で鋭いピークが観測されたとき、結晶質の材料を表すと決定する。
【0199】
TEM結晶性および粒断面積を、Phillips/FEI Tecnai F-30 300 keV電界放射型透過電子顕微鏡(TEM)を用いて決定する。TEMのためにおよそ20×8×0.2ミクロンの薄膜を、KleindeikまたはOmniprobeマイクロマニピュレーターを備えたFEI dual beam Nanolab電界放射型集束イオンビーム(FIB)で調製する。断面積を、暗視野顕微鏡写真を調べそしてImageJ画像処理ソフトウェアを用いて粒サイズの尺度として断面積を概算することにより、決定する。
【0200】
ミクロ硬度を、ASTM D-1474におけるように、金属組織切片を調製し、そしてStruers/Duramin Vickers/Knoop硬度計を用いることにより決定する。
【0201】
ナノ硬度および低下係数(reduced modulus)を、Hysitronナノインデンターを備えたVeeco DI 3100原子間力顕微鏡を用いて決定する。得られたデータを、表面に垂直なナノ硬度および低下係数として表す。ナノインデンテーション装置は、係数(E)およびポアソン比(u)に関するデータを得る。それらは、OliverおよびPharrに基づく低下係数(Er)に関連し、しばしば以下:
【0202】
1/Er=(1−u)/E−(1−u)/E
【0203】
(ここで、下付き文字は、押し込み(indenting)材料および試験材料を表す)のように表され、そしてインデンテーションの間に除荷することにより得られた材料の剛性から実験的に決定される。ナノ硬度の決定は、Pharr, G.M., 「Measurement of mechanical properties by ultra-low load indentation」, Mat. Sci. Eng. A 253 (1-2), 151-159 (1998)の論文に記載された手順に従って行われる。
【0204】
摩耗率を、Taber摩耗試験機およびTaber試験パネルを用いて決定する。摩耗率は、ASTM G195-08に従って、荷重下の摩耗輪による反復サイクル下で腐食された材料の量を表す。
【0205】
堆積率を、めっき部分の質量増加によって決定する。
【0206】
【表8】

【0207】
XRD非晶質TEM結晶質堆積物を生成するために、電気めっき浴は、二価硫黄源を含有する。この二価硫黄源は、CIAと称され得る。1つの実施態様では、CIAは、堆積物中にSおよびCrのみである(XPS分析による場合)と考慮すると、約0.05質量%〜約2.5質量%の硫黄からの共堆積に十分な濃度で存在する。1つの実施態様では、CIAは、約0.05質量%〜約1.4質量%の硫黄から共堆積するのに十分な濃度で存在する。1つの実施態様では、CIAは、約0.05質量%〜約0.28質量%の硫黄から共堆積するのに十分な濃度で存在する。CIAがなければ、浴中に硫酸イオン(SO−2)由来の硫黄が存在する場合であっても、堆積物はTEM結晶質ではない(そしてXRD結晶質でもない)。
【0208】
1つの実施態様では、XRD非晶質TEM結晶質ナノ粒状機能的クロム合金堆積物は、結晶質クロム合金堆積物がXRD結晶質およびTEM結晶質の両方であり、そして堆積物がより高い硫黄含量を含む実施態様と比較して、有意に改善されたビッカース硬度を得る。以下の表9は、ビッカース硬度データを示す(これは、上記の表8中に示した中から選択したパネルについて、標準偏差および95%信頼区間を含む)。
【0209】
【表9】

【0210】
表8および9に示したデータから明らかなように、パネル65、73、および101(ナノ粒状機能的クロム合金堆積物がTEM結晶質でありXRD非晶質である)のビッカース硬度は、パネル41、49、および57(ナノ粒状機能的クロム合金堆積物がTEM結晶質およびXRD結晶質の両方である)よりも相当に高い。
【0211】
以下の表10は、表8に列挙した中からの6つの代表的な試片のクロム、炭素、酸素、窒素、および硫黄の含量を示す。
【0212】
【表10】

【0213】
