説明

絶縁皮膜付き電磁鋼板

【課題】防錆性、密着性、耐熱性等の必要な諸性能を有し、打抜き加工後に酸化性を有する雰囲気で歪取り焼鈍を行ってもスティッキングを生じないクロム不含の絶縁皮膜を備えた電磁鋼板。
【解決手段】SiO2およびシリカと共働してガラス化可能な酸化物(例、CaO、Al23)よりなる群から選ばれる1種または2種以上の酸化物から構成された酸化物層のみからなるか、または酸化物層の上に水溶性多価金属塩を含む液の塗布と焼き付けにより形成された上層を備えた絶縁皮膜を形成する。酸化物層の付着量は該酸化物の合計付着量として0.3〜1.5g/m2、上層の付着量が1.5g/m2以下である。上層は合成有機樹脂を含んだ半有機皮膜でもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は絶縁皮膜付き電磁鋼板とその製造方法に関する。本発明の電磁鋼板は、絶縁皮膜が6価クロム等の有害な化合物を含まず、従来の無方向性電磁鋼板用絶縁皮膜として一般的な重クロム酸塩系皮膜と同様の低い焼付け温度にて製造可能であって、それと同等もしくはそれ以上の性能を有し、かつ歪取り焼鈍後の耐スティッキング性に優れている。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板は、主にモーターやトランス等の鉄心として用いられる。鉄板間に導通があると、鉄心は厚いブロックと同じこととになり、鉄板の板厚を薄くしたことによる渦電流損低減という効果がなくなる。このため、電磁鋼板の表面を絶縁皮膜で被覆して使用する。鉄心の一般的な形成方法は、絶縁皮膜が形成された電磁鋼板を所定の形状に連続的に打ち抜きを行った後、得られた多数の打ち抜き材を積層し、それらを溶接またはかしめとよばれる凹凸部を嵌合させる方法等によって一体化することからなる。
【0003】
一体化により形成された鉄心は、そのまま電気機器に組み込まれて使用されるものと、700℃から800℃前後の温度で焼鈍された後、電気機器に組み込まれるものとがある。後者の焼鈍は歪取焼鈍といわれるもので、打ち抜き/せん断時に鋼板に導入されたせん断歪、端面部の溶接により発生する熱歪、さらにはかしめ部の塑性変形歪などを焼鈍により除去ないし低減して、鉄心としての磁気特性を高めることが目的である。
【0004】
このように、モーターやトランス等の鉄心に使用される電磁鋼板の絶縁皮膜には、層間抵抗(絶縁性)だけでなく、ユーザーにおける利便性、打抜性、溶接性、皮膜密着性等の種々の特性が要求される。
【0005】
現在一般に使用されている電磁鋼板用の絶縁皮膜は以下の3種に大別される:(1)耐熱性が重視され、歪取り焼鈍可能な無機皮膜、(2)打抜き性と溶接性の両立を目指した、歪取焼鈍可能な無機有機混合型の半有機皮膜(有機系造膜成分である樹脂と無機系造膜成分の両方を含有)、(3)打抜き性が重視され、歪取り焼鈍不可の有機皮膜。
【0006】
この中で汎用されているのは、歪取り焼鈍可能な(1)および(2)の無機成分を含む絶縁皮膜である。特に、(2)の半有機皮膜が、無機皮膜に比較して打抜き性が格段に優れるため、主流となっている。
【0007】
これまで、上記性能を満足する絶縁皮膜中の無機造膜成分としては、6価クロム化合物である重クロム酸塩が広く用いられてきた。重クロム酸塩を含む絶縁皮膜は、6価クロムと多価金属塩とを含む水溶液にエチレングリコールやグリセリンなどの有機還元剤を混合した後、200℃から330℃の比較的低い温度で焼き付けることによって、6価クロムを3価クロムに還元・造膜させて製造される。
【0008】
しかし、周知のように、処理液に用いられる6価クロムは毒性が強く、環境対策の観点からその使用は好ましくない。また、形成された絶縁皮膜中に含まれる3価クロムは、6価クロムに比べれば毒性は格段に小さいが、毒性がないとは言えない。したがってクロム化合物を全く使用せずに電磁鋼板に絶縁皮膜を形成することが求められている。
