説明

絶縁塗料およびそれを用いた絶縁電線

【課題】部分放電開始電圧を有し、高い耐熱軟化性を有する絶縁被膜を得ることができる絶縁塗料およびそれを用いて形成された絶縁被膜を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】絶縁被膜を形成するための絶縁塗料であって、前記絶縁塗料は、ジアミン成分と酸成分とを共沸溶媒の存在下で合成反応させて得られる樹脂成分に対して、イソシアネート成分を合成反応させて得られるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料であり、前記ジアミン成分は、該ジアミン成分100モル%中で、カルド構造を有する芳香族ジアミン成分が20モル%以上100モル%未満で含有されていることを特徴とする。また、絶縁電線10は、該絶縁塗料による絶縁被膜2が導体1の外周に形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属導体の外周に絶縁塗料を塗布・焼付して形成した絶縁被膜を有する絶縁電線に関し、特に回転電機や変圧器などの電気機器のコイルに用いられる絶縁電線の被膜として好適な絶縁塗料およびそれを用いた絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
絶縁電線(いわゆるエナメル線)は、回転電機や変圧器などの電気機器のコイル用電線として広く用いられており、コイルの用途・形状に合致した断面形状(例えば、丸形状や四辺形状)に成形された金属導体の外周に単層または複数層の絶縁被膜が形成された構成をしている。該絶縁被膜は、しばしば有機溶媒に樹脂(例えば、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド等)を溶解させた絶縁塗料を金属導体上に塗布・焼付して作製される。
【0003】
近年、回転電機や変圧器などの電気機器に対する小型化・高出力化・高効率化などの要求から、該電気機器のインバータ制御や高電圧化が進展している。その結果、コイルの運転温度が以前よりも上昇傾向にあり、絶縁被膜には高い耐熱性が求められている。それに加えて、インバータ制御では急峻な過電圧(インバータサージ電圧)が発生することがあり、高電圧化の進展とインバータサージ電圧とによって電気機器中のコイル絶縁に悪影響を及ぼすことが懸念されている。
【0004】
具体的には、コイルを構成する絶縁電線間の微小な空隙部分に電界集中が起こり、隣接する絶縁電線間(被膜−被膜間)あるいは対地間(被膜−コア間)で部分放電が発生することがある。部分放電は絶縁被膜の侵食劣化(部分放電劣化)を引き起こし、部分放電劣化が進行すると最終的にコイルの絶縁破壊に至るという問題がある。
【0005】
部分放電劣化を防ぐためには、絶縁被膜間での部分放電の発生を抑制すること、すなわち絶縁被膜における部分放電開始電圧が高くなるようにすることが望ましい。そのための方法としては、例えば、絶縁被膜の膜厚を厚くする方法や、絶縁被膜に比誘電率の低い樹脂を用いる方法などが挙げられる。一般的に、絶縁電線における部分放電開始電圧は、絶縁被膜の厚さに比例し絶縁被膜の比誘電率に反比例する。
【0006】
例えば、特許文献1(特開2009-161683号公報)には、分子鎖中にハロゲン元素を含まないポリアミドイミド樹脂を極性溶媒に溶解してなるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料であって、前記ポリアミドイミド樹脂は、モノマーとして3つ以上のベンゼン環を有する芳香族ジイソシアネート成分又は芳香族ジアミン成分を含有し、前記ポリアミドイミド樹脂の繰返し単位当たりの分子量(M)と、アミド基及びイミド基が平均個数(N)との比率M/Nが200以上であるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を用い、導体直上あるいは他の絶縁被膜上に該絶縁塗料を塗布・焼付して形成した絶縁被膜を有する絶縁電線が開示されている。特許文献1によると、従来の絶縁電線(汎用的ポリアミドイミド絶縁電線)と同等の耐熱性・機械的特性・耐油性などを維持したまま、絶縁被覆を低誘電率化することで部分放電開始電圧が従来よりも高い絶縁電線が得られるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−161683号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、最近では電気機器への高出力化・高効率化の要求レベルがますます高度になってきており、従来技術の絶縁被膜ではその要求レベル(特に、部分放電劣化の抑制と高い耐熱性との両立)への対応が困難になる問題が生じている。より具体的には、特許文献1に記載されたような絶縁塗料およびそれによる絶縁被膜は、高い部分放電開始電圧を有することが期待できるものの、使用温度によっては絶縁被膜が熱軟化する可能性があり、従来よりも更に高い温度での使用が困難になるという課題があった。言い換えると、従来よりも高い耐熱軟化性(耐熱性の一種)を実現するためには、絶縁塗料のさらなる改善が必要とされていた。
