説明

絶縁塗料及びそれを用いた絶縁電線

【課題】塗装作業性を低下させることなく平角導体上に絶縁皮膜を形成する際の塗料の偏りを抑制し、皮膜厚さに偏りの無い高品質な絶縁皮膜を得ることができる絶縁塗料を提供する。
【解決手段】ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料中に表面処理された無機微粒子が分散されており、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度が1000〜4000mPa・sであり、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度が4000〜12000mPa・sである絶縁塗料である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は絶縁塗料及びそれを用いた絶縁電線に係り、特に本発明は絶縁塗料及びそれを用いた絶縁電線に係り、特にポリアミドイミド樹脂絶縁塗料に擬塑性を付与させた絶縁塗料、及びそれを用いた絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
断面形状が平角形状の導体(平角導体)上に、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料などからなる絶縁塗料を塗布・焼付けし、絶縁皮膜を形成して得られる平角エナメル線は、可とう性、耐摩耗性、耐軟化性などの絶縁電線としての諸特性を有する一方で、電気特性などの観点から絶縁皮膜が導体の全周に対して均一な厚みで形成され、絶縁皮膜の薄い箇所が無いことが望まれている。
【0003】
エナメル線の用途に用いられるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料などの絶縁塗料は、一般的に円形断面の導体に均一に塗布しやすくするため、導体上で絶縁塗料が円形断面になろうとする表面張力の影響を阻害しないように、比較的低い粘度で調整されている。一方、絶縁皮膜の表面張力の影響は絶縁塗料の粘度が高い程小さくなり、粘度が高い程、円形断面になるまでの時間は長く、導体上の絶縁塗料は塗装ダイスの形状を保持する。
【0004】
現行のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を平角導体に均一に塗布しようとする場合、塗装一回当たりに形成する皮膜厚さを薄くするなどの塗装技術面での試みがあるが、厚く塗布するためには多くの塗装回数が必要であり、厚く塗布する程膜厚のバラツキが顕著になる。また、水溶性ポリマーなどを電着塗装によって塗布する技術も知られているが、この技術は薄膜塗装に対応するものであり、絶縁皮膜を厚くする場合の塗装(例えば、厚さ20μm以上の塗装)は難しい。
【0005】
このように、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を平角導体上に均一に塗布する要求に対して、塗装技術面での改善は図られているが、塗料面からの改善は未だ図られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−339251号公報
【特許文献2】国際公開第2006/098409号
【特許文献3】特開2007−141507号公報
【特許文献4】特開2008−257925号公報
【特許文献5】特開2006−302835号公報
【特許文献6】特許第4177295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料などからなる絶縁塗料は、一般的に、平角導体などの非円形状断面の導体上に塗布、焼付けすると、樹脂塗料の表面張力によってコーナー部に隣接した平面部により厚く皮膜が形成され、コーナー部および平面部中央付近には薄く皮膜が形成されるなど、平角導体上に厚さが均一でない絶縁皮膜が形成されるようになり、絶縁破壊電圧の低い箇所が存在してしまう。
【0008】
特に、インバータ制御によって駆動される電気機器に使用される絶縁電線においては、平角導体上に形成された絶縁皮膜に、部分的に皮膜厚さの薄い箇所が存在することで、インバータサージ電圧(サージ電圧ともいう)によって皮膜厚さの薄い箇所で部分放電が発生し、この部分放電によって絶縁皮膜の劣化が生じてしまう。
【0009】
このため、塗装一回当たりの塗布厚さを薄くし、表面張力による塗料の偏りを緩和して平角導体上に厚さの均一な絶縁皮膜をするなどの試みがなされているが、このような方法では塗装作業性の悪化を招いてしまう。
【0010】
