説明

絶縁被膜を有する電磁鋼板

【課題】塩水噴霧耐食性に優れる、クロム酸塩からなる絶縁被膜を有する電磁鋼板を提供する。
【解決手段】例えば、クロム酸Mgを含有する塗布液を電磁鋼板表面に塗布し焼付けした後、リン酸を含有する処理液によりディップ処理する。このようにして得られた絶縁被膜を有する電磁鋼板は打抜性に優れる上、塩水噴霧耐食性も向上する。この時、絶縁被膜には、Cr及びPが、モル比でP/Cr=0.010〜0.50含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クロム酸塩からなる絶縁被膜を有する電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータや変圧器等に使用される電磁鋼板の絶縁被膜は、層間抵抗だけでなく種々の特性が要求される。例えば、加工成形時の利便性、保管、使用時の安定性などである。さらに、電磁鋼板は多様な用途に使用されるため、その用途に応じて種々の絶縁被膜の開発が行われている。
例えば、電磁鋼板に打抜加工、せん断加工、曲げ加工などを施すと残留歪みにより磁気特性が劣化する。そこで、劣化した磁気特性を回復させるため750〜850℃程度で歪取り焼純を行う場合が多い。この場合には絶縁被膜が歪取り焼鈍に耐えるものでなければならない。
【0003】
絶縁被膜は、(1)溶接性、耐熱性を重視し、歪取り焼鈍に耐える無機質被膜(原則として有機樹脂を含まない)、(2)打抜性、溶接性の両立を目指し、歪取り焼鈍に耐える、有機樹脂を含有する半有機質被膜、(3)特殊用途で歪取り焼鈍を施すことができない有機被膜、の3種に大別される。この中で、汎用品として歪取り焼鈍に耐えるのは(1)、(2)の無機質を含む被膜であり、両者とも被膜中にクロム化合物を含む。特に、(2)のタイプで有機樹脂を含有したクロム酸塩系絶縁被膜は、無機系絶縁被膜に比べて打抜性を格段に向上させることができるので広く利用されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、少なくとも1種の2価金属を含む重クロム酸塩系水溶液に、水溶液中のCrO:100重量部に対し、酢酸ビニル/ベオバ(TM)比が90/10〜40/60の比率である樹脂エマルジョンを樹脂固形分で5〜120重量部、および有機還元剤を10〜60重量部の割合で配合して処理液(coating liquid)とし、その処理液を基地鉄板(steel sheet)の表面に塗布し、常法による焼付け工程を経て形成した、電気絶縁被膜を有する電磁鋼板が記載されている。
【0005】
しかし、クロム酸塩を使用した絶縁被膜は一般的には高い耐食性を示すが、厳しい塩水噴霧環境では不十分な場合があった。
【特許文献1】特公昭60−36476号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記の事情に鑑み、塩水噴霧耐食性に優れる、クロム酸塩からなる絶縁被膜を有する電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を行った。その結果、以下の知見を得た。
クロム酸塩を主成分とする塗布液を電磁鋼板表面に塗布し焼付けした後、リン酸および/またはリン酸塩処理することで、リン酸化合物とCrが反応し、非常に安定なリン酸Crを形成する。そして、このリン酸Crにより被膜のバリアー性が高まり耐食性が向上する。
【0008】
本発明は、以上の知見に基づきなされたもので、その要旨は以下のとおりである。
クロム酸塩を主成分とする塗布液を電磁鋼板表面に塗布し焼付けした後、リン酸および/またはリン酸塩処理してなる絶縁被膜を有する電磁鋼板であって、
該絶縁被膜には、Cr及びPが、モル比でP/Cr=0.010〜0.50含有することを特徴とする絶縁被膜を有する電磁鋼板。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、塩水噴霧耐食性に優れる絶縁被膜を有する電磁鋼板が得られる。そして、本発明の絶縁被膜はクロム酸塩を主成分としているため、打抜き性にも優れ、モータ、トランス等の用途をはじめ広く利用することができる、産業上有益な発明と言える。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下に本発明を詳細に説明する。