図1は、(a)、(b)、(d)、および(d)と標識したクロム堆積物の4次元X線回折パターン(Cu k α)を含む。(a)と標識したX線回折パターンは、先行技術の3価クロムの方法および浴由来の非晶質クロム堆積物に由来し、非晶質クロム堆積物の代表的なパターンを示す。(b)と標識したX線回折パターンは、本発明の一実施態様により析出されたTEM結晶質XRD非晶質ナノ粒状機能的クロム合金に由来する。(b)のパターンは、堆積物がXRD非晶質であることのみを示しており、なぜなら、Cu k α X線は、この堆積物のナノ粒状結晶性を識別し得ないからであるが、これは、図15に示される通り、TEM回折パターンによって示されるように明らかに存在する。(c)と標識したX線回折パターンは、本発明の別の実施態様により析出されたTEM結晶質XRD結晶質ナノ粒状機能的クロム合金に由来する。(c)のパターンは、この堆積物の結晶性がCu k α X線に対して識別し得ることを示し、この堆積物がXRD結晶質であることを示す。(d)と標識したX線回折パターンは、先行技術の6価クロムの方法から析出された結晶質機能的クロムに由来する。
【0214】
図2は、硫黄を含まない、先行技術の3価クロム浴由来の非晶質クロム堆積物の焼きなましの進歩的な効果を示す代表的な一連のX線回折パターン(Cu k アルファ)である。図2では、一連のX線回折スキャンを示し、図2において、クロム堆積物が、ますます長い時間焼きなまされるにつれて、より低い部分で始まり、そして上の方に進む。図2に示すように、最初、非晶質クロム堆積物は、図1の(a)のX線回折パターンと同様の最初の非晶質クロムに代表的な非晶質X線回折パターンの結果になるが、焼きなましが続くにつれて、クロム堆積物は次第に結晶化し、秩序結晶構造中に規則的に生じる原子に対応する鋭いピークのパターンを生じる。焼きなまされたクロム堆積物の格子定数は2.882から2.885までの範囲であるが、この一連の品質は、正確に測定するには十分ではない。
【0215】
図3は、先行技術の3価クロム浴由来の最初の非晶質クロム堆積物の焼きなましについて巨視亀裂の効果を示すクロム堆積物断面の一連の電子顕微鏡写真である。「析出されたときに非晶質クロム」と標識された電子顕微鏡写真では、クロム層は、色むらのある基材上に析出したより明色の層である。「250℃で1時間」と標識された電子顕微鏡写真では、250℃で1時間焼きなましした後、巨視亀裂が形成され、クロム堆積物が結晶化する間、巨視亀裂はクロム堆積物の厚さを通して基材まで広がる。この電子顕微鏡写真および次の電子顕微鏡写真では、クロム堆積物と基材との間の境界面は、巨視亀裂の伝播方向にほぼ垂直に走る薄い線であり、そして「P1」内で小さな黒い四角によってマークされている。「350℃で1時間」と標識された電子顕微鏡写真では、350℃で1時間焼きなましした後、より大きくそしてより明確な巨視亀裂が形成され(「250℃で1時間」のサンプルと比較)、クロム堆積物が結晶化する間、巨視亀裂はクロム堆積物の厚さを通して基材まで広がる。「450℃で1時間」と標識された電子顕微鏡写真では、450℃で1時間焼きなましした後、巨視亀裂が形成され、そしてこれはより低い温度のサンプルよりも大きく、クロム堆積物が結晶化する間、巨視亀裂はクロム堆積物厚さを通して基材まで広がる。「550℃で1時間」と標識された電子顕微鏡写真では、550℃で1時間焼きなましした後、巨視亀裂が形成され、これは、より低い温度のサンプルよりもさらに大きく現れ、クロム堆積物が結晶化する間、巨視亀裂はクロム堆積物厚さを通して基材まで広がる。
【0216】
図4は、クロム堆積物の一実施態様において、硫黄の濃度がクロム堆積物の結晶化度にどのように関係するかを示すグラフ図である。図4に示すグラフでは、堆積物が結晶質であれば、結晶化度軸は1の値が割り当てられ、一方、堆積物が非晶質であれば、結晶化度軸は0の値が割り当てられる。したがって、図4に示す実施態様では、クロム堆積物中の硫黄含量が約1.7質量%から約4質量%までの範囲の場合、堆積物は結晶質であり、一方、この範囲の外側では、堆積物は非晶質である。この点で、所定の結晶質クロム堆積物中に存在する硫黄含量が変化し得るということに留意のこと。すなわち、いくつかの実施態様では、結晶質クロム堆積物は、例えば、約1質量%の硫黄を含み得、そして結晶質であり、そして他の実施態様では、この硫黄含量において、堆積物は非晶質であり得る(図4に示す一点におけるように)。他の実施態様では、より高い硫黄含量は(例えば、約20質量%まで)、結晶質であるクロム堆積物で見出され得、一方、他の実施態様では、硫黄含量が4質量%よりも多い場合、堆積物は非晶質であり得る。したがって、硫黄含量は重要であるが、制御されず、そして3価由来のクロム堆積物の結晶化度に影響を与える唯一の変数ではない。