本発明の目的は、塗装作業性を低下させることなく平角導体上に絶縁皮膜を形成する際の塗料の偏りを抑制し、皮膜厚さに偏りの無い高品質な絶縁皮膜を得ることができる絶縁塗料及びそれを用いた絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために創案された本発明は、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料中に表面処理された無機微粒子が分散されており、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度が1000〜4000mPa・sであり、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度が4000〜12000mPa・sである絶縁塗料である。
【0012】
前記無機微粒子は、その表面が分子量2000〜25000のシリコーンオイルで表面処理されていると良い。
【0013】
前記無機微粒子は、前記ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対して5〜30質量%の範囲で分散されていると良い。
【0014】
前記無機微粒子は、シリカ微粒子であると良い。
【0015】
前記シリカ微粒子は、平均一次粒子径が50nm未満であり、前記ポリアミドイミド樹脂100質量部に対して5〜25質量部の割合で分散されていると良い。
【0016】
前記ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料は、有機溶剤と、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンからなる芳香族ジアミン成分、芳香族ジイソシアネート成分、及び芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を反応させて得られるポリアミドイミド樹脂とからなると良い。
【0017】
また、本発明は、平角導体上に、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料からなり、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度が1000〜4000mPa・sであり、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度が4000〜12000mPa・sである絶縁塗料で形成された絶縁皮膜を有する絶縁電線である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、塗装作業性を低下させることなく平角導体上に絶縁皮膜を形成する際の塗料の偏りを抑制し、皮膜厚さに偏りの無い高品質な絶縁皮膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明の一実施の形態に係る絶縁電線の構造例を示す断面図である。
【図2】本発明の他の実施の形態に係る絶縁電線の構造例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施の形態について説明する。
【0021】
本発明者等は、平角導体上に絶縁塗料を塗布する際の絶縁塗料の粘度に着目し、絶縁塗料の導体に対する塗れ性の低下によって絶縁皮膜が薄くなりやすくなること、および塗装ダイスで絶縁塗料が絞られる際に発生する張力によって平角導体の寸法精度が大幅に低下することにより、平角導体の全周に対して不均一な厚さの絶縁皮膜が形成されることを確認した。
【0022】
この検証に基づき為された本発明では、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料中に、表面処理された無機微粒子が分散されており、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度が1000〜4000mPa・sであり、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度が4000〜12000mPa・sである絶縁塗料を用いることにより、絶縁塗料に擬塑性が付与されるため、塗装作業性を低下させることなく平角導体上に絶縁皮膜を形成する際の絶縁塗料の偏りを抑制し、絶縁皮膜の厚さに偏りの無い高品質な絶縁皮膜を得ることができる。
【0023】
