説明

絶縁被膜付き電磁鋼板およびその製造方法

【課題】クロム系コート並の優れた耐食性は勿論、その他の被膜特性も併せ持つクロムフリー絶縁被膜付き電磁鋼板を提供する。
【解決手段】電磁鋼板の表面に被覆する絶縁被膜について、Liシリケートを50質量%以上含有させると共に、シリコン樹脂、フッ素樹脂またはシリコン樹脂とフッ素樹脂の少なくともいずれかを含有する共重合樹脂から選ばれる1種または2種以上を2〜30質量%含有させ、また沸騰水10分間の抽出でのLi溶出量を10mg/m2以下とし、さらに平均膜厚を0.1〜2μmでかつ{6/(SiO2/Li2Oのモル比)}μm以下の範囲に制限する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歪取り焼鈍が可能で、耐食性をはじめとする絶縁被膜に要求される諸特性に優れ、しかも鋼板のみならず、絶縁被膜処理液中にも六価クロムのような環境に有害な物質を含まない、環境に優しい絶縁被膜付き電磁鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータや変圧器等に使用される電磁鋼板の絶縁被膜には、層間抵抗に優れるというだけでなく、加工成形時や保管時における利便性の観点から種々の特性が要求される。また、かような電磁鋼板は、打抜き加工後、磁気特性を向上させるために750〜850℃程度で歪取り焼鈍を行う場合が多いことから、汎用コートで歪取り焼鈍に耐える必要がある。
このように、電磁鋼板は、多種多様に使用されるため、用途に応じた種々の絶縁被膜の開発が行われている。
【0003】
電磁鋼板の絶縁被膜は、
(1)溶接性、耐熱性を重視し、歪取り焼鈍に耐える無機質被膜、
(2)打抜性、溶接性の両立を目指し、歪取り焼鈍に耐える樹脂含有の半有機質被膜、
(3)特殊用途で歪取り焼鈍不可の有機質被膜
の3種に大別されるが、汎用品として歪取り焼鈍に耐えるのは(1),(2)の無機質を含む被膜である。その中でも、特に有機樹脂を含有したクロム酸塩系絶縁被膜は、1コート1ベークの製造で、無機系絶縁被膜に比べて打抜性を格段に向上させることができるため、広く利用されている。
【0004】
例えば、特許文献1には、少なくとも1種の2価金属を含む重クロム酸塩系水溶液に、該水溶液中のCrO3:100重量部に対して有機樹脂として酢酸ビニル/ベオバ比が90/10〜 40/60の比率になる樹脂エマルションを、樹脂固形分で5〜120重量部および有機還元剤を10〜60重量部の割合で配合した処理液を、生地鉄板の表面に塗布し、常法による焼き付け工程を経て得ることを特徴とする電磁鋼板の絶縁被膜形成法が開示されている。
このような電磁鋼板用のクロム酸塩系被膜は、鋼板製品としては三価クロムとなっているものがほとんどであるため、有害性の問題はないものの、塗布液の段階では有害な六価クロムを使用しなければならないため、良好な作業環境を確保するために、設備の充実は勿論のこと、厳しい取り扱い基準の遵守が要求される。
【0005】
クロム酸以外を主剤とする技術として、シリケート被膜等も開示されている。これらによると、有害な六価クロム液の取り扱いを行う必要がないため、環境上非常に有利に適用することができる。
例えば、特許文献2では、コロイド状SiO2、水溶性SiO2の何れか少なくとも1種からなるSiO2とLi2Oとがモル比で10:1〜10:5の範囲内の組成からなる電磁鋼板塗布用リチウムシリケート水性液を、400〜900℃の温度範囲で電磁鋼板の焼付けた被膜であって、前記焼付被膜の膜厚が0.5〜3μmであることを特徴とする優れた耐熱性と密着性を有する電磁鋼板の絶縁被膜が開示されている。
確かに、この方法によれば、耐熱性、密着性だけでなく、耐食性にも優れた被膜を得ることができる。しかしながら、この方法では、Li溶出を防止するために、有機樹脂の熱分解が避けられない400℃以上の温度での焼き付けが不可避であるため、有機樹脂を配合することができず、打抜性に劣るという問題があった。また、場合によっては、耐食性が大幅に劣化することがあることも判明した。
【0006】
また、特許文献3には、リチウムシリケートで架橋した樹脂を含む絶縁被膜を有することを特徴とする、低温焼き付けで製造でき、歪取り焼鈍が可能で、耐溶剤性、塩水耐食性が良好な絶縁被膜付き電磁鋼板が開示されている。
これによると、確かに、耐溶剤性等のような被膜溶出性と耐食性を兼ね備えかつ、樹脂が熱分解しない低温での焼き付けが可能となる。