【0217】
本発明の一実施態様による図4に示すXRD非晶質堆積物は、XRD非晶質であるにも関わらずTEM結晶質であり得ることに留意のこと。
【0218】
図5は、本発明による結晶質クロム堆積物について、、6価クロム浴由来の結晶質クロム堆積物および焼きなまし後の析出されたときに非晶質のクロム堆積物と、結晶格子定数(オングストローム(Å))を比較するグラフ図である。図5に示すように、本発明による結晶質クロム堆積物の格子定数は、高温冶金由来のクロム(「PyroCr」)の格子定数より有意に大きくかつ異なっており、6価クロム堆積物(「H1」〜「H6」)の全ての格子定数より有意に大きくかつ異なっており、そして焼きなましされ、析出されたときに非晶質のクロム堆積物(「T1(350℃)」、「T1(450℃)」、および「T1(550℃)」)の格子定数より有意に大きくかつ異なっている。本発明の3価結晶質クロム堆積物の格子定数と他のクロム堆積物の格子定数との間の相違は、例えば、図5に示されるように、標準のスチューデントt検定によれば、少なくとも95%の信頼レベルで統計的に有意である。
【0219】
図6〜9は、Sakamotoの刊行物に報告された堆積物を得るための方法を再現する本発明者らの試みに関し、そしてこれらについては上述している。
【0220】
図10は、本発明による機能的結晶質クロム堆積物由来の薄片の断面の高分解能透過型電子顕微鏡写真であり、20nm未満の粒サイズに相当する種々の格子方位を示している。
【0221】
図11〜13は、本発明の2つの実施態様によるクロム堆積物由来の、および6価めっき浴から得られたクロム堆積物の薄片の断面の暗視野TEM顕微鏡写真であり、引き裂かれた繊維状に配列されている粒を示している。これらの図面については上述している。
【0222】
図14〜17は、クロム堆積物のTEM回折パターン顕微鏡写真であり、堆積物はそれぞれ、XRD結晶質、TEM結晶質であるがXRD非晶質、XRDおよびTEMとも非晶質、および6価クロムの浴および方法由来の従来のクロム堆積物である。これらの図面については上述している。
【0223】
1つの実施態様では、さらなる結晶質クロム電気析出物を合金にする工程は(クロムは、2.8895±0.0025Åの格子定数を有する)、2g/Lのチオサリチル酸の添加または無添加で、鉄およびリン源として硫酸鉄および次亜リン酸ナトリウムを用いて行われ得る。電解質T7への0.1g/Lから2g/Lの鉄イオンの添加により、2から20%の鉄を含む合金を得る。合金は、チオサリチル酸の無添加で非晶質である。1g/Lから20g/Lの次亜リン酸ナトリウムの添加により、堆積物中に2から12%のリンを含む合金を得た。合金は、チオサリチル酸が添加されなければ、非晶質である。
【0224】
別の実施態様では、2.8895±0.0025Åの格子定数を有する結晶質クロム堆積物は、25kHzおよび0.5MHzの周波数の超音波エネルギーを用いて撹拌した2g/Lのチオサリチル酸を含む電解質T7から得られる。得られた堆積物は、結晶質であり、2.8895±0.0025Åの格子定数を有し、光沢があり、そして用いた周波数に関係なく、析出速度に有意な変化がない。
【0225】
明細書および特許請求の範囲を通じて、開示されている範囲および比の数値限定は、組み合わされ得、そして、すべての介在する値を含むとみなされることに留意のこと。したがって、例えば、1〜100および10〜50の範囲が特に開示されている場合、介在する整数値であるような1〜10、1〜50、10〜100、および50〜100の範囲が、開示の範囲内であるとみなされる。さらに、すべての数値は、修飾語「約」が、特に明言されていようとなかろうと前に付くとみなされる。さらに、クロム堆積物が、本発明に従って明細書に記載されるように3価クロム浴から電析され、そしてこのように形成された堆積物が、結晶質として本明細書で述べる場合、格子定数が特に明言されていようとなかろうと、2.8895±0.0025Åの格子定数を有するとみなされる。最後に、開示されている要素および成分の全ての可能な組み合わせは、特に言及されていようとなかろうと、開示の範囲内であるとみなされる。すなわち、「1つの実施態様」のような用語は、当業者に明確に開示しているとみなされ、このような実施態様は、本明細書に開示されている任意または全ての他の実施態様と組み合わされ得る。
