説明

絶縁電線およびその製造方法

【課題】導体と絶縁被覆との密着性を低下させることなく、押出被覆層の厚さが薄くても高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供する。
【解決手段】本発明に係る絶縁電線は、絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記絶縁被覆は、ポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂からなる樹脂(B)とを重量部比で「(B)/(A) = 20/80 〜 70/30」の範囲で混和した樹脂組成物からなり、前記押出被覆層中の前記樹脂(A)の結晶が融解する温度での熱処理が施されていることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転電機や変圧器などの電気機器のコイルに用いられる絶縁電線に係り、特に、押出被覆層からなる絶縁被覆層が設けられている絶縁電線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
回転電機や変圧器などの電気機器のコイルに用いられている絶縁電線(エナメル被覆絶縁電線)は、一般的に、コイルの用途・形状に合致した断面形状(例えば、丸形状や矩形状)に成形された導体の外周に単層または複数層の絶縁被覆が形成された構造をしている。該絶縁被覆を形成する方法には、樹脂を有機溶剤に溶解させた絶縁塗料を導体上に塗布・焼付けする方法と、予め調合した樹脂組成物を導体上に押出被覆する方法がある。
【0003】
近年、電気機器への小型化の要求により、コイル巻線工程において絶縁電線を高い張力下で小径のコアに高密度で巻くようになってきており、絶縁被覆には過酷な加工ストレスに耐えられる機械的特性(例えば、密着性や耐摩耗性など)が求められている。また、電気機器への高効率化・高出力化の要求からインバータ制御や高電圧化が進展している。その結果、コイルの運転温度が以前よりも上昇傾向にあり、絶縁被覆には高い耐熱性も求められている。それらに加えて、インバータサージ電圧などのより高い電圧が電気機器中のコイルに掛かることから、部分放電の発生によって絶縁被覆が劣化・損傷することがあるという問題が生じていた。
【0004】
部分放電による絶縁被覆の劣化・損傷を防ぐために、部分放電開始電圧の高い絶縁被覆の開発が進められている。絶縁被覆の部分放電開始電圧を高くする手法として、絶縁被覆に比誘電率の低い樹脂を用いる方法や、絶縁被覆の厚さを厚くする方法が挙げられる。
【0005】
例えば、特許文献1には、特定の構造を有するフッ素系ポリイミド樹脂を含む巻線の絶縁被覆材料が開示されている。特許文献1に記載の絶縁被覆材料は、比誘電率が2.3〜2.8であり、従来の絶縁塗料の比誘電率(3〜4程度)と比較して有意に低く、その結果、絶縁被覆の発熱量が抑えられて熱による劣化が抑えられるとされている。
【0006】
特許文献2では、導体の外周に、少なくとも1層のエナメル焼き付け層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層を有し、該エナメル焼き付け層と該押出被覆樹脂層の厚さの合計が60μm以上であり、前記エナメル焼き付け層の厚さが50μm以下であり、前記押出被覆樹脂層が、25℃における引張弾性率が1000 MPa以上であり、かつ250℃における引張弾性率が10 MPa以上である樹脂材料(ポリエーテルエーテルケトンを除く)からなることを特徴とする耐インバータサージ絶縁ワイヤが開示されている。特許文献2に記載の絶縁ワイヤは、導体と絶縁被覆層の接着強度を下げることなく、高い部分放電開始電圧(900 Vp程度)を有する絶縁ワイヤを提供することができるとされている。
【0007】
また、特許文献3では、導体と前記導体を被覆する押出絶縁層を有してなる2層以上の多層絶縁電線であって、前記絶縁層の最内層以外の少なくとも1層が、ポリフェニレンスルフィド樹脂を連続層とし、オレフィン系共重合体成分を分散相とする樹脂混和物で形成され、前記樹脂混和物からなる絶縁層が、ポリフェニレンスルフィド樹脂100質量部と、オレフィン系共重合体成分3〜40質量部とを含有することを特徴とする多層絶縁電線が開示されている。特許文献3に記載の絶縁電線は、耐熱性と耐薬品性に優れているとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−56720号公報
【特許文献2】特許第4177295号公報
【特許文献3】再公表2005−106898号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載されているようなフッ素系ポリイミド樹脂からなる絶縁塗料を用いて絶縁被覆を形成した場合、絶縁被覆の比誘電率を低くすることはできるが、フッ素系ポリイミド樹脂から形成した絶縁被覆は導体への密着性が低いため、例えば、コイル巻線工程などにおける過酷な加工ストレスによって、絶縁被覆が導体から剥離する現象(被覆浮き)が発生してしまうことが懸念される。被覆浮きは、最悪の場合に絶縁破壊を起こす要因となる。