しかしながら、リチウムシリケートに樹脂を架橋させるには特殊な技術が必要であり、薬剤が高価格になるという問題があった。また、この場合、全被膜に対するLiシリケートの割合を50%以上にするのが製造上難しいため、例えば、絶縁被膜としてTIG溶接性が必要とされる用途に供するために目付量を低くした場合には、Liシリケートの量が不足して、歪取り焼鈍後に良好な特性が得られないという問題があった。
【0007】
【特許文献1】特公昭60−36476号公報
【特許文献2】特開昭53−6338号公報
【特許文献3】特開平10−36977号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、クロム系コート並の優れた耐食性は勿論、その他の被膜特性も併せ持つクロムフリー絶縁被膜付き電磁鋼板を、その有利な製造方法と共に提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
さて、発明者らは、Liシリケート系コートのLi溶出を抑える手法について鋭意検討を重ねた結果、Liシリケートの上層に樹脂被膜を1層設けることにより、Liの溶出を効果的に抑制できることを確認した。
しかしながら、2層コートを製造するためには、2コート2ベークの設備が必要となる不利がある。
【0010】
そこで、1コート1ベークで樹脂層を上層に形成できないかについて、さらに検討を重ねたところ、特殊な樹脂を使用すれば、所期した目的が達成されることの知見を得た。
すなわち、Liシリケートと配合して焼き付けた場合に、表層に濃化するような樹脂を配合したところ、低温焼き付けでもLiの溶出を効果的に抑えることができ、また被膜保管時の白化も抑制できることを見出したのである。
さらに、Liシリケート被膜の耐食性は、SiO2/Li2Oモル比によって最適な膜厚範囲が異なることも併せて見出した。
本発明は上記の知見に立脚するものである。
【0011】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
(1)表面に絶縁被膜をそなえる電磁鋼板であって、該絶縁被膜は、Liシリケートを主成分として50質量%以上含有すると共に、シリコン樹脂、フッ素樹脂またはシリコン樹脂とフッ素樹脂の少なくともいずれかを含有する共重合樹脂から選ばれる1種または2種以上を2〜30質量%含有し、また沸騰水10分間の抽出でのLi溶出量が10 mg/m2以下で、平均膜厚が0.1〜2μmでかつ{6/(SiO2/Li2Oのモル比)}μm以下であることを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
【0012】
(2)SiO2/Li2Oのモル比が2〜9であるLiシリケートを主成分として乾燥質量で50質量%以上含有し、かつシリコン樹脂、フッ素樹脂またはシリコン樹脂とフッ素樹脂の少なくともいずれかを含有する共重合樹脂から選ばれる1種または2種以上を乾燥質量で2〜30質量%含有する絶縁被膜用塗液を、電磁鋼板の表面に、乾燥後の平均膜厚が{6/(SiO2/Li2Oのモル比)}μm以下となる範囲で塗布した後、乾燥させることを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐食性、打抜性をはじめとして、各種特性に優れるLiシリケート系絶縁被膜を得ることができる。
また、本発明のLiシリケート系絶縁被膜は、クロムを含有していないため、最終製品だけでなく製造工程においても環境に優しく、しかも被膜密着性、耐食性だけでなく、各種の絶縁被膜特性に優れているので、モーター、トランス等の用途をはじめとして広く利用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明の素材である電磁鋼板については、特に制限はなく、従来から公知の電磁鋼板いずれもが適合する。
【0015】
本発明の絶縁被膜は、Liシリケートを主成分とする。すなわち、被膜中のLiシリケートの割合を50質量%以上とする。というのは、Liシリケートの割合が50質量%に満たないと、歪取り焼鈍後に十分な絶縁性および耐食性が得られないからである。
使用するLiシリケートとしては、SiO2/Li2Oのモル比が2〜9のものを用いる必要がある。というのは、このモル比が2未満では、Li溶出の問題があり、一方モル比が9超であると、粒子性が出てきて被膜がポーラスになるためか、樹脂配合比率が少ない場合に、耐食性の劣化を招くからである。
【0016】