本発明の電磁鋼板は、クロム酸塩を主成分とする塗布液を電磁鋼板表面に塗布し焼付けした後、リン酸および/またはリン酸塩処理してなる絶縁被膜を有する電磁鋼板である。
なお、本発明において、クロム酸塩を主成分とするとは、塗布液中にクロム酸塩が50質量%程度以上(全固形分質量比)含まれていることを意味する。
【0011】
まず、本発明で用いる電磁鋼板について説明する。
本発明で用いることができる被膜を形成する前の電磁鋼板(電気鉄板ともいう)は、比抵抗を変化させて所望の磁気特性を得るために調整された鋼板(鉄板)であればどのような組成の鋼板でもよく、特に制限されない。
例えば、鉄損の向上には、比抵抗を上昇させることが有効なので、比抵抗向上成分であるSi、Al、Mn、Cr、P、Ni、Cu等から選ばれる少なくとも1種以上を、必要に応じて添加することが好ましい。これらの元素の含有量は所望する磁気特性に応じて決定すればよいが、Si:約5質量%以下(無添加を含む、以下同様)、Al:約3質量%以下、Mn:約1.0質量%以下、Cr:約5質量%以下、P:約0.5質量%以下、Ni:約5質量%以下、Cu:約5質量%以下がそれぞれ一般的である。
代表的な電磁鋼板はSiを0.1質量%以上添加したものであるが、低級品ではSi:0.05質量%以上でも好ましい。
また、磁気特性改善のために、インヒビター形成元素あるいは偏析元素であるMn、Se、S、Al、N、Bi、B、Sb、Sn等から選ばれる少なくとも1種以上を必要に応じて添加することができる。インヒビター形成元素としての添加は、通常、これらの元素が合計で0.5質量%以下含有される。
以上を除く残部は鉄および不可避的不純物である。不純物としては、例えば、C、N、Oやインヒビターとして効果の少ない少量のS等が挙げられる。これらの不純物は少ない方が良いが、高級品でなければ、Cを約0.02〜0.05質量%程度含有していてもよい。
また、本発明の電磁鋼板の板厚は特に限定されない。通常の厚みである0.02〜1.0mm程度であるのが好ましい。また、通常はフラットな形状であるが目的によっては湾曲した形状でもよい。
また、絶縁被膜が形成される電磁鋼板の表面は、アルカリなどによる脱脂処理、塩酸、硫酸、リン酸などによる酸洗処理など、任意の前処理を施してよいし、製造されたままの未処理の表面であってもよい。
さらに、絶縁被膜と地鉄表面との間に第3の層を形成させることは必ずしも要さないが、必要に応じて形成させてもよい。例えば、通常の製法では地鉄金属の酸化被膜が絶縁被膜と地鉄表面との間に形成されることがあるが、これを除去する手間は省いてもよい。
【0012】
次に、上記鋼板の表面に塗布される本発明の絶縁被膜について説明する。
本発明の絶縁被膜は、Cr及びPを、モル比でP/Cr=0.010〜0.50含有する。
【0013】
Cr化合物
本発明の電磁鋼板に付される絶縁被膜は、Cr化合物を含有する。Cr化合物としてMg塩、Al塩、Ca塩が挙げられる。これらのMg、Al、Caの重クロム酸塩を含む塗布液を塗布した後、必要に応じてエチレングリコールなどの還元剤とともに、加熱焼付けを行ない、被膜を形成する。
【0014】
P化合物
本発明の鋼板に付される絶縁被膜は、P化合物を特定量含有する。P化合物としては、リン酸、リン酸Mg、リン酸Al、リン酸Caなどを上げることができる。リン酸が特に好ましく、オルトリン酸、ピロリン酸、メタリン酸、ポリリン酸といった形態をとることができる。このようなP化合物は、クロム酸塩を含む塗布液を電磁鋼板表面に塗布・焼付けした後、リン酸及び/またはリン酸塩処理を施すことにより、絶縁被膜に含有されるようになる。これらリン酸及びリン酸塩の一部がCr化合物と反応してリン酸Crを形成する。このリン酸Crは、還元反応で形成されるものであり、通常、Cr(III)となる。クロム酸塩を焼付けた時点において、一部が水酸化クロムの形態、または、焼付け不十分となった場合には絶縁被膜に含有するCrの一部がCr(VI)の形態をとりうるが、リン酸及び/またはリン酸塩処理を施し、リン酸化合物とCrを接触もしくは共存させることで反応し、非常に安定なリン酸Crを形成する。これにより被膜のバリアー性が高まり耐食性が向上するものと考えられる。リン酸、もしくはリン酸Mg、リン酸Al、リン酸Caなどのリン酸成分もリン酸Crを形成することができる。
【0015】