上記の絶縁塗料は、擬塑性が付与されるため、主に平角導体に塗布する際、塗装ダイスからせん断を受けている間は、絶縁塗料の粘度は低くなり、塗装ダイスを通過した後はせん断が緩和されるため、すぐさま絶縁塗料の粘度が高くなり、塗装ダイスの形状を保持することができる。擬塑性が付与されていない絶縁塗料に比べ、絶縁被膜の付き回りが不均一になるまでの時間が長く、均一に絶縁被膜が形成されている間に硬化炉(焼付炉)にて焼き付けし、絶縁皮膜を形成することができる。そのため、平角形状の導体においても均一な皮膜が形成できる。したがって、絶縁塗料には、擬塑性が付与されていることが望ましい。
【0024】
次に、本発明の絶縁塗料に用いる各成分について詳述する。
【0025】
(ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料)
本実施の形態に係る絶縁塗料において、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料は、有機溶剤の存在下で、3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族ジアミンからなる芳香族ジアミン成分と、芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分とを共沸溶剤を用いた脱水閉環反応によって得られるイミド基含有ジカルボン酸(プレポリマーともいう。)に、芳香族ジイソシアネート成分を脱炭酸反応させて得られるポリアミドイミド樹脂絶縁塗料であることが望ましい。
【0026】
(芳香族ジアミン成分)
芳香族ジアミン成分として3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族ジアミンを用い、さらに、この芳香族ジアミン成分と酸成分とを共沸溶剤を用いて脱水閉環反応させることにより、ポリアミドイミド樹脂の誘電率上昇に最も影響を与えているアミド基とイミド基のポリマー中の存在比率を従来よりも効率良く低下させることができる。これにより、ポリアミドイミド樹脂が持つ耐熱性等の特性を低下させることなく誘電率を低減した優れたポリアミドイミド樹脂絶縁塗料とすることができる。
【0027】
3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族ジアミンとしては、例えば、2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]スルホン、ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]エーテル、9,9−ビス(4−アミノフェニル)フルオレン、4,4’−ビス(4−アミノフェノキシ)ビフェニル、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、或いはそれら異性体から選択される少なくとも1つからなる。なお、芳香族ジアミン成分を下にホスゲンを使用して上記列挙した3つ以上の芳香環を有する2価の芳香族ジアミンの一部をジイソシアネートに代えて使用することも出来る。
【0028】
(芳香族ジイソシアネート成分)
芳香族ジイソシアネート成分としては、例えば、4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)、2,2−ビス[4−(4−イソシアネートフェノキシ)フェニル]プロパン(BIPP)、トリレンジイソシアネート(TDI)、ナフタレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ビフェニルジイソシアネート、ジフェニルスルホンジイソシアネート、ジフェニルエーテルジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート及びその異性体、多量体が例示される。また、必要に応じて、ヘキサメチレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート、キシレンジイソシアネートなどの脂肪族ジイソシアネート、或いは上記例示した芳香族ジイソシアネートを水添した脂環式ジイソシアネート及びその異性体を上記芳香族ジイソシアネートと併用しても良い。
【0029】
(酸成分)
酸成分としては、トリメリット酸無水物(TMA)が挙げられる。その他、ベンゾフェノントリカルボン酸無水物など芳香族トリカルボン酸無水物も使用することが可能であるが、TMAが最も好適である。
【0030】