本発明では、上記したLiシリケート主体の絶縁被膜中に、シリコン樹脂、フッ素樹脂またはシリコン樹脂とフッ素樹脂の少なくともいずれかを含有する共重合樹脂から選ばれる1種または2種以上を、乾燥質量で2〜30質量%配合することが重要である。というのは、これらの樹脂の配合割合が2質量%に満たないと、樹脂成分の表面濃化が不十分となり、Liの溶出を十分に防止することができず、一方30質量%を超えると、歪取り焼鈍後の被膜特性が劣化するためである。
【0017】
シリコン樹脂、フッ素樹脂と共重合させる他の樹脂としては、種々の樹脂が適用可能である。かような樹脂としては、例えばポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、アルキド樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂およびビニル系樹脂等が挙げられる。このとき、シリコン樹脂とフッ素樹脂の合計量の全共重合樹脂量に対する比率は、乾燥質量で20質量%以上とすることが好ましい。というのは、この比率が20質量%未満の場合には、表面への濃化能力が低くなるからである。
なお、本発明では、シリコン樹脂、フッ素樹脂および上記共重合樹脂以外の樹脂についても混合して使用することができる。かような樹脂しとては、例えばポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、アルキド樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂およびビニル系樹脂等が挙げられる。これらの樹脂を併用する場合、その配合量は樹脂全量の合計乾燥質量で30質量%以下とすることが好ましい。
【0018】
また、乾燥後の平均膜厚は0.1〜2μmとする必要がある。というのは、平均膜厚が0.1μm未満では、均一な被膜形成が困難なため、耐食性の著しい劣化を招き、一方2μm超になると、クラックの発生により、やはり耐食性が劣化するからである。
【0019】
また、乾燥後の膜厚は、SiO2/Li2Oのモル比との関係で、{6/(SiO2/Li2Oのモル比)}μm以下とすることも重要である。すなわち、SiO2/Li2Oのモル比が大きくなるほど、Li量は少なくなり、Li溶出性には有利になるものの、粒子が大きくなって被膜がポーラスになるため、厚膜形成が困難になる。
しかしながら、この点については、膜厚を{6/(SiO2/Li2Oのモル比)}μm以下に制限することにより、解消することができる。
【0020】
さらに、本発明では、鋼板を沸騰水に10分間抽出したときのLi溶出量が10mg/m2以下となるように制御することも重要である。というのは、このときのLi溶出量が10mg/m2を超えると、鋼板を長期保管したときに、被膜が白化する問題が生じるからである。
なお、白化のメカニズムについては、明確に解明されたわけではないが、水可溶性のLiイオンが空気中のCO2や水分と反応して炭酸Liの結晶が析出するためと考えられる。従って、Li溶出量は10mg/m2以下にする必要がある。
【0021】
なお、シリコン樹脂やフッ素樹脂量の配合量が少なく、Liの溶出を抑えきれない場合には、10〜100℃の水で洗浄後、乾燥させるとよい。この際の洗浄方法に特に制限はなく、浸漬やスプレーなど各種の方法が適用可能である。
【0022】
また、本発明の絶縁被膜用塗液には、必要に応じて、無機コロイド、各種金属の塩など種々の添加剤を配合することが可能であるが、Liシリケートの良好な耐食性を確保するためには、添加剤配合量は固形分換算で全被膜の40質量%以下とすることが好ましい。
【0023】
上記したような絶縁被膜用塗液を、電磁鋼板の片面または両面の塗布する。塗布方法については、特に制限はなく、工業的に一般に用いられるロールコーター法、フローコーター、スプレー塗装、ナイフコーターおよびバーコーター等種々の方法が適用可能である。
【0024】
また、焼き付け方法についても、特に制限はなく、通常実施されるような熱風式、赤外式および誘導加熱式等が有利に適合する。なお、最高到達板温は200℃以上とするのが有利である。
【実施例1】
【0025】
以下、本発明の効果を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
Si:0.45質量%、Mn:0.25質量%およびAl:0.48質量%を含有する組成になる仕上げ焼鈍済みのフルプロセス電磁鋼板(板厚:0.5mm)の表面に、SiO2/Li2Oモル比を種々に変更したLiシリケート中に、シリコン樹脂やフッ素樹脂を種々の割合で配合した絶縁被膜用塗液を、ロールコーターで塗布し、熱風炉で焼き付け、水洗後、乾燥して、種々の平均膜厚になる絶縁被膜を形成した。