【0009】
従って、本発明の目的は、上記要求を満たすために、従来と同等以上の部分放電開始電圧を有し、かつ従来よりも高い耐熱軟化性を有する絶縁被膜を得ることができる絶縁塗料およびそれを用いて形成された絶縁被膜を有する絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の1つの態様は、上記目的を達成するため、次のような特徴を有する。
本発明に係る絶縁塗料は、絶縁被膜を形成するための絶縁塗料であって、前記絶縁塗料は、ジアミン成分(成分A)と酸成分(成分B)とを共沸溶媒の存在下で合成反応させて得られる樹脂成分(成分X)に対して、イソシアネート成分(成分Y)を合成反応させて得られるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料であり、前記ジアミン成分(成分A)は、該ジアミン成分100モル%中で、カルド構造を有する芳香族ジアミン成分(成分A1)が20モル%以上100モル%未満で含有されていることを特徴とする。
【0011】
さらに、本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁塗料において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記成分Aは、前記成分A1以外の成分として、3つ以上の芳香環を有すると共にエーテル結合を有する芳香族ジアミン成分(成分A2)が含有されており、前記成分A1と前記成分A2との配合モル比率「[A1]/[A2]」が、「25/100」以上「80/100」以下である。なお、[A1]および[A2]は、それぞれ成分A1および成分A2のモル量を意味するものとする。
(2)前記成分Yは、芳香族ジイソシアネート成分(成分Y1)からなり、前記成分A1と前記成分A2と前記成分Y1との配合モル比率「([A1]+[A2])/[Y1]」が、「75/25」以上「97.5/2.5」以下である。なお、[Y1]は、成分Y1のモル量を意味するものとする。
(3)前記成分Bは、芳香族トリカルボン酸無水物(成分B1)と芳香族テトラカルボン酸二無水物(成分B2)とが少なくとも含有されており、前記成分B1と前記成分B2との配合モル比率「[B1]/[B2]」が、「50/50」以上「5/95」以下である。なお、[B1]および[B2]は、それぞれ成分B1および成分B2のモル量を意味するものとする。
(4)前記共沸溶媒がキシレンである。
(5)上記の絶縁塗料による前記絶縁被膜が導体の外周に形成されている絶縁電線である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、従来と同等以上の部分放電開始電圧を有し、かつ従来よりも高い耐熱軟化性を有する絶縁被膜を得ることができる絶縁塗料およびそれを用いて形成された絶縁被膜を有する絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る絶縁電線の1例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明に係る実施形態を説明する。ただし、本発明は、ここで取り上げた実施の形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0015】
[絶縁塗料]
前述したように、本発明に係る絶縁塗料は、絶縁被膜を形成するための絶縁塗料であって、前記絶縁塗料は、ジアミン成分(成分A)と酸成分(成分B)とを共沸溶媒の存在下で合成反応させて得られる樹脂成分(成分X)に対して、イソシアネート成分(成分Y)を合成反応させて得られるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料であり、前記ジアミン成分(成分A)は、該ジアミン成分100モル%中で、カルド構造を有する芳香族ジアミン成分(成分A1)が20モル%以上100モル%未満で含有されていることを特徴とする。以下、各成分についてより具体的に説明する。
【0016】
(ジアミン成分)