また、酸成分は、テトラカルボン酸二無水物が含まれていてもよい。このテトラカルボン酸二無水物としては、例えば、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、3,3’4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物(DSDA)、4,4’−オキシジフタル酸二無水物(ODPA)、3,3’4,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物、4,4’−(2,2−ヘキサフルオロイソプロピリデン)ジフタル酸二無水物、2,2−ビス[4−(ジカルボキシフェノキシ)フェニル]プロパン酸二無水物(BPADA)等が挙げられる。なお、高い部分放電開始電圧を有する絶縁皮膜を得る場合には、酸成分中に分子量(重量平均分子量:Mw)の大きいモノマー(例えば重量平均分子量Mwが400以上のモノマー)が含まれていることが好ましい。また、必要に応じて上記芳香族テトラカルボン酸二無水物を水添した脂環式テトラカルボン酸二無水物を併用しても良い。なお、脂肪族原料を使用すると低誘電率化し高い部分放電開始電圧が期待できるが、耐熱性の低下を招く恐れもあるため、配合量や配合の組み合わせには注意が必要である。
【0031】
(共沸溶剤、有機溶剤)
芳香族ジアミン成分と酸成分とを合成反応させる際に用いられる共沸溶剤としては、例えば、トルエン、ベンゼン、キシレン、エチルベンゼン等の芳香族炭化水素が例示でき、キシレンが特に好適である。
【0032】
ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を製造する際の有機溶剤としては、NMP(N−メチル−2−ピロリドン)等を主溶剤とした有機溶剤を用いることができる。主溶剤であるNMPの他に、γ−ブチロラクトンやDMAC(N,N−ジメチルアセトアミド)、DMF(N,N−ジメチルホルムアミド)、DMI(ジメチルイミダゾリジノン)、シクロヘキサノン、メチルシクロヘキサノンなどのポリアミドイミド樹脂の合成反応を阻害しない有機溶剤を併用して合成しても良いし、希釈しても良い。また、希釈用途として芳香族アルキルベンゼン類などを併用しても良い。但し、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の溶解性を低下させる虞がある場合は考慮する必要がある。
【0033】
なお、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の合成時においては、塗料の安定性を阻害しない範囲で、アミン類やイミダゾール類、イミダゾリン類などの反応触媒を使用しても良い。また、合成反応を停止するときにはアルコールなどの封止剤を用いても良い。また、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の合成時において、芳香族ジイソシアネート成分の配合比率については特に限定はないが、1段目で合成反応で作製したイミド基含有ジカルボン酸と芳香族ジイソシアネート成分とは等量が望ましい。なお、芳香族ジイソシアネート成分を酸成分のモル量に対して1〜1.05倍のモル量の範囲で配合して合成を行っても良い。また、芳香族ジアミン成分と酸成分との合成反応における反応温度は、160℃〜200℃、好ましくは170℃〜190℃程度である。なお、イミド基含有ジカルボン酸と芳香族ジイソシアネート成分との合成反応における反応温度は、110℃〜130℃程度であることが好ましい。
【0034】
(擬塑性付与剤)
擬塑性付与剤(無機微粒子)としては、特に限定されないが、疎水性シリカや親水性シリカなどの珪素化合物、金属、ガラス、カーボンブラック及び金属錯体からなる群より選択される少なくとも1種の材料が好適に用いられる。具体的には、例えば、銅、銀、ニッケル、パラジウム、アルミナ、ジルコニア、酸化チタン、チタン酸バリウム、窒化アルミナ、窒化ケイ素、窒化ホウ素、ケイ酸塩ガラス、鉛ガラス、CaO・Al23・SiO2・MgO・LiO2などの無機ガラス、低融点ガラス、珪素化合物、種々のカーボンブラック、金属錯体などの無機微粒子が挙げられる。
【0035】
特に、無機微粒子として、表面を分子量2000〜25000のシリコーンオイルで処理されたシリカ微粒子(平均一次粒子径:50nm以下)であることにより、擬塑性、および粘度上昇を効果的に得ることができる。このため、平角導体の角部近傍の表面張力による影響を緩和することができ、絶縁皮膜の厚さを均一にすることができる。さらに、湿熱環境下での絶縁破壊電圧の劣化を抑制することができるため、好適である。なお、このシリコーンオイルは分子量が異なるもの、官能基が異なるものを複数種類併用することができる。また、シリカ微粒子の平均一次粒子径は、透過型電子顕微鏡法などの方法を用いて求めることができる。
【0036】