表1に、Liシリケートのモル比、樹脂の種類・配合量、平均膜厚、焼付板温および水洗条件等の製造条件を示す。
【0026】
かくして得られた絶縁被膜付き電磁鋼板の塗布焼き付け直後の白化性、Li溶出性、保管後の白化性および打抜性について調べた結果を、表2に示す。
また、表2には、絶縁被膜の一般的特性として、塗布焼き付け後(製品板)の耐食性および密着性、さらには歪取り焼鈍後の耐食性、密着性、打抜性およびスティッキング性について調べた結果も、併せて示す。
【0027】
なお、上記した各種被膜特性の評価は、次のようにして行った。
塗布焼き付け直後の白化性
◎:白化なし
○:白化ほとんどなし
△:若干白化
×:白化大、粉ふきあり
【0028】
Li溶出性
沸騰水中で10分間保持したときのLi溶出量を測定し、次のように評価した。
◎:<5mg/m2
○:5〜10mg/m2
△:10〜20mg/m2
×:>20mg/m2
【0029】
保管後の白化性
2ヶ月経過時の鋼板表面の白化の有無で評価した。
◎:白化なし
○:白化ほとんどなし
△:若干白化
×:白化大
【0030】
打抜性
15mmφスチールダイスにおいて、かえり高さが50μmに達するまでの打ち抜き数で評価 した。
◎◎:150万回超
◎ :100万回超
○ :50万〜100万
△ :10万〜50万回
× :10万回未満
【0031】
耐食性(製品板)
製品板をJIS規定の塩水噴霧試験(35℃)に供し、5h後の赤錆面積率で評価した。
◎:0〜25%
○:25〜50%
△:50〜75%
×:75〜100%
【0032】
耐食性(焼鈍板)
窒素中にて750℃,2h焼鈍後の鋼板を、恒温恒湿試験(50℃、相対湿度80%)に供し、14日後の赤錆面積率で評価した。
◎:0〜20%
○:20〜40%
△:40〜60%
×:60〜100%
【0033】
密着性
製品板および歪取り焼鈍板(窒素中にて750℃,2h焼鈍)について、20mmφでの180゜曲げ戻し試験を実施し、試験後の被膜剥離率で評価した。
◎:剥離なし
○:〜剥離20%
△:剥離20%〜剥離40%
×:剥離40%〜全面剥離
【0034】
スティッキング性
50mm角の鋼板10枚を重ね、荷重(19613 Pa:200g/cm2)をかけながら窒素雰囲気中にて750℃,2時間焼鈍した後、鋼板上に分銅(500g)を落下させ、5分割するときの落下高さで評価した。
◎:10cm以下
○:10〜15cm
△:15〜30cm
×:30cm超
【0035】
【表1】

【0036】
【表2】

【0037】
表2に示したとおり、本発明に従う絶縁被膜付き電磁鋼板はいずれも、塗布焼き付け直後の白化性、Li溶出性、保管後の白化性および打抜性に優れているだけでなく、絶縁被膜に一般的に要求される耐食性、密着性、打抜性およびスティッキング性などの諸特性にも優れていた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面に絶縁被膜をそなえる電磁鋼板であって、該絶縁被膜は、Liシリケートを主成分として50質量%以上含有すると共に、シリコン樹脂、フッ素樹脂またはシリコン樹脂とフッ素樹脂の少なくともいずれかを含有する共重合樹脂から選ばれる1種または2種以上を2〜30質量%含有し、また沸騰水10分間の抽出でのLi溶出量が10 mg/m2以下で、平均膜厚が0.1〜2μmでかつ{6/(SiO2/Li2Oのモル比)}μm以下であることを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
【請求項2】
SiO2/Li2Oのモル比が2〜9であるLiシリケートを主成分として乾燥質量で50質量%以上含有し、かつシリコン樹脂、フッ素樹脂またはシリコン樹脂とフッ素樹脂の少なくともいずれかを含有する共重合樹脂から選ばれる1種または2種以上を乾燥質量で2〜30質量%含有する絶縁被膜用塗液を、電磁鋼板の表面に、乾燥後の平均膜厚が{6/(SiO2/Li2Oのモル比)}μm以下となる範囲で塗布した後、乾燥させることを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2007−270174(P2007−270174A)
【公開日】平成19年10月18日(2007.10.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−94117(P2006−94117)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】