【0009】
重クロム酸塩と同様に絶縁皮膜の無機成分に用いられる成分として、リン酸第一アルミニウムのような多価金属の第一リン酸塩(重リン酸塩ともいう)があり、従来からこのようなリン酸塩を主成分とする無機および半有機の絶縁皮膜が検討されてきた(例えば、下記特許文献1)。多価金属第一リン酸塩水溶液は、無機成分として数少ない造膜可能な系であり、かつ比較的安価に得られるため、無機および半有機の絶縁皮膜用無機成分としての使用が可能である。
【0010】
下記特許文献2には、リン酸系処理液として、第一リン酸アルミニウムと、エマルジョン樹脂と、添加剤としてOH基を含有する有機化合物とを含んだ皮膜特性の優れる無方向性電磁鋼板用表面処理剤が開示されている。この文献には、有機酸塩の添加により焼付け後の耐吸湿性が向上し、歪取り焼鈍時の耐焼き付性が向上することが述べられている。
【0011】
下記特許文献3〜5には、多価金属第一リン酸塩を主たる造膜成分とするリン酸塩系処理液に特定の添加剤を含有させることにより、重クロム酸塩系なみの低い焼付け温度で成膜でき、その場合でも優れた耐水性や、密着性、絶縁性等の電磁鋼板用絶縁皮膜に必要な諸性能を有し、優れた成膜性を示す電磁鋼板の絶縁皮膜形成用処理液が開示されている。
【0012】
下記特許文献6には、Al/Caの第一リン酸塩と、粒子径0.04〜10μmの超微粒子エマルジョン樹脂を20%以上含有するエマルジョン樹脂と、水溶性有機化合物、水酸化物、酸化物を配合した表面処理液が開示されている。この文献には、有機酸化合物等によりフリー燐酸によるベタツキや耐食性劣化、焼鈍時の焼き付性等が解消されることが述べられている。
【0013】
下記特許文献7には、特定の有機樹脂の他に、酸化物ゾルとほう酸とシランカッブリング剤を含有する半有機絶縁皮膜が、酸化性を有する雰囲気中で歪取り焼鈍を行っても、耐スティッキング性に優れることが述べられている。
【0014】
下記特許文献8には、無機成分として重リン酸アルミニウム塩を含有し、BET比表面積が10m2/g以上であり、レーザ散乱回折式粒度分布計で測定した50%累積粒径が5μm以下、90%累積粒径が15μm以下の粒度分布を示す無機物粉末(アルミナ、シリカ、マグネシア、チタニア、ジルコニア)を前記リン酸塩の固形分量に対し、1質量%以上50質量%以下の割合で含有する半有機絶縁皮膜を形成するための塗布液が開示されている。この文献には、無機物粉末により、フリーリン酸によるベタツキや癒着を解消できることが述べられている。
【0015】
しかし、これら従来技術に従って形成された無機または半有機絶縁皮膜は、絶縁性、防錆性、美麗外観などの要求性能を、需要家における使用条件によっては十分に満足しているとは言えなかった。特に、打抜き加工後の歪みを取り除くため需要家により歪取り焼鈍を施される用途においては、スティッキング(重ねた鋼板同士の焼付き)を起こしやすいことが課題であった。不活性雰囲気での歪取り焼鈍ではスティッキングは生じないとされるが、実際は、例えば窒素雰囲気とうたっていても少量の酸素の混入は避けられないことが多く、そのためスティッキングが課題となることが多かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特公昭53−28375号公報
【特許文献2】特開平11−152579号公報
【特許文献3】特開2001−107261号公報
【特許文献4】特開2002―47576号公報
【特許文献5】特開2002−249881号公報
【特許文献6】特開2004−322079号公報
【特許文献7】特開2009−235530号公報