この無機微粒子は、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対して5〜30質量%の範囲で分散させる。分散量が5質量%未満であると絶縁塗料への擬塑性の付与が不十分となり、塗料の表面張力による皮膜厚さの不均一を抑制することができない。他方、分散量が30質量%より大きいと絶縁皮膜の特性(可とう性など)や、塗料の塗装効率が低下する。
【0037】
このようにされる本発明の絶縁塗料は、擬塑性が付与されているので、特に、平角導体上に塗布されて絶縁皮膜を形成し、絶縁電線を製造するのに好適である。
【0038】
次に、本発明の絶縁電線について図面に基づき説明する。
【0039】
図1は、本発明の一実施の形態に係る絶縁電線の構造例を示す断面図である。
【0040】
この絶縁電線10は、断面形状が平角形状の導体1にポリアミドイミド樹脂絶縁皮膜2を形成したものであり、導体1の周囲に、上記実施の形態で説明した絶縁塗料を塗布、焼付けすることにより得られる。
【0041】
すなわち、本発明の絶縁電線は、導体1上に、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料からなり、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度が1000〜4000mPa・sで有り、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度が4000〜12000mPa・sである絶縁塗料で形成されたポリアミドイミド絶縁皮膜(絶縁皮膜)2を有するものである。
【0042】
また図2は、本発明の他の実施の形態に係る絶縁電線の構造例を示す断面図である。
【0043】
この絶縁電線20は、導体1の表面にポリイミド樹脂絶縁塗料、ポリエステル樹脂絶縁塗料、ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料、H種ポリエステルイミド樹脂絶縁塗料などからなる中間絶縁皮膜3を形成し、該中間絶縁皮膜3上にポリアミドイミド絶縁皮膜2を形成したものである。なお、中間絶縁皮膜3が部分放電開始電圧の高い耐部分放電性絶縁塗料からなる耐部分放電性絶縁皮膜であってもよい。
【0044】
これら本発明に係る絶縁電線10,20においては、ポリアミドイミド樹脂絶縁皮膜2の形成に用いられる絶縁塗料に擬塑性が付与されているので、導体周囲の塗料の付き回りと皮膜厚さとを均一にでき、絶縁破壊電圧の低い箇所が形成されることを抑制できる。
【0045】
なお、上記の絶縁電線10,20では、導体1の断面形状はコーナー部が円弧形状であるものとしたが、本発明はこれに限定されるものではない。また、導体1の材料としては、銅やアルミ等を用いることができ、更には低酸素銅や無酸素銅等でもよい。また、ポリアミドイミド樹脂絶縁皮膜2の外周に、カルナバロウなどの潤滑剤をベース樹脂に添加してなる樹脂塗料を塗布して、潤滑性の高い絶縁皮膜を形成してもよい。
【0046】
以上要するに、本発明の絶縁塗料では、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料中に表面処理された無機微粒子を分散し、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度を1000〜4000mPa・sとし、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度を4000〜12000mPa・sとし、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料に擬塑性を付与するようにされる。
【0047】
これにより、例えば角部の面取りRが0.3mm以下の平角導体の周囲に、絶縁皮膜の厚さを均一に(絶縁皮膜の厚さを±20%以内の誤差の範囲で)被覆することができる。
【0048】
また、本発明の絶縁塗料を用いて絶縁皮膜を形成した絶縁電線は、断面平角形状の導体を用いても皮膜の厚さに偏りが無く、絶縁破壊電圧の低い箇所の無い高品質な絶縁電線とすることができる。
【0049】
以下に、本発明の実施例について説明する。
【0050】
(絶縁塗料、絶縁電線の製造方法)
各実施例、比較例に係る絶縁塗料、絶縁電線を以下のようにして製造した。
【0051】
(1)実施例1〜4に係るポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の調製方法
