説明

絶縁ワニス及びこれを用いた絶縁電線

【課題】 ダイスの開口部の形状に応じた形状の絶縁被膜(均一厚みの絶縁被覆)の形成が容易な絶縁ワニスを提供する。
【解決手段】 導体表面に塗布した後、前記導体の断面形状と相似形状のダイスの通過により、塗布された余分な塗料が除去され、次いで、乾燥、焼き付けすることにより、導体表面に絶縁被膜を形成する絶縁ワニスにおいて、大きなせん断力がかかったときには粘度が下がり、乾燥、硬化時には、だれにくいように、ワニスにチキソトロピー性を付与する。ワニスに、アミド系流動調整剤、好ましくは脂肪酸アミド若しくはそのオリゴマー、又はこれらの変性物若しくは混合物を配合することでチキソトロピー性を付与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電線の絶縁被覆に用いられる絶縁ワニスに関し、特に、平角電線の塗布性に優れた絶縁ワニスに関する。
【背景技術】
【0002】
導体表面に絶縁被膜を有する絶縁電線は、一般に次のようにして製造される。すなわち、導体(芯線)表面に絶縁ワニスを塗布した後、塗布ダイスにより導体(芯線)表面の塗布量の調節及び塗布された塗料面の平滑化、次いで、焼付炉に通して塗布されたワニスを焼き付けることで、導体表面に絶縁被膜を形成する。そして、絶縁被膜が所定の厚さに達するまで、これら一連の作業(絶縁ワニスの塗布、塗布量の調整及び焼付)を複数回繰り返す。
【0003】
塗布ダイスは、開口部を有し、絶縁ワニスを塗布した芯線がこの開口部を通過することで、余分な塗料を除去することにより、塗布量を調整している。絶縁電線において、絶縁被膜の厚さが不均一である場合、絶縁被膜の薄い箇所によって絶縁電線の電気絶縁性が決定されることになるため、絶縁性が不十分とされる場合がある。従って、膜厚を均一にすることは重要である。塗布ダイスとしては、例えば、特開2008−123759号公報(特許文献1)に記載のように、一般に、平面視したときの開口部の形状が導体の断面形状と略相似形のものが用いられる。
【0004】
ところで、絶縁電線の導体(芯線)としては、従来、断面が略円形状の導体(丸線)が使用されてきたが、近年、占積率が低く、各種機器の小型化を図ることができるとの観点から、断面が略長方形状(断面略平角形状)の導体(平角導体)線が広く使用されるようになっている。この平角電線において、絶縁被膜の厚みが不均一となっている場合、巻線の状態において、電線同士が直接接触せず不要な空間が形成されるおそれがあり、占積率の低下が懸念される。平角電線では、かかる理由からも被膜の均一性が重要であるが、丸線と比べて、膜厚を均一にすることが難しい。
【0005】
すなわち、図1に示すように、芯線1に、厚みが均一な被膜2を有する平角電線を作成しようとする場合、図2のように、芯線1と相似形状の開口部3を有するダイスを用いることになる。しかしながら、平面部1aとこれに直交した直下部1bとの組合せからなる平角電線では、ダイスを通過した後、硬化するまでの間に、塗料の表面張力により塗料が平角導体の角部に流れやすくなり、図3に示すように、被膜2’の角部2’aが膨らんだ、いわゆる断面ドッグボーン形状の絶縁被膜が形成されてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−123759号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
絶縁被膜の厚みを均一にするために、例えば、上記特許文献1では、導体の角部よりも大きな曲率半径を有する角部が形成された開口部を有する塗布ダイスを用いて、開口部に形成された角部の曲率半径の初期値に比し、開口部に形成された角部の曲率半径の最終値を大きくするように塗布量を調整し、さらに、絶縁被膜を2層構造とし、外側のアミドイミド樹脂層として、内周側のアミドイミド樹脂よりも伸長性の高い樹脂を用いることが提案されている。
【0008】