リン酸および/またはリン酸塩処理の方法は特に限定しないが、クロム酸塩の塗布・焼付を行なった後に、リン酸および/またはリン酸塩を含有する処理液にディップする方法、前記処理液をスプレー、コーター等によるコーティングする方法などが挙げられる。これらの処理により絶縁被膜の表層にリン酸Crが形成される。さらに加熱焼付や、水洗処理を行なうこともできる。
このような、クロム酸塩の焼付けの後に行うリン酸および/またはリン酸塩処理により、リン酸成分が表層に付着または表層に偏在された形態となり、被膜のバリアー性に重要となる最表層部分を効果的にリン酸Crにすることができる。
【0016】
本発明で絶縁被膜に含有されるCrおよびPについて、本発明においては、モル比でP/Crを0.010〜0.50とする。0.010未満では、リン酸Crへの反応が少なくなり耐食性向上効果が期待できない。一方、0.50を越えると余剰のリン酸またはリン酸塩により被膜が剥離しやすくなる。より好ましくは0.020〜0.40である。
【0017】
このようなモル比P/Zrは調合時の添加重量から計算できるし、蛍光X線などで存在比をとってもよい。
【0018】
以上より、本発明は目的とする特性が得られるが、上記の含有物に加えて、本発明の作用効果を害さない範囲で、以下に示す目的で樹脂、添加剤を含有することができる。
【0019】
樹脂
本発明の絶縁被膜は本発明の効果を妨げない範囲内で樹脂を添加することができる。一般的にはクロム酸塩被膜に分散させた状態であることが好ましい。樹脂としてはポリエチレン、ポリプロピレンといったポリオレフィン樹脂、ポリエステル樹脂、アルキッド樹脂、スチレン樹脂、酢酸ビニル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリエステル樹脂、ウレタン樹脂、メラミン樹脂等の1種または2種以上の混合物や共重合体の水性樹脂(エマルション、ディスパーション、水溶性)をあげることができる。添加量としては全固形分換算で30%以下が好ましい。
【0020】
添加剤
本発明の絶縁被膜は、被膜の性能や均一性を一層向上させるために、必要に応じて、界面活性剤(ノニオン系、カチオン系、アニオン系界面活性剤;シリコーン界面活性剤;アセチレンジオールなど)、防錆剤(アミン系、非アミン系防錆剤など)、ホウ酸、シランカップリング剤(アミノシラン、エポキシシランなど)、潤滑剤(ワックスなど)、アルミナゾル、シリカゾル、鉄ゾル、チタニアゾル、スズゾル、セリウムゾル、アンチモンゾル、タングステンゾル、モリブデンゾルなどの酸化物ゾルといった有機および無機添加剤を含有することが好ましい。これらの添加剤としては、従来知られているクロメート系の絶縁被膜に適用される、公知のものを用いることができる。
これらの添加剤を用いる場合、十分な被膜特性を維持するために、本発明の絶縁被膜の全固形分質量に対して10質量%程度以下とすることが好ましい。
【0021】
次に本発明の絶縁被膜を有する電磁鋼板の製造方法について説明する。
本発明の出発素材として用いる電磁鋼板の前処理は特に規定しない。未処理あるいはアルカリなどの脱脂処理、塩酸、硫酸、リン酸などの酸洗処理が好ましく適用される。
そして、この鋼板上にクロム酸塩を主成分とする塗布液を塗布する。次いで、前記塗布液を塗布した電磁鋼板に焼き付け処理を施す。その後、リン酸および/またはリン酸塩を所定量、電磁鋼板表面上に塗布する(付着させる)リン酸および/またはリン酸塩処理を施すことにより電磁鋼板表面上に絶縁被膜を形成させる。
絶縁被膜の塗布方法は一般工業的に用いられる、ロールコーター、フローコーター、スプレー、ナイフコーター、バーコーター等種々の設備を用いる方法が適用可能である。また、焼き付け方法についても通常実施されるような熱風式、赤外線加熱式、誘導加熱式等が可能である。
焼き付け温度も通常レベルであればよいが、クロム酸塩の還元反応を十分に行い(200℃以上)、かつ樹脂の熱分解を避ける(350℃以下)ため、200℃以上350℃以下とすることが好ましい。より好ましい範囲は250℃以上300℃以下である。
【0022】
絶縁被膜目付量
絶縁被膜の目付量(リン酸処理による目付量を含む)は特に限定はしないが、片面あたり0.01g/m以上であることが好ましい。また、目付量は5g/m以下であることが好ましい。0.01g/m未満では耐食性や絶縁性が不足する可能性がある。一方、5g/m超であると塗装における作業性が低下する場合がある。より好ましくは、0.1g/m以上3.0g/m以下である。さらにより好ましくは、0.2g/m以上2.5g/m以下である。