先ず、撹拌機、還流冷却管、窒素流入管、温度計を備えた反応装置に、芳香族ジアミン成分として2,2−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)451.1g、酸成分としてトリメリット酸無水物(TMA)453.9gを配合し、有機溶剤としてのN−メチル−2−ピロリドン(NMP)2542.1gと、共沸溶剤としてのキシレン254.2gとを添加した後、攪拌回転数180rpm、窒素流量1L/min、系内温度180℃で4時間反応した。脱水反応中に生成する水およびキシレンは一旦、受け器に溜まり、適宜系外へ留去した。
【0052】
その後、90℃まで冷却した後、芳香族ジイソシアネート成分として4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート(MDI)319.7gを配合し、攪拌回転数150rpm、窒素流量0.1L/min、系内温度120℃で、1時間反応した。その後、ベンジルアルコール89.3g、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)635.4gを配合し停止反応を行った。E型粘度計で測定した粘度が2000mPa・sのポリアミドイミド樹脂絶縁塗料が得られた。
【0053】
(2)比較例1〜2に係るポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の調製
先ず、攪拌機、還流冷却管、窒素流入管、温度計を備えたフラスコに、イソシアネート成分として255.0g(1.02モル)のMDI、酸成分として192.0g(1.0モル)のTMA、及び溶剤として630gのNMPを投入し、窒素雰囲気中で撹拌しながら約1時間で140℃まで加熱した。平均分子量約25000のポリアミドイミド樹脂溶液が得られるように、この温度で2時間反応させて合成を行った後、メタノールを投入し、末端基を封止して合成反応を停止させた。放冷後にDMF(N,N−ジメチルホルムアミド)で希釈し、樹脂分濃度(不揮発分)が約30質量%のポリアミドイミド樹脂絶縁塗料を得た。
【0054】
次に、上記した調製方法で得られた実施例1〜4、及び比較例1に係るポリアミドイミド樹脂絶縁塗料に、擬塑性付与剤をNMPに添加して得られるNMP分散液を添加し、塗料全体が均質になるまで予備撹拌を行った後、ダイノーミルを用いて分散させ、絶縁塗料を得た。
【0055】
さらに、得られた各絶縁塗料を、1.0mm×5.0mm、角部のR=0.3mmの断面平角形状の銅導体上に、絶縁皮膜の厚さが0.030mmとなるように塗布、焼付けし、絶縁皮膜を形成して絶縁電線を得た。得られた絶縁電線について、絶縁皮膜の均一性(偏肉度、ピンホール)、可とう性、絶縁破壊電圧(グリセリン浸漬時の絶縁破壊電圧、および湿熱劣化後のグリセリン浸漬時の絶縁破壊電圧)について評価した。
【0056】
ここで、各実施例及び比較例に用いた擬塑性付与剤と、その分散量とを以下に示す。
【0057】
(実施例1)
平均分子量2000のシリコーンオイルで表面処理されたシリカ微粒子(無機微粒子)をNMP中にディスパーを用いて分散させNMP分散液を得た。その分散液をポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対してシリカ微粒子が5質量%となるように添加して絶縁塗料を得た。
【0058】
(実施例2)
平均分子量4000のシリコーンオイルで表面処理されたシリカ微粒子(無機微粒子)をNMP中にディスパーを用いて分散させNMP分散液を得た。その分散液をポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対してシリカ微粒子が5質量%となるように添加して絶縁塗料を得た。
【0059】
(実施例3)
平均分子量25000のシリコーンオイルで表面処理されたシリカ微粒子(無機微粒子)をNMP中にディスパーを用いて分散させNMP分散液を得た。その分散液をポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対してシリカ微粒子が5質量%となるように添加して絶縁塗料を得た。
【0060】
(実施例4)
平均分子量4000のシリコーンオイルで表面処理されたシリカ微粒子(無機微粒子)をNMP中にディスパーを用いて分散させNMP分散液を得た。その分散液をポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対してシリカ微粒子が30質量%となるように添加して絶縁塗料を得た。
【0061】
(比較例1)
