説明

絶縁被膜付き電磁鋼板

【課題】絶縁被膜中にクロム化合物を含まずとも打抜き性、被膜密着性および焼鈍後の被膜特性に優れた絶縁被膜付き電磁鋼板を提供する。
【解決手段】本発明の絶縁被膜付き電磁鋼板は、水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)と、シランカップリング剤(B)とを、質量比(A/B):0.05〜1.0の下に含む表面処理剤を電磁鋼板の少なくとも片面に塗布、乾燥して成る絶縁被膜を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、絶縁被膜付き電磁鋼板に関する。本発明は特に、絶縁被膜中にクロム化合物を含まずとも打抜き性、被膜密着性および焼鈍後の被膜特性に優れた絶縁被膜付き電磁鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
モータや変圧器などに使用される電磁鋼板の絶縁被膜には、層間抵抗だけでなく、被膜密着性、打抜き性、溶接性など種々の特性が要求される。電磁鋼板は多様な用途に使用されるため、その用途に応じて種々の絶縁被膜の開発が行われている。また、電磁鋼板に打抜き加工、せん断加工、曲げ加工などを施すと残留歪みにより磁気特性が劣化するので、これを解消するために700〜800℃程度の温度で歪取り焼純を行う場合が多い。従って、この場合には、絶縁被膜が歪取り焼鈍に耐え得るものでなければならない。
【0003】
電磁鋼板の絶縁被膜は、大別して
(1)溶接性、耐熱性を重視し、歪取り焼鈍に耐える無機被膜、
(2)打抜き性、溶接性の両立を目指し歪取り焼鈍に耐える樹脂含有の無機被膜(すなわち、半有機被膜)、
(3)特殊用途で歪取り焼鈍不可の有機被膜
の3種に分類されるが、汎用品として歪取り焼鈍に耐えるのは、上記(1),(2)に示した無機成分を含む被膜であり、これらは両者ともクロム化合物を含むものが一般的であった。
【0004】
例えば、上記(2)の技術として、特許文献1には、電磁鋼板の表面に珪酸塩被膜およびクロム酸を含む上層被膜の2層よりなる絶縁被膜が形成された電磁鋼板が記載されている。この2層の絶縁被膜の少なくとも一方にシランカップリング剤を含有させることにより、電磁鋼板との被膜密着性などの性能を高めている。
【0005】
しかし、昨今、環境意識が高まり、電磁鋼板の分野においてもクロム化合物を含まない絶縁被膜を有するクロメートフリーの製品が需要家などから望まれている。
【0006】
ここで、特許文献2には、亜鉛系めっき鋼板に対してではあるがクロム化合物を含まない表面処理被膜を形成する以下の技術が記載されている。すなわち、特許文献2には、水溶性ジルコニウム化合物と、テトラアルコキシシランと、エポキシ基を有する化合物と、キレート剤と、バナジン酸化合物と、チタン、アルミニウムおよび亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種以上の金属を含有する金属化合物とを所定比率で含む表面処理剤を鋼板表面上に塗布、乾燥して得た表面処理被膜を有する、耐食性および被膜密着性などの諸性能に優れた亜鉛系めっき鋼板が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平2−38582号公報
【特許文献2】特開2010−255105号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
電磁鋼板表面に形成する絶縁被膜についても、亜鉛系めっき鋼板表面上の表面処理被膜の場合と同様に、高い耐食性および被膜密着性を有することが望まれている。そこで、本発明者らは、亜鉛系めっき鋼板に形成する表面処理被膜としては高い被膜密着性を発揮することが可能な、特許文献2に記載の、ジルコニウム化合物と、テトラアルコキシシランと、エポキシ基を有する化合物と、キレート剤と、バナジン酸化合物と、Ti、Al、およびZnからなる群より選ばれる少なくとも1種以上の金属を含有する金属化合物と、を含有するpH8〜10の表面処理剤を、電磁鋼板表面に塗布、乾燥し、絶縁被膜を形成した。すると、この表面処理剤は電磁鋼板に対しては、意外にも十分な耐食性および被膜密着性を付与することができないことがわかった。そこで、本発明者らが種々の検討をしたところ、テトラアルコキシシランとシランカップリング剤とを水中で混合して得た表面処理剤を用いることにより、電磁鋼板上で耐食性が得られることが分かった。しかしこの場合でも、依然として被膜密着性が十分ではなく、さらに打抜き性も不十分となり、また電磁鋼板特有の特性である焼鈍後の被膜特性(具体的には低鉄損)も十分に得ることができないということが明らかになった。
