説明

絶縁被膜用塗料及びこれを用いた絶縁電線

【課題】 導体と導体表面に形成される絶縁被膜の密着強度、特に巻線加工が行われる前の状態だけでなく、巻線加工、ワニス含浸処理後も、優れた密着性を示すことができる絶縁被膜を形成できる絶縁被膜用塗料、および当該塗料を用いて形成される絶縁被膜を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】 プライマー層の形成に用いられる絶縁被膜用塗料であって、前記プライマー層を構成する樹脂およびポリサルファイドポリマーを含有する。前記ポリサルファイドポリマーは、末端がSH基であり、主鎖が−R−O−R−O−R−S−S−(式中、R、Rは炭素数1〜3のアルキレン基である)の繰り返し単位で構成されていることが好ましい。また、前記ポリサルファイドポリマーは、前記プライマー層構成樹脂100質量部あたり0.5〜25質量部含有されていることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マグネットワイヤなどの絶縁被覆、特にプライマー層の形成に好適な絶縁被膜用塗料、さらに詳述すると、耐摩耗性、密着性等の初期の機械的強度及び高温保持後の密着強度に優れた絶縁被膜を形成できる絶縁被膜用塗料、及び当該塗料でプライマー層を形成した絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
モータの巻線やトランスの巻線に用いられている絶縁電線としては、銅線に、ポリエステルイミド、ポリアミド、ポリウレタン、ポリエステルなどの樹脂を焼付けてなる絶縁被膜を形成したものが一般に用いられている。
【0003】
各種電気機器のコイルを形成する絶縁電線において、導線を被覆する絶縁被膜には、優れた絶縁性を発揮する前提として、導線に対する密着性、高い耐熱性、機械的強度、耐薬品性も有することが要求されている。特に、巻線加工工程においては、自動化、高速化が進み、自動巻線機を使用した場合、加工される電線に強い張力が加わりながら、屈曲、摩擦等を受けて巻線されるため、巻線の絶縁被膜を損傷する可能性が高くなる。さらに、各種電気機器の高出力化、または小型化、省電力化への要請に伴い、高占積率化も進み、巻線に加えられる加工負荷が厳しくなっている。
このような過酷な巻線加工に対して、絶縁被膜が損傷することを防止するために、耐巻線加工性に優れた被膜が求められている。
【0004】
巻線加工性は、電線表面の潤滑性、耐摩耗性が大きく関与していると考えられている。このため、導体に絶縁被膜を形成し、さらにこの絶縁被膜上に、潤滑性、機械的強度に優れたポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂などを上塗りして、表面潤滑性に優れた表層部を設けることで対処しているのが実情である。
【0005】
例えば、特開平9−45142号(特許文献1)では、絶縁被膜上に、ポリエステル又はポリエステルイミド塗料にワックス等の潤滑剤を配合した潤滑性ポリエステル又は潤滑性ポリエステルイミド層を設けている。
【0006】
一方、導体と絶縁被膜の密着性を向上したするために、金属と錯化合物をつくることができる、アセチレン類、アルデヒド類、アミン類、メルカプタン類、およびチオ尿素類からなる群より選ばれた少なくとも1種の金属不活性剤を添加した絶縁塗料が、特許第3766447号(特許文献2)に開示されている。
【0007】
【特許文献1】特開平9−45142号公報
【特許文献2】特許第3766447号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、巻線加工は、年々、過酷になっている。また、巻線加工後にワニス含浸処理を行われる場合には、高温での加熱処理後も、優れた密着性を保持していることが求められる。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、導体と導体表面に形成される絶縁被膜の密着強度、特に巻線加工が行われる前の状態だけでなく、巻線加工、ワニス含浸処理後も、優れた密着性を示すことができる絶縁被膜を形成できる絶縁被膜用塗料、および当該塗料を用いて形成される絶縁被膜を有する絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明の絶縁被膜用塗料は、導体及び該導体上に形成されるプライマー層を有する絶縁電線の前記プライマー層の形成に用いられる絶縁被膜用塗料であって、前記プライマー層を構成する樹脂およびポリサルファイドポリマーを含有する。