表面処理されていないシリカ微粒子(無機微粒子)をNMP中にディスパーを用いて分散させNMP分散液を得た。その分散液をポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対してシリカ微粒子が5質量%となるように添加して絶縁塗料を得た。
【0062】
(比較例2)
無機微粒子が添加されていないポリアミドイミド樹脂絶縁塗料により絶縁塗料を得た。
【0063】
上記のようにして用意した実施例1〜4、及び比較例1〜2絶縁電線に対して、以下のような試験・評価を行った。
【0064】
(1)偏肉度測定(絶縁皮膜の均一性評価)
偏肉度の測定は、JIS C 3003に準拠する方法によって絶縁皮膜の厚さを測定し、絶縁皮膜の薄肉部の厚みと厚肉部の厚みとの差から偏肉度を算出した。
【0065】
(2)ピンホール測定(絶縁皮膜の均一性評価)
ピンホールの測定は、JIS C 3003に準拠する方法によって行い、絶縁皮膜に発生するピンホール数を測定した。
【0066】
(3)可とう性試験
可とう性試験は、伸長していない絶縁電線を、当該絶縁電線の導体径の1〜10倍の直径を有する巻き付け棒へJIS C 3003に準拠した方法で巻き付け、光学顕微鏡を用いて絶縁皮膜に亀裂の発生が見られない最小巻き付け倍径(d)を測定した。このとき、絶縁皮膜に亀裂の発生が見られない最小巻き付け倍径(d)が4d以下であるものを合格とした。
【0067】
(4)グリセリン浸漬による絶縁破壊電圧試験
グリセリン浸漬による絶縁破壊電圧試験は、両端末の絶縁皮膜を除去した試験片を2つに折り合わせ、約15Nの張力を加えながら、約12cmの長さの部分を9回より合わせた後、張力を取り去り、折り目部分を切って、ツイストペアの試験片を作製する。その後、グリセリン85%及び飽和食塩水15%の溶液中に試験片を浸漬させ、AC50Hzの交流電圧を掛け、500V/秒の速さで昇圧させて、絶縁破壊したときの電圧を絶縁破壊電圧として測定した。
【0068】
(5)湿熱劣化後のグリセリン浸漬による絶縁破壊電圧試験
湿熱劣化後のグリセリン浸漬による絶縁破壊電圧試験は、両端末の絶縁皮膜を除去した試験片を二つに折り合わせ、約15Nの張力を加えながら、約12cmの長さの部分を9回より合わせた後、張力を取り去り、折り目部分を切って、ツイストペアの試験片を作製する。その後、1.2mlの水を入れた試験管にツイストペアの試験片を入れ、封管し120℃で14日間放置した。その後、ツイストペアの試験片を試験管から取り出し、グリセリン85%及び飽和食塩水15%の溶液中に試験片を浸漬させ、AC50Hzの交流電圧を掛け、500V/秒の速さで昇圧させて、絶縁破壊したときの電圧を絶縁破壊電圧として測定した。
【0069】
(6)部分放電開始電圧測定
部分放電開始電圧の測定は次のような手順で行った。実施例および比較例の各絶縁電線を500mmの長さで2本切り出し、14.7N(1.5kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120mmの範囲に9回の撚り部を有するツイストペアの試料をそれぞれ10個ずつ作製した。試料端部10mmの絶縁被覆をアビソフィックス装置で剥離した。その後、絶縁被覆の乾燥のため、120℃の恒温槽中に30分間保持し、デシケータ中で室温になるまで18時間放置した。部分放電開始電圧は、部分放電自動試験システムを用いて測定した。測定条件は、25℃で相対湿度(RH)50%の雰囲気とし、50Hzの正弦波電圧を10〜30V/sの割合で昇圧しながらツイストペア試料に荷電した。ツイストペア試料に100pCの放電が1秒間に50回発生した電圧を測定した。この測定を3回繰り返してそれぞれの測定値の平均を部分放電開始電圧とした。
【0070】
(7)耐サージ性試験
実施例および比較例の各絶縁電線からツイストペアの試料を作製し、このツイストペアの試料の2線間に900V(10kHz)の電圧を印加し、絶縁破壊に至るまでの時間を測定した。
【0071】
表1に、実施例及び比較例における各成分の配合比、得られた絶縁塗料・絶縁電線の特性など(絶縁塗料の粘度、絶縁皮膜の均一性、可とう性、絶縁破壊電圧、部分放電開始電圧、耐サージ性)について示す。
【0072】
【表1】

【0073】
表1に示されたように、実施例1〜4では、導体上にポリアミドイミド樹脂絶縁皮膜を形成する際、絶縁塗料を均一に塗布することができたため、皮膜の薄い部分が存在しないため、低い偏肉度と高い絶縁破壊電圧を得ることができた。これに加えて、実施例1〜4では、シリコーンオイルで表面処理されたシリカ微粒子を用いたことにより、湿熱劣化後の絶縁破壊電圧の低下が抑制できた。これにより、平角導体への皮膜の付き回りが均一で諸特性が共に良好なポリアミドイミド絶縁皮膜を有する平角絶縁電線を提供することができる。