【特許文献8】WO 09/154139号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明の目的は、クロムを使用せず、優れた防錆性や、密着性、絶縁性等の必要な諸性能を有し、さらに打抜き加工後に酸化性を有する焼鈍雰囲気で歪取り焼鈍を行ってもスティッキングを生じない絶縁皮膜付き電磁鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、1側面において、電磁鋼板の少なくとも片面に、シリカおよびシリカと共働してガラス化可能な酸化物よりなる群から選ばれる1種または2種以上の酸化物から構成された酸化物層からなる絶縁被膜を、該酸化物の合計付着量が0.3〜1.5g/m2となる付着量で有することを特徴とする、絶縁皮膜付き電磁鋼板である。
【0019】
別の側面において、本発明は、電磁鋼板の少なくとも片面に、シリカおよびシリカと共働してガラス化可能な酸化物よりなる群から選ばれる1種または2種以上の酸化物から構成された酸化物層からなる下層と、水溶性多価金属塩を含む液の塗布と焼き付けにより形成された上層とからなる絶縁皮膜を有し、前記下層の付着量が該酸化物の合計付着量として0.3〜1.5g/m2であり、前記上層の付着量が1.5g/m2以下であることを特徴とする、絶縁皮膜付き電磁鋼板である。
【0020】
前記酸化物は、好ましくはSiO2、CaOおよびAl23から選ばれる1種または2種以上である。
前記上層において、水溶性多価金属塩は、好ましくはAl、Mg、Ca、Sr、BaおよびZnの第一リン酸塩から選ばれる1種または2種以上であり、またこの上層は合成有機樹脂を含んだ、いわゆる半有機皮膜であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、ガラス成分となりうる前記酸化物から構成された酸化物層からなる1層型の絶縁皮膜、またはこの酸化物層を下層とし、その上に水溶性多価金属塩を含む液の塗布と焼き付けにより形成された上層を有する2層型の絶縁被膜を電磁鋼板の表面に形成することにより、酸化性を有する雰囲気で歪取り焼鈍を行った場合に、前記酸化物層がガラス化してガラス皮膜として鋼板表面を覆うため、絶縁皮膜付き電磁鋼板の耐スティッキング性が著しく改善される。上層として、水溶性多価金属塩を含む液から形成された無機または半有機皮膜を形成すると、絶縁皮膜の防錆性と密着性が改善される。
【0022】
その結果、本発明の電磁鋼板は、絶縁皮膜中にクロムを含まないため安全に使用できるにもかかわらず、従来のクロム化合物を含有する絶縁皮膜と同等またはそれ以上の性能を発揮することができる。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の電磁鋼板は、その少なくとも片面にシリカおよびシリカと共働してガラス化可能な酸化物から選ばれる1種または2種以上の酸化物から構成された酸化物層を、該酸化物の合計付着量が0.3〜1.5g/m2となるような付着量で備える。
【0024】
ここで、「シリカと共働してガラス化可能な酸化物」とは、シリカ(SiO2)のように単独でガラス化できる(即ち、網目状ネットワーク構造を形成できる)酸化物ではないが、シリカと混合して溶融した場合にガラス化しうる酸化物を意味し、たとえば、ガラスの分野で網目修飾酸化物と呼ばれる酸化物(例、Na2O、CaO等のアルカリ金属酸化物およびアルカリ土類金属酸化物等)や、「中間酸化物」と呼ばれる酸化物(例、Al23、Fe23、TiO2、PbO等)がそれに該当する。
【0025】
電磁鋼板の表面にシリカを含む酸化物層(すなわち、シリカ単独またはシリカと前記の他の酸化物とからなる酸化物層)が存在すると、焼鈍雰囲気が酸化性を有する場合であっても、この層が焼鈍時にガラス質となって鋼板表面を覆うことで、例えば後述する上層が焼鈍時に損傷しても、鋼材素地のFeの露出が防止されて、耐スティッキング性が向上すると考えられる。