【0009】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、絶縁被膜中にクロム化合物を含まずとも打抜き性、被膜密着性および焼鈍後の被膜特性に優れた絶縁被膜付き電磁鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この目的を達成すべく本発明者らがさらに検討したところ、電磁鋼板に絶縁被膜を形成するための表面処理剤の成分としてテトラアルコキシシランではなくトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシランを用い、これとシランカップリング剤とを併用し、かつシランカップリング剤を主成分にすることにより、上記の目的を達成できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
本発明は、このような知見に基づきなされたものであり、その要旨構成は以下のとおりである。
(1)水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)と、シランカップリング剤(B)とを、質量比(A/B):0.05〜1.0の下に含む表面処理剤を電磁鋼板の少なくとも片面に塗布、乾燥して成る絶縁被膜を有することを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
(2)前記表面処理剤は、平均粒子径が0.08〜0.9μmかつアスペクト比が10〜100である板状シリカ(C)を、前記表面処理剤の全固形分に対し2〜30質量%含む上記(1)に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
(3)前記板状シリカ(C)は、平均粒子径が0.1〜0.3μmかつアスペクト比が10〜50である上記(2)に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
(4)前記表面処理剤は、潤滑剤(D)を前記表面処理剤の全固形分に対し0.5〜30質量%含む上記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、電磁鋼板に適用する表面処理剤の成分としてトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシランを用い、これとシランカップリング剤とを併用し、かつシランカップリング剤を主成分にすることにより、絶縁被膜中にクロム化合物を含有していなくても、打抜き性、被膜密着性および電磁鋼板特有の特性である焼鈍後の被膜特性に優れる絶縁被膜付き電磁鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0014】
<電磁鋼板>
本発明において、素材である電磁鋼板としては、特に制限はなく、従来から公知のものいずれもが適合する。すなわち、磁束密度の高いいわゆる軟鉄板(電気鉄板)やSPCCなどの一般冷延鋼板、また比抵抗を上げるためにSiやAlを含有させた無方向性電磁鋼板などいずれもが有利に適合する。
【0015】
<表面処理剤>
本発明で用いる表面処理剤は、Siに結合する置換基が、水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)と、シランカップリング剤(B)と、水とを含有する。
【0016】
トリアルコキシシランの種類は特に限定されず、一般式R1Si(OR’)で示され、それらの1種以上を用いることができる。R1は水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれる非反応性置換基である。R1がアルキル基の場合は、好ましくは炭素数1〜6の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基である。R’はアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。例えば、メチルトリメトキシシラン、エチルトリメトキシシラン、メチルトリエトキシシラン、エチルトリエトキシシラン、フェニルトリエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、およびこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性、および打抜き性がより優れるという観点から、R1がアルキル基であるトリアルコキシシランが好ましい。