【0074】
これに対して比較例1では、シリカ微粒子に表面処理がなされていないため、導体上にポリアミドイミド絶縁皮膜を形成する際、擬塑性が小さく、塗装ダイス通過後の粘度の上昇が小さいため、表面張力の影響を緩和できず、偏肉度が高くなり、絶縁破壊電圧の低下とピンホールの発生を招いてしまう上に、耐水性が低く、湿熱劣化によりエナメル線の皮膜が加水分解を起こしてしまい、絶縁破壊電圧が低下してしまう。
【0075】
擬塑性付与剤が添加されていない比較例2では、塗装ダイス通過後の粘度の上昇がないため、表面張力の影響を緩和できず、偏肉度が高くなり、絶縁破壊電圧の低下とピンホールの発生を招いてしまう。
【0076】
本発明によれば、平角導体上に絶縁皮膜を形成する際、塗料に擬塑性を付与することによって、塗料に塗装ダイスによるせん断力が掛かっている間は、塗料の粘度は低くなるが、塗装ダイス通過後はせん断が緩和されるため、すぐさま塗料の粘度が高くなり、塗膜が塗装ダイスの形状を保持する効果により、塗料の偏りを抑制し、皮膜の厚さに偏りの無い高品質な絶縁皮膜を得ることが可能であり、擬塑性が付与されていない塗料に比べ、塗膜の付き回りが不均一になるまでの時間が長く、均一に塗膜形成されている間に硬化炉にて焼付けし、皮膜を形成させる。そのため、平角導体においても均一な皮膜が形成できる。また、可とう性などの絶縁電線としての諸特性(機械的特性)が低下するのを抑制することができる。よって、工業上有用なポリアミドイミド樹脂絶縁塗料と、それを用いた平角絶縁電線を提供することができる。
【0077】
以上、本発明の実施の形態を説明したが、上記に記載した実施の形態は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態の中で説明した特徴の組合わせの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0078】
1 導体
2 ポリアミドイミド樹脂絶縁皮膜
3 中間絶縁皮膜
10 絶縁電線
20 絶縁電線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料中に表面処理された無機微粒子が分散されており、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度が1000〜4000mPa・sであり、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度が4000〜12000mPa・sであることを特徴とする絶縁塗料。
【請求項2】
前記無機微粒子は、その表面が分子量2000〜25000のシリコーンオイルで表面処理されている請求項1に記載の絶縁塗料。
【請求項3】
前記無機微粒子は、前記ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料の樹脂分に対して5〜30質量%の範囲で分散されている請求項1又は2に記載の絶縁塗料。
【請求項4】
前記無機微粒子は、シリカ微粒子である請求項1〜3いずれかに記載の絶縁塗料。
【請求項5】
前記シリカ微粒子は、平均一次粒子径が50nm未満であり、前記ポリアミドイミド樹脂100質量部に対して5〜25質量部の割合で分散されている請求項4に記載の絶縁塗料。
【請求項6】
前記ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料は、有機溶剤と、3つ以上の芳香環を有する芳香族ジアミンからなる芳香族ジアミン成分、芳香族ジイソシアネート成分、及び芳香族トリカルボン酸無水物を含む酸成分を反応させて得られるポリアミドイミド樹脂とからなる請求項1〜5のいずれかに記載の絶縁塗料。
【請求項7】
平角導体上に、ポリアミドイミド樹脂絶縁塗料からなり、E型粘度計による測定において30℃でずり速度200s-1の時の粘度が1000〜4000mPa・sであり、且つ30℃でずり速度1s-1の時の粘度が4000〜12000mPa・sである絶縁塗料で形成された絶縁皮膜を有することを特徴とする絶縁電線。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−197367(P2012−197367A)
【公開日】平成24年10月18日(2012.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−62642(P2011−62642)
【出願日】平成23年3月22日(2011.3.22)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】