【0010】
特許文献2に記載されているような押出被覆樹脂層を有する絶縁電線は、押出被覆樹脂層の厚さを厚くすることによって部分放電開始電圧を高くすることができると考えられるが、押出被覆樹脂層の密着性を確保するために、導体と押出被覆樹脂層との間にエナメル焼き付け層を介在させている。また、特許文献2では、その好ましい態様としてエナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との間に接着層を更に介在させ、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層との接着力を強化している。
【0011】
しかしながら、エナメル焼き付け層と押出被覆樹脂層とは樹脂組成物の性質と形成方法とが大きく異なることから、特許文献2の絶縁電線は、製造工程が煩雑になりやすく製造コストが増大しやすい問題がある。加えて、それらの層間に接着層を更に介在させる場合、製造コストが更に増大する問題がある。
【0012】
従って、本発明の目的は、上記の課題を解決し、導体と絶縁被覆との密着性を低下させることなく、薄い絶縁被覆厚さで高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記目的を達成するため、絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線であって、前記絶縁被覆は、ポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂からなる樹脂(B)とを重量部比で「(B)/(A) = 20/80 〜 70/30」の範囲で混和した樹脂組成物からなり、前記樹脂組成物を前記導体の直上に押出被覆した層(押出被覆層)が形成された後に、前記押出被覆層中の前記樹脂(A)の結晶が融解する温度での熱処理が施されていることを特徴とする絶縁電線を提供する。なお、「20/80 〜 70/30」とは、「20/80以上、70/30以下」を意味するものとする。
【0014】
また、本発明は、上記目的を達成するため、絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線の製造方法であって、前記絶縁被覆はポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂からなる樹脂(B)とを重量部比で「(B)/(A) = 20/80 〜 70/30」の範囲で混和された樹脂組成物からなり、前記樹脂組成物を前記導体の直上に押出被覆して押出被覆層を形成する工程と、前記押出被覆層中の前記樹脂(A)の結晶が融解する温度で熱処理を施す工程とを有することを特徴とする絶縁電線の製造方法を提供する。
【0015】
本発明は、上記目的を達成するため、上記の本発明に係る絶縁電線または絶縁電線の製造方法において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(1)前記樹脂(B)は、ポリエチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−エチルアクリレート共重合体、エチレン−メチルアクリレート共重合体、エチレングリシジルメタクリレート共重合体から構成されるエチレン共重合体(B1)の群と、アイソタクチックポリプロピレン、シンジオタクチックポリプロピレン、ポリメチルペンテンから構成される樹脂(B2)の群と、前記樹脂(B2)を無水マレイン酸またはグリシジルメタクリレートで変性させてなる樹脂(B3)の群のうちの少なくとも1群の1種からなる。
(2)前記熱処理の温度は、250℃以上300℃以下である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、導体と絶縁被覆との密着性を低下させることなく、押出被覆層の厚さが薄くても高い部分放電開始電圧を有する絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明に係る絶縁電線の実施形態の1例を示す断面模式図である。
【図2】本発明に係る絶縁電線の実施形態の他の1例を示す断面模式図である。
【図3】本発明に係る絶縁電線の実施形態のさらに他の1例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者らは、絶縁電線における導体と絶縁被覆との密着性、および耐部分放電特性の両方を向上させるため、絶縁被覆の樹脂組成物や構造を鋭意検討した結果、ポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂からなる樹脂(B)とを所定の重量部比で混和した樹脂組成物を用いて導体の直上に押出被覆して押出被覆層を形成した後に、押出被覆層中の樹脂(A)の結晶が融解する温度での加熱処理を施すことが有効であることを見出した。本発明は、それらの知見に基づいて完成されたものである。