【0017】
ジアルコキシシランの種類は特に限定されず、一般式R2R3Si(OR’’)で示され、それらの1種以上を用いることができる。ここで、R2およびR3は水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれる非反応性置換基であり、好ましくは炭素数1〜6の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜3の直鎖または分岐のアルキル基である。R’’はアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。例えば、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジエトキシシラン、ジフェニルジメトキシシラン、およびこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性、および打抜き性がより優れるという観点から、R2およびR3がアルキル基であるジアルコキシシランが好ましい。
【0018】
シランカップリング剤(B)の種類は特に限定されず、一般式XSi(R4)(OR)3−n(ここで、nの範囲は0〜2)で示され、それらの1種以上を同時に用いることができる。Xは活性水素含有アミノ基、エポキシ基、メルカプト基およびメタクリロキシ基から選ばれる少なくとも1種の反応性官能基である。R4はアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。ORは任意の加水分解性基であり、Rは例えばアルキル基であり、好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。また、Rは例えばアシル基(−COR5)であり、R5は好ましくは炭素数1〜4の直鎖または分岐のアルキル基であり、更に好ましくは炭素数1〜2の直鎖または分岐のアルキル基である。シランカップリング剤(B)として例えば、N−(アミノエチル)3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−アミノプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン、2−(3,4エポキシシクロヘキシル)エチルトリエトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン、およびこれらの加水分解物などが使用できる。なかでも、電磁鋼板の耐食性、および打抜き性がより優れるという観点からアミノ基またはエポキシ基を有するシランカップリング剤が好ましい。
【0019】
本発明に用いる表面処理剤の特徴は、テトラアルコキシシランではなく、トリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)を含むことである。既述のとおり、電磁鋼板に適用する表面処理剤にテトラアルコキシシランを含む場合は、十分な被膜密着性を得ることができず、また、焼鈍後の鉄損劣化が大きく、焼鈍後に十分な被膜特性を得ることもできなかった。しかし、トリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)を含む表面処理剤で絶縁被膜を形成したところ、意外にも電磁鋼板の表面との十分な被膜密着性を得ることができ、さらに、歪取り焼鈍後の鉄損の劣化もより抑えることができたのである。
【0020】
また、特許文献2で開示されている表面処理剤を用いた場合、電磁鋼板上では耐食性および被膜密着性が不足する理由は以下のように推定される。亜鉛系めっき鋼板上においては、特にバナジン酸化合物が亜鉛と被膜との界面に濃化していることがわかり、酸によって、亜鉛が溶解し、界面で反応生成物を形成しているものと推定された。一方、電磁鋼板では、鋼板の表面はSiやAlの酸化膜を形成しているため、バナジン酸化合物との反応はおこらず、被膜中に過剰にバナジン酸化合物が残存するため、耐食性の付与には至らなかったと考えられる。電磁鋼板では、さらに反応性を高めた薬液によりシリカやアルミナなどの酸化膜を除去することにより耐食性を向上させる方法が考えられるが、酸化膜の不均一除去や酸化膜下の鉄の過剰溶解による錆の発生などが生じてしまう。そこで種々検討した結果、表面の酸化膜を残存させたまま本発明で用いる表面処理剤により絶縁被膜を形成することで、良好な耐食性が得られることがわかった。