【0011】
前記ポリサルファイドポリマーは、末端がSH基であり、主鎖が−R−O−R−O−R−S−S−(式中、R、Rは炭素数1〜3のアルキレン基である)の繰り返し単位で構成されていることが好ましい。また、前記ポリサルファイドポリマーは、前記プライマー層構成樹脂100質量部あたり0.5〜25質量部含有されていることが好ましい。
【0012】
前記プライマー層構成樹脂は、ポリエステルイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、及びポリウレタン系樹脂からなる群より選ばれる1種であることが好ましく、より好ましくはポリエステルイミド系樹脂である。
【0013】
また、前記プライマー層構成樹脂には、硬化剤が含まれていてもよい。
【0014】
本発明の絶縁電線は、導体;上記本発明の絶縁被膜用塗料を焼付、硬化してなるプライマー層;及び該プライマー層上に形成した少なくとも1層の上塗り層を有するものである。別の見地による本発明の絶縁電線は、導体表面に、ポリサルファイドポリマーの含有率が0.49〜20質量%であるプライマー層が形成されているものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の絶縁電線塗料を用いて形成されるプライマー層は、ポリサルファイドポリマーの含有により、導体に対して優れた密着性を発揮でき、特に高温下であっても、優れた密着性を保持できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下に本発明の実施の形態を説明するが、今回、開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【0017】
〔絶縁被膜用塗料〕
本発明の絶縁被膜用塗料は、導体及び該導体上に形成されるプライマー層を有する絶縁電線の前記プライマー層の形成に用いられる絶縁被膜用塗料であって、前記プライマー層を構成する樹脂およびポリサルファイドポリマーを含有する。
【0018】
<プライマー層構成樹脂>
本発明の塗料に含有されるプライマー層構成樹脂は、マグネットワイヤの絶縁被膜のうち、導体上に直接形成されるプライマー層を形成する樹脂で、従来より絶縁ワニスに用いられる公知の樹脂を用いることができる。例えば、ポリエステルイミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、エポキシ系樹脂などを用いることができる。これらのうち、特に、耐熱性、耐軟化性、耐溶剤性などに優れるが、過酷な巻線加工性の指標となる耐摩耗性の向上が求められているポリエステルイミド系樹脂において、導体との密着性向上について顕著な効果を得ることができる。
【0019】
プライマー層構成樹脂には、樹脂ベースポリマーの硬化剤が含まれていてもよい。
ベースポリマーの硬化剤としては、ベースポリマーの種類にもよるが、例えば、ポリエステルイミド等の末端にOH基、COOH基、NH基を有するようなポリマーの場合、イソシアネート系硬化剤が好ましく用いられる。
【0020】