【0026】
一方、酸化物層がシリカを含有せず、シリカと共働してガラス化可能な酸化物(例、CaOまたはAl23)だけから構成される場合であっても、焼鈍時にはこの酸化物が電磁鋼板に含まれるSi(一般に鋼板表面に濃化しており、焼鈍を受けるとシリカになる)と反応して、ガラス質となることができ、それによってシリカを含む酸化物層の場合と同様の効果を示すことができると考えられる。
【0027】
前記酸化物層を構成する酸化物としては、コストや取り扱いの容易さから、SiO2、CaO、およびAl23が好ましい。従って、前記酸化物層は、SiO2、CaO、およびAl23から選ばれる1種または2種以上の酸化物から構成された層であることが望ましい。より好ましくは、前記酸化物層は、SiO2またはSiO2とCaOおよびAl23の1種または2種との混合物から構成される。
【0028】
酸化物層は、それを構成する1種または2種以上の酸化物またはその前躯体が溶解又は分散している処理液(例、溶液またはゾル)を電磁鋼板の表面に塗布もしくは接液させ、乾燥させることによって形成される。例えば、SiO2またはAl23からなる酸化物層を形成するための処理液は、市販のシリカゾルまたはアルミナゾルを用いて調製できる。CaOの場合には、これを水に溶解させればよく、この場合、処理液としては、CaOの前駆体である水酸化カルシウムが溶解した状態となる。乾燥は、水分が完全に蒸発し、必要であれば前駆体から酸化物への転化(例、水酸化カルシウムの脱水による酸化カルシウムへの添加)からが完了するように選択される。通常の乾燥条件は80〜400℃で10〜60秒程度である。
【0029】
処理液中には、絶縁皮膜の性能に悪影響を及ぼさない範囲で、前記酸化物以外の他の成分を含有させることも可能である。例えば、界面活性剤やpH調整のための酸やアルカリなどが挙げられる。
【0030】
酸化物層の付着量は、それを構成する酸化物の付着量(酸化物が2種以上の場合は合計付着量)として0.3g/m2から1.5g/m2である。この付着量が0.3g/m2未満では、耐スティッキング性の向上効果が認められず、1.5g/m2を超えると、絶縁皮膜の密着性が低下する。好ましい付着量は0.5〜1.0g/m2の範囲内である。
【0031】
酸化物層における酸化物の付着量は、酸化物層を構成する金属の量を適当な定量方法で測定し、その量を金属酸化物の量に換算することにより求められる。酸化物層の上に後述する上層を形成する場合には、上層を形成する前に、酸化物層中の金属の量を求める。例えば、酸化物層がSiO2から構成される場合、蛍光X線等で酸化物層中のSi量を測定し、このSiが全てSiO2で存在すると仮定してSiO2としての付着量に換算することにより、酸化物の付着量が求められる。酸化物形成元素が、CaまたはAlであれば、酸化物層中のCaまたはAlの量をそれぞれCaOまたはAl23の量に換算することにより酸化物の付着量を求めることができる。もちろん、酸化物形成元素が2種以上(たとえばSiとCa)であれば、各々の酸化物換算の付着量を合計した値が酸化物の付着量となる。
【0032】
本発明の電磁鋼板における絶縁皮膜は、上述した酸化物層のみからなるものでもよい。その場合でも、絶縁皮膜は、上層がない場合と同様の優れた耐スティッキング性を示し、防錆性、皮膜密着性および耐熱性といった他の特性も十分に許容できる水準にある。しかし、前述した酸化物層の上に後述する上層を形成することにより、防錆性、密着性、耐熱性といった絶縁皮膜に要求される他の特性をさらに改善することができ、それによって、従来の重クロム酸を用いた絶縁皮膜と同様か、それより優れた諸特性を有する絶縁皮膜が形成される。
【0033】