【0021】
本発明に用いる表面処理剤のもう1つの特徴は、トリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)とシランカップリング剤(B)との質量比(A/B)を、0.05〜1.0の範囲とすることである。質量比が1.0を超える場合、シランカップリング剤(B)の量が十分でなく、絶縁被膜の強靭性を十分に得ることができない。その結果、十分な打抜き性を得ることができず、また、耐テンションパッド性の劣化やハンドリングでの傷や被膜剥離などが発生し易い。このように、本発明では単にトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)を用いるだけではなく、さらにシランカップリング剤(B)を主成分とすることにより、打抜き性および耐テンションパッド性を顕著に向上させることができたものである。また、質量比が0.05未満の場合、TIG溶接性が低下する。このような観点から質量比(A/B)は0.05〜1.0の範囲とし、より好ましい質量比は、0.1〜0.5の範囲である。
【0022】
本発明に用いる表面処理剤には板状シリカ(C)を含んでも良い。この板状シリカは、葉状シリカや鱗片状シリカとも呼ばれるもので、SiOの薄層が多数積層された層状珪酸構造を有している。そして、かかる板状シリカとしては、非結晶性または微結晶性を有するものが好ましい。板状シリカは、薄層の一次粒子が積層した凝集粒子を作製し、この凝集粒子を粉砕することによって得ることができる。かような板状シリカは層状の形態をとるため、一般的なシリカ粒子たとえばコロイダルシリカなどと比較して腐食物質透過抑制性に優れ、さらに水酸基が多いために密着性に優れ、かつ軟質であることから滑り性に優れる。また、通常、コロイダルシリカなどの無機成分は打抜き性に悪影響を及ぼすが、板状シリカは打抜き性を劣化させにくいことがわかった。これは、板状シリカが薄層のSiOより形成されているため、打ち抜き時に層間で滑りやすく変形しやすいためと推定する。なおかつ、表面処理剤の無機成分率が増加してTIG溶接において気化する成分の割合が減少すること、また、被膜密着性が向上して鋼板表面凹凸に従って被膜が形成されるため、板と板との間に隙間ができ、気化したガスの抜け道が確保されることから、TIG溶接性を向上させることができる。さらに、板状シリカを含む表面処理剤を塗布した場合、塗布量が少なくなりがちな鋼板表面凸部においても表面処理剤が残り、鋼板表面の凹凸に従った均一な表面処理剤の塗布が可能となるため、焼鈍後においても絶縁被膜の膜厚は均一となり、焼鈍により有機系成分が分解消失しても耐食性に劣ることがなく、また、電磁鋼板間の絶縁不良による焼鈍後の鉄損の劣化のおそれがない。
【0023】
板状シリカ(C)は平均粒子径が0.08〜0.9μmかつアクペクト比が10〜100の範囲であることが好ましく、平均粒子径は0.1〜0.5μm程度、アスペクト比は20〜90とすることがより好ましい。板状シリカ(C)の粒子径が0.08μm以上の場合かつアスペクト比が10以上の場合では、被膜形態への効果があり、被膜の均一化が十分となりスティッキング性およびTIG溶接性に劣ることがない。また、0.9μm以下の場合かつアスペクト比が100以下の場合には、トリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)とシランカップリング剤(B)の被膜への取り込みが十分となり、耐テンションパッド性が十分となる。ここでいう「耐テンションパッド性」とは、コイルのスリットなどを行うために、板を押さえるために用いるフェルト状のテンションパッドで表面をこする際の被膜の剥がれにくさである。
【0024】
板状シリカ(C)は、平均粒子径が0.1〜0.3μmかつアスペクト比が10〜50であると打抜き性に優れ、さらに好ましい。平均粒子径が0.1μm以上であれば、打抜きによる板状シリカの粉砕による粉の発生が多くなく、金型が汚れることがないため、打抜き性に優れる。また、板状シリカの平均粒子径が大きいほど打抜き時の金型磨耗が多くなる傾向があるが、平均粒子径が0.3μm以下では金型磨耗が問題とならず、打抜き性に優れる。さらに、アスペクト比が10〜50であると前述の通り打ち抜き時に変形しやすく、特に打抜き性に優れる。また、アスペクト比が50以下であれば、より鋼板表面の凹凸に従った均一な被膜形成が可能となるため、耐食性および焼鈍後の鉄損にも優れる。
【0025】