しかしながら、ダイスの形状を工夫しても、ワニスの種類が変わることで、ドッグボーン形状の被膜が形成される場合もあり、汎用性という点で他の解決方法が望まれる。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、ダイスによる解決を図るのではなく、ダイスの開口部の形状に応じた形状の絶縁被膜、すなわち、均一厚みの絶縁被覆の形成が容易な絶縁ワニスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、開口部が導体断面と相似形状である一般的なダイスを用いても、厚みが均一な絶縁被膜を形成することができるように、ワニスの組成について、種々検討を行った。絶縁ワニスの粘度を高め、流動性を小さくすることを試みたが、高粘度のワニスは、ダイス通過時に、導体(芯線)に過度の張力が加わり、断線の原因となることがわかった。そこで、更なる検討を進め、大きなせん断力がかかったときには粘度が下がり、乾燥、硬化時には、だれにくいようにするためには、チキソトロピー性を付与することが有用であると考え、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の絶縁ワニスは、導体表面に塗布した後、前記導体の断面形状と相似形状のダイスの通過により、塗布された余分な塗料が除去され、次いで、乾燥、焼き付けすることにより、導体表面に絶縁被膜を形成する絶縁ワニスにおいて、アミド系流動調整剤が含有されていることを特徴とする。
【0012】
前記アミド系流動調節剤は、脂肪酸アミド若しくはそのオリゴマー、又はこれらの変性物若しくは混合物であることが好ましく、被膜形成樹脂固形分100質量部に対して、固形分で2〜20質量部含有されていることが好ましい。また、前記被膜形成樹脂は、ポリアミドイミド系樹脂であることが好ましい。
【0013】
さらに、本発明の絶縁ワニスは、せん断速度0.1〜1rpmで、粘度2〜10Pa・sであり、せん断速度60rpmのときに粘度2Pa・s以下であることが好ましく、前記ダイスの通過は、せん断速度100〜10000s-1で通過する絶縁電線に好適である。
【0014】
本発明の絶縁電線は、導体、及び前記導体を被覆する絶縁被膜よりなる絶縁電線であって、前記絶縁被膜が、上記本発明の絶縁ワニスの硬化膜である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の絶縁ワニスは、チキソトロピー性を有しているので、ダイス通過時といった高せん断力がかかるときには流れやすく、乾燥硬化中は、だれることが抑制されているので、平型電線であっても、絶縁被膜が、所謂、断面ドッグボーン形状となることを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】平角絶縁電線の構成を示す断面図である。
【図2】平角絶縁電線の製造に用いる従来のダイスの構成を説明するための断面図である。
【図3】平角絶縁電線の問題点を説明するための構成模式断面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0018】
本発明の絶縁電線用塗料は、導体表面に塗布した後、前記導体の断面形状と相似形状のダイスの通過により、塗布された余分な塗料が除去され、次いで、乾燥又は焼付により、前記導体表面に絶縁被膜を形成する絶縁ワニスにおいて、アミド系流動調整剤が含有されたものである。
【0019】
本発明が適用される絶縁ワニスの種類、すなわち被膜構成成分となる樹脂の種類は特に限定せず、乾燥固化タイプ、焼付硬化タイプのいずれのワニスであってもよい。具体的には、絶縁ワニスの分野で従来より用いられている樹脂、例えば、ポリアミドイミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリエーテルサルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、ポリサルホン樹脂などを主成分とするワニスが挙げられる。これらのうち、特にポリアミドイミド樹脂ワニスが好ましく適用できる。