イソシアネート系硬化剤としては、例えば、トリレンジイソシアネート(TDI)、p−フェニレンジイソシアネート、ナフタリンジイソシアネートなどの芳香族ジイソシアネート;ヘキサメチレンジイソシアネート(HDI)、2,2,4−トリメチルへキサンジイソシアネート、リジンジイソシアネートなどの炭素数3〜12の脂肪族ジイソシアネート;1,4−シクロへキサンジイソシアネート(CDI)、イソホロンジイソシアネート(IPDI)、4,4’−ジシクロヘキシルメタンジイソシアネート(水添MDI)、メチルシクロへキサンジイソシアネート、イソプロピデンジシクロヘキシル−4,4’−ジイソシアネート、1、3−ジイソシアナトメリルシクロへキサン(水添XDI)、水添TDI、2,5−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタン、2,6−ビス(イソシナートメチル)−ビシクロ[2.2.1]ヘプタンなどの炭素数5〜18の脂環式ジイソシアネート;キシリレンジイソシアネート(XDI)、テトラメチルキシリレンジイソシアネート(TMXDI)などの芳香環を有する脂肪族ジイソシアネート;これらのジイソシアネートの変性物などのイソシアネート基をブロックしたブロックイソシアネートが挙げられ、これらは、それぞれ単独又は2種以上混合して用いることができる。このようなイソシアネート系硬化剤は、通常、ポリエステルイミド100質量部あたり、1〜20質量部含有され得る。
【0021】
末端にOH基、COOH基、エポキシ基のように、アミンと反応できる官能基を有するベースポリマーでは、メラミン化合物が、硬化剤として用いられ得る。メラミン化合物としては、例えば、メチルメラミン、ブチル化メラミン、メチロール化メラミン、ブチロール化メラミンなどが挙げられ、これらはそれぞれ単独または2種以上混合して用いることができる。メラミン化合物は、通常、ポリエステルイミド100質量部あたり、1〜20質量部含有され得る。
【0022】
この他、シランカップリング剤やチタネートカップリング剤等の架橋剤を含有してもよく、OH基含有樹脂に対しては、テトラプロピルチタネート、テトライソプロピルチタネート、テトラメチルチタネート、テトラブチルチタネート、テトラヘキシルチタネート等のチタンアルコキシドが好ましく用いられる。
【0023】
プライマー層構成樹脂に代えて、硬化剤などを含んだ市販の樹脂を用いてもよい。さらに、市販の絶縁ワニスを用いることもできる。具体的には、日立化成工業製のIsomid40SM45、大日精化社製のEH402−45、FS304、FS201、日触スケネクタディ社のアイソミッド、ゼネラルエレクトリック社製のイミデックス等のエステルイミドワニス;デユポン社製パイルML、東レ社製トレニース#2000、#3000当業者のポリイミド塗料;日立化成社製のHI−400、HI−405、HI−406等のポリアミドイミド塗料などが挙げられる。
【0024】
<ポリサルファイドポリマー>
本発明で用いられるポリサルファイドポリマーとは、ジスルフィド結合(−S−S−)を主鎖中に有する液状ポリマーで、且つ末端がSH基のポリマーである。
好ましくは、主鎖が、−R−O−R−O−R−S−S−の繰り返し単位を有するポリマーで、ゴム弾性を有する。
【0025】
上記繰り返し単位において、R、Rはメチレン、エチレン、プロピレン等の炭素数1〜4のアルキレン基であり、より好ましくは―C−O−CH−O−C−S−S−であり、HS−(C−O−CH−O−C−S−S)―C−O−CH−O−C−SHで表わされるポリサルファイドポリマーである。
【0026】
本発明で用いられるポリサルファイドポリマーは、特に限定しないが、重量平均分子量400〜50000であることが好ましく、より好ましくは800〜10000、さらに好ましくは800〜8000である。
【0027】
このようなポリサルファイドポリマーは、機構は明らかではないが、絶縁被膜の導体に対する密着強度、特に絶縁被膜がプライマー層と該プライマー層上に形成された1層または2層以上の上塗り層とからなる場合に、耐摩耗強度を向上させることができる。ポリサルファイドポリマーの末端のSH基が導体に対してキレート結合を形成し、他方の末端のSH基が、絶縁被膜用塗料中の樹脂(プライマー層構成樹脂)の末端の官能基と反応して結合を形成するのではないかと思われる。すなわち、導体と絶縁被膜を構成する樹脂との間を、ポリサルファイドポリマーが架橋するような状態となっているのではないかと考えられる。ポリサルファイドポリマーはゴム弾性を有しているので、捲き線加工時に加えられる外的ストレス、すなわち、絶縁被膜に負荷された摩擦力に対して、絶縁被膜構成樹脂が追随することで、導体に対して、絶縁被膜(特に上塗り層)が相対的に移動するようなことがあっても、導体と絶縁被膜構成樹脂(特にプライマー層構成樹脂)との間に介在しているポリサルファイドポリマーが緩衝剤的役割をはたして、導体表面から絶縁被膜構成樹脂(特に上塗り層)が剥離することを防止できるのではないかと考えられる。