【0019】
以下、本発明に係る実施形態を説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施の形態に限定されることはなく、要旨を変更しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0020】
図1は、本発明に係る絶縁電線の実施形態の1例を示す断面模式図である。図1に示したように、本発明に係る絶縁電線11は導体2の直上に第1押出被覆層3が形成されている。第1押出被覆層3は、ポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂からなる樹脂(B)とを混合した樹脂組成物を押出被覆した層であり、前記樹脂組成物は、前記樹脂(A)と前記樹脂(B)とが重量部比で「(B)/(A) = 20/80 〜 70/30」の範囲で混和されている。さらに、第1押出被覆層3は、押出成形された後に、該押出被覆層中の樹脂(A)の結晶が融解する温度での加熱処理が施されていることを特徴とする。このような構成とすることにより、導体2と第1押出被覆層3との密着性を低下させることなく従来よりも高い部分放電開始電圧(例えば、1300 Vp以上の高い部分放電開始電圧)を達成することができる。
【0021】
ポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)は、高い耐熱性と高い機械的特性とを有するが、それのみでは導体との密着性が十分と言えない場合がある。そこで、導体との密着性を向上させるためにオレフィン系共重合樹脂からなるからなる樹脂(B)を混合させた樹脂組成物を検討した。樹脂(B)としては、ポリエチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−エチルアクリレート共重合体、エチレン−メチルアクリレート共重合体、エチレングリシジルメタクリレート共重合体から構成されるエチレン共重合体(B1)の群と、アイソタクチックポリプロピレン、シンジオタクチックポリプロピレン、ポリメチルペンテンから構成される樹脂(B2)の群と、前記樹脂(B2)を無水マレイン酸および/またはグリシジルメタクリレートで変性させてなる樹脂(B3)の群のうちの少なくとも1群の1種からなる。特に、無水マレイン酸やグリシジル基を有する樹脂群を混和させることが好ましい。
【0022】
樹脂(A)と樹脂(B)とを混和する比率(重量部比)は、「(B)/(A) = 20/80 〜 70/30」の範囲が好ましく、「(B)/(A) = 55/45 〜 70/30」の範囲がより好ましい。それにより、導体との密着性を向上させるとともに、部分放電開始電圧が高い絶縁電線を得ることができる。重量部比が「(B)/(A) < 20/80」であると、樹脂(B)が少な過ぎて導体との密着性向上の効果が十分に得られない。一方、該重量部比が「(B)/(A) > 70/30」になると、樹脂(B)が多過ぎて分子構造中に持つ極性基の影響が相対的に増大し、部分放電開始電圧を低下させる要因となる。なお、本発明の樹脂組成物は、必要に応じて、酸化防止剤や銅害防止剤、滑剤、着色剤などが添加されていてもよい。
【0023】
前述したように、本発明は、第1押出被覆層3を導体2上に押出成形した後に、押出被覆層中の樹脂(A)の結晶が融解する温度での熱処理を施すことを特徴とする。熱処理温度としては、樹脂(A)のガラス転移温度(Tg)よりも100℃以上高い温度が好ましく、例えば、250℃以上300℃以下が好ましい。樹脂(A)の結晶を融解させることで樹脂分子の流動性が高まり、導体2の表面(金属表面)と樹脂分子との距離を縮められることによるものと考えられる。その結果、導体2と第1押出被覆層3との密着性向上に著しい効果があることが見出された。密着性が向上することで、絶縁電線11を小径(例えば、自己径)に屈曲させてもシワの発生を防止できるとともに耐摩耗性も向上する。一方、300℃よりも高い温度の熱処理は、絶縁被膜自体の変形が懸念されることから好ましくない。
【0024】
なお、熱処理時間に特段の限定はないが、数十秒間から数分間保持するのが好ましい。また、加熱方法にも特段の限定はなく、電気炉やバーナー、温風加熱装置、誘導加熱装置などを用いることができる。
【0025】
ここで、押出被覆時の加熱と上記熱処理(押出被覆後の熱処理)との関係を簡単に説明する。第1押出被覆層の押出時に、絶縁被覆樹脂(樹脂組成物)は300℃程度に加熱された溶融状態で押出供給される。一方、導体は、その表面の温度が絶縁被覆樹脂の温度よりも低い状態(例えば200℃程度以下)で供給される。
【0026】
すなわち、押出被覆時において、絶縁被覆樹脂と導体とには大きな温度差が存在する。さらに、エナメル被覆絶縁電線は被覆厚さが薄いことから、導体の熱容量の方が絶縁被膜よりも大きい。これらのことから、絶縁被覆樹脂と導体との界面では、絶縁被覆樹脂の急激な熱収縮が起こり易く、密着性低下の要因になっていたと考えられる。本発明は、押出被覆後(かつコイル成形加工工程の前)に所定の熱処理を施すことにより、前述の作用効果を奏するものである。なお、絶縁被覆樹脂と導体との温度差を小さくするために、絶縁被覆する前の導体を250℃以上に加熱すると導体表面に酸化被膜などが形成され易く、導体と絶縁被覆との間の密着性がかえって低下してしまうことが懸念される。