【0020】
絶縁ワニスは、主体となる樹脂をモノマーから合成してもよいし、市販のワニスを使用してもよい。例えば、アミドイミド樹脂塗料の市販品としては、例えば、日立化成工業株式会社製の商品名HI−400A、HI−407A、HI−401D−24、HI−401A No.1、HI−401SE−23などを用いることができる。
【0021】
本発明で用いられるアミド系流動調節剤は、いわゆるアミド系ワックスとして知られているものを使用することができる。具体的には、脂肪酸アミド若しくはそのオリゴマー、又はこれらの変性物(変性ポリアミド)、混合物を有効成分とするものが挙げられる。
【0022】
上記脂肪酸アミドは、アミンとカルボン酸とを反応させて得られる脂肪酸アミドである。前記アミンとしては、エチレンジアミン、1,3−ジアミノプロパン、1,4−ジアミノブタン、ヘキサメチレンジアミンなど、炭素数2〜6のジアミンが好ましく用いられ、この場合、通常、オリゴマーが合成される。
前記脂肪族カルボン酸は、炭素数2〜18のモノカルボン酸であってもよいし、シュウ酸、コハク酸、フマル酸、グルタール酸、アジピン酸、スベリン酸、アゼライン酸、セバシン酸等のジカルボン酸、さらには、ひまし油脂肪酸等の天然油脂由来の脂肪酸、不飽和脂肪酸を重合したダイマー酸などを用いることができる。不飽和カルボン酸の場合、水素添加されたものであることが好ましい。
【0023】
上記のような脂肪酸アミドのオリゴマーは、チキソトロピー性付与が損なわれない範囲内であれば、変性されたもの(変性ポリアミド)であってもよい。変性ポリアミドとしては、ポリアミドの分子鎖末端部分又は分子鎖内を変性したもので、これにより流動調節剤の極性を調節することが可能である。変性ポリアミドの例としては、例えば、ウレア変性ポリアミドなどが挙げられる。変性の割合は、脂肪酸アミドとしてのチキソトロピー性付与効果を損なわない範囲である。
脂肪酸アミド若しくはそのオリゴマーの混合物としては、チキソトロピー性を損なわない範囲で他の流動調節剤を混合したもので、例えば、酸化ポリエチレン、酸化ポリプロピレン等の酸化ポリオレフィンとの混合物が挙げられる。
【0024】
以上のようなアミド系ワックスとして知られているものは、通常、常温で固体である。従って、これらは、アルコール系溶剤、環式飽和炭化水素、芳香族炭化水素、エステルなどの有機溶剤中に分散させ、液状ないしペースト状にしたものを用いることが好ましい。
【0025】
前記アルコール系溶剤としては、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノールの脂肪族アルコール、ベンジルアルコール等の芳香族アルコール、エチレングリコール、モノフェニルグリコールなどを用いることができる。
また。前記脂環式炭化水素としては、シクロヘキサン、アルキルシクロヘキサンなどを用いることができる。
前記芳香族炭化水素としては、キシレン、トルエンなどを用いることができる。
前記エステル類としては、酢酸ブチル、酢酸ヘキシル、酢酸へプチル等の酢酸エステル類;プロピオン酸エステル、コハク酸メチルなどの二塩基酸エステルなどが挙げられる。
これらの有機溶剤は、1種又は2種以上混合して用いることができる。
【0026】
上記アミド系ワックスをこれらの有機溶剤中に懸濁させて、加温することにより、均質溶液ないしはペースト状とすることができる。溶液状又はペースト状として用いることにより、絶縁ワニス内に均一に分散させることが容易となり、塗膜物性に対する影響を少なくしつつ、絶縁ワニスの流動性を調節することができる。
【0027】
ペースト状の流動調節剤を用いた場合、流動調節剤中に含まれるアミド系ワックスの含有率は、5〜30質量%程度であることが好ましく、より好ましくは10〜25質量%である。
【0028】