本発明に係るポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得るためのジアミン成分(成分A)は、分子構造中にカルド構造を有する芳香族ジアミン成分(成分A1)を必須成分とする。成分A全体を100モル%としたときに、成分A1は20モル%以上100モル%未満で含有されていることが好ましく、20モル%以上50モル%以下がより好ましい。これにより、形成される絶縁被膜の耐熱軟化性を向上させることができる。成分A1の含有量が20モル%未満であると、耐熱軟化性の向上効果が不十分である。一方、成分A1の含有量が100モル%であると、ポリアミドイミド樹脂の弱点になりやすい可撓性を改善できない。成分A1としては、例えば、9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン(FDA)、9,9-ビス(4-アミノ-3-メチルフェニル)フルオレン、9,9-ビス(4-アミノ-3-クロロフェニル)フルオレンなどが挙げられる。
【0017】
また、成分Aは、成分A1以外の成分として、分子構造中に3つ以上の芳香環を有すると共にエーテル結合を有する芳香族ジアミン成分(成分A2)が含有されていることが好ましい。このとき、成分A1と成分A2との配合モル比率は、「[A1]/[A2] = 25/100 〜 80/100」であることが好ましく、「[A1]/[A2] = 25/100 〜 30/100」がより好ましい。これにより、得られるポリアミドイミド樹脂の分子中におけるアミド基とイミド基との存在比率を低下させて、ポリアミドイミド樹脂の比誘電率を低下させることができると共に、ポリアミドイミド樹脂の弱点になりやすい可撓性を向上させることができる。「[A1]/[A2] < 25/100」であると耐熱軟化性の向上効果が不十分となり、「[A1]/[A2] > 80/100」であると可撓性の向上効果が不十分となる。成分A2としては、例えば、2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]エーテル、4,4’-ビス(4-アミノフェノキシ)ビフェニル、1,4-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンなどが挙げられる。
【0018】
さらに、成分Aは、成分A1・成分A2以外の成分として、分子構造中に2つ以下の芳香環を有する芳香族ジアミン成分(例えば、1,4-ジアミノベンゼン、2,4-ジアミノトルエン、4,4’-ジアミノジフェニルメタン、2,2’-ジメチル-4,4’-ジアミノビフェニル、2,2’-ビス(トリフルオロメチル)-4,4’-ジアミノビフェニル、4,4’-ジアミノベンゾフェノン、4,4’-ビス(4-アミノフェニル)スルフィド、4,4’-ジアミノジフェニルスルホンなど、及びこれらの異性体からなる群から選択される少なくとも1つの化合物)を併用して含有することができる。それにより、耐熱性や耐傷性の更なる向上の効果が期待できる。
【0019】
(酸成分)
本発明に係るポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得るための酸成分(成分B)は、芳香族トリカルボン酸無水物(成分B1)と芳香族テトラカルボン酸二無水物(成分B2)とが少なくとも含有されていることが好ましい。このとき、最終的に得られる絶縁被膜の部分放電開始電圧と耐熱軟化性とのバランスを考慮すると、成分B1と成分B2との配合モル比率は、「[B1]/[B2] = 50/50 〜 5/95」であることが好ましく、「[B1]/[B2] = 50/50 〜 25/75」がより好ましい。「[B1]/[B2] < 5/95」であると、ポリアミドイミド樹脂の分子中に存在する極性の大きいアミド基の存在比率を効果的に低減することができないため、ポリアミドイミド樹脂の極性基濃度を低減できず、部分放電開始電圧の向上の効果が得られにくい。また、「[B1]/[B2] > 50/50」であると樹脂成分(成分X)とイソシアネート成分(成分Y)とを合成反応させた際に、絶縁塗料の粘度が増大することによりゲル化してしまい、塗布・焼付して絶縁被膜を得るのに好適なポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得ることができない。
【0020】
成分B1としては、例えば、トリメリット酸無水物、ベンゾフェノントリカルボン酸無水物などが挙げられる。中でもコスト的な観点からは、トリメリット酸無水物(TMA)が好ましい。一方、成分B2としては、例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’,4,4’-ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、4,4’-オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、4,4’-(2,2-ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物などが挙げられる。
【0021】
また、必要に応じて、上記成分B2を水添した脂環式テトラカルボン酸二無水物を併用してもよい。なお、脂肪族原料の利用は、得られるポリアミドイミド樹脂の低誘電率化に効果的であるが、耐熱性を低下させる可能性もあることから、配合バランス(量や組合せ)を調整する必要がある。