【0028】
ポリサルファイドポリマーは、塗料に含まれるプライマー層構成樹脂100質量部あたり、0.5〜25質量部程度含まれることが好ましく、より好ましくは1.0〜20質量部である。0.5質量部未満では、ポリサルファイドポリマーの添加効果が小さく、一方、多くなりすぎると、ポリサルファイドポリマーに含まれる硫黄により、導体、特に銅が硫化酸化されやすくなる。
【0029】
なお、市販の絶縁ワニスには、金属導体との密着強度改善剤としては、例えば、特許第3766447号に開示されているような、金属と錯化合物を作ることができる金属不活性剤、アセチレン類、アルキノール類、アルデヒド類、アミン類、メルカプタン類及びチオ尿素類等の金属不活性剤を含有しているものがある。本発明で用いるポリサルファイドポリマーも、初期密着強度について、これらの密着強度改善剤と同程度以上の効果を得ることができる。さらに、現在公知の高密着ポリエステルイミドの弱点である、高温で長時間保持した場合の密着強度の低下の問題がないという有利な点もある。すなわち、ポリサルファイドポリマーを密着強度改善剤として用いる場合には、耐摩耗性が高密着ポリエステルイミドと同程度以上に向上しているにもかかわらず、高温で長時間保持しても、密着強度の低下が小さくて済み、含浸ワニス処理後も優れた密着強度を保持できるといった顕著な効果がある。
【0030】
<その他の成分>
本発明の絶縁被膜用塗料には、プライマー層構成樹脂、ポリサルファイドポリマーの他、ポリサルファイドポリマーの硬化剤が含まれていてもよい。ポリサルファイドポリマーの硬化剤としては、パラキノンジオキシム、過酸化亜鉛、二酸化鉛、二酸化マンガン、過酸化カルシウムなどが挙げられる。
【0031】
さらに、本発明の絶縁被膜用塗料には、有機溶剤が含まれる。本発明で用いられる有機溶剤としては、プライマー層構成樹脂を溶解できるものであればよく、例えば、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、テトラメチル尿素、ヘキサエチルリン酸トリアミド、γ−ブチロラクトンなどの極性有機溶媒をはじめ、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロへキサノンなどのケトン類;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸ブチル、シュウ酸ジエチルなどのエステル類;ジエチルエステル、エチレングリコールジメチルエーテル、ジエチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノブチルエーテル(ブチルセロソルブ)、ジエチレングリコールメチルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル類;ヘキサン、ヘプタン、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの炭化水素化合物;ジクロロメタン、クロロベンゼンなどのハロゲン化炭化水素化合物;クレゾール、クロルフェノールなどのフェノール類;ピリジンなどの第三級アミンなどが挙げられ、これらの有機溶媒は、それぞれ単独で又は2種以上混合して用いることができる。
【0032】
さらに必要に応じて、本発明の目的が阻害されない範囲で、顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、酸化防止剤、レべリング剤等の各種添加剤が含有されていてもよい。
【0033】
本発明の絶縁被膜用塗料は、プライマー層構成樹脂、ポリサルファイドポリマー及びその他の添加剤を配合し、固形分含有率30〜60質量%程度となるように、有機溶剤で希釈することにより製造される。