【0027】
図2は本発明に係る絶縁電線の実施形態の他の1例を示す断面模式図であり、図3は本発明に係る絶縁電線の実施形態のさらに他の1例を示す断面模式図である。図2,3に示したように、本発明に係る絶縁電線12は、導体2の直上に第1押出被覆層3が形成されており、第1押出被覆層3の外周に第2押出被覆層4が形成されている。また、本発明に係る絶縁電線13は、絶縁電線12に加えて、第2押出被覆層4の外周に第3押出被覆層5が更に形成されている。なお、第2押出被覆層4や第3押出被覆層5の形成は、第1押出被覆層3に対する上記熱処理の後に行われ、第1押出被覆層3を融解させない温度で押出被覆される。
【0028】
第2押出被覆層4および第3押出被覆層5としては、熱可塑性ポリアミドイミド、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリフェニレンサルファイド等の樹脂を好適に用いることができる。第2押出被覆層4や第3押出被覆層5を形成することにより、絶縁電線の耐摩耗性を更に向上させることができる。その結果、例えば、コイル巻線工程などにおいて絶縁電線に強い外力(張力や剪断応力)が掛る場合であっても、絶縁被覆層の表面にクラック等(例えば、クラック、クレージング、しわ、被覆浮き)が発生するのを防ぐことができる。なお、絶縁被覆の最外周に潤滑層を別途形成してもよい。
【0029】
第1押出被覆層3の厚さは30μm以上が好ましく、第2押出被覆層4と第3押出被覆層5の厚さはそれぞれ20μm以上が好ましい。一方、絶縁被覆全体の厚さは、70〜100μmであることが好ましい。
【0030】
導体2の材料に特段の限定はなく、エナメル被覆絶縁電線で常用される材料(例えば、無酸素銅や低酸素銅など)を用いることができる。なお、図1〜3においては導体2として丸形状の断面を有する例を示したが、それに限定されることはなく、矩形状(四辺形状)の断面を有する導体であってもよい。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。なお、実施例1〜8および比較例1〜3の絶縁被覆を構成する樹脂組成物の組成を後述する表1に示した。
【0032】
(実施例1〜8および比較例1〜3の作製)
導体として外径1.25 mmの銅線を用い、該銅線の外層に押出機を用いて表1・表2に示した樹脂組成物を押出被覆して、図1に示すような形状の絶縁電線を作製した。押出被覆時の樹脂温度は約300℃で、絶縁被覆(第1押出被覆層)の厚さは約100μmとした。実施例1〜8および比較例2〜3については、樹脂組成物を押出被覆した後に、加熱温度(設定温度)が200〜300℃の電気炉を通して熱処理を施した。
【0033】
上記のように作製した絶縁電線(実施例1〜8および比較例1〜3)に対して、次のような測定および試験を行った。
【0034】
(1)部分放電開始電圧測定
部分放電開始電圧の測定は次のような手順で行った。絶縁電線を500 mmの長さで2本切り出し、39 N(4 kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120 mmの範囲に6回の撚り部を有するツイストペアの試料を用意した。試料端部10 mmの絶縁被覆をアビソフィックス装置で剥離した。その後、絶縁被覆の乾燥のため、120℃の恒温槽中に30分間保持し、デシケータ中で室温になるまで18時間放置した。部分放電開始電圧は、部分放電自動試験システム(総研電気株式会社製、DAC-6024)を用いて測定した。測定条件は、25℃で相対湿度50%の雰囲気とし、50 Hzの電圧を10〜30 V/sで昇圧しながらツイストペア試料に課電した。ツイストペア試料に50 pCの放電が50回発生した電圧を部分放電開始電圧(Vp)とした。1300 Vp以上の部分放電開始電圧を合格と判定した。
【0035】
(2)密着性評価
密着性は、JIS C3003に準拠した急激伸張試験を実施することにより評価した。急激伸張試験の結果、絶縁被覆の浮き(剥離)の長さが破断点から2 mm以下のものを「◎:優秀の意味」、2〜20 mmのものを「○:合格の意味」、20 mmよりも長いものを「×:不合格の意味」とした。
【0036】
(3)耐熱性評価
耐熱性試験は次のような手順で行った。作製した絶縁電線を500 mmの長さで2本切り出し、39 N(4 kgf)の張力を掛けながら撚り合わせて中央部の120 mmの範囲に6回の撚り部を有するツイストペアの試料を用意した。次に、老化試験機(東洋精機株式会社製、ギヤー・オーブンSTD60P)において150℃で2000時間保持して加熱老化させた。その後、直径4 mmの丸棒(巻き付け棒)にツイストペア試料を巻き付け、50倍の光学顕微鏡を用いて絶縁被覆でのクラックの有無を調査した。クラック等(例えば、クラック、クレージング、シワ)の発生がないものを「○:合格の意味」、クラックの発生はないがクレージングが発生したものを「△:不十分の意味」、クラックの発生があるものを「×:不合格の意味」とした。なお、ここでは、クレージングとは絶縁被覆層の表面が局所的に凹んだ状態になっているものと定義し、クラックとは亀裂が導体表面まで届いているものと定義する。