【0022】
(共沸溶媒)
樹脂成分(成分X)の合成反応は、通常の溶媒(例えば、N-メチル-2-ピロリドンなど)に加えて、共沸溶媒の存在下で行うことが好ましい。これは、合成反応に伴って生成する水を除去し易くして合成反応の効率(例えば、イミド化率など)を上昇させるためである。これにより、最終的に得られる絶縁被膜において、部分放電開始電圧と可撓性(例えば、20%伸長後の可撓性)とを高次元で両立させることができる。共沸溶媒としては、例えば、キシレン、トルエン、ベンゼン、エチルベンゼンなどが挙げられる。中でも、取扱いの容易性の観点や本発明の特性をより効果的に発揮させる観点から、キシレンが好ましい。
【0023】
(イソシアネート成分)
前述したように、本発明に係るポリアミドイミド樹脂絶縁塗料は、予め合成した樹脂成分(成分X)に対してイソシアネート成分(成分Y)を合成反応させて製造される。成分Yとしては、例えば、4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、トリレンジイソシアネート(TDI)、ナフタレンジイソシアネート(NDI)、キシリレンジイソシアネート(XDI)、ビフェニルジイソシアネート、ジフェニルスルホンジイソシアネート、ジフェニルエーテルジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート類、それらの異性体や多量体が挙げられる。必要に応じて、脂肪族ジイソシアネート類(例えば、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、キシシレンジイソシアネートなど)や、上記の芳香族ジイソシアネートを水添した脂環式ジイソシアネート類およびその異性体を使用・併用してもよい。このとき、高い部分放電開始電圧を有する絶縁被膜を効率良く得ること、および可撓性や耐熱性などの特性もバランス良く得ることを考慮すると、成分Yは、芳香族ジイソシアネート成分(成分Y1)であり、成分A1と成分A2と成分Y1との配合モル比率が、「([A1]+[A2])/[Y1] = 75/25 〜 97.5/2.5」であることが好ましい。
【0024】
(樹脂成分とイソシアネート成分との合成反応)
樹脂成分(成分X)とイソシアネート成分(成分Y)との合成反応は、最終的にポリアミドイミド樹脂が効率よく得られるものであれば特に限定はない。また、合成反応時にポリアミドイミド樹脂塗料の安定性を阻害しない範囲で、アミン類、イミダゾール類、イミダゾリン類などの反応触媒を用いてもよい。合成反応停止時にアルコール類などの封止剤を用いてもよい。
【0025】
[絶縁電線]
図1は、本発明に係る絶縁電線の1例を示す断面模式図である。図1に示したように、本発明に係る絶縁電線10は、導体1の外周に上記の絶縁塗料による絶縁被膜2が形成されているものである。絶縁被膜の形成方法に特段の限定は無く、従前の方法(例えば、塗布・焼付)を利用することができる。
【0026】
導体1に特段の限定はなく、通常のエナメル線で用いられる銅線、アルミニウム線の他に、金線、銀線や超電導線などを利用することができる。また、銅線の外周にニッケルなどの金属めっきを施した導体でもよい。さらに、本発明の絶縁被膜2が被覆される導体形状にも特段の限定はなく、丸形状や四辺形状であってもよい。なお、本発明における四辺形状とは、角部が丸みを有する四角形状や角丸長方形状を含むものとする。
【0027】
本発明に係る絶縁電線は、導体1と絶縁被膜2との密着性を向上させるための被膜を導体1と絶縁被膜2との間に形成してもよい。また、本発明に係る絶縁電線は、絶縁被膜2の外周に潤滑性を付与するための被膜や、耐傷性を付与するための被膜を形成してもよい。これら付加的な被膜に特段の限定は無く、公知の被膜を利用できる。付加的な被膜の形成は、絶縁塗料を塗布・焼付することによってもよいし、押出機を用いた押出成形によってもよい。
【実施例】
【0028】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0029】
(絶縁塗料の作製手順)
絶縁塗料は、次のような手順で作製した。撹拌機、還流冷却管、窒素ガス流入管、および温度計を備えたフラスコ中に、絶縁塗料の原料となるジアミン成分(成分A)・酸成分(成分B)・溶媒・共沸溶媒を投入した。窒素気流(N2:1 L/min)中で撹拌(180 rpm)しながら、系内温度180℃で6時間反応させて、樹脂成分(成分X)を得た。このとき、脱水反応中に生成された水と共沸溶媒とを随時系外に排出させた。
【0030】
得られた樹脂成分(成分X)を90℃まで冷却した後、イソシアネート成分(成分Y)を投入して、窒素気流(N2:0.1 L/min)中で撹拌(150 rpm)しながら、系内温度140℃で4時間反応させた。その後、封止剤を投入して反応停止を行った。また、必要に応じて溶媒を加えて粘度調整を行い、ポリアミドイミド樹脂塗料を作製した。