プライマー層構成樹脂として、市販の絶縁ワニスを用いる場合には、当該絶縁ワニスに、当該絶縁ワニスの固形分100質量部に対して0.5〜25質量部、好ましくは1.0〜20質量部となるように、ポリサルファイドポリマーを添加することによっても製造できる。
【0034】
以上のような組成を有する本発明の絶縁被膜用塗料は、絶縁被膜を形成できるだけでなく、ストレスが負荷した状態でも導体に対する密着性が優れているので、絶縁電線のプライマー層用塗料として用いることが有用である。
【0035】
本発明の絶縁被膜用塗料を、導体に直接塗布した後、焼付けて硬化することによりプライマー層を形成できる。焼付温度としては、塗料に含まれる有機溶剤が揮発できる温度、さらに硬化剤が含まれている場合には、硬化剤とプライマー層構成樹脂のベースポリマーが反応できる温度で、当該樹脂ベースポリマーの種類にもより、適宜選択される。
【0036】
〔絶縁電線〕
本発明の絶縁電線は、導体表面に、上記本発明の絶縁被膜用塗料で形成されるプライマー層を有するものである。
【0037】
導体としては、通常、電線導体に用いられる公知の導体で、銅線、アルミニウム線などの金属導体が用いられる。
【0038】
本発明の絶縁被膜用塗料の焼付は、ベースポリマーの種類により適宜選択されるが、例えば、ポリエステルイミド系塗料の場合、350〜500℃程度の炉内を、1パスあたり10秒〜30秒間(10回引きなら100秒〜300秒間)、通過させることにより行うことが好ましい。焼きつけにより、耐熱性、耐摩耗性にすぐれたプライマー層を得ることができる。
【0039】
プライマー層の厚みは、特に限定しないが、1〜20μmが好ましく、より好ましくは1〜10μmである。プライマー層としては、この程度の厚みで十分だからである。
【0040】
本発明の絶縁被膜用塗料を塗布、焼付して形成されるプライマー層は、塗料に含まれているプライマー層構成樹脂の硬化体とポリサルファイドポリマーとが含有されている。プライマー層におけるポリサルファイドポリマーの含有率は、塗料の全固形分に対するポリサルファイドポリマーの含有率に該当し、0.49〜20質量%程度が好ましく、より好ましくは1〜17質量%程度である。
【0041】
本発明の絶縁電線は、上記のようなプライマー層上に、少なくとも1層以上の上塗り層を有している。
上塗り層の組成としては特に限定せず、従来より絶縁被膜に用いられているポリエステルイミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリウレタン系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、フェノキシ系樹脂などを用いることができる。上塗り層構成樹脂は、プライマー層構成樹脂と同じであってもよいし、異なっていてもよく、絶縁電線の用途に応じて適宜選択される。
【0042】
上塗り層の膜厚は10〜30μm程度が好ましい。また、上塗り層が2層以上で構成される場合、絶縁電線の最表層の上塗り層は、潤滑性を有する被膜、例えば、高潤滑ポリイミド、高潤滑アミドイミドなどで構成されることが好ましい。
【実施例】
【0043】
本発明を実施するための最良の形態を実施例により説明する。実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0044】
〔測定評価方法〕
はじめに、本実施例で行なった評価方法について説明する。
【0045】
(1)密着性
(1−1)初期
JIS C3003「8.1a)急激伸張」に準じて、作製した絶縁電線を急激伸張することにより切断し、切断していない部分の膜浮の導体長さ(mm)及び切断部分において被覆が剥がれたことにより露出した導体長さ(mm)を、それぞれ測定した。測定値が小さいほど、急伸切断面においても、被覆層が剥がれていないことを示し、密着性に優れていることを示している。
各絶縁電線について、3本ずつ測定した結果の平均値を示す。
【0046】
(1−2)加熱後密着性
作成した絶縁電線を、160℃で6時間保持した後、(1−1)と同様の方法にして、急激伸長後の膜浮導体長さ(mm)を測定した。これは、含浸ワニス処理後の密着性の指標となり、膜浮導体長さが小さいほど、加熱処理後の密着性に優れていることを示す。