本明細書において板状シリカの「平均粒子径」は、SEMにて観察したときの、板状シリカの厚みに垂直な面における長径について、視野中の複数の粒子間で平均した長さを意味するものとする。
【0026】
また、本明細書において板状シリカの「アスペクト比」とは、SEMにて観察したときの、各粒子についての板状シリカの厚みに垂直な面における長径/最大厚みの比の値を、視野中の10個の粒子について平均した値を意味するものとする。
【0027】
板状シリカ(C)の含有量は、表面処理剤の全固形分に対し2〜30質量%の範囲とすることが好ましく、20質量%以下がより好ましい。2質量%以上であれば、スティッキング性、およびTIG溶接性に優れた電磁鋼板が得られ、30質量%以下であれば、耐食性および耐テンションパッド性が低下しない。
【0028】
更に、本発明に使用される表面処理剤には、打抜き性および耐テンションパッド性を向上させるため、潤滑剤(D)を添加することができる。潤滑剤(D)としては、ポリエチレンワックス、酸化ポリエチレンワックス、酸化ポリプロピレンワックス、カルナバワックス、パラフィンワックス、モンタンワックス、ライスワックス、テフロン(登録商標)ワックス、2硫化炭素、グラファイトなどの固体潤滑剤が挙げられる。また潤滑剤(D)としては、ノニオン性アクリル樹脂を用いてもよい。ノニオン性アクリル樹脂としては、例えばアクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル、スチレンなどのビニル系モノマーをポリエチレンオキサイドあるいはポリプロピレンオキサイドを構造上にもつノニオン系界面活性剤(乳化剤)の存在下、水中で乳化重合した水系エマルション等、ノニオン性乳化剤で乳化されたアクリル樹脂が挙げられる。これらの固体潤滑剤の中から、1種または2種以上を用いることができる。
【0029】
本発明に使用される潤滑剤(D)の含有量は、表面処理剤の全固形分に対し0.5〜30質量%とすることが好ましく、2〜15質量%がより好ましい。0.5質量%以上の場合、打抜き性および耐テンションパッド性の向上が十分に得られ、30質量%以下の場合、TIG溶接性が低下しない。
【0030】
表面処理剤は、上記した成分を脱イオン水、蒸留水などの水中で混合することにより得られる。表面処理液の固形分割合は適宜選択すればよい。また、表面処理剤には、必要に応じてアルコール、ケトン、セロソルブ系の水溶性溶剤、界面活性剤、消泡剤、レベリング剤、pH調整剤、防菌防カビ剤などを添加しても良い。これらを添加することにより、表面処理剤の乾燥性、塗布外観、作業性、意匠性が向上する。ただし、これらは本発明で得られる品質を損なわない程度に添加することが重要であり、添加量は多くても表面処理液の全固形分に対して5質量%未満である。
【0031】
先述のとおり、本発明においては、電磁鋼板の表面に表面処理剤を塗布・加熱乾燥することにより、絶縁被膜を形成する。表面処理剤を電磁鋼板に塗布する方法としては、ロールコート法、バーコート法、浸漬法、スプレー塗布法などが挙げられ、処理される電磁鋼板の形状などによって適宜最適な方法が選択される。より具体的には、例えば、電磁鋼板がシート状であればロールコート法、バーコート法またはスプレー塗布法を選択できる。スプレー塗布法は、表面処理剤を電磁鋼板にスプレーしてロール絞りや気体を高圧で吹きかけて塗布量を調整する方法である。電磁鋼板が成型品とされている場合であれば、表面処理液に浸漬して引き上げ、場合によっては圧縮エアーで余分な表面処理剤を吹き飛ばして塗布量を調整する方法などが選択される。
【0032】
電磁鋼板の表面に塗布した表面処理剤を、加熱乾燥する際の加熱温度(最高到達板温)は、通常80〜350℃であり、100〜300℃であることがより好ましい。加熱温度が80℃以上であれば被膜中に主溶媒である水分が残存しないため、また、加熱温度が350℃以下であれば被膜のクラック発生が抑制されるため、電磁鋼板の耐食性低下などの問題を生じることがない。また、加熱時間は、使用される電磁鋼板の種類などによって適宜最適な条件が選択される。なお、生産性などの観点からは、0.1〜60秒が好ましく、1〜30秒がより好ましい。
【0033】
また、絶縁被膜付き電磁鋼板は、歪取り焼鈍を施して、例えば、打抜き加工による歪みを除去することができる。好ましい歪取り焼鈍雰囲気としては、N雰囲気、DXガス雰囲気などの鉄が酸化されにくい雰囲気が適用される。ここで、露点を高く、例えばDp:5〜60℃程度に設定し、表面および切断端面を若干酸化させることで耐食性をさらに向上させることができる。また、好ましい歪取り焼鈍温度としては700〜900℃、より好ましくは700〜800℃である。歪取り焼鈍温度の保持時間は長い方が好ましく、例えば2時間以上とする。