【0031】
(実施例1の絶縁塗料および絶縁電線の作製)
カルド構造を有する芳香族ジアミン成分(成分A1)として9,9-ビス(4-アミノフェニル)フルオレン(FDA)を52.2 g(0.15 mol)用い、3つ以上の芳香環を有すると共にエーテル結合を有する芳香族ジアミン成分(成分A2)として2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)を246.1 g(0.6 mol)用い、芳香族トリカルボン酸無水物(成分B1)としてトリメリット酸無水物(TMA)を96.1 g(0.5 mol)用い、芳香族テトラカルボン酸二無水物(成分B2)として4,4’-オキシジフタル酸二無水物(ODPA)を156.0 g(0.5 mol)用い、溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン(NMP)を1050 g用い、共沸溶媒としてキシレンを105 g用いて樹脂成分(成分X)を合成した。次に、イソシアネート成分(成分Y)として芳香族ジイソシアネート成分(成分Y1)である4,4’-ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)を62.6 g(0.25 mol)投入して合成反応させた。その後、封止剤としてベンジルアルコール(BA)を加えて反応停止を行い、実施例1のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0032】
導体径0.8 mmの銅線上に、該絶縁塗料を用いて従前の方法により塗布・焼付を繰り返して絶縁被膜(厚さ:0.040 mm)を形成し、実施例1の絶縁電線(図1参照)を作製した。なお、被膜厚さ等の寸法は、作製した絶縁電線の断面観察から計測したものである(以下同じ)。
【0033】
(実施例2の絶縁塗料および絶縁電線の作製)
成分A1としてFDAを60.9 g(0.175mol)用い、成分A2としてBAPPを287.1 g(0.7 mol)用い、成分B1としてTMAを48.0 g(0.25 mol)用い、成分B2としてODPAを234.0 g(0.75 mol)用い、溶媒としてNMPを1150 g用い、共沸溶媒としてキシレンを115 g用いて樹脂成分(成分X)を合成した。次に、成分Y1としてMDIを31.3 g(0.125 mol)投入して合成反応させた。その後、封止剤としてBAを加えて反応停止を行い、追加溶媒としてN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を493 g加えて、実施例2のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得た。導体径0.8 mmの銅線上に、該絶縁塗料を用いて従前の方法により塗布・焼付を繰り返して絶縁被膜(厚さ:0.040 mm)を形成し、実施例2の絶縁電線(図1参照)を作製した。
【0034】
(実施例3の絶縁塗料および絶縁電線の作製)
成分A1としてFDAを145.5 g(0.418 mol)用い、成分A2としてBAPPを228.5 g(0.557 mol)用い、成分B1としてTMAを9.6 g(0.05 mol)用い、成分B2としてODPAを296.4 g(0.95 mol)用い、溶媒としてNMPを1230 g用い、共沸溶媒としてキシレンを123 g用いて樹脂成分(成分X)を合成した。次に、成分Y1としてMDIを6.3 g(0.025 mol)投入して合成反応させた。その後、封止剤としてBAを加えて反応停止を行い、追加溶媒としてDMFを528 g加えて、実施例3のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得た。導体径0.8 mmの銅線上に、該絶縁塗料を用いて従前の方法により塗布・焼付を繰り返して絶縁被膜(厚さ:0.040 mm)を形成し、実施例3の絶縁電線(図1参照)を作製した。
【0035】
(実施例4の絶縁塗料および絶縁電線の作製)
成分A1としてFDAを139.2g(0.4 mol)用い、成分A2としてBAPPを205.1 g(0.5 mol)用い、成分B1としてTMAを48.0 g(0.25 mol)用い、成分B2としてODPAを234.0 g(0.75 mol)用い、溶媒としてNMPを1214 g用い、共沸溶媒としてキシレンを121 g用いて樹脂成分(成分X)を合成した。次に、成分Y1としてMDIを25.0 g(0.1 mol)投入して合成反応させた。その後、封止剤としてBAを加えて反応停止を行い、追加溶媒としてDMFを520 g加えて、実施例4のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得た。導体径0.8 mmの銅線上に、該絶縁塗料を用いて従前の方法により塗布・焼付を繰り返して絶縁被膜(厚さ:0.040 mm)を形成し、実施例4の絶縁電線(図1参照)を作製した。