なお、各絶縁電線について、3本ずつ測定した結果の平均値を示す。
【0047】
(2)耐摩耗性
JIS C3003−1999に記載の耐摩耗試験に準拠し、一方向摩耗値(g)を測定した。どの程度の力が加わったときに被膜が破損するかを調べるもので、捲線時のストレスに対する被膜強度の指標となる。
なお、各絶縁電線について、9本ずつ測定した結果の平均値を示す。
【0048】
(3)軟化温度
JIS C3003「エナメル銅線及びエナメルアルミニウム線試験方法」に準じて、軟化温度(℃)を測定した。JISに規定する荷重(700g)、2倍荷重(1400g)及び3倍荷重のそれぞれについて、電線が導通したときの温度(軟化温度)を測定した。
なお、各絶縁電線について、4本ずつ測定した結果の最大値と最小値の平均値を示す。
【0049】
(4)絶縁破壊電圧
作製した絶縁電線2本を用いて撚り線を作成し、これをJIS C2002 10に準じて、絶縁破壊電圧(V)を測定し、10個のサンプルの測定値を平均して平均絶縁破壊電圧を求めた。
なお、各絶縁電線10本ずつ測定した結果の平均値を示す。
【0050】
(5)可とう性
絶縁電線を、初期長さに対して20%伸長し、伸長後、JIS C3003 7.1.1可とう性試験に準拠して試験した。具体的には、絶縁電線の自己径(1d)を有する丸棒に沿って電線を、電線と電線とが接触するように30回巻き付けた後、亀裂の有無を観察し、亀裂個数を数えた。
巻きつける丸棒の径を絶縁電線の自己径の2倍(2d)、3倍(3d)についても同様にして巻きつけた後の亀裂個数を数えた。
【0051】
(6)ヒートショック試験
絶縁電線を、初期長さに対して20%伸長し、伸長後、JIS C3003 20の耐衝撃試験に準拠して試験した。具体的には、240℃で1時間加熱した後、絶縁電線の自己径(1d)を有する丸棒に沿って電線を、電線と電線とが接触するように30回巻き付けた後、亀裂の有無を観察し、亀裂個数を数えた。
巻きつける丸棒の径を絶縁電線の自己径の2倍(2d)、3倍(3d)についても同様にして巻きつけた後の亀裂個数を数えた。
【0052】
〔エステルイミド系絶縁被膜用塗料及び絶縁電線の製造〕
No.1−5:
汎用エステルイミド系ワニス(日立化成工業社製のIsomid40SM45)に含まれる固形分100質量部に対して、液状ポリサルファイドとして東レファインケミカル社のチオコールLP3(商品名)を、表1に示す量だけ添加し、30℃で60分間混合して、絶縁被膜用塗料を調製した。
調製した絶縁被膜用塗料を、径0.898mm又は0.899mmの銅線に塗布、焼付け(炉内温度350〜500℃)、被膜厚み3μmのプライマー層を形成した。
次いで、汎用エステルイミド(日立化成工業社のIsomid40SM45)を塗布、焼付て被膜厚み25μmの2層目を形成し、さらに汎用アミドイミドワニス(日立化成工業のHI−406E−34)を塗布、焼きつけて厚み5μmの3層目を形成し、さらに高潤滑アミドイミド樹脂(住友電工ウインテック)を塗布、焼きつけて厚み2μmの4層目を形成し、表1に示す被膜総厚みを有する絶縁電線を作成した。
作成した絶縁電線の密着性、耐摩耗性、絶縁破壊電圧、軟化温度、可とう性、耐ヒートショックを、上記評価方法に従って測定評価した。結果を表1に示す。
【0053】
No.6:
プライマー層を、市販の汎用エステルイミド系ワニス(日立化成工業社製のIsomid40SM45)のみで形成した以外は、No.1と同様にして、絶縁電線を作成した。作製した絶縁電線の密着性、耐摩耗性、絶縁破壊電圧、軟化温度、可とう性、耐ヒートショックを、上記評価方法に従って測定評価した。結果を表1に示す。
【0054】
No.7:
プライマー層を、市販の高密着ポリエステルイミド系塗料(大日精化社製のEH402−45)のみで形成した以外は、No.1と同様にして、絶縁電線を作成した。作製した絶縁電線の密着性、耐摩耗性、絶縁破壊電圧、軟化温度、可とう性、耐ヒートショックを、上記評価方法に従って測定評価した。結果を表1に示す。
【0055】
【表1】

【0056】