【0037】
実施例1〜8および比較例1〜3の樹脂組成物の組成および測定評価結果を表1に示す。
【0038】
【表1】

【0039】
表1に示したように、実施例1〜8の絶縁電線は、絶縁被覆層の厚さが薄くても(約100μm)、1300 Vp以上の高い部分放電開始電圧を有していることが確認された。さらに、密着性・耐熱性評価に関しても、実施例1〜8の絶縁電線は必要十分な特性を有していることが確認された。特に、本発明に係る実施例1〜6は、実施例7〜8と比べて、部分放電開始電圧がより高い値を示した。
【0040】
これに対し、表2に示したように、比較例1〜3は、ポリフェニルサルファイド樹脂(A)のみからなる絶縁被覆であり、密着性が不十分であったことから耐熱性評価も不合格となり、部分放電開始電圧も実施例に比して低い値を示した。すなわち、本発明に係る絶縁電線は、導体と絶縁被覆との密着性を低下させることなく、押出被覆層の厚さが薄くても高い部分放電開始電圧を有していることが実証された。
【符号の説明】
【0041】
11,12,13…絶縁電線、
2…導体、3…第1押出被覆層、4…第2押出被覆層、5…第3押出被覆層。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線であって、
前記絶縁被覆は、ポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂からなる樹脂(B)とを重量部比で「(B)/(A) = 20/80 〜 70/30」の範囲で混和した樹脂組成物からなり、前記樹脂組成物を前記導体の直上に押出被覆した層(押出被覆層)が形成された後に、前記押出被覆層中の前記樹脂(A)の結晶が融解する温度での熱処理が施されていることを特徴とする絶縁電線。
【請求項2】
請求項1に記載の絶縁電線において、
前記樹脂(B)は、ポリエチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−エチルアクリレート共重合体、エチレン−メチルアクリレート共重合体、エチレングリシジルメタクリレート共重合体から構成されるエチレン共重合体(B1)の群と、アイソタクチックポリプロピレン、シンジオタクチックポリプロピレン、ポリメチルペンテンから構成される樹脂(B2)の群と、前記樹脂(B2)を無水マレイン酸またはグリシジルメタクリレートで変性させてなる樹脂(B3)の群のうちの少なくとも1群の1種からなることを特徴とする絶縁電線。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の絶縁電線において、
前記熱処理の温度は250℃以上300℃以下であることを特徴とする絶縁電線。
【請求項4】
絶縁被覆が導体上に形成されている絶縁電線の製造方法であって、
前記絶縁被覆はポリフェニレンサルファイドからなる樹脂(A)とオレフィン系共重合樹脂からなる樹脂(B)とを重量部比で「(B)/(A) = 20/80 〜 70/30」の範囲で混和された樹脂組成物からなり、
前記樹脂組成物を前記導体の直上に押出被覆して押出被覆層を形成する工程と、
前記押出被覆層中の前記樹脂(A)の結晶が融解する温度で熱処理を施す工程とを有することを特徴とする絶縁電線の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の絶縁電線の製造方法において、
前記樹脂(B)は、ポリエチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−エチルアクリレート共重合体、エチレン−メチルアクリレート共重合体、エチレングリシジルメタクリレート共重合体から構成されるエチレン共重合体(B1)の群と、アイソタクチックポリプロピレン、シンジオタクチックポリプロピレン、ポリメチルペンテンから構成される樹脂(B2)の群と、前記樹脂(B2)を無水マレイン酸またはグリシジルメタクリレートで変性させてなる樹脂(B3)の群のうちの少なくとも1群の1種からなることを特徴とする絶縁電線の製造方法。
【請求項6】
請求項4または請求項5に記載の絶縁電線の製造方法において、
前記熱処理の温度は250℃以上300℃以下であることを特徴とする絶縁電線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−84256(P2012−84256A)
【公開日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−227344(P2010−227344)
【出願日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【Fターム(参考)】