【0036】
(比較例1の絶縁塗料および絶縁電線の作製)
成分A1としてFDAを243.6 g(0.7 mol)用い、成分B1としてTMAを115.3 g(0.6 mol)用い、成分B2としてODPAを124.8 g(0.4 mol)用い、溶媒としてNMPを967 g用い、共沸溶媒としてキシレンを97 g用いて樹脂成分(成分X)を合成した。次に、成分Y1としてMDIを75.1 g(0.3 mol)投入して合成反応させた。その後、封止剤としてBAを加えて反応停止を行い、追加溶媒としてDMFを415 g加えて、比較例1のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得た。比較例1は、成分Aの全てを成分A1として合成されたポリアミドイミド樹脂絶縁塗料である。導体径0.8 mmの銅線上に、該絶縁塗料を用いて従前の方法により塗布・焼付を繰り返して絶縁被膜(厚さ:0.040 mm)を形成し、図1に示したような構造の比較例1の絶縁電線を作製した。
【0037】
(比較例2の絶縁塗料および絶縁電線の作製)
成分A2としてBAPPを287.1 g(0.7 mol)用い、成分B1としてTMAを115.3 g(0.6 mol)用い、成分B2としてODPAを124.8 g(0.4 mol)用い、溶媒としてNMPを1270 g用い、共沸溶媒としてキシレンを127 g用いて樹脂成分(成分X)を合成した。次に、成分Y1としてMDIを75.1 g(0.3 mol)投入して合成反応させた。その後、封止剤としてBAを加えて反応停止を行い、追加溶媒としてDMFを545 g加えて、比較例2のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得た。比較例2は、成分A1を用いないで合成された従来のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料である。導体径0.8 mmの銅線上に、該絶縁塗料を用いて従前の方法により塗布・焼付を繰り返して絶縁被膜(厚さ:0.040 mm)を形成し、図1に示したような構造の比較例2の絶縁電線を作製した。
【0038】
(試験・評価)
上記のようにして用意した絶縁電線(実施例1〜4および比較例1〜2)に対して、次のような試験・評価を行った。
【0039】
(1)部分放電開始電圧測定(耐部分放電劣化性評価)
部分放電開始電圧の測定は次のような手順で行った。実施例および比較例の各絶縁電線を500 mmの長さで2本切り出し、14.7 N(1.5 kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120 mmの範囲に9回の撚り部を有するツイストペアの試料をそれぞれ10個ずつ作製した。試料端部10 mmの絶縁被覆をアビソフィックス装置で剥離した。その後、絶縁被覆の乾燥のため、120℃の恒温槽中に30分間保持し、デシケータ中で室温になるまで18時間放置した。部分放電開始電圧は、部分放電自動試験システム(総研電気株式会社製、DAC-PD-3)を用いて測定した。測定条件は、25℃で相対湿度(RH)50%の雰囲気とし、50 Hzの正弦波電圧を10〜30 V/sの割合で昇圧しながらツイストペア試料に荷電した。ツイストペア試料に100 pCの放電が1秒間に50回発生した電圧を測定した。この測定を3回繰り返してそれぞれの測定値の平均を部分放電開始電圧とした。
【0040】
(2)巻付試験(可撓性評価)
JIS C3003に準拠して、無伸長の絶縁電線および20%伸長の絶縁電線に対して巻付試験を行った。導体径と同じ径を有する丸棒(巻付棒)に絶縁電線を巻き付け、光学顕微鏡を用いて絶縁被膜での亀裂の有無を調査した(自己径巻付)。本明細書では、絶縁電線を5巻き/コイルとして5コイル分巻き付け、50倍の光学顕微鏡を用いて観察した。また、絶縁被膜に亀裂が観察された場合、導体径の2倍の径を有する巻付棒を用いた試験(2倍径巻付)、導体径の3倍の径を有する巻付棒を用いた試験(3倍径巻付)を同様の手順で行い、亀裂が観察されない最小巻付径を調査した。
【0041】
(3)耐熱軟化性試験(耐熱性評価)
各絶縁電線を120 mmの長さで2本切り出し、それぞれ片側末端の絶縁被膜をアビソフィックス装置にて剥離した。露出した導体部分に電極を取り付け、2本の絶縁電線を十字状に交差して配置した後、6.9 N(0.7 kgf)の荷重を掛けた状態で熱軟化試験機(東特塗料株式会社製、K7800)にセットした。電圧を印加した状態で0.1℃/minの速度で昇温し、2本の絶縁電線間で電気が導通したときの温度を絶縁被膜の軟化温度として測定した。絶縁被膜の軟化温度が330℃以上のものを「合格」とし、330℃未満のものを「不合格」とした。