以上のようなペースト状のアミド系流動調節剤としては、市販品を用いてもよい。例えば、楠本化成株式会社から市販されている脂肪酸アマイド系ペーストタイプ(6900−20X、6900−10X、A603−20X,A603−10X、A670−20M、6810−20X,6850−20X,6820−20M、6820−10M、FS−6010、PFA−131、PFA−231、F−9020、F−9030、F−9040、F−9050など)や、酸化ポリオレフィンアマイド(NS−5010、NS5025、NS−5210、NS−5310など)、共栄化学株式会社から市販されている高級脂肪酸アマイドペースト(ターレン7200−20、ターレン7500−20等のターレンシリーズ)、BYKケミ−社のBYK−405などを用いることができる。
【0029】
以上のような流動調節剤は、可逆的な結合力をもち、凝集によりワニスに増粘効果をもたらす。さらに、ワニスにおける被膜形成樹脂と水素結合により緩やかな架橋構造を形成し、塗料粘度の増大に寄与するのではないかと考えられる。一方、ダイス通過時のような塗料に強いせん断力が働いた場合に、それらの結合は緩やかに破壊され、見掛け上架橋されていた被膜形成樹脂の分子鎖はばらばらになり、見掛け上の粘度が低下し、ダイスの通過時に、被着体である導線に過度の負担がかかることを防止し、塗料の平滑化を容易にする。さらに、ダイス通過後には、せん断力の解除により、再び、流動調節剤粒子が凝集することにより、ワニス粘度が増大して、流動しにくくなることから、例えば、平角導体の場合に、角部に塗料が流れるといったことを抑制できる。このように、ワニスに、チキソトロピック性が付与され、その結果、いわゆる絶縁被膜がドッグボーン形状となることを防止できる。
【0030】
流動調節剤は、被膜形成樹脂(市販のワニスの場合には樹脂固形分)100質量部あたり、固形分(有効成分)として2〜20質量部、好ましくは3〜10質量部の割合で配合されることが好ましい。流動調節剤が多くなりすぎると、樹脂の耐熱性、強度等が低下するおそれがあり、少なすぎると、チキソトロピック性の付与効果が不十分となる。
【0031】
流動調節剤は、被膜形成樹脂中にドライブレンド等により混練してもよいし、予め被膜形成樹脂を有機溶剤に希釈した後、流動調節剤を添加混合してもよい。均一混合されるように、必要に応じて加温することが好ましい。
【0032】
本発明の絶縁ワニスは、さらに必要に応じて、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤等の各種添加剤を添加してもよい。これらの添加剤は、主成分となる被膜形成樹脂に直接添加してもよいし、流動調節剤と同時に混合してもよいし、流動調節剤の添加混合後に配合してもよい。
【0033】
以上のようにして得られる本発明の絶縁ワニスは、通常、樹脂固形分10〜50%程度のワニスとして用いられる。希釈溶剤としては、有機溶剤が用いられる。この場合、流動調節剤に用いられていた有機溶剤と同種類の有機溶剤であってもよいし、異なる種類の有機溶剤であってもよい。
【0034】
以上のような組成を有する本発明の絶縁ワニスは、せん断速度0.1〜1rpmで、粘度2〜10Pa・sであり、せん断速度60rpmのときに粘度2Pa・s以下であることが好ましい。
【0035】
本発明の絶縁電線は、上記本発明の絶縁ワニスを用いて形成される絶縁被覆を有するものである。
導体として用いられる芯線は、銅線、アルミニウム線、アルミ合金線、ニッケルめっき銅線、銀メッキ銅線などの金属線が用いられる。芯線の形状は特に限定しないが、ダイス通過後、塗料が流れやすく、均一厚みの被膜を形成することが容易でなかった導体、例えば、断面長方形の平角導体などに特に有用である。
【0036】