【0226】
本発明の原理は、ある特定の実施態様に関して説明され、そして説明の目的のために提供されているが、それらの種々の改変が明細書を読めば当業者に明らかになることが、理解されるべきである。したがって、本明細書に開示されている発明は、このような改変を含み、添付の特許請求の範囲の範囲内にあることが意図されていることが理解されるべきである。発明の範囲は、特許請求の範囲によってのみ限定される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電析された結晶質機能的クロム合金堆積物であって、該合金が、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含み、そして該堆積物が、析出されたときにナノ粒状である、堆積物。
【請求項2】
前記堆積物が、TEMおよびXRD結晶質の両方である、請求項1に記載の堆積物。
【請求項3】
前記堆積物が、TEM結晶質でありそしてXRD非晶質である、請求項1に記載の堆積物。
【請求項4】
前記堆積物が、
{111}の優先方位;
約500nm未満の平均結晶粒断面積;および
2.8895±0.0025Åの格子定数
の1または2以上の任意の組み合わせを含む、前記いずれかの請求項に記載の堆積物。
【請求項5】
前記堆積物が、約0.05質量%から約20質量%までの硫黄を含む、前記いずれかの請求項に記載の堆積物。
【請求項6】
前記堆積物が、約0.1質量%から約5質量%までの窒素を含む、前記いずれかの請求項に記載の堆積物。
【請求項7】
前記堆積物が、クロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない量の炭素を含む、前記いずれかの請求項に記載の堆積物。
【請求項8】
前記堆積物が、約0.07質量%から約1.4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、約0.5質量%から約7質量%までの酸素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含む、前記いずれかの請求項に記載の堆積物。
【請求項9】
前記堆積物が、少なくとも190℃の温度に少なくとも3時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まず、そして約3ミクロンから約1000ミクロンの範囲の厚みを有する、前記いずれかの請求項に記載の堆積物。
【請求項10】
前記いずれかの請求項に記載の堆積物を含む、物品。
【請求項11】
基材上にナノ粒状の機能的結晶質クロム合金堆積物を電析させるための方法であって、
電析浴を提供する工程であって、該浴が、3価クロム、2価硫黄源、カルボン酸、sp窒素源を含む成分を組み合わせることにより調製され、該浴が、6価クロムを実質的に含まない、工程;
基材を該電析浴に浸漬する工程;および
電流を付与して該基材上に機能的結晶質クロム堆積物を電析させる工程を含み、該合金が、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含み、そして該堆積物が、析出されたときに結晶質およびナノ粒状である、方法。
【請求項12】
前記堆積物が、TEMおよびXRD結晶質の両方である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記堆積物が、TEM結晶質でありそしてXRD非晶質である、請求項11に記載の方法。
【請求項14】
前記堆積物が、
{111}の優先方位;
約500nm未満の平均結晶粒断面積;および
2.8895±0.0025Åの格子定数
の1または2以上の任意の組み合わせを含む、請求項11から13のいずれかの項に記載の方法。
【請求項15】
前記堆積物が、約0.05質量%から約20質量%までの硫黄を含む、請求項11から14のいずれかの項に記載の方法。
【請求項16】
前記堆積物が、約0.1質量%から約5質量%までの窒素を含む、請求項11から15のいずれかの項に記載の方法。
【請求項17】