【0042】
(試験・評価結果)
実施例1〜4および比較例1〜2の諸元と試験・評価結果をそれぞれ表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
表1に示したように、ジアミン成分(成分A)100モル%中で、カルド構造を有する芳香族ジアミン成分(成分A1)が20モル%以上100モル%未満で含有されている実施例1〜4の絶縁電線は、従来よりも高い耐熱軟化性を有していた。また、実施例1〜4の絶縁電線は、成分A中に成分A1以外の成分として、3つ以上の芳香環を有すると共にエーテル結合を有する芳香族ジアミン成分(成分A2)が含有されており、かつ成分A1と成分A2との配合モル比率が「[A1]/[A2] = 25/100 〜 80/100」であり、良好な可撓性を有していた。加えて、実施例1〜4の絶縁電線は、芳香族トリカルボン酸無水物(成分B1)と芳香族テトラカルボン酸二無水物(成分B2)との配合モル比率が、「[B1]/[B2] = 50/50 〜 5/95」であり、従来よりも絶縁被膜厚さが薄い(0.040mm)絶縁被膜であっても従来よりも高い部分放電開始電圧(1000 Vp以上)を有していた。
【0045】
一方、成分A1が100モル%含有されている(すなわち、成分Aの全てが成分A1である)比較例1の絶縁電線は、従来よりも高い耐熱軟化性を有していたが、部分放電開始電圧と可撓性とにおいて不十分な特性であった。また、成分A1を含まない従来の絶縁電線である比較例2では、900 Vp以上の部分放電開始電圧と良好な可撓性を有していたが、耐熱軟化性において不十分な特性であった。
【0046】
以上説明したように、本発明に係る絶縁塗料は、従来と同等以上の部分放電開始電圧を有し、かつ従来よりも高い耐熱軟化性を有する絶縁被膜を得られることが実証された。その結果、本発明に係る絶縁電線を利用することにより、従来よりも更に高い温度で使用可能な電気機器を提供することができる。
【符号の説明】
【0047】
1…導体、2…絶縁被膜、10…絶縁電線。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁被膜を形成するための絶縁塗料であって、
前記絶縁塗料は、ジアミン成分(成分A)と酸成分(成分B)とを共沸溶媒の存在下で合成反応させて得られる樹脂成分(成分X)に対して、イソシアネート成分(成分Y)を合成反応させて得られるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料であり、
前記ジアミン成分(成分A)は、該ジアミン成分100モル%中で、カルド構造を有する芳香族ジアミン成分(成分A1)が20モル%以上100モル%未満で含有されていることを特徴とする絶縁塗料。
【請求項2】
請求項1に記載の絶縁塗料において、
前記成分Aは、前記成分A1以外の成分として、3つ以上の芳香環を有すると共にエーテル結合を有する芳香族ジアミン成分(成分A2)が含有されており、
前記成分A1と前記成分A2との配合モル比率が、「[A1]/[A2] = 25/100 〜 80/100」であることを特徴とする絶縁塗料。
【請求項3】
請求項2に記載の絶縁塗料において、
前記成分Yは、芳香族ジイソシアネート成分(成分Y1)からなり、
前記成分A1と前記成分A2と前記成分Y1との配合モル比率が、「([A1]+[A2])/[Y1] = 75/25 〜 97.5/2.5」であることを特徴とする絶縁塗料。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の絶縁塗料において、
前記成分Bは、芳香族トリカルボン酸無水物(成分B1)と芳香族テトラカルボン酸二無水物(成分B2)とが少なくとも含有されており、
前記成分B1と前記成分B2との配合モル比率が、「[B1]/[B2] = 50/50 〜 5/95」であることを特徴とする絶縁塗料。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の絶縁塗料において、
前記共沸溶媒がキシレンであることを特徴とする絶縁塗料。
【請求項6】
請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の絶縁塗料による前記絶縁被膜が導体の外周に形成されていることを特徴とする絶縁電線。

【図1】
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【公開番号】特開2012−184311(P2012−184311A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−47802(P2011−47802)
【出願日】平成23年3月4日(2011.3.4)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】