本発明の絶縁ワニスを収容した塗料槽に浸漬することにより、導体の表面に塗布した後、ダイスを通過させて、余分に塗布された塗料を除去するとともに塗布された表面を平滑化した後、焼付処理をする。塗布、ダイス通過、焼付け処理を2回以上繰り返してもよい。これらの一連の処理は、塗料槽、ダイス、焼付炉が、この順で下から設置された竪型設備を用いて行ってもよいし、塗料槽、ダイス、焼付炉が並列配置された横型設備を用いて行ってもよい。
【0037】
ダイスの通過は、特に限定しないが、通常、せん断速度100〜10000s-1で通過させることが好ましい。このようなせん断速度で通過させても、流動調節剤のチキソトロピー性付与効果により、粘度が1〜5Pa・s程度となり、芯線に負担となる過大なせん断力がかかることを防止できる。
【0038】
絶縁ワニスの焼付温度、時間は、主成分である被膜形成樹脂の種類により適宜選択すればよい。例えば、ポリアミドイミド系ワニスの場合には、350〜500℃程度の炉内を、1パスあたり5〜10秒間、通過させることにより行うことが好ましい。
【0039】
絶縁被膜の厚みは、導体を保護する観点から、1〜100μmが好ましく、より好ましくは10〜50μmである。塗布、焼付を繰り返すことにより厚膜の絶縁被膜を形成することができ、厚膜であっても、被膜の均一性を確保することが可能である。
【0040】
本発明の絶縁ワニスで形成される絶縁被膜は、導体上に直接形成してもよいし、導体表面にまず下地層を形成し、その上に、ポリアミドイミド樹脂の絶縁被膜を形成してもよい。
下地層としては、たとえばポリウレタン系、ポリエステル系、ポリエステルイミド系、ポリエステルアミドイミド系、ポリアミドイミド系、ポリイミド系等、従来公知の種々の絶縁塗料の塗布、焼付けにより形成される絶縁膜が挙げられる。
【0041】
さらに、本発明の絶縁ワニスを用いて形成される絶縁被膜の上層に上塗層を設けてもよい。特に、絶縁電線の外表面に、潤滑性を付与するための表面潤滑層を設けることにより、コイル巻や占積率を上げるための圧縮加工時に電線間の摩擦により生じる応力、ひいてはこの応力により生じる絶縁被膜の損傷を低減できるので好ましい。上塗層を構成する樹脂としては、潤滑性を有するものであればよく、例えば、流動パラフィン、固形パラフィン等のパラフィン類、各種ワックス、ポリエチレン、フッ素樹脂、シリコーン樹脂等の潤滑剤をバインダー樹脂で結着したものなどを挙げることができる。好ましくは、パラフィン又はワックスを添加することで潤滑性を付与したアミドイミド樹脂が用いられる。
【実施例】
【0042】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0043】
〔測定評価方法〕
はじめに、本実施例で行なった評価方法について説明する。
(1)粘度
レオメータを用いて、せん断速度0.1rpm、1rpm、6rpm、60rpmそれぞれの場合について、粘度(Pa・s)を測定した。
【0044】
(2)電線の可撓性
JIS C3003 7.1.1可とう性試験に準拠して試験した。絶縁電線を、初期長さに対して、10%、20%、30%伸長した後、直径1mmの丸棒外形に沿うようにまきつけた際の絶縁被膜の割れ、剥離を観察した。絶縁電線30本について、上記可撓性試験を行い、割れ、剥離等が生じた本数を数えた。
【0045】
(3)鞘抜け試験
絶縁電線から導体(銅線)をエッチングにより除去し、残った絶縁被膜を、引張試験機を用いて、所定の条件(チャック間隔2cm、引張速度10mm/分)で引張試験を行い、下記項目について測定した。
・破断伸び(%):破断時の被膜の伸び
・抗張力(MPa):破断時の(引張荷重)/(被膜断面積)として求めた。
・引張弾性率(GPa):引張荷重vs伸びのグラフで得られる曲線(S−Sカーブ)の最大傾きとして求めた。
・破断エネルギー(mJ):上記S−Sカーブが描く図形の面積として求めた。
【0046】
(4)耐摩耗性(N)
JIS C3003−1999に記載の耐摩耗試験に準拠し、一方向摩耗値(g)を測定した。
【0047】
(5)軟化温度(℃)
動的粘弾性(DMS)測定装置によりガラス転移点を測定し、これを軟化温度とした。