この上層は、水溶性多価金属塩を溶解状態で含有する処理液を塗布し、焼き付けることにより得られる。水溶性多価金属塩は、Al、Mg、Ca、Sr、BaおよびZnの第一リン酸塩から選ばれる1種または2種以上の第一リン酸塩からなることが好ましい。第一リン酸塩は、金属が1価のアルカリ金属であると、耐水性のある皮膜を形成することができないので、Al、Mg、Ca、Sr、BaおよびZnから選ばれた1種または2種以上の多価金属イオンとの第一リン酸塩を使用する。それにより、塗布と焼き付け後に、耐水性のある皮膜が形成される。
【0034】
第一リン酸塩とは、リン酸二水素金属塩のことであり、例えば、第一リン酸マグネシウムはMg(H2PO4)2、第一リン酸アルミニウムはAl(H2PO4)3なる化学式で表される。しかし、第一リン酸塩は工業的にはリン酸(オルトリン酸)に適量の金属水酸化物を反応させることにより製造され、金属水酸化物の量を変動させることによって金属/Pの原子比を変動させたリン酸塩を製造することができる。本発明においては、2価金属塩であるMg、Ca、Sr、BaおよびZnの第一リン酸塩とは、金属/Pの原子比が0.7/2〜1.2/2の範囲内であるものを意味し、3価金属塩である第一リン酸アルミニウムとは、Al/Pの原子比が0.7/3〜1.2/3の範囲内であるものを意味する。
【0035】
第一リン酸塩は、第一リン酸アルミニウムと第一リン酸マグネシウムの一方または両方を使用することが好ましい。より好ましくは、高濃度の処理液が得られやすい、工業的に安価といった理由から、アルミニウム塩およびマグネシウム塩の両方を使用する。
【0036】
処理液中の第一リン酸塩の濃度は1〜50質量%の範囲が好ましく、より好ましくは2〜30質量%である。この濃度が1質量%未満では、造膜性が乏しく、耐水性も低下する傾向が認められる。一方、この濃度が50質量%を超えると、処理液の安定性が低下し、固形物の沈降や粘度の上昇が生じ、均一な皮膜を形成することが困難となる。
【0037】
上層は、所望により有機合成樹脂を含むことができる。すなわち、上層は、有機合成樹脂を含まない無機皮膜と、有機合成樹脂を含む半有機皮膜のいずれであってもよい。有機合成樹脂を含む場合、上層中の有機合成樹脂の含有量は5〜50質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0038】
合成樹脂としては水性の合成樹脂が好ましい。水性合成樹脂は、エマルション型、水分散性型、水溶性型のいずれの水性樹脂であってもよい。合成樹脂の具体例として、アクリル樹脂、アクリルスチレン樹脂、アルキッド樹脂、ポリエステル樹脂、シリコーン樹脂、フッ素樹脂、ポリオレフィン樹脂、スチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂等が挙げられる。合成樹脂は1種または2種以上を添加することができる。
【0039】
上層は、上記の水溶性多価金属第一リン酸塩と合成有機樹脂以外に他の成分を含有することができる。そのような他の成分としては、例えば、特許文献2に記載のOH含有有機化合物、特許文献3、4に記載のキレート剤、ホウ酸、特許文献5に記載の腐食抑制剤(防錆剤)、その他として潤滑剤、界面活性剤、消泡剤などが挙げられるが、これに制限されるものではない。
【0040】
上層形成用の処理液を塗布した後の焼き付けは、例えば、温度200〜400℃で10〜60秒程度の条件で行うことができる。
上層の付着量は1.5g/m2以下とする。上層の付着量が1.5g/m2を超えると、性能は飽和し、絶縁皮膜の密着性が低下する。上層皮膜の付着量は、上層のみを形成した試料から皮膜を薬品処理により除去し、その前後の試料の質量と試料の面積から求めることができる。
【0041】
各層の処理液の塗布方法は特に制限されず、工業的に一般に用いられる、ロールコーター、カーテンフローコーター、スプレー塗装、ナイフコーター、浸漬等の種々の塗布方法が適用できる。また、酸化物層を形成するための乾燥や上層を形成するための焼き付けは、熱風加熱、赤外線加熱、誘導加熱などの適当な加熱手段を利用して行うことができる。