【0034】
電磁鋼板の被膜付着量は特に限定しないが、片面当たり0.05〜5g/m程度とすることが好ましい。付着量、すなわち本発明の絶縁被膜の全固形分質量は、アルカリ剥離による被膜除去後の重量減少から測定することができる。また、付着量が少ない場合には、アルカリ剥離法によって測定した付着量既知の標準試料を蛍光X線分析により測定し得た検量線から測定することができる。付着量が0.05g/m以上であれば、耐食性と共に絶縁性を満足することができ、一方5g/m以下であれば、被膜密着性が向上するだけでなく、塗装焼付時にふくれが発生せずに塗装性の低下を招くことがない。より好ましくは0.1〜3.0g/mである。絶縁被膜は鋼板の両面に形成することが好ましいが、目的によっては片面のみでもよく、他面は他の絶縁被膜としても構わない。
【0035】
以下、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0036】
(1)素材
板厚:0.5mmの電磁鋼板〔A230(JIS C 2552(2000))〕を供試材として使用した。
【0037】
(2)表面処理剤
各成分を表1に示す組成(質量比)にて水中で混合し、表面処理剤を得た。
【0038】
(3)処理方法
連続焼鈍ラインにおいて所定の材質を得るための焼鈍を行った後、鋼板が冷却された段階でロールコーター塗装にて表面処理剤を添付し、オーブンにて最高到達板温が140℃となる様にして乾燥させ、被膜付着量600mg/mの絶縁被膜を両面に形成した。ロールコーター条件としては、3ロールでフルリバース方式とした。なお、乾燥温度は試験板表面の到達温度を示す。
【0039】
次に、表1で使用した化合物について説明する。
【0040】
<トリアルコキシシラン/ジアルコキシシラン/テトラアルコキシシラン>
A1:メチルトリメトキシシラン
A2:メチルトリエトキシシラン
A3:ジメチルジメトキシシラン
A4:フェニルトリメトキシシラン
A5:テトラメトキシシラン(比較例)
A6:テトラエトキシシラン(比較例)
【0041】
<シランカップリング剤>
B1:3−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン
B2:N−(2−アミノエチル)−3−アミノプロピルトリメトキシシラン
B3:3−メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン
B4:3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン
【0042】
<板状シリカ>
C1: 平均粒子径0.2μm、 アスペクト比20
C2: 平均粒子径0.1μm、 アスペクト比10
C3: 平均粒子径0.5μm、 アスペクト比50
C4: 平均粒子径1.0μm、 アスペクト比50
C5: 平均粒子径0.08μm、アスペクト比10
C6: 平均粒子径0.1μm、 アスペクト比20
C7: 平均粒子径0.15μm、アスペクト比20
C8: 平均粒子径0.3μm、 アスペクト比30
C9: 平均粒子径0.3μm、 アスペクト比50
C10:平均粒子径0.3μm、 アスペクト比80
C11:平均粒子径0.5μm、 アスペクト比30
【0043】
<潤滑剤>
D1:ポリエチレンワックス(ケミパール900)
D2:スチレン−エチルメタアクリレート−n−ブチルアクリレート−アクリル酸共重合体
【0044】
(評価方法)
(1)被膜密着性
セロハン粘着テープを貼った鋼板を被試験面が圧縮側となるように直径5mmの丸棒を用いて180°曲げを行った後、セロハン粘着テープを剥がして被膜剥離量を蛍光X線測定した。180°曲げ前の被膜と剥がしたセロハン粘着テープのSiの蛍光X線強度を測定し、セロハン粘着テープに付着したSi強度の180°曲げ前の被膜のSi強度に対する割合を評価した。
(判定基準)
◎:剥離なし
○:0%超え、10%以下
△:10%超え、20%以下
×:20%超え
【0045】
(2)打抜き性
供試材に対して、15mmφスチールダイスを用いて、かえり高さが50μmに達するまで打ち抜きを行い、その打ち抜き数で評価した。
(判定基準)
◎:120万回以上
○:100万回以上、120万回未満
○−:70万回以上、100万回未満
△:30万回以上、70万回未満
×:30万回未満
【0046】
(3)歪取り焼鈍後の鉄損の測定