前記堆積物が、クロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない量の炭素を含む、請求項11から16のいずれかの項に記載の方法。
【請求項18】
前記堆積物が、約0.07質量%から約1.4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、約0.5質量%から約7質量%までの酸素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含む、請求項11から17のいずれかの項に記載の方法。
【請求項19】
前記堆積物が、少なくとも190℃の温度に少なくとも3時間さらされた場合に巨視亀裂形成を実質的に含まず、そして約3ミクロンから約1000ミクロンの範囲の厚みを有する、請求項11から18のいずれかの項に記載の方法。
【請求項20】
前記sp窒素源が、水酸化アンモニウムまたはその塩、アルキル基がC−Cアルキルである第1級、第2級または第3級アルキルアミン、アミノ酸、ヒドロキシアミン、または多価アルカノールアミンであり、該窒素源中のアルキル基が、C−Cアルキル基を含む、請求項11から19のいずれかの項に記載の方法。
【請求項21】
前記カルボン酸が、ギ酸、シュウ酸、グリシン、酢酸、およびマロン酸またはそれらの任意の塩の1以上を含む、請求項11から20のいずれかの項に記載の方法。
【請求項22】
前記2価硫黄源が、以下の1または2以上の混合物を含む、請求項11から21のいずれかの項に記載の方法:
チオモルホリン、
チオジエタノール、
L−システイン、
L−シスチン、
硫化アリル、
チオサリチル酸、
チオジプロパン酸、
3,3’−ジチオジプロパン酸、
3−(3−アミノプロピルジスルファニル)プロピルアミン塩酸塩、
[1,3]チアジン−3−イウムクロライド、
チアゾリジン−3−イウムジクロライド、
以下の式を有する3−(3−アミノアルキルジスルフェニル)アルキルアミンと称される化合物:
【化1】

ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり、そしてnおよびmが独立して、1から4であり;または
以下の式を有する[1,3]チアジン−3−イウムと称される化合物:
【化2】

ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;または
以下の式を有するチアゾリジン−3−イウムと称される化合物:
【化3】

ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;そして
上記のそれぞれにおいて、Xが任意のハロゲン化物であり得、または硝酸塩(−NO)以外の陰イオンであり得、シアノ、ギ酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、マロン酸塩、SO−2、PO−3、HPO−1、HPO−1、ピロリン酸塩(P−4)、ポリリン酸塩(P10−5)、上記多価陰イオンの部分的陰イオン、C−C18アルキルスルホン酸、C−C18ベンゼンスルホン酸、およびスルファミン酸塩の1以上を含む。
【請求項23】
前記2価硫黄源が、約0.0001Mから約0.05Mまでの濃度で前記電析浴中に存在する、請求項11から22のいずれかの項に記載の方法。
【請求項24】
前記電析浴が、5から約6.5までの範囲のpHを含む、請求項11から23のいずれかの項に記載の方法。
【請求項25】
前記電流を付与する工程が、前記堆積物を少なくとも3ミクロンの厚みに形成するために十分な時間行われる、請求項11から24のいずれかの項に記載の方法。
【請求項26】
ナノ粒状の結晶質機能的クロム合金堆積物を電析させるための電析浴であって、該合金が、クロム、炭素、窒素、酸素および硫黄を含み、そして
該浴が、
少なくとも0.1モル濃度の濃度を有し、そして添加される6価クロムを実質的に含まない3価クロム源;
カルボン酸;
sp窒素源;
約0.0001Mから約0.05Mまでの範囲の濃度の2価硫黄源を含む成分を組み合わせることにより得られる水溶液を含み;そして
該浴が、
5から約6.5までの範囲のpH;
約35℃から約95℃までの範囲の操作温度;および
該電析浴に浸漬された陽極と陰極との間に付与される電気エネルギー源
をさらに含む、
電析浴。
【請求項27】