【0042】
本発明に係る絶縁皮膜付き電磁鋼板は、以上に説明した酸化物層または酸化物層と上層からなる絶縁皮膜を、通常は電磁鋼板の両面に有するが、片面のみに形成することも本発明の範囲内である。後者の場合、他の面は、本発明とは異なる絶縁皮膜または絶縁皮膜以外の皮膜(例、防食皮膜)を形成してもよく、あるいは未被覆のままでもよい。
【0043】
上述した絶縁皮膜が形成される電磁鋼板の種類は特に制限されず、公知あるいは今後開発されるいずれの電磁鋼板も使用できる。電磁鋼板は、比透磁率や磁束密度が高く、鉄損の小さい鋼板のことであり、典型的には4質量%以下のSiを含有するケイ素鋼板である。また、無方向性電磁鋼板と方向性電磁鋼板のいずれであってもよい。
【実施例】
【0044】
以下に示す実施例により本発明を具体的に例示するが、本発明はこれら実施例により制限されるものではない。実施例中の%および部は、特に指定しない限り、固形分換算での質量%および質量部である。
【0045】
電磁鋼板としては、0.1%のSiを含む板厚0.5mmの鋼板を用いた。
酸化物層を構成する酸化物としてはSiO2、Al23およびCaOから選ばれた1種または2種を用い、これらから選んだ酸化物またはその前駆体を溶液またはゾルの状態で含有する塗布用の処理液を調製した。
【0046】
具体的には、SiO2またはAl23を含有する処理液としては、市販のシリカゾルまたはアルミナゾルを用いた。CaOの場合は、市販のCaO試薬をイオン交換水に溶解させた処理液(水酸化カルシウムの水溶液)を使用した。
【0047】
これらの処理液を表1の付着量になるよう電磁鋼板(250×350mm)の両面にバーコーターを用いて塗布し、約100℃の熱風オーブンに10秒間入れて塗膜を乾燥させ、上記のいずれかの酸化物層を形成した。
【0048】
上記酸化物層の上に、第一リン酸アルミニウム(Al/P原子比=0.9/3)6.28%、第一リン酸マグネシウム(Mg/P原子比=0.85/2)2.09%、水酸化マグネシウム1.2%、合成樹脂(アクリル−スチレンエマルション)2.2%(固形分換算)を含有する処理液を、焼付け後の皮膜付着量が1g/m2となるように塗布し、次いで最高到達板温度が270℃となるように30秒間加熱して塗膜を焼付けて上層を形成し、下層の酸化物層と上層の2層からなら絶縁皮膜を形成した。一部の電磁鋼板では、上層を形成せず、酸化物層のみからなる絶縁皮膜を形成した。
【0049】
得られた絶縁皮膜付き電磁鋼板の耐スティッキング性、防錆性、密着性、耐熱性を下記方法により評価した。結果を表1に合わせて示す。それぞれの酸化物層の付着量は蛍光X線分析装置により測定した金属量から酸化物の量を算出して求め、その値も表1に併記した。
【0050】
[評価方法]
・耐スティッキング性
絶縁皮膜付き電磁鋼板の試験片(30×50cm)2枚を接触面が30×30cmになるよう重ね合わせ、その上に10kgの重りをのせ(圧縮応力一定)、窒素(約0.1%未満の酸素が混入)中750℃で2時間の焼鈍処理を行なった。条件1は同一の試験片同士を重ね合わせた結果を示す。条件2では、表1に示した下層酸化物層を有する試験片と、下層酸化物層を形成せずに直接上層のみを電磁鋼板表面に形成した試験片(絶縁皮膜が上層を有しておらず、下層の酸化物層のみからなる場合は、裸の電磁鋼板の試験片)とを重ね合わせた結果を示す。焼鈍後の試験片は引張り試験に供し、下記3段階で評価を行なった。◎が合格である。
【0051】
◎:引張り試験前に剥離、
△:剥離強度100N未満、
×:剥離強度100N以上。
【0052】
・防錆性
絶縁被膜を施した電磁鋼板の試験片を、50℃、95%RHに調整した恒温恒湿層内に144時間暴露した後、表面錆の面積率を観察し、下記の4段階で評価を行なった。◎、○が合格である。