【0048】
〔ポリアミドイミド樹脂系ワニスNo.1−5の調製及び絶縁電線の製造、評価〕
日立化成株式社のポリアミドイミド樹脂ワニス「AE2−27」100質量部に対して、下記に示す流動調節剤を、表1に示す量を添加し、ポリアミドイミド系絶縁ワニスNo.1〜5を調製し、各ワニスにおける粘度を測定した。また、比較のため、流動調節剤を添加しなかった場合(ポリアミドイミド樹脂ワニス「AE2−27」単独)についても、同様に粘度を測定した結果を表1に示す。尚、表1中の流動調節剤の添加量は、ワニス樹脂固形分100質量部に対する、流動調節剤中の有効成分(脂肪酸アミド、又は脂肪酸アミドと酸化ポリオレフィン、又は変性ウレア)の量を示す。
【0049】
使用した流動調節剤は、以下のとおりである。
・脂肪酸アミド系流動調節剤a:楠本化成製の「6900−10X」を用いた。これは、有効成分となる脂肪酸アミドをキシレン中にプレ膨潤させ、その他の有機溶剤として、エチルアルコール、メチルアルコールを用いたペースト状の流動調節剤で、有効成分(脂肪酸アミド)含有率が10%)ある。
・脂肪酸アミド系流動調節剤b:楠本化成製の「6900−20X」を用いた。「6900−10X」とは有効成分含有率が異なるもので、脂肪酸アミド含有率20%である。
・変性ポリアミド系流動調節剤:ビッグケミー製の「BYK−431」を用いた。溶剤としてイソブタノール及びモノフェニルグリコール(90/10混合物)を溶剤とした高分子量ウレア変性低極性ポリアミドの溶液である。有効成分となるウレア変性ポリアミドの含有率は25%である。
・脂肪酸アミド−酸化ポリオレフィン混合系流動調節剤:楠本化成製の「LS−5210」を用いた。有効成分となる脂肪酸アミド−酸化ポリオレフィン混合物の含有率は10%で、キシレン、エチルアルコール、イソプロピルアルコールに分散させたペーストである。
・変性ウレア系流動調節剤:ビッグケミー製の「BYK−410」を用いた。これは、ウレア基間及び末端に、バインダーに相溶性を示す極性基を有する変性ウレア(有効成分)のN−メチルピロリドン溶液(変性ウレア含有率52%)である。
【0050】
竪型塗装設備を用いて、導体径0.990mmの断面丸型導体を、上記で調製した絶縁ワニスのうち、チキソトロピー性が付与されていることが確認されたNo.1−4、及び流動調節剤を添加していない絶縁ワニスNo.6を用いて、絶縁電線を製造した。
絶縁電線の製造は、各絶縁ワニスに浸漬した後、導体と相似形状の開口部を有するダイスを、速度3.5m/分で通過させ、焼付炉中を通過させて、350℃で1分間焼付を行い、絶縁被膜を形成した。この絶縁ワニスの塗布、ダイス通過、焼付を8回繰り返すことで、表1に示すような厚みの絶縁被膜を有する絶縁電線を作成した。作製した絶縁電線について、上記評価方法に基づき、可撓性、伸び、抗張力、弾性率、破断エネルギー、一方向摩耗、軟化温度を測定した。結果を表1に示す。
なお、No.6については、径1.017mmの断面丸型導体を用いた。
【0051】
【表1】

【0052】
流動調節剤を含有する本発明実施例の絶縁ワニスNo.1〜4は、いずれもせん断速度0.1rpm以下では、粘度が2Pa・s以上であるのに対し、せん断速度60rpm以上では、粘度1.7Pa・s以下と粘度が低下し、チキソトロピー性が付与されていることがわかる。また、チキソトロピー性(低せん断力負荷時には高粘度で、高せん断力負荷時には低粘度)の程度は、脂肪酸アミドの含有率が高いNo.1,2が大きく、混合物タイプ(No.4)、変性タイプ(No.3)は小さい傾向にあった。
【0053】