前記2価硫黄源が、以下の1または2以上の混合物を含む、請求項26に記載の電析浴:
チオモルホリン、
チオジエタノール、
L−システイン、
L−シスチン、
硫化アリル、
チオサリチル酸、
チオジプロパン酸、
3,3’−ジチオジプロパン酸、
3−(3−アミノプロピルジスルファニル)プロピルアミン塩酸塩、
[1,3]チアジン−3−イウムクロライド、
チアゾリジン−3−イウムジクロライド、
以下の式を有する3−(3−アミノアルキルジスルフェニル)アルキルアミンと称される化合物:
【化4】

ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり、そしてnおよびmが独立して、1から4であり;または
以下の式を有する[1,3]チアジン−3−イウムと称される化合物:
【化5】

ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;または
以下の式を有するチアゾリジン−3−イウムと称される化合物:
【化6】

ここで、RおよびRが独立して、H、メチルまたはエチルであり;そして
上記のそれぞれにおいて、Xが任意のハロゲン化物であり得、または硝酸塩(−NO)以外の陰イオンであり得、シアノ、ギ酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、マロン酸塩、SO−2、PO−3、HPO−1、HPO−1、ピロリン酸塩(P−4)、ポリリン酸塩(P10−5)、上記多価陰イオンの部分的陰イオン、C−C18アルキルスルホン酸、C−C18ベンゼンスルホン酸、およびスルファミン酸塩の1以上を含む。
【請求項28】
前記電気エネルギー源が、めっきされる基材の面積に基づいて、少なくとも10A/dmの電流密度を付与し得る、請求項26から27のいずれかの項に記載の電析浴。
【請求項29】
前記浴が、前記堆積物が約0.1質量%から約5質量%までの窒素を含むために十分な量の前記窒素源を含む、請求項26から28のいずれかの項に記載の電析浴。
【請求項30】
前記浴が、前記クロム堆積物がクロム堆積物を非晶質にする量よりも少ない量の炭素を含むために十分な量の前記カルボン酸を含む、請求項26から29のいずれかの項に記載の電析浴。
【請求項31】
前記浴が、前記堆積物が約0.05質量%から約1.4質量%までの硫黄、約0.1質量%から約3質量%までの窒素、約0.5質量%から約7質量%までの酸素、および約0.1質量%から約10質量%までの炭素を含むために十分な量の前記2価硫黄化合物、前記窒素源および前記カルボン酸を含む、請求項26から30のいずれかの項に記載の電析浴。
【請求項32】
前記カルボン酸が、ギ酸、シュウ酸、グリシン、酢酸、およびマロン酸またはそれらの任意の塩の1以上を含む、請求項26から31のいずれかの項に記載の電析浴。
【請求項33】
前記sp窒素源が、水酸化アンモニウムまたはその塩、アルキル基がC−Cアルキルである第1級、第2級または第3級アルキルアミン、アミノ酸、ヒドロキシアミン、または多価アルカノールアミンであり、該窒素源中のアルキル基が、C−Cアルキル基を含む、請求項26から32のいずれかの項に記載の電析浴。
【請求項34】
前記浴が、(a)析出されたときにTEMおよびXRD結晶質の両方である堆積物、または(b)析出されたときにTEM結晶質でありそしてXRD非晶質である堆積物のいずれかを得るために十分な濃度で前記2価硫黄源を含む、請求項26から33のいずれかの項に記載の電析浴。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公表番号】特表2010−540781(P2010−540781A)
【公表日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−528121(P2010−528121)
【出願日】平成20年10月2日(2008.10.2)
【国際出願番号】PCT/US2008/078561
【国際公開番号】WO2009/046181
【国際公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【出願人】(503037583)アトテック・ドイチュラント・ゲーエムベーハー (55)
【氏名又は名称原語表記】ATOTECH DEUTSCHLAND GMBH
【Fターム(参考)】