【0053】
◎:面積率で5%以下、
○:面積率で5%超、10%以下、
△:面積率で10%超、30%以下、
×:面積率で30%超。
【0054】
・密着性
長さ50mm、幅25mmの絶縁皮膜付き電磁鋼板の試験片を、直径5mmの鉄棒に巻き付け、巻き付けた外側の部分についてテープ剥離試験を行って、鋼板に残存した絶縁皮膜の状況を調査した。下記の4段階で評価を行い、◎、○を合格とした。
【0055】
◎:皮膜剥離なし、
○:皮膜剥離発生(面積率で5%以下)、
△:皮膜剥離発生(面積率で5%超、30%以下)、
×:皮膜剥離発生(面積率で30%超)。
【0056】
・耐熱性
長さ50mm、幅30mmの絶縁皮膜付き電磁鋼板の試験片を窒素中750℃で2時間の焼鈍処理を行なった後、この試験片を直径20mmの鉄棒に巻き付け、巻き付けた外側の部分についてテープ剥離試験を行って、鋼板に残存した絶縁皮膜の状況を調査した。下記の4段階で評価を行い、◎、○を合格とした。
【0057】
◎:皮膜剥離なし、
○:皮膜剥離発生(面積率で5%以下)、
△:皮膜剥離発生(面積率で5%超、30%以下)、
×:皮膜剥離発生(面積率で30%超)。
【0058】
【表1】

【0059】
表1からわかるように、本発明に従った下層の酸化物層の上に水溶性多価金属塩から形成された上層皮膜を備える絶縁皮膜付き電磁鋼板は、耐スティッキング性だけでなく、防錆性、絶縁性、耐熱性のいずれにも優れている。酸化物層を構成する酸化物が1種類である場合には、酸化物がシリカ(SiO2)である場合の方が防錆性や密着性の面で結果が良好となる。また、実施例9の下層の酸化物層のみからなる絶縁皮膜を形成した電磁鋼板も、耐スティッキング性が良好で、他の性能も許容できる水準にある。
【0060】
これに対し、下層の酸化物層を形成しないか、その付着量が少なすぎると、耐スティッキング性が著しく低下し、下層の酸化物層の付着量が多すぎると、耐スティッキング性は良好であるものの、絶縁皮膜の密着性が低下する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁鋼板の少なくとも片面に、シリカおよびシリカと共働してガラス化可能な酸化物よりなる群から選ばれる1種または2種以上の酸化物から構成された酸化物層からなる絶縁被膜を、該酸化物の合計付着量が0.3〜1.5g/m2となる付着量で有することを特徴とする、絶縁皮膜付き電磁鋼板。
【請求項2】
電磁鋼板の少なくとも片面に、シリカおよびシリカと共働してガラス化可能な酸化物よりなる群から選ばれる1種または2種以上の酸化物から構成された酸化物層からなる下層と、水溶性多価金属塩を含む液の塗布と焼き付けにより形成された上層、とからなる絶縁皮膜を有し、前記下層の付着量が該酸化物の合計付着量として0.3〜1.5g/m2であり、前記上層の付着量が1.5g/m2以下であることを特徴とする、絶縁皮膜付き電磁鋼板。
【請求項3】
前記酸化物がSiO2、CaOおよびAl23から選ばれる1種または2種以上である、請求項1または2記載の絶縁皮膜付き電磁鋼板。
【請求項4】
前記水溶性多価金属塩がAl、Mg、Ca、Sr、BaおよびZnの第一リン酸塩から選ばれる1種または2種以上である、請求項2または3に記載の絶縁皮膜付き電磁鋼板。
【請求項5】
前記上層が合成有機樹脂を含む、請求項2〜4のいずれか1項に記載の絶縁皮膜付き電磁鋼板。

【公開番号】特開2012−57201(P2012−57201A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200179(P2010−200179)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】