50mm×300mmに打ち抜いた供試材を5枚積層し、中央の50mm×50mm部分をボルト締めにて、9.8MPa(100Kgf/cm)の圧力で締め付けた状態で、N雰囲気中にて750℃,2時間保持後、常温まで冷却した。その時の鉄損と、5枚積層した鋼板をばらけさせ再度積層した時の鉄損(W15/50)を測定し、その差(焼鈍後の鉄損−ばらけさせた後の鉄損)で評価した。
(判定基準)
鉄損差
◎:0.5W/Kg以下
○:0.5〜1.2W/Kg
△:1.2〜2.0W/Kg
×:2.0W/Kg以上
【0047】
(4)TIG溶接性
供試材を30mmの厚みになるように9.8MPa(100kgf/cm)の圧力にて積層し、その端面部(長さ30mm)に対して、次の条件でTIG溶接を実施した。
・溶接電流:120A
・Arガス流量:6リットル/min
・溶接速度:10、20、30、40、50、60、70、80、90、100cm/min
(判定基準)
ブローホールの数が1ビードにつき5個以下を満足する溶接速度の大小で優劣を判定した。
◎:60cm/min以上
○:40cm/min以上、60cm/min未満
△:20cm/min以上、40cm/min未満
×:20cm/min未満
【0048】
(5)耐食性
50mm×50mmに打ち抜いた供試材2枚を重ね合わせ、200gのオモリを乗せて50℃、相対湿度80%の恒温恒湿槽で2週間放置した。重ね合わせた2面の平均の錆発生面積率を目視にて測定した。
(判定基準)
◎: 0%
○: 0%超え〜2%未満
△: 2%以上〜5%未満
×: 5%以上
【0049】
(6)耐テンションパッド性
面積が10mm×10mmのテンションパッドを用い、太平理化工業(株)製ラビングテスターにて、24.5N(2.5kgf)の荷重をかけ絶縁被膜表面を100往復擦った。擦った部分とその近傍の付着量測定を行い、100往復後の絶縁被膜残存率を算出した。付着量はSiの蛍光X線強度を測定し、付着量既知の標準板により得られた検量線から求めた。
(判定基準)
◎: 90%以上
○: 80%以上〜90%未満
△: 60%以上〜80%未満
×: 60%未満
【0050】
実施例および比較例に記載の表面処理剤を用いて得られた絶縁被膜付電磁鋼板に関して、上記の評価を行った結果を、表1に示す。
【0051】
【表1−1】

【0052】
【表1−2】

【0053】
【表1−3】

【0054】
【表1−4】

【0055】
実施例の結果、表1に示すように、本発明の絶縁被膜付き電磁鋼板は、打抜き性、被膜密着性、焼鈍後の被膜特性(鉄損)、TIG溶接性、耐食性、耐テンションパッド性の全てに優れていることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明によれば、絶縁被膜中にクロム化合物を含有していなくても、打抜き性、被膜密着性および電磁鋼板特有の特性である焼鈍後の被膜特性に優れる絶縁被膜付き電磁鋼板を提供することができる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素、アルキル基、およびフェニル基から選ばれた少なくとも1種の非反応性置換基のみからなるトリアルコキシシランおよび/またはジアルコキシシラン(A)と、シランカップリング剤(B)とを、質量比(A/B):0.05〜1.0の下に含む表面処理剤を電磁鋼板の少なくとも片面に塗布、乾燥して成る絶縁被膜を有することを特徴とする絶縁被膜付き電磁鋼板。
【請求項2】
前記表面処理剤は、平均粒子径が0.08〜0.9μmかつアスペクト比が10〜100である板状シリカ(C)を、前記表面処理剤の全固形分に対し2〜30質量%含む請求項1に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
【請求項3】
前記板状シリカ(C)は、平均粒子径が0.1〜0.3μmかつアスペクト比が10〜50である請求項2に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。
【請求項4】
前記表面処理剤は、潤滑剤(D)を前記表面処理剤の全固形分に対し0.5〜30質量%含む請求項1〜3のいずれか一項に記載の絶縁被膜付き電磁鋼板。


【公開番号】特開2013−64195(P2013−64195A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−189150(P2012−189150)
【出願日】平成24年8月29日(2012.8.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】