【0023】
なお、目付量、即ち、本発明の絶縁被膜における全固形分質量の測定は、熱アルカリ等で被膜のみを溶解させて、溶解前後の重量変化から測定する重量法を用いることができる。また、目付量が少ない場合には蛍光X線を用いて測定しても良い。この場合、アルカリ剥離法を用いて作成された検量線により目付量を算出するのがよい。
また、本発明の絶縁被膜は鋼板の両面にあることが好ましいが、目的によっては片面のみでも構わない。すなわち、目的によっては片面のみ施し、他面は他の絶縁被膜としてもよいし、他面に絶縁被覆を施さなくてもよい。
【実施例1】
【0024】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
まず、電磁鋼板として、鋼成分がSi:0.25質量%、Mn:0.25質量%、Al:0.25質量%を含有し、板厚0.5mm厚の仕上げ焼鈍を施したフルプロセス電磁鋼板を用いた。表1に示すクロム酸塩を含有する塗布液を、前記電磁鋼板の表面に塗布し、300℃で焼き付けた。その後、表1に示すリン酸またはリン酸塩を含有する処理液に鋼板をディップするリン酸(塩)処理を行い、リンガーで余剰の処理液を絞り、乾燥させて供試材を得た。
得られた供試材(絶縁被膜を有する電磁鋼板)に対して、沸騰した50%NaOH中で被膜を溶解させ、前述の重量法で絶縁被膜の目付量を測定した。目付量(リン酸処理によるものも含む)は片面あたり合計で1.0g/m2であった。
また、以上により得られた絶縁被膜を有する電磁鋼板に対して、以下の各被膜特性の測定を行い、評価した。得られた結果を実験条件と併せて表1に、また、表1中の実施例1〜11および比較例1〜7の結果を図1に示す。
【0025】
<耐食性>
塩水噴霧試験で評価した。条件は5%NaCl、温度35℃である。錆の発生状況を目視判定し、5%以下の錆発生である試験時間で耐食性の良否を判定した。
(判定基準)
A;24hr以上
B;12hr以上24hr未満
C;7hr以上12hr未満
D;3hr以上7hr未満
なお、表1および図1中ではA:◎、B:○、C:△、D:×として、示す。
【0026】
<密着性>
セロテープ(登録商標)剥離試験で評価した。絶縁被膜表面にセロテープ(登録商標)を貼り、10mmΦに曲げたのちセロテープ(登録商標)を剥離して、絶縁被膜の状態を目視判定した。
(判定基準)
A;剥離なし
B;20%以下の剥離
C;20%越え、40%以下の剥離
D;40%を越える剥離
なお、表1中ではA:◎、B:○、C:△、D:×として、示す。
【0027】
【表1】

【0028】
表1および図1より明らかなように、本発明例は耐食性、密着性のいずれも優れている。特にP/Crを好適範囲とした本発明例では、上記特性がより一層優れているのがわかる。一方、比較例では、耐食性、密着性のいずれかが劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0029】
打抜性に加え、さらに耐食性についても優れた性能を有するため、モータや変圧器等を中心に多様な用途での使用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】P/Crと耐食性および密着性との関係を示す図である。(実施例1)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クロム酸塩を主成分とする塗布液を電磁鋼板表面に塗布し焼付けした後、リン酸および/またはリン酸塩処理してなる絶縁被膜を有する電磁鋼板であって、
該絶縁被膜には、Cr及びPが、モル比でP/Cr=0.010〜0.50含有することを特徴とする絶縁被膜を有する電磁鋼板。

【図1】
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【公開番号】特開2008−184631(P2008−184631A)
【公開日】平成20年8月14日(2008.8.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−17222(P2007−17222)
【出願日】平成19年1月29日(2007.1.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】