表1において、No.6とNo.7との比較からわかるように、汎用エステルイミド系ワニスでプライマー層を形成した絶縁電線(No.6)では、一方向摩耗、耐軟化度、可とう性、ヒートショックのいずれについても、高密着エステルイミド系ワニスでプライマー層を形成した絶縁電線(No.7)よりも劣っていた。しかしながら、高密着エステルイミド系ワニスで形成されたプライマー層を有する絶縁電線(No.7)は、機械的強度の点で汎用エステルイミド系ワニスで形成されたプライマー層を有する絶縁電線よりも優れている反面、160℃で6時間といった加熱処理後の密着性試験では、150mmもの膜浮きが生じ、汎用エステルイミド系ワニスで形成されるプライマー層を有する絶縁電線では認められないレベルまで低下した。
【0057】
一方、No.1〜5は、汎用エステルイミドにポリサルファイドポリマーを添加した絶縁被膜用塗料を用いてプライマー層を形成した絶縁電線であり、ポリサルファイドの添加量の増大に従って、初期密着性、初期機械的強度が向上していた。さらに、加熱処理後の密着性についても、初期密着性より若干低下したものの、問題となるほどではなかった。従って、プライマー層にポリサルファイドポリマーを含有させることにより、初期の機械的強度及び加熱処理後の密着性の双方を向上させることができる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明の絶縁被膜用塗料は、初期密着性、耐摩耗性、耐熱性に優れ、しかも高温、長時間保持した後も優れた密着性を保持しているので、過酷な巻き線加工、ワニス含浸処理が行われるマグネットワイヤ、例えば、小型化、省電力化の要請に応えるモータの巻線やトランスのコイル用絶縁電線として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体及び該導体上に形成されるプライマー層を有する絶縁電線の前記プライマー層の形成に用いられる絶縁被膜用塗料であって、
前記プライマー層を構成する樹脂およびポリサルファイドポリマーを含有する絶縁被膜用塗料。
【請求項2】
前記ポリサルファイドポリマーは、末端がSH基であり、主鎖が
−R−O−R−O−R−S−S−(式中、R、Rは炭素数1〜3のアルキレン基である)の繰り返し単位で構成されている請求項1に記載の絶縁被膜用塗料。
【請求項3】
前記ポリサルファイドポリマーは、前記プライマー層構成樹脂100質量部あたり0.5〜25質量部含有されている請求項1又は2に記載の絶縁被膜用塗料。
【請求項4】
前記プライマー層構成樹脂は、ポリエステルイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、ポリアミド系樹脂、ポリアミドイミド系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエステル系樹脂、及びポリウレタン系樹脂からなる群より選ばれる1種である請求項1〜3のいずれか1項に記載の絶縁被膜用塗料。
【請求項5】
前記プライマー層構成樹脂は、ポリエステルイミド系樹脂である請求項1〜3のいずれか1項に記載の絶縁被膜用塗料。
【請求項6】
前記プライマー層構成樹脂には、硬化剤が含まれている請求項1〜5のいずれか1項に記載の絶縁被膜用塗料。
【請求項7】
導体;請求項1〜6のいずれか1項に記載の絶縁被膜用塗料を焼付、硬化してなるプライマー層;及び該プライマー層上に形成した少なくとも1層の上塗り層を有する絶縁電線。
【請求項8】
導体表面に、ポリサルファイドポリマーの含有率が0.49〜20質量%であるプライマー層が形成されている絶縁電線。

【公開番号】特開2010−70672(P2010−70672A)
【公開日】平成22年4月2日(2010.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−240631(P2008−240631)
【出願日】平成20年9月19日(2008.9.19)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【Fターム(参考)】