一方、変性ウレア系の流動調節剤を含有する絶縁ワニスNo.5は、せん断速度が低いときには粘度が低く、せん断速度の増大に伴ってワニスの粘度が増大しており、チキソトロピー性が付与されていないことがわかる。さらに、せん断速度の増大に伴う粘度の増大の程度は、流動調節剤を含有していないポリアミドイミド樹脂ワニス単独の場合であるNo.6よりも大きかった。これは、ウレア基がアミド基と比べて、塗料成分に対する水素結合効果が小さい、特にポリアミドイミド樹脂に対しては、水素結合による会合分子を形成しにくいばかりか、変性ウレア流動調節剤同士で凝集してしまったためではないかと推測される。この点、ウレア変性ポリアミド系流動調節剤を用いたNo.3では、ウレア変性部分の含有割合が小さいために、凝集するにはいたらず、チキソトロピー性の付与を阻害せずに済んだのではないかと推測される。
【0054】
流動調節剤を含有しない絶縁ワニスNo.6は、せん断速度0.1rpmでは、粘度1.76Pa・s以下であったのに対し、せん断速度60rpmでは粘度2.57Pa・sと増粘し、せん断速度の増大に伴って、せん断力が増大することがわかる。従って、せん断速度を上げると、被膜物性に及ぼす影響が大きくなると予想される。
【0055】
尚、ワニスにアミド系流動調節剤を添加したNo.1〜4において、絶縁被膜の物性に及ぼす影響もほとんど認められなかった。ワニス樹脂固形分100質量部あたり、アミド系流動調節剤を固形分で5質量部程度、添加しても、絶縁被膜の物性に対しても影響を与えないことがわかる。
よって、アミド系流動調節剤を含有させることにより、絶縁被膜の物性に影響を与えることなく、ダイス通過による被膜の厚み均一化を達成することが容易になる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の絶縁ワニスは、流動調節剤の配合によりチキソトロピー性が付与されているので、ダイス通過による塗布量の調節で膜厚を均一に調節することが一般に困難であるとされている平角電線の絶縁被膜の形成においても、導体と相似形状の開口部を有するダイス、塗工設備を用いて、均一性の高い絶縁被膜を形成できるので、絶縁電線の製造現場に有用である。
【符号の説明】
【0057】
1 導体(芯線)
2、2’ 絶縁被膜
3 開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体表面に塗布した後、前記導体の断面形状と相似形状のダイスの通過により、塗布された余分な塗料が除去され、次いで、乾燥、焼き付けすることにより、導体表面に絶縁被膜を形成する絶縁ワニスにおいて、アミド系流動調整剤が含有されていることを特徴とする絶縁ワニス。
【請求項2】
前記アミド系流動調節剤は、脂肪酸アミド若しくはそのオリゴマー、又はこれらの変性物若しくは混合物である請求項1に記載の絶縁ワニス。
【請求項3】
前記アミド系流動調節剤は、被膜形成樹脂固形分100質量部に対して、2〜20質量部含有されている請求項1〜3のいずれか1項に記載の絶縁ワニス。
【請求項4】
前記ダイスの通過は、せん断速度100〜10000s-1で通過する請求項1〜4のいずれか1項に記載の絶縁ワニス。
【請求項5】
せん断速度0.1〜1rpmで、粘度2〜10Pa・sであり、せん断速度60rpmのときに粘度2Pa・s以下である請求項1〜5のいずれか1項に記載の絶縁ワニス。
【請求項6】
被膜形成樹脂は、ポリアミドイミド系樹脂である請求項1〜6のいずれか1項に記載の絶縁ワニス。
【請求項7】
導体、及び前記導体を被覆する絶縁被膜よりなる絶縁電線であって、
前記絶縁被膜が、請求項1〜7のいずれか1項に記載の絶縁ワニスの硬化膜を有する絶縁電線。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−82760(P2013−82760A)
【公開日】平成25年5月9日(2013.5.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−221531(P2011−221531)
【出願日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【復代理人】
【識別番号】100104307
【弁理士】
【氏名又は名称】志村 尚司
【Fターム(参考)】